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教育課程部会 社会・地理歴史・公民ワーキンググループ(第4回) 議事録

1.日時

平成28年1月28日(木曜日)14時30分~16時30分

2.場所

三番町共用会議所大会議室

3.議題

  1. 社会・地理歴史・公民の改善充実について
  2. その他

4.議事録

【土井主査】  それでは,定刻となりましたので,ただいまから中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の社会・地理歴史・公民ワーキンググループの第4回を開催いたします。本日は,お忙しい中御参集いただきまして,誠にありがとうございます。
第1回の会議におきまして御提案しましたとおり,議論する事項に応じて,今後は小グループに分けて議論をさせていただきたいという点につきまして,委員の皆様に御了解を頂いたところでございます。本日は,主に高等学校の公民科における新設科目に関する構成等につきまして御意見を頂く予定としておりますので,その関係の委員の先生方を中心にお集まりいただいております。どうかよろしくお願いいたします。
それでは,最初に,事務局から配付資料について確認をお願いいたします。

【大内学校教育官】  失礼いたします。配付資料の確認をさせていただきます。
本日は,議事次第に記載しておりますとおり,資料1から資料8,参考資料といたしまして1から3,その他,机上に参考となる資料を配付させていただいております。また,本日,岡崎委員の方から,参考ということで,金融教育プログラムのパンフレットを頂戴しておりますので,各委員の机上にこれも配付させていただいております。配付資料等につきまして不足等ございましたら,事務局にお申し付けください。
なお,机上にタブレット端末を置いてございますけれども,本ワーキンググループの審議に当たりまして参考となる審議会の答申等,関連するデータ等を入れてございますので,詳細は次第の2枚目の方を御覧いただければと思います。
以上でございます。

【土井主査】  ありがとうございます。それでは,これより議事に入りたいと思います。
本日は,報道関係者より会議の撮影及び録音の申出がございますので,これを許可しております。御承知おきください。
本日は,公民科新設科目の方向として考えられる構成等につきまして意見の交換を行いたいと考えておりますが,それに先立ちまして事務局の方から,高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チームの検討状況を御紹介いただくと共に,本ワーキンググループ,とりわけほかの小グループにおけるこれまでの議論状況につきまして,確認の意味を込めて御説明をお願いしたいと思っております。その際,公民科の内容に関する部分につきましては,後ほど議論の際に説明をしていただくこととして,ここでは,12月21日に行われました特別チームや,1月25日に行われました本ワーキンググループにおける高等学校の地理・歴史科におく新科目の内容,構成の考え方についての審議,それから,これまでの本ワーキンググループにおける社会科,地理・歴史科,公民科における見方や考え方等に関する審議の状況について,意見の概要の御説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【梶山主任視学官】  それでは,私の方から簡単に御説明させていただきます。まず,資料5と資料3,こちらの三つを使って基本的には御説明したいと思いますので,資料5と資料3を御覧いただければと思います。よろしゅうございましょうか。
まず,資料5,資料3が,「公共(仮称)」以外に新たに置かれる必履修科目として「歴史総合(仮称)」,それから「地理総合(仮称)」について検討が行われているところでございますが,それに関する資料でございます。
資料5の1ページ目をはぐっていただければと思います。近代化,大衆化,グローバル化というような絵のところ,たたき台案というものがございますが,こちらは前回の全体での説明でも御説明申し上げましたように,論点整理におきまして,歴史においては歴史の転換というものに着目して検討を行うということが書かれているところでございます。そちらに関しまして,近代化,それから大衆化,グローバル化と,このような軸というものを中心に指導していってはどうかというところ。それから,それに当たって,考察の手立てとして類似と差異を見ていくような比較,それから原因と結果を考えていくような因果,それから関係性とつながりを見ていくような相互作用と,こういうところを使って学習課題を設定し,資料を活用して考察し,歴史を捉える概念を理解すると,このようなところでその全体を構成してはどうか,考えてはどうかというところが,特別チームの方で御議論いただきました。また,その構成につきましては,左上にありますが,科目の導入部分というところ,それから,考えられる例として,近代化に対応して,例えば工業化や政治変動などの内容のまとまりごとに学習の内容が付いてくると,このようなイメージであるということ。それから,米マークが一番下にございますが,学習課題によっては,近現代ということではございますが,近現代の前というようなところで,取り上げる時期を若干広げて設定したり,多様な地域を取り上げたりすることで理解を深めることも考えられるのではないかと,このようなことが特別チームの方でたたき台として議論されました。
資料3を御覧いただければと思います。資料3におきまして,その後,そのたたき台というのを深めまして,「歴史総合(仮称)」においてどのような資質や能力を育んでいくのか,また歴史を考察する手立てとしてどのようなものが考えられるかというところで,資質・能力として,歴史を考察する手立てを用いて,現代の諸課題の歴史的背景を追究するような力であったり,ほかの二つにありますようなものというのが考えられるのではないかということ。それから,真ん中の緑にありますように,先ほどの比較,因果,相互作用というものを用いて,多面的,多角的に吟味したり,資料に基づいて解釈すると,こういうことが考えられるのではないかということ。それから,構成といたしまして,先ほどの近代化,大衆化,グローバル化ということに関して,現代につながる諸課題に対応して様々な内容というもの,こういうことを教えていくということが考えられるのではないかというもの,こういうところをたたき台ということで御検討いただいたところでございまして,次のページに,今の歴史系の世界史,日本史のそれぞれのまとまりでありましたり,先ほどの中に入っていく題材として今このようなことが行われているということ,こういうことも踏まえて御議論いただいたところでございます。内容につきましては資料4,資料3ですかね,主な意見というところにありますので,その内容については,済みませんが,適宜御覧いただければというふうに思っております。
それから,地理でございますが,地理については,大変恐縮でございますが,資料5の先ほどの絵の次のページを御覧いただければと思います。地理科目の改訂の方向性(たたき台案)というものが,横のパワーポイントであろうかと思います。こちらにつきましては,現在の「地理A」というもの,それから,資質や能力を踏まえて,どのような構成案が考えられるかというところで,新必履修科目の案というものがたたき台ということで御検討いただいております。
「地理総合(仮称)」ということで,(1)で,GISのような汎用的な地理的技能を身に付けると共に,学ぶ意義の確認をするパート。(2)といたしまして,グローバル化に対応して,国際理解と国際協力というのを考えていくパート。それから(3)ということで,今の地球が抱える問題として非常に大きな防災と持続可能な社会の構築ということを考えていくパート,このようなものに関してやっていくことが考えられるのではないかということが,たたき台として御議論いただいております。
それから,恐縮でございますが,先ほど御覧いただいた資料3に行っていただいて,ワーキンググループでは,「地理総合(仮称)」についての思考力等と授業イメージという横のパワーポイントが,引き続き御議論いただいたところでございます。先ほど御紹介いたしました「地理総合(仮称)」の項目の構成案に基づきまして,それぞれで,どういう思考力,判断力,表現力を重視していくのかというところ,こちらについて,赤マルで思考力,判断力を中心に,青マルで表現力を中心に,このような力を育んでいくということを示した上で,それを,地理的な見方や考え方を用いた授業設計としてどのような授業展開が考えられるのだろうというところで,問いと授業展開のイメージと併せて御議論いただいたところでございます。このようなところを踏まえて,後ろに授業実践例というのが詳しく載っておりますが,こちらの方も御覧いただければと思っております。
それから,資料2を御覧いただければと思います。先ほど来申し上げておりますのが高等学校における新しい科目に関する議論でございますが,資料2に関しましては小・中学校,それからまた高校を含めて,どのような力を育んでいくのかというものを段階を追って整理するということ,このようなところが御検討いただいているところでございます。
2ページ目を御覧いただければと思いますが,社会科,地歴科,それから公民科における思考力,判断力,表現力等の育成イメージというところで,1から4までの力,1が社会的事象の意味,意義,特色や相互の関連を考察していくような力,2として,地域に見られる課題や問題を把握し,その解決に向けて構想する力。3が,考察したこと,構想したことを説明する力,4として,考察したこと,構想したことを基に議論する力という,このような力というものを,小・中・高段階において,大まかに,このようなできることということを4段階なり3段階で整理していくとこのようになっていくのではないかというイメージを御検討いただいているところでございます。なお,一番最後に,学習の見通しを持ち追究の結果を評価する力,こちらはいわゆるメタ認知的というふうに呼ばれる力でございますが,こちらについても参考までに載せております。これについても御議論があったところでございます。
次のページを御覧いただければと思いますが,このようなところを踏まえまして,今回,社会科をはじめとしまして各教科において,いわゆる学力の三つの柱というものをどう育んでいくかというところを整理する必要がありますが,特に社会科において重要な思考力,判断力,表現力というものをどういうふうに考えていくかというのを,学年段階で大まかな図として示したものがこちらでございます。幼児教育,それから生活科ということの土台に続きまして,先ほどの考察する力,構想する力,説明する力,議論する力というものを育んでいくということが必要になるわけでございますが,その際,各教科の正に本質となるような追究の視点であったり,方法というものを明確にして,それを基に,意識して指導していく,子供たちが考えていくということが重要ではないかと,それは何かということをここで整理してはどうかということで示しているものでございます。
小学校におきまして,社会的事象の見方や考え方の基礎ということで,位置や空間の広がり等に着目して,これは地理的な場合の基礎でございますが,それぞれ地理,歴史,公民的なものということに関して,社会的事象の様子や仕組みを見出し,事象を比較したり分類したり,総合したりして考える。国民や人々の生活と関連付けて考えるというようなこと,こういうところを小学校で,また中学校におきまして,それぞれの3分野に分かれて,物の見方や考え方というところで意識していくことが非常に重要なのではないかというところをたたき台として出させていただいて,御議論いただいたところでございます。
議論等につきましては,先ほど申し上げましたが,その主な意見というところを御覧いただければと思います。
簡単ではございますが,以上御紹介させていただきました。以上でございます。

【土井主査】  ありがとうございました。時間の関係でポイントのみを簡潔に,ざっと説明していただきましたので,詳しい点は資料を各委員の先生方の方でお目通しいただければと思います。今後とも高校地歴・公民科特別チームや本ワーキンググループ,ほかの小グループにおける検討状況につきましては,引き続き情報を共有していきたいと考えておりますので,よろしくお願いいたします。
それでは,本日の議論の内容の方に移らせていただきたいと思います。
本日は,冒頭申し上げましたとおり,公民科新設科目の方向性として考えられる構成について意見交換を行いたいと考えております。それで,初めに事務局から,そのたたき台となる資料について御説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【大内学校教育官】  失礼いたします。本日御議論いただきますのは資料7になりますが,その前に,資料7に至るまでの経緯を簡単に御説明させていただければと思います。
まず初めに,資料6をお手元に御用意いただければと思います。
資料6につきましては,12月7日に開催されました第1回ワーキンググループにおきまして,このワーキングでの検討事項ということで御紹介させていただいた資料でございます。本日御議論いただきますのは,1,社会・地歴・公民科を通じて育成すべき資質・能力についての中の,一番下の中点のところになります。高等学校における新設科目等の具体的な内容についてということで,先ほど主任視学官の梶山から紹介もありましたが,ほかのワーキンググループ又は特別チームにおきまして,その資質・能力等の検討というのが行われているところでございます。公民科においても追って検討していくことになりますが,本日については構成あるいは内容,在り方,方向性についての御議論を頂戴するということでございます。
これと関連しまして,第1回のワーキンググループの際に,公民教育,公民新設科目,「公共(仮称)」についてどういった御意見を頂戴したかといいますのが,資料1でございます。資料1の14ページからが新設科目「公共(仮称)」につきましての御意見ということで,紹介させていただきたいと思います。
14ページ一番下のマルでございますけれども,一次資料の読み取りが大切だというような御意見。哲学,倫理では硬い文章も多いので,生徒が興味を持てるようにするような見せ方が大事ではないかと。応用倫理の分野が大事ではないかというような意見もあったようなのだけれども,一次資料に興味を持てる資料の見せ方を工夫することが大切なのではないかというような御意見を頂戴しております。
15ページの方に参りまして,「公共(仮称)」では具体的な態度形成やスキルを身に付けるということが大切なのだろうと。理論的なことや原理原則的なこと,基礎基本をどこまで学習してスキルを身に付けていくのかというようなバランスを考えていくことが大切ではないかというような御意見。また,お金や金融,経済について学ぶことを通じて,マクロ的な視点から生徒一人一人が自分たちの人生,生活,社会をよくしていこうということについて分かり,発言,行動できる力を身に付けさせるということを考えるべきではないかというような御意見。それから,選挙権年齢の引下げと合わせて,若者たちは自分たちで主張していかなければならないと,そういう力が付いているのかどうかというところについて今回重視すべきではないかというような御意見。先哲の一次資料を学ぶときに比較的身近な問題を取り上げて,基礎的,基本的な部分を学ぶのがよいのではないかというような御意見。それから,学習指導の構造化の3本柱の一つに情意,態度に関わることがあるわけですが,それと関わりまして,よりよい人生を送るということが挙げられているわけですが,一方で,人生には死がやってくると,死というものについて学ぶことが必要ではないかというような御意見。高等学校における道徳教育,人間としての在り方生き方に関する教育について,小・中の特別の教科道徳との接続をどうするかというような御意見。
16ページに参りまして,一番上でございますけれども,答えが一つに定まらないということについて考え,解決していく学習ということを通じて,主体性が育まれ,社会参加につながる,あるいは課題解決学習,「アクティブ・ラーニング」の方向性ということはよいのではないかというような御意見を頂戴しております。また,一つ飛びまして,課題をやってもらって,そこから概念を抽出するやり方なのか,先に概念を与えた上で,それを使って課題を解決するのかというような枠組みの整理が必要ではないかというような御意見。また一つ飛びまして,「現代社会」で理解させることとなっている幸福,正義,公正という枠組み,視点をどうしていくのかというような御意見。次のマルでございますけれども,少子高齢化あるいはグローバル化が進む中で,労働力の質の向上と量の拡大が求められている。女性の活躍推進が政策目標とされ,働き方も多様となっている中で,主体性を持って生きていくということを身に付けることが大事ではないかというような御意見。また,キャリア教育の中核的機能を「公共(仮称)」に持たせることはよいのではないかと,さらに,18歳選挙権年齢の引下げに伴いまして,政策の中身を分かった上で判断できるということ,特にその理念や概念を押さえて,基本的な内容を知り,課題を考えることできるようにすることが重要ではないかというような御意見。
16ページ一番下のマルでございますけれども,公民科の学習をどう考えるかということについては三つのことが基本になるのではないかと,一つ目としては,各自が自己の在り方や生き方について考えるということ,2点目としては自己が存在する社会の在り方について考えるということ,3点目が,自己の社会に対する関わり方について考えること,この三つをどういう順序で指導していくかというのは重要な思想的な課題でもあるのではないかというような御意見。次でございますけれども,人間としての在り方,自己の生き方を考える出発点として,人間の尊厳や個人の尊重を考えていく,それを基礎として社会の在り方を考える。その際に重要になる一つのキーコンセプトとして協働,協力といったようなものがあるのではないかというような御意見。また,なぜ人は協働していく必要があるのか,協働関係を通じて何を実現しようとしているのか,協働関係を妨げる要因を克服するために,どういう知恵や仕組みが必要になるのかということについて考えていくことが大切ではないかというような御意見を頂戴しております。
また,家族,地域,国家,国際社会という協働関係の単位があって,それぞれにどういう役割を果たしているのか,政治プロセス,市場,法システムというような,協働関係を現実に動かす仕組みとしてどういったものがあって,どんな役割を果たしていくのかと。これらを学んだ上で,自分自身が協働関係の中でどういう役割を果たしていくのかを考えてもらうのが大事ではないかというような御意見。一番最後のマルでございますけれども,ほかの教科との関係あるいは連携についてどう図っていくか。また,新科目については歴史,地理の新設科目との連携を重視して,新しい必履修科目全体が人間社会を総合的に考えることができる科目にしていく必要があるのではないかというような御意見を,第1回のワーキングにおいて頂戴いたしましたところです。
これらの御意見も参考にさせていただきながら,12月21日に特別チームが開催されておりまして,資料5のところで特別チームの配付資料というのを付けさせていただいております。また,ちょっと前後して恐縮ですが,資料4のところで,この特別チームの際に出ました主な意見というものがございます。
資料5の方から先に申し上げますと,先ほど地歴の説明はございましたが,公民,「公共(仮称)」につきましては6ページ,7ページをお開きいただければと思います。6ページ目につきまして,高等学校指導要領における公民科科目新設の方向性(たたき台案)ということで,真ん中から左側は昨年8月に出されました論点整理で示させていただいている課題や,育成すべき資質・能力,そして御検討いただきましたのが右側の新必履修科目案ということで,三つの項目から構成されてございます。一つは「公共の扉」,二つ目が,自立した主体として社会に参画し,他者と協働していくために様々な主体となることについての項目,そして最後に持続可能な社会づくりの主体となるためにというような項目で御議論を頂戴いたしました。また,「公共の扉」の部分につきましては,特に7ページ目にもお示しさせていただいておりますけれども,具体的に二つの要素から項目構成をしてございまして,これらについては資料7で,また対比しながら御説明させていただきますが,ひとまず12月21日の特別チームにおいてどういった御意見が出たかということを紹介させていただきますと,資料4の方にまた戻っていただくことになりますが,資料4の9ページ目,下から二つ目のマル以降が,12月21日の第2回の特別チームで「公共(仮称)」に関わって御意見を頂戴した箇所でございます。
下から二つ目のマルでございますけれども,「公共の扉」において,協力が重要だというのはそのとおりではないかと。学習活動としてゲーム的なもの,思考実験的なものが入っているということは重要だと思うが,うまく指導しないと誤解を生む,あるいは逆の結果を生む可能性があるのではないかというような御意見を頂戴してございます。また,9ページの一番下でございますけれども,公共というものが存在するというようなことを指導することが重要であると。また,協力とは押し付けでなく,自然に出てくるものであるというふうに扱ってはどうかというような御意見。
10ページに参りますが,公共はパブリックであり,プライベートと対置するものであると。パブリックに加え,プライベートについても同時に教える必要があるのではないかというような御意見。功利主義という言葉,表現自体はいかがかということで,本来,功利主義というのは,それは社会全体として利益を増大させるという捉え方であって,利己主義とは異なると。その際,社会全体の効用としての幸福という概念がキーワードになるのではないかというような御意見。原案-原案というのは,先ほどの12月21日の特別チームの資料のことでございますが-には,結果としての社会的効用と人間的責務とのバランスをとることが重要という考えが示されているが,それは簡単なことではないのではないか。取り扱う場合であれば,それぞれの利点と欠点を検討してみるというところまでではないかというような御意見。それから,個々の利益を追求するだけでなく,マクロとミクロ全体から見た豊かさというような視点が必要ではないかというような御意見。若者の社会参画意識に課題があるということから,「公共(仮称)」においては動機付けをすることが重要ではないか,社会的な課題が若者にとっても重要であることなど,教え方を工夫すべきではないかというような御意見。社会は国際社会も含めて考えるべきではないか,多様な価値観がある中で調整をしていくことが課題になってくるわけで,このことを指導することが重要ではないかというような御意見。個人と全体との関係について,生徒自らが理解できるようにするような工夫が必要ではないかというような御意見。自由主義とコミュニタリアンの立場があって,個人に重点を置くか,全体に重点を置くかで判断が異なってくる。個人と社会との関係を理解させることが「公共の扉」の役割ではないかというような御意見。私的な領域についての指導はキャリア教育であり,公的な領域についての指導はシチズンシップではないかというような御意見。
11ページに参りますが,18歳で何ができるようになるのか,社会に開かれた教育課程という観点から学びを捉えると,社会の主体となるということを実感できるような科目にすべきだと。その際には実践的な活動として摸擬選挙などを実施するというような工夫も考えられるのではないかというような御意見。また,知識を学ぶだけでなく,国民主権や民主主義,幸福などの価値観を,対話を通して実感できるようにすべきという御意見。また,社会の中で何ができるかというような問題設定をしていくこと自体に問題があるのではないかと,個々人が主体であるということが重要で,各主体が協働しているのが社会であるというような捉え方をすべきではないかというような御意見。それから,鍵となる概念については,先ほどの「公共(仮称)」の(2)の中で学ぶのではないかと,幸福は重要な価値であって,そのために正義を考えるのか,義務として正義を考えるのか,何が重要なのかを考えさせるような指導とすべきではないかというような御意見。次のマルですけれども,社会の基本的な仕組みについて,生きる上で必要となるシステムであり,指導することが重要である。その仕組みを使うことの意義と限界を知らせることが重要であって,協働の在り方や仕組みの違いは,法や経済,政治でそれぞれ異なっている。そのため,政治,経済,法というそれぞれの主体としての立場がばらばらにならないように,「公共の扉」においてきちんと指導すべきではないかというような御意見。
ほかにも,科目間の関係でありますとか,次ページ以降に,中学校公民的分野との関わり,あるいは他教科,家庭科とのすり合わせ,そういったことを考えていくべきではないかというような御意見を,12月21日に開催されました特別チームの方で頂戴いたしております。
これらを踏まえまして,本日御議論いただきます資料7でございます。資料7につきましては,先ほど申し上げました12月に行われた特別チームでの御意見を踏まえ,今回,新設科目の方向性として考えられる構成ということで,たたき台案として示させていただいております。この「公共(仮称)」につきましては,(1)(2)(3)と,大きく三つの内容で構成ございまして,(1)の「公共の扉」におきましては,今まで受け継がれてきた先人の知恵であるとか取組,知的蓄積,そういったものを踏まえて,個人と社会,社会と個人との関係について考えさせたり,個人の判断基準を形成していくために必要となる考え方について導入的に学ぶ部分を(1)として位置付けてはどうかということでございます。また,こうした考え方というものを基にしまして,(2)におきまして,社会を構成する主体となるために,習得した知識,概念を活用するなどして考察していく,あるいは社会に参画し,他者と協働するなど,自立した主体として必要な力を育成するのが(2)の項目で,また,併せまして(3)において,(1)や(2)を踏まえ,持続可能な地域,国家,国際社会づくりというようなものに向けた役割を担う主体となることについて探究していくというような,三つの構成で検討しているところでございます。
具体的に(1)の「公共の扉」のたたき台案についてでございますけれども,1枚おめくりいただきまして,2ページ目でございます。
「公共の扉」におきましては,アとイの二つの構成で作られておりまして,アといたしまして「公共的な空間に生きる私たち」ということで,個人としての成長に着目しながら,今まで受け継がれてきた蓄積でありますとか先人の取組や知恵,こういったものを踏まえまして,一つ目の中黒でございますけれども,様々な立場や文化等を背景にして社会が成立してきているということについて導入的に学ぶということ。それから,二つ目の中黒でございますけれども,ここに要素が二つございまして,一つは,自分らしい生き方を問いながら,自らを成長させていくこと,二つ目といたしましては,人間は社会的な存在であることを認識し,対話を通じてお互いを高め合っていくというようなこと。これら1,2の両者によって,よりよい集団社会を作り出していくこと,勤労観,職業観の育成も含めまして導入的に学んではどうかというのが(1)のアでございます。社会と個人について考えさせていくような内容で構成してはどうかということでございます。
また,イの方でございますけれども,公共的な空間における人間としての在り方生き方。これと関わらせまして,社会に参画し,他者と協働する倫理的主体として個人が判断するための基準となる考え方,具体的には1,2のような考え方でございますけれども,行為の結果において社会的効用としての幸福を重視するような考え方,2といたしましては,行為の結果よりも,行為の動機となる人間的責務としての公正などを重視するような考え方という,この二つの考え方について理解させるということにつきまして,前回の特別チーム等においても御意見を頂戴したところでございます。
またその際に,四つ,中黒で示すことを取り上げていってはどうかというふうに考えてございまして,一つ目が,人が追求するものというのは経済的な価値に限られるものではなくて,多義的であるということ。二つ目といたしまして,1,2の両者共に活用していくわけですけれども,その際に,自分も他者も共に納得できるような解を見出そうと考えていくことが重要ではないかということ。3点目として,社会的効用について多面的,多角的に考えていくことが重要であるということ。四つ目といたしまして,行為の動機について,個々の動機にとどまらず,それらを継続的に考えていくことによって,人間としての在り方生き方について考えていくことが重要であるというようなことを取り上げてはどうかということで,先ほど特別チームの資料,資料5でございますけれども,7ページ目の公民科目新設の方向性として考えられる構成ということで御議論いただいた箇所から,委員の皆様方の御意見を参考とさせていただいて,1,2のところでそれぞれ,「社会的効用としての幸福」でありますとか,あるいは「人間的責務としての公正」というような文言を追加させていただいております。また,「経済的利益」というのが特別チームの段階では示させていただいているのですが,「経済的価値」の方が妥当ではないかということで,「価値」というような表現。それから,先ほど紹介させていただきました委員の先生方からの御意見にもありましたが,こういう1,2についてはバランスを考えていくことが重要ではないかということを12月の段階では示させていただいていましたが,それはちょっと難しいのではないかという御意見も頂戴しておりましたので,本日の案については,自分も他者も共に納得できる解を見出そうと考えていくことが重要ではないかというような形で修正をさせていただいております。
また,こうした1,2の考え方については,本日の資料の一番下の括弧にございますけれども,指導の狙いを明確にした上で,囚人のジレンマ,共有地の悲劇,最後通牒ゲーム等の思考実験や,環境保護,生命倫理等について概念的に考える学習活動を取り入れてはどうかということで,これも先ほど御紹介させていただきました,狙いを押さえた上ででないと誤った理解に導く可能性もございますので,そういった指導の狙いを明確にした上でということでありますとか,最後通牒ゲームというようなものをここで加筆させていただいてございます。
「公共の扉」におけるこうした二つの考えを基にしまして,個人の判断が集積していきながら社会を形成していくというようなことを学ぶわけですが,現行の「現代社会」におきまして具体的にどういう指導がなされているかということで申し上げますと,1枚おめくりいただきまして,学習指導要領平成21年度における幸福,正義,公正に関する主な記述ということで,下の枠でございますけれども,指導要領の2の内容のところで,「私たちの生きる社会」というのが現行の「現代社会」において導入的に取り扱われているわけでございますけれども,こちらにおいては,現代社会における諸課題を扱う中で,社会の在り方を考察する基盤といたしまして,幸福,正義,公正などについて理解させる。このことと併せまして,現代社会に対する関心を高め,いかに生きるかを主体的に考察することの大切さを自覚させるというようなものをこの導入部分として,現行学習指導要領においては位置付けておるところでございます。幸福,正義,公正の関係性については,1枚おめくりいただいた2枚目の方の学習指導要領の解説,中段の方に記載がございますので,後ほど御覧いただければというふうに思います。
少し戻りまして,1ページ目に戻っていただければと思います。「公共の扉」で導入的に考え方を学びまして,こうした考え方を基にしながら,社会に対して自立した主体として参画しながら他者と協働していくような観点から,(2)の項目というのを用意してございます。具体的には,社会を構成する主体となるために,協働の必要な理由でありますとか,協働を可能とする条件,協働を阻害する要因などについて考察を深めていくといったようなこと,また,その際,自立した主体として生きるために必要な知識を身に付けると共に,現実の社会的事象と関連付け,習得した概念等を活用するといったようなことで,この項目を構成していってはどうかというふうに考えてございます。
具体的には,様々な主体となることということで,ア,政治的主体となること,イ,経済的主体,生産者,労働者を含めての主体となること,それから法的主体となること,様々な情報を発信,受信する知的主体となることというような形で項目を構成いたしまして,その中で,協働によって目指すべきものとして,例えば政治的主体でございましたら,議論により意見や信念,利害の対立状況を調整し,合意形成をすることを通して,よりよい社会を築いていくということを目指すべきものとしてはどうかと。経済的主体につきましては,協働により目指すべきものとして,公正なルールを作って,その下で経済活動を行うことを通して,個人の尊重と経済の拡大を共に成り立たせること,またその補完を政府等が担っているということ。ウの法的主体としては,個人の尊重を前提に,比較衡量などを通して,人間の尊厳と平等,社会の安定性を共に成り立たせるということ。様々な情報の発信・受信の主体としては,情報に関する責任や利便性と安全性を多面的・多角的に考えることを通して望ましい情報社会を築くことというようなことを,それぞれ何々を通してという形で,目指すべきもの,方向性というのを整理したところでございます。
また,それぞれの各主体の下にございます中黒のところにつきましては,内容といいますか,いわゆる学習素材として,現行の学習指導要領「現代社会」を参考にしながら,また委員の先生方の御意見も参考にさせていただきながら,考えられる例としてお示しをしておるところでございます。また,こうしたアからエのような様々な主体となる個人を支えるということで,(2)の枠組みの中の米印のところで,家族・家庭や地域等にあるコミュニティということで,そういった家族・家庭や地域等にあるコミュニティにおいて,アからエのような政治的,経済的,法的主体等となることについて自立した個人が支えられているというようなことを,世代間協力であるとか自助・共助・公助というような,いわゆる協働することなどによって社会的基盤を強化していくということについて,ア,イ,ウ,エのそれぞれの学習と関わらせて扱ってはどうかというふうに考えております。
また,(3)といたしましては,(1)(2)で学習したこと,すなわち,個人を起点として,自立,協働の観点から,今まで受け継がれてきました蓄積や先人の取組,知恵などを踏まえつつ,多様性を尊重し,持続可能な地域,国家,国際社会づくりに向けた役割を担う主体となるということについて探究するような項目を設けてはどうかということでございます。(3)としては,持続可能な社会づくりの主体となるためにということで,ア,イ,ウのような,地域,国家,国際社会というような観点から項目を考え,地域の活性化,安全に配慮したまちづくり,持続可能な社会保障,文化と宗教の多様性,国際平和などについて探究をしていくというような項目構成としてはどうかというふうに整理をしたところでございます。
こうした1,2,3のような項目構成につきましては,特に(2)や(3)に関わりましては,一番下の方にございますけれども,関連する教科,家庭科でありますとか情報科,あるいは保健体育科等と連携しながら,個人を起点とした自立した主体となる力を育むというようなことを整理していく必要がありますし,また,枠の右側でございますけれども,(2)や(3)に関わっては討論,ディベートといった実践的な学習活動でありますとか,関係する専門家・機関等との連携というようなことも含めて,この「公共(仮称)」においては,主体的な社会参画に必要な力を,人間としての在り方生き方の考察と関わらせながら実践的に育んでいくというような形で整理してはどうかというふうに,本資料として整理をしたところでございます。
資料の説明につきましては,長くなりましたが以上でございます。

【土井主査】  ありがとうございました。
それでは,ただいま御説明を頂きました資料7のたたき台案を基礎として,各パートごとに委員の皆様方に議論を進めていただきたいというふうに思います。
まず資料7の2枚目,(1)「公共の扉」についてというところに,20分から25分ぐらいをおよその目途にして意見交換をお願いしたいと思います。その際,検討すべき視点としましては,例えばアにつきまして,個人と社会の関係について考えさせる観点から,こうした内容でよいかといった点。イにつきましては,個人の判断基準を形成するという観点から,こうした内容でよいか。さらに,こうした要素は全ての高校生が学ぶ必履修科目として難し過ぎることがないかどうか,あるいは現行の「現代社会」における幸福,正義,公正といった価値,概念との関係からどう考えるかといったような点が考えられると思います。
今の点に限らず,先生方の方でいろいろと御意見を出していただければと思います。いつものように,御意見のある方はあらかじめ名札を立てていただきますと,私の方で順次指名をさせていただきます。発言が終わりましたらもとに戻していただくよう,お願いいたします。
それでは,(1)「公共の扉」について,御意見いかがでございましょうか。
では,西村委員。

【西村委員】  参加が初めてですので,少し大きなところから,この1について意見を述べたいと思います。
18歳の選挙権が実現して,主権者としての公共を作り出す高校生というものを作っていかなければならないと思うんですけれども,こういう「公共(仮称)」という科目が出てきますと,恐らく与えられた公共とか,教えられる公共というイメージが高校生はあると思いますので,是非この(1)の扉のところで,公共を自分たちで作っていくという,そういう視点から入るような内容構成でやっていただければと思います。特に「空間に生きる」とか「空間における」とかいうと,もう最初からあるもので,高校生はそれを学びなさい,教師はそれを教えなさいというようなイメージになるというおそれがありますので,是非ここのところで,内容構成はこういう形でもいいかも分かりませんが,是非高校生が,自分たちが公共空間を作っていくんだという,そういう扉にしていただけると有り難いと思います。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございました。
では,一ノ瀬委員。

【一ノ瀬委員】  ちょっと幾つかあります。一つは,イの方の公共的な空間における人間としての在り方生き方の部分ですけれども,その1の,行為の結果において社会的効用としての幸福を重視する考え方というところですが,これは前回か,あるいは特別チームの方かもしれませんが,功利主義が利己主義と違うという点を際立たせるためにこういう言い方,幸福ということを挙げられたと思うんですけれども,これでもまだちょっと,もしかしたら誤解されそうなので,社会的効用としての社会全体の幸福を重視する考え方というふうにした方がいいかなというのが,まず一つです。
それから,平成21年の現行の「現代社会」の中での幸福,正義,公正という三つのキーワードですけれども,このキーワードの中で正義というのが,ちょっと私,哲学,倫理を専攻しておりますので,やはりとても気になっていて,歴史的に言って正義というのは,端的に言ってしまうと復讐です。つまり,悪いことをした人をやっつけるというのが正義で,正義の味方というのは基本的に悪者をやっつけるので,だから正義というのは,それだけで取り上げてしまうと,何か武力を使ってやる。戦争では必ずどこの国も正義を訴えるわけですから,だから正義というのは単独で出してしまうと非常に危険な概念の様相も一部担っているので,今回のこのスライドにあるように,公正ということをむしろ表に出した方がいいと思います。なので,こういうやり方でいいのではないかという,そういう意見です。
それからもう一つは,現代倫理というのを考えるときに,この功利主義と義務論というような言い方以外に徳倫理というのがありますけれども,徳倫理というのは個人の性格とか特性ということに注目する倫理学の分野ですが,それも一定程度の重要性があるので,それは,このイの公共的な空間における人間としての在り方生き方の,中黒の一番最後の「行為の動機について,個々の動機に留まらず」という文章の「人間としての在り方生き方について考えていくことが重要である」というところを,もっと詳しい指導要領を作る際に徳倫理も少し含ませるというようなことがいいのかなというふうにちょっと思います。
それから,倫理学は功利主義,義務論,徳倫理というような分け方以外に,リベラリズムとかリバタリアニズムとかコミュニタリアニズムとか,いろいろそういう分け方もあるんですけれども,この指導要領のこの言い方ですと,いわゆるコミュニタリアニズムの考え方が含まれていないので,ただ,この公正という概念はそういうものを幾らか反映することができると思いますので,詳しい指導要領を作る場合にはコミュニタリアニズムの考え方も一部触れるということはあっていいかなというふうに思います。
それからもう一つ,最後ですけれども,一番下の括弧書きになっているところ,囚人のジレンマうんぬんというところですけれども,ここでそういう思考実験や環境保護,生命倫理などについて概念的に考えると書いてあるのですが,この書き方ですと環境倫理,生命倫理というのがすごい付け足しみたいな感じになっているので,現代社会で公共の中で生きる際に環境倫理の問題や生命倫理の問題は物すごく重要ですので,場合によってはこの「公共の扉」の半分ぐらいを使っても,環境倫理,生命倫理はやってもいいのではないかというふうに私は思います。
環境倫理と生命倫理というのは一応別な領域ですけれども,その間をつなぐ主題として動物倫理というのがあります。動物倫理は環境倫理にも生命倫理にも関わりますので,だから動物倫理などを媒介して,動物実験の是非とか,ペットを買うというのは倫理的にどうかうんぬんという,そういう問題ですけれども,そういう問題を媒介項にして,環境倫理,生命倫理を勉強するという方針が望ましいのではないかというふうに私は思いました。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。
それでは,頼住委員。

【頼住委員】  頼住です。今のお二人の先生方とも関わることなので,ちょっと申し上げさせていただきたいと思うのですけれども,最初に西村先生が言ってくださった作り上げていくという視点,とても大切だなというふうに思いました。作り上げるに当たっては,やはり先人の蓄積,古今東西の思想的な蓄積ということがこれまで何度か出てきていたと思うんですけれども,例えば,これまで頂いた資料で,資料5の6ページ,資質・能力の緑に囲ってあるところの二つ目のマルですけれども,「様々な課題を捉え,考察するための基準となる概念や理論を,古今東西の知的蓄積を通して習得する力」というふうに書かれております。これは大変に重要で,作り上げていくためには,自分で勝手に作り上げるというのではなくて,やはり古今東西の知恵から学ぶということが必要になってくると思うんですね。だから作るためには,やはりそこがすごく大切になってくるかなというふうに思いましたので,少し西村先生の御意見に触発されて,申し上げさせていただきました。
それからもう一つ,今,一ノ瀬先生がおっしゃってくださった環境倫理,生命倫理という観点は,私もすごくこれから大切になってくるのではないかなと思います。今申し上げました古今東西の知的蓄積ということの関連で言いますと,環境倫理とか生命倫理については,やはり日本人の物の考え方というところが重要になってくるかなというふうに思っています。それから先ほど,正義という考え方が復讐ということとつながっているのではないかというふうな御指摘を一ノ瀬先生に頂いたんですけれども,やはりそれはヘブライズムといいますか,ユダヤ,キリスト教的な義の神というようなところから正義ということが西洋の倫理の中で言われてきている。その伝統から来ている正義ということと,やはり日本人が何を正しいと思ってこれまで社会を作ってきたのかということ,そこをすり合わせていくとか,それぞれの特徴を比較していくとか,そういうところが大切になってくると思いますので,やはり古今東西をきちんと押さえる。特に私たち日本人の物の考え方をきちんと押さえていく,また日本だけではなくて,東洋ですね,その考え方を見ていく。それから日本人に大きな影響を与えた儒教とか仏教の考え方,また日本人特有の神道的な物の見方,そういうところも是非押さえた上で,環境倫理,生命倫理というところに議論が絡んでいければ,とても,例えば生徒にとっても興味深い内容になっていくのかなというふうに思いました。
それからもう一つ,一ノ瀬先生からコミュニタリアニズムの点,御指摘ありましたけれども,確かにこの点,大切なところだと思いまして,これも日本人の物の考え方ということで言いますと,やはり和辻哲郎が間柄的な存在というふうに人間を捉えた,その辺りなんかを使っていけば,そのコミュタリアニズムの考え方も日本人の考え方の一つの傾向として紹介していくこともできるかなというふうに思いましたので,ちょっと,お二人の先生方が大変建設的なことをおっしゃってくださいましたので,補足させていただきました。よろしくお願いします。

【土井主査】  ありがとうございました。
では,岡崎委員。

【岡崎委員】  ありがとうございます。イの1と2のところですけれども,一ノ瀬先生が,社会的効用という言葉では分かりづらい,誤解を招くので,社会全体の効用と言った方がいいのではないかとおっしゃっていただいたことに関しましては,大変共感いたします。社会的効用と言いますと,個人が社会の中で味わう効用なのかなというふうにも思いましたので,そのように書いた方がよいかと思いますけれども,この1と2ですが,社会的効用,社会全体の効用としての幸福を重視し,かつ2で,責務を重視する,責務としての公正を重視するということになりますので,1と2両方を通じて,全体を考えるということが非常に強調されていて,個人の視点というのが見えないという感じがいたします。
選挙権,主権者となっていくときに,個人として経済的に自立するということがベースにあって,それを確保することが基本である中で経済の仕組みを理解し,経済の制度を理解していくことが必要であって,それが個人の効用をベースとすることでは調和がとれない場合に,社会全体の効用を考えるべきだと思いますので,この1のところでは,社会全体の効用だけをうたうのではなく,個人の効用と共に社会全体の効用ということを入れていただきたいというふうに思います。家庭科への言及が別のシートにございますけれども,家庭科の中で,経済的な主体となっていくところの教育は非常に弱いところだと思います。今度「公共(仮称)」が新設されるときに,家庭科だけでは弱いところは,「公共(仮称)」の方に是非充実した形で入れていっていただかないと,不十分なままになってしまいます。そこできちんと理解をして,社会保障,税制等々の社会の中の経済面の制度について議論できたり投票できたりする主体になっていただかなければなりませんので,そこのところが全体だけを重視するというふうになるのは非常に危険ではないかと思います。

【土井主査】  ありがとうございます。ほかに。
では,どうぞ。

【谷田委員】  失礼します。谷田です。よろしくお願いいたします。
前回もお話をさせていただいた部分もあるのですが,確認といいますか,意見としてお願いをできたらというふうに思っています。ここの「公共の扉」の部分では,特にイのところでは,公共的な空間における人間としての在り方生き方という記述が見られます。ということは,いわゆる総則レベルで示されていますように,高等学校における道徳教育の考え方,すなわち人間としての在り方生き方ということがここで明示されているということですから,必履修科目の案として示されている以上,この「公共(仮称)」という科目が人間としての在り方生き方に関する教育,高等学校の道徳教育とも言われていますが,その中核的な指導場面であるということは,言わずもがな明記していただければというふうに考えております。
特に今回は,後で出てきます,どのような議論になるか分かりませんが,「政治・経済」や「倫理」がひょっとすれば選択の科目になるということも考えられるわけですから,高校生としましては,この「公共(仮称)」という科目を通して,いわゆる中学校からの道徳教育との関連性を踏まえて学ぶということになってしまうわけで,公民科での必修科目という点からここに限られてしまうわけで,そういう面では在り方生き方に関する教育ということについてしっかり押さえていただきたいというのが,まず1点でございます。
そして,あと2点。アの「公共的な空間に生きる私たち」という部分でございますが,特別チームにおける議論もありましたように,個人の問題についてどのように扱うかということが一つポイントになるのではないのかと考えております。1,2のような形でまとめられていますけれども,公共ということの出発点として,やはり個人の問題,自己の生き方を問うということをやはり押さえなくてはいけないということになろうかと思います。例えば,どのような文言が適切かどうか分かりませんが,高等学校においてもいじめに関わるような問題の事案というのは当然あるわけで,それにどの部分で対応していくのかということは考えなくてはならない。そうすると,それを取り扱うのはやはり具体的に特別活動なのか,総合的な学習の時間なのか,いろいろあるとは思いますが,公共に求められる部分というのは当然あるし,そこを外すわけにはいかないと考えています。
とすれば,現在の高校生が,例えばいじめの問題に関わっているかどうかは別として,そういった個人の孤独の問題,不安の問題,あるいは悩みや葛藤,そういったものを具体的に見つめ直すような場ということをしっかり押さえなくてはいけない。いわゆる青年期のそういった部分をしっかり押さえる必要があるということだろうと思っております。そこは当然,人間の尊厳や生命への畏敬といったようなことも具体的な内容として押さえていかないと,上滑りに終わってしまうのではないのかと考えております。
もう1点,イの「公共的な空間における人間としての在り方生き方」というところです。浅学非才でございますので,私見にすぎないかもしれませんが,1と2の重視する考え方が出ておりますが,その前の部分で,「個人が判断するための基準となる」という形で示されております。しかし,考えていただければお分かりのように,私たちの文化とか社会とかということを考えるときに,人間の存在とか世界の存在とか認識,あるいは宗教とか神といったような問題を考えてみますと,公共的な空間,後の宗教の部分でも出てくるとは思いますし,また伝統文化の中でも出てくると思いますけれども,これが,その個人が判断するための基準とまで果たして言えるのかどうなのかというのは,私自身は少し悩ましいところだと思います。ある意味こういった方向で,今の「公共(仮称)」を考えられることとしては一つの筋道だろうと思いますが,言葉尻の問題かもしれませんが,それらは個人が判断するためのあくまでも手掛かりであって,これがオールマイティーになるような二つの基準だという形で示すというのはいささか危険なような気がしております。したがいまして,そういった面については少し御検討いただければなというふうに思っております。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。ほか,いかがでしょうか。
では,浅子委員。

【浅子委員】  今回初めての参加というか出席でして,多分もう既に話されたことなんだろうと思いますけれども,今までの説明とか御意見をお聞きしていて多少違和感があるのは,まず必修科目としての「公共(仮称)」というのがどういう経緯で決まったのかというのが,簡単に説明していただければ有り難いなと思うのと,内容として,「現代社会」と「倫理社会」ですか,それから「政治・経済」,この三つを合わせたような必修科目として考えられているんだと思いますけれども,もう少しウエートを,例えば私は経済なので,経済的なところは何割ぐらい占めそうなことになるのか。今までの意見をお聞きしていると倫理的な側面とか正義のようなものが「公共の扉」として,かなりウエートが高いものとして入ってくるのか,そういうところに関して多少説明していただければと思います。もちろんもう既に決まってしまっているところでしたら,特にそれに反対するということではないのですけれども。
それからもう一つは,社会的効用という言葉が出てきていますけれども,これも多少違和感がありまして,もちろん効用の意味は,経済学からですけれども,一つの意味で使われるわけではなくて,何通りかの意味に解釈されますけれども,経済学の方ですと社会的厚生です。この厚生はウエルフェアの厚生ですけれども,その言葉はよく使うんですが,効用というのはあくまでも個人レベルの話で使うのではないかというような印象を持っておりまして,この効用,先ほど社会的公正という言葉が出てきましたけれども,その場合の公正は公の正しいの公正なのかなと思うんですけれども,ちょっとその辺の違和感があるということをお伝えしておければと,今日の段階ではそう思いますので,よろしくお願いします。

【土井主査】  取りあえず1について,簡単に説明していただけますでしょうか。

【梶山主任視学官】  先ほどお話しいただいたように,「公共(仮称)」ということがどのように作られたかというところで,あくまでこの「公共」に関しては仮称でございます。ただ,資質・能力のところ,例えば資料5なんかを御覧いただきますと,どのような資質や能力というものが必要なのかというところ,力であったり態度というところでございますが,やはりこのキーワードとして,公共的な事柄に自ら参画しようというようなフレーズもございます。この全体を考えた際に,仮称として「公共」というところがいいのではないかというところがあったのではないかとも思っております。
それから,経済的なものがどういうふうになっていくかということでございますけれども,1番の「公共の扉」に関しましては,先ほど来お話がありますように,社会との関係と個人との関係というものに関して学ぶと共に,他者と協働する主体として個人が判断するための,今御議論ありました基準が何かというものを考えていくということでございますので,経済的な主体,それから政治的な主体,法的な主体というのは(2)(3)が中心になっていくのではないかと思っております。

【土井主査】  そのほかいかがでしょうか。
時間も来ておりますので,この「公共の扉」に途中戻っていただいても差し支えございませんが,少しテーマを先に進めて,たたき台案1枚目の(2)「自立した主体として社会に参画し,他者と協働するために」についての部分に移らせていただきたいと思います。おおよそ3時前後を目途に意見交換をしたいと思います。その際の検討すべき視点としましては,例えばアからエの各項目の目指すべきもの,つまり方向性がこれでよいのかどうか。それから,そこに挙げられています具体的な内容の例がこれでよいのかどうか。あるいは,アからエ,それから米印の部分との関係をどう考えるかといった点が検討すべき視点として考えられるのではないかと思います。
これもこれにこだわっていただく必要はございませんし,最初に申し上げましたように,扉の方にまだ御発言いただいていない先生方もおられますので,戻っていただいても結構です。では,意見交換をしていただければと思いますが,いかがでございましょうか。
権丈先生,どうぞ。

【権丈委員】  ありがとうございます。それでは,「(2)自立した主体として社会に参画し,他者と協働するために」の中で,イの「経済的主体となること」というところで4点ほどお話しさせていただければと思います。
1点目は,特に内容の例示の部分です。「政府の役割(税を含む)」というふうにございますが,ここはできれば,「政府の役割(財政と税を含む)」という形にしていただけないかと思います。税を含むということで,政府の歳入面に触れております。ただ,歳入面だけではなくて,歳出面も併せて政府の経済活動を理解することが重要だと考えます。税負担だけではなく,政府サービス,給付の方も併せて考えるということになります。そうすると,政府の歳出面で大きな割合を占める社会保障をこの次に置くと,流れとしてはよいのではないかと考えます。
二つ目は,タイトルでございます。「経済的主体(生産者,労働者)となること」ということですが,これにつきましては,「経済的主体(生産者,労働者,消費者)となること」,若しくは「経済的主体となること」とし,括弧内を外すような形ではどうかと考えます。理由としましては,経済的主体としての個人又は家計は,生産活動を担う労働者であり,消費者でもあります。生産と消費の両面があって経済が循環しております。経済活動の中で個人を捉えると,生産者,労働者は同じになり,これらのみを取り上げるというのには違和感を持つところです。ということで,消費者を追加していただくか,若しくは括弧内を全て削除してはどうかと思います。ほかのところでは括弧書きはされておりませんので。
  3番目は,関連しまして,もし「経済的主体(生産者,労働者,消費者)となること」とする場合,エの「様々な情報を発信・受信する知的主体となること」の下にあります消費者の権利や責任というのは,イの「経済的主体となること」の方に入るのではないかと思います。流れとしては,「個人や企業の経済活動における役割と責任」があり,その後に置くというのが自然ではないかと考えております。
四つ目でございます。「経済的主体となること」の下に男女共同参画を入れていただいているのですが,そちらはウの「法的主体となること」の方ではどうかと考えます。「公共(仮称)」の中で男女共同参画の視点を取り上げるということは非常に重要だと思います。特に,男性だけではなく,女性も職業を持つことを考えて教育していくということは重要な視点です。その意味で,明示的に取り上げていただくということは重要だと思うのですが,ただ,経済活動は男女共同参画や男女平等の一側面なので,むしろ人間の尊厳と平等を取り扱う,ウの「法的主体となること」に置いてはどうかと考えております。
以上でございます。ありがとうございます。

【土井主査】  ありがとうございます。
では,岡崎委員。

【岡崎委員】  では,イの経済的主体の括弧のところにつきまして,私も申し上げたいと思っておりました。権丈先生の御意見に大変賛成でして,生産者,労働者というのは大変限られた側面でありまして,好ましくないと思っております。消費者ということを入れていただいて,それでもちょっと不十分な面がありまして,後段のところに金融というのもありますけれども,消費者で尽くされるのかどうかというところも出てきますので,御検討いただければというふうに思っております。
あと,さ末ですけれども,2行目に「経済の拡大」とありますけれども,拡大していくことが好ましいんですけれども,トータル,マクロ的に拡大ということを限定的に言うことになりますので,より活発な経済活動とか,もう少し余地のあるというか,考量された表現にしていただいた方がよろしいかと思います。
取りあえず,以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。ほか,いかがでしょうか。
では,浅子委員。

【浅子委員】  今の話を受けてなんですけれども,生産者,労働者,消費者というふうに仮にした場合に,やはり順番は消費者が最初ではないかなという印象を受けますけれども,それだけ,ちょっと。消費者,労働者,生産者ですかね,順番的に。

【土井主査】  それでは,髙橋委員。

【髙橋委員】  高校で公民科を教えております立場といたしましては,先ほど来お話もありますけれども,「公共(仮称)」というのを必修として教えて,あとの公民科の教科がどうなるかというのが大変興味深いところなんですけれども,これを科目の導入として,まず「公共の扉」を教え,その後この(2)番に行くという考え方で,流れでいいと思うんですけれども,それで言うと,時間的な配分としてどこまで教えられるのかなというところが現場としては大変不安に思います。理念として,こういうのも教えたらいいな,こういうのも教えたらいいなというのはあるのですけれども,倫理的な側面を教えて,なおかつこの四つについて,学習活動の例というものを見ますと「アクティブ・ラーニング」的な手法を用いて,つまり時間を掛けてこれを進めながら(3)までやっていくということが,果たして時間的に可能であるかどうかというのが大変に心配されるところです。
内容的なこととしましては,例えば今,公民科では,「現代社会」でも「政治・経済」でも憲法の学習というものをやっているので,公民として必修として憲法を教えることができていると思うのですが,この「公共(仮称)」になった場合には,政治的主体となることというところで内容的には入ってくるんだと思いますけれども,どんな形で,政治的主体としてどこまで憲法を教えればいいのかというのが今後重要というか,これだけの中身がある中でどこまで教え切れるのかなというふうに思うところです。
それから,生徒を取り巻く環境といたしまして,すごく情報化が進展しておりますので,エのところが情報モラルということで,あとは情報リテラシーを扱う情報科との連携を考えるということで後ろの方に出ているんですけれども,具体的にどう連携したらいいのかという部分がいつもいつも,なかなか大変で,例えば社会保障についても,家庭科と連携すべきことがいいことは分かっているんですが,どういうふうに具体的に連携したらいいのかというのが現場では悩ましいところですので,この「公共(仮称)」の位置付け,あるいは内容に関しても,どこまでをこの「公共(仮称)」で内容として取り上げる社会保障なのかとか,あるいは情報モラル,リテラシーなのかというところがちょっと見えてこないところが不安なところでもあります。
ちょっと感想になってしまいました。済みません。

【土井主査】  ありがとうございます。
それでは,西村委員が先でしたので,西村委員,土屋委員の順番でいきます。

【西村委員】  では,今,髙橋先生が現場サイドから意見を言っていただきましたので,私も,この内容の2が,恐らく2単位物になると,実際の授業をイメージしますと,この2をやるのが精一杯というか,本当は3を私としては重視していただきたいんですけれども,2の内容が中心になるのではないかなというふうに思います。そのときに,やはり四つの項目の中で,エは高校生にとっては少し,情報ということで身近になるかも分かりませんが,このア,イ,ウ,エの中心的なところに,扉で最初に生徒が,自分たちは社会的に自立した生活者である,生活者が公的なものを支えていくんだと,やはりそういう内容構成になっていないと,いきなり政治,経済,法ですよというようなことで,しかも「こと」という表現が非常に私としては気になります。そもそもあなたたちが政治的主体となることはこういうことですよというようなこと,あるいは経済的主体となるのはこういうことですよと多分先生が,いろいろな概念が教科書等に入っていると,教えていくのではないかなと,そういう危惧はされますので,私個人的には,政治主体となる私たちとか,主体である私たちとか,やはり高校生がそういう主体であるということに結び付くようなタイトルにしていただけると有り難いなというふうに思っております。恐らくこの2がかなり,学校現場では中心的に行われる内容構成ですので,いろいろな先生方が,いろいろな意見を言っていただけると有り難いというふうに思っております。
以上です。

【土井主査】  それでは,土屋委員。

【土屋委員】  先ほどの髙橋委員さん,それから西村委員さんの御発言を受けて,かぶるところはあるんですけれども,現在ここでたたき台案として出されているこの書き方は,たたき台案として分かりやすいように提案されていると思うんですね。ただし,実際の「公共(仮称)」という科目の学習活動を想定した場合には,多分3を我々は本来は目指してこの科目を作ったのではないかなと思うんです。つまり活動を通して,正にそこに行動として公共的な人間的な行為ができるようなそういう学習を,「アクティブ・ラーニング」という言葉になってしまうのでしょうけれども,そうすると,その「アクティブ・ラーニング」の正にやることは地域の創造だとか,我が国と国際社会のことをどうするかとか,持続可能な社会をどう彼らが,だから大人が考える持続可能な社会を覚えなさいではなくて,彼らが持続可能な社会を提案していくわけですから,その中に,(2)のそれぞれの視点だとか学習内容が組み込まれていくと。だから多分,(2)の今の書き方を見ても,結構オーバーラップしていて,基本的人権とかいうのがあったり民主主義があったり,それぞれがアにあったりウになったり,いろいろな形で入り込んでいるわけですけれども,要するに何を言いたいかというと,(2)が独立した形で,(2)を教えればいいんだという受け取られ方をして,(2)を順番に,基本的人権はこうだよとか,民主主義はこうだよというような,そういう教師が教え込む形の学習に戻ってしまったら,「公共(仮称)」という新科目を置いた意味がなくなってしまうかもしれない。
そうすると,今はこういうふうに書いてあって,学習内容はこういうことで,重要なことはこうだというのを我々が分かるための整理としてこういう提案をされているんだけれども,実際の場面においては,(3)を学習していくという中に(2)が適度にというか,カリキュラム・マネジメントとして学習活動の中に計画的に入っていくという,そういうイメージでちょっと受け取らないと,(2)をやっているうちに,もう科目の途中で終わってしまって,結果的には生徒たちに学習が定着しないというか,活動ができないというふうになってしまったら意味がなくなるなという気はします。
なので,この書き方を変えろということではないんですけれども,我々はその見方を,ちょっとそういうふうにして見て,捉えていかないといけないかなというふうに思いました。それはもう髙橋委員,西村委員が続けて言われたことと共通しているかなと思うんですけれども,いかがでしょうか。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。
館委員。

【館委員】  先ほど土井主査の方からお話のありました(2)のア,イ,ウ,エと,その下の米印の関わりについてということに関してなんですけれども,米印の内容が,様々な主体となる個人を支える家族・家庭,地域等にあるコミュニティという,そういう書き方になっているわけですが,エもそうだとは思うんですが,そのア,イ,ウに共通して,やはりコミュニティというレベルを超えた,国家というような問題も当然入ってくる気がするんですね。その辺りの扱いというのが,(1)自体が「公共の扉」ですから,国家と個人だけではない公共の空間ということを意識しているのは分かるんですけれども,(2)のところで米印の内容がコミュニティレベルで止まってしまって果たしていいのかなというちょっと思いがあったので,発言させてもらいました。
以上です。

【土井主査】  ほか,いかがでしょうか。
それでは,棚橋委員,谷田委員の順で。

【棚橋委員】  私は,基本的には小・中・高通じての資質・能力という方の部会におりますので,そちらの観点から今日は議論を伺っていました。まず,この「公共(仮称)」というのが,先ほどどなたでしたか,ほかの科目との関係がどうなるのかというのがございましたけれども,これを拝見しますと,実は(2)(3)だけを見ると「現代社会」と非常に似ているのです。そこのどこが違うのかと考えたときに,今の「現代社会」では,この「主体」とか「主体となる」ということが十分できていないので,新しい科目「公共(仮称)」の一番のキーワードは,この主体にあるのかなというふうに思っております。
そのように考え,小・中・高で様々な思考力とか判断力といったときに何が議論されてきたかと考えたときに,小・中・高の方では,例えば歴史的な見方とか地理的な見方とか社会的な見方というときに,それぞれバックとなる学問のどういう成果,どういう概念を使えば地理的事象を見ることができるのかというのを系統的に発達させるという議論をしてきたと思います。しかし,この「公共(仮称)」という科目には,違和感があるというか,分からないところがあります。先ほどからの議論ですと,特に「公共の扉」というところの判断の基準が道徳的価値観に置かれるというように聞こえます。
つまり,何といいますか,様々な社会的な判断をするときに,もちろん道徳的価値観も入ってくるわけですが,道徳的価値観が判断の一番根底になるということになると,「公共(仮称)」が公民科という教科の中に入っている理由が難しくなってくるのかもしれないと感じています。小・中・高の判断力のところでは,先ほど言いましたように,地理学では,地理的事象を見るときに,どういう概念でどういうふうに見ていくのかとか,歴史学ではどういうふうに見ていくのかという判断力をずっと培ってきて,高等学校の公民科の「公共(仮称)」だけ,その判断の基準に人間としての生き方とか徳的価値観というのが入ってくると,小・中・高,そして更に高校の中のほかの科目との関係で,「公共(仮称)」が少し違った性格を持つ科目として位置付いてしまわないのかなというのがちょっと違和感を覚えます。その辺はどのようにお考えなのか教えていただければ有り難いです。

【樋口調査官】  失礼します。12月21日付けの資料,これは特別チームの資料かと思います。資料5になります。そちらに,どのような資質・能力を身に付けさせるのかというところで,既に論点整理で示されたものが書かれております。立場や文化によって意見の異なる様々な課題について,その背景にある考え方を踏まえて,よりよい課題解決の在り方を協働的に考察し,公正に判断,合意形成する力など,こちらを基としまして,今回このような項目案を示させていただいているというところでございます。
したがって,その資質・能力と,この具体的な内容との関係というところについては,正に今,このワーキング等で議論いただいているところでありまして,今後その関係がより明示的に見えるように深めていくことが大切であるということを考えております。

【合田教育課程課長】  主査,済みません。先ほどの御質問でございますけれども,先生御案内のとおり,そもそも今の公民科の目標自体に,人間としての在り方生き方についての自覚を育てる,そして国家・社会の有為な形成者として必要な公民としての資質を養うという目標が定められておりまして,今回は,先ほどの御質問もありましたけれども,社会の状況も,18歳の選挙権でありますとかそういった状況の中で,もう一度,公民的資質というものを社会の様々な要素と,卒業して2年間あって成人するというのではなくて,高校生自らがそういう社会的な自立により近付いていくということを前提に考えたときに,新科目ということで捉え直す必要があるということを,私ども諮問の段階でもお願いをさせていただき,昨年8月の論点整理でもそういう方向で教育課程企画特別部会で方向性を示していただいたんだろうなと思っています。
そういう中で,先ほど,これは公民の一つの「公共(仮称)」という科目についての御議論でございますので,人間としての在り方生き方についての自覚を育てるという現在の公民の目標を踏まえながらも,一ノ瀬先生にもお入りいただいておりますように,ただ単に社会的な事象を社会科学的に捉えるというだけではなくて,それを倫理的,あるいは哲学的にどう捉えるかということも含めて,どういうふうに寄り合わせていくかということについて,是非さらなる専門的な御検討,あるいはお知恵を賜りたいというふうに考えている次第でございます。

【土井主査】  では,棚橋委員。

【棚橋委員】  人間としての在り方生き方というのが公民科のキーワードになっていること,現行もなっていることは私もよく存じ上げているんですけれども,今お尋ねしたのは,そのときの「人間としての」というのは,今出たような倫理・哲学的な価値観が判断基準として出てくるのか,いわゆる道徳が価値判断の基準として出てくるのかというのは,微妙に捉え方が違うのかなと思いましたので,その辺のところのニュアンスをお尋ねしたいということで,更に議論を伺う中で理解を深めていきたいと思いますけれども,その辺がちょっと違和感がまだあったものですから。

【土井主査】  今の点,私の意見を申し上げさせていただくと,先ほど一ノ瀬委員から出たこととも関連するんですけれども,一ノ瀬先生はやめた方がいいのではないかという御意見をおっしゃったんですが,元々「現代社会」で正義が出ているのは,道徳を個人道徳として考えるだけでは,やはり高校段階では適切ではない。それは道徳概念によるんですけれども,社会の在り方が適切なのかどうかということについて,社会道徳という言い方があるわけですけれども,そういうことを考えないといけない。だから自分の生き方としてどうなのかということと,社会の在り方がこれでよいのかという問題をどうつなげていくかということを考えさせる必要があります。そして,正義をどう考えさせるかというときに,各人の幸福を前提にして,その幸福を全体としてどうやって実現していくのかという意味で正義を考えるのか,それとも,個人の幸福とは別に正義というのがあるんだと考えるのかと,そういうことをしっかり考えさせる必要があるだろうという発想だったわけです。
したがって,ここで「公共的な空間における人間としての在り方生き方」という形でまとめてはいただいておりますが,ここで挙がっていることが,絶えず自分の道徳観というだけで議論をしているわけではなくて,自分の生き方というものと社会の在り方をどう結び付けていくかということを考えさせるための扉だという,そういう理解で私はおります。この辺りは各委員でまた御議論いただいて,今後詰めていくべきところだろうということには理解しております。
では,谷田委員。

【谷田委員】  失礼します。高等学校での道徳教育,在り方生き方教育については,それぞれまたここで議論されると思いますので,その進展に待ちたいと思っています。私の考えについては先ほど述べさせていただいたとおりです。
ちょっと別件になりますが,土屋委員からのお話を受けてといいますか,重なる部分があろうかと思いますが,「公共の扉」というところで,別紙ということで,そこに二つの考え方が示されていて,そのことが(2)の自立した主体として社会参画に参画し,他者と協働するためにという箇所と,(3)の持続可能な社会づくりの主体となるためにという箇所に向かって,微妙な示し方なのですが,右の上の方から赤い矢印で,それぞれの考え方がこういうふうに行きますよという形で示されています。この矢印についても,私の個人的な考え方からすると,別紙の,その上に書かれている二つの基本的な考え方だけで説明するというのは,どうも,何となくそれだけでは収まらないだろうと考えます。後の(3)のところで文化と宗教の多様性うんぬんとかということが出てきますと,書きぶりとしては少し,こういった考え方を手掛かりにするという示し方の方が,一定度説明が付きやすいと思っております。
また一方で,例えばそれぞれの内容について,観点を設定して適切な学習活動が行われることが想定されるわけですが,粗々考えてみると,例えば「公共の扉」といったようなところを戻って見てみますと,アについてはかなり関心,意欲的な側面が強い。これは個人的な捉え方です。イの,いわゆる基準となるような考え方を理解させるということについては,一つの,学習活動を取り入れて,こういった思考判断,表現のような側面が強いイメージを持っています。そして,今御議論いただいている(2)のところですが,ここは,先ほど御説明がありましたように,学習素材や内容が非常に網羅的に示されていまして,一定度知識理解的な側面を想定しやすい中身になっていようかと思っています。(3)については,これは恐らく各学校等で創意工夫をして取り組むということからすると,そんなに学習素材や内容について網羅的に示されているわけではないということになろうかと思います。
少なくとも「現代社会」の焼き直しでないということであるとするならば,最初の「公共の扉」(1),そして(2),(3)ということについても,当然「アクティブ・ラーニング」等をイメージしながら,そういった形での学習活動を想定するのであれば,やはり書きぶりをある程度そういう形でバランスよくといいますか,考えていかないと,見る人が見たら,先ほどありましたように,ここは政治・経済的な部分だなというふうな形で見られてしまう部分があるのかと思いますし,やはり我々が「公共(仮称)」に求めるものを,そういった点で,このイメージ図においても具体的に示す必要があるだろうと考えます。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。もう既に先ほど来,(3)の「持続可能な社会づくりの主体となるために」のところに踏み込んでおりますので,これから後は,その3の部分を含めて御発言を頂ければと思います。大体20分程度を目途に意見交換をしていただきたいと思います。
(3)の点につきましては,更に探究する際の対象としてどういうものが考えられるかといった点も含めて御議論いただければというふうに思います。いかがでしょうか。
一ノ瀬先生。

【一ノ瀬委員】  (3)のことというよりも,今までの議論のつながりでちょっと発言させていただきたいんですが,まず土井先生がおっしゃった正義について,私も言葉が足りずに,伝えきれなかったんですけれども,全く同じようなことを考えておりまして,正義というのをぽっと出してしまうと誤解を招くことがあるけれども,例えばここで出されているように公正ということを軸にして,公正としての正義ということであるならば,それは正義という概念は非常に重要な価値として機能するという意味なので,正義というのをそのまま無条件で出してしまうとちょっと危ない面があるかなということを言いたかったということです。
それから,ちょっと私,よく分からないんですけれども,文部科学省の公民あるいは「公共(仮称)」の中で,倫理と道徳というのがどういう概念上の区別をなされて規定されているのかがちょっと分からないのですが,先ほど谷田委員の方からありましたように,高等学校でも小・中と同様に,科目全体で道徳教育をするという理念があると思うんですが,その中で,私は谷田委員の意見に共感したんですが,結局道徳教育の中核部分をこの「公共(仮称)」の,とりわけ「公共の扉」のところが担うであろうというふうに私も思います。しかも,「現代社会」とちょっと違うかなと思うのは,多分大学の入学試験が,「公共(仮称)」に対応するような入学試験というのはすぐには登場しないと思うんですね。大学の側からして,これを入学試験の科目として作るというのはちょっと時間が必要ですので,そういう意味では,逆に,「公共(仮称)」という科目は点数を取るとか,回答を一つに定めるとかというしがらみ抜きにやれる場所になり得ると思いますので,そういう意味では道徳教育をここで担って,そしてしかも考えるという,何か教わるというのではなくて考えるということをできる絶好の機会の場所になり得る。そういう意味で,「現代社会」とはやはりちょっと違う面を持ち得るのではないかと,そういう期待を抱いております。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございました。ほか,いかがでしょうか。
では,土屋委員。

【土屋委員】  先ほどの発言にちょっと補足させていただくと,これは言い過ぎになるとちょっと申し訳ないので,そういうふうに聞いていただきたいんだけれども,例えばこれが学習指導要領に落ちたときに,(3)が正に学習内容であって,(2)を内容の取扱いにするという。内容の取扱いにして,こういうことに留意しながら活動させてくださいみたいな,そうしないと,素朴に見た場合に,やはりこれを2単位で,彼らの活動を主体的に保障しながら,今,入試と関係ないかもしれないということも,その辺は分かりませんけれども,本当にテスト勉強ではない,ある意味彼らの考える活動を保障しようとした場合には,この(2)と(3)の関係性というのが,それぞればらばらにやられる形になると,まずパンクしそうな気がしたということで,補足ということで説明させてください。

【土井主査】  ありがとうございます。
それでは,西村委員。

【西村委員】  先ほど土屋委員から,(3)の「公共(仮称)」を作るときの意味を指摘されて,私も同感であります。この(3)が充実した活動になることを願っております。また,棚橋委員からも,「公共(仮称)」を作る意味というのは主体にあるのではないかと,何のために「公共(仮称)」を公民科の中で入れるのかというような御質問の中に,先ほど文科省の合田さんの方でしたか,目標のことを少し触れていただいたので,地理歴史科の部会に出させていただいたら,かなりグローバル化ということをキーワードにして,内容構成等もやっております。残念ながら,過去2回の改訂時に,私は文科省の教科調査官の先生にお願いしたんですけれども,実現していない目標があります。あくまで公民科の目標の中に「公共」が入ってきますので,小学校の社会科,中学校の社会科,高等学校の地理歴史科には,国際社会に生きる,国際社会で主体的に生きるという文言がありますが,「公共」だけは文頭に,「広い視野に立って」だけで文科省は説明しております。こういうグローバル化の時代にこそ,グローバル化を意識した国家・社会の形成者という視点がないと,国家・社会の中の狭い意味の「公共」をこれから考えましょうではいけないので,願わくば大きな目標のところも少し見直していただいて,この(3)の中にある,特にウです。我が国と国際社会ということをしっかり最後までやれるような内容構成にしていただけると有り難い。公民科,「公共(仮称)」の中にもグローバル化というキーワードは必ずどこかで取り扱っていただければというふうに思います。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。ほか,いかがでしょうか。
では,髙橋委員。

【髙橋委員】  先ほど一ノ瀬委員から,大学入試に多分すぐには直結しないだろうから,より工夫したような授業が展開できるのではないかというふうな御指摘がありましたが,現場としてはそれほど余裕がないというか,大学入試に直結しない科目をゆっくりとやっていることについては,生徒としても,親御さんとしても,学校としても,それほど余裕がないので,何らか進路に関わるような形の内容を盛り込んだり,あるいは大学に行って,又は働いた後役立つような知識の内容を盛り込んだりということは避けられないのではないかというふうに思います。その考え方をベースに聞いていただきたいのですが,「公共(仮称)」を作るに当たって(3)が重要だというお話を土屋委員が強調されておりますけれども,やはりバランスで,(1)(2)(3)をどれくらいの比重でやるかというところが重要なのではないかと思います。ぱっと見でこれを見ると,やはり2番に時間が割かれてしまう可能性がより大きく感じます。3番を主体的にグループ学習とかでやらせるには,それなりの,いろいろな外部の機関のサポートも必要だと思いますし,教員の能力,研修も必要だと思います。そういった3番に重きが置かれているんだよというのが,このたたき台案ではちょっと見てとれないので,知識がないと3番の主体的な探究学習はできないと思うんです。3番をいかにやっていくかというところに,もうちょっと方向性といったものがあると望ましいのではないかなと思います。

【土井主査】  ありがとうございます。
では,一ノ瀬委員,お願いします。

【一ノ瀬委員】  今の現場からのお話,大変啓蒙されました。そのとおりだろうなと私も,拙い想像力で理解できます。多分この「公共(仮称)」の中には,選択科目であり,かつ大学入試科目であるところの「倫理」とか「政治・経済」の要素が混入しているので,この「公共(仮称)」を,例えば1年生,2年生の段階で学ぶことによって,選択科目の「倫理(仮称)」や「政治・経済(仮称)」をより主体的に学ぶという動機付けになって,それは,そういう意味では入試にはつながるかなというふうに思っております。
それからもう1点,今話を伺っていて,この(3)のことで気付いたんですが,もしかしたら「公共の扉」の最後の環境倫理,生命倫理については,(3)のところで教えるというような方向性も一つの可能性なのではないかなというふうに,ちょっと今思い付きました。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。ほか,いかがでしょうか。
では,浅子委員。

【浅子委員】  短い時間ですけれども,議論とかもお聞きしていて,私も,この配付された資料だと,文字の面積とか数でいっても(2)のところが多そうな印象を受けるんですが,やはり(2)は(3)の前に入れるぐらいで,結局(1)の「公共の扉」と(3)を中心に,2単位の必修科目だとしたら,組み立てたらどうかなと。2の個別の主体のことはほとんど要らないのではないですかね。中学で多少は習ってくるわけで,むしろ3を中心に,1の理解の下で(3)の具体例をある意味で学んでいくという,その中のある種の準備として各主体が政治的なり経済的なり法的なり,こういう部分もあるんだというのを加えるぐらいでないと,先ほどの現場の先生方の言っている時間の配分の問題も考えたら,ほとんど2を中心にやり出すと本来の意味がなくなるのではないかという,そういう印象を受けましたということをお伝えしたいと思います。

【土井主査】  では,谷田委員。

【谷田委員】  度々申し訳ありません。(3)についてですけれども,「公共(仮称)」という科目の理念からすれば,ある意味未来志向であろうことは想定されるわけですが,ただ,私たちがよって立つ地点,時間軸を考えれば,当然過去ということを無視することはできないかと思っています。そういう観点からすると,例えば(3)のアに地域の創造というところがありますが,その前触れで,今まで受け継がれてきた蓄積や先人の取組,知恵などを踏まえつつという文言は示されていますけれども,やはり,先ほど頼住委員がおっしゃったことと重なるかもしれませんが,地域の創造の前に,我々は,今や地域がそれぞれ消失しているような状況も当然あるわけで,地域について,いかに地域の伝統とか文化とかそういったものをしっかり理解するかということを押さえておかないと,創造ということはあり得ないのではないのかと考えますので,そういった文言について御検討いただければと思います。加えれば,そこに,後の文化や宗教の多様性の部分にも係わるかもしれませんが,日本人に見られるような人間観や自然観,宗教観,特にこれが必履修科目であるということを考えると,わびとかさびとか粋とか,そういった側面の内容がやはりしっかり押さえられていないと,当然国際的な交流とか国際社会の中でといったような視点というのはなかなか捉えられにくいと考えます。そういった点をこの課題探究的な学習の中で押さえられるよう配慮が求められると考えております。
以上です。

【土井主査】  ありがとうございます。
では,頼住委員。

【頼住委員】  今の谷田先生の御意見,私も大変共感を覚えながら聞いておりました。やはり,先ほどグローバル化ということで西村先生の方から御指摘がございましたけれども,グローバル化というものも,今,反グローバリズムが世界中で出てきたりしまして,いろいろな側面から見ていくという必要があると同時に,よりグローバル化を立体的に捉えていくためには,ある意味で日本的なものとグローバル化はどういうふうにこれから関わっていくのかとか,そういうところがやはりすごく重要になってくると思いますので,グローバル化という問題を表面的に捉えないためにも,日本的な物の考え方とか,日本的な伝統,今お話がありましたそういう美意識に至るまで,少しそういうところを丁寧に見ていくことは,生徒にとっても自分の自覚というか,自己発見につながると思いますので,是非そういうところを入れていったらいいのではないかなというふうに思っております。よろしくお願いいたします。

【土井主査】  ほか,いかがでしょうか。
田中委員,何かございますか。

【田中委員】  では,グローバル化の話で,グローバル的なところをここで取り上げていただいたのは,私も非常に高く評価しております。ただ,今グローバル化,去年国連で採択された持続可能な開発,SDGsと言われているものも,あれは17の目標を出していますけれども,世界の,海外の課題というのは今までMDGsというような考え方だったんですけれども,日本国内の課題,先進国の課題でもあるというようなところが一つの大きな焦点だったと思います。その意味で,こういう形で「公共(仮称)」の科目の中で,我々のグローバルな社会に生きる日本国内の問題,そしてそれは地域の課題でもあり,それから我々一人一人の個人の課題でもあるというところを,ここで是非子供たちにも知っていただきたいと思います。
例えば消費の問題も,一人一人の消費の問題,地域の消費の問題等も全てグローバルなものに関わっているというようなところで,身近な課題でグローバルな課題はあるということで,国際社会,世界と日本とか,そういう対峙する時代はもう終わっていまして,世界の中での日本,世界の中での地域,世界の中での私たちというようなところを,是非この「公共(仮称)」のところでは取り上げていただきたいというのがお願いでございます。ありがとうございます。

【土井主査】  ありがとうございます。
それでは,大体一通り御意見をおっしゃっていただいたと思います。別に主査として取りまとめるというわけではなく,私の感想めいたものを幾つか申し上げさせていただきます。
2の部分,これをどう扱うのか,それから2と3の関係をどうするのか,ここはきちんと詰めていく必要があると思います。私は,2の部分の扱いについて,従来どこに問題があったかといえば,例えて言いますとゲームのルールとゲームの関係なんですね。例えば野球でも,野球のゲームのルールがあり,実際に野球をするという部分がある。政治も,政治という,ゲームと言うとちょっと語弊があるかもしれませんが,アクティビティーがあるわけです。しかし,それにはルールがある。経済も同じだと思うんです。従来はルールを中心に教えてきている,言い換えれば制度を中心に教えてきていて,ほとんどゲームをさせていないというところに問題があったのではないか,そういう御指摘ではないかと思いますし,それはそのとおりだと思います。したがって,もう少し,そういう意味で実際のプレーの仕方的なものを導入していくというのが「アクティブ・ラーニング」の一つのポイントだろうと思います。しかし,ルールを全く教えずにプレーできるかというところは,やはり2の部分で無視できない部分で,この辺りは中学でも公民的分野で似たような学習をするはずですので,中学の部分とここの部分でどういう仕分をしていくのかということを踏まえた上で調整をしていく必要があるのかなと思いました。
また,こういう形で書くと,どうしても1,2,3という順序性があるわけですけれども,しかし,この順序性はどうしても,平面的に書くからこうなるわけで,本当は3に関するような問題を最初に認識させるというのは重要な点だと思います。環境についてこういう問題があるんだ,あるいは持続可能な社会,どれを取り扱うか分かりませんけれども,環境も,福祉でもいいんですけれども,こういう問題があるんだということを先に投げ掛けて,1,2,そして最後に3につなげるというやり方もあるわけで,この辺りは,実際の授業の工夫をできる限り容認するような形で示すしかない。ただ,これを1枚紙に書けと言われれば,この順序で書くしかないと思いますので,その辺が示し方の問題なのかなという気はいたしました。
それから,「公共の扉」の部分についても,先ほど私の意見を少し申し上げましたけれども,決して自分のことだけ考えるという話ではなくて,もちろん自分の在り方を考えるわけだけれども,それは社会の在り方を考える上での基礎ということだと思います。
基本的に,挙げていただいている点が私は重要だと思うんですけれども,何かあるとすれば,一つは,協力をする,あるいは協働するということを考える際の視点として,共時的な視点と通時的な視点はどこかで触れてもらった方がいいのかなという気がします。つまり,同時代でプレーヤーがどう協力するかという問題と,歴史というか時間軸の中で,前の世代,今の世代,将来の世代というものがあって,その中でどういう協力関係を形成するのかというのは非常に重要な視点で,これ抜きに持続可能性を考えるのは難しいものですから,その辺を少し含んでもらってはどうかなという気はします。
それから,幸福と正義の関係をどうするのかという問題も重要ですし,それから動機と結果の問題をどう考えていくのかといったような点,これは責任の問題にも関わってきますので,こういうことを考えるのはよかろうと思います。
先ほどの通時的視点との関係で出てくるんですけれども,やはりこれは経済でも政治でも法でも,全て同じなんですけれども,利益とか幸福を考えていく上での長期的利益と短期的利益の関係をどうすり合わせるのかというのは,恐らく制度論を考える上で最も重要な視点なんですね。ここのところは,先ほど来出ている個人と制度をどう考えるのかという辺りを考える際に出てくる視点かなというような印象を受けました。
全て感想めいたもので,特に取りまとめというつもりはございません。今後この点についても順次御議論をしていっていただければなというふうには思います。
取りあえず今日はこの程度で,少し時間をオーバーしておるんですけれども,まとめさせていただいて,頂いた御意見につきましては事務局の方で整理をしていただくようにお願いいたします。
それでは,次に参ります。教育課程部会におきましては,特別支援教育部会における議論や,情報に関わる資質・能力,あるいは健康・安全等に関わる資質・能力に関する議論がなされております。その状況について,事務局より御説明をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

【大杉教育課程企画室長】  失礼いたします。本日も他教科との関係が出てまいりまして,そういったことも順次整理をさせていただくことになろうかと思いますけれども,特に教科横断的に御対応いただきたい分野につきまして総則・評価特別部会で御議論を頂いておりますので,御報告をさせていただきます。一部の委員の方には重ねての御説明になってしまい恐縮ですけれども,少しお時間を頂きたいと思います。
資料8を御覧いただければというふうに存じます。特別支援教育,情報に関わる資質・能力,健康・安全に関わる資質・能力,いずれに関しましても教科横断的に対応していく必要があるということでございますので,一定の整理をさせていただきましたので,御報告申し上げます。
1枚おめくりいただきますと,1ページ目でございます。特別支援教育部会におきましては,特別支援学校における教育の在り方のみならず,各教科の目標を実現する上での困難さということへの配慮ということも,幼・小・中・高を通じて御議論を頂いたところでございます。
2ページ目以降がそのポイントになってまいりますけれども,1,各教科の目標を実現する上でという点につきましては,後ほど少し詳しく触れさせていただきます。その下,2でございますけれども,通級による指導や特別支援学級の意義,それらの取扱いについてということでございますけれども,現在,学習指導要領と省令,あるいはほかの告示で書き分けられておりまして,なかなか全体像が捉えにくいということがございましたので,3ページ目にございますように,そういった構造,内容,配慮事項等を,学習指導要領を見ただけで全体像が捉えやすいように整理していくという方向性でございます。また,3,合理的配慮の提供でございますけれども,4ページ目上にございますように,4月からの障害者差別解消法の施行に伴いまして,教育現場におきましても社会的障壁の除去の実施といった合理的配慮の提供が求められるということでございますので,こういったことをしっかりと共有していくために,指導要領におきましても,合理的配慮の考え方,あるいはその提供の在り方について記述していくという方向性でございます。また,4,特別支援教育コーディネーターを中心とした校内体制,あるいは,5ページにございます,共生社会の形成に向けた障害者理解の促進,交流及び共同学習の一層の充実,こういった部分も充実していく方向性でございます。
各教科につきましてでございますけれども,18ページ目をおめくりいただければと思います。各教科における障害に応じた配慮事項についてということで,18ページ目の上にございますように,これまでは総則におきまして全体的な考え方,それから障害別の配慮の例ということを示させていただいたところでございますが,今後,インクルーシブ教育システムの構築といった観点からは,よりきめ細かく,各教科においても,障害別の配慮の例のみならず,学習の過程で考えられる困難さということを踏まえながら,具体的な配慮の意図ですとか手立てということを示していくべきではないかという方向性でございます。
19ページ目下の上の部分に社会科の例ということがございまして,少し色分けがしてございますけれども,赤の部分が困難さの状態,緑の部分が配慮の意図,青の部分が手立てということの例でございますけれども,こういったことを小学校の例について整理させていただいたものでございますが,今後関係の先生の協力も得ながら,中学校,高校についても順次整理をさせていただきたいと思います。
それから,22ページでございます。情報に関わる資質・能力ということでございます。2点ございまして,各教科で御議論いただいている学習のプロセスの中でICTをより積極的に活用していくという方向性,それから,これまで情報活用能力として整理されてきております資質・能力の内容を,しっかりと教科との関連性を図っていくということでございます。
1点目は,23ページ目,ICT活用の特性・強みということでございますけれども,1,2,3にございますようなICTの強みを生かして,下にございますように,「深い学び」等を実現していく,あるいは個々の能力に応じた学びの実現,地理的環境に左右されない教育の質の確保に資するということでございますけれども,こういったことを踏まえて,24ページ目,これは理科の学びのプロセスの例がございますけれども,こういったプロセスの中でICTを効果的に活用することにより,豊かな学習を実現していく,また併せて情報活用能力の育成にもつなげていくという方向性でございます。
25ページ目には,少し具体的に,効果的活用の例ということでございますけれども,様々な交流に活用するということで,「対話的な学び」,あるいは課題の把握等に使うことで「深い学び」,自らの学びの振り返りに使うということで「主体的な学び」等々,こういったものの促進に資するのではないかということで,今後,各教科で学びのプロセスを整理いただく際に,ICTの活用についても併せて御議論いただければというふうに存じます。
それから,26ページ目以降が情報活用能力でございますけれども,これまで,26ページ目の上の枠にございますような三つの観点で整理されていた情報活用能力を,論点整理の三つの柱に沿って整理し直したものが26ページの表でございます。単にICTを使えるということだけではなくて,しっかりと情報を主体的に活用して,問題発見,解決に生かしていく,あるいは考えの形成に生かしていくという能力でございます。これを,28ページ目にございますように,小・中・高の発達の段階に応じて,しっかりと育んでいくということ,特に高校では情報科で必履修科目,現在,情報の科学ということで,ICTや情報を問題の発見と解決に活用するという科目でございますけれども,これを共通必履修にしていくという方向性でございますので,こういったことも踏まえながら,発達の段階に応じて育成していくということ。また,29ページ目にございますように,それらをしっかりと各教科の学びとつなげていくということでございます。教育課程全体を通じてということ,また特に小学校段階で情報手段の基本的な操作が弱いということがございますので,社会科における学びも併せてつなげていくということ。それから,29ページ目下にございますような,社会科,地歴公民の学びとしっかりとつなげていくということ,30ページ目の上まででございます。
それから,健康・安全に関しましても御覧いただければと思いますけれども,これらも三つの柱に沿った資質・能力整理とカリキュラム・マネジメントの中での実現ということでございます。
69ページ目以降でございますけれども,72ページの上にございますように,それぞれの資質・能力を三つの柱に沿って整理し,73ページ目の下にございますように,カリキュラム・マネジメントの実現という中で実現していくということでございます。特に防災という面では本ワーキンググループとの関係も深くなってまいりますけれども,こういった教科横断的な視点も踏まえながら今後御議論いただければというふうに存じます。
長くなりまして恐縮ですが,以上です。

【土井主査】  どうもありがとうございます。いずれも重要な事項ですので,先生方の中にも御関心があろうかと思います。御質問等があるかとは存じますが,ちょっと時間の関係もございますので,個々に,御質問があれば事務局の方に照会をしていただくということで,よろしくお願いいたします。
ちょうど時間も参りましたので,本日はここまでにいたしたいと思います。本日お出しいただいた御意見につきましては,事務局で論点ごとにその趣旨を整理していただくようにお願い申し上げます。なお,限られた時間内での討議でございましたので,更に御意見やお気付きの点などがあれば,ペーパーで事務局にお送りいただければと思います。
本日予定されておりました議題はここまででございます。最後に,次回以降の日程などにつきまして事務局から説明をお願いいたします。

【大内学校教育官】  長時間にわたりまして,ありがとうございました。
本ワーキンググループにつきましては,議論する内容に応じて,小グループに分けて御議論いただいているところでございまして,本日お集まりの高等学校公民科を中心にお集まりいただく次回の会合でございますけれども,既にメール等で御案内しておりますとおり,2月29日月曜日,13時からを予定してございます。場所は文科省3階の3F2特別会議室でございます。なお,当初御案内しておりました2月16日火曜日でございますけれども,こちらにつきましては開催いたしませんので,念のため申し添えます。またその日程につきまして後日調整をさせていただければと思いますので,よろしくお願いします。
それから,土井主査からもお話ありましたけれども,御意見,それから先ほどの説明等につきましての御質問も含めまして,御意見等頂戴できればと考えておりますので,開催通知で送っておりますメールの方に御返信いただければというふうに考えております。
以上でございます。

【土井主査】  ありがとうございます。本日は,本当に充実した議論をしていただけて,大変よかったと思っております。
それでは,第4回の社会・地歴・公民ワーキンググループを終了させていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

―― 了 ――

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