特別支援教育の在り方に関する特別委員会 合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループ(第2回) 議事録

1.日時

平成23年7月22日(金曜日)13時00分~16時00分

2.場所

三田共用会議所大会議室

3.議題

  1. 障害者本人及び保護者からのヒアリング
  2. その他

4.議事録

【尾崎主査】 定刻となりましたので、ただいまから第2回合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループを開催いたします。
 本日は、御多忙の中、御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
 本日の委員の出欠状況ですが、石坂委員が御欠席、滝澤委員が15分程度遅れるとのことです。乙武委員は間もなく到着の予定です。その他の委員は御出席です。
 議題に入る前に事務局より、前回御欠席された委員の紹介をお願いいたします。

【板倉課長補佐】 特別支援教育課の板倉です。
 それでは私から、前回御欠席された委員を御紹介させていただきます。今遅れておられますが、乙武委員が間もなく到着されます。
 以上です。

【尾崎主査】 それでは議事に入ります。
 本日は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、病弱、言語障害及び重複障害への配慮について、御本人または保護者の皆様からヒアリングを予定しております。
 それでは、配付資料の確認とあわせて、本日御意見を伺う方の御紹介を事務方からお願いいたします。

【横井企画官】 特別支援教育企画官をしております横井です。よろしくお願いいたします。
 まず、配付資料の確認を先にさせていただければと思います。配付資料の議事次第を御覧ください。資料は資料1から資料6までとなっております。資料5につきましては本日のヒアリングの際の資料ですが、資料5-1から5-9まであります。それから、参考資料としましてワーキンググループの委員の名簿をつけております。不足がありましたら、随時、事務局までお申しつけください。
 前回の第1回ワーキンググループで資料1及び2のとおり審議を進めていただくことになりまして、今回と次回の2回にわたってヒアリングを行うこととしていただいております。ヒアリング項目につきましては、資料2の下の(1)から(8)のとおり、子どもの成長のために学校教育に期待すること、早期からの教育支援についての配慮、教育内容・方法についての配慮、学校における支援体制についての配慮、施設・設備についての配慮、学校外における支援体制についての配慮、幼・小・中・高等学校の各段階における配慮、その他の配慮という形になっております。
 それから、資料3としまして「学校施設整備指針について」という資料を提出しております。資料3の1ページ目を御覧ください。「学校施設整備指針」は文部科学省から、教育委員会等学校の設置者に対して、学校教育を円滑に進める上で必要となる施設計画及び設計における基本的な考え方や留意事項を示したものです。各設置者において指針を活用して、それぞれの創意工夫の下に、特色ある学校施設の整備をしていただくものです。これは、安全上、保健衛生上、指導上その他の学校教育の場として適切な環境を確保するため、十分な配慮をすることとなっております。
 また、指針は、学習指導要領の改訂や社会状況の変化等を踏まえ、順次見直しを行ってきております。学校施設を新築、増築、改築する場合に限らず、既存施設を改修する場合も含めて、学校施設を計画及び設計する際の留意事項を示したものとなっております。
 指針の内容につきましては、整備指針の表現のところで書いておりますが、主に3つの形で記述しております。まず、「重要である」ということで、学校教育を進める上で必要な施設機能を確保するために標準的に備えることが重要なものと、次に「望ましい」ということで、より安全に、より快適に利用できるように備えることが望ましいものと、次に「有効である」ということで、必要に応じて付加・考慮することが有効なものという整理をさせていただいております。具体的な記述ぶりの例としまして、参考までに後ろに小学校施設整備指針の第1章及び第4章の抜粋、それから、特別支援学校施設整備指針の第1章及び第4章の抜粋を付けております。例えば7ページ目、特別支援学校施設整備指針の第1章及び第4章の抜粋のところですが、真ん中、中ほどに、【肢体不自由又は病弱に対応した施設】という括弧を付けておりますけれども、ここでは、「入院生活等を伴う幼児児童生徒については、様々な生活体験を可能とする施設環境を整えることが重要である」という表現を使わせていただいており、それと同じような形で、それぞれ書いております。
 1ページ目にお戻りいただきまして、学校施設整備指針につきましては、平成4年3月に小学校、中学校の施設整備指針を策定しまして、その後順次、他の学校種についても策定し、順次見直しを行っておりまして、それぞれの学校種ともに、22年度、もしくは23年度に改正をしている状況です。
 続きまして、資料4を御覧ください。資料4は、本日のヒアリングの日程です。本日御意見を伺う方々を順番に、御紹介させていただければと思います。
 まず、視覚障害への配慮についてということで、吉松委員、それから、鶴東様から御発表いただくことになっております。
 次に聴覚障害への配慮についてということで、西滝委員、それから、吉田様より御発表いただくことになっております。
 続きまして肢体不自由への配慮についてということで、乙武委員より御発表いただくことになっております。
 次に病弱への配慮についてということで、福島委員、小林様より御発表いただくことになっております。
 続いて言語障害への配慮についてということで、山下様より御発表いただくことになっております。
 最後に重複障害への配慮についてということで、田畑様より御発表いただくことになっております。
 なお、予定としましては、途中で14時20分ぐらいから5分ぐらい休憩を挟むこととしております。
 以上で説明を終わります。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは、今ほど事務局から紹介のありました皆様より、忌憚のない御意見を伺いたく思います。お時間は、資料4のとおりです。質疑応答も含めての時間となっております。御説明いただく時間は、それぞれ10分でお願いいたします。是非、進行に御協力をお願いします。
 それでは、視覚障害への配慮について、吉松委員よりお願いいたします。

【吉松委員】 それでは、トップパッターですのでどうなるかわかりませんが、よろしくお願いします。
 点字を読みますので、座ったままでお願いします。資料を事前に作って配付させていただいていますが、1~8の項目について書いております。現在、盲学校の校長をしていますが、それとともに私自身も視覚障害の当事者ですので、そういった思いで書いて、今見返すと、ちょっと同じようなことがだぶっているところもあるなと思っていまして、要点だけを述べさせていただきます。
 初めに、子どもの成長のために学校教育に期待することですが、盲学校は幼稚部から高等部、それから、その後の職業コースまで、一貫した教育の場となっています。しかも、全国に、今年の段階で69校あるのですが、そのうちの過半数が1県1校の学校です。北海道、東京、大阪、名古屋といった大都市を除くと、ほとんどの県が1つの県に1つの学校ということで、視覚障害教育のいろんな場面での中心になっています。特に近年は視覚障害の子どもの数が減っていますので、盲学校というのは対外的なセンター的機能を重視するということが言われていますので、乳幼児早期からの教育相談であったり、あるいは中途失明の人たちの相談といったようなニーズもあります。
 単純に、従来のような全盲の子ども、弱視の子どもに授業を教えるということだけではない、医療、あるいは福祉、労働といったような分野と連携した役割が随分増えていると認識しています。
 そのような状況ですが、それでは一般の小・中学校で子どもの数がだんだん減ってきていますので、随分、地域の学校で学んでいる子どもも多くなっています。特別支援学級、弱視学級と言われるような特別支援学級、あるいは、地域の通級指導を利用して地域の学校に学んでいるような子もたくさんいます。本校の小学部に学んでいる保護者の話を聞いても、一番最初に、盲学校に通わせようか地域の学校に通わせようかといったときに必ず悩むのが、自宅から遠いということ、それから、盲学校は非常に児童の数が少なくなっているので、そういう小集団の中で生活することがどうなのかという2点を一番気にしているという話をよく聞きます。確かに子どもの数は減っていますが、100年以上の歴史がある視覚障害教育の中で数々の教育のノウハウを、盲学校は蓄積しています。そういった意味では地域の学校に学んでいる子どもたちの支援もしていますので、視覚障害教育の場で盲学校が果たしてきた役割は大きいと思っています。
 インクルーシブ教育が進行して、仮にすべての小・中学校で学ぶというようなことになった場合には、今までの盲学校で行われている視覚障害の子どもたちに対する支援のノウハウが重要な役割になると思います。後ほどお話をしますが、授業一つ教えるのにも、単に少し教員がついて支援をすれば良いというようなものではなくて、やはり盲学校独自の教え方であったり、全盲の者が点字を読んだり、声だけの指導で十分その内容を理解させるような、いろんな工夫がなされています。そういった視覚障害教育の専門性が重要になるのではないかと思っています。
 点字を指導するということ一つでも、独学で点字を書いたり読んだりということはある程度できますが、やっぱり点字の基本的な文法であるとか効率よく読むような方法ということは、それなりの指導が必要なのではないかと思っています。
 そういった意味で、視覚障害の子どもたちが将来、社会的自立、あるいは社会参加をしていく上で、やはり視覚障害に特化した指導法が継承されていますので、そういったものがどのような教育の場を選ぶにしろ、重要になるのではないかと思っています。
 2番目の早期からの教育支援ということですが、視覚障害、聴覚障害等は、早期の指導が非常に重要だと言われています。盲学校に入る前の早期の訓練、あるいは早期の指導が重要になってきます。盲学校では幼稚部が設置されていますが、これは小学校入学以前に例えば点字を覚えて、一般の子どもたちが小学校に入ったときに平仮名が読める、書けるといったことと同じように、小学校に入ってから点字を教えるのではもう遅い、それ以前にいろいろな指導をしておかなければならないということで、早期からの指導が重要だと言われています。特に保護者の方への障害の理解のための場は必要ではないかと思っています。どのような教育の場を選ぶにしろ、盲学校であるとか特別支援学級、あるいは地域の学校という教育の場を選ぶときに、保護者の意見、考えが非常に重要になりますから、そういった意味では早くから保護者の方に、視覚障害とはどのようなものなのか、その子どもさんにどういった指導ができるのか、個別のニーズがあるのかということを正しく見極めるためにも、いろいろな早期の教育相談が必要になると思っています。
 本校でも早期の教育相談に非常に力を入れていまして、地域のいろんな医療機関、眼科や福祉関係、あるいは乳幼児の相談、保健所などと協力して、早期からの相談ができるような体制をとっています。
 3番目の教育内容・方法への配慮ということですが、盲学校は、基本的には準ずる教育だとされています。一般の小学校、中学校と同じことを学んでいます。ただし、そのための教材、教具に色々な工夫がされています。点字や拡大教科書だけでなく、触って分かるような教材がたくさんあります。例えばわかりやすいところで言えば、地図帳だとか地球儀というようなものは、触って分かるものがたくさんあります。そういった、通常、盲学校で使われている教材、教具というのは、大事なものだと思います。
 一般の学校では画面、画像、写真を見ながら、こういうものだということを説明しますが、盲学校の生徒というのは、弱視の子であっても自分の手元でものを見たり、あるいは、触って学習するということが必要になってくると思います。そういった意味では今は個別の支援計画があり、一概に視覚障害の子どもといっても、視力や見え方、障害の程度にも差がありますので、そういった個別のニーズに応じた教材、教具が重要になると思っています。
 特にこういった教材、例えば点字の資料一つ作る場合でも、情報処理機器が発達して、以前に比べると非常に簡単になってきましたが、点字教科書は公的補助を受けて点字の出版所というところで作っています。また、例えば一般の学校で学ぶ子どもたちのためのワークブックや様々な練習問題はありませんので、それらを点字で作って供給することは、非常に手間と時間がかかる作業だと思います。それらを供給するための体制がやっぱり重要になってくると思います。
 4番目が、学校における支援体制です。盲学校ではない地域の学校で学ぶということになると、指導する側の教員に、視覚障害の子どもたちへの配慮が絶対に必要になります。準ずる教育とはいえ、同じように授業をしていたら、分からない部分がたくさんあります。例えば分数の計算で言うと、3分の1プラス2分の1というような言い方をしますが、点字で書く場合は、3分の1は分子を先に書きます。1/3+1/2と書きます。3分の1プラス1という言い方をしたときに、言葉だけで聞くと、分母が3で分子が1+1なのか、3分の1に整数の1を足すのか、その言葉だけでは分かりません。音だけで言うと3分の1プラス1はどちらにでもとれるため、点字で書く場合は特別な表現をしますし、数学の教員などは、全盲の子でも分かるような言い方をします。同じような教科書を使って同じように学習していますが、見えない、見えにくい子どもたちへの配慮は、絶対に必要になります。これはすべての教科に関して言えることだと思います。特に教科の内容が高度になっていくとか、中学、高校と進むにつれて、同じような教材を使って学習するにしても、それなりの教え方というのがあると思っています。
 もう一つ、障害のある子が地域の学校で学ぶ場合に、どうしても支援をする教員、補助の教員が必要になってきます。障害のない、一般の子どもたちと同じ教育の場で学ぶときに、もし、そういう補助の教員を配置する場合は、その人たちにもある程度視覚障害の知識がないと、どうやって支援をすれば良いか、単に板書されたものを読むとか、渡されたプリントを読むということだけではない独自の勉強の仕方がありますので、そういった補助の教員にも、視覚障害に関する知識が必要だと思います。
 それから、学校は必ずしも授業の時間だけではないため、遊びの時間もあるし、放課後の時間、あるいは他の子どもたちと交わる時間というのもあります。自分の経験から言って、障害者が一般の人たち、障害のない人たちと同じ土俵でやっていくときに、心理的な重圧というほどではありませんけれども、ストレスが必ず多くなります。同じ言葉を聞いても理解できないとか同じ場面で状況が分からないという、そういったものがだんだんストレスになっていきます。周りの様々な理解があって、それらのストレスというのは半減、だんだん減っていくわけですけれども、それでも特に子どもたちの場合では心理的な安定、そういう部分が大きいと思います。スクールカウンセラー、あるいは、ある程度視覚障害のことを理解した子どもたちの心理的なケアができる職員が必要になるのではないかと思っています。
 5番目に施設・設備の件です。これは、バリアフリーの施設でなければいけないということだと思います。物を置かない、それから、突起物がないといった安全に配慮した施設であってほしいと思っています。
 6番目は学校外における支援体制です。子どもたちは学校の授業を受けるだけではなくて、様々な外部での活動もしていると思います。そういった活動を支援するボランティアや社会的資源の活用が必要ではないかと思っています。その中で一つ、資料にも書いていますが、通学の支援です。全盲の子が白い杖をついて一人で学校まで行くことも、絶対必要です。いつも誰かが送り迎えしていることは、安全面では良いですが、自立を考えると、自力で通学できることも重要な要素だと思います。ただ、小学校に入りたての小さい頃はそういうこともできませんので、家庭での送り迎えということにはなると思いますが、様々な事情でそれができない場合に、それをフォローする社会的資源の活用が必要になってくるのではないかと思っています。
 7番目は小、中、高校における配慮事項です。これは、先ほど言ったことと同じです。視覚障害のことを理解した教員が中心になって指導するということです。それから、補助教員が必要だということです。もう一つ、自立活動という授業が、盲学校にはあります。歩行訓練をしたり、点字の勉強をしたり、様々なコミュニケーション機器の利用方法を学んだりするような、障害から来る困難を克服するための訓練の時間ですが、そういう時間をどこかで保障しなければならないと思います。
 最後の8番目です。その他というところで、社会全体が障害者を受け入れる、そういう世の中にならないと、障害のある子どもたちがすべての学校で同じように生活することは難しいのではないかと思っています。私は、北九州市から来ていますが、東京に比べるとやっぱり障害者への理解とか福祉といったことは遅れているのではないかと思っています。そういう中で、本当に社会全体が障害者を受け入れるということがごく普通な世の中にならないと、同じ教育の場で学ぶということは難しいのではないかと思っています。この会のもともとであります推進会議、あるいは障害者の権利条約がもっと社会に広く浸透して、インクルーシブな世の中を誰も当然だと思うような社会と同時進行でないと、インクルーシブ教育は社会に受け入れられないという要素もあるのではないかと思っています。
 以上で終わります。

【尾崎主査】 ありがとうございました。次に、鶴東光子さんよりお願いいたします。

【鶴東氏】 御紹介いただきました鶴東です。私は、視覚障害者の就労支援と生活支援を行う事業所を6月に立ち上げました。NPO法人オレンジラインの代表をしております。そして、私の息子が視覚障害のある子でしたので、都立の文京盲学校に通学していまして、そのときに平成14年度から平成20年度まで7年間でしたが、全国の盲学校PTA連合会の会長をさせていただいていました。ということで本日は弱視の子どもの親としての立場から、私の子どもの成長の過程を少し交えながらお話しさせていただきます。よろしくお願いいたします。
 私の資料の最初のところに四角に囲んであるところで1カ所ちょっと誤字がありまして、訂正させていただきます。真ん中ごろの「中学校:区立中学校入学(弱視学級に校内通級)」、そして「区立盲学校に通級指導」と書いてあります。これは、「都立」です。申しわけありません。
 私の息子は1985年生まれで、現在は26歳です。目の異常に気づいたのは、生後3カ月です。病院でも「珍しい」と言われました。生後6カ月から、強度の遠視ではないかということで、分厚い度のレンズの眼鏡を使用しておりました。親ですので、本当にこの子は将来、普通の小学校へ入れるのかどうか、本当にどうしたら良いのかとても気に病みました。でも、そのときに病院の先生が「いずれ見えるようになるから」みたいなことをおっしゃっていたので、そのときには、「盲学校、行かなきゃいけないのではないか」ということは全く意識していませんでした。成長すれば少しずつ見えてくるのかなという、軽い認識でした。でも、何かしなければいけないということでいろいろ手探りしていまして、2歳半のときに「区立保育園入園」と書いてありますが、私の住まいは東京都江戸川区です。江戸川区に障害児の保育園というか、親子保育というものがありまして、2歳半から半年ほど、そこへ、親子で週に3日通っていました。そうしましたら、保育園の先生が、「やはり健常のお子さまとの関わりの方が刺激があるから、普通の保育園に入りなさい」と言われまして、普通の保育園、区立の保育園へ、その半年後に3歳から入りました。ただ、保育園に入りましても、元気の良い園児が大勢います。1クラス20人はいますし、その中で見えにくい弱視の子がいるというのは非常に大変でした。それで、補助員の先生もつけていただきました。でも、親としてはまだまだ心配で、このまま小学校へ入れるのかという思いがありました。そのときに盲学校に幼稚部があるということを聞きまして、これは通わなければいけないと考え、区立の保育園に週4日通いまして、都立葛飾盲学校へ週2回、月曜日と土曜日、通級しました。そこで小学校入学に間に合わせていただくように、いろんな遊びを中心にした勉強をさせていただきました。
 小学校へ入学するときに盲学校を考えなかったかというと、考えなかったわけではないのですが、自宅から非常に通学時間がかかりました。その当時、スクールバスが出ていまして、私の住んでいるところの最寄り駅から1時間半かかり、出発が朝の6時半でした。私は、最寄り駅まで歩いていくと30分かかってしまうところに住んでいましたし、自転車に子どもを乗せることができませんでしたので、盲学校は小さいときからは無理かなということで、地域の小学校に通わせました。江戸川区の小学校には弱視学級が、北の方と南の方に2校ありました。それで、私は南の地区にある弱視学級に、これも週2日。時間にして大体8時間ぐらい、通級しました。この場合、通級指導というのは地域の学校に籍を置いた校外通級でしたので、私が送り迎えをしました。車で送り迎えをして、普通学級から2時間とか4時間だけ、そちらの弱視学級へ行くという形でした。
 授業の内容は、普通学校で、時間の中で絵を描く場合がありましたら、最後の完成まで見えにくい目で物を見たり、描いていますので、なかなか完成しません。みんなは完成していくけれど、自分はその持ち時間の中で完成しない。それを弱視学級に行って、最後まで完成させる、最後まできちんとやるということでした。また、非常に見えにくい目というか、視力が低かったです。0.03~0.04ぐらいでした。左の目が0.03、右の視力がほとんどなく、もう少し低く、視野が全体の15度しかありませんので、非常に見づらい目で見ていたと思います。このため、見え方がなかなか身につかないということで、弱視学級の先生に見え方を教えていただいて、普通学級でもそれを生かしていけるようにしていました。また、今、ここのテーブルは真っ直ぐなテーブルですけど、弱視の子は、書見台といいまして、ちょっと角度が斜めになった机を使う必要がありますので、それを普通学級にも持ち込まさせていただくという配慮はしていただきました。小学校は、そういう形で通いました。
 中学校へ進学しまして、中学校も弱視学級が良いと思ったのですが、江戸川区の中学校には弱視学級がありませんでした。江戸川区と東京都にお願いしまして息子の入学時に弱視学級を設置していただきましたので、その中学校に、バス通学でしたけれど、通いました。ですから、中学のときは、校内通級という形をとりました。ただ、私の息子の病名は、網膜色素変成症といいまして、将来的には今の視力を保っていけるかどうか分からないということで、中学時代に点字を覚えたほうが良いということで、普通学級に通って、弱視学級に校内通級をして、そして、盲学校に点字指導で月に4回、週に1回、通級させていただきました。
 そして高校のときは、やはり視力のことを考えまして盲学校の方が良いだろうということで都立文京盲学校へ入学し、その後は、専攻科であんま・マッサージ、はり、きゅうの専攻科、三療と言いますけど、あんま・マッサージ指圧師になる科がありまして、そちらへ入学させていただきました。
 ということで、正式に盲学校に入学したのは高等部になって高校1年生のときからなんですが、それまでは地域の学校で足らない部分を補うという点で、通級指導をかなり活用させていただきました。
 早期からの教育支援というところからきますと、やはり幼稚部に通ったことは、とてもよかったと考えています。少ない人数の中で、本当に1対1の形で先生が指導してくださいます。物の形、数の分解など、本当に丁寧な指導が仰げましたので、普通学級に行ったときに、普通学級の先生が本当に、「この子、見えないのに分かってるね」とびっくりされたこともあります。
 小学校も順調にいきましたが、普通学校と弱視学級の違いは、1番から8番まで書かせていただきましたが、学校の中の環境です。小学校のときは、白杖をついていませんでした。中学校に行くようになってから、白杖を使用するようになりました。白杖をついていて眼鏡もかけていますが、見えるように歩くので、人からは「見えてるの」という感じで思われるのですが、慣れた道は、本当に見えているように歩くことができます。ただ、初めての場所とか、地域の中でしたら、6番の学校外における支援体制に書いてありますが、トイレの男女の表示とかATMの操作、今はカードがあり、切符を買う必要がなくなりましたので大分楽になりましたが、駅の券売機。エスカレーターの上下がはっきり分からないこと。それと、入り口のドアの形や、混雑した駅やバス停の行列の最後尾が分からないことは障害になります。光がないと、全盲のお子さんと一緒です。天気が良ければ、ある程度は見えますが、曇りの日と雨の日は、ほとんど全盲です。ですから、弱視児にとっては、明暗がはっきり分かれているということ、それから、手がかり、目印等があるということが重要です。そして、新しい横断歩道にはエスコートゾーンが設置されており、点字ブロックが敷いてあります。そのエスコートゾーンや音響信号機は、弱視児童・生徒にとっては本当に必要な環境整備になっております。
 学校の中ですと、5番の設備・施設のところに書きましたが、ドアと壁の色が変えてあると、弱視の子にはわかりやすいです。階段の側面と床面の色を変えることで、その場の変化の情報が取り入れやすいので、安心して歩くことができます。また、弱視の子は拡大読書器、書見台、拡大教科書、ルーペなどを使って勉強していますので、やはりそういう備品等の配置は必要だと思っております。
 私の中では、息子の場合は歩いてきたと考えています。そして、学校の支援も弱視学級などを利用させていただいて成長してきました。ただ、盲学校に通う中で、高等部に行って本当に初めて知ったというのも恥ずかしい話なんですが、高等部には、成人した方もいらっしゃいます。それは、あんま・マッサージ、はり、きゅうの資格を取るための専攻科ですが、そこには、だんだん目が見えなくなってきた、視力が低下してきた方々、30代、40代、50代、60代の方が入学してきています。そこの中で、国でやっています就学を保障するための就学奨励費が、非常に実際助かっております。生徒であり、保護者であるという立場の方が多く在籍していますので、この制度は継続していただきたいと思っております。
 それと、一番、盲学校に入りまして思ったことは、先生方も大勢来ていらっしゃると思いますが、やはり点字を理解し、指導力を備えた教員の配置が必要であると思っております。盲学校へ来まして、「盲学校は初めてです、これから点字を覚えます」というご挨拶をされる先生がよくいらっしゃいましたが、「いや、それ、困ったなあ」というのが現状でした。盲学校へ来るまでに、ある程度は勉強してきてほしいと思います。私たちの子どもたちが卒業するまでにどれだけで覚えてくださるのか。やはり授業中の点字が読めない先生は、全盲の子もいますし、弱視のうちの子も点字を使用しておりますので、非常に厳しい面があります。
 あとは、先生の異動です。本当に今は、先生の異動が早いです。専門性の高い教員をいつもお願いしているのですが、良い先生が来ても、数年で異動するということは、盲学校の中で核となる先生がいなくなってくることにつながると思います。新人の先生とか、種別が違うところから来た先生とかが多くなってきます。やはり、盲学校の専門性を維持していくためには、核となる先生に残っていただかないと難しいのではないかと思います。専門性が流出しないような異動、配慮をお願いしたいと思っております。
 小学校で普通学級に入っていたときの担任の先生がとても良い先生で、普通児の方と、大変うまくかかわらせていただきました。このことからやはり、普通学級と弱視学級を併用している場合には、普通学級でも障害者としての関わり方、声のかけ方や、誘導の仕方などを学ぶ授業があると良いと思っております。学校全体で考えていくところから始めて、全員が問題意識を持って、学校生活を送ることができれば、弱視児も安定した学校生活が送れるのではないかと思っております。
 障害の種別によって、配慮はそれぞれ異なってきますが、障害のある子どもたちの将来が明るく広がっていくような配慮となりますことを願っております。今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは、質疑・応答に入りたいと思います。質問等ある方はいらっしゃいますでしょうか。
 先に一人当たりの説明時間を言ってしまったので質問できないということはないと思いますが、よろしいですか。
 吉松委員から、何か補足というのはありますでしょうか。

【吉松委員】 ありません。

【尾崎主査】 それでは、時間の関係で、次に進めさせていただきます。
 次に聴覚障害者への配慮について、西滝委員よりお願いいたします。

【西滝委員】 西滝です。手話で話をさせていただいております。御了解ください。私は男性です。通訳の声は女性です。
 前回の会議のときに、子どもに戻って話をしてほしいというような注文がありましたので、少し私事ですけれども、お話をしたいと思います。
 私は今、耳が全く聞こえませんが、その理由は、3歳以前、小児結核にかかったためです。肺に、大きな穴が開きました。入院しまして、それから、ストレプトマイシンを打って生き返りましたが、耳が聞こえなくなりました。
 小学校の年代になりましても退院ができませでしたので、少年保養所というところに入っていました。その近くに大阪市立養護学校がありまして、病弱児学級というところに一応、入りました。しかし、通うのが難しかったです。病院にたまに先生が来て、何かしゃべって帰るという形で、1年生の勉強をしました。それから、退院をして、地域の小学校に変わりました。あとは、プリント資料に書いてありますけれども、小学校のときは子どもの数が多くて、先生が私に構うこともできずにいまして、ほかの子どもたちの指導で手いっぱいということで、全くほったらかしの状態でした。私は勉強が全く分からないという状態で、コミュニケーションもとれない。とにかく、毎日毎日通うということでした。通っても、クラスの中では何の勉強をしているかわかりませんでした。友だちの教科書やノートを見せてもらうことで勉強が分かり、次にページをめくって、今教えているところが分かるというような感じで、全く、学校教育を受けたような気持ちにはなりませんでした。しかし、3年生のときに受け持ちの先生が若い女性の先生で、私のことを気にかけて図書室に連れていってくれまして、「ここにある本を全部読みましょうね」とメモに書いてくれました。また、「読んだら感想文を書いてください、先生と約束してください」と言われまして、私も「全部読めるかな」と思ったのですが、とにかく頑張って、色々な本を読んで先生に感想文を出すようなことで小学校生活を続けたことが、今の自分にとって大きな力になったと思っています。特に児童文学は、人殺しのような悪い話は全くなく、悪いことをしたら最後は負ける、捕まる、正しい者が必ず勝つという内容ですので、頑張って悪いこともしないで正しく生きないといけない、当たり前のことですけれども、このことを本を読んで学んだと思います。
 一番良かったのは言葉の力です。たくさんの言葉を覚えたし、書く力もついたし、今で言えばリテラシーが、その小学校の期間に育ったかなと思っています。でも小学校の間は友だちがいなくて、また、家庭でも、兄弟とも親とも話ができないという状態があり、非常に孤独な感情を持っていました。
 中学校に入ってから、校長先生に呼ばれまして、「大阪市立ろう学校で毎週土曜日、ろう学校の生徒以外の子どもを集めて読話の勉強会をやっているので、そこに行きなさい」と校長先生に言われまして、土曜日、ろう学校に通って初めて、自分と同じ聞こえない子どもがいるということを知りました。また、みんなが楽しく手話でコミュニケーションをしている、できていることを何か珍しい気持ちで見ていました。私も手話を覚えて、みんなと友だちになって、それから、自分が何者かということが分かったような気がします。中学校で初めてろう学校に行って新しいコミュニケーションの技術を身につけたということは、自分の人生のターニングポイントだろうと思っています。
 資料に入りまして、1番のところの子どもの成長のために学校教育に期待することです。やはり、子ども同士、子どもと教師、あるいは子どもと職員が「自由な会話」、また、「分かる授業」を通して学ぶ、育つということが、学校生活の基本だと思います。ところが、聴覚障害児は、この基本が難しいです。自由な会話とか分かる授業という点に、障害があるわけです。だから、この障害を克服するところに、この合理的配慮の整備のワーキンググループの役割があると思っていますので、期待したいと思っています。
 また、あわせて昨年6月に障がい者制度改革推進会議で、基本的な方向として、手話のできる教員の養成、また、専門性の向上について平成24年をめどに結論を得るということとしており、これは非常に大切なことだと思います。それをしっかりと見守りたいと思っています。
 次、2番目のところの早期からの支援についてです。特に現状は、生まれる前から聴覚に障害があるということが分かる状況になっています。親が大変不安になるということ、その不安を相談する場、幅広い情報を親に提供する場、また、制度が法的に保障されていないということが大きな問題だと思います。ですから、親は医者の言うままになってしまいます。そうではなくて、医者も一つの情報、あるいは、ろう学校があるということも一つの情報、また、成人のろう者が立派に生活をしているというのも、一つの情報です。色々な情報を親に説明して、親が不安にならないような、そういう制度が大事であると思います。それが今欠けているため、親に不安を与えるもとになっていると思っています。
 3番目、先ほど言いました教育内容については、色々な方法があると考えています。私については読書教育という形で力をつけてもらいましたが、一人一人に合った教育が大事であると思います。
 4番目、学校の体制についても、先ほど言いましたように、たまたま私の通っている学校の校長先生が、市立ろう学校があり、そこが読話の講習会をやっているという情報を調べて持っていて私に提供してくれたということが、私にとっての本当に大きな情報だったと思います。校長先生、教頭先生は管理職ですけれども、一人一人の障害を持った子どものことを考えて、どうやったら、この子どもが伸びるかということを考えて、教員を指導するとか親に向かうとか、管理職の先生こそ、障害に対する正しい取り組みが必要と思っています。
 次の5番目、施設とか設備について。今日いただいた資料にもありますし、いろいろと充実できると思いますけれども、ソフト面で、案外気がつかないことが多いと思います。特に教材については、ここにも書いてありますけれども、例えば拉致問題の啓発ビデオの「めぐみ」というものがあり、これが全国の学校に送られていますが、字幕がついていません。字幕がないので難聴の子どもが見ても分からないですとか、そういう配慮の足りないつくり方があると思います。教材はやはり、難聴の子どももろうの子どもも見ますので、字幕、あるいは手話をつけるという配慮が大事かと思います。
 6番目、学校の外ですけれども、子どもは手話を学ぶことが大切だと思います。手話を学ぶ場。今は厚生労働省の手話教室などもありますけれども、それは大人が手話通訳になるために通っていることが多いですね。ですから、そうではなくて、先ほど言った、0歳から子どもと親に対して手話を指導するというような制度が欲しいと思っています。
 また、本人だけではなくて、周りの子ども、兄弟、あるいは近所の子ども、友だちが一緒に学ぶ場。児童デイサービスですとか、そういう触れ合いの場があれば、みんな一緒に手話を身につけることができ、コミュニケーションがとれると思います。
 次の7番目、各段階における配慮ですけれども、基本は教員の力にあると思います。教員については、今、養成の内容が非常に浅く広くなっているということで、その中で手話を身につける時間も足りないと思いますし、点字なども、もっと時間が足りないと思います。指導力、養成機関、大学や研修機関が、もっとしっかりとしたカリキュラム、手話を学ぶカリキュラムなどを取り入れて、内容を深めてほしいと思っています。ろう学校で教えるから手話を覚えるということではなくて、どこの学校に行くか分からなくても手話を身につける。そして、地域の学校で教えることが決まったら、聞こえる子どもたちに対して手話を教える。そういうことがインクルーシブな社会に結びつくと思っています。
 8番目、最後に言いたいのは、子どもの学ぶ科目の中に、もっと手話を入れてほしいということです。ろう学校だけではなくて、一般の小学校、中学校といった義務教育の段階で手話を教科に取り上げて、系統的に学習する機会が必要だと思っています。それがないと、ろう者だけがかたまってコミュニケーションするということになり、インクルーシブな社会とは言えないと思います。すべての子どもが手話で通じる、そういうことになるように、教育の現場では手話が言語という時代にふさわしい対応、新しい対応を取り組んでいただきたいと思っています。
 以上で終わります。

【尾崎主査】 ありがとうございました。次に、吉田恵美子さんよりお願いいたします。

【吉田氏】 吉田です。難聴児を持つ保護者の意見としてお話しさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
 初めに子どものプロフィールですが、高度感音難聴、平均聴力レベルは、両耳ともに100デシベル程度です。現在、二十歳、大学3年生です。1歳半のときに高度感音難聴と診断され、地域の難聴通園施設と同時に、ろう学校の乳幼児教育相談に週3回程度通園しました。3歳から就学前までは、ろう学校の幼稚部で教育を受けました。年中からは同時に地域の幼稚園に週1、2回程度、就学を意識して通園していました。その後、小学校で地域の小学校に通い、市内の小学校の難聴学級に週2回程度通級、中学校でも地域の中学校で学び、ろう学校のサテライト教室に週1回通級するようになりました。その後、県立高校に進学、現在、大学に在学中です。
 では、難聴児が通常学校で教育を受けるための、娘の経験を含めての学校教育に期待することをお話しします。
 まず1の早期からの教育支援について。早期発見、早期教育は、聴覚障害児が生きる第一歩として非常に重要です。先ほどお話しされた中にすべて盛り込まれていたかと思いますけれども、しっかり、その早期発見された後の支援体制を整えてほしいと思います。その内容としては、先ほどのとおり、保護者への適切な支援がとても大事です。私のときは、1歳半で発覚だったということもあって、それまでは通常の明るい子育てができていました。しかし、現在は早期に、産後1週間というような形で障害が発見されてしまいます。保護者への我が子の障害受容のための支援、父母の心の安定が図れる体制が必要だと思います。
 また、早期支援、早期教育の場は、身近でなければいけないと思います。身近ならば、密度の濃い支援、教育を受けられます。兄弟の負担も軽減できます。娘の場合は、たまたま通える範囲に頼れる教育機関があったので、非常にラッキーでした。子どもへの接し方、将来へ向けての不安の軽減、積極的な家庭教育への支援が受けられました。また、難聴児の教育は、乳児期から幼児期がとても重要です。この時期の教育なくして小学校から大学まで通常学級で学ぶことは、不可能でした。日本語の取得、発音指導、読話力などの教育は、通常学級で教育を受ける土台になりました。
 今、早期教育を振り返って感じることは、就学前のアプローチです。通級支援を年中や年長から指導してほしかったと思っています。娘の頃は、ろう学校幼稚部から地元の小学校への連携はできていなかったのが現実です。就学を判断するためにも、就学前からの関わりを希望します。それによって、学校での受け入れ体制作りにもつながるかと思います。
 2の教育内容、方法についてですが、娘の実際に難聴学級で受けていた指導、障害認識、障害理解授業で使われていた絵本と資料を、一部ですが、用意しましたので、回覧して御覧いただければと思います。
 ○1の難聴学級、通級指導教室の重要性。ここは、本人の精神的安定、支援の場です。ここでの理解ある専門の先生の指導内容が○2から○4です。これは娘が実際にしていただいた指導、支援です。このようなきめ細かい指導、支援は、まだまだ平等に行われていないのではないかと思います。
 ○2の難聴学級、難聴通級指導教室での「きこえにくさ」を見つめる学習(障害認識)を実施することの重要性。小学校低学年から行うことが重要です。本人の障害認識は、とても重要です。娘の場合は、小学校1年生から自然な形で実施していただきました。
 ○3の難聴学級、通級指導教室の先生が学校訪問を行い、難聴児とともに難聴理解授業を行うことの重要性。担当の先生が積極的に学級に踏み込み、学級、学年、そして、学校に溶け込みました。本人とともに計画した難聴理解授業を行い、担任の先生の理解、クラスメイトの理解を促しました。授業の中で本人自身からクラスに伝える場を設定することも、大切だと思います。また、担当の先生が訪問した際、学級での聞こえの状況や友だち関係を見る、本人の横に座ってノートテイクなどの情報保障をしたり、放課後、関係の先生方と情報交換したりするなど、このように様々なことを、学校訪問した際、行ってくれるように望みます。娘の場合は、小学校時、難聴学級の先生が年に2、3回程度、学級を訪問してくださいました。担当の先生がクラスメイトの中に溶け込むことにより、クラスメイトも自然に難聴児を理解し、本人も素直に認識する助けになりました。担当の先生は、クラスの先生のような温かい形で、クラスのみんなに慕われていました。
 ○4の難聴理解の専門の先生と、学級担任の先生との密な連絡と、情報交換の重要性。小学校では常に、先生と保護者と難聴学級の先生との連絡ノートも回されていました。年度初めには担任の先生を通級指導教室に集め、担任連絡会を実施して、難聴について説明を行ったり、学年の最初に担任と通級担当の先生が顔を合わせたりして、連携をスタートしてくださいました。そのときに担任の先生に補聴器体験をしていただくことにより理解を求め、どのぐらいの音から聞こえるのか、オージオグラムの説明をして、どのぐらいの声を出す必要があるのか等を伝えてくださいました。また、通級授業の様子、通級の行事の様子をビデオを見ていただいて理解を深める等、いろいろな支援をしていただきました。このように、様々な方法で連携しようと努め、わかりにくい難聴について理解啓発することを望みます。
 ○5の学校での適切な配慮による指導の重要性。これは、学習面です。視覚的資料の工夫、板書の工夫、話し方の配慮、教室外での指導の配慮、校外学習時の配慮、英語、国語のリスニングの配慮などがあります。娘の場合は、教科学習については常に予習をし、授業ではほぼ内容を理解した上で臨んでいたのが現実です。学習面では、学校(教室)のみでは無理だったと思います。
 3の学校における支援体制について。難聴児がいたら必ず校内支援研修等で、校内全体の研修を行うことが必要だと思います。その校内研修体制作りをしてほしいと考えています。
 ○2のノートテイクのボランティア・支援員の導入の必要性。場合によっては、手話ボランティアも必要だと思います。ただ、ボランティアや支援員の導入には、その人たちへの研修体制が必ず必要かと思います。娘の場合は、小学校から高校までは、全くノートテイク等の情報保障が行われていませんでした。
 4の施設設備について。○1ですが、FM補聴器が活用できるお子さんならば、FM補聴器のマイクの使用がきちんとできるように支援していただきたいです。娘の場合は、小学校の中学年から高校まで全授業に導入され、集会等でも活用していただきました。高校では、学校の設備としてマイクを2台購入してくださいました。本人が持っていたFM補聴器のマイクと合わせて、複数のマイクから補聴器に届けるシステムを作ってくださいました。特に英語の授業、オーラルの英会話の授業に活用してくださいました。
 ○2のパソコン要約筆記等の導入です。娘の場合は、大学で初めてノートテイクの支援を受けています。小学校から、ノートテイクやパソコンの要約筆記の導入をしてほしいと考えます。聞こえるお子さんと同じ情報を得ることは教育を平等に受ける権利だと思いますし、本人の心の安定にもつながるかと思います。
 ○3の難聴学級の施設設備の充実を。補聴器は、騒がしい中ではうまく活用ができません。難聴学級の教室は、防音設備が必要です。また、定期的に聴力測定が必要ですので、オージオメーター等の備品も必要です。
 5の学校外における支援体制です。難聴学級及び通級指導教室の設置が少ないと思います。生活圏である身近なところに、専門教育指導の場が必要です。その場がなくては、通常学級に難聴児が入るのは非常に不安です。
 ○3ですが、どの難聴学級でも言語学級でも、県内、全国どこでも同程度の支援が受けられる体制作りをしてほしいです。
 6の幼稚園~高等学校各段階における配慮事項。早期発見から、幼稚園、小学校、中学校、高校、それぞれの引き継ぎの徹底をお願いしたいと思います。また、受験等の配慮も、お願いしたいと思います。
 7のその他。以上述べましたように、難聴発見から早期支援、小学校、中学校、高校と生活圏の範囲内、身近で支援体制が存在してくれることを望みます。娘の場合は、今申し上げましたとおり、小学校、中学校まではかなりきめ細かい、一貫して、それも同じ通級担当の先生が来ていただきました。より深く学級に入り込むという支援のおかげで、あまり問題なく成長してきたと思います。どの難聴児にも、このようなきめ細かな指導、支援が行われることを望みます。また、中学生以降の思春期の時期の支援の充実も、お願いしたいです。ろう学校の通級指導教室や教育相談はありますが、地域に、その時期の支援体制が非常に少ないのが現実です。娘でも、このようなきめ細かい通級指導を受けていても、コミュニケーションがとれない、疎外感、孤独感で悩んだ時期です。
 最後に、難聴のレベルが中程度、片耳のみの難聴でも、補聴器をつければ、みんな、健常の生徒さんのように聞こえるわけではありません。難聴は、理解していただきにくい障害です。また、近年、人工内耳のお子さんも増えていると思います。専門的知識のある先生の支援、指導は不可欠だと思います。難聴児が平等に支援が受けられるよう、身近に専門の支援の場を持ち、全国の難聴学級、通級指導教室で研修、情報交換し、よりよい教育支援体制作りを進めていただきたいと思います。
 以上です。このような機会を与えていただいて、ありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは時間がありますので、質疑・応答に入りたいと思います。どなたか、意見、質問等はありますでしょうか。
 よろしいですか。せっかくのヒアリングの機会ですので。
 山岡委員、お願いいたします。名前をおっしゃってから、ご発言をお願いいたします。

【山岡委員】 発達障害の関係の団体から来ております山岡と申します。一点お伺いしたいと思います。発達障害の中にも読字障害といって、字を読んだり、書いたりするのが苦手なお子さんがいらっしゃって、同じような支援が必要なことがあります。今、大学でノートテイクの支援を受けていらっしゃるとおっしゃっていますが、これは私立か公立か分かりませんが、大学として組織的に何かそういう支援システムみたいなものがあって、申請するとできるのか、何かたまたまボランティアの方がいて支援を受けられるのか、どのような感じで受けていらっしゃるのかを、教えていただけますでしょうか。

【吉田氏】 娘の大学は、聴覚障害児が入学したのは、実は初めてでした。ですので、大学が決まった時点で話し合いが持たれました。大学側でも独自に調べていただいて、筑波技術大学でお調べいただいたと思います。大学で学生ボランティアの形で募集して、学生ボランティアの方が2名、両脇についてという形で、今までは授業についていただいています。
 まだパソコンテイク等の導入の検討は、残念ながら、できていないようです。
 以上です。

【山岡委員】 ありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。
 ほかに質問があれば、お願いいたします。

【西滝委員】 西滝です。ちょっと別な立場ですけれども、私は障害者の支援センターの所長をしておりまして、私のセンターでは文字通訳という授業をしています。これは何かといいますと、中学校でいえば、中学校の難聴の子どもに、先生の話、授業の話を電波で文字で送るという事業です。これはもともと難聴の生徒のために教育委員会から依頼がありまして、そのサポートをしているのですが、実際にこれが役に立つのは難聴の子どもよりも、今おっしゃられたような発達障害の子どもです。発達障害の子どもが、じっとその文字を見て初めて先生に質問した、それで先生が驚いたというような例が幾つもあります。やはり難聴の子どもだけではなく、そういう発達障害の子どもに対しても文字情報を提供するシステムが今後必要になるかなと、仕事を通して実感しております。

【尾崎主査】 ありがとうございました。ほかに質問、ご意見でも結構ですので、ありますでしょうか。
 それでは、ここで休憩をとりたいと思います。予定で25分まで休憩をとらせていただきたいと思います。14時25分から再開いたします。休憩に入ります。

 

( 休憩 )

 

【尾崎主査】 それでは時間になりましたので、ヒアリングを再開いたします。
 肢体不自由への配慮について、乙武委員よりお願いいたします。

【乙武委員】 こんにちは。よろしくお願いします。
 今回、肢体不自由について意見表明してほしいというお話をいただいて、すごく迷ったのは、僕の場合、肢体不自由は肢体不自由でも、すごくやはり特殊なケースでして、ほとんどの肢体不自由の方は、手足があって動かない、動きにくいという状態です。ただ、僕の場合はないというか、ちょこっとだけある腕や足が動くという状態ですので、なかなか、ほかの方とは、こうしてほしい、ああしてほしいという物理的な部分があまり一致しない、代表しにくいというところもあって、僕が意見表明をしてしまっていいのかなという迷いはありましたが、もうお一方、次回発表されるということで、そのあたりはそちらの方にお任せをするとして、僕の方では、合理的配慮を考える上でどんなことを考えたら良いのか、どんな心構えでいたら良いのか、そのあたりを中心にお話しさせていただければと思っております。
 早速1番から、子どもの成長のために学校教育に期待することですが、これは本会議でもお話をさせていただいたことではあるのですが、とにかく障害のある子どもが教育を受ける、どのように受けたら良いのかを考えるに当たって、絶対に前提として忘れてはいけないのが、教育を受け終わった後出ていく社会は、障害のある人用、ない人用に分かれているものではないということです。ですから、当然、いくら学校での整備を整えたところで社会はそれほど整備が整っているわけでもないし、きっと不便や不満を感じる点は、たくさんある。でも、その中で生きていかなければいけないということを、しっかり認識しておく必要があると思っています。
 もうちょっとわかりやすい例えになるか分からないですけれど、子どもに、クリスマス、サンタさんに何欲しいと言われて、欲しいものを10個挙げられても10個もらえないわけです。1個しか買ってもらえない、サンタさんはプレゼントしてくれないわけです。その中でどう1個で、我慢という言葉が適切かどうかは分からないですが、1個もらえたことで、すごく「わー、やったー」って、どう子どもに喜んでもらえるかは、僕はすごく大事な視点だと思っています。その1個でどう、1年間楽しく遊んでいくかということを子どもができたら、すごく良いなと思っています。現実的に、いろんなことを要求しても、予算の面だったり、学校の体制作りでも限界があったりする中で、全部はやっぱり満たしていくことが難しいと思います。そんな中で、社会に出ていったときに、その子が不便な中でどう生きていけるかということをもう少し意識することも必要なのかなと思っています。
 この矢印の下に書いたのは、僕が小学校のときに担任をしてくださっていた先生が、かなり僕に厳しくて、実際、入学したての僕に、車いすに乗らせない、自分の足で校舎の中や校庭に出るときも歩きなさいというような指導をなさって、かなりほかの先生方は反発をしたり、「かわいそうじゃないか」ということを言ってくださったそうなんですが、そのときに「そのときだけ乙武君をかわいがることはいくらでもできる、でも、それが本当にこの子のためになるんだろうか」ということを言ってくださいました。本当に、その先生の厳しい御指導のおかげで、僕自身、自分の足で階段をのぼれるようになったり、校舎内も歩けるようになったりということで、その後進学することになった中学、高校、大学、そういったところでも、エレベーターがついていない校舎でも、自分の足で何とか移動して通学をしておりました。そんなの普通に、小学校に入学したての手と足のない男の子に、歩けるようになるために電動車いすに乗せないというのはかなり勇気の要ることだと思いますが、やはりそういう視点で、不便な世の中をこの体で生きていくためには甘やかすことが得策ではないだろうと考えてくださったその先生に僕はすごく感謝をしていますし、そういった視点を学校教育に持たせることも必要ではないかと考えております。
 2番、早期からの教育支援についての配慮事項。これも、今の点とつながることであります。意図を持って「後手に回る」という視点も、必要ではないか。つまり、すべての肢体不自由の子どもに対して必要であろうというものを備えたら、便利は便利です。でも、先ほどもお話したとおり、社会はそう便利にできていないので、その子ができる範囲を広げてあげるということが、もっと必要かなと思います。だから、全部先回りしてそろえてしまっては、その子はできないことが増えてしまうと思います。かといって、やはり、絶望的にできない状況でその子を取り囲んでしまっても、やはりよろしくない。そんな中でやはり、それは両親であったり、教育者であったりが、この子はどこまでできるだろうか、そして、性格的なものも踏まえて、どこまでできるようになるだろうかということも考えながら、設備、施設を準備していくという視点が必要ではないかと考えております。
 3点目、教育内容・方法についての配慮事項。これは、僕は正解、模範解答はないと思っています。といいますのも、例えば僕の小学校時代は、2人の担任の先生に見ていただくことになりました。そのA先生とB先生は、まるで正反対の指導法でした。例えば1年生から4年生までを担任してくださった、先ほどの「かわいがることはいくらでもできるが、それが本当に、この子のためになるんだろうか」と言ってくださった先生ですが、とにかく、僕が何でもほかの子と同じようにということを指導してくださいました。ですから、僕は、掃除の時間になると、自分の身の回りのごみを10個拾いなさいと言われたら、手のない僕は口で拾っていましたし、掃除の時間にはズボンをびちょびちょにぬらしながら、ぞうきんがけをしていました。不便と言えば不便、不快と言えば不快ですけれど、とにかくみんなと同じようにということを学んだのは、この先生の御指導のおかげだと思っています。
 ところが、5、6年生のときの担任をしてくださったB先生は全く逆でして、「おまえにできないことがあるのは仕方がない、そのかわり、ほかの子と違うことでクラスのために貢献したら良いじゃないか」ということで、掃除はしなくて良い。そんな、ズボンをびちょびちょにぬらしてまでぞうきんがけをする必要はない。「そのかわり」といって教育委員会に申請してワープロを1台借りてくださって、僕はそのワープロを使って、教室にはる、例えば時間割であったり、例えば班の当番表であったり、そんなクラスの掲示物をワープロで打って印刷してくるという仕事を、代わりに任されました。なるほど、人と同じようにできないことは違うふうにして賄えば良いのかという発想を教えていただいたのは、この先生の御指導のおかげでした。ですから、A先生の教えもB先生の教えも、正反対ではありますが、それぞれ僕にとって血となり、肉となり、本当に今僕が生活をしている上で大きな糧となっていますので、肢体不自由の子に対してはこういう指導法が最適であるという言い方は、やはりできない、その子の性格や発達段階に合わせて、やはりその指導法、教育内容、方法というのも考えていかなければいけないと、自分自身の経験から思っております。
 4番目です。学校における支援体制についての配慮事項ということですが、まさしく僕をどのように指導していこうかと考えてくださっていたのは、もちろん担任の先生であったと思います。でも、現在で言えば、さらに特別支援の担当教員が必ずどの学校にもいるはずですから、担任とその特別支援の担当教諭が中心になって、指導計画は作成する。僕自身の個人的な考え方で言うと、ここの人数はあまり多くないほうが良いのかなというふうに思っています。あまり大勢の人がやいのやいの言ってしまうと、結局、意見もまとまらないし、何かどっちつかずのものになってしまう気が僕はしているので、本当にここは1人や2人ぐらいの方が良いと思っています。
 ただ、作成された指導計画を実施する段階では、全教職員が共有する必要があると思っています。やはりそれぞれの先生方がそれぞれの考え方を持って、「いや、こういうふうにしたほうが良いだろう」、「いや、この子はこうしたほうが良いんじゃないか」、とばらばらなことを同じ時期にしてしまうと、やはりその子も混乱しますし、きっと保護者の方も混乱し、そこから信頼関係が崩れていくということにもなりかねませんので、一度きちんと作成された指導計画は全教職員が共有し、その方針に沿って、その子を指導していくということがやはり望ましいのではないかと考えております。特に中学、高校になりますと、ほとんどの教科を担任が見る小学校時代と異なり、その教科ごと、1時間ごとに担当する教員が変わりますので、ますますその指導方針を共有していくということは、より必要性が増してくるのではないかと思っております。
 裏です。
 5番です。施設・設備についての配慮事項。これは先ほどもお話ししたことでもありますが、やはりもちろん、そういった肢体不自由の子どもが必要とする施設や設備が整うということももちろん重要なんですが、無理があると僕は思っています。それが全部整うにはどれだけの予算がかかるのか、こちらが思う教員の体制を整えてもらうには、どれだけの人手がかかるのか、現実的なことを考えれば、すべてが整うということは難しいと、僕は思っています。だからこそ優先順位をやはり整理するのが、僕は、この会議であり、ワーキンググループの目的だと思っております。ただ必要なものを全部書き出すだけならば可能ですけれども、それをどう実現に結びつけていくのかを考える意味では、この優先順位を整理するというところが最も大事なことであると思っております。やはり今、肢体が不自由な身からお話しすると、やはりトイレということは、その優先順位のかなり上に来ると思っております。人に何かをしてもらうというのは実は結構気を使うことで、その中でもやはりトイレに関することをお願いするというのは、かなり精神的負担がかかります。するほうも負担だとは思いますが、されるほうもかなり負担の大きいことなので、このあたりが整備されるというのは優先順位を高くしていただけるとありがたいなと思っております。
 そして、その後どんどん優先順位が下がっていくと、例えばここにスロープがあったら便利だなということは当然あると思いますが、先ほどもお話ししたとおり、そういったことを全部整えようと思うと予算が足りなくなってくる。でも、そのスロープがないことのメリットも、実は僕はあると思っていて、周りの友だちがやっぱり、助けてくれます。そこの車いすに乗った子が、その段差を思いっきり助走をつけなければいけなかったり、すごいパワーを要さなければのぼれないというときに、ちょっと、周りの友だちが手を貸してくれる。それが、その子が今後学校生活で、また、社会生活の中で生きていく上でのプラスになり、逆に、その手を貸した障害のない子にとっても、その子が社会に出たときのプラスになる。そんなことも、設備が整わないことでのプラスとにも少しだけ目を向けても良いのかなと、そんなことを思っております。
 6番、学校外における支援体制についての配慮事項。今では大分、学生ボランティアの方が入って、いろいろな介助、お手伝いをしてくださるケースが多いと思いますが、もちろん学生ボランティアさんはありがたい存在だとは思いますが、それだけではなく、地域からの支援も積極的に受け入れていったら良いなと思っています。といいますのも、学生さんたちのほとんどは、電車に乗って自分の大学や自分の住んでいる地域からやってくる方がほとんどなわけですから、その地域で生活をしているわけではないのです。その障害のある子がその地域に認識され、「こんな子がいるんだね、こんな支援が必要なんだね」ということを浸透させていくためにも、普段から、その地域に根差して生活をしている方々が学校にも入り込んでボランティアとして支援をしてくださるという形がもっとできてくると、より良いと思っております。
 発達障害のお子さんだったりすると、かなり、その支援員の方というのはある程度固定化したほうがコミュニケーションがスムーズに図れるといったことがあるとは思いますが、肢体不自由であれば特にそういった固定化する必要はそこまでなく、逆にローテーションすることで、いろんなプラスが生まれてくることもあると思っております。
 7番です。幼、小、中、高等学校の各段階における配慮事項。これは本当にやっぱり精神的な、心理的な発達段階に配慮をするということが大事だと思っています。僕は、小学校は地元の公立小学校に入学をしましたが、親が付き添うということが条件でした。ですから、入学時からずっと、家を出るときから母親が付き添い、授業中はずっと、暑い日も寒い日も廊下にパイプいすを置いてもらって、一人でそこでずっと、半日、1日、待機をしていて、帰るときに一緒に帰る。実際、何もすることはないです。手を貸すことが一切ない。全部、僕が自分で何とかやろうとするか、できないことは周りの友だちか担任の先生が手助けをしてくださっていたので、結局、母は何もすることがなく、丸一日過ごして家に帰るという毎日を過ごしていました。いなければいけないということで4年生ぐらいまでは、3年半、4年間ぐらいはずっといたのですが、嫌ですよね、母親が・・・・・・。だって、学校から帰って言いたくないこととかもあるでしょう。それが、言わなくても見ちゃっているのです、全部。それって結構、精神的な発達を考えたときに、あまりプラスには働かないと思います。ですから、特に教育委員会の方で家族の付き添いなどを条件にするケースもあるとは思いますが、どうしても手が足りない場合は、せめて家族は外してあげる。それは、家族の負担ということももちろんそうですけれども、その子本人の精神的発達を考えても、母親がずっと廊下にいるという事態は避けてあげたほうが、特に思春期に差しかかってきたあたりのことを考えると、やはりそうしてあげたいかなと、自分のことを振り返っても思います。実際、僕の場合は4年生ぐらいから「送り迎えだけで良いですよ」となりまして、5年生からは「送り迎えも結構です」ということで、自分一人で、この電動車いすで通えるようになりました。それはやはり、僕の自立、親離れということを考えたときにすごく大きかったということを付け加えさせていただきたいと思います。
 最後です。その他の配慮事項。やはり、この合理的配慮及び環境整備ということを考えるに当たっては、本当に、これが必要、あれが必要と言い出したら切りがないと思いますが、それを整備することが、また、あえて整備しないと言うと意地悪な言い方ですが、整備されないことが、その子にとってどのような心理的な影響をもたらし、心理的成長、もしくは肉体的な、能力的な成長を及ぼすのかということを検討していくことも大事だと思います。何でもかんでも整備することが善なのではなく、整備が行き届かないことで子どもの成長が促されることもあるし、それが、この不便な、障害のある人にとっては不便で快適ではない世の中で生きていく上での能力を高めることにもつながるという視点も少し語らせていただければと思った次第です。
 以上です。

【尾崎主査】 ありがとうございました。本日の肢体不自由への配慮については乙武委員1名ですので、ここで質疑・応答に入りたいと思います。質問等ある方、どうぞよろしくお願いいたします。
 河本委員。

【河本主査代理】 ありがとうございました。全国特別支援学級設置学校長協会の河本です。今、乙武委員の話を、一校長の立場で聞かせていただきました。質問させていただきたいということではなく、ちょっとそれを含めた感想を、言わせていただきたいと思いました。
 一昨年、我々の、全特協と言っていますが、全特協の全国的な組織の中で、各学校の設置校の校長たちにアンケート調査をしました。その内容の一つが「特別支援学級の担任に求めている専門性とは一体何か」というようなアンケート調査でした。もちろん、先ほどの2つの障害の視覚障害や、あるいは聴覚障害の方たちの発表にあったように、それぞれの障害に対する知見であるだとか、あるいは障害のあるお子さんの指導をどうするかというテクニックの問題だとか、いろんなことが必要だという回答を寄せてくれました。ただ、一番トップの、各担任に求めるその専門性、校長が考えている専門性ですけれども、トップはヒューマンという答えでした、人間性。ですから、通常学級の担任と違うところは、特別支援学級、あるいは通常の学級の中にそういう障害があるお子さんがいる学級の担任に求めるものは、ヒューマンだと。先ほどの乙武委員の話を聞きながら、それをちょっと思い出したところです。まさに、低学年の担任がこれだけのことを言えるというのはすばらしいなということを感じました。
 ただ、乙武委員の小学校のときの思い出を壊してしまうのは申しわけないかなという感じがしますが、おそらく、これは、今で言うと個別の教育支援計画、当時の乙武委員の御両親と学校の校長、あるいは担任と、この子をどう育てるかというコミュニケーションが非常にうまくいった一つのあらわれなのかなと思います。ですから、この低学年の担任が非常に厳しく指導したというのは、もちろん担任のヒューマン的なものももちろんあったのだろうと思いますが、乙武委員の御両親の考え方がそうさせたのかなという感じもいたしました。ただ、やっぱり一学校の校長という立場で考えたときに、非常に難しさを感じるなと思って聞かせていただきました。ただ、何といってもこれから、このインクルージョンの考え方を踏襲して学校教育の中にどう根づかせていくかを考えたときに、やはり共生社会をどう充実していくかというあたりは学校だけではどうにもならないので、是非、個別の教育支援計画の中に親御さんの希望する、あるいは考え方、そんなことを取り入れながら作っていく必要があるなと痛切に感じました。
 ちょっと感想を言わせていただきました。どうもありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。よろしいですか。
 それでは時間の関係で次に進みたいと思いますが、よろしいでしょうか。
 次に病弱への配慮について、福島委員よりお願いいたします。

【福島委員】 福島です。私は脊髄性筋萎縮症という神経難病の子どもの親を16年ほどやっておりまして、現在、子どもは高校1年生で県立高校の普通科に通っています。小学校6年間、それから、中学校3年間と地域の学校の通常の学級で過ごしてまいりました。障害としてはかなり重度の肢体不自由がありまして、自分で立つことももちろんできませんし、歩くこともできません、寝返りもできません。そういった状態ですが、電動車いすに乗って地域の学校に10年間通ってきたという実例がありますので、今日は学校現場の現状と求められる合理的な配慮について、現状を報告しながら、それに対する合理的な配慮としてどういったものが必要なのかということを皆様と一緒に考えていきたいと思っております。
 資料ですけれども、整理の都合で2つに分かれてしまいまして申しわけありませんが、先に資料6の現状の報告の話をさせていただいてから、その後に、具体的な合理的配慮としてどういったものが必要だということを資料5-6で説明をさせていただきたいと思っております。
 まず初めに資料6の3ページを御覧いただきたいのですが、これは、就学先の決定にかかる手続きの流れを示した図です。文部科学省で作成された図に、私の方で、真ん中に黒い点々が入っている矢印があると思いますが、これを勝手につけ足しさせていただきました。これは何を示しているかと申しますと、現状の就学システムにおいて、この図表で私が点々の矢印で示したルートは現在の就学システム上は想定されてないものですが、実際はこの点々の矢印を経て地域の学校に就学をしている子どもたちが多数いるということ、そういった子どもたちに対して必要な支援が行き渡ってないということを、これからお話をしたいと思っています。
 私は埼玉県に住んでいますが、埼玉県では、この図の真ん中にある認定就学者というルートで地域の学校に通っている子どもは、5、6年前の調査では0人、一人もいませんでした。ところが、この点々の矢印のルートで地域の特別支援学級、あるいは通常の学級に就学をしていた子どもは1,111人いたという調査結果があります。うちの子どもも、この点々の矢印でのルートで就学しています。
 現在のこの就学システムについては文部科学省で今見直しを進めていただいているところと聞いておりますので細かいことは申し上げませんけれども、やはり分離を前提とした就学システムが学校現場に与えている影響がとても大きいと認識をしております。具体的に申し上げますと、就学基準に該当している障害のある子どもは特別支援学校に就学すべきで、本来はここにいるべき存在ではないという意識がどうしても小・中学校の学校現場にあると感じざるを得ないことが多いのです。皆様御存じのとおり、小学校への就学措置を決定するのは市町村の教育委員会ですが、その就学措置の条件として親の付き添いを求められるようなケースもたくさんあります。今日は、この親の付き添いを一つのキーワードにして、具体的な実例を御紹介していきたいと思います。
 それから、地域の学校だけではなくて、実は特別支援学校にも付き添いの問題は存在しています。たんの吸引であるとか経管栄養、導尿などのいわゆる医療的ケア、医療行為と言われているもののある子どもについては、学校管理職の方針や、あるいは看護師が不在ということを理由にして日常的な親の付き添いを求められるケースがあります。この背景には、おそらく医療的ケアのある障害のある子どもは訪問教育の対象であって、本来ここにいるべき存在ではないという意識が特別支援学校の学校現場にあるのではないかと考えます。
 具体的に付き添いを求められた事例を幾つか紹介していきたいのですが、介助者がいないことを理由にして日常的な親の付き添いを求められた事例です。先ほど申し上げましたとおり、小学校へ就学する条件として、入学後に常に付き添うことを求められた。親の付き添いができないのであればボランティアでも良いから、かわりの者を自分で見つけてくるように言われた。介助員や看護師がお休みのとき、親の付き添いができないのであれば子どもを休ませなさいというふうに言われた、こういった事例もあります。ここで紹介させていただく事例はすべて、私が直接、見聞きした事例です。
 続いて、遠足や校外行事などの安全確保を理由に親の付き添いを求められた事例です。特定の子どもだけに配慮することができないとの理由から、遠足への付き添いへの協力を強く求められて、仕方なく同行した。私も、10年間地域の学校へ子どもを通わせたと申し上げましたけれど、小学校2年のときに、校長から、是非協力してほしいと言われまして1度だけ付き添ったことがあります。協力とはいっても半ば強制のような印象を受けました。
 それから、これはあるお母さんの事例ですけれども、親の付き添いがなければプールに入れることはできないと言われて、仕方なく、そのお母さんが水着を着て介助をさせられ、恥ずかしい思いをしたと、こういう話も聞いたことがあります。
 次に、修学旅行など宿泊を伴う学習活動への親の付き添いを求められた事例です。市町村の介助員制度があったところに住んでらっしゃった方ですけれども、宿泊を伴う行事への派遣はできないということで親の付き添いを求められた。家族の付き添いができなければ修学旅行に引率できないと言われて、母親と姉が家族交代で付き添いをした。それから、修学旅行のバスに親が同乗することは認められないので、母親が自分の車を運転して、遅れずにバスの後ろをついてくるように言われたという事例もあります。
 それから、高等学校が義務教育ではないことなどを理由に親の付き添いを求められた事例です。小・中学校は市町村立、高等学校は都道府県立のところが多いわけですが、実施主体が異なることによって今までの制度が使えなくなってしまった、それによって付き添いを求められた事例です。高校は義務教育ではないからと、親の付き添いなしには修学旅行に引率できないと言われた。それから、これは私立の学校に行った方の例ですけれども、親のほかに専任の介助者1名が付き添わないとだめだと言われて、海外への修学旅行に2人分の経費を負担して同行したという話も聞いたことがあります。
 これらの実例をまとめて、学校現場や教育委員会が比較的安易に親の付き添いを求める理由を挙げてみました。
 1つは、経費や教員数の不足。次に、危険や責任の問題を回避するということもあると思います。また、教員たちにとって障害のある子どものケアや介助をすることが本来の職務ではないという意識がとても強いと感じます。目の前で私に対して、「これは職務じゃないですから」とおっしゃる教員の方も何人もお見かけしたこともあります。最後に学校管理職の無理解。こう言うと何か校長先生が全部悪いようなイメージを与えてしまうかもしれませんが、校長先生が変わると、今までできなかったことが急にスムーズにいったり、そういったことも、本当にたくさん経験しています。人がよければうまく物事が進むというのは、逆に言えば、人が悪ければ進まないということになってしまいますので、人によって対応が変わってしまうというのは非常に困ったことです。それから、ちょっと大きな話かもしれませんが、地方自治体の理念や構想によって、かなり変わってくるところもあります。こういった問題をどのように解決するのかというのが、合理的配慮を考えるための一つの指標になるのではないかと思っています。
 資料の最後の部分ですけれど、これは小・中学校と特別支援学校の経費、教員数、それから、保護者への支援を比較したものです。これは文部科学省から出されている資料をまとめたものです。学校の規模等が違いますので単純に経費等では比較できないのは承知していますが、これだけのやはり違いがあるというのが事実であります。私の子どもが仮に特別支援学校に通った場合は、平均すればこのぐらいの社会資源を受けることができたはずであるのにもかかわらず、小・中学校を選択した場合には現実的には厳しい状況に置かれてしまうということです。
 合理的配慮をどこまでやるのかということは非常に難しい問題で、均衡を逸した、または過度の負担を課さないものというのが合理的配慮だと言われているわけですけれど、この特別支援学校で今行われている経費や教員数、保護者への支援というものが、その合理的配慮を考える上での一つの目安になるのではないかと考えております。
 続きまして、具体的にどういった合理的配慮が求められるのかということで、資料5-6に移りたいと思います。
 1番の子どもの成長のために学校教育に期待すること。これは先ほど来お話を申し上げているとおり、障害のある子どももない子どもも、ともに学び、ともに育つ環境を社会参加の第一歩である学校教育において実現し、共生の理念を涵養すること、これに尽きると思います。合理的配慮といいますと、障害がある子どもに対してだけと考えがちでありますけれども、共生の理念ということですから、いわゆる健常児と言われている子どもたちへの教育的効果も、このインクルーシブな教育を検討していくところにおいては、とても重要な視点ではないかと思います。
 2点目の早期からの教育支援です。就学の問題。これは、くどいようですけれども、システムを変えていくことが求められていると強く思います。就学時のボタンのかけ違いをなくすために、丁寧かつ強制を伴わない就学支援、そして、親と教育委員会の意見が合わない場合には、それをすり合わせる仕組み作り、場合によっては不服申し立ての仕組み作り、そういったものが欠かせないと思います。通常の学級への就学を原則として、本人または保護者の希望がある場合には特別支援学校、あるいは特別支援学級へ就学するというのが正しいのではないかと思いますが、この場合に大事なのは、通常の学級にたとえ就学をしても、特別支援学校へ就学した場合と同等の社会資源、経費やマンパワーを提供することです。つまり、今まで場につけていたお金や人をニードのある本人、子ども本人につけていくという、そういった発想のパラダイム転換が求められていると考えます。
 3番目の教育内容、方法についてですけれども、親の「付き添い」をなくすこと、これがとても大事な視点だと思います。そのためには介助員や看護師の確保、教員の加配、障害福祉サービス事業者や訪問看護師の利用などが考えられると思います。また、障害特性によっては、パソコン等のIT機器の有効な活用ということもあると思います。
 4番目の学校における支援体制への配慮。たんの吸引等の医療的ケアの対応については、専門性よりも関係性が、より重要になることがあるということです。これも、とても大切な視点だと思います。どのようなことかと申し上げますと、一般的には医療的ケアは医療行為とみなされておりますので、特別支援学校等においても看護師が行うという形で最近進んできていると思いますが、特に、このたんの吸引等については、その子どもとの関係性がより強い方にやっていただくことが、子どもにとってとてもスムーズであったり、うまくいくことがあります。ですから、場合によっては、厚労省からも通知等も出ておりますけれども、教員が対応することも必要になってくるということを申し上げておきたいと思います。それから、教員の引き継ぎの徹底や研修体制の確立、それから、特別支援教室構想ですね。これは以前、特別支援教育が始まる際に当初あった考え方だと思いますけれども、こういったものも是非今後進めていただきたいと思っています。
 それから、5番目の施設・設備についてですけれども、いわゆるハードの問題につきましては、比較的法整備が進んでいる領域だと思います。以前のハートビル法、今のバリアフリー新法であるとか、法整備も進んでおりますので、比較的、合理的配慮としてはわかりやすい部分だと思います。特にエレベーターの設置、垂直移動ですね。これはとても大事なものだと思いますので、エレベーターの設置等については、是非積極的に進めていただきたい。これは障害のある子どものためだけではなくて、保護者、あるいはけがをした子どもたちもいるでしょうし、ユルバーサルデザイン的な考え方、そういった視点も大事だと思います。
 それから、6番の学校外における支援体制ですけれども、通学支援の問題。これも、とても問題だと思います。特に、小学校、中学校は比較的自宅から近くに通っていらっしゃるケースが多いと思いますが、高校になりますと電車に乗ったり、あるいはバスに乗らなければいけないようなところに学校があったり、そういった意味では学校を選択する際にも困難がありますし、実際、通うのもかなり大変だということが出てきます。うちの子どもは、電車に1駅乗って通っていますが、雨が降ると、かっぱの着脱を自分ではできないものですから、自宅から降りる駅まで一緒に行って、かっぱを着せて、そこから学校へは自分ひとりで通学しています。よく、介護保険のデイサービスの車が街の中を走っていますけれども、ああいったものを通学のときに、雨のときだけでも良いですけれども、使えるような形になると、とても便利だと思います。
 それから、遠足や校外行事、修学旅行等の宿泊を伴う学習活動への参加。これも同じく、親の付き添いをなくすために、ここに書いてあるようなサービスが利用できればと思います。
 7番目の幼稚園、小、中、高等学校の各段階における配慮ですけれども、これも先ほどお話しさせていただきましたが、小学校、中学校で受けていた具体的なサービスなり支援が、実施主体が異なる都道府県立高校になると、全く使えなくなってしまう。例えば小・中学校では介助員がいたのに、県立の高等学校に行くと、そういったものがない。この辺も、できるだけ御配慮いただければと思います。
 最後のその他の配慮事項であります。学籍の問題も、大きな問題だと思っています。特に病院にある学校においてです。院内学級等の病院にある学校に入るに当たって、この学籍の移動に時間がかかって、すぐに必要な学習を受けることができないというケースも、よく見聞きします。最近は入院の期間も比較的短くなってきていることもあるので、この辺の流動性といいますか、スムーズに、学籍の移動なしに学習ができるようなシステムというのも必要ではないかと思います。また、院内学級等については、5月1日現在の子どもがいるかどうかによって教員配置が決まるというルールがあると聞きます。つまり、5月1日に子どもが入院していなければ教員配置がないということですので、この基準日でその教員配置を決めてしまうというシステム自体、かなり問題があるのではないかと考えます。是非ともフレキシブルに対応していただければと思います。
 それから、院内学級等については、退院後のフォローもとても重要だと思います。退院してしまって地域の学校に移れば、それで終わりということではなくて、場合によっては、退院しても、病状の問題、通院の問題、あるいは容姿の変化等で、地域の学校になかなか戻れないというようなケースもあります。そういった場合には、その院内学級の比較的専門性のある教員の方が引き続き、地域の学校に学籍が変わった後もフォローしていただけるような、そういった対応をしていただければ良いと思います。
 それから、最後に私立学校に在籍する子どもへの配慮です。実際の例ですが、私立小学校に在籍していて、ある病院に入院したところ、学籍が移動できないことによって、院内学級で授業を受けられない。学籍を移動するためには、その私立学校をやめないと院内学級の授業が受けられないという話を聞いたことがあります。その私立学校をやめてしまえば、病気が治った後にもとの学校に戻ることはできないわけですから、こういった場合にも、学籍の移動なしに学習ができるシステムが求められていると思います。
 長くなってしまって恐縮ですけれども、病気は障害以上に多様性がありますし、また、状態も変化するものですので、細やかなニーズがあると思います。今お話し申し上げたほかに、私どもと一緒に活動しております親の会連絡会の中の2団体から意見がありましたので、資料として添付をさせていだたきました。一つはSMA家族の会、もう一つは日本水頭症協会です。後ほどお目通しをいただければと思います。また今後、この2団体以外からも資料が出てまいりましたら、皆様にも御参考として提出をさせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。時間が大変押しておりますので、どうぞ時間にも配慮をよろしくお願いいたします。
 次に、小林美夏さんよりお願いいたします。

【小林氏】 小林美夏です。よろしくお願いいたします。私は、久留米特別支援学校、都立の病弱児特別支援学校に、子どもを通わせております。高校から、こちらの病弱児特別支援学校にお世話になっているのですが、小学校、中学校は、地元の通常学校に通っておりました。うちの学校は、病弱児特別支援学校というと普通は院内学級を思い浮かべる方が多いと思いますが、院内学級、それから、病院に併設した学校とは違って、単独校としての病弱児特別支援学校です。病院の隣に建っていて、そこから子どもが通ってくるのではなく、寄宿舎制になっておりまして、月曜日の朝、子どもたちは、その寄宿舎に登校してまいります。そこからすぐ、同じ敷地内の学校に月曜日から金曜日まで通って、金曜日の夕方にまた自宅に戻るという共同生活で、学校生活を送っております。
 病弱児というのは、生涯、生まれてからずっとその病気を持ってきているお子さんもいれば、ある日突然、短期間だけ病気になって病弱児特別支援学校に通う方もいらっしゃいます。すごく幅が広い障害だと思いますが、それだけ広いニーズがある中で、本当に先生たちにもたくさん、お願いしたいことが出てきてしまいます。一人一人本当に全く違いますので、病弱児の特性を踏まえて、心理面でのサポートもしていただけるような先生方を、保護者は常に希望しております。
 それと、病弱児童を持っている家庭では、親もすごく悩んでいることとか、なかなか自立できないということもありますので、この全寮制の病弱児特別支援学校というのは私にはすごくありがたく思っています。何から何まで、やっぱり面倒を見てしまいたくなります、病気ですから。この子じゃできないのではないかと思って手を出していると、将来は社会に出て働いて自立していかなきゃいけないのに、一から十まで手を出していてはいけないと心ではわかっていても、どうしても手を出してしまう。そんな状態の中で寄宿舎で月曜日から金曜日まで生活をするというのはとてもありがたくて、気がついたら、私じゃなくても、自分でできるようになってたということも増えています。先ほど乙武さんのお話にもありましたけれども、すべてやってあげる、すべて用意してあげるというのは本当に便利だけれども、その子のためにならないこともあるということが、この学校に入って、よくわかりました。
 1番から8番までいろいろ書かせていただいてありますが、時間もあまりありませんので、その中で特に声を大にして言いたいことが3番の「病気療養による学習の遅れだけではなく、個々の生徒児童が抱える『学習のしにくさ』に対する適切な学習方法、機器の開発、設備の充実を推進」。こちらですが、病気によっては院内学級で受けられるものや、それから、私どものように通学という形で受けられるものもあるんですけれども、それ以上に病気が進むと、自宅で療養しながら教育を受けるという形になってきます。そうなった場合にICT、訪問ができないような状態でもICTがあれば、十分な教育を受けることができます。相互通行のできるインターネットというか、IT機関を使っての設備の充実を希望しております。
 それと、病状とか治療方針によって通常の授業確保ができない状態にあるお子さんがおりますので、教科の専門性をきちんとお持ちになった先生による効率のよい授業をお願いしたいと、学校の方に思っております。
 それとあと4番になりますが、スクールカウンセラーの設置。これは本当に、どこの病弱児特別支援学校でも考えていることは一緒だと思いますが、現在、病弱児特別支援学校に関しては、身体面の通常の病気に変わって、現状20~30%近くが心身症や精神疾患等のお子さんになっているという現状があります。もちろん体の病気もそうですけれども、心からの病気になってしまうと、本当にスクールカウンセラーというのはすごく重要になってきます。一人一人のお子さんの悩み、困っていること、そういうことを聞いて解決してあげることで、病状がすごく良くなって、社会に戻っていける、将来的には税金を納めることができるという形にもっていけることも多いので、小さい頃からスクールカウンセラーで、設置していただいてお話を聞いていただくという心のケアが、すごく今求められていると思います。
 それと、そのスクールカウンセラーもですが、学校間での設備の格差というのが全国的に大分まだあるようでして、特別支援学校、特に肢体不自由の特別支援学校とかで今どきエアコンのない学校ってあまりないと思いますが、現在、聞いた話によりますと、静岡市のとある学校では、重度肢体不自由のお子さんがいらっしゃるのにいまだに冷房設備がなくて、アイスノンを持参して学校で過ごしているということもお聞きしました。久留米の場合は、東京都ですけれども、きちんとエアコンがあるんですが、東京都の方針で6月はエアコンを使わないとか、それから、温度が何度と決まっているんですけれども、子どもによっては、例えば障害とか薬の副作用によって、体温の調節がうまくできない子どももいます。そういう子どもに対してもすべて画一的に何月何日からとか何度ですからとするのではなくて、個々に合わせて特別措置が受けられるように、少し緩和していただけるとありがたいなと個人的には思っています。
 それと6番ですけれども、今、病気を理由にして長期欠席をしているお子さんたちが、全国に5万人ほどいるそうです。これは登校拒否という形のお子さんもいらっしゃると思いますが、こういったお子さんの場合も、地域の特別支援学校の専門性をリーダーとして発揮して、そのノウハウを通常校に広めて、通常校でも支援的指導が行われるようになるとすごく良いなとは思っています。病弱児の特別支援学校であるだけではなく、通常校のお役に立てるというか、そのノウハウを広めていければ、全国、全校に特別支援学級を置くという、その措置もスムーズに図れるのではないかと思っています。
 また、先ほど複籍のお話もありましたけれども、大分いろいろと複籍も考えられているようにはなっていて、特別支援学校が普通学級にノウハウを提供するようになれば、また複籍の活用などにより転出面での手続き簡略化などもできると思いますので、是非そのようにしていっていただきたいと思います。
 以上です。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは質疑・応答に入りたいと思います。何か御意見、あるいは御質問等ありますでしょうか。よろしいですか。
 それでは予定の時間になっておりますので、時間の関係で次に進めさせていただきます。次に言語障害への配慮について、山下明さんよりお願いいたしたいと思います。

【山下氏】  皆さん、こんにちは。NPO法人全国ことばを育む親の会からまいりました山下明と申します。
 さて、長男が構音障害を持ちまして、ことばの教室に通級していましたので、その保護者としてお話しさせていただきます。
 長男は、特にら行、が行、さ行の発音がはっきりしないために言葉数が少なくなり、いじめはありませんでしたけれども、言葉での表現がとても苦手になりました。発音がはっきりしないタイプは、3つあります。置きかえタイプは、「おさかな」を「おしゃかな」、「おちゃかな」と、発音できない部分を置きかえます。省略タイプは、「らっぱ」などを「あっぱ」と、発音できない子音を省略します。ひずみタイプは、舌の動きにねじったり、盛り上げたりする癖があるために、「ひ」が「ち」や「ぎ」に近い発音になります。ほかに「ぼ、ぼ、僕は、お、お、おにぎりが、す、好きなんだなあ」とか山下画伯の、どもる吃音の児童や難聴のために発音が不明瞭になる児童も含めて、ことばの教室の教員に大変お世話になっています。よくかむことや生活習慣による心の安定も大切なことなので、栄養教諭や養護教諭の先生方にもお世話になっております。
 私の住んでいる地域のことば・きこえの教室について、少し説明させていただきます。
 A区には8つの小学校があります。B小学校にことばの教室、C小学校にことばの教室ときこえの教室があります。B小学校ことばの教室では、校内通級児は、ほぼ午前の授業時間に通級しています。校外通級児童は、午後、保護者の送迎により、通級指導を受けています。
 C小学校ことばの教室では、すべて授業時間に通級しています。校外の児童については、ことばの教室の教員が他校に出向き、学校の1室を利用し、巡回指導を行っています。C小学校きこえの教室は在籍学級ですが、国語と算数のみの通級の形をとっています。指導後に連絡帳に指導内容が記され、担任と保護者が確認できるようになっております。家庭内では、先生の指導の復習ができます。担任は、ことばの教室の教員と連携をとりながら、通級児童がことばの教室へ行く際に、ほかの児童や通級児童に配慮したり、授業を抜けた通級児童の補習も心がけています。通常学級での授業でも、指導のあった部分とかかわるところには、特に配慮していただいております。
 将来に向けて学校教育に期待することですが、健常児童の保護者よりも言葉を育む親の会会員である保護者の方が、様々な場面での負担を感じない傾向にあるほか、担任やことばの教室の教員に対して信頼感を持っていると感じます。このようなことから、構音障害を持つ通級児童にとって、通級児童のスタイルによって専門のことばの教室の教員による助けを得て御支援いただき、障害を早期克服することが最もふさわしいと考えております。
 また、保護者にとって、ことばの教室の教員、担任と、様々な角度から子どもを支えることができるので、安心できます。将来的にも現状を崩すことなく支援いただくことが最も希望することであり、重要なことと考えます。
 早期からの教育支援についての配慮事項ですが、3歳児健康診断を保健センターで受ける際、ことばの教室の教員もしくは保健師さんが、保護者の感情を察してお話しいただきます。指導の必要ありという現実を受け入れた保護者は、幼児ことばの教室で、子どもに指導を受けさせることができます。しかしながら、誰もが「うちの子に限って」や「自然に治るだろう」と思っています。長男のことは覚えておりませんが、「おそらく多少の遅れだろう」と見過ごしたのだと思っております。保護者が真摯に受けとめられる指導のあり方と、早期に支援を受けることの大切さを告知するという配慮をいただけると、保護者の覚悟も違うのではないかと思います。
 また、保育園や幼稚園へ伝達する方式も、検討する余地があるのではないかと感じます。ちなみに小学校のことばの教室に通級する児童は、幼児ことばの教室からの継続者と就学時健診で支援の必要がある児童となっています。
 教育内容、方法についての配慮事項ですが、教育の環境を考える中で現在のような通級指導というスタイルが、保護者、担任、ことばの教室の教員にとって最もふさわしいことは前段で述べましたが、教室が自校にある保護者の中には、学級の授業を抜けることによる学習の遅れを心配するがゆえに、授業に支障がない放課後や土・日の指導を望む方もいます。また、教室のない学校からの通級は、両親が共稼ぎの場合、ことばの指導を受けたくても受けられないという現状もあります。しかしながら、担任の配慮によって補習時間を設けたり、ことばの教室の教員が巡回指導という方法をとることによって、誰でも指導が受けられることは、問題点を解消する配慮を受けていると実感しています。
 今後は、通級する事前に保護者の不安を取り除くための説明会を設けたり、親の会の中で、経験者からの体験談などを意見交換する場を設けることがとても重要であると考えます。現在、ことばの相談会で個別に懇談したり、4月に通級説明会を行ってはいますが、保護者の当初の感情は拒否的なところが多く、しばらくしてやっと、支援のありがたさを感じ、協力的になります。
 教育内容や方法については、専門かつベテランのことばの教室の教員の確保と、担当になる教員の専門研修などによる育成を配慮してほしいと思います。
 また、他学校へ移動する子どもたちの心の動揺がないよう、理想では、各学校にことばの教室を設置してほしいと思います。自分の学校で受けられる安心はもちろんのこと、巡回指導することばの教室の教員にとっても、教材等を持ち運ぶことなく、あるいは忘れることもなく、必要に応じて様々な教材を的確に使用できるからです。
 巡回指導の問題点は、ことばの教室の教員と通級児童保護者とのコミュニケーションが難しいことです。また、巡回先の学校では必ずしも指導に適した教室ではないため、制約などもあり、効果が上がらない場合もあることです。ことばの教室の教員としても、個人の車での移動や通勤経路の複雑化、給食の計画など精神的、時間的な負担が大きく、通級児童に影響を与える可能性があることを心配します。
 以上をかんがみると、各学校に適切な教室の配置と専門のことばの教室の教員の配置がなされ、学級での授業に影響がない時間帯に指導を受けることが最大の理想と言えます。
 指導内容や方法は、ベテランのことばの教室の教員が行う以上、保護者は信頼するのみです。長男が1年間の指導で障害を克服できたことは、とても評価できます。保護者が信頼を得るのは、指導参観や親の会主催の懇親会等で、ことばの教室の教員とコミュニケーションがなされたからと考えれば、連携をとれる体制を整えていくことが今後の課題となりそうです。
 学校における支援体制についての配慮事項。校内に教室のある通級学級の担任は、ことばの指導風景を参観し、通級児童の状態を理解し、支援してくれます。学級の友だちにも「行ってらっしゃい」と元気に送り出してもらい、通級に対する意欲を盛り上げ、精神的負担がないよう、配慮いただいております。抜けた時間の学習を休み時間や放課後に補習していただけることは、ありがたく思います。他校の教室へ保護者が送迎する場合は、担任は、担任参観日はありますが、通常は連絡帳でしか指導風景を推測できません。できれば指導風景を何度も参観でき、通級児童を理解し得る余裕を担任に与えていただければありがたいです。通級児童を支えるためには、ことばの教室の教員、担任、保護者の連携がとても重要だからです。
 施設設備についての配慮事項。ことばの教室は、防音壁になっています。ことばやきこえの指導には、外部の音は指導効果を引き下げるからです。ただ、冷房が設置されていないために、夏は窓をあけ、さらには扇風機を回します。せっかくの指導がもったいないと思います。常磐小学校のきこえの教室は、ことばの教室事務室で行っています。防音壁ではありません。きこえの教室こそ、防音環境が必要です。巡回校は専用の教室ではなく、1室を借用して指導されています。保護者としては、指導を受けるのであれば、適切な環境・施設で受けさせ、早期の障害克服を切に願っています。
 幼稚園・保育園・小学校・中学校・高等学校における配慮事項。早ければ3歳児健診で、障害の有無を知ることができます。専門のことばの教室の教員との関わりが早期にできるよう、幼稚園・保育園との連携が必要です。岩手県ことばを育む親の会では、園や保健師などへの研修講座を毎年1回開催しておりますが、たくさんの先生が出られるような支援や配慮が必要です。園へのことばの教室の教員の巡回も、保護者からの希望があれば行えるような体制作りを検討する必要もあるように感じます。
 また、小・中・高との連携によって、支援を継続する配慮も必要と感じます。支援がなくなると保護者の負担が大きくなり、その結果、子どもに悪い影響を与えるからです。多くの方々の支援によって障害を持つ子どもたちを支えることにより、保護者も子どもも生きる勇気が与えられるのです。
 その他の配慮事項として、ここでお話しすることではないかもしれませんが、私の地域のA区ことばを育む親の会では、きこえの教室に子どもを通わせる親も会員となっています。構音障害の子を持つ親としては、現状の指導環境を継続、あるいは、それをさらに改善することこそが、今後、障害を抱え、教室に通う子どもたちに必要な支援だと実感しています。しかし、同じ会の中に、悩みを抱える親がいます。経済的な悩みです。きこえの教室に2人通級しており、1人は重度であり、1人は中度です。2人の耳につける補聴器は、体の一部です。重度の子は、補聴器を購入する際に補助を得ます。46万円です。中度の子は、全額個人負担となっています。この負担の差に愕然とします。片方は重度だと悩み、片方は経済的負担を悩みます。同じ会員として何とかせねばならないと思うのは、至極当然です。学齢期の子どもたちにとって、言語の獲得と、それに負う学力の向上は、本人の一生を左右する重大な事柄です。補助を受けられないばかりに言語獲得の適切な時期に補聴器をつけられず、支障を来すこともあるでしょう。特に学齢期に当たる子を持つ親は若年であることも多く、できれば教育的介入をし、支援、補助する必要があると認識しております。何か配慮していただけることがあればと思い、また、福祉国家である日本が世界の難聴基準より厳しいことは存じておりましたので、そのことにも改善を切に希望しながら、余計なお話をさせていただきました。
 以上、御静聴ありがとうございました。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは質疑・応答に入りたいと思います。質問、御意見等ある方いらっしゃいますでしょうか。よろしいですか。
 それでは最後に重複障害への配慮について、田畑真由美さんよりお願いしたいと思います。

【田畑氏】 ありがとうございます。盲ろう児とその家族の会ふうわの田畑と申します。今日は、このようにお話をさせていただく機会をいただき、本当にありがとうございます。
 私の息子は、弱視ろうの盲ろう児です。耳は全く聞こえておりません。目は、片眼が0.01、片眼が0.04です。現在、ろう学校の中学部に在籍をしております。コミュニケーション手段は、接近手話です。学校での教科学習は、拡大教科書を使う、接近手話通訳を先生方がしてくださるなど、視覚障害に配慮がある支援を受けながら、ろう教育を受けています。
 では、盲ろう児教育において大切だと思われる配慮について、6項目に集約をしてお話をしたいと思います。
 まず、専門性の高い教員による早期教育の重要性。盲ろう障害は、視覚、聴覚の両方に障害があり、コミュニケーションと情報の取得に大きな困難がある固有の障害です。そのために言語の獲得が難しく、その育ちは緩やかです。本来持っている能力を正しく評価し、適切な教育を受けるためには、盲ろうについての知識や指導力をお持ちの、専門性の高い先生との出会いが大切だと思います。しかし、盲ろう児教育の現状は、盲ろうについての情報が得られる相談機関も数が少なく、早期教育を受けられる体制が不十分でもありますし、さらに体制が整っていないということを理由に希望の就学先への入学がかなわないという盲ろう児が、全国にはたくさんいます。
 息子を育てる中で、今でも忘れられないエピソードがあります。幼い息子が、発達検査を初めて受けたときのことです。A4の用紙に、健常児ならば当たり前に知っているであろうキャラクターの顔、大体直径2センチぐらいなんですけれども、それが幾つも書かれてあって、「これは何ですか」というふうに問われて、それに答えさせるなど、盲ろう障害に全く配慮のない検査で、息子の本当の力を正しく評価していただけるものではありませんでした。息子と向き合う日々の中で、息子は私のことを「お母さん」というふうにサインで呼ぶなど、思考力や理解力の成長には手ごたえを感じており、それを見抜いていただけないことが残念でなりませんでした。そして、何よりも、今後この子が歩み行く教育の現場は、このような物差しではかられるところであり、私が教育をして成長の芽を示さなければ、この子は適切な教育を受けられないのかもしれないと思いました。実際、その頃、ろう学校に支援を求めたのですが、支援を受けることができませんでした。
 健常児であれば目と耳を通して、視覚障害児であれば耳から、聴覚障害児であれば目から、周囲で起きていることを知り、膨大な量の情報を得ながら、自然に多くの概念を学びます。ごく当たり前に言語を獲得し、コミュニケーションの機会を重ねることで感情の交流を経験し、周囲の人々の様子など環境の認識や、出来事の因果関係を学びます。盲ろう児は、これらの概念を一つずつ、自ら体験しながら意識的に学んでいかなければならないので、学習には膨大な時間を要します。
 息子が幼いときには多種多様なことを意図的に体験させ、根気強く教育しました。実際、あるものには触れさせることで言葉の概念を育むことは比較的容易にできるのですが、気持ちにも名前があるということ、抽象概念や総称などを教えるのはとても難しいことでした。また、刺激あふれる普通幼稚園との出会いも、息子にとっては大きな糧になりました。就学を迎える頃の息子は、コミュニケーション力は未熟でしたが、伝え合いたいという気持ちが大いに育っている状態でろう学校へ入りましたので、手話や指文字の獲得はとても早く、言葉で人と触れ合う喜びを知った息子は日本語の獲得にも前向きで、そうなってくると、息子の考えが客観的に理解されるようになりますので、潜在する力を多くの先生方が見抜いてくださるようになり、その頃から本格的な支援が始まりました。
 以上のような経験から私は、学校というところはアクセルは踏んでくれるけれども、エンジンはかけてくれないのかな、そのように感じました。エンジンをかける、つまり、専門性の高い教員による早期教育は、特に大切です。学校においては、既にあるノウハウや設備に子どもが合わせられれば支援が実現しやすいけれども、その子の教育的ニーズに応えるために新たな配慮が必要な場合には、受け入れの段階で厳しいハードルがあるように思います。子どもが学校に合わせていくのではなく、教育体制が子どもに合わせていけるようになることを願っています。盲ろう児のかすかな成長の芽を見逃さずに、育んでいただきたいと願っています。
 次に、先天性盲ろう児への支援についてお話をします。ふうわの多くの仲間たちは、先天性の盲ろう児です。先天性盲ろう児の多くは、視覚、聴覚のほかに障害をあわせ有する重度の障害児が多く、その障害の重さから、適切な指導、援助が困難であると、教育というよりは保育に近い過ごし方を学校でしているケースが多いようです。たとえ障害が重くても、まずは盲ろうに配慮した教育が提供されなければ、その子の発達段階に応じたコミュニケーション方法を適切に選択し、獲得させることはできません。盲ろう児は見通しが立たないことに不安を感じるのですが、その不安を軽減するために、その子に分かる方法で予告をしながら活動する。例えば具体物を使った時間割の作成など、盲ろう児ならではの支援が必要です。
 3番目として、ろう学校と盲学校の連携、施設・設備についての配慮をお話しします。息子の学ぶろう学校は、当然ながら、視覚優位の学校です。その中で盲ろうの息子が学ぶには、大変な苦労があります。盲学校との連携は不可欠と考え、ろう学校入学当初から学校に求めてはいましたが、その実績がないだけに当初はとても難しく、例えばろう学校には拡大教科書の情報がなかったので、私が盲学校から情報を得て、教科書を作ってくださるボランティア団体を見つけ、ろう学校の教科書担当の先生に御紹介しました。また、拡大読書器や単眼鏡など補助具についても、盲学校の先生からそのようなものがあることを教えていただきましたが、福祉の助成を十分に受けることもできず、また、ろう学校で購入してくださるということもないので、ほとんどを自費で購入しました。また、パソコンなどの電子機器も息子の学びには必要なのですが、拡大ソフトの購入など、独自の配慮に応えていただくのは厳しい状況です。盲ろう児の教育的ニーズは、多様です。それぞれの子どもが適切な教育を受けるためには、在籍校が他障害種の特別支援学校と連携し、指導方法や必要な補助具についての情報交換が行われるなど、先生同士の協力体制が築かれることを望みます。
 4番目として、通訳介助者の必要性。学校生活の中では、通訳介助者の存在は不可欠です。特に集団授業のときには、先生のお話はもとより、友だちの発言、状況や雰囲気までも伝えていただかないと、盲ろうの生徒だけが取り残された授業となります。息子には、友だちの表情や、ちょっとしたしぐさが全く見えません。授業以外の時間にも、同世代の仲間の様子を知るサポートが必要です。通訳介助者による丁寧な情報保障がなければ、社会性を身につけることは困難です。さらに、中学部からは教科担当制による指導となります。各教科の内容はより高度に、学習量も増えますので、習得のためには、より専門性の高い通訳介助者の存在は不可欠です。学校外の支援においても、地域交流などのときに、盲ろうの通訳介助員は必要です。
 5つ目として、時間を要することへの配慮。健常の子どもたちは、日々の出来事を通して多くの概念や、その社会の文化を、直近の周囲からはもちろんテレビなどメディアを通しても見聞きし、自然に膨大な量の学習をしていきます。それらが欠落しているのが盲ろう児であり、言葉や概念の獲得には、健常児に比べると何倍もの時間を必要とします。したがって、教育を受けられる時間を長く設けていただく配慮が必要だと思います。高校入試に当たっては特別枠の設置、高等部においては教育年限の延長などが必要だと考えられます。
 最後に、私たちが何よりも願っているのは、盲ろうを固有の障害だと認めていただきたいということです。今の日本では重複障害の枠組みに盲ろうが入っていますが、盲教育とろう教育を合わせただけでは十分に対応できないということを御理解いただきたいと思います。盲ろう独自の困難を御理解いただければ、必要な配慮についてはおのずと実現するのだろうと考えています。
 今回のこのヒアリングのことを息子に話したところ、「これから僕が高校や大学、社会に出ていくときにも情報保障など支援が必要だから、お母さん、頑張って」というふうに言われました。私がお話ししてきたことは当事者の希望であることを、最後にお伝えしておきたいと思います。以上です。

【尾崎主査】 ありがとうございました。それでは、質疑・応答に入りたいと思います。御意見、質問等ある方いらっしゃいますでしょうか。4時まで、まだ10分弱ありますが、いかがでしょうか、よろしいでしょうか。
 それでは、終了予定の10分前ですけれども、本日はこれまでといたします。皆様から、たくさんの意見をいただきました。今日の御意見等は、本ワーキンググループの検討に活かしていきたいと考えております。また、本日のヒアリングに関することでお気づきの点、あるいは御要望等がありましたら、後からでも結構ですので、事務局まで御連絡くださるようお願いいたします。
 最後に、事務局からお願いいたします。

【板倉課長補佐】 特別支援教育課の板倉です。次回第3回ワーキンググループの日程につきましては8月中旬を予定しておりますが、具体的な日程・場所につきましては、追って御連絡させていただきます。
 以上です。

【尾崎主査】 それでは、本日はこれで閉会といたします。ありがとうございました。

 

── 了 ──

 

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)