社会・地理歴史・公民ワーキンググループにおけるこれまでの主な意見

1.小・中社会科及び社会科等で育成すべき資質・能力について

○ 小中高校の資質・能力のカギは、社会的な見方や考え方である。これは従来、社会科の課題であり、キーワードであった。しかし、現場には浸透していなかった。これを分かりやすく伝えることが必要である。
思考力・判断力・表現力の育成をどうしていくか。社会科として、統一的に説明する必要があろう。国研で示された評価規準の資料では趣旨が示されている。また、平成26年の中教審における高校教育に関する報告書では、身に付けるべきコアな能力として、考察力、構想力、説明力といったことが指摘されている。これらも踏まえて整理できないか。
学習指導要領の記述の仕方についても検討が必要。現在、小学校社会科では「~について~して調べて~を考える」で統一をしたことにより、何ができるようになればよいかが説明しやすくなった。中学校社会科でも同じような整理をすることはできないか。それができれば、資質・能力をわかりやすく伝えることができるのではないか。
○ 社会的な見方や考え方はこのように捉えるという定義がない。これを明らかにすると学校現場にはわかりやすい。ある事象を歴史的に、時間の流れの中で捉える、空間的な広がりの中で捉える、諸課題と自分とのかかわりの中でとらえるなど。考え方も、比べて、まとめて、関連させてなどが考えられる。
思考力・判断力・表現力の育成についても、表現力であれば言語活動をどのように活かしていくかなど具体的に考えていくことが必要。また、社会科においては、特に判断力の育成が必要ではないか。
○ 社会的な見方や考え方について、学習指導要領解説では、社会科で育てるもの、このような活動を通じて育まれるということは書いてあるが、具体的な中身が書かれていない。
 社会的な見方や考え方の系統性を小中学校などでどのように確保していくのかも重要である。系統表の形で示せるとよいのではないか。その際、成長にあわせた系統性を考える必要があり、生活科の内容も踏まえて考える必要がある。
○ 社会的な見方や考え方について、小学校の授業では、社会的な事象の様子や仕組みの見方と捉えて指導に当たっている。これを中学校につなげていくかが課題である。その際、中学校の地理的なものの見方や考え方、歴史的なものの見方や考え方、政治・経済的なものの見方や考え方では、小学校の内容はうまく捉えることができない。時間的な流れ、地理的な広がり、関係的な捉え方として考えることが必要である。
○ 現行の中学校社会科では、対立と合意、効率と公正という考え方の基礎となる概念を例示した。これは斬新な試みで、社会的な事象を概念をもって体系的に捉えてみようという考え方と理解でき、このことが今後の検討の参考になるのではないか。
社会科でしか学べないことを整理することは非常に重要である。社会の中で生活していない子供はおらず、子供は社会の中で学ぶこともある。社会の中で自然と身に付けられることと、学校の中でしか身に付けられないことの違いを明確にする必要があるのではないか。
○ 子供が関係性をもてるようになる力を育むことが重要である。社会科で中心的に育むべきものとして、社会的な見方や考え方があるというが、それを踏まえて関わる力を併せて育むことが必要である。
学習指導要領の記述の仕方について、目標、内容、方法の3つの柱で示すものと理解したが、資質・能力はこのうちの目標に入る内容かと思う。現行は目標の記載はコンテンツベースになっているので、これを、例えば課題をベースとしたものとすることが考えられる。
小中高校の内容構成の一貫性を考えることが必要である。小学校は同心円的拡大ということで、地域から日本へと広がるが、中学校ではいきなり世界地理から始まる。
○ 本WGでは、内容的なことも検討するのかどうか。前回改訂時の検討では、小・中学校社会科をつなぐ単元の検討も行われたが途中で終わってしまった。そのような内容も検討もあるのかどうか。
○ 社会科の課題としては、社会的事象を取り扱うことにとどまりがちで概念や能力の習得に至らないということがある。方法と目的を、教師がわかるように示していくことが必要なのではないか。
社会・地理歴史・公民では、社会的な見方や考え方に加え、社会とのかかわりをどのように組み込んでいくかが重要である。
社会的な事象は個別なのか、キュービックなのか。地域から日本、世界へと学習を広げるときに、そのような事象が広がるようにみせることが考えられる。
 スーパーでバナナやパイナップルを扱えば、フィリピンが出てくる。地域学習の中でも外国との関わりが出てくる。これを通して社会的なつながりを学習することができる。子供がつながりを見つけてくる。それをどのように生かして指導していくかが重要である。
○ 資質・能力を分けることは可能か。態度目標が最後になっているのはなぜか。いれこ構造の接続が重要である。社会科においては判断力の育成が重要だと思うが、この場合の判断とは「価値的な判断」も含まれるのか。
○ 概念の整理に当たり、小中高それぞれのレベルを考える必要がある。地域学習もそれぞれの段階で何をするかが全く示されていない。
これまでは内容があって、そこに社会的な見方や考え方をくっつけて説明をしてきたが、今後はコンピテンシーを中心に整理し内容を配置していく。
地理で公民的資質の育成につながることや歴史的な内容を扱うと、その学習は地理ではないという議論が出てくる。同じ社会科でありながら分野の壁がある。これらを兼ねるとするのか分けるとするのかを整理することが必要である。
最近は外国に出て行かない学生も多い。グローバル化で外国のものが入ってくるので、わざわざ外に行かないというのである。このような中、世界で活躍できる人間をどのように育てていくかを考える必要がある。
○ 小・中学校で社会科の非常勤講師を務めている。また、大学で日本国憲法を教えている。指導する中で思うのは、身近なことから考えることの重要さだ。学校は概念から教えていくため、生徒は自分とのかかわりが分かっていない。
消費者庁では、消費者教育を通じて育む能力やその内容を分類して体系的に示したイメージマップ作成した。これを通じて、小学校ではどのような指導をしたらよいかが分かりやすくなった。社会科としてもマップのようなものがあるとよいのではないか。
岡山では消費者庁の予算を使って、幼小中高の体系的な消費者教育の教材を作成した。幼稚園では約束を守ること、小学校ではオンラインゲームで課金を含めてやってよいかどうかを判断する力を育むもの。中高校では未成年者の契約の効果として、契約自由の原則、私的自治の原則がある中でなぜ未成年者を保護する仕組みがあるのかなどを学ぶ。
○ 養成大学の学生をみていると、志望する学校段階の授業は勉強するが、他校種の内容は勉強しない。同じことをくり返し学ぶことも重要だが、学校種ごとの目標の違いをしっかりと理解し指導に当たることが重要である。このため、分かりやすいものを示す必要がある。
問題解決的な学習といって授業が行われているが、なぜ問題解決的な学習をする必要があるのかが理解されていない。その意義を明らかにすべきである。
○ かかわる力が情意に入っていることは賛成だが、参画や協働といった内容は情意だけではなく、表現として現れる力にも出てくるものだ。関心があって、知識もあるのに行動しないというのが今の若者の課題である。その点からも、情意がどのように表現につながるか、判断したことを表現していくということを社会に開いていくことが重要である。
○ 世界の学習を入れてあることは、高等学校との関係を考えても適当。
○ 小・中学校の問いには似たものがある。問いは段階的な違いを比較的分かりやすく示せるから工夫してほしい。
○ 参画は明確に位置付ける必要がある。特別活動では修学旅行やボランティアが行われているが、そのような他教科との連携を考えていく必要がある。
○ 資料6補助資料について、概念を身に付けて終わるというのは違和感がある。課題解決に向けて選択し判断する力、よりよい社会の実現のために考え続ける力を付けることが重要である。
○ 小学校において、よりよい社会というところに「生活」を入れてもらいたい。個人としてどうなっていくのかという目線から社会を理解していうことが重要なのである。
○ 小学校社会では、現状でもゴミの処理など政治に関わる内容を取り扱っているところ。教科の研究会でも公民的資質の育成についての研究は進められているところであるが、この資料に示された視点で捉えることにより指導がうまくいくことが分かる。
○ 高校で「歴史総合(仮称)」が必修となると、前近代の世界史に関する内容の指導が宙に浮く可能性がある。その意味では中学校社会科(歴史的分野)がそれを補う形になればよいが、中学校社会科(歴史的分野)からみると目一杯指導が行われており、そこに更に内容が加わるのは大変だという見方もあるだろう。
○ 公民的分野で学ぶ民主主義や権利といったものの歴史的な経緯を予備知識として歴史的分野で扱うことも考えられる。
○ 現状では世界の文明や宗教の起こりが重視されている。しかし、そこで、世界史場、キリスト教とイスラームを同列に学ぶのは、出てくる時代が違うので無理がある。むしろ、イスラームは世界貿易に影響を与えて、東南アジアを通じて、南蛮貿易にも大きな影響を与えた。今の中学校社会科(歴史的分野)の授業では、我が国に直接影響を与えた世界の歴史しか教えてないが、間接的に、2・3段階を経て大きな影響を与えた歴史にも注目すべきであろう。学習指導要領は別にして、現在の中学校の教科書には、今述べたようなことは書き込まれている。それは、現場のニーズに基づくものなのであろう。だから、世界史の要素が学習指導要領に加わることはそれほど無理なことではないのではないか。
○ 社会科には「私」という視点が欠けているのではないか。資料にも「私」を入れて、身に付けた思考、判断を基に、社会に関わり行動を起こすという見せ方をするべきではないか。
○ 中学校では生徒会活動において議論し、学校社会との関わりを作っていくことができる。社会科にあっても、議論する力で終わるのではなく、考えを表現するとか、物事を変えるといった要素を入れてほしい。
○ 中学校社会(歴史的分野)では世界史に関するに内容をぜひ充実してもらいたい。特にイスラムの歴史は重要で、テレビでもシーア派とかカリフとかといった話題も報じられている。「歴史総合(仮称)」にはイスラームに関する内容がないと考えられることもあり、中学校においては、例えばヨーロッパ人の日本来航の背景としてイスラームと欧米諸国との対立と文化交流、アメリカとの貿易などについて指導することが必要である。
○ 資質・能力という用語は分かりにくいため、変えてはどうか。
○ 情意という語句は聞きなじみのない語句であり、これまで用いられてきた積極的に学習に関わる態度という表現とどのような関係に立つのかが分かりにくい。実践や参画といった表現に変えてはどうか。
○ 持続可能な社会づくりといった要素を取り入れることが必要ではないか。また、小学校社会で学ぶ諸外国の枠組みは今のままでよいのか。できれば、地図も使って3年生から指導してもらいたい。公民的な資質・能力が目指すところならば、そこにつなげる整理をしていくことが必要である。
○ 資質・能力を分解して示していく必要性は分かるが、分解するとそれだけ指導すればよいとなりはしないか。また、単に取り扱う事象の量が異なるだけになるのではないか。問いを出すことが必要だが、歴史を学ぶ際に必要な問いとは、事象に関するものとどまらず 、情意との関わりからの出てくる問いである。例えば、公的施設の跡地に野球場を移転する問題について、市の立場としてはどうすべきかを考えさせ、それが自分の生活とどのように関わってくるのかを考えさせるようになると、小学校社会科も随分変わってくる。
○ 世界との関わりについては、worldという意味での世界もあれば、広く捉えた世界もある。小学校で全世界を取り扱うのは難しく、隣国について生活の中で関わりのあるものに限って指導すればよいと考える。
○ 持続可能な社会の形成という観点は重要である。このことが高等学校における一つの到達点と考えると、小・中学校の教育内容もその観点から見直す必要がある。
○ 小学校社会の社会生活についての理解としてあげられた内容はこれまで整理されていなかった部分である。最近の教師の様子を見ていると、本時や本単元の全体の中での位置付けがはっきりしない例が見られ、何を指導すべきかを明らかにすることは重要である。
○ 中学校第1、2学年で地理と歴史を学ぶが、第1学年はまだいわば小学校の7年目に相当し、中学校第2学年にもなると抽象的な思考ができるようになってくる。このことから、中学校第1学年において育成すべき資質・能力、第2学年における資質・能力という形でそれぞれ整理できるのかどうか。
○ 中東関係の内容を始め、世界の歴史の充実には賛成。ただ一方、東京都で行った調査の結果などからも、歴史的分野の内容が現在でも非常に多いということは、事実として踏まえておく必要がある。
○ 課題を解決していく力を明示していくべきではないか。適切な問いを立てて議論していく中で力を高めていくことは有効な手法である。高等学校では知識の習得になりがちだが、小・中学校においては取り組めるのではないか。
○ 情意・態度などに関するものの学習評価について、観点別評価は学習に向かう態度に限ると、社会に関わる態度の育成が達成できないのではないか。
○ 世界の歴史に関する学習の充実は賛成だが、日本の歴史を通して学ぶという考え方や授業時数の問題など、中学校の歴史教育全体の構成の検討とセットで考える必要がある。現行の学習指導要領下においても、世界の歴史についての学習は充実が図られ、教科書の記述内容もかなり長大で深くなっている。教師の中には、昔の週5コマあった頃の歴史教育のイメージを持っている人も多い。
○ 問いが例示されているのは非常によい。更に一歩進めて、授業イメージや事例集が示されると学校現場により詳しく伝わるのではないか。できれば、小中高(他校種)間で事例を通して授業具体イメージを共有したい。

2.社会科等で育成する思考力・判断力・表現力等の育成のイメージについて

○ 段階的に能力が示されることは画期的である。ただ、1から4の能力がどのように関連しているかがはっきりしない。社会科における学習プロセスとして、情報を集め、分析し、発表するという流れがあるが、それに則しているわけでもない。また、1から4の能力と社会的事業の見方や考え方の関連性が分かる形で示すことが必要である。
○ 育成する能力の関連性を説明する際、事象を調べ、考察し、説明し、表現するといった学習の流れに沿って説明すると分かりやすい。また、参考として示されている評価する力を明確にすることが重要である。
○ 思考に関して、1の能力と2の能力は指導する内容によって分かれるものである。また、判断には、事実に関する判断と価値判断があると考えられるが、1は事実に関する判断に対応し、2は社会問題を考えるための価値判断に関わるものと考えられる。表現に関しては相手方を想定することが必要で、3は相手方を想定しているそのように見えるが、4の議論する力の中にはそれが含まれるのか。
○ 1から4の能力を整理する際には、社会科ならではの視点から構造化することが必要である。1から4の能力はそれぞれの到達点を示していると捉えることができるが、4については議論でとどまっていてよいのか。社会参画の観点から、アクションを起こすというような内容や合意、社会的活動などを入れるべきではないか。
○ 参考に位置付けられている評価する力は、1から4の能力すべてに関わるものであり、もっと大きく扱われるべきである。自分はどのような思考プロセスを経たのかを客観的に捉え、他人の思考プロセスと比べることが重要である。なお、この力は高校にしかないようなものではない。
○ 地理的な見方や考え方として空間的な広がりとの関わりでとの説明があるが、授業での展開を考えるとまだ難しい。例えば立地や分布など、空間的な広がりを考えるものは何かということを具体化していくことが必要である。
○ 授業者に届く分かりやすい資料だと思う。参考に位置付けられているメタ認知的な内容は上位の力として位置付けることができる。
○ 1から4の下の中点が3個だったり、4個だったりするのはするのはなぜか。右端に矢印があり、段階性が示されているが、どれくらい緩やかさをもったものなのか。
○ 表現力は説明や議論する理からだけではなく、社会で行動する力、例えば連携する力などを入れるとよいのではないか。
○ 資料5に示された思考力、判断力、表現力等の育成のイメージはこれまでも言われてきたことである。ただ、現実には高等学校では主題学習と言いながら社会的な事象の確認で指導が終わっている。このため、能力を育成する手立てを考えることが必要ではないか。また、一つの授業で1から4までの能力のすべてを取り入れることは無理で、1、2だけ、又は3だけということになる。
○ 特別活動やボランティア活動の場面で使える力も入れていきたい。なぜ、歴史や社会の学習が必要なのかを考えさせることが重要で、そのために具体例を示していくことが必要ではないか。
○ 1から4には「・・・できる力」とあるが、「力」を付けてよいのか。「力」を付けず、「・・・できる」という動詞のレベルをどのように設定するかを考えていくべきではないか。
○ 1から4の能力を1時間の授業で育むと捉えるのは無理がある。単元のレベルで捉えるべきもので、それは小学校から高等学校まで同様である。そこでは、評価する力や課題解決的な学習が単元に位置付けられて指導されるべきである。社会との関わりを意識して指導していかないと、社会のことは分かっても冷めた目で見つめるにすぎないのではいけない。
○ 中学校社会科のパイ型の構造からすると、社会に関わる要素が必要ではないか。
○ 概念というものは何を指しているか。資料では高校で扱うようにみえ、その場合、その概念としては幸福、正義、公正がイメージされるが、中学校でも対立と合意などの概念を扱っているところ。さらに、小学校には概念に関する指導はないのかどうか。例えば、課題を与えてロールプレイを通じてルール作りをする授業については、教師からも小学校の方がなじむとの声があがる。取り組んでみて、これは対立と合意だと指導していくということもできるだろう。滑り台は順番にというのも、公平の概念があるから成り立つもの。10歳くらいから抽象的な概念が分かってくると言われるし、このような経験をもとに小学生でも公平という概念は分かる。
○ 能力の育成のイメージとあるが、今後、この資料はどのように示していくことになるのか。例えば、学習指導要領の目標となるのか。それによって議論も変わってくる。
○ 参画する力は、1から4の中に入るのか、それとも5をつくるのか。
○ 資料の5は、矢印で段階が示されているが、連続性をどのように考えていくか。このような資料がないと、思考力は何かなどがあやふやになる。資料の内容を掘り下げていけば、授業でも活用できるものになっていきそうである。

3.社会科等における見方や考え方と思考力等のイメージについて

○ 要素が段階性をもって示され、授業のイメージと近いものとなっており、学校現場としてわかりやすい資料である。部分部分を取り上げて単元を構成することができるであろう。また、見方や考え方を追究の視点として用いて捉えていけばよいのだということが分かる。
○ 2、4の能力は重要だ。図の真ん中に見方や考え方が示されているが、ここに構想や議論、参画といった要素を入れていってはどうか。関わる力は重要で、右側の社会との関わりを意識した課題解決的な学習の充実は大切。
○ 社会的事象が理解や考察の対象として捉えられているが、作っていく対象として捉える必要がある。今回の学習指導要領改訂の趣旨である。また、小・中・高等学校が連続して考えていくということを明確にする必要がある。
○ 資料5の3、4は重要である。高校生でパネルディスカッションが得意な者に聞くと、中学校で取り組んできたとのことである。資料活用等は中学校でも考えてもらいたい。
○ 資料6については、子供たちは歴史は歴史、地理は地理と捉えるきらいがある。それらは連携して捉えるべきものだということが分かるようなイメージを示していくことが必要である。
○ 議論を高めていくことや行動していくということが一貫して示されているといい。
○ 調査によれば、日本の若者はチャレンジしないとか、クリエイティビティが低いとか、留学する者が少ないとか、自己肯定感が低いとの結果がある。今後は、世界と一緒になって問題を解決する力を身に付けさせることが必要である。資料に示された力はいずれも静的に見えるので、問題解決に自ら動く力を入れてもらいたい。
○ 物事を関連付けで考えて力が色濃く示されるといい。少子高齢化などを自分ごととして捉えることが重要である。資料5について、自らの生活と関連付けて考えた、自分の暮らしをよくする視点から行動するということを入れてはどうか。
○ 単元を構成する際、どのような概念にたどり着いたらその単元のねらいを実現したと言えるのかを考えるので、例えば、小学校で授業をつくるときにどのように使えるかという視点でみると分かりやすい。
○ 3年生から6年生でレベルが異なる。導入の場面で、既習事項や生活経験のために非常に大きな差が見られる。例えば、水道の学習をする際、きれいな水の背景を考えさせると、川から網を通って水がきれいになると答える者があれば、上水場に連れて行ってもらった経験のある者はポンプで水をくみ上げきれいにしているといった発想が出てくる。このような差がある中で学習を進めていかないといけない。論理的説明も3年生から6年生でレベルに差がある。どこまで指導するかがわかると教師は意欲的に指導ができるのではないか。
○ 見方や考え方について、身に付けるのは個々の社会的事象に対するものではなく、今の地域や社会に対する見方や考え方である。
○ 見方や考え方の部分がバケツに見えるのは困る。作られるように見えるようにして、見方や考え方の基礎からそれぞれの見方や考え方への矢印はスパイラルに示すべきである。
○ 小学校3、4年で方位を学ぶが、目的的な概念なのか、道具としての概念なのか。道具として活用し、農業や工業がどのような構造をしているかを理解させることが必要である。
○ 社会的事象を学ぶとき、よりよい生活や豊かな社会という考えを持ち込んで考えないとなぜ学ぶのかが理解されない。
○ 小学校で身に付ける空間的な広がりが、中学校の地理的な見方につながるとの意図はよく分かるが、地理、歴史、公民の各分野にどのようにつながるかがもう少し分かるとよい。また、小学校段階ではどこまで育てばよいのか、到達の程度が明確になるとよい。
○ 知識を使って見方や考え方を養い、更に概念を獲得していく。その上で更に学習が深まるというスパイラルなものが見えてくるといい。
○ 資料6補助資料は、見方や考え方がどのように使われるか明らかになっていてよい。1960年代のアメリカの社会科教育プロジェクトでは、学問からくる概念をもとに社会的事象を捉えるというものだった。分析的な問いを立てることが重要で、そのことにより初めて事象が見えてくる。本資料はアメリカのプロジェクトに比べ、学問的な概念にとどまらず、更にどのような視点かが示されていて優れたものだ。更に発展させてもらいたい。
○ 社会の学習の在り方を示すものとして「追究」があるが、どのように捉えるか。概念を捉えるものとして使うのか、それとも事象そのものではなく現代社会そのものに向けるものなのか。実社会とのかかわりの中で追究するということでないと、追究の視点が目的化してしまう可能性がある。
○ 思考・判断は知識や概念を獲得するための手段なのか。
○ 問い立てが重要で、追究したいものとして事象をもってきて解決をしていく。授業づくりのプランとして有効である。
○ 中学校地理的分野は5大概念に沿って示されているが、「なぜ」が出てきていない。また、中学校に向けて数が増えるなど、小・中学校のつながりを出せるとよい。
○ 地理的分野において、公民的資質を育成すると示している点は画期的であり、判断をどのように位置付けるかが重要である。「社会との関わりを意識した」が真ん中に来ているが、追究は事象を捉えるものなのか、社会をよくしていくという点を含むものなのか。
○ 現在、小学校では多角的な見方と言い、中学校では多面的・多角的な見方と言っている。学校種によって相違があるので、整理できるといい。
○ 「社会との関わりを意識した課題解決的な学習の充実」を図中に入れ込むことも考えられる。
○ 社会的事象の見方や考え方(追究の視点や方法)の例として、「習得する知識、概念の例」とともに、「社会との関わり」の態度に関わる文言を示すことも考えられる。

4.社会科における学習プロセスの例について

○ 見方や考え方は方法的な側面と内容的な側面がある。見方や考え方と思考力等のとの関係(資料6)と学習プロセス(資料8)を結び付けて示すと分かりやすいのではないか。
○ 見方や考え方を内容的な側面から捉えた場合、事実的なものと価値的なものがあると考えられる。価値的なものまで明示するかどうかは検討の余地がある。
○ 社会科等で育成すべき資質・能力(資料7)を学習プロセス(資料8)に組み込むと分かりやすいのではないか。
○ 小・中学校の違いがより分かるようになるといい。これらの資料を内容構成にどのように生かしていくかが問題。
○ 主体的に学習に取り組む態度の評価として、小学校では、自分たちにできることを行う、中学校では、行動に移せる場面を考えて取り組むといった内容を取り入れるべきである。
○ アクティブラーニング的ではない指導場面についてどのように考えていくか。学習のプロセスと学力の定着度の関係性を考えていくことが必要である。
○ 児童生徒の学習の視点から捉えられている点が分かりやすくてよい。
○ 「問題」と「課題」の用い方を整理する必要がある。小・中学校の発達の段階の違いを示そうとしているようにも見えるが、発達の段階はその他の部分でも表現されている。一方、「問題」には解決しなければいけないというイメージがあり、社会科で扱うのは解決しなければならない問題ばかりではない。このため、例えば、「社会で解決しなければいけない問題(課題)」と分けて、小・中学校社会科において用いる表現としては「学習課題」で統一してはどうか。
○ 主な評価場面について、身に付ける資質・能力を踏まえ修正してはどうか。例えば、「知識・理解」については、「主に事実等に関わる知識の習得」課題把握の動機付けと方向付けの部分までを延ばす。「技能」については、動機付けの部分に枠を作り、「情報から読み取る」などの文言を入れる。「思考力・判断力・表現力」については、「社会的事象の見方や考え方」を動機付けの部分まで延ばす。「主体的に学習に取り組む態度」については、課題追究、課題解決の部分に枠を作り、「意欲的な追究」に関わる文言を入れる。

5.高等学校地理歴史科・公民科について

○ 研究開発校で地理基礎、歴史基礎という科目をつくり、学習内容と資質能力のバランスのとれた育成を重視し、生徒参加型の授業に取り組んだ。地理総合、歴史総合では、学習活動の段階として、知識を読み取る場面、知識を概念化する場面、別のものに当てはめる場面、知識を再構成する場面をつくり、そのどの段階において学力的なものが育成されているのか、どのような段階において資質や能力的なものが育成されているのかが明らかになるとよい。資質能力を重視した科目となる以上、そのような学習活動がしやすい構成になるとよい。
○ 検討事項4の条件整備についてであるが、学校現場では、歴史の教員が地理を教える、地理の教員が歴史を教える、これまでは相互の乗り入れはあまりなかった。新しい科目が設定されたとき、それを適切に教えられる教員がいるかどうかが課題である。地理で言えば、地図や地域等の研修体制を早めにつくったり、アクティブラーニングを研修したりすることも含めて、学習指導要領の改訂の前から必要になる。
○ 検討事項の2のアクティブラーニングについて、今回の改訂には、期待と不安がある。知識偏重から思考力・判断力・表現力の育成へ転換するという期待。現行の内容はそのままで新たに指導方法が増えることだけで負担が増すという不安。このあたりを現場にどのように示していくかが重要である。
○ 2030年の世界、世界の中の日本、グローバルな世界で生き抜いていく力を育成していきたい。日本の若者は内向きになっているという危機感を持っている。
○ 1つの課題、例えば、難民というものを考えるときに、地理的な知識、歴史的な知識、公民的な知識を総合的に組み合わせて考えていく力。これがグローバルな世界で生き抜いていく力ではないか。
○ アクティブラーニングについて、生徒はかつてに比べて発表することや表現することはうまくなってきている。小・中学校からの積み上げの成果が表れていると思う。ただし、いろいろな教科で同様の試みを重複させて、生徒がアップアップにならないようにしたい。知識とのバランスが必要。新聞、インターネット等の資料から情報を活用していく、情報リテラシーについても考えていきたい。
○ センター試験に代わるテストの導入についての時期や関係についても気になるところ。
○ 地理歴史科の免許について、改訂の後も変わらないとなると、地理的な技能、スキルを教えるための仕組みを作ることが必要である。技術的なことであるが、いろいろな学校で、いろいろな先生が、同じようなことができるようになることも考えないといけない。
○ 地理歴史科のB科目、公民科の政経や倫理という既存の科目は、中教審の論点整理を踏まえつつ、基本的に各学問、ディシプリンのリテラシーをより深めていく。例えば地理ならGISを利活用するとか、歴史なら一次資料を、提示の仕方はいろいろあるにしても、読解する方向で、より歴史認識を深めていくというふうになっていくのではないか。
○ 地理の専門でないと教えられない地理総合とか、歴史の専門家でなければやれない歴史総合では、地理歴史科の総合科目にならない。地理総合、歴史総合、公共は、社会系の教員みんなが教えることができるようにしたい。総合というのは、専門家を育てるのではなく、グローバルな時代にどんなスキルが必要でどんな力を付ける必要があるかということから力を付ける教科にする必要がある。
○ 一つは大学入試に象徴される評価が、はっきりと変わった、これは従来のような授業では駄目だなと思っていただく評価に変わらないと駄目。もう一つは教科書がはっきりと変わることが必要。
○ 知識をどうするかについて、論点整理にあるとおり、主体的に社会に参画すること、考察すること表現すること等ができて分かっているということ。知識、理解については、子供に育てる知識とは何か、知識と思考は対立しないという認識に立ちたい。世界の子供たちの学びについて、評価される学びを高等学校でもやるということ。いい教育をやっている先生方を生かしていくことを考えたい。
○ アクティブラーニングの実践をどう評価するかを課題として論じたい。また、実践を大学入試でどう生かすか、評価するか。極力知識だけを問うことのない入り口を作っていくようにしていきたい。
○ アクティブラーニングをどう評価するかは課題である。公立の中高一貫校では、適性検査を実施しており、そこでは論理的に説明する力をみている。これは採点に時間がかかる。評価することをどのように取り入れていくかが課題となる。
○ 大学入試を変えていくことが必要。地理総合、歴史総合を学んでいないととけないというようにしたい。
○ 社会科といって各教科が1つになっていくときに、掲げるテーマというのが必要である。そのときに、日本発、地球規模で、世界規模で生徒が学んでいく、世界で活躍していくときに、やはり平和の問題、人権の問題、環境の問題をきちっと掲げられるような社会科であってほしい。その下で歴史や地理や公民というのが改善あるいは創造されていけばいい。
○ 新科目の原案では「持続可能な社会」が地理、歴史、公共の3科目共通して含まれているが、その内容は、3つの科目で少しずつ異なる印象を受ける。グローバルな課題は、多面的にその様相を把握して初めて全体像を理解できる。このため、例えば、「持続可能な開発目標(SDGs)」に掲げられている「格差の是正」や、「すべての人のための持続可能な経済成長」、「持続可能な生産と消費」、「飢餓の撲滅と持続可能な農業の推進」、「地球環境との共生」といった課題を共通で設定することが効果的と考える。これらから一つの課題をとりあげ、3つの科目の切り口から学び、考えることにより、課題の構造的な理解がより容易になる。
○ どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか(学びに向かう力、人間性など)」に関し、まずは「自分との関わり」が分かることや「自分たちにも何かできることがある」という意識が、子どもたちの関心を高め、主体者意識につながると考える。小学校から高校の科目を通じて、グローバルな課題、地球的な課題を扱う際に、身近な問題とのつながりも取り上げたり、実際にそうした課題に対応している組織等と連携したりすることが有効と考える。

【地理歴史科で育成すべき資質・能力の整理について】

○ 地理は地域ごとに個別に考えるところに特徴がある。地理の「思考力・判断力・表現力等」に追記し、「見方や考え方を用いて、「地域的スケールに応じて」考察し」となるとよい。
○ 歴史科目の「情意・態度等」は地理歴史科全体で育む内容になっているが、歴史に絞った内容にするべきでないか。また、「歴史総合(仮称)」と世界史、日本史の新選択科目において、気付き、行動などの語句を入れるなどして階層性を設けることが必要ではないか。
○ 学校でカリキュラム構成をどのようにするか考えることを踏まえて検討する必要がある。
○ 歴史科目の「情意・態度等」については、歴史を学んだことにより身に付く社会に関わっていくような態度とすべきではないか。例えば、英国等ではエンパシー、過去の行動には今と異なる考え方があったのだということに共感する態度を育むようにしている。
○ 地理科目には文化に関する内容が入るといい。
○ 地理科目の「情意・態度等」について、「地理総合(仮称)」には課題解決といった内容が入り、地理の新選択科目には参加、貢献といった態度が入っているが、その態度を育むだけの内容とするにはESDの内容を多く取り入れるなどしないと結びつかないのではないか。
○ どこまでを地理で扱い、どこまでを公民科科目で扱うのかといった科目間のすみ分けを考える必要がある。
○ 系統地理や地誌の内容が文言として出てきた方がよいのではないか。「情意・態度等」については、理解のため進んで考察する態度などを取り上げる必要があるのではないか。
○ 地理科目の「情意・態度等」については、グローバルな内容ではなく、地域への参加を目指すものにしたい。
○ 「歴史総合(仮称)」の「思考力・判断力・表現力等」に「日本と世界の関わりの中で」といった文言を入れてはどうか。
○ 「歴史総合(仮称)」の学びが新選択科目にどのように結びつくのか、構造的に考える必要がある。

6.歴史教育について

○ 歴史科目においては、通史が一次資料から成り立っているということを何か意識させたい。
○ 歴史科目では、一次資料の見せ方が大事であろう。資料、例えば風刺画などを活用し、生徒に一次資料を見せて議論し、通史が身に付くようにしたい。
○ 課題として、資料8-1の5ページの歴史教育に関する現状と課題について見ると、課題解決的な授業について、観察、調査、研究について、数値的にはかなり厳しい。これをどうやってアクティブラーニングや生徒主体の授業を実現していくようにするのか考えなくてはならないだろう。
○ 小・中・高の連携、特に歴史では、同じことを繰り返すのでなく、学習スタイルを大きく変えていくことが可能なのか、そうしないのかを議論することが必要である。
○ 新科目を時代の要請に合わせてつくろうとするとき、学校現場に実際に置かれたときのことを考え、新科目以外の科目のことも考え、新科目との整合性を考えないと失敗する。今、世界史の用語は戦後の70年で2倍になっている。日本史も同様である。知識を教えることが限界にきている。その中で、育成すべき資質能力は何かと言うことを考えていきたい。
○ 学校では、アクティブラーニングに取り組もうとしているが、それが何なのかまだ分からない。全部の授業でやることは無理であるから、それ以外の授業をどのように組むかということや、知識をどこまでやって、どこまで身に付けさせたらよいのかということが課題となっている。どこまでを教えて思考力・判断力・表現力を伸ばすか。また、受験という問題もある。
○ 歴史については、小中学校で世界史をどう教えるか。小中一貫校で、特に実践事例を考えていきたい。

【歴史科目の改訂の方向性として考えられる構成について】

○ 「歴史総合(仮称)」が2単位だとすると学び方に焦点化しないと指導しきれない。 一方、大学入試を踏まえれば、日本史、世界史は8単位くらい必要とも考えられ、「歴史総合(仮称)」を3単位とすることも難しい。
○ 身近な事象から世界を考えさせ、日本史から世界史をみるようにする。世界史と日本史を並列させて扱うのは、中堅以下の高校では難しいだろう。地理では、最後、持続可能な日本を考えさせることが構想されている。歴史教育も最後は日本の在り方を考えさせることにかえってくることが必要ではないか。2単位で時系列でやっていっては時間的には不可能であるから、大胆にテーマ学習をすることも考えられる。問いかけの学習が可能になるし、思考力の育成にもつながる。
○ 現行の中学校の教科書の指導内容として、世界史の内容がけっこう豊富に入ってきている。その成果をどのように「歴史総合(仮称)」に活用するかが問われてくるのではないか。。現場ではそれを踏まえれば、2単位でもできるか。前近代との関係も教科書に載っているので、それを踏まえて、学習指導要領に「歴史総合(仮称)」を活用できるような仕掛けを組み込んでほしい。
○ 新選択科目として、日本史と世界史を融合した科目を設けてはどうかといった意見もあるが、科目は分けて生徒に指導した方が生徒にとっては理解しやすいだろう。「歴史総合(仮称)」を勉強して新しい特色のある科目を勉強する方が生徒もよく分かるのではないか。
○ 現行の「日本史B」では、通史的、総合的な内容を扱う中で、導入の「歴史と資料」など歴史の学び方を段階的に身に付けさせ、歴史を考察させる構造になっている。最初に「日本史(B)」として通史と関わらせながら学び方について指導し、その後「歴史総合(仮称)」でまとめるといった科目構成が妥当ではないか。
○ 学ぶ主体としての生徒の立場を考えた場合、日本の市民として、日本国家や日本の政治、現在の社会の成り立ちなどを構成要素として学ぶこともあれば、世界においては、地球市民という立場もあり、そこではどういう課題解決の仕方があるか学ぶ。相互関係、二重性をもって考える必要があるのではないか。
○ 新選択科目の後に「歴史総合(仮称)」を学ぶということができないのであれば、「歴史総合(仮称)」の後に新選択科目としての世界史又は日本史を学ぶという構造なら、世界史と日本史はオーバーラップさせることが必要ではないか。教科書づくりは困難になると思われるが、例えば、表題は「世界の歴史と日本」「日本の歴史と世界」といったことが考えられる。少しオーバーラップさせて、「歴史総合(仮称)」で学んだことがいきてくるような新選択科目でありたい。
○ 「歴史総合(仮称)」での学びを新選択科目で生かすことが必要である。その点、日本史の問いの例は「欧米で長期をかけて進行した産業革命を、なぜ日本は短期で実現させることができたか」となって世界の視点が入っていてよいが、世界史の問いは視点が世界だけになっている。「歴史総合(仮称)」では歴史のHowを学び、新選択科目は歴史のWhyを学ぶものと理解できる。
○ 「歴史総合(仮称)」を後で学ぶ、という考えに賛成する。「歴史基礎(仮称)」のイメージで議論をしてきたからか、どこで相違性を見い出すかが難しい。新選択科目でも分析的な視点をもって歴史的事象を説明できるようにするというねらいをもつ必要があり、「歴史総合(仮称)」と新選択科目の違いをどこで出すか、検討する必要がある。
○ 「歴史総合(仮称)」が選択科目の上にのる形になると、「歴史総合(仮称)」が形骸化する恐れがある。「歴史総合(仮称)」で学び方を身に付けた上で、新選択科目で学びを深めるという構造が適当である。
○ 現行の学習指導要領の下で、中学校社会科は時間が増え、近現代史の指導に充てる時間は増えたが、それでも指導は難しい。日本史と世界史が相互に出てきたり戻ったりする近現代史は、指導する教師にとっても、生徒にとっても難しいのである。指導する内容も含めて、中学校とのつながりを今後議論する必要があるのではないか。その意味で、高校の低学年で近現代史を扱う設定は歓迎する。

【歴史総合(仮称)】

○ 日本史の中で近代化、大衆化、グローバル化で再構成することについて、世界史と連動して長いスパンで考えていくことも大事である。また、政治の変化だけでなく庶民の日常の変化を捉えたり、科学的に見る目として文化財や資料の提示をしたり等の工夫が必要である。
○ 「大衆化」という語句がよいのかどうか。大衆というと動かされる存在というイメージがある。併せて「市民化」という表現があると、単なるマスではなく自ら考え行動する主体という捉え方ができるのではないか。
○ 身分制を撤廃し市民ができ、19世紀後半には国民国家ができていく。その後大衆も政治参加し、20世紀後半には国民国家が解体していくという流れがある。「大衆化」という捉え方でよいと思う。
○ 抽象度の高い語句を並べていくのは適当か。個別に具体的な知識を教えていくことも重要である。
○ 中学校の社会科歴史的分野は時系列で学ぶが、高等学校の「歴史総合(仮称)」も時系列で学ぶイメージなのか。それでは中学校の指導のくり返しになってしまう。また、「近代化」、「大衆化」、「グローバル化」の順序はつけにくい。それよりは市民とは何かとか、グローバル化とは何かといった問いを設定して指導するのがよいのではないか。
○ 育成すべき資質・能力として、「国際社会を主体的に生きる日本国民としての自覚と資質」では足りないのではないか。国際社会とは国家が主体となっており、これに対してグローバル化は企業等が国家にまたがっている状況のことを言うのであり、そのような状況を捉えて「グローバル化に対応し」といった内容が必要である。
○ 時代の転換を表す言葉と時代区分を表す言葉があり、時代区分を表す言葉として捉えた場合、近代化に次いで現代化がないのはなぜかと学校現場は捉え方に困るのではないか。
○ 歴史の教育をアクティブラーニングという形で指導するのは地理とは異なる困難さがある。中学校で身に付けた知識を更に広いタイム・スパンで捉えるというところの面白さがあるので、時代が明確になる語句を用いて、例えば、「大衆化」なら世界大戦の時代とか、「グローバル化」なら地球規模の課題の出現などとすることも考えられる。
○ 考察の手立てとして「概念の理解」だけでよいのか。大切なのは、異なる複数の歴史的解釈からよりよいものを選ぶなどの力ではないか。
○ 「日本国民としての自覚や資質」という育成すべき資質・能力に「グローバル化に対応し」という要素を入れるといい。本校では、全体の半分は修学旅行や留学などで海外へ行っており、そのときどのように対処できるかということを学んでいる。世界史と日本史のつながりを密にし、日本人として主体的にどのように行動すべきか考えられるようにすることが大切である。
○ 中学校と高等学校の学習の連携が必要である。中学校でもアクティブラーニングを進め、高等学校では追究する力を付けるために学習課題を絞って明確にすることが必要である。2単位という時間で多くの内容をこなすのは難しく、例えば、「公共(仮称)」における「公共の扉」のような導入をおいて、その内容を元に歴史について問いかけていくということにしてはどうか。
○ 神戸大学附属中等教育学校における資料で注目したいのは、生徒が課題解決的な学習など参加型の授業を受けたことにより、知識の定着の度合いが高まると捉えていることだ。このような学び方と知識の定着が相反しないことを押さえておくべきである。
○ 課題解決型の学習やアクティブラーニングを追究していくことが必要。構成イメージに「工業化と政治変動」とあるが、テーマや課題に沿った表現にしてはどうか。例えば、日本と世界はどのように近代化を進めたかとか、近代化は世界にどのような影響を及ぼしたか、どうして世界規模の戦争が起こったのかなどが考えられる。
○ これからの国民を育成する教育としては内容が狭いように思う。生徒に身近な問題として、娯楽やマイノリティ、資源・エネルギー、情報通信などがある。今の国民にとってのキーワードを歴史的に考えていくということが必要なのではないか。学習内容を絞るのはいいが、どのように絞っていくかが問題である。
○ これまで歴史教育が避けてきた戦争と和解、国境と歴史解釈などについて学ぶことにより、日本人としての自覚を高めることができるのではないか。
○ これまでの歴史教育や公民教育は、国際関係が抜けていると考えている。近代化を学んでおかないと20世紀のことはわからない。グローバル化の中で、和解やマイノリティ、災害などについて指導することが重要である。ただ、2単位では消化不良になることが懸念される。
○ 近代史だけで私たちの立ち位置がわかるのかどうか。例えば、農業や水産業は現代ある問題だが、そのことを歴史的に考察する際に近代からでよいのかどうか。現在の文化や生活につながる和風なものなど日本文化のことを土台としてまず指導してはどうか。
○ 「育成すべき資質・能力」の中の「国際社会に主体的に生きる日本国民としての自覚と資質」について、「国際社会」は国と国の関係という印象を受ける。しかし、現在のグローバル化する国際社会では、地域や企業、個人も含めたさまざまな関係性からとらえることが重要であることから、「グローバル化する社会」といった文言を使うのが適当と考える。
○ 現代に近いほどグローバル化の影響は大きい。他方で、日本の若者は欧米の若者に比べ現代の歴史に関する理解が少ないように感じる。そのため、できれば現代に近い歴史を身近な課題(例えば、戦後日本が国際課題に貢献した事実等)とも結びつけつつとりあげるのが適当と考える。
○ 科目の目標についての方向性としては、近現代史を中心とする世界と日本の歴史を対象として、諸資料に基づき現代につながる諸課題を見出し、課題の探究を通じて、歴史的な思考力・判断力・表現力を育み、国際社会に主体的に生きる日本国民としての自覚と資質を養うこととしてはどうか。
○ 科目の性質としては、今次の教育改革の方向性を踏まえるならば、思考力・判断力・表現力」を育む科目とするのが妥当であろう。
○ 科目の性質として「思考力・判断力・表現力」を育む科目とするならば、「歴史総合」は基礎科目ではなく、日本史Bや世界史Bの上位科目に位置付けるべきではないか。日本史Bまたは世界史Bで習得した通史的な知識や「歴史を考察し表現する学習」で身に付けた技能を活用して、諸資料から現代につながる課題を見出し、その探究を通じて「思考力・判断力・表現力」を育むという構成がよいのではないか。
「地理総合(仮称)」、「公共(仮称)」も同様に地理Bや政治経済、倫理などの上位科目として位置づけるべきではないか。
「歴史総合(仮称)」「地理総合(仮称)」「公共(仮称)」ともに、対象となる学問領域は異なるがその科目を通じて身に付けるべき力は、大きな観点から見れば共通していると考えられる。よって、この3科目は、従来の科目の上位科目の選択必修科目として位置づけるのが妥当と考える。
○ 知識重視型一斉授業がすみずみまで浸透している学校に、今次の改革の成果を1時間1時間の授業レベルにどう反映させるかが重要となる。そのための仕組みを構想する必要がある。
○ 学習指導要領の大項目・中項目の表記は、「日本と世界はどのように近代化を推進したのか。(比較)」「近代化は、日本と世界にどのような影響をもたらしたか。(因果)」「日本と世界で大衆化が進んだ要因は何か。(因果)」「どうして世界規模の戦争がおこったのか。(因果)」「多極化が進む世界での日本の国際的役割は何か。(相互作用)」など、主題を提示する標記により叙述してはどうか。大項目の主題を探究するための中項目の主題を標記し、各本文において中項目を探究するための通史的内容、関係資料、探究方法等について叙述する。
○ 教科書は、現状では「教える対象」として教員にとってなくてはならない存在である。新しい科目では、教科書は、生徒が主体的に「活用する対象」となるべきである。学習指導要領をふまえ、教科書は「通史的な記述」「探究のための資料」「探究のための発問」などから構成してはどうか。これまでにない構成となるが、専門にかかわらず地歴科の全教員にとって教えやすい科目とするためにはこうした大胆な構成の変更が必要になる。
○ 学習指導計画は、大項目に沿った大単元、中項目に沿った中単元、各学校の実情に応じた小単元によって計画する。その際、小単元→中単元→大単元とのつながりを意識し、それぞれの小単元が最終的に大単元の主題を考察できるよう配慮することが大切である。
○ 授業は、通史的な記述を理解させる部分とそれを活用した主題の設定、探究活動の部分からなる。その際、後者に重点がおかれるよう配慮する。
○ 思考力・判断力を問う大学入試改革は、今回の学習指導要領の改訂とセットで実現させる。大学入試がこれまでと変わらないと、どうしても授業も変われない。逆に、大学入試が変われば授業も変わらざるを得ない。上位科目として「歴史総合(仮称)」を位置づけ、そこで身に付けた思考力や判断力がそのまま大学入試で問われることにより、今回の改訂の主旨が授業レベルまで生かされる。

【「歴史総合(仮称)」の方向性として考えられる構成について】

○ 「近代化」、「大衆化」、「グローバル化」が時代区分を示すものではないならば、「大衆化」は「市民化」という形での落ち着かせ方も考えられる。
○ 「近代化」、「大衆化」、「グローバル化」は、今につながる概念としてとらえてよいということであれば、原案の問いでは狭く、専門的すぎるというか、歴史のある部分を示した問いになっていて、歴史の全体を通した問いとしては固い印象がある。「近代化」の問いについては、時間の使い方、例えば、「時間の使い方、人間の暮らしと時間など、生産と労働、余暇の使い方がどのように変わったか」といったことが考えられる 。「大衆化」の問いについては、公共性や市民性の確立といったことを重視し、「政治参加や人権といったものがどのように人々のものになっていったか」といったことが考えられる。「グローバル化」の問いについては、「人々や物の移動の在り方がどのように変わっていったか」といったことが考えられる。生徒の主体的な学びにつながり、かつ本質的な概念に迫れるものが望ましい。これらの3つの概念が、歴史の過去現在未来に通じる概念であれば、現代につながる大きな問いを立てる必要がある。
○ 「経済」「政治」「国際関係」「社会・文化」といった横軸の区分は捉え方が狭いのではないか。国籍が重要な概念である。これを事例に考えてみた場合、経済面では多国籍企業の在り方が出てきて、政治面では難民問題が出てくる。国籍の問題は、どの横軸にもかかる問題である。横軸のような区分自体よいのかどうか。ある程度分ける必要性はあるが、きれいに分けると全体を眺められなくなる。
○ 横軸として濃淡の違いを設定するのは、重要なことだ。濃淡をつけたことで逆に変革の幅が広がったと思った。歴史の変化自体ではなく、しっかりとした世界像を据えて、転換の行き着く先、現在がどこへ向かおうとているのかを生徒に考えさせることが必要ではないか。学びの到達点は、世界で共有できるものであるべきで「環境」「平和」「市民」「政治参加」などが考えられる。そういうレベルにもっていけるような変革の到達点をみておく必要がある。そういう世界を持つことが、小学校からの歴史学習の基軸に据えるべきだと考えている。変化の先に国籍や難民などを含めた世界像を据えておく必要がある。また、原案は、欧米的な発想が軸になっているように思われる。仏教や漢字の伝来等の重要な構成要素を取り上げられるようにしたい。
○ 「経済」「政治」「国際関係」「社会・文化」といった横軸があると問いが考えにくい。現在であればインターネットの普及と社会への影響は大きく、少し前であればそれがマスメディアであった。例えば、マスメディアが戦争に与えた影響や主権国家の捉え方がどのように変わってきたかなどを問うことが考えられる。また、社会で話題になっている格差の問題をどのように問いに落とし込んでいくかも考えてはどうか。
○ アフリカは今も近代化していていないのではないかとの見方もあるし、16世紀からグローバル化の動きは見られたとの見方もあり、「近代化」、「大衆化」、「グローバル化」を時代区分として捉えない考え方も分かるが、時代区分として捉えないのは生徒にとってはわかりにくいのではないか。
○ 基軸となる問いを設定して生徒に考察させることは賛成できる。その上で、問いの在り方としては、大きく「日本や世界はどのように近代化を推進したか」と問い、その下に「欧米と日本の近代化の類似点と相違点」について問うなど、大きな問いに複数の小さな問いを置く樹形図的な問いの傾向性を作っていく方向性ではどうか。
○ 時代区分をして指導することにしないと、学校現場は指導しにくい。
○ 難しい問いを設定すると生徒はついていけない。問いの設定は教師の工夫によると考えるが、生徒にとって身近な問いが作れれるような、問いの設定であってほしい。ただ、先生方の工夫の問題である。たとえば、主権者教育に関連して、立憲政治なら、日本はどうであった、世界はどうかということを、近代化のところでは考えさせればよい。条約改正ならTPPを扱うことが、人権なら女性の権利の発展などを扱うことができる。身近な日本の事柄を対象に、その背景となる世界の動きを見るような大きな問いを設定してくれると、先生たちはその中で、小さな問いをしていくことが可能なるのではないか。
○ 問いについて考えると、指導内容が総花的にならないように、今後10年で必要となる内容に絞って考える必要がある。文部科学省で考えることなのだから「教育」という言葉が必要だと考えた場合、例えば、教育を充実させていかないといけないが予算がないという問題がある。このことから、「資本主義の進展の中で、教育はどのように変わってきたか」、「教育の変化に伴い社会はどのように変わってきたか」、「教育が近代化に果たした役割や未来への影響」などを考えさせることにしてはどうか。
○ 「平和」は今後とも伝えていかないといけない問題である。日本では100年の戦国時代の後、250年のPax Tokugawanaの時代が訪れ、人を殺して出世した時代から殺すと罰せられる時代へと変遷した。「近代化」でくくると取り上げられない内容もあるのではないか。
○ 近代化やグローバル化が地域ごとにバラバラに進んだことを、生徒は理解できるのかどうか、それをどうやって教えるのか、難しい点である。
○ 人々の生活がどのように変わったかを考えることにより、生徒は歴史を身近に感じられるのではないか。
○ グローバル化の柱は日本と世界が一緒になるということ。その中での光と影は何かを考えさせることが重要である。戦後日本は国際社会にどのように関わってきたのか、求める概念は持続可能な発展、国家を越えた人間の安全保障という考え方がある。例えば、「国際社会は日本をどのように助け、日本はアジアを中心とする発展にどう貢献してきたか」といったことを問うことが考えられる。日本が相互依存、共存共栄世界に生きているという基本的な概念を身に付けさせたい。そのことで日本に責任があることを考えさせる。戦後の日本と世界のかかわりという問いから考えていただきたい。

7.地理教育について

○ 地理はあまり人気がなく、正当に評価されてこなかった。今回、地理総合を学ぶことになることはよいこと。情報化、GISはどんどん進化していくものをどのように取り組んでいくかであるが、地域調査、分析技能、様々な情報をリンクさせることが必要で、より現実的なものにしていくことが大事である。
○ 今やっている研究がその先の社会、生活にどのようにつながっていくか。グローバルな課題と日常生活が結び付いていることを感じ取れるようにしたい。知識の量と分析の技能のバランスをどのようにとっていくかが大事。地理は、自然、人文、政治的等の課題を地球規模で考えていくことができる。
○ 小・中学校社会科に関する議論では、課題解決ということが強調されているが、高等学校では課題解決といいつつ思考力・判断力・表現力とも言われており、それらがどのように結びつくのかが重要である。小・中学校では課題解決と言っても幾らか夢物語的なところがあって、むしろ地理的にみると何が問題なのかという課題の発見というところが重要なのである。高等学校では、解決策としてはどのようなものがあるのか、また解決策を講じているがなぜうまくいかないのかなどを考えることができる。小・中学校や他教科との連携が重要である。

【地理総合(仮称)】

○ 資料の内容は生徒の学習活動の様子がみえ、よいと思う。思考力と思っていても、既習内容の確認に過ぎず、本当の思考力の育成に結びついていない場合もあるのことは考えることが必要である。
○ 問いだけで1年間の授業を組むのは困難であり、メリハリを付けることが必要である。
○ 問いに対する答えを探究していくといったときにも、実際には持っている知識を確認するという意味が強かったりする。プレゼン、ディベート、ディスカッションを行い、生徒が互いに答え合うことを進めることで思考力を養うことができるのではないか。
○ 海峡や半島が政治的にどのような位置付けになるかなどジオポリティックスについては指導しないのか。
○ ジオポリティックスは現状として抜けている部分だと思う。本校ではマレーシアに修学旅行に行くが、マラッカ海峡がどのような意味をもっているか。マラッカ海峡自体は、日本史と地理では出てくるがそれらを結び付けて考えることが必要である。
○ 問いの授業ばかりでは難しいという見方があるが、生徒に議論させていくということを前提として、建設的に考えたい。
○ 地理学会として、これまで地政学を議論してこなかった歴史がある。歴史と地理でタイアップして考えるべき問題である。
○ 考えるとき、知識がないと考えられないが、その知識とはどの程度のものか。中学校で学んだ内容という理解でよいか。到達の基準を考える必要があるのではないか。
○ アクティブラーニングというととかく生徒が動けばよいと捉えられがちだが、それは避けたい。
○ グローバル化の中で、例えば、格差の問題について考える態度などが求められるが、地理的、歴史的にアプローチをすることは重要だが、逆のベクトルで考えるということも必要ではないか。
○ 「国際理解と国際協力」は、グローバル化する社会の中で日本人にとって基本的に理解しておいてほしい事項であり、一つの柱として含まれていることは評価できる。
○ 「国際理解」については、小・中学校の段階で、実際に身近な外国人と交流を行う等の素地を作った上で、高校で文化や宗教、地理的な背景等について見方や考え方を深める、といった流れで資質・能力を身に付けさせたい。
○ 「地球的な諸課題」は、取り上げ方によっては「自分たちには関係ない国際会議で議論されているもの」というイメージになりがち。自分たちの身近なことにもつながっているとの意識を持ち、主体的な学びにつなげられるよう、「地球的な諸課題」を「身近な問題」とも関連付けて取り上げられるように例示すべきである。

【地理科目の改訂の方向性として考えられる構成について】

○ 「地理総合(仮称)」では「(3)防災と持続可能な社会の構築」においてESDが示されているが、Think Globally Act Locallyといった考え方を踏まえれば、ESDは「(2)国際理解と国際協力」と(3)を包括する概念として位置付けることが考えられる。(2)の地球的諸課題が身近なところでも表出している。(3)においてより重点的に取りあげるという意味なら理解できる。
○ 「地理総合(仮称)」で捉えたことが新選択科目につながることになるが、「文化」をもっと出していく必要がある。
○ 国際理解は重要な課題である。地理的な課題というと自然災害のイメージというしかないが、持続可能な開発のための地理教育に関するルツェルン宣言を踏まえ、難民問題などもカバーできるようにしたい。
○ 地理歴史科の科目ということで、歴史地理的な内容が入ってくるといい。例えば、過去の富士山の噴火により、その火山灰が関東地域まで届いたというが、そのような歴史的な事件を地理的に考察するなどの活動があってよいのではないか。

8.公民教育について

○ 一次資料の読み取りは大事だと思う。哲学、倫理では硬い文章も多いので、生徒が興味を持てるように見せ方が大事である。特別チームの資料8-2の6ページのご意見に、文献を基にした教育は興味が持たれない、応用倫理の分野が大事ではないかとある。しかし、一次資料に興味を持てる資料の見せ方を工夫することが大事なのではないか。応用倫理を考えるためには基本が大事。両方大切にすることが必要である。
○ お金や金融、経済について学ぶことを通じて、よりよい生活やよりよい社会を作っていく態度の育成に取り組んでいる。金融や経済については社会、公民、家庭科が中心になると思うが、特に政治・経済では、マクロ的な視点から生徒一人一人が自分たちの人生、生活、社会をよくしていこうということついて、よく分かり考え、発言、行動できる力を身に付けられるよう考えていきたい。
○ 18歳選挙権年齢引下げということがあり、社会の大きな変化に際し、若者たちは自分たちで主張していかなければいけない。その力が付いているのかというところについて、今回の改訂において重視したいと考えている。
○ 先哲の一次資料を学ぶとき、比較的身近な問題を取り上げて、基礎的基本的な部分を学ぶのがよいのではないかと考えている。
○ よりよい人生を送るかということがあげられている。人生は死がやってくる。死というものについて学ぶことは必要ではないか。アクティブラーニングで扱っていただきたい。人間は必ず死ぬということを盛り込みたい。可能であれば、ホスピス、畜殺の現場等、社会の中で隠蔽されがちなところを扱いたい。触れる、言及できる教育を盛り込んでいただけるとよい。
○ 高等学校における道徳教育、人間としての在り方生き方に関する教育であるが、公民として整理する必要がある。小中の「特別の教科道徳」とどう接続するのか、距離をおくのかどうかを考えなければならない。
○ 法教育という立場から模擬裁判、ロールプレイング等の活動を学校で行っている。活動をする学習、答えが一つに定まらないことについて考え解決していく学習に取り組んでいる。生徒は、自由に考え、活発に活動している。主体性が育まれ、社会参加につながる。課題解決的学習、アクティブラーニング等の方向性はよい。
○ 公民科の在り方について意見を述べさせてもらう。公民科の学習をどう考えるかは、3つのことが基本となるであろう。第1に、1人の人間として、各自が自己の在り方や生き方について考えるということ。第2に、自己が存在する社会の在り方について考えること。そして第3に、自己の社会に対する関わり方について考えること。3つをどの順序で考えるかは、重要な思想的な課題である。そして、うまく循環させて実践につなげていくことが、国家・社会の形成者として必要な知識、判断、そして行為する能力の育成につながる。
○ 人間としての在り方、自己の生き方を考える出発点として、人間の尊厳や個人の尊重をしっかり考えていく必要がある。それを基礎として社会の在り方を考えれば、その際に重要になる1つのキーコンセプトとして、協働、協力といったようなものがある。なぜ、人は協働していく必要があるのか。協働関係を通じて何を実現しようとしているのか。協働関係を妨げる要因を克服するために、どういう知恵や仕組みが必要になるのかということを考えていくことが大事である。
○ 家族、地域、国家、国際社会という協働関係の単位があって、それぞれにどういう役割を果たしているのか。政治プロセス、市場、法システムというような協働関係を現実に動かす仕組みとしてどういうものがあって、どういう役割を果たしていくのかということを学んだ上で、自分自身が協働関係の中でどういう役割を果たしていくのかを考えてもらうというのが大事である。
○ 原理原則に基づいて現代社会の諸問題を考える。そして、手法、ノウハウを身に付ける。バランスよく学ぶことに課題があるのではないだろうか。

【公共(仮称)】

○ 「公共(仮称)」では、公民的資質を身に付けるということで、具体的な態度形成やスキルを身に付けることが大事になっている。例えば消費者教育において、契約などを扱っているが、法理論的なことを分かった上でやらないと、非常に底の浅いものになってしまうおそれがある。理論的なことや原理原則的なこと、基礎基本をどこまで学習をして、スキルを身に付けていくのかバランスを考えていくことが大事ではないだろうか。
○ 「公共(仮称)」では、キャリア教育の視点もある。現代社会と同様に「公共(仮称)」が高等学校における道徳教育の中核的指導場面として設定されるのか、別にするのかの議論も必要。「公共(仮称)」と倫理の整合性を検討していきたい。県によっては総合的な学習の時間で道徳教育を実施しているところがある。そのような県の取組と「公共(仮称)」との整合性を検討していかなければならない。
○ 課題を解決することの工夫が必要。生徒にどのように視点を与えるかということや、判断の枠組みを作ることについて考えたい。課題をやってもらって、そこから概念を抽出するやり方なのか、先に概念を与えた上でそれを使って課題を解決するのか。その枠組みの整理が必要。法は、社会のルールであり、判断の枠組みと言える。
○ 「公共(仮称)」と既存の教科との関係性について、「現代社会」で理解させることになっている「幸福、正義、公正」という枠組み、視点は変わらないのかどうか。方向性を知りたい。「幸福、正義、公正」という視点を使って、問題を解決していこうという取組はあまり行われていない。ある意味、知識は知識である。けれども、その活動は活動で別にある。あるいは活動をやっていないという感想を持っている。
○ 少子高齢化、グローバル化が進む中で、労働力の質の向上と量の拡大が求められている。女性の活躍推進が政策目標とされ、男性だけでなく女性も働く社会になっているとともに、働き方も多様になっている。そうした中で、「公共(仮称)」については、自ら主体性を持って生きていく力を身に付けることがポイント。キャリア教育の中核的機能を「公共(仮称)」にもたせることはよい。18歳選挙により政治に参加するということで、政策の中身を分かった上で判断できるように、知識を身に付けること、特に、理念や概念を押さえて、基本的な内容を知り課題を考えることができるようにすることが重要である。
○ 公民を考えていく際、家庭科、情報科などの他の教科との関係、あるいは総合的な学習の時間、特別活動とどう連携を図っていくかを考えていく必要もある。例えば、協働を妨げる要因がどのようなものがあるのか、それを克服するためにどういう方策を考えるべきかということを検討するために、歴史、地理で学んでいるということを前提にしていかなければならない。新科目については歴史、地理との連携を重視して、その新しい必履修科目が全体として人間社会を総合的に考えることができる科目にしていく必要がある。

<「(1)公共の扉」について>

○ 選挙権年齢の引下げを受け、高校生には自ら社会を考える力が求められるが、資料には「ア 公共的な空間に生きる私たち」とあり、既にある公共的な空間を受け入れるというイメージに見える。自分たちで公共的な空間を作っていくというイメージを出す必要があるのではないか。
○ イの1では、社会的効用という表現が用いられている。功利主義は利己主義とは違うという趣旨でこの用語となっていると思うが、まだ不十分と考えられ、「社会全体の幸福」とした方がよいのではないか。
○ 現行の現代社会では「幸福、正義、公正」という概念が出されているが、「正義」という語句は歴史的には復讐の意味もあり、単独で使うのは危険な気がする。その意味では「公正」を前面に出した方がよいのではないか。原案の「人間的責務としての公正」でよいと考えている。                                                          
○ 行為の動機について考え、人間としての在り方生き方について考えていくことが重要とある。個人の徳や倫理は重要であり、学習指導要領として示していく際には、それらも含めてはどうか。
○ 全体としてコミュニタリアニズムの考えがないように感じる。学習指導要領として示していく際には、一部触れることがあってもよいのではないか。
○ 囚人のジレンマなど概念的に考える学習活動を取り入れてはどうかどの記述があるが、その中の環境保護や生命倫理は付け足しのようにみえる。重要な内容であり記述の工夫が必要である。また、環境保護と生命倫理の中間として、動物実験や動物をペットとして飼うことについてどう考えるかという動物倫理を扱うことも考えられる。
○ 作り上げる公共という視点は重要である。また、そのことを考える際には、先人の知恵の蓄積について理解を深めておくことが重要である。
○ 環境保護や生命倫理という内容は重要である。その際、日本人的なものの考え方が重要になってくる。また、正義は復讐という考えは、ヘブライズムの神の見方からくるもので、日本人が何を正しいと思って生きてきたかについて確認したり、他の考えとすり合わせたりすることが重要である。
○ コミュニタリアニズムの視点は重要であり、日本人は従来、間柄的な存在として捉えてきたということを理解することが重要である。
○ 社会的効用や人間的責務としての公正など全体を考えるということが強調されており、自立した個人という考えが見えない。選挙権年齢の引下げなども踏まえ、これから期待されるのは、個人が経済的に自立していくということであり、そこでは社会の仕組みを理解するということが必要となる。個々人の調和が取れないときに社会全体という話になるのではないか。現在の家庭科では消費について扱うものの経済的主体となるという視点はまだまだ弱い。
○ イには「人間としての在り方生き方について考えていく」とある。「公共(仮称)」は共通必履修科目の案であることも踏まえ、また、「倫理」が選択科目であるならば、道徳性を学ぶ場が限られることから、「公共(仮称)」が人間としての在り方生き方に関する教育の中核的な場であることを明示していくべきである。
○ アにあるとおり、個人の問題をどのように扱うかがポイントである。自分の生き方を問うという内容を押さえておくべきだ。高等学校においてもいじめ案件があるが、どの時間で対応していくのかと考えるとき、「公共(仮称)」に求められる部分もあるだろう。青年後期の個人の孤独、不安、悩み、葛藤について、また、生命に対する畏敬の念などについて指導できる場を押さえておく必要がある。
○ イの内容は個人が判断をするための基準となるものとして示されているが、人間や世界の存在、宗教、神などということを考えていくと、1、2は基準とまでは言えず、個人が判断をする際の手掛かりでしかないのではないか。
○ 「公共(仮称)」という名称がどういう経緯で決まったのか、教えてほしい。
○ 「公共(仮称)」の内容は「現代社会」「倫理」「政治・経済」を合わせたものと考えているが、(1)「公共の扉」の議論は倫理的な側面が強く、実際に経済の要素はどれくらいを占めるのだろうか。
○ 社会的効用という表現には違和感がある。経済の世界では、効用は個人的なもので、社会的なイメージの用語としては「社会的厚生(welfare)」がよいのではないか。
○ 「(1)「公共」の扉」に「ウ 公共的な空間における基本的原理」を取り入れたことには賛成できる。ア、イでは、個人としてどのように生きるかという視点はあったが、社会の視点が出せるかには疑問があった。人々は社会の中で自分の人生をデザインしているから、社会を知る必要がある。また、課題解決力が重要と言われるが、課題を発見することも大事。どこに課題があるかを把握できないと解決に至らない。枠組みを知ることが必要である。
○ 「効用」という語句の使い方について、社会全体の幸福につなげるのはまだ違和感が残っている。「行為の結果における効用として」の「効用として」を削除するか、「個人の効用と社会の厚生」とするべきではないか。

<「(2)自立した主体として社会に参画し、他者と協働するために」について>

○ 経済的主体の中で、「政府の役割(税を含む)」とあるが、税と合わせて「財政」を入れるべきではないか。歳入だけでなく歳出も合わせて考えるべきである。また、歳出とくれば、最大の歳出項目である「社会保障」を続けて記述するのがよいのではないか。
○ 経済的主体には、「消費者」を入れるか、あるいは括弧書きは全部削除すべきである。人々は生産活動を担う労働者であり、消費者でもある。労働側だけを入れているのは違和感がある。そのとき、エの「消費者の権利や責任」はイに入るのではないか。
○ イに「男女共同参画」という内容がある。男性だけでなく女性が働くことについて考えることは重要だが、経済活動は男女共同参画の一側面でしかない。人間の尊厳や平等を扱うウに位置付ける方が適当ではないか。
○ イに「消費者」を入れることが適当である。また、「経済の拡大」という表現を「より活発な経済活動」に変えてはどうか。
○ 「消費者」を入れるならば、「消費者、労働者、生産者」という順序が適当ではないか。
○ 時数の配分には不安がある。倫理的側面の指導に加え、アからエの内容、アクティブラーニングを用いて(3)について指導するとなれば、2単位に納めることが可能かどうか。
○ 「現代社会」、「政治・経済」共に憲法について指導している。「公共(仮称)」においては、政治的主体の内容として指導するということになるのだろうが、どこまで指導するかは重要である。
○ 生徒の周りは情報化が進んでいる。エの情報に関する指導は重要で、情報科との連携とあるが、どのように連携すればいいのか。情報に関してどれだけの内容を「公共(仮称)」で扱うかが分からないと不安である。
○ (1)の内容を踏まえれば、生活者という視点が大事となってくるが、(2)の「・・・となること」という表現は気になるところ。このままだと教師はその内容を教え込めばよいのだと理解しそうである。このため、例えば、「・・・である私たち」というような表現としてはどうか。
○ 実際の学習活動を想定した場合、(3)で課題の探究を通じて活動できる力を育むことを目指しているはず。持続可能な社会づくりというのも覚えるものとしてではなく、生徒が提案するものとして示したい。
○ (2)について独立して教え込む形の授業になっては意味がない。(3)を学ぶ中に計画的に(2)の内容が入っていくような捉え方をすべきではないか。
○ (2)のアからエと※の「様々な・・・コミュニティ」の関係はどのように捉えるべきか。(2)の内容は国家の問題が入っており、コミュニティレベルにとどまっていてよいのか。
○ (2)(3)の内容は「現代社会」と似ている。「現代社会」との違いは「主体となること」という要素であり、「主体」というものが「公共(仮称)」のキーワードと理解している。小・中・高校の社会科、地理歴史科、公民科を通じて育成すべき資質・能力の議論の中では、どのような概念を使えば社会が見えるのか、「地理的な見方や考え方」「歴史的な見方や考え方」を発達させられるかという議論をしている。「公共(仮称)」での基準については、道徳的な価値観も一つだが、それが一番ということになると、「公共(仮称)」を公民科に入れるのが難しくなる。基準として出てくるのは、倫理哲学的なものか、道徳的なものか。
○ 「現代社会」に「正義」という概念が取り入れられているのは、個人としてどうあるかということを捉えるだけでは高校段階では十分ではないという考え方によるものと理解している。個人の道徳や生き方を社会的な在り方とどのように結んでいくかを考えさせることが重要である。
○ (1)をもとに(2)(3)を考えるということだろうが、そのとき(1)の「行為の結果において・・・考え方」「(行為の結果よりも、)・・・考え方」だけでは十分ではないので、手掛かりとするくらいの位置付けが適当ではないか。
○ (1)のアは「関心・意欲」の側面が強く、イは「思考・判断・表現」の側面が強い。(2)は素材が網羅的に示されており、「知識・理解」が想定される。(1)から(3)を通じてアクティブラーニングで学ぶということを想定するなら、書きぶりを工夫する必要があるのではないか。
○ 「正義」は単独で用いると危険と思われ、「公正」と合わせて出すならうまく機能すると考える。
○ 倫理と道徳の区別をどのように考えているのか。中学校までは全ての教科等で道徳教育を行うこととしている。一方、高校では「公共(仮称)」がその中核を担うと受け止めている。「公共(仮称)」は入試問題としてもすぐには登場しないように思われ、きちんと道徳を学ぶ場になると期待できる。
○ 「公共(仮称)」のねらいから考えれば、学習指導要領になったときには、(3)を内容、(2)を内容の取扱いという位置付けにした方がよいのではないか。(2)を内容とするのは、2単位では無理である。
○ 「(2)自立した主体として社会に参画し、他者と協働するために」は4つの主体に構造化され、他の項目とのつながりもでき、よくなった。ただ、題材の例が経済はよくわかるが、政治については「(1)「公共」の扉」に関連する要素を取り入れたためか記述が後退しているように思うがどうか。中学校の学習内容をきちんと押さえておかないと「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」において探究するのが難しくなる。
○ 財政や社会保障は高校生にとっては身近ではない。自分が払うようになったときにしっかりと払わないといけないのだということをきちんと指導すべきである。
○ 小中学校社会科の学習内容や「倫理」「政治・経済」との関係をしっかりしないと「公共(仮称)」の意義も見えてこない。子供たちが主体的に社会に参画する力を鍛えるものとして理解するならば、「(2)自立した主体として社会に参画し、他者を協働するために」は分析的に考えるものとして、政治的に、あるいは経済的に社会を切るならどのようにするのかを考えさせる。「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」は総合的に考えさせるという体系となっていると考えることができる。(2)は、例えば、政治学者がどのように社会を切って、どのような問いを投げかけるのかを気付くための視点に気付くとか、視点を獲得するとかいったことにしてはどうか。制度を細かに学ぶということにならないように、例えば、財政と税と通して○○について考えるといった規定の仕方にしてはどうか。
○ 「(2)自立した主体として社会に参画し、他者と協働するために」をどのようにするかは重要な問題である。知識の習得と追究のバランスを考えることが必要だが、アイウは視点ではあるが、システム化された社会においてはそのシステムを使って社会に参画していくわけで、どのようなシステムなのかを(2)で理解させることは必要である。そうでないと(3)につながっていかない。

<「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」について>

○ 地理歴史科の新科目については、グローバル化をかなり意識して議論が進められている。現行の公民科の目標は「広い視野に立って」とだけあり、小・中学校社会科、高等学校地理歴史科のような「国際社会に生きる」といった要素がないので、見直してはどうか。
○ 入試に直結しない科目をゆっくりと時間をかけて指導することは、実際には、生徒や保護者を考えると、学校としても取り組みにくい。このため、進路に関わる内容や大学でも役に立つような内容を取り入れるべきではないか。
○ (1)から(3)の内容について、どのようにバランスをとるかが重要だが、(2)の内容が多い印象を受ける。(3)に重点があるという方向性をいかに示していくか。
○ 「公共(仮称)」は「倫理」「政治・経済」を学ぶ動機付けにもなり、そういう意味では入試につながる科目とも言える。
○ (3)で環境倫理を取り上げることも考えられる。
○ (1)の理解の下で、(3)を中心に学ぶということにしたい。(2)は中学校で学ぶ内容とも重なり合うし、(3)の準備として加える程度でよいのではないか。
○ (3)については未来志向に見えるが、過去の内容も無視することはできない。アには、「地域の創造」とあるが、その前に地域が消失している状況を踏まえたり、そこに存在する伝統や文化についてもきちんと押さえたりしておくことが重要である。
○ わびさびなど日本人としての自然観、人間観や世界観を押さえておかないと、国際的な視点は捉えにくいのではないか。
○ グローバル化をいろいろな側面から見るためには、日本的なもの、日本の伝統や美意識等などについて指導することが必要ではないか。生徒の自己発見にもなろう。
○ 昨年国連で定められたSDGs(持続可能な開発目標)からは、MDGs(ミレニアム開発目標)は日本国内の課題、地域や個人の課題として捉えることができる。個人や地域の消費もグローバル社会に関わっているのである。また、世界と日本というふうに対峙する関係として捉える見方は終わっており、世界の中の日本という捉え方をすべきである。
○ (2)の扱いについて、ゲームのルールとゲームで考えると、従来は、ルールを中心に教えゲームをさせていないという状態だったと言える。今後はゲームを入れていく必要がある。ただし、ルールを知らずにゲームはできないので、中学校で指導する内容とどのように仕分けていくかが重要であろう。
○ (3)の問題を最初に認識されることは重要で、その上で、(1)(2)と指導していくという工夫もありえる。そのような工夫を許容できるようにしておくことが重要である。
○ 共時的な視点と通時的な視点を扱うことが重要である。持続可能な社会を考える際に両方の視点が必要となってくる。
○ 通時的な視点で考える際に、短期的・長期的な利益や幸福というものをどのように考えるか。これは個人と制度をどのように考えるかに関わる問題と捉えることができる。
○ 公共を作り出すという視点はもっともである。実際に作り出すのは簡単ではないが、高校生には、「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」に例示する諸課題についてよく意識してもらいたい。
○ 「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」の題材の例として、受益と負担の均衡した社会保障とあるが、受益と負担の均衡は財政サービス全般に関わるものであり、高校生には理解を深めさせたい。また、社会保障については、給付額のマクロスライドや高齢世代の健康保険料の引上げなどが行われているところ。「世代間の調和がとれた」との表現には工夫がうかがえるが、さらに「受益と負担の均衡や収支のバランスの取れた世代間の協力による社会保障」としてはどうか。
○ 「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」では、アイウいずれにも「主体的参画」との文言が入り、よくなった。表題自体、「持続可能な「よりよい」社会づくり」とするとさらに前向きでよいのではないか。

<全体について>

○ 資料には、個人の幸福や主体的に物事に関わる、社会づくりといった言葉が入り、よくなった。
○ 「公共(仮称)」の検討に関わるものとして、金融広報中央委員会が作成した「金融教育プログラム」を紹介したい。本資料は、お金や金融の働きから、自らの生活や社会づくりについて考える取組を進めることをねらいとしたものである。2007年に作成したものを、このたび、学習指導要領や諸外国の動向などを踏まえて改訂し、本年2月15日には全国の学校に配送した。内容は、現在学校で行われる取組を分析し4分野に整理したものであり、年齢層別に目標を示したり、事例を掲載したりしている。
○ 日本は単一民族という人もいるが、いわゆるオールドカマーと言われる韓国や中国出身の方や、ニューカマーと言われるブラジル出身の方等、いろいろな方がいる。こういったいわゆるマイノリティを含めて社会は構成されていることや、ジェンダー、セクシャリティの多様性についても諸課題として取り上げれば、リアリティのある教育になるのではないか。
○ 文化と多様性について考えることは重要である。他人に危害を与える行為以外は自由であるというのがJSミル以来の原則である。寛容というキーワードを取り入れてほしい。
○ 宗教について考えることは重要である。日本人は無宗教とされつつも、正月にはお参りをし祈るのであって、宗教心は厚いとの考えもある。宗教現象は多様であるということがきちんと教科書に書かれるようにしたい。
○ 日本人の宗教性はきちんと押さえるべきである。関連する記述として、「先人の取組、知恵」が「(1)「公共」の扉」、「(3)持続可能な社会づくりの主体となるために」にあるが、(1)は広めに捉え、(3)は日本人としての宗教性として捉えることとしてはどうか。日本人の宗教は、既成宗教ではなく、宗教性の寛容という点から扱ってはどうか。
○ 高校における道徳教育は、在り方生き方教育として関係教科等で扱うが、「公共(仮称)」には色濃い部分があり、その点も注意して考えることが必要である。
○ 現行の「現代社会」でも多様な宗教やその問題なども扱われている。また、宗教は個人の生き方の判断や公共的な事柄の判断基準になることもある。さらに、政教分離という問題もある。宗教をどのような次元で扱うのかを考えることが必要ではないか。
○ 関係する専門家・機関に社会福祉施設も入れてはどうか。
○ 社会の構成原理としての「法」はどのようなものかを考えさせることには意味がある。
○ 関係する専門家・機関に「弁護士」とあるが、弁護士会の法教育委員会では協力をしていこうというコンセンサスがある。
○ 弁護士として仕事をしていて、委任契約という考え方は大事だと考えている。社会が複雑になるほどに自分だけではできないことも増え、委任の範囲は広がっていく。また、国民と議員の関係は委任関係であり、選挙でどのようにするかを考えることにつながるし、雇用関係で見てみれば労働につながる。取り上げ方は今後とも検討が必要である。
○ 「公共(仮称)」は第1、2学年で設置することが想定されるが、「(1)「公共」の扉」のア、ウや(2)は、小・中学校で身に付けたことをもとに指導するのか、あるいは「公共(仮称)」で新たに提示される内容をもとに指導することになるのか、整理が必要ではないか。例えば、(1)ウは憲法の基本原理をもとにするのか、別の内容になるのか。「倫理」「政治・経済」との関係がもあり、重層的になっているがどう考えるか。
○ 学習指導要領の内容が規定されれば、教科書の内容も決まる。学習活動例が前面に出てくるのか、内容が前面に出てくるのか。内容が前面に出てきた場合、課題追究的に学習するのは難しくなるかもしれない。高等学校教諭の指導観を変えるとなれば、抜本的に変えるというメッセージを出すべきである。
○ 「公共(仮称)」が公民の中でどのように位置付けられるかということにも関わる問題だが、必履修という考えに立つ場合、そこで考え方を学ばせるだけとなると、知識や技能が身に付かない可能性がある。知識の詰め込みとなれば今までどおりとなってしまうのだが、まじめに考察させようと思ったら、小・中学校の知識だけでは足りない。「公共(仮称)」の内容が「総合的な学習の時間」の学びに近づいているように思う。公民科として身に付けさせるべき内容はきちんと押さえなければならない。

【公民科目の改訂の方向性として考えられる構成】

○ 「倫理(仮称)」の活動例に、「先哲の原典を読む」とあるのは賛成。原典に当たったときの驚きは大きく、生徒にはぜひ体験してもらいたい。ただ、原典というとギリシャ語、ラテン語で記述されたものとの誤解を生むので、「先哲の原典に関する議論」とするのがよいのではないか。
○ 倫理の世界には、規範倫理、メタ倫理、応用倫理の3分類がある。このうち、規範倫理、応用倫理の内容は「倫理(仮称)」の中に見られる。メタ倫理とはよいとか正しいとかいったことの意味を分析することだが、これに対応するものとして「(1)自己の課題と人間としての在り方生き方」の考察の対象として、「倫理的な価値の意義」という内容を入れてはどうか。
○ 「現代社会」と「公共(仮称)」はかなりの重複が見られるならば、「現代社会」は廃止が賢明である。そのとき、大学入試で「公共(仮称)」「倫理(仮称)」「政治・経済(仮称)」はどのように扱われるのか議論はあるのか。
○ 「倫理(仮称)」の「(2)現代の諸課題と倫理」の例に、消費者教育推進法に規定された「消費者市民社会」を入れてはどうか。
○ 考える倫理という方向性はよい。今後、日本人としての思想等を明示的に示すことなど整理していく必要がある。
○ 「公共(仮称)」「倫理」「政治・経済」それぞれに課題追究的な内容が入っていくが、どのような内容を扱うの整理していく必要がある。
○ 先哲の原典を読むと言ったときに、西洋中心になりがちで、日本の内容は付け足しになりがちである。両者がバランスよく扱われるようにしたい。
○ 目先のことだけでなく、将来いろいろなことを議論していく中で、核となるような、朽ちないものを身に付けさせ、課題を考える手がかりを得させるようにしたい。
○ 「公共(仮称)」だけが必修となった場合、大学入試が変わらないとすると「倫理(仮称)」「政治・経済(仮称)」は高校で開設されない懸念がある。これらも社会を考える重要な科目である。公民科として4単位の枠を設けてはどうか。
○ 「政治・経済」は現行2単位では、現行の(3)「現代社会の諸課題」における探究が十分やりきれていない。それが二つの大項目に再構成されたところは評価したい。「倫理(仮称)」「政治・経済(仮称)」が高校で開設されるようにしたい。
○ 科目、構成、名称に議論の余地はあるのかどうか。「公共(仮称)」の名称は、例えば、現在検討されている「歴史総合(仮称)」という名称や公民教育の歴史的経緯を踏まえて、「公民総合」としてはどうか。

【公民科で育成すべき資質・能力の整理】

○ 「公共(仮称)」の情意・態度として、「社会参画への意欲や態度」が入っていることはよいが、「現代社会」を「公共(仮称)」に変えることの理解を得るためには、思考力・判断力・表現力等の枠にも、社会への参画に関する内容を込める必要があるのではないか。
○ 高校公民科では「公民としての資質を養う」ことを目標としてきたが、「公共(仮称)」などは小・中学校社会とどのようにつながるのか。「公共(仮称)」の科目名称はどうなるのか。
○ 「公共(仮称)」の個別の知識や技能にある「様々な主体となるために」は本資料単独でみると意味が通らない。政治的主体、経済的主体といった内容を入れてはどうか。
○ 中学校社会科(公民的分野)の情意・態度等については、「自国を愛し」といった内容が強調されているようにみえる。各国の平和といった内容を入れてはどうか。
○ 中学校社会科(公民的分野)や高等学校地理歴史科のように、公民科においても資料活用の技能を意識的に入れる必要がある。根拠をもとに、事実と価値判断を分けて議論する力を身に付けさせたい。
○ 「倫理(仮称)」には「概念の・・・理解」とあるが、メタ倫理につながるものである。「倫理(仮称)」の内容としては、「倫理的概念の意味」の理解について言及する必要がある。
○ 中学校社会科(公民的分野)で育成される資質・能力が高等学校にどのように引き継がれていくのかがわからない。両者の言葉をつなぐことが必要ではないか。

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