社会教育主事・社会教育士養成等の改善・充実に関するワーキング・グループ(第6回)議事録

1.日時

令和8年4月30日(木曜日)16時00分から18時00分

2.場所

文部科学省東館9階 総合教育政策局会議室 ※WEB会議

3.議題

  1. 更に検討を要する論点について
  2. その他

4.出席者

委員

(臨時委員)青山委員、井口委員、岡委員、坂口委員、志々田委員、長岡委員、水野委員

文部科学省

(事務局)神山社会教育振興総括官,藤岡地域学習推進課長,林社会教育企画調整官 他

オブザーバー

牧野社会教育の在り方に関する特別部会副部会長

5.議事録

【青山主査】  皆様、こんにちは。それでは、定刻になりましたので、ただいまから第6回の社会教育主事・社会教育士養成等の改善・充実に関するワーキング・グループを始めたいと思います。本日はお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
 今回もYouTubeのライブ配信がありますので、報道関係者の傍聴を受け入れています。会議の全体についての録画を行いたいという申出があって、許可をしておりますので御承知おきください。よろしくお願いいたします。
 続きまして、人事異動が4月にあったそうですので、紹介をお願いいたします。
【毛利地域学習推進課長補佐】  新たに着任しました職員を紹介させていただきます。
 文部科学省地域学習推進課長の藤岡でございます。
【藤岡地域学習推進課長】  4月に着任をいたしました藤岡でございます。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
【青山主査】  ありがとうございます。
 それでは、新年度、年度を越えてもうちょっと延長して協議ということになりましたので、引き続きよろしくお願いしたいと思いますけれども、本日の議題は、これまででさらに検討を要する点ということで、前回に引き続き4つ出していただいていますけれども、報告書の案をつくる上での検討課題になっている点についての議論を進めていくということになっております。
 特に、今日は4つ目に関わりますけれども、社会教育主事養成課程の在り方の検討に際しまして、前半に社養協、全国社会教育職員養成研究連絡協議会から、研究推進部チーフの矢内琴江様に、養成課程の現状と課題や充実に向けた御意見等について御発表いただき、質疑・検討、意見交換等を行います。また、会議の後半で、報告書案に関する議論を行うということになっております。
 まずは矢内様と、あと事務局長の杉山様、一言御紹介いただいてから発表いただけますでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  ただいま御紹介いただきました、社養協研究推進部チーフの矢内と申します。本日はよろしくお願いいたします。
【青山主査】  お願いいたします。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  同じく社養協事務局長の杉山と申します。よろしくお願いいたします。
【青山主査】  それでは、矢内様、発表をお願いいたします。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  このたびは、このワーキングで2度目の発表の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。本日は私と、それから杉山事務局長で発表させていただきます。よろしくお願いいたします。
 こちらは、前回の意見発表の際にもお示しいたしました団体概要になります。社養協は、全国の社会教育職員に関する情報交換、連絡協議、研究活動を推進することで、社会教育及び社会教育職員の発展に寄与することを目的に活動しています。会員数や事業の詳細は、資料を御覧ください。
 近年の活動の特徴は、職員養成における実習の重要性に焦点を当てた研究活動です。
 また、規程改正後の養成課程の在り方や、「社会教育士」称号取得支援に関わる研究にも取り組んでまいりました。
 今回の意見発表についてです。社養協は、前回12月に開催された第2回会議において、社会教育主事養成課程のカリキュラムの在り方について、実践と省察の往還に基づくデザインの意義、研修・現職教育との連続性、大学の役割などに論点を整理し、意見を述べさせていただきました。
 その後のワーキングでの議論も拝聴させていただき、私どもといたしましては、社会教育主事講習と導入講習の関係イメージにおいて、長期的な展望の中で養成・研修の全体像の検討が進められていることを、前向きに受け止めたいと考えております。
 今回の意見発表に当たって、事前にこちらの4点を御連絡いただきました。そこで、大学や短大などで日々学生たちと向き合いながら養成課程を担っている教員や、実習などで養成に関わっていただいている職員の皆さんによって構成されている社養協としては、「養成課程で学ぶ学生たちにとって」という視点と「社会教育の質の向上」という観点から、本日は意見を述べさせていただきたいと思います。その上で、今回の意見発表について、次の3点に整理いたしました。
 1点目は、主事講習8単位に対する、養成課程24単位の意味とその「差」についてです。2点目は、地域の社会教育振興における養成課程の位置づけについて。3点目は、現場の課題と今後の議論に向けてです。
 早速、1点目についてお話ししたいと思います。
 まず、社養協としての現状認識を述べさせていただきます。
 社会教育主事養成課程は、社会教育主事養成課程で取り扱う内容を基に、大学の自治・学問の自由を尊重し、各大学等の実情や強みや特徴を生かして編成されています。そして、地域や学生のニーズに応じて、大学等ごとにカリキュラム・デザインと運用が行われておりますので、国公私立・短期大学にわたって112通りの養成課程があると言えます。したがって、社養協として、主事講習8単位と養成課程24単位の差について、統一的な見解を述べることは容易ではありません。
 ただし、112通りの養成課程があると述べましても、共通点もあります。1点目は、令和2年度のカリキュラム改定を経験したこと。2点目は、社会人が中心となる主事講習とは異なり、養成課程の学習者は学生であるという2点です。この点から、養成課程が24単位で編成されている意味と意義について、この後述べさせていただきたいと思います。
 まず、令和2年度のカリキュラム改定の影響についてです。
 社会教育実習の必修化をはじめ、「生涯学習支援論・社会教育経営論」の導入、「社会教育特講」の単位数の変更を受けて、各大学等では、科目ごとの目的・内容・配置を踏まえた、カリキュラム全体の再設計が求められました。それにより、社会教育実習を中核に据え、科目間の学びの連続性を意識しながら、約2年間から4年間という中期的な時間展望の中で、社会教育士・社会教育主事に必要な資質・能力を着実に育むことが可能となりました。
 これにより、学生にとって社会教育実習が、それまでの養成課程の学びの総合的・実践的定着を支えながら、新たな学びに向かう契機となりました。具体的には、実習先での実践に継続的に参加したり、ほかのボランティアや社会活動に参加したり、進路選択や卒論のテーマを発見し、考察を深化させていく姿に、教員として私たちは出会ってまいりました。
 また、社養協としても、実践と省察の往還を軸としたカリキュラム・デザインの試みを広げる、事例研究や交流を推進してまいりました。
 次に、養成課程の教員である私たちが日々向き合っている学生の姿を踏まえた上で、養成課程の24単位をどのように解釈するのかについて述べます。
 まず、学習者である学生たちは、卒業後には社会人として生きていくことを見据えた、人間形成・キャリア形成の重要な時期にあります。そして、高校生活とは比較にならないほど多方面に広がる活動を経験しています。サークルや部活動やアルバイトや地域の活動など、様々な活動です。しかも、1年生のときには先輩に学びながらの活動だったのが、3年生や4年生になるとマネジメントの役割も担うなど、変化に富んだ活動の中で学んでいます。
 こうした学生たちが社会教育主事養成課程で学んでいるわけですが、養成課程は、教職課程と併修する場合とそうではない場合に大きく分けることができると考えますので、それぞれの学生たちにとって養成課程がどのような意義があるのかを、この後説明します。
 まず、教職課程の中で主事養成課程を取っている学生にとっては、学校教育以外の場、または地域学校協働等の実践からも、子供たちの育ちを捉える視点を得る。また、教職課程における学びとの往還を通じて、教師観・教育観が形成される。さらに、地域における大人の学びに出会い、教師も学び合い・学び続ける存在であるという理解へつながるといったことが言えます。
 そして、教職課程以外の学生にとっては、自身の専門分野での学びや経験を、社会教育とのつながりの中で捉え直そうとしながら、専門分野と社会教育それぞれの学びを深めていっています。これは、専門分野×社会教育という形で活躍が期待されている社会教育士の養成のイメージとも重なる、養成の在り方だと言えるのではないでしょうか。
 さらに、学生たちのキャリア観を形成し、仕事だけではなく、社会人になった後、市民としてどう社会や地域に関わっていくのかという、生き方に関する考え方にも影響をもたらします。
 以上のことから、学生は学生生活と社会教育主事養成課程との往還を通じて、社会教育への理解を深め、自らの価値観を形成していっていると考えています。
 したがって、養成課程の24単位とは確かに履修量を示しているのですが、一方では、学生が社会教育を全人的・総体的に学ぶ時間と機会を保障する枠組みとして、その意味を捉えるべきであると考えます。
 続いては、地域の社会教育振興における養成課程の位置づけです。
 まず現状として、地域における社会教育振興において、養成課程を置く大学等が、そのハブとして機能しているケースは少なくないということが言えます。具体的には、実習による社会教育現場と大学等の協働、実習などをきっかけとした、地域活動への若い世代である学生の参画、自治体や現場への学術的・社会的貢献です。
 それでは、今後、養成課程を置く大学には、どのような役割が期待されているのでしょうか。
 現在議論されているような新たな公教育を支える仕組みの中で、養成課程を置く大学等には、社会の多様な場において、学習を通して人々の活動・つながりを支える基盤としての役割が求められていくであろうと考えています。
 具体的には、3つの役割が考えられます。第1に、実習を通して、現場との協働で次世代の担い手を育成する機関としての役割。第2に、自治体と協働しながら、導入的講習からフォローアップ研修までの長期的な力量形成に伴走する機関としての役割。これには大学院レベルでの高度な人材育成・現職教育も含みます。第3に、地域、組織、コミュニティーにおける実践の持続的な展開を支える研究機関としての役割です。
 こちらの図は、今述べた役割を持った養成課程を置く大学等が、社会教育振興と新たな養成課程・研修の全体像にどのように位置づくのかを、イメージとして表したものになります。
 この新たな養成・研修のデザインを実現していくためには、どのような取組が求められているのでしょうか。
 社養協の事例研究の蓄積から述べると、異なる学習段階・立場の学習者が、対話的・省察的に学び合う場を構築することが、ますます重要になってくると考えます。このような学び合う場は、学生にとっては、自身の養成課程の学びを将来の展望の中で意味づけたり、自身のキャリアを考えたりする契機になります。そして、社会教育士・社会教育主事等にとっては、自身の仕事や活動の意味・意義をつかんだり、課題に気がついたり、実践の改善につながる手がかりを得る機会となります。さらに、養成課程の担当教員にとっては、自身の教育実践の意義や課題を捉え直すFDの機会となります。
 こうした重層的な学び合いの場は、既に具体的な取組があります。このように、養成課程を置く大学等が重層的な学習の場を創出することで、社会教育の裾野拡大と質的向上を寄与することができるのではないかと考えます。
 最後に、現場の課題と今後の議論に向けてです。
 養成課程にとって最も大きな課題は、出口問題と言われている制度的課題です。養成課程の卒業生たちは、社会人としての生活・キャリアを歩み始める段階で、自身の仕事や生活に社会教育を重ねて、それぞれの形で学び続けたり実践したりしています。
 一方で、社会教育の意義や魅力を見いだした学生が、社会教育に関わる仕事に就きたい、それを目指してみたいと志そうとしても、それが直接的な就職につながりにくいという構造の問題があり、これによって、教員である私たちもまた、学生たちの進路選択のところで、自信を持って後押しできないというジレンマを長く抱えることになっています。
 その結果、卒業生たちは、社会教育主事の配置率低下、社会教育関係職員の不安定な待遇などから、多くの学生が、ほかの分野の仕事の中で社会教育の学びを生かすという「ナナメの進路選択」を選ばざるを得ない実情があります。この制度的な課題を解消していく必要性があると強く感じています。
 最後に、これまでのワーキングの議論を踏まえての意見となります。
 まず、今後のカリキュラムをめぐる議論については、次の3点の検討が重要になってくると考えます。第1は、2018年の規程改正による実習必修化や科目新設以降のカリキュラムの質的な検証を十分に踏まえた検討です。これは、第2回での意見発表で述べさせていただきました。第2は、今後の社会変化や人権課題を見据えた科目内容の検討です。第3は、大学等の自治・学問の自由を尊重した制度設計です。
 次に、今回のワーキングでは社会教育士に焦点が当たっておりましたが、教育委員会等にいる社会教育主事の固有性についてはあまり議論がなかったように感じられましたので、その専門性と力量形成の在り方についてはどのように今後議論されていくのかということに関しては、課題といいますか、ぜひ教えていただきたいと考えています。
 最後に、今後の議論のプロセスの在り方についてですが、養成課程を置く大学等の地域的条件の違いなどをどのように位置づけていくのか。そして、職員、学生・卒業生といった学習者と、職員、教員といった養成・研修担当者の声をどのように反映していくのかという点が、プロセスにおいて重要になってくるのではないかと考えています。
 特に最後の点については、養成課程と文部科学省との間で継続的な対話をしていくことが要となると考えておりますし、社養協としてもそのような場を積極的に持っていきたいということを大事に考えております。
 以上で、私たちの意見発表となります。御清聴いただきありがとうございました。
【青山主査】  どうもありがとうございました。私も養成課程の担当者ですので、そうだなと思いながらお聞きしていました。
 それでは、この後は、前半、特に今いただいた発表についての質疑応答を中心に進めてまいりたいと思います。事務局の皆さんや社養協のお二人も、必要に応じて発言いただいて差し支えありませんので、ぜひ闊達な御意見をいただければと思います。
 どなたからでもいかがでしょうか。
 岡さん、お願いします。
【岡委員】  端的に、ちょっと分かりやすさということも含めて、矢内さんにお伺いしたいのですけれども、今回の特に単位問題について、非常に多様性に富んでいますので、端的なことを言うのは難しいでしょうが、単位数減ということについて、お立場というのは、あるのかないのかを確認したいのですけれども。
 いや、それはやっぱり言えないということでしょうか。
【青山主査】  いかがでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  発表でも述べましたとおり、本当に多様な養成課程の状況が112通りだということで、社養協としては1つの回答をするのが難しいということを発表で御説明させていただいたとおりですが、事務局長のほうからも御回答いただくほうがいいのかと思うので、司会の青山先生、それでもよろしいですか。
【青山主査】  もちろんです。お願いします。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  社養協事務局長の杉山です。御質問ありがとうございます。社養協の立場からということで、各大学の養成課程の編成が非常に多様であるということを踏まえると、幅広く養成課程を代表するような統一見解を述べることは難しいと考えます。そのうえで、この単位数の増減というものが、履修量の多寡にかかわらず24単位のカリキュラム全体に関わってくる、そういった大学も一定数あるだろうと。したがって、単位数を増減されると困るという、そういう声は養成課程の側からは一定出てくるだろうということは想定されますし、だから最後の結論で述べたことになるのですが、養成課程の枠組みを検討していくプロセスで、養成課程の関係者の声もぜひ共有いただきながら、今後検討を進めていただけたらなというふうに思います。
 もう一点、養成課程のさらなる充実を検討していく中で、令和2年度にカリキュラム全体を多かれ少なかれ再設計した養成課程の立場からすると、24単位から単位数を削減することの必然性というものを、どのように私たちが受け止めればよいのかというところです。養成課程のさらなる充実における単位数削減の必然性がどのように説明されるのかというところにも関わってくると考えます。
【岡委員】  ありがとうございます。御発表の中では、学生にとっての意味というところがかなり中心的に打ち出されていたというふうに思うのです。それ以外の観点というのは今回御報告の中にはなかったのですけれども、ありますか。例えば養成課程の大学内での位置づけとかです。
 
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  ありがとうございます。今御指摘いただいたとおりでして、養成課程、組んでいる教員体制もまた大学によって多様です。非常に少ないマンパワーでカリキュラム全体を運営している大学もありますし、そうなってくると単位数の増減というのは、その先に、教員体制をどのように組んでいくか、あるいは専任・非常勤問わず教員の雇用に関わってくるような問題にもなってくるということです。あとは、学則そのものの変更が生じるのかどうかというところは各大学の状況によると思うのですが、別表などを用意して単位数などを設定している大学のことを考えると、大学のマネジメント全体に関わってくるような変更になりうることも十分想定しながら、検討を進める必要があると考えます。
【岡委員】  ありがとうございました。
【青山主査】  ありがとうございます。
 ほか、いかがでしょうか、皆さん。
【坂口委員】  一点よろしいでしょうか。御発表ありがとうございました。一点、最後のほうで強調なさっていた地域的な条件の違いというのについて、よろしければ具体的にもう少し教えていただけると助かります。お願いします。
【青山主査】  いかがでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  御質問ありがとうございます。例えばこういった養成や研修の全体像を実現していこうとしたときに、まず想定したのが都道府県なのですけれども、その地域の中に養成課程を置く大学数がどのくらいあるのか。そしてもう一方で、この間連携の重要性というのが繰り返し、このワーキングでも議論されてきたと思うのですけれども、自治体の社会教育主事の配置、発令の状況です。基礎自治体も含めて、それがどのくらいなのか。これは、地域によってかなり違いがあるのではないかというふうに考えます。
 そのような地域的な条件の違いを踏まえて、国として、それぞれの地域の今後の展開をどのように応援していくことができるのかというのも大事な論点になってこようかと考えての内容になります。
 他方で、報告書案の中にも書き入れていただいていますが、これまで養成課程を置く大学と自治体の連携が全くなかったわけではなく、地域によっては、数少ないリソースやマンパワーをしっかりと組み合わせながら、地域の社会教育振興の中で研修プログラムなどを独自に開発されている、あるいは、社会教育士や担い手の方々のネットワークやその活かし方に関わる条件づくりを進めている自治体もあろうかと思います。ですので、そういった既存の取組をどのように生かしていくかという点においても、地域ごとの固有性が出てくるのではないか。そういう前向きな側面も含めて、それぞれの地域の状況を踏まえて応援していく仕組みづくりの検討が進んでいけばという期待も込めて書かせていただきました。
【青山主査】  坂口さん、よろしいですか。大丈夫ですか。
【坂口委員】  大丈夫です。ありがとうございます。
【青山主査】  ほかの皆さん、いかがでしょうか。
 お願いします。
【井口委員】  ありがとうございました。大変勉強になりました。
 一点ちょっと伺いたい――既に一部は触れてくださっているかと思うのですけれども、学生にとってというところでもう少し教えていただきたいのが、今回、単位数を仮に減らすというようなことが課題になっているのだとすれば、要は、多様な学生が社会教育主事課程を履修できるようにするためには、一つは24単位という単位数が負担になっている可能性があるんじゃないかというような課題意識が背景にあるように感じていたんです。
 ただ、それが果たして事実なのかどうかというところは、ぜひ、課程を御担当されている矢内さんや杉山さんの視点から、どのようにお感じになっているのか。こちらはもちろん、質の保証とか教育効果ということとも関連して、端的にその辺りの問題意識をもう少し伺えたらというふうに思っているのですが、いかがでしょうか。
 【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  今回の意見発表、実は前回の意見発表の準備の過程でもそうなんですが、担当教員サイドで意見交換をしていく中では、履修のしやすさの面で単位数が負担になっている感触はあまり持っていないということです。
 その感触がどこから来ているかというと、まず履修している学生たちの直接の声として、24単位の負担について問いかけたときに、「もうちょっと単位数が減ると……」というような声は全く出てこないということです。身の回りの情報を基にした感触レベルの話になるのですが、そのように感じています。
 矢内さん、いかがですか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  例えば、既に学生たちが地域のいろんな活動に関心があるとか、学校以外の学びにも関心があるとか、非常に学びに対して前向きな学生たちが主事課程に関心を持って取ってくれているという声も、今回の準備とかもしながら非常によく聞きました。なので、負担というよりは、学生自身がとても学びに対して前向きであるということも、大きい、負担に感じていないということの根っこにあると思います。
 それから、一気に取るだけではなくて、何年間かかけて丁寧に取っていくようなことをしながら取っているとかいうことも考えると、短期間のうちにたくさんのものをこなしていかなきゃいけないとか、そういう負担感があるわけではない。4年間の学びがあるから、その中で学生たちが24単位取っていくというふうな学び方になっています。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  一点補足で、しゃべってよろしいですか。
【青山主査】  もちろんです。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  先週開催された特別部会の中で、学生の立場から出席されている東委員の御発言が、我々養成課程の担当者からすると非常に印象的です。実践し、また学び、実践しというサイクルを時間をかけて往還していくと、学生のほうから、「学んだことを生かしてみたい」という声があがってくる。学べば学ぶほど「実践してみたい」、そして実践して振り返る中で「もっと学んでいきたい」というような、そういうサイクルが時間をかけることで学生に経験され、「もっとやりたい」という声が学生から出てくる。特に社養協ではケーススタディーを中心に研究を重ねてきているのですけれども、その具体的な事例などを聞くと、そういった学生の姿が見えてくる研究が多いというふうに感じております。
【青山主査】  ありがとうございます。
 井口さん、いかがですか。
【井口委員】  ありがとうございます。大変勉強になりました。主事講習の検討の際も、導入的講習とかフォローアップ研修の議論の中では、自らの実践と講習での学びとの往還を設計していくような、そうした連続性ですとか継続性がやっぱり非常に重要なのだなということを感じたのですが、養成課程でも、単位数を増減させること以上に、どういう形で社会教育に関する学びを学生が深めていくのかということがより重要なのだなということを感じています。
 その中で、もう一つちょっと気になっているのは教職課程との関係です。教職課程を履修する学生の場合ということで幾つかコメントもいただいているかと思うのですけれども、今回、強み専門性との関連で社会教育を位置づけるということも一つの案として議論をされている中で、いわゆる教職課程も取るという学生が、さらに社会教育主事課程も取るということが想定されるわけですね。
 そうなると当然、卒業単位数以外のいわゆる専門科目を履修していくことも想定されていく中で、その中でもなお、今のお話ですと負担というよりはむしろ学びに積極的な学生が多い印象だということでしたが、そこはいかがですかね。特に早稲田や明治だと、必ずしも教育学部とセットではないパターンも多いかなと思うので、これも分かる範囲でも結構なのですが、少しコメントをいただけたらと思いますが、いかがでしょうか。
【青山主査】  いかがでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  やはり今回私たちが発表したことの繰り返しになりますけれども、教員になる学生たちは、養成課程で、自分たちが学校教育のことを学んできたことが、養成課程の中でこういうふうな学び方もあるとか、それから、教師の在り方というのも、地域の学ぶ大人たちの姿と出会って、学び続ける教師の在り方というのがこれから大事になってくるのだということを、学生たちは気づき学んでいます。
 そうしたときに、養成課程は、学生たちが恐らくこれから教師として必要になってくることをまた学んでいく、新しい学びを切り開いていく大事な契機になっていることが、既に事例研究で明らかにしてきています。
 負担かどうかというよりもむしろ、養成課程でこそ、学生たちは今求められている学び続ける教師になっていくことを経験していると考えていますが、杉山さん、いかがですか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  ちょっと変化球のかかったボールの返し方になってしまうかもしれないのですが、この問題を考えるときのポイントとして、「往還」ということを念頭に置いて、一つ一つの単位の持つ重みを考えていく必要があるなと。
 これが、科目が積み上げられたリストとして把握されて、それが何十単位であるといったときには、例えば40単位より50単位のほうが大きいのだ、だからぱっと見たときに40単位のほうが受けやすいという、そういう印象を受けるかもしれません。しかし、学生の学びの姿に即して考えると、一つ一つ科目で経験を積みながら、それらの間をじっくり行き来しながら学ぶゆとりが保証されているかどうかというのが、非常に大きな意味を持つと思っています。
 例えば教職課程との関わりでといったときに、学校の中で出会う子供たちの姿、あるいは授業研究であるとか、学校としての教育活動を通じて子供たちの学びをどう支えていくか。学習指導要領をしっかり踏まえながら、学校教育の文脈において子供たちに関わっていく。
もう一方で、例えば社会教育を学びながら地域の中で子供たちに関わるといったときに、様々な機会があると思います。学校になかなか足が向かわなくて、でも、地域の中でそういった子供たちの居場所をつくっていこうという、フリースクールの取組もあります。そういったところで出会う子供たちの姿を、これから実践経験を積み重ねていく学生が、どのように自分の中に折り合いをつけて、自分なりの教育観や教師観をつくっていくことができるのか。そこでは、単なる単位数の積み上げによるというよりは、むしろそういった経験をじっくり行き来しながら学ぶことができる、そういうゆとりを保証するようなカリキュラム・マネジメントが重要になる。それとセットで、単位数の負担というのを考えていかなくてはいけないと思います。むしろ担当教員によっては、その往還をじっくりと経験できるように、一定の単位数を保証してほしいという声も当然出てくるだろうと思います。
 多様な立場を取り得る議論なので、これという統一的な見解をお返しすることができないんですが、今伺っていて、そのようなことを考えました。
【青山主査】  ありがとうございます。
 いかがですか。皆さん、できれば、私は全員見えないので、冒頭に誰々ですがあるとありがたいですが。
 坂口さん、今手を挙げていますか。
【坂口委員】  はい、いいですか。すみません、関連して、今、杉山さんにお伺いしたいのですが、非常によく分かります。うちも112の、教育学部がないところで細々と養成課程をやっておりますが、担当の先生によっては、今の学生さん、時間外にいろんな活動をするのはとても難しいので、その養成課程の時間の中の、例えば実習部分って今1単位ですけれども、実質はそれを超えてやっているのが現状ですよね。それをもう少し実質化したほうがいいとか、そのような声というのは届いていますでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  矢内が回答してもいいですか。実質化したほうがいいというか、やっぱり今、社会教育士や主事に求められている資質・能力を、本当に学生たちがしっかり学べるように、より豊かに育めるようにというふうに考えたときに、24単位はもう本当に、この枠組みは最低限なので、もっと本当は広げていけたらというふうな声はあります。
【青山主査】  よろしいですか。
【坂口委員】  ありがとうございます。同時に、24単位で完結させなきゃいけないのかというと、大学教育というのは必ずしもそうじゃないので、その辺はカリキュラムの在り方の、大学の自由をむしろ尊重してくださいという先ほどの御説明に、深く賛同するところです。ありがとうございました。
【青山主査】  ほかはいかがでしょうか。
 長岡さん、お願いします。
【長岡委員】  北海道の長岡です。ありがとうございます。あまり私、養成課程と関わりがなかったので、すごく勉強になったというか、いろいろ学ぶところが多かったです。
 2点お伺いしたいのですけれど、結構養成課程、北海道でも私たちの道教委の社教主事の中で、大学からお願いされて講義とか担当しに行ったり、OBで学校に戻った先生方が養成課程のほうをお手伝いに行ったりというのを聞いていて、やっぱりそういう養成課程で現場の方の声を聞く機会って、すごい学生さんにとって勉強になるのだろうなと思いつつも、大学の先生方の状況として、なかなか養成課程を担当するような先生方がいなくなっているような現状があるのか。もしそうであるならば、本当に私たちが依頼を受けて、本務に支障がない限りで講義を担当させていただくというのも非常にいいのですけども、本当に大学だけで今後養成課程、24単位とか賄い切れるのかなというところが、一点、もしお答えできるところがあれば教えていただきたいのと、あとは、先ほどありました地域的条件の違いということで、養成課程、110何通りという、同じ24単位といえどもいろんなやり方があるというようなところで、例えば養成課程の新しいカリキュラムになって、工夫されている点とかで、何か特徴的な、こういうようないい取組があるので、今後もこういうのを発展していったらいいというようなことを、ちょっと、養成課程でどういうことやっているのかというのが、すみません、勉強不足で分かっていないところもあるので、何かいい取組があったらお願いしますということと、あと、最後1点は、北海道の教育委員会の教員の採用試験の中で、社協主事講習とか養成課程で社会教育主事有資格とか社会教育士の称号を取っている方は、一次検査で加点のポイントになっています。
 そういうのを今やっているところもありますので、ほかの教育委員会とかでもきっとそういうことをやっていくことで、養成課程、どれぐらい効果があるかは別として、効果もあるのかなと思いますので、ぜひそういうようなところも進めていったらいいのかなというように感じました。
 以上、質問は2点です。よろしくお願いいたします。
【青山主査】  いかがでしょうか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  御質問ありがとうございます。
 まず、長岡委員からの1点目の御質問についてです。養成課程の教員体制、あるいは、個々の大学の教員の状況ですね。ここも状況に幅があるので、これという傾向がなかなか申し上げにくいのですが、今御指摘いただいたとおり、教員体制、非常に厳しい状況の大学もあります。地域からの期待やニーズに応えて、何とか養成課程を維持しようとしている大学は、現実として一定数ございます。場合によっては、専任教員がなかなか配置できず、非常勤の先生方で、養成課程24単位を支えてくださっているという大学もあります。
 ですので、社養協としては、養成課程のカリキュラムがどのように変わっていくかであったり、あるいは実習必修化を受けて、社会教育実習をどのように運営していくかであったり、実践的な手がかりを共有したり、教員同士で情報交換したり他大学の事例から学んだり、そういった養成課程を結ぶ研究活動、交流活動に取り組んでいるところです。
 
 また、そういった中で、自治体職員や施設職員の方々がゲストで大学に来ていただいて、学生たちに現場の空気感も含めて実践について語っていただくというのは、非常に貴重な学びの経験になっていると思っております。今後もぜひそういった取組を大切にしていければと思っています。
 2点目なのですが、令和2年度に養成課程が見直されてカリキュラムが変わって、実習が必修化されたことは、多くの大学にとって非常に大きな意味があったのではないかと私たちは考えています。
 まず、学生の学びにおける実習の意味というのは言わずもがなですが、実は実習を通じて、教員が地域の社会教育により目を向け、実際に地域に足を運ぶ機会も増やすことにつながったのではないかと思います。そうしながら、現場の職員さんと交流を重ねて、地域の社会教育に何が求められているのかという、教員自身の気づきや学びにつながった部分も大きいかと考えます。
 あともう一つ、そうしたことをきっかけに、現場で求められている力について検討したり、その力量形成を支えていくような職員研修に向けて連携を深めたり、実習をきっかけに広がっていく試みというのも、各地で積み重ねが始まっていると思っております。大学と現場を結んでいく一つの起点として、この実習の必修化というのは意味が大きかったと考えています。
 矢内さん、いかがですか。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  今の新カリキュラムの話ですけれども、実習を中軸に据えてリフレクションをしながら、というのはいろんなやり方がありまして、例えば4年間の中で少しスモールステップの実習のようなものがあったりして、カンファレンス形式で振り返る機会があるという場合もありますし、なので、実践と省察の往還を、実習1科目の中だけでとか、プラス演習とかでやるというだけではなくて、4年間の時間の幅を持ってデザインしている場合もあれば、あるいは、1年生・2年生、若い学年のところで、まずは社会教育の実践ってどういうものかなと学ぶようなものから、学年が上がると今度はマネジメント的なものはどうなのか、実践的に学んでいく場合があったり、それから振り返りの在り方も、学生だけでするわけではなくて、報告会のような場で、教員も学生も、職員の方にもお越しいただいてという重層的な振り返りの場を持ったりとか、かなり各大学がいろんな工夫をされている。あるいは、実習の報告書を記録という形でつくったりとか、4年間の学びをつづった報告書を出したりとかという形で、リフレクションの在り方も、語るだけではなくて記録化、書き言葉で表すというような工夫もあったりとか、本当に各大学の様々な工夫があります。
【青山主査】  長岡さん、よろしいですか。
【長岡委員】  ありがとうございました。今、私の係のところにも、大学の養成課程で学んで社会教育主事になって一生懸命頑張っている職員がいます。道内にも、養成課程を出て、基礎自治体の社会教育主事でとても頑張っている方とかもたくさんいるので、ぜひ、養成課程からすばらしい人材が出てほしいなというのを改めて思いました。ありがとうございます。
【青山主査】  ありがとうございます。
 そうしたら、私からも質問してもいいですか。まず経緯の確認もしておきたいんですけれど、これまで講習を中心に議論してきた中で、5年前の制度改正から含めて、社会教育主事のためだけじゃない講習にしようと、より多くの人に取ってもらおうということで、今回の議論の中でも、講習の受講要件の緩和についても議論をしてきました。
 その中で、とはいえ、それをやり過ぎると、講習だと8単位で取れる資格が、養成課程だと24単位もかかる問題、この制度設計のずれみたいなものをどう考えるかという宿題をずっと抱えてきたという面が一つあります。
 それから、この社会教育士・社会教育主事の専門性を多様な領域と結びつけていく、例えば教職課程と結びつけていくとなったときに、より組み合わせやすいような単位の設計という文脈の中で、課程のボリュームの削減という話が出てきたのだろうというふうに私は理解しています。一方で、課程の単位数を減らすと、実施体制側にいろんなリスクがあるのではないかとか、あるいは、質の高い教育環境が保てないのではないかというところが論点になっていると理解しています。
 その中で、繰り返し話題になっているように、この112校の多様性をどう踏まえるかということによって、かなり目線が変わってくるだろうなと思っての質問です。1つは、今の議論の中で、例えば、単位を減らしてもあまり負担感は変わらないのではないかという議論の背景にあるのは、この増減の対象になっている特講の中身が社会教育を直接扱った科目ではなくて、多くの場合、関連科目のアラカルトになっているという状況があるのではないかということです。
 これが私だけが見えている風景なのかということをまず質問したくて、例えば、卒業要件の124単位の中に含まれるような、多文化共生論や情報社会論、スポーツ何とか論とか、そういうものが組み合わさって特講の8単位を構成しているとすると、これは増えても減っても学生にとってはあまり変わらないし、担当する教員にとってもあまり変わらないような状況が起きやすいのではないかという気がしています。
 この特講の中身がどういう実態になっているか、もしお分かりになれば、それによってもかなり状況が変わるなと思っているので、ここについてお分かりになることがあればお聞きしたいというのが1点です。
 2点目は、ただ減らすかどうかという議論にするのはやっぱりもったいなくて、きちんと実践と省察の往還を実質化していくということが必要だと思います。先日の部会でも東委員という方の発言にもあったのですが、この実習全体のホームルーム的な機能を増やすなど、より実践的な学びを充実させていくという方向性が望ましいと思いつつ、さっきのお話で、それを制度的に盛り込んでいくと、むしろ養成課程を維持できなくなる大学もあるのではないかという気がしています。お聞きしたいは、そのリスクがどれぐらいあると見積もって話を進めていいかということです。専任教員がいないような状況の中で、あるいは、もともといたけれども辞めてしまって、もう非常勤だけで回しているような主事講習もよく聞きますので、今後、実践と省察の往還をコーディネートして、より充実させていくという方向性が望ましいと思いつつ、それを押し過ぎてしまうと、それを抱え切れない養成課程も少なからずあるのではないかという危惧を持っていて、この辺りのリスクの見積りをどうすればいいかについて、もしお分かりになることがあればお聞きしたい。
 3つ目に、その場合、今回まだ出てきていない話として、今後実習をより充実させていこうとしたときに、受入先の問題があると思います。5年前の制度改正の時も、大学側がきちんと実習先をコーディネートできないようなケースだと、全て学生の自己開拓にしていたり、1つの施設に丸投げするような形になって、施設側が疲弊するという話も聞かなかったわけではありません。全部がそうだとは全く思いませんけれども。
 そうした中で、今後、実習を軸に養成課程を充実させていくとなった場合の受入れ側の課題や、あるいは、それをうまくやったような事例があればお聞きしたいと思います。
 以上、特講の実態と、これ以上負荷をかけて大丈夫なのかということと、実習の受入れ施設側のキャパシティーの問題です。その辺り、私もやりながら自分で課題に思っていることなので、お聞きできればと思いました。お願いいたします。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  御質問ありがとうございます。社会教育特講の部分を先に、考えを述べてよろしいでしょうか。社養協として特講に焦点化した研究を積み重ねてきたわけではないので、今から話すことはまだ限定的な意見になります。
 今回、意見発表を準備するに当たって、改めて主事講習8単位と養成課程24単位の「差」を意識し、科目構成、各科目の内容であるとか目的であるとか、もちろん単位数も含めて、常に念頭に置きながら考えてきました。
 まず生涯学習概論から始まって、生涯学習支援論・社会教育経営論、そして総合的な実践力を定着させるという目的で社会教育実習等の科目が続きます。ここまでの単位数を比較してみると、割合としては主事講習と養成課程で1対2になる。科目の構成・構造が相似的で、単位数は1対2なのですけれども、ではこれを1対3の割合にしているのは何かといったら、養成課程に固有の特講の8単位であると。
 そして、意見発表の中で、24単位の全体性を踏まえて単位数の議論を進めていく必要性を強調しましたが、やはり特講8単位も、この24単位全体との関わりで改めてその意味を検証していく必要があるのではないかということです。
 というのは、様々なケースが確認されていまして、例えば、養成課程の中で社会教育特講8単位の配当年次と内容を設定しながら、1年次の導入段階で1科目配置し、その後に実習に向かうまでに残り3科目の特講を意図を持って配置していくのだというふうに、カリキュラムのストーリーの中に特講の4科目8単位を位置づけた編成をしている大学もあります。
 もう一方で、自由度を上げて、社会教育特講の様々な内容をそれぞれのタイミングで学生が選択して履修できるという大学もあります。そういった場合に、学生が社会教育実習で経験したテーマをさらに特講で学び深めていくこともあれば、実習に向かう準備として特講で問題意識を深めることができた、というケースもある。社会教育特講での学びが、個々の学生によって様々に生かされているというケースです。
 だから、カリキュラムの意図としてもそうですし、学生の学びにおいても特講が様々に生かされているケースがあるということを踏まえると、特講の意味というのも非常に幅があるということです。
 さらにもう一点、今回の意見発表の中で、学生生活と社会教育主事養成課程との往還、やはり学生の時期に社会教育に出会い、自分の学生生活を充実させながら4年間かけて社会教育を学んでいくということには、固有の意味があると強調しました。ただ、それも学生生活そのものと養成課程の学びの往還がダイレクトに結ばれることもあれば、その間に特講が位置づいて、学生の学びの経験が立体的になっているという捉え方もできるのかもしれません。つまり、社会教育特講があることで自分の興味関心に沿って社会教育の学びを広げ深められるし、その興味関心が支えになって社会教育の学びが学生生活における多様な活動で活かされるというような、三つ組みの学びの経験として考えることもできるのかもしれません。24単位である大学の養成課程の固有性というか、アイデンティティが表現されるところに特講が位置しているのではないかという仮説も考え始めておりますが、検証が必要だと強く思います。
 ちょっと言い過ぎてしまっている部分もあるかもしれないですけれども、そんな感触を持っています。あと2点、矢内さん、もし今お考えがあれば。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  残りの2点目のほうは、実践と省察を実質化するということが、教員のいない大学に負担感になるかどうかのところに関してと、それから実習受入先、施設側の疲弊についてどういうふうに考えていくのかというところに関して、今回の報告で最後に述べさせていただいたとおり、だからこそ本当にこれから対話的に考えていく必要があるだろうというふうに思っています。なので、ここでもちろんそういうふうな厳しい大学もあるかもしれないからこそ、その声を聞きながら議論のプロセスをやはりつくっていく必要があるのではないかというふうに考えています。
 それから、2点目の質問はもう実習を充実させるということを念頭に置いたような御質問だったと思うんですけれども、実習を充実させれば社会教育の学びが質的に豊かになるということではなくて、これまで私たちが発表してきたのは実践と省察の往還というところです。ですので、実習先に送り出すことで学生が初めて学びが豊かになるのではなくて、それこそ大学で、じゃあその学び、実習の経験がどういう意味を持っていたのかということをそれ自体の振り返りとして、あるいは演習的に振り返るとか、それから先ほど杉山事務局長からも説明がありましたけど、特講とかの中で振り返るとか、多面的に振り返ることによって初めて意味があるので、今の御質問だと、実習を充実化させていくということがまず前提になった質問だったように聞こえました。
【青山主査】  すみません、そういうつもりはなかったのですけれど、ただ5年前に必修化して、そこで負担感を耳にすることもありました。今後大学を一つのハブにしながらいろいろなつながりをつくっていくというのは私も日々目指してやっているところではありますけれども、実習の時間を増やすか増やさないかということではなく、やっぱり現状の受入先も含めた地域側の状況を踏まえた議論が必要だということでもしお分かりになることがあればというレベルの質問でした。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  実習の受入先の負担感、また実際に生じている御負担についてですが、現場に御負担をおかけしながら実習が始まるというのは紛れもない事実でして、さらにそこにも地域性があるかもしれません。例えば、養成課程を置く大学が比較的多い地域は、やはり大学と日頃から連携が進んでいる社会教育施設などに実習の受入が集中することも多かろうと思います。そういったときに一つ大事なのは、これは社養協としても取り組むべき課題でもありますが、養成課程を置く大学間の交流や実習に関わる情報共有、場合によってはその協議や調整をもっともっと図っていかなくてはいけないということです。
 もう一つ、実は社養協も会の出発から、養成課程を担当する大学教員だけでなく、自治体職員や施設職員の方々と一緒に歩んできたという経緯があります。その歩みの中で共有されてきたのは、実習を受入れる側でも努力を重ねていただいて、実習生の学びを豊かなものにすべく創意工夫を凝らして受け入れていただいているということです。この点も認識を深めていかなくてはいけないところだと思います。様々な大学の学生が実習生として、ある特定の時期に、特定の公民館に受け入れていただいている。担当教員としては自分の大学の学生が気になるものですが、実はそのような受入先では、様々な大学から実習に来ている学生同士の出会いや学び合いまでしっかりと支えてくださっているケースもあります。また、社会教育実習の受入れを現場での研究・研修のテーマに設定し、それぞれの施設や地域の中でプラスに変えていくための工夫や方策について検討を進めてくださっている地区もあります。そういった現場の取り組みこそ養成課程の担当教員にもっと認識し、次の世代の社会教育の担い手を支えていけるような仕組みを現場と大学とが一緒になってつくっていくことが非常に重要であり、それが実際には現場の負担感の解消につながっていくのではないかと考えています。
【青山主査】  ありがとうございます。というわけで、5時を回っておりまして、そろそろ前半を一区切りにした方が良い時間になっています。すでに後半の話題もいっぱい出てきていると思います。いかがでしょう、一旦区切ってもよろしいですか、皆さん。社養協のお二人も言い残したことがあれば、もし補足等、何かあればと思いますが、いかがですか。よろしいですか。
 そうしましたらば、では前半、社養協の御発表と、それに関する質疑については一区切りとさせていただきたいというふうに思います。お二人、本当にどうもありがとうございました。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(杉山)】  どうもありがとうございました。
【全国社会教育職員養成研究連絡協議会(矢内)】  ありがとうございました。
【青山主査】  ありがとうございます。
 それでは、後半ということで、報告書案の検討に入ってまいりたいと思いますので、事務局のほうから説明をお願いいたします。
【神山社会教育振興総括官】  事務局の社会教育振興総括官の神山です。お手元の資料で資料2と資料3を準備させていただいてございます。資料2のほうから御覧いただき、これに沿って御説明をさせていただきたいと思います。
 資料2を御覧いただくと、さらに検討を要する論点ということで4つほど挙げさせていただいてございます。4つ挙げている中で、一番下の養成課程の見直しのところに枠をくくっておりますが、先ほど社養協の御説明でいただいたところも含めて、括弧書きにあるように、社会教育士として必要不可欠な内容がどこにあるのか、それと、これを踏まえて科目構成や単位数について考え方をどうしていくのかということを考えていく必要があるかなと思っております。上の3つについては、単位互換ですとか分割履修への柔軟な対応ということで、科目を分割、2単位科目を1単位にしてはどうかといった話を前回もさせていただいておりますが、そういった議論。また、2つ目については導入的講習の活用ということで、ここについても議論いただければと思っております。また、受講資格に関しても前回も御議論いただいて、方向性が見えてきており、この辺りについても御議論いただけたらと思っておりますが、今日、社養協のほうから御説明いただいておりますので、基本的には、まずは養成課程の見直しのところをメインに御議論いただいて、その上で残りの論点について、報告書案などに沿って御議論、御意見いただけたらと思ってございます。
 この資料上では、基本的には今の点と、社会教育特別部会で社会教育士の専門性について意見がございましたので御紹介します。今、御覧いただいている資料を社会教育特別部会にお示し、いただいた意見を次のページ以降に掲げてございます。
 1つ目が、コーディネート能力やファシリテーション能力、プレゼンテーション能力についての御意見ということで、1つ目のポツにありますように、会議をうまく回す力ではなく、地域に入って自らの経験を踏まえて人と人とをつないで、新しい対話の場を生み出すような力が要るんじゃなかろうかといった御意見や、その次にありますように、主体性を形成して協働をデザインしていくためのものなのだということをしっかり明確にする必要があるといった御意見。また、そういうことがないと、社会教育士に首長部局で活躍いただこうという必要性が感じられないよねといった御意見もございました。それからファシリテーションに関しても、テクニカルな部分ということではなくて、学習支援という社会教育の考え方に沿ったものとして捉える必要があるのではなかろうかといった御意見がございました。
 次の人権感覚とか多様性とか社会的包摂といったことですけども、次期学習指導要領でも多様性の包摂がキーワードになっているということもあり、人権感覚や多様性の理解といったところの認識をしっかりしていく必要があるのではなかろうかというのことも指摘をされてございます。
 次のページですけれども、コミュニティーを形成する能力や、民主主義と住民自治に関する専門性が挙げられています。ここについては、社会教育はコミュニティー形成の基盤ということや、そういう意味で、2つ目のポツにありますように、プレゼンテーションといったときにも、その先にある人々を巻き込んでコミュニティーを形成してチームを構成するといった力、プレゼンテーションの先にあることの方が大事なんじゃないかといった御意見もいただいてございます。
 その次の白丸では、主体性を涵養する力ですとか伴走支援の話を入れてございまして、社会教育特有の主体形成の手法を学ぶ必要があるのではなかろうかといったこと、特に当事者意識の醸成や、動き出した後の伴走支援の力が必要だといった御指摘もございました。
 次の白丸では、地域課題のみならず、地域資源をしっかり把握して地域課題の解決をしていくことが必要だということでございまして、地域課題を学習課題として組み立てる力が要るのではないかということや、多様な主体の関係性を編み直すようなコーディネート力や、合意形成のプロセスを設計できる能力といったものが必要なのではないかということが社会教育主事に求められる力として挙げられてございました。また、最後に、地域住民が主役であるのですけども、一緒に考えていくことで、特に社会資源をつなげていくことで課題解決に導くといった視点、そういう能力が必要ということが言われてございます。
 さらに次のページでは、チームビルディングの必要性、社会福祉士のような、別の分野ではあるけども近しい分野ということで、コミュニティーソーシャルワークということを学ぶ、社会福祉士のほうでは学んでいるということで、そういった資源の発見や評価という一連のアセスメントの手法などは、社会教育士にとっても有効活用できるのではないかといった意見もございました。また、コーディネート機能、つないでいくということがなかなか見えにくいということで、その成果が、どんなふうに地域がよくなっているのかを見せていくような仕掛けが必要だといった御指摘もございました。また、課題解決していくことでどうよくなったかの変化をしっかり評価して改善に結びつけていく力も必要だということで、PDCAなどの御指摘もございましたし、PDCAだけではなくて、それに収まらない試行錯誤ですとか省察なども必要だといったことですとか、最近ですとOODAと言われるような、OODAループといったものも活用できるといいのではないかといった御指摘もございました。
 最後10ページ目、次のページで、今までのところは社会教育士や社会教育主事に必要な能力の話でしたけれども、大きな2番としては導入的講習の話というのが御意見も出てございまして、これについては、大卒ではないけれども地域活動を頑張っていらっしゃる方にとっての受講資格の緩和というのをしっかり提言してはどうかといったことを言われてございます。
 3つ目、ここについては養成課程でございまして、既に御議論の中でもお話がありましたけれども、御自身が養成課程で学ばれている大学生の東委員からの御指摘が多かったわけですけども、1つ目のポツでは、他学部の科目から自分の興味関心がある分野を選べるとよいといったことで、特講なんかに関しては特にそういったところがあるのではないかといった御指摘もございました。また、これももう既に議論の中でもありましたけれども、実践の場、学んだことを実践できる場が欲しいといった話で、その流れで、公民館講座を企画できる機会があるといいのではないかといった話。あるいは、例えば防災とか学校教育など、特講なども含めていろんな学んだものをホームルームのようなところで持ち寄ることで、実際にそれを生かした企画をするような場面があるといいよねといった御意見もいただいてございます。最後のポツに関しては、今の社会教育主事の養成課程に関しては、当然社会教育主事を養成することが前提になってございますけれども、必ずしも主事になる人が多いわけではなく、社会教育自体を学びたいという人にとっては若干居心地の悪さも感じるところもあるといったような御指摘もございましたので、こういった部分、特に養成課程に関しては、特講における他学部との関係ですとか、それらを統合して学べるようなホームルーム的な位置づけみたいなものが考えられないかといったところは御示唆のある意見だったのではないかなというふうに思ってございます。
 続いて、資料3のほうも御紹介をしたいと思います。前回既にお示しをした資料に、前回の御意見を反映させた内容になってございます。ただ、本日御議論いただく部分もございますので、基本的に、大きく変更しているというよりは、前回出た意見をこの資料の中に書き込んだという形になってございます。
 御覧いただきますと、8ページの下のほうに、先ほどのコーディネート力、マネジメント力、ファシリテーション能力といった話が書いてございまして、プレゼンテーション能力のところだけ消してはおりますけれども、そういったところをどう考えるのかといったところは御議論いただければありがたいなというふうに思ってございます。
 次の9ページでは、単位互換や分割履修の話として、10ページで、細分化する、1単位にするといったことについて書いてございますけれども、ここについても残された論点かと思ってございます。
 11ページでは導入的講習の話を書いてございます。下のほうで赤字が入っておりますけれども、もともと消す前、前回お出しした資料の中では、導入的講習ということについて、ほかの研修、導入的講習の中で一定の科目の代替が認められるようなレベルのものがあれば、科目代替を認めてあげるものもあってもいいのではないか、あるいは導入的講習の中の一定の水準を満たしたものについては、社会教育主事講習のほうの受講資格を認めるというふうに使う手もあるのではなかろうかということも書いてございましたけれども、若干その導入的講習というものについて、何のためのものか、導入のためなのか、講習の受講資格を得るためのものなのかといったところが分かりにくくなってしまっているんじゃないかという御指摘もございましたので、この11ページの下のほうでは、新しい社会教育主事講習の受講資格として使うといった話はあまり書かないように修正をしておるということでございます。
 その話は12ページのほうにございまして、こちらで受講資格の見直しが項目として立っておりますので、こちらの中で、導入的講習と言わないまでも、一定の水準を満たす講習について、それを終わったことで受講資格として追加するといったことについて、適否についてさらに検討することも考えられるのではないかといった形に書かせていただいてございます。これについては、できる限り広く社会教育主事講習が受けられるようにするという意味で、こういった一定の講習を受ければ社会教育主事講習を受ける資格が得られるといったことについては肯定的な御意見が多かったかなと思いますけれども、一方で、社会教育主事講習のステータスみたいな話に関して、今であれば短大卒をベースにしておる、短大卒ぐらいの方が受けられる、62単位を大学で学んだ方が受けられるといったステータスとの関係などを考えたときに、どこまで緩やかに認めることができるかといったことについては制度的な整合性を考える必要があるのではということで、その適否について、さらに検討する必要があるといった言い方にしてございますが、講習を受けるだけではなくて、講習と、例えば何らかの経験、実務経験などを組み合わせて認めるなど、いろんなバリエーションはあるかと思いますので、全く認めないということではございませんが、講習だけで本当にいいのかというところはまた御議論いただければということで、こうした書き方にさせていただいてございます。
 あと13ページでは、基本的には、御意見をいただいて、都道府県などが研修について全体を見て実施していただきたいということを書かせていただいてございます。
 16ページのほうに参りまして、ここは養成課程の見直しでございます。ただここはあまり書き方を変えておりません。網かけになっているところは、教員の免許との関係で一定程度検討したら良いのではないかということが書かれてございますけれども、それだけではなく、本日御議論いただいたことを(2)のところに追記していくというイメージですので、あまり多くは書き込んでおりませんけれども、ぜひ御議論をいただければと思ってございます。
 あとは、委員の先生方はもう御承知のとおりかと思いますが、特講をどうするかといった話ですとか、実習をどうするかといった話がございますので、添付資料の最後のページに養成課程の科目について並べておりまして、生涯学習概論、支援論、それから経営論といったもののほかに、特講というのが8単位あり、また実習の1単位をここにというか、必修として位置づけたほか、演習や実習や課題研究といったものが選択としてございますので、先ほど社会教育特別部会であったホームルームのような、全体の学びを統合していくような部分といったものを、例えばこの演習や実習や課題研究あたりで引取り得るのか、あるいは新しい科目のようなものが必要になるのかとか、そういったところも含めて、そういったところで負担が増えるのであれば、全体として単位数をどう考えるのか、特講も含めてどう考えるのかといったところを御議論いただければと思ってございます。
 私のほうからは以上でございます。
【青山主査】  ありがとうございました。今、2つ報告をいただいたところです。1つは、先週金曜日に開かれました社会教育特別部会という親会がありますけれども、この親会で社会教育士の専門性等についていろいろな御意見いただいたということの共有。それから、この報告書案を前回の議論を踏まえて改訂いただいて、更新いただいているというところの両方があります。この後40分弱とくらいお時間がありますので、ぜひ皆さん、さらに検討が必要な論点というところでもいいですし、報告書の書きぶりのところ、あまり区切らずに、時間の範囲内で言えるだけ言っていただくほうがいいのかなと思います。どなたからでもお気づきの点あれば発言いただくということにしたいと思いますが、いかがでしょうか。
【坂口委員】  よろしいでしょうか。
【青山主査】  お願いします。
【坂口委員】  ありがとうございます。特別部会の議論、それから報告書案と併せて、8ページ辺りの資質能力の御提案です。いろんな要素がたくさん情報として得られたのですけれども、報告書で書けるのは恐らくすごくシンプルなことなんだろうというふうに想像して読みました。資質能力といっても、多分、個人のレベル、コミュニティーのレベル、そしてシステムをつくるレベルのようなことで分けて取りあえず書くというものを御提案したいなと思っているのですが、例えば8ページの下から10行目ぐらい、上記1から3の実現を図る上で社会教育人材に求められる能力というのが、コーディネートする、マネジメント能力とあるのですけれども、ちょっとこの辺りどうなるか分からないんですが、3つの力に分けてみましたという御提案です。
 どう思うかという点を皆さんに議論いただければと思うのですが、1つ目が、人々の学びと地域の関わりを支える力のようなものです。エージェンシーを育て上げるとか、ラーニングをファシリテーションするとか、英語で言うと多分そうなると思うのですが、人々の学びと地域の関わりというのを支える力、そういう個人に対する教育する力です。もう一つがコミュニティービルディング、多様な人々が関わり合う場をつくる力のようなものですかね。そして最後が、恐らく仕組みづくりというか、地域における協働の仕組みを構築する力、システムディベロップメントなのか、システムデザインなのかちょっと分からないのですけれども、というものを対象別に分けて書くというのを一応御提案できたらなというふうに思って考えてきました。いかがでしょうか。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。ミクロ、メゾ、マクロみたいなイメージに近いですかね。それぞれの専門性を活躍する場を踏まえて整理するのはどうかという御意見をいただきました。ありがとうございます。
 ほかいかがでしょうか。今の御意見に関わっても関わらなくてもということにしたいと思います。
 ちなみに、上記1から3のというところの「共同学習を支える対人支援の力量」という用語がありますが、多分前回私が発言したんですけど、これは前の「協働」をやめようと言ったわけではなくて、四文字熟語にしてしまうといろいろ意味が追加されてしまうので、「協働的な学習」のほうがいいのではないかというふうにお伝えしたような気がします。この原案の「共同学習」は歴史的な意味がすごくある言葉なので、逆に、だったらコラボレーションを使って、「協働的な学習」としたほうがいいのではないかなと思いました。細かいところですが。
 つないでいる間に、皆さんいかがですか。
【岡委員】  よろしいでしょうか。
【青山主査】  ぜひお願いします。
【岡委員】  先ほどの坂口先生の御提案、私はいいなと思いました。特別部会でも同じような意見だったと思いますけれども、スキル的なところばかりが表に出ると、何か非常に狭いレベルでしか活躍しないようなイメージに見えてしまう。先ほどの個人、場、地域みたいな、活躍の場によって分けるというのは、ちょっと広がりが見えるなと、より社会教育らしい提案になるのではないかなというふうに思いました。
 また別件ですけれども、先ほどの社養協さんとのやり取りを通して、とりわけ養成課程に関しては、「社会に開かれた養成課程」という打ち出しをしてはどうだろうかと思いました。主事講習の在り方も導入的講習を入れるなど、より主事講習単体ではなくて、社会に養成の場を開いていく方向になっていると思うのですけれども、養成課程も同じような考えでいいのではないかなと。先ほど実践現場との協働の問題が出てきた、よりそこを深めていこうということもそうですし、私、ちょっと気になっているのは、養成課程における社会からの、一緒に次の担い手を育てていくということと同時に、卒業後ですよね。養成課程を卒業した後のフォローアップが非常に弱いのが養成課程の特徴じゃないかなというふうに思っています。
 私がアドバイザリーボードで関わっている社会教育士ネットワーク九州では、養成課程大学にアプローチして、学生さんがネットワーク九州に入ってきてもらうように呼びかけています。ただ入ってくるのは難しい現状がまだまだあります。どうすればその主事講習中心に生まれているネットワークの中に養成課程の学生さんたちも入っていって、卒業後も社会教育に関心を持ちながら自分の実践現場とのつながりをつくっていく仕組みができるのだろうかと思うのです。それもまた社会に開かれた養成課程の延長上の話かと思います。社会に開かれたという方向性のもとに、単位数とか、取りやすさとか、様々な点を改めて考えたいなという印象を持ちました。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。そうですね、養成課程もちゃんと前向きな方向性を示した上でというところはすごく重要だなというふうに思いました。ありがとうございます。
 ほかいかがでしょうか。
【志々田委員】  では、よろしいでしょうか。
【青山主査】  お願いします。
【志々田委員】  私も坂口先生のお話を聞いていて、ミクロ、メゾ、マクロという段階で区切っていくというのは面白いなと思ってお聞きをしていました。私も前から、いわゆるスキルっぽく聞こえるのはそろそろ卒業してもいいかなと、5年前の検討のときには、そうしたスキルベースというか、何ができるようになるのかというところで議論をしてきたのですが、ここ最近、そういうスキルベースよりは、そういう意味ではもう少しスキルじゃないところをしっかりと表現できるというほうが分かりやすくなってきたような気がするので、そういう意味ではファシリテーションやプレゼンテーション、こういう言葉で表現しない資質、力量の表現の仕方を探していくというのは、とてもいいアイデアだと思いました。
 そこの中で、社会教育がほかの分野と比べて何が重要かというと、教育的な営みができるというところだと思うのですよね。なので、やっぱりそういう意味では教育という言葉が入っている科目がないといけないなとはちょっと思いました。事実、教育というのは別に、一方的に教えて、知識吸収型の一斉教授のやり方が教育なわけではというイメージで言っているわけではないですけれど、でもやっぱり教育的なアプローチが取れるという意味では、教育学の中の科目っぽい名前にしないと、なかなか社会教育主事としての特性みたいなところが表現できないかなと思っていたので、そこがちょっとあるといいなと、坂口先生の案をイメージしながら思ったところです。
 あともう一つ、養成課程についてというところでお話をしたいのですけれども、養成課程ということとプラスして、大学教育としてどうあるべきか、ということとの間にはやっぱり差があるのかなと。例えば24単位を20単位にして、うちの大学では24単位で養成をするということは、大学はやろうと思えばできるわけですよね。やれと言っているわけではないですけど、大学教育として実習をどういうふうに、例えばホームルームのような、東委員がおっしゃったようなああいうものがあったらいいよねというのは、それはそうだと思うのですけれど、それを実現するのは大学のそれぞれの工夫であって、こういう法令の中でホームルームを入れてみたいなことでやるべき内容なのかどうかということは検討しなければいけないかなというふうに思っています。
 社養協の御発表の中でも、大学の自由、学問の自由、大学の自治というお話をしておられました。なので、大学がそれぞれ自分たちの持っている養成課程をどうやったら魅力的になるのかということを考えるレベルと、こういった制度の中で落とし込んでいくものの中にそういう細かいものを全部入れてしまうと、身動きが取れなくなっていくとか、それこそこれに対応できないために養成課程を諦めなければならない大学が出てくるというような可能性もあったりもするので、充実していくのは幾らでも、制度としては充実していける。ただ、最低限のラインをどこに引くのかということが、ここの今の議論の中では重要なのかなというふうに、今日前半の部分のところでは思っておりました。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。
 坂口さん、手を挙げていますね。
【坂口委員】  ごめんなさい、何度も発言して。
【青山主査】  大丈夫です。
【坂口委員】  今の志々田先生の御指摘、ごもっともだなと思って聞いておりました。自分の大学のことだけ考えると、私たちもちろん養成課程をやっているのですけれども、その上にやっぱりディプロマポリシーというのがあって、それに従ってカリキュラムポリシーというのを持っていて、その中で24単位を運営しています。なので、養成課程だけ取り出して社会教育主事、社会教育士を育成しているのではなくて、やっぱりそれを経て学士を出すということの中で行っている。そう考えると、24の中で完結しているようで、していない部分が大きいかなというふうに実は思っています。
 なので、ほかのいろんなカリキュラムと呼応する中で実習的なものというのが実はたくさん行われていたりとか、本人の希望に応じて送り出すボランティア活動があったりとか、それは実質上ホームルームのようなことを担当教員ができている、そういう事例だからかもしれませんけれども、そう考えると、24の中でいろんな要素を全部入れるということよりも、最低限の枠組みをつくって、むしろ自由度を広げていく、そのような改革であったほうが、いろんな大学にとってありがたい改革になるのではないかというふうに思います。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。さあ、皆さんいかがでしょうか。
【井口委員】  よろしいですか。
【青山主査】  井口さん、お願いします。
【井口委員】  先ほど坂口先生の3つの整理と、あと岡先生の開かれた社会教育主事課程というキーワード、とてもいいなと思いました。私も、まず社会教育主事や社会教育士の能力の議論のところで、皆さんのおっしゃる議論のとおり私も感じていたところなので、どうやって社会教育士や社会教育主事の専門性の構造を示していくのかというのは非常に重要な視点だなと思いました。そのときに、どんな言葉をキーワードにしていくのかということは、また議論ができたらいいなと思っています。社会教育部会での主な意見はどれも重要な御指摘だなというふうに思うのですが、やっぱりかなりレベルの違う言葉が並んでいるという印象があって、それを整理し切るだけの議論はこのワーキングでも、やり切れるのかなという印象があるのですよね。例えば、民主主義や住民自治の醸成を担うとか、あるいは主体性を涵養する力とか、これまでの社会教育が大事にしてきたような言葉などもありつつ、一方でチームビルディングとか、その他PDCAをはじめ様々な横文字も含めいろんなレベルのワードか並んでいるので、これをどう整理していくのかというのはここで議論が必要なのかなという気がしますし、あんまり細かいことを議論するよりは、大枠を示すということになってくるかなと思うので、ひとまずどれを選ぶのかという点についての論点があるなということだけ指摘しておきたいと思います。
 それからもう一つ、今日の社会教育、養成課程の件です。私が感じたことは、一つには、やっぱり単に単位数を増減させるみたいな議論を安易にするよりは、仮に先ほどの社会に開かれた養成課程というようなコンセプトにしていくならば、やっぱり社養協の皆さんが重ねて強調されていた実践と省察の往還というようなことをどう実現していくのか。私はこれ、より具体的に言うと、やっぱり科目間の学びの連続性を担保していくのかということなのかなというふうに受け取りました。その連続性を担保していくような仕組みとして、部会が御指摘されていたような、ホームルームという表現はちょっとまだしっくりきませんけども、何かそういった機能というのはいずれにしても必要なんじゃないかなという気がしました。
 つまり、社会教育実習という科目が非常に重要な科目になるだろうということは確かだと思うのですが、社会教育実習が、各科目の総仕上げに位置づけられている大学もあれば、あるいは比較的冒頭に社会教育実習を位置づけているような大学もあったりしますが、そのカリキュラム構成の自由というのは各大学にあっていいとは思うんですけど、とはいえ、やっぱり科目間の連続性みたいなものを担保していくような仕組み。しかも、先ほど24単位の外側でもその学びというのが連続していくのだというお話もあったので、社会教育主事課程だけを取っている学生にとって見ると、学びがどうつながっていくのかというのがやっぱり見えてこないのかなということがちょっと気になったのです。そういう意味で、このホームルームというアイデア自体は、より積極的に検討を続けていく必要があるのかもしれないなと思いました。
 あともう1点、教職課程との関係ですけど、私、ちょっと教職課程と社会教育主事課程を両方取ると非常に大きな負担になるんじゃないかみたいな、そういう観点で質問してしまったのは意図がちょっと違ってたなと思っていて、私としては、やっぱり教職を取る方にも社会教育や生涯学習の視点を身につけてほしいし、あるいは教職を取る方の中の専門性の一つとして社会教育主事や社会教育士の能力が生かせていくような、その両方がやっぱりあるべきだと思うのですよね。そういう意味では、教職課程の科目と社会教育主事課程の科目が一部重複したり重なってきたりするようなカリキュラム設計というのも、もっと検討されていいのではないかと思っているんです。つまり、24単位というのを安易に減らすのではなくて、その重ね方、組み合わせを増やすことによって、両方取る履修者の負担を軽減していくような方向性というのはありえないかなというのをちょっと考えたのですが、すみません、この辺りは両方をマネジメントされている先生方の御意見もちょっと伺ってみたいなと思っていました。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。社会教育の主事や士の専門性のところで、検討の前提となる資料があって、報告書案の添付資料の2枚目になるかと思うんですけれども、さっき坂口さんがおっしゃったことの近い発想を10年前もしていたので、どこを変えていくべきかみたいなことを具体的に考えられるといいなと思っています。当時は「人づくり」と「地域づくり」という軸をもとに、緩やかに言えばミクロとマクロに対応するような形で専門性を捉えました。その後、政策文書では「つながりづくり」という言い方も出てくるわけですけれども、マクロレベルでの地域づくりに対応するものとして、緩やかに「コーディネート」という言葉が使われて、それが経営論に緩やかに反映され、そしてミクロの人づくりのレベルでは、ファシリテーションという考え方を通奏低音のようにしながら支援論という科目にそれが体現されるのだというような形で全体像が捉えられていました。支援論ではいきなりファシリテーションのスキルのほうに行かないことも前提でした。カリキュラムの順番としては支援論よりも経営論を前に置いて、概論で基礎知識を身につけた上で、経営論、支援論、そしてその後それが演習でまとめられるのだというような構成で、そこにネットワークの構築、今で言えばつながりづくりという言葉になるのか分かりませんが、そういったようなものが人づくりと地域づくりの両方にまたがるのだというような議論がありました。
 このときの議論では社会教育士のことは踏まえていませんけれども、こんな仕組みだったので、坂口さんがおっしゃったことと大きくずれていないかもという思いもちょっとあります。この中でどこが不十分なのか、どうすればどうよりよくできるかという議論もできるといいと思っていました。細かいことを言うと、コーディネートは動詞で、ファシリテーションは名詞なのに、コーディネーションとは言わないことの違和感もあったりしますが、用語の整理は置いておいて、コーディネート、ファシリテーションという区切りと、地域づくり、人づくりというのと、経営論、支援論というのが構造的に層になるような想定が以前もされていたんだよという話が、、今のカリキュラムのベースになっているということです。
【岡委員】  いいですか。
【青山主査】  岡さん、お願いします。
【岡委員】  意図を教えていただいてよかったのですけれども、実際として社会教育の中でファシリテーションとかコーディネーションというのは、当時そんなに使われていなかったのではないのかなという気がするのです。むしろ地域づくりとか、ファシリテーション協会があったりだとか、何とかコーディネーターみたいな人たちがたくさん活動していたりだとか、そちらの言葉のイメージに引きずられて、社会教育の中でのファシリテーションとかコーディネーションというところが深まらないまま拡散していったという印象を持っているのですね。そういう意味で、やっぱり今の段階で、志々田さんが改めて社会教育にとってのというところを位置づけ直したいとおっしゃるのは、もっともということを併せて思いました。
【青山主査】  ありがとうございます。確かにファシリテーションとか、言葉として本当にバズっちゃったので、社会教育の言葉でない形で使われ方が拡散しているということはもうおっしゃるとおりで、それがさらにスキルとか表面的なものに収れんされがちだということはよく分かります。この言葉は、現行のカリキュラムの構造の中ではこんなふうに位置付けられていたと言うことです。用語のことは私もすごくよく分かります。ありがとうございます。
 皆さん、すみません、私からこの表を出してしまいましたが、これに関わることでも、関わらないことでも構いません。
【水野委員】  よろしいですか。
【青山主査】  お願いします、水野さん。
【水野委員】  千葉県の水野です。よろしくお願いします。
 端的に。まず、坂口委員の御意見は、私もすごくそう思いました。すごくいい分けだと思いました。ただ実は、講習の講師とかしていて、意外とファシリテーションとか、よく調べると社会教育的にはこういうことと分かって、先ほど青山委員長が言ったとおり、どのような言葉遣いにするか難しいのですけれども、意外と社会教育的なファシリテーション、社会教育的なコーディネートみたいなものが言葉で表せれば、意外と私はその言葉自体は、そこに引かれて受講する人もいるのではないかなと思っているので、バズっているって、すごく広まっている言葉なので。どうその間を取れるというか、坂口委員の意見と今の3つを調整できればいいなと思いました。
 最後にもう1点だけ、全然違うことなのですけれども、導入的講習の話は私、結構期待していたというか、今まさにA講習の募集をしている中で、残念ながらみたいな人がいる中で、その人たちが受けられるようになるものができるとすごくいいなというのをこれまでの議論で思っていたんですけれども、それがやはり整理の段階で、今は整理がし切れないので、講習受講要件にはなり得なさそうだという方向に議論が進んでいると。ちょっと認識が誤っていたら嫌だと思って、事務局に確認したかったのですけれども、先ほどの神山総括官の意見だと、まだ少し導入的講習の整理ができていないので受講要件にはなり得ないというような雰囲気でよろしいのかだけ確認で、すみません。
【青山主査】  ありがとうございます。神山さん、いかがですか。補足いただけることはありますか。
【神山社会教育振興総括官】  神山です。導入的講習と受講資格の関係については、まずは導入的講習をどう捉えるかで様々なものがあり得るという前提に立ったときに、導入的講習が受講資格になるよというと、何でもいいのかみたいな誤解をされ得るなというところがありまして、まずは仮に講習を受けることで受講資格を取れるとなると、一定程度しっかりしたものを想定しなければいかんと思いましたので、まずそこを明確に、導入的講習なら何でもいいわけじゃないということを明確にしたかったというのが一つです。
 その次に、どういった講習ならいいのかといったところは今後さらに議論する必要があるなとは思うのですけれども、ただ、既に社会教育主事講習の受講資格として認められている、例えば短大卒程度の62単位ですとか、ほかの実務経験ですとか、そういったものと比較したときにどの程度が適当かというと、なかなか短い講習を受けただけでいいよと――いいよというのは受講資格を認めてあげるよというのは、バランスをしっかり考える必要があるなと思うと、すごくしっかりした講習というような、時間数とかが多くなり過ぎると、社会教育主事講習そのものとあまり変わらなくなっちゃうじゃないかといったこともあるので、その辺りを慎重に考える必要がありますよねというのを改めて提起させていただいたということです。
 なので、最初に申し上げたように、導入的講習なら何でもいいというわけじゃないというところは恐らくコンセンサスかなとは思っておりますけども、ではどの程度なら認められるかについては、講習の時間数だけ縛ればいいのか、やっぱり講習だけだと受講資格として認めにくいのであれば、様々な経験と合わせて認めてあげるみたいなやり方もあるかなと。そこを慎重に議論する必要がありますよねという問題提起でしたので、この話は今回はちょっと難しいというところまで後退したつもりではないのですが、短い講習を受ければ何でもいいよねというのは少し慎重になったほうがいいよねという指摘でございました。
 以上です。
【水野委員】  承知しました。ありがとうございます。
【岡委員】  すみません、導入的講習に関して私もちょっと発言したいことがあるのですが、よろしいですか。
【青山主査】  どうぞ。
【岡委員】  ありがとうございます。分ける必要、ちゃんと丁寧に考えていく必要があるという御意見、全くそのとおりだなというふうに思っており、方向性については賛同しているのです。ただ、あえて名前を変える必要があるのかなというところにちょっと疑問を持っています。今回、導入的講習を我々が提案するのならば、一括で導入的講習という名前で打ち出していいんじゃないかと思うのです。その前提において、導入的講習(科目代替)とか、導入的講習(受講資格代替)とか、区別していくというふうにしたほうがひろく社会に対して見えやすくわかりやすいのではないかと個人的には思います。
 それともう一つ、では何でもない一般的な導入的講習は、何でもいいのか。それも何でもいいにはならないんじゃないか、最低限こういう条件があることをもって我々は導入的講習として推進したいところです。そんなに格の高いことでなくても、社会教育としてという条件は、考えたいところだなと思いました。
 あともう一つ、導入的講習に関して、何か推進する、それをつくるところが自治体、これは県かなというような書き方になっているのですけれども、例えばフォローアップ研修なんて、主体がもう多様に出てきているわけですから、多分同じような感じになるのではないでしょうか。広域的であることは前提だと思いますけれども、多様性が想定されるような書き方でもいいんじゃないかなと思ったところがありました。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。確かに導入的講習という言葉も、主事講習の手前全部を指す言葉と、一定の方向性を持った言葉の、両方の意味で今まで使ってきたので、何かその辺りうまくキーワードとしてちゃんと打ち出しつつ、厳密さも取っていくというところが必要になってきますね。ありがとうございます。
 最後に、まだ御意見をもう少し受けたいと思うのですけど、大丈夫ですか。多分次回には今日の議論が反映されたものができて、議論もだいぶ終盤戦になっているはずです。いかがでしょうか。もちろん終わってからメールで事務局へいただく御意見も受けつつ、できれば皆さんのいる場に出していただけたほうがいいと思いますので。
【岡委員】  すみません、事務局に質問があるのですが、よろしいでしょうか。
【青山主査】  はい、大丈夫です。
【岡委員】  次回が最終回ですよね。最終回としてどこまで今回我々は検討するのかの見通しがあったほうが、私たちも考えやすいかなというふうに思うのですけれども、その辺りのもし見通しがあれば伺っておきたいと思います。
【青山主査】  ありがとうございます。いかがでしょうか。お答えできることありますでしょうか。
【神山社会教育振興総括官】  見通し、基本的には資料3で出しているものに、本日いただいた意見を入れさせていただくということかなと思っております。例えば今の導入的講習の扱いについても、もうちょっと次回整理した形でお示しができればなというふうに思いますし、あとは前半で重点的に御議論いただいた社会教育の養成課程の扱いについても、どういった考え方ができるかというのをお示しができたらなというふうに思っております。その意味で、本日、養成課程のほうに関しては、どう良くしていくか、社会教育士さんを養成していく課程としてどうよくしていくかといったことについて御意見をいただいたと思っておりますので、それを踏まえつつ、例えば単位数の扱いについては、様々な御意見があったかと思いますけれども、本日はそこに特化した資料をお示ししたわけではなかったので、どう考えるのかと結論的に言えるのか、幾つかの考え方をお示しする中でもう少し検討が要るのかといったところも含めて、もう少し整理したもので次回御議論いただければと思っております。
 前回、生涯学習分科会分科会のほうでもちょっと御説明をさせていただいているのですけども、答申の時期を夏に間に合わせられるかという話がございまして、秋ぐらいになるかもしれないといった話は直近の生涯学習分科会で御説明させていただいておるので、そういった意味で時間的な余裕というか、議論したり御意見をいただく時間的余裕ができるかもしれないという、そんなにたくさんはないんですけども、多少ずれたときに、次回は先ほど申し上げたような、本日、御議論いただいた点をどういうふうな形でこの報告の案に入れ込むかといったところは私どものほうで整理して、主査とも御相談させていただこうと思っているんですけども、それが1回で済むのか、1回やって、その後で御意見をいただいて済むのか、そうではないのかというところも含めて、少し進めてみて御相談させていただきたいと思います。できる限り、予定どおりもう1回とは思っていますけども、議論の状況を見ながら御相談させていただけるとありがたいと思ってございます。
 以上です。
【青山主査】  ありがとうございます。
【岡委員】  ありがとうございます。
【青山主査】  いずれにせよ、カリキュラムの具体的な話についてなど、今後も継続協議ですよと書いてあるものが今の報告案の中にもすでに幾つかあります。ただ、それにしても一定の方向性まではこの文書の中に示しておきたいということはありますし、このワーキンググループとしてある程度合意が取れたことについては文書に書き込んでおけると良いと思っています。この中に書いておくと親部会の答申にも反映しやすくなるということもあるので、できるだけ引き続き検討ばかりにならないといいなと個人的には思っておりますけれども、ただそんな簡単でもないよねということも本日多くあったと思いますので、その辺りどこまで行けるかというところかなと思います。あと1回か、場合によってはそうじゃない可能性もあるかもしれませんが、引き続きよろしくお願いしたいと思っております。
 他に皆さんから何かありますでしょうか。よろしいでしょうか。
 そうしましたら、一旦ここで区切らせていただければというふうに思いますが、先ほど申し上げましたとおり、いろいろまだこれから考えて思いつくこともあるかもしれませんので、最終案が近づいていますので、ぜひ、お気づきの点ありましたら、事務局にメール等で御意見共有いただければありがたいと思います。
 もう時間になります。最後、事務局から何か連絡事項はありますでしょうか。
【毛利地域学習推進課長補佐】  次回の日程は追って御連絡いたします。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
 事務局からは以上でございます。
【青山主査】  ありがとうございます。
 それでは、本日のワーキング・グループは、これにて閉会とさせていただければと思います。皆さん、本当にありがとうございました。社養協の皆さんもありがとうございました。
 
―― 了 ――

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