令和7年4月25日(月曜日)15時30分~18時00分
WEB会議と対面による会議を組み合わせた方式
【貞広主査】 それでは、定刻になりましたので、第6回教育課程企画特別部会を開催いたします。
本日は、学習指導要領の構造化を進めるに当たっての諸論点、デジタル学習基盤と「個に応じた指導」の在り方について、皆様より御審議をいただきます。
進行資料にお示しいただいていますとおり、事務局から、議題(1)、(2)の論点資料を御説明いただいた後、これらに関連する分野を御専門とする委員の方々より先に御発言をいただき、その後、皆様との意見交換を行いたいと思います。
それでは、まず事務局より御説明をお願いいたします。
【栗山教育課程企画室長】 失礼いたします。それでは、御説明させていただきますが、まず本日の配付資料について補足させていただきます。
画面にございますように、このたび、文部科学省から、学校現場の授業づくりを支える資料として、「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」のためのサポートマガジン『みるみる』を公表いたしましたので、概要資料を参考資料4でお配りしております。本サポートマガジンは、「個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実」を図る授業づくりの基本的な考え方と学校の具体的な実践について分かりやすくまとめ、メディアプラットフォームnoteにてオンラインマガジンの形で掲載したものです。ぜひ、全国の先生方や指導主事の皆様に御活用いただきたいと考えておりますので、御覧いただければと思います。
それでは、本論に入らせていただきます。
まず、議題(1)学習指導要領の構造化を進めるに当たっての諸論点でございます。本日の議論の前提でございます。まず、「学びに向かう力、人間性等」でございますけれども、第2回で議論された方向性でございますけれども、各教科等の「中核的な概念・方略」を中心に、学習指導要領の一層の構造化を図ることが必要。「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」、それぞれに応じた構造化を図るため、「中核的な概念・方略」の具体について検討を進めるべきという御議論をいただきました。
その上で、「学びに向かう力、人間性等」について、検討を深めるべき論点マル1でございます。各教科等の「内容」に記載のある「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」については、構造化の方向性が確認されましたが、主に「目標」に記載されている「学びに向かう力、人間性等」については、資質・能力の柱の重要な一つとして明確化を図るべき点がないかどうかということ。
2つ目、検討を深めるべき論点マル2。前回改訂で位置づけられた各教科等の特質に応じた「見方・考え方」と、今回新たに整理する各教科等の「中核的な概念・方略」、また、個別の「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」の関係性をどのように整理すれば、学校現場の授業づくりを支える上でシンプルで分かりやすいものとなるかについて御議論をいただきたいと考えております。
まず1つ目、「学びに向かう力、人間性等」についてでございます。まず、こちらは現行学習指導要領の理念と構造でありまして、3つの資質・能力のうちの一つとして、ほかの2つの柱をどのような方向で働かせていくのかを決定付けるもの、そして、主体的に学習に取り組む態度や、持続可能な社会づくりに向けた態度、感性・人間性等を含むものとして整理されたものであります。
こうした「学びに向かう力、人間性等」に関連して、現在、どのような課題等があるかについて関連するデータを集めてみました。
一つは、PISA2022で、再び休校になった場合、自律的に学ぶ自信がない生徒が多い。例えば、自力で学校の勉強をこなす、自分で学校の勉強をする予定を立てるといったことについて、OECD平均よりも日本は低く、37か国中34番目となっているデータがございます。
また、6年度の全国学力・学習状況調査においても、自分で課題を立てて情報を集めたり発表する学習の状況については、「あてはまる」と回答する児童生徒は上昇傾向にはあるものの、いまだ三、四割程度となっているという課題がある状況でございます。
また、うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む割合が諸外国よりも低くなっている状況がございます。
また、PISA2018でありますけども、失敗を恐れる生徒が多いという回答が諸外国と比べても多くなっているという状況がございます。
また、全国学力・学習状況調査におきまして、自分の考えをまとめたり書いたりする問題の正答率に課題が見られるという状況が続いている状況がございます。
また、これは民間の調査でありますけれども、社会人になってからも自己研鑚・自己啓発を行わない人の割合が多いというデータについては、日本が顕著に高くなっているという状況がございます。
また、こちらも、日本財団の調査結果でありますけれども、社会に対する若者の意識が諸外国に比べて低いのではないかと。例えばマル1やマル2、政治や選挙、社会問題について、自分の考えを持っている。あるいは、家族や友人と議論することがあるといったこと。あるいは、自分の行動で国や社会を変えられると思うといった回答については、上昇傾向にあるものの、諸外国と比べるとまだ低い状況。将来の夢を持っているという回答も横ばいで、諸外国よりは低いといった状況がございます。
また、従業員エンゲージメント、これは従業員が自らの仕事や職場にどれだけ関与して、熱意を持っているかということを表す指標でありますけれども、世界全体と比べると低くなっているという状況がございます。
こうした状況を踏まえて、「学びに向かう力、人間性等」に係る現状と主な課題であります。
まず左側であります。現状の学習指導要領の位置づけにおきましては、児童が「どのように社会や世界と関わり、よりよい人生を送るか」に関わる「学びに向かう力、人間性等」は、他の二つの柱をどのような方向で働かせていくかを決定付けるものと整理されております。その要素は多岐にわたりますが、概ね以下のように整理できると考えます。
マル1、主体的に学習に取り組む態度、メタ認知等。主体的に学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や自己の感情や行動を統制する力、よりよい生活や人間関係を自主的に形成する態度などが言われています。
マル2、協働する力、持続可能な社会づくり、感性・人間性等であります。多様性を尊重する態度や互いのよさを生かして協働する力、持続可能な社会づくりに向けた態度、リーダーシップやチームワーク、感性、優しさや思いやりなどであります。
こうした点について、各教科の学習指導要領の目標の部分で、例のように幾つかお示しをしましたが、このような記述が現在なされているというのが現行でございます。
右側に行きまして、では、どのような課題が顕在しているか。先ほど御覧いただきましたデータを踏まえると、左記マル1の部分については、我が国の児童生徒は、自律的に学ぶ自信のある子供、あるいは、自分で課題を立て探究に取り組む子供、うまくいくか分からないことに意欲的に取り組む子供、自分の考えを持つ子や夢を持つ子供の割合が低いのではないかということ。
左記マル2に関連しては、社会参画の意識は向上傾向だが、依然として他国と比べて弱い。自己有用感が低いといったこと。変化の激しい時代において、自身の思いや願い・意志を実現し、自身の人生を主体的に舵取りしていく力。これは諮問文でも書かせていただいてございますけれども、全体として「学びに向かう力、人間性等」を涵養する学校教育の実現が道半ばではないかということでございます。
こうした視点で現行の指導要領を見てみますと、「学びに向かう力、人間性等」として、多岐にわたる要素が列挙はされているけれども、全体像が分かりにくいのではないか。近年注目されているウェルビーイングやエージェンシーとの関係も整理が必要ではないかということ。また、「学びに向かう力、人間性等」に対応した学習評価の観点として「主体的に学習に取り組む態度」を設定いたしましたけれども、当該観点の2側面である「粘り強さ」や「自己調整」に矮小化。例えば、与えられた目標をただ受け止めて、効果的でないやり方であってもやり続けること自体に価値があるといったような誤解がある場合があり、そのように「学びに向かう力、人間性等」が理解されているとの指摘がございます。
上記1ポツの我が国の児童生徒の課題を踏まえて、構造的な再整理というものを学校現場の実践につながるようにできないかということを考えております。
なお、学習評価自体の在り方については別途検討できればと考えております。
構造的な整理の方針案であります。まず前提として、「学びに向かう力、人間性等」については、その他の2つの柱と併せて授業改善に一定の成果を上げているものと考えております。したがいまして、「学びに向かう力、人間性等」を基本的な概念としては存置しつつ、主要な要素や要素間の関係を構造化して分かりやすく提示してはどうかと考えております。
その際、各種調査から我が国の子供たちの課題と考えられる「まず考えてみること、行動してみること」などを「学びに向かう力、人間性等」の起点と位置づけ、以下の4つの要素の関係として整理することの適否を御検討いただければと考えております。
1つは、初発の思考や行動を起こす力・好奇心。2つ目、学びの主体的な調整、3つ目が、他者との対話や協働。そして、学びを方向付ける人間性でございます。
詳細は後ほど御説明いたします。その上で、再整理した「学びに向かう力、人間性等」と、既に検討した「知識及び技能」及び「思考力、判断力、表現力等」に応じた「中核的な概念・方略」を併せて、各教科等の目標について、各教科等の特性も踏まえながら改善できないかと考えております。
この4つ、ここで構造的な整理を検討する上での参考が右側でございます。
変化が激しい時代において、主体的に自らの人生を舵取りしていくためには、思考や行動の終点がひとつに定まっていないような課題や状況に対して、培ってきた資質・能力を活用して初発の思考や行動を起こしていくことが必要なのではないか。このことが一人一人の個性的な人生形成の基礎ともなるのではないかとのことでございます。後ほど御発言いただく溝上委員の御発言にも関連がある部分でございます。
また、初発の思考や行動が独りよがりなものとなったり、意味のあるまとまりを失ったりしないようにすることも重要でありまして、他者との関わりや自己のメタ認知等を働かせていく中でそうした思考や行動を修正、自己調整しながら、そして、その間を往還しながら、よりよい学びや、その先にある豊かな人生、よりよい社会に向かっていくということが重要となり、このことは高い水準での主体性を育むということにつながるのではないかということであります。
参考資料として、OECDでのLearning Compassでありますとか、あるいは、溝上委員、石井委員関係の資料を参考資料にさせていただいております。
こうした初発の思考や行動を自ら起こし、他者との関わりやメタ認知により思考や行動を修正していくといったことを往還する学びのプロセスは、教科等の基本的な概念を深く理解して身体化したり、まさにこれは記号接地でありますけれども、創造的な考えを生み出したりする上で重要ではないかと考えております。関連して、今井むつみ委員の「アブダクション推論とメタ認知」について、参考資料を掲載させていただいております。
こうしたことを踏まえまして、イメージを図示したものがこちらでございます。左側は、現行の小学校学習指導要領における総則での解説でどのように書いてあるかということでありますけれども、これについて、右側のように、変化が激しい不確実な社会の中で、学びを通じて自分の人生を舵取りし、社会の中で多様な他者とともに生きる力を育むというところに向けて、構造化のイメージをお示ししたものであります。
まず左下、初発の思考。まず考え始めてみる、行動し始めてみるといったニュアンスでありますけれども、それを起こす力、好奇心。各教科等で育成された「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」を土台として、初発的な思考や行動を起こす力。創造性とも関連していると考えております。
そして、それが、学びの主体的な調整と往還していく。自己の思考や行動を客観的に把握し認識、メタ認知しながら学習を自己調整し、思考や行動を修正したり次の思考や行動に繋げたりする力というふうに整理しております。
そして、この2つ、ピンクは、ニュアンスとしては自らの中で育んでいくという色でございますけれども、ブルーにした右下の、他者との対話や協働という部分であります。これは教師の指導を含む他者からのフィードバック、書籍等との対話、多様な他者との協働・共感や対立の乗り越え等を通じて学びを支える態度と書かせていただきました。自分の中だけではなく、他者との対話や協働を通じてさらに育まれていくものと考えております。
そうした中で高まる、一番上でございますけれども、学びを方向付ける人間性。思考や行動を自身の豊かな人生やより良い社会に向けていく人間性として、背景にございますようにスパイラル状に高まっていくようなイメージをお示ししておりますけれども、このようなイメージなのではないかということを御提案させていただいております。
以上が、「学びに向かう力、人間性等」でありますけれども、関連する資料を後ろに掲載しております。
申し上げたように、ここの部分から、本日御発言もいただく各委員のお考えを概要に示したものなどを掲載させていただいているところでございます。
続きまして、「見方・考え方」などについて入らせていただきます。
まず、「見方・考え方」の現在の位置づけでございます。前回の改訂では、「社会に開かれた教育課程」を理念に掲げて、これからの社会で生きていくための資質・能力を身に付けるための学びの過程として「主体的・対話的で深い学び」を提起させていただきました。一方、それのみでは、以下の懸念ということで、マル1、各教科等の深い学びの具体的な姿がイメージしにくいのではないか。各教科等の学びにより、人生や社会との関わりがどう豊かになるのかがイメージしにくいのではないかという問題意識がございました。
資質・能力と教科等の学びを架橋するために、「見方・考え方」を提起し、各教科等の目標の一部として位置づけたのが現行の指導要領であります。詳細については、指導要領そのものではなく、解説のほうで記載されております。定義としては、四角にありますように、どのような視点で物事を捉え、どのような考えで思考していくのかという、その教科等ならではの物事を捉える視点や考え方として整理しております。
上記マル1、マル2に対応して、2つの側面で説明されてきておりますけれども、授業改善に一定の成果があると考えております。
側面のマル1としては、各教科等の学びの深まりを示すということ。各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせることで深い学びが実現され、よりよく資質・能力を育成できるということであります。
側面マル2としては、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核を示すというもの。学びを通じてどのような教科等固有の世の中を見る視点や考え方が身に付くのかを示すことにより、教科等を学ぶ本質的な意義を明らかにし、学びをよりよい社会や幸福な人生に繋げていく役割があるのではないかということでございます。
課題と方向性、右側であります。では、どのような課題があるのかということ。1つ目としては、当初の役割を十分に果たせていないのではないかということであります。見方・考え方は、各教科等の目標の一部になっているものの、その具体は、解説を読まないと分からないということになっています。また、教科等によっては解説での記載が複雑かつ抽象的で分かりにくいのではないかという指摘もいただいておりまして、「見方・考え方」が、申し上げたように、「各教科等の学びの深まり」と「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」という2つの側面を有していることも影響しているのではないかということを指摘いただいております。
また、2つ目、特別部会では、既に「中核的な概念・方略」の議論をいただきましたけれども、それとの整理が必要ではないかということであります。各教科等の「中核的な概念・方略」の視点から、「教科の主要な概念の深い理解」、あるいは「複雑な課題の解決」といったものを抽出し、一層の構造化を図ることを御議論いただきましたけれども、この方針で進める場合には、見方・考え方、とりわけ側面マル1と申し上げた各教科等の学びの深まりとの関係で、重複感があるという御指摘をいただいております。
こうしたことを踏まえますと、その下のピンク色で囲んだ部分でありますが、見方・考え方の側面マル1、各教科等の学びの深まりについては、中核的な概念・方略による資質・能力の構造化によって一層具体的に示すこととし、見方・考え方自体は、側面マル2と申し上げました「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核」に焦点化してより端的に示していくということとしてはどうかと考えております。
このことを図示しているのが、次のページからの図であります。
まず(1)については、現行指導要領において、見方・考え方が提起された背景のイメージであります。なぜ、見方・考え方というものを必要としたかということを改めて図示したものでありますけれども、課題マル1については、各教科等の学びの深まりのイメージ、課題マル2として、各教科等を学ぶ意義のイメージ。先ほど御説明した内容でありますけれども、このような課題があったことから、見方・考え方が提起されたのではないかと整理させていただいております。
こうしたことを踏まえまして、現在の見方・考え方と資質・能力の関係イメージとして整理させていただいたものが、こちらの(2)であります。
側面マル1として、各教科等の学びの過程で見方・考え方を働かせる。各教科等の学びの深まりを図っていくということ。そして、側面マル2として、各教科等の学びで鍛えられた見方・考え方でよりよい社会や豊かな人生につなげていくということ。それが各教科等を学ぶ本質的な意義の中核を示すという側面マル2なのではないかということで、図示をさせていただいております。
現行の学習指導要領は目標と内容が掲げられておりますけれども、それをイメージ的に図示したものがこちらでありまして、現行の学習指導要領では、目標の部分で、それぞれの教科等の見方・考え方を働かせ、以下の資質・能力を育成することを目指すと示されております。この見方・考え方の具体自体は、申し上げたように、長過ぎて本則に現在は書けず、解説に書いてあるということになっています。加えて、学びの深まりという観点と本質的な意義という観点、この2つが入り交じっているというところがございますので、教科の本質的な意義を捉えにくい側面があるのではないか。こうした課題を考えております。
そしてまた、見方・考え方からだけでは学びの深まりの具体のイメージがなかなか難しいのではないかということ、こういったことが課題なのではないかということを改めて申し上げました。
そして、今後の見方・考え方の役割の改善イメージの素案として御提案させていただいたのがこちらであります。今後は、特に左側の絵の各教科等の学びの深まりの部分については、中核的な概念等によって示されていくといったような方向で整理してはどうかというのがこの緑の部分であります。今までは、現行では、この点も含めて、見方・考え方で示そうとしてございます。
そして、見方・考え方は、引き続き、各教科等を学ぶ本質的な意義の中核として示していくということを考えているわけでございます。それが、右側が指導要領での改善イメージでありますけれども、目標の部分で、本質的意義に特化、焦点化することによって、より端的に示すことができるのではないか。そのことによって、教科を学ぶ本質的な意義というものを分かりやすく、本則、学習指導要領そのものでお示しすることができるようになるのではないかということを考えております。
また、内容、下の部分では、学びの深まりについては中核的な概念・方略として整理した教科の主要な概念の深い理解、あるいは複雑な課題の解決というもので構造化することによって、内容に即して具体的に示すということができるのではないかと考えているところでございます。
以下、参考資料でございまして、このページが現行の学習指導要領、中学校関係でございますけれども、どのような見方・考え方があるのかということ、そして、解説において具体的に示されている見方・考え方の内容が右側において示されているというものをお示ししているものでございます。
ここまでが、「見方・考え方」の関係でございます。これが議題(1)でございます。
そして、議題(2)でございます。議題(2)は、デジタル学習基盤と「個に応じた指導」の在り方についてであります。
これまでの流れについて、まず整理をさせていただきたいと思います。現行学習指導要領の記載については、点線の中にございますけれども、現行の学習指導要領を記載したときには、5人に1台程度のICT端末の環境であったというのが前提でございました。その後、2ポツにございますように、GIGAスクール構想等によって、1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワーク等の一体的な整備が進み、3年度からは本格的な利活用が進んでいます。その後、新型コロナやICTの整備状況を踏まえ、令和3年に中教審答申によって、「令和の日本型学校教育を目指して」が示され、学校教育の基盤的なツールとして、ICTは必要不可欠としつつ、全ての子供たちの可能性を引き出すという観点から、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実を提起いたしました。
そして、令和5年には、第2期のGIGAスクール構想、端末更新費用の措置が決まり、令和6年12月の諮問においても、デジタル学習基盤の活用を前提とした、次期学習指導要領の検討を求めさせていただいております。
そうした中、令和6年11月に、堀田主査代理が特別委員会の委員長を務められている特別委員会において、デジタル学習基盤というものの定義がなされております。これは1人1台端末やクラウド環境等の情報機器・ネットワーク・ソフトウェアなどについて構成される一連の学習基盤として整理され、その役割については、下のマル1、マル2というように整理されております。多様で大量の情報を扱ったり、時間や空間にとらわれずに情報をやり取りしたり、思考の過程や結果を共有するといったようなこと。あるいは、多様な子供たちにとって包摂的で、主体的・対話的で深い学びの一層の充実に資するといったようなことが整理されております。
そして、課題であります。こうした状況でありますが、デジタル学習基盤が必ずしも前提となっていないのではないか。すなわち、その活用した授業改善は一定程度進んでいるものの、地域間・学校間の格差がなお大きい現状がございます。これは指導要領における記述が不十分であることが課題ではないかということを指摘いただいております。
また、デジタル学習基盤を我が国のデジタル人材の育成につなげる取組も未発達と考えます。また、ICTの利用が教具的発想に留まっているのではないかということ。現在も「個に応じた指導」での情報手段の活用が示されておりますが、教師による指導体制・指導方法の工夫の観点のみとなっています。
デジタル学習基盤の活用により、子供自身が主体的に学習を調整できる環境が整ってまいりましたが、学習者の学習ツールとしての発想に立った記載というものが十分ではないということが課題ではないかと指摘をいただいております。
また、個別最適な学びと協働的な学びとの関係の整理であります。学習形態のみが強調され、主体的・対話的で深い学びにつながっていないのではないかという御指摘、また、「対話的」、「協働的」に一部重複感があるのではないかといったことであります。
こうしたことを踏まえますと、本日の議題として、デジタル学習基盤の活用を前提とした学びの方向性について分かりやすく整理をしていく必要があるのではないか。また、情報活用能力の抜本的な向上についても、次回以降の特別部会で議論をする必要があるのではないかと考えております。
具体的な方向性・論点でございます。まず、デジタル学習基盤を前提にした改訂の方針であります。
マル1、中教審の特別委員会の整理を基に、総則で以下のような意義を示してはどうかと。1つ目、多様な子供たちにとっての包摂性を高めながら、教師にとって持続可能な形で主体的・対話的で深い学びを通じた資質・能力の育成に資する学習環境デザインを実現できるということ。2つ目、教師の指導のツールとしての側面に加えて、学習者の学習ツールとしての側面を有しており、子供にとっての学びやすさの向上や合理的配慮の基盤として働き、多様な特性を持つ子供たちが主体的に学ぶための基礎となるということ。そして、3つ目、デジタルかリアルかの二項対立に陥らず、デジタルを生かして一人一人の豊かな学びを充実させる視点が重要ということ。
また、マル2、例えばリアルタイム応答型のAIの発展など、今後も変化していくということが想定されます。こうした進展等の取扱いについて、必要に応じ別途ガイドラインや指導資料として示すということを指導要領や解説等にあらかじめ示してはどうかということを考えております。
また、マル3、各教科等において、資質・能力の記載や各教科等固有の学習過程を示していくに当たって、デジタル学習基盤が常に利用可能であることを念頭に記載してはどうかということを考えております。
右側、「主体的・対話的で深い学び」と「個別最適な学びと協働的な学び」の整理であります。
マル1、「対話的な学び」と「協働的な学び」、「個に応じた」と「個別最適」など、類似した用語の並立について混乱が生じないよう整理してはどうかということ。
マル2、特に個別最適な学びについては、多様な子供たち一人一人に、「主体的・対話的で深い学び」による資質・能力の育成を図る旨を明確化しつつ、既に総則に記載がある「個に応じた指導」を発展させる形で整理してはどうかということ。
マル3、その際、上記のデジタル学習基盤の役割も踏まえつつ、教師主語の視点のみに留まらず、学習者主語の視点も含めた2つの視点をバランスよく踏まえた記載とすべきではないかということ。具体的には、※1、※2に整理させていただいております。
マル4、また、孤立的な学びに陥ったり、集団の中で個が埋没してしまうことのいずれも避けながら、全ての子供の資質・能力の育成につながるよう、一斉・グループ・個別といった様々な形態を効果的に組み合わせて教育活動を組み立てていくということの重要性を示すことについてどのように考えるかといったことについて御議論をいただければと考えております。
以下は参考資料でございますけれども、1点だけ補足の説明をさせていただきたいと思っております。
最後のページでございますけれども、冒頭にも御紹介を差し上げました、文部科学省から今月公表いたしましたサポートマガジン『みるみる』の抜粋でございます。この中では、3つとも非常に大事な絵をお示しさせていただいておりまして、特に真ん中の絵については、主体的・対話的で深い学びの実現を通じて、これからの社会で求められる資質・能力の育成を図るという学習指導要領の目指すものを、多様な特性を有する全ての子供に対して実現しようという視点が、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実であるということを整理させていただいております。
また、右側であります。山のような絵になっておりますけれども、単元の目標を達成するための一人一人異なる子供の学びの過程を見通して、全ての子供が単元の目標を達成できるよう、全体に指導する場面、協働が必要な場面、個別に学習を進める場面を効果的に組み合わせて単元を設計していくということについてイメージを整理させていただいておりますので、御参考としていただければと思っております。
最後に、論点資料の補足資料でございます。詳細は割愛させていただきますけれども、「学びに向かう力、人間性等」についての国際的な状況等を整理させていただいたものでございますので、適宜御参照いただければと考えております。
事務局からは以上でございます。
【貞広主査】 ありがとうございました。
続きまして、本日の議題に関連する分野を特に御専門とされる委員の方々より、本当に短くて恐縮ですけれども、お一方6分程度で御発言をお願いしたいと存じます。
議題(1)は、資質・能力の在り方に関わるものであるため、資質・能力の構造や学習科学、認知心理学等に専門的な知見をお持ちの溝上委員、石井委員、今井委員、奈須委員、秋田委員、そして、植阪委員より御発言をいただきたいと思います。
議題(2)に関しては、中教審デジタル学習基盤特別委員会の委員長を務められております堀田委員より御発言をいただきたいと思います。
それでは、まず溝上委員よりお願いいたします。
【溝上委員】 桐蔭学園の溝上でございます。全体的によくまとめられた論点資料だと、聞いていて思いました。私からは、ここをこう直してほしいとか、こういうふうにすべきではないかということは特にございませんので、私の関心から併せて3点、コメントしたいと思います。いずれにしても、事務局の御尽力に非常に敬意を表します。
スライド14の「学びに向かう力、人間性等の今後の整理イメージ」についてですけれども、ここで3点。
一つは、一番左下の初発の思考や行動を起こす力・好奇心の要素です。教科における習得学習の基本は、やはりある程度、正解のある学習だと思います。それは認知的な情報処理の観点から見ても、これは参考資料をつけていただいておりますけれども、スライドの18ですが、ここから見たら、ある程度正解のある学習というのは、認知的な情報処理の終点にポジショニングして、そこに正しく到達するように学んでいくことを目指すものです。これはとても大事なことなので、ここは疑わず、次に行きたいということです。他方で、解が一つと限らない。根拠とか推論の仕方によってはいろいろな解が複数出てくる。そのような課題とか問題解決に取り組む学習。特に探究的な学習、あるいは教科の中にも探究的な取組はあります。そういうものが近年強く求められています。
そのような学習においては、初発の思考や行動をどういうふうに起こせるかということがとても大事です。あまりこれを正しいかとか、これをやっていいのかとか、そんなことを考え過ぎずに、まず考えてみて、そして行動に移していく。そういったことにたくさん取り組んでいくことで、子供たちの好奇心とか創造性を喚起させていく。それがここに対応しているんだと思います。
また、同じところですけれども、先ほどからお話ありますように、この特別部会、中核的な概念による授業のより一層の構造化を目指して審議が進められています。そういう授業をつくっていこうと思ったら、最初に大きな問いを、あるいは概念を与えながら、そこに関連する個別の知識、事象などをつなげて学ばせていく。こういう取組になっていくと思いますけれども、その最初の大きな問いとか概念を示されたところで、やはり子供たちは自由に想像、イマジネーションをするのであり、もう一つのクリエーションですね。そういう創造もたくさん働かせて、こういうのが、この現代社会に必要な力を育てていく取組になるんだと。初発が全てではありませんので、初発だけでどうだとはなりませんけれども、ただ、やはりここが今は非常に弱い。そういうところを補完していただいているのではないかなと理解しました。
2点目ですけれども、この同じ図のスライド14で、他者との対話、協働ですね。観点別評価では、先ほどからもお話ありましたように、主体的に学習に取り組む態度は、粘り強さ、自己調整という観点に絞って、全国に投げかけているところ。これはこれで実際的にとても大事なプロセスだったと思いますけれども、ただ、やはり学びの観点のわりには、この取組を矮小化しているところがあって、やはり他者の視点が抜けていると言わざるを得ないところはあります。真正面から考えて、学びを発展させていくときに他者の介在というのはとても大事なことで、それがこの図に表われているのではないかと思います。
先ほど最後に紹介されたサポートマガジン『みるみる』ですけれども、ここは、主体的・対話的で深い学びの基礎として、個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実と、こういう構造的な関係性を整理されたものですので、そういう中で、他者との対話、そして、協働と、この順序で連語に示していかれるのはとてもいいんじゃないかなと思いました。学術的に考えても対話のほうが上位概念ですから、対話というものの中に協働もあるのですが、ただ、協働という言葉は、これまでの指導要領で古くから結構使われている大事な言葉ですので、そういう意味では、連語にしていく形で落とし込むというのが一つの妥協点かと思いました。
最後ですけれども、初発の思考や行動を起こす力、それから、他者との対話や協働ですね。そして、学びの主体的な調整という、この3つの力が、いったいどこに向かうのかというこの問いが、私はとても大事だと思いました。ただ「学びに向かう力、人間性等」を構造的に示せればいいという、そういうものではない。
そういう問いをもって見ていくと、一番上に、「学びを方向付ける人間性」ということが設定されていて、ここがとてもいいと思いました。図の後ろにスパイラルがあって、上に向かっていきます。
資料マル1-6で、私の「主体的な学習スペクトラム」を示していただいておりますけれども、主体的な学習というのはいろいろあるんですよね。それを一言でこうだと言ってしまい過ぎるのは非常に議論を矮小化してしまって、他方でいろいろあると言っても分かりにくいので、私は最低3つぐらいに分けて考えましょうと提案してきました。一番下が課題ベースの主体的な学び。これはもう学校教育としては基本中の基本です。関心・意欲・態度もこのあたりに相当します。それから今回、学習指導要領で示した自己調整は真ん中ですね。自分を調整していろいろな課題に取り組んでいく。そして一番上が、人生とかアイデンティティとか、最近の言葉で言ったら、ウェルビーイングとか、やはりこういう視点から学習を捉えていく主体性というのもあって、そういうのを3つのスペクトラムで示しているんですけれども。
先ほどの「学びを方向付ける人間性」に関連付けますが、一番上に向かっていくのは、この一番下の初発とか他者との対話、これは第一層、そして真ん中の自己調整ですね。第2層。そして最後は、人生とかウェルビーイングとかそういうところに向かいながら、この往還ですね。「学びを方向付けける人間性」へと向かうスパイラルは主体的な学習スペクトラムの第1層から3層を往還しながら人間性を育んでいくことを示しているのではないかと理解しました。
ここが問題だとかそういうコメントではありませんが、私の観点から見て、よくできた図だと思うコメントを専門的にさせていただきました。
以上です。どうもありがとうございます。
【貞広主査】 ありがとうございました。
では、続きまして、オンラインより、資料提出もいただいています石井委員よりお願いいたします。
【石井委員】 まず資料を共有させていただきます。そうしましたら、今から大体6分ぐらいということでありますけども、まず私の資料は資料集ぐらいの形でお示ししたということではありますけども、改めて事務局から出された資料は、目標分類学の研究をやってきた人間からしてもよくできていると思っています。
まず事務局資料の14ページの枠組みを読み解く上でのポイントということで言えば、非認知的能力という言葉は、概念規定が曖昧なものではあるのですが、社会情動的スキルというふうに言われているように、基本的には情意、それから、社会性、この2つの合成物だというところですね。なぜそういう形になるかということですけども、学習活動というのは、基本的には3軸の構造、つまり、対象世界、他者、自己との対話構造ということで言うと、いわゆる非認知的能力云々と言われているものというのは、他者との対話、自己との対話、これらに即して大体構造化されているということになろうかと思います。
そうしますと、この図で言うと、赤色、これが自己との対話の系列に近くて、青のところ、それは他者との対話に対応するということ、本当によくできているなと感じたのがまず一つです。
それで、学校教育で、最近、非認知とか、社会情動的スキルが大事だと言うわけですけども、日本の学校はもともとそんなことを言わなくたって、社会情動的スキルを育てるポテンシャルにあふれているんですね。それを可視化しているのが学校で育成すべき資質・能力の全体像の図になります。この後に触れる「見方・考え方」ともちょっと関係するんですけども、学習指導要領では目標を資質・能力の3つの柱で整理しているわけですけども、知識とスキルと態度という3つですね。それらについては、実はこれまでの会議でも申し上げてきたように、学力・学習の質の違い、階層性の観点からも捉えていく必要があるということなんです。だから、知識よりも思考と態度を重視しましょうよということが今回の資質・能力の3つの柱の趣旨というよりも、むしろ、どの質の知識、どの質の思考、どの質の態度を重視しているのかと考えていくことが必要であるということです。
ですから、先ほどの資料の現行学習指導要領の理念と構造の図で、知識及び技能と言ったときに、その枕言葉に、「生きて働く」とか、あるいは思考力、判断力、表現力についても「未知の状況にも対応できる」という枕言葉がちょっとついているわけです。これは実は学力の質を示しています。つまり、「生きて働く」ということからすると、知識でも、年号は生きて働くものではないだろうと。むしろ歴史の流れみたいな法則性というのは生きて働くかもしれないというところで、知識であれば事実よりも概念ですね。それでさらにメタな内容ということで、見方・考え方に関わってくるということになります。
それでいいますと、現行の学習指導要領というのは、知識とスキルと態度、それぞれについて、より分かるとか使いこなす、そういった学力・学習の質にフォーカスしていこうという、そういった趣旨であると思います。ですので、中核的な概念や方略というのは、この表で言いますと、「使える」レベルの知識やスキルとして、見方・考え方とか、知的問題解決、ここら辺に当たると。ここをきっちりと学習指導要領でより明確にし、重視していくということになってきますし、もう一つ、態度。特に、社会的スキルは、他者との関係に関わり、自己との関係ということで言いますと、一番右側ですね。ここにあるように主体性と一言で言いましても、グラデーションがありますよねと。それは溝上先生もおっしゃるように、ざっくりこの3つぐらいのレベルで分類することができるかなと私も思います。
それで、態度の部分だけ、つまり、赤色の部分に対応するところだけを表から取り出して主体性に関わって整理すると、先ほどの溝上先生と同じような形で、やはり私も大体3層ぐらいかなと思っています。ざっくり言うと、勉強に向かう主体性、教科に向かう主体性、それから、人生、世界に向かう主体性、そういった形でざっくりと3層ぐらいで捉えることができるのかなと思います。ですから、目標分類とか資質・能力の分類、そういったことをやってきた人間からしても、おおよそこの事務局による概念の整理は納得いくところかなと思います。
そのときに、この真ん中の教科に向かう主体性の辺り、これをより解像度高くしつつ、主体性とか非認知的なものは学校カリキュラム全体で育てていくということを明確にすべく整理したのが主体性のタキソノミーです。主体性と一言で言いましても、教科、総合、特活で主に担うものが違うと。この対応関係は緩やかなもので、当然ほかのところでも育てることができるんですが、主にここで育てるかなということを示しています。それでいいますと、教科だったらこの辺の主体性が中心だよねということが、このタキソノミーで見て取れるかなと思います。
それでいいますと、事務局資料の図の初発の部分といったものは、関心・意欲とか、そういったところに主に関連すると。それで、この調整のところは、学習態度、試行錯誤、方略、関心の広がり、思考の習慣の辺りに関わってくる。ただ、主体性のタキソノミーをふまえて言うと、自己調整について、事務局資料で、次の思考や行動につなげるというふうに書かれているのは、私は重要だと思います。本物の問いとか本当の主体性は学びの出口において試されると。たとえば、問いがさらにつながってくるとか、もっと問いたくなると。そういう姿こそが、教科の学びであるとか探究的な学びといった時に追求すべき、総合でもそうですけども、本当の主体性かなということですね。
さらに、総合とか特活とかは、タキソノミーの上の方のアイデンティティとかこだわりとかに関わる、バリューに関わる部分が主に問われるという、そういったところが、事務局資料の学びを方向付ける人間性というカテゴリーで表現されているのかなと思います。
続いて、見方・考え方について、この見方・考え方というのは、大元は何かと言いますと、古くは教科の構造ということが1960年代に問われたりしました。教科の構造というのは何かといったら、要は、教科の本質なんですね。学問分野を成立させるものと言ったときには中心になるような問いや枠組みや論点がある、それが教科の本質の内容的側面で実体的構造と言われます。それとともに、それぞれの学問分野には固有の方法論があるわけです。これが構文的構造と言われたりします。それらがいわゆる見方・考え方と対応すると。これが後に、もうちょっと一般的な教育用語として、例えばアメリカとかカナダとかだったら、ビッグ・アイデアとかビッグ・スキルと言われるようになった。そう考えますと、今回の中核的な概念や方略というのは、まさに見方・考え方の源流にある教科の構造論のもともとの趣旨をちゃんとカリキュラム上に実装するという、そういう意味があろうかと思いますし、もともと、特に理科とか数学、社会科辺りは、中核的な概念や方略につながるものが60年代以降、各教科教育の中で追求されてきたところもあるので、それを改めて現代的な観点からバージョンアップして位置づけていくということになろうかと思います。
一方で、この見方・考え方とかビッグ・アイデアというのは、内容として、学習対象として「ある」というだけではなくて、見方・考え方に「なる」という側面があるんです。だから、その教科の中で最終的に、問い心ではないですけども、多面的、多角的に考えようとするとか、言葉にこだわろうとするみたいな、見方・考え方を働かせようとする態度、各教科の本質的な問いを問おうとする態度といった形で習慣化するという部分もあります。ですから、この見方・考え方が自分のものになって習慣化していくというところまで含めて、本来、教科の本質というところなのかなと思います。
このように各教科の本質的な問いを問うことが習慣化、態度化するということでいいますと、先ほどの事務局資料で、各教科等の学習の本質的意義を各教科の目標として示すときには、本質的な問い的なもの。各教科の見方・考え方を問いのような形で、より明確化すると、そういったものを例示するということも考えられるかなと思います。それで各教科を学ぶ意義がより明確化されるということです。
このように、改めて資質・能力の3つの柱それぞれを学力・学習の質という観点からバージョンアップしていく。見方・考え方はもともと各教科、領域の存立基盤を明確化するもの。認識論と方法論、さらに論点と問い、ここに各教科や領域の本質が表われる。さらに言うと、科学的精神といった言葉がありますけども、各教科というのは、気がつくとこういうところに目が行って、こんなふうに考えちゃうといった志向性を持っているんですね。たとえば、数学教育分野の人と話していますと、簡単に一般化しないということで、これはすべての場合に言えるの?ということですぐ引っかかるんですね。こういった癖のようなものがまさに各教科の態度というか、精神みたいなものだろうと思います。
そう考えますと、見方・考え方というのは、ビッグ・アイデアとビッグ・スキルということで、中核的な概念と方略として目標・内容として明確化され整理されるだけではなく、まさに、ビリーフ、各教科観みたいなもの、思考の習慣みたいな形で、態度目標、特に学びの主体的な調整の中にも埋め込まれていく部分もあるのかなと。自分の学習を調整していくというときに、まさに見方・考え方に当たるものを働かせて、そういった問い心が自分のものになり習慣化していく。そういったものも含めて、事務局資料の14ページの図の真ん中の学習の主体的な調整といったものは考えていくことが必要ではないかなと思います。
すみません。長くなりましたが、以上です。
【貞広主査】 ありがとうございました。
続きまして、こちらも資料の御提出をいただいています。今井委員よりお願いいたします。
【今井委員】 ありがとうございます。私は、栗山企画室長が御提示いただいた中で、アブダクションという言葉と記号接地という言葉を出していただいて、非常に光栄にも思い、ちょっと驚きもしたんですが、あまり一般的に知られていないというか、認知科学、学習科学の概念ですけれども、すごく重要なのですが、読み方によってはちょっと誤解されやすい概念でもあるので、それについて補足として説明させていただきたいかなと思います。
アブダクション推論というのは、まず正解が決まらない推論ですね。論理の跳躍を伴う推論でもあります。こういうふうに言うと、正解が決まらないと、ちょっと前まではあまりよくないことと思われましたが、今、やはりこの混沌とした、本当に複雑な世の中で、何が正解なのか分からない。そこに対して、だから分からないよねと諦めてしまうのではなくて、やはり自分なりに、一つの正解を求めるのではなく、様々な根拠に基づいて、自分として一番よい、蓋然性が高い、そういう結論を導く、そういう力というのがものすごく大事になってくる。これこそがアブダクション推論だということが言えると思います。
このアブダクション推論というのは、学びということにおいても、もう本当に一番コアになる推論だと思うんですね。主な働きとして3つあります。これは、一つは点を面に広げる。何かを学ぶときに、やはり例がありますよね。その例だけでは、例を覚えてもなかなか概念というのは理解することができない。だから、例を点として考えたときに、その点をつなげて、抽象化して、面にするという、そういうプロセスが必要になってきて、これが抽象化であり、知識の拡張であるわけです。
そしてもう一つ、すぐには結びつかない分野、領域、あるいは単元の知識を結びつける。これによって新たな知識を創造することができる。そして、これは科学などで、本当に一番大事なところですけれども、目に見えないメカニズムや因果関係を考える。だから、アブダクションというのは、子供たちが学ぶその過程についても本当に必須な推論であると同時に、人類の進歩、文明の進歩をつくり出してきた、そういう推論であるとも言えると思います。
例えば、点を面に広げるというのはどういうことかと言ったら、ここ、ウサギの例を出しているんですけれども、例えば、世の中の全てのウサギを、これはウサギだよと教えてもらえるわけではなく、1つ、2つの典型的なウサギを示されたら、やはり子供たちはそれを面にしてウサギの範囲を考えないといけない。それはウサギに限らず、分数なんかでも同じことが言えるわけですね。2分の1、ケーキを2分の1にする。それを見せられたときに、でも、それはケーキのように丸いものだけではなくて、ひもにも、それから、それこそ液体にも、あるいはもう子供の数とかね。そういう人間とか、そういうものも全部2分の1の対象になると。結局、だから、そこで2分の1ってどういうことなのかというような、その意味を理解していく。それが、この点を面に広げるアブダクションというものと考えることができるし、また、遠い分野の知識を統合してというのは、ここで拾ってきたのは、子供のすごく楽しい間違いなんですね。でも、こういう創造性がある間違いをするからこそ、人間は新しいものをどんどんつくり出してきたわけでありますし、この延長として、科学の仮説というものもつくり上げてきて、もちろんアブダクションだけでは科学は成り立ちません。でも、仮説をつくるというのが最も大事なところですよね。仮説があれば、そこから検証ができるわけです。でも、仮説がないと検証できないわけですね。こういうアブダクションというのは、学び、それから、創造性、人類の進歩、科学の進歩、こういうものになくてはならないものです。
さらに重要なのは、これは2番目の遠いものを結びつける、ある種の直感的なひらめきというのに関係していくわけですけれども、このアブダクションで大事なのは、一つ一つの概念を学ぶだけではなくて、それが学び方の学びということに発展していくというところなんですね。結局、人は、アブダクション推論によって、個別の概念を学んでいくだけではなくて、そこから学び方を学んでいきます。でも、それは必ずいつも正しいわけではなく、学び方の学び自身を改良していく、修正していく、そういうところにもつながっていて、私は個人的には学校で子供が身に付ける資質・能力として、ここのところですよね。仮説をつくって、洞察やひらめきを得て、そこからそれを学び方の学びに発展させ、修正していくというような、それが自らできる力ですね。そういう資質・能力というのをぜひ学校教育では身に付けていってほしいなと思っております。
このアブダクション推論というのは、これまでいいことばかり書いておりましたが、これは間違いがつきものなんですね。だから、もちろん一つに正解が定まらないし、誤ったアブダクションというのは、数々の思考の誤り、バイアスを生みます。それは非常にネガティブに働くこともあって、結局、人は、思考バイアスの固まりというふうに考えることもできるわけですね。よく言われる確証バイアス、要するに、自分の都合のいい情報だけを集めてしまって、これは今のエコーチェンバーの現象などがまさにそうですけれども、そういう確証バイアスだったり、自分を世界の中心のように思ってしまって、そういうバイアスとか、そういうものもアブダクション推論から生まれます。
なので、この思考バイアスというのと、柔軟な思考力、高い学習能力、創造性というのは、これは表と裏、アブダクション推論の表と裏のようなものだと考えるわけですね。そのときにやはり子供たちに身に付けてほしい、あるいは優れた熟達者、特に科学者がしていることというのは、仮説を無限に考えることではないんですね。それは無限に仮説があったら、それは無限に検証しなくてはいけなくて、それはもう本当に時間の無駄なわけですけれども、そうすると、その優れた人たちがしていることは、ピンポイントで非常に絞り込んだ質の高い仮説を創造することができる力ですよね。アブダクションの質を高める。そして、修正はしなくちゃいけないんだけど、もうとにかくランダムに何でもかんでも一般化をする、点を面にしてしまうというのではなくて、やはり非常に絞り込んだ、質の高い、そういう推論ができるようになってほしい、そういう力を身に付けてほしいと思っております。
このアブダクションの問題というのは、人間とAIの今の問題とも非常に関係がございまして、基本的にAIというのは、アブダクションはしません。アブダクション推論はしません。アブダクション推論をするシステムを今、世界のAIの研究者はつくろうとしています。でも、結局、しているのは研究者、人間である研究者なのであって、AI自体は、アブダクション推論というのはしないわけですね。結局、AIは統計パターンが全てで、予測はすると。これまでのパターン、積み重ねのデータから、次に何が起こるかの予測はするけれども、予測の背後にあるメカニズムというのは考えないわけですね。そうすると、やはりメカニズムを考えないと、因果的な関係なのか、あるいは疑似相関と言われる、偶然、たまたま一緒に起こるだけという関係なのかの見極めはできないし、新しい知識の創造もしないわけですね。
だから、結局、何に尽きるのかというと、AIは記号接地をしないというところに行き着くのかなと。この記号接地というのは、認知科学の中で非常に長く論争されているというか、未解決の問題なのですけれども、結局これは、AIというのは、自分の中で、記号から記号に、記号から記号への変遷をずっと計算していますけれど、その記号の意味を考えない。記号をリアルワールドの対象だったり、事例だったり、経験だったり、そういうものに直接結びつける、そこから抽象化して意味を考えるということをしないわけですよね。
そう考えると、教育ということを考えたときに、記号接地というのは人間の学習にとって何より大事なんだけど、そのときに、私ちょっと思ってしまうのは、体験学習というのがありますよね。体験学習というのは、一見、記号接地のように思えてしまうし、体験はすごく大事なのですけれども、多くの場合、体験で終わってしまう、そういうところもあるわけですね。大事なのは、体験は大事なんだけど、体験と概念あるいは記号が結びついたら、もう記号接地ができたことになるのかというと、そうではなくて、大事なのは、体験をしたら、その一つ一つの体験というのは先ほどの点にすぎないわけです。点を集めたら、点同士を結びつけて抽象化する。これがアブダクション推論なのですけれども、このアブダクション推論の過程を経ない、抽象化を自らしないものというのは、記号接地とは言えないのではないかと。
多くの体験学習は点を集めるだけで終わってしまって、そこの推論、その先の推論ができていないものが多いんじゃないかなと思うんですね。結局、記号接地というのは、持って生まれた自分の知覚能力とか認知能力や、思考バイアスを使って、自分で何かこう、概念を見つけて、意味に自分で気がついて、推論の仕方も自分で発見して、修正の仕方も自分で発見しながら、そういう記号を身体化している、身体の一部にしていると。そのことによって、実は自分の知覚能力や認知能力や推論能力自体も拡張することができると。この過程自体ですね。ぐるりと回る過程自体が記号接地なんだと。これをぜひ学校でやっていただきたいと思っていますし、実は記号接地ができないとどういうことが起こるのか。
私自身が行ったテストの調査で、例えば2分の1と3分の1、どっちが大きいか分かりますかと聞いたときに、もう5年生の半分が分からない、あるいは、特に学力低位層になると、3分の1のほうが大きいと答える子が4分の3なんですね。こういう結果に、残念な結果になってしまっているんですが、これは結局、その根本は記号接地ができていないということなんじゃないかなと思うんですね。具体例と結びついていない。結びついて、学校で一生懸命結びつけようとしていても、そのいろいろな事例の間の関係性を自分で結びつけて抽象化するところまで至っていないので、もう何か事例を集めて終わってしまっている。そうすると、そこから先に本当に行けない子供たちがたくさんいるということで。すみません。長くなってしまって、記号接地とアブダクションについて補足させていただきました。
【貞広主査】 ありがとうございます。大変興味深くて、聞き入ってしまいましたが、何となく今日も平時に終わらない感じが、予感がいたします。大変申し訳ありませんが、少し時間に御配慮いただければと思います。
では、奈須委員、お願いいたします。
【奈須委員】 よろしくお願いします。先ほど石井委員からあった話の続きになるのかなと思いますけど、見方・考え方のことです。私からは、この見方・考え方という言葉が日本の教育課程政策上、どんなふうに生まれて、流れてきたかということをちょっと後づけたいと思います。
私自身の理解では、2012年から14年に、安彦忠彦先生を座長として省内に設置された、「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」で明確に打ち出されたと理解しています。その論点整理において、今、スライドにあるような学力論を3層で考える視点。いわゆる3つの視点というのが提起されたんだろうと思います。このア、イ、ウのところですね。ウの「固有の知識や個別スキル」というのは、従来型の内容中心学力なので非常に分かりやすいと思います。もちろんこのウだけでは予測困難な状況への対処ができないと。そこで、会議の主題でもあった資質・能力、コンピテンシーが大切になってくるんですけれども、それがアの部分ですね。ここでは認知的、非認知的な汎用的なスキル、それから、メタ認知というふうに分節化して示されています。問題は、このアとウの2つが二律背反の対立図式に陥りやすいことです。
戦後の学力論争でも、経験主義の立場は、汎用的な問題解決力こそが学力だと言い、系統主義の立場は、十分な知識の量があってこそ問題解決ができるのだと反論してきたと思います。しかし、このような議論は建設的ではないし、子供の学びや育ちのメカニズムにも適合していません。資質・能力はいかなる状況にも耐え得るという意味で、汎用的、ジェネリックと言われますけど、それは内容や文脈は不要あるいは任意でよいということ、いわゆるコンテンツフリーなのかというと、そんなことはありません。固有の内容や文脈を豊かに伴ってこそ自在に活用の効くコンピテンシーになるというのは、今やOECDをはじめ国際的に共有された認識だろうと思います。つまり、アの育成にはウが不可欠だと。しかし、両者を別々に教え、育てようとしてもうまくいかない。では、どうすればいいのか。
検討会の提案では、このアとウの間に、イの「教科等の本質に関わるもの(教科等ならではの見方・考え方など)」というのを置いて、これを仲立に、アとウを結びつけるということを考えたわけです。
まず、ウの知識やスキルはばらばらに存在しているわけではなくて、全ての知識やスキルは、本を正せば、イのその教科ならではの問題意識、あるいは知識や価値や美を生み出す独自にして妥当な方法、いわゆるディシプリンから生まれたわけですね。当然のこととして、中核的な概念や方略を中心に構造化することが可能だろうと。これはかつてブルームなどが言ったことなわけですけれども。また、そうすることによって子供も、この教科ではこのことを押さえておけば大丈夫だと。いつもここに帰ってくるぞということに気づいて、膨大な知識を晴れ晴れと鳥瞰的に見渡せるようになるだろうと思うんですね。
知識の活用が効くことを心理学では転移と言いますけれども、転移可能性を高めるためには、表面的には異なって見える複数の事柄が実は同じ原理の異なる現れにすぎないと気づくことがとても大事です。そして、それぞれの教科において繰り返し登場するこの原理がこのイの見方・考え方であり、今回の議論で言う中核的な概念や方略ということなんだろうと思います。
だから、中核的な概念や方略ということがどこから出てくるかというと、それは見方・考え方から出てくる。それはその教科ならではの認識論ですよね。エピステモロジーから出てくるということなんだろうと思うんです。一方、汎用的なスキルとしては、比較する、関連づけるといった思考スキル、その実行を支える思考ツールというのが開発されていますし、思考スキルは、現行学習指導要領では考えるための技法と呼ばれて、各教科等にも明記されています。
これらは例えば、比較するという活動や着眼という意味では汎用的ですけど、同じ比較といっても対象や文脈によって実は様相は変化します。理科の比較は厳密な条件制御の下で行われるのが鉄則です。図工科や音楽科でも鑑賞領域では比較ということはするわけですが、そんな条件制御なんか絶対しない。ナンセンスですね。つまり、比較と言っても、実はかなり異なっているんだろうと。と同時に、それでもなお同じ比較という操作である限り、常に現れてくる特徴や留意点といった共通項もあります。多分大切なのは、その思考操作において何が常に共通しているか。何が対象や文脈によって変化するのか。さらに変化の理由は何かに関する統合的な意味理解だろうと思うんですね。そういう質に高まってこそ汎用スキルは実際に転移する。すると、ここでもイの見方・考え方、さらにそれを介してウの知識やスキルと豊かに結びつくことが重要になってくる。だからこそ、この委員会では学力を3層構造で考えたんだと思います。ところが、現行指導要領では、資質・能力をこの3つの柱で示しました。この3つの柱と3つの視点、さっきの3層構造の関係なのですけど、学力という立体的な構造体をどの断面で切って見せるかの角度が変わっているんだと思うんですね。もちろん想定している学力自体は同じものなんです。主に学校教育法第30条第2項との整合性から、この3つの柱の表現が当時選ばれたんだろうと私は理解しています。
この3つの柱と3つの視点の関係なのですけども、まず、アの汎用的スキルは、認知的な「思考力、判断力、表現力等」、非認知的な「学びに向かう力、人間性等」と対応している。日本では、この汎用的スキルというのをコグニティブか、ノンコグニティブかで分けているんですよね。これは、OECDはそこでは分けていなくて、知識かスキルかという分け方をしていて、この辺は先々論点になるんだろうと思います。
一方、ウはとても簡単で、「知識及び技能」と対応する。こうなったときにイが余ってきちゃうというか、残るわけですけども、もちろんこの見方・考え方も非常に大切で、むしろ各教科等の学力の核、礎になるものですから、では、現行指導要領はどうしたかというと、資質・能力とは別立てで、各教科等の目標に位置づけたんだと思うわけですね。見方・考え方を働かせることで、資質・能力の3つの柱が十全に育成できるというのが今の目標の書き方です。
逆に言えば、見方・考え方をしっかりと働かせなければ、本来の意味での資質・能力にはならないということでしょう。見方・考え方というのは、今の議論で言うと、中核的な概念や方略にブレークダウンして具体化することができる。中核的な概念や方略の根拠というか、出どころが見方・考え方なんだと考えればいいし、そうすると、先ほど石井先生もおっしゃった、日本の教科教育の中で散々議論されてきた教科のレゾンデートルというか、教科の拠って立つ本質というか、そういった歴史的な議論と結びつくんだろうと思います。
私からは以上です。
【貞広主査】 どうもありがとうございます。かなり別の言葉や別の角度から御意見いただいているんですけど、相当重なっているお話をいただいているように思います。ありがとうございます。
では、秋田委員、お願いいたします。
【秋田主査代理】 ありがとうございます。Education2030に実際につくるところで日本の委員として出ておりましたので、そことつなげながら、お話しいたします。先ほど溝上委員も言われましたけれども、私自身は、この図はかなりよく考えられてできているなと思いながら見せていただいたので、それについてつなげていきながらお話をさせていただきたいと思います。
OECDのほうでは、先ほど石井委員からもお話がありましたように、社会情動的スキル、いろいろな分け方がありますが、大きくは3つ、目標を達成していくという部分と、それから、他者との協働というブルーの部分と、それから、その基本になる感情を自分でコントロールするという部分、そして、落ち着いて、そこから興味や好奇心が生まれるというような、左側の図の中に、私が、Aかな、Bかな、Cがここに対応するかなと書き込んできたものがこのような形で書かれていると私自身は思いました。
日本は、OECDのEducation2030は別途で配られている論点資料補足資料の中に、ラーニング・コンパスの図が描かれていますけれども、バリュー・アンド・アティテュードというところで、バリューを各国は大きく位置づけているわけですが、そこが日本の場合には、態度というところ、学びに向かう力というところがはっきりしてこなかったものが、ここでは上の部分で、学びを方向付ける人間性というところで書いてくださっています。恐らくこれは発達的に、思考や行動を自身の豊かな人間性という、自己の問題として位置づける、より広く発達していくとよりよい社会をつくっていくとか、それがよりよい世界へという形で、様々な価値づけがつながっていくのではないかと思います。
そして、このブルーとピンクの部分が、もともと様々なデータから、OECDでは、いわゆる非認知と認知がどういうふうに認知スキルと社会情動的スキルが絡むかということをデータで、エビデンスで議論をしていきながら、この右下の図のように、結局は相互に時期的に絡んでいく。それが実際にはラーニング・コンパスがつくられる前には、いろいろなモデルがワークショップで考えられ、例えば三つ編みモデルのように、3本柱が絡み合っていって発達するのではないかと考えていた。それが、この左側で、今回、文科省のほうでつくっていただいた図の螺旋ですよね。私は、この螺旋がだんだん繰り上がっていくところが発達的に価値が上がっていくとか質が向上していくところであろうかと思っています。
最初には、まず感情がコントロールできる、自信や受容をしてもらって、失敗していいんだとか、肯定的な雰囲気があることによって初発の行動が起こっていく。しかも、今回のこの図の絵がピクトグラムというか、ロゴが大変よくて、このひらめくという、これが気づきとか、それぞれの子供のこだわりや気づきを否定せず、伸ばしていくことによって、そこから自分で主体的に調整していこうと考えていく道筋が表われていて、それによってその価値を目指して進んでいくんだということがこの図からは読み取ることができて、とても分かりやすいなと思った次第です。
ただし、この図がこのような形で螺旋で機能していくためには、条件が重要であろうと考えられます。やはりAの価値の目標に向けての達成過程というところと、それから、一体的・相互的に、人は一人では学べないので、足場をかけたり、相互に学んでいくことが行われていく。まさにそれが、個人内のピンクの調整と相互の協働ということの意味するところではないかと思います。それが起こるための文脈とか状況設定を学習の中で、それがレリバンスの高い課題であったり、ああ、こういうふうにこの課題が自分とつながるんだと、真正な課題、文脈をつくることによって初めてこういう関係が編み上がっていくのです。その周りにやはり一つ、これがうまく構造化するにはどういう文脈や状況が、子供から見て、あればいいのかということがどこかに書き込まれていくことが必要だろうと思います。
そして、初発の行動を起こす興味関心から、学びの主体的な調整の過程において、調整の方略とか、方法が必要になります。子供は自由にしていて、それで分かっていくわけではないので、そこで指導とか足場かけと言われる行為が教師や仲間から行われることによって、この螺旋が編み上がっていくということが必要です。それが恐らくは学校の授業であったり、今、深く学ぶというときに言われているようなスロールッキングとか、丁寧に見ていくことにつながります。例えば一つの葉っぱ一枚でも丁寧に見ていくと葉脈が見えるとか、それによって違う葉っぱと意味付くということによって、ただの葉っぱに関心を持っただけから、丁寧に見てみるとか、葉の形を見てみるとか、そこから、先ほどから今井先生もお話しされている、「比べる」というような行為がその対象に対して起こっていくことによって、子供自身の気づきが起こっていく。そこは最初は教師の援助が必要であり、それによってコミットメントとかエンゲージメントと言われるような関与の心理状態が起こっていくことによって、より具体的な課題意識とか、より問いが深まって精緻化していくことによって、初めてそこで粘り強く取り組むということがとても意味を持ってくるのです。それは先ほどのつまらないものでも粘り強く、言われてやるということとは違うのがこの最初の創造性とかひらめきに基づいているということが重要であります。ただ、この矢印が双方向なだけではなくて、この矢印はどういう援助によって生じていくのかということが、構造がただつながっているのではなくて、その構造が喚起されるプロセスをどこかに明記を、細かくは書けませんが、していくことが必要なのではないかと思います。
特に価値や態度の育成に対しては、ラーニング・コンパス2.0と、それから、ティーチング・コンパスが来月の終わりには出ると思うんですけれども、そこでは、子供が自由にコンパスを持っていくだけでは道にさまようことがあるから、anchorですね。やはりこっちだよと錨を、教師や仲間が、時には降ろしてあげる役割を果たすことや、仲間との協働が、その調整のモデルとかモニタリングの役割を果たしていくことが、実は教育的には重要なところになるのではないかと思います。
そして、見方・考え方については、今までの先生方のお話とつながってくると思うんですけれども、教科の本質、原理的なディシプリナリーな考えの習得を目指すことを目標として、それを明記するという形で、内容ではなくて、一番トップにそれが来る書き方で、重要な概念というのがビッグ・アイデアであるとすると、見方・考え方は、次のスライドのOECDの知識の中で言えば、認識論的、Epistemicな知識と言われるもので、教科固有にどういうふうにその知識を働かせるのかというような、歴史的な見方だったらどういうものなのか、地理的な見方だったらどうかとかが問われます。デザインでもそうですけれど、そうした認識論的な知識であり、知識の深い理解と、今回、文科省がお示しくださったように、思考力、判断力、表現力による複雑な問題解決によって、縦の抽象度や深まりが上がると同時に、横の知識と思考力、判断力、表現力がつながっていくところに、恐らく教科の見方というのは、それを斜めの関係として、全体としてつないでいくものというのが目標として書かれるべき斜めの関係として、子供の中では育っていくのではないかと考えます。
最初から見方・考え方があるわけではないので、知識や問題解決の質がいいことによって、その見方・考え方がつながっていき、それが多分、数学者が数学をしたり、科学者が科学的に、専門家がやるようなことを子供が教科の中で思考様式としてやっていけるように育つのではないかと考えられるところです。その辺りのところで、特に態度とか価値というところで、個人レベルだけではなく、先ほどありましたように、対人レベル、社会レベル、世界レベルというようなところへと、子供を年齢とともに誘っていくんだという意識が多分発達や学年、校種によって生まれていくのではないかと考えられます。
あと最後に1点だけ。これは2番の資料の後に申し上げようと思ったんですが、デジタル学習基盤と「個に応じた指導」の在り方で、いろいろな学校現場を見せていただいて、誤解のように思えることがあります。それは、左側のように、先生が1人ずつに何らかの形で課題を先ほどの教具として出すような形で、子供はちゃかちゃか反応はしているんだけど、考えることはなく、それをやっている。一方では、2番目のモデルも結構多いと思うんですけれども、お互いにリアル空間では話をするんだけれども、オンラインのバーチャルのほうの空間は、実は共有されていない。それが多様な形で、もちろん時間差や、個人によってペースはあるのですけれど、結局はモデル3のような形で、リアルと友達の考えとを、時間がありながらも、バーチャル空間で相互参照ができながら、それをまた、それぞれが協働で自分のペースや学びたい形で学んでいくような、そういうことが実は個に応じた指導というと、どうしても左側のイメージが強いんだけれども、右側のようなものを子供のペースで行っていくとか、多様なアクセシブルな道具だからこそ、いろいろな形でやっていけるというような、目的や状況に応じた的確な使い分けができるんだよということを先生方に誤解がないようにしていくことが、これからのICTの使い方、デジタル学習基盤として、その奥にはやはり学習材として、いわゆる情報だけではなくて、教具ではなくて、ICTが子供自身が世界との接面になっていたり、それから、様々な書籍や様々な世界とのつながりの窓口になっていくというようなイメージが必要なのではないかと考えているというところです。
少し長くなってしまいましたけれども、私からは以上となります。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、植阪委員、お願いいたします。
【植阪委員】 よろしくお願いします。まず1つ目の資料の14ページを出していただけませんでしょうか。まず私はこれを拝見して、学びを主体的に調整する力が中央に配置されて、これを育成することがかなり明示的になったというのは大きな進展かなと思っています。
そして、17ページを示していただけますか。これを見ると、主体的に学習に取り組む態度ということが評価の軸として重視されています。実は、現行の指導要領はこの点についてかなり漠然として明示的には「メタ認知」くらいしか入っていません。一方で、評価にはこのように明示されています。このような食い違いが生じたのは、指導要領が決まり、評価ワーキングができて、初めてその話がかなり明示的に出てきたからだと私は理解しています。つまり、主体的に学習に取り組む態度に加えて、自らの学習を調整しようという側面を評価していこうという話が、評価の時に初めてでてきたわけです。評価ワーキングは、指導要領の方向性の後に議論されています。このため、現行の指導要領に入っていなかったと言えると思います。それがこの度、指導要領にもふくまれるようになりました。具体的には、図の真ん中に取り出されて、自らの学ぶ主体として位置付けられたのはすごく評価できるんじゃないかなと思っています。
事務局からの御説明に「矮小化されている」という言葉が入っていて、この矮小化の意味はどういうことですかというのをお伺いしたときに、「もしかしたら粘り強さというところばかりに視点が来ているのではないかという意味である」ということをお伺いして、なるほどと思いました。やはりこの「自らの学びを調整する側面」ということが、現行、とてもいいものだとは思うんですけれども、学校現場に理解されていないというか、これが何であるのかというのが多分共有されていない。ここが次の大きな課題になるんだと思っています。
欧米には学び方を教えるみたいな文化が結構あります。国語においてリーディングストラテジーを教えるとか、Learning to learnという言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません。学ぶということを教わるというカルチャーそのものがあります。一方、日本にはそういうものが文化的にないものですから、そもそも学び方とか、自らの学習を調整する、内容以外の学び方を教わるということが先生も生徒もなじんでいないのではないかと思います。だからこそ、この粘り強さのほうに、分かりやすいので、目が行ってしまっているということなのかなと思っています。
なお、現在、世界では、学校の先生がメタ認知ということを当たり前に語ります。自己調整ということを当たり前に語ります。10年前に日本でこれが出たときは、すごいなと思いました。日本の学校の先生には理解しがたいので、これはここまで言わなくてもいいのかもしれないと思ったんですが、5年たったら、世界中の先生方が当たり前に使うようになっています。そこで、私としても日本の先生方、そして、子供には知っていただくしかないなと、この5年で思いが変わってきました。
自己調整ということ、自らの学びを調整するということです。分かりにくいと思うのですが、一言で言えば、自ら学習のPDCAサイクルを回すというような力です。何がうまくいっていて、何がうまくいっていないかを自分でチェックして、必要であれば修正をかけて、回していく力を意味します。だから、メタ認知とかがすごく大事になります。
また、それを発揮する場はいろいろです。もちろん探究的な学習の時間で、自分で問いを設定するところには自己調整は大いに影響します。なぜならば自分で目標を設定するからです。でも、それだけではなくて、個々の教科の中においても重要です。例えば、「自分は何が分かっていなくて、どこは補強しなきゃいけない」とか、「問題は解けたけど、説明ができない。ああ、深くは理解していないんだ」というように、自分の理解状態を把握することは教科の学習においても重要です。こういう活動も全て自己調整、自らの学びを調整する側面ということになります。ですので、決して何か特別授業とか、探究の何かの力ではなく、いろいろなところでこれが育成できるということが大事なんだと思っています。
では、どうやってこれを日本の学校現場になじませていくかを考えてみたいと思います。まず、先ほどもお話ししましたが、前回の指導要領では明示されておらず、評価ワーキングの段階で入ってきたので、少しずれが起こっています。このずれを解消する必要があります。例えば、資料でいただいた28ページを出していただいてもよろしいでしょうか。28ページに、改善のイメージの中が示されています。この「目標」の段には、学ぶ力、人間性というのが入っていますが、「内容」の段からは落ちているんですね。入っていないんです。指導要領で言えば、目標論的なところに、学ぶ力をさらに超えたような大きな力というのは議論されているんですが、具体的に各教科でどういうことを大事にしていけばいいのかというのが入っていないので、学校の先生はやはりイメージしにくいんですね。
では、指導要領の中のそういう知識・技能とか思・判・表と並んで、第3の列をつくるべきかといえば、私はそれは違うんだろうと思っています。各単元ごとに考えるのはやりにくいという印象なんですね。やはりメタ認知的なものというのは、教科、単元を超えて、通年で育てていくものだとするならば、1年かけてでいいので、こういう力は見とってくださいと明示していくということが必要なのだろうと思います。例えば何か事前課題を読ませるという場面を考えましょう。低学年では、一読して「こういうことやるんだ」と理解するだけでもいいかもしれません。一方、中学年、高学年になると変わってきます。「あれっ、ここは分かったけど、ここは分からないぞと思って授業に来る」などが求められるようになります。そういう通年で育てていくような力としてここに入ってきたならば、学校の先生にもう少しイメージできるようになると思います。探究だったらどうかということとかですね。具体的にやはり入れていかないと、先生の目線には入っていかないかなと思っています。
どう指導していくかについては、いろいろな立場があると私自身は見て思っています。例えばドイツのテュービンゲン大学があるバーデン=ヴュルテンベルク州では、週に1回、自己調整学習を学ぶ時間というものが設定されています。ところが、それは教科と切り離してやったものだから、正直なことを言うと、うまくいっていないのではないかなと感じています。一種の特別授業の形になってしまうと、それ自体はすごくいいことなのですが、「ああ、こういう学び方があるんだ」と知るだけになってしまいます。ふだんの授業と切り離されると、何か誰かスペシャルな先生が来たから話したけど、あれっ、何だったっけみたいなことになりがちです。一方、台湾は、完全に教科の中でそういう力を養うということをやっています。だから、両方のやり方があると思っていて、いいとこ取りがいいのではないかと思っていて、例えば総合的な学習の時間で、学び方を勉強する時間があってもいいと思うんですけど、それと同時に、必ず教科でもそれを実践したり、先生たちが結びつけなければ、必ずしもそれは自分のものになじんでいかない。教科の中の目標としても指導要領に記載するし、特別授業でもやるということが必要だろうと思っています。
最後に、2つ目の御提案についてですけれども、一言だけ言って終わりにしたいと思います。実はデジタルのことに関しては、学校現場には一定数、ものすごく書くことに抵抗感があるお子さんがいます。もう連絡帳を書くだけでえらい大変で、1・2年生ならば書く練習でもいいんですけれども、やはりそこを越えたら、いろいろなノートテイクの道具として本当はパソコンとかiPadというのはあるべきなんですが、実は健常であるというある種のラベル、つまり、診断が下りていないと、それを自由に使わせてもらえない。例えばChromebookが重くて、別途自分に使いやすいiPadを入れさせてくださいと言っても、ほぼ1年かかるみたいな状況が、今現実、学校では起こっていて、私も教育センターとかと連携しながら、学校の先生たちにお話に行っている状況になっています。
このデジタルをどう使うか。今は、学校現場では、どちらかというと、クラス全体で同じように使うツールとして認識されている側面が強いんですけれども、社会に行ったらみんなパソコンの使い方、自由ですよね。勉強方法が様々であるように、どういうふうにノートテイクしているかも、その人が自分で決めていくものです。なので、社会に生きていく上でのベースとなる使い方を個人個人が身に付けることを前提とするということを周知徹底していただけるとありがたいです。
【貞広主査】 ありがとうございます。
以上で、議題(1)につきまして、それぞれ御専門の先生方から御発言をいただきました。
続きまして、議題(2)に関しまして、堀田委員より御発言をお願いいたします。
【堀田主査代理】 堀田でございます。私は、参考資料2として配付されている2枚物のペーパーでお話を差し上げたいと思います。
まず、デジタル学習基盤という用語ですが、資料2にもありましたように、これはもう文部科学省の用語として結構使われてきている言葉でございまして、既に中教審の初等中等教育分科会の下に、このデジタル学習基盤に関する特別委員会が設置されております。このことの意味は、今後の初等中等教育を考える上において、このデジタルの学習基盤を従来の学習基盤と併せて捉えていくことが必要であるというメッセージかと理解しております。
私は、その特別委員会の委員長を拝命しておりますけども、特別委員会ではデジタル学習基盤の内容として、そこにあるマル1からマル7のものを例示しております。これは暫定的な例示です。重なりももちろんありますし、例えばデジタル教科書の学習ログが教育データの利活用になるわけで、その評価がCBTにつながるみたいなことが当然あるし、それがネットワークがちゃんと動いていないとできないというようなことももちろんあります。周辺機器の中には大型モニターとかそういうものが入っていますし、これらがうまく連携する、教材間連携するためには、学習指導要領コードのような、そういう一種のデータの標準化のようなものはもちろん必要ですし、情報セキュリティと書いてありますけど、もちろん個人情報をどのように保護するかみたいなこともこれらの中に入っております。そういう意味で重なりのある例示です。
これらのマル1からマル7は様々なワーキング等で議論されてきて、この特別委員会に上がってきています。
生成AIについては、まだこれは新しい技術なので、デジタル学習基盤の中には明確には入っていませんが、今後、当然様々な影響を与えてくるものだと理解しております。これをいい意味で捉えると、例えば学習指導要領や教科書や教科書の指導書を学習した生成AIが、子供たちの学習相談に乗る、でも、答えは教えないというようなものはもう既に実用化しておりますので、今後、良い方向にこれが使われるようにリードしていく必要があるということ、国としては、このように用いるほうが望ましいのであるという方向感を見せるということは大事かなと思います。
そして、そこの丸の4つ目に書いてありますが、これは今、子供のための環境として、デジタル学習基盤と言っていますけど、もちろん教員の仕事の環境としても同様のものが入っていますし、様々な形で校務のDX等が行われており、私の経験から言えば、校務DXがうまくいっているところほど学習指導で子供たちがクラウドを使うということも、先生が慣れていますから、うまくいっていると。この相似形がそこに成立しているという意味で、先生たちまで視野に入れると、デジタルの教育基盤として考えるということも視野に入れるべきかと思っております。
続いて、デジタル学習基盤の可能性について、これは大ざっぱに言えば、マル1とマル2ですね。一つは、情報の発生源が多様であり、そこから大量な情報が出てくるわけですけど、これを同時並行的に扱うことができるというのが、ある意味、メリットであると同時に、これが情報過多とか、情報を処理する能力を高度に要求されるという部分でもあります。学習においては、ここは結構深刻な話で、情報活用能力を身に付けるためのトレーニングと、ある意味の情報の統制、先生による情報の整理のような指導が必要な部分があります。
マル2番は、ただ、このことによって、距離にかかわらず、同期、非同期にもかかわらず、他者との情報の共有や参照ができるようになり、これは学び方の習得にも非常に大きく寄与する部分があると思うということですね。また、不登校の児童生徒とか、こういう辺りにも包摂的にこれが機能するということがあり得ます。これらの機能によって、そこに丸aからdまでの4つに大ざっぱに整理されていますけども、まず1つ目は、子供たちの理解度や習熟度や、興味・関心に応じた学習リソースを提供することができることから、個別最適な学びを実現しやすくしているという部分があると思います。
次に、bとして書かれていますが、学習状態を他者と参照し合うことによって、このことはあの子と話してみたいとか、あの子に教わりたいとか、あの子と意見交換したいみたいな、対話的な学びや協働的な学びが誘発されやすくなると。学習の個別化のところにEdTechが有効だとよく議論されますけど、私はそれだけではない、協働にも機能すると思っております。
cのところにも書かれていますが、これらの記録は全部残るし、子供たち自身もそれを参照できるので、前の単元はどうだったっけみたいなことの遡りができる。これは大きな目で自分たちの学びを振り返ることができるという意味で、見方・考え方の育成にもつながるのかなと思いますし、また、教育データとしてこれが分析できますから、学習指導上の課題を発見したり、介入したりするということが、教師側からはしやすくなるという部分があります。
dとしては、在宅、先ほどの不登校の場合などのこと、あるいは、最近では規模が小さい学校の統廃合も、もうこれ以上できないみたいな形で、教員の適正配置が課題になっていますけど、そういうところの遠隔授業とか、遠隔共同学習とか、そういうことも可能性としては出てくると。様々な形で包摂的であり、私たちが求めていた学習をより実現しやすくなるものだと理解しておりますし、最後に書かれていますが、教員の学びの環境として、教員の研修の環境として、それぞれの先生が自分らしく、教師であり続けるための学びとしてつながりやすいと思っております。
そうすると、この児童生徒の情報活用能力の育成というのは非常に重要で、これが抜本的向上というのが、諮問の文章にあるのはよく理解できるところでございます。また、線を引きましたけども、教室での授業においては友達もいますから、リアルがいっぱいあるわけで、そこから学びますし、紙の教材だっていっぱいありますから、そういう意味では、デジタルか紙かという二項対立はほとんど意味がない。特定の場面を制御すれば、それは実験室的にはどちらがいいというデータは出せるかもしれませんけども、実際の場では、どちらを使うかも含めて、子供たちが判断できるような自己調整が大事なんだと思います。
提案としてそこに幾つか書かれています。学習指導要領においては、次はデジタル学習基盤のこういう可能性、役割をある意味、明記してはどうか。そして、その教科等の、とりわけ効果的な活用が期待される場面等については、学習指導要領解説も含めて、丁寧に示してはどうか。そして、デジタル学習基盤を整備するということ、安定的に運用できるようにするための、責任とまでは言いませんけれども、この設置者や学校がちゃんと整える整備の必要性についても明記してはどうかということです。
その次に、子供たちの情報活用能力の抜本的向上、これは諮問にもありましたけども、この学習の基盤となる資質・能力の一つとしての情報活用能力が学び方に大きく寄与するタイミングにありますので、これを教育課程としてしっかりと担保できるようにすべきではないかと。今のように、いろいろなところでそれぞれの先生がカリキュラム・マネジメントをやってくださいと言うだけでは、格差がいろいろ議論になっていますので、これはやはり教育課程として担保するということが重要かと思います。
その次に、デジタル学習基盤を効果的に使うことによって、様々な学習活動が効率的になる部分があります。効率的になるということは、本来必要な学習活動にもっと時間を割けるようになるという意味ですけども、この間発表があった、目黒区や愛荘町の取組もデジタルを使うともうちょっと時短ができるのになと思いながら、私は聞きました。こういう意味で、余白を生みやすいという余地があるかなと思いますし、そこで調整授業時数とか裁量的な時間とかいろいろ提案がありましたけれども、こういうことをやっていくためには、より一層、デジタル学習基盤の特性が子供たち一人一人に対応するために効果的に働くと考えますし、先生たちがこれを組織的な研究活動に充てるということが考えられた場合に、そのためにもそれぞれ先生一人一人の課題意識は違いますから、やはりデジタルの教育基盤が有効に機能するかと思います。
ですので、柔軟な教育課程を実現していく上でも、デジタル学習基盤がこのように役に立つんだという方向感は、学習指導要領や解説等に明示的に示す、これが新しい時代の学習基盤なんですよということが明示的に示されるということが大事かなと思います。
私からは以上でございます。
【貞広主査】 ありがとうございました。
それでは、ここで5分間の休憩を挟みまして、その後に質疑応答の時間とさせていただきます。現在、17時11分ですので、17時16分から再開したいと思います。よろしくお願いいたします。
( 休憩 )
【貞広主査】 短い休憩時間で恐縮です。では、議事を再開いたします。
御質問や御意見のある方は、オンラインだけではなく、会場の方も恐縮ですけれども、Zoom上の挙手ボタンを押していただければと思います。私から順次指名をさせていただきます。いかがでしょうか。
それで、本当に時間的に難しいので、大変恐縮ですが、お一人2分でお願いいたします。タイトにお願いすることなって申し訳ありません。
では、戸ヶ﨑委員からお願いします。
【戸ヶ﨑委員】
現状として、「学びに向かう力、人間性等」は、抽象度が高くて理解できていない若手教師や、従来の「関心・意欲・態度」の認識のままでいる教師も少なくないと思っています。「学びに向かう力」や、「学習を調整する」といった語句の難解さ、多義性および抽象性を何とかしたいと思っており、今回の構造的な整理はそのための大きな一歩になると思っています。
近年、スマートで軽い授業が多くなっている中で、深い学びを獲得するためには、インプットの学びを十分に咀嚼して自らの言葉でアウトプットするというサイクルで学びを反芻することが大事だろうと思っています。そういう意味で、事務局の14ページのブルーの丸印に、「他者との対話や協働」という新たな要素がありますが、ここにある対話とは、雑談ではないので、自分のアウトプットに基づいていることで、学びに喜びを感じ、学びに向かう力というのが育まれると理解しています。改めてアウトプットの重要性を認識する必要があるだろうと思っています。
また、「学びに向かう力」を育むために大切なのは、見通しと振り返りだと思っています。自分の学びに見通しを持って、学んだ後に振り返りをして、自分の変容を知って、次の学ぶ意欲につなげるということが大切です。これらを各教科の単元の中に確実に取り入れていくことでもっと学ばなければならないことが見えてきたり、学びたいという意欲が見えてきたりして、子供が独力で学びを深めるための礎になるのかなと考えています。
さらに「学びに向かう力」を子供に直接教えることは不可能ですから、授業では探究や子供に委ねる学びの場を展開して、教師は一人一人の学びへの支援と見届けに徹することが大事だと思っています。そのことで、メタ認知や学習の自己調整力がつくのではないかと思っています。
一方で、決してこれは教えないという判断ではないということに留意が必要だと思っています。単元の見通しを示したり、適切なタイミングで子供たちを支援したり、学習環境を整えたりするということは、全て教師の教えるという営みの一部であります。この「教える」という意味を広く捉えて、再認識する必要があるだろうと思っています。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。会議運営に御協力いただきまして、ありがとうございます。
この後、小見委員、内田委員、神野委員、野口委員、青海委員、田村委員、古賀委員、山本委員、髙島委員の順番で、2分ずつ御意見をいただきます。
では、小見委員からお願いいたします。【小見委員】 ありがとうございます。御発表いただいた先生方、ありがとうございます。今回審議されている「学びに向かう力、人間性等」というところは、将来の社会ですとかキャリアを見据えて、生涯にわたって、学校だけではなく、地域や家庭で共に育むべき資質・能力かなと捉えております。
それで、生涯にわたってというところで、現行の学習指導要領でキャリア教育の一層の充実というところが示されました。キャリア教育において身に付ける力の一つとして、基礎的、汎用的能力の育成というのが言われておりまして、この基礎的、汎用的能力の4つ、自己理解、自己管理能力、人間関係形成、社会形成能力、課題対応能力、キャリアプランニング能力というのは、今回の「学びに向かう力、人間性等」とも深く関係していると捉えています。
先ほど戸ヶ﨑委員もおっしゃった、見通しと振り返りというところを意図しているキャリアパスポートの活用においても、例示として、この基礎的、汎用的能力が示されたことから、子供たちはこれらを意識しながら、自ら育てたい力を見通して振り返っています。実際に数日前に娘が持ち帰ったキャリアパスポートにも、基礎的、汎用的能力に基づいて身に付けたい力というのが明記されていました。このように、今回の「学びに向かう力、人間性等」、基礎的、汎用的能力を含め、既に出されている既存のものとの共通性、関連性を明示していくことで、学校現場や保護者にとっても理解や納得感が高まるのではないかと考えました。
また、今回、この構造化された概念の整理とか、すばらしいんですけれども、やや、ちょっと難解な言葉があるなと思っています。奈須先生が先ほど示された資質・能力の3つの柱のところに、例えば「思考力、判断力、表現力等」のところは「知っていること・できることをどう使うか」と記されているように、問いの形式で、平易な言葉で表現されております。こういった表記に倣って、この度の「学びに向かう力、人間性等」も少しサブ的に分かりやすい言葉ですとか、問いのような形式で表記されると、子供たちや保護者にも、そして、地域住民にも身近な言葉として伝わるので、そういった言葉の工夫ですとか追加というところもぜひ御検討いただきたいと思いました。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
この後、順次御発言いただきますけれども、毎回申し上げていることですけれども、ちょっと言い足りない、言葉足らずだったなという部分につきましては、後ほど事務局に御連絡いただければ、議事録に残していただけるということですので、そのような前提で御意見をいただければと思います。
では、内田委員、お願いいたします。
【内田委員】 ありがとうございます。議題(1)と議題(2)、一つずつ絞り込んでお願いしていきたいと思います。
1つ目ですけど、議題(1)に関して、耐える学びからポジティブな学び、教師も児童生徒もどう学びの面白さを深めていくかという視点で御整理いただいているのかなと感じております。
そこで、資料の28ページでございますけれども、見方・考え方を2つに整理をしていただく中で、中核的な概念の最初のほうの丸のところでございますけれども、このスライドでございます。「中核的な概念等」のところですけれども、中核的な概念や方策、「方策」という文言をできれば入れていただきたいなと。石井委員からの発表でも、概念と方略という言葉で資料を作っていただいていますけれども、ちょうど対応する考え方ですと、理科に関しても、数学科に関しても、ほかの教科、科目についてもそういったところが文言として盛り込むとプロセスも入っていいかなと思いましたので、こちらについて加えていただくお願いでございます。
2点目、議題(2)に関してですけれども、これはもしかしたら堀田委員にお願いすることかもしれませんけれども、デジタル学習基盤に関する特別委員会で御検討、既に進んでいるかもしれませんが、デジタルをよりツールとして活用するために、学びのためのインターフェース、例えばPC本体だけでなく、小学校ですと、昔からお道具箱というものがありまして、おはじきであるとか、サイコロであるとか、あるいは数え棒とかいろいろあるわけですけれども、小学校、中学校、高校それぞれの段階でお道具箱に相当するような、センサーであるとか、インターフェース、I/OツールなどこのPCに入れていくと。今年、理科教育振興法70周年ではあるんですけど、そういったインターフェースが非常に高くて、子供がいじるところまではなかなかいかないところもありまして、PCだけでなく、そんなところが入ってくると、子供が自由な発想で家庭でも学校でも活用できるかなというところで、これは御検討いただくようお願いでございます。
すみません。2点申し上げました。よろしくお願いいたします。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、会場から、神野委員、お願いいたします。
【神野委員】 よろしくお願いいたします。私自身、今、生成AI開発のスタートアップみたいなことをやったり、日々、物すごく生成AIとともに対話しながらいろいろな仕事をする中で、正直、AIというのが分からんというのが今の私の立場になります。恐らくこの会場にいる中ではトップクラスに、私、生成AIを勉強したり、使ったりしていると思います。でも、分からないです。その中で、今、私たちが、生成AIが何ができるとか、AIが何ができないかということを言い切るのはかなり危険なのではないかと思っています。少なくとも、もし言うんだとしたら、「2025年現在のAIはこれができない」ぐらいな形では言ってもいいと思いますけれども、私たちが今話し合っている2030年以降の学習指導要領という文脈の中で、私たちが何か検討するのであれば、AIに何ができて、何ができないのかということを論ずるのは非常に難しいことなんじゃないかなと思います。
その中で、それでも変化が激しい不確実な社会の中で、学びを通じて自分の人生をかじ取りし、変化が激しい不確実な社会を生き抜く子供たちを育てるためには、私たち、この議論をしなきゃいけないと思うんですね。確かに、今までの議論の中で、現行学習指導要領からの延長の中で、何が抽象的だったり、何が構造化されていなかったり、そういう中で、私たちはそこに関する課題をしっかり解決していくような議論、審議というのをしてきましたが、一方で、ここからは次の社会がどうなっているのかということを分からないなりに真剣に審議しないと、次の学習指導要領の議論をしている感じにならない気がしています。
そういった意味では、今はこの件に関して、本当の専門家という意味で私自身がここに立つのも正直おこがましいと思っていますし、それでも、多分、私がちょっと怖いながらも発言しなきゃいけないのかなというつもりで今発言していますけれども、何かこの審議の中に、本当に今、AI新法に関わられているような有識者の方だったり、そういう方の意見というものを入れていかないと、何か私たちの議論自体が非常にAIという文脈においてでは時代遅れなことをしてしまっているということになりかねないんじゃないかなと思っています。
それだけであります。以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。事務局で御検討をぜひいただければと思います。
では、野口委員、どうぞ。
【野口委員】 野口です。今回のテーマは、「学びに向かう力、人間性等」、また、個に応じた支援、いずれも前回の、1階、2階でいうところの1階部分の包摂性を高めるために非常に重要だと思っています。その際、秋田委員がおっしゃったとおり、先生をはじめとした大人がどんな文脈や状況設定をしたらいいのか、教師のアンカーとしての役割の視点が学習指導要領の中に書かれる必要がやはりあるのではないのかなと思いました。
私、今、2歳児を育てていますが、まあ、好奇心の塊で、主体性の塊です。やはりどんな多様な学び手であっても有能な学び手であるという学習者観というのはまず前提として必要だと思いますし、その際に主体性を育成するという視点のみでなく、邪魔しないとか奪わないという視点はすごく重要なのではないのかなと思います。
好奇心に基づいて行動した結果、怒られたり、否定されたら、結局、好奇心に基づく行動はしなくなるので、その結果としての今日出していただいたアンケートの結果だとも思いました。
また、何のために学ぶかとか、何を大切にするのかというのはやはり自分で考える機会が重要です。それを共に考える、その目標が多様な子供にとって分かりづらいものではなく、やはり分かりやすく意味があると思えるものである必要があると思っています。
『みるみる』で取り上げておられた戸田市立戸田東小学校さんと御一緒させていただいていて、今、全校で、学校規模で取り組むポジティブな行動支援、スクールワイドPBSに取り組んでいます。もともと特別支援教育領域、つまり、2階で活用されていた方法論ですが、今は1階として欧米で取り入れられていて、いじめや問題行動の予防的な取組としてエビデンスが蓄積されています。日本の生徒指導でいうところの発達支持的生徒指導ともつながります。スクールワイドPBSでは、まず子供たち、先生たちが一緒に、学校でどんなことを大切にしていきたいか、特別支援対象の子供たちも含めてみんなで一緒に考えていく、それをみんなが分かる言葉にしていくというところから始まります。例えば、戸田東小の場合は、「人や物を大切にする」、「自分のことが好き」、「未来をつくる」という3つを設定しています。その上で、その3つを大事にするための具体的な行動を子供と一緒に考えて、その上でどんな工夫があったらみんながその行動をしたくなるのかなというのを一緒に考えていく。そういった日常的に非認知的な能力を育てるような取組が、教科における学びにもつながっているのではないのかなと思います。
もう1点、デジタル学習基盤。これまで合理的配慮が義務づけられても、例えば学習障害のある子供が通常の学級でタブレットで学ぶことは、「特別扱い」と言われ、なかなかできませんでした。やはりデジタル学習基盤が整うことによって、障害のある子供や外国につながる子供、これまでアクセシビリティが担保されていなかった子供の学びが保障されるということは、本当にすごく大事なことですし、インフラですよね。それが活用できないと学べないわけですから、地域差がまだまだあるので、今回の学習指導要領において力強く進めていきたいなと思います。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、オンラインから青海委員、どうぞ。
【青海委員】 7名の先生方、専門的なお立場から御説明いただきまして、ありがとうございました。自分の中で栗山室長の説明が深化しました。ありがとうございました。
学校の様子を踏まえて、2点、簡潔にお話しすると、1点目は、現行の学習指導要領の考え方が示された当時、新しい時代に必要となる資質・能力の3つの柱のうち、「学びに向かう力、人間性等」とはどんな資質・能力なのだろうから教員は始まりました。様々な表現、例示なども多く、解説を読み込んだり、研修会、説明会などに参加したりするなどして、教科を横断する汎用的な能力だけど、自分の指導する教科の中ではどうするのか。教員個々の努力で自分なりの理解に至った経緯がありました。
今後の整理イメージの素案では4つの要素の関係として、螺旋模様の図をバックに整理されていますけれども、これはカラーだととてもいいなと思っていますけども、構造化して、より分かりやすく再整理するということは、教員の理解を助けることにつながると思います。授業をする教員が資質・能力について正しい理解をしっかりすることが一番大切だからです。
補足ですが、かつて中教審教育課程部会からの「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」、これに基づき令和2年3月国研の『「指導と評価の一体化」のための学習評価に関する参考資料』が出されました。これは教員みんな入手しました。そこには「主体的に学習に取り組む態度」の評価は、①として、知識及び技能を獲得したり、思考力、判断力、表現力等を身に付けたりすることに向けた粘り強い取組を行おうとしている側面 ②として、粘り強い取組を行う中で、自らの学習を調整しようとする側面という二つの側面を評価することが求められると記載されていました。このあたりから「粘り強さ」「自己調整」の側面から評価するという理解となり、その後、この評価方法へと関心が移りました。教員は当時から、かなり真面目に向き合ってきたことは、お伝えしておきたいと思います。
2点目は、先日、全国学力・学習状況調査、本校でも実施しましたCBT、理科の様子を教室で見ていまして、調査の運搬、配布、回収もなく、確認も簡潔で、改めて学校内、校内でここまで来たことに教員からは圧巻という感想でした。動画や音声も取り入れた幅広い出題や自宅など学校外での実施も可能となる他、長期欠席の生徒等も調査に参加できるようになります。蓄積できる生徒のデータ量も増えることから、指導の充実につなげられ、来年は英語、再来年は、国語と数学にも拡大します。デジタル学習基盤の急速な変化は必須ですから、総則には、その意義に加え、可能性や役割、また、特に効果的な場面等について適宜、指導資料を示していくことなどについて明記すべきだと思います。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、田村委員、お願いいたします。
【田村委員】 よろしくお願いいたします。2点ございます。
まず1点目は、資料1の27、28ページに関わって、見方・考え方についての学習指導要領における記述の方法について意見を言わせてください。現行学習指導要領には、各教科の冒頭において、見方・考え方を働かせ、何々の活動を通して、以下の3つの資質・能力を育成することを目指すと記述されています。ここだけを読みますと、教授、学習プロセスにおいて、見方・考え方を働かせることにより、学びが深まり、3つの資質・能力を育成できるというように読めるのですが、一方で、学習の結果として、教科の本質としての見方・考え方を培うことを目指しているというように、読みにくいと思うのですが、それは私だけでしょうか。
例えば目標で、本教科では何々という教科の本質原理としての見方・考え方を働かせることができるようにし、以下の3つの資質・能力を育成することを目指す。見方・考え方は目標であると同時に、この教科の学習の過程で、それを働かせることにより深い学びにつながるといったような、私も十分整理できていませんが、書きぶりというものも御検討いただけませんでしょうか。
それから2点目、「学びに向かう力、人間性等」につきまして整理いただき、ありがとうございます。これにつきまして、私も学校の校内研修をさせていただく場合に言っていることなのですが、教育目標を具体的な子供の姿、すなわち具体的な場面における具体的な言動や様子などを思い起こして記述していただきます。逆に目標に照らし合わせ、課題のある児童生徒の実際の姿なども言語化していただきます。なぜそうするかといいますと、目標や実態が抽象的な言葉で表現されている限り、空中戦になりがちで、実際の教育活動を構想する手がかりとなりにくいからです。例えば初発の思考や行動を起こす力・好奇心であれば、面白そうだな、やってみよう、どういうことかを考えてみようといったような具合です。
こういった具体を学習指導要領に書き込んでしまうと、それらに縛られてしまうジレンマもありますので、こういった言語化を、同僚の皆様と同時に先生方がやっていただけるようなきっかけとなるような資料レベルの提示ができればと思います。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、古賀委員、お願いいたします。
【古賀委員】 よろしくお願いいたします。2点申し上げます。
1点目は、「学びに向かう力、人間性等」の今後の整理イメージについてです。前回の改訂のときに、「学びに向かう力、人間性等」という概念が出てきたときに、幼児教育からのつながりというのがはっきり示されたような感じがしてとてもありがたかったんです。人格形成の基礎を培うとされている幼児教育の幅広な内容をどう小学校以降の教育につなげていくのかということが、この「学びに向かう力、人間性等」において明確に示されたと当時感じました。幼児教育の3つの資質・能力のフェーズにおいて、「学びに向かう力、人間性等」が一番下の土台のところに大きく描かれて、その中に情意とか感性とか感覚みたいなことも含めた様々な要素があるということが示されていました。
今回、資料1の14ページで示された図が作成された意図というのを私なりに理解を試みたんですけれども、この図があることで、「学びに向かう力、人間性等」について、行為として評価できる部分に焦点を当てることができるようになるのかなというふうに私なりに理解しました。一方で、学びの行為的な部分に焦点が当たることで、情意とか感性とか感覚といった、それらのベースになる部分が見えにくくなるということが、幼児教育とのつながりも見えにくくなるのではないかなと危惧します。例えば初発の思考とか行動が起こるのは、知りたい、やってみたいとか、情意の働き、感性の働きとかがあるのではないかと思います。多様な感情体験を味わうことを重視している幼児教育としては、これらの基盤となるところが示されるようならありがたいなと思ったところです。
2点目は、見方・考え方についてです。幼児期の教育における見方・考え方は、幼稚園教育要領の幼稚園教育の基本に、幼児が身近な環境に主体的に関わり、環境との関わり方の意味に気づき、これらを取り込もうとして、試行錯誤をしたり、考えたりするようになると示されており、プロセスとしての在り方というのを包含しているものとして捉えてきていたかと思います。
本日の参考資料マル2-1-2では、側面マル2から側面マル1に返っていく矢印がありまして、発展的な循環的なイメージというのが示されていましたけれども、今回の素案、28ページは一直線の矢印上に整理されています。実際には、学びの成果としての資質・能力、中核的な概念は、循環的に学びのプロセスの中に生かされていくので、返っていく矢印があるのだろうと思いますし、それが横に幾つか並んでいるのだろうと思います。つまり、幾つかの中核的な概念から出る矢印が集約的に水色の見方・考え方に向かっていくような階層的な構造として理解できる図になると、個人的には理解しやすいように思った次第です。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、山本委員、お願いいたします。
【山本委員】 「学びに向かう力、人間性等」の整理をよくしていただいたなと思っています。私からは、教員がこれをどのように受け止めるかという視点でお話ししたいと思うのですが、今までの一つの課題として、教師が与えた目標とか課題に対して積極的に取り組んだり、工夫しているかというレベルで主体性を捉えられている傾向があったのではないかと考えており、これからの変化の激しい社会の中では、やり方だけではなくて、目標までも柔軟に再設定していくような思考や行動力が求められている中、今回、初発の思考や行動を起こす力というところをスタートラインにしてもらったことは非常によいメッセージになるのではないかと思っています。
2つ目としては、この「学びに向かう力、人間性等」というものがある意味、学校現場では評価の項目として捉えられてしまったことが不幸だったと思います。今回の植阪委員の発言にもあったのですけど、今日の説明を聞いていて、やはりこれは「学びのプロセス」だということを明確に発信していくべきではないか。子供の初発の思考や行動に着目して、それをパッションまで高めたり、それをさらに社会や他者というフィルターを通してメタ認知したりした上で、修正、調整していく力だということを示していただくことを要望します。併せて、そこでは知的好奇心とかメタ認知(自分の中で大事だと思っているのは、知的謙虚さも大事ではないかと思っているんですが)、そういったものは学力との相関があるということも市の調査でも分かってきています。こういったことを明確にすることで、実は教師が注力すべき仕事の中身というものが見えてくるのではないかと思っています。教師は今、多岐にわたる仕事の中で全てをしっかりやろうとしているわけですけども、子供主体の「学びのプロセス」というものが授業をつくる教師の力量形成の中で欠かせないということや、そこに注力するべきだと思います。こうした時間を生み出すために、前々回、柔軟な教育課程の際に議論した裁量的な時間を教職員の組織的な研究活動に充てるというような議論もありました。これからはぜひ学びの構造だけではなくて、「学びのプロセス」、そして、教師の役割、こういったものをセットで示して、今までの議論の内容と統合してやっていくことで、実はこの議論が立体化していくのではないかと思いますので、よろしくお願いします。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、髙島委員、どうぞ。
【髙島委員】 はい、お願いします。今回の議論は本当に難しいなと思って、資料を見てもよく分からなかった部分が多かったんですけど、でも、お話を聞いてすごく理解が深まりました。これまで芦屋でやってきた主体性の回復の様々な取組についても、とても分かりやすく学術的に補強していただいたなと思います。前回改訂の理念をブラッシュアップしたという点ではとてもいいなと思いました。一方で、先ほど神野委員も指摘されたように、やはり時代遅れになる懸念というのは同じく感じます。今回、人間性というキーワードまで出ているので、じゃあ、AI、どうなの? というところを含めて、そこは事務局、御検討をお願いします。
なお、「デジタル学習基盤の進展に随時対応するための取扱いを別途ガイドラインや指導資料として示す」という点は、時代に合わせてブラッシュアップし続けようという点でとてもいいなと思いました。
それを踏まえて、大きい話、1つと、小さい話、2つ申し上げます。
1つ目、結局、やはり何のためにこれを実現しようとしているのかというのがちゃんと伝わるかというのが極めて大事だと思いました。一つ一つ様々な論点が出てきているんですが、なぜ新しい概念を出しているのかとか、なぜ緩和するのかというのが伝わらないと、結局、形だけになりそうだなと思います。
その中で、より上位の目的と下位の目的がごちゃごちゃにならないようにしなきゃいけない、ということをどう現場に伝えるかというのが極めて大事かなと思います。例えば現場だと、まだまだ「学びに向かう力、人間性よりも知識のほうが大事だよね」と言われることもありますし、先ほど植阪委員がおっしゃっていたデジタルツールを使えていない子がいるという話も、結局、なぜデジタルツールを入れているかという目的がはっきりしていないことが理由ではないかと思います。
なので、概念ごとの関係性もそうですけれども、結局、「最上位目的は何かというのに常に立ち返ってください」というのをちゃんと書き込まないと、各地方自治体でもやはり伝わらないなと。局所的には目標達成できていても、結局、全体としては、むしろ後退するということもあり得るのではないかと思うので、そこはぜひ御検討いただければと思います。
残り2つ、短くします。記号接地の話はとてもいいなと思いました。これは体験の積み重ねを抽象化するという話だと思うんですけども、これはどう仕組みをつくっていくかがとても大事だと思います。例えば高校入試でも、何をやったかにフォーカスされがちですが、それなら単にやればいいというふうになりがちです。じゃあ、それがどうなったのかというところをちゃんと見るような、そういう仕組みづくりはとても大事だと思いました。
あと、思考や行動を自身の豊かな人生やより良い社会に向けていくという点では、とても市長部局側との連携が大事だと思います。例えば都道府県立の学校と市区町村の連携も大事だと思うので、ここは指導主事のまさにスキルアップのところも含めてだと思うんですけれども、ぜひ市長部局に対する発信も強めていただければと思いますので、よろしくお願いします。
以上です。
【貞広主査】 では、前川委員、どうぞ。
【前川委員】 「学びに向かう力、人間性等」の理解を進めることというのは、次期学習指導要領の議論を進める上で非常に現場にとって重要だと思います。今回、示していただいた資料の中で、論点資料マル4の12ページの2にあります、「学びに向かう力、人間性等」が「粘り強さ」、「自己調整」に矮小化されているのではないかという課題認識ですね。これは現場はどうしても分かりやすい言葉に流れます。ですから、粘り強さということに一本化したり、あるいはその粘り強さの要素が本当はたくさんあるのに、その内容を忍耐力のような、さらに分かりやすいものに単純化しがちであるという課題があると思います。
もう一つ、5ページの資料にあります「自分で課題を立てて」という、ここの表現ですけども、この「自分で課題を立てて」というところの重要性の定着が現場ではまだまだできていないというふうに思っています。
この2つの課題に向き合い、改善するという観点で意見を申し上げますと、14ページのイメージ図についてですけども、京都府で実施しています学びの学習状況調査では、まだ2年しか実施していませんので確たる結果とは言えないんですが、学力知と好奇心の一対一の相関性は、我々が思っていたよりも高くありませんでした。一方で、意味も含めた統合的な理解を示す精緻化と自己調整は相関性が非常に高く出ました。自己調整は、ハブ的な役割をしているのではないかなと現段階では考えています。
こういったことから、14ページの図の下の3つの丸囲みですね。学びの主体的な調整、初発の思考や行動を起こす力・好奇心、他者との対話や協働、この3つが往還されることによって、より深い学びにつながるということは非常に納得できます。ですから、双方向の矢印の意味は大きいと思います。また、その上にあります、学びを方向付ける人間性との結びつきを明示している、このスパイラルの矢印ですね。これについてもぜひ明示をしていただきたいと思います。
その上で、13ページの左下にある、一番下にある、「その上で」という記載ですね。再整理した「『学びに向かう力、人間性等』と、」というこの文章です。既に議論した中核的な概念・方略を併せて、各教科等の目標について改善を図るという提案がなされていますけども、これを強く支持したいと思います。
時間が来ましたので、これで止めさせていただきます。ありがとうございます。
【貞広主査】 では、澤田委員、どうぞ。
【澤田委員】 先生の幸せ研究所の澤田です。論点1については、前回までの多様な子供を包摂するという観点でも大変重要な部分だと思いました。特に用意していただいたこの螺旋図について、大切にするべきことが先生たちにも分かりやすいように非常によく整理されていると感じましたし、あと、ピンク色の部分が特に個人内のことということだったので、一人一人の違いを大切にするということがより分かりやすく示されたのがとてもうれしく思いました。
1点、気になったことをお伝えします。元教員として、そして、登校渋りとか不登校のお子さんや保護者と話す機会が多い立場としてです。図の真ん中の「調整」のところに含まれるのかもしれませんが、ありのままの自分を受け入れられるような力というか、要素も分かりやすく打ち出せないでしょうか。好奇心は学びや成長の種ではありますが、さらにその土台となるような力です。実際の学校には、不安が大きかったり、無気力だったりして、好奇心や創造性にまで至れていない子供たちも大勢います。自分は有用な存在かとか、誰かに承認されているかとか、頑張れたかどうかとか、できることが増えたかとかは関係なく、まず、自分は自分ですばらしいんだと思えることが土台になってこそ、学びも人生も前に進めます。自分にオーケーを出すとか、自己肯定感とかセルフエスティームと言ったりするものが近いのかもしれません。この土台が整っていない子は、好奇心よりも、まずは抱き締められて安心することからだと思いました。
前回までの多様性を包摂する教育課程で制度が整っていくということと同時に、ありのままの、今、目の前の子供の凸凹も含めてかわいがるということが真の包摂には欠かせないと考えます。そもそも生まれてこれてよかったとか、どんな自分でも大丈夫とか、そう思えることが何より大切なのではと考えます。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
ここまでほぼ全ての委員の方に御発言をいただいたんですけれども、オンラインで御参加の松原委員、ちょっとお忙しくいらっしゃるでしょうか。もし御意見ありましたら、今、出していただければと思いますし。
【松原委員】 ありがとうございます。私は今日、皆様の御発言を聞かせていただいて、戸ヶ﨑委員であるとか、前川委員の御発言に大変共感して、同じような意見だと感じました。また、植阪委員の御発言の中で、小学校の低中高で少し段階をつけて御発言いただいたと思うのですが、今日のような概念を、小学校から高校まで、同じように捉えるというのはやはり難しいので、今後議論を進めていくときに、小学校の低学年、中学年、高学年で、どういうふうに違うのか、具体的なものを出していただけるとありがたいと思いました。
いずれにしても、今回、分かりやすく使いやすい学習指導要領ということが最初に出ていますので、今日のような専門的な議論というか、そういうものが現場の教員にとって分かりやすい形で示していただけると大変ありがたいです。
以上です。
【貞広主査】 突然御指名申し上げまして、申し訳ありませんでした。
これで全ての委員の方々に御発言をいただきました。皆様、タイムマネジメントに御協力いただきまして、何とボーナスタイムが9分あります。それぞれ今日御発表いただいた委員の方々も、ほかの先生方の意見を聞いて、ちょっと応答したいという方いらっしゃると思います。全ての委員は難しいんですけれども、何人か、もしぜひという方がいらしたらと思いますけれども。
【植阪委員】 最後の松原先生に絡んで、ちょっとだけいいですか。
【貞広主査】 では、植阪委員、どうぞ。
【植阪委員】 低中高で違うという話が出たので、プラスアルファで1点だけ。すみません。松原先生のお話に絡んでなのですけど、低中高で違うという話が出ましたが、同じ学年であっても、やはり学力層によって、学び方というのは大分違うんですよね。それぞれの目標に対して評価されていくべきなんだと思うんですね。だから、今回の指導要領で目指している個別の学びにということと学び方の評価というのは、ある種、すごく相性がいい。ただ、従来のやり方と大分違うので、今までは均一な評定で取ってきたものを、学び方のプロセスは個に応じるということなので、やはり学校の先生には少しイメージを持ってもらうために具体的なものを出していく必要はあるだろうなというのは感じました。
以上です。すみません。
【貞広主査】 では、この後、申し訳ありません。お三方に限って御発言をお願いいたします。ずっと手を挙げてくださっていた奈須委員、そして、オンラインから石井委員と、追加の御意見で、前川委員にお願いいたします。
【奈須委員】 すみません。植阪委員が言われた「学びに向かう力、人間性等」がなぜ指導要領の各教科等の内容に載っていないのかというのは重要な問題だと思います。「思考力、判断力、表現力等」は各教科等の内容に載っていますけれども、同じようなものが並んでいますよね。対象だけを変えて、同じような記述が並んでいる。これはつまり、「知識及び技能」は極めて領域固有的で、対象特殊的ですが、「思考力、判断力、表現力等」や、「学びに向かう力、人間性等」は汎用性があるというか、あまり領域固有ではないからだということだろうと思います。では、領域固有ではない可能性のあるものをどう育てるか。それをコンテンツフリーにしてはいけないというのはずっと議論になっているところで、一つは、いろいろな教科、領域の中、いろいろな文脈の中に埋め込んで繰り返し扱うということでしょう。それでいいんだと思いますが、埋め込んでちゃんとやれるのかということが大事な問題になってくる。これは情報活用能力などにおいては深刻だと思います。
埋め込んだだけでは、いろいろ経験はしたけれども、それをそれとして、概念として理解できないと、これは今井先生がおっしゃったようなことになると思うんですね。どこかでそれを明示的に、あなたが経験したこれやこれやこれは、結局、ほら、似てるでしょう、共通するよね、だからこれはこういうことだよねということをどこかで言語化して、概念化しないと、転移可能な能力にはならないんだろうと思うんですね。
その意味で、取り出す必要もあるだろうと。でも、取り出すということは、そういう丸々科というのをまたつくるという話ではないんだろうと思うんですね。この辺りのことを考えると、従来の指導要領の教科ごとの枠組みとか、その記述の仕方がもう合っていないんだろうと思います。つまり、今の指導要領の様式自体が33年指導要領、極めてコンテンツベースの指導要領の記述形態を取っているので、もう合っていない。そこを現行指導要領は、目標を変えましたが、内容は変えないままやったので、ああいうことになっているんだろうと。そこを今回、どうするかというのは、以前から出ていますけど、深刻な問題で、今日、この「学びに向かう力」のことを議論したことによって、とてもはっきりしたかなと思っています。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、石井委員、お願いいたします。
【石井委員】 一つは、先ほどの「自己調整」ということですけども、この自己調整という言葉は割と便利な言葉でありまして、何でもかんでも自己調整と言ってしまえるんですね。いわゆる「自己調整学習」というふうに、括弧付きで専門用語として使う場合は、学習方略とか、もともと市川先生も、認知カウンセリングというのは、当時は、ノート指導みたいなね。教訓帰納もそうですけども、割とそういったところに落とし込まれていたところもあると思うのですね。そうしますと、主体的に調整と言ったときに、勉強法的な調整により力点のある、もともとの自己調整学習の意味だけではなくて、次の思考や行動につないだりするとかというのは、さらに問いが生まれてくるとか、より探究的ということであって、これはあまり自己調整という言葉を使わないと思うんですね。
だから、その辺のニュアンスも含めて、学びの主体的な調整という言葉の中身は考えていく必要があるんじゃないかなと思います。基本的には自己調整学習というのは、そのもともとの原義からすれば勉強法的なものに近い。でも、探究する力や問い心みたいなものはそこだけに収まるものじゃないと思います。さらに言うと、それを育てていくということは、直接的指導ということよりも、気づきの促しが大事になる。これは形式陶冶と実質陶冶みたいな話がございまして、昔から思考スキルというのは、論理学を教えたらいいのではないかと言われたりもしたわけですけども、それは失敗したんですね。基本的に領域固有性が優先すると。だから、中身に即すことは大事で、それこそ探究一般の専門家がいないということと一緒です。内容に即して深めていかないと、思考の体力がついてこない。
同じくこのメタ認知的な自己調整ということで言いますと、一つ間違うと心理学教育みたいなことになってくると。実際そういう議論もあるわけですね。ですから、そこも、子供たち自身が学習心理学の知見を参考にするのはいいと思うんですけど、カリキュラムで内容化する話でも多分ないだろうと。だから基本的には、先ほど奈須先生がおっしゃったように、思考していることがまずあってメタ認知的に気づくということが大事だと思うんですね。やっていることがそうだよねと気づいていく。また、この点に関わっては、かつて、2000年代に読解科や論理科みたいな取組も結構やったと思うんですけども、その教訓もふまえて、改めて領域化する云々の是非について考えていく必要があるのではないかと思います。
あともう一つ、デジタル学習基盤ということでいいますと、情報活用能力と言われるんですけど、現代社会は、情報社会というより情動社会と呼んだ方がよいというふうに言われたりします。つまり、フェイクニュースとかもそうですが、生成AIの影響もあって、今、情報がどんどん生産されていってその中で、何が確かで本当かもわからなくなり、情報を真偽より興味・感情で反応する傾向が広がっている。そこが日本ではあまり議論にならないんですけども、ICTの問題、DXの問題は、ELSI問題とかもそうですが、社会学的問題であるということが非常に重要です。プロパガンダとかそういった問題への対応が非常に重要なんですね。そういった視点も含めて考えていくことが必要かなと思います。
以上です。
【貞広主査】 ありがとうございます。
では、前川委員、どうぞ。
【前川委員】 すみません。厚かましく、もう1回手を挙げました。論点資料マル5の2ページですけど、「主体的・対話的で深い学び」と「個別最適な学びと協働的な学び」の整理についてというところの一番下のマル4、一斉・グループ・個別といった様々な形態を効果的に組み合わせて教育活動を組み立てていくことの重要性が書かれていますけど、ぜひともこれを明示していただきたいと思います。
以上です。
今日、7人の先生の御発表で、随分、見方・考え方や、中核的な概念や方略等についても理解が進んだと思います。ありがとうございました。
【貞広主査】 ありがとうございました。今、前川委員がおっしゃったように、本当に7人の先生方の御発表でかなり整理されたように思います。また、事務局が恐らく、かなり試行錯誤してつくってくださった14ページの今後の整理イメージの素案の図ですね。これもとても皆さんから評価をしていただきましたし、この整理の仕方だけではなくて、可視化の仕方も含めて腹落ちするような、可視化というのはとても大事なので、またこれがもうちょっとバージョンアップしていくのかもしれませんけれども。
その一方で、ELSIの問題も含めて、現在のテクノロジーにキャッチアップした議論が必要であるとか、誤解のないように、言葉の精緻化がさらに必要な部分があるとかいったような御意見もいただいたところでございますので、事務局には今後の議論に引き取っていただければと思います。
また、繰り返しになりますけれども、私が早く早くというふうにせっついておりますので、皆さん言い残したことがあろうかと思いますので、これは事務局にお寄せいただければ、議事録に残していただけるということです。特に今日、御報告いただいた方に応答でお返しする時間がありませんでしたので、遠慮なくですよね。事務局のほうにお寄せいただければと思います。ありがとうございました。
それでは、私、今日は7時になるのではないかと覚悟してきたんですけど、何とぴったりオンタイムに終わりそうでございます。時間も参りましたので、本日の議事は以上といたします。
最後に次回の予定につきまして、事務局よりお願い申し上げます。
【栗山教育課程企画室長】 失礼いたします。次回は、5月12日月曜日、15時半から18時半を予定しておりますが、正式には後日、御連絡を差し上げます。
【貞広主査】 それでは、以上をもちまして閉会といたします。皆さん、ありがとうございました。
―― 了 ――
電話番号:03-5253-4111(代表)