机上配布資料:品川委員提出資料

2010年8月11日
品川裕香
教育ジャーナリスト

中央教育審議会初等中等教育分科会
特別支援教育の在り方に関する特別委員会(第2回)

就学相談・就学先決定のあり方についての私見

1. 就学相談・就学指導委員会の現状と課題

 法律の規定があるにもかかわらず、就学相談・就学先決定ほど自治体によって差が大きいものはない、と取材を通して痛感している。その結果、「すべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利の保障」にはつながって行っていないケースが多く、子ども自身が不利益を被っている現状が残念ながら少なからずあることを指摘せざるを得ない(ここでいう“健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利”とはいうまでもなくアカデミックスキルのことだけではなく、語用論・意味論などの言語理解を含むコミュニケーションスキル、問題を見つけ解決するスキル、対人関係のスキル、社会のルールの理解などコミュニティのなかで生きていく上で必要なスキルを、個々の子どもの認知特性や学習スタイル、視覚・聴覚などの情報処理、短期記憶等の多様性を踏まえて十分な指導を受ける権利である。ちなみに、こういったスキルは反社会的行動を取らないための、エビデンスのある保護要因にも含まれている)。

 こういった事態が起こっている原因はいくつかに分析できる。

○1 就学判定に関わる人たちの専門性の問題

 たいていの場合、教育委員会の指導主事や校長など学校関係者、心理士、医師が判定に関わっている。自治体によってはそこに大学教授、児童精神科医や小児神経科医(地域の発達障害の診断に関わっている医療関係者)が加わることもあれば学校・福祉現場で長年障害児教育・保育に関わってきた教師が加わることもある。さらに言語聴覚の専門家、視覚認知や作業療法、理学療法などの知識を持っておられる方が加わったり、その子どもを乳幼児期から見ていた医師や療育の担当者、幼稚園や保育園の先生が加わって子どもの将来の可能性を踏まえ、個別の教育的ニーズを見て検討していこうとする自治体も稀だがあるにはある。

 一方で、そういった“学際的”な専門性のあるチームが判定するのではなく、保護者が直接入学予定の学校長と話し合い、その段階で課題が出てきたり齟齬が生まれたりしたら教育委員会が相談に入るというところもある。この場合、小学校長に相談に行く際、幼稚園や保育園、療育の担当者が同行して説明したり、同行までしなくても指導内容記録を持って行くということもある。また教育委員会が関わるとき、指導主事等だけが関わるところもあれば、専門性のあるチームが判定してレコメンデーションを出すところもある。

 いずれの場合も、問題になるのは就学判定する人たちが子どもの実質的なニーズを押さえられているのか、という点だ。

 医師や心理士だからといって発達的な視点がある(=正しく子どもの発達障害の有無を診断できる)とは限らないし、たとえ発達的な視点があったとしても教育現場の現状をまったく理解しないまま医学モデルによってのみ就学先を判定し意見がそのまま通ってしまうケースはよくある。同様に、指導主事や校長、学校・福祉現場で長年障害児教育・保育に関わってきた教育者だからといって発達障害のことやその指導方法について必要十分な知識があるとは限らない。

 発達的な視点がないまま、IQ数値や医学モデルだけで就学判定をしてしまうと、科学が証明していることとは逆行し子どもの実質的なニーズを見落として旧態依然とした障害観に基づき就学先を決めることになり、結局は子ども自身が不利益を被ることにつながりやすい(たとえば、アスペルガー症候群だから小集団で学んだほうが落ち着くから特別支援学校/学級がいい、という判定がなされることは最近よく聞くケースだ。しかし、アスペルガー症候群の児童生徒にまず必要なのはその子の言語理解、すなわち語用論や意味論の課題を踏まえて徹底指導することであって刺激を避けるために小集団にいることではない。特別支援学校は教育課程が異なるため彼らの学力保障につながらないし、特別支援学級でも社会性の訓練と称してときに形骸化したSST指導が中心となっているなどして学力保障は難しい。小集団指導自体は否定しないが、社会に出てから不適応を起こさないためのスキルは“刺激の少ない小集団”のなかだけでは身につかない)。

 また、学習とは言語教育だ。ディスレクシア(読み書きのLD)やアスペルガー症候群など高機能自閉症、広汎性発達障害、またこれらは連続性があることなどを考えれば、就学判定をするときには言語理解の専門家(言語聴覚の専門家や特別支援教育士スーパーバイザーなど。言語聴覚士には吃音・構音障害など音声言語の知識はあってもディスレクシアやLD等読み書きや口頭言語、発達障害のことを知らない人が多いことも要注意)の関わりは必須あり、さらには視覚認知や、作業療法などの専門家も関わることが望ましい。だが、そういった専門性持っている人たちが就学判定に関わるケースはまだまだ圧倒的に少ない。

○2 判定に使う検査の課題

 どういう発達検査をしているかで、判定の内容が大きく変わってくる。これは○1に関わることだが“大学教授や医師、心理士など専門家集団が集まって就学相談をしている”という自負する自治体を取材してみたら、実態は医師の診察は5分から10分程度、あとは田中ビネーを使ってIQ数値を出し(結果を心理士が見るわけでもなく)、そのデータだけで医学モデル的に就学先を決めているところも少なくない。あるいは丸1日発達検査をし続け(自閉圏やADHDなどを持つ子どもには丸1日の検査など耐えられないのでアンバランスな面ばかりが強調されがち)、その1日のデータだけで判断しているところもある。いずれも、子どもの真の課題は一つの検査だけ、1日見るだけでわかるものではない。

 もっとも、自治体によっては1日どころか10分の相談で判断しているところもあるし、発達検査もないまま判断しているところもある。

 一方で、WISCやWPPSIなどをつかって、少しでも子どものニーズを把握しようとするところもある。

 繰り返すが教育は言語理解を通して行われる以上、言語理解(音韻・文法・意味・語用など)の検査は必須である。

○3 情報連携の課題

 就学相談にかかる児童の場合、早くから療育に通っているケースは少なくない。ところがこういった療育の情報が就学相談に生かされていないところが目立つ。

 また、療育にかかっておらず保育園や幼稚園に通う段階で保護者が課題に気付き、あるいは園側か指摘され、就学相談にかかることが最近は非常に増えているが、保育園や幼稚園での情報を知らず(保育・幼児教育側が個人情報として伝えない、あるいは資料等を作っても判定する側が見ない等)判定されるので、子どもの実像が十分わからないまま検査だけで判定され、実質的なニーズに応じていない。

2. 相談体制についての提案

(ア) 多角的な専門性のある学際チームによる判定・相談・検証機関を都道府県単位で設置する

 ある政令指定都市の教育センターでは年間4000件の相談を受けているが、そのうちの約50%が発達障害と思われる児童生徒についての相談だという。こういった実態を踏まえたとき、旧態依然とした障害観に基づく医学知識(小児科医や小児神経科医がみな発達障害について診断できるわけではない)や障害児教育の知識や行政システムでは対応できない。過日お話ししたとおり、盲や聾であっても、知的障害や身体障害であっても内疾患があっても、意味や語用などの言語理解が悪かったり音韻の理解が悪かったりするのだ。そして、こういったところに偏りがあれば学習でつまずくのは当然のことである。

 すなわち、求められるのはLD・ディスレクシア・ADHDやアスペルガー症候群・高機能自閉症など発達障害の知識を持った医療(小児科医・小児神経科医・児童精神科医等)・福祉(作業療法・理学療法・educational optometrist等)・心理・教育(教育委員会・高校・特別支援教育士スーパーバイザーなど)の専門家が集まった機関を設置することと考える。

 この機関では年間を通して、必要に応じて、医療・福祉・心理各データとレコメンデーションをもとに、教育の専門家がその地域の教育事情を踏まえたうえで、保護者の意向を聞きつつも、最終的には「子ども・若者育成支援推進法」の精神に基づき、すべての子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利保障を踏まえて弾力的(横浜や松江などではすでに実践されているが、入学後6年間、12年間ずっと同じ教育の現場に固定するのではなく子どもの発達に応じて学ぶ場を変えられる等)に判断することが望ましい。

 また決定が確実に教育現場に伝わり、子どもの教育に生かされているかどうか、判定責任者は入学後、各自治体教育委員会に設置されている専門家チームや校内の特別支援教育コーディネーター等と学校に行き、子どもの成長発達の様子、指導の状況等を目視し確認して検証する。この段階でライフステージに沿った移行支援体制を実践すべく、特別支援教育コーディネーター等地域の専門家に引き継ぐ。

(イ) 子どもの実質的なニーズを把握でき、出生から就労まで確実に指導・支援できるよう、すべての子どもに“教育ノート”を配布する

 新潟県三条市の子育てサポートファイル「すまいるファイル」(http://www.city.sanjo.niigata.jp/kosodate/page00223.html)や神戸市中央区保健所の「つなごう!スマイルシート」のような、子どもの成長記録や生活の様子、指導内容に関するあらゆる情報を記録し、必要に応じて関係機関が共有できるようなファイルを作成し、出生届けが出されたときに配布する。この記録は各検診時に保健師等が確認すれば、子どもの虐待予防等にも利用できる。

3. 私見

 インクルーシブ教育についての検討課題は百花繚乱であり、議論は専門家に譲りたいが、ここで検討しなければならないのは「どういう条件下でならインクルーシブ教育はすべての子どもの権利を担保するか」ということであろう。

 英国・米国等の専門家や教育現場を取材した経験から言うと、インクルーシブ教育が効果をあげるためにはいくつもの条件が整う必要がある。

 まず、課題のある児童生徒が通常学級のなかでの学びで成長し成功することができると教師自身が信じ、またクラスのほかの子どもたちにもその子を実質的に認め受け入れるような指導を事前にしておくことが必要だ。こういったことを実践するにはえてして教師側に高度な専門性が要求されるが、現実的にはたいていの教師は当該児童に対して実質的に期待などを抱かず、ときには担当しなければならなくなったことに落胆して指導すらせず支援員に任せっぱなしにしてしまうこともある(Wiener,2003)

 また、当該児童を受け入れるためには教職員全員の実質的な理解と質の向上が必要であり、校内の特別支援教育の専門家との密な連携を構築することも必須であろう。取材をしていると、我が国はいうまでもなく、英国や米国等においても多くのインクルージョンがこういった知識や理解、指導の専門性の向上なしに行われており、その結果、教育的ニーズのある子どもたちが不利益を受けている実態を多々目の当たりにしている(その結果、reverse streamといって逆転現象がアメリカやイギリスで広がっている事実もある。すなわち、高機能自閉症やディスレクシア、ADHD、行為障害といった課題を持つ児童生徒のために高度な専門教育を提供する私立学校が増え、ニーズが年々増加しているのだ。こういった私立学校は、地域の公教育では指導が不十分な子どもたちを受け入れ、高度で専門的な教育を提供することで確実に子どもたちを社会参加させるなど成功している。ちなみに公教育から回ってくる子どもたちの学費は自治体持ちがほとんどだ)。

 すなわち、すべての子どもに実質的に効果のあるインクルーシブ教育を実践するためには、まずは受け入れる側の教師たちの専門性を確実にあげ、指導技術を担保することが必須要件だと考える。

 ところで、インクルーシブ教育を実施していくうえでは、特別支援教育コーディネーターや支援員の重要性はますます高まるであろう。しかし、一方で、オランダの研究では、そういったコーディネーターが関与することでかえって担任が教育的ニーズについての関心をもたなくなり、自らのスキルアップしなくなるという報告があり(Imants et al,2001)、これなどまさに昨今の教育現場の現状そのものである。

 結論になるが、インクルーシブ教育の理念に反対することはないが、個々の子どものニーズと教育現場が提供している教育事情を鑑みずにすべての子どもをインクルードしてしまうことは、形式的な平等化にすぎず、公平性公正性は担保されず、実質的には子どもの健全発達、将来社会に参加し市民として生きる権利を侵害する可能性が高まってしまうと考える。

 LD/ディスレクシアについていえば、エビデンスベースで指導できる専門家は全国でも本当に少なく、通級指導教室等でもニーズに応じた指導を行っているところは非常に少ない。多くの児童生徒が通常学級に通いながら、ニーズに応じた指導を受けることなく、ただ「やる気がない」「頭が悪い」子として放置されている。彼らを特別支援学校/学級に進学させたとしても、教師側に指導ノウハウはない。結果、彼らは社会的不利益を被るリスクが非常に高くなる。

 最後に、インクルーシブ教育を行う場合、子どもの発達年齢も検討するべきである。

 犯罪学的にいえば、教育する側に専門性もなくニーズのある子どもを受け入れると、母集団の能力が低いままであればいびつな社会集団ができ、いじめや差別などの暴力を受けやすくなる。すると、当該児童が思春期になったときに問題行動を取るリスクが上がるというエビデンスがある。

 結局、就学相談について検討するとき、受け入れ側の教育機関による指導の保障も両輪で考えなければ、サラマンカ宣言でいうところの子どもの権利が保障されるとは言えないと考える。このようなインクルーシブ教育を取り巻く諸問題をいかに解決しながら、制度を構築していくことが今後の重要な課題だと思料される。いずれにせよ、エビデンスに基づいた制度設計が必須であることは言うまでもない。

 

★なお、参考までに記するが、福岡県久留米市では、医療、福祉、教育の専門家からなる3チームによる個別相談が行われている。親子は、3つの専門家それぞれと11月に3回設けられた相談日に相談し、最終的な専門家によるレコメンデーションは後日教育委員会から保護者に伝えられる。この間、保護者の意向は教育委員会側のみならず、各専門家によって十分に聞きとられる。判定には、保育園・幼稚園からの資料、保護者からの資料が参考にされている。療育機関に通っている子どもについては、できるだけ知能検査結果なども参考にしているが、就学相談にあがってくる児童については事前に医療にかかっているケースも多々あり、子どもの情報は医療か福祉が把握している場合も少なくない。久留米市では、通級指導教室に通級予定の児童は、通級指導教室で就学前に相談することも多いため、子どもへの面接、WISC-3をとって、資料として、こどばの教室とLD/ADHD学級、高機能自閉症(情緒)の通級指導教室児の通級について話し合いを別途している。ここには小児神経科医、スピーチ専門医師、通級指導教室先生、久留米市教育委員会のメンバーで構成されている。全国いろいろと見ているが、細やかな就学相談とその後の指導を行っている自治体の一つとして紹介したい。

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初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)