社会保障審議会少子化対策特別部会第1次報告(抄)-次世代育成支援のための新たな制度体系の設計に向けて-

(平成21年2月24日)

はじめに

  社会保障審議会少子化対策特別部会においては、平成19年末の「『子どもと家族を応援する日本』重点戦略」のとりまとめを受け、昨年3月より、6回に渡り議論を行い、昨年5月20日、「次世代育成支援のための新たな制度体系の設計に向けた基本的考え方」(以下「基本的考え方」という。)をとりまとめた。
  「基本的考え方」においては、新たな制度体系が目指すものとして、「すべての子どもの健やかな育ちの支援」を基本におくとともに、「国民の希望する結婚・出産・子育てが実現できる社会」としていくこと、また、「未来への投資」として将来の我が国の担い手の育成の基礎を築いていくことを確認した。
  また、新たな制度体系に求められる要素として、「包括性・体系性」(様々な考え方に基づいて実施されている各種の次世代育成支援策の包括化・体系化)とともに、「普遍性」(誰もが、どこに住んでいても、必要なサービスを選択・利用できること)、「連続性」(切れ目ない支援が行われること)を備えるべきものと確認した。
  さらに、我が国の次世代育成支援に対する財政投入量は、欧州諸国と比較して際だって低水準であることも踏まえれば、今後、一定規模の効果的財政投入が必要であり、そのための負担は、税制改革の動向を踏まえつつ、社会全体(国、地方公共団体、事業主、個人)で重層的に支え合う仕組みが求められることを確認した。
  その後も、「保育サービスの規制改革について平成20年内に結論を得る」こととされた「経済財政改革の基本方針2008」(昨年6月27日閣議決定)をはじめとして、次世代育成支援に関しては、各方面より様々な指摘がなされている。
  また、社会保障国民会議最終報告(昨年11月)においては、新たな制度体系の構築に向け、潜在的な保育サービス等の需要に対し、速やかにサービス提供されるシステムとすることや、子どもや親の視点に立った仕組みとすること等に対する期待が寄せられている。また、少子化対策は、社会保障制度全体の持続可能性の根幹にかかわる政策であり、その位置付けを明確にした上で、効果的な財政投入を行うことが必要であり、「未来への投資」として、国・地方・事業主・国民が、それぞれの役割に応じ、費用を負担していくよう、合意形成が必要等とされた。
  さらに、その後、「持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた『中期プログラム』」(昨年12月24日閣議決定)において、税制抜本改革により安定財源を確保すべき施策の中に、少子化対策が位置付けられた。また、同プログラムにおいては、改革の諸課題を記載した「社会保障の機能強化の工程表」の中に、少子化対策に関する新たな制度体系の設計の検討が位置づけられた。
  本部会においては9月に議論を再開し、これらの各方面の指摘も踏まえ、制度の具体化に向け、保育の提供の新しい仕組みを中心に、9月以降13回に渡り、議論を重ね、このたび、今後の新たな制度体系のさらなる検討に向け、議論の中間的とりまとめとして第1次報告を行うものである。

  なお、検討に際しては、
日々子育てに向き合っている保護者の支援はもちろんのこと、いかに「子どもの視点」を尊重する仕組みとするかが重要であること
・都市部と地方部等、地域により子育て支援の課題やニーズに違いがあることを踏まえ、地域にかかわらず保障されるべき共通の施策とともに、地域の特徴に応じた柔軟な施策の展開を促すことのできる仕組みとする必要があること
という認識の下に取り組んできた。これらは今後の詳細設計に際しても重要な視点である。

  また、本第1次報告は、仕事と子育ての両立支援、とりわけ保育制度のあり方を中心としたものとなったが、次世代育成支援のためには「すべての子育て家庭への支援」も同様に重要な課題であり、今後十分に議論が深められる必要がある。
  さらに、少子化の流れを変えるためには、次世代育成支援のための給付・サービス基盤の拡充のみならず、男女を通じた働き方の見直しによる「仕事と生活の調和」の実現が「車の両輪」として力強く進められることが不可欠である。「『子どもと家族を応援する日本』重点戦略」(平成19年12月27日 )少子化社会対策会議決定)においても、「結婚」「出産」「子育て」に関する国民の希望と現実の間には大きな乖離があり、その乖離を生み出している要因としては、「結婚」については若い人々の経済的基盤、雇用・キャリアの将来の見通し、安定性に対する不安が、また、「出産」については子育てしながら仕事を続けられる見通しや仕事と生活の調和の確保度合いの低さ等が指摘されている。当部会の今後の検討に際しても、常に、この「仕事と生活の調和」の実現の重要性を意識しながら進められる必要がある。
  加えて、子どもの健やかな育成は、保護者はもちろん、地域社会や子育て支援に関わる者など、社会全体で取組むべきものである。このことを国民全体で共有しながら、今後のさらなる議論を進めていく必要がある。

1.これからの保育制度のあり方について

(1)これまでの保育制度が果たしてきた役割

○現行の保育制度は、昭和20年代に、未だ核家族化が進んでおらず、また、女性の雇用労働者としての就労が一般的でなかった時代に、特に支援を必要とする家庭(「保育に欠ける」児童)に対する福祉として、その骨格がつくられた。その後、昭和36年に「保育に欠ける」旨の判断に関する基準が通知により示されるなどして今日に至っている。
○その後、保育関係者の長年の尽力により、我が国は、家庭の状況や保護者の所得にかかわらず、すべての子どもに健やかな育ちを支える環境を保障してきた。諸外国に比べ、決して手厚いとは言えない従事者の配置の中で、累次の保育所保育指針の改定に対応し、入所する児童の最善の利益を第一に考え、その福祉を積極的に推進することに最もふさわしい生活の場を目指し、乳幼児の健全な心身の発達を図るための努力が重ねられてきた。保護者からの保育所に対する信頼は一般に厚く、社会から寄せられる期待も非常に大きい。
○また、少子化が進み、地域の中で子ども同士の交わりを通じた成長が保障しづらくなっている中、保育所は、全国を通じ、集団の中で子どもが成長する機会を保障する役割も担っている。我が国では、人口減少が進む過疎地域であったとしても、ほぼすべての子どもに、小学校就学前に集団の中で子どもが成長する機会を保障できるようになっており、このような地域においては、とりわけ保育所が多くの子どもの育ちを担っている。
○さらに、待機児童の多い都市部を中心に、定員を超過しながらの積極的な受入れにも努めるなど、限られた保育資源の中で、可能な限りの受入れの努力がなされてきた。また、近年は、「保育に欠ける」子どもに対する保育のみならず、地域の核として、多様な子育て支援に取組む場面も多く見られるようになってきている。
○こうした中、平成9年には、従来の措置制度を一部見直し、利用者が入所希望保育所を記載した上で、市町村へ利用申込みをし、市町村が利用者の希望を勘案して入所決定する制度に改めることにより、利用者による選択を可能とする仕組みを目指した。しかしながら、後述するように、利用者に対するサービス保障が弱く、また、事業者の新規参入が行政の広い裁量に委ねられていることから、その範囲内において、より適正な判断を目指し、財政状況との兼合いからも厳格にならざるを得ない等により、都市部を中心に待機児童が解消されておらず、真に選択が可能な状況に至っていない。また、人口減少が進む地域において、統廃合を迫られ、地域の保育機能の維持が難しくなっている等、近年の社会環境の変化に対応しきれていない現状がある。

(2)新たな保育サービスの提供の仕組みの検討に際しての前提

○本部会は、昨年5月の「基本的考え方」において、質の確保された保育サービスを量的に拡大し、利用者の多様なニーズに応じた選択を可能とするため保育の公的性格・特性を踏まえた新たな保育メカニズム(完全な市場メカニズムとは別個の考え方)として、新たな提供の仕組みを検討していく方向を示したところである。
○こうした「基本的考え方」を踏まえ、新たな保育の提供の仕組みの検討に際しての前提を以下のように整理した。
  ◇良好な育成環境の保障を通じたすべての子どもの健やかな育ちの支援が必要であり、所得等によって利用できるサービスの質など子どもの発達保障が左右されない仕組みが必要であること
  ◇情報の非対称性や、質や成果の評価に困難が伴うこと、選択者(保護者)と最終利用者(子ども)が異なることといった保育サービスの特性を踏まえ、保護者の利便性等の視点だけでなく、子どもの健全な発達保障の視点が重要であること
  ◇親としての成長の支援など保育サービスの提供者と保護者の関係は経済取引関係で捉えきれない相互性があること
  ◇急速な児童人口減が現実化している地域の保育機能の維持・向上が図られるような仕組みが必要であること
  ◇保育サービスは、利用の態様等から、生活圏で提供されることが基本の地域性の強いサービスであること
  ◇新しい仕組みを導入する場合には、保育サービスを選択できるだけの「量」が保障されること、また、それを裏付ける財源の確保がなされることが不可欠であること

(3)保育をとりまく近年の社会環境の変化(保育制度の検討が必要となっている背景)

  こうした検討の前提も踏まえ、保育をとりまく近年の社会環境をみると、以下のような変化が見られる。

【1】保育需要の飛躍的増大

i)共働き世帯の増加(サービスの一般化)

  我が国は、1990年代頃まで、被雇用者である夫と専業主婦から構成される世帯が多数を占め、被雇用者の共働き世帯は少数であった。しかしながら1997年を境に共働き世帯が専業主婦世帯を上回り、その後も、共働き世帯の割合が年々増加し続けている。
  このように、女性の雇用労働者としての働き方が一般化した今日、保育は、特別に支援を必要とする家庭に対する措置としての性格から、多くの子育て家庭が広く一般的に利用するサービスへと変化し、多くの子どもの健やかな育ちの基盤としての役割を担うようになってきた。

ii)大きな潜在需要(未就学児がいる母親の「就業希望の高さ」と現実の「就業率の低さ」との大きなギャップ)

  それでもなお、我が国は、未就学児がいる母親の就業率が相当低い水準にあり、欧州諸国と比較しても際だっている。
  しかしながら、これは我が国の女性の就業意欲が低い結果では決してない。現在、働いていない未就学児がいる母親であっても、就業希望を持っている者は非常に多く、「就業希望の高さ」と現実の「就業率の低さ」との間には、大きなギャップが存在する。そして、未就学児がいる母親のうち、実際に働いている者の率(就業率)と、働いていないが就業希望を持っている者の率(潜在的就業率)を足し合わせると、スウェーデンやフランスといった女性の労働市場参加が進んだ欧州諸国に近い水準に到達する。
  今後、こうした未就学児がいる母親の就業希望の実現を支え、女性の労働市場参加を進めていく中で、すべての子どもに健やかな育ちを支える環境を保障していくためには、昨年2月の「新待機児童ゼロ作戦」で示されたように、質の確保された保育サービス量を、スピード感をもって抜本的に拡充することが不可欠となってきている。

【2】保育需要の深化・多様化

i)働き方の多様化(短時間・夜間・休日等)

  一方で、我が国の女性の働き方を見ると、依然として第一子出産を機に退職する女性が多く、その後正社員としての復職が必ずしも容易でないこともあり、子育て期である30~40 代の女性の相当部分は、パートを中心とする非正規雇用となっている。
  また、女性の育児期の働き方に対する希望を見ても、子どもが0歳の間は、育児休業の取得や育児に専念することを希望し、子どもが1歳~小学校就学前の間は、短時間勤務を希望し、小学校就学後には、フルタイムで残業のない働き方を希望する母親が多くを占めている。
  また、少数ではあるが、医療現場などの交代制勤務者やサービス業など、夜間・深夜・休日に就労する女性もいる。その一方で、夜間・深夜・休日の保育の受け皿の整備はほとんど進んでいない。このため、夜間・深夜・休日に就労する場合、ベビーホテルなど公費の支援がない認可外保育施設に頼らざるを得ない現状にある。

ii)親支援の必要性の高まり

  核家族化が進んだ今日においては、子育て経験を有する祖父母と同居する者は少なく、日々の子育ての中で支援や助言を受けながら、自然に子育ての力を高めていくことが難しい。また、現在の母親世代は、自らの兄弟姉妹の数も減少しており、年の離れた兄弟姉妹の育ちを間近で見た経験も少なく、自らの子育て力に自信が持てないと感じる親が増えている。加えて、地域のつながりも希薄化し、近隣の支援が期待しにくくなっており、孤立感・不安感・負担感も大きい。さらに、働き方の見直しが進められるべき一方で、現実には、子育てと仕事の両立は様々な局面において容易ではない。
  このように子育て環境が変化する中、保育は、子どもを預かり、養護と教育を行うのみならず、一人ひとりの親と向き合い、親としての成長や、仕事をしながら子どもを健やかに育てていくことを支援する役割が求められてきている。

iii)すべての子育て家庭への支援の必要性

  核家族化が進み、地域のつながりも希薄化する中で、従来一般的であった親族や近隣の支援が得られにくくなり、親が孤立感・不安感・負担感の中で子育てに向き合う場面が増えている。こうした側面は、保育所等による支援がなされにくい専業主婦家庭により強く見られる。

【3】地域の保育機能の維持の必要性

  一方、人口減少が進み、地域の保育機能の維持が困難となっている地域もみられる。
  小学校就学前に幼稚園又は保育所を経験した比率(幼児教育経験者比率)を見ると、1970年頃は全国と過疎地域とでは大きな格差があったが、近年はほぼ格差がなくなり、過疎地域においても、ほとんど(97%)の子どもが小学校就学前に集団の中で成長する機会を得られるようになってきた。
  しかしながら、こうした人口減少地域においては、年々児童数が減少し、地域の子どもに、集団の中での成長を保障していくことが困難となってきている。子どもの健やかな育ちのためには、子ども同士の関わりが欠かせない。児童数が減少し、自然には子ども集団が形成されにくい地域にこそ、保育所の機能の維持が大きな意味を持つ。
  待機児童の解消という緊急度の高い大きな課題のみならず、こうした児童人口が急速に減少する地域における保育機能の維持という両方の課題に、地域の実態の差を把握しつつ、取り組んでいく必要がある。

【4】急速な少子高齢化への対応 - 社会経済の変化に伴う役割の深化

  我が国は、近年の急速な少子高齢化によって、
・女性が「結婚・出産」のために「就労」を断念すれば、労働市場参加が進まないことにより、中期的(2030年頃まで)な労働力人口の減少が避けられず、
・逆に、「就労」のために「結婚・出産」を断念すれば、出生率の低下を通じた人口減少により、長期的(2030年以降)な労働力確保が困難となる
という状況におかれており、女性の労働市場参加の促進と、国民が希望する結婚・出産・子育ての実現という二兎を追わなければならない状況におかれている。
  そして、労働力人口の減少は、経済成長を大きく制約し、ひいては年金・医療・介護を含む我が国の社会保障全体の持続可能性に大きな影響を及ぼす。
  こうした中で、保育は、現に「保育に欠けている」子どもに対する福祉という従来からの役割を超え、女性が「就労」を断念せずに「結婚・出産・子育て」ができる社会の実現を通じ、我が国の社会経済や社会保障全体の持続可能性を確保していくという緊急的・国家的課題に関わる新たな役割が期待されるに至っている。
  そして、この保育の新たな役割は、すべての子どもに健やかな育ちを支える環境を保障しながら果たしていかなければならない。

【5】多額の公費投入を受ける制度としての透明性・客観性等の要請

  近年の保育需要の飛躍的増大に伴い、保育制度は、国・地方を通じ、年間1兆円もの公費投入を受ける制度となっており、様々な次世代育成支援策の中でも、児童手当制度に並び、最も大きな公費が投じられている。
  こうした多額の公費投入を受ける制度としての透明性・客観性等の確保が求められるようになってきており、また、財源の公平・公正な配分が重要な課題となっている。

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初等中等教育局幼児教育課

-- 登録:平成22年11月 --