資料4-4:品川委員 提出資料

『第13回 特別支援教育の在り方に関する特別委員会』における「共同及び交流学習」、
「教員の確保および専門性」「特別支援教育学校・特別支援学級や通級の教員の専門性」の向上と「合理的配慮」についての意見

提出:教育ジャーナリスト
品川裕香
2011年12月2日

【現状について】

 全国津々浦々取材していて、我が国の自治体間・学校間の教育格差は、乱暴を承知で言えば

○1 法が遵守されていない(法律で決まっていることや通知が出ていることを、実質的に遵守しない教育現場が大変多い/教員が個々の子どもの課題に気づいて動こうとしても、教育委員会や学校長がシステムを作らなかったり支援措置を施さなかったりするため、やる気のある学校や教員だけがやり、やらない学校や教員はいつまでたってもやらない)

○2 専門家の問題(発達障害全般のわかりニーズを見ることのできる児童精神科医、小児神経科医、小児科医、眼科医、言語聴覚士、臨床心理士、エデュケーショナルオプトメトリストなどが圧倒的に足りない・カウンセラーがリスクマネジャーになっている・カウンセラーや医者に依存しすぎる)(真の専門家が不足しているためニーズが正確に把握できない/専門家がいても何か月も待たなければ指導が受けられないような状況は専門家がいるとはいえない/カウンセラーや医者がリスクマネジャーになってしまうケースも多すぎる→その結果、カウンセラーや医者に保護者・教員が依存しすぎてしまい、将来を見据えた教育を誰が子どもたちに保障するのか責任の所在が曖昧になっている)

○3 障害観が古く固定的(障害のある子どもたちへの指導ほど高度な専門性と日進月歩のエビデンスを真摯に学ぶ熱意、子どもたちの成長に期待する情熱などが必要だが、通常学級を指導する力のない教員が支援学級や支援学校の教員になるといった“伝統”がまだまだ根強い自治体が多い/指導すれば子どもたちが確実に成長することを知らず、または信じず、子どもたちに期待しない教育現場が少なからずあることも否めない)

の3点に集約されると痛感している。

 たとえば、発達障害の子どもの支援一つにしても、○1についていえば、教育委員会が福祉や医療と教育をつなげるようなシステムを作り、情報を共有するためのツールも開発し、そのシステムやツールの使い方の研修を繰り返して、それらを駆使して通常学級内にいる子どもを支援するように校長や教員たちを指導しても、ふたを開けてみると現場の教員はシステムもツールも使わない。「その子だけ特別扱いするわけにはいかない/差別になる」「(指導ができる専門家がいないなど)人がいない」「忙しいからできない」「保護者が納得しない」などやらない理由はいかようにもあげられる。どれだけ新しい制度を作ってシステムを導入し、教員研修を強化し専門性をあげようとも、「遵守しなくても罰せられない」し、「遵守できないのはしょうがない」という“前例”が教育側に根強くある以上、個々の子どもの教育権や健全に成長発達する権利はその子が生まれ育つ家庭や地域、あるいは通う学校によって左右され、公平性公正性は担保されず、結局は子どもたちがデメリットを受けることになる。
 ○2について言うと、医療従事者だからといって、LDやディスレクシアのことを知っているわけではないし、アスペルガー症候群やADHDの子への対応を知り、教育と連携できるとは限らない(実際、発達障害をよく知らない大人の精神科医などにかかってしまい、明らかに不適切な量の薬を飲まされている児童生徒は少なくない)。多くの眼科医は認知や音韻処理の問題で読み書きに困難がある子がいることを知らないので、視力検査で問題がなく目の病気もないのにうまく読めないと心の問題だと判断しがちで子どものニーズに応じた適正な指導支援につながらない。言語学を知っている言語聴覚士や臨床心理士が大変少ないので、発達障害児への指導はSSTや行動療法しかやらず、やはり子どものニーズに応じた適切な指導支援が行われていない。盲聾や肢体不自由・知的障害等があっても発達障害を併せ持つ子はいることを踏まえれば、この専門家不足の問題は非常に深刻である。
 また、頑張る教員は現状すでに多々研修を受け、いろいろと資格を取るなどしながら、子どもたちをどうやって効果的に指導できるか勉強しているが、そうではない教員は校長が指導しようが教育委員会が悉皆研修をしようが「専門家がいないからできない」などの理由をつけてやらないか、「私の専門ではない」と専門家丸投げになっている。結局は、子どもたちがデメリットを受ける。
 ○3については、筆者が指摘するまでもないであろう。この“伝統”は、障害児者への教育を軽んじていると言わざるを得ないと、取材現場でそういう教員に出会うたびに残念に思う。

 本委員会はそういった実態を変え、子どもたちの教育権や健全に成長発達する権利を真に保障するシステム作りを検討し提案すべきである。

1.「共同及び交流学習」について

 インクルーシブ教育を実践し真の共生社会を目指すのであれば、国は、生得的な課題のない子は実質的な障害理解と自分とは異なる生活機能や文化を持つ他者への真の理解と尊敬の獲得をターゲットに、生得的な課題のある子は達成感や自己効力感を得ることをターゲットに「すべての児童生徒が共同及び交流学習を行う」ようにする。そのため学校は、双方が同じ目標を共有し達成することで、互いの特性や可能性を発見し合い、深い喜びや感動を経験し、相互リスペクトが生まれるようなプログラムを戦略的に作って年間計画に組み込んで実行する。

○1 総合的な学習や道徳の時間等で「自己理解・他者理解」「異文化理解」などをターゲットにおいた基本授業を展開しながら、クロスカリキュラムで実践していく。

○2 校内に特別支援学級があるからできて、ないからできない、あるいは特別支援学校はなかなか交流できないというような学びの機会の不公平が起こらないよう、自治体内で連携校(A特別支援学校と連携するB中学校区など)を決めて実践する。

 文科省がガイドラインを出しているにもかかわらず、取材をしていると共同学習や交流教育の多くは、生得的な課題を持つ子がそうではない子どもたちの学びに「参加させてもらう」「経験させてもらう」的な内容が多いことを痛感する。事前に生得的な課題を持たない子どもたちに脳神経や学習スタイルの多様性等の指導をしないまま、その時間だけ自由に“交流”させるだけでは真の絆は生まれず、相互リスペクトにはつながらない。つながらないだけでなく、「入れてあげた」「障害者だからしょうがない」いうような誤学習を助長させるなど、生得的な課題をない子たちにとっては自分とは異なる生活機能や文化を持つ他者を理解するという学びのチャンスを失う。
(最近取材したケースだが、北海道中川郡幕別町の「おかゆの会のダンスチーム」は、交流学習の好例である。同会は教育委員会支援のもと、教育長と数名の教員たちが中心となって始まった。今は地域ぐるみで、肢体不自由や聴覚障害、発達障害のある子たちと、生得的な課題のない子たちがともにヒップホップダンスをプロから習い、発表している(参考資料は事務局に提出)。多様な特性を持つ子どもたちが同じ目的に向かって練習を繰り返すことが、互いの特性や可能性を発見しあい、相互リスペクトが生まれる土台を作る。目標が達成されたとき、そこには深い喜びと感動が生まれ、双方が自己効力感を得られている)

2.教員の確保および専門性の向上について

 国は、発達障害など高度発生頻度障害と基本的な疾病(小児糖尿やアナフラキシーなど)については、すべての教員が基礎知識と基礎的指導/支援技術(マルチセンサリーを使った学習スタイルの多様性を踏まえた指導や外部脳の導入等)を学ぶように義務付ける(内部資格制度を作るなど)。これから免許を取得する人は大学で理論と指導方法を学ぶだけでなく、教育実習の際、通級指導教室や特別支援学級等でのOJTを義務付ける。すでに免許を持っている教員は、免許更新時に同様の基礎知識と基礎的指導/支援技術を学ぶことを義務付ける(内部資格制度を作るなど)。その際、特別支援教育士などを持っていない教員は免許更新時に座学だけでなく一定期間のOJTを義務付ける。国は、適性がないと思われる具体的な言動があるのに受講したら誰でも単位を取得できる、といったことのないように教員養成大学に指導する。

3.特別支援教育学校・特別支援学級や通級の教員の専門性について

 盲・聾・知的・肢体・盲聾等、およびLDやADHD・アスペルガー症候群などの発達障害などを持つ児童生徒への効果のある指導は高度な専門性が必須である。
 よって、国は、高発生頻度障害の基礎知識は当然持つうえで、特別支援学校や特別支援学級・通級指導教室の教員は専門免許を持つことを義務付け、専門免許取得後も通常学級の担任を最低でも3年経験してからでないと特別支援学校もしくは特別支援学級・通級指導教室の教員になることはできないと定める。
 また、国は、重複障害が多い実態を踏まえ、専門を2つ(主メジャーと副メジャー)持つこと、免許取得時には3か月から半年のOJTを必須とするなど机上の空論にならないような方策を導入するよう、教員養成大学に求める。そのためにも、国は、障害児教育の免許は取得までに5年かけることも検討されたい。
 また、国は、上記条件に適合していても、通常学級を担任する力量がないと判断される教員を特別支援学校や特別支援学級・通級指導教室等の教員にすることはできないと定める。そのために、都道府県や政令指定都市教育委員会は、どういう教員が「通常学級を担任する力量がないと判断されうるか」基準を明確にし、またそういった教員への指導・研修体制も整える。

4.校長および、教育委員会の学校指導課や生徒指導課の指導主事等の専門性について

 国は、校長の専門性として○1発達障害など高度発生頻度障害と基本的な疾病(小児糖尿やアナフラキシーなど)についての基礎知識と基礎的指導/支援技術(マルチセンサリーを使った学習スタイルの多様性を踏まえた指導や外部脳の導入等)と、○2生得的・環境的に多様な背景を持った子どもたちが多数いることを踏まえた学校経営を学ぶことを義務付ける(内部資格制度を作るなど)。
 また、各自治体教育委員会は、教育委員会の学校指導課や生徒指導課等の指導主事になる人たちも、行政出身等前職にかかわらず発達障害など高度発生頻度障害と基本的な疾病(小児糖尿やアナフラキシーなど)についての基礎知識と基礎的指導/支援技術(マルチセンサリーを使った学習スタイルの多様性を踏まえた指導や外部脳の導入等)を学ばせる。

5.合理的配慮について

 ICFモデルに基づき、国はすべての子どものウォンツ(欲求)ではなく、個人的要因・環境的要因からそれぞれのニーズ(特性)を踏まえて教育権や健全に成長発達する権利の「公平性公正性」を担保しなければならない。
 そのために国は、子どものニーズを見る児童精神科医・小児科医・小児神経科医・眼科医・心理職・言語聴覚士・作業療法士・教育・教育行政等の専門家が集まる第三者機関を、都道府県の教育委員会や福祉課に直結しない部局に設置する。そのための財源も確保する。

 社会的資源は市町村単位で異なるため、生まれた自治体によって子どものニーズの見誤りが起こらないように、不足する専門家はこの専門機関が必要な市町村自治体への指導に関わる。就学相談から、教員によって作成されたIEPが実質的に効果を上げているかどうか等の判断を、保護者や本人の依頼を受けてこの機関が行う。
 ただし、子どものニーズを見据えてIEPを書き、実践し、効果測定するのは教員の仕事であることに変わりはない。個々の子どもの合理的配慮については、IEPを作成時に基準を決め、運用時に教員と保護者が一緒に個別に判断することとする(個別性があること、また指導や評価の目的によって合理的配慮の中身は随時変わってくるので一律には規定できないため。たとえば、先日、アメリカ・コンロビア大学ジャーナリズム科や医学部における、ディスレクシア学生への合理的配慮について取材したが、学生の主張を受けて何でもかんでも一律に配慮するのではなく、その授業の目的や将来の可能性を踏まえ、随時、障害者支援課の専門官と教授が合議しながら決めている)。
 このとき、本人や保護者が、「公平性公正性」が担保されていないと考える場合、保護者や本人の依頼を受けて同機関が監査・監督・仲裁等を行う。
 国は同機関の決定には法的拘束力を持たせる。
(こういった第三者機関を教育委員会に設置しないのは、利害がぶつかるため。過日、ある県の高校入試で問題の一部代読を求めたディスレクシアの生徒に対して、県教育委員会が却下の手紙を送り、しかもそこには「今後いっさいの問い合わせに応じない」とあったとその子の保護者から聞いた。この子は今、中学校でそういった指導・評価時の配慮をうけている実態がある。また平成19年4月1日の通知でも、評価を配慮するとあるにもかかわらず、この判断だ。第三者機関が教育委員会内に設置されていては、こういったケースのときに子どもの権利が保障されない)。

6.国は、発達障害全般がわかり、子どものニーズを見ることのできる児童精神科医、小児神経科医、小児科医、眼科医、言語聴覚士、臨床心理士、エデュケーショナルオプトメトリストなどが圧倒的に足りない現状を踏まえ、各学会等に研修を要請する。

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初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)