| ○ |
国民が最低限身につけるべき義務教育の内容について、ご提案の公設民営方式の学校というシステムで担保できるのか不明。また、担保ができなかった場合の責任は誰が負うのか。 |
| ● |
委託した学校の運営内容については、学校の情報開示を行うとともに、その内容について定期的に評価し、適切な公教育が進められているかどうかを確認していく。 |
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また、教育の内容については、設置者・委託者である区教育委員会が責任を負うと考えている。 |
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| ○ |
公設民営方式を導入することを検討した背景には、通常の公立学校では優秀な教職員の確保が困難であることを挙げているが、公設民営方式であればその確保が可能になるという根拠が不明確である。 |
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資料を読む限りは、「公設民営学校においては通常の公立学校より給与を高くすることによって優秀な教職員を確保する。当然、学校運営経費が高くなるので、保護者負担によって賄う」というシステムであると理解したが、これは保護者の経済状況によらずに誰もが学ぶことができるという公立学校の理念になじむのか。 |
| ● |
公設民営学校における優秀な人材の確保については、インセンティブとして給与を高くすることも一つの方法であると思うし、教職員の研修などの実施も考えている。 |
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その際の負担増については、現段階では認められていないが、公立義務教育学校における授業料の徴収を行うことも考えられるのではないか。 |
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| ○ |
公設民営方式の学校において、理念にうたった教育内容を子どもに身につけさせることができなかった場合等において、そのことについて保護者から裁判を起こされた場合、委託者である区の教育委員会と受託者である民間企業のどちらが責任を持つのか。 |
| ● |
ケースにもよるが、基本的には委託者である区の教育委員会が責任を負うことになるのではないか。 |
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| ○ |
公立義務教育学校において授業料を徴収することとなった場合、その学校に通う保護者の負担が増加することになることについてはどのように考えるか。 |
| ● |
通常の区立学校にかかる経費を超える部分については保護者負担を考えているが、保護者が負担をしない場合、子どもは一般の区立小・中学校に入学することになる。この場合、選択が限られるという問題が生じるが、これは今後の検討課題である。 |
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| ○ |
一般的に、第三セクターやPFIの例をみると、最終的な責任を公が負う形式では失敗となることが多い。何らかの形で民が負担をするメカニズムを作らないと、最後には民が公に責任を押し付けるということになると思われる。 |
| ● |
我々は最終的には公が責任を持つことが必要であると考えている。ただ、一部について民間が責任を持つことも考えられる。どのように責任を区分するかは、今後の検討課題である。 |
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| ○ |
これまでの公教育の問題点として、教員の質が低く人数が少なかったことが挙げられているが、果たして問題はそれだけか。 |
| ● |
教員の質については、現在の公教育に携わっている教員の質が悪いということを言っているわけではない。今回の特区構想におけるイマージョン教育を導入する際には高い英語力を有する者の確保が必要であるということだ。 |
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| ○ |
教員の給与を高くすることで優秀な教員の確保を図るということだが、公平なインセンティブ・メカニズムは構築できるのか。その際、個々の教員と、学校や学年といった組織の中でのポストとの関係をどのように評価するのか。 |
| ● |
この学校の教職員の給与体系については、今後の検討課題である。 |
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| ○ |
この学校のように非常に特色のある公立学校が出現した場合、公立学校の持っている「どこの学校に入っても一定の教育を受けられる」という特徴を壊してしまうことになるのではないか。 |
| ● |
現行でも、日本語教育などスペシャルニーズのある子どもについては通級の学級を設けるなど、一定の教育の範囲を超えた対応を行っている。 |
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| ○ |
この構想では、なぜ幼児教育・就学前教育が含まれていないのか。 |
| ● |
幼児教育段階からのイマージョン教育については、今後の検討課題である。 |
| ○ |
イマージョン教育に関する研究結果では、評価が両極端に分かれている。このように評価が確立していないものを、一生に一回しかない義務教育の段階で、しかも公立学校の義務教育で行うというのは、教育の質の確保という観点からいかがなものか。 |
| ○ |
公設民営学校や株式会社立学校のような新しい制度を導入した場合、モニタリングの制度を整備する必要がある。また、その学校の経営が失敗してしまった場合に誰がそのコストを負担するか、教育を受けていた子どもたちをどういう形で誰が引き取るかというセーフティネットについても予め整備しておく必要がある。 |
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日本の銀行業でいうと、銀行が倒産した場合の対処方法が想定されておらず、これらの問題の解決は全て失敗した。 |
| ● |
現在、私立小学校をドロップアウトしたような子どもは、地元の公立学校に通うことになる。そのとき、子どもが受けた心の痛手のフォローに努めるのだが、かなり難しい。そのため、学校の継続性については十分な配慮が必要。 |
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| ○ |
学校の管理運営の民間委託について、保護能力のない家庭の子どもや不登校の子どものケア、あるいは放課後の部活動といった一部委託の可能性が示されているが、具体的にご教示願いたい。 |
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また、「委託などではなく、学校の管理運営の自由度を高める必要がある」という意見があったが、具体的にはどのようなことか。 |
| ● |
公立学校の一部委託については、公立中学校に在籍する不登校児童生徒のニーズに対応するためのフリースクール的なものが考えられる。また、図書館などの公立の施設、教育施設、社会教育施設の委託なども想定できる。 |
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学校の管理運営の自由度については、校長及び学校の裁量権限の拡大を考えている。現在、教育課程はある程度自由になっており、また、予算についても、財源の問題を別にすれば教育委員会から学校に裁量権を委譲することは容易であると考えられる。 |
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ただし、人事については、情実人事の危険性や、学校が教職員を任用するシステムを現在の広域人事制度の中でどう構築するかということに問題があり、困難であると思われる。 |
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| ○ |
小中学校段階とそれ以外の段階では、同じ公立学校であっても大きく異なる。国が責任を持たなければならない義務教育と、義務ではなく子どもや保護者の選択に任せられているそれ以外の教育とでは、民間委託などについても別個に議論をする必要がある。 |
| ● |
義務教育段階の学校の一部委託の要望の背景には、教員の仕事が非常に多忙であるということがあるのではないか。 |
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| ○ |
「株式会社等による学校設置については絶対反対だが、公設民営、コミュニティ・スクールについては絶対反対というほどでもない」というご意見の団体もあるがこれはどういうことか。 |
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施設の一部委託や外部人材の登用はありうるということか。もしくは特別なケアの必要な子ども達を対象とした学校など、目的によっては機能するかもしれないということか。 |
| ● |
全面的な学校の民間委託については賛成しかねるが、時代のニーズに応えるための一部委託については容認できる部分もあるということである。 |
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例えば、放課後に学校施設を利用して、民間業者が子どもの面倒をみるといった制度が実験的に行われている地域もある。このような事例について、責任の所在などの検討をしていく必要があるのではないか。 |
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| ○ |
現在の日本の公教育が持っている課題をどう解決していくかということは、実際に教育現場で教育に携わっている者の責務になっている。 |
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幼稚園なら、幼保一元化や、幼児に対する教育や保育をどう考えるかという問題。小学校や中学校では学力やいじめの問題。高等学校では中途退学の問題。定時制高等学校では卒業生の就業率が低いという問題。 |
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これらの問題の解決に教育現場は尽力している。 |
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ところが、最近の公設民営学校の導入やNPOや株式会社による学校設置、規制緩和等の議論は、教育の論理ではなく経済や政治的な論理が先行している。国家百年の計である教育については、教育の論理できちんとした議論がなされなければならない。 |
| ○ |
公立幼稚園を卒園した子どもと私立幼稚園を卒園した子どもの間に、その後の進路や社会での活動における有意な差が生じるかを調べた調査はないか。 |
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財政の観点からいうと、自分たちへの予算増を要求するだけではなく、このような調査などを根拠にして、どこを削減してどこを増やすべきかという議論が必要である。そうしないと、残すべき分野に予算を残すことができず、一律カットが行われるという懸念もある。 |
| ● |
幼稚園教育では、知識や理解、技能といった目に見える学力のみならず、興味や関心、表現力、思考力、心情といった目に見えない学力も重視しているため、そのような調査は困難であると思われる。 |
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ただ、幼稚園で繰り返し遊び、自分が納得するまで活動してきた子どもは小学校において学習が深くなるという小学校の先生の研究もある。 |
| ○ |
米国における研究をみると、経験が豊富であるなど教員の質が高ければ、子どもの社会性と意欲の伸び率が高いという分析がなされている。 |
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現在、日本の私立幼稚園の平均勤務年数は7年未満なのに対して、公立の場合は20年程度であり、公立幼稚園のほうが、教員の質が子どもに還元されているといえる。 |
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| ○ |
昨今重要視されている幼児教育の充実という観点から、いわゆる幼保一元化についてはどのようにお考えか。 |
| ● |
教育の視点から幼児教育がきちんと確保され、そのことによって充実していくという方向であるならば、幼保一元化という方向に関して基本的に賛成である。しかし、幼保一元化によって従来の幼稚園教育の質の低下や、幼稚園の保育所化を招くのではないかという懸念もある。 |
| ○ |
現在、幼稚園と保育所を施設的に一体化して運営している地方も多い。究極の幼保一元化というのは、現行の幼稚園と保育所を廃止し、全く新しいタイプの幼児教育の施設を作るということだと思うが、そのような検討はしているのか。 |
| ● |
各自治体等で、そのような検討をしているところもあるようだが、幼稚園と保育所では施設や設備の設置基準、教員免許などといった異なる部分も多いことに留意が必要ではないか。 |
| ○ |
幼保一体化の議論について、重要なポイントが2点ある。 |
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第一に、保育所の保育サービス機能と幼稚園の教育機能とを同じものとして論じることは適当ではない。現在、「待機児童解消」という目標のもと、教育機能の検討がなされないまま、公立幼稚園で余っている部屋を保育所にするなどの措置がとられているのは問題であると認識している。 |
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第二に、乳幼児期の発達課題に合わせた保育環境の整備。0歳から6歳への成長は、年齢ごとに発達課題が異なる。これを一つの環境の中で一緒にして幼保一元化とすることは、適切ではないと思われる。 |
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| ○ |
親が保育所に子どもを預ける理由のひとつとして、0〜2歳までの子どもを預かってくれるということがある。このことについて、3〜5歳の子どもを対象としている幼稚園はどう考えているか。 |
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また、現在一部でみられる小学校への就学年齢の6歳から5歳への引き下げの議論についてはどう考えているか。 |
| ● |
現在は、ご指摘と実態が異なってきている。以前は確かに0〜2歳の待機児童が多かったが、地域によっては現在は逆に3〜5歳の待機児童が増えているところがある。 |
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就学年齢の引き下げについては、子どもは5歳の時期に遊びを通して様々なことを身に付けているということや、安易な就学年齢の引き下げは「早く子どもを学校に上げたい」という風潮を生み、保護者を混乱させる可能性があるということから個人的には反対である。 |
| ● |
就学年齢の引き下げには反対である。 |
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最近は5歳になった子どもから学校に入ることができるようにしよう、といった意見があるが、それでは集団の中での生活習慣などを身につけていない子どもが学校に入学してくることになる。どこかで子供の発達課題をある程度そろえ、集団としての教育を受けてからでないと難しいのではないか。 |
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オーストラリアやニュージーランドでは、5歳の誕生日からプレスクールという学校に入ることができる。このプレスクールは小学校という扱いだが、それよりは幼稚園と小学校のつなぎと考えたほうが適切である。プレスクールで行われているのは、基本的生活・学習習慣を身につけさせるということが中心である。 |
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| ○ |
親が保育所に子どもを預ける一つの理由として、子どもを長時間預かってくれるということがある。幼稚園は一定の教育時間が定められているが、長時間の預かり保育についてはどのように考えるか。 |
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幼稚園の教育時間については、子供の様子をみていても、現在の幼稚園教育要領に定められている時間が適切であると思う。長時間預けられたこどもの疲労度は高く、幼稚園がいたずらに預かり保育の時間を延ばすことは子どもに悪影響を与える可能性が高い。 |
| ○ |
高等学校定時制課程について、現行制度内における学校改革に取り組んでいるとの説明があったが、どのような考えに立ってこの試みを行っているのか。 |
| ● |
これからの学校、特に高等学校定時制課程の生徒は、興味・関心、適性、能力のみならず、生活歴、学習歴、あるいは年齢等の条件の相違において極めて多様化している。今までは多様な生徒が学校にあわせる、という考え方であったが、これからは、多様な生徒に学校があわせていくという発想が必要であると考えられる。 |
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現在、東京都では教育改革を急速に進めており、学校の管理運営規則の改訂や学習指導要領、教育課程の運用、校長の自律経営推進予算、人事制度などについて学校の裁量権が拡大されていることによって、今回説明した特色ある高等学校定時制課程の経営や運営が可能となっている。 |
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また、学校は「どういう学校を作っていくのか」というコンセプトを明確にする必要がある。今回紹介した特色ある高等学校定時制課程は「不登校を経験した生徒や中退した生徒を受け入れて、社会に自立できる力を持った子どもたちに育てる」というコンセプトを設定して、それに沿った取組を進めている。 |
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このように取り組めば、民間への委託や株式会社の導入といった制度の改革でなくても、公立学校の改革は十分に可能であると考える。 |
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| ○ |
高等学校定時制課程は、授業料が格安であり、教科書が無償給付され、給食もあるなど、基本的には勤労青少年に対する支援という意味合いが強かったのではないか。現在、従来のイメージとは異なり昼間授業を行う定時制課程などもあるが、このような定時制課程と特色のある全日制課程とはどう異なるのか。 |
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従来の高等学校定時制課程は、ご指摘のような勤労青少年のための学校であったが、時代の変化にともなって、昼間に授業を行う学校も増えている。また、午前・午後・夜間の3部制をとっているところもある。その高校では午前課程の生徒が午後課程の授業をとるなど、弾力的な受講が可能である。 |
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全日制課程の一部の時間で授業を行うのが定時制課程であるが、授業選択の仕方によっては全日制課程と同じような生活もできるなど、多様な生徒が、マイペースで勉強できるシステムを持った学校が増えている。 |
| ○ |
教職員の管理職の志望者が最近少なくなっているという指摘については、責任の重さに対応した給与が払われていないので志望者が少ないということではないか。 |
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そうであれば、給与を上げることで志望者が出てくる。これは、それぞれの負担に対応した給与のとらえ方という給与体系全体の問題につながるのではないか。 |
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教職員の管理職が減少している理由は給与の問題だけではないと思われる。 |
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現在の教育改革はトップダウンの形態をとることが多い。首長部局と学校現場との意思疎通が悪く、構造改革特区などの取組が首長の思いつきだけで現場に降りてきて、校長が対応に苦慮するといったこともある。 |
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また、学校という組織には教員しかおらず、一般の企業の庶務課や総務課といった、運営のための事務作業を行う部局がないということも問題である。例えば、「総合的な学習」の取組の中で、地域の人材活用やボランティア活用が行われているが、この取組に関わる事務手続き等は教員だけでは対処しきれない。 |
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これらの現状をみて、管理職を志望しない教員が増えているのではないか。 |
| ○ |
現在の教育改革の中での、教育現場の苦労は理解できる。 |
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最近の校長にはトップとして必要な人事、服務関係の法律・規則、予算管理、財務、地域との連携等といった能力が求められている。アメリカの大学院では学校経営という教育が受けられるように、日本でも校長という専門職の訓練や教育機関が必要ではないか。 |