教育課程部会 総則・評価特別部会(第2回) 議事録

1.日時

令和7年10月14日(火曜日)16時30分~19時00分

2.場所

WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式

3.議題

  1. 目標・内容の構造化・表形式化等について
  2. その他

4.議事録

【貞広主査】  それでは、定刻となりましたので、ただいまから第2回総則・評価特別部会を開催いたします。
 本日は、「目標・内容の一層の構造化・表形式化等」について事務局より御説明いただき、また、一部の委員の方々より御発表いただいた後に、5分間の休憩を挟みまして、意見交換をお願いしたく存じます。
 それでは、議題につきまして、事務局より御説明をお願いいたします。
【栗山教育課程企画室長】  失礼いたします。教育課程企画室長の栗山でございます。
 それでは、御説明させていただきます。資料を投影いたしますので、少々お待ちください。
 本日の議題は、「目標・内容の構造化・表形式化等」についてでございます。これは論点整理で示された方針の具体化という色彩も持つ内容であると考えております。
 本日取り扱う具体の内容でありますけれども、まず、学習指導要領の目標・内容の構造化・表形式化イメージと具体化が必要な論点をお示ししております。以下の検討項目1から5について総則・評価特別部会で一定の方針を示した上で、各教科等ワーキンググループで具体の検討を進め、企画特別部会や本部会が適宜調整することとしてはどうかとさせていただいております。
 つきましては、今回の御議論については、もちろん教育委員会または学校現場に御理解をいただくという色彩もございますが、この内容に基づいて、今後、各教科等ワーキンググループで具体の作業を進めていく非常に重要な前提となるという色彩も大変強いものと考えております。
 具体の検討項目1から5であります。検討項目1つ目は、見方・考え方。これを目標にどう記載すべきか、また各教科等共通すべき留意点は何かといったこと。
 また、検討項目2は、学びに向かう力、人間性等。これも目標にどのように記載をしていくべきか、また共通すべき留意点は何かといったことを検討したいと思っています。
 内容の部分に関しては、検討項目3、表形式化の具体的な形式について、具体的にどのような形式としていくべきか、また教科等の性質を踏まえて複数の形式を許容するのであればどういったパターンが考えられるか、そしてその際、学年区分の柔軟化について論点整理で方向性をお示しいただきましたが、それを踏まえた学年区分の示し方、あるいはその際、学年別目標を示すかどうかについて議論をしていきたいと考えております。
 また、検討項目4、それを踏まえて、中核的な概念等について、論点整理では「中核的な概念の深い理解」、「複雑な課題の解決」といったことを「中核的な概念等」としておりましたが、これが共通的に備えるべき性質・役割等についてどう考えるか、また、教師にとって分かりやすく現行学習指導要領の趣旨を一層実現する観点からどのような名称などにすべきかといったことであります。
 そして検討項目5、中核的な概念等を踏まえた個別の内容の選択や精選について、個別の内容をどのように作業していくかということを議論していければと考えております。
 以下、順次、具体の内容についてお示しをしていきたいと考えております。
 まず、見方・考え方についてであります。見方・考え方については、左側、まず目標の柱書きの示し方と改善の方向性について御覧いただければと思います。これは中学校国語の例でありますけれども、現行の学習指導要領におきましては、各教科等の目標の柱書きで、見方・考え方を記載し、その後、学習過程、そして資質・能力の趣旨という順番で柱書きが記載されています。その上で、現行の解説の中で具体の記述がなされているという形になっております。
 補足資料を御覧いただきますとお分かりいただくことができますけれども、このスタイルについては、全教科共通の形、各教科、これは中学校の例で、3ページでありますけれども、各教科共通でそのような柱書き、また解説に各教科の具体の見方・考え方が記載してあると、このような形になっているわけであります。
 戻ります。それが現行の記述ぶりでありますけれども、現行の記述ぶりの課題の部分であります。現在、各教科等の目標の柱書きは申し上げたように3つの要素が記載されていますけれども、冗長で分かりにくいという指摘がある一方で、見方・考え方の具体は申し上げたように解説を併せて読まないと分からないといった課題があると考えています。
 それに対して論点整理におきましては、その下であります。見方・考え方を各教科等を学ぶ本質的な意義の中核に焦点化をした上で、その具体を解説ではなくて学習指導要領本体に位置付ける方向性をお示ししています。
 論点整理では、見方・考え方の意義につきまして、教科固有の様々な世の中を見る視点や考え方が豊かになることで徐々に資質・能力の育成を導くといった観点のみならず、よりよい社会や幸福な人生に繋げるものと位置付けており、学校教育のみならず、その後の人生でも豊かに働くことを視野に入れているという形で整理をいたしました。
 これを踏まえて、分かりやすく、使いやすいということを目指しますと、その下、特定の学校種・教科で育成したい資質・能力の趣旨等を端的に表す目標の柱書きに、卒業後までを視野に入れている見方・考え方まで含めて全てを書き出してしまいますと焦点が定まらなくなるのではないか。
 また、その次のポツ、目標の柱書きは、育成したい資質・能力の趣旨や固有の学習過程を端的に示すべきとのことでありますので、見方・考え方は目標の直下に別途、欄を設けて具体的に記載をしていくという方向性ではどうかと考えているところでございます。
 それを踏まえたイメージが、右上、2ポツの書きぶりのイメージであります。目標として、見方・考え方を働かせる部分からではなく、○○する資質・能力、「資質・能力の趣旨」について、○○することなどを通して、「学習過程」を示し、次のとおり育成することを目指すと。その下に図表形式でそれぞれ3つの資質・能力の目標がぶら下がるといったイメージであります。そして、申し上げたように、その直下に見方・考え方を記載すると。
 このような示し方をすることによって、目標にまず目が行った上で、その直下に見方・考え方等を併せて見る、一体的に見ることができるような学習指導要領本体の書きぶりにすることができないかということを考えております。
 その上で、見方・考え方に含める要素といたしましては、以下の3つを基本に各教科の特質に応じて検討してはどうかと考えております。
 3つは、当該教科等が扱う事象や対象、当該教科固有の物事を捉える視点、当該教科固有の考え方や判断の仕方、この3つについて示すことによって、教師が児童生徒の学習指導を構想する際に教科の本質を外していないかを確かめることができるものになっているかと。そういった視点を大切にすることが重要ではないかと考えております。
 また、書きぶりに共通する留意事項についてですが、これまでの各教科等の見方・考え方の書きぶりで示していた各教科等の深まりの鍵を示す部分は、構造化によって示す中核的な概念等を通じて示すこととしておりますので、新たな見方・考え方の書きぶりについては現在よりも短く端的に示すことを基本としてはどうかと考えております。
 その上で、当該教科等を学ぶ本質的な意義の中核、これを分かりやすく示す観点からは、経験の浅い教師が多い現状がございますので、そういう方が読んでも端的に理解が可能な記述になっているかという視点も重視して示し方を検討してはどうかということを考えております。
 これが1点目、見方・考え方であります。
 検討項目2点目、学びに向かう力、人間性等であります。学びに向かう力、人間性等につきましては、左上にございますように、企画特別部会におきまして、主要な要素や要素間の関係性を構造化して示すという、分かりやすく示すという観点から、下記の図の4つの要素により整理する方向性が示されておりました。
 企画特別部会における議論の過程では、学びに向かう力、人間性等が単によりよい知の獲得に向けた力としてのみ捉えられてはならず、学習したことを踏まえて人生や社会に向き合う際の情意・感性に係る側面も重視すべきとの強い意見もいただいておりました。
 下3つ、学びの主体的な調整、また、初発の思考や行動を起こす力・好奇心、他者との対話や協働、この下の部分が当該教科等の学習で育まれる、学びに向かう態度に関わる部分、換言すれば学習過程で表出しやすい傾向がある外的な側面として整理をされておりました。
 また、上の部分は、学びを方向付ける人間性。ここは当該教科等の学習で育まれる人生や社会に向かう際の情意や感性に関わる部分、言い方換えれば学習過程で表出しにくい傾向がある内的な側面として整理をされておるところでございます。
 こうした整理について、論点整理では、学びに向かう力、人間性等の学習評価に関連して、個人内評価を基本とした上で、学びに向かう態度に関わる下3つの学習過程で表出しやすい傾向がある要素について、学習評価におきまして、思考・判断・表現の過程で特に表出した場合、ポジティブに表出した場合には「○」(丸)をつけるという方向で検討するとされておりました。
 こうした学びに向かう力、人間性等は、学習指導要領の内容には原則として記載がなく、学習評価に当たっては教科等の目標を踏まえて行うことになりますので、そうした点も踏まえた目標の書きぶりが非常に重要なものとなってくるところであります。
 なお、内容に原則として現状記載されていないと申し上げました。その点、コメ(※)で注記をしておりまして、学びに向かう力、人間性等は、個別の学習内容に応じて異なるということが想定されにくいため、原則として現在、各教科等の目標水準でのみ記載がされており、こうした性質自体は、今回の論点整理に伴って変わるものではないと考えているところであります。
 これらを踏まえた右側、2ポツであります。目標における書きぶりであります。今申し上げたことを踏まえますと、学びに向かう力、人間性等の目標については、全ての要素を個別に盛り込もうとすることで冗長となることを避けつつも、以下のおおむね2つの要素をバランスよく含めることとしてはどうかと考えております。
 まずは丸1、当該教科等の学習で育みたい学びや生活に向かう態度であります。学びにおいて、好奇心を持って初発の思考や行動を起こし、他者との対話や協働を経ながら、学びを主体的に調整し、次の思考や行動につなげていく態度について、教科固有の学習過程を踏まえた言葉で示すということであります。図表でいうと下3つの部分を捉えたものであります。
 その上で、丸2、当該教科等の学習で育みたい情意や感性、人生や社会との関わりにおいて育みたい情意や感性を示すものであります。これらをバランスよく含めるということでございます。
 箱の下、一方、現行でも、例えば複数分野を有する社会科など、多くの内容が盛り込まれ目標の書きぶりが複雑な教科もございます。補足資料で御覧いただくことができますけれども、補足資料の8ページに各教科の現行の目標、学びに向かう力、人間性等の目標を記載しておりますが、このような状況になっている。中には比較的複雑なものになっている教科もあるところでございます。
 分かりやすく使いやすい学習指導要領を目指す上では、今回の見直しで一層複雑になるということは避けなければいけないと考えております。こうしたことを踏まえて、その下、目標については、表形式となることも踏まえて、箇条書も利用して分かりやすく構造化することを可能としてはどうかということも考えております。
 ただし、この点については、学びに向かう力、人間性等だけではなくて、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等の目標も同様と考えておりまして、少し戻りまして、イメージを御覧いただきますと、こちら、右上の部分でありますけれども、目標の柱書きにぶら下がる形でそれぞれに箇条書で入っていくようなイメージでございます。
 以上が学びに向かう力、人間性等でございます。
 続きまして、検討項目3番目、内容の表形式化の具体的な形式についてであります。内容の表形式化の具体的な形式については、まず1番、その趣旨・目的についてであります。論点整理におきましては、分かりやすく使いやすい学習指導要領の実現を通じて、「主体的・対話的で深い学び」の実装を図る観点から、学習指導要領の内容については、中核的な概念等をもとに表形式で構造化を図る方針をお示ししているところでございます。
 具体的には、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等の深まりの可視化、これを「タテ」の関係の可視化と言っておりましたし、また、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等の一体的育成の可視化、これを「ヨコ」の関係の可視化と言っておりました。論点整理の資料で申し上げますと、こちらの12ページのこの絵に相当する内容でございました。
 こちらの内容について、資質・能力の関係性の理解に基づいて、これらを一体的に育成する先生方の単元づくり、あるいは題材づくりを助け、「深い学び」を授業で具現化しやすくするということを目指しておりました。
 これについて、総則・評価特別部会として、論点整理の趣旨を具現化する表形式での構造化の在り方を検討し、各教科等ワーキンググループでの検討に資するよう具体的に示す必要があると考えております。
 それが2ポツ目以降でございますけれども、ここから主に2つのパターンをお示ししたいと考えております。
 まず1点目として、並列パターンというものをお示ししております。2ポツ目であります。今お示しした趣旨を具体化する表形式化を考える際に、「タテ」、資質・能力の深まりの関係を可視化するには、個別の知識及び技能、思考力、判断力、表現力等それぞれについて、児童生徒の中で相互に関連付けられ、構造化されて深い理解や習得に至った際の資質・能力の姿を示すことが重要となります。
 また、「ヨコ」、一体的育成の関係を可視化するには、知識及び技能に対応して一体的に育成を目指す思考力、判断力、表現力等を並列して「ヨコ」に並べて記載することが考えられると。これを表形式で表現すると以下のようなイメージが考えられるとして、中核的な概念の深い理解と複雑な課題の解決という部分にぶら下がる形で個別の知識及び技能、思考力、判断力、表現力等を表示しておりました。
 この点、論点整理におきましては、中学校数学のイメージでこのようなイメージをお示ししたところでございます。
 戻ります。これについて、右側でありますけれども、「中核的な概念の深い理解」という言葉と「複雑な課題の解決」という言葉についてでありますが、今回の構造化は、現行の「主体的・対話的で深い学び」の実装をはかるものでありますので、そうした意味で、現行指導要領をある意味で深めていくものでありますので、新たな用語の提起には慎重であるべきという御指摘もいただいておりましたし、また、現行学習指導要領との連続性を感じられる書きぶりとすることも重要であると考えております。
 これを踏まえまして、可能な限り現行で既に用いられている言葉を用いながら構造化を図る観点から、既に以下のようなお示しの仕方をすることが考えられないかということで、新しい言い方の御提案であります。
 「中核的な概念の深い理解」につきましては、「知識及び技能に関する統合的な理解」という言い方。これは個別の知識及び技能が、思考・判断・表現の過程の中で関連付けられて統合されて大きな理解になっていく在り様をとらまえた表現であります。
 また、「複雑な課題の解決」につきましては、右側、「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」という言い方。思考力、判断力、表現力等の発揮という言い方は現行でもございますけれども、これについて、個別の思考力、判断力、表現力等について、これを組み合わせたり、あるいは選んで使っていく、発揮していく、この在り方を捉えた「総合的な発揮」という言い方を御提案をさせていただいているところであります。
 これについて、この並列パターンをイメージ的にお示ししたのがこちらでありまして、「統合的な理解」のほうが左側の欄、「総合的な発揮」が右側の欄にあります。この部分にそれぞれ内容のまとまりを通じて獲得してほしい統合的な理解、あるいは思考力、判断力、表現力等を総合的に発揮して、複雑な課題を解決する力、これを示し、その下に個別の知識及び技能や個別の思考力、判断力、表現力等とぶら下げて記載をしていくといったイメージ。それによって「タテ」の深まりを可視化し、また、「ヨコ」の一体的育成を可視化していく、このようなイメージでございます。
 その上で、次でありますけれども、このような示し方をする場合、学年区分の在り方も課題となると考えております。現行では、各教科等の内容は、学年別、複数学年別、あるいは指導する学年を示していないものがございますけれども、学年別あるいは複数学年別のものについては、指定する学年での指導を求めているほか、学年別の目標も示しております。
 この点、上記のような構造化を行った場合、「統合的な理解」や「総合的な発揮」にぶら下がる個別の知識及び技能が複数学年にまたがる場合も考えられると思っています。その場合、引き続き学年ごとに内容を示すといたしますと、同じ「統合的な理解」、「総合的な発揮」にぶら下がる資質・能力であっても、学年ごとに言わば分断されて示されるということになりますので、深まりを体系的に理解することに課題が残ると考えております。
 また、論点整理では、教科書作成等の観点から引き続き学年区分の一定の記載は必要である一方で、多様な子供の実態に応じるため学年区分にとらわれず柔軟に教育課程の編成・実施が可能であるということを明確に示すべきだとしておりました。
 下の部分、これらを踏まえまして、表形式化に当たりましては、学年別に目標を定めて内容を整理することはせずに、「統合的な理解」、「総合的な発揮」との関係性において内容を整理することといたしまして、指導を想定する学年を明示する場合も、それにとらわれず、教育課程の編成が可能であることが分かるよう、例えば何学年相当という形式で示してはどうかと考えております。
 一方で、こうした指導を想定する学年の記載につきましては、各教科の性質や学校種・発達段階に応じて1学年ごとに示すのが適切と考えられるもの、あるいは低・中・高など複数学年でまとめて示すものが適切なもの、あるいは示さないことが適切なもの、いろいろ考えられますので、これは各教科等で柔軟に記載を検討していく必要もあるのではないかと考えているところでございます。
 改めて、その点を御覧いただきますと、ここに何学年相当ということでぶら下げておりますけれども、ここにございますように、この学年相当、これ1学年ごとにイメージをしておりますが、示さない場合は複数学年ごとにこれを束ねていくといったこともあり得るのではないかということでございます。
 そしてもう一つのパターン、これを並行パターンと呼ばせていただいておりますけれども、先ほど申し上げた並列パターンでは、知識及び技能に対応して一体的に育成を目指す思考力、判断力、表現力等に並列して示すことで「ヨコ」の関係を示すこととしております。このパターンは、知識及び技能の内容の系統性が明確で、知識及び技能の内容のまとまりに対応した固有の思考力、判断力、表現力等が想定できる教科では具体的にイメージしやすい。
 例えば、例でありますように、数学では、関数における思考力、判断力、表現力等と図形における思考力、判断力、表現力等は異なるものがそれぞれ想定されるということでありますので、思考・判断・表現の活動を通じて対応する知識及び技能を大きく育成していく学習指導への改善に資することが期待できるものであります。
 一方で、教科によっては、知識及び技能よりも思考力、判断力、表現力等の系統性が明確で、知識及び技能の内容のまとまりに対応した固有の思考力、判断力、表現力等が想定しにくく、知識及び技能が全体として思考力、判断力、表現力等の深まりを助けるという構造のものもあるのではないかと考えています。
 例えば、例、国語では、漢字・文法・情報の扱い方などの知識及び技能に対応した思考力、判断力、表現力等が明確ではなく、これは外国語でも似たような構造があると思っていますが、話すこと・聞くこと、書くこと、読むことといった思考力、判断力、表現力等のそれぞれの深まりをこうした知識及び技能が全体として支えている構造となっていると考えられると思います。
 このような評価は、並列パターンのように、先ほど御紹介した知識及び技能に対応した思考力、判断力、表現力等を横並びにして見せることの意義は小さく、むしろ下のイメージのように、思考力、判断力、表現力等の深まりをまず明確にできるよう「ヨコ」に列としてお示しをして、その深まりを知識及び技能が下から土台のように支えながら一体的に育まれていくということを視覚的に示すことによって、知識及び技能が全体として思考力判断力、表現力等の深まりを助けるということを具体的に直感的にイメージしやすく、学習指導への改善に資することが期待できるのではないかと考えているところでございます。
 それをもう少し明確にお示ししたのがこちらのページでありますけれども、横に全体的になっていて、上に思考力、判断力、表現力等の列があり、その深まりが横で示されている。左側に「総合的な発揮」の部分の記載が来るようなイメージ。そしてその下に、知識・技能の「統合的な理解」が左側に来て、また深まりが示されていく。一体的な育成の可視化は「タテ」でむしろ表現されていくという構造でお示しをしています。
 こうしますと、まず、読むこと、書くこと、話すことなど思考力、判断力、表現力等のほうに目が行き、それを文法や単語などの知識及び技能が土台として支えていくような、そんなイメージを受け取っていただけるようにできるかなと考えているところです。
 これが2つ目のパターンであります。
 これについて今2つのパターンお示しいたしましたけれども、以上のように示す要素は同じでも、その示し方はおおむね2つのパターンがあると考えております。各教科等では、2つのパターンから各教科等の特質に応じた学習過程の改善を図る上で、先生方がイメージをよりつかみやすいと考えられるほうを御選択いただき、形式の具体について各教科等ワーキンググループで検討を深めることとしてはどうかと考えております。
 2つのパターンを改めて申し上げますと、知識及び技能の内容のまとまりに対応した思考力、判断力、表現力等を並列で示す「並列」パターンというもの、思考力、判断力、表現等の深まりを知識及び技能が全体として土台のように支えることを示す「並行」パターン、この2つがあるのではないかと考えております。
 なお、現行でも、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等、それぞれに示していない、例えば生活科、特別活動、道徳、総合的な学習(探究)の時間やあるいは幼稚園教育要領における内容の示し方については、この2つになかなかはまらない部分もございますので、上記のパターンの考え方も踏まえつつ、それぞれの教科・領域等に適した表形式の在り方を検討する必要があると考えております。
 なお、4番、「タテ」の関係、「ヨコ」の関係の用語でありますけれども、こうした考え方を表形式で示す場合、並列のパターンでは深まりを上下で、一体的育成の関係を左右で確認できますので、論点整理でお示ししたように、「タテ」「ヨコ」の関係の可視化という言葉がイメージしやすいものでした。一方で、2つ目に御紹介した並行パターンでは、深まりが左右で、一体的育成の関係が上下になってしまいますので、「タテ」「ヨコ」の語感とずれてしまう、逆になってしまうという御指摘をいただいておりました。
 このため、「タテ」「ヨコ」という言葉につきましては、ここにございますように、今後は基本的には用いないことといたしまして、今後は、「資質・能力の深まり」、「タテ」としたものを「資質・能力の深まり」、「ヨコ」としていたものを「資質・能力の一体的育成」の可視化といった表現を用いて示していくと統一的に使用できる。このように既に使わせていただいていますオレンジ色の部分ですね、使わせていただいておりますので、統一できればと考えているところでございます。
 以上が表形式化。次、検討項目4、中核的な概念等でございます。まず、中核的な概念等については、左側でありますけども、1番、「高次の資質・能力」という言葉が出てまいりますが、これは「統合的な理解」と「総合的な発揮」の両方をとらまえた言葉でありますが、その目的であります。
 改めて見ていきますと、検討項目3では表形式と内容の構造化で、深まりの可視化、一体的育成の可視化を図ることによって、資質・能力の関係性の理解に基づいてそれらを一体的に育成する単元づくりを助け、「深い学び」を具現化しやすくする方策、これを検討してきたわけでございます。
 そのうち、特に「統合的な理解」、そして「総合的な発揮」、これを「高次の資質・能力」と言っておりますけれども、を示すことについては、知識及び技能、思考力、判断力、表現力等の深まりの可視化を通じて深い学びを実現する単元づくりのイメージを教師が持てるようにする役割を担うものでございます。これは確認でございます。
 なお、「高次の資質・能力」などを申し上げましたけれども、コメ(※)でございますように、「知識及び技能の統合的な理解」、また、「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」をまとめて呼称する際、以後「高次の資質・能力」、階層構造の中で、高い部分とも言えますし、ハイアーオーダーという言い方もできるかもしれませんが、「高次の資質・能力」と呼ばせていただきたいと考えております。
 右側でございます。各教科等ワーキングでの検討に当たっての考え方でありますけれども、こうした役割を果たす「高次の資質・能力」を各ワーキングで具体的に抽出する際、各教科等固有の学習過程の改善を図るためには、教科ごとの特質に応じて検討が行われる必要がございますので、教科ごとの特質に応じる以上、書きぶりを現時点で一律に整理すべきものでは必ずしもないのではないかと考えているところでございます。
 一方で、各教科等での「高次の資質・能力」は、備えるべき要素や性質等に応じて一定の共通性があることによって、各教科等を横断して適切に機能を発揮することが期待できるものでもございます。
 したがいまして、各教科等の独自性を生かしつつも、共通に備えるべき要素や性質が確保された「高次の資質・能力」の書きぶりとなるように、次のページにございますように、その目的を踏まえたものとなっていたことを担保するチェックポイントをお示しして、各教科等のワーキンググループで検討を深めてはどうかと考えております。
 なお、全てのポイントを異論の余地のない形で全て検討することは難しい場合もあると思っていますので、各教科等の授業改善に資する点を重視しつつ、検討を進めるべきではないかと考えております。
 そのチェックポイント、このようにお示しをしております。まず、Aであります。1つは、教科等の本質的意義の中核としての重要性の観点であります。目標の達成に資する上で重要であるとともに、各教科等の本質的意義の中核(「見方・考え方」)に照らし適切なものであると言えるか。すなわち、教科の本質からの演繹性といったことであります。
 その次にBであります。資質・能力の深まりを示す観点であります。要素となる個別の資質・能力の深まりを示すことができているか。具体的には、内容のまとまりを単に要約するだけの見出しにとどまるのではなくて、個別の資質・能力が児童生徒の中で相互に関連付けられて統合的に獲得された際の姿を示すことができているか。個々の個別の内容からの帰納性、そして深さ思考、これを表現できているかということであると考えています。
 また、要素となる個別の資質・能力を学ぶことの意義や、それを広く社会において、いつ、どのような文脈で活用することができるのか、を教師がイメージしやすいものとなっているか。真正性や社会的レリバンスに関わる部分でもあると思っています。
 C、深い学びを実現する単元づくりを助ける観点であります。教師が単元構想時に、「知識及び技能の統合的な理解」とそれにぶら下がる個別の知識及び技能、「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」とそれにぶら下がる個別の思考力、判断力、表現力等、これを往還して参照するといった際に、単元を通じて児童生徒が追究する本質的な問い、これを構想する上で参考にしやすいものになっているかどうかといったことであります。
 また、教師が単元構想時に、「思考力、判断力、表現力等の総合的な発揮」と、それにぶら下がる個別の思考力、判断力、表現力等、これを往還して参照した際、論述・レポート・発表・作品製作等、単元を通じて児童生徒が資質・能力を総合的に発揮しながら取り組むような課題、パフォーマンス課題とも言えると思いますが、これを構想する上で参考としやすいものになっているか、こうした観点もあると考えております。
 そして最後に、D、分かりやすさ等の観点であります。経験の浅い教師も含めて、一人一人の教師にとって分かりやすく、使いやすいことに加えて、教科等の面白さや魅力が伝わる文言となっているかといったこと。
 また、学校種・学年等、発達段階に即して妥当なものとなっているか、系統性等の重視によって発達段階に照らして過度に抽象的となっていないかといった観点があると考えています。
 これらをチェックポイントとして各教科等ワーキンググループで具体の検討を進めることができるとよいのではないかと考えております。
 最後であります。検討項目5、中核的な概念等を踏まえた個別の内容の選択と精選についてでございます。
 まず、「高次の資質・能力」を踏まえた内容検討の必要性についてであります。先ほど御説明した検討項目4との関係でありますが、項目4では、「高次の資質・能力」により構造化を図っていくことによって、深い学びを実現する単元づくりのイメージを先生方が持てるようにする方策について検討を行いました。
 この構造化は、「深い学び」の実装に向けた授業づくりを支えて学習過程の改善に資するとともに、指導要領等に示す個別の学習内容について、各教科等の本質的な理解の獲得を重視する観点から真に必要なものかという視点から見直す大きな契機ともなるものであります。
 論点整理では、この点、構造化に当たって各教科等の本質的理解の獲得に重点を置き、学校段階や教科等の特性を踏まえつつ、そのために必要な学習内容を検討したり、必要に応じた精選を行ったりしていくことが必要であると示しています。
 また、教科等の主たる教材として、学習の指導に重要な役割を果たす教科書についても、学習指導要領の構造化の考え方を踏まえて、教科書の内容は教科等の中核的な概念等をつかみやすいものに精選するという方向性を示している。
 こうした学習指導要領等に示す内容の検討と必要に応じた精選、それに伴う教科書の精選の在り方について、各教科等のワーキンググループの検討に先立って基本的な考え方を整理する必要があると考えております。
 次のページになります。各教科等の検討に当たっての基本的な考え方についてであります。「高次の質力・能力」については、丸1、各教科等の本質的な意義や背景にある学問的な系統性から演繹的に導かれる側面と、既にある個別の学習内容をより深く習得するために帰納的に導かれる側面、両面があると考えています。
 このため、具体的な検討に当たりましては、丸1、教科等の本質的な意義や系統性に照らした妥当性の観点、そして丸2、個別の資質・能力に照らした妥当性の両面を勘案しながら、最終的には、先生方にとって分かりやすく、使いやすいことに加えまして、教科等の面白さや魅力が伝わるものにしていく必要があるのではないかと考えており、こうした視点から各教科等での御議論や提示資料の作成に際しましては、まず矢羽根の1個目、「高次の資質・能力」の全体を整理していく作業。そして、整理した「高次の資質・能力」に基づいてより豊かな学習活動に繋がり、かつ系統性等を損なわない範囲で精選が可能な対象を慎重に特定しつつ、個別の資質・能力の整理を検討する作業。そして、整理した個別の資質・能力を踏まえて、また「高次の資質・能力」を逆に精査していく作業、こうした作業を往還していきながら「高次の資質・能力」と個別の資質・能力それぞれを洗練させていくことが必要ではないかと考えております。
 そして矢印の下でありますが、こうしたプロセスで資質・能力の在り方を検討しつつ、それらを表形式で構造化して示すことで、当該教科固有の学習過程の改善に繋げていく上では、学習内容のみならず、主たる教材である教科書の改善も重要であります。したがって、各教科ワーキング等では、検定教科書制度の下で民間の教科書発行者が著作・編集することが前提でありますけれども、「高次の資質・能力」をつかみやすい教科書の在り方についても一定の検討を行う必要があるのではないかと考えています。
 なお、総則・評価特別部会及び教育課程企画特別部会は、この構造化の趣旨の適切な実現の観点から必要な調整を図っていくとともに、標準授業時数、標準単位数の検討の基礎にするため、こうした教科等のプロセスの進捗を確認しながら必要な調整を図っていくべきと考えております。
 こうしたプロセスについて、具体の進め方、最後のページであります。今後の検討、以下のとおり進めることについてどのように考えるかということであります。
 まず(1)、各教科等の目標、見方・考え方や、学びに向かう力、人間性等に関する部分、そして「高次の資質・能力」のたたき台の暫定的な整理を、例えば1月中をめどにした上で、これを修正の余地のあるたたき台として整理して、作業を各教科等ワーキンググループでいただくということであります。
 その上で、(2)、両特別部会において、各教科等ワーキンググループで作成をいただいた目標や見方・考え方、あるいは「高次の資質・能力」の一覧について御議論いただき、論点整理の趣旨の実現の観点から必要な調整等、各教科ワーキンググループにお伝えをしていく。これが2月中をめど。
 そして(3)、その上で、個別の資質・能力の検討と「高次の資質・能力」の精査、3月中をめどにしていくということ。各教科等のワーキングにおいて整理した「高次の資質・能力」に基づいて、より豊かな学習活動につながり、かつ系統性を損なわない範囲で、精選が可能な対象を慎重に特定し、個別の資質・能力の整理を検討する。これは先ほど申し上げました。その際、表形式での示し方や、「高次の資質・能力」の獲得に向けて、「主体的・対話的で深い学び」の実現を図るための余白、こういった視点からも検討していく。
 その上で整理した個別の資質・能力の在り方を踏まえて、「高次の資質・能力」の妥当性をまた精査し、修正をする。
 そして併せて、教科書の在り方についても、内容の精選の在り方も含めて検討を行うといったこと。
 そして(4)、また両特別部会でそれを踏まえて調整をする。時期は進捗に応じて検討と考えております。このように、往復を両特別部会と各教科等ワーキングでしていく。
 そして(5)、最終調整ということで、両特別部会での議論や各教科ワーキングを踏まえて、各教科ワーキングでのまとめに向けた検討を実施していくということ。
 そして総則・評価特別部会におかれましては、各教科等ワーキングの検討状況を踏まえつつ、各教科等の標準授業時数や標準単位数の在り方も踏まえたまとめの検討をしていくということ。
 こうしたプロセスをたどっていければということを考えておりますが、以上について本日御議論をいただければと考えております。
【貞広主査】  ありがとうございました。
 それでは、続きまして、本日の議題に関して、とりわけ専門的な御知見を有するお三方の委員、石井主査代理、奈須主査代理、秋田委員よりそれぞれ10分程度で事務局の検討資料に加えて議論に資する内容等について御発表をお願いしたいと存じます。とてもぜいたくな時間でございます。お三方に御発言をいただいた後に5分の休憩を取りまして、その後、委員の皆様との意見交換の時間とさせていただきたいと思います。
 それでは、早速でございますが、まず石井主査代理よりお願いいたします。
【石井主査代理】  そうしましたら、私のほうから少し補足といいますか、目標論を専門的にやっている人間からということで、今回は専門医としての顔といいますか、割と専門的な話になります。
 まずは事務局の御提案に関しましては、非常に精緻に議論が組み立てられていると思いました。例えばパソコンとかというのはユーザーインターフェースで見ると使いやすいということでありますけど、つくる側からすると、めちゃくちゃ専門的な知見を持ってつくらないと逆に使いやすいものにならないということでいうと、今回の議論はまさにつくり手の側に立った結構高度な議論というか、専門的な議論になっているところがあるのかなと思います。
 でも、その分、ゴールを見失ってはいけないのは、分かりやすく、使いやすい、つまり、ユーザーインターフェースじゃないですけども、実際先生方とか子供たちにとって分かりやすく、使いやすい。そのための回り道をしているというか、そのために精緻な議論をしているというふうな、その辺の位置取りが重要かなと思います。
 それぞれの検討事項に関して私なりにこのように考えますということをまずまとめておきました。その上で、後半といいますか、検討事項の3と4に関わって、高次とか、あるいは個別とかいうふうに言うんですけど、それってどういうことですかということを少し説明するような、そういう内容を補足できたらと思います。
 まず1つ、「見方・考え方」ということに関しましては、これは現行の学習指導要領の下での単元、授業づくりにおいて、基本的にはその概念が果たしている役割、あるいは教科の本質を意識化する役割、それをどういうふうに現状果たしているのかという実態に即して考えていくことが重要かなと思います。
 ですから、今回の学習指導要領改訂は、現行の学習指導要領の延長線上というふうなことですから、その中で「見方・考え方」概念といったものが実際どういうふうに機能しているのかと。逆にそのとき、形式化につながっていたりする側面もあるかもしれません。ですから、そこを改めて整理するということかと思います。
 それで、じわじわ「見方・考え方」概念といったものについての納得感というんですかね、今回事務局から提示されているものと今使われているものとで用語の意味するところがちょっとずれちゃうところもあるかもしれないですが、うまくなじませていくことが重要だと思います。
 それでいうと、授業づくりを導くキーワードとして、私が見ますところ、従来、「見方・考え方」概念というのは、まさに、学習活動とか考えるときに本質を外していませんか、ここの見極めに使われてきたのだと思います。
 それは何かというと、その教科らしい視点とそれから頭の働かせ方というのがありまして、それが「見方・考え方」ということで凝縮されていると。それは教材研究するときに、先生自身が物事をこういう見方でこういう頭の使い方してやっているよねというふうな、そういったものであるからこそ、子供たちの中にそれを繰り返しているうちに習慣化しますから、それってまさにこういう教科だったらこういう頭の使い方してほしいよねということで、教科を学ぶ意味そのもの。さらに言うと、深まりそうだなという、その教科の本質を外してないかという見極めに関わる概念として今使っていますけど、実際深まるかどうかということは分からない。それでいうと、その視点で物事を見ていくうちに理解といったものが深まっていく。さらに言うと、繰り返しそういった考え方をしているからこそ、思考といったものが、じわじわ思考力がついていくというふうな、そういうものだと思うんですね。
 実際私はそういうふうに見るわけですけども、そういった現場の実態に即して、改めて「見方・考え方」といったものが実際どう機能しているかなということ、そことすり合わせながら考えていくことが重要かなと思います。
 あと、検討事項2について、学びに向かう力・人間性等に関しては、これは教育課程全体で育てていくもの、まずこの点の再確認が必要かなと。その上で教科目標としてもちろん人生、社会に向かう態度といったもの、これは重要。でも、それは方向目標的に目指すものであって、あまり細かくいうものというよりは理念的な意味が強いと思うんですよね。それに対して学びに向かう態度に関しては、これは、単元等を超えて長期的に育んで形成的に評価するということが大事になってくるかと思います。教科に即した学び方ではないですけどもね。
 だから、そういうことでいうと、日々意識する視点・指針となるように、主に思考・判断・表現と一体的に育つプロセスを念頭に置きながら、教科目標のレベルくらいで明確化できるとよいのではないかということです。
 もう一つ、内容の表形式化と具体的な形式ということでいいますと、現行との連続性を見えやすくし、新たな用語の定義に慎重であるべきという方向性は非常に重要だと思います。
 ですから、中核的な概念等というのは、つくり手が意識するものであって、あまりそれを学習指導要領そのものの中に残しておくものでもないのかなと。足場は組んだら外すものです。ですから、そういうものとして考えていくことが重要かと思います。
 単元レベルで授業づくりを構想して、知を統合的に理解し、問題解決などで総合的に思考を発揮する、そういうものとしての「高次の資質・能力」を育てていくという形で、それこそよりオーセンティックな、現実世界とか、そういったものに関わったりとか、あるいは知を総合するような、そういった学びを実現する。これは現行学習指導要領が、社会に開かれた教育課程とか、いろんな形で重視してきたものだと思いますけども、改めてそこを統合的とか、あるいは総合的という言葉でより明確化したというのが今回の提起かなと思います。
 それで、現行学習指導要領が目指す学びの方向性を再確認するとともに、並列パターンといったものは、これは、個別の知識とかスキル、思考、それを結集してより総合的な課題、パフォーマンス課題とかもそうですが、そういったものに挑戦するみたいな、そういった知恵を結集したり総合したりするという、そういう単元のつくり方が、その思考方法が実装されることが重要だと思います。並行パターンというのは、これはドリルやってもゲームせずというふうなことで、まず試合がないところで基礎練習ばっかりしていたら力がつかないよねというところですよね。試合しながらドリルというか、知識とかを吸い上げていく、そういうプロセスが重要なのかなと思います。
 だから、土台と言ってしまうと、基礎を固め切ってから応用、活用という、そういった段階論に行きがちですけど、そうじゃないというような、そういう学びのイメージをベースに置いて考える。それで小学校段階は、「タテ」の系統性を見やすくするというふうなことのためには、やっぱり学年とか複数学年ごとの区切りは一定重要だと思います。一方で、中高に関しては、もっとダイナミックな思考する活動を促すということでいうと、大きめの問いとか、そういったもので考えていくということが重要なのかなと思います。
 中核的な概念等に関しては、これを重点化する際に、ちょっと私のほうで視点を考えてみました。その視点としまして、本質性、それから永続性、さらに統合性、そして螺旋性、転移可能性、有意義性、レリバンスですね、関連性、全部関係するわけですけどね。ここにありますように、各学問とか、そういったものの中核に位置するものか。永続性、いろんなもの忘れても残るもの。それから統合性、知識とか、要素を統合するメタなもの。螺旋性、そういったものって大体螺旋的に学年とかを超えて発達しますよね。さらに言うと、一般性が高いものですから、一般性が高いと転移可能性が生まれると。広く説明できますよ。有意義性、ここはやっぱり現代社会においてレリバントなものというか、大事なものに改めてフォーカスしていきましょうというふうなことで、中核的な概念等といったものを考えていく必要があるかなと。
 それを踏まえながら、個別のというのは要は事実的知識等のレベルであると。それに関しては、中核的概念の理解を深めたりする上で、不可欠、必要なものを丁寧に整理し、このときはやっぱり教科書の在り方が重要になってくると思います。それとの関係で考える。つまり、指導内容と、自由進度学習等もそうですが、学習内容というのがやっぱりずれてくるわけですよね。
 だから、そういった実際の授業の運用の仕方を考えたときに、それぞれが大きな概念としては共通しているんだけども、網羅するものとか、その幅というのはいろいろと実際には厳密に言うと変わってくるというところかと思います。その辺りを、指導内容と学習内容の違いみたいなものを区別しながら考えていくということが重要かなと思います。
 それで、高次云々ということで、もう少しお時間いただければと思いますが、真正というのはこのスライドのようなことですが、要は高次ということは、学力の階層構造を考えると。いつも、「知っている・できる」、「わかる」、「使える」と3層で捉えるということを申しますけれども、これは目標分類学の知見に基づいているということです。
 つまり、学力、学習の質は、おおよそ3層。これはPISAの読解リテラシーとか、ほかの枠組みを見ても基本3層です。
 それで、ポイントは、目標というのは、基本、「オームの法則(内容)を理解している(プロセス)」みたいに、内容とプロセスで規定するんですね。そのときに、内容に関していうと、知識のタイプが大事。それでプロセスということでいうと、思考のタイプが重要です。ですから、知識と認知過程、思考、それぞれに対応する形で、スライドにあるように、目標分類学においてはカテゴリーをつくるんですね。
 そのときにポイントなのは、思考の階層性といったものはよく言われるわけですが、知識にも階層構造があると。この辺が今回のみそだと思います。
 事実と概念は違う。さらに言うと、これは知識のタイプによって対応する思考が違う。事実的な知識、つまり、年号は理解しないで記憶する、なんです。逆に概念は記憶じゃないんですね。通常理解するんです。つまり、知識のタイプに応じて求められる思考が違うというところです。
 ちなみに、ハイアーオーダーシンキングとかいろいろ言われますが、高次という言葉は、いわゆるブルームのタキソノミーでいうところの分析・総合・評価。これが高次と言われます。
 ですから、それというのは、どの知識を使っているかどうかよく分からないからということで、それで原理と一般化とかというふうに、超メタというか、つかみどころがないような、しかし、確かに教科の物の見方みたいなものはベースにありますよねと。なので、例えば知の構造で、知識のタイプとして原理と一般化といった言葉があったりするわけです。
 ですから、まさに中核的な概念云々ということでいいますと、3番目、知の構造ですね。それにのっとって、要は、今回、学習指導要領を構造化しようとしているということがポイントかなと思います。
 なぜ今そういう選択がなされようとしているのかというと、高次の思考等に向けた構造的なカリキュラム設計ということをいったときに、知の構造を軸にしながら、KUDモデルとかって言いますけども、それで国とか地域レベルのマクロなカリキュラムの枠組みをつくることも世界的に結構あります。本来、評価とか学力調査だったら思考のプロセスのほうの階層性で見るんですけども、カリキュラムをつくるときには、知の構造というか、内容面の知識の階層性でもって示すことが割と多いわけですよね。
 それを踏まえて、KUD、すなわち、ナレッジ、それからドゥですね、スキル、それからUはアンダスタンドですね。知識とスキルを結集して理解に至るという、そういう単元設計の組み方ということがよくなされることがありまして、それにのっとった整理であろうと。この辺はこれまでの会議資料でも出てきたようなところです。
 資質・能力の三つの柱の知識・技能、思考・判断・表現と、これがどう対応するのという話なんですが、本来ならば、私は、目標分類学をやっている人間からすると、要素と質的レベルの2軸で整理したほうが本当はいい。
 だから、知識というのはどの質の知識ですかと。思考ということでいったらどの質の思考ですかというふうに考えるので、事実的知識の記憶、概念的知識の理解と言ったほうが明確なんですね。でも、その辺のところが日本の場合は、知識・技能、思考・判断・表現という形で、本来一体のものが分断されている感じになっている。
 しかし、日本の観点別評価の観点とか、資質・能力の3つの柱というのは、字面だけ見れば、知識、スキル、態度と別れていますが、実際には、どんな学習活動でも3点セットなんです。100マス計算でも、計算手続を実行するというスキルがありますし、できた喜び、自己効力感みたいな形で、知識とスキルと態度は全部学習活動においては一体なんですね。
 だから、一体的と今言っていることの意味はそこにあると。でも、日本の観点別評価においても、事実上、階層の意味が入っていると。現行の前でいうと、4観点のときは、知識・理解と言っていたときに、これは知っている・できるレベルみたいなことが主だった。思考・判断・表現って事実上、分かるレベルの思考を問うていたみたいな感じだったと思います。
 それが現行においては、分かるレベルからより使えるレベルの知識とスキルと態度を重視しましょうよという、まさに全国学力・学習状況調査を見られたら分かるわけですけども、明らかに、思考と言ったとき、使えるレベルの思考みたいなものをより大事にするというのはそういう方向性であったと思います。
 そういうふうに2軸で考え、その学力の要素の見取り図の上にどう乗っけていくかと考えたいところではあるんですけども、この間の議論において、KUDモデルといいますか、知の構造みたいなものに乗っかっていって、よりカリキュラム設計に生かしていきやすいような、そういう枠組みとして、資質・能力の3つの柱を考えていくということからしますと、要は、多面的・多角的に考えるというふうな思考の質が高次となったとしても、知識のタイプが個別的な事実であったならば、思考は生まれない。つまり、さっき言いました、年号については思考しませんからということなんです。
 だから、学習指導要領の目標・内容をよりメタで一般的で概括的なものにしていきましょうということが今回の中核的な概念の意味であって、それでメタなものであれば、「タテ」の系統性も見やすくなりますよねと。統合的とかと言っているのは、それによっていろんな知識の個別のものをパーツにしますよという、そういう意味合いだと思います。
 もう一つは、知識のタイプということでいいますと、内容知と方法知に大きく分けることができますよと。だから、先ほどの並列というのは内容知優先の教科といったものに割と適合しやすい。それに対して、読む、書く、話す、聞く、まさにやり方なんですね。方法知。それが優先の教科に関していいますと、これは並行パターンと相性がいいだろうということです。
 並列パターンといいますと、知識と思考、それぞれのスパイラル構造みたいなものが見えやすく、個別の知識や思考とかを結集して大きな問いとか課題に挑戦しますよというイメージ。
 方法知に関していうと、先ほど言いました、ドリルやってもゲームせず、これを何とかしないといけない。だから英語でいうと文法をやっても実際コミュニケーションしないみたいな。そうじゃなくて、コミュニケーションしながら、文法とか、いろんな知識を吸い上げていきますよねというふうな、基礎をかためて応用じゃなくて、活用しながら基礎を吸い上げていく。そういったプロセスをより大事にし、見せていくということがあるかなと思います。
 ですから、動詞、doということでいいますと、ドリル的なdoに対してゲーム的なdo、これを主軸に置くというふうな、そういうメッセージかなと思います。
 ですから、この表に関しては、どういう思考というか、単元の組み方というか、単元の学習のプロセスが想定されているのかということを考えていくのが重要かなと思います。
 最後です。ここまで述べてきましたように、日本の学習指導要領の資質・能力の3つの柱と諸外国とかの目標の立て方みたいなのはやっぱりちょっとずれがあると。そこのところでどういうふうに調整していくのかということでいいますと、さっき言いました、包括的に見ていけばいいんですけど、あえて知の構造みたいなものに乗っけていくとしたらどうかといいますと、知識・技能と従来言っているのは、実は事実的知識、それから個別的スキル、これらとプラス概念の理解というのもちょっと入っていて。図でいうとここぐらいまでがこれまで大体知識・技能ということで想定されていただろうと。
 思考・判断・表現というのは、より高次な方法知に当たる方略、読みの方略なんて言いますよね。そういったもの。実験の計画を立てるとかということもそうですが、各教科固有の思考。
 さらにもっと、よりメタな、より知識を総合的に使いこなすような思考とか、あるいはその中で生じる統合された知識の理解、そういったものを大事にしていきましょうよということで、図でいうと、この黄色の囲みの部分ですね。今回でいうと、知識・技能は、原理と方法論という、よりメタな内容にも関わりますよということで、そこにちょっと食い込む。もともと思考については、使えるレベルの思考といったものが入っていましたから、原理と方法論によりかかわりますが、それをより徹底する。
 「見方・考え方」ということでいいますと、まさに原理、方法論と書きましたけど、これはもともと日本の言葉でいうと、「見方・考え方」という日常用語に近いかなと私は思ってそのような言葉を使っていたのですけども、学習指導要領の用語法との間で混乱するから、厳密に言うと、ということで原理とか、学びや思考の方法論としています。
 それだけじゃなくて、見方・考え方って、教科の意義ということでいいますと情意にも関わる。この図の3層の後ろのところに価値観とかとあるのは情意領域です。物事を捉える際の思考の習慣とかという教科の固有の情意というか、学びに向かう力とか、そういったものに「見方・考え方」は関わるかなということで、認知目標だけではないという含みを持って対応関係を示しているということになります。
 というところで、ざっくり今回のこの枠組みといったものは、目標分類学の研究からしますと大体こういうふうに整理することができるかなというふうなこと、ちょっと専門的な話になって長くなってしまいましたが、以上で終わらせていただきます。
【貞広主査】  ありがとうございます。豊富な参考資料も御用意いただいたんですけれども、無理無理ぎゅっと時間を凝縮してお話をいただきました。ちょっと私も歩きながら考えるという感じになっております。申し訳ありません。
 では、続きまして、奈須委員、お願いいたします。
【奈須主査代理】  よろしくお願いします。資料共有をします。
 私のほうは、もっと素朴でむしろ大枠の話を申し上げようと思います。まず、「見方・考え方」の英訳の確認ですけど、文科省は「a discipline-based epistemological approach」という表現を使っていて、ある学問分野に独自な方法論を基盤とした認識論的アプローチということだと思うんですね。
 多くの教科は、いわゆる親学問を背景としていると思うんです。全ての文化遺産は人間がよりよく生きる、ウエルビーイングを目指して生み出されてきた知恵の体系だろうと。
 各教科というのは、そのよりすぐりの教授を通して、子供たちが人生で出会う様々な問題解決に対し、それらを活用して、有能、コンピテント、これが資質・能力のもとの意味ですけど、有能に振る舞えるようにする。それによってウエルビーイングの実現を目指すという、教科ってもともとこういうミッションじゃないかと思うんですね。
 各教科で教えている個別の内容はどこから来るのかと考えるわけですけど、それは先人が特定の見方・考え方を働かせて対象世界に有能にアプローチした成果なんだろうと。だからこそ、その知恵を教科で学ぶ際に、子供も先人と同じ見方・考え方を働かせて対象世界に関わる。それによって先人の筋道を身をもって経験することになる。これが価値があるんだろうと思うんですね。
 そう考えてくると、先人がウエルビーイングを目指して、特定の見方・考え方という眼鏡をかけて、技術を携えて、対象世界と対峙した。つまり、僕らが教えている教科の内容というのはアプリオリに存在するわけではない。どこから来たかということをまず考えたい。
 また、そういうふうに内容というものが成立しているがゆえに、そこには当然共通性や一貫性がある。これは昔は教科の系統と呼んできたんだと思うんですけど、それを概念として抽出して、教育課程編成の中に据えて、膨大な内容の構造化を図ろうというのが今回の議論だろうと思うんですけど、新しくはなくて、ブルーナーの構造論だと思うんですね、ベースは。
 そう考えると、これからの作業として大事なのは、改めて各教科のディシプリンに立ち返ることかと思うんですね。その教科ならではの固有な原理原則、認識論的な立場を確認、共有することが、改めて大事かなと思います。
 特定の教科が、教育課程全体、また子供の有能さの発達に際して果たし得るもの、果たすべき「教科の任務」と私は申し上げてきましたけど、これをやっぱり戦後80年、改めて明らかにするという作業が今回の作業の基盤に必要なんじゃないかと思います。
 ここでちょっと悩ましいなと思っているのは、親学問に依拠しない教科等の領域がありますね。例えば、総合的な学習の時間あるいは特別活動というのは、学問ではないので、ディシプリンとしての編成原理を考えにくい。こういったものにも見方・考え方をつくってきたけども、本当にそれはいいことなんだろうかということを少し悩んでいます。
 それから、社会科ですけど、社会科は地理、歴史、現代社会の3つに分けて見方・考え方を設定してくださっています。ディシプリンという考え方からいくととっても納得がいくんですね。もともと社会科は融合教科なので、1つのディシプリンではないので、とってもよく分かる。でも同時に社会科は、じゃあ、何かということを問わなければいけないんだと思うんですね。社会科を1つの教科にしているということ、その統一的な編成原理というのが、今改めて問われるのかなと思います。
 もう一つ悩んでいるのは、幼児教育です。幼児教育における見方・考え方というのを書いていますけど、幼児教育は学校段階なので、学校段階に見方・考え方を想定するのは私は以前からとっても違和感があるんですね。じゃあ、小学校や中学校に見方・考え方を設定できるのかと。ちょっと無理だろうと思うんですけど、これはちょっと今回再考の余地があるかと考えています。
 それから、2つ目ですけど、じゃあ、そういったものを基盤にどうやって個別の内容の選択・精選をするのかということですけども、「高次の資質・能力」と今回呼んでいるものは、ビッグアイデアとかセントラルアイデアと言われて、もう既に各国で使われていますけど、各国の状況を見ると、記述の仕方や水準は本当に様々なんですよね。これをどう考えるか。教育内容というのは本来的に重層的な構造をなしているんだろうと思います。
 したがって、どの水準を中核的とするかに絶対的な正解はないんだろうと思います。むしろ教育内容が重層的であるということを明確に意識して、それを丁寧に記述するという作業が大事なのかなと。その作業の中でどの水準を「高次の資質・能力」として抽出して、どの水準を個別の内容として記述すべきかということが見えてくるんじゃないかと思います。
 その上で、1つの言い方としては、帰納的に考えて、どの水準の記述をすることが有用性が高いかを総合的に考えて判断するのもありかなと思います。
 諸外国の事例、それぞれの国が、それぞれの根拠を持ってそう決めていらっしゃると思うんですけど、それを参考にしながら、我が国としてはどうしていくのかという議論をするとともに、どこかでは思い切って英断をする必要もあるんだろうと思っています。
 「高次の資質・能力」の感得を各教科等の最重要目標と考えて、限られたリソースの中で教育課程の基準を策定する場合には、個別の内容の選択・精選ということが必要なわけですけど、その原理をどうするか。いろんなことがあると思うんですが、私は以前からこの2つでどうだろうということを申し上げてきて、1つは、その内容の習得それ自体に内在的な価値があるということですよね。
 もう一つは、何らかの「高次の資質・能力」を感得し深めるのに必要十分なイグザンプル、イグザンプルという言い方はちょっとショッキングかもしれませんけど、そんなふうに見てはどうかと。 1は、教育課程の基準だから当然ですし、これまでもそうしてきましたけど、問題は2のほうで、「高次の資質・能力」の側から眺めたときに似たような内容が多数並んでいるということはあまり得策ではないだろうと思うんですね。内容の選択・精選において問われるべきは、「高次の資質・能力」の感得に必要十分なイグザンプルの数とバリエーションだと思うんですね。似たようなものがあっても仕方がないと同時に、広がりがなきゃいけないし、でも一定の数も要ると。こういったことが大事だと思います。
 表面的には大いに違って見えるものが実は同じ原理の異なるあらわれであると気づくことが大事なんだろうと。これは転移という意味でもとても大事です。そういうふうにして関連づいた複数の内容を整理統合するよりどころとして、どこかの段階で「高次の資質・能力」が明らかになるといいし、それを子供にも分かるように明示的に指導する。その先でその内容を統合する。ついには子供自身の手で新たな学びを自在に統合できるようになることが大事なのかなと思います。
 最後に、こういうことを考えるときに、やっぱり1960年代のアメリカの状況というのは面白くて、高校生物の教科書がありますけど、表紙の色が異なる3種類の教科書が当時作られているんですね。ブルーは生化学、グリーンは生態学、イエローは生物学を基盤にしています。東京大学の東洋先生が、開発責任者だったグローブマンに取材した記録が残っています。3つ作ったけどどれがいいのかを聞きに行ったんだけど、グローブマンは3つともそれぞれいいと。次が大事なんですね。ただどれも混ぜてやってはいけない。ブルーならブルーで、どれでもいいから1つで一貫して使ってほしいと言うんです。その理由が、それは科学、生物学が進歩していくのは基本構造。この基本構造というのが中核的な概念であり、今回の「高次の資質・能力」だと思いますけど、それがまずあるんだと。そこから枝葉、個々の内容が分かれ、茂っていくと。この基本的な内容をつかませるのが大切であり、そしてそれぞれには構造が入っているので、別な版を混ぜるとそれが見えなくなってしまうと。
 これは非常に面白い指摘だと思います。さきにどの水準を中核的とするかには絶対的な正解がないと言いましたけども、「高次の資質・能力」の十全な感得に資する内容の選択・精選も同じなんだなと私は思います。
 ただ、このエピソードが示唆することは、大切なのは一貫しているということだと。まさにこれは教科が系統的、体系的になるということだと思うんですね。すると、改めてこの教科のレゾンデートルは何かということを今このときにしっかりと議論し共有するということが大事だろうと思います。これは先ほど申し上げた「教科の任務」の明確化にも繋がると思うんですが、今回提案いただいた作業は、戦後80年を経て改めて教科というものがそれぞれ何なのか。それを、教師が授業をつくる、そして子供が学ぶときに、明確に示していく、教科書もそうなっていく、そういうことを目指していくのかなと。随分と難しいけども、重要なことをやろうとしているんだろうと思います。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。時間に御協力いただきまして、ありがとうございます。
 では、続きまして、秋田委員、お願いいたします。
【秋田委員】  ありがとうございます。学習院の秋田です。私のほうでも目標・内容の構造化、表形式化に関して、事務局から出していただいた資料に対するコメントという形と、それから今の時期に、例えば見方・考え方の位置や、これを全体として教科を超えて総則・評価のところで議論するということが極めて重要であり、それはもしかすると、いわゆる教科横断の内容ではなく、教科横断を通してこれからの資質・能力を、各教科がどういう役割やどういう本質を持っているからこそそれを大事にしていくのかということをみんなでもう一度議論しようとする試みというか企画としてとても意味があるのではないかと考えます。なぜこの教科のこれを学ぶのかということへの問いとして、その内容とか、それから見方・考え方というものが立ち上がっていくと思います。
 正直言って、今日の説明などを聞いていながら、各教科の魅力とか、面白さまでが伝わるようにということをこの学習指導要領でつくっていくということはかなり難題であると私は思います。
 一方で、各教科の各国のカリキュラムを見ても、日本は一番価値という部分が弱い国ではないかと私自身は思ってきたんですけれども、そこの部分についてもう一度各教科の価値や議論をここでしている、それが今日のこれからの議論なのではないかと思っています。
 この柱書きのところに見方・考え方を出してはどうかということが、先ほどからお二人も言われていましたが、これを簡潔にすることが本質です。この教科の本質は何なのかということをもう一度明確にすることによって、特に、対象は何を扱うのかということ以上に、この教科固有の物の見方って何なのか、そしてこの教科の固有の考え方がどういうふうに大事なのかということが、教師、若手の教師や子供にも分かるということが、なぜこの教科を学ぶのかということが説明できるところとして、この見方・考え方というものが意味を持ってくるのだと思います。
 だからこそ、簡潔に分かりやすく伝えることがいつも原点回帰をしていくための原点になると考えるところであります。それに対して、学びに向かう力というところについてはかなり幅広く書いていくことになります。この両方の目標、これまでの学校の文化の中で、この教科が何をやるのかというだけではなくて、先ほどのお話にもありましたが、学校を卒業した後、生涯においてこれが何に役に立っていくものなのかというものを示していくものが見方・考え方であります。そして、その中での能力としてこれを描いていく。だからこそ、学びに向かう力、人間性、そうそう簡単に育つものではないからこそ、先ほどの御説明にもありましたが、学習で育みたい学びや生活に向かう態度を自己調整とか調整という言葉がありましたけれども、そこを大事に態度として、この教科ではどういうふうな学びに向かう調整の態度が生まれていくのか。また、情動、感性も、教科固有のところをきちんと書いていくことが重要になります。しかしながら、実際には、見ていけるところとしては、この2つの知識及び技能というところと思考力、判断力、表現力というところになるという形で私は考えるということが妥当ではないかと思います。
 そしてここをもう一度、教師や子供が常に立ち戻れるものとして見ていくことであります。表形式による構造化と中核的な概念というところでありまして、表形式に構造化することによって、教師や子供たちにとっても、実際の知識枠組みとして、この教科が何を学ぶのかという内容の学習ではなくて、それが何なのかということをより明確に示していくという意味があるだろうと思います。
 そして私は、今回、これまで中核的な概念と、それから、複雑な問題解決、課題解決と書いていたものを、こちらの赤字の形で、統合的理解と総合的発揮という書き方に変えるということに大変意味がある、単に学術的な用語としては、私も認知科学や学習科学に関わっていますが、そういう専門の用語を使わないということでここには書かれている現行の連続性を感じられる書きぶりにするということは賛成であります。連続性が学習指導要領であるということでこれを書くというだけではなくて、中核的な概念という語では概念を獲得するという意味合いが強くなります。それから複雑な問題解決がというような、複雑なというのが一体何を指すのかが実は分かりにくい。それに対して統合的な理解とそれから総合的な発揮という考え方が、実は統合的という考え方というのは、深い理解や深い処理を使いながら、断片的なものを統合的に理解していくということが概念を深めていくことなのだということのメッセージが非常にはっきり出てくると考えますし、それから、統合的な理解というところが、深い処理、深い理解は、個人だけではなくて、それを個人で深い処理をすると同時に、教室の中でも、実際に授業の中で深い相互作用、意味のある相互作用を、コミュニケーションをしていくことによって深い理解の過程へ導くのだという考え方を示していく。だからこそ、この用語のほうがよりふさわしいと考えます。
 中核的な概念というのは、今も、お二人が言われていますように、個別の宣言的な知識ではなく、より高次のメタ的な知識を指すわけでありますが、大事なことは、それは中核的な概念を得るということだけではなくて、知識や技能を統合していくプロセスにおいて推理をしながら、お互いに関連付けを行ったり、そして知識を統合し、特に教室では個人で学ぶわけではありませんから、知識構築を一緒に協働で行っていく。それによって最終的に個人の理解も統合的になっていくというプロセスがあるんだというニュアンスが伝わることで、私はこの統合的な理解ということが、学びのプロセスや深い学びとは一体何なのかということを知識や技能において示すという点でこの用語がよりふさわしいのではないかと考えています。
 また、総合的な発揮という言葉が、個別の能力の発揮だけではなくて、思考力だけとか、判断力だけではなくて思考力、判断力、表現力というプロセスを回していくことが、総合的に発揮することが、学習活動の文脈でどういうふうに授業や単元をデザインしたらいいのかということを示す、そのプロセスをお互いに示す用語になっているので、この用語がよりふさわしいと思います。
 重要なこととして、一例であれば、例えば、織田信長から豊臣秀吉になったときに、重要なことであって、例えば鉄砲を入れたとか、それから刀狩りとか、それから検地をしたとか、そういう事柄は極めて重要でありますが、そういう個別の知識、概念だけではなくて、それらを通して、戦国から天下統一へということがどういうプロセスで行われたのかということを子供自身が自分で知識を使いながら、思考力、判断力、表現力によって自分で語れるようになっていく。どうやって統一をされたり、どうやって織田信長から豊臣秀吉あるいは家康へと引き継がれていったのかという、その概念のつながりを子供が持てることが実はその時代を深く理解していくことになるんだという、そういうニュアンスが、より高次に、個別の知識も大事だけれども、個別が深く印象的に学べていなければ総合的には関連付けられないんですけれども、でも、より高次の知識までを子供に求めたり、探究するような学習活動を組むとか、文脈を設置するということが大事だということがこの構造化で伝わっていくといいのではないかと考えるところです。
 そして表形式による構造化によって、資質・能力の一体的な育成の可視化と資質・能力の深まりの可視化によって、いわゆる深まっていく系統性とそれから一体的に行われていくところが見えるようになっていきます。先ほどからお話をしてくださっている並行、並列の2パターンというのは妥当であり、特に並行的なものの中でも、例えば今の社会科のようなものがそうですし、それから並列的なパターンにおいても、例えば、単純な計算問題を何個も反復するのではなくて、これとこれはこういうパターンで解けるんだねと、子供がそのパターンを認識する形で思考を捉えていくことによって、その知識を得ていくということが重要です。国語でも、ある挑戦的なとか、あるいい作品を読むことの中で、その中で読み方の方略が身に付いていったり、それから、ある知識が身に付いていくというものであって、先ほど石井先生も言われましたが、基礎から応用へではない図柄が並列の中で書かれることが大事になってくるのではないかと思います。
 ただ重要なところは、先ほどのところでも、深まりというところです。学年でどう評価を書くかというところについては、私は、表形式の中で、できるだけ中学や高校のほうが大くくりでやっていったほうがいいだろうと考えるのと、それから、学年別で線を引かずに点線にするとか、先ほども学年相当という言葉がありましたが、むしろ一人一人の子供の発達や学習の進捗状況に応じて捉えられるような表現にしながら示していくということが妥当なのではないかと思います。
 ただ一方で気をつけなければいけないのは、今回、分かりやすさということで表形式の構造化ということだけが言われがちでありますけれども、結局箇条書になるので、教師はそれを結局つないで、イメージをして、単元をデザインしていくことが必要なのです。そのためにはやはり本文も必要でありまして、表形式と本文の間でつながりがどういうつながりなのかをきちんと説明をしていくことによって、前後とか、後続のような形の中で、どうつながっていくのかを教師が見えるような形に工夫していくということが大事です。教科書や、それから学習リソースのデザイン、各学校のカリキュラムの編成のところで、こうしたことがかなり具体的に行っていく作業の基本が表で見えるということが、重要な単元開発とか、教師自身がやっていくためには大事なところになるのではないかと思っているところです。
 その中でチェックポイントという話の中で、特に、深い学びを実現する単元づくりを助ける視点というところで、本質的な問い、単元を貫くような問いとか、問いの連鎖によって子供の理解が納得解に至るような問いというものを、児童生徒の思考の過程から本当に考えられているのかとか、生徒にとってその問いは自分事の問いになり得るのか、生徒がその視点を見通せるのか、振り返りができるのかというような観点で捉えていくことが重要です。また、知識を統合できて、かつメタ的に表現できるような活動が組み込まれているのかということが具体的には大事になってくるのではないかと思います。
 また、パフォーマンス課題に関連してもここに書かれていますが、生徒自身が見通しを持って、自律的に調整できるような課程が組まれるような文脈をどう設定するのかとか、自分で振り返りに使えるようなルーブリックが今回の目標と対応して、単元の中でのルーブリック的なもの、そしてパフォーマンス課題というものを子供自身が自分で捉えていくような、それがメタ的にできるようなことが大事なのではないかと考えます。今、実際の学校を見ていると、目標と、単元内自由進度もそうですけど、全体としての見通しのカリキュラムがつくられ、それと応じた形で子供が自分の評価の基準も子供が持って見えていく。そういう形になるように「高次の資質・能力」を検討していくことが大事なのではないかと思います。
 内容の精選や選択というのは、なぜ見方・考え方が大事なのかといえば、結局、卒業してからもずっと使っていけるような本質を子供に身に付けさせるためにこれが問われているわけで、10年を通して見方・考え方と目標という各教科の本質を捉えていくことが、そこから内容の精選、選択が行われるということが極めて重要です。従来の分野でありましたり、これまでこの内容がやってきたからというような、伝統だけにとらわれない形で精選、選択原理を決めていくということが重要なのではないかと思います。
 結局、自立した学習者、自己調整のためには、メタ認知と方略的な行為や、それから、資質だけではなく、学習意欲によって、自立的な意識を持った学習が必要になるわけです。そういう意味で、人間にしかできないような思考や表現、感性が何なのかということを各教科で考え、記述し、各教科で培ったものが、これまでのディシプリンで育ってきた知識を受け継ぎながら見ていくというような視点が大事なんじゃないだろうかと思います。
 また、ぜひこれを表形式にしたときに、やはり新任の教師というのがありましたけれども、児童生徒の観点からも見て、余白を生むためには、そういう視点が、専門家の見方で構造化はしていくんですけれども、それが必要なんじゃないだろうかと、今回の提案を伺って思ったというところであります。
 以上です。
【貞広主査】  どうもありがとうございました。しっかりとした学問知に裏づけながらも、実装ということを見据えると、子供や教師のユーザーインターフェースを考えた工夫がこのような形で必要なのではないかというところはまさに石井委員の御指摘と重なる部分でございましたし、最後には内容精選についての具体的な考え方もお示しいただきました。どうもありがとうございます。
 では、本当に盛りだくさんで、私も歩きながら考えるって言っていたんですけども、歩くこともできないぐらい考えないとちょっとついていけないという感じですけれども、これから5分ほど休憩を取りまして、18時ちょうどから再開をしたいと思いますので、事務局、お願いいたします。
 では、休憩に入ります。
( 休  憩 )
【貞広主査】  それでは、18時になりましたので、議事を再開いたします。御意見や御質問のある方は挙手ボタンを押していただければと存じます。私から順次指名をさせていただきます。全員に御発言の機会があるよう、御発言は3分程度でおまとめいただければと存じます。よろしくお願いいたします。
 では、まず、戸ヶ﨑委員、どうぞ。
【戸ヶ﨑委員】  まず、3人の先生方の貴重なお話を一度にお伺いできる贅沢な時間をありがとうございました。一知半解の状態かと思いますが、現場感覚で発言させていただきますことを御容赦いただければと思います。
 まず、今回の構造化・表形式化の議論は、一見技術的な内容に見えますが、授業改善の肝と言えるものと認識をしています。学術的な深さや正しさも当然重要ですが、現場の教師一人一人にとって分かりやすく、それでいて味わう意義のあるものになるのかという視点から4点申し上げたいと思います。
 まず、項目1の見方・考え方です。端的に示していくことも重要ですが、各教科等を学ぶ本質を示すものであるため、その理解は教師にとって極めて重要です。特に、学習指導がファストフード化しがちな現状にあって、教科の本質に立ち戻って自らの実践を振り返ることが大切です。言うまでもなく、授業力の高い教師はこの見方・考え方を大切にした授業づくりをしています。教師が教科の本質を味わい直し、問い直すためにも、学習指導要領本体には端的に示したとしても、解説などを通してむしろ必要な説明を別に設けていくべきと私は思っています。
 また、細かいことですけれども、「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」という言葉がしばしば出てきますが、そもそも「本質的な」という言葉は「意味」には使うかもしれませんが、「意義」には要らないのではないかと思っています。
 次に、3番の表形式化です。これは教科固有の学習過程をビビッドに分かりやすく示すことができる潜在性を有しており、学校現場の指導に大きな影響を与える重要な施策です。だからこそ、構造化・表形式化自体が目的化してしまって、教科等の本質や特性が伝わりにくくなってしまうことを危惧しています。そのためには、今回示されたイメージやチェックポイントを踏まえつつも、それらをがちがちに守っていくのではなくて、教師が各教科等の特質を生かした学習活動をありありとイメージできる姿は何なのかを各教科のワーキンググループで今後議論を深めていっていただきたいと思っています。
 一方で、教科の中の項目や、単元ごとにパターンが変わると分かりにくくなります。特に小学校は複数教科を読み解くため、教科間での複数のパターンが変わったり、各教科間で読み解き方が変わったりということのないように留意すべきと思っています。
 次に、学年区分の在り方についてです。企画特別部会では、学年区分が目の前の子供の実態に合わない場合への柔軟な対応が可能となるように、学年区分の取扱いが可能となるように示すべきだという意見をまとめました。一方で、学年区分の取扱いが柔軟になることで学年間の引継ぎが適切に行われなかった場合や転校した場合に、指導内容の抜けや重複が生じやすくなることも考えられますので、その点に配慮した制度設計を進めていく必要があると思っています。
 最後に用語についてです。項目4に「高次の資質・能力」とありました。この名称は、個別の資質・能力との性質の違いを的確に表そうとしているものだと私は認識していますが、今後、教科ごとに作業して具体が見えてきた段階で、本当にそれが直感的に分かりやすいものになっているのかどうかを再度確認・検討していく必要があると思っています。また、最後のページの伝達という表現は上意下達的で違和感が私はありました。共有という言葉で十分かと思っています。
 いずれにしても、ここでの方針は、現時点でのあくまでも暫定的なものであり、今後、各教科等のワーキングの議論との往還を通すなどして変わり得るものと理解をしています。ここの場で共通的な骨となる内容を示していくことは大変重要ですが、恐らく今後、様々な違和感みたいなものが出てくると思いますので、それらを丁寧に取り上げて、戮力協心で改善を進めていただきたいと思っています。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。それぞれの教科にもろもろ違いがあるということを想定して、違和感を修正しつつ、我々とも往還しつつということを再度御確認いただきました。学習指導要領を味わうという表現はとても印象的でございました。
 ほかの委員の方々いかがでしょうか。
 田村委員が途中で退席されると伺っているので、田村委員、お願いいたします。田村委員、内田委員の順番で御指名申し上げます。どうぞ。
【田村委員】  ありがとうございます。本日、各教科の本質、見方・考え方、そして各教科に応じた学びに向かう人間性等の御議論、大変興味深くお伺いしました。奈須委員が教科のレゾンデートルを示していく必要性を主張されましたし、秋田委員がなぜこの教科が存在するのかということを改めて問うということの必要性を指摘されました。今回の検討を通しまして、各教科の本質が今まで以上に明確に示されるのであろうと思いますとわくわくいたします。
 カリキュラムマネジメントの文脈で教科等横断に取り組まれる実践もこのところ増えてきているのですけれども、現代的な諸課題に取り組むにしろ、ある対象に複数教科から迫るにしろ、各教科らしさ、見方・考え方、現場では教科の眼鏡をかけるといったような表現を使われることもあるようですけれども、これらを踏まえているからこそ、対象を異なる視点から掘り下げる深みが出てきて面白くなっていくわけで、逆に学習者から見ると、教科の、石井委員の言葉を借りると、有意義性も感じられるわけです。
 そういった意味で、今回、これまでもされてきたことではあるかと思いますが、さらにここを掘り下げていくということの意義があるということをまずは申し上げさせていただきたいと思います。
 ただ、実際に作業するとなりますと、一筋縄ではなかなかいかないのだろうということも想像されます。例えば本日の資料の19ページに示していただいた今後の検討の進め方のように、各教科等の部会との往復が重要だと思われます。15ページに示していただいたチェックポイントを読む限り妥当に見えますけれども、各教科等での審議が進むにつれて、教科等の特性によって難しさも出てくるのかもしれません。また、各教科等で行われたものを一覧にして会議で確認していくということも大切かと思います。
 2点目です。いろいろな用語が出てきます。中核的な概念が知識及び技能に関する総合的な理解に変えられました。こういったこと自体は妥当だと思うのですけれども、これは「高次の資質・能力」でありますし、「高次の資質・能力」の獲得に迫るような学びは深い学びです。高次というと高さで、深いというと今度は下に深掘りしていくようなイメージで、いろんなイメージが同時に進行することに時々難しさを感じます。例えば、本質的な意義の中核は見方・考え方であります。できるだけ新しい用語、表現を使わずに説明していこうという意図には賛同いたします。
 一方、学習指導要領特有の言葉と教育学で一般に流通している概念表現や中教審における議論で使われた概念や表現と全くつながりが見えなくなるようであれば、またさらに理解を深めようとした場合に、そこが難しくなるのではないかとも考えます。石井委員は発言の中で、建物が出来上がったら足場は外すものとおっしゃいました。それは賛同いたしますが、時に足場を確かめたくなるということもあるのではないかと思います。
 そういった意味で、ここで出てきた議論自体も、表がいいのか、石井委員が示してくださった図は非常に分かりやすかったんですけれども、そういった図がいいのか、あるいは、こういった学習指導要領に直接そういったことを載せることは考えにくいですけれども、ただ、どういう議論でこれがこのような言葉になっていったのかということに、時に、将来も戻れるようなレイヤー構造のような、そういったものが将来的に紐づいていく、つまり、学習指導要領解説、中教審等の審議等が紐づいていくようになるとありがたいと思いました。
 以上でございます。どうもありがとうございました。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、内田委員、お願いいたします。
【内田委員】  ありがとうございます。奈須先生、石井先生、秋田先生、ありがとうございました。非常に密度の濃いお話で、そしゃくする時間が1週間、1か月、場合によっては1年必要かなと思っております。ちょっと頭が沸騰してうまく発言できるかどうか分からないのですが、御容赦いただければと思います。
 奈須先生のお話の中で、親学問を基に各教科が成り立っているというお話は非常に私、得心をいたしまして、例えば今、高校の科目、あるいは中学校でも新しく技術の中に取り入れられている情報というところも、親学問からいうと将来的には数学の1分野として整理されていくといいのかななんていう、人材的にもいいのかなと思ったりもしている次第です。
 ある意味、基となる学問分野があって、それを我々が教科、科目ということで疑似体験をするというところが、まさに小学校、中学校、高校の学習ではないかなと思っています。昔のところでは、教科、科目がストーリー重視だったのに対して、今いろんな分野が進んでいくにつれて、知識、これが必要だ、あれが必要だということになって、個別の現象重視になっているというところがある意味課題になっているかと考えております。これが今度の学習指導要領の表形式の整理によって、頭がきちんとクリアになって、小学校から高校に向けてストーリー重視の展開になって戻っていくというところが今後考えられるのではないかなと。特にBSCSのブルー版、グリーン版、イエロー版のお話のところで、それぞれにいいけれども、それぞれ1本でやっていくことが、体系的にやっていくことが非常に大切だというふうなお話を聞いて、そんなふうにも考えた次第です。
 石井先生、秋田先生のお話では、並行、並列、教科特性に合わせて整理をしていくことが重要であると私も改めて感じましたし、小学校全科と中高の教科、科目の特性が、やはり学習あるいは指導者の形から異なるわけなので、小学校での整理の仕方、中高での教科、科目での整理の仕方を改めて考える必要があるとも感じました。
 すいません、まとまりがつきませんけれども、私からは以上になります。よろしくお願いいたします。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、続きまして、堀田委員、お願いいたします。
【堀田委員】  東京学芸大学の堀田でございます。事務局の御説明とそれからお三人の専門的な御説明どうもありがとうございました。さっき頭が沸騰しているという話がありましたが、私もそんな気持ちで聞きました。
 1つだけ申し上げようと思うんですけど、私は情報・技術ワーキングの主査を拝命いたしまして、情報・技術ワーキングというのは、小学校段階では新設される情報の領域、仮称ですけど、これは総合的な学習の時間に付加されるということになっております。また、中学校段階では、現行の技術・家庭科の技術分野の再編による情報・技術科、これも仮称ですけども、これの教育内容の組立て、加えて、高等学校段階での既に存在する情報科のさらなる充実と、こういう大きな課題をいただいております。
 これらの教科等は諮問でいうところの情報活用能力の抜本的向上に対応したもので、非常に重要だと私も思っておりますし、また、デジタル学習基盤が整っていることが前提となるような次期学習指導要領においては、情報活用能力を中心的に身につけさせる教科等が小・中・高の学校段階ごとに一定の体系を持って教育課程の基準になっているということが大事かなと思っております。
 この観点から先ほどの各教科の学習指導要領の書きぶりの表の並行パターンと並列パターンの2つの話を見て、私は大変悩ましいなと思っておりました。情報活用能力に関わる教科等の場合、小と中と高、同じでいけるのかなとか、小だけやっぱり違うかなとか、その2つのどちらかじゃないといけないのかなとか、いろんなことを悩みました。
 例えば石井委員のスライドの11枚目でしたっけね、内容知と方法知のことが書かれているものがありまして、事務局のほうでちょっと共有いただけますでしょうかね。石井先生のスライドの11枚目で申し上げますと、学習の基盤となる資質・能力として各教科等あるいは総合的な学習の時間等の学びを支える情報活用能力というのは、やっぱり方法知として発揮されるんだと思うんですね。ICT活用のいろんなスキルを順番に身につけるんだけど、それが総合的に発揮されるんだと。特に小学校段階の情報の領域というのはそういうものなんだなあと思うわけです。
 一方で、石井先生のスライドでいえば、内容知の部分ですね。これも情報活用能力にはあります。特に中学校で情報・技術科になっていき、高校で情報科のさらなる充実となれば、ここに一定の学問的体系というのが、情報科学や情報工学あるいは情報学と言われる分野の学問体系があります。そうすると、この部分は内容知の表で表す必要があるのかなと思うわけです。
 なので、同じ情報活用能力という概念といいましょうか、資質・能力について、表に表すときに、学校段階によって違うとかいうことがかえって分かりにくいような気もするし、でも、そうならざるを得ない部分もあるし、つまり、学習の基盤となる資質・能力として機能するこの能力と、そして専門性を有する人が教える、しっかり身につけさせる教科としての部分と、こういう領域としての部分と教科としての部分という、そこもあるので、この辺りは私はまだ決めかねていますけど、今日の御説明を聞いて悩ましいなと思ったということをお伝えし、そしてまたこのことについては、ワーキングでももちろん議論していきますけども、事務局にも御相談差し上げたいと思っております。
 私からは以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。今堀田委員がおっしゃったような悩ましさがそれぞれのワーキングで起こるのかなとも思うところ、だからこそこちらとやり取りをさせていただきながらということになろうかと思います。
 では、この後でございますが、山本委員、中村めぐみ委員、中谷委員、前川委員の順番で御指名申し上げます。
 山本委員、お願いいたします。
【山本委員】  ありがとうございます。事務局と3人の先生方のお話をそのまま現場の先生方にもお伝えしたいと思ったぐらい、今日、非常に深いお話だったと思います。
 その一方で、やはり今回分かりやすく、使いやすいという点では、全国の教員が、今、20代、30代が50%近くになってきていて、さらに理解するだけで終わらずに、これを理解した後、実際の授業で実現してもらうことを考えると、さらに今回の指導要領の冒頭にありました道半ばの深い学びを全国の教員が7割、8割実現していくといったことを考えたときに、今日のような表形式化とか構造化というのは非常に大事だと思っているところで、統合的な理解、また総合的な発揮という言葉が本当にこのままでいいのかといったところは少し課題だと思いました。
 統合的と総合的という、非常に言葉が似ている分、その違いは一体何なのかというところが、ややもすると学校の先生の中では構造的な理解と一体的な発揮という理解の部分もあると思います。今日話を聞くと、それだけでは足らない部分が統合という言葉や総合という言葉になっているということはとても理解できたわけなんですけども、まず先生方にそれを理解してもらうことは難しいのではないか。実際授業にするといったときに、構造というだけではなく段階とか階層があり、それ自体が実は深まりを示唆するものでもあるし、その発揮といったときも、総合的な発揮と一体的な発揮と何が違うのかといったことが、また総合的な発揮という言葉が総合的な学習の時間と相まって、今回新たな用語の提起には慎重であるべきという議論もありましたけども、少しその辺りが、変えてほしいということよりも解説が必要になってくるのではないかと思います。また、若い先生たちにも理解してもらうということを考えると、構造的な理解とか一体的な発揮ぐらいのレベルから説明をしていく必要もあると感じました。
 それに対して検討項目3の、まさに「タテ」と「ヨコ」の関係というのが、今までの議論の中でも非常に分かりやすかったと思うのですが、「タテ」と「ヨコ」の関係がまさに相互に関係づけられ構造化された深い理解と、一体的に育成を目指す思考、判断、表現と、それが並列パターンだと、まさに「ヨコ」と「タテ」の関係で示されていて、表を見ても、または文章を見ても、言葉を見ても、その辺りが一体化していると非常に学校の教師から見たときに分かりやすく、理解に繋がると思ったのが1つです。
 あと最後にもう1点ですが、もう1点は、チェックポイントを用意していただいて、こういうことを大事にしていくというのは非常に深まりを考えていく上で大事だと思うのですが、そこのCの「深い学びを実現する単元づくりを助ける観点」といったところがあると思うんですが、これはまさに奈須先生のお話なんかを聞いていると、系統的な教科の中で深めていく、その深め方と、また、総合とか特活とか道徳のような教科等の深め方と当然違ってくる部分もあるのではないかと思います。まさに今回の指導要領の中では、教科らしさ、教科らしい頭の使い方ということが非常に大事になってくると思うのですが、それに合わせた深め方というのも同時に示していくような工夫をされていくと、非常に先生方にも伝わる部分があるのではないかと感じました。どうもありがとうございます。
【貞広主査】  貴重な御意見ありがとうございます。言葉選びは実装のエンジンとして非常に重要ですので、重要な御意見として引き取らせていただきます。
 では、中村めぐみ委員、お願いいたします。
【中村めぐみ委員】  みどりの学園義務教育学校教頭の中村でございます。本日は本当にたくさんの示唆をいただきまして、私も一教員として多分一般教員と同じ感覚で先生方の本当に深いお話を聞かせていただきました。
 それを受けてなんですけれども、これだけのたくさんの委員の先生方の深い意味合い、それから機能獲得に対する裏側で行われている思考のプロセスとか、また、矢印一つとっても意味合いが深いことというものを今この時間で目の当たりにしたときに一番思ったのは、これだけ委員の先生方が深い意味合いを分解しながら築き上げた学習指導要領の表1枚が成果物として出てきたときに、教員が正しく受け止めることができるのだろうかということが一番不安に思いました。
 ガイドまたはここに至るまでのプロセスも、ぜひ先生方が今日お話ししてくださったことを私も教員として理解してほしいと思いますし、教員としても必要な資質・能力だと思っておりますので、出来上がった成果物に対して、それを本当に委員の先生方が分かりやすくされている分、端的に表されてしまっているのではと思うところもありますので、そこをガイドするような注釈、または別添とか、そういった工夫があるといいなと思ったのが1つ目です。
 2つ目は、ここは私的な捉え方になってしまうかもしれないんですが、言語活動として載せられている資質・能力の柱ごとの目標のところ、知識及び技能、そして思考力、判断力、表現力等、そして学びに向かう力、人間性等が並列に3つ横に並んでいるといったときに、前2つは言語活動というふうに受け止めたんですけれども、その言語活動を推進していくような情動に係る学びに向かう力、人間性等も同じ並びにあるといったところが、ここはやっぱり横並びなんだなと自分の中の考え方を少し変化させなきゃなと思いました。
 なぜなら、自分の思考を突き動かす情動である人間性または好奇心だったり、そういったものが土台となって働く言語活動なのか、それともそれは言語活動をしながら身につけていくものなのかといったところの捉えが自分自身もすごく甘かったので、そういう並列の意味だったんだということで捉え直しをしたところです。もしかするとそういった部分を同じように感じる教員もいるのかなと思ったところでした。
 3つ目です。私も学校でデジタル学習基盤を非常に活用しております。そうなると、これまでの見方・考え方とネーティブで、デジタル学習基盤をネーティブと言ってしまいますけども、常に使っている子供たちの思考の仕方というのがこれまでどおりなのかどうか、また、デジタル学習基盤になったからこそ変化が見られるのかどうかといったところはちょっと興味・関心として感じたところがありましたので、今後、デジタル学習基盤で学ぶ子供たちの思考の仕方、様式ということが、今、語られている見方・考え方のとおりなのか、もしくは変容があるのかというところは少し興味を持って注視していきたいなと思っているところです。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。
 では、中谷委員、お願いいたします。
【中谷委員】  ありがとうございます。大変貴重な議論、そして膨大かつ大変濃密な資料のほうありがとうございました。
 まさに情報があふれて子供も教師も困っているような時代に、表形式化であるとか可視化ということから、これこそが情報の海の中のここが大事だという旗印をいかに立てていくかという議論なのではないかと。10年後にまで影響する、未来に影響する言葉をどう残していくかという議論になり得るのかと思いながら伺っていました。
 石井委員からは、教育目標論の視点から、知識の階層ということで非常に納得のいくものでしたし、奈須委員の教科のレゾンデートルというのはまさにそこの常に踏まえるべき観点でありますし、秋田委員からの「高次の資質・能力」に至るプロセスやその文脈こそが重要であるというのは、まさに得心したというところであります。
 自分としては、内容は膨大にわたりますので、2つほど、ちょっと絞ることになりますが、申し上げられればと思います。項目の2のところですね、学びに向かう力、人間性等というところですけれども、今回、学びに向かう力、人間性等を4つの要素により再整理をされて、かつ構造化というか、再構築化をされたということかと思います。
 この中で恐らく分かりづらい言葉の1つが学びの主体的な調整ということだと思います。この言葉が答申で出たときにも現場でちょっと疑問の声が上がったと、どういうことなんだろうと意見が上がったと思いますが、そこから3年ほどたちまして、大分現場や教育行政のレベルでも理解が進んできたのかなあと。子供が教え込まれたことを再現するのではなく、自分の思考の仕方で考える、自分の工夫の仕方で学ぶ、そういったメタ認知であるとか意欲を駆動して、自分なりの解決、自分なりの次の問題へのつながりということを考えるということになると思うんですが、それ自体は当たり前過ぎて、文字化もあまりされなかった部分がもしかしたらあるのかもしれない。
 一方で、このように情報が非常に膨大であり、またその情報の中で様々なリスクであるとか社会変動の中で生きていく子供たちにとっては、自分で自分のことを考える、あるいは自分で自分が生きていく社会のことを考えるという力の基礎として、知的な学びだけではなく、非常に重要な力なのではないかと思います。そのためにこのような形で今回定義づけていただくのは意味が大きいことではないかなと思います。
 一方で、そのこと自体については、まだ完全に定着、浸透ということではないと思うので、ぜひ解説的なものが、文言等があることが望ましいのかなと。
 今回、この4つの要素を下の3つと上部の1つということに構造化、階層化して、下が態度であって、上が情意・感性であって、上は内面的であって、下は表出しやすいと。これも先生方にも理解しやすいものでとてもいいと思いました。
 一方で、今の説明にあるように、主体的な調整というのは子供の中の工夫であったり、子供の中でああそうだという電球であったりするわけですから、これ見にくい場合ももちろんあるかと思います。
 さらに難しいのは、人間性とうたっている以上、やはり情意や感性だけではないということだと思うんですね。そこの部分はまさに指導要領の継続性という意味でいうと、もとをたどれば生きる力にも繋がるような、知、徳、体の徳の部分にも繋がるようなもの、人格的な部分にも関わるものであって、ややもすると、学習指導要領ですので、知的な部分に焦点化されがちですけど、道徳や、総合や、ある意味、情報などもそういうふうに、あるいは教科統合的な目で見ればそういうことも含めて、そういった知的に限定されない部分を育てるという意味では、ここの書きぶりはイコールのような書き方になりますので、若干工夫、検討が必要なのではないかとも思いました。
 2つ目ですけれども、項目の4、中核的な概念ということで、中核的というのは、自分自身は学術のほうにおりますとしっくりくる言葉なんですが、それが統合というのは、確かにその動きが分かるほうがいいと思いましたので、それに対して納得がありましたが、その中のC、深い学びを実現する単元づくりを助ける観点のところで、Bの資質・能力の深まりのところで解説していただいたところでもありますが、いわゆるレリバンスといったときに、関連性の強さだけが問題になるということだと思うんですね。本質といったときに、どう使えるのかということが言われるんですけれども、本質という言葉自体は意味があるかなと思うんですけれども、そのときにどういう意味の価値なのかということを考えなきゃいけないのかなと。ややもすると、役に立つ、使える、つまりはキャリアとして意味があるとか、そこの意味に限定して、あるいは日常生活のすぐ身近で使えるかどうかということがあんまり強調されてしまうと、比較的表面的なというか、実用的な部分だけに注目がされるわけで、奈須先生からもありました教科が何のためにあるのかというのは、もう少し知的な世界の広がりや、こういうふうな知識世界を持ってほしいという目的、目標に照らしたものだと思いますので、その辺りの説明が必ずしも役に立たないと学びでないということにあまり偏らないようにするべきではないかとは思いました。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、前川委員、お願いいたします。
【前川委員】  今日は、事前に資料を読ませていただいて、随分悩ましいなと思ったところがあったんですけども、3人の先生方の御発表を聞かせていただいて、なるほど、そういうことなのかというのを随分腑に落ちたような気がします。ありがとうございます。
 事務局が示されている基本的な方向性については賛同いたします。ただ幾つか申し上げたいのは、山本委員もおっしゃっていましたが、似たような表現が幾つかあります。同じような意味を違う表現で言っていたり、あるいは言葉が似ているので違いが分かりにくい。統合的と総合的もそうですし、並列、並行というのも私は分かりにくいかなと思います。
 並行については、個人的には私は土台でいいのではないかなと思っていたんですが、石井先生のお話を聞いて、なるほどなあと。学ぶ順序であったり、優先順位みたいに受け取られてしまう可能性があるんだなあということで、土台という言葉を使わない意味がよく分かりました。
 このように、なぜその用語を使うのかということを、学校の先生方、あるいは編集をしていただく教科書会社の方が理解していただくということが非常に重要だと思うんです。図で表す、表で表すということは非常に分かりやすくすることの1つではあるんですけども、表のエッセンスというんですかね、それが理解できる文章の併記というのをぜひ望みたいと思います。
 それと各教科ワーキングとのやり取りの過程ですとか、ここでの今日のような3人の先生方のお話の一番中核的なところ、そういったことが現場や教科書会社に伝わっていくという、そこを大事にしたいなあと思います。
 プロセスの公開というんですか、そういうことによって、今ここで書かれていること、今日議論されたこと、この表の意味は何なのか、なぜこういう表にしているのかというのが、なぜこの言葉に改めたのか、そういったことが理解されますし、そのこと自体が学習指導要領を理解する上ですごく大きな一歩になると思います。ぜひ御検討いただければと思います。
 それから、1つだけ、今日の資料の12ページの中段の3ポツの2つ目の丸、「なお現行でも」という文章なんですが、「『知・技』や『思・判・表』をそれぞれごとに内容を示していない、『生活』『特別活動』『道徳』『総合的な学習(探究)の時間』や幼稚園教育要領における内容の示し方」という文章なんですけども、総合的な学習の時間や総合的な探究の時間が探究的な学びの中核的な時間になっていく、そういう位置づけをしていくという意味合いで考えますと、ここの表し方というのは非常に重要になると思います。ワーキングにお任せするということも大事なんですけども、一つ、特に総合的な学習の時間、総合的な探究の時間が各教科の学びをどう生かすのかという視点を現場が持てるようなものにしていただきたいと思います。とかく何か調べて発表したら終わり。いい発表だったらよかったねではなくて、特別部会の議論ではプロセスが非常に大事だ。課題発見から、そこで違うなあという失敗を繰り返して、そして課題設定をもう一度し直す、そういう過程が大事だという話もありましたけども、過程を重視するということとプラス教科の学びとのつながりを教員が意識できるようなものに総合的な学習の時間と総合的な探究の時間の位置づけをしっかり置いていただけたらと思います。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、望月委員、お願いいたします。
【望月委員】  事務局からの御説明、石井委員、奈須委員、秋田委員からの御提案、ありがとうございました。文字だけではなく、御説明を口頭でいただきましたので、理解がまだ十分とは言えませんが、深まったと思います。
 ほかの委員の方も発言されていたように、各ワーキンググループと往還させていきながら進めないといけないと強く感じました。
 奈須委員や前川委員もおっしゃっていましたが、総合や特活でどのように示していくのか。親学問がない、教科書がないという状況のなかで。特に総合に関しては、批判しているわけではないのですが、筋というか、真正性を十分に問わないまま、手探りで行われている活動もあるような気がしております。
 また、学年や学校種を通して体系的に展開していくことが、各教科と同様に総合や特活も重要だと思うのですが、互いの学校種で何をしているのかが見えにくい。子供たちが何を身につけたのか、何に困難を抱えたのかという、いわゆる成果のようなものも見えにくいまま、それぞれの学校種で、ちょっと言葉はきついですけど、流行りの教育活動に着手している、もしくは、させられていることはないでしょうか。
 また、石井委員に中核的な概念を5つ提案いただきまして、まだ理解が十分ではありませんが、いずれも非常に重要な概念であると感じました。これについては、また御説明いただいたり、議論を深めていけたらと思います。
 最後に、秋田委員のお話ですが、最後にお示しいただいたスライドの内容に関しては、私自身が青年期のキャリア形成を研究しているという立場からも大きく賛同いたします。特に高校生に「なぜ、今、自分がこれを学んでいるのか」ということに目を向けさせるということはとても大事で、学校を卒業した後、自立した学習者に育てていくということはとても重要だと感じています。それが教育課程企画特別部会の論点整理で示されている「自らの人生の舵取り」にも繋がるのではないかと思います。 
【貞広主査】  ありがとうございます。では、お待たせいたしました。中村豊委員、お願いいたします。
【中村豊委員】  本日、御説明どうもありがとうございました。まだ追いついてないと思いますけども、方向性について、かなり今日、理解を深めることができました。
 自分は生徒指導とか特別活動のほうを専門としておるんですけども、特別活動は、教育課程に位置づけられている割にはなかなか評価というところがいろいろと指摘されることが多くて、現行のものではそれが大分これまでと一気に改善されたと見ています。今後も継続して全部表で示していくということのお話でしたけども、まず学年のところの話があったときに、特別活動みたいな教育活動では、学年相当というところでも十分対応できるのではないかなと考えました。
 ただ、特別活動というのは、授業でいうと週に1時間で年間35時間という位置づけなんですけども、生徒会活動とか学校行事と言われる、いわゆる授業時数を持たなくて、各校で定める活動は実は意外と時数としてはすごくたくさんやっておりまして、特に事前の活動、事後の活動等々含めると、恐らく週4コマの教科以上に多分時間を使ってやっているのかなと思います。
 そのようなほかの教科と違う特質を持つ特別活動を表化するときなんかは、どうするのかな、横並びでいけるのかなということを心配していたんですけども、本日、石井委員のほうが教科と教科外ということで大きく2つのブロックに分けた提案をいただいたので、これをワーキングのほうがどのように受けて、また練り上げていくのかなということを今後期待しています。
 それと、親学問がないということで、特別活動、まさにそのような位置づけでずっと来ていますけども、一方では行事の精選ということでずっと来ていて、もうこれ以上減らせないなというところまで今来ているような気もするんですけども、教育課程全体の授業時数の問題の中で、別資料のときに行事とかについても幾つかの案が示されていたと思いますが、また今後の推移についても、この会議体のほうで注視しながらまた質問等させていただければと思います。
 本日はどうもありがとうございました。
【貞広主査】  ありがとうございました。ちょっと一部委員の方、業務などの関係で御発言いただけなかった方もいらっしゃるんですけれども、おおむね多くの委員の方々に御発言をいただきました。
 この後、せっかくでございますので、今日御発表いただきました石井委員、奈須委員、秋田委員に、短くで恐縮ですけれども、一言ずつコメントを頂戴できればと思います。
 どうしましょうか、石井委員からでよろしいですか。逆回しにしましょうか。石井委員から。じゃあ、石井委員からよろしくお願いいたします。
【石井主査代理】  ありがとうございました。先ほどいろいろと話したところでありますけども、まずもって、今、中村委員のほうからもありました、総合、特活については、これは固有性があると思います。やっぱり領域が違いますので、教科、総合、特活ということで。さらに道徳、これは教科にかなり近いところはありますけども、あくまで今回私が御提示したようなことは、教科を想定しての話ということではありますので、やはりその辺りは、教科、教科外ということでいいますと、それぞれ特性に応じて考えていくことが重要かなと思いますし、先ほど堀田委員のほうからもありました、学習の基盤となる資質・能力というのは、まさに帰納的に育てていくということでいうと、ある種、内容、各教科とは別立てで、一般的な、長期的なルーブリックみたいな形で示していくということはあり得るかと思います。
 たとえば、情報については、それとは別に、情報学的な内容じゃないですけども、内容知に関わるところが、どちらかといえば、並列パターンみたいな形に近いような形で展開する。言語能力とか、学習の基盤となる資質・能力というのは、ちょっと次元が違うものだと思いますので、これはむしろ情報活用能力と言語能力、セットでその辺をどう明確化していくのかという話になってくるのではないかなという気はしております。
 あともう一つ、表形式ということで、何人かの委員の先生方もおっしゃってくださっていたところではありますが、私は表の自明性というんですかね、表を見たら大体こういう構造みたいなことが受け取れて、それとうまい具合に言葉が、ワードがフィットすると。それが非常に重要だと思うんですよね。言葉で説明するまでもなく、こうだよねというふうな直感的なイメージや視線の誘導みたいな、それがあって、確かにこの言葉というのが、ここがとても重要です。最後の詰めはそこなんだろうと思います。
 ですから、思考といったものは、構造の中に、表の中に埋め込まれていると。それを繰り返し見ていく中で、視線を誘導される中でその構造を学んでいく。これがとても重要だと思うんですね。だから、仕掛ける側はめちゃくちゃ考えなきゃいけないというところです。
 それでさらに自覚的に学んでいこうと思ったときに、田村委員もおっしゃったように、その参照先ですよね。動かされているだけじゃなくて、何でそうなっているのかなということを学び深めていくための参照するルートみたいな。だから先生方の学び深めをいざなっていくような。原典をちゃんと見ていくじゃないですけども、そういうルートを確保しておくこともとても重要かなと思います。
 学習指導要領で閉じない。解説で閉じない。その先にもっと一般的な議論といったものへちゃんと開かれていく。それがあって初めて学習指導要領といったものを相対化する視点も出てくると思いますし、むしろより理解できるようになると思ったりします。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、奈須委員、お願いいたします。
【奈須主査代理】  よろしくお願いします。見方・考え方というのは原則的にはディシプリンで考えたほうがいい。文化遺産ベースで考えていったほうがいいと申し上げましたけど、じゃあ、総合や特括はどうなるんだという話ですが、私はこんなふうに考えています。ちょっと共有したいんですが、教育課程の構造を教科と教科外ともよく言われるんですけど、じゃあ教科外と言われるものの編成原理は何かということなんですね。教科は基本的には科学、学問、芸術、文化遺産ベースだと考えればいいし、だからディシプリンなんだということですけど、一つよく言われるのはやっぱり生活ということですよね。生活の教育。学校は文化遺産を教えるだけじゃなくて生活のレッスンをするところだと。最近は民主主義のレッスンということも言われますけど。生活は学問ではない。生活科、総合、道徳、特活というのは、基本的には生活ということを基盤にしているんだと思うんですね。文化遺産ベースと生活ベースの教育内容、その2つの知の総合化を図ることが大事だと。これはどの国のカリキュラムにも一般的で、人は学問だけで生きられるわけじゃない。学校は生活をレッスンするところだと。これはペスタロッチやフレーベルやデューイ以来だし、幼稚園はフレーベルだから、生活の教育という原理で来ているわけですよね。これが小学校に入ると文化遺産ベースがぐっと入ってくる。この辺の話だと思うんです。
 もちろん、ディシプリンをベースにしないからいけないとか、質が下がるとか、そういう話ではなくて、別な質や機能を果たしているし、その両方をバランスよく、しかも統合化することによって子供がよく育つ。これはかつて科学と生活の実践的統合と言われたことです。これが学校教育の最終目標ですよね。つまり、子供は右手に科学を持って左手に生活を握ると。それを子供の中で実践的に統合して生きていく。それによってウエルビーイングが実現できるんですよね。
 総合とか、生活科とか、特活が担っているものはそういうものだと思うんですね。だから、生活科というのは法令上は教科だけども、原理としては私は他の教科とは随分違うと考えています。悩ましいのは社会科だと思います。その辺をもう一度どう考えるか。
 だから、いかにも教科的な数学や理科はいいんですけど、ちょっと違う色彩。社会科は、ソーシャルスタディーとしてアメリカから入ってきたわけだから、単独のディシプリンじゃないわけですよね。むしろ今の総合に近い部分がある。初期社会科は明らかにそうでした。
 だから、そういったものをもう一度きちんと位置づけ直して、全体が子供に機能して子供の有能性を高めるということを考えていく。その中で、今回、見方・考え方というのをどういうふうに位置づけるのかということだと思っているんですね。
 その意味で総合については、特活もそうですけど、各教科等における見方・考え方を総合的に活用していくんだと。これは大事で、国語の時間ははなから国語の発想、理科の時間をはなから科学的と子供は思っているわけだけども、実社会、実生活の問題解決は、ここで理科の発想が使えるのか、社会科的に考えたらいいのか分からないわけです。だからこそ特活や総合で教科で勉強したいろんな迫り方を使ってみてうまくいったりうまくいかなかったりする。それを繰り返すことによって教科の武器が暮らしの中のここで生きるんだということが体得されてきて、教科を学ぶ意義もより明確になってくるし、生活の科学化という言い方もしましたよね。単に暮らすんじゃなくて、科学的、合理的に考えて暮らしをつくれるようになる。
 だから、生活の科学化と科学の生活化は両方とも大事で、その意味では、生活教育と呼んだ領域ですが、そこが大事だと思います。
 そう考えると、もう一度改めて総合や特活の編成原理を見直す必要があると思います。もちろん総合は、細かいことは規定しません。それは大事なことで、何をやってもいいとつくった領域なので。でも、カリキュラムを構成する領域である以上、領域の特質、アイデンティティー、位置づけというのは、やっぱり再度議論する必要があって。ただ悩ましいのは、低い学年は、前も申し上げましたが、生活教育ベースでいいんだけど、上のほうになると学際科学っぽくなってくるんですね。学際科学は生活とは随分違っていて、この辺が総合の悩ましいところで、今回もまたしっかりと考えていかなきゃいけないんだろうなと思います。
 特活は、中村先生がおっしゃったようなことだと思いますけれども、特活についても、改めて、特活とは何か。戦後、成立して以来、何を目指してきたのかをみんなでしっかり問い直すいい機会だと。その意味でもこういった議論は大事かなと思います。
 以上です。
【貞広主査】  ありがとうございます。では、最後に秋田委員、お願いいたします。
【秋田委員】  ありがとうございます。皆さんの御発言を聞きながら、やっぱり学習指導要領は、先ほど戸ヶ﨑委員も言われましたが、最終的には教師が使う、そのときに初等の教師と中高の教師ではある種の専門性が違うというときに、先ほど幼児教育や生活科の原理の話もありましたけれども、そういう形のところの表し方をもう一度考える必要があるだろうなと思います。私たちは原理とか研究者の視点としてどう分けるかという話をしますが、教師が実際に使うときに理解しやすい、例えば小学校では、全ての教科や、全部を、学校生活をやっぱり担うわけで、そこのところが中学や高校とは違っています。その辺りのときに、表形式がどういうふうにしたら先生にとって一番分かりやすいのかということを、もう一度その視点も、教育学的な原理の議論と両面がここで必要になりそうだなと私は皆さんのお話を伺いながら思っていたところであります。
 また、表形式と同時に私もこう思っているなと思ったのが、内田委員が言われたように、やっぱりストーリーというか、教師自身は単元や学びのストーリーとして単元をデザインしていくわけです。そこでは箇条書的なものではないわけです。だから、学習指導要領の表で示したものと、それがどういうふうにストーリーとしてつないで単元や教科のデザインをしていくのかというところのつながりを、指導要領では書かないとしても、解説であったり、その事例であったりで説明をしていくことがやっぱり必要になるのではないかと、今日私はお話を伺いながら思っていたというところであります。
 いずれにしても今回の学習指導要領の改訂の目指す方向というのは、極めて難度が高いと思います。それに本当にみんなで知恵を絞って、やっぱり先ほどもお話がありました、深まりって一体何なのか、高次というのも分かりにくいと思うんですね。私たちが深い学びを目指すのであれば、その深まりはどういうふうにしていくことなのかというのが教師に伝わる、だから教師と一緒に考えられるということが、この学習指導要領の構造化において、各ワーキングに実践者の先生も入っておられますから、それと同時にそれを出しながらも往還して考えていくことが重要なのではないでしょうか。
 やっぱり授業をつくっていく主人公は教師でありますし、それを実際に考えて、実際受けていくのは子供でありますから、そこの立場から組み替えて考えていくことが大事かなと今日も伺っていて思った次第であります。
 以上です。本当にいろいろな学びをありがとうございます。
【貞広主査】  ありがとうございました。本日は、事務局からもしっかりとした資料を提示いただきましたし、何よりお三方の先生方から大変貴重な知見の提供をいただいたおかげで、ついていくのが私などはやっとという感じの大変濃密な議論ができたかと思います。
 ということで、軽々にはまとめられませんけれども、本ワーキングだけでも幾つか宿題を頂戴したかと思います。良好なインターフェースと、そうは言いながら、真の理解、実装を両立する必要があり、特に実装のためにはまず用語が非常に大事であるということ。なぜその用語を選んでいるのかという理解を促進することが必要であるということ。またはワーキングとの関係でいいますと、とりわけ親学問がない教科外の固有性というものをどう捉えていくのかということ。そしてそれらも含めて、他のワーキングとの往還をしっかりと確保していくことの重要性等です。我々もまだ知恵を出さなければいけませんし、各ワーキングからいただいた知恵や課題を引き取ってさらに練り上げていくということも必要であるということを確認できたかと思います。ありがとうございました。
 本日御議論いただいた内容につきましては、今後、各教科等ワーキングにおいて具体化に向けた作業を進めていただくことになっております。本日の事務局資料及び本日の議論の内容については、事務局を通じてしっかりと各ワーキングにお伝えいただきまして、構造化・表形式化についての作業を、また議論と作業を進めていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
 それでは、ちょうど時間も参りましたので、本日の議事は以上とさせていただきます。
 最後に、次回以降の予定につきまして、事務局よりお知らせ、お願いいたします。
【栗山教育課程企画室長】  失礼いたします。次回は11月12日水曜日、9時半から12時を予定しておりますが、正式には後日御連絡を差し上げます。
【貞広主査】  それでは、長時間にわたりまして、どうもありがとうございました。とりわけ情報提供いただきましたお三方の委員の方々、ありがとうございました。
 以上をもちまして閉会といたします。ありがとうございました。
 
―― 了 ――

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