資料10:品川委員提出資料

2010年9月6日提出
品川裕香
教育ジャーナリスト

中央教育審議会初等中等教育分科会
特別支援教育の在り方に関する特別委員会(第3回)

制度改革の実施に必要な体制・環境整備についての私見

※「就学相談・就学先決定のあり方等について」は2010年8月11日提出資料をご参照ください。

 

1. 取材から見えてくる、特別支援教育の在り方の現状

 過日、就学相談・就学先決定ほど自治体による差が大きいものはなく、その結果、「すべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利の保障」にはつながってはおらず、子ども自身が不利益を被っている現状が少なからずあることを指摘した。その背景としては、○1就学判定に関わる人たちの専門性に差があり、子どもの発達段階を踏まえた実質的な教育的ニーズを押さえられない(学際的な専門家チームが判断するところもあれば、校長と保護者が話し合うところもあれば、保護者の意向がそのまま通るところもある)○2判定に使う検査の課題(10分程度の面接で決めるところもあれば、WISCやWPPSIなどを使ってニーズ把握に努めるところもあるが、言語理解の検査を行っていないところは非常に多い)、○3情報連携の課題(保育園・幼稚園等の情報が判定する側に共有されない)などを申し述べた。加えて指摘したいのは、○4インクルーシブ教育の定義が徹底されていない(インクルーシブ教育のことを「場の共有」と捉えている人が少なくない。「場の共有」だけではすべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利は保障されない)という点だ。制度改革の実施に必要な体制や環境整備について検討する前に、まずはこういった課題に対して本会としてどう考えるか検討されたい。

 

2. 制度改革の実施に必要な体制・環境整備についての提案

(ア)多角的な、専門性のある学際チームによる判定・相談・検証を行う機関を都道府県単位で設置する

     「すべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利」を保障するためには、居住する自治体によっての格差を少しでも減らす必要がある。そのためにも、前回提案したが都道府県単位でLD・ディスレクシア・ADHDやアスペルガー症候群・高機能自閉症・知的障害など発達障害の知識を持った医療(小児科医・小児神経科医・児童精神科医等)・福祉(作業療法・理学療法・educational optometrist等)・心理・言語・社会学・教育(教育委員会・特別支援教育士スーパーバイザー等)の専門家が集まった判定・相談・検証する専門機関を作る。この機関では年間を通して、学際的なデータとレコメンデーションをもとに、教育現場の専門家がその地域の教育事情を踏まえたうえで、保護者の意向を聞きつつも、最終的には「子ども・若者育成支援推進法」の理念に基づき、すべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利の保障を踏まえて弾力的(入学後6年間/12年間同じ教育現場に固定するのではなく子どもの発達に応じて学ぶ場を変える等)に判断する。また決定が確実に教育現場に伝わり子どもの教育に生かされているかどうか、判定責任者は入学後、各自治体教育委員会に設置されている専門家チームや校内の特別支援教育コーディネーター等とともに子どもの成長発達の様子、指導の状況等を目視し確認して検証する。この段階でライフステージに沿った移行支援体制を実践すべく、特別支援教育コーディネーター等地域の専門家に引き継ぐ。

(イ)日本版OfSTED・Inspectorの設置

     (ア)の専門機関は、子どもの発達を判定し具体的なニーズを明らかにする機関であり、現在、児童相談所や教育センター、各教育委員会内に設置されている専門家チームや就学指導委員会などがそれぞれで行っていることがらなどをも吸い上げて行う専門機関だが、それとは別に、すべての子どもたちの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利が「実質的」に保障されているどうかを抜き打ちで調査し、監督し、また子ども(保護者)側から不服申し立てもできる監査機関が必要である。要は専門機関に医療・心理・教育・福祉・言語・社会学等の専門家が集い、子どものニーズを踏まえた判定等を行っても、それが実質的指導に結びついていなければ、インクルーシブ教育など画餅であるどころか、学ぶべきものを学ぶべき時期に学べない子どもたちが生まれ、彼らが著しく不利益を被る。英国のOfSTED(教育水準監査院・1992年に学校監査法成立ともに第三者評価機関として設置、担当大臣のいない政府機関)には賛否両論あり、Inspector(監査官/訓練を受けた専門家・民間委託)についてもさまざまな課題が指摘されていることは重々承知しているが、それでもなお、(ア)の専門機関が指示したような指導が実際におこなわれているかどうか子どもの権利保障の観点から監督する独立機関がなければ、自治体・学校・教師・家庭・地域間の格差は広がるばかりであろう。たとえば、学校が子どものニーズに応じた指導をしていない、いじめがある等分かった場合は、学校長および教育委員会に報告し改善を要求する、などだ。
     この機関は「子ども・若者育成支援推進法」の理念に基づき、学校の抜き打ち調査だけでなく、子どもに関わるすべての施設(療育・保育園・幼稚園・学校・養護施設・児童自立支援施設・矯正施設・病院・児童相談所など)において子どもの権利が実質的には侵害されていないか等の査察を行い、それぞれの上位機関に報告、改善要求等を行う法的拘束力を持ちたい。

(ウ)教育現場の体制整備として、○1教師/校長のマネジメント能力の向上 ○2すべての教師に護身術の導入 ○3防音効果があり自傷予防も踏まえたクールダウンスペース(刺激遮断室/内省室)の設置 ○4リレーションルーム(ロールプレイのようなワークショップ等を行い、ビデオ録画のできる教室)の設置 ○5学習スタイルの多様性を踏まえた教科書・副教材の提供 ○6情報保障としての図書室/図書館の充実 ○7情報共有の制度化を行い、さらには○8人事交流の活発化 ○9校外委嘱等アウトソーシングをも視野に入れたい。

 インクルーシブ教育を行うのであれば、教育者の障害観/教育観のパラダイムシフトと、教育現場の体制整備が必須である。すでに提出した資料にも記したが、現在の40人学級に認知特性や指導ノウハウの異なる子どもが入った場合、訓練を受けていない教師は子どもの教育的ニーズに関心を持たなくなり、教師自身も向上せず、あるいは最初から投げやりになるか支援員もしくは専門家に丸投げしがちであり、受け入れる子ども側も事前に徹底した指導を受けていなければ混乱し、また受け入れられる子どものほうも疎外感を募らせがちであることは先行研究(Wiener,2003;Imants et al,2001ほか)も示している通りであるし、また私自身の取材を通してもそういったケースは、全国津々浦々、枚挙にいとまがない。
 教育現場における障害観/教育観のパラダイムシフトについては、まだまだ今後の課題であるものの、すでに特別支援教育が始まる数年前から各地の自治体で発達課題についての研修は行われており、土台はできつつあるといえよう。実際、京都市など一部の自治体では、児童生徒理解に発達的な視点を入れる必要があるとの認識が高まり、生徒指導課と学校指導課、特別支援教育課の実質的な連携が始まっている。
 だが、子ども理解に障害に関する知識があるとか、指導技術を向上させるというような従来の方法だけで対応しようとしても、実質的なインクルーシブ教育は行えない。

 まずは○1教師のクラスルームマネジメント能力/校長の学校マネジメント能力の向上を図る、エビデンスベースの研修が必須である。異質平等の学級経営/学校経営、すなわち学級経営/学校経営の多様化は、すでに教育現場が抱えている急務の課題である。取材をしていても講演をしていても、現場の声は「ニーズの多様性を踏まえた学級もしくは学校経営の必要性を強く感じるが、どうしたらいいかわからない」という点に終始する。異質平等の学級経営/学校経営ができなければ、有機的機能を持つ組織を作ることはできず、ニーズの多様化に応えられない。学習スタイルや認知特性、聴覚・視覚等の情報処理や短期記憶の多様性等を踏まえた指導の実践、およびその技術の向上は言うまでもない。

 また、○2パニックする児童生徒のことを踏まえて、暴れ倒す子どもを傷つけず、また自分自身も傷つかないように制圧する護身術を教師が身につけることも必須である。これはパニックしたり、自傷したりする児童生徒たちだけに有効なのではなく、生徒指導上対象となるような暴力行為を働く児童生徒に対しても有効である。生徒指導担当の教師には早急に導入する必要がある。このノウハウは矯正教育が持っているので、研修等はすぐに行えるはずだ。

 そういった指導する側のスキルの向上と同時に、受け入れる学校側のハード面も整える必要がある。
 認知特性に偏りがあったり、パニックを起こす児童生徒を受け入れたりすることを考えれば、○3防音効果があり、かつ子どもが自傷できないようになっている、刺激を遮断できるクールダウンスペースの設置は必須である。現状では空き教室を使っていたり、クールダウンと称して教室の隅に段ボールを用意したりしている学級を多々みかけるが、いずれも子どもが叫んだり暴れたりしたときの保護が徹底できず、いじめなども発生しやすくなり、他の子どもたちへの影響も看過できない。アメリカやイギリスでは、自閉症圏の子どもを受け入れる学校や施設では写真のような刺激遮断室(天井や壁をウレタンの保護材が覆っており、ぶつかってもけがをしないようになっている。また自傷しないように電球等も割れないようなものを使っており、往々にして窓もない)の設置は必須である。パニックしたときに緊急避難的に利用するとしても、徐々に利用回数を減らせるようにセルフ・コントロール力向上のための指導が併せて求められるのは、これまた言うまでもない。

 また○4異質平等の学級経営を推進していくためにはロールプレイなどワークショップ型の授業を展開することが必要になろうが、そのための教室設置も望ましい。自分たちの行動を見ることができるような全身がうつる大きな鏡があったり、あとから児童生徒たちが振り返るためビデオ録画ができるようなシステムがあったり、話し合いができたりするような部屋が望ましいであろう。

 ○5学習スタイルの多様性を踏まえた教科書や副教材の提供も必須である。デジタル教科書やすべての子どもにパソコンを導入するなど検討されているが、LDやディスレクシアの子どもたちはパソコンがあればいい、デジタル教科書にすればいいというものではない。現状の教科書の場合、マンガやイラストが多い、多色使いすぎる、イラストのタッチなどの配慮がないなど、デザイン的にはLDやディスレクシア、ADHDの子どもたちには見づらい、使いづらい、結果として理解しづらい教科書になっている。まずはそういった視点で(紙の)教科書を作ることが急務であろうし、デジタル教科書を作る場合にはLDやディスレクシア、聴覚や視覚など感覚障害、自閉症スペクトラムなど認知特性に偏りのある児童生徒の特性を踏まえたうえで作ることもまた、指摘するまでもないことである。それまでのブリッジとして、教科書や副教材のpdfデータを配布することで、子どもの教育権を保障する。pdfデータがあれば指定した箇所の音声化が可能になり、児童生徒の負担はかなり軽くなる。

 それに加えて○6情報保障を徹底するための図書室/図書館の充実が求められる。パソコンを導入しても、本をスキャンして取り込めたり、取り込んだものを音声化できたりするようなソフト等がなければ、結局はLDやディスレクシア、ADHD等を持つ子どもたちはデジタル情報の恩恵にあずかれず、ますます定型発達の子どもたちとの間で格差が開き、教育の公平性は担保できない。情報量が著しく増える高学年になればなるほどこういった傾向は強くなるため、インクルーシブ教育を実質的に推進していくのであれば、図書室/図書館の充実は中学校以降は必須である。あわせて司書教育の徹底も必要であろう。

 さらにインクルーシブ教育を実質的に行うためには○7情報共有の制度化も必須だ。現状では、通知があるにもかかわらず、保育園・幼稚園の情報が就学相談で受け入れられない/小学校側に伝えられない、小学校での指導状況が中学校側に伝えられない/伝えても実質的に利用されない等の課題がある。取材してみると、情報提供を拒む教師たちは個人情報保護法を持ち出したり、「先入観を持たず、まっさらな気持ちで子どもと向き合いたい」というような類の観念的な主張をしがちであるが、教師のイデオロギーで子どもたちが不利益を受けるのは言語道断であり、情報共有は制度化する必要がある。先日紹介した、新潟県三条市の『すまいるファイル』のような、子どもの成長記録や生活の様子、指導内容に関するあらゆる情報を記録し、必要に応じて関係機関が共有でき、転校等にも対応可能な資料の導入も検討されたい。

 そのほか、○8人事交流の活発化や、○9校外委嘱等アウトソーシングも視野に入れたい。ただし、いずれも、子どもの教育的なニーズを把握し、実質的な指導が行われていることをチェックできる監督機関があって、での話である。

 

(エ)懲戒権の見直し

 学校教育法第11条は「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる」と定めており、平成19年2月5日には通知も出ているが、インクルーシブ教育を行うのであれば、この懲戒権が乱用されないよう法を見直すことも求められるであろう。現状の、校長と教師の二重に懲戒権がある点、懲戒権の行使の手続きが主観的であって曖昧である点などは、問題行動を取るリスクの高い児童生徒を受け入れるときに注意を要する。実際、平成21年9月1日現在においては、発達障害等の知識や理解、多様な教育的ニーズを踏まえた学級経営のノウハウ等専門性のない教師/校長が、児童生徒の逸脱行動を主観的に問題行動ととらえ、「懲戒」という方法で処理するケースが少なからずある(筆者は、激しくパニックしたり、ルールを理解できなかったり、友だちたちと関係を構築できずケンカばかりしたり、器物破損したりする“問題行動”がその特性から来るものであることを理解しない学校側から登校禁止と言われたアスペルガー症候群や軽度知的障害+自閉症、ADHD等を持つ児童生徒を多数取材している)。今後、こういったことが頻発する可能性がないとはいえず、その場合、不利益を受けるのは子どもたちであり、また保護者からの訴訟が増えることも想定されうるであろう。
 懲戒権を校長に一本化にすること、その手続きを明らかにすること、また児童生徒側からの異議申し立てができるようなシステムを構築することが必要であろうと思われる。

 

(オ)親権との調整

 現状のように親権が強いと、子どもの教育的ニーズではなく親の希望に応えるような就学指導が行われがちである。事実、数年経って子どもが学校でしんどくなってからようやく当初、就学指導委員会が判断した学校に移る、というようなケースが少なくないことは過日、本会でも報告されたばかりだ。
 かように、親の希望と子どもの教育的ニーズは必ずしも合致しない。この点を筆者は「子どもの教育的ニーズを最優先すべき」と考える。それこそが、我が国が批准している子どもの権利条約に定められていることであり、かつ、早期の教育的ニーズの発見、早期の介入こそが最大の教育効果が得られるというのはエビデンスのあることであるからだ。ところが、早い段階ほど子どもの教育的ニーズと保護者の希望は合致せず、結果として子どもが不利益を被るリスクが高くなる。
 そもそも保護者の希望とは何なのか? それは子どもの抱える課題が“負のラベリング”にならないことであり、子どもの能力が少しでも伸びることであり、ポテンシャルが最大限発揮できるような教育を受けることであり、将来自立して社会参加したり自己実現したり社会貢献したりできるようになることであろう。学際的な専門家集団による就学判定、教育的ニーズを踏まえた目標設定とその効果測定、受け入れ先の学校・学級の多様性を踏まえたマネジメントの徹底、学習スタイルや認知特性等の多様性を踏まえた指導の徹底等が実質的に保障されれば、保護者の希望と子どもの教育的ニーズが合致するのは想像に難くない。そういった体制が整うまでの移行期間は、親権との調整を図る法整備なりシステムの構築が必要であろうと思われる。

★繰り返しになるが、インクルーシブ教育を取り巻く諸問題をいかに解決しながら、制度を構築していくことが今後の重要な課題だと思料される。いずれにせよ、エビデンスに基づいた制度設計が必須である。

 

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(初等中等教育局特別支援教育課)