大谷委員提出資料

特別支援教育の在り方に関する特別委員会・論点整理(委員長試案)についての意見

2010年11月11日
弁護士 大谷 恭子

1、評価する点

    • インクルーシブ教育システムの理念とそれに向かっていくという方向性について基本的に賛成としていること
    • 障害のある子とない子が共に学ぶことは共生社会の形成に向けて役立つと考えていること。

2、容認できない点(主にインクルーシブ教育システム及び就学決定手続について)

(1)インクルーシブ教育システムの構築に向けた方向性について

委員長試案

     「インクルーシブ教育システムにおいて重要なことは、対象となる児童生徒に対し、その時点で教育的ニーズにもっとも的確にこたえる指導を提供できる多様で柔軟な仕組みを整備。」「形式的に場を一緒にするのではなく「多様な学びの場」を用意しておくことが必要。」

反論

     インクルーシブ教育とは、障害のある子もない子も共に学ぶ教育システムがまずは基本であり、共に学ぶためにどのような合理的配慮と必要な支援を実現していくかである。にもかかわらず委員長試案は、その努力を全く放棄するかのごとくに、「形式的に場を一緒にする」と決め付け、統合した上での配慮と支援をどのように保障するべきかという視点をまったく欠いている。形式的に場を統合せよ、ということを求めているのではなく、場を統合した上での支援の保障こそがインクルーシブ教育の理念に沿うものであり、そのための制度構築が求められている。
     権利条約24条2項bは「他の者と等しく、自己の生活する地域社会において、インクルーシブな初等教育を享受することが出来る」としており、地域社会の誰でもが就学する地域の小中学校に障害のある子も就学できることを保障している。これを素直に読めば、すべて障害のある子は地域の小中学校に就学しうる、とし、更に同項c、dで合理的配慮と必要な支援を保障しているのであるから、すべて地域の子どもは障害の有無にかかわらず地域の小中学校に就学でき、合理的配慮と必要な支援を保障されると明文化されたと解釈するべきである。
     にもかかわらず委員長試案は、地域での合理的配慮や必要な支援に触れることなく「形式的に場を一緒にするのではなく」と、最初から、「統合はしない」と決め付けているのであり、著しく不当である。
     インクルーシブ教育システムおいて重要なことは、決して多様な場の保障ではなく、場を統合したうえでの支援の保障である。これ抜きにはインクルーシブ教育とは言えない。支援のあり方としての多様性の保障があるのである。

 

(2)「共に学ぶ」ことについて

委員長試案

     「現在の教育条件が大幅に改善されない状況で、個々の子どもの障害の状態、教育的ニーズ、学校、地域の実情等を考慮することなく、全ての子どもを同じ場に組み入れて教育を行うことは、形式的な平等化であり、実質的には子どもの健全な発達や子どもが適切に教育を受ける機会を与えることができず、将来、社会に参加し市民として生きることを困難にする可能性がある。」

反論

     地域の学校に就学し、実質的に教育を享受するために合理的配慮を保障されることは障害のある子の学習権を充足するための権利であり、これが欠けるときは差別となるものである。よって必ずしも教育条件の整備の問題にかかわるものではない。あえて言えば教育条件全体の整備が未だ不十分であっても、個別に配慮されることによって充足される場合がありうる。またより問題であることは、委員長試案は、場の統合即ち形式的平等と決め付け、そこでの配慮義務に触れず、しかもこれによって「将来、社会に参加し市民として生きることを困難にする可能性がある」と指摘していることである。分離された教育環境の中での教育は、同じ市民としての仲間意識を育成することの困難性が指摘されていることに全く触れていない。実質的平等は、場を統合したうえで配慮と支援をすることで実現されるべきであり、分離された環境のまま支援をすることではない。
     また「インクルーシブ教育と特別支援教育はいずれも共生社会の実現を目指すために必要な手段」であるとしているが、特別支援教育はインクルーシブ教育の支援のところだけに特化したものであり、統合の観点を有していない。現行特別支援教育は原則分離したままの支援の強化であり、これは「共生社会を目指すために必要な手段」であるとは言えない。実際、特別支援教育施行後、分離が進んでいるのである。特別支援教育が『共生社会を目指すための手段』であるというためには、原則統合した上での支援教育に改められなければならない。

 

(3)インクルーシブ教育システムと地域性について

委員長試案

     「居住地校に副次的な学籍を置くことについては、居住地域との結びつきを強めるために意義がある。今後、地域の学校に学籍をおくことについても検討していく必要がある」

反論

     インクルーシブとは地域社会に受け入れられることなのであるから、どの子も一人の子どもとして生まれながらに地域の構成員であることが保障されていなければならない。とするならば、障害のない子は地域の小中学校に就学しているのだから、まずはここに学籍を持ち、必要に応じて特別支援学校に支援籍を持つということがごく普通である。一度地域から離し、特別支援学校に学籍を措置した上で居住地校に支援籍を持たせるということは、本末転倒である。このような回りくどいことをせずとも地域の学校に学籍を維持しうるシステムを構築するべきである。

 

(4)就学先決定の仕組みについて

委員長試案

     「現行を改め、障害の状態、本人の教育的ニーズ、本人・保護者の意見、専門家の意見を踏まえた総合的な観点から就学先を決定する仕組みとすることが適当。本人・保護者の意見を尊重するが最終的には市町村教育委員会が決定。本人・保護者と教育委員会、学校等の意見が一致しない場合の調整の仕組みについて検討」

反論

     これは現行の原則分離別学を改めると言いながら、基本的には現行通りである。現在も保護者の意見を聞くことは義務付けられているのであり、問題は、保護者と教育委員会の意見が一致しないときに、「措置」というかたちで教育委員会の決定が強制される仕組みとなっていることである。
     委員長試案は、「障害のある子と地域で受け入れるという意識を持って就学相談・就学先決定に臨む必要がある」としている点、および「柔軟な転学」が特別支援学校から地域の学校への転学を意味するのであれば、これについても評価できるが、しかし、「受け入れ先の小中学校には必要な環境整備が求められるが、障害の状態、必要とされる教育的ニーズ、地域の実情により環境整備に困難が予想される場合には、本人・保護者にあらかじめ受けられる教育や支援等について説明し、十分な理解を得るようにすること」及び「保護者の思いと本人教育的ニーズは異なることがありうることに配慮する必要がある」とし、「市町村教育委員会は本人・保護者の意見を十分に聞き、共通認識を醸成する必要がある」としている点は、理解及び共通認識の醸成という言葉を使いながら、従来から就学時になされている「強制的説得」と同じである。更に環境整備の問題としているが、義務教育段階の学校へのアクセスは合理的配慮の問題であり、行政がまずは各障害のある子に提供しなければならないものである。合理的配慮がないことは差別であり、配慮がないことを理解せよというのは、差別されることを了解せよと言っているに等しい。
     現行の就学先決定システムは明らかに分離別学を強制しうるものとなっており、これが権利条約に抵触するとの共通認識に立つのであれば、現在すでに一部の自治体で実施している「就学時健診前に地域の子どもの全員に就学通知を送付する」もしくは「希望者全員を地域の学校に措置する」というシステムに転換するべきである。そのうえで個別ニーズに基づき配慮と支援の内容を検討するべきである。すなわち、地域の学校に学籍を一元化したうえで、個別指導計画によって、特別支援学校あるいは通級指導等の多様な支援が提供されるシステムが必要なのである。
     なお、障がい者制度推進会議のこれについての問題認識(第1次意見)は、「障害の有無にかかわらず、全ての子どもは地域の通常の学級に在籍することを原則とし、本人・保護者が望む場合のほか、ろう者、難聴者または盲ろう者にとって最も適切な言語やコミュニケーションの環境を必要とする場合には、特別支援学校に就学に、又は特別支援学級に在籍することができる制度に改める」としていることを十二分に斟酌していただきたい。

 

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)