第17回教育課程企画特別部会における主な意見

■.教育課程の総体的構造の可視化と「カリキュラム・マネジメント」の実現

○ 現場の教員が考えるための手がかりとなるような基本的な概念が必要。小学校、中学校、高等学校と進む中で、基礎、総合、探究といったものがどのように全体の中で位置付けられているのか。例えば、基礎は中学校をまとめて少し発展させたもので、総合はそれを用いてより活用できるようにし、探究は更に自分なりに課題を探究するものといったように説明できるようにしないと、基礎は基礎、総合は総合、探究は探究でそれぞれバラバラになってしまう。

○ 今回の改訂は「社会に開かれた教育課程」をキーワードにしているが、十分に理解されていない部分がある。社会構造の変化の中で、どのように社会に関わっていくのか、ESDや人権、人格、環境、貧困なども含めて考えてきている。「社会に開かれた教育課程」の実現を目指し、「より良い学校教育を通じてより良い社会を作るという目標を共有し、社会と連携・協働しながら未来の創り手となるために必要な知識や力を育む」という今回の改訂の理念がきちんと一般の方にも伝わるよう、審議のまとめや答申、総則などの中で記述されると良い。

○ 「より良い社会を作る」という点については、地球環境をどうするのかということと、民主的に話し合って決めていくという二つの観点から分解する必要があるのではないか。

■.「何ができるようになるか」(教育目標と育成すべき資質・能力の明確化)

○ 総体的構造の可視化といったとき、また、社会に開かれた教育課程といったとき、小学校の総則に小学校で身に付く力だけが書いてあるのではなく、幼児教育から大学なり社会の中でどのように力が付いていくのか、段階的に表現されている必要があるのではないか。

○ 特定の教科が栄えて、特定の教科等が落ち込むという状態が作られること自体が、ある意味で言うと教育課程の失敗。これまでは教科の全体を通して教育課程が構成されるという視点が弱かった。今回は、それぞれの教科等が互いに連動しながら、教育活動全体として成果を上げていくという考え方に立っていくことがポイントであり、これをより強調しても良いのではないか。その意味で、各学校段階で育成すべき資質・能力については、教科等の相互のつながりと、資質・能力の関係について、もう少し接近したものとすることができないか。場合によっては、解説書や指導事例集などなどと分担することになるかもしれないが。

○ 言語に関する技能について、「話すこと」は自ら発表することと、やりとりをすることという二つに分けて考えられている。このやりとりの部分が非常に重要で、言語能力の発達には必ずやりとりが必要であり、直接、思考力、判断力に直結していく部分となる。

■.何を学ぶか(教科横断的な視点での教育課程の編成)

○ 各教科等を学ぶ意義について、この「等」のイメージをもう少し分かるようにする必要がある。例えば「持続可能な開発のための教育」のESDやICTの活用やプログラミング的思考を育てるための教育など教科横断的に展開されるべき「○○教育」が教科以外の中でも教科横断的に学ばれるべきだという趣旨を明確にする必要がある。

○ 教科横断的な指導については「教科相互の関連性を視野に入れながら」とあるが、「総合的な学習の時間」についても「各教科の見方や考え方を総合的に活用し」となっており、すでに今までも総合的な学習の時間で取り組まれてきたとも言える。その上で、今回、各教科の中で教科間の相互の関連性を視野に入れるということは、どういうことなのかを明記する必要がある。

○ キャリア教育の中の基礎的・汎用的能力について、道徳や総合的な学習の時間、特別活動などは大きく関わるが、各教科についてはなかなか関わりにくいのではないか。各教科の議論を進めると教科固有性の方に力点がいってしまい、結局は汎用的能力と乖離してしまう。一方で、言語能力の「やりとりする」部分などは、汎用的能力とまではいかないが共有化されるもの。小学校段階では共有できるが、中学校段階になると教科担任となってしまうため、なかなか共有できない。そうした部分を、アクティブ・ラーニングの固有性を強化していく中で、共有していくことができるのではない。

■.どのように学ぶか(指導案等の作成と実施、学習指導の改善・充実)

○ 「主体的・対話的で深い学び」については、「主体的な学び」や「対話的な学び」を通して「深い学び」をしていくと理解しているが、イメージの図は、三つが並列になっている。「主体的・対話的な学び」があって、それを包括する形で「深い学び」になっていく形が良いのではないか。絵の表現の仕方も含め現場に理解されるようなものとする必要がある。

○ 「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」はそれぞれアクティブ・ラーニングの必要要件として三つが並んでいる。一方で、プロセスとなった場合には、「主体的な学び」、「対話的な学び」を通して「深い学び」が実現するという考え方が分かりやすくて良いのではないか。

○ アクティブ・ラーニングにおける主体性という言葉が、生徒たちの様子を外側から見たときに評価しやすい態度を表しているような印象を受ける。すでに言葉の使い方を吟味した上だとは思うが、学びに向かう態度が意欲的であることは人間性にも寄与する重要な点であると理解しつつも、「内発性」など生徒の内側の意欲に目を向けられるような言葉のほうが良いのではないか。先生方が、生徒の内側から内発性を引き出すことが、このアクティブ・ラーニングの前提として重要な視点なのだということが示されると、本当の意味での深い学びにつながっていく。

○ 私はよく学生たちに学びには3つのレベルがあると言っている。一つは、I see。分かったと感覚的に理解すること。二つ目がUnderstand。構造的に仕組みを理解するレベル。三つ目にComprehend。総合的に、つまりその知識を得ることによって自分はどう生きていけばいいのかが分かる、どう行動すればいいのかが分かるという自分と関連付けて理解していくことで、これが学びの最終的な形。深い学びといったとき、学びが学びの中に内閉するイメージがある。学びは最終的に自分の生き方や自分の行動に転化されていくものだというイメージが欲しい。

■.実施するために何が必要か(家庭・地域との連携、チーム学校等)

○ 学級経営の充実を図るという点は読み間違わないようにする必要がある。学級担任がますます頑張らなくちゃいけないと読む可能性があるが、学級担任だけでは限界があり、ここに「チーム学校」の発想が必要。学級経営を充実させるために「チーム学校」が機能していかなくてはいけない。小学校高学年の教科担任制の推奨など、なるべく多くの目で学級経営を充実させていくということが盛り込まれると良い。

○ 今回の改訂はその考え方の具体的な展開を求めたときに条件整備が非常に重要になる。例えば、学級経営についても、教員養成の話になる可能性があり、現時点の教員養成では、そうした学級経営は組み込まれていないこともある。こうしたことも含め、条件整備の重要性を指摘する必要がある。

○ 今回の指導要領がどのように社会に浸透していくのか。その手立ても考えていく必要がある。文部科学省から教育委員会を通じて学校までは行くが、そこで止まってしまう。保護者に対して、どのように変わっていくのかを伝える必要がある。学校も、カリキュラム・マネジメントを通してどのような教育を行っていくのかを伝えていく必要がある。さらには社会教育、地域教育の側にも学校が行うことを伝えることで、地域連携といったときの連携相手がこう変わりますと伝える必要がある。さらに、大学や企業に対しても、学校はこうした資質・能力を育てるのだと十分周知し理解してもらう必要がある。

○ 管理職という言葉は、管理をするという意味ではなく、カリキュラム・マネジメントなど、よりクリエイティブな存在。海外では管理職に就任する際に、学校業界に特化したMBA的な経営論、マネジメント論を学ぶ機会があると聞いているが、日本には断片的なものはあるが総括的なものはない。校長のリーダーシップをどう引き上げていくかが鍵になってくるので、それを踏まえて、「管理職(校長、副校長若しくは教頭)のリーダーシップ育成のため、人、物、金、時間、情報をどう駆使し、つなぎ合わせるか。学校マネジメントの具体的方法論を、教員より管理職に昇進する際に十分研修する必要があり、これを国、教育委員会、大学等で十分配慮する必要がある」といった文言を入れていただきたい。

○ 論点整理が出され、教育現場との対話ということで、今回の改訂の理念やカリキュラム・マネジメントとは何かという議論が全国各地で行われている。教科固有の資質・能力とは何か、見方・考え方とは何か、カリキュラム・マネジメントを本当に今までやってこなかったのかなどを教育現場と一緒に考える機会となっている。今後、審議のまとめを行っていく上では、パブリックコメントをはじめ、審議のまとめが出た段階で、全国各地で同じような議論が巻き起こるような仕組みができれば良い。その際、論点整理と審議のまとめの構造については、論点整理で改訂に係る根本の部分をまとめているので、その論点整理の論理構造の中に、今回のまとめ文を組み込んでいくという形が良いのではないか。

○ 校内研修について「授業研究において、教科を超えて指導計画を比較することにより、教科横断で教育内容を関連付けることができる」と書いてあるが不十分ではないか。指導計画を比較する授業研究ではなくて、実際何が行われていたか、計画ではなく、実際そこで育まれている各教科の見方・考え方を共有し合い、これは自分の教科と似ている、あるいは違うといったことが学校の中で研修として行われる必要があるということが方法的にも明らかにする必要がある。

■.小・中・高等学校それぞれにおける諸課題への対応

○ 幼保小連携が非常に重要。幼児教育の、健康、人間関係、環境、言葉、表現の5領域が、小学校低学年になると断ち切れている印象を受ける。この5領域を小学校の低学年の先生方にも御理解いただいた上で、カリキュラム・マネジメントを行っていくのかが必要。

○ 幼保小連携として幼児期の教育から小学校教育にいかに円滑な接続を図っていく取組が各都道府県、自治体、市町村等の教育委員会を中心として行われている実態はある。具体的な話し合いの場でも、学習の仕方が、幼児期の遊びを通しての総合的な指導としての学習と、小学校以上の教科等の学習についてお互い実感を持って理解するというところまでは難しいかもしれないが、これからの継続の中で子供たちだけでなく教員同士も学んでいくことが必要。5領域を通して総合的に指導する教育課程を編成し、それを指導計画に落として実践をしていく。総合的な指導の結果が今回の幼児期の終わりまでに育ってほしい姿としての資質・能力。幼児期の教育と小学校教育をつなぐ視点として、これが小学校以上の教科等の学習のスタートとして大事にしていきたい資質・能力とが重なっていくことによって、より円滑な接続ができてくる。

○ 幼児期の教育の担い手は、幼稚園の教員はもとより、保育所や認定こども園の先生方もなり得る。それらの人から、これからの学校教育がこんな方向で変わろうとしていて、その初めの段階を担うのだということを、全体を見て分かるようにする必要がある。指導要領本体というよりも解説書や研修等での話かと思うが、配慮が必要。

○ 学級経営の充実は小学校教育ではじめてスタートするわけではなく、その根底は幼児期の終わりまでに育って欲しい10の姿の中の協同性や社会生活との関わりなどにある。子供たちの育ちを十分に踏まえながら、人と関わって何かを達成していくことや、人と関わって学んでいくことの面白さなどが学級経営の充実の根底にあることが伝わっていくと、幼児期の学校教育で育てていきたい姿に結び付いてくる。学級経営の充実がどういうことなのかが分かるような書き方の工夫も、大切ではないか。

○ 「学校段階間の接続」については、かなり学校種、学校段階を越え、小中高を俯瞰したデータがあったと思う。小学校高学年と中学校の接続など、まだその接近についての観点、方向性が示せるものがある気がする。

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