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III.調査対象国ごとの要約
   
2. イギリス
   
 
イギリスでは、約50万のボランティア団体[30]が存在していると言われており、その多くがコミュニティのために活動することを希望するボランティアを受入れて活発に活動を行っている。
現ブレア政権は、市民がコミュニティに積極的に関与することを奨励しており、そのために社会奉仕活動の振興施策を実施している。イギリスのボランティア団体は、政府と協働して事業の企画・運営を行うなど、政府の事業においても重要な役割を担っている。
コミュニティのために行った活動の結果は、王室や自治体等から表彰されるとともに、大学進学や就職の際に評価されることが多い。
従来からのギャップイヤー等のボランティア団体による活動プログラムに加えて、近年ナショナル・カリキュラムにおいて必修科目とされたシチズンシップ教育が注目される。
     
  (1) 社会奉仕活動に関する考え方
       社会奉仕活動に近い言葉に、コミュニティ・サービス[31]がある。イギリスにおけるコミュニティ・サービスとは、市民がコミュニティに関与し自分達のコミュニティや生活をよくしていこうとする奉仕活動をさす。現政権は、市民がコミュニティに積極的に関与することを奨励している。コミュニティ・サービスに参加することで、犯罪にはしるなどの反社会的な行動をする青少年が社会の一員として認められる効果や、高齢者が生きがいをもつことができ健康面にもよい効果が表われるといったことが期待されている。特に、青少年については、コミュニティ・サービスの教育的効果を活用して、シチズンシップ(市民性)を育み、社会人としての自覚と責任を身につけることが期待されている[32]。
     
  (2) 社会奉仕活動に関する法律
       イギリスには、コミュニティ・サービスの振興に直接関係する法的根拠は存在しない。関連する法律等としては、コミュニティ・サービスの実践の場であるボランティア団体に法的地位を付与し税制優遇を受けられるようにするためのチャリティ法や、ボランティア団体の役割と独立性を政府が積極的に評価した合意文書であるコンパクトが挙げられる。
   
<コンパクトにおいて列挙された約束ごとの概要>
【政府がボランタリーセクターに行うべきこと】
    ■独立性の認識・支援■長期的かつ透明な資金援助■政策の諮問・実施・評価への参加保証■コンパクトの影響力の徹底
【ボランタリーセクターが行うべきこと】
    ■資金・運営の明確化■政策諮問への参加
     
  (3) 制度による施策・事業
       イギリスでは、政府の事業であっても、政府が単独で実施しているのではなく、ボランティアの機会を増やすためのいろいろな政策やアイディア等をボランティア団体と一緒に検討しながら、実際のプログラムを企画・運営している。具体的には、政府の職員としてボランティア団体の職員経験者を採用したり、ボランティア団体にプロジェクトの資金やスタッフの人件費を補助金や委託契約金として資金支援したりするなどの取り組みがなされている場合が多い。
   青少年のボランティア活動の振興策を実施している政府の主な部署としては、内務省Home officeの地域ボランティア活動担当部署Active Community    Unit : ACUがある。また、教育技能省Department for Education and Skills:DfES[33]においても、青少年にコミュニティ・サービスを活用したチズンシップ教育やボランティア活動の機会を提供するための施策や事業が実施されている。たとえば、国が定めた教育課程であるナショナル・カリキュラムのなかで中等教育段階の生徒に対しシチズンシップ教育を必修としたり、一定時間のボランティア活動を行った青少年を表彰したりするなどが行われている。
     
  1) 小中高校生を対象とした活動プログラム〜シチズンシップ教育
       2002年9月から11〜16歳の中等教育においてシチズンシップ教育が必修化されることが、ナショナル・カリキュラムのなかで規定された。5〜11歳の初等教育では独立教科として必修とはしないものの、各教科にその内容を組み入れ、充実を図ることが決まった。
   今後は各学校ごとにシチズンシップ教育が推進され、そのなかでコミュニティ・サービスの体験学習が用いられていくことが見込まれている。しかし、イギリスでは教育課程における学校や教師の自由裁量度が大きく、ナショナル・カリキュラムに強制力はあまりないため、どの程度の時間をかけてどのようにシチズンシップ教育を実施するかは現場の裁量に負うところが大きい。
   
<これまでに学校で行われてきたシチズンシップ教育の事例:Haverstook school>
ロンドンの下町にあたるカムデン地区にある鉄道の操車場の跡地にできた学校で、約45種類の言語を話す子どもがいるなど多民族・多文化の生徒で構成されている。特別教育の必要な子どもや、給食費の払えない貧困家庭の子ども、避難民の子どもなど、教育上困難な問題を抱えている生徒の割合が多い。
ドラマの授業で生徒が有料の演劇会を開き、自分達の励みにするとともに、その収益金を老人ホームに寄付している。
生徒会が新しい校長の面接試験を学校理事会とともに行ったり、財政管理に関わるなど、学校運営そのものに生徒が深く関わるような活動をしている。
視察者など外部からの訪問者があった場合には、生徒会の役員が校内を案内するとともに、学校の現状について説明をしている。
以前は、暴力事件等が多発していたが、これらの活動によって生徒が落ちつき、学校運営も着実によい方向に進み始めている。
     
   
<シチズンシップ教育の定義>
社会的・道徳的責任(social and moral responsibility)
生徒の精神的、社会的、文化的成長を促進し、学校のクラスにおいてもクラスを超えた場でも、より自尊心と責任感のある人間に育成する。
コミュニティ関与(community involvement)
学校や近隣、地域、さらにより広い世界の生活で有益な役割を果たすことを生徒に奨励する。
政治的能力(political literacy)
経済と民主的組織の価値観について教え、異なる国籍、宗教、人種的アイデンティティを尊重することを奨励し、問題を反省し、議論に参加する生徒の能力を育成する。
     
  2) 青少年を対象とした活動プログラム〜ミレニアム・ボランティア事業
       1997年に労働党は、全国的にシチズンシップ教育を広げるという公約を掲げ、ミレニアム・ボランティア事業を創設した。これは、1999年1月から開始され、地域のために持続的に貢献したいという青少年を対象にした活動プログラムである。青少年に身近な社会への貢献を通じて経験と技能を身につけさせ、よりよい社会生活や職業生活を切り開いていけるように、ボランティア活動への参加を促進することが目的である。
   
<制度概要>
ミレニアム・ボランティアの参加対象は16〜24歳である。
年間100時間のボランティア活動をした青年には、証明書(MV certificate of Achievement)が発行される。年間200時間のボランティア活動を行うと、教育技能大臣の署名入り優秀証明書であるミレニアムボランティア賞(MV Award of Excellence)が与えられ、進学や就職の際の履歴に記入することができる。その受賞は1回きりであるが、200 時間で終わりにするのではなくて、さらに自主的にボランティアを続けていくというきっかけになることを期待している。
ボランティア団体は、教育技能省と契約を結び活動希望者を受入れて、ボランティア活動に参加してもらう。受入団体は補助金を受け、活動希望者の世話等に要する人件費等に充当する。
     
   
<ミレニアム・ボランティアの活動内容の例>
教育(授業中および放課後の低学年の子ども達への手助け。特に、読み書きや計算能力、あるいは、障害児を含む児童活動)
個人的な社会サービス(例:患者や高齢者、障害者と共に働く)
地域環境の向上・改善
スポーツや芸術、他人のためになることへの興味を助長するのを助ける
人種間の平等の促進や、人種間・宗教間の調和の改善
     
   
<参加者の状況>
2001年3月までに20,725人の申込があった。活動の待機者がいるため、実際にボランティア活動をしている人は12,033人である。
多様な青少年が参加しており、割合としては男性が38%、女性が62%である。また、健常者が93%に対して、障害者も7%を占めている。また、これまでボランティアの経験がある者が43%で、経験のない者も57%が参加している(開始〜2001年3月)。また、2000年12月のデータではあるが、就業者が13%、失業中が13%、学生が67%である。7%がその他である。
200時間以上のボランティア活動を達成した時に与えられるミレニアムボランティア賞の受賞者は3,820人である(開始〜2001年3月)。一方で、ミレニアムボランティアに参加しながら、途中で活動を辞めてしまう青年の割合は、全数のうち1割程度である(1999年7月〜2000年6月)。
     
  (4) 民間主導による社会奉仕活動
       イギリスでは、多くのボランティア団体が、さまざまな年齢層を対象に、多様なボランティア活動の機会を提供している。そのなかで、青少年の社会奉仕活動の観点から、以下のプログラムについてまとめた。
     
  1) ギャップイヤー
       イギリスでは、習慣として、大学入学資格を得た18〜25歳までの若者に、入学を1年遅らせて社会的な見聞を広めるための猶予期間が与えられる。
   ギャップイヤーを利用する若者の多くは、高校が終了する6月から大学が始まる翌年の10月までの16か月間のうち、まず5か月間はアルバイトで資金をつくり、5か月間はボランティア活動をし、残りの6か月間を世界旅行をしたり会社で職業体験をしたり等の期間にあてる。大学入学までの猶予期間をどのように使うかは若者次第であり、その選択肢のひとつがボランティア活動である。
   ギャップイヤーの利用者とっては、大学で何を専攻したいかの目的が明確になる等の効果があるとされている。ギャップイヤーをとった若者は、大学を中退する割合が少ない。イギリスでは、大学の途中退学者は20%程度いるが、ギャップイヤーを利用した若者に関しては3〜4%に途中退学者の数が減ると言われている。企業も、ギャップイヤーによって様々な社会体験を経た若者を評価している。
   ギャップイヤー中の若者を支援するエージェント団体が数多くある。エージェント団体を通すと、出国前から帰国までの手続きを全部代行してもらえたり、適切なアドバイスをもらえたりすることができるため、多くの若者がこれを利用している。政府は優良なエージェント団体を22団体集めて協会をつくっており、そのうちの一つにギャップ・アクティビティ・プロジェクト(GAP)がある。
   
<GAPの団体概要>
1972年に設立した。最も古く大きいエージェント団体である。
GAPの活動に対する政府からの資金援助はなく、活動財源は企業寄付が主である。
約200人の現役を引退した高齢者が、若者のためにボランティアをしている。
ボランティアのほかに21人のフルタイムの有給スタッフがいる。
年間に2,000件の申し込みがある。世界33か国に1,500人の若者をボランティアとして送り出し、21か国から600人のボランティアを受入れている。
ほとんどの若者が5〜6か月のボランティア活動をしている。
海外でのボランティア活動の内容としては、英語を教えることが最も多い。高齢者の介護や、孤児院や障害者を対象とした活動もしている。農業のボランティアや子どものキャンプの手伝い、環境問題を改善するたるのボランティア、病院ボランティアなど多様である。
     
  2) コミュニティ・サービス・ボランティアズCommunity Service Volunteers CSVのプログラム
       1962年に設立されたCSVでは、ボランティアの機会を、いろいろな方法で、広範囲な年齢の人を対象に、多様な活動において提供するということを目的としている。ボランティアを必要とする機関や団体と、自分の時間を貢献したいと考えている人をマッチングするのが主な事業である。また、学校や大学と連携し、青少年たちが地域社会のニーズに応えて積極的に活動しながら、生きることや仕事の意味、市民としてのあり方を学ぶことを支援する活動を行っている。
   
<CSVの主な事業:青少年対象のフルボランティア・プログラム>
16〜35歳の若者に、4カ月から1年間、フルタイムでをボランティアをするという機会を提供するプログラムを実施している。毎年2,500人に、新しくボランティアの機会を与えているが、そのうちの400〜500人は海外から来ているボランティアで、海外のNPOや教育機関と提携して実施している。
フルタイムのボランティアを希望する人は、ギャップイヤーを利用した青少年や、社会学や社会福祉などを勉強しながらボランティアに参加する学生もいる。そのほか、失業中の期間にボランティアをして違った技能を身につけたいという人もいいる。
【活動内容】
ボランティアが活躍する機会は、ほかのチャリティ団体や地方自治体とも連携しているため、非常に広範にわたって提供できている。
たとえば、身体障害者、アルコール患者と麻薬患者などを対象にしたプロジェクトがある。施設入所者が自立して地域で暮らしていくための支援活動や、彼らがコミュニティに関与できるような支援活動をしている。学習障害の子どもには、ボランティアが、授業中にノートをとるのを手伝ったり、いろいろな地域の活動に参加できるように付き添ったりしている。視覚障害のある人が、ボランティアとして他の目の不自由な人を支援したい場合には、その人がボランティア活動を行えるように支援を行っている。犯罪の経歴のある子ども、退学になった子ども、家庭的環境に問題のある子どもなど、社会的に排他されている子どもの話し相手になるようなボランティア活動もある。
     
   
<CSVの主な事業:学校でのチュータープログラム>
ボランティアを小・中学校にチューターを派遣するプログラムを実施している。具体的には、読み書きや計算の学習が遅れている生徒たちの手伝いをするというボランティアを派遣しており、時には実際に教室の中に入っていって、注意の必要な子どもに1対1でつき、担任の先生を補助する活動をしている。ボランティアは、週に1回程度、決まった日に学校に出向いている。50歳以上の中高年者のボランティアが多いが、大学生が小学生を教えるようなボランティアもある。この場合の学校とCSVの関係は、契約というほどの正式なものではなくて、CSVと校長先生との合意レベルのものが多い。場合によっては、ボランティアは先生に代わって教えるのではないということが規定された、地方の教育委員会との合意書を交わすこともある。
また、CSVが仲介役をして、企業の従業員が学校内でのボランティア活動をする機会を提供している。地域との連携を深めたいという意向のある企業は、社会貢献の一環として、従業員が地域でボランティア活動をすることを奨励している。たとえば、ブリティッシュテレコム(BT)社はCSVと契約を結んで、スクールフレンズというプログラムを実施している。これは、BTの各オフィスがある地元の学校に、従業員をボランティアとして派遣して、歴史の時間などに従業員ボランティアが自分の体験談を生徒達に話して聞かせるというような活動である。その他にも、CSVでは7つの企業と契約しており、継続的なプログラムとなっている。また、継続的ではないが、年に1〜2回、ボランティア・イベントをするという契約を、20程度の企業と結んでいる。
ボランティアが学校に入っていくにあたっては、当初は学校側から抵抗があったようだが、少しずつ社会的に子どもの教育は先生のみが関与するものではないという考え方に変わりはじめ、このようなチュータープログラムの重要性が高まっている。
     
   
<CSVの主な事業:シチズンシップの教育の推進>
CSVでは、長年にわたって教師向けの教材を提供してきたが、シチズンシップ科目が新しいナショナル・カリキュラムで必修化されたことによって、最近さらに注目をされるようになってきた。
CSVにおけるシチズンシップ教育への取り組みのきっかけは、学校に対して、生徒が学校外のことにも目を向けるように働きかけたことであった。子ども達に地域での生活や仕事を理解させ、市民意識を習得する機会をつくることも教育の一環であるという考え方を訴えて、教室の外に目を向けて地域の中で学習するという、コミュニティ・サービス学習の重要性をアピールしてきた。
CSVでは、教師向けのコミュニティ・サービス学習のメニューや教材を提供している。たとえば、小学校でコミュニティ・サービス学習を行う際のテーマに関するアイディア等を提供している。

 

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