参考資料1:今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(第二次審議経過報告)

今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について
(第二次審議経過報告)平成22年5月17日
中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会 ー抜粋ー

 

2 学校教育をめぐる課題とキャリア教育・職業教育の基本的方向性

1.キャリア教育・職業教育と学校教育をめぐる課題

○ 第1章で見たように、学校から社会・職業への移行が円滑に行われず、社会人・職業人として自立できる人材の育成に課題が見られるが、その原因や背景には、学校教育の抱える問題にとどまらず、社会全体を通じた構造的な問題があると考えられる。

○ このため、単に子ども・若者の個人の責任のみに帰結させても問題の解決には結びつかない。これまで見たように、我が国の変化する産業構造や就業構造の中で若者が円滑に社会・職業に移行するためには、学校教育で多様な人材を育成するとともに、社会の中に若者の雇用が創出され、あるいは若者自らが起業できるような環境が整い、また、一度円滑に移行できなくても、社会でカバーし、再び挑戦できるような状況を作らなければならない。そのためには、産業の振興や雇用対策などが不可欠である。

○ このような前提の下、学校教育は、学校から社会・職業への移行に係る課題を克服し、社会環境が複雑化・多様化する中にあっても、社会人・職業人として自立できる人材を育てるという社会的な要請にこたえていかなければならない。
   このため、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」であるキャリア教育と、「一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育」である職業教育について、改善や充実を図る必要がある。

 

(1)「キャリア教育」の内容と課題

○ 人は、他者や社会とのかかわりの中で、職業人、家庭人、地域社会の一員など、様々な役割を担いながら生きている。これらの役割は、生涯という時間的な流れの中で変化しつつ積み重なり、つながっていくものである。また、このような役割の中には、所属する集団や組織から与えられたものや日常生活の中で特に意識せず習慣的に行っているものもあるが、人はこれらを含めた様々な役割の関係や価値を自ら判断し、取捨選択や創造を重ねながら取り組んでいる。

○ 人は、このような自分の役割を果たして活動すること、つまり「働くこと」を通して、人や社会にかかわることになり、そのかかわり方の違いが「自分らしい生き方」となっていくものである。

○ このように、人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、「キャリア」の意味するところである。このキャリアは、ある年齢に達すると自然に獲得されるものではなく、子ども・若者の発達段階や発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくものである(*1)。
   このような発達を促すには、外部からの体系的・組織的な働きかけが不可欠であり、学校教育では、社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力や態度を育成し、一人一人の発達を促していく必要がある。このような教育が「キャリア教育」である。それは、特定の活動や指導方法に限定されるものではなく、様々な教育活動を通して実践される。キャリア教育は、社会人・職業人として自立できる人間を育てることを目標に、変化する社会と学校教育との関係性を特に意識しつつ、学校教育の在り方を見直し、その理念と改善の方向を示すものである。

○ キャリア教育の必要性や意義の理解は、学校教育の中で高まってきており、実際の成果も徐々に上がっている。しかし、一人一人の教員の受け止め方や実践の内容・水準には、ばらつきのあることも課題としてうかがえる。このような状況の背景には、キャリア教育のとらえ方が変化してきた経緯が十分に整理されてこなかったことも一因となっていると考えられる(*2)。このため、今後、前述のようなキャリア教育の本来の理念に立ち返った理解を共有していくことが重要である。

○ キャリア教育は、現在の学校教育を見直す理念を示すものであることから、その活動は特定の新しい教育活動を指すものではなく、学校教育全体の活動を通じて体系的に行われる必要があり、特に、子ども・若者が実社会を体験し、それを基に自ら考える活動が不可欠である。しかし、「新しい教育活動を指すものではない」としてきたことにより、従来の教育活動のままでよいと誤解されたり、「体験活動が重要」という側面のみをとらえて、職場体験活動等の実施をもってキャリア教育を行ったものとみなしたりする傾向が指摘されている。また、様々な活動が単発的に行われ体系的でないことや、活動の実施に当たり教育環境の整備が十分整っていないことなども多く指摘されている。

○ さらに、社会・職業へ移行した後のキャリア形成に対する支援について、学校教育としての対応が十分できていない点にも留意が必要である。

 

(2)「職業教育」の内容と課題

○ 人は、専門性を身に付け、仕事を持つことによって、社会とかかわり、社会的な責任を果たし、生計を維持するとともに、自らの個性を発揮し、誇りを持ち、自己を実現することができる。仕事に就くためには、社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力だけではなく、それぞれに必要な専門性や専門的な知識・技能を身に付けることが不可欠である。このような、一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育が「職業教育」である。

○ 職業教育を考える際に留意しなければならないことは、専門的な知識・技能の育成は学校教育のみで完成するものではなく、生涯学習の視点を踏まえた教育の在り方を考える必要があるということである。専門的な知識・技能は、企業内教育・訓練や職業訓練など、学校から社会・職業へ移行した後も身に付けていくことができるものである。このため、学校は地域や産業との結びつきをより強化していくことが必要であるが、産業構造や就業構造が大きく変化する中、学校から社会・職業への移行をめぐる課題が顕在化しているにもかかわらず、職業教育は、一部を除いて、基本的には学校内で完結する内容として教育課程を構築するという側面が強調されてとらえられがちであり、このような課題にどのように対応していくか明らかになっていない。

○ また、社会が大きく変化する時代に必要な職業に関する能力の育成は、特定の専門的な知識・技能の習得とともに、多様な職業に対応し得る社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力の育成も重要であり、これは具体の職業に関する教育を通して行うことは、極めて有効である。他方、社会・職業との関連が薄く、実践性が伴わない教育(例えば、高等学校の普通科など)では、子ども・若者の社会的・職業的自立を促す観点からは課題が多いと考えられる。

 

(3)キャリア教育と職業教育の関係

○ このようなキャリア教育と職業教育のそれぞれの内容を踏まえ、キャリア教育と職業教育の関係を改めて整理すると、次のように考えられる。

    • 主として育成する力の観点に立てば、社会人・職業人としての共通性や基盤をより重視し、社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力や態度の育成を行うキャリア教育と、一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる職業教育に整理できると考える。
    • 教育活動の観点に立てば、キャリア教育は普通教育・専門教育を問わず様々な教育活動の中で実施されるものであり、そこには、職業教育における実践も含まれる。具体の職業を題材とする職業教育を通して行われる社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力や態度の育成は、キャリア教育の一環として重要であり、社会的・職業的自立を促す上で極めて有効であると考える。

 

2.キャリア教育・職業教育の基本的方向性

○ これまで述べてきたことを踏まえ、社会人・職業人として自立できる人材の育成や、学校から社会・職業への円滑な移行の観点に立った、今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の基本的方向性は、次のとおりである。

 

(1)社会的・職業的自立に必要な能力等を育成するため、キャリア教育の視点に立ち、社会・職業との関連を重視しつつ、義務教育から高等教育に至るまでの体系的な教育の改善・充実を図る

○ 社会人・職業人として自立できる人材を育成するためには、前述のように、キャリアが子ども・若者の発達段階やその発達課題の達成と深くかかわりながら段階を追って発達していくことを踏まえ、キャリア教育の視点に立ち、義務教育から高等教育までの体系的な教育の改善・充実を図ることが必要である。

○ キャリア教育に取り組む意義を改めて整理すると、その第一は、一人一人のキャリアの発達や個人としての自立を促す視点から、学校教育を見直していくための理念と方向性を示すということである。社会人・職業人として自立していくために必要な能力や態度を育成する点から見ると、これまでの学校教育においては必ずしも系統的・組織的に取り組まれてきたとは言い難い部分がある。各学校でも、この視点から教育を幅広く見直すことによって、教職員に教育の理念と進むべき方向が共有されるとともに、教育課程の改善が促進される。

○ 第二に、キャリア教育は、将来、社会人・職業人として自立できるようになるために発達させるべき能力や態度があるという前提にたって、各学校段階で取り組むべき発達課題を明らかにし、日々の教育活動を通して達成させることを目指すものである。このような視点に立って教育活動を展開することで、学校教育が目指す全人的成長・発達を促すことができる。

○ 第三に、キャリア教育を実践し、学校生活と社会生活や職業生活を結び、関連付け、将来の夢と学業を結びつけることにより、学習意欲を喚起することの大切さが確認できる。このような取組を進めることを通じて、様々な学校教育が抱える課題への対処に活路を開くことにもつながるものと考えられる。

○ また、社会的・職業的自立を図るためには、社会の一員として受け入れられ、また、多様な関係者と積極的にかかわりながら、社会の意思決定や運営の過程に主体的に参加することや、社会を形成する活動を主体的に担うために必要となる能力・態度を育成する教育が必要である。このような教育は、学校内にとどまらず、地域における実践や体験が重要である。

○ 具体的には、社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力である基礎的・汎用(はんよう)的能力を中心に子どもたちに確実に育成し、一人一人の発達を促していくため、義務教育から高等教育に至るまでの体系的な教育を進めることが必要である。キャリア教育を進める上では、社会・職業との関連を重視し、実践的・体験的な活動を充実していくことが必要である。

 

(2)我が国の発展のために重要な役割を果たす職業教育の意義を再評価し、実践的な職業教育を体系的に整備する

○ 職業に必要な専門的な知識・技能の習得は、生涯にわたって継続して育成される必要があることから、学校教育で行う職業教育は、基礎的な知識や技能、それらを活用する能力、仕事に向かう意欲や態度などを育成することが必要である。特に技能については、実践がなければ身に付かないものであり、学校教育で技能を身に付ける場合には、学校の種類によって程度の差はあるものの、実践性がより重視されなければならない。

○ また、職業教育は、専門分野の学習とその後の進路を固定的にとらえるものではなく、特定の専門分野の学習を端緒として、これに隣接する分野や関連する分野に応用したり、発展したりしていくことができる広がりを持つ教育であるという観点も重要である。

○ このような職業教育は、我が国の経済・社会の発展を支えるなど、一定の役割を果たしてきており、このことを改めて評価し、再認識しなければならない。また、今後の社会に必要な人材の需要等も踏まえつつ、実践的な職業教育を体系的に整備していくことが必要である。

 

(3)学びたい者が、いつでも、社会・職業に関して必要な知識・技能等を学び直したり、更に深く学んだりすることにより、職業に関する能力の向上や職業の変更等が可能となるよう、生涯学習の視点に立ち、キャリア形成支援の充実を図る

○ 職業に従事するためには、必要な専門的な知識・技能を身に付けることが不可欠であり、そのための学習は、職業生活への移行後も継続して、生涯にわたり行われるものである。特に、少子高齢化の進展により、今後、労働力人口が減少していくことが予想される中、時代の経済・社会の担い手として、生徒・学生を社会・職業に円滑に移行させるとともに、移行後も、学習活動を通じて、生涯にわたりそれぞれの社会人・職業人としてのキャリア形成を支援していくことが、我が国の持続的発展にとって、極めて重要な意味を持つに至っている。

○ 学校教育を離れた後の、職業に関する学習の場としては、自己学習のほか、企業内訓練や職業訓練など様々な場や方法等があるが、中でも学校は、その中核的な機関として保有する資源をいかし、生涯学習の観点に立ってキャリア形成を支援する機能の充実を図ることが期待される。

○ 人が自分の有する能力を発揮して活躍する場は、学校から社会・職業に移行して最初の職業のみならず、職業を離れた後まで生涯にわたり多様に展開していくものである。そのため、生涯学習の視点に立ち、キャリア形成支援の充実を図ることが必要である。

 

3.キャリア教育・職業教育の方向性を考える上での視点

○ このような今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の基本的方向性を考える上では、次のような視点を前提とすることが必要である。

 

(1)キャリア教育・職業教育を進めていく上での社会全体の協力

○ 前述のように、学校から社会・職業への移行や社会人・職業人としての自立の課題は、学校教育の抱える問題にとどまらず、社会全体を通じた構造的な問題であり、産業振興や雇用対策などの取組が不可欠である。

○ また、学校教育の抱える問題として、社会・職業との関連を重視し、実践性を高めて、キャリア教育・職業教育の改善・充実を図るためには、学校の努力はもちろん必要であるが、それだけではなく、保護者、地域、企業など社会全体がそれぞれの役割を担い、相互に協力して子ども・若者を支えていかなければらない。

 

(2)仕事をすることの意義と職業の範囲

○ 「働くこと」とは、広くとらえれば、人が果たす多様な役割の中で、「自分の力を発揮して社会(あるいはそれを構成する個人や集団)に貢献すること」と考えることができる。それは、家庭生活の中での役割や、地域の中で市民として社会参加する役割なども含まれている。その中で、本特別部会では、学校から社会・職業への移行の課題を踏まえ、特に職業生活において「仕事をすること」に焦点を当てる必要がある。

○ 日本国憲法では、すべて国民は勤労の権利を有し、義務を負うとされている。仕事をすることの意義は、例えば、やりがい、収入を得ること、社会での帰属感、自己の成長、社会貢献など様々なものが考えられ、個人によってどの部分を強調して考えるかは異なる。そこで重要なことは、個人と社会のバランスの上に成り立つものであるということである。

○ また、仕事に就く場面を考える上では、どんなに計画を立ててもそのとおりに進むことの方が少ないと考えることも必要である。また、仕事を選ぶ際、社会にある職業のすべてを知って選択することは不可能であるから、身近な仕事との出会いも重要になる。そのため、自らが行動して仕事と出会う機会を得ること、行動して思うように進まないときに修正・改善ができることが重要である。このような行動を支えるため、生涯にわたり自ら進んで学ぶことも極めて大切である。

○ 勤労観・職業観は、仕事をする上で様々な意思決定をする選択基準となるものであり、この基準を持つことが重要であるが、この勤労観・職業観は固定化された価値観ではなく、自己の役割や生活空間、年齢等によって変化するものである。そのため、社会・職業に移行する前に、その価値観を形成する過程を経た上で、自ら進路を選択する経験をしておくことが望ましい。特に現在、仕事をすることは一つの企業等の中で単線的に進むものだけではなくなりつつあり、社会に出た後、生涯の中で必ず訪れる幾つかの転機で対処するためにも、また自ら積極的に選択して進むべき道を変更するためにも、このような価値観を形成する過程を経験しておくことが必要である。

○ 職業は、個人の目的も様々あるが、社会から見れば社会にある仕事を分業することである。これまではその多くが企業、官公庁などの場を中心とした職業や自営業主として働くことを想定していた。しかし、現在では、非営利活動なども出てきており、このような活動が社会の中で重要な役割を担っている。社会・職業への移行に課題がある状況を踏まえれば、職業の範囲は、幅広い視点から考えさせるような指導が必要である。

 

(3)社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力を明らかにする

○1 社会・学校の変化と必要な力を明確化することの必要性

○ 中央教育審議会では、平成8年7月答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」において「生きる力」を提言し、平成20年1月答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」において、「知識基盤社会」の時代などといわれる社会の構造的な変化の中で、「生きる力」をはぐくむことという理念がますます重要になっていることを提言した。

○ また、平成20年12月答申「学士課程教育の構築に向けて」では、大学の学士課程の専攻分野を通じて培う力として、分野横断的に、我が国の学士課程教育が共通して目指す学習成果に着目した参考指針である「学士力」を提唱した。

  これらは、初等中等教育、大学学士課程の各段階それぞれの基本となる考え方であり、このような考え方を引き続き重視していかなければならない。

○ 第1章で見たような経済社会や雇用、学校が変化する中で、社会に出て生活する上で必要となる能力、あるいは仕事をする上で必要となる能力が変化し、このような能力を育成する仕組みが社会全体の中で低下していることが指摘されている。社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力は、「生きる力」や「学士力」に含まれる要素であるが、学校から社会・職業への移行の課題を踏まえ、その要素を具体化して明示することは十分に意義がある。

○ 例えば、国立教育政策研究所においては、これまで児童生徒が将来自立した社会人・職業人として生きていくために必要な能力や態度、資質として「キャリア発達にかかわる諸能力(例)」を提示し、初等中等教育段階の学校を中心として、キャリア教育を推進する上での参考としている。

○ また、現実の社会で生き、社会をつくる人間が有する資質・能力という観点や職場等で求められる能力という観点等から、「人間力」、「社会人基礎力」、「就職基礎能力」などの考え方が提案され、このような能力の育成を企業や学校で取り組んでいる例も見られる。経済団体等においても、新規卒業者に求める資質・能力等についてアンケート等を行っている。このような力は、それぞれの着眼点から整理されているが、既に共通する要素が多く含まれており、参考となる。

○ 国際的には、OECDが、「知識基盤社会」の時代を担う子どもたちに必要な能力を、「主要能力(キーコンピテンシー)」(*3)として定義付け、国際的に比較する調査を開始している。この主要能力(キーコンピテンシー)で設定されている個人と社会との相互関係、自己と他者との相互関係、個人の自律性と主体性といった観点も考慮して考える必要がある。

○ このような観点を踏まえ、人の生得的な能力ではなく、義務教育段階から高等教育段階までの学校教育において育成することができる能力であること、社会への出口が中学校卒業から高等教育修了まで多岐にわたっており、その発達段階にも配慮が必要なこと、その能力が子ども・若者にとって夢や希望、目標を持ち、それを具体的に行動に移していくことで実現を図ることができるような力を明らかにすることが必要である。

○ このような能力は、仕事をする場面だけではなく、市民生活や文化生活の面でも活用できるものと考えられる。ただし、日常生活のあらゆる場面で必要な能力を網羅的に示すことは困難であり、ここでは、社会人・職業人として自立できるために必要な能力等を示すという観点から整理して提示することが必要である。なお、社会・職業で必要な能力等は時代によって変化するものであることにも留意が必要である。

 

○2 社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力の内容

○ 本特別部会におけるこれまでの審議では、社会的・職業的自立、学校から社会・職業への円滑な移行に必要な力について、例えば次のような意見が出された。

    • 能力(態度・行動様式):コミュニケーション能力、粘り強さ、課題発見・課題解決能力、変化への対応力、協調性、共に社会をつくる力、健全な批判力、段取りを組んで取り組む力 など
    • 知識:労働者としての権利・義務 など
    • 価値観:勤労観、職業観、倫理観 など

○ これらの意見を踏まえつつ、社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行に必要な力に含まれる要素としては、「基礎的・汎用(はんよう)的能力」、「基礎的・基本的な知識・技能」と、能力や知識・技能の基盤となる「意欲・態度及び価値観」、「論理的思考力、創造力」、また特定・一定の仕事を遂行するために必要な専門的知識や技能等である「専門的な知識・技能」などで構成されると考える。

○ 基礎的・汎用(はんよう)的能力(*4)は、分野や職種にかかわらず、社会的・職業的に自立するために必要な基盤となる能力であると考える。例えば、新規学卒者については、企業が就職の段階で「即戦力」といえる状態にまで学校教育を通じて育成することを期待されているわけではなく、一般的には「コミュニケーション能力」「熱意・意欲」「行動力・実行力」などの基礎的な能力等を挙げることが多い。社会人・職業人に必要とされる基礎的な能力と現在学校教育で育成している能力との接点を確認し、これらの能力育成をキャリア教育の視点に取り込んでいくことは、学校と社会・職業との接続を考える上で意義がある。

○ 意欲・態度は、学校教育、特に初等中等教育の中では、学習や学校生活に意欲を持って取り組む態度や、学習内容にも関心を持たせるものとして、その向上や育成が重要な課題であるように、生涯にわたって社会で仕事に取り組み、具体的に行動する際に極めて重要な要素である。意欲や態度が能力を高めることにつながったり、能力を育成することが意欲・態度を高めたりすることもあり、能力とも密接に関連している。

○ 意欲や態度と関連する重要な要素として、価値観がある。価値観は、人生観や社会観、倫理観など、個人の内面にあって価値判断の基準となるものであり、価値を認めて何かをしようと思い、それを行動に移す際に意欲や態度として具体化するという関係にある。
  また、価値観には、「なぜ仕事をするのか」、「自分の人生の中で仕事や職業をどのように位置付けるか」など、これまでキャリア教育が育成するものとしてきた勤労観・職業観も含んでいる。勤労観・職業観が十分に形成されていないことは様々に指摘されており、これらを含む価値観は、学校における道徳をはじめとして豊かな人間性の育成はもちろんのこと、様々な能力等の育成を通じて、個人の中で時間をかけて形成・確立していくことが必要である。

○ 論理的思考力、創造力は、物事を論理的に考え、新たな発想などを考え出す力である。論理的思考力は、学力の要素にある「思考力、判断力、表現力」にも表れている重要な要素である。また、後期中等教育や高等教育の段階では、社会を健全に批判するような思考力を養うことにもつながる。創造力は、変化の激しい社会において、自ら新たな社会を創造・構築していくために必要である。これら論理的思考力、創造力は、基礎的・基本的な知識・技能の習得と相互に関連させながら育成することが必要である。

○ 「読み・書き・計算」などの基礎的・基本的な知識・技能を習得することは、社会に出て生活し、仕事をしていく上でも極めて重要な要素である。これは初等中等教育では、学力の要素の一つとして位置付けられ、新しい学習指導要領における基本的な考え方の一つでもある。小学校からの「読み・書き・計算」の能力の育成など、一層の修得・理解を図ることが必要である。また、社会的・職業的に自立するために、より直接的に必要となる知識、例えば、税金や社会保険、労働者の権利・義務などの理解も必要である。

○ また、基礎的・汎用(はんよう)的能力のみを身に付けても仕事をしていく上では十分ではない。どのような仕事・職業であっても、その仕事を遂行するためには一定の専門性が必要である。専門性を持つことは、個々人の個性を発揮することにもつながる。自分の将来を展望しながら自らに必要な専門性を選択し、それに必要な知識・技能を育成することは極めて重要である。専門的な知識・技能は、特定の資格が必要な職業等を除けば、これまでは企業内訓練で育成することが中心であったが、今後は、企業の取組だけではなく、学校教育の中でも意識的に育成していくことが重要であり、このような観点から職業教育の在り方を改めて見直し、充実していく必要がある。

 

○3 基礎的・汎用(はんよう)的能力の内容

○ 基礎的・汎用(はんよう)的能力の具体的内容については、「仕事に就くこと」に焦点を当て、実際の行動として表れるという観点から、「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つの能力に整理した。

○ これらの能力は、包括的な能力概念であり、必要な要素をできる限り分かりやすく提示するという観点でまとめたものである。この4つの能力は、それぞれが独立したものではなく、相互に関連・依存した関係にある。このため、特に順序があるものではなく、また、これらの能力をすべての者が同じ程度あるいは均一に身に付けることを求めるものではない。

○ これらの能力をどのようなまとまりで、どの程度身に付けさせるのかは、学校や地域の特色、専攻分野の特性や子ども・若者の発達段階によって異なると考えられる。各学校においては、この4つの能力を参考にしつつ、それぞれの課題を踏まえて具体の能力を設定し、工夫された教育を通じて達成していただきたいと考えている。その際、初等中等教育の学校では、新しい学習指導要領を踏まえて育成されるべきである。

 

◇ 人間関係形成・社会形成能力

○ 「人間関係形成・社会形成能力」は、多様な他者の考えや立場を理解し、相手の意見を聴いて自分の考えを正確に伝えることができるとともに、自分の置かれている状況を受け止め、役割を果たしつつ他者と協力・協働して社会に参画し、今後の社会を積極的に形成することができる力である。

○ この能力は、社会とのかかわりの中で生活し、仕事をしていく上で基礎となる能力である。特に、価値の多様化が進む現代社会においては、性別、年齢、個性、価値観等の多様な人材が活躍しており、様々な他者を認めつつ、それらと協働していく力が必要である。また、変化の激しい今日においては、既存の社会に参画し、適応しつつ、必要であれば自ら新たな社会を創造・構築していくことが必要である。さらに、人や社会とのかかわりは、自分に必要な知識や技能、能力を気付かせてくれるものでもあり、自らを育成する上でも影響を与えるものである。具体的な要素としては、例えば、他者の個性を理解する力、他者に働きかける力、コミュニケーション・スキル、チームワーク、リーダーシップなどが挙げられる。

 

◇ 自己理解・自己管理能力

○ 「自己理解・自己管理能力」は、自分が「できること」「意義を感じること」「したいこと」について、社会との相互関係を保ちつつ、今後の自分自身の可能性を含めた肯定的な理解に基づき主体的に行動すると同時に、自らの思考や感情を律し、かつ、今後の成長のために進んで学ぼうとする力である。

○ この能力は、子どもや若者の自信や自己肯定観の低さが指摘される中、「やればできる」と考えて行動できる力である。また、変化の激しい社会にあって多様な他者との協力や協働が求められている中では、自らの思考や感情を律する力や自らを研さんする力がますます重要である。これらは、キャリア形成や人間関係形成における基盤となるものであり、とりわけ自己理解能力は、生涯にわたり多様なキャリアを形成する過程で常に深めていく必要がある。具体的な要素としては、例えば、自己の役割の理解、前向きに考える力、自己の動機付け、忍耐力、ストレスマネジメント、主体的行動などが挙げられる。

 

◇ 課題対応能力

○ 「課題対応能力」は、仕事をする上での様々な課題を発見・分析し、適切な計画を立ててその課題を処理し、解決することができる力である。

○ この能力は、自らが行うべきことに意欲的に取り組む上で必要なものである。また、知識基盤社会の到来やグローバル化などを踏まえ、従来の考え方や方法にとらわれずに物事を前に進めていくために必要な力である。さらに、社会の情報化に伴い、情報及び情報手段を主体的に選択し活用する力(*5)を身に付けることも重要である。具体的な要素としては、情報の理解・選択・処理等、本質の理解、原因の追究、課題発見、計画立案、実行力、評価・改善などが挙げられる。

 

◇ キャリアプランニング能力

○ 「キャリアプランニング能力」(*6)は、「働くこと」を担う意義を理解し、自らが果たすべき様々な立場や役割との関連を踏まえて「働くこと」を位置付け、多様な生き方に関する様々な情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリアを形成していく力である。

○ この能力は、社会人・職業人として生活していくために生涯にわたって必要となる能力である。具体的な要素としては、例えば、学ぶこと・働くことの意義や役割の理解、多様性の理解、将来設計、選択、行動と改善などが挙げられる。

 

 

*1 このような、社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程を「キャリア発達」という。

*2 中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改善について(答申)」(平成11年)では、キャリア教育を「望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」であるとし、進路を選択することにより重点が置かれていると解釈された。また、キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書(平成16年)では、キャリア教育を「『キャリア』概念に基づき『児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育』」ととらえ、「端的には」という限定付きながら「勤労観、職業観を育てる教育」としたこともあり、勤労観・職業観の育成のみに焦点が絞られてしまい、現時点においては社会的・職業的自立のために必要な能力の育成がやや軽視されてしまっていることが課題として生じている。

*3 主要能力(キーコンピテンシー)は、OECDが2000年から開始したPISA調査の概念的な枠組みとして定義付けられた。PISA調査で測っているのは「単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な課題に対応することができる力」であり、具体的には、○1社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する力、○2多様な社会グループにおける人間関係形成能力、○3自立的に行動する能力、という三つのカテゴリーで構成されている。

*4 「基礎的・汎用的能力」の名称については、現在、「基礎的能力」と、その基礎的能力を広く活用していく「汎用的能力」の双方が必要であると考え、両者を一体的なものとして整理する。

*5 地域格差や教育格差を生じさせることなく身に付けさせるためには、教材の充実や教職員の量・質の向上及びこのための研修が必要である。

*6 「プランニング」は単なる計画の立案や設計だけでなく、それを実行し、場合によっては修正しながら実現していくことを含むものである。

 

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(初等中等教育局特別支援教育課)