教育課程部会 幼児教育部会(第5回) 議事録

1.日時

平成28年3月7日(月曜日)10時00分~12時30分

2.場所

中央合同庁舎第7号館東館 文部科学省3階3F1特別会議室
東京都千代田区霞が関3-2-2

3.議題

  1. 幼児教育の改善充実について
  2. その他

4.議事録

【無藤主査】  皆様、おはようございます。定刻になりましたので、ただいまより中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会幼児教育部会第5回を開催いたします。皆様におかれましては、御多忙の中、御出席いただきましてありがとうございました。
それでは早速、議事に入ります。
本部会の審議等につきまして、初等中等教育分科会教育課程部会運営規則第3条に基づき、原則公開により議事を進めさせていただきます。また、第6条に基づきまして議事録を作成し、原則公開するものとさせていただきます。
そして、本日ですけれども、報道関係者より会議の撮影及び録音の申出がありまして、これを許可してございます。御承知おきください。
それでは、事務局より配付資料の確認をお願いいたします。
【沓澤子育て支援指導官】  それでは、配付資料の確認をさせていただきます。本日は、議事次第に記載しておりますとおり、資料1から資料9-2、参考資料1、その他机上に教育課程企画特別部会の論点整理をはじめといたしました参考資料を配付させていただいております。不足等がございましたら、事務局の方までお申出いただきたいと思います。
なお、机上にタブレット端末を置いておりますが、その中には、本部会の審議に当たり参考となる幼児教育に関連する諸資料、それから小学校学習指導要領の解説、関係する審議会の答申、本部会の過去の配付資料等をデータで入れてございます。御参照いただく際には、お手数でございますけれども、机上に配付しております使用方法等の説明したペーパーをごらんいただきたいと思います。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございました。
次に、配付資料の説明にいくわけでございますけれども、その前に教育課程部会総則・評価特別部会より、本部会に対して共有したいということがございます。事務局より御説明をお願いいたします。
【大杉教育課程課教育課程企画室長】  失礼いたします。それでは、資料6、資料7、資料8に基づきまして、少しお時間を頂きまして、他のワーキング、それから特別部会、特別チーム等の議論の状況を御紹介させていただきまして、本部会における議論にお役立ていただければと存じます。
まず資料6でございます。これは24日に行われました総則・評価特別部会におきまして、アクティブ・ラーニングの視点と資質・能力の育成との関係について、各教科等でも議論が進んでおり、各学校段階別でも議論が進んでいることを踏まえまして、改めまして共通の考え方を整理させていただいたものでございます。
1枚おめくりいただきますと、アクティブ・ラーニングの視点と資質・能力の育成との関係について、特に「深い学び」を実現する観点からということで、1ページからでございます。
総則・評価特別部会におけるこれまでの議論をまとめたということで、今後随時、また充実させていくことになろうかと思いますけれども、各教科、共通事項として、このような考え方を踏まえながら資質・能力の明確化。それから各教科等では、各教科等の特性に応じ育まれる見方や考え方、これがそれぞれの教科を学ぶ本質的な意義につながろうかと思いますけれども、こういったことの明確化、それを育む学習プロセスの在り方。そして資質・能力と学習プロセスを指導要領の記載の指導内容とどのように構造化していくかを引き続き御検討いただきたいということで、これを順次、各ワーキングにつながせていただいているところでございます。
一つ目、アクティブ・ラーニングの三つの視点と授業改善ということでございますけれども、これは御承知のとおり、論点整理におきまして「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」の三つの視点として整理をされたところでございます。
こうしたアクティブ・ラーニングの意義でございますけれども、こうした視点に基づく授業改善に基づき、学びが改善され、子供たちは内容的な理解を深めながら資質・能力を身に付けていくことができるということ。そして、学ぶことの意義や社会との関係を実感できるということで、これまで課題とされてきております学習意欲というところ、学び続ける力の獲得につながるということでございます。
既に「論点整理」を踏まえまして、各学校現場では様々な取組が広がりつつあります。一方で、論点整理でも指摘されましたように、「型」に着目した理解がされているのではないかという懸念。アクティブ・ラーニングの視点は、特定の学習・指導の型や方法の在り方ではなく、習得・活用・探究の学習過程全体を見通した不断の授業改善の視点であることに留意ということでございます。
一方で教育委員会の声ででは、理念はよく分かるけれども、具体的な実践例も求められるという声があるところでございます。
こうした実践例、各教育委員会でも取組が始まっておりますけれども、様々な型や方法の種類を紹介するということではなく、視点に基づいてどのように授業が改善され、子供たちがどのように変わっていっているか、成長しているかというような授業改善の実践例の蓄積と普及をお願いしたいということでございます。学習の指導の型や方法は、もちろんその中で活用されることはあるわけですけれども、その効果が検証され不断に見直されていくべきものではないかという考え方でございます。
2ページ目、「深い学び」の視点でございます。「対話的な学び」「主体的な学び」「深い学び」のうち、対話的、主体的については教科共通で理解できる視点であるということで、割と理解しやすいという声がある一方で、「深い学び」はどのようなものなのかというのが、まだまだイメージがつかみにくいと。幼児教育においては既にいろいろ御議論がされているかもしれませんけれども、教科につきましては、これから、まさに各教科等ワーキングの議論をまとめていく段階でもあることから、なかなか、まだ具体的なイメージがつかみにくいという声もあるところでございます。
現在検討されているワーキングの議論でございますけれども、この議論を通じて「深い学び」とは何かということの具体化を図ることが重要ではないかということ。
そして、複数の教科等別ワーキングにおきましては、後ほど御紹介させていただきますが、資質・能力の育成や学習の深まりの鍵となるものとして、各教科等の特性に応じ育まれる「見方や考え方」が重要ではないかという検討がなされているところであります。こうした「見方や考え方」を習得・活用・探究を見通した学習の過程の中で働かせながら思考・判断・表現し、そうした「見方や考え方」を更に成長させながら資質・能力を獲得していくことが「深い学び」であるということ。そして、そうした学びと資質・能力との関係性を更に分かりやすく示していく必要があるのではないかと考えられるところでございます。
「論点整理」におきましても、アクティブ・ラーニングの視点、深さを欠くことによる浅薄な議論でありますとか、失敗事例も報告されているところでございまして、「深い学び」の実現は極めて重要であるということであります。先生方には、こうした「深い学び」を通じて、子供たちの内容的な理解にも責任を持ち、指導内容を組み立てていく力量を高め、基本的な事項は分かりやすく教員が教えるということも含めて、子供たちに関わっていくことが求められるということでございます。
主に教科等の学習の視点でございますので、また幼児教育については幼児教育にふさわしい整理が必要になろうかと思いますけれども、総則・評価部会で、このような整理がなされております。
そして、この中で出てきました「見方や考え方」についてでございます。「見方や考え方」という考え方自体は、御承知のとおり新しいものではないということであります。社会科、理科、美術等において、また幼児教育におきましても、生活全体を通じて総合的な指導を行う中で、ものの見方や考え方を培うこととされているところでございます。後ろの方の資料にも少しその抜粋を載せさせていただいておりますけれども、一方で、その内容については必ずしも具体的に説明はされていないのが現状でございます。
3ページに移りまして、「見方や考え方」とはというところでございますが、様々な事象等を捉える各教科等ならではの視点や、ならではの思考の枠組みと考えられるのではないかということ。
そして、ポツが三つございますけれども、それぞれ知識・技能、思考力・判断力・表現力、そして学びに向かう力や人間性という資質・能力の三つの柱、それぞれの育成に重要な役割を果たしているものではないかということ。
そして次の丸でございますけれども、学習過程の中で「見方や考え方」を働かせて思考・判断・表現し、それ自体を成長させながら資質・能力を獲得していけるような学びが「深い学び」ではないかということ。
学習過程の中で、どのような視点で事象を捉え、どのような思考の枠組みを用いて考えていく、考察していくのかということを通じて、子供たちの「見方や考え方」が成長していくことが重要ではないかということ。教員にはということで、先ほどと同じ文章が書かれているところであります。そして、特別支援の観点等も含め、子供たち一人一人の「見方や考え方」の困難さを捉えて支援をしていくようなことも重要ではないかということでございます。
2ポツの部分、主に教科等別の観点から書かれてございますけれども、それらが子供たちの中で総合的・統合的に働かせられるようにすることも重要でございます。
3ポツが教科横断的な学び等を通じた「見方や考え方」の総合的・統合的な育成について。
例えばということで、国語において育まれた「見方や考え方」は、言語活動を通じて他教科の特性に応じ育まれる「見方や考え方」を広げていく役割も有するなど、相互に影響し合いながら成長していくものではないかということ。
特にというところで、総合的な学習の時間や特別活動といった、いわゆる領域と呼ばれる部分でございますけれども、教科横断的な学びや実践的な集団活動を通じて、各教科において育まれた「見方や考え方」を総合・統合させながら、各領域の特性に応じた「見方や考え方」を育んでいくものと考えられるということ。それにより教科の文脈を超えて、社会や世界のより広範な事象を捉えて考えたり、一つの事象を多面的な角度から捉えて考えたり、現実の社会の中のより複雑な問題にアプローチしていくことができる。併せて、各教科の「見方や考え方」も成長していくのではないかということでございます。
1枚おめくりいただきまして5ページ目には、資質・能力の三つの成長と「見方や考え方」の関係、そこに「深い学び」がどのように関わっているかということのイメージ図でございますけれども、このような整理がなされているところで御紹介をさせていただきました。
続きまして資料7でございます。言語能力についてということでございまして、これは主に言語能力の向上に関する特別チームで整理を頂いたものでございます。
1ポツ、言語能力についてということで、創造的思考(とそれを支える論理的思考)の側面、感性・情緒の側面、他者とのコミュニケーションの側面、この三つの側面から言語能力を整理していくという方向性でございます。
そして資質・能力の育成と言語能力との関係について、2ポツでございますけれども、子供が幼児期からの身近な人との関わりの中で体験的に言語を獲得していくというようなこと。そして、そうした言語が、子供たちの学習や生涯にわたる生活の中で極めて重要な役割を果たすものであるということ。
そして、三つの柱に沿って言語の役割を整理させていただいております。三つの柱の資質・能力の獲得に言語がどのような役割を果たしているかということでございます。
2ページ目からはコミュニケーション能力でありますとか、非言語能力、あるいは言語活動、体験活動との関係性について整理を頂いているところでございます。
資料8は、他のワーキンググループ等も含め、全体的な議論を束ねさせていただいたものでございます。お時間が余りございませんので、本当にざっとイメージを把握していただくことになりますけれども、目次を3枚めくっていただきますと、総則・評価特別部会における検討事項でございます。
先ほどのアクティブ・ラーニングに関する整理のように随時つながせていただいているところでございますけれども、総則自体に関しましては3ページにありますように、「社会に開かれた教育課程」の理念を総則においてどのように実現していくかという観点から今後見直しを図るということでございます。
そして、学習評価につきましても6ページにございますように全体的な整理を行っておりまして、これも24日に各ワーキングにつながせていただくような内容の整理をさせていただいているところでございます。
9ページ目は特別支援教育部会ということで、これは既に御紹介をさせていただいたものでございます。
また17ページ、情報活用能力でございまして、これも既にざっとごらんいただいているかと存じますけれども、23ページ目にございますように、幼児期、小・中・高と、それぞれの発達段階に応じて情報活用能力。ICTを使う力のみならず、情報や情報技術を問題解決のために使う力ということで、各教科等も含めて、8ページ目にございますけれども、整理を頂いているところでございます。
また28ページ目、健康、安全等に関わる資質・能力も、カリキュラム・マネジメントということで育んでいくイメージを既にお出しいただいているところでございます。
32ページ目は幼児教育部会の内容でございまして、これも既に各教科等ワーキングで随時御紹介をさせていただいております。
39ページ目、言語能力の向上に関する特別チームでございまして、先ほど申し上げた言語の三つの側面に沿って、40ページ目にございますような三つの柱の資質・能力の整理を行い、そして、どのように情報を認知し思考につなげ、それを表現につなげていくかということの要素を整理したのが41ページ目でございます。
こうした整理に基づきまして、国語ワーキングにおいても整理を頂いておりまして、43ページ目にございますように、言語の三つの側面を踏まえながら、言語能力チームの議論を踏まえた整理をさせていただいております。
44ページ目、45ページ目、46ページ目は、それらを小・中・高の発達の段階に応じて、どのように育んでいくかということ。
また47ページ目、48ページ目は、それぞれの話すこと・聞くこと、書くこと、読むことの領域別に学習活動の要素を、先ほどの言語能力チームのプロセス像をイメージしながら再整理をしているところでございます。
また49ページ目、50ページ目にございますように、高等学校教育、国語教育におきましては、教科の構成の再編成ということも含めて検討がなされているところでございます。
50ページ目に具体的な教科構成が書かれているところでございます。
外国語ワーキングは51ページ目からでございまして、これも同様に53ページ目にございますような三つの柱に基づく整理ということでございます。
外国語教育におきましては、言語の三つの側面のうち、主にコミュニケーションということを軸に置きながら、その中に創造的思考や情緒の側面をしっかり入れ込んでいくということで、54ページ目のようなプロセス図になっているところでございます。
55ページ目は高等学校の新科目でございますので、これはざっとごらんいただければと思いますけれども、56ページ目、「歴史総合」。これも基軸となる問いということに着目しながら、57ページ目のような整理をしているところでございます。また「歴史総合」と選択科目の関係性は58ページ目でございます。
地理的なものの見方、考え方を育む「地理総合」につきましては59ページ目。そして、これも問いを基軸とした60ページ目のような整理がされているところでございます。61ページ目は選択科目との関係性。
「公共」でございます。62ページ目、「公共」の扉。自立した主体として社会に参画する力を育むということ、また探究的な学びも重視するということで、64ページ目までのような構成をイメージしております。また選択科目との関係は65ページ目でございます。具体的には66ページ目、67ページ目が選択科目のイメージであります。
社会科系科目のワーキングでございます。69ページ目にございますような丸1、丸2、丸3、丸4の思考力・判断力・表現力を培っていくということ。そして、その中で70ページ目。先ほどものの見方、考え方という議論ございましたけれども、社会科におきましては小・中・高通じて、社会的事象の見方や考え方を体系的に育んでいくということ。それぞれの分野もございますので、社会的事象の地理的な見方や考え方、歴史的な見方や考え方、現代社会を捉える見方や考え方、こういったものを意識しながら育んでいくということでございます。
71ページ目は、その見方や考え方の具体的な中身と、これも問いを生かした学び、そして概念的な知識の獲得ということのイメージでございます。そしてそれを、72ページ目のような問題解決的な学習活動を通じて育んでいくというイメージでございます。
73ページ目は新科目です。高等学校における数理探究のイメージでございまして、数学的なものの見方・考え方と科学的なものの見方・考え方を総合的・統合的に活用しながら課題解決的に創造に向かう力の基礎を育んでいくということでございます。
75ページ目が算数・数学ワーキングでございます。76ページ目、小・中・高のイメージ、77ページ目、三つの柱のイメージ、そして78ページ目のような問題発見・解決のプロセス。現実からの数学化、あるいは数学の事象を更に発展させていくということ、この二つのプロセスが考えられるところでありまして、その中で79ページ目のAからFにあるような思考・判断・表現力を育んでいくということでございます。
80ページ目、理科でございます。81ページ目が小・中・高、82ページ目が三つの柱、そして83ページ目が見方や考え方でございます。現在、理科4領域ありますけれども、それぞれにおいて主に育まれる見方や考え方。エネルギーにおきましては量的・関係的な捉え方、粒子におきましては質的・実体的な捉え方が考えられるところでございますので、これを84ページ目にございますように、小・中・高において子供の成長に応じてどのように育んでいくかということ。そして、そのような見方や考え方も含めて資質・能力を育むためには、85ページ目のような学習過程を重視していくということでございます。
芸術ワーキング、87ページ目が音楽の小・中・高のイメージ、そして88ページ目からが三つの柱に沿った整理でございます。
91ページ目が音楽科における学習プロセスのイメージということで、表現領域、鑑賞領域が共通事項を通じてどのように関わっているかということ。音や音楽との出会いから最終的に学んでいくこと、学んだことの意味や価値、社会や生活の中の音や音楽などの働きの自覚にどのようにつなげていくかということを、思考力・判断力・表現力、それから知識との関わりをイメージしながら整理を頂いているところでございます。
美術、美術、工芸につきましても、次のページから小・中・高、そして三つの柱。そして97ページ目におきまして、発想や構想の能力と鑑賞の能力、そして創造的な技能が、いわゆる共通事項を中心に、どのように関わっているかということがイメージされております。また98ページ目にございますように、この三つの間で関連付けられた学習が進んでいくことによって、形や色、イメージなどの視点を持ち、生活や社会と豊かに関わる資質・能力が育まれるというイメージでございます。
書道が99ページ目、100ページ目。101ページ目が音楽と少しイメージが似ておりますけれども、書表現との出会いということから、表現領域、鑑賞領域、それぞれの学習を充実させることによって豊かな情操、社会や生活の中で豊かに書に関わる資質・能力の育成ということでございます。
家庭、技術・家庭が102ページ目からでございます。小・中・高、三つの柱、そして105ページ目が技術分野の見方や考え方、そして106ページ目が学習プロセス、そして107ページ目が家庭分野でございます。109ページ目に学習プロセスの在り方ということでございます。
110ページ目から情報ワーキングでございまして、情報科におきましては新たな共通必履修科目が作られるということでございます。116ページ目に、そのイメージでございまして、これも様々な問題解決的な学習活動を中心に置きながらプロセスが進められるということでございます。
120ページ目、体育・保健体育でございます。121ページ目、小・中・高、そして122ページ目以降が三つの柱、そして125ページ目以降が学習活動の在り方ということで、127ページ目には深い学び、対話的な学び、主体的な学び、それぞれについてイメージがまとめられております。
129ページ目、生活・総合でございます。130ページ目、カリキュラム・マネジメントの中核となる総合的な学習の時間の在り方。それから131ページ目は、探究のプロセスを経験していくことによって自分自身をも深め、他者や社会との関わりも深めていくという総合のイメージ、そして総合の三つの柱ということでございます。
御参考までに、幼児教育とかなり関わりの深いところもございますので、生活科における主な意見ということ、1月12日のものでございますけれども、付けさせていただいているところでございます。
それから特別活動におきましても137ページ目、138ページ目にございますように、社会参画、人間関係形成、自己実現を軸にしながら、特別活動をどのように捉え直していくかということ。特別活動における効果的な学びのプロセスのイメージということも御議論を頂いております。
最後、産業教育につきましても同様に小・中・高のイメージ、それから三つの柱と産業教育における見方や考え方の整理ということを頂いているところでございますので、少し長くなりまして恐縮でしたけれども、本部会での御議論にもお役立ていただければと存じます。ありがとうございます。
【沓澤子育て支援指導官】  それでは私から残りの資料1から5、それから資料9について御説明させていただきたいと思います。
初めに資料1でございますけれども、幼児教育部会におけるこれまでの主な意見ということで、この資料は、これまで4回行われました幼児教育部会の主な意見を論点別にまとめた資料でございます。
幾つかかいつまんで御説明をさせていただきますと、初めに幼児期において育んだ資質・能力についてというところです。1ページ目の上から二つ目の丸のところですが、「論点整理」において示された育成すべき資質・能力の基本的な考え方である三つの資質・能力を幼児期の教育と小学校教育への接続に着実に引き継ぐことが非常に大切ではないかという意見が載っています。
それから同じく、幼児期において育みたい資質・能力の関係では、3ページ目の一つ目の丸のところですけれども、幼児期の総合的で主体的な遊びから学びという本質を表すためにどうするのかという表現上の工夫が必要ではないかという意見。
それから同じく資質・能力の関係ですけれども、5ページ目の下から三つ目の丸。知識や技能が身に付くとしても、それがやらされて身に付くとか、それを身に付ける意味ということを子供が理解しないまま大人が与えてしまうということは、恐らくそれは幼児教育の学びでないのではないかという意見がございました。
それから幼児期の終わりまで育ってほしい姿の明確化に関する意見でございますけれども、12ページをごらんいただきたいと思います。12ページの2の最初の丸のところですけれども、平成22年11月に幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方に関する調査研究協力者会議報告において、幼児期の終わりまでに育ってほしい幼児の具体的な姿を示したが、これを手掛かりに、ゼロベースからではなく、平成22年の報告書を基本とすることにより議論が深まっていくのではないかという意見がございました。
それから同じく終わりまでに育ってほしい姿の関係では、16ページのところです。上から二つ目の丸ですけれども、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の全体構造を考えたときに、例えば自然との関わりの項目と生命尊重、公共心等の項目のように、内容が重複した部分があるので、少し整理する必要があるのではないかという意見。
それから同じページの下から三つ目の丸のところですけれども、タイトルが幼児期の終わりまでに育ってほしい姿であることから、姿が分かる文末表現を統一すべきではないかという意見がございました。
それから幼児教育と小学校教育との接続に関する意見についてでございますけれども、19ページをごらんいただきたいと思います。そこの3の上から二つ目の丸のところですけれども、幼小接続では、改めて乳幼児期が大事だとか、非認知的な能力でいえば、乳幼児期に起こったことがやはり幼稚園、小学校だけでなく、中学校、高等学校まで大きく影響してくるのだということを、議論を通して、もう少し分かりやすく社会に訴えていくことが大事ではないかという意見がございました。
それから幼稚園における子育ての支援の在り方に関する意見についてでございますけれども、27ページをごらんいただきたいと思います。上から二つ目の丸のところですけれども、子供を通して保護者自身が子供の魅力や幼児期の教育の大切さに気付くこととともに、それが地域へ広がっていくということがあるので、子育ての支援は、保護者自身をエンパワーメントしていくことが大事なのではないかという意見がございました。
それから、いわゆる「預かり保育」の充実に関する意見についてでございますけれども、29ページの下から二つ目の丸のところでございます。子供は24時間を生きているので、コアの4時間の教育時間、その後の預かり保育といった輪切りではなく、1日中全体を通して見る視点がとても大切ではないかという、こういった意見がございました。
続きまして、資料2でございます。こちらは本日御検討いただきたい検討事項のまとめたペーパーでございます。本日の検討事項といたしましては2点ございます。
大きく1点目は1ページ目のところでございますけれども、幼児教育の特性に配慮した教育内容の改善充実についてということ。それから3ページ目にございますとおり、アクティブ・ラーニングの三つの視点を踏まえた、幼児期に育成すべき資質・能力を育むために重視すべき指導等の改善充実について。この2点でございます。
初めに1番目の幼児教育の特性に配慮した教育内容の改善充実についてでございますけれども、こちらは4点ほどございます。
1点目は、幼稚園教育要領等の全体及び総則との構造の在り方の観点から改善すべき点は考えられるかということでございまして、この点に関して具体的に御意見をお伺いしたい点といたしましては、この中の二つ目の丸の下から4行目あたりのところでございますけれども、教育課程全体構造を見て、総則と各領域等を往還的に整理していく必要はないかということ。それからその際、特に幼児期において育みたい資質・能力の重要性を踏まえ、教育課程全体構造に位置付けるべきものなど、現行の幼稚園教育要領の再整理が必要ではないか。
それから、その下のところでございます。総則・評価部会における検討事項の案、この資料2の4ページ以降についているところのものでございますけれども、こちらの方でも学習指導要領等全体及び総則の構造に関する考え方等の検討時間はございますので、これらを踏まえまして幼稚園教育要領等において改善すべき点は考えられるかということが、この1番目の観点でございます。
続きまして、2ページ目のところでございます。2といたしまして、発達段階や成長過程のつながりを踏まえた幼稚園教育要領等の在り方を検討する際、改善すべき点はないかということでございまして、これに関しまして具体的に意見をお伺いしたい点といたしましては、後段の2行目あたりからでございますけれども、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の明確化、幼児教育と小学校の各教科等における教育との接続の充実や関係性の整理、それから各学校段階等、各教科等を横断した幅広い視点からの検討事項等を踏まえ、幼稚園教育要領等において改善すべき点は考えられるかということでございます。
それから、2ページ目の一番下の丸のところでございます。「教育課程企画特別部会 論点整理」において、「感情や行動のコントロール、粘り強さ等のいわゆる非認知的能力を育むことがその後の学びと関わる重要な点である」等々、こういった点が論点整理で提言されているわけでございますけれども、こういった提言を踏まえまして、幼稚園教育要領等において改善すべき点は考えられるかという点について御意見を伺いたいと存じます。
それから3ページ目のところでございますけれども、3番目といたしましては、社会とのつながりの観点から改善すべき点は考えられるかということでございます。
それから4点目でございますが、資質・能力の三つの柱との関係や現行の幼稚園教育要領等における現状と課題から改善すべき点は考えられるかということで、例といたしまして、多様な動きを伴った遊びの充実、自己肯定感の充実、思考力に関する領域間の整備でありますとか、思考や自己コントロールに関する言葉の機能の充実、それから表現する過程の充実等々ということを例示として示させていただいているところでございます。
それから検討事項の大きな2点目でございますけれども、アクティブ・ラーニングの三つの視点を踏まえた、幼児期に育成すべき資質・能力を育むために重視すべき指導等の改善充実ということで、こちらの方は3点ございまして、1点目は幼児教育における学びの過程のイメージのたたき台。これは後ほど御説明をいたしますけれども、こちらを踏まえまして、改善すべき点はないかということ。それから教師の関わり、環境構成、教材等の観点から改善すべき点はないか。それから、教育課程全体において重視すべき学習活動等の観点から改善すべき点はないかということでございます。
なお、この検討に当たりましては、先ほど大杉室長から御説明のありました資料6なども踏まえまして御検討いただければと考えております。
続きまして、資料3でございます。総則等の構成に関する資料でございます。こちらは資料2の主に検討事項1の1の幼稚園教育要領等の全体及び総則の構造の在り方を検討する際の参考として用意させていただいたものの資料でございます。
1ページ目から6ページ目にかけてが幼稚園教育要領等の変遷、法的な性格、それから現行の幼稚園教育要領や他校種の現行の学習指導要領の構成に関する資料となってございます。
7ページから17ページ目にかけてでございますけれども、こちらは昭和31年に改訂されました幼稚園教育要領以降の第1章の総則及び第3章の変遷に関する資料となってございます。
18ページから20ページにかけてでございますけれども、こちら他校種の目標及び内容の示し方に関する資料でございます。
それから21ページ、22ページが幼稚園教育要領、それから小学校の学習指導要領における教育課程と指導計画に関する資料となってございます。
それから資料4でございます。こちらは各領域の内容に関する資料ということで、こちらの方も先ほど御説明いたしました資料2の主に検討事項1の中で教育内容について検討する際の資料として御用意させていただいているものでございます。
資料の1から2にかけてが31年以降の幼稚園教育要領の2章のリード文の部分の変遷でございます。
それから2ページ以降が各領域の内容に関する資料となってございまして、健康の領域については3ページから6ページが関連する領域の変遷となってございます。
6ページから7ページが現行の幼稚園教育要領の要点となってございます。
それから7ページから8ページが、この関連する領域のデータや関係する政策提言等ということで、資料を載せております。
9ページ以降の各領域の人間関係、環境、言葉、表現、これらの内容に関する資料も、ただいま説明いたしました健康と同様の資料を入れさせていただいておるところでございます。時間の関係で説明は省略をさせていただきたいと思います。
続きまして、資料5でございます。こちらは幼児教育における学びの過程のイメージ(たたき台)でございます。幼児教育における幼児の自発的な活動としての遊びにつきましては、心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習として位置付けられているものでございますけれども、この幼児期の遊びの中の学びの過程を、論点整理に示されましたアクティブ・ラーニングの三つの学びの視点からまとめたものが、このイメージ図でございます。
最上部の緑色の矢印で示している遊びのプロセスは一つの例でございますけれども、この遊びのプロセスには、その下のところにあります青、黄色、ピンクで示した三つの学びの過程が含まれているということを示しているものでございます。
2ページ目が幼児教育における学びの過程の事例でございます。この資料は、ただいま御説明いたしましたことを具体的に捉えやすいように示しているものでございます。
この事例は、5歳児が自分たちでポップコーン用のトウモロコシを栽培し、収穫して乾燥させ、ポップコーンパーティーをしようとしている活動の姿を示しているものでございます。パーティーへの見通しや役割の意識などを持って取り組む過程に、深い学びや対話的な学び、主体的な学びが含まれているということになってございます。
それから最後でございます。資料9-1、2でございます。こちらは前回、前々回の幼児教育部会の主な意見について取りまとめたものでございます。
私の方から資料の説明は以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございました。今御説明いただいたわけでございますけれども、特に資料2ですね。きょうの検討事項がございますけれども、大きな論点が二つです。1番目が幼児期の特性に配慮した教育内容の改善充実について、2番目がアクティブ・ラーニングの三つの視点を踏まえた、幼児期に育成すべき資質・能力を育むために重視すべき指導等の改善充実についてであります。ということで、この二つについて御議論をしたいと存じます。二つございますので、前半で1番目のところ、後半で2番目のところということにいたしたいと存じます。
まず初め、幼児期の特性に配慮した教育内容の改善充実についてということで、御議論をよろしくお願いいたします。いつものように、御意見のある方は名札を立てて、発言が終わりましたら、もとに戻していただきますようお願いいたします。どなたからでも、よろしくお願いいたします。じゃあ、神長委員。
【神長主査代理】  1の幼児教育の特性に配慮した教育内容の改善についての総則のところについて、考え方と言いますか、これまでの議論も踏まえて確認をしていきたいと思います。
今、資料で頂いた資料3の小学校や中学校、高等学校等の学習指導要領の構成と幼稚園教育の構成を比較してなんですけれども。特に小学校について、4ページに、今検討されている内容ということで、小学校の方の総則に関しても、資質・能力の教科間の関係とか、カリキュラム・マネジメントとか、アクティブ・ラーニングの視点等について検討がなされているということです。
小学校との接続と言いますと、小学校の先生が幼稚園教育要領を見て分かるとか、幼稚園の先生方が小学校の学習指導要領を見て理解できるという、その接続がイメージできるという意味では、それぞれの学校段階の特質はあるかとは思うんですけれども、考え方としては、やはり、この視点をどう幼稚園教育要領の総則の中に盛り込んでいくかという視点で検討することが重要ではないかなと考えております。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ、山下委員。
【山下委員】  私の方からは、先ほど神長先生のお話にもあったように、教育課程企画特別部会でも論点整理をされているとは思うんですけれども、前回の幼児教育部会でも論議した幼児期の終わりまでに育ってほしい姿というものの明確化について少し意見を言わせてもらいたいと思います。
今回、幼小の接続が大きな論点の一つにもなっているわけですけれども、やはり、こういうことを推進していくためにも、幼稚園の修了時の幼児の具体的な姿が、小学校の先生方にもはっきりと見える形で示していくことが大事ではないかと思っています。
ですから、改訂する際には、やはり小学校との接続という観点からも、少しインパクトのあるような書き方、出し方をしていくことが、更に発達や学びの連続性を見通した子供の育ちを見ていく点でも必要ではないかと思っております。
【無藤主査】  ありがとうございます。では鈴木委員、お願いします。
【鈴木委員】  今の山下委員の御意見を伺って思ったんですけれども、やっぱり育ちの姿、育ってほしい姿というのは、すごく重要だと思っています。ただ、その1項目だけを取り出して、それを語るのではなくて、やっぱり育ってほしい姿というのは、きちんと全体的に考えなきゃいけないと思っています。
と同時に、それには発達のプロセスということがあるので、その育ってほしい姿を、いきなり3歳児におろして語るというのは、ちょっと無理がありますので、そういうことがないように、やっぱり、そこは工夫をしなきゃいけないと思うのと、それから5領域との関係性であったりとかというようなこと、それから発達でそこに至るプロセスであるとかというような書き方のこと、それから解説とかで加えていかなければいけない内容とかについて考えていかなきゃいけないんじゃないかなとは思っています。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。ほかには……。じゃあ渡邉委員、お願いします。
【渡邉委員】  総則の中にはいろんなものが入っているというのは現行の中にはあると思うんですけど、これだけアクティブ・ラーニングを含めた学びの、何を知っているかだけではなくて、それをどう生かしていくかという話が出てくると、やっぱり遊びを通して世の中のことを知っていくことは、こんなにおもしろいんだというのは、別に1歳でも、2歳でも、多分すごくあって、3歳、4歳、5歳って、その遊びを通して学んでいくとか、それから知るということが、大人側から教えられたものではなくて、何か知るというのは自分に興味があることを本当はとことん追求していったらおもしろいとか、それが本当に、ある意味では深い納得があったりとかという話があったりとかというふうに、知っていくこととか学んでいくことの本当の楽しさを幼児期にまずは経験するということが。
ただ、そのためには、例えば環境を通してといって、環境は大事なんだけど、ただ楽しきゃよいという話じゃなくて、そこに、例えば本当に知ったことをまた作り直していったりとか、もっと深めていったりとかという、アクティブ・ラーニングみたいな話になってしまうんですけど、何か憧れがあって、もっとこういうふうにしてみたいと工夫していったりとか、幼児教育は本当に遊びを通して大事にしていく、その学びの本質的な部分を、どういうふうに総則のところに書き加えながら、2章の教育課程のところにも、それを深めていくかというような、ちょっとその辺のところの全体構造の見直しが必要ではないかなと思っております。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ嶋田委員、お願いします。
【嶋田委員】  今、幼児期の終わりの姿、それから、その終わりの姿がどのように育っていくかというところで、非常に重要なのが教師の関わり方ではないかなと考えています。文字や数、あるいは思考の育ちが早まっていると言われているんですけれども、本当に体験を通して学んでいるのか。小学校教育の前倒しになっているのではないかということは、きちっと整理して、明確に、その体験を通して学ぶ、あるいは経験的に学ぶ、あるいは子供たちに必然性あるいは必要感、こういったことを味わわせて学んでいるということをきちっと示すことが、小学校教育の学びの土台が明確に示されることにつながっていくんじゃないかなと思います。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ田中雅道委員、お願いします。
【田中(雅)委員】  ちょっと今の議論からずれるかもしれないんですが、きょう資料で出していただいた資料5の幼児教育における学びの過程のイメージ(たたき台)のところで、深い学びの過程というので、試行錯誤、予想、分析、その後、規則性の発見と。この流れは一つ重要なんですが、私は、その規則性の中から、もう一度試行錯誤に戻る線は欲しいなと。幼児期って非常にシンプルなものであるので、一方通行じゃなくて、何かが分かったときに、これってこうしてみたいよなと思う、その自由性というか。それは主体的な学びの中から本当に出てくるわけで、与えられたら、それが出てこないんですね。自分でやろうと思うから、それが出てくるので。
だから、ここまで分かったんだよという感覚が、ここのポイントだと思っていて、これこそが私はメタ認知と言われている部分の根幹だと思うんですね。そうすると、規則性・法則性からもう一度試行錯誤、何かに戻ってよいのだよという自由感というか、試してみたらよいのだという自由感が、主体性という部分の中の非常に根幹の部分だと思います。
これがベースになって小学校は続くんだというようなイメージが是非欲しいなと思うので、何かサイクル的なものの表現を。どうしても小学校は、何かがあったら、それがゴールになった時点で終わっちゃうんですよね。そうじゃなくて、そのゴールは次の始点になりますよというイメージに小学校に続けてほしいという部分はお願いしたいと思います。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ志民委員、お願いします。
【志民委員】  幼小連携ですとか、それから成長過程のつながりを踏まえた、この在り方ということで考えていきますと、今までその領域が、小学校以上の教科と単純に1対1とかで、単純化したつながりを意識させてしまうことがないようにしなければならないなというようなところを、危機感をちょっと持っております。
単なる教科の内容の前倒し的な指導を求められてしまうというような可能性もあるのではないかなと思っていますので、そうではないということを、これまで以上に総則の方で、その領域ということの考え方を踏まえて表現していただく必要があるのではないかなと思っております。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。では大方委員、お願いします。
【大方委員】  ありがとうございます。先ほどからの皆さんの御意見に賛成なんですけれども、就学前のといったときに、5歳ということではなくて、小学校に行く直前の、ちょうど5歳のこの3学期、6歳時点という時期に就学前で、どういう育ち、力を付けておくかというような点を明確にしておく。5歳になったから、このクラスになったからということが到達ではなく、接続の部分であるということを書いておく方がよろしいのではないかと思いました。
それから、連携型施設等、いろんなタイプが出てきますし、幼稚園といっても3年保育、2年保育とございますので、家庭養育における体験の過程の違いであったり、遊びの体験の違いであったり、生活活動の体験の違いという子供の実態から、子供理解に基づいたプロセスを大事にするということ。そのスタートラインと、この小学校に行くときの接続期の育っておくべき姿を教育家庭上カリキュラム・マネジメントしておくというようなことを書いておいた方がよろしいのではないかなと思いました。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございます。では桶田委員、お願いします。
【桶田委員】  資料3を見せていただいて、小学校以降の改善の視点というのが、すごくよく分かりました。それを見ると、例えば小学校だと、小学校の教育課程全体を通じて育成する資質・能力とか、アクティブ・ラーニング、カリキュラム・マネジメントという大事な言葉が出ているので、ある意味、幼児教育の方も同じ項目があると、小・中学校の先生たちも見たときに、あと自分たちもよく分かるのではないかなと思いますので、それが幼児教育の特性として表れるんじゃないかなと思いました。
あともう一つ、育ってほしい姿が出ていることって、すごく分かりやすいなと思うんですが、それが5領域の中から出てきて、分かりやすいようにと出てきた言葉ではあるんですが、その育ってほしい姿を見ると、領域だけではない、いろんなところに関わってくる姿になっているので、それをどう領域に戻すのか、別に出すのかを整理しないと、現場として、この子供たちの評価、要録を書いたりというこの時点で、またちょっと混乱を招くかなと思いました。
【無藤主査】  ありがとうございます。では阿部委員、お願いします。
【阿部委員】  阿部でございます。これからどんどん進んでいくんだろうと思っているんですが、先ほども出ているように、教科の前倒しではないということとか、あるいは幼稚園教育の根本である総合的に学んでいくとか、遊びを通してということがあると思っています。さらに、経験を通して学ぶとか、身体知というか、体全体で子供が身に付けていくというのを明確に位置付けてほしいなと。頭の中だけの念頭で全てが進むわけではありませんので、幼児教育として本物に触れるとか、具体に触れて実際に自分で学んでいくとか、体全体を通した学びであるということを明確に位置付けてほしいなとは思っています。
【無藤主査】  ありがとうございます。白旗委員、お願いします。
【白旗委員】  一つ、後学のために教えていただきたいんですけれども。教科の方では目標及び内容という形で出していると思うんですが。この幼稚園教育要領の方ではねらい、内容という形で、目標とねらいを書き分けている意図を、また後で構わないんですけれども、ちょっと教えていただけると、幼稚園教育がより見えるのかなと、私が無知なものですから、思っています。
それで、意見としましては、幼稚園に行って子供たちの遊びを見れば見るほど、一粒でというのも変ですけど、一つの活動でも五つも六つもおいしいというか、学びがあるということですので、ここをやっぱり、すごく大事にしていかなきゃいけないなと思っています。
一番懸念するのは教科のつながり。体育の方で話をするならば、明らかに体ということではつながりあるんですけれども、姿を見せれば見せるほど、具体的に書けば書くほど、どうしても1対1、これをすればよいということになってしまうおそれがあってですね。ちょっと幼稚園の先生方にも、そんなことを言われたりするものですから。そうではなくて、一つの遊びの中に心情的な学びも、体の育みも、気付きも、いろいろあるということを大事にしていかないと、結果を早く知りたい、見たいとなってしまう。
幼稚園の子でも、私、今、いろんな調査、小学校4年生でやったときに、スキップできない子たちも結構いたり、交差跳びなんていうのが、体育の要領に入っているんですけれども、5割以上できないんですが、幼稚園に行って見て、やっている幼稚園だと、かなりの子たちができちゃっているんですよね。でも、やっぱり、それをすることが目的ではなくて、遊びの中でやっていたら、たまたまそういうことができていて、また次につながる意欲。もっとあんなこともやってみたいというふうにしていかないといけないなと思っていまして、やはり幼稚園の時期には、この時期にこそ伸びることが非常にありますので、そこを大事にして、総合的な学びということを崩さない中で。
富士山みたいな感じかなと思うんですけど。裾野の1合目、2合目をずっと広げていくような、いろんな学びにつながっていくような土台づくりということを非常に明確に出した上でのつながりって考えていけるとよいなと思っています。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。ねらいと目標のところは事務局にもお答えいただきたいんですが。私がちょっとだけ注釈すると、小学校の場合、御存じのように、目的は非常に大きなものですけれども、各教科には目標がありますが。教科全体の目標と学年、1学年、2学年と併せる場合がありますけど、要するに、目標に2段階あるわけですね。それに対して幼稚園教育は、学校教育法に目的とともに目標……。かなり抽象度が高くて、この幼稚園教育要領の第2章にねらいが入る。そのことの御質問かと思いますが、事務局から何かコメントのようなもの。
【津金視学官】  失礼いたします。幼稚園教育要領のこちらの方で見ていただくと分かりやすいかと思いますけれども、258ページに第2章のねらい及び内容ということが示されております。その中に、最初に示されておりますけれども、この章に示すねらいというのは、幼稚園の修了までに育つことが期待される生きる力の基礎となる心情、意欲、態度などであるわけです。それぞれの五つの領域に三つずつありますけれども、その一つ一つが心情、意欲、態度と分けられるものではありませんが、修了までに育ってほしい心情、意欲、態度といったものを示しております。
そして内容は、そのねらいを達成するために指導する事項であると示しております。そのねらいを達成するために、こんなことを幼稚園の生活の中で、遊びの中で、子供たちに体験させたいということで指導する事項として示しております。
よろしくお願いいたします。
【無藤主査】  はい。分かっていただいたでしょうか。もう一度、疑問を。
【白旗委員】  余りそれで時間をとってはいけないので。
【無藤主査】  でも、まだ、きょう少し時間ありますから、どうぞ。
【白旗委員】  その構成というか、考え方についてはよく分かりました。
それで、小学校以降の方だと、各教科で、多分1のところに出てくるのが目標という言葉になっているかなと思うんですね。それに対して、この幼稚園教育要領では、目標ではなくてねらいという言葉にしている、この深い、多分意味はあるんだろうなと思っていまして、そこに幼稚園教育の大きな考える上でのヒントと言いますか、根本的な考え方があるのかなと思っていまして、その辺のことを、もしあれば教えていただけるとありがたいんですが。
【大杉教育課程課教育課程企画室長】  失礼いたします。小学校以上のカリキュラム構造ですと、各教科にどういうことをちゃんと達成していくかという目標を明らかにしてという構造が強いわけですけれども、幼児教育ですと、その領域をばらばらに目標を達成していくというよりは、それぞれのねらいを総合的に達成していくというニュアンスもあり、このような構造になっているということもあるかと思います。
いずれにしても、そういった言葉の違いに秘められている意味というようなことも含めて、小学校の先生も共通理解できるように、今回しっかりと再整理を幼小接続の議論の中でさせていただきたいなと思います。
【無藤主査】  まだ分かったという感じにならないかもしれませんけれども。(笑)
【神長主査代理】  よろしいですか。
【無藤主査】  じゃあ、神長先生。
【神長主査代理】  私は、実際の立場で、どうそこを使ったり説明をしたりしているかという視点でお話ししますと、今の御説明のとおりなんですけれども、実践の先生方に話すときに、ねらいはねらいであるというような言葉を掛けながら、この活動を通して何を達成というか、身に付けていくことが必要なのかということを、心情、意欲、態度の視点から見出していこうというようなことで、この教科を通して、こういう目標を達成するというよりは、子供たちの活動を通して何を身に付けていくかという視点からしたときに、目標というよりは、通常の教育課程や指導計画では、ねらいという言葉を普通に使っています。
目標でも全くないのかというと、やはり、それぞれの幼稚園において、2年保育であったり、3年保育であったり、また満3歳から始まったり、いろいろ異なりますけれども、それぞれの園では、1年を通してどういう目標を持つか、学年の目標を持つのかとか、クラスの目標を持つのかとか、何年保育の場合にはこうだというような、1年間を通して、こういう目標に向かって、指導計画ないし指導していこうという視点を出すときに目標という言葉は使います。
ただ、通常の教育課程や指導計画の段階では、子供たちの実態から指導計画を作り上げていき、週案・日案を作り上げていくときには、やはり活動を通して何が身に付いていくのかというような、いわゆる意図を持って構成していくんですけれども、子供の視点ということを明確にするときに、ねらいという言葉を書きます。
【無藤主査】  私も少し言葉を加えると、目標というのは基本的にはそこに到達すべき、いわゆるゴールであるわけで、その到達をどのぐらい細かく具体化するかは、小学校の教科でも大分いろいろなんですけれども、基本的には達成するということなんですね。ねらいというのは、各領域のを見ると、例えば健康の最初のねらいって、明るく伸び伸びと行動し、充実感を味わうというのは、達成すべきことというか、実現しなきゃならないんですけれども、どちらかというとプロセスの中で、子供の中で表れてくるものということだと思うんですね。そういう意味で、目標より大分弱い言い方で、かつイメージとしては、そういうプロセスの中で子供が示す姿の視点みたいなことだと思います。
曖昧な説明なんですけど、ねらいとは何かがどこかに定義されていないので。目標も小学校、どこかに提示されているわけでもないんですけど、使い方で考えるしかない。多分そうだと。
嶋田委員。
【嶋田委員】  私、小学校と幼稚園両方経験していて、今、無藤先生がおっしゃったように、小学校の目標というのは、よく到達目標なり、できる、できないというような、最後評価の部分があります。幼稚園のねらいというのは方向目標ということで、心情、意欲、態度で方向性を示したものだというような解釈で、これまでやっておりました。一応、参考までに。
【無藤主査】  はい、どうぞ。
【白旗委員】  言い出した責任としてですね。幼稚園と小学校をつなげていこうということであれば、分かりやすくしていくという意味でいくならば、明快な違いがないのであれば統一してしまった方が分かりやすい。そうじゃなくて、きちっと、ねらいということを使っている意味があるのであれば、少なくとも、ここで話している皆さんの中では共通理解が持たれて、だから、やっぱり幼稚園教育ではねらいなんだとした方が、非常に一般的に分かりやすくなるかなと思って、ちょっと確認をさせていただきました。
実際、小学校の指導案などを見ると、単元計画の最初に目標と書いてあったり、ねらいとなったりするんですよね。小学校の先生も余りよく分からずに多分やられているところがあって、言葉ってすごく重要だなと思いまして質問させていただきました。
貴重な時間を頂きまして、ありがとうございました。
【無藤主査】  いいえ。非常に重要な視点だと思いました。ありがとうございました。
それでは横山委員、お願いします。
【横山委員】  皆さんの議論を聞かせていただきながら、それから全体の各ワーキンググループのを見せていただくと、幼児教育のところがしっかり最初に位置付いていて、そこから上がっていく姿が描き出していただいているんだなというところを、すごく感慨深く見ていました。
でも、そうなってくると、議論されているように、幼児で出来上がったところが、そのまますとんと行く感じになっていくということと、学びというのが今回も最初に来ているんですけれども、幼児は最初、乳児から始まって、学びからいきなりは行かない。楽しさ、喜びというところから入っていくんだという、大方委員が言われたように、プロセスの最初のところをまず押さえて見ていく必要があるのかなというのは、すごく思っているところです。
そこで思ったのは、幼児期の特性を、総合性だとか、行きつ戻りつだったり、身体性というのを挙げていくんですけれども、それを大切に取り扱って見ていくことが、どういうふうに小学校以降につながっていくのか。ここは大切なんだよというだけではなくて、どう小学校につながってくのか。心情、意欲を大切に見ることが小学校にどうつながるのかという、つなぎの部分の書いていくということが要るのかな。大切だけの訴えではなくて、これがつながるんだという視点が要るのかなと思ったところです。
【無藤主査】  ありがとうございます。では奈須委員、お願いします。
【奈須委員】  先ほど来の御議論で、私も幼稚園、小学校の総則の書きぶりというか、構想はパラレルに可能な限りなるとよいなと思っています。
ただ、先ほど来の議論の中で、そうなったときに、教科の前倒しにしないんだと。これは大きな原則だと思いますけど。ただ、そのときに僕らがイメージする教科が、どういうものかということだと思うんですね。私のイメージでは二つ、少なくともあるかなと思うんですね。
小学校の教科の前倒しを幼稚園でするということは、個別の知識や技能を先生が教えてしまう、目的を教える、それはしない。もう一つは、その方法として、先生がこの知識なりを教えようとして、目的的に単元なり活動を構成するということもしない。どちらかといえば子供の方から起こってくる。もちろん環境を構成したり、支援はするわけですけれども、以前の幼保小連携の議論では、例えば単元の概念が違うと。いわゆる幼稚園では経験単元と言われた、活動の中から内容が生まれてくるような筋道だろう。小学校以降は、基本は教材単元。教える内容から必要な活動を教師が組織するやり方だろうと。そうはしないんだということだろうと思うんですけれども。
ただ、今回、小学校以降の教科が随分変わるということを僕らも考えなきゃいけなくて、在来の小学校教育のイメージ、今申し上げた個別の知識・技能を目的的に教える、教材単元が中心に展開するということをイメージしてしまうと、逆にずれが生じるのではないかなと思うんですね。
先ほどアクティブ・ラーニングというのもいろんな、もちろん具体の形はありますけれども、多分、幾分なりとも経験単元的な側面が出てきがちになるんでしょうね。主体的であるとか、対話的である、深いということですから。あるいは個別の知識・技能ではなくて、概念的な理解が知識ということの中核になってくると。個々の知識をある種、強く言えばエグザンプルとして、より概念的で観念的な理解を知識というレベルで目指していこうということに小学校以降がなってきたとすれば、幼稚園はそれを仮想的にしてはいけないんだろうと。そこに向かって、どうつなげていくか。その中で幼稚園らしさを、どう担保するかということだろうと思うんですね。
そのときに、教科の前倒しはしないんだけれども、子供たちが、先ほどのこの資料5にあるように、活動する中で予測や予想を持ち、その中で規則性・法則性・関連性には子供たちが気付いていくじゃないか。また、それによって遊びや暮らしが、より拡充されたり、より主体的になってくじゃないかと。これが小学校以降の教科の足場になると言いますか、学びの基盤になっていくということはあるわけで、それについては、これまで以上に、もっと自覚的になり、私としては、もっと意図的に教師が幼稚園教育の中でうまく実現していく。あるいは、実現されているということをよく見取っていく、あるいはそれを意味付けていく、あるいは別々の場面で起こった気付きや、規則性や法則性の気付きを関連付けていくということは、僕は先生がしてもよいのではないかなと思っています。ここら辺は議論があるところだと思いますけど。
それによって、より子供たちが遊びや暮らしを基盤としながら、世界の不思議に対して挑み、そこから規則性・法則性・関連性を見出すことによって、自分が世界とよりよく関わっていけるんだという実感、あるいはどう関わっていくべきかという戦略も身に付けていくんだろうと。これは本当に小学校以降の知的な情緒的な足場になっていくんだろうと思うんですね。
そういったことについて、もっと、より自覚的に書いて、幼稚園の先生にも分かっていただき、それこそが小学校以降の教科の学力も含めた足場になるんだということで接続を図りたいなと思うんですね。
あるいは、そういう意味でも、今度、方法ということで言うと、これまで、もう幼稚園はかなりアクティブ・ラーニングですけれども、それがどういうものであるのか。先ほどのポップコーンの例にありましたけれども、ただアクティブであるだけではなくて、とてもプロジェクト的と言いますかね。子供たちが長期的で目的的な活動の下に展開しているなと。その中で、かなり多様で質の高い問題解決がなされているなと思うわけですけれども。そういった、これまでの幼児教育は十分アクティブ・ラーニングなんですけれども、更にどういう側面が重要であるかということを出していくことが大事かな。小学校教育との関連において大事かなと思うんですね。
そういった意味で、小学校以降も含めて、ある種の高度化を僕はしているんだろうと思うんです。内容を増やすという意味ではなくて、より子供たちがたくましく学び、一生涯にわたってよりよい問題解決を成し遂げて、よりよい人生を送れるような基礎という意味で、教育課程全体の高度化は小学校以降も図っていく。幼児教育も図っていくんだろうと思います。
ただ、その幼児教育における高度化というのは、小学校以降もそうなんですけれども、指導事項を個別の内容として増やしていくとか、それを先生が教え込んでいく話では全くないということを、どこに書くかということだろうと思うんですね。
以前から議論がありますけれども、小学校以降もそうですが、教育の高度化を図るためにこそ子供主体の、小学校以降で言えばアクティブ・ラーニング、幼稚園で言えば、子供主体の遊びや暮らしの創造と言いますか、その拡充なんだろうと。
だから、より高度化し、小学校以降を支えるようなものとするためにこそ、遊びや暮らしを拡充するのだと。ただ、その遊びや暮らしの質については、しっかりと書いていくということが必要なのかなと。
そのロジックと言いますかね。高度化することを前倒しだというふうになるのは、間違えてるのであって、高度化するからこそ、遊びや暮らしの拡充をする。ただ拡充の質ということは、今回言われている小学校以降のこととパラレルに書くことで僕は明示化できると思いますけど、何かそんな工夫ができるとよいなと思いますし、それを見てくださると、小学校以降の先生が多分びっくりすると思いますけど、びっくりしていただいて、自分たちも、その幼児を引き受けて、引き継いで頑張っていくんだということで、よく見えるんじゃないかなと思います。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。幼小の接続とも絡むので、今の議論は是非、小学校側にもお伝えいただきたいと思いました。
じゃあ田中孝尚委員。
【田中(孝)委員】  まず言葉のことでなんですが。先ほどねらいと目標の話がありましたけれども、内容のところで、いつも小学校の先生と、なかなか意思疎通が難しいところがあるなということがあって、改めてなんですが。このたびの改訂で小学校も大きく変わるということで、もしかしたら共通に使って問題がないのかもしれないですけれども、今の小学校の学習指導要領の内容の使い方と幼稚園教育要領の内容の使い方で、ここらあたりも誤解が生まれないようにしたいなということを、まず言葉のことでは一つ思いました。
あと、ねらい、内容が幼稚園教育要領では幼稚園修了までにということで表されています。そこらあたりは、満3歳で入るお子さん、それから3年保育、2年保育、1年保育、様々な保育年限があるので、こういった形なんだろうということで理解をしているつもりなんですが、発達の段階とか成長過程のつながりを踏まえたということで、ここらあたりが見えるようにするためには、幼稚園修了までにという姿だけで本当によいのだろうかということも一方で思ったりもいたします。
この幼稚園修了までの姿がねらいで示されて、あと一方で今度、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿がきちんと明確にどこかで示されていく。ここは非常によいこと、喜ばしいことだなと思ってはいるんですが、先ほど幼稚園修了までにということと、この幼児期の終わりまでに、ここらあたりの関係は、すごく分かりやすく示していかないと、先ほど大方委員もおっしゃっていましたが、混乱もあるのかなと思います。
今、大方委員のお話の中で、ああ、そうなのかなと思ったことが、幼児期の終わりまでに育ってほしいというのは、本当に秋以降の接続期の子供たちの姿であって、5歳、4月からではないんだというあたりが示されることが大事なのかもしれないなということを、お聞きしながら思いました。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。では宮原委員、お願いします。
【宮原委員】  私も娘とか、自分の子供を見て少し思ったこともあるんですけど、やはり小学校のような目標とかというよりも、幼稚園はねらいとか、少し柔らかい表現の方が、私は継続すべきかなと思っています。というのも、2年保育もありますし、3年というのは年齢によっても違いますし、あるいは小学校、あるいは中学校につれて、だんだん、だんだん学習指導要領が厳しくなってくるようなことも懸念されますので、幼稚園のときぐらいは、もう少し自己肯定感と言いますか、余り縛らずに、自分の好きなことを少しやらせるようなところが重要かなと思います。
それで、小学校学習指導要領でもアクティブ・ラーニングなんてありましたけど。ちょっと私の娘の話で恐縮ですけれども、運動会なら運動会の実行委員とかやったことによって非常に学校行事が楽しくなったということを言っていたことがありまして。それ4年か5年のときだったと思うんですけど。先ほどのポップコーンの例じゃないですけれども、何かみんなで成し遂げると言いますかね。自分がどういう役割を担っているのかとか、そういうカリキュラムを幼稚園の方でもたくさんやっていただく方が、逆に自分の自己肯定感が持てるんじゃないかなと思いますので、そういった内容なんかも、ちょっと付与していただけるとありがたいなと思います。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。
きょう、実はまだ時間が、ゆとりがややありまして、もう一巡しても大丈夫なので、よろしくお願いいたします。また、全員に発言していただきたいので、発言のない方は是非お願いいたします。じゃあ、寺岡委員、お願いします。
【寺岡委員】  私も言葉のところに戻ってしまうんですけれども、ねらいと目標の違いだったりするのは、言葉の違いは恐らく、それぞれの学校や幼稚園で大切にしてきた文化だと思うので、そういった言葉は大切にして使っていただきたいなということと、また第3回の部会であったように、遊びという言葉。幼稚園教諭が考えている、捉えている遊びと、小学校教師が捉えている遊びの意味合いの違いとか。同じように環境という言葉も、恐らく小学校の先生方が捉えている環境と、幼稚園の先生方が捉えている環境、意味している環境が、そこが全く違うので、是非そういった言葉の捉え方の違いというのも、どこかで明確にしていただいて、小学校の先生が、この幼稚園教育要領を見たときに、幼稚園で大切にしている教育が目に見えて分かるように、その一般化されている言葉だからこそ、意味合いの違いというところをはっきりとしていきたいなと思いました。
以上です。
【無藤主査】  その用語の違い、いろんな意味での説明、解説も必要だと思います。ありがとうございます。
山下委員、どうぞ。
【山下委員】ばたばたしてしまいました。申し訳ありません。
私もずっと接続のことを考えていたときに、今の要領の中にも、総則のところにきちっと書かれていると思うんですね。環境を通して行う教育というところで、要領の26ページぐらいからずっと書かれているんですけれども、ここに幼児の主体性と教師の意図というところで、幼児の主体性と教師の意図がバランスよく絡み合って成り立つものであるということを書いて、幼児が一つの活動を効率よく進めるようになることではなく、幼児が自ら周囲に働き掛けて、その幼児なりに試行錯誤を繰り返し、自ら発達に必要なものを獲得しようとする意欲や生活を営むうんぬんというふうに、学び方というのはずっと書かれていると思いますので、こういったことをしっかりと前に出すことによって、メッセージも強くなるし、非常にここを読むと大事なポイントはいっぱい書かれていると思うので、ここを少し見えるような形でしていけば伝わっていくのかなという気がしております。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。ほかにいかがでしょうか。では大方委員、お願いします。
【大方委員】  指導方法の改善のアクティブ・ラーニングというのを幼児教育に持ってきたときに、例えばポップコーンの調理というのが先ほどの資料5にあるかと思うんですけれども、非常に分かりにくいのは、ポップコーンの調理をするのであるならば、ポップコーンの調理をすればよいという活動で終わってしまう可能性がある。じゃあ、この中で一体子供たちがどういう体験をして、何をその中で学び合っているのかといったときに、ねらい、保育者側の教育者としての視点がとても大事になってきて、そのときに5領域の総合性ということが指導計画に関連したときに、きょうはどの領域でやりますかということではなくて、年齢によっても違うでしょうし、その思いによっても、ねらいによっても違ってきたときに、いわゆるねらい。ポップコーン活動の目標じゃなくて。その中に、今日はこういう着眼点でやろうという部分をねらいという言葉で言ってきたのではないかな。その辺のところを、どう分かりやすく指導計画に反映できるように書いておくという指導計画とのつながりが明確ではないところが若干曖昧な部分として、先生方の経験と力量に依存してしまってきた部分という反省はあるのではないかなという気持ちがいたしますので、その辺のところは今回の大きな課題。高度化というよりも可視化するというか、が大事かなと。
そしてもう一つ大事なのは、ここでは100グラムとかいうのが出てきていますけれども、純粋に3歳ぐらいや4歳の初めの子供なら、ポップコーンのこういう活動を初めて見たら、「わっ、すごい」とか、「おいしそう」とか、そういった身体性というか、五感を通した部分を言語化していく。おいしいということをちゃんと言葉で言えたり、うれしいという気持ちをちゃんと教育者が配慮して「うれしかったんだね」というような応答性という、そういう指導をしてもらわないと、見ていたからといって、自分の気持ちに気付いて、言語で話せるかとか、見ていたからといって、これがおいしいということなんだということに気付いているかどうか。そこに幼稚園の集団保育の良さというものが本来はあったのではないかなと思いますので、その辺を指導計画とつなげて書けばよろしいのではないかと思いました。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ渡邊郁美委員、お願いします。
【渡邊委員】  様々な御意見を聞かせていただいて、私も本当に納得するところが多くありました。それで、例えば育成すべき資質・能力を幼児期から高校まで系統的に示すというところでは、その方法の違いが、育成の仕方の方法が違うんだということを、とにかく明確に示していただくことが大事であると思いました。
そして、5回における検討事項の2ページ目の2ポツの丸1の「18歳の段階で身に付けておくべき力は何か」というところの最初の段階であるので、とにかく初めは愛情であるとか、それから、やはり基本的生活習慣が身に付いていなければ、例えば資質・能力を伸ばすといっても、とにかくそこまで到達しないこともあるのだというようなところを、ちょっとにおわすような、この段階の初めであるからこそ書けるのではないかなと思いますので、その辺のところは、やはり少し入れておいた方がよいのではないかと思います。
具体的に言いますと、この幼稚園教育要領解説のところの、先ほど256ページですよね。幼稚園教育要領も載っておりますが、教育課程の編成のところ、上から4行目の義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとするとは、このように簡単に書いてあるんですけれども、どういう段階から、どの辺のところまでのところ、どこから始めるかというところを、初めの段階をきちっと書いておくことで、今後の育成の仕方についての間違いが起こったり、領域と教科を結ぶような方法がとられたりしないのではないかと思います。
最後ですけれども、この後、多分、幼児教育における学びの過程のイメージ図のところにも行くと思うんですが、その辺のところでも、その基本的生活習慣とか、本当に排せつであるとか、食のところが今現場ではめちゃめちゃになっていて、かなりそういうところが育っていない子供たちを育成しなければならないという状況があります。
それで、私は認定こども園でゼロ歳から見ておりますので。そのときに保育士さんたちが遊びの研究をしたときに、食であるとか、それから排せつのことであるとか、とにかく生活習慣のところを言っていたのを、どうしてかなと最初思っていたんですが、子供たちの様子を見ていると、やはり乳児の遊びを見ていても、生活習慣がその発達段階できちっきちっと身に付いている子供たちは、その段階にあった遊び方、様々な習得ができるのであるけれども、そうでないと、なかなかこれ、発達段階がうまく進んでいかないというところがあるので。余りたくさん書く必要はないんですけど、ほんの一行でも、一文でも、一言でも、何かそういうところを入れていただくとよいかなと思います。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。ほかにはございますでしょうか。いかがですか。じゃあ嶋田委員、お願いします。
【嶋田委員】  ちょっと細かなところになってきてしまうんですけれども、小学校の学習指導要領には、第2章の各教科の4節で、四つ目にある合科的・関連的な指導というところがあって、これが解説書の中には、特に第1学年の入学当初における生活科を中心とした合科的な指導については、幼児教育との観点からの工夫を図るという、かなり接続について細かな部分まで出てきています。
それに対して現行の幼稚園教育要領では、今、渡邊委員さんもちらっとお話をありましたけれども、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、第1章の第2節のところに入って、それを受けて、第3章の一般的な留意事項。特に留意する事項として、この267ページの(5)のところに、円滑な接続のための連携を図るという文言になっています。かなり、やっぱり教育課程をつなげていく、あるいはつながっているように見せるという意味では、ここをもう少し深く。先ほど小学校の目標は到達目標で、幼稚園の目標は方向性を示したものだというように話をさせていただきましたけれども、方向目標から、それから到達目標に変わっていくまでに必要なもの。例えば今回のこの改訂の目玉にありましたけれども、協働的に学ぶですとか、言葉で伝え合うという、小学校の学び方につながるような力をここに少し示していくと、小学校とのバランスがとれるのではないかなという印象があります。
【無藤主査】  ありがとうございます。では渡邉委員。
【渡邉委員】  ねらいと目標の違いにも関わるのかどうか、ちょっと分からないんですけど。奈須先生が言われたみたいに、小学校教育と幼稚園教育の同じ方向を向くといったときに、幼児教育が子供理解からスタートしていくところが多分大事だろうと思っていて、教師という役割でいけば、子供を教えるという発想でいくと、何か正解を出すとか、それから、できるかできないかで見るとか。
例えばけんかが起こったとき、小学校の先生は話を聞いてくれないと。どっちがよいか悪いかだけ決めてしまうみたいな話になったとき、学ぶということところの前提に問いを共有するというか、何か問題を1個共有しながら、そこにどうしようかと考えていくというのが、子供と一緒に保育者も考えていったり教師も考えていくという話になると、幼稚園教育要領で今でも、例えば人間関係の内容の取扱いのところには、「葛藤やつまずきを体験し」とか、それから「折り合いを付ける経験をし」とかという言葉に入っているんですけど、そもそも本当のものは何かというのを考えていくときの混乱があったり。
ポップコーン、例えば失敗をしちゃうとかというところで、じゃあ、なぜ失敗をしたのかというところから、みんなが本当に共有していくみたいなところとか、じゃあ、どうやったらうまくいくのかといったときに、どうすればよいのかって、先生が全部指導してしまうよりは、何かあっちこっちでいろんなこと聞きながらとか、家でも聞きながらとかと、いろんなところで、ポップコーンは、こうやってやるとおいしいんだとかというような気付きが子供たちに起こっていくみたいな、ある種、一つの活動を通しても、子供たちと一緒に活動をすることによって、様々な学びが起こったりとか、議論が起こったりとかって、そういう経験を豊かにしてくるところが幼稚園であって、それが小学校教育にきちんとつながっていくんだというような、そういう意味合いをどういうふうに幼稚園教育要領の中に入れていくかと。
それを入れない限り、何か小学校と幼稚園が対立みたいな話になっていくんじゃなくて、そもそも、そうやって子供たちは身近な問題をきちんと考えて、そこでどうやったらよいかという自分たちの知の枠組みみたいなところを議論し合いながら、友達関係だったり、知識を広げていくというような、その根本原理をどう出していくかというのは、ここの中でもう少し議論されてもよいかなと思います。
【無藤主査】  ありがとうございます。ほかに。じゃあ、桶田委員。
【桶田委員】  また言葉の話になってしまうかもしれないんですが、学習と学びの違いが、やはり気になっていて。総則の幼稚園教育の基本の中に、遊びは学習であるというのが出たときに、それほど遊びは大切なもの、すごいものなんですよと訴えるために、とてもよい言葉だと思ったんですが、ただ学習と聞くと、小学校以降の指導要領の学習の方が何かイメージがしてしまうところもあった。でも最近、学びという言葉を普通に使えるようになってきたときに、何かすごく分かりやすい。でも、この違いをどうするのかなと思っていることが、逆に今度、小学校以降が、例えば深い学びとか、そういう学びという言葉を使い出したときに、学校はそこを、小学校以降はどう使い分けているんだろうということも、私もよく分からないので、そこを何かすっきりすると、今変えようとしているところが、現場でもっと分かりやすくなるんじゃないかなと思いました。
【無藤主査】  ありがとうございます。今の点は非常に幼稚園教育要領レベルの、つまり法令上の用語として難しい問題が入っていて、ちょっとだけ解説すると、第1章の最初の方で、御指摘のように遊びが学習だということが書いてあるわけで、この学習という用語は、学校教育ということにおいて、子供側のことは学習となるわけで、これは小学校以上と同じなわけですよね。
ですから、小学校以上でも多分、学習指導要領とか、そういうあたりで学びという言い方をしていないんだろうと思うので。同様に幼稚園教育要領でも、こういうふうに自由に学びと使っていますけれども、法令上の言い方として多分使っていなくて、その辺をどういう形にするか。
学習という言葉の法令上の定義というのもはっきりしないところがありますけれども、そこであえて我々が、大勢の人が学びと言いたいのは、さっきから出ている、ある種の子供が学んでいくプロセスに注目するというニュアンスだろうとは思うんですけれど。学習と学びと使い分けて両方出せるのか、ある整理が要るか。もう少し、事務局を含めて検討させていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
それでは志民委員、お願いします。
【志民委員】  資料2の2ページの一番下のところなんですけれども。幼児が音声の響きやリズムに気付くこと、そういったことの、これが小学校以降の生活や学習の基盤につながるという、この提言について、ちょっとお話をさせていただきたいと思いますけれども。
音とか、それから音楽に内在する、そういうリズムとか、それから響き、抑揚といったものは、人と関わる上でも、生活とか遊びの中で生きてくるような資質につながると考えています。そういったことも、これから視点として入れていっていただきたいなと考えています。
最近、コミュニカティブ・ミュージカリティといって、人間関係を調整したりとか、調律したりとか、そういう音楽性というようなところの視点はかなり言われるようになってきまして、例えば、リズムの中にも、そういうリズムを合わせたりとか、それから抑揚を合わせたりというようなことがございますけれども、特に音声については、そういう声とか、それから声を発する身体を育てるような視点で、これから幼児教育にもそういった視点を、もっと入れていっていただければなと思っています。
コミュニケーション能力を育てるということ、それからメタ認知的なそういう能力ですね。それの基盤が、こういったところから育っていくんだということ。これが単に領域の表現の中の、特定の音楽が芸術表現のみにつながっていくのではないというところの観点が、加えていただけるとよいのではないかなと思っております。
【無藤主査】  ありがとうございます。論点整理に出てきたのも多分、幼児期に音楽的なことがあって、小学校以上の教科、音楽につなげなさいという意味ではなくて、御指摘のように、音とか、声とか、音楽の持っている総合性というか、人間性の一部と言いますか、その大事さを御指摘になっているんだろうと思うので、是非そのあたりも入れていただきたいと思うところです。
では、小枝委員、お願いします。
【小枝委員】  ありがとうございます。3点ほどお願いします。
幼児教育は、いろんな教科に分化する前のいろんな学びが遊びを通じて行われるという解釈でよいと思うんですけれども、それがだんだんと学校に上がって、いろんなことを学ぶ。子供自身は何となく分かっていたけど、実はそれが算数ということなんだよねとか、それからしゃべっていた言葉で読み書きを習って、それがいわゆる国語ということなんだよねとかと分かっていくんだと思うんですね。
ですから、幼児の中の豊かな遊びを通して、生活そのものが豊かで、建設的で、知的でという中で、それに意義とか意味を付与していくのが学校の教科の学びという理解をしたときに、幼稚園の中で非常にそれを膨らませて、豊かに豊かにということ、すごく大事で、それをどんどんやっていただきたいと思うんですけれども。
一方、小学校に上がるつなぎとしては、どこかで収束しなくてよいのかなと思うんですね。議論はどんどん、どんどん拡散していく一方で、どこかで、やっぱり収束していくものだと思うんですけど。幼児期の豊かな遊びを通じた学びがどんどん、どんどん拡散する一方で、いきなり小学校に入っていくと、ちょっと大変なのかな。それが今の子供たちに大きな負荷として掛かっているとすれば、準備性は大事なんじゃないかなと思うんですね。だから、どこかで学校に上がるよねという準備をしていただくというのは、幼児のこの幼稚園の教育、学習要領の中に書いてもよいのかなということを思ったのが1点。
もう一つ、言語で、先ほど本日の2ページ目のところですね。資料3の2ページ目のところで言語のことがいろいろ書いてあるわけですが。生活に必要な言葉が分かったり使ったりすることと、こう書いてあるわけですけど、生活の中の言葉では不十分じゃないですかね。
生活で使う言語って、そう大したことなくて、御家庭の中でどんな言葉を使っているかというと、親御さん、そんなに大した言葉を子供たちに掛けていなくて、それで終わっていると、学校に上がって、文章独特の表現に出会ったときに、訳が分からなくなるんじゃないかなということを思うんですね。
ですから、文字を読み書きということではなくて、文章に親しむ。要するに、本の読み聞かせをたくさん、絵本を中心に、絵本なり紙芝居をたくさん聞かせてもらって、文章独特の表現に親しんでおくということも非常に大事で、文章独特な表現を使って子供たちは実は勉強を進めていくので、そこのところのイメージがないままに学校に上がると、読み書きはできてもイメージできないんだと思うんですね。
ですから、文章の中によくある言葉を、よく本の読み聞かせをしてもらって親しんでおくということは非常に大事なので。これは全然どこにも書いてありませんので。書いてあればよいのですけど、書いていなければ、是非それはどこかで入れていただくと、戸惑う子供たちは随分減るだろうと思います。
それから、もう1点。アクティブ・ラーニング、非常によいかなと思って見ているんですが。以前のこの論点の整理という製本されたものの中を見ると、主体的な学びとか協働的なというのがアクティブ・ラーニングの意味として書いてあるんですけど、新たに深い学びが出てきたんですよね。深い学びは、どういう議論の中で新たに加わったのかなって、ずっと考えていたんですけれども、その経緯がよく分からないので、推察すると、きっと対立するものとして浅い学びじゃだめよねということがあるのかなと思うんですね。
浅い学びではなくて深い学びが大事なんだよということを意図するならば、浅い学びとは何かということを、また考えていかなきゃいけなくて、私が思いますのは、まねて学ぶというレベルのことかな、ということを、ふっと思ったんですが。
だけど、幼児期において、まねて学ぶは基本なんですよね。まねて学ぶがなくして学びはないので、深い学びを追う余り、この浅い学びを軽視しないこと。これは非常に大事で、特に幼稚園の教育においては、まねて学んで良しと。まねの上手な子になろうね。その中で自分の言葉で、自分の表現で、またそれを解釈して、評価して、価値を与えて表現するということが大事なんだと思うんですね。
ですから、深い学びを追求する余り、浅い学びを軽視しないというあたりも、是非大事にしていただきたいなということを思います。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございます。いずれも組み込む工夫をしたいと思います。
それではそろそろ、最後アクティブ・ラーニングの話も出ましたので。今まで議論していただいたのが主に教育内容に関わってなんですけれど、一応、議題としては分けまして、アクティブ・ラーニングの三つの視点を踏まえた、幼児期に育成すべき資質・能力を育むために重視すべき指導等の改善充実という部分ですね。お手元、最初に説明、事務局からあった資料2で言うと、3ページ目に短く書いてある部分です。
もちろん教育内容の改善の今までの議論と密接につながりますので、随時行き来していただいて、教育内容そのもののことでも一向に差し支えございませんので、改めてアクティブ・ラーニング中心としての御意見を頂戴したいと思いますので。どなたからでも結構ですので、よろしくお願いいたします。じゃあ、課長から。
【淵上幼児教育課長】 2番目の御意見を頂く中で、もし、今、主査からもお話ございました、教育内容のところに戻っていただきながら御議論いただければ大変幸いでございますけれども、その際に、この3ページ目の4番に、資質・能力の三つの柱と、あと現状と課題から改善すべき点は考えられるかというところで、この具体の丸のところに、領域の記載内容の中で改善すべきところはないかということが提示されてございます。もし可能でございましたら、アクティブ・ラーニングの議論と並行しながら、各領域の個別の課題などがお気付きの点ございましたら、御指導を賜れれば幸いでございます。
【無藤主査】  ありがとうございます。要するに、各領域の、今議論している総則中心だと細かい部分になるんですけど。細かいといっても重要度が高いので、その点と。
それから私、そもそも最初にきょう言うべきだったんですけれども。事務局で最後からお知らせもあるでしょうけど。3月中、もう1回やる予定ですけれども、この3月中に改訂の、少なくとも論点と言いますか、このあたりは、おおむね出していただきたいという希望があるわけですね。4月以降もいろいろ議論するし、修正もありますけれども、ざっとしたところは4月のところである程度整理したいということもあります。そういう意味で、今日実は12時半というふうに少し延ばしてありますので、是非思っていること、気付いていること、御意見を出していただければと思いますので、よろしくお願いいたします。
それでは、どなたからでも、どうぞお出しください。じゃあ、阿部委員。
【阿部委員】  たたき台の方を見せていただいて、流れは見えてきたかなとは思うんですが、先ほど、どなたかも話があったように、一方向というのは基本的に幼稚園児ではあり得ないだろうな。往還的な考え方とか、行きつ戻りつしながらやっていくというのが。なかなか、この一方向だと、この流れのままに行くと、全てが収まるような形のイメージになってしまうので、そこは注意しなければならないのと、前回等、いろんなところでも話をしているように、気付きということで、発見の喜びとも書いてあるんですが、例えばチョウチョウが羽化するようなところを見て、子供たちがなぜ、どうしてって考えるかといったら、そうではなくて、やはり感じること。すごいとか、言葉にならない前のなぜ、どうしてとか、認知的な問題ではなくて、感覚的なものをまず私たちは、指導者も含めて大事にしているところだろうなと思っているんです。
ですから、感じるというようなこととか、そういったことがきちっと幼児教育の中に位置付いて見えるような形にしないと。このままでいくと、なぜ、どうしてを考えないと、そこに進んでいかないような形にならないかとか、最終のところが規則性とか法則性の発見というところ、極めて高い、私にとってはイメージとして受け取らざるを得ないので、本来的に幼児の遊びを通してやったときに、ここまでしなければならないのかというのは、頂いたときのところです。
対話的な学びについても最終的には自己との折り合いとか、向かい合いとか、葛藤とか、個人内では起こることであっても、それらを集団としてどうやっていくかというと、ある種、危険なところに行って、集団で何かしらお互いができないとだめだということになっしまったのでは、戦前や戦後のまた違うところに行ってしまわないかという。経験主義とか、やはり自分がとかという個人の中で収まるようなものを充実できるようなものにしてほしいなと感じました。
それから一番下のピンクの主体的な学びの構造の中で、安心感とか安定、そして探究心の学び。これは基本的に子供が前提条件として持っているということから、そして授業や環境の中から興味、関心がきっかけとして起こって、自発的に調べてみたいとか、感動していくというのが流れとしてあろうかと思っているんですが、最初も言いましたように、最終的には振り返りとか見通しということでいくと、基本的にある程度の高度さも、ここから否めないかなということで、体験を基にして、どこまで子供たちが常に学んでいくのかが見えればよいかなと思って、今日頂いたポップコーンの実践を見て、少し分かってきたような気がします。
プロジェクトのような形で先生が提案して話し合い、そして進んでいってポップコーンの調理ということで、その下の中に100グラムやグラム数と書いてありますが。実際に子供たちがこういうことをしたときに、100グラムとか、数の関心というところまではよいですけど、そこに気付かせるという教師の、もし意図的なものがあったとしたら、それはちょっといかがなものかなと感じたんです。なぜかというと、ポップコーンを調理して、ここでは音の変化とか気付きはありますけど、実際にはポップコーンを触って熱いとか、それからよい匂いとか、おいしいとかという味覚も含めたところが最初にあって、その上で今度は下の子たちを招待するときどうしたらよいかという問題意識が起こるのに、これが子供にとっての本当に学びの流れになっているのかと考えていくと、発達とかいろんなことを考えると、極めて慎重にならざるを得ないなというのが今思っているところです。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ白旗委員、お願いします。
【白旗委員】  まずアクティブ・ラーニング全体で、幼児教育だけではないんですけれども。初め出てきた頃は、プロセスとかカリキュラムが出てきちゃったみたいなイメージがあって、何か順序性も規定されちゃうんじゃないかとか、いろんな話があったんですけれども、非常にその辺、整理をしていただいて、三つの視点ということが強調されてきたことが大変ありがたいなと思っています。いろんな授業の形成的授業評価とか、自己肯定感の評価とか、診断的、総括的評価とかと、いろいろとやっていくんですけれども、やはり順序性というのはほぼ関係なくてですね。ただ、視点として、やっぱり、この三つの視点のようなことがちゃんと押さえられている授業は、結果として高いというのが見えていますので、そういう点では非常によい整理をしていただいたなと思っています。
ただ、幼児教育の場合に、先ほど来出ていますけれども、なかなか一直線に行くものじゃなくて、行ったり戻ったり回っちゃったり、いろんなことが起きると思いますので、そういうイメージ化ができることと、あと、この三つの学びが横並びかどうかというのもあってですね。以前見せていただいた図だと、主体的な学びというのが一番下にあって、何か土台のようになっていまして、その辺、幼児教育ならではの図の見せ方というのが必要かもしれないなということを、ちょっと思っています。
特に深い学びと考えたときに、私、小学校や中学校を見ていて非常に思うのが、やっぱり指導の中身が多くて、試行錯誤している余裕がないんですよね。もっと言うと、失敗している余裕がないと。失敗していると後れてしまうので。やっぱり幼児教育の一つの独自な面として、行きつ戻りつできると。いっぱい失敗ができて、その中で、また新たなやり直しができて、見つけられて、これが、あっ、またやり直しできるんだということが自己肯定感につながったり、新たな思考を生んだり、また気付きになったり、感情をコントロールできることにつながったりということになっていくのかなと思います。
余り、何か到達することが多くなり過ぎてしまって、追われることがないように。一つのものに対して、いろんな学びがあるような形にできるとよいなと思っています。
私は自分の専門性から、やっぱり健康というところが気になるところなんですが。社会の変化とか、成長のスピードが、やっぱり30年前と子供たちが変わっているというあたりを踏まえなくてよいのかなという気は、ちょっとしているんですね。
遊びそのものを見ていったときにも、体を使った遊びの量自体が減っているというのもあるんですけど、それ以上に大きく影響しているのは、どうも遊びの種類なんですね。種類が限られてきていることによって、ちょっと子供たちの様々な学びに弊害が起きているのではないかと。いろんな遊びをしている子ほど、自己肯定感が高いとか、意欲が高いとか、あと遊びが変わると我慢のしどころも変わってくるので、感情のコントロールができる子が育っているとか、そんなものが見えていたりします。
実際、量の方も、30年前は幼稚園の子って2万8,000歩ぐらい歩いていたらしいんですけど、今1万3,000とか4,000とか、半分ぐらいになってしまっていて、量の問題も、次の成長のスピードということに影響している気がします。
幼児期の運動指針を作っていくときにも、脳科学者とか、あと昨日、たまたま学会があったんですけれども、発育発達学とかも取り入れて、入っていただいてやっていったときに、体のスピード、身長の伸び具合って、もう30年前と比べると随分違っていて、早く体が大きくなると脳の成長も違っていて、一番健康ということで関わってくる点では神経ですね。神経の発達がすごく早くなってしまっているので、いわゆるいろんな動きをして、それを獲得していくという当たり前のことというかですね。スポーツというよりは、生活していく上で当たり前のことができるようになっていく、いわゆるゴールデンエージとかと言われていたのが、かつて10歳ぐらいまでにはと言っていたのが、今は、やっぱり2年生ぐらいまでにはという感じで、むしろ主軸になっているのが幼児期というのもあるものですから。それをストレートに表すことはできないと思いますけど、ちょっと加味したような形で表現できないかななんていう気はしています。
【無藤主査】  ありがとうございました。では横山委員、お願いします。
【横山委員】  プロセスを示していただいて、すっきり見やすいなと思ったんですけれども、すっきりするということは、大切なことを割と落としてしまうことでもあると思うので、このあたり一番、やっぱり行きつ戻りつかなというところは思ったところです。
最初に遊びのプロセスの描き方を、子供たちの遊びのどのスパンで捉えていくのがよいのかなというのを。今日ポップコーンの事例を挙げていただいているんですけれども。前日のパーティーの準備のためにということなんだけど、そもそも何を栽培しようかというところから始まって、それで、できたら何を作るんだろうか、何をしようかというところ自体を子供たちの遊びの中で作っていっていると思うのです。
ここで取り上げている一つの活動の前後全てが幼児期ならではの試行錯誤の一つの出来上がっていく過程でおもしろさだと思うので、遊びを選ぶというより、私の感覚では作っていく、生み出していく、生まれていくという感覚のところは出てきてくれるとよいのかなと思います。
なので、ここは前日の一つの活動の流れなんですけれども、ここ何でポップコーン、トウモロコシにしたのか。そのトウモロコシが出てきたときに、じゃあ何にしようかと、きっと話し合いをしたと思うんですよね。ポップコーンが出てきたのは、ポップコーン大好きな子がいたりして、大好きだから作りたい、という。そこの一番大切なところは、じゃあポップコーンを作りましょうと先生が言われるんじゃなくて、阿部委員も言われていたように、食べたいとか、したいというところですよね。したい、食べたいとなると、まずいものは食べたくないわけだから、おいしいものが食べたい、よい匂いのものが食べたい。じゃあ、どうやったらおいしいのが作れるだろうか、食べられるだろうかということを、きっと子供たちの方から調べてくるんだと思います。お母さんに聞いてきたり、おうちで聞いてきたり、近くにポップコーン屋さんがいたら見てきたりということで、したい、やりたいということがあれば、子供の方からいろんな情報を得て、おいしいものを作っていきたいという活動が生まれてくるんだというところが、何かこの遊びのプロセスのところに入れていただけると。あらかじめ流れがあるのではなくて、子供がしたい、やりたいで作っていくんだというところで挙げていただけると良いのかなと思いました。
あと深い学びの過程のところで、ここは皆さん言われているところですけれども、気付きとか発見というのは、どの家庭にもあるんだと思うんです。土曜日、ソニーの公開保育のところで科学的な学びの公開研究をされているところに伺ったんですけれども、気付きを六つの気付きとまとめられていて、全ての家庭に気付きがあると。こんなことができるんだと予測を立てるところにも気付きということを持ってきていらっしゃるって、気付きが活動の最初にあるだけではなくて、どの段階にも、きっと気付きというものがあって、規則性・法則性も気付くだろうし、これをやるとうまくいくんだと気付いた後にも、規則性・法則性が分かった後にも気付きというのがあるんだろうしと思うと、何か底に流れる底流のような気付きがあって、気付きつつ試行錯誤していくというのは、何がしっかりここの図のところで挙げていただけると分かりやすいのではないのかなと思います。
あともう1点は、私は言葉の領域のところにいるので、なぜ、どうして、どうなるのかなという、この辺、思考に関わって言葉というのがあるんですけれども、領域のことで言うと、やっぱり言葉の領域には思考の部分が入ってきていなくて、環境のあたりにある思考を伴う言葉というのを、どううまく一緒に表現していければよいのか、分けていくのかというあたりも御議論していただけると良いのかなと思っています。
【無藤主査】  ありがとうございました。では小枝委員、お願いします。
【小枝委員】  この資料5のポンチ絵を見せていただいて、恐らく左の方から右に行くに従って、年齢をイメージしておられるのかなということを思って見たんですけれども。例えば深い学びの過程とか、主体的な学びの過程も、3歳代のお子さんが身に付けていくようなものから、だんだんと小学校へ上がる、5歳過ぎて6歳ぐらいになったようなお子さんが身に付いていくようなものが書いてあるのかなと思ったんですね。
ですから、これに年齢軸をちょっと入れるとよいのかなと思います。この振り返り、見通しをぱっと見て、3歳の年少さんでやれというのも、これは無理で、いわゆる振り返り、見通しは布置というような能力で、5歳半ぐらいにならないと身に付かないということのようですので、ここに年齢軸を入れていくとよいのかなというのと、それから、このたび非認知能力が非常に大事ということが出てきて、私、非常にうれしく思っているんですけれども、その大切さなんかも、こういったものに盛り込んで、粘り強さであるとか、自己コントロールであるとか、集中するということであるとか、そういったような非認知能力が実は幼児期に豊かにしておくと、小学校以降で大きく花開くんだよと、そういうものがこの中に盛り込まれると、更によいものになるのではないかなと思いました。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございました。では大方委員、お願いします。
【大方委員】  この教育課程と全体構造と各領域を往還的に整理していく必要はないかというような話があったかと思うんですけれども。例えば、この解説書の69ページの健康の領域が書いてあったりしたときに、ねらいの中に、明るく伸び伸び行動し充実感を味わうと書いてあったりするんですが。また人間関係のところも、幼稚園生活を楽しみ自分の力で行動することの充実感を味わうとか、あとは環境のところに行ったら、先ほどの過程のイメージ図にあるような、身近な事象の、又は環境の中で発見したり、考えたり、生活に取り入れようとするということがあって、総則のところで、この先ほどのせっかくの過程を生かすならば、どの活動にも、その部分が、遊びを通してという中に、この学びや対話や主体の過程がちゃんとあるということと、この領域に書いてあることを、きちんと往還的に整理しておかないと、またもとのもくあみというか、戻ってしまう部分があり、若干分かりにくくなってしまうのではないかという気がいたしました。
それから、先ほどおっしゃった、5領域を今さら変えるという議論をしているわけではないので、そこはどうつながっていくかという整理なり説明が要るかなという部分と、その遊びの中の先ほどの過程は、試行錯誤や気付きは、いろんな法則性に子供が年齢なりに気付いたとしても、またもう一度気付いていくような部分というのは、先ほど田中先生もおっしゃっていたことの循環は必要で、どんどん、どんどん右肩上がりに育っていくというわけではなくて、遊んでいて気付いて、もう1回、じゃあ、こうしたらどうなるのかなとかいう新たな発見の再構築ということが大事。さらに子供は小さかったとしても、少なくとも幼児期の子供ならば、あっ、こうすれば良かったというような、今度するときはこうしようという見通し力というのは、遊びの中ではあるのかなと思いますので、その辺のところも深い学びの過程、対話的な学び、主体的な学びの過程という、とてもすてきなイメージ図を作っていただいた中に、うまく循環が入ってくれば望ましいかなという気がいたしました。
以上でございます。
【無藤主査】  ありがとうございました。では嶋田委員、お願いします。
【嶋田委員】  私は、この主体的な学びの過程、対話的、それから深い学びの過程、子供たち、小学校でも、幼稚園の子たちでも、見ていて、本当に一番大事なのは主体的な学び、これがとても大事じゃないかなと感じます。
どちらかというと、この主体的な学びというのが包括して人に伝えたくなる、あるいは人と関わりたくなる。そして、それが人と関わることによって、いろいろ、こうしたい、ああしたいねというイメージを伝え合いながら学びにつながっていくのではないかなと思います。
そういう中で、主体的な学びを保障するのが、環境を通して行う教育というところが幼児教育の基礎基本としてあるかと思うんですけれども、この物的環境、人的環境と読んでいく中で、一つ、やっぱり主体的な学びを支えるような、教師が意図する環境構成というか、そういうものがあるとよいなと感じています。
一番右側にある教師の幼児の活動に応じた援助というと、何となく直接的な援助のイメージがある言葉として私は感じるんですけれども、どちらかというと間接的な援助の方が、この基盤になってくるんじゃないかな。そういう意味では、環境を構成する、つまり主体的な学びを育むような、興味や関心が広がるような環境を構成するというニュアンスの言葉があるとよいなと感じます。
【無藤主査】  ありがとうございました。では志民委員。
【志民委員】  深い学びということで、私なりの捉え方なんですけれども、自分なりの意義であるとか、それから価値を感じるということが深い学びにつながっていくのかなと考えています。そこの中で新しく気付いたり、発見したりということになっていくと思うんですけれども、それがだんだんとものの見方であるとか、考え方につながっていく。そこの中に創造性。その意義とか価値を感じ取るということが創造的な見方につながっていって、それがものの見方、考え方につながっていくんじゃないかなと捉えています。
そのときに、じゃあ、どう教師が関わっていくかと考えたときに、そういった自分なりの、それから自分にとっての価値や意義を見出していくときに、その教師が価値付けてあげることであるとか、それから教師の姿を見るということが非常に重要になってくると思うので、このイメージ図の中、拝見していますと、一番下のところがそういうことになってくると思うんですが。教師の関わりとして人的環境というの、私、とても重要かなと思っているんですが。
ポップコーンパーティーの方、非常にこれが具体的な姿で分かりやすいなと思ったんですけれども。一番下の教師の援助というところ。こういうふうに具体的な関わりの例なんかも挙げていただくと、より分かりやすくなるのかな。そのときに、その教師の姿であるとか、人的環境としての教師の関わりの接し方についても具体的に書いていただくと分かりやすいのかと思いました。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。では田中孝尚委員。
【田中(孝)委員】  私も、この学びの過程のイメージ図、分かりやすく示してくださっているなと思います。一方で具体例が、いま一つ挙げられてあるんですけれども。子供たちの幼稚園の生活の中で、例えばこの今挙げられている例は、教師の方で仕組んでいったような活動の例が挙げられるんですけれども、これに加えて、子供たちがふだんの活動とか、子供たちが問題を感じて、それを解決していく。先ほどサイクルが見えるとよいなというお話も出ていたと思うんですが、もう少し子供たちから生まれた遊びから、遊びの事例であると、ああ、ここでまたうまくいかなかった、だからこんなふうにやっていこうという過程が見えやすいなと思いますので。そういった例も挙げられていると、こういった、何か活動させればよいかというようなことも心配されているお声もあったと思うんですが、そんなことではなくて、子供たちの遊びの中で、こんなことが日々繰り返し行われているんだということも、より分かりやすくなるのではないかなと思いました。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。では宮原委員、お願いいたします。
【宮原委員】  この過程のイメージというたたき台を拝見しまして、一番右下の教師の園児の活動に通じた援助というところを見ますと、やはり今、小学校も中学校もそうでしょうけど、教師がちょっと答えを早く出し過ぎるなというところも感じていまして、どうしても、私、企業に入っていますと、企業なんかまさしく今、生産性の向上で、1分1秒でも早くというところがありまして、だんだん、いずれそうなってくる世の中ですので、幼児期ぐらいは、もう少し失敗から学ぶというんですかね。なぜそうなったのかということを自発的、自主的に学習する機会が、もっと増えればよいなと思っていまして。
親という字も、そもそも立ち木に登って見るというところでして、余り自分が先回りして答えを出してしまうと、幼児期の芽生えと言いますかね、探究心がなくなってしまいますので、そういう意味から、こういったところに、探究心という言葉に近いかもしれませんけど、何か失敗から学ぶとか、日頃疑問に思うみたいなことがたくさん出てくると。いずれ、この子たちが大きくなるときには、もう世の中も変わっていますし、AIなんかも大分進んでくると思いますので、そういった、余りブレーキを掛けないような教育というんですかね、これが私は重要かなと思っています。
【無藤主査】  ありがとうございました。では奈須委員、お願いします。
【奈須委員】  この資料5の学びの過程のイメージというのは、とてもよいなと思う。あるいは、こういうプロセス図を定型的に出してしまうと、それが定型化してしまってというのは、総合的な学習のときに探究の図を出すかどうかという議論もあったんです。でも、やってみて、結果的に良かったなと。もちろん、いろんな誤解もあるんですけど、そこから議論が起きて、なぜこういう図になったのかという説明を丁寧にやったり、議論したりする中で、その真意が伝わっていくと。また、そういう活動を行っていくことが大事だと思うんですけど。いずれにしても、何かこういうものを出していくことはよいなと思うんですね。
ただ、この学びのイメージ、過程のイメージが描けるということは、実は、この暗黙のうちに、この奥に、子供とはどういう存在だという子供観、あるいは学ぶとはどういうことだという学習観、あるいはそれを通して形成される、広い意味で情意とか、経験とかということも含めて、広い意味での知識ですけれども、というのがどういうふうに獲得される。知識観、あるいは学力観と言ってもよいですけど、そういうものは暗黙にあるわけで、それをどこまで明示的に書くかということが、一つは大事になってくるのかな。
つまり、そういったものがあるから、こういった学びの過程のイメージが一定程度出てくるわけですし、また、そこから教師の役割とか、あるいは、もっと具体的な環境を通して行う教育が選ばれてくるわけだから、その子供観とか、学習観とか、知識観をどこまで書くかということだと。
既に実は解説の方には結構丁寧に書かれているんだと思うんですけれども、もう一度、解説のレベルでこれを見直して、整合性があるかとか、誤解が生じないとか、踏み込みが甘くないかとかということを今回チェックする必要があるかなと思いますし、あるいは場合によっては解説ではなくて、もっと上の総則のレベルなり、要するに地の文ですよね。教育要領自体にそれは書くのかという議論を今回してもよいのかな。
それで言うと、教育要領自体には、そんなに踏み込み深くは書いていないと思うんですね。つまり、幼稚園教育要領には、浅く読んでしまえば、ごく普通のことじゃないという程度のことしか書いていなくて、もちろんその奥には、実はかなり深い理解とか、思い切った、ある判断があると思うんですけど。実を言うと、小学校以降には本当ないんですね。そういった子供観とか、学習観とか、知識観、それに伴う学びのイメージという、総合的な学習で出た探究であるとか、あのとき出た習得・活用・探究という三つの枠組みが、ひょっとしたら初めてかもしれない。
その意味では、幼稚園は、こういったことをかなり思い切って踏み込んで書けるだろうと思うんですね。その意味では、地の文である教育要領レベルで書いていく。もちろん解説では、もっとそれを構造的にきちんと背景も含めて書いていくということが、小学校以降の改革も含めて。
つまり、幼児期の学びがこうじゃなくて、そもそも人間の学びってそうだというところ。僕としては、小学校以降のことを考えると、幼児期はそうなんだよということを余り強調し過ぎると、小学校自体は、じゃあ違うんですよねという話になってしまいがちで。幼児期がそうだということは、先ほど乳児期の話もありましたけど、そもそも人間は生まれながらにして、そういうふうに学ぶし、そういうふうに育つし、子供はそんなふうに求めているんだということを引き受けて幼児期の教育があるわけで、小学校以降もそれを継続していくというイメージを僕なんか持ちたいと思うんですけど。
そう考えれば、地の文である教育要領にも一定程度、その子供観とか、知識観とか、学習観。これ、もちろん学術的にまだ論争が残っていたり、諸説あったり、確かにありますので、余り限定的には書けないと思いますけれども、一定程度踏み込んだ書き方ができて、更に解説でそれを肉付けしていけると、小学校以降の、大学まで含めた教育の改革も含めて、なぜアクティブ・ラーニングだというようなことも含めて、よい形で書けるんじゃないかなと期待をしております。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。では田中雅道委員、お願いします。
【田中(雅)委員】  ポップコーンの事例のところで、何となく現場的には違和感があるのは、下に書いてある言葉が、身近な生活を通して数量や図形に関心を持つという、一つの内容の方向、ベクトルを持ったところの中の言葉が拾ってあるわけですね。私は、同じポップコーンをしていても、小学校の目標を定めたポップコーン活動であれば、この流れだと思うんです。だけど、幼稚園のときのポップコーンの活動というのは、例えば準備係に行ったときに、何人座れるかなんて全然関係なくて、飾りを作りたいと思う人がいるんですね。それとかメニューを作りたいとかね。この幅を広げておくことの方が大事で、ここの例が一つになるというよりかは、私は準備のところで、もっといろんな枝がありますよと。その枝を一つの活動の中に一つの。
先生はねらいを持っているんですよ。私、それがねらいと目標の違いだと思っているんですけど。ねらいは持っていて、内容の中で、こういうことをしたいと思っているんですけど、そこから外れてくる子供がいるんですね。実は、その外れている子供の方が、その体験の中ではおもしろい発見をしているというのを感じられる先生の力がないとだめになっちゃうんですね。
なので、幼稚園の先生だから、そこが感じられるはずなので、例えば年少さんを招くんだったら、年少さんに向けた飾りって何かなというグループに分かれていくと思いますし、ポップコーン焼いたときに、何でこうなってはじけるんだろうとかという会話だけ楽しむ子供も出てくるんですよね。そうすると、100グラムなんて全然関係なくて、これ一つがはじけることだけがおもしろいというね。ここを、やっぱり何とか表現できるポンチ絵にしてほしいなと。
それを広げ過ぎると、先ほど言われた小学校に行くときに収束できるのかと言われるかもしれない。でも、子供なりには収束していくんですよね。そこは余り先生の意図に収束するという方向に持たなくてもよいのじゃないのかなと思っています。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ山下委員、お願いします。
【山下委員】  今このポップコーンの事例が出ているんですけれども、これをずっと見ながら、少し頭が混乱してきたのは、生活科とどう違うのかなというところが少し頭をよぎってきて。やはり小学校には教科としての生活科があるわけですので、それが接続の窓口にもなってくると思うんですけれども、当然ぴしっと線を引いて分けるということではないんですけれども、やはり先生方が子供と向き合ったときに、年長の終わりぐらいに生活科になってはいけないだろうと思いますし、かといって生活科が余りにもレベルが低いものになってもいけないだろうし、そこの接続という観点で見たときに、教科としての生活科というところとのメッセージをきちっとしていかなければいけないかなと感じています。
それから頂いた資料の資料8の131ページに、探究のプロセスと育成すべき資質・能力・態度の関係ということで、生活・総合的な学習の時間のワーキングというところで資料3が出されているんですけれども、ここが生活科等の整理された学びだとしたときに、じゃあ、ここに書いている深い学びの過程だとか、対話的な学びの過程だというものと、どうこの図が関連していくのかとか、こういった整理もしておかないと、現場の先生たちが実際に子供たちと向き合ったときに混乱をしていくのかなと今ちょっと考えています。私の頭も少し今混乱しているかなというところです。
以上です。
【無藤主査】  今の点、是非、生活科の部会、ワーキンググループで検討してもらおうと。奈須さんも入っていますね。どうぞ。
【奈須委員】  一応、生活科担当者として。個人の意見ですけれども。幼児教育は、別に遠慮しなくてよいと思うんです。生活科、ここから行くんだから、それ以上上げちゃいけないなんて考えちゃいけなくて、どんどんやっていただいた方が、僕はよいと思っていて。むしろ生活科は、もっと上へ上げたいんですよね。上げたいというのは、ずっとさっきから言っているように、知識の項目を増やすんじゃなくて、子供の気付きをもっと広げるとか、深くなるとか、もっと粘り強くやるとか、もっと広い範囲での協働ができるようにという。生活科をやっている人、いろいろいますけど、私個人としては、現状の生活科はちょっと低過ぎると思っているんです。
もちろん、今度、小学校入学前の経験も多様ですから、それを担保しなきゃいけないということがありますのでね。ありますけれども、でも、幼児教育の中でのどこまでやるかということ。生活がここからスタートするんだから、そこを超えちゃいけないと考える必要は全くなくて、むしろ幼児教育の育ちが、もっと十全なものになってくれば、それを。下から育ってきたものをあくまでも引き継ぐわけだから、むしろ生活科は上げたい。もっと言えば総合も上げたい。理社も生活科の終わりぐらいで、これ理社の個別内容という意味じゃないけど、理社の気付きとか、理社的な探究の3年生ぐらいでやっているところまでは、かなりやれるんじゃないかという議論もしているぐらいなので、むしろ幼児教育は、子供の主体的な生活創造とか、遊びの創造という中で実現が可能なものであれば、リミッターなしでやっていただけるイメージでよいと思います。私個人としては。
【無藤主査】  生活科の方は是非、幼稚園のレベルを低くしたもののようにならないようにしてほしいんですね。【大杉教育課程課教育課程企画室長】  主査、一言だけ補足させていただきます。今の御指摘のとおりでございまして、今、生活科の方でも義務教育から学びがスタートするということの前提ではなくて、幼児教育の学びをどう生かすかという観点から御議論いただいておりますということと、それから御指摘いただいた131ページ目、これ、ちょっとタイトルが分かりにくくて恐縮だったんですが、これは主に総合的な学習の時間の方のプロセスでございまして、実は明日、また生活・総合ございますけれども、幼児期の、まさに本日の資料5と、この131ページ目の学びのようなものを、ある意味つないでいくようなイメージを、まさに次回、御議論いただく予定でございますので、そういった意味でも、こちらの議論を十分踏まえた議論をさせていただいておるということを、補足させていただきます。
【無藤主査】  ありがとうございました。では桶田委員、お願いします。
【桶田委員】  ポップコーンの例がいろいろ出ているんですが、私も個人的に感じたことで、幼児教育をやっている人は、これはちゃんと読めるんだろうなと思うんですけれども、それ以上の小学校以上の先生たちが見ると、深い学びは数量が出てこなくちゃいけないのかとか、小さい子の世話をすることなのかというようなとり方できちゃうなと。深い学びって何だろうというところの説明には、ちょっと難しいなと思ったところがあります。
うちの園の例で言うと、ちょっと知的な情報から先に入ってしまうところなので、それよりも感動体験しなくちゃということで意識して、自然に関わるのは感動、感動って今年やったんですが、年中になれば、やっぱり感動すると感動で終わらなくて、自分たちで企画したり何なりって出てくるので、そういう過程を大切にしたいなと思いました。
ということで、1枚目、そのたたき台に戻って気になったのが、一番下のところの教師の幼児の活動に応じた援助というのは、活動させると読まれないかなと思って。それよりも、幼児理解に基づく援助とか、そういう言葉を別に出すのか、それに変えるのか、もう少し子供の方に寄り添うような言葉が出てくるとよいなと思いました。
【無藤主査】  ありがとうございました。それでは寺岡委員、お願いします。
【寺岡委員】  幼小連携という言葉が全面的に出ることによって、小学校の学習内容の前倒しにならないかという危惧があると同時に、だからこそ幼稚園で、小学校の教育内容を前倒しするのではなくて、小学校の学びにつながるような、あくまで遊びや体験、経験というのを少しでも大切にしていくことが大切なんだろうなと思っております。
それなので、このポップコーンパーティーをしようという事例は、賛否両論あるかもしれないんですけれども、特にこの青で書かれている言葉のところが、実は私、小学校の現場の者なんですが、幼稚園の先生方にとってみると、安心するんじゃないかなと。ふだん自分たちがやっている体験や経験、遊びというのが、実はこういう箇所で、青の印で言葉で書いてあるように、小学校の数量のところにつながっていくんだというところに落ちると、決して前倒しするのではなくて、今まで自分たちが大切にやってきた活動とか遊びをしていけばよいのだということで、前倒しの危惧が少なくなるんじゃないかなという思いがありました。
ただ気を付けなくちゃいけないのは、先ほど来先生方が御指摘されているように、ここの青で書かれていることが、数への気付きとか、そういうところを無理に、子供がここへの思いが広がっていないにもかかわらず引っ張るということがすごく怖いことなんですけれども、今までやってきた活動の中に、実は小学校の学びにつながるようなものが入っているんだという、この活動例を出したことによって、ちょっと現場の先生方が、決して前倒しじゃないんだという、幼小連携が決して小学校の内容を前倒しすることではないんだということにつながればよいなと少し思いました。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございました。では渡邉英則委員、お願いします。
【渡邉委員】  ポップコーンの話を僕も今感じながらとか思ってはいるんですけど。田中孝尚先生が、外れている子供がいたりとか、ポップコーンが破裂していたりとか、そういうことをすごくおもしろがっている子がいるというところでいくと、何かここは多分、思う存分世界と関わるというか、その中でいろんな感じ方をしていて、そこにいろんな感じ方をしている子たちが、そこで多分、ある意味では協働的に関わったりとか、意見が飛び交う中で、深い学びになっていくみたいなイメージというのはあって、教師の持っている枠の中で子供たちが行われるわけじゃなくて、いろんなことを試しながらとか、もう1回、もっと本当に。ある意味では熱とか、例えば破裂することをすごくおもしろいと思っていたら、それはひょっとしたら大学まで続くかもしれないみたいな問いがあったりとかと、そういう学び方というもので考えていくと、思う存分世界に関わりながら、どこかで何か法則に気付いたりとか、あっ、こういう世界になっているんだと感動したりとか、美しさを感じたりとかというふうにして、人間としてやっぱり、多分、幼児期ですけど、本当に豊かな経験をするという。豊かな経験とはどういうことかといったら、何かつまみ食いして拡散するんじゃなくて、そのことをじっくりやりながら、いろんなことを感じたり、それをまた不思議だと思ったりする中で、またもう1回やってみたりとか、繰り返しやってみたりとかというようなところの中で学びが深まっていくという。それが結構認められているのが、授業という単元とか、そういうところで、枠ではなくて、毎日のように、それをもしやりたかったら実現できるような時間とか、空間とか、ある意味で保育者の援助があったりするところが幼児教育の特性で、その世界を保育者も子供たちも味わっていくような、そういうことが幼児教育の本当に根幹であって、それは多分、今の子供たち、どちらかというと豊かな生活ということが認められていない。そういう、何かこれをさせなきゃいけない、あれをさせなきゃいけないというのではなくて、本当に3歳からの幼児教育は大事だというなら、3歳、4歳、5歳の中で、そういう経験をいっぱいしてくる中で、5歳の育つときに望ましい姿がどういうことなのかという。何かその3歳とか、4歳とか、本当はゼロ、1、2も含めてだと思うんですけど、そういう子供の育ちの中で日本の子供たちが育つべきことはどういうことなのかという視点で多分、幼稚園教育要領が語られていくことが大事かなと思っています。
【無藤主査】  ありがとうございました。では神長委員、どうぞ。
【神長主査代理】  もう大分議論が出て、これをどういうふうに教育要領という非常に大綱化した中に盛り込んだらよいのだろうかと思いながら伺っておりました。ここに示されてるたたき台という中で、私は最初に見たときに、あっ、5歳の12月だなというのが一番先に入ってきて。学びの過程、確かに同じことを繰り返していくんだけれども、5歳のこの時期になってくると、先ほどの生活科ではないんですけど、生活科と非常にオーバーラップしてくるところがあって、そのあたりをどのようにね。最初に話した総則の教育課程の編成という中に書き込めるかというのが一つ課題だなと思っています。
同じように一見、写真で見ると本当に同じような場面なんですけれども、でも、そこに至るまでに、先生の声の掛け方だったり、輪の作り方であったり、時間のとり方であったり、そこが、やはり経験を大事にした幼児期の教育の進め方なんですよね。そうしながらだんだんに課題を持った活動に近づいていくというイメージは、やはり、その教育課程の編成に、もう少し長いスパンで見ていくことの大事さというものを入れていかなくてはいけないのではないかなと、皆さんの議論を聞きながら思った次第です。
今回、現行の教育要領の中では、教育要領の解説の266ページなんですけれども。今、指導計画の中に、この266ページの(4)なんですけれども。心動かされる体験が次の活動を生み出すことを考慮して、一つ一つの体験が相互に結び付き、幼稚園生活が充実するようにすることという、アクティブ・ラーニングにつながる内容は現行の中では、こんな書きぶりになっているんですけれども。これは満3歳から小学校就学前までの時期全体を見通しているんですけれども、それを教育課程という入園から修了までの機会で、どのように子供たちの学びの過程が広がり豊かになっていくかということを書き込むことが課題ではないかなと思って、考えておりました。
【無藤主査】  ありがとうございます。では田中委員、お願いします。
【田中(雅)委員】さっきの資料5のところにこだわっているのかもしれませんが。うちの担任の先生がこの活動をして、例えば下の数の言葉をずっと、ある子供が言っていたら、どう言うだろうなと思って考えると、恐らく、この活動したら、こういう言葉を言うだろうなと、ほぼ分かっているわけですね。とすると、その数のことをずっと言っていたら、もうちょっと年少さんを招くんやったら、年少のことを考えようという、非常にバランスをとることを考えるような気がするんですね。でも、例えば全然、その数とかに興味を持っていない子供には、ここ幾つあるやろう、何人来るか考えてよと言いながらでも、なかなか、そういう子に気付いてくれないという。
ここの活動の本当の良さというのは、そういういろんな要素を持っていることを先生も自覚して、それをやっていくうちに、それぞれの子供の持っている興味関心というものが、あっ、こっちに偏っているなら、この要素を入れなきゃならないなというような、こういう形で何か保育しているような気がするので、そこを表現してほしい。
以上です。
【無藤主査】  ありがとうございます。じゃあ最後ですが、阿部委員ございますか。
【阿部委員】  ポップコーンの事例を出されたことではっきりしたかなと思うんですけど、逆に言うと、集団という形とか、個の学びというものがなかなか見えにくいのかなという論理で、いろいろあるのかなと思って。
それで、私は芸術ワーキングというところにも所属しているので、頂いた厚いものの97ページに図画工作、美術、芸術科というところなんですが、構造、左から順番ということではなくて、一人の子供や一人の学びにおいて、こういう並列的に三つがあって、いろいろ行き来するような形で、子供たちの学びがあるんじゃないか。例えば気付いて、ある種、子供同士で解決して、また新たな疑問が浮かんでいくというスパイラルなものがあって積み上がっていくということで、次のページの豊かな情操というのは、芸術関係なので、目標的には豊かな情操というところには目指しますけど、一番下には、常に日常的に子供が持っている学びを積み上げていくことによって豊かなところに向かうという全体構造をとっています。
ですから、先ほども言ったように、個にポイントが当たって、子供の学びを一体どう考えるのかというふうにしていくと、順序性もないし、いろんなことが起こり得ますので、もう一度考えて、先ほどのポンチ図ではないですけど、先生が初めに正解を教えるようなこと、正解を持っているということ自体が、もうおかしいことであって、やっぱり支援ということとか、援助ということがあって、10人10通りの学びのプロセスがあるという前提で子供たちと関わっていかないと、それはだめ、違うわよという仕切りになってしまうと、個の学びも充実していきませんので、基本的には、そういったことを支援する教員の在り方というのも、これからもっともっと出てくるのかなと思って。
それを、逆に言うと、幼稚園の先生から小学校の先生に伝わっていくというのが、私自身は大事なのかなと考えています。
【無藤主査】  ありがとうございました。
それでは、いろいろ御意見頂戴いたしましたけれども、時間ということですので、本日はここまでとさせていただきたいと思います。
本日お出しいただきましたいろんな意見につきましては、事務局で論点ごとにその趣旨を整理していただくようにお願いしたいと存じます。
また、限られた時間でございましたので、十分意を尽くせなかったところ、その他につきましては、是非御意見をペーパーで事務局にお送りいただければと存じます。
それでは最後に、次回以降の日程につきまして、事務局より御説明をお願いいたします。
【沓澤子育て支援指導官】  次回でございますけれども、3月30日月曜日、10時からの開催を予定しております。場所は文部科学省内の会議室を予定しております。
先ほど主査から御説明があったとおり、具体的な議論につきましては次回で最後でございまして、4月以降、2回程度で全体のまとめみたいなことをやっていくことを予定しています。今後のスケジュールがペーパーでなくて恐縮でございますけれども、一応そのような予定でございます。
でございますので、本日言い足りなかった部分につきまして、特に各領域の改善点等につきましては、ペーパー等で御意見を頂くことを考えてございますので、大変短い時間で恐縮でございますけれども、3月17日木曜日を目途に、追加の御意見等を頂ければと思っております。
なお、本日の配付資料につきましては、いつもどおり机上に置いていただければ後ほど郵送させていただきますので、よろしくお願いいたします。
以上でございます。
【無藤主査】  それでは、第5回幼児教育部会を終了させていただきます。ありがとうございました。

―― 了 ――

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