教職大学院における教育課程・教育内容は、大きく分けて、全ての学生が共通的に履修する「共通科目(基本科目)部分」と、「学校における実習」部分、各コースや専攻分野により選択される「コース(分野)別選択科目部分」から構成される。
現行の修士課程における教員養成の仕組みは、修士課程において深く研鑽を積み、特定の分野について得意分野を持った教員を養成することを前提としている。
他方、子どもたちの学ぶ意欲の低下や規範意識・自律心の低下、社会性の不足、いじめや不登校等の深刻な状況など、学校教育が抱える課題が一層複雑化・多様化している状況の中で、1.子どもの数の減少に伴う学校の小規模化や教員組織の小規模化、2.家庭や地域との関係において学校が担うべき役割の変容、3.教科や学級の枠を超えた多様な指導形態・方法の理解の必要性等の様々な要因をも考慮すると、今後、所属する学校のみならず地域の学校群において、学校教育が直面する諸課題の構造的・総合的な理解に立って幅広く指導性を発揮できる教員(スクールリーダー)の養成が求められる。また、新しい学校づくりの有力な一員としての役割が期待される活力ある新人教員についても、学校現場における職務についての広い理解を前提として、自ら学校における諸課題に積極的に取り組む資質能力を有することが求められる。
このため、教職大学院においては、設定されたすべての領域について授業科目を開設し、体系的に教育課程を編成することとし、学生は、すべての領域にわたり履修することとするが、各領域に具体的にどのような授業科目を開設するか、また領域ごとの履修単位数をどう配分するかについては、各大学院における設定に委ねることとする。
これまで、ともすれば多くの教員養成カリキュラムにおいては、理論に関する科目と実践に関する科目とは区別され、理論的な諸科目は実習により自然に融合するはずとの考えに立ち、実践に関する内容は専ら学部段階の教育実習にのみ負わされていた。このため、理論と実践との融合は双方の受講という形で学生にのみ負わされているのが現状である。
教職大学院において、学校現場における実践力・応用力など教職に求められる高度な専門性を育成するためには、学校教育における理論と実践との融合を強く意識した体系的な教育課程を編成することが特に重要である。
この「理論と実践の融合」の観点から、それぞれを教員・科目が役割分担するのではなく、すべての教員・科目が実践と理論とを架橋する発想に立つ必要がある。例えば、共通科目(基本科目)部分は理論的教育、コース(分野)別選択科目部分は実務的教育というような二分法的な考えをすべきではない。
具体的には、
など、理論的教育と実務的教育との実効的な架橋を図る工夫が必要である。
特に上記2について、その授業内容は、諸学問の体系性に根ざす単なる「理論のための理論」ではなく、学校における教育課題の把握や教員の実践を裏付けるとともに、様々な事例を構造的・体系的に捉えるものとする必要がある。具体的には、
が重要である。
教職大学院における授業については、少人数で密度の濃い授業を基本としつつ、理論と実践との融合を強く意識した新しい教育方法を積極的に開発・導入することが必要である。
具体的には、例えば、事例研究、模擬授業、授業観察・分析、ロールプレーイング、現場における実践活動・現地調査(フィールドワーク)等の教育方法を積極的に開発・導入することが必要である。
教職大学院におけるカリキュラムにおいては、上記のように、学校教育に関する理論と実践との融合を意識した指導方法・内容である必要があり、このため、実務経験を有する者による具体的事例を基とした内容であることが重要である。
実務経験を有する者は、専任教員の一部である「実務家教員」のほか、授業科目・内容により、例えば非常勤の教員として実務経験者を積極的に活用することも有効である。
実務経験を有する者の範囲については、優れた指導力を有する教員や指導主事、教育センター職員等学校教育関係者や校長等管理職などの経験者が中心になることが想定されるが、それのみならず、医療機関、家庭裁判所や福祉施設など教育隣接分野の関係者、また例えばマネジメントやリーダーシップなどに関する指導については民間企業関係者など、幅広く考えられる。
具体的には、例えば下記のような事例が考えられる。
なお、実務経験者による指導は、その経験による知見を背景とした指導として有用であるが、その活用に当たっては、実務経験者による授業のほか、研究者教員とのティームティーチングによる実践と理論との融合による授業形態の工夫なども有効である。
大学は教育研究の場であり、その成果を蓄積している。他方学校教育現場は幼児・児童・生徒(以下「児童生徒等」という。)の教育をつかさどる場であり、日々の営みとしての教育が実践され、その経験が蓄積されている場である。教職大学院はこの二つの世界の架橋となり、その融合を目指すものである。教職大学院を構成する教員と学生は、この二つの世界を往還することにより、教育現場に生起する課題の理解と解決を通して、教員としての資質能力の向上を果たすとともに、学校現場の改革・改善に寄与しようとするものである。
教職大学院は、高度専門職業人としての教員の養成を目的とするものであることから、各大学におけるカリキュラムの設定にあたっては、そのカリキュラムの総体及び各科目の履修により学生に修得させ、養成する資質能力を明確にする必要がある。
教職大学院において焦点化して養成すべき資質能力は、現実には総合的なものであり、教職活動の一連のプロセスを高度にマネジメントしながら実際に遂行できる力量であるが、あらかじめ分節化して明示すれば次のようになる。
なお、教員としての実践的指導力の向上には、幅広い人間性や深い教養の育成が不可欠であることは言うまでもなく、これは教職大学院においても例外ではない。
教職大学院で養成されるべき上記の各資質能力には、例えば以下のようにそれぞれ観点の違いがあることを考慮しておく必要がある。
例えば、「共通科目(基本科目)」を例とすれば、教職大学院において共通的に開設すべき授業科目の領域である5つの領域((1)教育課程の編成・実施に関する領域、(2)教科等の実践的な指導方法に関する領域、(3)生徒指導、教育相談に関する領域、(4)学級経営・学校経営に関する領域、(5)学校教育と教員の在り方に関する領域)のそれぞれにおいて養成される様々な力量は、まず
教職大学院は、新しい学校づくりの有力な一員となり得る新人教員や、地域や学校における指導的役割を果たし得る「スクールリーダー」の養成を目指すものであることから、その各科目さらにはカリキュラム全体の履修により、上記(ア)のレベルの資質能力の修得にとどまらず、(イ)及び(ウ)の視点からなる資質能力を育成し修得させることが必要である。
大学は伝統としてあらかじめ成立している学問研究のカテゴリーに沿って、その成果と蓄積を「講義」として講述し、さらに学生の理解を図るために予習をさせておくことを目的として、あるいは当人の問題意識と結合するために「演習」という形態を採用している。分野によっては「実験」「実習」という形態も採用されている。
教職大学院の授業形態は、そうした伝統的授業形態から思い切って離陸することが求められる。
理論と実践の融合を強く意識した教職大学院の授業においては、理論と実践は相互に関わりあいながら補強しあっていくものであり、学生の学びの行為それ自体が理論と実践を往還するものでなければならない。そのためには、教職大学院は、単なる講義にとどまることなく、従来とは異なる新しい学習方法を含めたものとして展開される必要がある。すなわち、教育現場における課題自体を中心に据え、こうした課題について教員・学生がともに調査研究し、その解決を図る条件・方法を探る実践研究や、また実際にその仮説をもとに実地に試行し(フィールドワーク等)その成果等を発表・討議すること等が、教職大学院の授業として重要である。
例えば、「落ち着きのない児童生徒のいる学級の運営をどう工夫するか」を検討課題とした場合、
また、上記の「落ち着きのない」という現象は、学習習慣の側面からだけでなく、学習活動それ自体からの検討が必要であることが多いことから、この場合、
その他、予め設定した課題ではなく、自分が体験した出来事からひとつの現象や観点を取り出してテーマとし、
さらには、提携協力校の教員等が事例を挙げ、その場合にどのような対応をしたか、何が問題であったか、何が困難であったか等、論議を通して対応のバリエーションを広げる(事例研究)。
その他、提携協力校の教員と大学の教員が、話題を提供し、学びあいの機会とする「ワークショップ」形式も有効である。
このように、教職大学院における授業は、従来の「講義」「演習」のみからなるものとは異なるものとして、基本的に学校教育の実際の事例(ケース)を素材とし、これを構造化・体系化する形により教員の適応能力を育成するための授業とすることが求められる。この観点から、従来の大学教育における一般的な形式である講義・演習は、授業の導入や授業で用いる方法論の確認や授業の前提となる基礎知識の確認、事後の結果等に基づくまとめなど、最小限にとどめることが望ましい。
各教職大学院においては、以下に掲げる講義・演習以外の授業形式について参考にしつつ、それぞれの科目に適した授業形態とその組み合わせについて、様々に工夫し実施することが期待される。
学生の修了時における質の確保を図る観点から、教職大学院においては、厳格な成績評価を実施する必要がある。
各教職大学院においては、各教科の履修により修得させるべき資質能力及びその到達度を明示するとともに、評価基準の明確化、学生への明示など、この実効性を確保する観点から様々な工夫を行うことが重要である。
(例えば、進級・修了の要件として、各年次等の修了時に求められる到達目標(一定単位数の取得や一定のGPA(Grade Point Average)の獲得、進級・修了試験合格など)を定めるなど、教員として必要な資質能力を確実に身に付けているか否かを総合的に判定する仕組を検討・導入することも有効である。)
教職大学院は、学部段階において養成される教員としての基礎的・基本的な資質能力を基盤として、その上に、高度専門職業人としての教員に求められる高度な実践力・応用力を育成することから、その入学段階において学生に求められる資質能力を明確にするとともに、将来の中核的・指導的な役割を果たし得る教員に必要な資質能力を育成し得るか否かを的確に判断し得るよう入学者選抜を工夫する必要がある。
教職大学院における教育は既成学問研究のカテゴリーやアイテムから出発するのではなく、教育現場に生起する様々な課題について調査研究し、その課題の解決を目指す力量を育成するものである以上、入学者選抜の方法も従来の修士課程の場合とは異なるものを各教職大学院が工夫することが必要である。
特に、志願者が現職教員である場合、それまでの教職経験をもとに、教職大学院においてこの経験を客観的・分析的に考察・俯瞰することにより、新しい資質能力の形成が期待されることから、その入学に当たっては、それまでの経験を基に将来に向けた力量形成の可能性を重視した形成的観点からの評価が必要である。この場合、学部で行われているアドミッション・オフィス入試(AO入試)の方式が参考になるであろう。
例えば、「教職大学院選抜委員会」や一部大学などで設置されているような「現職教育センター」といった組織を設置し、入学前年度の5月頃に入学希望者を公募する。希望者の入学後の実践研究課題を聞き取り、その課題で有効な実践研究が可能かどうか、どのような教員チームを設営すればより有効なものとなるか検討を重ね、10月頃にその確認を行い問題がなければ4月の入学について確約する。場合により小論文試験のようなものを実施することもあり得よう。その後、本人の入学意志を確認し(入学確約書の提出)、その後出来る限り担当予定教員チームが入学後の実践研究等の課題の設定・明確化に向けた指導を行う等の工夫により入学後の教育活動が速やかにかつ円滑に行われるようにする、というようなプロセスも考えられる。
他方、学部新卒学生の場合にも、上記AO入試の方式を参考として選抜することも考えられるが、その前提として、学部段階において養成される教員としての基礎的・基本的知識や資質能力等の修得を確認し、学生の専門科目の理解・修得に関する到達度について客観的に評価を行うことがより重要となると考えられる。
高等教育局専門教育課教員養成企画室