令和7年12月26日(金曜日)16時00分~18時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【島田主査】 皆さん、こんにちは。定刻となりましたので、ただいまから第4回国語ワーキンググループを開催いたします。
進行資料の投影をお願いいたします。御覧いただいております進行資料のとおり、本日は議題が2点ございます。1点目、内容の構造化、表形式、2点目、国語科を通じて育成する資質・能力の在り方・示し方についてです。まず、議題1について事務局からの御説明の後、意見交換を行います。その後、議題2について再度事務局からの御説明と意見交換を行います。
本日の流れの説明は以上となります。
よろしければ、早速ですが、議題に移りたいと思います。議題の1について、事務局より御説明をお願いいたします。
【髙見主任教育企画調整官】 主任教育企画調整官の髙見です。
本日は、議題1として、内容の構造化、表形式について、議題2として、国語科を通じて育成する資質・能力の在り方・示し方について御審議いただければと存じます。
2ページ目を御覧ください。議題1は、下部に記載のとおり、「領域」と「言葉を使う目的」の区分の在り方について、議題2の論点1については目標等の在り方について、論点2は見方・考え方の在り方について、論点3は高次の資質・能力である知識及び技能の統合的な理解と思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮の在り方となります。
4ページ目を御覧ください。第2回ワーキンググループでは、目的と領域を掛け合わせる形で話や文章の種類を系統的に整理して示しました。その際には、学習活動の全体像を見通しやすくすることを狙いとしたものとしてお示しをしたところでございます。
また、第3回ワーキング、前回でございますけれども、特に思考力・判断力・表現力等について、高次の資質・能力をどのように位置付けるかが論点となりました。そこでは、言葉を使う目的や事項のまとまりを明確にし、資質・能力の相互の関係性をより分かりやすく整理して、示す案をお示ししたところです。
これらについて第3回ワーキングでは主に2つの視点から御意見をいただきました。第1は、一般的には何らかの目的があり、その目的を実現するために話す、書く、聞く、読むといった学習活動を行われるという考え方であり、この点を重視すると、構造表で示す際には、言葉を使う目的を話すこと・聞くこと、書くこと、読むことといった領域よりも上位に位置付けるという整理がよいのではないか、すなわち、目的から領域という構造が分かりやすいのではないかという御意見がありました。
一方で、現場では子供たちの話す・聞く、書く、読む力そのものの育成に課題があり、どの力を育てる授業なのかが見えにくく、混乱が生じているという例もあるとの指摘がある中で、国語科をこれらの言語能力を確実に育成する教科として捉えるのであれば、話すこと・聞くこと、書くこと、読むことといった領域をより上位の区分として明確に位置付ける必要があるのではないかといった御意見もあり、この場合は、領域から目的という整理になるところでございます。
5ページ目を御覧ください。ここでは、それらの御意見を踏まえつつ、事務局の案でございますけれども、国語科における構造の示し方の方向性を掲げております。国語科は、学習活動を通して話す・聞く、書く、読む力を身に付けることの学習を中心とする教科であり、これらの力は国語科固有の学びの中核であると同時に、他教科等の学習を支える基盤となります。
このような国語科の特性を踏まえると、思考力・判断力・表現力等の内容を構造化して示すに当たっては、国語科の学習が話す・聞く、書く、読むという領域を軸として展開される教科であることを明確に示すことが重要ではないかと考えております。これらの領域は、指導、評価、指導改善を一体的に進めるための基本的な枠組みであり、子供たちの資質・能力の定着状況を把握する上でも有効であると考えております。
一方で、領域ごとの学習を子供にとって意味のあるものとするためには、何のために言葉を使うのかといった視点を明確にし、学習活動の目的を意識できるようにすることも重要であると考えております。
そこで、思考力・判断力・表現力等の内容については、第1層に領域、第2層に言葉を使う目的を置く2層構造で整理をして示してはどうかと考えております。
併せて、国語科の学習指導全体の示し方といたしまして、全体の議論の中では表形式化をする方向性が示されておりますが、国語科は、思考力・判断力・表現力等の系統性は比較的明確である一方で、知識及び技能の内容のまとまりごとにそれぞれに対応した固有の思考力・判断力・表現力等を想定しにくいという性質があり、むしろ知識及び技能が全体として思考力・判断力・表現力等の深まりを支える構造を持っています。
このため、学習指導要領に表形式で示す際には、思考力・判断力・表現力等の深まりを列として示し、その深まりを知識及び技能が支えながら一体的に育まれていく様子を視覚的に示すことが妥当ではないかと考えております。こうした観点から、並行パターンにより表形式とすることとしてはどうかと考えています。
なお、その具体の表形式のイメージにつきましては、6ページを御覧いただければと存じます。
また、前回の議論の中でも出たとおり、学習指導要領のデジタル化を踏まえた表形式の工夫というのも可能になると考えております。この中では、例えば、表形式のデータをダウンロードして、表計算ソフト等で任意に並び替えるといった活用も想定されるところであり、各学校の実情等に応じて、「言葉を使う目的」を軸として、複数の領域を横断した単元構想に活用することも各学校の工夫により判断、活用できるのではないかというふうに考えているところでございます。
私からの説明は以上です。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
それでは、早速、意見交換に移ります。御意見、御質問のある方は挙手ボタンにてお知らせください。私から指名させていただきます。なお、全員に御発言の機会があるよう、御発言はお一人2分以内でおまとめいただければと存じます。御発言の際は、資料のどのページのどの部分に関する御発言であるかお示しいただけると幸いです。
それでは、どうぞ、御意見、御質問のある方、お知らせください。児玉委員、お願いいたします。
【児玉委員】 では、私のほうから幾つか意見、感想等を申し上げます。2分ということですので、手短に申し上げます。
4ページを御覧いただきたいと思います。4ページには、この示し方、目的と資質・能力の関係性について、目的から領域なのか、領域から目的なのかという両論が併記されております。
そして、今度は5ページを見てください。5ページを見ますと、ここで、第1層には領域を、第2層には目的をという、こういう整理の仕方になっているということで、ここについては私としては賛成させていただきたいというふうに思います。その理由につきましても、5ページに述べられていますように、国語科の学習が領域を軸として展開するものだというところからしても、そのとおりであろうと思うからです。
この領域と目的の関係というのは、実は領域を意識してもらいたいのは教師のほう、とりわけですね、教師のほうで、目的を意識してもらいたいのは学習者、子供のほうだということになるかと思います。そういう意味で、どちらも大事なんですけれども、今回、教師が読む学習指導要領にはどのように示すんですか、国語科としてどう示すんですかということですので、領域を第1層にするということで結構かと思います。
もう一つは、今度は5ページの表形式にまとめる際に知識及び技能と思考力・判断力・表現力とを並行パターンで示すか並列パターンで示すかということの両論が示されていて、今回は並行パターンで示すということが提案されているかと思います。これも国語科では、知識・技能のまとまりに対応した固有の思考力・判断力・表現力等が想定しにくいんだという教科特性、これもそこに書かれていますけれども、これを理由としておられる点にも共感いたします。国語科というのはそういう教科なんだと思います。
ただ、今後の課題としまして、では、国語科は知識・技能と思考力・判断力・表現力の関係はこのままでいいのかということがあるのではないかと思っています。具体的には、思考力・判断力・表現力等の各領域と個別に対応する知識・技能の内容というのは何なのかということについても、今後改めて検討できたらいいのではないかなというふうに思います。
以上です。
【島田主査】 児玉委員、どうもありがとうございました。知識・技能と思考・判断・表現力の関係について、課題も含めて御発言いただきました。ありがとうございました。
吉田委員、お願いいたします。
【吉田委員】 失礼します。私も今児玉委員がおっしゃった4ページ、5ページ、6ページに関わるところです。
小学校教員の特性といいますか、これは小学校に限ったことかもしれませんけれども、様々な教科を1日の中で授業をしていくということが実態にありますので、体育であるとか理科であるとかほかの教科との関連を考えますと、どうしても先に学習内容としての事象とか対象とかがあって、何のためにサッカーをするのかとか、何のために磁石の働きや空気の温まり方を学習するのかみたいなところから入るというのは非常に考えにくいといいますか、そういった教科も同時に学習・指導していくという背景があります。
国語科は事象・対象というのが言葉ということで、少し教科の特性はあるんだと思いますけれども、小学校教員が日々の中でそういったほかの教科とも関連しながら単元構想をしていくということを考えますと、国語科だけ目的を前面に押し出すというよりかは、子供も指導者も授業者レベルでは、例えば、教科書のお話があるといった状況だとか、次は話すこと・聞くことの単元が教科書にあるというようなことから考えることがすごく自然だと思いますので、次はどんなお話かなとか、読んでどうするとか、どんなふうに読んでみるとかいうふうに、先に領域があって、そして、その後に子供たちと一緒に、目的を一緒につくっていけるような、無目的に読まないというような、そういった単元づくりが現場の先生方にも分かりやすいのではないかと思いますので、私も第1層に領域が来て第2層に言葉を使う目的が来るということに賛成いたします。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。
それでは、続きまして、中川委員、お願いいたします。
【中川委員】 放送大学の中川です。第2回、第3回と欠席してしまって、申し訳ありませんでした。
まず、事務局案についてですが、授業をする教員の身になってみると、やはり領域が上位にあったほうが分かりやすいと考えますので、事務局案に賛同します。その上で2点コメントします。
まず、1点目ですが、10ページの目的ですが、情報活用プロセスに従って記述すべきかと思います。例えば、情報の伝達と情報の獲得がセットになっていますが、ここだけではなく、他者の説得のためにも、合意形成のためにも情報の獲得や収集は行われます。この辺りがこのままでは、授業を実施する側にとって分かりにくいと考えます。その上で、言葉を使う目的によって複数の領域を横断した単元構想には、学習指導要領のデジタル化も有効でないかと考えます。学習指導要領コードからデジタル教科書や教材とつながることで、迅速に関連を確認することも可能になると期待します。
次に、2点目ですが、11ページ目です。知識・技能の中にも情報の扱い方に関する事項は各教科に別個に位置付けるべきと思います。そうしないと、例えば、話す・聞くにおける情報の扱い方に関する事項の具体的なイメージを教員が十分に持てないことも起こります。少なくとも情報の扱い方に関する事項は、各領域に別個に位置付けることを御検討いただけると幸いです。
以上になります。
【島田主査】 ありがとうございました。情報の扱い方の位置付けということで御発言をいただきました。ありがとうございました。
竹内委員、お願いいたします。
【竹内委員】 6ページについてです。これ恐らく三次元で示せれば一番直感的なんだろうと思うんですけれども、これを第1層、第2層と分けざるを得ないとなったときに、今までの系統表との連続性も考えて第1層に領域を置くということについて、私も他の委員の方々と同じく賛同いたします。
その上でちょっと伺いたいのが2点ほどございまして、将来的なデジタル学習指導要領を構想してということなので、逆引き辞書のように使えるんだろうということですよね。ある目的、例えば、合意形成のために、どの領域でどのような資質・能力を育成する言語活動が考えられるかというような引き方ができる。それに耐えられるような構造にしておく必要があるんだろうというふうに思うんです。
今回、この構造を、領域、目的の関係性を大枠合意しておいて、その上で具体的にどの目的、ラベルや言語活動をピックアップするかと、これは、かなり前回ここに議論が集まってしまったやに覚えているんですが、これは今後精査していくという理解でよろしいでしょうかという点です。
というのが、この表自体が、現場にとって処方箋のように使われる、逆引きをすることが目的であれば、今のようなピックアップでよいのだと思いますし、あるいは、今までの系統表のようにこれも地図なんですということであれば、目的をどのように並べるかというのが重要になってくるのかなと思いましたので、まず、この構造、この表の位置付けというのを、性格付けを今回整理しておいたほうがよいのかと思いました。
運用のイメージなんですが、今お話があったように、単元の目的が例えば複数の活動にまたがるときに、情報を獲得して、整理して、他者の主張を吟味して、合意形成して発表するみたいなときに、領域も目的もまたがるようにする。その際にこの枠を柔軟に見られるような、縦も横も柔軟に動くような、そういう設計になっていくのでしょうかというような、これはちょっと期待も込めてなんですけれども。
以上、コメント3点でした。以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。
この表の位置付けということですよね。実際の中身を詰めていくのはまた別の作業になるのかというお話でした。これはそういうことになろうかと思います。
それから、単元ですね。領域を越えた単元構成の例というのをどのように示していけるのかということですけれども、これについては、髙見さんのほうからよろしいですか。
【髙見主任教育企画調整官】 ありがとうございます。
実際システムをどう組んでいくのかという、これはまたいろいろな技術的な整理も必要になってくるかと思いますけれども、国語科もそうですが、ほかの教科でもいろいろな要請があると思いますので、様々な視点で、学習指導要領が多様な形で見られるようにしていくということは大事だと思っており、そういった視点でこれからシステムの在り方も考えていきたいと思っております。
また、それが仮に難しい場合には、実際のいろいろなデータのやりくりというのは、それはそれで各学校でもできるような形で考えていくというのも、別途必要なことかと思っています。いずれにしても、いただいた御意見をしっかり踏まえて考えていきたいと思います。ありがとうございます。
【島田主査】 ありがとうございます。
カスタマイズできるということも特徴になろうかと思いますけれども、それはそれとして、領域を越えた単元構成の例といったようなものも何らかの形で具体例を提示していけるといいのではないかとも思います。ありがとうございました。
続きまして、藤森委員、お願いいたします。
【藤森委員】 よろしくお願いします。
今まで皆さんおっしゃったことと大体同じ方向性の話になってしまうんですけれども。私なりに感想を申し上げたいのが5ページのところでございます。ここで、第1層、第2層という構造、(これはレイヤーということになるんでしょうけれども)、すなわち上位層は言語活動領域、下位層は言葉を使う目的というふうに分かれているんですが、違和感があります。例えば、クリスマスに何を食べようという問題意識で料理にかかる場合は、私たちは目的から出発します。一方、このチキンはどういうふうに料理するのが一番おいしく食べられるだろうという問題意識ですと、こうなると、魚でもなく、肉の中でも牛でもなく、チキンをどういうふうに料理するかという、活動領域から始まります。これと同様のイメージが教育実践場面にあってしかるべきです。
すなわち、学びの性質によって、探究的な場合には目的が頭に来ますし、一方、話す・聞く力をしっかり身に付けるとか、書く、読むの力を身に付けるということになってくると、先ほどの肉料理をどうするかという話のように領域ベースになって、これを1層、2層という言い方をするのは果たして妥当かどうかというところで、気になりながら昨日のクリスマスを過ごしたことでした。
先ほど竹内委員がおっしゃったことを僕も考えていて、こういう時代ですので、本体をどういうものをベースにして示すかということは事務局サイドにお考えいただくとして、少なくとも、1、2の層というよりは領域フェーズと目的フェーズというふうに、両者が上下関係じゃなくて、その学びの必要に応じて一方が上位に、一方が下位にとなるのをスイッチできるような、そういうことが、学習指導要領をデジタル化していくならば可能じゃないかというふうに思っています。
デジタル学習指導要領は、必要なものが抽出できますよというレベルじゃなくて、項目の枠組みそれ自体が、学びの実際の実践場面で子供や先生方の今の学びに必要な形で可変性を持っているというか、柔軟性を持っているという形を目指すべきだと思います。クリスマスに何を食べようかということを考えたいのに肉料理の方法しか学ばないんだったら、クリスマスにならないわけで、逆に、幾らクリスマスのことを考えたとしても、肉料理の仕方をちゃんと知らないと生焼けのチキンになってしまうわけで。
こういったいろいろな状況に応じて弾力的に対応できるというのが新学習指導要領をつくる上で大きな大きな宿題だし、それができるというのがこのAI時代の我々の誇りなんじゃないかなというふうに僕は思っているんですけれども、いかがでしょうか。
【島田主査】 ありがとうございました。
1層、2層と上下関係を設けて考えることが、果たしてふさわしいのかといったようなことですね。実際に示すには、告示の在り方としては一通りにならざるを得ないかもしれませんけれども、柔軟に使えるような形で提供できるといいのではないかということで御意見をいただいたかと思います。この辺りは今後一層検討していただきたいと思います。ありがとうございました。
続きまして、西委員、お願いいたします。
【西委員】 よろしくお願いいたします。いつもと違うところから接続していますので、接続が不安定になる可能性があります。ご了承ください。
今、藤森委員から絶妙な比喩が出されましたので、大変発言しにくいのですが、基本的には、御提案いただいた構造の再整理につきましては、この形式が見やすいと思いました。特に初等の教育段階におきましては、専科を除いてクラス担任の教員一人が複数の教科を持ちますので、指導要領の見え方は重要だと考えております。基本的な設計はこれで宜しいかと思います。
一方で、今、藤森委員からも発言がありましたように、この部分が層立てになっているのは、探究的な学習を進めていく時のことを考えますと、1層、2層という表現で示すことが果たして妥当であるかは議論が必要になると思います。
感想になってしまいますけれども、以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。
続きまして、小松委員、お願いいたします。
【小松委員】 ありがとうございます。表の形について何か具体的にというよりは、ちょっと難しさを考えたというところでお話しさせていただきたいと思います。
国語で取り扱う内容の複雑性とか複合性みたいなものを考えたときに、どのような表形式にしても、書き方とか読み取りが難しいところというのは一定出てしまうように感じられたところです。この6ページの補足イメージというものを拝見しまして、具体的な内容はまだ入っておりませんので推測で話してしまいますけれども、この目的で整理をするとなったときに、ここで出ております(1)から(4)の目的というのは重なりがあると思うんです。
つまり、他者の説得をするためには、情報の獲得とか他者の主張の吟味がまず前提となり、一方で、説得のためには情報の伝達ということが必要になってくる。その説得をして、最終的に合意形成というのが目標になってくる部分があると思います。そうしますと、この4つの目的に関わる内容というのはかなり重複が出てくるように推測いたします。
今、点線で区切られているんですけれども、そこに全部、1つ1つ同じことを書いていくのか、あるいは、がさっとまとめて書いていくのか。そうすると、この目的というものがどのような位置付けになるのか、この辺はなかなか難しいのかなと思ったところです。
また、こういう目的というのを考えたときに、この表イメージであるように、それが学年でどこまで変わってくるようなものなのか。つまり、目的によって力点が変わるみたいなところというのはあると思うんです。そうなってきたとき、学年と目的というのが相互に影響し合いながら、この内容というのが焦点が当たってくるというのがある。そのようなところがどのように表現できるのか。
これはどんな表形式にしても起こり得る問題で、逆に、今議論にありましたように、デジタル化というところで何とか解決できるのかもしれませんけれども、今後検討が必要なのかなと思った次第です。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。
現行の「目的」の内容には重複がありそうだということ、あるいは、学年との関係などについてどのように系統立てるか、体系立てるかといったことが課題であろうということで御意見をいただきました。ありがとうございました。
犬塚委員、お願いいたします。
【犬塚委員】 ありがとうございます。目的と領域の関係についてということで、1つ意見を申し上げたいと思います。
まずは、どういう目的で話すのかとかどういう目的で書くのかといったところが明記されるというのは、私はとてもいいことだと思っています。表面的に読んだだけでも読むことができたというふうになってしまって、なかなか目的が達せられないというふうになるのはよくないなというふうに思っているので、授業の中で読むこと書くことが一体何を達成するために今取り組んでいるのかということを意識していただいて、深まりのある授業ができるようにということが重要だと思いますので。
先ほどの先生方の御意見にもあったように、どのような表形式にしても難しさはあるわけなので、どちらが1層、どちらが2層でも、それは仕方がないのかなというふうに思うところではあります。
一方で、やはり領域が一番のメインの目標になるのでというような御意見にはちょっと賛同しにくいところもあるなと思いました。これもほかの委員の先生もおっしゃっていましたように、探究の授業ももちろんそうですが、国語科の授業を拝見したときに、話そうとか書こうとか読もうとかということがその授業のあるいは単元の目標になっているということはあまり考えにくい。例えば、このお話のよさを伝えようとか、これはどうしてそうなったかを考えようというふうに、そのときの目標というのを考えると、授業の目標、授業を設計する上での柱になる部分というのは、かなりこの目的というところに近いように思います。
ですので、領域からいったほうがよいのでということを前提にする。第1層、第2層と言うかどうかというところとも関わるかもしれませんが、セットで見てほしいというようなメッセージとしてお伝えいただけるといいのかなというふうに考えています。
というわけで、まとめますと、今出ている6ページですとかの表現形式に賛成か反対かと言われると、目標というか、目的の部分が明記されるということで、ひとまず歓迎したいというふうには思うんですが、どちらが主ですというようなことが、柱となるというのは、ちょっと違和感があるなというのが感想ということになるかと思います。
それと、これも今さらというところもあるんですけれども、改めまして表になっているものを見ますと、話す・聞くが1セットになっていて、書く、読むと区別されて並べられているというのも、若干私には違和感があります。情報を受け取る側のことと情報を発信する側のことというふうに考えますと、読む・聞くと話す・書くがセットというほうがしっくりくるところもあります。そうしますと、情報の獲得ということと自分からの情報の発信ということできれいに分かれるんだけどなというふうな気持ちになりました。
ここはなかなか変えにくいということであれば、すごくこだわるわけではないんですけれども、こういった考え方もあるのではということで、コメントとして聞いていただければと思います。
以上です。
【島田主査】 どうもありがとうございました。目的と領域、どちらが上ということではなくてセットで考えたいということ、それから、領域の中身といいますか、設定についても御意見いただきました。ありがとうございました。
続きまして、井上委員、お願いいたします。
【井上委員】 井上でございます。
既にほかの委員の先生からも御指摘がありましたとおり、指導要領の読み手は主に現場の教員になると思いますので、教員視点での見やすさや分かりやすさを目指すという方向性を考えましても、従前の指導要領により近い領域に軸足を置いた見せ方というのは一定の効果を得られるのかなというふうに考えております。
ただ、一方で、知識・技能、思・判・表を総合的に見とっていくという次期指導要領の方向性を鑑みるのであれば、並列パターンのほうが、横のつながりが可視化されていて、両者の関係性をつかみやすい部分もあるのかなというふうに思っております。
先ほど藤森委員も御指摘なさっていましたけれども、並行パターンを基本としつつも、並行、並列パターンを二項対立的に考えるのではなくて、例えば、校種、学年、あるいは用途に応じて両者を使い分けて示していく、あるいは、読み手がそれらをカスタマイズして確認できるようにしていくような工夫も必要になってくるのかなというふうに考えております。
例えば、本日の資料の10ページにありますとおり、この文章の系統表では、例えば、このように左端は目的が先立っていて、領域が次になっているわけですよね。これはもちろん意図があってこうなっているわけですが、読み手がその意図を読み取れるかどうかというのはまた別の問題です。ですので、読み手がその意図を理解しやすいような工夫も必要になってくるのかなと思っております。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。表形式による構造化のパターンですけれども、並行パターン、それから並列パターン、時に柔軟に使い分けられるような示し方の工夫というのはないのかということかと思います。ありがとうございました。
中嶋委員、お願いいたします。
【中嶋委員】 私のほうもいつもと違う場所なので、もしかしたら不安定な電波の調整で御迷惑をおかけするかもしれません。よろしくお願いします。
私もやはり委員の皆様と同様の意見なのですけれども、現場の感覚、特に中学校の視点から考えますと、週に4時間あるいは3時間で、国語としての力がほかの教科の基盤になるということを考えたときに、領域をベースに考えていくということが教師としても非常に分かりやすいかなというのは感じます。
いろいろな委員の皆さんの意見も非常になるほどと思う部分も多々あったのですけれども、現場の教員が分かりやすい、そして、これまでとの接続というふうに考えたときに、話す・聞く、書く、読むをベースにしながら、それぞれ、例えばアウトプットをするときには、話すのほうなのか、それとも書くのほうなのか、その技術をしっかり身に付けさせるというようなところを大事にしていくということが必要かというふうには考えております。
以上でございます。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
続きまして、渡邉委員、お願いいたします。
【渡邉委員】 ありがとうございます。
私も、目標とか目的というのは、どの領域においても重要になると考えていますので、どちらが上位というよりは、先生方が領域からのほうが入りやすいということであれば、領域も意識しつつ、セットとして目的とか目標というものを考えること、何よりも、教師と児童・生徒が目的・目標を共有することがすごく大事だと思います。
それから、ちょっと細かいことで恐縮ですけれども、6ページのところで、言葉を使う目的のところの順番で、情報の伝達、他者への説得、情報の獲得、他者の主張の吟味、合意形成とありますが、通常行う順番からすると、例えば、情報を獲得して、他者の情報も吟味して、それから伝達をして、説得して、合意形成するというのが、これは下位から上位ということじゃないかもしれませんけれども、流れから考えるとそちらのほうが自然だと思いました。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。おっしゃるとおりかと思います。この辺り、具体的な文言については、今後一層整理は必要だろうというふうに思います。ありがとうございました。
ほかにございませんでしょうか。まだ若干時間はございます。領域を先に、それから目的をそれに準ずる形で置くというその構成、形につきましては、多くの先生に御賛同いただいたところかと思います。ただし、どちらが上ということではないということについても何人かの先生から御指摘をいただきました。ほかにはいかがでしょうか。
中村先生、お願いいたします。
【中村委員】
領域を表に出す場合、今あるように、資質・能力の系統性が見やすくなります。実際の授業では何年生段階の力を育成するかという目標を設定して学習を組み立てますが、例えば、苦手な子はどの段階から学び直しをすればいいのか、あるいは得意な子はどこへ向かって発展していけばいいのかなどが、領域ごとの資質・能力のつながりがしっかり見えるというところが大きな狙いかと思います。
ですから、改めて、そうしたそれぞれの学年でつけるべき力が前後でどういう系統になっているのかというところをはっきり位置付けるという趣旨であると考えます。目的を表に出した場合は、言語活動の目的や機能をよりシャープに示すことができますが、国語科には国語科の資質・能力の系統性がきちんとあると思いますので、そこをしっかり身に付けていくということが大切であると考えました。
以上です。
【島田主査】 中村委員、ありがとうございました。大切な御指摘かと思います。ありがとうございました。
石黒委員、お願いいたします。
【石黒主査代理】 よろしくお願いいたします。
今、先生方がおっしゃったことと重なるんですけれども。枠組みとしてはもう大体固まってきつつあって、大事なことは、順番に移りつつあるのかなという気はしました。今の渡邉先生のお話を伺っていてもそう感じました。例えば、思考力・判断力・表現力、知識及び技能というのが、どちらが先かというのは、結構、場所によって違ったりもします。また、話すこと・聞くこと、書くこと、読むこともそうでしょうし、1つ1つのものの順番というのを考える時期に来ているのかなと。
あくまでも個人的な考えですけれども、例えば、学年については、1年生から6年生、低学年から中学年、高学年、中学生、高校生と、これは誰もこの順番に疑いを持たない。それは成長段階を持っているからですが。同じように、時間の流れというのが大事で、1回1回の授業が例えば1学期間続いていったりもしますし、また、1つの授業の中での読んでから書くみたいなそういう順番もあると思います。
そうしたことを考えると、子供たちがその真ん中にいて、その時間の中で授業に取り組み、そして、その中でいろいろなことを学んでいくわけで、そうした順番というものを意識しながら並べていくことが大事なのかなと、そういう統一感を今後は持たせていくことが大事かなというふうに思いました。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。
ということで、一通り先生方の御意見は伺えたところかと思います。ほかにどなたか御意見ございますでしょうか。よろしいですか。
それでは、このまま続いて、議題2のほうに移ってまいりたいと思います。もし何か議題1に関して更に御意見があるという場合には、また後ほど、議題2に関する内容とまとめてお話しください。
では、議題2に移りましょう。こちらも事務局より説明をお願いいたします。髙見さん、お願いいたします。
【髙見主任教育企画調整官】 資料の13ページを御覧ください。議題2は、国語科を通じて育成する資質・能力の在り方・示し方についてです。論点1は、「目標」等の在り方、論点2は「見方・考え方」の在り方、論点3は「高次の資質・能力」の在り方です。
15ページを御覧ください。まず、論点1、目標の在り方として、柱書についてです。国語科は、児童・生徒が日常生活の中で培ってきた言葉の経験を基盤として学び進めるという教科としての特性を持っています。この特性を踏まえると、教科としての一貫性と内容の系統性をより明確にする観点から、小学校、中学校、高等学校の目標における柱書の記載を統一してはどうかと考えております。
現行の柱書では、基本的な構成は共通しているものの、「正確に理解」「的確に理解」「適切に表現」「効果的に表現」など小中学校と高等学校とで表現がやや異なっていますが、その違いが必ずしも明らかではありません。そこで、育成したい資質・能力の趣旨と国語科に固有の学習過程を柱の中で端的に示すこととしてはどうかと考えております。
具体的には、改訂案にあるとおり、小学校、中学校、高等学校に共通して「国語で理解し、考え、表現する資質・能力について、聞いたり読んだり、話したり書いたりすることなどを通して、次のとおり育成することを目指す」という形で示してはどうかと考えております。
ここでは、まず、国語で理解し、考え、表現する資質・能力という国語科としての育成する力の中核を明示した上で、それを支える学習過程として聞く、読む、話す、書くといった学習活動を位置付けています。このように整理することで、学校段階を通じた国語科の一貫性を保ちつつ、各学校段階の発達の段階に応じた内容は、柱書の下に示す項目で具体化していく構造が明確になるのではないかと考えております。
続きまして、16ページを御覧ください。次は、目標における知識及び技能の示し方についてです。検討の視点として、小学校、中学校、高等学校を通じた系統性を踏まえつつ、児童・生徒の発達段階に応じて国語の力がどのように深まっていくのかを明確に示す観点から、大まかな方向性は共通としながらも、校種ごとに適切に書き分ける構成をすること。知識及び技能については、第3回ワーキングで整理した各領域の学習の課程で生かし深める側面と、各領域の学習を支え文化的な知識や態度、教養として深める側面の2つの側面を踏まえること。高等学校では、小中学校で身に付けた資質・能力を更に深い理解につなげ、それを使用する場面が生涯にわたる社会生活の場であるという表現にすることとしてはどうかと考えております。
具体的には、現行の記述では、小学校、中学校、高等学校を通して、「日常生活」、「社会生活」、「生涯にわたる社会生活」と主要場面の広がりが示されているものの、言語文化との関わりについては明確に記載しておりませんが、改訂案では、小学校では、国語の特質を理解し適切に使うことに加えて、「我が国の言語文化に親しむこと」を明示するとともに、中学校では、それを一段と深め、「我が国の言語文化を理解できるようにする」という表現とし、高等学校では、小中学校で身に付けた資質・能力を基盤として、「生涯にわたる社会生活」の中で国語を適切に使うとともに、「我が国の言語文化を深く理解する」という表現でより深まりを示すこととしてはどうかと考えております。
続いて、17ページを御覧ください。次は、目標における思考力・判断力・表現力等の示し方についてです。ここでも小学校、中学校、高等学校を通じた系統性を大切にしつつ、児童・生徒の発達段階に応じて質的な深まりが分かるようにすることを基本として、大きな方向性は共通としながら、校種ごとに適切に書き分けるという整理を行っております。
具体的には、現行の記述では、小学校、中学校、高等学校を通して「人との関わりの中で伝え合う力を高めること」が示されており、生活の場面が、先ほどの知識・技能の整理と同様に、小学校では「日常生活」、中学校では「社会生活」、高等学校では「生涯にわたる社会生活」へと広がる構造になっております。
改訂案では、この構造を生かしつつ、小学校では、「日常生活における人との関わりの中で、国語を通して互いの立場や考え尊重しながら伝え合う力を高めること」を明確にし、その過程で「論理的に思考する力や豊かに想像する力を養うこと」としております。また、中学校では、小学校の記載をベースとしつつ、現行と同様に「社会生活」という視点で示しております。さらに、高等学校では、小中学校の記載をベースに、「生涯にわたる社会生活における他者との関わり」の視点を示しつつ、「論理的に思考する力や豊かに想像する力」を更に伸ばす段階であることを明確にしております。
このように整理することで、思考力・判断力・表現力等が人や社会との関わりの中で発揮され深まっていく力であることを、学校段階を通して一貫して示すことができるのではないかと考えております。
以上が目標における思考力・判断力・表現力等の示し方についての案となります。
続いて、19ページを御覧ください。次に、目標における「学びに向かう力、人間性等」について説明します。「学びに向かう力、人間性等」は、教科横断的に、まず、丸1の当該教科の学習を通して育みたい学びや生活に向かう態度、丸2の当該教科の学習を通して育みたい情意・感性、この2点を柱として整理することとされております。
その上で、国語科においては、小学校、中学校、高等学校を通じた大きな方向性を共通としつつ、児童・生徒の発達段階に応じて、校種ごとに深まりが分かるよう書き分けることとしてはどうかと考えております。現行では、校種ごとに表現を工夫することで、児童・生徒の発達段階への配慮が既に示されています。今回の改訂案は、こうした考え方を踏襲しながら、学習活動との結びつきや学校段階を通した力の深まりがより読み取りやすくなるよう、記載する内容を丁寧に示しています。
具体的な改訂案として、小学校は、言葉を使うことそのものへの前向きの態度を育てる段階として、「考えたり感じたりしたことを言葉で伝え合い、他者との関わりの中で振り返り、言葉が持つよさを認識し、その能力の向上を図る態度を養うとともに、言語感覚を養い、国語の大切さを自覚し、国語を尊重する態度を養う」としております。また、中学校では、その経験を基に、「他者との関わりの中で言葉の持つ価値」をより意識的に捉えるとともに、「言語感覚を豊かにし、我が国の言語文化に関わる」という視点を明確にしております。高等学校では更に一歩進めて、「言葉の持つ価値への認識を深めるとともに、言語感覚を磨き、我が国の言語文化の担い手としての自覚を持つ」としています。
21ページを御覧ください。論点2は見方・考え方の在り方についてです。見方・考え方については、これまで、各教科等の学びの深まりを示す側面、側面丸1の部分と、それから、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核を示す側面、丸2の2側面から説明してきたところです。
一方で、教育課程企画特別部会の論点整理においては、見方・考え方の側面の丸1である各教科等の学びの深まりは、中核的な概念等、これは高次の資質・能力の表現が変わっておりますが、その構造化によって一層具体的に示すこととし、新たな見方・考え方を側面丸2の各教科等を学ぶ本質的な意義の中核に焦点化して端的に示していくことをする方向で検討すべきこととされたところです。新たな見方・考え方は、教科を学ぶ本質的な意義の中核として示されたものであるため、各校種の到達段階を示すものではなく、国語科を学ぶと将来を通じてこういう見方や考え方ができるようになるというものであります。
これらの考え方については、次のページ以降にその関連の資料を添付しておりますので、併せて御覧いただければと存じます。例えば23ページ等に先ほどの説明を記載してございます。
これらを踏まえまして、先ほどの21ページに戻りますが、改訂案では、「自分や他者の言葉を、その意味や使い方、表現の意図などに着目して多面的・多角的に吟味し、多様な立場や考えを理解しながら、丁寧に言葉を紡ぎ、よりよく伝え合うこと」と内容を一文で簡潔に示しています。これは、何を扱うのか、どのような視点で捉えるのか、どのように考え判断するのかという学習のイメージが経験の浅い先生方であっても端的に読み取れるようにすることを意図したものです。
27ページを御覧ください。論点3は高次の資質・能力の在り方についてです。前回、高次の資質・能力の示し方や内容の考え方を御審議いただきましたが、追加の視点を黄色の網かけ部分に記載しております。具体的には、国語科では学習内容は系統的・段階的に積み上がると同時に、同じような学習を螺旋的・反復的に繰り返しながら深まっていくという特性があります。そのため、資質・能力の定着や深化を考える際には、単年度・単学年で完結させるのではなく、発達段階を見通した捉え方が不可欠になります。このような違いが適切に表現されるよう、共通性と段階性の両立を意識して整理してはどうかと考えております。特に高等学校については、各科目の学習の意義を踏まえ、科目の深い学びが明確になる表現としてはどうかと考えております。
なお、高次の資質・能力の具体のイメージとして、少し戻りますが、24ページを御覧ください。こちらの左側にあるとおり、個別の知識や技能が相互に関連付けられて一般化され、統合的な理解となった姿である知識及び技能に関する統合的な理解と、右側にあるとおり、複雑な課題の解決に向けて、個別の思考力・判断力・表現力等を組み合わせて選んだりして総合的に働かせた姿、思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮を新たに高次の資質・能力として位置付けることとされております。
28ページを御覧ください。これらを踏まえて、まず、小学校段階での高次の資質・能力の案をここに示しております。小学校国語科における高次の資質・能力を話す・聞く、書く、読むの3領域を軸に構造的に整理しています。
上段は思考・判断・表現の総合的な発揮を示すもので、日常生活の場面を想定し、目的に応じて理解したことを基に思考し、表現する力が総合的に発揮される資質・能力、領域ごとに内容を書き分けて示しております。
中段は知識・技能の統合的な理解を示しており、内容は、領域に共通して、言葉の意味や働き・使い方を身に付け、目的に応じて使うことで理解・思考・表現の質が高まることを理解しているとしております。この部分は、領域のAからCまでの内容は共通ですが、第3回ワーキングで知識及び技能の在り方の検討の中で丸1と丸2の2つの側面に整理したことを受け、第1側面である各領域の学習の過程で生かし深める側面と整理されたことを踏まえ、領域ごとに同じ内容としております。
また、下段の部分についても、知識・技能の統合的な理解を示しており、内容は、領域に共通して、幅広く多様な言葉に触れ蓄えながら言語文化の価値に気付くことが、自己の形成や日常生活の向上、文化の創造と継承につながることを理解しているとしています。こちらは知識・技能の2つ目の側面である「各領域の学習を支え文化的な知識や態度、教養として深める側面」と整理したことを受けて、同じ内容で領域を貫いて示しております。
また、29ページから31ページにかけて、中学校と高等学校の現代の国語、言語文化の高次の資質・能力の案も示しておりますが、総合的な発揮、統合的な理解ともに、中学校段階、高等学校段階は小学校と同じ構造で示しつつ、内容を書き分けています。
中学校は、子供たちの生活の範囲の広がりや認識等に関わる発達の高まりを踏まえ、小学校の日常生活というのを社会生活というふうに記載するとともに、統合的な理解において言語文化の意義や価値を捉えるとして、小学校の気付くということと違いを設けておりますが、それ以外の内容は統一しております。
さらに、高等学校については、統合的な発揮について、領域AとBにおいて「的確」「効果的」といった記載を追加するとともに、現代の国語では、領域のAからCにおいて「生涯にわたる社会生活に係る課題や出来事」、言語文化において「自分の経験など」の表現としております。また、統合的な理解については、「社会生活」を「生涯にわたる社会生活」とするとともに、言語文化の持つ意義や価値を深く捉えることとしております。
それから、最後になりますけれども、今、画面投映している30ページもそうですが、小学校の部分からですけれども、28ページ以降、28ページ、29ページ、30ページのところでございますが、左のほうにグレーの記載がございます。すみません。この記載は、現行の国語科の特に義務段階の目標の部分を持ってきた記載になっておりますが、これについては事務方のほうで削除し忘れておりましたので、こちらについては、ないものとして御議論いただければと思っております。
事務局からの説明は以上でございます。
【島田主査】 ありがとうございます。
議題2に関しまして御説明をいただきました。論点が3つございまして、目標等の在り方について、それから、見方・考え方の在り方について、さらには、高次の資質・能力の在り方についてということで、御説明いただきました。
いずれの論点についてでも結構ですので、意見交換に進みたいと思います。また、御意見、御質問のある方は挙手ボタンにてお知らせください。全員に御発言の機会があるよう、御発言は1人3分で、3分以内でおまとめいただければと思います。御発言の際は、資料のどのページ、どの部分に関する御発言であるかお示しいただけますと幸いです。
では、竹内委員、お願いいたします。
【竹内委員】 コメント2点ございます。
まず、1つ目、17ページでございます。こちら「互いの立場や考えを尊重しながら」という言葉が入ったのはとてもいいなと思っておりまして、小学校が日常生活、中学校は社会生活、高等学校は生涯にわたる社会生活というふうに分かれているということ、これは今までの延長ということはよく分かるんですが、構造としての深まりは分かりやすい一方で、今、子供たちを取り巻く環境を考え、そして2040年までというその時期を考えたときに、例えば、生成AIを含む情報を読み解くリテラシーも必要でしょうし、既に国際理解、環境や人権など社会課題に接続した単元も小学校で増えていることを考えると、児童は社会の入り口に立っているのではないかと。
他方で、高校生を考えたときに、生涯にわたる社会生活の中に日常というものが含まれるや否やの議論はあるかと思うんですけれども、高校生も学校内外の人間関係、SNSを含む日常のコミュニケーションなど、人間関係をどう自律的に調整するかというところが、今、非常に重たくなっているのではないかなと思うんです。
ですので、もしかしたら、表現が難しいんですが、だんだん日常のウエートが減っていって、逆に社会のウエートが増えていくというような、そのような表現ができないか。そうすると、それ以降のページで少し困ってしまうので、「主に日常」とか「主に生涯にわたる社会生活」というような言い方ができないかなと。小学校の国語の範囲を増やせとかということでは毛頭なくて、言語能力として、今後きちんと土台としてそれを支えられるようにという認識の問題でございます。
それが1点目で、2点目は28ページなんですが、高次の資質・能力の中身についてはおおむね了解なんですけれども、知識・技能の統合的な理解のところが、今度は逆に小学校も高校もほぼ同じ抽象度と語彙で書かれていまして、もし小学生は日常生活がメインだというのであれば、例えば、言語文化の持つ意義や価値、文化の創造・継承みたいな堅い言葉ではなくて、現場の先生方が目の前の小学生像にイメージができるような、そちらに寄せたような言葉になっていると現場は単元に落としやすいのかなと思いまして。例えば、言葉の大切さを知るとか、よさに気付く、言葉を生かして文化を引き継ぐみたいに少し開くだけでも変わってくるのかなと思いまして。
以上、2点コメントでございます。
【島田主査】 ありがとうございました。
日常生活、社会生活、生涯にわたる社会生活というような書きぶりが現状に即してどうなのかというような御意見、また、一方の知識・技能の統合的な理解の文言、これも小学校のものなどを見ますと、高校と同様に抽象度が大分高いけれども、この辺りもどうなのかというようなことで、文言の内容について御指摘をいただきました。ありがとうございました。
児玉委員、お願いいたします。
【児玉委員】 よろしくお願いします。
21ページを御覧いただきたいと思います。この論点の2の見方・考え方のところで幾つかお話しさせてください。
御提案では、この見方・考え方というのを大きな目標の文言からは削除して、各教科等を学ぶ本質的な意義の面から今回再整理をしようという意図があるということが分かりました。
ただ、この「見方・考え方」という言葉は、そこに「方」という言葉が入っていることが示しますように、物事を認識したり思考したりするための方法とか方略を意味しているのがもともとの言葉の意味なんだろうと思います。それを今回は意義という点から新たに捉え直すことで、この「見方・考え方」という用語にこれまでとは異なる意味とか役割は与えようとしておられるのかなというふうに私は理解しました。
ただ、そうなりますと、「見方・考え方」という言葉の持っているもともとの意味と、その意味に与える意味内容をちょっと広げるといいましょうか、足すというようなこと、こういうことになることになっていまして、そのことがどういう意味を持つかということがちょっと私は気になっています。ただ、それによって、各教科の目標に当たる意味内容が補足され、補完されるんだということであれば、それはそれでよいので、総則とか国語科の解説などにそこはしっかり書き込んでいただく必要があるのではないかなと思いました。
加えて、現行の国語科では「言葉による見方・考え方」という言い方をしていたんですが、今回は「言葉による」という部分が削除されて、「見方・考え方」というふうになっています。
私としては、「言葉による見方・考え方」という言い方であったことで、この用語の意味をもし直訳するならば、言葉に依拠したものの見方・考え方という意味合いになるというふうに理解していました。言い換えますと、ものの見方や考え方は言葉に規定されているんだという国語科としての特性を非常にはっきりと示していたんだなと私は思っていたんです。ただ、これがなくなってしまったことで、国語科としての見方・考え方という意味ニュアンスが少し薄まってしまっているような感じを持っていて、とてもここは残念だなと思っています。これは感想です。
最後に、21ページの下に、見方・考え方の改訂案というか定義が書かれているんですが、ここについては、現行版にあった「言葉の自覚を高めること」というのも削除されているんです。
国語科は、一部の外国ルーツの子供たちを除きまして、ほとんどの子供たちは国語、日本語を母語として学習をしているわけです。もともと母語というのは、どんな言語であっても無意識・無自覚に習得するところにその特性があるわけで、そういう点があるものですから、国語科の学習指導は、母語の国語、日本語を子供たちが意図的・自覚的に向き合ったり、有効に、効果的に使いこなしていくという、こういう能力を育てるところに国語科の役目があるわけです。
そういう点で、この「見方・考え方」という用語によって本質的な意義を説明するという意図をお持ちなのであれば、この改訂案にも言葉の自覚を高めるといった要素や表現はぜひ入れておいていただけたらと思います。具体的に提案しますと、「丁寧に言葉を紡ぎ」のこの「丁寧に」というところを、例えば、「自覚的に言葉を紡ぎ」などとしてはどうかなと思いました。
以上です。
【島田主査】 児玉先生、ありがとうございました。
主として、見方・考え方の案について御意見をいただきました。「見方・考え方」というのはそもそも方法とか方略を意味していたと。しかし、改訂案を見ると、それとはまた少し違った意味合いというのが出てきている。本来の意味合いと変わるのならば、変わったところはほかのところにしっかり書いていただきたいという御意見。それから、「言葉による」、言葉に依拠するという意味合いが薄れてしまったのは残念だということ。それから、「言葉への自覚を高めること」という現状の文言がなくなってしまったのは残念だということでありました。
私もその点については全く同感です。現状のものはその点がしっかりと書き込まれておりました。それは教科で扱う事象や対象として、「対象と言葉、言葉と言葉の関係を」というふうに書き表されていたところにも含意されていたと思われますけれども、その部分も少し薄れてしまいました。改訂案では「自分や他者の言葉を」となっていますが、国語科で扱う対象は、自分や他者の言葉と、それに加えて、それぞれを説明する言葉というのも対象であったはずなので、そのことがニュアンスとしてここには表れてほしいと私も考えていたところでした。どうもありがとうございました。
庭井委員、お願いいたします。
【庭井委員】 よろしくお願いいたします。国語教育の専門家ではないので、的外れなことを言ったら申し訳ないです。資料で言うと28、29、30の高次の資質・能力の案というところの、小中高の「読むこと」について、2点お話をさせていただければと思います。
犬塚委員が御指摘になったように、私もこのA、B、Cの分け方には非常に違和感を感じます。読書教育という観点からも、犬塚委員がおっしゃったように、読むと聞く、それから話すと書くという組合せが自然だという御意見に非常に賛成いたします。読書というと、読むことと関連が深いわけですけれども、昨今の読書事情を考えますと、例えば、Audibleのような聞く読書ですね、耳から言葉を聞く読書というかたちも増えてきておりますし、あと、漫画のようなビジュアルなものを読み解くことも読書の中に含まれるようになっております。そうしたことを考えると、「読む」と「聞く」を分離してしまって、「話す」と「聞く」がセットになっているということには少し不自然な感じを持つところでございます。
また、情報の獲得とか他者の主張の吟味とか情報の伝達という話を、議論1の表で拝見しましたけれども、こちらも、インプットとアウトプットの往還というふうに考えるほうが能力として記述しやすいのではないかなというふうに考えました。
以上が1つ目の感想というか意見でございます。
もう一つは、同じく論点3のP.28、29、30のところなんですけれども、「読むこと」の中の思考力・判断力・表現力の書きぶりについてです。「目的などに応じて文章を読んで内容を理解」と書いてあります。しかし、目的に応じた文章を読む前に、それを探したり選んだりする力が必要だと感じます。ですので、例えば、「目的などに応じて文章を選んで読み,内容を理解する」のような書き方がいいのではないかと考えます。
学校図書館で読書とか探究学習の場面をよく見ているんですけれども、子供たちにとって非常に難しそうに感じるのは、多くの資料がある中で目的に応じたものを選ぶ、探すということです。例えば、本を選ぶという場合には、本の背表紙にある題名を読んだり、目次を読んだり、内容をさっと読んだりといういろいろな読む行為がそこに含まれていますので、この「読むこと」の中に「選ぶ」とか「探す」という表現が入っても不自然ではないのではないかなというふうに考えました。
以上2点、図書館とか読書教育の立場からお話をさせていただきました。ありがとうございました。
【島田主査】 ありがとうございました。
3領域あるいは4領域の設定について御意見をいただきました。それから、各領域、目的などに応じてとございますけれども、その前に情報の収集に関することというのもあっていいのではないかという御意見だったかと思います。ありがとうございました。
井上委員、お願いいたします。
【井上委員】 よろしくお願いします。
私からは論点1の目標について細かな質問がございます。16ページの知識及び技能の項についてです。前回のワーキンググループでの改訂イメージでも示されていましたとおり、今回、この知識・技能というのは、各領域の学習の過程で生かし深める側面と、各領域の学習を支え文化的な知識や態度を教養として深める側面の2側面から成るということが確認されております。16ページの文言においても「とともに」という表現がありまして、その前後でこの2点を意識した書きぶりが理解できるかなというふうに思われます。
ここで質問なんですけれども、読み手としては、今回、知識・技能が、あるいは学びに向かう力もそうなんですが、この2つの側面にまとめられるということをどこで確認できるのかということです。例えば、19ページの「学びに向かう力、人間性等」でも2側面で書かれておりまして、こちらでは丸1、丸2という記号付きで併記されるわけですけれども、知識・技能では同じ示され方になっていないということなんです。ここに対して何か御意図とか狙いというのがもしあれば、教えていただきたいと思っています。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。事務局、いかがですか。
【髙見主任教育企画調整官】 ありがとうございます。特段深い意図があるわけではなくて、ここ知識・技能のところ、箇条書で示すというのも1つの考え方だと思っております。その辺の実際にどのように書いていくことが現場の先生方に分かりやすいのか、そういった視点でも先生方から御意見を賜れればと思っております。ありがとうございます。
【島田主査】 井上先生、よろしいですか。
【井上委員】 ありがとうございます。
【島田主査】 ありがとうございました。
続きまして、植木委員、お願いいたします。
【植木委員】 よろしくお願いいたします。非常に瑣末なことを3点申し上げます。
1点目は、16ページの知識及び技能の発達段階に応じた書き分けのところなのですが、日常生活、社会生活、そして生涯にわたる社会生活という書き方は、現状もそうなっているということですので、私が全く素人のため理解が十分ではないところだとは思うんですが、日常生活から社会生活というのは範囲が広がる、空間的に広がるイメージである一方、「生涯にわたる」というと時間的な要素が入ってくるので、何かそこで軸が違う広がり方になっているのではないかと違和感を持ったのですが。
先ほど竹内委員からお話がありまして、ここの書き方が、全体的に変更されるかもしれないですけれども、時間の軸ではなくて範囲といいますか、空間的な要素でそろえたほうがいいのではないかと思いました。
2点目は、19ページで、これも非常に瑣末なことなのですが、小学校では「言葉が持つよさ」となっていて、中学校、高等学校では「言葉の持つ価値」となっている。「よさ」と「価値」というのはそんなに違わないような気がするんですけれども、もし何か御意図があったら教えていただきたいというのが2点目です。
3点目は、28ページ辺り、何度も出てくるのですが、「目的などに応じて」の「など」という言葉について、「場面」とか「作業」とか別の要素が含まれているのであれば、そういう言葉が具体的に入っていたほうが分かりやすいのではないかと思いました。
以上3点です。
1点目に関して、空間と時間が混じっているというようなところなんですけれども、そうしたレベルの違うものが一緒になっていることが時々あるような気がしまして。これは今日の議題1のほうの話になってしまうのですが、10ページの、これはまだこれから詰めていくところだと思いますが、目的の最後に「古典に学ぶ」とあります。「古典に学ぶ」というのはほかの目的とは大分レベルが違って、対象を挙げているだけで、目的になっているのかという疑問がありまして。
何もかも同じレベルで揃えるというのは大変であろうとは思うのですが、位相が違うものが並列されないような工夫が必要ではないかと思いました。
以上です。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
日常生活、社会生活から生涯にわたる社会生活と広がったときに、少し軸が変わったところが気になるという御意見をいただきました。多分そのように変えているのだとは思うんですけれども。そういう御意見をいただきました。
また、目的のところで、「古典に学ぶ」というところですね。これはちょっとほかと位相が違うのではないかというご指摘でした。この辺りもまた、植木先生の御知見等もいただきながら考えていければと思っております。どうもありがとうございました。
「よさ」「価値」について何かありますか。
【髙見主任教育企画調整官】 ありがとうございます。
19ページのところで、改訂案の小学校のところが、今、「他者との関わりの中で振り返り、言葉が持つよさを認識」というふうになっているのが、中学校では「言葉を持つ価値を認識」というふうにここでは記載を変えております。
ここは、小学校段階においては、より感覚的に捉えるニュアンス、そして、中学校段階においては、より分析的に捉えるニュアンスということで、これは事務局の案としてお示ししておりますけれども、これも先生方からこの記載で本当にいいのか、またほかにいい表現ぶりがあるのか、そういった観点でもまた御意見を賜れればというふうに考えております。ありがとうございます。
【島田主査】 ありがとうございました。急に代案というのも出てきにくいかと思いますので、また何かあれば、別の機会に教えていただければというふうに思います。
それでは、続きまして、吉田委員、お願いいたします。
【吉田委員】 私は見方・考え方の案というところ、21ページでしょうか、ここのページに関して気がついたことといいますか、御質問させていただきたいと思います。
現行の学習指導要領では、先ほどもおっしゃっていましたけれども、言葉による見方・考え方を働かせるということが示されて、それがかなり大きな改訂だったと思いますので、現場の先生方も各教科の見方・考え方を働かせるということをかなり意識して授業実践に取り組んでこられたと思います。
しかも、現行の学習指導要領の解説のところにもありますけれども、各教科の見方・考え方を働かせることが深い学びの鍵なんだというふうに示されていたり、また、ここにも、国語科において育成を目指す資質・能力をよりよく身に付ける、見方・考え方を働かせることで資質・能力を育成することができるというふうに現場の先生方は私も含めそのように捉えて。
例えば、アリの行列のような、アリというもの、科学的な説明文を読んだとしても、アリがどうのこうのということの理解、科学的な理解ということではなくて、そこに言葉による見方・考え方を働かせるということが国語科である意義なんだと。ですので、そういう段落相互の関係を捉えているかであるとか、接続する語句の役割を見つけて、そういった言葉の見方・考え方を働かせてアリの行列という説明文の内容を理解していくことが大切だ、それが深い学びの鍵なんだ、そして資質・能力の育成につながるんだと思っているので。
今度、先ほどの事務局の方の説明だと、改訂案のところが、こういう見方・考え方を身に付けることができるというふうにおっしゃったので、今度は逆になっているような、見方・考え方が最終身に付けるものというような、では、資質・能力とはどう違うのか。
また、23ページのところにも関連しますけれども、高次の資質・能力というのが、教科の本質的意義の中核である見方・考え方はというふうに、「高次の資質・能力」という言葉と「教科等の本質的意義の中核である見方・考え方」というふうにあるので、これは何が違うのかというところ。見方・考え方が能力なのかという。つまり、到達するような。そこが非常に、今までの使い方とは逆のように感じてしまうので、学校現場はかなり混乱すると思います。このままだと。そこをどういう捉えなのかということが示されないと、私も今の段階では理解が、まだ分からないと思っています。
もう一点、見方・考え方も、今までは「見方・考え方」というふうに別に何か分けられるものではないというような捉えでしたけれども、改訂案では、見方はこうで、考え方は多様な立場や考えを理解しながらというふうにピンクのところに書いてありますが。21ページのピンクのところですね。そうしますと、例えば、「多様な立場や考えを理解しながら、丁寧に言葉を紡ぎ、よりよく伝え合うこと」というふうに――ピンクですよね。そこが考え方というか――私が持っている資料はちょっと違ったかもしれない。ごめんなさい。見方・考え方というふうに分けて考えているのかというようなことも、ちょっと私は捉えがよく分からなかったなというふうに思いますので。
この見方・考え方については、現行の指導要領上での捉えとのギャップがすごく大きいような気がしますので、もっと議論が必要かなというふうに思いました。
以上です。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
先ほどの児玉委員の意見にもあった内容かと思いますけれども、今回のこの見方・考え方について、内容それから構造ともに、現行のものと随分違うというところに違和感がある、それが混乱のもとになるのではないかという御意見をいただきました。少し検討が必要かなというふうに思われます。ありがとうございました。
髙見さん、ありますか。
【髙見主任教育企画調整官】 事務局でございます。若干補足説明いたします。
22ページを御覧いただければと存じます。こちらは論点整理、今年の9月に提示されたものの抜粋ですけれども、左側の部分の矢印の下のところから御覧いただきたいんですが、従前の見方・考え方というのは、定義のところでございますけれども、どのような視点で物事を捉え、どのような考え方で思考していくのかというその教科ならではの物事を捉える視点や考え方という形で考えられておりまして、その中で、この下の枠囲みにございますように、これまでの見方・考え方というのは、側面丸1の各教科等の学びの深まりを示す要素と、それから側面丸2の各教科等を学ぶ本質的な意義の中核を示す要素、この2つの側面で説明されていたといったことでございます。
一方で、それについての、右側の下のほうになりますけれども、矢印の下、従前の見方・考え方にあった側面の丸1の部分につきましては、各教科等の学びの深まりに関することということで、中核的な概念、これは今高次の資質・能力というふうに変わっていますけれども、そこによる資質・能力の構造化によって一層具体的に示していって、見方・考え方自体は、側面丸2の各教科等を学ぶ本質的な意義の中核に焦点化して端的に示していくことをするという形で検討すべきということが示されたところでございます。
そういった中、次のページを御覧いただければと存じますが、23ページ、これも同じく論点整理の中で示された内容ですが、左側の図を御覧いただきますと、まず丸1のところ、学びの成果のところ、下に書いていますが、各教科等の学びの深まりに関する事項については、先ほど申し上げたとおり、高次の資質・能力の中で、内容の構造化をする中で一層具体的に示していく。
そして、従前の側面の丸2の部分、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核に関しては、この下に書いているところでございますけれども、各教科等の資質・能力が身に付く中で、様々な世の中を見る視点や考え方が豊かになって、よりよい社会や幸福な人生につなげていけることを見方・考え方によって示すと、こういった考え方が示されております。
その具体のイメージとして、米印、小さいところに書いてあるんですけれども、※2というところを少し御覧いただければと思いますが、新たな見方・考え方というのは、資質・能力が育成される中で、徐々に個々の児童・生徒の中で明確になりつつ、灯台のように資質・能力の育成を導くもの、このような形で考え方を整理されているところでございまして、こういったことを踏まえて、今回、新たな見方・考え方というのは、従前のものはまた少し定義は、考え方が変わったものとして捉えていく必要あるのではないかと考えています。
そういった意味では、先ほど来御意見もあったところでございますけれども、今後、学習指導あるいは解説等を示していく中においても、新しい見方・考え方というのはこういう捉えでやっていくということをよりしっかりと明確にお示ししていく必要はあると思っておりますし、また、従前の見方・考え方で示していた部分については高次の資質・能力のほうにも入ってくるといった点についても、従前とのどのような関係にあるのかということも、これはこれでまた併せてしっかりと御説明していかなきゃいけないところかなと思っているところでございます。
若干補足になりますが、以上でございます。
【島田主査】 ありがとうございました。御説明をいただきました。
続きまして、松本委員、お願いいたします。
【松本委員】 1点だけコメントさせていただきます。16ページです。論点1の目標における知識及び技能のところから話をさせていただきたいのですが。その高等学校の部分です。「我が国の言語文化を深く理解できる」というふうにあります。中学校では「理解できる」で、高等学校では「深く理解できる」。この表現で気になるのは、この後どうなっていくのだろうと。深く理解した後どうなっていくのだろうというところが気になります。
一応、上の黒丸の3つ目に、「それを使用する場面が人生を通して続く社会参画の場である」と書かれていますが、ここに、これは私の個人的な希望かもしれませんが、我が国の言語文化自体を創造していく、クリエーションのほうの創造ですけれども、そういう視点が入らないか。解説にでも入らないかということを希望しております。
現行の学習指導要領も含めて、今回も恐らく、国語が知的な活動や文化的な活動の中枢をなしていて、文化の創造や継承につながっているという、いわゆる言語文化の創造ということではなくて、文化全体の創造に関わっていく大事な国語なのだという解釈のままで今行っているのじゃないかと思いますが、国語を取り巻く物理的環境が変われば、我が国の言語文化も変わっていくわけで、今、その渦中にあると思うのです。我が国の言語文化の創造、単なる言語文化の創造でもなくて、我が国の言語文化の創造につながる資質・能力的な捉えというのが入ってきてもいいのではないかというふうに考えているところでございます。
このことは、19ページの高等学校の「我が国の言語文化の担い手」というところの解釈ともつながってくると思いますが、この言語文化の担い手の場合は、我が国の言語文化を継承し発展させるという意味合いで使われていて、継承し発展させていくということはその延長線上にあるわけで、新しいものを創造するという視点がここにはないように思われます。このクリエーションの部分の創造というニュアンスがどこか解説ででも反映されればいいなと希望しております。
以上でございます。
【島田主査】 ありがとうございました。
言語文化の継承、発展とともに、我が国の言語文化の創造、クリエーションというところを入れられないかということで御意見をいただきました。ありがとうございました。
犬塚委員、お願いいたします。
【犬塚委員】 ありがとうございます。よろしくお願いします。皆さんの御意見とあまり重複しないところで少し疑問とコメントを申し上げたいと思います。
まず、今見ていただいている19ページの中には、「言葉」「言語」「言語感覚」「国語」という言葉が使われています。例えば、28ページに次飛んでいただきますと、統合的な理解というところでは、「言葉の様々な意味や働き」という言い方と、それから、上のところに行きますと「文章を読んで」というふうに「文章」という言葉が今度出てきます。
恐らくなんですけれども、「言葉」というのが非常に抽象的な概念として想定をされていて、言語的な要素全てを含むような意味合いで使われているのかなというふうに想定をされるんですが、じゃあ、それは「言語」と言っているときと同じものなのか、違うものなのかとか、「文章」というのは含意されているのか、されていないのか。含意されていると思うんですけれども。もっと小さい単位で言うと、語彙のような意味合いもあると思います。
こういった想定というのがどのぐらい広く読み手に伝わっているのかということを少々心配に思いました。専門家ですとか、国語の専門家ですよね、にとっては、もしかするとその辺りの感覚というか定義は共有されているのかもしれないですけれども、私は心理学で多少領域外ですので、領域外の人間から見ると、ここで言っている「言葉」というのにはどこまで含まれるんだろうかということ、「文章」というのが含まれているのかということは大変読み取りにくく思いました。
例えば、どこかで定義をするであるとか、もう少し誤解のないような、具体的な表現で統一ができるところは統一をするというような工夫がされてもよいのではないかなというふうに感じましたので、御検討いただければと思います。もしかすると、みんなそんなことは分かっているということだったらお忘れいただいていいんですけれども、ちょっとそこは私には理解し難く思いました。
そこと少し関わるんですけれども、統合的な理解というところで、「言葉」ということで書いてあるんですが、文章のようなまとまりのあるディスコースですよね。全体として意味を持つように構成されたまとまりのあるディスコース、言語表現についてということが含意されているんだということをお示しいただくことは大変重要だと思います。
表面的にいわゆる語彙指導ですとか文法指導ということがこの統合的な理解なのだというふうに思われると困る。文章を読むための読み方の知識ですとかジャンルの知識のようなものというのが文章を読んで内容を理解するためには必要ですので、そういったことがこの統合的な理解ということには含まれるのであるということをお示しいただく必要があるのではないかなと。もう少し明確になるようにお示しいただく必要があるのではないかなというふうに考えました。
以上です。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
統合的な理解、そこに含まれるものは、単なる語彙とか文法といった知識ではないことを明確にといったことを御指摘いただきました。
それから、用語の整理ですね。「言葉」「国語」「言語」、これは使い分けが果たしてあるのか、あるとすれば共有されているのかということですが、これは十分に整理・共有はされていないと思います。やっぱり整理は必要かなと思います。もしかすると整理はされているのかもしれないけれども、私もよく分からないところもあるので、どこかに明示するような形も考えられたらよいかと思いました。ありがとうございました。
西委員、お願いいたします。
【西委員】 よろしくお願いいたします。
16枚目お願いできますでしょうか。知識及び技能の目標の改訂案のところ、現行のものから「我が国の言語文化」に関わる記述を案として提案いただいたと思います。現行の記述に関しては比較的包摂的で、知識・技能の領域に関しては非常に書き分けができているという理解ができます。今回の改訂案で「我が国の言語文化」についての記載が明示的になったこと、そして学校種に応じて「親しむ」、「理解できる」、「深く理解できる」というような段階性を持たせたことに関しては、少し心配があります。
特に中学校が「理解できる」という表現で目標設定がされていることは、ある意味で高等学校に寄ったという理解を私はいたしました。その意味では、親しんだり理解したりすることができるよう、うまく接続できるような表現がよいと思います。特に念頭に置いたのは、中学校では書写が含まれます。そのような状況を考慮して検討していただけるとありがたいと考えておりました。
現行、小と中がうまく知識・技能の、特に「我が国の言語文化」に関わる事項は、教材開発、授業実践、よくできているという理解です。その意味でも、そうした主旨が若干削れてしまうのではないかという危惧を抱いた次第です。
以上です。
【島田主査】 西先生、ごめんなさい。ちょっと通信状況がよくなかったかもしれなくて、中学校の改定案ですよね。少し高校のほうに寄ったのではないかというお話をいただいたかと思うのですけれども、その先をもう一回繰り返していただけると助かります。ごめんなさい。
【西委員】 中学校のほうに寄ってしまっていて、小中は授業実践として教材開発等もよくできて、親しむという、特に「我が国の言語文化」に関しては、できていたという理解を私はしています。そうした要素を残して、「親しむ」という言葉をここに中学は残しておいたほうがいいのではないか。特に書写がありますので、文字文化に親しむということが必要かと思いました。
通信状況が悪く申し訳ありません。
【島田主査】 ありがとうございました。今度は明確に伝わりました。ありがとうございました。
続いて、藤森委員、お願いいたします。
【藤森委員】 ありがとうございます。よろしくお願いします。
文言の小さなところを幾つかと、あと、すみません、除夜の鐘の撞く数を105にしたいので、3つほど生意気なことを申し上げさせていただきます。
1つは、15ページを御覧ください。今度の改訂案ですけれども、聞いたり読んだりと話したり書いたりのセットで、受信と発信、理解と表現という視点を入れていらっしゃるんだろうなと思いました。これ自体についてはこれからいろいろまたもんでいくと思うんですけれども、「話し合う」という要素はどうなるのかという問題があって、原案のままでは昭和53年の学習指導要領に戻ってしまうんじゃないかなという、そういう危惧を持っています。せめて理解と表現の両方が交わる「汽水域」のような、例えば、「質問する」、「話し合う」という要素も入れるべきじゃないかなと思いました。
続きまして、次は17ページを御覧いただけますでしょうか。ここに「豊かに創造する力」というところがありますけれども、対になる言葉は「論理的に思考する力」とありますから、例えば「感性豊かに」というふうにしないと、何がどうなることが「豊か」なのかが分からないんじゃないかなということを感じました。
続いて、19ページを御覧ください。「学びに向かう力、人間性」の部分です。これかなり工夫されたなと思って大変敬意を表します。ただ、小学校の丸2丸2のところですけれども、「国語の大切さを自覚し」というのは、これは現行と同じなんですが、多言語・多文化が進んでいく今後を見たときに、この文言はいろいろ引っかかりが出るんじゃないかなという気がします。
個人的な案として、中学校・高等学校の学習指導要領の同様の部分に関わってくるならば、小学校の丸2丸2は「我が国の言語文化に触れ」という言い方がいいんじゃないかなと思っています。既に小学校の国語教科書では、伝統的な芸能文化も含めて、言葉そのもの、言語活動、そして言語芸術というこの3つのフェーズを持った言語文化について、随分触れています。この点について御一考願いたいと考えました。
あと、簡潔に3つの私なりの問題意識を申し上げます。
1つは、20ページです。大きな共通目標と小中高の目標設定が記されていますが、気になるのが、全て使役構文になっていることです。確かに、教師としてこういう児童・生徒を育てていくという目標設定としては、なるほどとは思うんですけれども、主体的・対話的で深い学びを更に推し進めていこうとするのであるならば、例えば、英語のCan-doリストであるように、子供主体の、子供がどうなることを目指すのかという表現に御一考願いたいと思います。
特に、例えば知識及び技能で「できるようにする」とありますけれども、これはそう「させる」という古い考え方なんじゃないかなという気がしていて。ただ、ほかの教科との絡みもありましょうから、御一考を願いたいと思っています。
2点目は資質・能力の問題です。28ページ辺りを御覧いただけますでしょうか。「資質・能力」という言い方に変わったのが現行の学習指導要領からです。私も前回の中教審のこのワーキングに参画させていただいて、変更の大きなポイントが非認知的能力を視野に入れたコンピテンシーとしての力であって、アビリティーとかスキルではないと強く印象付けられました。しかも、幼児期から高校まで一貫して子供の資質・能力を育てていくんだという、そういう姿勢であるというふうに認識していますし、親部会の先生方も十分それは理解されていると思います。
ただ、正直申し上げて、ここにある1つの案文というのは、いわゆるスキルベースの話だなと感じます。平成20年の学習指導要領の編成にお力添えしたときの自分を思い出しました。例えば「書くこと」の内容を見ると、書くことができることが目標になっています。しかしながら、仮に拙劣な文章しか書けなかったとしても、書くためにはどういうことが大事なのかが分かることこそ重要だというのが現行の学習指導要領のポリシーではないのかと思っています。
それから、最後に、「見方・考え方」です。21ページの文案について語弊を顧みずに申し上げると、これはトリセツであって、「見方・考え方」ではありません。もしも次期学習指導要領では「見方・考え方」という用語の捉え方が変わるということであれば、そもそも「見方・考え方」という言い方自体を変えるべきだと思っています。
「見方」というのは、国語の場合、世の中が言葉によって構成されているんだという、こういう角度から世界や対象を見ること、これが「見方」だと思っています。その際に、言葉が持っているいろいろな特質、例えば、対象を概念化するですとか、文脈の中で対象を理解するですとか、あるいは、文学のように様々なもの、美的なものを創造するですとか、こういった特質を持っている言葉に沿って、対象を理解したり吟味したり味わったり、あるいは創造したりすること、これが考え方であるというふうに私は考えるんですけれども。少なくとも今のこの改訂案については、ぜひ御一考願いたいし、一緒に考えていきたいなと思っています。
以上です。
【島田主査】 藤森先生、御指摘ありがとうございました。
「見方・考え方」の意味、ですよね。それについてももう少し考えたいということ、また、細かな語句の御指摘等も含めていろいろと御意見いただきました。ありがとうございました。
続いて、渡邉委員、お願いいたします。
【渡邉委員】 ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
特に高次の資質というのは何かということの本質的な議論が必要だと思います。
まずその前に、若い教師がこれらの案を見たときに理解しやすくするためには、全体の書きぶりに一貫性があることとか、明確で分かりやすいことというのはとても大事だと思います。
先ほど犬塚委員がおっしゃったように、「言葉」「国語」「言語」の使い分けとか、あるいは「価値」と「よさ」というのは何なのかとか、もしそれらの中心的な用語が全面的に打ち出されるものであれば、ある程度統一して、例えば、小中高でしたら何が違うのかというところ、その違う部分だけをアンダーラインにして、ほかは同じなんだというところが分かるような形にすると、読んだときの認知的な負担がかなり軽くなるんじゃないか、それからまた、構造的な違いも分かるんじゃないかと思いました。
もうあと2点だけ。私もずっと気になっていたのが、繰り返し出てくる「目的など」というところの、「など」ですね。これは「など」がつくことによって、「目的」という明確であるべきもの、とりわけ「なんらかの目的を実現するために話す、書く、聞く、読むといった学習活動が行われる」という、このワーキングで共有されつつある基本的な考え方と、目的に沿った内容構成というところが弱められてしまう気がしています。「など」は何を表すのか、場に応じて、相手に応じてということであれば、それを入れるか、あるいは、「などに」ということは削除したほうが、分かりやすさが格段に違ってくるように思いました。
例えば、最初に出てきたところが6ページだと思うんですけれども、目的、場とか相手というのを書き加えるとしたら、「目的・場・相手に応じて社会生活に関わる課題や出来事などについて自分の考えや感じたことが伝わるように工夫して話すとともに、相手の」というような形にする。そうすると文章がかなりすっきりすると思います。
それから、一番気になったのが統合的な理解ということで、例えば、28ページのところなんですが、この部分は小中高全部同じなんですけれども、「日常生活に必要となる言葉の様々な意味や働き、使い方を身に付け、目的などに応じて使うことにより、理解や思考、表現の質が高まることを理解している」とあり、理解とか思考とか表現の質という言葉が並立されています。けれども、それぞれがどう高まるのかとか、なぜ言葉の使い方と結びつくのかというところが文章的に見えにくいと思われます。
運用することと理解することという、異なる機能が一緒の文に入ってしまっているのが分かりにくさの原因と思われるので、例えば、「日常生活に必要となる言葉の意味や働き、使い方を身に付けている」でいちど区切って、さらに、それらを目的に応じ使うこと、あるいは、使いこなすことで理解や思考、表現の質が高まることを理解しているというような形で整理するだけで理解しやすくなると思われます。
これは本質的なことじゃないかもしれませんけれども、まず、短い文章に区切る、一貫性を持たせる、言葉を整理するということをすると、全体的にかなりすっきりして見やすくなるんじゃないかということを考えました。本質的なことじゃないかもしれませんけれども、気になっていたことですので、今、述べさせていただきました。失礼いたしました。
【島田主査】 ありがとうございました。
大変重要な御指摘だったかと思います。主として表現ぶりについていろいろと御意見いただきました。分かりやすさというのは何より大切だと思いますので、一貫性、明確性、同一性といった観点から全体を見直すということが必要になってこようかと思います。どうもありがとうございました。
中川委員、お願いいたします。
【中川委員】 ありがとうございます。私のほうも表記や表現についてのコメントを短く4つ致したいと思います。
先ほどから御意見が出ていると思いますけれども、21ページの改訂案から「対象と言葉」が落ちているのは私も大変違和感を感じます。何か範囲を狭めているように思いますので、ここはぜひ再考いただきたいなと思います。
それから、28ページの高次の資質・能力の表し方ですが、知識及び技能が区分けしにくいとしても、各領域ごとに分けて記述をするほうが授業を行う教員からしてみると分かりやすいと思いますので、この知識・技能の丸1がそのようになっていることは賛同します。
それから、3点目ですけれども、少し細かいことですが、17ページ及び20ページで、小中学校が「人との関わり」、高等学校が「他者」になっていますが、実際にはどう違うんでしょうか。違いが伝わりにくいかと思いますので、他の箇所の記述を見ると、「他者」に統一したらいかがでしょうかというのが3点目です。
それから、最後に4点目ですが、植木委員、渡邉委員もコメントされていた「など」もさることながら、私は「等」も含めて目についています。例えば、28ページの「目的など」の「など」に何が入るのか。入るものが明確なら、それを入れたほうがよいと思いますし、それから、21ページの「表現の意図等」の「等」には何が入るんでしょうか。個人的には表現の意図や効果が入ってくれるといいかなというふうに思いました。
いずれにしても、次期学習指導要領に向けての現在の全体の作業は、指導要領を分かりやすく、伝わりやすくすることではないかと理解しておりますので、その点からも「など」「等」は極力避けたほうがよろしいのではないかというふうに考えました。
以上です。
【島田主査】 またまた大切な御意見いただきました。どうもありがとうございました。御指摘の観点からまた全体を見直していきたいと思います。ありがとうございました。
石黒委員、お願いいたします。
【石黒主査代理】 よろしくお願いいたします。
20ページ、見せていただいてもよろしいでしょうか。私から大きな目でというか、申し上げたいことが2点ほどあります。
まず1つは、こういうふうに小中高と並んでいると、1つ1つのスロットに何か入れなきゃいけないという発想になるんですけれども、もともと前回の学習指導要領もそうだったんですが、先ほどどなたか、ごめんなさい、御意見があったと思うんですけれども、「生涯にわたる」という言葉が重過ぎるように、いや、高校生に無理ですと思います。それは結局、例えば、私は大学院教育をよくするんですけれども、大学院教育も小中高、大の上にあって、修士とか博士で、博士であってもまだ伸びます。言語能力。そういうふうな長い目で見て考えたときに、高校生に対してここのレベルを求めるのはちょっときついんじゃないかなという気がします。
特に小中高のときに、例えば、本当は小学校も1年生から3年生、4年生から6年生で大きな小4の壁、小5の壁というのがあるので、本当は4つに分けられたほうがよいのかもしれないですけれども、かえって煩雑になると思うので、だとすると、むしろ中高が社会生活でもよくて、その後を調整すればいいのかなというふうに少し思いました。
それから、関連して、真ん中のところの「論理的に思考する」という言葉が思考力・判断力・表現力にあるんですけれども、小学校で論理的に思考すること、もちろん大事だとは思うんですが、全部ここまで同じなんだとすると、先ほども御意見があったと思うんですけれども、何が違うのかなと。考えればいいじゃんと思うんですが、考えないことからまずいろいろ考えてみようよ、それを少しずつ論理的にしていくものなのかなと思うので、小学校からそこを入れるのは大変なのかなというふうに思いました。
あと、これは先ほど藤森委員だったかな、藤森先生からあったんですけれども、私は本業は日本語教育、外国の方に日本語を教えるのが本業です。そうした観点から考えると、例えば、高等学校の「学びに向かう力、人間性等」のところで、「言語感覚を磨き」という言葉があるんですけれども、言語感覚は教育できません。基本。私はそう思っています。論理的なことというのは教育できるんですけれども、感覚を磨くためには、たくさんのものに触れ、学んでもらうしかないということがあって。
むしろ高等学校において大事なことは、自分たちがいろいろな感覚を持っているんです。例えば、海外の人たちが日本人のものを見ると、読点の打ち方とか段落の分け方がむちゃくちゃに見えるんです。大学生が書いたものであっても。そういうのに厳格な教育を受けてきた海外の学生は、何て日本人っていいかげんなんだ、句読点の打ち方がと怒り出すわけですけれども。結局それは、当の日本人に聞いてみると、何となくと言うんです。
結局、感覚は身に付いているんですけれども、何となくなんですね。それをむしろ共通した論理に落とし込んでくる、つまり、自分の感覚というものを論理的に見る、そういう思考が大事なんじゃないのかなというふうにちょっと思ったりもします。
それから、21ページのほうにちょっと移っていただきたいんですけれども、こちらのほうの現状と改訂案なんですが、私も当初は改訂案に近い考え方を持っていたんですけれども、今日の御議論を伺う中で、現状のよさというものを特にいろいろ感じます。先ほど、例えば、犬塚委員だったかと思うんですが、「言葉」というと随分狭く聞こえてしまって、テクスト、文章というものが、広いものが落ちてしまいがちであるというようなこともありましたし、あと「対象と言葉」というものが落ちてしまったことに対しても言及があったかと思います。
確かに、そうして考えると現状のほうがいいのかなというふうに思うんですけれども、言葉への自覚ということについてもいろいろな考え方が示されていると思いますが、じゃあ言葉への自覚を高めるって一体どうなのかな、それが見方・考え方と整合するためにはどうしたらいいのかなと考えたときに、言葉をメタ的に見る力、自分が例えば読むこととか書くことをメタ認知できる力というのがすごく大事なのかなという、それが1つ国語教育の大きな役割なのかなと。
例えば、よい文章を書くためにはどうすればいいですか。答えはとても簡単です。よい読み手を自分の頭の中に持つこと。それだけです。つまり、自分が書いていく文章を読み手の立場になって、読み手はこういうふうに理解していくんだから、こういうふうに書いたほうがいいだろうな、頭に入りやすくなるだろうな、想像しやすくなるだろうなというふうに、読み手の頭を想像しながら書いていくと文章は確実にうまくなります。反対に、よい読み手になるためにはどうしたらいいんですか。書き手が何を言いたいか想像することです。
そうやって考えてみると、そのように、私は想像力というのは、例えば、改訂案のところに「多様な立場や考えを理解しながら」と書いてあるんですけれども、むしろ「想像しながら」なのかなと。多様な立場や考え方を自分が理解することはなかなか難しいことなので、どんなふうに別の文化を持った人が理解するのかなとか、別の立場を持った人は理解するのかなという、そういう想像力が大事なのかなというふうに思います。
そのような形で、見方・考え方というのはある種、そういう自分の言語活動に対するメタ的な、自分のやっていることを対象化して、それを改善できる力というのが国語教育で身に付けば、きっと子供たちの運用能力が高まるかなというふうに思いました。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございました。最後のところで、言葉への自覚を高めることについてももう一度強調していただいたと思います。
続きまして、中嶋委員、お願いいたします。
【中嶋委員】 よろしくお願いいたします。私からは、現場が分かりやすい、そして理解しやすいという観点から、改訂案の文言の表し方について等、3点お話しさせていただきたいと思います。
まず、15ページになります。一番最初の目標における柱書の案なのですけれども、教科として一貫性または内容の系統性ということを常に重視しているということは端々で全て感じます。だからこそなのですけれども、この柱書の改訂案の中で書いてある部分に、最終的には、小学校、中学校、高等学校と発達段階に応じてこの内容に関して進めていくというところがありますので、この一番最初のところには、できたら「発達段階に応じて」というような言葉があると、現場のほうは、全て同じではないと、そこを意識しなければいけないということをより理解できると思いますので、それは1つ目の意見です。
続いて、2点目は、21ページです。これはほかの委員の皆様もおっしゃられていた見方・考え方ということで、現行で、今、先生方がまさに見方・考え方について指導しているところですので、それを大きく変えるときには詳しい説明が必要ということと、この改訂案の文言の中で、自分や他者の言葉ということで、授業などでイメージしやすいところがあるのですが、1つだけちょっとしづらいなと思っていましたのが、「丁寧に言葉を紡ぎ」というあまり今までなかった表現のところです。
言葉はとてもきれいなのですけれども、語彙を豊かにとか言葉の使い方に対する感覚を磨くとかそういう言葉は今まであったのですが。ですので、そこを、若干情緒的かなと思うので具体的な授業に落としやすいようなものに変えて、文言をまとめていただけるといいということです。
最後、3点目ですけれども、これは渡邉委員もおっしゃられたのですが、現場では現行でも、後ろの付録にある系統表について、授業をやるときに、前後どうなっているのかということで系統表を見て、ではこの学年ではこれが必要だよねと確認しながら授業をしていることが結構あります。そのことを考えたときに、できたら、それぞれの校種ごとにキーワードとなっている、異なっている部分についてアンダーラインなどがあると非常に分かりやすいなというふうに思っています。
以上でございます。
【島田主査】 どうもありがとうございました。
3点御意見いただきました。15ページの目標における柱書の改訂案について、発達段階に応じてというような内容があったらいいのではないかという貴重な御意見もいただきました。先ほど藤森委員からは、話し合うといったようなことをどう位置付けるのかということも御意見いただきましたので、併せて検討できればいいかなと思います。
私は、「理解し、考え、表現する」と、「理解する」「表現する」というサ変動詞に「考える」という動詞が挟まっているのがちょっと気になるところでして、ここは「思考し」とサ変動詞でそろえられないのかなともちょっと思ったところでした。どうもありがとうございました。
小松委員、お願いいたします。
【小松委員】 すみません。終了時間が迫ってきておりますので、ちょっと早口で申し上げます。
論点1ですけれども、目標の在り方について、従来のものと比べて、端的に申して、記述がより長くなって、趣旨が明確化された部分があるかなと思います。一方、表現につきましては、更に検討が必要な部分もあろうかと思われました。
時間がございません。1点だけ気になったことを挙げますと、19ページ、ここで改訂案の中で「他者との関わり」という語が出てまいります。以前も対話性の重要性と申し上げたことがあるんですけれども、総則・評価部会の18ページにある資料でも強調されているところで、これは重要なところかと思いました。一方で、「伝え合う」という対話の前に出てくる文言も、既に他者との対話性の概念が含まれているように思われまして、対話性を考えて「他者」という語をどこに入れて表現していくのか、検討が必要かなと思われました。
また、「他者」といったときに、もちろん教室の中にいる友人であるとか教師であるとかというのもありますけれども、同時に書き手も他者ですし、まだ見ぬ相手も他者なわけです。そうした他者とは誰かということの広がりについて、もちろん目標の記述で網羅的に書けるものではございませんが、そうしたことを更に考える必要ということもあるかなと思いました。
論点2についても同様なことを考えておりまして、例えば、端的に申しまして、これは21ページですけれども、自己と他者という言葉が出てくるんですが、この内容を考えたときに、自己と他者というのを冒頭に入れるのがいいのかどうかということがちょっと気になったところで、この辺も今すぐ答えが出ることではないと思いますけれども、丁寧に考え続けることが必要かなと思いました。
それから、最後、論点3の高次の資質・能力ですけれども、これについては、26ページにあります総則・評価特別部会の議論を基に考えていく必要があると思っております。その上で、ここも1点だけ気になったことを申しますと、28ページの表の一番下にある統合的な理解という、ちょっと今私の画面だと切れてしまっているところなんですけれども、一番下のところです。ここで、小学校の段階でも、自己の形成とか文化の創造と継承につながることを理解しているとございます。
今までも議論の中で出てきたところですけれども、もちろん小学生といっても1年生から6年生まであるわけですが、この書き方はかなりメタ的に自己や社会を見つめ直す力というのが前提になっています。確かに、読むとか書くということが私というもの、自己と密接に関わってくるということはとても重要だと思っているわけですけれども、一方で、この書き方は非常に高度なリフレクションを前提としているように思われます。私は発達心理学の研究者でございますので、この点については小中高それぞれ再考が必要かなと思われました。
以上でございます。
【島田主査】 ありがとうございました。いずれも重要な御指摘をいただいたと思います。今後更に検討が必要になってくると思います。ありがとうございました。
中村委員、お願いいたします。
【中村委員】 21ページの論点2について、現状の見方・考え方の説明はどちらかといいますと、「国語科は何を学ぶのか」という教科内容の特徴を示しており、改訂案の文言は「国語科をなぜ学ぶのか」という教科の意義を説明していると受け取りました。そうしますと、やはり今回は少し趣旨が異なっていると思います。
一方で、「見方・考え方」というフレーズが共通ですので、そこは先ほど髙見さんがおっしゃっていたように、まず、今回は趣旨が変わっているということを丁寧に説明する必要があると思います。次に、国語科は何を学ぶのかという部分ですが、前回議論しましたように、今日の資料で言うと12ページにあるように言語能力の育成が教育課程全体を通して各教科、領域等でも行われるということを踏まえ、国語科の固有の言語能力の育成という部分を明確にすべきかと思います。そのうえで、現状の見方・考え方にある文言、先ほど来出ている「言葉への自覚」云々という部分なども、目標あるいは高次の資質・能力の文言など、国語科全体の構造を見回してきちんと位置付けし直していくということが大事であると考えます。
以上です。
【島田主査】 中村先生、まとめてくださって、どうもありがとうございました。
ほぼ時間が迫ってまいりました。ほかに御意見のある方いらっしゃいますでしょうか。よろしいでしょうか。
それでは、時間も参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきます。本日いただいた御意見につきましては、次回以降のワーキンググループの議題において、適宜反映する形でまたお示ししたいと考えております。
最後に、次回の予定について、事務局よりお願いいたします。
【荻野教育課程課課長補佐】 御審議いただき、ありがとうございました。
次回の開催日程につきましては、後日連絡いたします。
以上です。
【島田主査】 ありがとうございます。
それでは、以上をもちまして閉会といたします。委員の先生方、よいお年をお迎えくださいませ。どうもありがとうございました。失礼いたします。
―― 了 ――
初等中等教育局教育課程課教育課程第三係
電話番号:03-5253-4111(代表)