科学技術・学術審議会学術分科会「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について」中間報告(抄)

平成26年5月26日
科学技術・学術審議会学術分科会

2.持続可能なイノベーションの源泉としての学術研究

(イノベーションへの期待)
○我が国は、長引く経済の低迷が社会全体に深刻な影響をもたらしていることに加え、いずれ世界の国々が直面することとなる少子高齢化やエネルギー問題等に真っ先に取り組まざるを得ない「課題先進国」であり、課題解決の手段としてイノベーションへの社会の期待が高まっている。さらに、世界に先駆けてこれらの課題を解決できれば、「課題解決先進国」として新たな経済成長も見込まれるという将来に向けての展望が、イノベーションに対する期待をますます強めている。

(イノベーションの本来的意味)
○「イノベーション」とは、「技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」とされている。また、「科学技術イノベーション」とは、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」とされている。すなわち、学術研究による知の創出が基盤であり、それが充実して初めて経済的価値ないし社会的・公共的価値等を含むイノベーションが可能となる。

(イノベーションをめぐる議論への危惧)
○他方、今日のイノベーションをめぐる議論については、以下のような懸念がある。
・イノベーションが短期的経済効果をもたらす技術革新といった狭い意味で用いられることが少なくない。
・いわゆる「出口指向」の研究に焦点が当たる中、既知の「出口」に向けての技術改良といった狭い意味での出口が重視されがちであるが、そのような出口は有限であり、学術的価値の創造基盤を欠けば早晩枯渇してしまう。
・学術研究の成果を当然に得られる所与のものとみなし、課題はそれが経済的価値等につながりにくくなっていることであるとの認識から、いわゆる「橋渡し」への注力に関する議論が強調される一方、その基盤となる学術研究そのものの維持やそれに必要な政策努力に係る視点が必ずしも十分でない。

○我が国の社会・経済の持続的発展を実のあるものにするためには、イノベーションの本来的意味に立ち返り、基盤となる学術研究を維持・強化することが必要である。また、今日においては、企業等が自前で開発した技術等の内部資源だけではなく、大学において生み出された研究成果等の外部資源の積極的な活用によりイノベーション創出を加速するオープンイノベーションの動きが広がりつつあり、それへの対応が課題になっている。

(イノベーションにおける学術研究の役割)
○学術研究は、出口のないところに新たな出口を創出したり、新次元の出口を示唆する入口を拓くことで、既にある強みを生かすにとどまらず、新たな強みを創ることを可能にするものである 。イノベーションを不断に生み出すためには、研究者の自由な発想に基づく学術研究の推進により、多様な広がりを持つ質の高い知を常に生み育て重層的に蓄積しておくことが不可欠である。
特にオープンイノベーションの時代にあって、社会の変化に伴う様々な需要に応じそれらの知を多様な価値につなげていくためには、学術研究の成果は常に社会に向かって開かれていなければならない。
さらに、大学における教育研究活動を通じ、様々な立場でイノベーションの創出を担う人材を育成することが極めて重要である。
このように、学術研究はイノベーションの源泉そのものである。

○入口と出口は相互補完・対流関係にあり、学術研究が社会に対して実際的な価値を提供するだけでなく、社会からのフィードバックにより学術研究が発展することもある。「卓越知を基盤としたイノベーションの循環」 のためには、学術研究が卓越した知を創出し続けるとともに、イノベーションの視点を持って社会との対話と交流を重ね、後述する社会の負託に応えていくことが求められている。

3.社会における学術研究の様々な役割

(学術研究の特性)
○学術研究とは、「個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される」研究であり、研究の段階として基礎研究、応用研究、開発研究を含むものである。研究の契機として、政府が設定する目標や分野に基づき課題解決が重視される戦略研究や、政府からの要請に基づき社会的実践効果の確保のために進められる要請研究とは区別される 。
学術研究の端緒は本来、個人の内発的動機であることから、個人の知的多様性そのものを反映する広がりを持つものであるとともに、人文学・社会科学から自然科学まで幅広い学問分野にまたがる知的創造活動であるため、研究手法や生み出される成果等は極めて多様である。

○学術研究は、研究者の自主性・自律性を前提とし、研究者が知的創造力を最大限発揮することにより、独創的で質の高い多様な成果を生み出すものである。人間・社会・自然に内在する真理を追究し、知の限界に挑む新たな課題を設定し、未踏の分野を開拓する営みは、従来の慣習や常識にとらわれない柔軟な思考と斬新な発想をもってこそなし得るものである。
また、客観的事実として、予見に基づく計画の通りに研究が進展せず、逆に当初の目的とは違った成果が生まれることも多い。更に言えば、当初の目的との関係では「失敗」とされたり、予期せぬ結果に至ったりした膨大な研究結果やデータの先に、既存の知識やその応用を超えるブレークスルーが生まれることがある。このような多様な知的試行の蓄積によって初めて可能なブレークスルーの実績の積み上げが、我が国の持続的発展や国際社会における「高度知的国家」としての存在感を確実なものとする。
さらに、学術研究は、与えられた個別の課題の即時的な解決以上に、新たな課題の発見とそれへの挑戦により、本質的な解決に迫ることを核心とするものであり、必然的に試行錯誤を伴うことから、価値の創造には一定程度の時間を要することが多い。

○以上のような特性も踏まえ、自律的に研究の過程や成果の評価・検証を重ねることにより、学術研究は発展してきた。
例8 学術研究によるブレークスルーの例
・自然免疫の中核を担うたんぱく質の発見により、生体の防御システムにかかる免疫メカニズムを解明(審良静男 大阪大学特別教授)
・窒化ガリウムの結晶化に関する技術を開発し、世界初の高輝度青色LEDを実現(赤﨑勇 名城大学教授)
・ポリアセチレンの薄膜化による導電性ポリマーの開発(白川英樹 筑波大学名誉教授)
・RaPIDシステムの開発(特殊ペプチド創薬)(菅裕明 東京大学教授)
・小分子有機半導体のナノ組織化による塗布型有機薄膜太陽電池の開発(中村栄一 東京大学教授)
・半導体光触媒反応の研究により、太陽光だけで環境を浄化する酸化チタンの光触媒を発見。(藤嶋昭 東京理科大学長) 等

(学術研究の役割)
○このような特性をもつ学術研究は、人類の長い歴史の中で常に様々な役割を果たしてきた 。学術研究が社会から期待されている主な役割について、改めて簡潔に整理すると次のとおりとなる。なお、これら(1)~(4)は、各々個別のものではなく相互に関連・作用している。
(1)人類社会の発展の原動力である知的探究活動それ自体による知的・文化的価値の創出・蓄積・継承(次代の研究者養成を含む)・発展
(人類の本質的な知的欲求を満たす新たな知の提供)
(2)現代社会における実際的な経済的・社会的・公共的価値の創出
(新しい知識の発見や深化などを通じ、社会の抱える問題を正しく把握しその解決に向けた長期的・構造的な指針を提示。具体的には、産業への応用・技術革新、生活の安全性・利便性向上、病気の治癒・健康増進、突発的な危機への対応など社会的課題の解決、新概念(認識枠組み)の創造等)
→現在の社会構成員の幅広い福祉の増進に寄与
*上記のような価値は、当初意図しないところ(研究遂行に必要な機器の開発等も含む)から創出されることも少なくない。
(3)豊かな教養と高度な専門的知識を備えた人材の養成・輩出の基盤
(教育研究を通じて、我が国の知的・文化的背景を踏まえ世界に通用する豊かな教養とそれを基盤とする高度な専門的知識を有し、自ら課題を発見したり未知のものへ挑戦したりする「学術マインド」を備え、広く社会で活躍する人材を養成・輩出。また、自然・人間・社会のあらゆる側面に対する理性的・体系的な認識により、人々に様々な事物に対する公正かつ正当な判断力をもたらし、社会全体の教養の形成・向上や初等中等教育の充実にも寄与)
→将来世代が自らの福祉を追求する能力を引き出すことに寄与
(4)上記(1)~(3)を通じた知の形成や価値の創出等による国際社会貢献
→「高度知的国家」の責務であるとともに、経済・外交・文化交流等全ての素地として、国際社会におけるプレゼンスの向上に寄与

(「国力の源」としての学術研究)
○世界でも有数の成熟国の一つであり、なおかつ天然資源の少ない我が国では、学術研究から生み出される創造的知見と人材をもって、人類社会の持続的発展や現在及び将来の人類の福祉に寄与するとともに、国際社会において尊敬を勝ち得、存在感を発揮することが、国としての力になる。このように、学術研究は「国力の源」と言える。
したがって、学術研究の振興は国の重要な責務であり、また、学術界はこのような役割を十分に認識し、高い志と倫理観をもって教育研究に従事することにより、社会からの負託に応えていく責任がある。

○学術研究がこのような「国力の源」としての役割を果たすために基本となることは、何よりも研究者の探究力と知を基盤にして新たな知の開拓に挑戦することであり(挑戦性)、研究者は常に自らの研究課題の意義を自覚し、明確に説明しなければならない。
グローバル化や情報化等が加速する中、新たな知の開拓のためには、学術研究の多様性を重視し、伝統的に体系化された学問分野の専門知識を前提としつつも、細分化された知を俯瞰し総合的な観点から捉えることが重要である(総合性)。また、異分野の研究者や国内外の様々な関係者との連携・協働によって、新たな学問領域を生み出すことも求められる(融合性)。その際、学術研究の融合性は、それ自体を目的化するものではなく、研究者の内発的な創造性を基盤としつつ、他分野との創造的な交流や連携からおのずと生み出されることに留意が必要である 。さらに、自然科学のみならず人文学・社会科学を含め分野を問わず、世界の学術コミュニティーにおける議論や検証を通じて研究を相対化することにより、世界に通用する卓越性を獲得したり新しい研究枠組みを提唱したりして、世界に貢献する必要がある(国際性)。
したがって、研究者は、自己の専門分野の研究を突き詰めた上で、分野、組織などの違い、さらには国境を越えて、異なる価値や文化と切磋琢磨しつつ対話と協働を重ね、社会の変化に柔軟に対応しながら、新しい卓越した知やイノベーションを生み出すために不断の挑戦をしていくことが求められる。

このように、現代の学術研究には、いわば「挑戦性、総合性、融合性、国際性」が特に強く要請されている。とりわけ、学術研究が将来にわたって持続的に前述のような社会における役割を果たすためには、このような観点から次代を担う若手研究者を育成することが重要である。

○同時に、今日では、社会的課題解決のため学術研究の(2)の役割が大いに期待されていることにも留意すべきである。一例として、「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)では、戦略市場創造プランの四つのテーマとして、国民の「健康寿命」の延伸、クリーン・経済的なエネルギー需給の実現、安全・便利で経済的な次世代インフラの構築、世界を惹きつける地域資源で稼ぐ地域社会の実現が挙げられている。これら諸課題を解決し、新たなブレークスルーを起こすためには、学術研究の現代的要請である「挑戦性、総合性、融合性、国際性」が不可欠である。

4.我が国の学術研究の現状と直面する課題

(我が国の強みを形成してきた学術研究)
○冒頭に述べたように、我が国の学術研究は、限られた公財政投資の中でも多くの卓越した研究成果を生み出すとともに、様々な実際的価値の基盤となること等により、3.で述べたような社会からの負託に応えてきた。このように学術研究が我が国の強みを形成してきたことは、改めて評価されるべきである。
例9 科研費により生み出された成果
・有機EL素子の研究(城戸淳二 山形大学教授)
白色発光素子の開発に実用化レベルで成功。将来的な市場規模は約5兆円、白色有機ELがディスプレイにも応用された場合14~15兆円が見込まれている。
・レーザー光の導波伝送に関する基礎研究(末松安晴 東京工業大学栄誉教授)
超高速・長距離光ファイバー通信の端緒を開拓。世界的規模の大容量長距離光ファイバー通信技術の発展に寄与。
・食品の機能に関する系統的研究(藤巻正生 東京大学・お茶の水女子大学名誉教授)
「機能性食品」という新しい概念を学術的に確立。「特定保健用食品」の制度化に貢献。関連商品の市場規模は平成23年には5,175億円に成長。
・「信頼」に関する研究(山岸俊男 一橋大学特任教授)
信頼される側からの研究と信頼する側からの研究を統合し、社会心理学のみならず、経済学、政治学、社会学、人類学などの関連分野に共通の理論的・実証的基盤を提供。
・人工多能性幹細胞(iPS細胞)の研究(山中伸弥 京都大学教授)
様々な体細胞に分化可能な多能性とほぼ無限の増殖性をもつiPS細胞の作製に成功。拒絶反応のない移植用臓器の作製が可能になると期待。


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(中間報告の内容については)研究振興局振興企画課学術企画室

初等中等教育局教育課程課教育課程第二係