1.教員養成・免許制度の改革の基本的な考え方

1.教員をめぐる現状

 「教育は人なり」といわれるように、学校教育の成否は教員の資質能力に負うところが極めて大きい。教員の職務の本質は、学校における教育活動を通じて、子どもの人格形成に直接携わることである。このような重要な職責を遂行するため、大多数の教員は、教員としての使命感や誇り、教育的愛情を持って教育活動に当たり、研究と修養に努めてきた。また、教職は子どもや保護者はもとより、広く社会から尊敬される存在として、高い評価を得てきた。

 しかし現在、教員に対する尊敬や信頼が揺らぎつつあるなど、教員をめぐる状況は大きく変化している。これらの変化を整理すると、概ね以下のようになる。

  1. 社会構造の急激な変化への対応
     「知識基盤社会」の到来や、グローバル化、情報化、少子・高齢化、社会全体の高学歴化など、我が国の社会構造は大きく変化しており、変化のスピードも速くなっている。本来、学校や教員には、社会の変化を踏まえつつ教育活動を行っていくことが求められているが、現状は、こうした変化がこれまでになく大規模、かつ急激に進んでいるため、教員には、これまで以上に迅速かつ適切に対応するための資質能力が求められている。
  2. 学校や教員に対する期待の高まり
     都市化や核家族化の進行等を背景に、家庭や地域社会の教育力が低下しており、これに伴い、学校や教員に対して期待される部分が増え、保護者の中には、教員に対して一定の目に見える教育成果をあげることを求める傾向が強まっている。家庭や地域社会の教育力の向上を図るとともに、保護者や地域住民の学校運営への参画を進め、教育活動への理解と協力を求めるなど、社会全体として学校や子どもの教育を支えることが重要であるが、現状においては、例えば、子どもの基本的な生活習慣の育成等の面で、学校や教員に過度の期待が寄せられている。
  3. 学校教育が抱える課題の複雑・多様化と新たな研究の進展
     社会状況や子どもの変化等を背景として、学校教育が抱える課題も、例えば以下のように一層複雑・多様化してきている。
    • 子どもの学ぶ意欲や学力・気力・体力が低下傾向にあるとともに、様々な実体験の減少等に伴い、社会性やコミュニケーション能力等が不足していること
    • いじめや不登校、校内暴力等の問題が依然として深刻な状況にあるほか、仮想現実やインターネットの世界に過度に浸ったことも原因と考えられる事件が発生するなど、子どもたちの間に「新しい荒れ」とも言うべき状況が見られること
    • LD(学習障害)やADHD(注意欠陥/多動性障害)等、子どもや学校教育に関する新たな課題や、それに関する知見が明らかになりつつあること
    • 保護者や地域住民が学校運営に参画する仕組みが整備されるとともに、学校に自己評価の努力義務が課されるなど、開かれた学校づくりに向けて、学校が説明責任を果たし、保護者や地域社会との信頼を深めることが重要となっていること
     一方で、例えば、脳科学と教育との関係や、子どもの人間学など、子どもや教育に関する新たな研究も進んできている。
  4. 教員に対する信頼の揺らぎ
     教員の中には、子どもに関する理解が不足していたり、教職に対する情熱・使命感が低下している者が少なからずいることが指摘されている。また、いわゆる指導力不足教員は年々増加傾向にあり、一部の教員による不祥事も依然として後を絶たない状況にある。こうした問題は、たとえ一部の教員の問題であっても、保護者や国民の厳しい批判の対象となり、教員全体に対する社会の信頼を揺るがす要因となっている。
  5. 教員の多忙化と同僚性の希薄化
     社会の変化への対応や保護者等からの期待の高まり等を背景として、教員の中には、多くの業務を抱え、多忙感を抱く者も少なくない。教科指導や生徒指導など、教員としての本来の職務を遂行するためには、教員間の学び合いや支え合い、協働する力が重要であるが、そのために必要な時間がとれず、学びの共同体としての学校の機能(同僚性)が十分発揮されていないという指摘もある。
  6. 退職者の増加に伴う量及び質の確保
     現在の教員の年齢構成を見ると、大量採用期の40歳代から50歳代前半の層が多く、いわゆる中堅層以下の世代が少ない構成となっている。今後、大量採用期の世代が退職期を迎えることから、量及び質の両面から、優れた教員を養成・確保することが極めて重要な課題となっている。

2.これからの社会と教員に求められる資質能力

(1)これからの社会と国民の求める学校像

 変化の激しいこれからの社会において、子どもたちが人生を有意義に送るためには、一人一人が自らの頭で考え、行動していくことのできる自立した個人として成長し、心豊かに、たくましく生き抜いていくことが重要となる。そのような資質を教育を通じて養う必要性が一段と高まっている。

 これからの社会は、文化・政治・社会・経済等を支える人材によって、その在り方が決定される社会であり、教育の質が一層問われることとなる。少子化に伴う人口減少社会において、生産性の高い知識集約型の産業構造に転換し、国際的な競争力を維持していくため、既存知の継承だけでなく未来知を創造していくことのできる高い資質能力を有する人材の育成が、これまで以上に必要となっている。我が国が、今後とも活力を持って競争力を維持するため、また、高い知性の国民が形成する文化国家として発展するためには、そのような国家・社会を担う優れた人材を育成することが重要である。

 知・徳・体のバランスの取れた質の高い教育が全国どこでも提供され、安心し、信頼して子どもを託すことができる学校を求める保護者や国民のニーズが高まっている。これからの学校は、保護者や地域住民の意向を十分に反映する、信頼される学校でなければならず、教育を提供する側からの発想だけではなく、教育を受ける側からの発想に基づいた検討が必要とされている。

 このような社会の進展や国民が求める学校像を展望しつつ、国際的に質の高い教育を実現するためには、教育活動に直接携わる教員に対する揺るぎない信頼を確立し、国際的にも教員の質がより一層高いものとなるようにすることが極めて重要である。

(2)教員に求められる資質能力

 教員に求められる資質能力については、平成9年の教育職員養成審議会(以下「教養審」という。)第一次答申等において、いつの時代も求められる資質能力と、変化の激しい時代にあって、子どもたちに〔生きる力〕を育む観点から、今後特に求められる資質能力について、以下のように示されている。

  1. いつの時代にも求められる資質能力
     教育者としての使命感、人間の成長・発達についての深い理解、幼児・児童・生徒に対する教育的愛情、教科等に関する専門的知識、広く豊かな教養、これらを基盤とした実践的指導力等
  2. 今後特に求められる資質能力
     地球的視野に立って行動するための資質能力(地球、国家、人間等に関する適切な理解、豊かな人間性、国際社会で必要とされる基本的資質能力)、変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力(課題探求能力等に関わるもの、人間関係に関わるもの、社会の変化に適応するための知識及び技術)、教員の職務から必然的に求められる資質能力(幼児・児童・生徒や教育の在り方に関する適切な理解、教職に対する愛着、誇り、一体感、教科指導、生徒指導等のための知識、技能及び態度)

 また、本年7月の中央教育審議会(以下「中教審」という。)義務教育特別部会の審議経過報告においては、優れた教師の条件について、大きく集約すると以下の3つの要素が重要であるとされている。

  1. 教職に対する強い情熱
     教師の仕事に対する使命感や誇り、子どもに対する愛情や責任感など
  2. 教育の専門家としての確かな力量
     子ども理解力、児童・生徒指導力、集団指導の力、学級作りの力、学習指導・授業作りの力、教材解釈の力など
  3. 総合的な人間力
     豊かな人間性や社会性、常識と教養、礼儀作法をはじめ対人関係能力、コミュニケーション能力などの人格的資質、教職員全体と同僚として協力していくこと

 教員を取り巻く状況や、これからの社会の進展、国民の学校教育に対する期待等を考慮すると、これらの答申等で示された基本的な考え方は、今後とも尊重していくことが適当である。むしろ、変化の激しい時代だからこそ、変化に適切に対応した教育活動を行っていく上で、これらの資質能力を確実に身に付けることが重要となっている。

 また、教職は、日々変化する子どもの教育に携わり、子どもの可能性を開く創造的な職業であり、このため、教員には、常に研究と修養に努め、専門性の向上を図ることが求められている。教員を取り巻く社会状況が変化し、学校教育が抱える課題も複雑・多様化する現在、教員には、不断に最新の専門的知識や指導技術等を身に付けていくことが重要となっており、「学びの精神」がこれまで以上に強く求められているものと考える。

3.教員養成・免許制度の改革の重要性

 これからの社会や学校教育の姿を展望しつつ、教員を取り巻く現状等を考慮すると、現在、教員に最も求められていることは、子どもや保護者はもとより、広く国民や社会から尊敬と信頼を得られるような存在となることである。教職は国民の尊敬と信頼があって初めて成り立つ職業である。大多数の教員は期待に応えるべく教育活動に励んでおり、この点は積極的に評価する必要があるが、社会状況の変化等を背景として、現在、教員に対する尊敬や信頼が揺らぎつつあることは否定できない。今後、信頼され、安心して子どもを託すことのできる学校づくりを進めていくためには、何よりも教員自身が尊敬され、信頼される存在とならなければいけない。

 教員に対する尊敬と信頼を確立するためには、何よりも教員自身が自信と誇りを持って教育活動に当たることが重要である。同時に、教員の養成、採用、現職研修等の各段階における改革を総合的に進めることが必要であるが、とりわけ教員養成・免許制度の改革は、採用や現職研修の改善・充実を図る前提として、重要である。養成段階で、教科指導や生徒指導等に関する最小限必要な資質能力を確実に育成することにより、その後の採用や現職研修に関する取組みがより実効あるものとなる。また、社会から評価される教員を養成しなければ、その後の採用や研修において、いかに充実した方策を講じようとも、教員に対する尊敬と信頼を確立することは困難である。

 さらに、1.で述べたように、教員の大量採用時代の到来を控え、量及び質の両面から優れた教員を確保することが重要となっているこのような時期こそ、採用段階における教員の質の確保に加えて、養成段階においても、教員の質を確実に保証する方策を講ずることが必要である。

4.教員養成・免許制度の現状

 我が国の教員養成は、戦後、「大学における教員養成」と、いわゆる「開放制の教員養成」を原則として行われてきた。これらの原則は、幅広い視野と高度の専門的知識・技術を兼ね備えた多様な人材を広く教育界に求めることを目的としたものであり、これにより、質の高い教員が養成され、我が国の学校教育の普及・充実や社会の発展に大きな貢献をしてきた。

 その一方で、現在、大学の教職課程については、例えば、以下のような課題が指摘されている。

  • 教員養成に対する明確な理念(養成する教員像)が確立されていない大学があるなど、教職課程の履修を通じて、学生に身に付けさせるべき最小限必要な資質能力についての理解が必ずしも十分ではないこと
  • 実際の科目の設定に当たり、免許法に定める「教科に関する科目」や「教職に関する科目」の趣旨が十分理解されておらず、シラバスの作成も十分でないなど、教職課程の組織編成やカリキュラム編成が、必ずしも系統的に整備されていないこと
  • 教職課程の科目が理論中心であり、学校現場が抱える課題に必ずしも十分対応していないこと。また、指導方法が講義中心で、演習や実験、実習等が十分ではないほか、教職経験者が授業に当たっている例も少ないなど、実践的指導力の育成が必ずしも十分でないこと。特に修士課程に、これらの課題が見られること

 一方、教員免許制度についても、これまで免許状の種類の見直しや「教職に関する科目」の充実など、逐次、改善・充実が図られてきたところである。しかしながら、平成16年10月の文部科学大臣からの諮問の際の説明でも指摘されたように、教員免許状が教員として最小限必要な資質能力を保証するものとして評価されていないことや、専修免許状の取得が学校現場で必ずしも十分評価されていないこと等、様々な制度的課題が生じてきている。

5.教員養成・免許制度の改革の方向

 これまでの我が国の教員養成の実績等を考慮すると、「大学における教員養成」及び「開放制の教員養成」の原則は、今後とも、尊重する必要があるが、前述のような課題に対応し、教員に対する揺るぎない信頼を確立するためには、以下のような二つの方向で、教員養成・免許制度の改革を進めることが適当である。

  1. 大学の教職課程が、「教員として最小限必要な資質能力」(注)を確実に身に付けさせるものとなるようにすること
     我が国の教員養成が大学の教員養成の機能に期待して行われている以上、教職課程の認定を受けている大学(以下「課程認定大学」という。)は教員養成を自らの主要な任務として強く自覚する必要があり、教員として必要な資質能力を身に付けた学生を送り出すべく、質の高い教育活動を行うことは、課程認定大学としての当然の責務である。
     このような認識に立ち、課程認定大学においては、学校現場の実態やニーズ等を踏まえた教職課程の改善・充実に積極的に取り組むことが期待される。また、今後、教職課程の認定の際の審査や認定後の評価の充実を図ること等により、教職課程の質の維持・向上に努めることが必要である。
  2. 教員免許状が、教職生活の全体を通じて、教員として最小限必要な資質能力を確実に保証するものとなるようにすること
     近年、教員として必要な資質能力を責任を持って育成しているとは必ずしも言いがたい教職課程が増加しており、教員免許状がいわば「希望すれば、容易に取得できる資格」とみなされ、社会的に評価が低下してきたことは否定できない。教員免許状が基本的に教職に就くための唯一の資格である以上、免許状取得者が身に付けた資質能力を社会に対して明らかにし、保証していくことは、教員に対する尊敬と信頼を確立する上で、極めて重要である。
     このような観点から、教員免許状について、授与の段階から、その後の教職生活の全体を通じて、教員として必要な資質能力を確実に保証するものとなるように制度的な整備を図ることが必要である。
     具体的には、教員として必要な資質能力の全体について明示的に確認した上で免許状を授与するよう、教員免許状の授与の要件を改善することが必要である。また、教員免許状の取得後も、社会状況や学校教育が抱える課題、子どもの変化等に対応して、その時々で求められる教員として最小限必要な資質能力が保持されるよう、定期的に必要な刷新(リニューアル)とその確認を行うことが必要であり、このための方策として、教員免許更新制を導入する必要がある。

 一方、このような改革を進めるにあたっては、次のような点に留意することが必要である。

  • 教員に質の高い人材を迎え入れるためには、教職や学校が魅力ある職業、職場であることが不可欠であり、教員や教員志願者の意欲を高める方向で改革を進める必要があること
  • 努力している教員が適切に評価され、処遇されるよう、教員の評価や処遇等の在り方について検討する必要があること
  • 教員の多忙感を軽減し、教科指導や生徒指導などの本来の職務に専念できるよう、学校の事務・業務の見直しや、国・都道府県・市町村が行う調査等の精選、事務処理体制の整備などの環境整備に努める必要があること
  • 子どもの学ぶ意欲や学力・気力・体力の低下、いじめや不登校、校内暴力等の問題の深刻な状況等、学校教育が抱える複雑・多様化する課題に、学校全体として組織的に対応するための体制整備を進める必要があること

 (注)「教員として最小限必要な資質能力」とは、平成9年の教養審第一次答申において示されているように、「養成段階で修得すべき最小限必要な資質能力」を意味するものである。より具体的に言えば、「教職課程の個々の科目の履修により修得した専門的な知識・技能を基に、教員としての使命感や責任感、教育的愛情等を持って、学級や教科を担任しつつ、教科指導、生徒指導等の職務を著しい支障が生じることなく実践できる資質能力」をいう。

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