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3   今後の生涯学習振興方策の基本的方向性

   これまでの生涯審等では,基本的には,生涯学習に係るその時点で緊急的と考えられる課題に焦点を当てて審議してきたという面が強い。
   このため,生涯学習社会の実現を目指す生涯学習振興の基本的な見取り図となるものがないという指摘を受けており,現在の国や地方公共団体の財政状況等を踏まえ,なぜ国や地方公共団体が税金を使って生涯学習の振興を図る必要があるのかという意義を根本に遡って考える必要がある。
   このため,国や都道府県,市町村などの行政が生涯学習の振興を図る意義や,これらの行政や関係機関等の今後の在り方について整理し,国,都道府県や市町村等の関係者が,それについての理解・認識を深め,生涯学習の振興に取り組むことが必要であると考えられる。

1. 生涯学習を振興していく上での基本的考え方

生涯学習を振興していく上で,基本となる考え方は以下の点であると考えられる。

1 「個人の需要」と「社会の要請」
   教育・学習に対する「個人の需要」と「社会の要請」のバランスを保つこと。
2 「人間的な諸価値」と「職業的な知識・技術」
   変化の激しい時代にあって,生きがい・教養・地域を支える人間的つながりなどの「人間的な諸価値」の追求と「職業的な知識・技術」の習得のための豊かな学習機会・資源をつくり,提供すること。
3 「継承」と「創造」
   これまでのすぐれた知識・技術や知恵を「継承」しつつ,新たな「創造」を目指すこと。

2.振興に当たって重視すべき視点
(1)生涯学習における新しい「公共」の視点の重視

   平成15年3月の中央教育審議会答申の柱の一つとして,新しい「公共」の創造,国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成ということが提言されたように,現在,社会を形成する自立した個人の育成が課題であると同時に,自らが社会づくりの主体となって社会を支える「公」の意識を個人が持つことが重要になっている。こうした意識はまさに,個人の人格形成のすべての段階において,あらゆる機会の中で学び取り,体得されなければならないものであり,これこそが,生涯学習振興が現在重視すべき視点の一つであると考える。
   また,今日の社会の現状を見たとき,「行政がすべて主導して住民に学びの機会を提供する」ということよりも,個人が主体となって社会に働きかけていくということが重要になってきており,生涯学習振興は大きな転換期にあると言える。
   したがって,国・都道府県・市町村を始め,関係機関等が生涯学習の振興を進めるに当たっては,国民各個人が可能な限り,職業を持つことなどにより,自立・共助し,社会において健康で文化的に生涯を送ること,すなわち,人間としての個人の生活と社会生活の質の向上を図ることと,社会を構成する国民として,社会に参加・参画することにより,新しい「公共」による社会をつくり,社会の活性化も図るということを目的としていくことが重要である。すなわち,これまでの行政依存的な考え方から,社会の形成に主体的に参画し,互いに支え合い協力し合う互恵の精神に基づき,新しい「公共」の観点に視点を向けることが必要である。

(2)国民全体の人間力の向上
   平成14年に出された政府の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」においては,「経済成長も,社会の安定も結局は「人」に依存する。能力と個性を磨き,人と人の交流・連携の中で相互に啓発されることを通じて,一人一人の持つ人間力が伸び伸びと発揮され,活力あふれる日本が再生する。人間力の向上のために,一人一人の基礎的能力を引き上げるとともに,世界に誇る専門性,多様性ある人材を育成し,国としての知識創造力を向上させる。また,職場,地域社会等での交流や対話を深め,人を育む豊かな社会を構築する。」とされている。
   こうした自立した個人の資質・能力の向上を図っていくためには,学校教育で培われる基盤の上に,各人が生涯を通じて学習していけるような環境づくりをしていくことが必要である。
   このため,生涯学習は本来個人の領域に属するものではあるものの,国として,自立した個人としての資質・能力の向上,国民全体の資質・能力の向上ということをナショナルミニマムとして確保するために,生涯学習の振興を図ること,すなわち,あらゆる人々が,いつでも,どこでも生涯学習を行うことができるよう環境を整備していくことが必要である。
   なお,現代社会を不安定にしている要因の一つとして,経済的格差の拡大,それによる社会階層の二極分化とその固定化という問題があると指摘されており,そうした観点からも,国民全体の人間としての資質・能力の向上を確保することが求められている。
   また,国や地方公共団体の資源が財政面を含め著しく制約されている中で,生涯学習振興を考える視点として,生涯の生活の質をできるだけ少ないコストで向上させるという視点も重要である。

(3)人の成長段階ごとの政策の重点化
   現代社会においては,人が成長する各段階,すなわち,出生〜乳児期,幼児〜就学前,小中学校在学時,高校,大学〜大学院,社会人,中高年,老年期のそれぞれの段階ごとに,喫緊かつ深刻な課題を抱えている(例えば,幼児期に外遊びができず,社会性が身につかない。青年期における無業者の増加,老年期における「寝たきり」の増加など)。行政や関係機関は,それらを段階ごとに明らかにし,緊急かつ重大なものを選択し,現有の教育資源をどのような形で有効活用するか,現在の時点で重点的に志向すべきである。特に,1幼児期〜小学校期における,子ども同士はもちろん大人たちとの交流の場づくり,2社会保障制度を維持していく観点からの,中高年〜老年期の健康づくりに力を入れることが必要ではないかと考える。

3. その他の配慮事項
上記のような考え方及び重視すべき視点を踏まえつつ,行政や関係機関等が,今後生涯学習の振興を図るに当たっては,特に以下の点に留意する必要がある。
1    特定の世代の人だけではなく,若者を含むあらゆる層の学習者の多様なニーズに対応していくこと。
2    誰でも,いつでも,どこでも学べるように,大学等や公民館,図書館の在り方を見直すこと。特に,働き盛りの世代,中でも,職業生活,地域生活等の様々な活動と家庭生活との両立等の課題を有する人々に対応することが重要である。
3    個々人の学習意欲を喚起し,学習ニーズを育てること。
4    学習と学習成果の活用の循環を図ること。
5    情報通信技術の急速な発展を踏まえ,ITの活用を大幅に拡充することにより,時間的・空間的な制約を超えた(いつでも,どこでも)学習機会の提供や,学習資源の蓄積・共有,循環等を促進すること。
   ITの活用により,働き盛りの世代など幅広い層の学習参加を促進することができるとともに,学習資源の蓄積・共有,人と人との交流による新しい価値観の創造・循環を図ることができるという効果が生じる。
6    行政と企業や社会教育関係団体,NPO,地域住民等との連携・協力を促進すること。この際,行政や関係機関などの,企業やNPO等との「協働」への積極的な意識改革が急がれる。また,学校教育と社会教育との連携など,関係機関間のコーディネートや学習相談を充実すること。
7    市町村等において,あらゆる資源の把握と有効活用を図ること。
   生涯学習に当たっては,「知」,「徳」,「体」に関わる学習資源として,学校,公民館,図書館,博物館,美術館,生涯学習推進センター,青少年教育施設,文化施設,スポーツ施設等の教育施設のみならず,児童館等の福祉施設,さらには,商店街や神社・寺院,公園などの地域にある身近なものや,山林,河川などの自然なども活用することができる。
   また,地域の様々な学習情報や,高齢者や大学生,保護司,PTA,スポーツ指導者などの地域の人材を積極的に発掘・把握し,学習者に提供することが重要である。
8    学校教育におけるやり直し,学び直しができる体制を図ること。寄り道や試行錯誤が許容される社会づくりを図ること。
9    生涯学習を考える場合,新たに教える,学ぶという視点だけではなく,人生の各段階で有害・不適切と思われるものに触れさせないという視点を持つこと。例えば,幼児期にテレビを見る時間が多すぎると,それ以降,対人関係をつかさどる感情が阻害されるというような知見が発表されている。このように,人格形成にかかわりかねない影響力を持つ「負の環境」がありうるのであって,メディアリテラシー教育のように,情報を批判的に読み解く力を身に付けさせることで,このような環境に対処する能力を教えることが重要である一方で,こうしたものに触れさせないような配慮を行うことも考えられるところである。



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