教育課程部会 幼児教育ワーキンググループ(第2回)議事録

1.日時

令和7年11月11日(火曜日)9時30分~12時00分

2.場所

WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式

3.議題

  1. 育みたい資質・能力の在り方について
  2. 資質・能力の育成に向けた内容の改善・充実について

4.議事録

【古賀主査】  それでは、定刻となりましたので、ただいまから第2回幼児教育ワーキンググループを開催いたします。お忙しい中、御参加いただき、ありがとうございます。
 本日は、議題1として、育みたい資質・能力の在り方について御議論をいただいた後、議題2として、資質・能力の育成に向けた内容の改善・充実について御議論いただく予定です。それぞれ、事務局より説明をいただいた後、意見交換を行います。
 それでは、初めに、議題1について事務局より説明をお願いいたします。
【上遠野子育て支援指導官】  それでは、資料1について説明いたします。
 1ページを御覧ください。資質・能力と「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」に関し、前回改訂における改善と成果、また、課題を受けた方向性の案についてお示ししております。
 まず、左側、水色の枠に記載のとおり、前回改訂では、幼児教育において育みたい資質・能力として「知識及び技能の基礎」、「思考力、判断力、表現力等の基礎」、「学びに向かう力、人間性等」が、小学校以降の教育において育む資質・能力と系統的に明記されました。これにより、幼児教育施設においては指導の改善が図られるとともに、小学校教育との接続を意識した実践が行われるようになってきたなどの成果が上がっているところです。
 また、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿については、特に、5歳児後半に見られるようになる資質・能力が育まれている幼児の具体的な姿として明記されました。この幼児期の終わりまでに育ってほしい姿は、指導計画の作成時などに活用されるとともに、幼保小の合同研修等においても活用され、幼保小接続期の教育に関する相互理解が深まるなどの成果が上がっているところです。
 一方で、資質・能力とねらい及び内容、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の関係を理解して実践に繋げていくことが難しいとの指摘や、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿について、項目名はほとんどの幼児教育施設において活用されているものの、具体的な記述については、幼稚園を対象とした調査によると、約4割から5割程度の活用にとどまっているという結果も出ております。
 こうした成果と課題を踏まえ、右下の枠に記載のとおり、2点、方向性を御議論いただきたいと存じます。1点目、資質・能力、ねらい及び内容、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の果たしてきた役割や課題等を踏まえ、その在り方や関係性について、どのような改善が考えられるか。2点目、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿については、資質・能力が育まれている幼児の姿として具体的な援助等を行う際の手がかりとされてきましたが、その活用について、今後どのように改善していくべきか。
 この2点について御議論いただく際の参考として、2ページ目に現行における資質・能力とねらい及び内容、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の関係のイメージをお示ししておりますので、適宜、御参照いただければと存じます。
 また、学びに向かう力、人間性等については、論点整理にて、今後の整理イメージが示されておりますので、3ページを御覧ください。右の図にあるとおり、学びに向かう力、人間性等の要素と、その関係が示されております。この学びの主体的な調整や、初発の思考や行動を起こす力・好奇心などの要素について、幼児教育としてどのように捉えられるか御議論いただきたいと存じます。その際、左下の図のように、幼児教育においては、心情、意欲、態度を重視してきたことも踏まえ、御意見いただければと存じます。
 事務局からの説明は以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、ただいま説明いただきました論点について、御議論いただきたいと思います。
 まずは、御欠席の村地委員より、書面にて御意見を提出いただいておりますので、事務局より紹介をお願いいたします。
【上遠野子育て支援指導官】  それでは、湖南市立石部南小学校教頭の村地委員より意見書を頂いておりますので、代読させていただきます。
 前回の改訂において、育みたい資質・能力を幼児期から高等学校まで系統的に明記され、さらに、その具体的な姿として、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿が示されたことにより、小学校において、幼児教育への理解がより一層進みました。前回の改訂をベースとしながら、論点整理では、学びに向かう力、人間性等について、構造化されたイメージが提言されました。このイメージ図は、まさに幼児が主体的に環境と関わりながら、遊びを通して学んでいくプロセスそのものだと思います。
 一方、資料1の3ページの左下にある幼児教育の図も大変分かりやすいのですが、学びの主体的な調整の部分がないことが気になります。幼児は、好奇心や探究心を持って遊びを展開していく中で、失敗したり葛藤したりし、幼児なりに調整していくことで様々な気づきを得ます。この学びのプロセスが、資質・能力の育成に資することを鑑みると、図の中に盛り込むことで、幼児教育の遊びを通しての指導が、小学校以降にも繋がっているということが視覚的にも示されるのではないかと考えます。
 村地委員の意見は以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、御意見のある方は挙手ボタンを押していただき、私から指名させていただきます。発言時は、ミュートを解除してお話しください。全員に御発言の機会があるよう、御発言は3分程度でおまとめください。
 それでは、どうぞ挙手ボタンを押していただけたらと思います。
 では、岸野委員からお願いいたします。
【岸野委員】  福井大学の岸野です。本日、ちょっと大学の用務でエジプトにおりまして、回線が大変不安定なため、繋がっているうちに大事だと思ったことを、2点申し上げたいと思います。
 1つは、資質・能力とねらい及び内容、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿との関係についてです。やはり依然として理解の難しさも耳にしておりますので、今回、2ページのように図にされたことで、非常に理解の手がかりになると思いました。幼児教育では、領域として、ねらいや内容を示しつつも、やはりそれらが独立して行われるのではなく、あくまでも総合的に、しかも、資質・能力についても、子供が心を動かしながら試行錯誤をして、感じ、気づいていく、そうしたありようそのものだと思いますので、そして、そのことに意味があると思いますので、なかなか表現する難しさがあるとも思います。
 でも、幼児教育において育みたい資質・能力が育まれている幼児の具体的な姿ということの意味について、今回図として示したことを、また今後、言語的にもより具体的に、こうした関係性の原理を表現することが求められていくのではないかなと思います。つまりは10の姿が、領域を基盤としながら、それぞれのことについて、子供が心を動かし挑戦し、試し工夫し考え、感じ、気づき、分かり、できるようになっていく姿だという、そうしたことについて、より言語的に表していくということが必要かと思いました。
 2つ目に、学びに向かう力、人間性等についてです。論点整理で表されているところですけれども、初発の思考や行動を起こす力と学びの主体的な調整、他者との対話や協働との往還を通じて粘り強く継続的に思考、行動する経験が繰り返されて学びに向かう力が育まれるというふうに書いてあるんですけれども、幼児にとっては、まさにその往還のところが重要ではないかなと思います。幼児だけではないかもしれないんですけれども、まずやっぱり初めに、初発の思考や行動があって、学びに繋がっていくというようなすっきりした、最初にそれがあっていくというよりも、環境に誘われるままに関わってみて、関わっていくうちに感じたり、気づいたり、試したり、工夫したりといったような展開が表れてきて、そうした相互作用の中で思考や行動が生まれてくるというところもあるかなと思います。
 そうしたときに、併記されている好奇心というところがありますけれども、そこまで、言ったら高次なものではない、ひらめきとか思いつきといったような段階のまま、まず動いてみる中で、面白さを感じて関わっていく。そうした中で、好奇心や、あるいは学びの芽が生まれていく、繋がっていくといったようなプロセスが、学びにおいて重要ではないかなと思いました。
 以上です。
【古賀主査】  岸野委員、ありがとうございました。それでは、河合委員、お願いいたします。
【河合主査代理】  河合でございます。よろしくお願いいたします。私からは、3ページの学びに向かう力、人間性等の今後の整理イメージというところでお話をさせていただきたいと思います。
 左側の下の図、心情、意欲、態度の図は、本当に幼児教育をよく表しているものだなと思います。幼児一人一人にこの心情、意欲、態度の循環が何度も巡っていく。一人一人巡っている子供たちが共に過ごす中で、影響し合って、さらに循環が回っていくというような、そんな繋がりになっている幼児教育の集団での教育というところも考えたところです。
 そして、論点整理で示された、小学校以降の学びに向かう力、人間性等に示された要素、これが往還しながら育っていくと示されています。その際に、この幼児教育、幼児期に育った心情、意欲、態度が、その土台として大いに活躍しているのではないかなと考えます。この論点整理の図で言うとうっすら見えている、らせんがぐるぐるしていますが、この辺りに幼児教育で育まれてきたものがいつも動いて、回って、活躍しているようなイメージを私は持ちました。
 論点整理で示された、この学びに向かう力、人間性等の図の各要素が4つ示されていますが、これは小学校以上の教育での表現が、ぴったりくるなと思いました。ここについては、幼児教育としての捉えとか、表し方を検討したいと思いました。
 例えば1つ挙げるのであれば、「学びの主体的な調整」という真ん中の部分ですけれども、幼児にとっては具体物だととても分かりやすいと思います。ですから、例えばこの要素については、遊びの主体的な調整だと、幼児の姿としてイメージができると思います。遊びながら、今何が面白いのかとか、特にうまくいかないときに、それがどうしてだろう、どうやったらいいだろう、どうなっていきそうかとか、言わば現状の把握とか願いとか見通し、振り返りといったことは、幼児の遊びの中にあります。そうしたことを踏まえると、心情、意欲、態度が育つ中で、環境に関わって体験していることが、この小学校で示されている右側の図の下のほうでしっかりと機能していく、そんなふうに考えていったらどうかと現時点では思っております。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、高辻委員、お願いいたします。
【高辻委員】  ありがとうございます。私からは2点申し上げたいと思います。
 1つ目は、一体性、総合性という言葉のところなんですけれども、前回改訂で資質・能力、それから10の姿で、幼児教育が何を目指し、どのように行われるものなのかといったことの要素や構造というのは整理されて、共有されやすくなったと思います。
 一方で、先ほど岸野先生もおっしゃっておりましたけれども、これらは実践においては、一体的に育まれるとか、総合的に指導されるとされておりますけれども、その一体性とか総合性といったことが、具体的な実践のイメージとしてつかみにくいということが、やはりあるのではないかと思います。これは従来からの課題とも言えますけれども、一体性、総合性ということが、より実践と結びつくような形で意識されるような示し方をしていくことが重要ではないかと考えています。
 この一体性、総合性の背景といいますか、根拠には、やはりこの時期の発達の特性ということがあるわけですけれども、実際の子供を目の前にして、発達を各側面からつぶさに捉えていく視点と、それらが相互に関連、連動し合っている全体的な姿を捉えていく視点、この両方からの子供の理解を踏まえた保育のプロセスを、解説等でより丁寧に、その関係性を描いていくことが必要だと思っております。
 2つ目は、3ページ右側の図の「学びの主体的な調整」、「初発の思考や行動を起こす力・好奇心」というところについてです。どちらも非常に重要だと思いますけれども、メタ認知とかそれを踏まえた思考や行動の修正というところは、幼児期においても後半ぐらいにその萌芽といいますか、原初的な形が見られるというような位置づけになってくるかなと思います。また、初発の思考や行動を起こす力・好奇心は、先ほども河合先生からもありましたけれども、やはり左の心情、意欲、態度という、これまで幼児教育として大事にされてきたところがベースにあるかなというふうに思います。
 そうしたことを踏まえますと、幼児教育においては、遊びの中で頑張ったこと、楽しかったことを振り返る、そういうことを支えていくような言葉かけですとか、あるいは遊びの展開を子供が見通して工夫していくということを支えていくような働きかけとか、あるいは個々の子供の志向に応じて動機づけを高めていくような環境、こういったものを通じて、右側の図の基礎や土台となるものを育んでいくような関係というか、捉え方がふさわしいのではないかと考えております。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、佐々木委員、お願いいたします。
【佐々木委員】  ありがとうございます。2ページ目のこの図式というのは大変分かりやすくて、私たち現場の人間に参考になると思います。
 でも、現場のほうで今ちょっと問題になっているのが、いわゆる資質・能力が姿として表れているこの10の姿というので、この活動の中でこういう姿が見られましたというのをスタンプのように貼って、子供の表面的な評価というところも気になるところであります。
 例えば、思考力の芽生えでありましたら、その子のどんな思考力がどんな形で表れてきているのかという、そこの窓口から子供の内面に深く入っていくことによって、指導の改善や幼児理解の改善が行われているので、そういうことが伝えるときに必要だなと思いました。
 3ページ目の左の下側のこの図を見て、僕は大変感心したんですけれども、そういうことを考えたときに、一番左側の「面白そう!」「なんでだろう?」というのは、外界の様々な環境に対する好奇心、そして「すごーい!」というのは、多分、自己肯定感とか自分に対する認識だと思います。
 私たちの幼児期というのは、遊びが促す自己決定と自己有能感、それがすごく大事で、それが、もっと知りたいとか、やったらできるはずという原動力になっていくので、このキーワードってすごく大事で、環境と自分との関わりの中で自分自身が育っている、さっき高辻先生がおっしゃったメタ認知にも繋がっていくような重要なことが、このワードに入っているなという感想を持ちました。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、岡本委員、お願いいたします。
【岡本委員】  ありがとうございます。私も、この3ページの図を見ながら環境を通して行う教育を基本とする幼児教育の特質を踏まえ初発の思考や行動を起こす力・好奇心などの要素について、どのように捉えることができるのか。
 私は、日頃、満3歳児の生活の姿を観察しておりますと、その場面によく出くわすことがあります。子供たちは、大好きな親元を離れて幼稚園に来ると、まず、泣くということで意思表示をして、不安であることを表現し、担任以外でも、補助の教諭や事務の職員など、園の誰かしらにだっこしてもらいながら、少しずつ園の空気に慣れていくということで、次第にお部屋の中で泣かないで過ごすことができるようになる姿はよくあることです。その際にも、子供は、クラスのほかのお友達の姿をじっと見ているなということを感じております。また、その後でも、子供というのは、クラスのほかのお友達の姿をじっと見て、自分の安定の場所を見つけながら、1人で無心になって遊ぶ中で、ふとした瞬間に、自分の前に座っているお友達の姿に出会ったり、同じ空間の中のお友達の姿に出会ったり、笑い合う姿をよく目にしたときには、対面にいる友達の影響というのはとっても大きくて、そこに、よく見るということが子供たちの初発の思考や行動を起こす力に、好奇心の始まりの原点になっていると。
人生最初の学校の幼稚園では、よく聞くということが最初かというふうに初めの頃は思っていましたけれども、子供たちがよく見ることをしていることから、よく見て、よく聞いて、そして自分事としてよくすることができるようになっていくのだなということを日々感じながら過ごしています。そういった中で、環境を通して行う教育が、幼児教育の大きな特徴であるということを考えますと、環境というところの関わり、この図でいきましても、そこをもう少し厚く書いていく必要があるのかと。先ほど河合先生も書き方を検討したいとおっしゃっておられましたけれども、この部分を丁寧に示すと、保育者が見たとしても分かりやすいのかなと感じます。
 例えば、イタリアのある都市で、子供たちの有能性を土台に置く保育の鍵は、やはり環境として提示されているのですけれども、世界は美しい、心地よい、そして面白くて優しいという言葉を、「美」という概念だったり、快適の「快」という字であったり、知的の「知」という概念や、優しいという「優」という概念が、環境のところに文字で書かれてありました。保育者も一般の方も分かりやすいだろうなと。そういうことが環境というふだん当たり前に使っている言葉の中に、そういう要素が入っているんだということを書き加えて、それが環境の構成であり、先生の援助であり、そこがもう少しくっついて書かれてあるといいのかなと思いながらも、学びに向かう力、人間性等の今後の整理をしていただく段階では、しっかりと書き込んでいくことが大切ではないかなと考えております。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、小松委員、お願いいたします。
【小松委員】  今まで各委員からお話があったこととも重複する部分が結構あると思いますけれども、考えたことを申し上げます。
 2ページの幼児期の終わりまでに育ってほしい姿に関する議論ですけれども、これまでも何人かの委員からお話がありましたけれども、とても重要なポイントを示しているということと同時に、理解をする、これを生かしていくというときの課題というものもあるのかなと思っています。今までの御意見とも重なりますけれども、1つはやはり複合性という、これらが組み合わさり、絡み合いながら育っていくと、あるいはそれを支援していくということの理解です。
 それからもう一つは、言葉、一言で申しますと個別性と申しますか、例えば表現する、言葉を使うといっても、個々の子供たちによって、何をどう表現したいか、何といいますか、気持ちの持ち方というのはそれぞれでございますので、その辺をそれぞれ理解しながら、この5領域であるとか、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を理解して保育をするということの難しさというのが、やはり、あり得ます。そこは改めて強調されていくべきところかなとも思いました。
 もう一つ、3ページに関わる学びに向かう力、人間性等に関わることですけれども、ここの図に書かれておりますように、幼児教育で重視されてきました心情、意欲、態度というものは、これはここの右側にあります論点整理で提示されている4つの要素の基礎として、繋がってくるところであるなというのは改めて思うところです。
 その上で、幼児期独自のことというようなこともあるのかなと私も思っております。例えば、何人かの委員からもお話がありました、主体的な調整に関わることでございますけれども、これは心理学的な用語も入っているところですが、幼児期においては、子供が完全に自律的に、主体的に調整するということでは恐らくないのかなと。むしろ周囲の大人とか保育者との関係の中で機能している側面というのが強いのかなと。
 例えば、保育者が子供たちに、「さっき何とかさんがこんなん言っていたけど」とか、あるいは、「何とかさん、それってこういうことかな」みたいな感じで言葉かけをしていく場面なんかに接することがありますけれども、そういうやり取りを通して、自分の考えていることとか意見とかを明確化しながら、じゃ、どうしようかということを考えていくと、そういうことになるのかなと。
 そうしますと、今左側の黄色の図では、先生の援助というのが上から水をかけるようなイメージで描かれているんですけれども、むしろ、下にある環境との関わりというところを、もっと直接的に関わりながら、そこの部分で主体性というのを発揮するのを下から支えるようなイメージと、そういう部分もあるのかなと思ったりいたします。
 もう一つ、論点整理で学びを方向づける人間性というのが目標といいますか、右側の矢印の先にイメージとして位置づけられているわけですけれども、もちろん幼児期ともとても関連が深い事柄ですが、ここの用語に書かれている、例えば持続可能な社会とかウエルビーイングなどという概念をそのまま幼児期に下ろして、それを子供たちに理解してもらおうというのが、先進的だということではないのかなというふうに私は思っております。むしろ幼児の周囲の大人が、これらのことについてしっかり理解しながら、じゃ、子供たちの生活をどうしていくのかということを考えるのが、まず大事かなと思ったりいたしました。
 以上でございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、奈須委員、お願いいたします。
【奈須委員】  よろしくお願いいたします。私から2つです。
  1つは、資質・能力という言葉ですけれども、もともとはコンピテンシーですよね。コンピテンシーとは有能さという意味で、そういうふうにかつては翻訳して使っていました。つまり、子供が現在持っている有能さを、保育や教育によって拡張していくというか、拡充していくということで、もともと何かを教えて身につけさせるというイメージではないのが資質・能力という言葉です。
 これはもう本当に幼児教育的な発想で、その発想を小学校以上でも使っていこうというのがコンピテンシー・ベースという思想なので、とっても幼児教育になじみがいいし、むしろ幼児教育的な発想を、もっといろいろなところに広げていきたいなと思うんです。前回改訂のときに、夭逝された三宅なほみ先生がよくおっしゃっていたのは、極端に言えば、資質・能力というのは教えなくていいんだと。子供は、既に全て持っているんだと。全て持っているその萌芽を、顕在化するように働きかければいいんだということをよくおっしゃっていました。これも、とても幼児教育的だと思いますし、それを小学校以降にも拡張していこうという動きとして捉えたいと思います。
 ただ、私は、既に持っているものを顕在化するというだけではちょっと弱い気が当時からしていて、三宅先生ともよくお話ししましたが、文化との出会いによってそれが洗練されていくことが当然あるだろうと。小学校以上の教科は、まさにそういうものなんです。だから、教科の内容を教え込むのではなくて、彼らが持っている有能さの萌芽を、文化との出会いを通して洗練していく。そこには当然、教育的な意図とか、教育内容の特質があるわけです。教科教育をそういうふうに捉えるといいよねなんて話を先生とよくしていました。
 これは幼児教育でも大事だと思っていて、5領域のところですが、もう少し文化というようなことが一定程度あってもいいと思うんです。これをやり過ぎると、小学校の教科の前倒しになりはしないかという懸念が当然あるわけですけれども、先生方の営みで言えば環境構成の中に、当然、文化ということを想定して質の高い環境構成、それと出会うことによって子供の遊びが、ある方向性に質的に高まっていく。それは、彼らが持っている有能さを、先生が意図する方向というか、期待する方向に洗練するような環境を既に構成なさっていると思うんです。その背景にあるのは、どのような文化との出会いが、この年齢、この子供に大切かという御認識だと思いますし、先生方の働きかけもそういうことだと思うんですよね。
 ただ、現状では、文化というんですか、小学校以上の教科に連なっていくようなものの表れが、ちょっと弱いなと私なんかは思っています。ただ、これを強くすると、それを教科の前倒しのようになってはいけないという懸念がまたあって、この辺はとても難しいんですけれども、幼小の連携接続を本来あるべき形にするにはどうしていけばいいかという御議論の中で、ある時期に考えるべきことかなと思いました。これが1点です。
 2点目ですけれども、先ほど来のお話にもありますし、以前からあるんですが、幼児教育にはもちろん独自の部分があり、これは幼児教育の教育方法や教育内容の在り方ということもありますし、子供の発達の段階、時期ということもあろうかと思いますけれども、私自身としては、できれば可能な限り小学校以上と同じ表現でいけないかと思っています。というのは、幼児期、あるいは幼児教育の特質ということを踏まえて、ここは違うんですよというふうにどんどん書きぶりを変えていくと、小学校以上はどう考えるか。ああ、幼児教育は全然違うんだなと。違うということは、じゃ、繋がろうとしないということを誘発しかねないと思うんです。
 この辺がとても難しいところで、違いというのは、一つは当然発達はあろうかと思います。私も心理屋なので、幼児期の発達の特性が、ある種小学校以上と、当然違っているということはそうです。それを踏まえての幼児教育だと思いますけれども、5歳から6歳に急激に発達の様相がころっと変わるわけではなくて、当然連続しているわけでしょう。もう一つの違いの源泉は、そういうことを踏まえた内容編成の在り方。これは、5領域と教科の違いであったり、それから教育方法ですね。幼児教育の環境を通して行う教育を、小学校以上も今後かなり重視したいわけですよね。ただ、もちろん主要には、先生が教えるという方法を使っているわけです。
 そんな違いがあるかと思うんですけれども、その違いをあまりに強調し過ぎると、小学校以上は、幼稚園はそういうことなんだね、じゃ、小学校以上は変わらないよという話にもなりかねないと私自身は思っていて、難しいと思うんですが、可能な限り同じにできないかなと思っています。
 もちろんある種の書きぶりの変え方は必要だと思うんですけれども、それは御専門の皆様のお立場で御検討を願えればなと思っております。ただ、変えなければいけないという頭があまり最初に強くあるのは必ずしもよくないかなと思います。多分、私が心理学者だからだと思うんですが、人間である以上、一貫している学びや、育ちや、感じ方というのは、やっぱりあるんだとどこかで思っているからだと思うんです。もちろん発達的な変化はあるし、寄り添い方も変えているわけですけれども、できれば同じでいけるものは同じでいくといいなと思っています。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、北野委員、お願いいたします。
【北野委員】  ありがとうございます。資料についてコメントさせていただきます。
 まず1つ目は、2ページ、3ページの図について、分かりやすく整理されていて、それへの理解がさらに広く浸透すればいいなというふうに思っているところです。2ページの遊びを通して資質・能力を一体的に育成するというところの、この3つの、これは小学校以降とも連なっているところだと思うのですけれども、これらが、結構丸に近いベン図であるということも、再度確認しておきたいなと自分の中では思いながら伺いました。
 3ページ目に記されている左側の心情、意欲、態度の図が幼児教育の本質が分かりやすい図だなと思いました。この心情のところは好奇心があって探究が深まって、試行錯誤しながらいくということだと思うのですけれども、そこのところに、ここで「すごーい!」と書いてくださっていますが、憧れに当たるものも大切であると考えます。心情には、物を知りたいとか、探究したいとか、知的なところもありますが、私はこんなふうになりたいとか、こんなことができたらいいのにというような憧れというのも、心情の中の大事な部分であると考えています。今課題になっているというか、キーワードとなっているのは、ウエルビーイングと、エージェンシー、コンピテンシーということはあちらこちらで言われているとおりですけれども、憧れが自分ごととして関連づけができると思っています。
 1ページに戻って1つだけ、下のところです。幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の活用についてですけれども、資料の6ページでアンケートの調査を共有して頂いていますが、小学校との共有時での活用というものがもっと進んでいけばいいな、それが課題かなというふうに思ったところです。
 私自身は、2017年に、10の姿のそれぞれについて4つの項目からなる、教師、保育者対象の振り返り資料というのをつくっています。2017年と2018年に実施して、71園、1,862人の5歳児さんを対象に、学期の初めと学期の終わりに、そういう姿が見られますかということを問う、10の姿それぞれに4項目で合計40項目について、4件法で調査をしているんです。5歳児の1年間の前半と、それから、小学校に入学する前の2回で取っているんですけれども、経年的に発達がどの項目に関してもみられました。。だから10の姿というのは、とても内容的信頼性が高いものだなと思っています。
 そして、実施した後にフォローアップ調査で、36名の保育者にこの10の姿を活用した感想や効果等を聞いているんですけれども、一人一人の個別の姿の理解が深まった、と。10の姿の活用というのは子供理解の深化につながるところもあると思います。それから、保護者に説明する説明言語が豊かになった、と。保育は現象ですので、その現象というものを説明する意義というのは大事で、保育の実際についての社会的認識を高めていくためには、こういった活用の方法というのもあるんじゃないかなと思いながら伺いました。
 私からは以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、柿沼委員、お願いいたします。
【柿沼委員】  よろしくお願いします。内容に対しては、多くの先生方がおっしゃった内容のとおりだと思いますので、私は現場から見える景色みたいな感じをちょっとお話しできればと思います。少し角度が違った感じでお話しできたらいいかなと思います。
 1点目なんですけれども、先日、上半期の少子化が31.9万人ということで、かなり深刻になってきて、今後20年考えていったときには、かなり少ない人数でこの国を支えていくということで、幼児教育、今回の改訂も含めて、幼児教育の関係者は、かなり強い意識を持ちながら取り組まなくてはいけないかなというふうにまず思っています。
 その上で、やはり義務教育との関係性はかなり深く、密接に繋げていかなくてはいけないのかなと思っているんです。前回の会議でもちょっとお話ししたんですけれども、義務教育の中で定義されている普通教育だとか、または、日本国民として必要な基本的な能力だったり、公民としての必要なルールであったり、そういった点から考えていったときに、前回からされている幼児期に育ちたい10の姿、そこの部分というのがかなり密接に関係しているので、5歳後半のところで、ここの姿は義務教育にこう繋がっていくんだ、今奈須先生がおっしゃいましたけれども、言葉が繋がっていくかどうかということも、もちろんですけれども、幼児教育で求められているイメージが義務教育ときちんと繋がっていることを、保護者に対して幼児教育関係者がしっかりと発信できるようにしていかなくてはいけないんじゃないかなと思っています。
 今回、図を見ていくとどうしても知の部分、知識だとか、そういった部分に偏ってしまうように見えるので、でも、ここは、資料3ページに学びに向かう力と人間性の高まりとあるように、ある意味、人間性の高まりの部分というのが、少し強く感じるような書きぶりに見えるかなというふうに思います。
 どうしても教育現場だと学びに向かう力が知識等に偏ってしまうのかなと思うので、例えば前回会議でもちょっとお話ししましたけれども、問題行動の低学年化とか、いじめだとか、そういったことに関して言えば、人間性の高まりの部分のほうが重要かと思いますので普通教育だとか義務教育でもあるように、公民として、この国の社会を築く人間として必要なルールだったり、協働だったり、そういったところが十分必要になってくるところだと思いますので、この辺りが明確になってくると、義務教育課程との繋がりもしっかりとして、そして我々が義務教育の内容を学んでいくということも意識されるのかなと思っています。
 今回、細かい内容のところは今後だと思いますけれども、大きく私のほうが気になったところは、やはり学びに向かう力がどうしても知に寄らないようにというところと、人間性の高まりの部分が今後かなり重要になってくるので、ここの部分というのがきちんと表現されるようなものになってほしいなと考えております。
 以上になります。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、久保山委員、お願いいたします。
【久保山委員】  ありがとうございます。十分に資料の読み込みができていなく、また自分の専門性からして、このような発言をしても大丈夫か心配しながらの発言になりますが、私から申し上げたいのは、学び方の多様性ということです。学び方の多様性ということをどのように理解して尊重するかということを、どこかに入れ込めないかなというふうには思っています。3ページの図で言えば、学びを方向づける人間性という辺りのところに入るのでしょうか。あるいは、その右下の他者との対話や協働ということになるのでしょうか。
 幼稚園にお邪魔をすると、集団のにぎわいがあまり得意ではない、みんなと一緒が苦手という子供に出会います。そして、1人で遊んでいる子供がいるわけでありますが、さて、その1人で遊んでいる子供は学んでいないのかというと決してそんなことはなくて、その子の世界でしっかりと遊び込んでいるという姿があります。教師がそれを、さあ、みんなと一緒にという誘い方もあるかもしれないけれども、実は、その子が1人で黙々とやっている遊びの中に、周りの子供が憧れを抱くようなこともあるわけでして、そういった、みんなと同じではないけれども、1人の中で探究している子供がいるんだ、そういう姿が尊重されるべきなんだということを、もう少し教師、大人たちがしっかり子供に伝えていく必要があるのかなと思います。言い換えれば、1人で遊び込むことも大事であると、あるいは教師の想定を超えるような言動をする子供の中に、しっかりとした学びの芽生えがあるんだということをみんなで理解していくということが、どこかでできたらなと思うところです。
 私なんかが見てきている中では、いわゆるを話せとか、ありませんとかいうのがあって、その子たちは発達的に気になるという押さえ方をされてしまうわけでありますけれども、しかし、そこに周りの子供がびっくりするような発想があるわけで、その尊重ができたらというのが発言の趣旨です。
 2つ目、先ほど北野先生もおっしゃっていたんですけれども、活用というところであります。これも、幼稚園の現場にお邪魔すると、5歳の先生方が、私たちが想像する以上に小学校を意識していて、そして、ある自治体の研修会でワークショップを拝見していますと、いまだに、5歳児でどのような力をつけないと小学校で困りますかという発言をしている先生がいて、それに対して小学校の先生が、いや、それは私たちの仕事ですからと言い返している場面があるんですね。45分座れない子供をつくらないと困るというようなことを、いまだに幼稚園の先生は思っているんですけれども、いやいや、それは小学校がやりますからというようなことがある。ということを考えると、まだまだこの10の姿が、共通言語としての役割を果たしていないと思いますので、僕は、小学校の側の理解というのがもう少し進んでくれるといいな、その結果、幼稚園がもう少しゆとりを持った5歳児を過ごせるのではないかというふうに考えています。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 ただいま、挙手ボタンが上がっていないようですが、まだ御発言なさっていない先生方、いかがでしょうか。
 川越委員、お願いできますでしょうか。
【川越委員】  川越でございます。私は現場にいる者として、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿などの活用についてお話をさせていただきたいと思います。主に2ページの内容です。
 先ほど来、皆様から、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿とか、そういうことが一体的に育っているということのお話がたくさんあり、まさにそうだなと思っておりました。この2ページの図が、3つの資質・能力と、あと5領域、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿というところで、それが1つになっていて、大変分かりやすいなと思いました。私も初めて幼児期の終わりまでに育ってほしい姿ということを聞いたときに、3とか5とか10とかいろいろな数があって、一体どういうふうに絡み合っているんだろうということを思ったことは正直なところでございますが、いろいろな実践を重ねたり、いろいろな方の実践を拝見したり、そこの指導案を拝見したりすることの中で、3つの資質・能力、5領域、そして幼児期の終わりまでに育ってほしい姿ということがきちんと関連づけられていることは、よく分かってきたというふうに考えております。
 現場の中では、実際に指導案などを作成する際には、ねらいと内容というところで作成をします。そこでは、5領域を意識しながら作成していきますし、あと、指導を振り返るときに幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を手がかりにしていきますし、そこで育ったことが、3つの資質・能力の、一体的にでもあるんですけれども、主にどの側面が多く育ったかなというところの評価で使ってきたのではないかなと思っております。
 この一体性とか一体的に育むような活動とか、そういうような発達の時期だからこそ、このようなことがあることで、例えば今日は運動的なことが多かったけれども、じゃ、別の機会では、今日は入っていなかったような領域の姿を引き出せるような活動を組み立てていこうとか、そういうことの指標にもなると思いますので、この2ページの図は大変分かりやすいので、現場の先生方にもお示しできるといいなと思っておりました。そんなことが一つです。
 そして、もう一つが、先ほど来、小学校にどのように繋げていくかというお話がありましたが、私もいろいろな近隣の小学校の先生方とお話をするときに、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿ということは、小学校の先生方もよく御存知で、言葉としてはよく分かっておられるんですけれども、それが1年生になったときにどういうふうに発達していくのか、どういうふうに繋がっていくのかという理解については、まだまだだなというふうに思っております。5歳児の終わりにはこんな姿ということで、具体的な子供の姿として掲げてあるんですけれども、1年生になったとき、1年生の終わりにはどんな姿になっていくのかという、姿で表すということが小学校の学習指導要領の中ではないので、そういう人としての育ちの捉えということを、小学校以降ではどういうふうに捉えていくのか。この幼児期の終わりまでに育ってほしい姿を手がかりとして、そういうことが表していけると、小学校と繋がれるのではないかなとお話を伺っていて思っておりました。
 以上でございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、藤原委員、お願いいたします。
【藤原委員】  皆様に、いろいろお聞かせいただいて、非常に学びが多い場だなと、今もつくづく思っています。
 四日市市幼児教育センターでは、公立私立、こども園、保育園、幼稚園、小規模事業所など100を超える施設、保育者2,000人程を対象に園訪問させていただいて、保育現場で、この3つの資質・能力や10の姿について、どういうふうに指導の中で生かされていますかというお話をさせていただく機会があります。概念的な重要性というのは、現場でもよく分かっているが、それを具体的な指導と結びつけていくのがとっても難しいですということをおっしゃられます。
 例えば子供主体の保育であったり、環境を通して行う教育であったり、主体的、対話的で深い学びであったり、非認知能力であったり、いろいろな言葉がたくさん出ておりますので、どれを大事にしていったらいいんでしょうか、3つの資質・能力、5領域と10の姿、切り口があまりにも多過ぎて整理が難しいという言葉もよく伺います。なので、示していただきました2ページのねらい、内容と、資質・能力の対応関係、そういうものが可視化されている、分かりやすいというのは、現場の感覚としてそう思います。
 その裏、3ページです。3ページを見たときに、各委員の先生方がおっしゃっていたように、左の下のほうの、私たちがずっと使っていた心情、意欲、態度という環境を通して行う教育が、非常に現場にとっては分かりやすい書きぶりだなと思っています。
 この環境の構成とか再構成というのを、私たちはすごく大事にしていますので、ここが意図的、計画的に行われている、環境構成というところの分かりにくさでもありますので、意図的とか計画的というところがより分かりやすくなるといいのかなと思いました。また、子供のどの資質・能力を育てようとしているのかということを常に意識して、指導の意図が明確化できることが、幼児教育の確固たる基盤としての自分たちの役割を、現場が、小学校や保護者に語りやすくすると思いますので、このような形で示されたことはとてもよかったとも思います。最後、子供を主体ということで、「主体的に遊ぶ過程を通して育まれている」というこの「過程」という部分が伝わりにくいので、そこのプロセスというところで、子供の主体的な活動を大事にしているということがもう少し分かりやすくなっていけば、「学びの主体的な調整」という言葉がまた新たに現場に入ったときに、これはどんな概念なんだろうと、戸惑うことがなくなってくるのではないかなと思います。この辺りも少し整理していけると、自分もこれから学ばせていただいて、保育者の皆さんに発信してもいけるかなと感じました。
【古賀主査】  ありがとうございました。それでは、吉田委員、お願いいたします。
【吉田委員】  ありがとうございます。どのような改善がというようなところに関しての具体的なアイデアがないんですけれども、私も、この2ページ目の図はすごく理解しやすいなというふうに感じております。比較的、短期の目標であるねらいがあって、幼児期全体の方向性としての幼児期の終わりまでに育ってほしい姿が示されていて、さらに長期の目標としての資質・能力ということで、その辺りが一括に示されているところはすごく分かりやすいなと感じております。
 先ほど、奈須委員のほうからもちょっと出ていたんですけれども、小学校以上と同じ表現でというようなことがありましたが、やはり幼児教育で用いている言葉が、小学校以上の先生になかなか理解されていないというところを、最近もすごく感じているところです。
 教職大学院の授業で、現職の小学校の先生が受講してくださったりするんですけれども、その中で、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿という言葉を今ここで初めて聞きましたというような現職の小学校の先生ですとか、それから、環境を通して行う教育ということはどういうことなのかということを聞いてくる先生というのがすごくいらっしゃって、やはりその辺りが、共通の言葉ではないので、理解の難しさというのがあるのかなと思います。
 そういう意味では、幼児期の学びということについても、なかなか理解が図られていないところがあるのかなと思っていますので、その辺りがうまく幼稚園側からも、小学校と一緒の研修を行う中で、共通の言語で理解を深められるような形にできるように、発信もしていくことが必要ではないかというふうに感じております。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 私の理解では、皆様に御発言いただいたかなと思います。様々な御意見をありがとうございました。
 幼児教育の複合性でありますとか、絡み合いながら育つことが非常に重要でありながら、それがまた理解の難しさをはらんでいるということ。また、環境を通した教育というのがまだ十分に伝わるものになっていないであるとか、環境と自己の完結的な在り方や、また、保育者との関係性の中での調整というものがあるということをどういうふうに表していくかというような非常に大きな課題があるということ。それから、その中で環境構成の重要性ということが改めて示されていく、その在り方ですね。そういったことも、御提起いただいたかと思います。
 皆様から大きく御指摘いただきました、小学校との繋がりというのを今後どのように示していくのか。こちらのほうは課題が多くございますけれども、どのような用語を使ってどのような繋がりを示していくのか、これからまた、そういった内容の検討もございますので、ぜひ委員の皆様のこれからの御議論をお願いしたいところと理解いたしております。
 それでは、これより5分間の休憩といたします。10時30分まで休憩といたします。
( 休  憩 )
【古賀主査】  これより、再開いたします。それでは、議題2について、事務局より説明をお願いいたします。
【上遠野子育て支援指導官】  それでは、資料2について説明いたします。1ページを御覧ください。まず、これまでの議論と子供を取り巻く現代社会の課題についてお示ししております。
 1ポツは、論点整理で示されている幼児の遊びや生活に関する現状と課題です。1つ目の黒丸、意図的に用意しなければ、幼児の発達に必要な様々な人やものと直接的・具体的に関わる体験を十分に確保することが困難になっていること。2つ目の黒丸、一部の幼児教育施設においては、幼児の興味・関心ではなく、SNS等からの偏った情報やそれらに影響を受けた一部の保護者のニーズを優先するなどし、幼児の発達にふさわしくない教育活動が行われているとの指摘があること。この2点が課題として挙げられております。
 次に、2ポツには、幼児教育施設から小学校・中学校・高等学校等を通じた教育の改善・充実についてお示ししております。
 補足イメージの4ページ目を御覧ください。このスライドのとおり、論点整理においては、全ての幼児児童生徒に育むべき資質・能力育成の具体化・深化と並行して、一人一人の「好き」を育み、「得意」を伸ばしながら、それらを原動力として学び、全体への動機づけを図っていく取組と、当事者意識を持って自分の意見を形成し、多様な他者と対話や合意を図る取組を同時に進め、これらが有機的に関わり合い高まっていく教育課程に変革していく必要があるとされています。
 この実現を、幼小中高を通じて目指す中で、幼児教育においては、小・中・高における教育課程の変革を支える基盤的役割を果たすため、言葉を用いて思考を深めていく指導や、他者と関わり協同する力の育成が位置づけられています。
 1ページにお戻りください。この論点整理を踏まえ、2ポツの2つ目の黒丸になります。論点整理に示された「言葉を用いて思考を深めていく指導」や、「他者と関わり協同する力の育成」に関する課題をお示ししております。
 丸1、言葉にまつわる課題として、考えを自分なりの言葉で表現する体験は積み重ねているが、遊びや生活をよりよくしたいと思い、さらに考えようとして言葉を用いる体験を一層充実する必要があるとの指摘。小学校以上の学習の中では、教科で扱う言葉が現実の事象や経験と結びついていないために、知識が形式的、断片的になりやすく、深い理解に繋がらない場合があるとの指摘。
 丸2、他者との関わりに関する課題として、幼児教育施設に入園するまで、家族以外の人と関わる経験が少ない場合が多いとの指摘。SNSや生成AIの負の側面の影響もあり、社会分断の可能性等も指摘される中で、自分とは行動・態度、考え方、生育環境などが異なる者とは関わろうとせず、他者との交流が同質な集団内に偏る傾向への懸念といった課題が挙がっております。
 また、3ポツ、現代的課題への対応については、1つ目の黒丸、全身を使って体を動かすことや、多様な動きを経験することは実践されているが、幼児の自発的な活動としての遊びの中で体験することが重要である点や、そうした体験を通して身体感覚を養うことなどについては、一部の園では十分に理解されていない面があり、先生からの一方的な指示等により体を動かすための活動になってしまっている場合もあるとの指摘。2つ目の黒丸、「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」によると、体力合計点は小学校男子は前年度からほぼ横ばい、小学校女子は引き続き低下、1週間の総運動時間が60分未満の割合は、小学校男子・女子ともにほぼ横ばいといった課題が挙がっております。
 こうした課題を踏まえ、内容の改善・充実の方向性について御提案したいと存じます。2ページ目を御覧ください。
 まず、総論として、幼児教育は、幼児期の特性を踏まえ、環境を通して行うものであることを基本としており、幼児の自発的な活動としての遊びを通して資質・能力が育成されるよう、全ての幼児教育施設において、遊びの中で様々な人やものと直接的・具体的に関わる体験が一層充実されることを改善・充実の根幹とすべきではないか。その上で、小・中・高で育成を目指す資質・能力の基礎を培う観点から、学びに向かう力、人間性等のみならず、知識及び技能の基礎、思考力、判断力、表現力等の基礎を一体的に育む改善・充実をどのように図っていくか、具体的に検討すべきではないかとの提案をお示ししております。
 このうち、2つ目のひし形の提案につきましては、幼小接続の観点も踏まえて御議論いただきたいことから、本日ではなく、別途、幼小接続を議論する回において御意見いただきたいと存じます。
 このため、本日は3つ目のひし形、論点整理等で指摘されたことを踏まえ、以下の丸1から丸3については下記に示すとおり改善・充実を図ってはどうかという点について、御議論いただきたいと存じます。
 初めに丸1、言葉を用いて思考を深めていく指導の充実について御説明いたします。
 1つ目の黒丸、遊びの中での直接的・具体的な体験を通して、実感を伴って言葉を身に付けていくことが、言葉を通じた概念の習得や深い意味理解に繋がることから、個別の単語の習得に終始するのではなく、幼児が言葉を手がかりに自分を取り巻く世界を理解しようとすることの重要性を再確認すべきではないか。2つ目の黒丸、思考力の芽生えが培われるよう、言葉を添えるなどの先生の援助を受けながら、さらに考えようとして言葉を用いる指導の充実を図ってはどうか。その際、技能的な伸長ではなく、言葉を用いて自分の考えがまとまったり深まったりすることへの喜びや満足感等を十分味わうことに重点を置くべきではないか。
 この丸1の補足として、5ページを御覧ください。上段のピンク色の枠内には、先ほど説明した内容をより詳しく説明しております。
 2つ目の丸では、自分の考えをまとめたり深めたりするためには、言葉を用いて表現する活動が重要であることから、主に領域「言葉」において、指導の充実を図ること。また、幼児はうまく考えがまとまらなかったり、言葉で表せなかったりする場合も多いことから、先生が言葉を添えたり、代弁したりするほか、視覚的資料を合わせるといった適切な援助をすることが必要であること。
 4つ目の丸では、言葉を用いて思考を深めていく指導の充実により、考えることを楽しみ、考えようとする幼児の姿が育つことを目指すこと。また、このことが、小学校以降の質の高い探究的な学びや、各教科等の学習活動の充実が図られることが期待されることなどを御提案しております。
 また、御議論いただく際の参考にしていただくため、実践例のイメージを2つ掲載しております。
 左側の例は、リレーで勝ちたい幼児たちが、速く走る走り方について話し合っている場面です。走る際に振っている手の形について、友達との応答や、先生の問いかけを通じて、自分の考えを言葉で表すことによって、考えを深めていっている例を御紹介しています。
 右側の例は、餌ごとにダンゴムシを集める仕掛けについて、友達と互いの考えを話し合い、話し合われた考えを絵に描くなどの先生の援助を受けながら、考えを深めていっている事例を御紹介しています。
 続いて、2ページ目にお戻りください。丸2の他者と関わり協同する力の育成に向けた指導の充実について御説明いたします。
 多くの他の幼児や先生と共に過ごす園という身近な社会において、自分とは異なる他者と関わり、そして、その他者と同じ目標に向かって協同していく力の育成を目指し、指導の充実を図ってはどうか。その際、自分とは異なる他者への寛容を基に、思いや考えを伝え合い、自他を尊重し、幼児なりのルールや納得解を形成するなどして、園内の身近な社会の一員として遊びや生活をつくっていくことを通じて、当事者意識と社会参画意識の芽生えが育まれることが重要ではないか。
 この丸2の補足として、6ページを御覧ください。上段のピンク色の枠内の2つ目の丸では、自分と考え方などが異なる者とは関わろうとせず、他者との交流が同質な集団内に偏る傾向が高まっているという現代社会の課題を踏まえ、幼児教育においては、主に人と関わる力を養う領域「人間関係」において、指導の充実を図ること。
 そして、4つ目の丸では、小・中・高において協働的な学びの充実やルールの形成、学校行事などに参画することを促進する方向性で検討が進められていることから、幼児教育における他者と関わり協同する力の育成に向けた指導の充実は、小・中・高の改善の方向性とも繋がることについて補足しております。
 また、御議論いただく際の参考にしていただくため、実践例のイメージを2つ掲載しております。
 左側の例は、必要感の下、話し合いながら、みんなが納得できるルールを決め、そしてみんなでルールを守ることにより、よりよい生活や遊びが生まれている事例を御紹介しております。
 また、右側の例は、最初は2人の幼児の遊びだったところに、先生の声かけなどによって他の幼児も加わっていき、おのおの、自然に役割を担いながら、みんなで協同して遊んでいる事例を御紹介しております。
 また、2ページ目にお戻りください。最後に、丸3の様々な遊びの中で多様な動きを行う指導の充実について御説明いたします。
 1つ目の黒丸、幼児の自発的な活動としての遊びの中で、多様な動きを体験することの重要性と、そうした体験を通して身体感覚を養うことを踏まえた指導の充実を図ってはどうか。2つ目の黒丸、幼児期からの運動習慣の形成を図るため、領域「健康」等における指導に加え、文部科学省・スポーツ庁、自治体等が行う幼児の運動促進のための取組を活用するなどして、1日の生活全体の中で、幼児が自発的に体を動かして遊ぶ機会を充実することが重要ではないか。
 この丸3の補足として、7ページを御覧ください。上段のピンク色の枠内の2つ目の丸では、幼児期運動指針について御紹介しております。幼児期運動指針では、量的な目安として、「幼稚園、保育所などに限らず、家庭や地域での活動も含めた一日の生活全体の身体活動を合わせて、幼児が様々な遊びを中心に、毎日、合計60分以上、楽しく体を動かすことが望ましい」とされています。
 4つ目の丸では幼児教育における様々な遊びの中で、多様な動きを行う指導の充実により、小学校体育科における運動遊び等の指導や、生涯にわたる運動習慣の形成に繋がることなどについて補足しております。
 また、御議論いただく際の参考にしていただくため、実践例と取組のイメージを掲載しております。
 一番左側の例は、幼児たちが戦隊ものの一員になり切って園庭を駆け回る場面です。築山を登ったり、遊具の間をジグザグに走ったりするなど、全身を思い切り使って遊んでおり、戦隊ものの一員になりきるからこそ、日頃は慎重な幼児もみんなと一緒に走ったり登ったりしている事例を御紹介しております。
 また、真ん中の例は、室内で探検隊ごっこをしている場面です。平均台を橋に見立ててバランスを取りながら渡ったり、クモの巣に見立てたゴムをまたいだりくぐったりするなど、体の動きを調整しながら、自分たちでより難しい動きをするように工夫して、遊びを面白くしている事例を御紹介しております。
 一番右側の枠内では、幼稚園の教育課程の内外を問わず、また、保育所や認定こども園での生活、そして家庭での時間、こうした1日の生活全体の中で、幼児が体を動かして遊ぶ時間が充実されるよう、文部科学省・スポーツ庁、自治体等が行う取組や、そうした取組に幼児教育施設が連携、協力することなどを取組のイメージとして例示しております。
 それでは、2ページにお戻りください。ただいま御説明いたしました丸1から丸3の改善・充実の方向性について御議論いただければと存じます。
 事務局からの説明は以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、ただいま説明いただきました丸1から丸3の改善・充実の方向性について、御議論いただきたいと存じます。
 まずは、御欠席の村地委員より、書面にて御意見を提出いただいておりますので、事務局より御紹介をお願いいたします。
【上遠野子育て支援指導官】  村地委員の意見について代読させていただきます。
 前回の改訂における中央教育審議会答申において、小学校低学年の学力差の大きな背景に、語彙の量と質の違いがあると指摘されています。現場においても、園と学校が校区の課題を協議している中で、多くの園と小学校が自分の思いや考えを伝え合う力が弱いとの声が上がっております。前回の改訂においての課題は、今も改善の必要があり、本改訂においても、言葉を用いて思考を深めていく指導の充実は必要不可欠であると考えます。
 本校の外国籍児童が日本語を獲得していく過程を見ていると、例えば「けん玉」という語を音として意識し、平仮名で書けたとしても、機械的に習得しているだけで、その言葉を使って表現するというところには至りません。けん玉は、どのようなもので、どんな遊び方ができるのか、体験を通して理解することで、初めて自分の言葉として使うことができます。
 幼児教育においては、従前から、遊びの中で直接的、具体的な体験を通して言葉を身につけていくことが大切にされています。豊かな体験をすると、自然と伝えたい、表現したいと気持ちが高まります。幼児期では、自分なりの言葉で表現する楽しさをたくさん重ね、そして、小学校では書く楽しさも感じてほしいと思います。
 園を訪問した際、平仮名の学習場面を参観しました。幼児は小さな升に平仮名を書こうとしているのですが、指先に力が入らないため、鉛筆を握り締めるような持ち方で四苦八苦しながら書いていました。鉛筆の正しい持ち方や平仮名は小学校で学習します。様々な考え方があろうかと思いますが、それよりも幼児期では全身を使って多様な動きが生まれるような遊びを通して、身体感覚を養っていただけることを願っています。
 村地委員からの意見は以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、御意見のある方は挙手ボタンを押していただき、私から指名をさせていただきます。発言時はミュートを解除してお話しください。全員に御発言の機会があるよう、御発言は3分程度でおまとめください。
 それでは、どうぞ。
 では、柿沼委員、お願いいたします。
【柿沼委員】  ありがとうございます。
 御説明ありがとうございます。大きな方向性は今の社会課題とか現場から感じる課題なのかも含めて、このような方向でいいのかなと考えています。
 その上で、幼児期の育みたい姿のところのように、やはり義務教育の繋がりだとかを重視しているということは、この方向性でいいのかなとすごく思っています。
 ただ、そこが現場に落ちたときに、手法ではなくて内容がきちんとなっていくということが大事かなと思っています。我々の業界はどうしても手法になってしまっていて、どういう人間を育てたいのか、どういう子供を育てたいのかという、今回の先ほどの育みたい姿も同様ですけれども、なぜか内容に置き換わってしまうということが多いので、内容ではなくて、どのような子供を育てたいかということに通じるものになってほしいなと思っています。
 その上で、1点目、まず言葉のところ、教育要領が幼児期の集団のものになっていくとあるんですけれども、現場からすると、やはり家庭教育にもこれが伝わっていくことが大事かなと思います。なぜなら、近年家庭での人の関わりが少ないことによって、言葉が出たりとか、しゃべることが少なかったりということで入園してきますので、幼稚園だとかこども園に入っていったときに、なかなか言葉が話せない状況で来る子がすごく多く感じています。なので、集団性の中でこういうものを求めているんだということで、誰でも通園制度だとか子育て支援の場だとかを使いながら、人と会う場面というのを家庭の方にも多く持ってもらうことによって、今説明があったような集団での言葉が育まれていくのかなと思っています。
 ただ1点、少し懸念点とすれば、言葉を話せない子であったりとか、発達的に少し課題がある子であったりとか、場面緘黙であったりとか、今言った多国籍の子供だったり、そういったことがかなり多くなってきますので、この点は注意しないと、現場において言葉、言葉ってなってしまうと、先ほど言ったみたいに内容に偏ってしまう現場の傾向がありますので、今回求められている内容がうまく伝わらないし、ある意味、それを排除してしまうような状況にならないように気をつけなくてはいけないかなと思います。
 2点目の他者との関わりは、今話したような内容も同様なんですけれども、やはり経験不足で入園してきますので、放課後の部分も経験不足、親としか会わない、友達とも降園後は会わないみたいなことが多くなってきますので、この辺りの家庭で育つ子供たちのことも意識していかないといけないなと思います。
 あと一点は、現場でよく感じるのは、他者との関わりの今の事例はすごくいい事例で、こうあったらいいなと思うんですけれども、やはりけんかだとか、葛藤だとか、そういったものは非常に重要で、この辺を経験していないことによって、問題行動に繋がっている点があると思うんです。なので、やはりいい側面ではなくて、集団であるからこそ、例えば仲間から外れてしまうこともあれば、言葉が出ないことによって手が出てしまうことであったりとか、それを教師が間に入りながら、子供たちに生き方や人間関係の育み方を教えるのが教育の場であると、集団のよさでもあると考えますので、この点というのは、少し書きぶりを、そういったけんかだとかというのも幼児期にはすごく大事なんだと、その上で間に大人が入りながら生き方を教えていくんだと、関わり方を教えていくんだということのような内容が入るといいかなと思います。
 3点目は、身体能力だと思うんですけれども、これは本当に重要かなと思います。ただ、今、夏の間、6月から9月ぐらいまでの間は、特に木がないような園庭だったりとか、都心部であったりとか、遊ぶ場所がない。遊ぶ場の公園に行くにしても、お散歩に出せないみたいな状況があるので、この辺をどうするかということもありますし、最近では熊の問題もありますから、山間部であればそういった問題もあるし。また、防犯上のこともありますので、この辺りが、園の中で、決められた範囲の中でどう身体能力を高めていくかというのがかなり課題になってくるかなと思います。その辺りも含めて、ここはかなり考えていかなくちゃいけないのかなと思います。
 あとは、やはりデータに基づくことが必要かと思いますので、どうしてもデータに基づかないと、体操教室みたいなものをやっていれば運動能力が高くなるんだということに偏ってしまうので、ある意味データに基づいて、遊び、環境を通して行うこと、いろんな体の使い方をすることが子供にとって運動能力が高まるということを社会に示していくということもさらに必要なのかなと考えます。
 以上です。ありがとうございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、岸野委員、お願いいたします。
【岸野委員】  3点、申し上げたいと思います。
  1つ目に、言葉についてです。5ページに具体的な例としてエピソードが挙げられておりますので、非常に分かりやすく、子供が思考を言語化して、言葉を相互作用の道具として用いるようになっていく姿というのがイメージしやすくなったなと思います。思考が先にあって、考えていることが先にあって、それを言葉として表していく、表現していくというだけでなく、子供たちは感覚的に感じている段階のことをつぶやき、また言葉にしていく中で、それを友達とか保育者に支えられることで思考が形づくられていくという方向がやはり大事だと思います。
 そうした意味で、言葉にするというときに、ともすると相手に分かるようにきちんと話す、そういうことを大事にしましょうといったようなことに重点が置かれることがあるのではないかと思いますが、むしろ感じたことを自分なりの言葉で表現するというところ、これまで大事にされてきたことがやっぱり大事で、それがより思考の発展に向けて言葉を用いることに繋がっていくんだという、その繋がりのところを丁寧に表していく必要があるのではないかと思いました。
 2つ目に、協同についてです。これも、次の6ページに具体的な例としてエピソードが挙げられていて、分かりやすいと思いますけれども、こうして共通の目的に向かって協力し合っていく前提には、子供たちが情動的、身体的に共鳴し合いながら、そして思いや考えやイメージを共有していき、そうしたものが重なり合っていく中で活動が繋がっていくんだと思います。そうしたプロセスを丁寧に編んでいくということの重要性をまた共有できるといいのではないかと思いました。
 最後に、3つ目に運動についてです。7ページのところにありますように、先ほどもあったような、体操教室的な単なる運動をすればいいんだというわけではなくて、体操教室を悪く言うつもりではないですけれども、やはり幼児期は自発的な活動としての遊びであるということが大変重要だというふうに改めて強調したいと思いました。特定の活動に取り組んだり、特定の技能をできるようにするということではなくて、やはりプロセスの部分が大事で、多様な身体的な動きを子供なりに試し、そしてしなやかな体を形成していくことが重要なのだということを今回共有できると非常にいいのではないかなと改めて思いました。
 以上です。ありがとうございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 小松委員、お願いいたします。
【小松委員】   私、自分の専門性というのもちょっとありまして、この内容について、主に言葉を用いて思考を深めていく指導ということを中心にしながらいろいろ考えまして、それを3つに整理して申し上げたいと思っています。
 1つ目が、まず、資料の2ページ目の冒頭にもすごく強調して書かれているんですけれども、言葉を用いて考えるということの基礎として、子供たちの自発的で多様な体験というのが十分保障される必要があるんだろうなということです。これを抜きにしまして、言葉ということだけが前面に出るといいますか、独り歩きをしますと、直接体験と結びつかないまではいかないにしても、ある種、ちょっといい表現か分かりませんけれども、頭でっかちな感じの、言葉を使うことがとにかく増えればいいんだというような方向になりかねないと。そういう偏ったといいますか、そういう発達観にはならないような形で強調していく。当初の意図というのが伝わるようなことを重視していくことが大事かなと思いました。
 2つ目ですけれども、今申し上げたことともちょっと関係があるんですけれども、2番目に出てくる他者と関わり協同するということと、それから1番目の言葉を用いて思考を深めるということは、実はある意味、かなり深く結びついているということです。例えば、示していただいた事例を基に考えますと、資料の5ページでしょうか、リレーの話が出てきますけれども、リレーをどうやったら勝てるか考えるということは、逆に言いますとチーム意識ですとか、他者と関わって、どうしたら勝てるかな、勝ちたいなという、そういう関係があって初めて真剣な話合いというのがなされていると。そういう関係がずっと積み上げられてきていることによって、話合いが発展していく部分というのがあるんだろうなと思ったりしますし、逆に、他者との協同というところで表れてくる流しそうめんの事例ですけれども、流しそうめんの事例は、今度は流しそうめんとはどんなものなのかとか、どうなったら流しそうめんらしくなるのかみたいなことについて、かなりイメージを共有する力が必要ですし、それを、声を掛け合ったり、協同したりしながら、やっぱり言葉を用いてお互いの考えをすり合わせていく、調整をしていくみたいなことで初めて成り立っている部分があるということで、これもある意味、言葉を用いて思考を深める側面というのがあるんだろうと思います。そういうことを含めつつ、協同性というのは成り立っているという事例のように私には読み取れました。
 ということで、1つ目と2つ目の言葉のことと他者との関わりということですけれども、そもそも言葉というもの自体が関係の中で生まれて機能していくものという側面がありますので、最終的には1人で言葉を使って考えるということはもちろんあるにしましても、やはり関係の中でどう見ていくのかというのは大切だなと思いました。
 それから、もう一つ、ここで挙げられたイメージといいますか、事例なんですけれども、ここで挙げられている事例というのは、私が幼稚園で先生方の保育の様子などを見せていただいたり聞かせていただくような経験からすると、毎回こんなにスムーズにはいかないんだろうなみたいな、あるいは年齢的なある種の難しさみたいなことがあることもあるんだろうなと。言い換えますと、こうしたやり取りのきっかけになる出来事というのは保育の中に多々あるわけですけれども、そこからうまく広がって展開していく場合もあれば、あれれという形で流れが変わってしまう場合もあれば、先生方のほうで最終的に方向性を強く示すような必要がある場面もあると。先ほどもありましたけれども、いざこざのようなことに発展する場合もあると。イメージの共有、先ほどそうめんの話をいたしましたが、これもなかなか年齢によってうまく共有できたり、できなかったりみたいなことも恐らくあるのかと。こういうやり取りがうまくいくことも、いかないことも含めて、保育なのかなみたいなことをちょっと考えたりいたしまして、とにかくこういうやり取りが早くできるようにすればいいんだということではなくて、その土台であるとか、成り立ちみたいなものも理解しながら保育していくというのが、また先生方の専門性ということになるかなという理解を私はいたしました。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 高辻委員、お願いいたします。
【高辻委員】  ありがとうございます。
 私も1番から3番まで、それぞれ述べさせていただきたいと思います。
 1については、これまでに御意見が出た皆様の内容とかなり重複しているので、そこは省略いたしますけれども、1点だけ、最初のポツのところ、遊びの中でとありますが、3つ目のポツでは、遊びや生活というふうにあって、やはり直接的、具体的な体験というところでは、園の集団生活が家庭とは異なる中で、子供たちは家庭だけでは経験できない様々なことをいろんな生活の中で友達と一緒に協同しながらやっていくというところでは非常に重要かなと思いますので、ちょっと細かい点ですけれども、1ポツ目のところも遊びや生活としてはいかがかなと思いました。
 2点目のところ、共生とか包摂ということが社会全体で今求められている中、先ほど柿沼委員からもありましたけれども、特に異質な他者との関わりの中で、それがうまくいかないときにどうするかということをすごく問われているかなと私も思います。葛藤やつまずきを乗り越えるとか、他者と折り合いをつけたり、自分の気持ちを調整するというようなことは、現行の領域の人間関係の中でも内容の取扱いで述べられていますし、解説では随所でかなり丁寧な説明がなされていると思いますけれども、やはり内容のところでも記載を充実させていくということも考えてもいいのではないかなと思っています。
 多くの現場で、子供同士のこういうぶつかり合いとか、うまくいかないときにというところ、すごく大事な育ちの機会というふうに捉えていらっしゃるかなと思うんですけれども、他者への寛容とか自他の尊重は、その場で上手に解決するとか、うまくまとまるというより、ちょっと時間をかけてとか、なかなかうまくいかないところでじっくりとという場面もたくさんあると思うんですけれども、なかなかそれがうまく保護者に伝わらなくて、見守っているとか、待っているという部分が「放置されている」というふうに取られてしまったりとか、そこの考えをうまく伝えていくというところにも課題が見られるのかなと思っています。
 一方で、まだこの時期はいじめということには至らないことが多いと思いますけれども、やはり排除とか差別とか一方的な攻撃ということに繋がっていかないように、しっかりと保育者がいけないことはいけないというふうに伝えていくべき場面というのもあるのではないかなと思います。
 多様化が進む中で、だからこそ、やっぱりリアルな関わりというのをできるというところが園での生活の大きなところかなと思いますので、他者とのぶつかり合いというところについての幼児教育における基本的な考え方ですとか、保育者の姿勢というのを今改めて明記するというのは、非常に重要ではないかと思います。
 それから3点目のところ、身体感覚という言葉が使われていますけれども、ここはぜひ具体的な記載で充実させていただきたいなと思います。先ほど、小松委員からも丸1と丸2の重なりの大きさということがありましたけれども、ここでもいろんな触覚とか、手指の感覚とか、そういったものはやはり認知とか言葉の発達ともすごく関わってくると思いますし、あるいはバランス感覚ですとか、感覚の統合とか協応とか、あるいは事例にありますように、自分の動きを、ちょっと塩梅をつけるというか、調整する、加減するといったいろんなことが含まれていると思うんですけれども、いずれも非常に大事なところかなと思いますので、ぜひここのところを具体的に記載を充実させながら、深めていただければと思います。
 以上です。ありがとうございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 ほかに、皆様、いかがでしょうか。
 河合委員、お願いいたします。
【河合主査代理】  ありがとうございます。
 全体的なところを見ながら感じたことを少しお話しさせていただきます。
 改善・充実の方向性としては、賛同いたします。皆様からお話があったように、幼児教育ではうまくいかない場面の重要さということも本当に大事ですので、引き続き前倒しではない幼児教育として大切にすることをしっかり確認しながら、学習指導要領との連続性もしっかり検討していきたいと感じているところです。
 そして、5ページ以降の資料で実践例のイメージを出していただいたことで大変分かりやすいと思います。こうした例示ですとか、また各ページのピンクの枠に書いてあります冒頭で「これまでも」というところで、行われてきたことや、幼稚園教育要領の記載等にも触れられています。このように、これまでの記載があったり、園によっては多くの園で実践があったりということもあるかと思います。今後、この部会でも改訂に向けての記載のことが検討されていく場面が出てくると思うんですが、そのときにはいろいろな領域ですとか、解説のいろいろな場面に書かれているものもありますので、書きぶりとかの検討に当たっては、どこに書いてあるのか、もう一回改めて確認しながら検討していきたいと考えているところです。
 2点目ですが、先ほども申し上げたとおり、書かれていたり、行われていたりというところが既にあるのですが、実はたくさんいい実践をされているんだけれども、普通にされていて、その意義があまり認識されていないということもあるのではないかなと思います。ですから、この改訂を機に、実践の中に埋め込まれている大切なことを先生方が意識的に取り組めるようにしていくことも重要かと思います。
 次は、実践例のところで着目したことについてお話しをします。5ページの言葉のところの実践例は本当に分かりやすいんですけれども、左側のリレーで勝ちたいというところがあるかと思います。話合いのこともそうなんですが、私は掲示資料にとても着目をしました。これもよくされていることで、子供の関心に合わせて様々な資料を先生方が環境に用意しますが、この実践例を見ると、掲示がきっかけで、これがいいと思ったことを自分の持っている言葉を一生懸命使って説明しようとする。そして、対話の中で納得できる説明とか理解になっていくというプロセスをすごく印象深く思いました。ここには速く走りたいという強い思いとか必要感があるんですが、教材が持っている言葉を引き出した意味など、教材の持つ価値みたいなこと、教材研究で言われているところですが、併せてこうした教材や環境の持つ意味も意識して検討していきたいと感じました。
 最後になりますが、1ページの2の2項目のところに「幼児教育においては、小・中・高における教育課程の変革を支える基盤的な役割」と書かれていますが、教育課程の変革を支えるというところに私は目が留まりました。先ほどの議論にもありましたけれども、小学校教育と確実に繋がっていくときに、環境を通して行うということも話題に上がっています。今後、各園で環境を通して行うことを基本とするということが実践されていけるようにすることも、大変重要な課題であると思ったところです。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、佐々木委員、お願いいたします。
【佐々木委員】  ありがとうございます。
 とても好例の事例が出ていて、分かりやすく、今回のテーマである好きを育むというのを幼児期にいかに充実させていくのかというのがとてもよく表れています。自分たちも関わったんですけれども、国研の保育環境、保育の質についての研究でも、やっぱり思考力とか様々な科学的な思考力とかが日本の保育ではちょっと弱点となっているようなところなので、それの正しい提示の仕方というのはとっても重要だと思います。
 特に5ページ目のリレーなんかはとってもすばらしくて、今の河合先生のこういう掲示があったなんていうのは、10の姿で言うと社会生活との関わりの世界陸上なんですが、そういうことが刺激で、子供たちが具体的にそれを見て気づいたり感じたり考えたり、しゅっとして走るんだみたいなことが、しゅっというのは関西的にはもうとっても分かりやすい言葉で、ハンサムで、そしてスマートでいけてるという最大の褒め言葉なんですけれども、そういうことを度外視しても、これが仲間と共有できる。つまり、気づいたり感じたり考えたり表現したりしながら、その言葉によって、それをまとめ上げていく相互作用というのがすごくよく表れていて、しかも、そのためには環境の提示とか先生の援助だとか仲間との共有というプロセスがすごく表れているので、そういうことを右側にちょっと解説をするといいんじゃないのかなということをすごく思いました。
 あと、6ページ目の数台しかない車のところというのも、これは先生がなかなかすばらしくて、だからトラブルが起きていないんだと思います。やっとA君が車に乗れたのに、B君が乗りたくてというのは、好きを育む、人も他者も好きというものがあるということの認識に立っていますが、先生が、「困ったね、みんな乗りたいんだってね」と、いきなりみんな乗りたいから代わってあげてじゃなくて、困ったねというA君の心情に寄り添うところから保育が始まっているから、この子は爆発しないんだと思います。いろいろなところでそういう保育のありようも提示されているので、幾つか例を挙げるというのもいいけれども、ここでも多少解説のようなものを入れると、子供たちの言語活動の充実の様子が分かるかなということを思いました。
 それと、先ほどから出ているように、ちょっとトラブルがあったりとか、ちょっと困ったとかという事例をいかに先生が保育の中でうまく取り上げていくのかというようなものも、1つぐらいあってもいいかなということを感じました。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、奈須委員、お願いいたします。
【奈須委員】  よろしくお願いします。
  まず、全体に出ている好きを育み、得意を伸ばすと、当事者意識を持って、自分の意見を形成し、対話と合意ができるというこの2つですけれども、これはややもすると、対立的にとか別の2つのこととして捉えられがちなんですけれども、そうではないんだということが大事で、先ほど来の先生方のお話の中にもそれが強く出ていたと思います。好きを育み、得意を伸ばすという意味で、自分らしい自分に存分になれる、それが容認される、促されるという経験をして、自分のアイデンティティーを形成するという意味で、個性的な存在になればなるほど、そういった自立した個人が、同じく自立した個人、それは違う価値観、意見を持っているわけですけれども、そういう人たちと一緒に協働して、共同体の維持発展に関わる問題解決に共に挑むことができるということだと思うんですね。
 だから、この2つがむしろ互恵的な関係にあって、その子がその子らしい個性を発揮した存在になればなるほど多様な他者ということが分かって、その人たちと共に共同体をいい方向に持っていこうということができる。だから、対話や合意もできるということがすごく大事だなと思っていて。つまりこの右側が同調圧力になりがちなんですよね。そうならないようにしたい。あるいは、好きを育み、得意を伸ばすというと、よく小学校以上だとわがままな子になるという言い方をされてきました。そうではないんだということはすごく大事ですけれども、幼児教育の議論というのはそっちの方向に絶対に行かないので、とてもいいなとまず思いましたということです。
 それから、今日、3つ、言葉と協同と運動ということでお出しいただきましたけれども、事例を見ても、とても少ない私自身が幼稚園に行く経験からも、協同と運動というのは割といい形でやられている。うまくいかないことを通して乗り越えていくということも含めて、とってもあるような気がするんですけれども、言葉というのは本当に難しいなと思っています。先ほど岸野先生からもありましたけれども、自分が言いたいことを上手に言おうという言葉だけではなくて、自分が今何を考えたり感じたりしているのかという内側に問うような言葉がすごく大事ですよね。言葉を通して、自分の内面を理解するというようなことは大事だと思うんですね。
 小学校で、よくしゃべれるようにということで、話型指導というのをいたします。私が考えていることはこうです、その訳はこうですという話型を1年生で指導します。あれを指導すると、全員しゃべれるようになるんですけれども、あの指導をずっと続けると、話型に収まるような思考しかできなくなります。現実に子供が考えていることは、もっと複雑なことなんですね。私はこういう場合はこうだと思うけれども、こういう条件下ではこうなんだけれどもな、みたいなことを思っているんですけれども、あの話型ではそういうことは一切しゃべれないので、話型の指導によって思考が限定されるということが起こるんだろうと僕なんかは思っています。だから、小学校でも、私なんかは話型指導はあまりしないで、いい意味でだらだらだらだらしゃべる授業にする。しゃべっていると、一周しゃべった後に、今ようやく気がついたんだけれども、私が言いたいことはこういうことなのねとか子供って言いますよね。小学校もそれでいいんですよと思うんですけれども、なかなかそうはなっていかない。幼児教育でも同じことがあると思っていて、上手に話させる、あなたは何を考えているの、話しなさいではなくて、一緒に内面世界を探ってあげるようなことが大事だろうし、それによって感情的あるいは知的にも深まっていくんだろうと思います。
 あまりいい例ではないんですけれども、前、僕が5歳児クラスで子供たちと話していたときに、鳥の話になったんですね。鳥ってどういうものと何となく聞いたら、「鳥はね、お空を飛ぶものなんだよ」と言うから、僕が冗談で「飛行機も鳥なんだ」と言ったら、げらげら笑うわけですね。「おじさん、何を言っているの、飛行機は鳥じゃないよ」と言うんだけれども、自分はさっきお空を飛ぶものは鳥だと言ったから、飛行機はそれではないので、あれと思うわけですよね。自分が考えてきたこれまでの鳥という概念が不十分だということに5歳児は気づいて、そういうときって面白いですね、中空を見るんですね。中空を見てうーんと考えるんですよね。そしてしばらくして、「おじさんね、鳥はお空を飛ぶ生き物だよ」と言うんですよ。ということは、5歳児はちゃんと生き物という概念も持っているんですよね。当たり前ですけれども、すごいですね。そして、彼らはお空を飛ぶものの中に生き物という限定をしてきて、またその後もいろいろ話したんですけれども、とても面白い。僕の問いかけは全然よくないですけれども、そういうことによって彼らがこれまで無自覚に抱いていた概念を自覚して、それが不適切であれば修正するという概念の修正が行われるわけですけれども、いわゆる内言の外言化というんですかね、言葉にすることによって、自分の内面世界を見つめて、情意的にも、あるいは知的にも自分を問い直し、深めていって、自分が何を考えていたのか、どう考えたいのか、それでいいのかということを内側に問うていくみたいなことは、ごめんなさい、もっといい事例が多分いっぱいあると思うんですけれども、幼稚園の中で日常的にやっていると思うんですよね。そういった言語の持つ機能というんですかね、これはもうずっと言語学とか言語心理学のほうで御研究があると思いますけれども、そういうことを少し整理して出されるといいのかななんて、さっきの岸野先生の話を伺いながら思っていました。多分、いい事例がいっぱいあると思うんですけれども。協同や運動もそうなんですけれども、言葉ってかなり複雑なので、言葉はどういう機能を持って、どういう支えがどんな有能さ、育ちを導くのかということを少し整理して出されるといいなと思っていました。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、岡本委員、お願いいたします。
【岡本委員】  先ほど来、委員の先生方のお話をお聞きしながら、事例を含めてより分かりやすくお示ししていただけていることに大変ありがたく思います。
 また、もう一つ、委員の先生方から出ているように、生活ということをもう少ししっかりと示したほうがいいのではないかなと私自身は感じています。生活が即教育になっていくという辺りを丁寧に示す必要があるのではないかなと思っています。
 遊びと生活というふうに全てをしていただいたほうが伝わりやすいのではないか、また、4ページの図、確かに、言葉を用いて思考を深めていく指導や、他者と関わり協同する力の育成は大変重要なことではあるんですけれども、柿沼委員がおっしゃっていたように、ややもすると、少し誤解を受けるようになっていかないようにしていかなければいけないなと。言葉を用いて思考を深めていく内容には、相手、お友達の言っている言葉に気づいて、関係を深めていくというようなこともあるんですが、どうしても議論するというふうに、何かやっていくというプロジェクトのようなことに引きずられがちです。やはりそこは生活の中の言葉を用いて、私たちが考えていくということが大事ではないかなと考えています。
 私たち関係者は分かるけれども、いろいろな方が御覧になってわからないではなく、そこを丁寧に示していく必要があるということと、4ページの図で、幼児教育から高等学校までの教育を見たときに、横に2つ並んでいると、やはりどうしてもそこが幼児教育で、そこから上は小学校になっていくというようなイメージになってしまいがちなので、そこが重なって、縦のところと重なっているような示し方をしていただけると、教科というところからはちょっと外れますけれども、道徳であるとか、総合的なことであるとか、幼児教育もそのような生活をしておりますので、そういうことも何か図でうまく示すことができないかなと感じております。
 学校教育法の中にも掲げられているように、子供たちの生活といった場合には、日常の生活のほかに、集団生活であったり、社会生活であったり、生活といっても広いんですけれども、視覚化するときにはそこを示していくことが、高校生になったとしても、自らの人生をかじ取りする力と民主的で持続可能な社会のつくり手といったときに、生活がベースになっていて、そこの土台をつくっているのはやはり幼児期であるということがよく分かっていただけるのではないかなと感じております。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、北野委員、お願いいたします。
【北野委員】  よろしくお願いします。
 事例とともにとても分かりやすく御提示されていて、とても学びになりました。現状と課題について、この2つを出してくださっていることは、私、自分自身も最も大切なところだなと思っているので、ありがたいと思います。特に2つ目のところなんですよね。義務教育の学校選択制のときにも、よいところ、悪いところがいろいろあったと思いますけれども、質保証とか、それから権利保障の観点から考えたときに、やはり評価者の評価、選択者の選択力、こういったことというのが課題だなと感じることが多々あります。ですので、こういうことを表面にしっかり出してくださっていることはとても大事だと思いました。自分もいろいろなところで紹介させていただきたいと思っています。
 そして、言葉を用いて思考を深めていく指導の充実についてですけれども、皆さんがおっしゃられているとおり、やはり自分の表したいこと、伝えたいこととか、自分が知りたいことという子供にとっての自明性、必然性がスタートで、自己中心性の高い幼児期はなおさらそこが大事だと思います。そして、実感を持って体験しながら蓄えていくことが大事だなと。言葉で考えを深めるというときの考えの中に、幼児は特に思考の思のほうですよね、心の動きの部分、そこのところも大事にしているところだと思うので、それを挙げていただいているのが大事なことだなと思いました。
 あと2つ目の丸ポチで、先生の援助をフィーチャーしてくださったことはとっても大事なことだと思います。国内外の各種研究で、先生の教育的な関わりというか、育ちに対する願いであるとか、そういうところの重要性というのが、先生の機能、先生の専門性が大事だということはかなり根拠がしめされています。そこのところの先生の援助を強調してくださることというのは、とても大事なように思います。
 そして、その中で、ここに事例を挙げてくださっていますけれども、言葉を添えるとか代弁するとか、保育ならではの専門性が本当にたくさんありますので、そういったことも確認したい。そして、視覚的資料を合わせる等と書いてくださっています。実私、辻弘美先生と御一緒に約5,000人の幼児の気持ちを表す言葉の研究をしています。そこでは2歳児の81%を上る子供たちが既に共感の言葉を使いこなしていることが明らかになっています。振り返りの研究もしていますが、サークルタイムで、2歳、3歳児が、先生が言葉、視覚、さらにそれらだけではなく、実物、触覚ですよね、実際につくったものを回して観て触ってみるといった実践も多々あるので、そういったことが大事だということを確認させていただいてよかったなと思うところです。
 2つ目の丸のところですけれども、ここも多様性に対する寛容性を育むことが前提となって、他者との関わりとか同じ目標に向かう協同性に繋がってくると思います。そういう意味では、多様性に対する寛容性というものは、決して同化するということではなく、それぞれがそれぞれで違ってよい、個別であってもいいし、共通でもあっていいということだと思います。特に、家庭教育ではなく最初の学校としての園ということで、園で多様性に対する寛容性を育むことというのは、当事者意識や社会性の育ちの根っこの部分だと思います。そして、「同じ目標に向かって協同していく力」とありますが、同じ目標の形成の部分も注目したいと私は思っています。つまり、同じ目標、共通点を見つけていく作業や、共通点を形成していくプロセスというのがある。つまり目標を掲げたり、共有する前のところも大切にしたいと考えるところです。
 私からは以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、吉田委員、お願いいたします。
【吉田委員】  よろしくお願いします。
  私は領域の健康なので、主に丸3についてお話をさせていただきたいと思います。
 2ページ目の内容の改善・充実の方向性の案の一番冒頭のところでも強調されておりますけれども、自発的な活動としての遊びについてですが、丸3のところでも、ピンク色の帯の中で「幼児の自発的な活動としての遊びの中で」というような文言を使っていただいています。自発的な活動としての遊びを通してという文言は、幼稚園教育要領の中で繰り返し出てくると思うんですけれども、ここの自発的な活動という部分について、少し注意が必要かなと感じています。というのも、私自身は、内発的に動機づけられた状態を遊びと捉えています。簡単に言えば、子供の自己決定が遊び要素になるので、子供が自己決定するように関わるということが遊びを指導することと考えております。自己決定するということは自発的であると捉えられるんですけれども、自発的とか主体的というのには水準があって、自己決定というのは、自発的とか主体的の水準の高いものを指しています。自発的というのは自分から進んですることなので、みんながやっているからとか、先生に叱られるからとかという、いわゆる外発的な動機づけであっても、自発的、主体的であるとは捉えられると思うんですけれども、それは自己決定ではない。つまり、遊びとは言えない。
 ですので、幼稚園教育で言う自発的な活動としての遊びというのは、自発的に活動していれば遊びかというと多分そうではなくて、私の理解では、子供が自己決定している、つまり、自発的であっても水準の高いところを遊びと捉えていると自分では理解しています。そうであるからこそ、学びに繋がる経験でもあるし、主体的、対話的な学びであると理解しているところです。ですので、この辺りの表現が誤解のないようにあるといいなと感じているところです。
 例えば、7ページの実践例のイメージでも示してくださっていますけれども、すごく分かりやすくていい事例だなと見ていますけれども、右側の真ん中の枠のイメージの一番下の中黒のところで「こんなの簡単!もっと難しくしようよ」というのがありますけれども、これも子供が内発的に動機づけられている、すなわち、遊びとして取り組んでいるからこそ自分から全力を発揮しようとか、挑戦的な行動というのを取るわけです。ですので、すごく事例もいいと思ったんですけれども、ややもすると、何かができると次はこういうのはどうかなとかというふうに、周りから大人基準の少し難しそうな課題を与えがちだけれども、そうではなくて、子供たちが自分たちで遊びをつくったり、工夫したりという姿が示されているこの事例もすごくいいなと思いました。
 それから、もう一つ、ピンク色の枠の中で、幼児期運動指針に関わってのことが記載されていますけれども、上から2つ目の丸の下線部になりますが、毎日、合計60分以上というのは、家庭や地域での活動も含めた1日の生活全体ということや、屋外だけではなくて屋内も含めた1日の生活というところなので、もちろん園でも取り組むけれども、1日の全体、生活全体という視点に立って示していく、そこの理解も図っていくことが必要ではないかと考えています。幼児期運動指針のガイドブックの中には、時間だけが問題なのではなくて、様々な遊びを中心として、お散歩とかお手伝いとかというようなことが書かれています。そういった生活の中の身体活動というところにも目を向けて保護者を対象、あるいは家庭や地域の活動というところも含めていかれるといいのかなと考えています。
 それから、もう一つだけ、すみません。丸1の言葉に関わってのところなんですけれども、上のピンク色の帯のところの2つ目の丸の3行目の下線部に「言葉を添えたり代弁したりするほか、視覚的な資料を合わせるなどして」というふうに、今、帯をつけてくれたところなんですけれども、もちろん、子供から言葉が出にくいときに周りから少し言葉を添えたり、代弁したりということをすることが多くあると思うんですけれども、ややもすると、言葉を補い過ぎてしまって、全部周りの大人がしゃべってしまうというようなことになりかねないかなということも少し思いました。先生の適切な援助というところ、適切具合がすごく大事じゃないかなと感じています。
 それと、「適切な援助」という表現なんですけれども、このページの一番冒頭のところでは、指導の充実のイメージとあって、幼児教育では指導と援助を同じ意味で使っていると思うんですけれども、この言葉の使い分けをしているのであれば、その辺りの説明もあるといいのかなと思いました。
 以上です。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、川越委員、お願いいたします。
【川越委員】  すみません、お待たせいたしました。よろしくお願いいたします。
 先ほど河合委員がおっしゃっていた、ここに出されていることがあまり実践の中では認識されていなくて、そういうことを掘り起こしていきたいというふうにおっしゃっていたのが、まさにそうだなと感じております。言葉のこと、あとは協同のこと、運動のこと、このことだけを見たらどんなことなのかなと感じていたんですけれども、実践例を拝見して、そういうことかということがとてもよく分かりました。
 例えば、言葉のところでは、多分実践の中ではこういうことはされていて、でも、ピンクの帯の中にあるような、代弁したりとか、視覚的な資料を用いたりして、そういうことを補っていくということが今の課題に繋がっていることなのか、それに対しての援助を行っていたのかというようなことが再確認されましたし、あとは、協同のところでは、自分とは違う、自分とは異なる他者との関わりというところで、園にいる子供たちって、みんな自分と異なっている考えを持っている子供たちの集まりなのかなということを思っていたので、そういうふうに考えると、そうなんだなということを改めて思いました。
 自分と友達との関わりのところでは、本園の例なんですけれども、例えば5歳児で生活グループを決めていくときに、年に何回かグループ替えみたいなものをするんですけれども、進級した当初は気の合う友達同士でグループをつくって、それで、例えばお当番であったりとか、生活のいろんなことを進めやすくしていきますし、だんだん時間がたったりしていくと、遊びの中ではあまり関わらないような幼児同士をグループのメンバーとして組ませることで、それこそ言葉を用いたりであったりとか、そういう協同する活動を経験させることで、何ちゃんってこういう子なんだなとか、ここは気がつかなかったなというようなことに気がつかせるような経験をさせていったりしています。こういうことで他者との関わり、協同する力というところを今までもやっていましたが、今の課題に合わせたときに、こういうことが教育要領の中に入っていくということは大事だなと思いました。
 そして、多様な動きの運動遊びのところでは、これは本園だけかもしれないんですけれども、例えば、一番左の実践例のイメージのようなところなどを見たときに、Aちゃんとかそのほかのお友達との関係のところで、割と人間関係のところで評価というか、そういうふうにすることが多かったのかなと思いました。
 改めて、この実践例を拝見して、動きの視点で評価をしていく、分析をしていくということを園の中でも増やしていくことが必要だなと思いましたし、冒頭に、柿沼委員でしたでしょうか、暑さのお話などもありました。こういうことはすごく現場の中ではかなり苦労したり、今までやってきたことと違うことなので、どういうふうに工夫したらいいかなというようなこともありましたので、そのようなことも要領の中に入れて環境を工夫していくことが必要だなということも入れていくことが必要なのかなと思いました。
 あとは、例えば本園の周りの保育園さんなどは、園庭がない保育園なども多いと思うので、そういうところで、幼稚園と保育園だったり、認定こども園だったりとの関わりの中で、多様な動きをお互いに引き出すような環境を工夫していくというようなことも、私たちができることとして取り組まなくてはいけないなということも改めて感じました。
 感想で恐縮です。以上でございます。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、久保山委員、お願いいたします。
【久保山委員】  お願いします。
 先生方のお話を伺っていて、それをそしゃくするのに時間がかかっておりまして、そうしていると、自分が何を話すのか分からなくなっている、そんな状態でボタンを押してしまって、今ちょっと緊張しています。
 ただ、取りあえずしゃべってみて、自分が言いたいことはこういうことなんだなと後で分かればいいと奈須先生がおっしゃいましたので、そのように話してみたいと思っています。
 1つは、議論の前提になる4ページ目なんですけれども、企画特別部会でこの図が出てきたときから、非常にわくわくして見ておりました。というのは、特別支援教育、あるいは児童発達支援の人の中には、好きを育み、得意を伸ばすということよりは、できなさを解決するということに主眼を置く関わりが多いのでありますけれども、そうではないよということですよね。しっかり幼児期から好きを育んで、得意を伸ばす、そして自分の世界で遊び込むということを大事にしたいということだと思います。それがあれば、実は遊び込んでいる姿というのは、周りの子供の憧れであったり、あるいはライバル意識というものを生みますから、結果、そこに対話だとかコミュニケーションが生まれてくるんだろうなと。そう思ったときに、まずはやっぱり左側をしっかり大事にしていくということは、今後もあり続けるだろうなと私は思ったところです。
 それを前提に、前提にと言いますか、そのことを踏まえた上で、次の論点の3つなんですけれども、河合先生がおっしゃった「これまでも」というところの大切さというのは私も思います。もしかしたら、この表の書き方として、「これまでも」の丸のところは色を分けるなり、囲みを変えるなりして、もう一回ここから議論をしようよということが必要かなと思います。この3つの論点全てについて、「これまでも」の部分を確認しておきたい。そして、これを土台に次に進んでまいりたいと思います。
 特に、私のように発達が緩やか、あるいは個性的な発達をしているお子さんたちのことを考えますと、言葉だとか他者との関わりだとか、多様な動きということの土台部分をしっかり考えたいなとは思います。
 言葉について言えば、私は3つのレベルで考えていて、音声の言葉と視覚の言葉と動作の言葉という3つのレベルで考えています。この図に書かれているのは音声の言葉の話なんですけれども、土台としての視覚の言葉と動作の言葉ということもとても大事で、例えば動作の言葉ということで言えば、積み木を積んでいくと、そこに友達がやってきて一緒に積んでいくというようなことがあって、さあ、どうやったらどんなふうに積めるだろう、どんなふうに積んだら崩れないだろうというようなところに、動作のレベルでの思考というのがあると思います。それから、視覚ということで考えると、例えば誰かがお絵描きをしていて、そこにちょっと塗り重ねていく、こんな絵も書くという中で、協同的に絵を描いていくということもあるだろうと思うんですよね。そこに思考を深めていくというのは、音声の言葉としては出ないかもしれないけれども、思考を深めていく課程というのは、そこにあるかなと思います。なので、音声言語にこだわらずに、様々な言葉のレベルで思考を深めていくということの指導を考えられたらいいかなと思ったことが1つです。
 それから、次の他者との関わりのところなんですけれども、3番目の丸が私にとっては非常に、すごくびっくりしたんですね。そうか、自分とは異なる他者への寛容を基になんだと。この表現は非常に僕にとっては重くて、私は共生社会を目指す上で、創造力と寛容というのが大事なキーワードだと思っているんですけれども、そうか、幼児はもともと寛容さを持っているんだと。寛容さは育てなきゃいけないものだと僕は思っていたんですけれども、そうだよなと思ったんですね。恐らく、葛藤もあるし、様々ないざこざもありながらも、まあいいかと収めていく力は子供にはあるんだろうなと思うんですね。では、なぜ、逆に成長に伴ってこの寛容さを育てなくてはならないというふうになっていくのかと思うと、大人たちの規範意識が強過ぎるとか、同調意識が強過ぎるという問題があろうかと思います。なので、どういうふうに表現したらいいか分からないんですけれども、「寛容さを基に」とさらっと書いてあるんですけれども、もう少し広く皆さんに分かるような書きぶりはないのかなというところは、ちょっと考えているところでした。
 それから、最後の多様な動きのところでありますが、もともと不器用な私は、ここはとてもどきどきしながら読むところなんですけれども、ある園でこんなことがありました。3歳児の女の子たちが三、四人で柱の周りをぐるぐる走っているんですね。それを見ている別の女の子が、「何で走っているの」と聞くわけですね。すると、走っている子たちが、「分からない」と言いながらずっと走り続けているわけです。やがてその子は混ざっていくんですけれども、要するに同じ動きができるということが実はコミュニケーションの土台にあるんだなというのはつくづく思うんですね。そういったときに、実は私などが関わりを持たせていただいている障害のあるお子さんの中には、同じ動きが難しいということがあるので、いや、そこのところをやっぱりコミュニケーションということに繋がるんだよということ。単に動きが広がればいいというだけじゃなくて、コミュニケーションにも繋がるんだよということも、どこかに入れられたらいいのかなと、そんなことを思いました。
 多少、的外れかもしれませんが、大体言いたいことは自分の中では整理できたかなと思います。ありがとうございました。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 それでは、藤原委員、お願いいたします。
【藤原委員】  ありがとうございます。
 今、いろんな先生方がおっしゃられましたように、現場に直結する内容に関わってきますので、誤解のないようにどう伝えたらいいかという解説の工夫というのは必要ではないかなと率直に思います。
 自分が保育園で担任していた頃をよく思い出すんですけれども、日本語がまだ難しい外国にルーツを持つお子さんや支援の必要なお子さんがクラスの3分の1ぐらいいるクラスを担当していました。
 そのときに、非常にいろんな葛藤があって、でも、心が動かされる遊びというので繋がっていくんですけれども、例えば泥だんご作りを春頃からよくしていましたが、秋頃には、それをころころ転がして、いかに最後まで壊れないような硬いものにするかというお子さんと、それから、外国にルーツのあるお子さんで、最後、壊れるのを楽しみにして転がしていたお子さんといたんですね。転がらずに固まっていただんごを最後まで転がって行ったと喜んでいたところに、壊したほうが楽しいと思った子が踏みつけたことがあったんですけれども、それは壊したほうが楽しいよということを何か知らせたかったみたいですが、それでトラブルになったわけですが、どうしてそうなったんだろうねと周りにも聞きながら、ちょっといろんな投げかけをしたりとか、もう一回問い返すことで、子供たちにもう一回考えてもらおうみたいなことを何度も機会をもっていたんです。そういうような自分を客観視する部分を積み重ねていくんですけれども、遊びや生活の中で、どうしてあんな顔になったんやろうなとか、どうしてあんな言葉が出たんやろうなというのは、もう日々の中でずっと振り返って、積み上げていったなというのを思うんです。
 それが自分たち、保育の現場だったと思うんですけれども、とどのつまりは、今目指しているところは、子供たちが主体的に環境と関わって、そこから自分たちで意味や概念を獲得していくという体験の深さとか質を高める内容に見直していくことが求められているんだよということが、保育者の間で共通理解されて腑に落ちていくということが、まず大前提として大事じゃないかなと。そこが伝わらないと、この事例とかも、ああ、そうそう、そうそうと思うんだけれども、結局、どこに向かっているのかというのがつかみ切れていないんじゃないかなというふうになるといけないので、そういうような工夫も必要じゃないかなと思いました。
 ありがとうございました。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 皆様に御意見をいただいたかと思いますが、もう少々お時間があるようですので、2巡目、もし、言いそびれたなとか、ちょっと今先生方のお話を聞いていてさらに加えたいなと思われたことがございましたら、ぜひ挙手ボタンを押していただけたらと思いますが、いかがでしょうか。
 それでは、柿沼委員、お願いいたします。
 柿沼委員、ミュートのようです。
【柿沼委員】  すみません、時間があるので少しだけですけれども、先ほどの4ページ目、好きを育み、得意を伸ばすという資料のところなんですが、資料の内容というよりも、左のところに幼稚園から高校までの矢印がありますよね。これのところを、せっかく幼児教育で土台をつくる基礎なので、この幼稚園のところが、少し太くなっていく、三角みたいな感じでなるものとか、書きぶりなんですけれども、木の根っこみたいな感じになるものとか。一番外れて一番下っぽく見えるんですけれども、本当は土台だから、土台強調の図になると、なかなか難しいかもしれないんですけれども、いいかなみたいな。そうすると、ここは義務教育課程の下にちょっと離れているんですけれども、これがやっぱり土台だということだと思うんですよね。この上で、多分、教育活動が行われるということなので、この矢印が、ただ一番下というよりは、一番太くなるといいなみたいにちょっと思ったので、それだけです。
【古賀主査】  ありがとうございました。
 ほかに、いかがでしょうか。
 特に御意見がないようでしたら、今回はこの辺りで終了とさせていただこうかと思います。
 たくさんの非常に重要な御意見をありがとうございました。環境を通した教育ということを深めていくための、改めて教材の価値でありますとか、環境の提示をどうするのか、また教師の援助、そして仲間との関わりの関係性が見えるというような資料の作り方の重要性でありますとか、それから、言葉についても慎重に取り扱うということが非常に重要で、誤解のないようにしていきつつ、また機能的な整理や示し方も必要ではないかですとか、また、多様な言葉の在り方ということも含めて考えていくべきではないかというような御議論。そして、今日、何度か生活という言葉がいろいろな意味で出てきました。例えば、遊びと生活でありますとか、生活科ももちろんそうですし、1日の生活というような用語も出てきておりますので、そういった生活という言葉がいろいろな意味で使われていることをどう整理していけるのかというようなことも私は感じたところでした。
 そしてまた、運動とか、協同とか、言葉とかというようなことが、それぞれに関わり合いながら育つということを幼児教育の中では大事にしてきているわけですけれども、そこら辺りをもう少し明らかに示していくことで、現場の質というものが上がっていくのではないかというふうにも考えさせられました。
 その中で、自発的な活動としての遊びというような言葉についても、やはり自己決定というようなことも重要ではないかというような御指摘もあったかと思います。非常に重要な点につきまして、先生方に様々な御意見をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
 それでは、時間も参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきます。
 次回は、今回の議事についてさらに議論を深めるため、保育専門委員会との合同開催を予定いたしております。
 次回以降の予定について、事務局よりお願いいたします。
【上遠野子育て支援指導官】  次回の幼児教育ワーキンググループについては、11月25日火曜日に保育専門委員会との合同で開催する予定です。
 また、来週17日には、保育専門委員会の第2回が開催される予定ですので、別途御案内申し上げます。本ワーキンググループの議論の参考として、お時間がありましたら傍聴いただけますと幸いです。
 以上です。
【古賀主査】  それでは、以上をもちまして閉会といたします。先生方、御協力ありがとうございました。
 
―― 了 ――