社会教育推進体制の在り方に関するワーキンググループ(第6回) 議事録

1.日時

平成25年7月25日(木曜日)14時~16時

2.場所

文部科学省9階 生涯学習政策局会議室

3.議題

  1. 審議の整理について
  2. その他

4.議事録

【浅井座長】  それでは,時間になりましたので,ただいまから第6回中央教育審議会生涯学習分科会社会教育推進体制の在り方に関するワーキンググループを開催させていただきたいと思います。本日もお忙しい中,お集まりいただきありがとうございます。
 それでは,本日の議事の確認を行いたいと思います。お手元の議事次第を御覧いただきたいと思いますが,本日も,前回に続きまして審議の整理(案)につきまして議論をさせていただきたいと思います。
 議事に入ります前に,事務局より配付資料について確認をお願いいたします。

【新木企画官】  本日の資料でございますけれども,資料が審議の整理(案)が一つとなっております。それから参考資料といたしまして,糸賀委員の提出資料として,エンベディッド・ライブラリアンという資料,それからテーブル席の方には,図書館・博物館における首長部局への移管状況の推移という一枚ものをお配りしております。
 以上でございます。

【浅井座長】  ありがとうございます。よろしいでしょうか。
 それでは,議事に入らせていただきたいと思います。事務局より,資料につきまして御説明をお願いしたいと思います。

【新木企画官】  それでは,資料の方の審議の整理(案)の方について御説明を差し上げたいと思います。
 前回,第5回の際にお配りしたときから,第5回における委員から頂いた意見,それからその後,メール等で頂いた意見を踏まえて修正をした部分のみ御説明をしたいと思います。
 まず2ページの方を御覧いただきたいと思います。2ページの(2)の社会教育行政における部分ですけれども,タイトルのところの「社会教育における」というふうになっていたところを,「社会教育行政」というふうに変えております。
 それから,一つ目の丸については,もともと二つ目にあったんですけれども,ちょっと順番を入れ替えております。
 それから二つ目の丸の下から3行目ですけれども,今回,社会教育行政という教育委員会の趣旨の部分の三つについて,その三つの趣旨が求められるのかどうかという部分を書いてございます。
 それから,同じくその2ページ目の下から一つ目の部分の見出しの部分ですけれども,ここも「社会教育における」というふうになっていたところを「社会教育行政」というふうに入れ替えまして,一つ目の丸は,もともと二つ目にあったものを順番を入れ替えて,前に持ってきております。
 それから3ページ目になりますけれども,二つ目の丸の「教育は」というところの2段落目,「このため」というところについては,文章を分かりやすくするということで,若干修正をしております。
 それから,二つ目の丸,「また」という部分ですけれども,ここについては学校教育における政治的中立性について文章を加筆しております。
 それから,三つ目の丸の「このように」という部分ですけれども,最後の部分,「教育基本法等において政治的中立性の確保に特に配慮する規定が置かれている」という部分,若干追加しております。
 それから,四つ目の丸ですけれども,社会教育においても政治的中立性に配慮されている旨を加筆するということで,社教法23条第1項第2号における公民館における政治的中立性の話の規定についての文章を加えております。
 それから,その後ろにありました社会教育行政が広く一般行政で推進する普及啓発,理解増進等,連携協力を行うということで相乗効果があるという文章があったんですけれども,その部分については,政治的中立性と直接関係がないということで,削除しております。
 それから,継続性・安定性についてですけれども,一つ目の丸の,4ページになりますけれども,最後の部分,この後に学校運営の方針変更などの改革・改善は漸進的なものであると,こういうことが望まれているというふうに書いてあったんですけれども,最近はちょっとこういう言い方をしないということで,その部分については削除しております。
 それから,その次の一つ目の丸の最後の部分ですけれども,ここも先ほど申し上げた部分と同じですけれども,一般行政における普及啓発,理解増進活動等々に関する記述があったんですけれども,ここも直接関係ない記述であるということで,削除しております。
 それから,地域住民の意向の反映ですけれども,ここの部分については全体的に表現を分かりやすくするということで,もともとその特定の見方や教育理論の過度の重視など偏りが生じないようにする必要があるというところが非常に分かりづらいという御指摘を頂きましたので,そこの部分について修正をしております。
 それから,同じく4ページ目の中ほど,2ポツのタイトルですけれども,もともと「教育委員会が所管する社会教育の現状と課題」というふうに書いてあったんですが,委員の方から,教育委員会が所管しない社会教育があるのかという指摘があったことを踏まえまして,「社会教育行政の現状と課題」というふうに簡単なタイトルにしております。
 それから,(1)の一つ目の丸ですけれども,「しかし」以降の部分で,若干,後ろ向きな表現で書いてあった部分を前向きな表現で「よりよい教育や学習の効果を上げる上で,学校教育行政と社会教育行政の連携・協力が欠かせないという認識が高まっている」というふうに修文しております。
 それから,その次の一番下の丸ですけれども,平成18年の教育基本法の改正と平成20年の社会教育法の改正を受けて,社会教育と学校教育が連携するということが書かれていますけれども,これだけを受けているわけではないということで,「規定されたことなど」という部分をちょっと入れております。
 それから,5ページを御覧いただきたいと思います。5ページの一つ目の丸,ここについても,3行目の部分,もともとの文章は「教員が教育活動に専念できることで」という形で書いてあったんですけれども,表現の適切化を図るということで,若干,簡単に書いております。
 それから,二つ目の丸の次の部分,学社連携の話について,教育委員会でも十分な連携が図られていないと,それが首長部局に行った場合には,更に停滞する可能性があるというような書き方をしていたんですが,その部分については若干,中立的な書き方にしたということもありまして,削除しております。
 それから,(2)の二つ目の丸ですけれども,「この点」という文章,最後のところに「時代の変化に主体的かつ柔軟に対応し,未来の日本を担う志と意欲を持つ人材の育成が可能となっている」という文章があったんですけれども,若干,表現が言い過ぎだというような御指摘もありまして,その部分については削除しております。
 それから,6ページ目になりますけれども,一つ目の丸,「また」という部分ですが,この後に社会教育担当部局と一般行政部局の連携・協力等に関して,一般行政部局の方に行く場合には複数分野を横断的に見ることができる部署に置くことが望ましいというふうに書いてあったんですが,その部分についてもちょっと書き過ぎであるというような御指摘もありまして,その部分については削除しております。
 それから3ポツ目の社会教育の所管についての今後の方向というところ,まずタイトルについて,「今後の方向」というのが非常に抽象的な書き方になっておりましたので,趣旨が分かるように「社会教育の所管についての」という文章を入れております。
 ここの3ポツの部分については,若干,大幅に書き換えているんですけれども,まず一つ目の丸の部分で,教育制度分科会の方で地方教育行政の在り方について議論しているんですけれども,その方向性がちょっとどうなるか分からないというところもありますので,それに従って,社会教育行政の所管等々についても考えていく必要があるんですが,いずれにしても教育の特性には配慮しなければいけないということを一つ目の丸として書いております。
 その上で,学校教育との連携を二つ目の丸,それから三つ目の丸では,首長部局の連携というようなことについて加筆をしておりますけれども,最後の部分で,「以上に鑑みると」という部分については,若干,文章が入れ替わっている部分があるんですが,基本的には教育の特性には配慮しなければいけないということで,十分配慮した上で,自治体の判断で首長の方に選択できるようにするということも一考に値するというふうに考えられるんだけれども,学校教育と一体としてやっていくということが利点としては大きいというような書きぶりにしております。
 それから第二章ですけれども,この部分についてはほとんど簡単な修正等々が多いんですが,7ページ目の一番下からの文章,一つ目の文章で,8ページ目になるんですが,8ページ目の上から2行目です。「関係施策の企画・立案や事業推進におけるコーディネート等の役割を果たしていく」ということで,社会教育主事の役割について,もともと中核的な役割を果たすというふうに簡単に書いてあったところについて,具体的な書きぶりに変えております。
 それから,8ページ目の(2)の一つ上の丸ですけれども,「今後,社会教育主事が」というところの文章ですが,職務については地域によって異なるということで,明確化をするというよりも,それぞれが自分の職務を明確に認識するということで若干,表現を修正しております。
 それから9ページ目になりますけれども,二つ目の丸,「他方,地域においては」というところからの文章ですが,ここについても社会教育行政の全体計画を立てるというところが3行目の一番後ろからありますけれども,全体計画を立て,それぞれの自治体の総合計画,あるいは教育計画に位置付けること,またそれらを達成するためにということで,若干,具体的な中身として修正をしております。
 それから,10ページの一つ目の丸ですけれども,「これらを踏まえると」というところの文章については,ここもちょっと表現が分かりづらいというような指摘がありましたことを踏まえまして,全体的に修文をしております。
 それから,11ページになりますけれども,4ポツの社会教育主事資格の活用の部分で,社会教育主事資格の汎用化の三つ目の丸になりますけれども,前回,第5回の議論におきまして,国家資格化の話については非常に難しいということがありまして,その部分については削除した上で,全体的に文章をちょっと見直した形で書き換えております。
 特に三つ目の「このため」以下,「社会教育行政以外の分野において」というところから,5行目の「必要である」というところまでが新しく加わったということと,その後ろにありました国家資格を創設する等々の話については削除しているということ,それに伴いまして,その下にありました丸で,しかしながらこういった資格を作ることは社会教育主事の一層の形骸化につながるというような文章については削除しております。
 変更点は以上のとおりです。
 それと併せまして,机上資料で「図書館・博物館における首長部局への移管状況の推移」というものをお配りしておりますので,それについても御説明を差し上げたいと思います。
 これにつきましては,糸賀委員の方からこういった資料を出してほしいという依頼があって,作成したものでございますけれども,まず図書館の方,それから博物館,それぞれありますが,まず図書館の方につきましては,平成20年と平成23年という調査で,それぞれ首長部局の方が所管しているものは,平成20年のときは3,440分の6ということで,0.2%でございましたけれども,平成23年の調査によりますと,3,249のうちの106ということで,3.3%ということになっております。
 一方,博物館でございますけれども,博物館については3類型ございまして,登録博物館,それから博物館相当施設,それから類似施設という三つがあるんですが,登録博物館の方は設置主体限定ということで,教育委員会,首長の方が所管できないというような形になっていますので,ここでは博物館相当施設だけを抜き出して書いております。
 これを見ますと,平成20年には博物館相当施設147のうち,81が首長部局所管ということで,55%,平成23年には157のうち90ということで,57%ということになっております。特に博物館のうち首長部局所管が多いというのは美術館と動物園ということで,動物園の方は公園課ですとかそういったところが所管しているということで,美術館の方は文化課ということで,例の地教行法の24条の規定に基づきまして,首長の方に文化課が所管されている場合が非常に多いということもありまして,美術館の方はこういったような状況になっているというような状況です。
 以上でございます。

【浅井座長】  ありがとうございました。
 それでは,これからまた皆様方の御意見をお伺いしたいと思いますけれども,第一章,第二章が分かれていますので,まず第一章の方から御意見をお伺いしたいと思います。第一章の社会教育行政の推進体制の在り方についてのところをお願いいたします。2ページ目から,7ページの頭までです。

【糸賀委員】  よろしいですか。第一章で,今日のこの資料でいうと5ページなんですけれども,5ページに,「人づくり」の観点からというのがありまして,その上なんですが,そのすぐ上です。先ほど新木企画官からの説明で,前回のこの取りまとめの案のときに,この(2)の前に,学社連携が必ずしもうまくいっていない,相互理解が十分ではないというような一段落といいますか,全部で7行の文章があったんですが,それがそっくりここではなくなっているんですよね。その理由というのをちょっとお尋ねしたいと思います。
 先ほど簡単に説明があったのかもしれませんけども,つまり社会教育が教育委員会に置かれていながら,学社連携は必ずしも十分ではないという指摘なんですね。今の点と,それからこの第一章の最後,「以上に鑑みると」という出だしで始まる6ページから7ページの上にかけての文章のところが,前回の案に比べると,私はこれは残念ながら後退したように思いますね。特に最後の,ちょうど7ページの一番上のところなんですけれども,6ページの一番下からにかけて,「首長が担当することを選択できるようにするなど弾力化を図っていくことも一考に値する」というふうになっていたんですが,ここでは「値すると考えられるが」,結局,その後,「基本的には学校教育行政と一体として担当することの利点が大きいものと考えられる」ということで,元に戻ってきてしまったわけですよね。
 これは私,前回の議論でそういうふうに決まったというふうには認識しておりませんし,なぜこれが学校教育行政と一体でやることに戻るのか,一体,じゃあ,今の枠組みとこれはどう変えていくことになるのか,そこが第二章とも重なりますけども,余り見えません。結局,元のままでいいんだよというようなメッセージに私には読めてしまうので,そこはなぜそういうふうに戻してしまったのかがよく分かりません。
 そこらあたりをトータルで考えると,残念ながら私としては今回の案には賛同できないんですよね。これ,きちんと新しい方向を打ち出すべきだと思います。これ,わざわざワーキンググループ作ってやったわけですから。それを裏付ける意味で,図書館と博物館でのこの首長部局への移管状況のデータを出してくださいと,本当に間際で申し訳ありませんでした。この案が送られてきたのが,たしか火曜日の夜だったかな。ということもありまして,私,水曜日に早々にお願いして,今日,用意していただいて,本当に感謝申し上げますが,これを見ていただくと分かるとおり,図書館はもともと多くなかったんですが,この3年間に,これ3.3%,100図書館が増えているというのは,増え方としてはかなり急激に首長部局に移管しているというふうに見えます。
 博物館は,実はいろんな多様な施設がありましたよね。さっき言われた動物園だとか植物園だとか水族館まで入ってきますので,いろいろと多様なので,もともとこの首長部局でやっているのが半数以上ということなんですが,こういう実態を考えたときに,やはり私は首長部局でやりたい自治体は首長部局でやる,やっぱり教育委員会でやるべきだと判断したところは教育委員会で引き続きやるというのが地方分権とか規制緩和の考え方からしても時代のすう勢に合うように思います。
 そういう意味では,私は前回のこの第一章の取りまとめの部分の方がこの時代の社会教育行政の在り方にふさわしいというふうに考えております。
 以上です。

【浅井座長】  御意見はいろいろあると思いますけども,特に何か意図的なものなのではないのではないかと思うんですけども。

【新木企画官】  意図的だというか,少なくとも前回,第5回のときは,基本的には学校教育の方としっかりやっていかなきゃいけないという意見の方が大勢を占めたのかなというところもありまして,最後の部分については順序を入れ替えたという形にはなっているんですが,もともと最初の第5回のときにお出しした案では,学校教育と一緒に一体的にやる方が利点としては大きいけれども,外に出ることも一考に値するという形だったものを,若干,順序を入れ替えたという程度で,それほど方針として大きく変更したというようなものではないんですが,他方で,3ポツの一番初めに書いてありますけれども,そもそも今,教育制度分科会の方で議論している教育行政の在り方の部分で,教育委員会制度そのものがあるのか,なくなってしまうのか,なくなってしまうのかというのは,今の執行機関という位置付けがそのまま維持できるのかどうかというところは非常によく分からないところがあって,その部分で,若干ごまかしたような形での書きぶりになっています。
 一番初めに御指摘いただいた学社連携の部分の記述については,特に意図を持って削除したというものではないんですが,このそもそもの書きぶりというのは,あんまり首長の方に行かない方がいいんじゃないのかというふうな読まれ方もするのかなというところもありまして,特に記載しなくてもいいのかなというふうな。

【糸賀委員】  今,まさに言われたとおりです。削除した部分は首長部局に行かない方がいいのかなというニュアンスなんです。それを削除しておいて,最後に「学校教育行政と一体として担当することの利点が大きい」と言っちゃったら,やっぱりこれは元のままがいいんだということを言っていると思います。
 だから私はそこは,もちろんそういう発言をされた委員もいます。それはもちろん承知の上です。私,そのとき,だからあえて反論しなかったんです。それはそういう意味で選択できた方がいいだろうと。そこで私,反論するとすれば,じゃあ,今,学校でやっているキャリア教育とか環境教育,例えば就業支援だとかごみ処理だとか,ああいうものは,だって首長部局でやっていることです。それをちゃんと学校教育で子供たちに指導しているから,今,夏休みは本当に子供たちが一生懸命ごみを集めたり,スーパーマーケットでビニール袋を減らしたりするようなことをやっていますよ。あれはまさしく首長部局と学校がうまく連携しているからできているのだと思います。
 あるいは福祉教育で,高齢者理解だとか障害者の理解なんていうのは,これちゃんと今,学校教育の中にとけ込んでいます。だから私は,首長部局にあることと,それから学校教育がうまく結び付かないなんていうことはないと思います。コミュニティスクールの例を見たってそうです。それから,私は今,環境教育を言いましたけども,もう一つは,言葉では似ていますが,観光教育なんです。いろんなところで観光誘致ということをやっていくときに,子供たちに地域の持ち味,地域のよさを知ってもらうということはどこでもやっています。自分たちの地域の誇りを持ってもらって,多くの人に見てもらおうとしているんです。
 だからもちろん学校教育の中でやった方が連携もうまくいく,でもうまくいかないということを言っておき,更に私は,いや,それは首長部局だって,今や地域の子供たちにちゃんといろんなことを学んでもらう必要性を感じているんだから,これは各地の実践を見る限り,私は首長部局と学校教育の連携だって,決して無理ではないと思います。徐々にそういうネットワークはむしろ広がっていくんだろうと思います。
 私は逆にこれは,いいですか,学校教育行政と一体にして担当した場合に,じゃあ,前々からこの中教審生涯学習分科会で出てきたネットワーク型行政はどうやって実現させるのかという処方箋がなければ,やっぱり学校教育行政と一体と言われても,納得できません。つまりこの中にはネットワーク型行政を,じゃあ,教育委員会の中でやったときに,どうやって実現するのかという明確な道すじは描かれていないと思います。
 だから私は,やっぱり今でも十分,首長部局と学校教育行政との連携は徐々に浸透しつつあるんだから,それを踏まえて自治体がそれぞれ選択できるようにしていくという方が私は現実的だし,前から出ている中教審の制度分科会の議論や教育再生実行会議の第2次提言,さらには全国市長会からのそういった提言,そういうものとすり合わせたときに,現実的な選択としてはどちらかに選べる,自治体によって選べるというのがふさわしいと思います。
 そのことで,例えば宗像市の,我々,ヒアリングをやり,あるいは佐賀県の県でのやり方を学んできたわけですよね。そういうものを生かすとすれば,このワーキンググループでの方向性は,前回のようにどちらか選択できるようにしていくという方向に踏み出すときが今だと思いますね。このチャンスを逃しちゃうと,私,また何年か先になっちゃって,せっかくある程度,対応の素地,基盤が出来上がったときに,それをまた,いや,元どおりでいいんだよというふうに戻してしまうのは,時計の針を逆に戻すようなものだと思います。

【浅井座長】  いかがでしょう。はい。

【今野委員】  私も糸賀先生の考え方と基本的に全く同じなんですね。分科会の方の審議のまとめでは,かなり危機感があって,何とかしなきゃいけない,行政の刷新だということで,その答えをここに委ねられていると思うので,ここで全部,答えが出るわけじゃないでしょうけれど,それに応えて,少なくとも分科会で活発な意見が出るような新しい考え方とかいうものを積極的に提示すべきじゃないかなと思うんですね。
 そういう意味では,ここの議論でもいろいろありましたけれども,選択的なやり方がいいんじゃないかということに反対があったようには思わないんですね。どっちかというと教育委員会の方がいいよということはあったと思いますけれども。ですから,私としてはもうちょっと,今のままでいいというのではなくて,地方分権の時代,選択も考えられるというか,選択がいいというふうにもっと出した方がいいと思うんですね。
 それで,今,中教審の制度部会の方の話がありましたけれど,これどうなるか分かりませんよね。逆に言うと,どうなるか分からないのに,ここでもう教育委員会は学校教育と社会教育をそのまま所管するのが適当だということを打ち出してしまうわけですよね。だからちょっとそれで文科省全体の審議会の動かし方の中で,ここが先にそういうものを出しちゃっていいのかどうか。社会教育もそうですし,学校教育も全部,教育委員会制度の中でやるんだということを出して,後でどうなるか分かりませんよね。教育委員会自体が廃止になってしまうかもしれないし,あるいは私は個人的にはやっぱり教育内容の関係がありますから,全部,審議会方式というわけにはいかないので,相当な部分,中核的なところはやっぱり教育委員会として残すべきではないかと個人的には思っていますけれど,しかし分かりませんよね。学校だけ残して社会教育は外に出そうとか,様々な選択があるんですけど,いずれにしても決まっていないですよね。その段階で,分科会の方の意見として,今の制度がいいという答えを出すのが,ちょっと後で困りはしないかなということを感じました。
 それからもう一つは,結論的に学校教育と連携は,本当はどこでも連携できるんですけど,一番よくするためには一緒の部局でやられた方がいいということになっています。これって,よく考えてみると,行政部局が一緒にいた方がいいよというだけの話で,本来の5人の教育委員の会の下になければいけないということではないんですよ,全部ね。学校と一緒がいい,一緒がいいと言っていますけど,だからそうすると,本来はやっぱり社会教育がその五人なら五人の教育委員会が運営しなきゃいけない行政だということを言わないといけないのであって,たまたま教育委員会が学校教育を持っているからそれと一緒というのは,行政部局の話であって,本来の委員会の中にあるべきかどうかということとちょっと違うんじゃないかなと。
 我々,社会教育,教育委員会でやるときに,よく学校教育との連携が大切だからと言うけれども,それは実態としてはそのとおりだけど,議論の本質としては,ちょっと行政事務の理屈ではないのかなと思ったりもします。いずれにしてもちょっと,前回にはいろいろ書いてあったけど,どっちかというと教育委員会でやるんだと書いてあったような気がしますので,本質的には今回も変わっていないのかもしれませんけれど,全体の意向からすると,もうちょっとその選択制というのを踏み出して書いた方がいいんじゃないかと思いました。

【浅井座長】  いかがですか。どうぞ。

【横尾委員】  私もお二人と似たような印象を持っています。
 その前にまず思うのは,例えば第一章1の(1)の冒頭に,社会教育行政の任務とあるのですけど,その書きぶりの最初は,「学校教育は」で始まるのですね。私は学校教育自体も本当はもう見直すべきだという印象を強く持っています。明治の学制発布から始まる藩校が終わった後の西洋列強に追い付けという教育,終戦を迎えての新しい民主主義教育の充実のための教育,でも今はもうグローバル化が当たり前で,小さな町の小さな工場ですら,世界の市場を見ながら仕事をされていますし,町工場で作ったものは世界で競争しているという時代です。子供たちも,環境教育では地球の裏側まで関心を持ってグーグルで見たりしているわけですね。
 そういった中で,例えば,私もたまたまこの一,二年で知ったことですけど,世界の七,八か国では,文科省が言う21世紀にふさわしい教育の更に具体化した七つか八つの項目を立てて,それを実現する教育も入っているわけですね。シンガポール,韓国,その他ですけど。これにちゃんと伍(ご)していかないと,日本は10年後には国のパワーとしても教育力としても人材力としても確実に負けると思います。そのときじゃもう遅いので,早くシフトしてくださいと知り合いの文科省の方とか国会議員の方が申し上げているところです。
 そういった意味での学校教育の大きな改革も必要と思いますし,それと併せて,社会教育の在り方は,ここは実施する主体や対象について制限を設けられていないことが特色だというのは,一般の方が読んで,多分,意味全然分からないと思うんですね。例えばよりよい人格を備えた良識ある市民を育成するでも何でもいいのですけど,そういったふうにしてもいいし,そういったことを考えていくと,制度として言うのがここの議論でしょうから,自由度を設けるという全国首長会からの問題提起は是非受け止めていただきたいと思っています。
 教育委員会制度につきましては,一部自治体の首長さんから要らないとか形だけだとか形骸化とおっしゃいますけど,うまく使えばちゃんとできると思います。たまたま多久市の場合は五人の教育委員さんと頻繁に意見交換しますし,じっくりした政策議論もすれば,個別事案があれば至急に行政三役,教育委員会五人集まって議論もします。要は使い方だと思います。
 本当にその教育委員会が嫌だというんだったら,全部,辞表を出してもらって,入れ替えればいいわけですけど,それもしないで,制度がおかしい,役割がおかしいと言うのは,逆に行政からのコラボとしては今おかしいところはあるなと。そういったことが多分ほとんど提起されないままに,教育委員会は悪論みたいになっちゃっているのですけど,そういう改善策もでき得るだけに,やっぱり自由度を持って,それぞれの自治体が選挙で選ばれた議会と首長の下に民主的に新しい教育,その中での社会教育がどうあるべきだということをしっかり議論して,やるからには責任を持って,そこの任に当たる人が責任を取るという覚悟でやるということをしていくことが大切です。地方分権,地方自治にはそういった本気度が必要です。責任感も必要です。そういったものを高めるような社会教育を是非やってほしいというふうに思います。
 また後のことと関係するので,少しだけ言いますと,そこで活躍するやっぱり人材が必要なのですけど,それは余り特定しないで,より幅広い人材が参加して,みんなで社会教育を充実できるような,そういう素地を是非作ってほしいというふうに願っています。

【浅井座長】  ありがとうございました。
 ほかに,いかがでしょうか。恐らく違う御意見もおありなのではないかと思いますけれども。是非お出しください。

【関委員】  私の方から,じゃあ,言わせてもらっていいですか。実際に我々,今,いろいろな行政の各,環境にしても,先ほど言われた福祉にしても防災にしても,いろんなところでいろんな取組をしている市町村が多いと思うんですよね。しかしその度合いは,かなり違うんじゃないかなと正直,思います。社会教育的な方法論というか,社会教育機能を行政のいろいろな事業の中に組み込んでいるところ,そういったところがかなり増えてきているので,そこにあえて歯止めをする必要はないと考えます。
 行政のそれぞれの分野において,社会教育的な物の考え方,あるいは人とのつながりを組み込んで,いろんな事業を展開しようとするところがあるのであれば,そこはむしろ行政全体を社会教育的なカラーに染めていくような,その辺まで,踏み込む余地を与えてあげた方がいいのではないかなと思います。
 しかし結果的にそういう取組が余りできずに,ただ単に行政課題の解決,それを数字とかお金とかそういった論理で進めていくところだけになるいうのはやはり怖いので,何らかの歯止めは掛ける方がというのが本音のところでございます。

【浅井座長】  ありがとうございます。ほかに,いかがでしょうか。どうぞ。

【井上委員】  その件について,私もいろいろ考えているところがあるのですけれども,学校と社会教育,連携しながらやってきたことの成果というのは大きいものがあることは,これは揺るがないと思います。学校支援地域本部にしても,学社連携・融合にしても,これで子供たちに多大な効果を上げてきたこと,またその成果をこれからももっと広めていくべきだということは,これはもちろん揺るぎないことだと思います。ただ前回,新木企画官がおっしゃったように,学校に近いところの社会というのと,学校から遠い,成人への学習機会の提供部分のところ,どちらを見るかによって,その立場は変わってくると思うのです。
 私は,何が何でも絶対に,教育委員会にあるべきだという立場ではないのですが,例えば首長部局に行けば,学校に近い社会教育と遠くなってしまうのですよね。首長のポリシーがあって,一体的にやった方が,その首長の方針に従って,首長に近いところで一体的に展開して効果を上げるという,それは必要だと思います。でも首長のポリシーがない状況の場合には,学校に近い部分の社会教育を,学校と遠い首長部局でわざわざ一つで推進するということがどれだけ効果があるのかと感じています。
 また,移管して本当に効果があるのかということがどれだけ整理されているのかどうか。あと,こういうことを言うとやみくもに守りの姿勢に聞こえてしまうのですけども,一番怖いのは,いろんな制度が,たがが外れたときに,なし崩しで必要以上に予算や人員を合理化することがあります。あ,あそこの市で一つにしたんがから,うちもこれを一緒にやってということになって,社会教育が消えてしまうというような状況が,私たちから見ると非常に心配するところです。今までの社会教育法の改正のうち,いろいろ地方分権という視点から,規制がだんだん緩くなってきましたけれども,結果としていいところと悪いところ両方あると思うのです。例えば,公民館運営審議会などは,市町村に行ってみれば,それは置かなくなっていったり,若しくは社会教育委員と併任していたりという状況であり,法律の改正が全て状況を良くするとは限りません。
 しっかりした方向転換であれば,それはいい方に進むでしょうけども,そうじゃないときにはとんでもないことになってしまうことになります。変えたときに思わぬ方向になったときのリスクも踏まえた上で結論を出す,若しくはそれも踏まえた上で何らかのくぎを刺すというか,そんな形で表現しないと,首長は,特に社会教育行政は奨励行政であるという面からも,なかなか難しいところがあります。
 ですから,やはり国としてもきちんと,いろんな要素があって,そういう中でもこういう選択を取ることも一考に値するという形で発信していく必要があるんじゃないかというふうに私は思います。

【浅井座長】  ありがとうございます。

【竹原委員】今回できました第2期教育振興基本計画では「地域とともにある学校」が教育改革の柱のひとつで,地域と連携し,地域が共に担い手になることが学校改革の中心にきています。
今まで学社連携とか融合がキャリア教育等の推進につながっていたかもしれませんが,今後地域とともに学校を作っていくということを柱とするならば,コーディネート組織をつくることやそのための「学び」というのは,学校と近いところになければいけないでしょう。そういう意味では,教育委員会にあることに価値があるとは思いますが,今のままでいいとは全く思っていません。学校教育と社会教育をつなぐために,山口県のようにプロジェクトチームを作っているところもありますが,多くは縦割りで動いていて,そこを変えていかないと,改革にはならないでしょう。
それから,首長部局で環境,まちづくり,子育てなど様々なところに社会教育的な要素があり,そこでコーディネーターを養成したり,学びの機会を提供し,更にグループにつなげるなどの支援をしていますが,さっきおっしゃったように,それはかなり志のあるトップがいたり,そういう体制が作られている場合ですね。子育て支援でも日常的な業務や緊急性の高い業務が優先になり,社会教育的な仕事は余裕があるところはやるというイメージで,市民の学びだとかグループ活動支援というのは,本流にはなっていないんですね。
もう一つは,評価軸で,首長部局の評価軸というのは1年単位で効果があったか,無駄がなかったかなどですが,まちづくりや担い手を育てていくという視点では,それだけではない評価軸があると思います。
典型的な例として,「子育て」という言葉が付いたものはすべて福祉局に持っていったところがあります。虐待の問題,保育所の問題,など子育て関連では緊急性が高いものがたくさんあります。そういう中で,母親たちや子育て家庭や子育て支援者の「学び」という部分が少なくなってしまった。今まで社会教育が「学び」という部分を担っていて,学びながら子供を育てた人たちが将来地域に出て子育て支援をする側にもなっています。そのためにも教育委員会にあった方がいいんじゃないか。それはネットワーク型行政になったとしても,その方がいいんじゃないかと考えています。どういうふうにしたら市民とともに学べるか,情報提供を含め,首長部局に対するサポート機能も持てるのではないかと思っています。

【浅井座長】  ありがとうございます。
 これまでのような教育委員会制度というものが残るかどうかは分からないのですけれども,教育行政は残るのだろうと思いますね。

【竹原委員】  そうですね,はい。

【浅井座長】  だからそこにということですよね。

【竹原委員】  どこにあるか,教育委員会行政ですね。教育行政というんですか。

【浅井座長】  教育行政の中にということですね。

【竹原委員】  そうですね,はい。

【浅井座長】  どうぞ。

【山本委員】  私,前回も申し上げたのですが,社会教育を教育委員会で行うのがいいのか,首長部局がいいのかというのは余り,どちらにしてもうまくいくときもあるし,うまくいっていないときもあるというか,まさに横尾さんがおっしゃったみたいに,首長さんの本当にやるべきことを全部やった上で言っているのか,また制度の責任にして言っているのか,中教審の教育制度委員会の議論をフォローしても,何かやるべきことをきっちりとやった上で,それでもできない,だから制度だというのでなければ,それは首長の説得力がないから,教育委員会が動かせないのでしょうと私は思うのです。
 それは先日も国立大学長のセミナーがあったのですが,そこでも,学長のガバナンスを阻害する教授会だとか学部長だとかいう議論が出ましたが,現場の学長の多くの認識は,それはその学長の説得力がないからではないかと。
 つまり制度の問題ではなくて,ビジョンとか説得力がないから,共感が広がらずシステムが動かないというところがあり,ここが肝腎で,余り制度いじりしても仕方がないなというふうに根本は思っているのです。しかしここは制度の議論をするところですので,私の意見を申し上げますと,やっぱり基本は,さっき竹原さんがおっしゃったみたいに,評価軸が違うという問題が一番重要だと思います。
 やっぱり行政は4年間という任期の首長さんが一つのイシューを掲げて,選挙で勝利して政治のガバナンスをやる。だけどヒトはやっぱり持続的,継続的な時間の中で創られていく。とにかく評価軸は長く持たなくてはいけないと。この微妙な緊張のバランスが,むしろ地域にとっては重要で,どちらかが一元的に支配すると,結局,地域はまとまらないし,ヒトも育たないというふうに思っています。
 したがって私は,意見も出したのですが,今の教育制度委員会議論は,本当にまさにどっちに行くか分かりませんので,今,文科省がいろいろ選択を迫られているところは,たくさんあると思うのですが,ですから,まさに教育の議論として,ここはやっぱり論理を保持する必要があるということを強く出すべきではないかなと,それが一番重要だと思います。未来永劫説得力があると思っているのです。
 ですから,先日,申し上げましたように,やっぱり地域の課題というのは,首長は一つのイシューを持っていて,これは明確に判断を出して選挙をされています。しかし学習する場合には,その判断と違うものも含めて学習するということがなければ,本当に高い地域の合意はできません。前回,鋭くも糸賀先生もおっしゃいましたけど,原発に賛成の佐賀県知事の下で,本当に佐賀県民の原発の学習の自由があるのかという話が根本問題です。私も経験したことがありますけど,例えば公民館で原発に関わる学習会をしようとしたときに,民間が主催するにしても,中央公民館の使用の認可権を持っている首長がその会場の使用許可を取り消して,実際,開催できなかったということがあるわけです。こんな事例はもうあるわけです。
 これは訴訟にもなり記録にも残っています。そういうことが強まるということは非常に学習の自由というものを阻害することになりますので,そういう意味で言いますと,6ページですか,書かれていますように,地域の課題に関わっては意見の異なることがありますので,やっぱりそこに留意するような行政をする必要があるし,それは教育行政の基本としてしっかり保持するということをきちんと書いておくということが一番重要なのではないかなと思っています。

【浅井座長】  ありがとうございます。ほかに,いかがでしょうか。どうぞ。

【生重委員】  私も教育制度分科会の方にも出ているんですが,大変,首長と教育委員の偉い方たちが,それぞれが言いたいことを言っているなと。私は全然,どっちでもないので,ただ,間違いなく,いろんな例を見てきているので,教育行政というところに学校だけでは駄目だというふうに思っていて,最終的にベースというか,足場は教育委員会内に社会教育もあってほしいと。
 そうじゃなくなったところで,首長が代わって,どんどん社会教育という観点,人づくりの観点が寂れていってしまうという例もありますし,先日,大津に研修の講師で行ってきたんですが,そのときに,学校支援地域本部とか放課後事業をやっている方たちとともに,一部,家庭教育支援チームというのができ上がっていて,大津市というのは,滋賀県自体はもともと大津市を除いては様々活発だったんですが,大津がやっぱりいまいち県庁所在地でもあるにもかかわらず,学校支援をやろうとかというところが数多く出てこなかったんだけど,前回の悲しい事件を背景に6つ立ち上がりまして,その家庭教育支援チームというのが,民生児童委員さんとか青少年の地域の様々な団体の方とか,PTA会長を終えられた方とか,社会教育だけではない人材が一体化して,若いお母さんたちの孤立化とか孤独化にならないような相談業務とか,楽しい学習会を開催するとか,様々工夫を凝らして,何か事例もお聞きしていたら,ああ,よかったなと思ったのは,本当に都心部ですと,身を寄せ合うように生きていて,それでも隣に赤ちゃんがいるのかどうか分からない。でももっと違うところへ行くと,隣がものすごい距離感じゃないですか。
 だからその孤独に対して,場所があるよというのを定期的に開催することで,2時間もずっと自分の話をして帰って,ここに来てよかったと言ってくれて,そういう若い,これからの子育て者を支援していきたいという事例を伺って,ああ,やっぱりこういうのは,社会教育だけではない。みんながつながりながらやっていかなきゃ,それぞれの地域はもう維持できないと。
 私は,糸賀先生がおっしゃっていることはすごくよく分かって,賛成なんですが,ベースを社会教育というところに置きながら選択ができるとか,若しくは,だからもちろん選ぶ余地があって,これはいろいろな事例を聞いてきて,いろいろ法的なことも含めてそれぞれが意欲があれば,どんなやり方でもできるんだということを学ばせていただいたんですが,でも駄目になって,どんどん衰退するということだってあり得るんだよというのも各地で若干,見ているので,教育委員会制度がどうなるかは私もまだこれからだと思うんですが,社会教育行政は絶対にあらねばならぬものなので,教育行政の中にも足場は置きつつ,ネットワーク行政,プロジェクトチーム。
 それで,それを乗り越えるのは,制度を乗り越えるのは,やっぱり同じ行政内でも,人なんですよ。青森県で首長部局がコーディネーターの育成をやったんですけど,学校教育が全く協力しないから,現場ができない。でもそれを共にチームで学んでいた人が支部に異動になったときに,その支部にその知恵が生きて活性化していっているということも後々にはつながるんですが,もっと協働体勢を取っていくということをそれぞれがやっていかないと,首長が頑張って考えて,こういう部局の中でチームを作ってこうやりましょうと言ったって,ここもここもここもあんまり前向きじゃないということになると,動きが鈍ると。
 だから,それは子供・子育てであろうと,環境であろうと,みんなやっぱり一緒にネットワーク型でやっていくというのには大賛成で,学びは多様化して,子供たちが現代的な課題に応えていけて,自ら深掘りして考えていけるような学びの場を作っていくことは重要だと。
 だけども,政治によってありやなしやで予算で削られていくような,今だって教育委員会にあったって社会教育なんてすごい予算が少なくて,貧しい貧乏なセクションじゃないですか。それも死守できなくなっているところも知っているので,死守できるようなところは要素としては残していただきたいなと。
 だからやり方はいろいろあるよと,でもベースは必要だよというところかと。

【浅井座長】  さて,どうしましょう。

【菊川座長代理】  いいですか。

【浅井座長】  どうぞ。

【菊川座長代理】  前回,出席していなかったものですから,話がついていけないかもしれませんけれども,2点,申し上げます。
 一つは所管の問題ですけれども,私は,個人的な意見を言わせていただくと,どちらかというと教育委員会にベースを置いての方を主とする方が良いのではないかという意見でございます。選択制というのも分かりますが,そのときはやはり手続が大事だと思っております。一部を移管するときに地方自治法の180条の7で,全部を移管するときに,地教行法の24条ということのようなのですけれども,なかなか,本当にどこまで正式に議会で議論してやられているのか分からない。事務委任ということで,議会の議論をなおざりにしてはいけないというふうに思います。
 文化行政や社会教育行政を移すときに,正々堂々と,なぜ移すのかとか,あるいは今後どういうふうに継続的に担保していくのかというのをきっちり議会に対して議論していくということがないと,業務が消えていくのではないかというふうに思っております。そういう意味で,地方自治法の180条の7でやるというのは,地域の実態としては担保としては弱いのではないかなという危惧を持っております。それが1点です。
 それと,ついでにちょっと小さな事務的なことですけれども,何点か気が付いたところを,事務的なことですが,申し上げてよろしいですか。

【浅井座長】  はい。

【菊川座長代理】  3ページの下から2番目の丸なのですけれども,「一方,社会教育についても」というところですが,ここは社会教育行政で「行政」を入れなくていいのかなと思います。
 それから,その4行下の「ただし,社会教育は」のここは,「社会教育活動」と入れた方がいいのではないかなという意見でございます。
 それから,同じレベルのような話なんですが,4ページでございます。下から二つ目の丸で,「学校教育行政と社会教育行政は,車の両輪」であったがというところなんですけど,長く独自にやられてきた。「しかし,昨今」というところなんですけれども,ここの認識が,体験的に少し違うかもしれないと思っております。
 といいますのが,昭和40年代から学社連携って社会教育サイドで言ってきて,それが実際,動き出したのが,平成の生涯学習振興法,それから学校週5日制が平成4年に始まり,平成3,4年ぐらいからは,生涯学習の観点から学社連携・融合というのは結構進められてきた歴史があるのではないかと。だからここの言いぶりとしては,例えばですけれども,「長く続いてきたが,生涯学習への理解の深まりの中で,よりよい教育や学習」ぐらいの方の表現の方が正しいのではないかなという意見でございます。
 それから,5ページの一番下の丸なんですが,「他方,教育委員会が提供する学習機会の多くは,趣味・教養といった学習であり,公民意識の養成は少ないのが実情である」と書いてありますが,確かに比率としては下のデータのとおりだと思うのですけれども,恐らく学習機会の絶対量が違うと思うので,比率を掛けると,やはり公的な公民意識の養成を教育委員会もしているんじゃないか,あるいは逆に首長部局がする場合は,手段としての学習ですから,目的はそこの行政目的ですので,これが公的な公民意識のかん養になるのは,ある意味,当然といえば当然なわけで,この辺のところのデータを確認された方がいいのではないかなということと,それからその下の「市民的活動の支援も十分に行われているとは言い難い状況である」というところのエビデンスといいますか,平成の1桁からの動きの中で,生涯学習のボランティアとか,あるいはNPOの活動とか,いろんな活動が出てきているので,そういう意味で,ここは教育委員会がやっているような「市民的活動の支援も十分に行われているとは言い難い」と言っていいのかどうかという根拠をちょっと確認するべきではないかと思います。
 それから,あともう2点ですが,6ページですが,下から三つ目の丸のところで,首長部局が担当する場合,「社会教育活動が促進され,新規事業の企画や予算確保の観点からの利点」と書いてあるんですが,この予算確保の観点というのは,これは事実としてはありますけど,論理的にはちょっとおかしいような気もするので,省いた方がいいのではないかなという意見でございます。
 それから最後ですが,6ページの下から4行目ですが,「以上に鑑みると,社会教育に関する事務については,社会教育行政の自主性を高め,自由度を拡大する観点から」ということなんですけど,ここの社会教育行政の自主性を高めるというのはどういうことなのか。あるいは首長部局が持つと,なぜ社会教育行政の自主性が高まるのか,その社会教育行政の自主性とは何かというのがちょっと論理的に分からなかったということでございます。
 もし私の理解が違っていたら,お答えいただける部分があれば,今でもいいですし,意見ですので,踏まえて修正ということでも結構でございます。

【浅井座長】  ありがとうございます。どうしますか。今,お答えすることでもよろしいですか。

【新木企画官】  まず冒頭の社会教育なのか社会教育行政なのかという部分は,ちゃんと見ているところはあるんですが,再度,もう一回見直しをしてみたいと思います。

【菊川座長代理】  はい。ここでは公民館の事例が出てきているように,「社会教育は政治的中立性が大事だ」と,ただ民間の社会教育は政治的中立を求められるのかなというちょっと疑問を持ったものですから,そういう意見でございます。

【浅井座長】  ここのところでちょっと深入りすると厄介で,3ページの下から二つ目の丸印のところは,文科省のサイトを見てみますと,「社会教育」には触れていなくて,「教育」として説明されているところなので。直していただいた方が……。

【菊川座長代理】  確認でございます,ここは。

【浅井座長】  それから,学社連携・融合のところの歴史にどこまで入っていくかということもありますね。

【新木企画官】  そうですね,そこはちょっと。

【菊川座長代理】  随分,学社の距離が縮まって,15年ぐらいの歴史があるのではないかなと。その15年を昨今と言うのかどうかというところが気になります。

【新木企画官】  ちょっとそこは修正をしたいと思います。

【浅井座長】  ただ,それ言い出すと,本題には関わりませんのに学校支援に変わっていく経緯などが出てきて厄介かなと思いますので,ちょっと御判断いただくことでよろしいですか。

【菊川座長代理】  はい,もちろん。

【菊川座長代理】  昭和50年代から平成の1桁ですごく進んだ実績があって,それを踏まえて,学校地域支援本部とかができ上がっていった歴史があるので,それを「昨今」と言っていいのかという,小さいところですけど,気になったというところでございます。

【浅井座長】  今のことですか。

【糸賀委員】  違います。1章全体。

【浅井座長】  今のことにつきましては,事務局にお任せするということでよろしいですね。

【菊川座長代理】  はい,結構です。

【浅井座長】  もしほかにもありましたら,またおっしゃっていただくということで。
 どうぞ。

【糸賀委員】  1章について,もう締めくくった方がいいんだろうと思うので,まとめて発言しますけども,今日は杉並の井出教育長はお休みなんですね。多分,井出委員がいらっしゃれば,学校づくりは地域づくりというふうにおっしゃる方ですから,当然,やっぱり社会教育は引き続き教育委員会で引き取るべきだというふうなことを言われると思います。
 そういう発言も踏まえた上で,あえて発言させていただきたいんですが,現行の枠の中で考えると,当然,社会教育行政が教育委員会にあったときのメリットはよく見えるんですよ。これを首長部局に持っていったときに,こういう点が心配だ,これも気になるということを挙げることも当然できるんです。私はこれは社会教育士をどうしたいかとか,教育委員会をどうしたいかじゃなくて,地域住民にとってこれはどっちがいいのかというふうな観点は絶対,外せないと思うんですよ。
 地域住民から見て,一体これからの社会教育行政がやることは,教育委員会の中にあった方が分かりやすいのか,首長部局にあった方が見えやすいのか,分かりやすいのかということだろうと思います。たしかヒアリングのときに,新居浜市さんだったか宗像市の方が,今,地元でやっていることは,住民から見れば,え,何でそれが教育委員会なのというふうに当然,思われる。つまり教育委員会は学校のことをやっているんだというふうに思われているわけですよね。
 だから私は地域住民の方々が積極的にその活動に,今やっている社会教育の活動に参画をしていける。例えば図書館に行ったときに,これは社会教育の一環で,自分は学習しているんだというふうに思って図書館に来ている人は実はそんな多くないですよ。やっぱり自分たちが読みたいもの,学びたいこと,必要な情報が図書館にあるからやって来るのであって,それが自分の趣味だろうが,地域の活動につながっていく,地域での人材づくりにつながっていくということは見えていなくても,自分はこういうことを知りたい,学びたい,必要だから来ているんですよ。
 だから私は,それは教育委員会という枠よりは,これからはですよ,もっと自由にいろんなところで学べて,行政がそのときどきの地域の課題に対応したような社会教育活動ができるようにしていった方がいいだろうと思います。
 それで,先ほど井上委員が,だから社会教育は学校と近い,首長部局というのはすごく遠いところだ,それはかつてはそうだったんですよ。今や社会教育でやることは地域の課題にも解決に結び付くようなところ,つまり防災教育だったり,あるいはキャリア教育だったり,福祉についての学習,あるいは環境問題,さっきも言ったようにね,そういうふうになってきたわけなので,社会教育がそちらの課題の現場,どこで問題が起きているか,そこに近づいていった方がいいだろうと思います。
 そういう意味では,やはり自治体によってそれが選択できるというかな,というふうにしていった方がいいだろうと思います。それから,そのときに首長さんによっては当然,社会教育をつぶそうと思っている人たちもいるんですよ。それはよく分かっています。だけれども,中にはやっぱり社会教育に力を入れようと思っている方もいるわけなので,いない,そうですか。だから私は前から言っているように,むしろ地域の緊急性からいえば,これまでの安定性・継続性よりは,地域の中でそういうことを支える人材が求められている,それは首長さんも敏感に分かっているはずだから,感じ取っていますので,それを首長部局でやっても何ら問題はないように思います。
 それから2番目の評価軸ね。評価軸については,これも再三,出てくるんですけれども,当然,私は,仮に首長部局でやった場合に,その評価は首長がやる,あるいは行政部局がやるというよりは,ちゃんと住民自治でできるような,そういう統治のシステム,いわゆるガバナンスのスキームは,それは考えておかなければいけないと思います。これは再三,山本委員が言われるような政治的な中立性,学習の自由ということを考えても,どういうことができるかについての一定の仕掛け,つまり社会教育委員の会議に相当するようなもの,あるいは公民館運営審議会に相当するような住民自治を大事にするような仕組み,それは仮に首長部局に移した場合でも設けなければいけないし,そのことが今回のこの取りまとめの中で若干,弱いかなというふうに思いますけども,そういうガバナンスの仕組みを担保するようなスキームは,それは仮に選択で首長部局に行った場合には作っておかなければいけないだろうと思います。
 最後に,やっぱりこの問題は私,第二章の社会教育主事の在り方とも当然,連動してくると思いますね。社会教育主事が今までの自分たちのスキームのままでいいんだと思った途端に,それは安心しちゃいます。だからそれは駄目だと思う,私。それは,やっぱりこれまで申し訳ないけどぬるま湯だったと思いますね。教育委員会にいた方が居心地がいいのは間違いありません。それは認めますよ。今だってそうなんですから。
 でもそうじゃなくて,本当に社会教育主事の人たちが発奮するには,システムを変えないと駄目ですよ。制度を変えたときに,初めてこのままではいけないな,自分たちも何かしなくちゃいけないなと思うんです。それは,よく言うんですが,今日,学長1人しかいませんけども,大学関係者は,やっぱり遠山プランが出てきたときに,これはやっぱり大学,変わらなくちゃいけないなというふうにかなり感じたし,例の大学設置基準の大綱化ありましたよね。あれでいよいよもうこれは大学は何かやらなくちゃいけない。それまでは大学関係者の自発的な努力が期待されていたんでしょうけども,やっぱり制度を変えて,国立大学を法人化し,みんな認証評価をしなければいけないというふうに変わったといったときに,大学関係者は,私も含めて目が覚めましたよね。
 だから同じように,更に言うと,指定管理者制度というのも,私は基本的に否定的ですよ。でもあの制度がなかったら,図書館司書や博物館学芸員はみんなぬるま湯に入っていましたよ。あの制度ができたので,やっとみんな目が覚めて,このままじゃいけないんだなということを気が付いたわけですよ。
 だから私は今回のワーキンググループも,やっぱりそういうふうに大胆に制度を変えて,社会教育主事に目覚めてほしいですよ。私は社会教育主事の重要性をよく分かっているつもりです。彼らが今までどおりでいいんだと思っちゃった途端にもう駄目ですよ。だからそれは変えていくという意味では,もはや選択ですよ。あなたたち,うかうかしていると首長部局でそれこそ評価軸に掛かって,いつの間にかいなくなっちゃうような感じがしますよ。そうならないために,頑張ってほしいからこそ,制度を変えていくんですよ。それが今の時代の流れだと私は思います。

【浅井座長】  ありがとうございます。
 社会教育主事の方の検討もしなければならないのですけども,地方分権の流れは,最初,申し上げたように,それはこのワーキングでどうのこうのできることではないので,恐らく社会教育をどこに位置付けるかはそれぞれの自治体が選ぶようなことになるのだろうとは思います。ただし,ここでは,それでそのままお任せしてしまっていいんですかということだろうと思うのですね。
 教育委員会制度の方はどうなるか分からないので,玉虫色にしなければならないことも御理解いただきたいことが2番目ですよね。
 3番目ですが,大事なことは,教育が崩れないようにどこで歯止めを掛けるのか,教育の条件をどう担保するのかというところだろうと思います。そこをちゃんと押さえてくださいということなのだろうと思いますので。それは具体的にはあんまり出してはいませんけども,触れてあります。
 それが重要だということは書いてありますが,そのあたりをもう少し強調させるとか,あるいは順番を入れ替えて最後にした方がよいという問題でしょうか。

【糸賀委員】  最後ですか。

【浅井座長】  そんなに後退したとは思えないのですが。

【関委員】  あれだけ述べたら。

【糸賀委員】  そうです。だから最後のセンテンスは,私は代案も用意していますよ。だからこれはやっぱり,6ページの一番下からですよね,あとそれから先ほど菊川委員が言われた社会教育行政の自主性が高まるかどうかというのは,そう読むんじゃないと思います,これは。これは社会教育行政の自主性を高めるために,弾力化を図るんですよ。それでもってどっちがいいかが選択できる。

【浅井座長】  でもそれは実際,高めるかどうかというのは分からない。

【糸賀委員】  分からない。

【糸賀委員】  そうですか。じゃあ,いいですよ。

【菊川座長代理】  社会教育行政の自主性を高めるってどういうことでしょうか。

【糸賀委員】  主体性,自主性というような意味だと思いますね。

【菊川座長代理】  今の社会教育行政は自主的ではないということですか。

【糸賀委員】  本来,自主的ですね。じゃあ,ちょっとその議論は……。

【糸賀委員】  6ページの一番下から7ページにかけてのところの私の代案は,これ,「選択できるようにするなど弾力化を図っていくことも一考に値する」で止めるんだと思うんですね。「一考に値する」。その際,「学校教育行政との連携や生涯学習社会の構築の観点から」,その次の「基本的に」を外しますね。基本的にはあるというと,基本的にここに戻ってきちゃうんですよ。「生涯学習社会構築の観点から,学校教育行政との一体性について十分に考慮すべきと考えられる」で終わるべきだと思うんです。
 だから一考に値するんですよ,選択にするのは。だけれども学校教育行政との一体性については十分配慮してくださいねというので終われば,私はバランスが取れるし,先ほど座長が言われたように,どこを担保するべきかについても示したことになると思います。

【浅井座長】  それでよろしければよいのですけども,でもまた反対の方もいらっしゃるのではないかと思うので,そこは後でまた検討させていただきます。ただ基本的には,そんなに後退したとか思ってはいなかったので,そう読まれたというのは逆に驚いてしまったのですけど。

【糸賀委員】  じゃあ,もう一つは,さっきの学校教育との学社連携のところがうまくいっていないという記述を削除していますよね。すべて。そこは私は後退だと思いますね。現状でうまくいっていないということはちゃんと言わなくちゃいけないと思います。だから選択できるようにするべきなんです。

【浅井座長】  ちょっと待ってください……。

【糸賀委員】  教育委員会の中にあっても,学社連携がうまくいっていないという指摘があるんですよ,この中に。あったんですよ。それが全部,削除。

【浅井座長】  現実はうまくいっているところもあれば,そうでないところもあるのではないでしょうか。

【新木企画官】  ただ,前の文章は,教育委員会でもうまくいっていない,更に首長になったらもっと停滞する可能性もあるという。

【浅井座長】  そうです,そういうことです。

【糸賀委員】  だからそれについては,首長部局に持っていってもうまくいっている例がありますよということで反論はできるし,そこで私はバランスが取れていたと思うんですよ。つまり学社連携についての問題点をそこで指摘してあったんですから,それを全部,削除した意味が私にはよく分からない。

【浅井座長】  でもそれをおっしゃると,その点については既に御指摘されましたが,首長部局へ持っていったら学社連携は確実に後退すると。恐らくほとんどの関係者はそう思っていますよ,それは。

【糸賀委員】  それは最後の2行ばかりのところで言っているんですよね,首長部局に持っていった場合の。だからそこは削除すればいい。でもって,今でも学社連携はうまくいっていないというところですよ。だからそれはこういうロジックです,いいですか。じゃあ,首長部局に持っていったときに,学校との連携がうまくいかないという指摘があるわけですよね。でもそんなこと言ったって,教育委員会にあったときだってうまくいっていないじゃないかという論理ですよ。

【浅井座長】  ここに材料はありませんので何とも言えませんが,ほとんどの方は,ただ経験的には,教育委員会でやっても確かに問題はあるけれども,首長部局へ行ったらもっと問題は大きくなるでしょうというのが,一般的関係者の感覚ではないでしょうか。もちろん,よしあしはまた別に検討すべきですが。

【糸賀委員】  その点を懸念されるんでしたら,先ほど言いましたように防災教育にしてもキャリア教育にしても福祉の教育にしても,ちゃんと首長部局と連携してやっていますよ。

【浅井座長】  材料は今ないので,そこはちょっとお任せいただいて,基本的にはそんなに大きく変わっているとは認識していなかったので,逆に驚いてしまったのですけど。

【糸賀委員】  さっきの結論を引き出すためには,やっぱり教育委員会の中にあったときに,必ずしも学校との連携はうまくいっていないという……。

【浅井座長】  それを入れなければいけないですか。

【糸賀委員】  あった方が,最後の結論を持ってくるのに,多少説得力はありますよ。

【浅井座長】  それは先生の結論であって。

【竹原委員】  菊川先生が長い歴史を御存じだと思いますが,学社連携とか学社融合というのは,社会教育の方からの片思いと言われていたんですよね。でも今は共に動くことが教育改革の主流になっていて,今ようやく一緒になろうとしているときだと思います。組織が一体になるという意味ではなくて,目指すものが一つになりながら,動き出していて,かなり進歩してきたと思っています。確かにうまくいっていない部分があり,課題はもちろんありますが,それを努力してすすめています。単に学社連携がうまくいっていないということを書くのはまずいと思います。

【浅井座長】  それはまずいですよね。

【山本委員】  糸賀先生としては今,ストーリーの問題をおっしゃっているので,そこがなくなったとしても,今,修正された部分の帰結は成り立つことは成り立つと思います。

【糸賀委員】  ロジックとしてはこの指摘があった方がいいという話で。
 それから,申し訳ない,竹原委員の言われているのは,現状にものすごく引っ張られていると思いますね。だからその現状じゃもう駄目だという認識を私は持っていますからね。

【竹原委員】    新しいものをぽんと出したときに,現場はその後どうなるかというのを私はイメージしてしまうので,引っ張られています。

【糸賀委員】  それは大混乱ですよ。そこの大混乱で,社会教育や社会教育主事は残らなくちゃいけないんですよ。

【竹原委員】  それで,もう一つ……。

【糸賀委員】  私はそういうふうに,大学だってもうこの5年ぐらい大混乱でしたよ。議論,議論ばっかりでね。

【竹原委員】  動かないという意味もすごくよく分かるんです。それで社会教育主事を論じるときまた言おうと思っていましたが,教育委員会だけに座らない,必要な部局に入るということも思っているんですが,どうでしょう。

【糸賀委員】  それはまた後で。

【浅井座長】  次に行かなければいけませんので,そこのところは,皆さんの合意の下でというところで落ち着かせていただきたいと思いますけど,今回は余り極端にどちらかということではありませんし,学社連携がうまくいっているところもあるのに,いっていないことを強調するのもおかしいですから,そこはちょっと検討させていただきまして,基本的には前回とそれほど違わないと思っていますが,どうでしょう。
 それでは,第二章の方に……。まだありますか。

【関委員】  申し訳ないです。多分,東京では公民館のイメージは余りないですよね。

【浅井座長】  公民館,ないです。

【関委員】  私,この中で一番引っ掛かるは,首長部局の行政としてほしいのは,公民館なんですよ。首長部局として一番欲しいのは。多分。

【浅井座長】  そうですね。

【竹原委員】  欲しいというのは。

【関委員】  自分のところの中に抱え込んで,コミュニティーとの連携の中で事業展開を進めていくことで地域を作っていきたいと,それが非常に強いので,逆にその発想は多分,東京近辺の方々には少ないのではないかと思うのです。

【浅井座長】  東京は社会教育館とかそういうのがあります。公民館ではないですけど。

【関委員】  はい。多分,その地域でのいろんな活動,それを進めていく上で,この最後の結論のくだりにも絡んでくるんですけれども,そこのところで独自性を持たせてくれるのであれば,非常に喜ぶ首長さんがいるんじゃないかなと思うのです。

【糸賀委員】  なるほど。

【横尾委員】  じゃあ,出たついでに。公民館は,市が運営する公民館もありますが,実は行政区単位,地区単位に自主的な公民館もあるのですね。いろんな行政を見ていて思うのは,公民分館長さん,要するに小さな分館長さんが多分,一番忙しい可能性があるのです。年から年じゅう,行事,スポーツの行事,文化行事,すべて世話されています。そこにやっぱり今,委員がおっしゃったような工夫をするとかしながら,やっぱりコミュニティーもできていくし,学校との連携もできていく。是非そういったこともどこかに書いていただくと,全国の関係の皆さんが非常に勇気付けられることはあると思います。

【竹原委員】 しゃべってばっかりで申し訳ないのですが・・・。

【関委員】  どんどん長くなる。

【糸賀委員】  終わらない。

【浅井座長】  終わらないと。

【竹原委員】  私はコミュニティハウス館長として,横浜では市民局と教育委員会が管轄している小さな公民館のような施設を運営しています。将来もしかしたら市民局の管轄になり,どんどん予算が減り,もうコーディネート機能じゃなくて,ただの館でいいという雰囲気が出てくるのではと,危機を感じています。まちづくりの核であると首長部局がよく分かっていて支援してくださるならいいんですけれども,システムを変えてしまうと,逆流はないので,そこはすごく慎重にと思っています。

【浅井座長】  実態をいろいろ考えるとちょっと不安では。

【竹原委員】  そうですね。

【浅井座長】  それは出てきちゃいますね,本当に。次に行かせてください。もしも何かありましたら,後で何とかエイヤっとすることになるでしょうから,そのようにさせていただいて,第二章の方ももっとたくさんありますので,お願いいたします。社会教育主事の方です。
 どうぞ。

【今野委員】  幾つかあるんですけど,とりあえず一つ,9ページの二つ目,三つ目,4つ目の丸なんですけど,ここは,左にあるように,今後の社会教育主事に必要な資質・能力がどうであるべきかというところなんですね。それで,9ページの二つ目の丸のところですけれど,ちょっと見え消しがあると分かりやすいんですけど,その4行目ぐらいからかな,社会教育行政の計画を立て,総合計画に位置付ける,達成するためにうんぬんと書いてあるんですけど,ちょっとここは,その前を見ると分かるように,社会教育主事の前段はこんな役割だと,だけど独りじゃもうできなくなっちゃったということですよね。
 それで二つ目の丸の最初のところで,地域でいろんな人材が育っているので,そういう人たちと一緒になって,協働型の行政展開をするのが社会教育主事の一番の役割だよと,非常に大切なことを言っているんですけれど,その後に,計画のことも大切だけど,これは本来の役割なので,前の方の8ページの方に多分,入れるべきものなんですね。だから元に基本的に戻した方がいいんじゃないかと思うんです。市民と一緒になって地域の課題,それから資源を結び付けて,更にその次の丸では,そういうことができるようにするために,ちょっとよく見たら同じようなあれになっていますね,文言が似ていますけれども,そういう資源と地域を引き出して組織化をして,住民のニーズに応えていくためのとまたつながっていますけど,これがそういうふうにしてニーズに応えていくことが大切だと一回,切って,そのために必要な能力はこれからコーディネーションとかファシリテーション能力だというふうに言った方がいいと思うんですね。
 それでここは基礎的な能力と書いてあるけれど,まさに一般的にはコーディネート能力というかファシリテーション能力というのが社会教育主事の専門性の中核だと思うので,あえて基礎というふうに言う必要がないんじゃないかと思うんですね。
 それから一番問題なのは,次の丸なんですけれど,趣旨がよく分かりにくいんですけれど,ただし,こういう社会教育的な素養は誰にでも求められるんだというふうに言っちゃうと,社会教育主事の固有性・専門性をちょっとおとしめるようなことになりますよね。いろんな人たちがそういうものを持っておけばいいんじゃないかというふうに読まれかねないので,多分,おもんぱかって,趣旨を言うとすれば,社会教育主事そのものはとても大切な社会教育行政の主役だけれども,ほかの部局でもそういう能力とか機能というものはやっぱり必要になるんだよというふうなことだろうと思うんですね。
 そうすると,4つ目の丸のところは,「ただし」がいけないと思うんですけど,社会教育主事が果たす役割・機能は,社会教育行政ばかりではなくて,市民との協働が課題になっているいろんなそこに出ている首長部局の何たらかんたらの行政部局でも,やっぱりそういう機能はとても大切なので,そういう行政を進める上でも重要なんだというふうにちょっと書かないと,論旨がつながっていかないと思うんですね。
 何か最後,「ただし」とかって書かれると,社会教育主事そのものはみんなが何か能力があれば要らないんじゃないかというふうな文脈になってしまうので,そこはちょっと変えていただきたいと思いました。
 とりあえず1点です。

【浅井座長】  今の大体の趣旨はよろしいですか。細かいことはちょっとついていけないところはありましたけれどもそれは後でまた伺います。

【横尾委員】  ちょっと細かい,一つは確認なんですけど,8ページの上から4行目,「引き続き必置を原則とすることが望ましい」,この原則は,例外もあるという前提だということは,別に置かんでもいいということなのかどうか,やっぱり必置なんですよと,その辺の濃淡はどうなんですかね。その濃淡によって全然違ってくるので。というのが1点目。
 もう一つは,下から二つ目のポツですが,(2)の上ですね,「今後」というところですけど,「しっかりと認識していくことが必要である」とか,その前に「意識的に首長や地域に対して発信していくことが必要である」とあるんですけど,主語は誰なのかを教えてほしいんです。主語がちょっとはっきりしないかなと思います。
 それと次のページ,9ページの上から二つ目の丸のパラグラフで,計画に書けと書いてあるのですけど,位置付けろというのを,これはかなり無理があるのではないのかなという第一印象を持っています。すべての自治体の計画ごとにばらばらになっているので,それはかえって混乱するでしょうしという懸念がとてもいたします。
 あと,4点目になりますが,戻って,7ページでございますが,首長を含めて,そういう消化されていないというのが真ん中ぐらいにあって,全国市長会の必置義務の廃止の要望というのが出ているのですけど,是非,先ほどの濃淡のことも含めて,前段でも申し上げたことも含めて,自由度をやっぱり高めるような,是非分権型という形での認識を是非高めていただけないかなという印象を強く持っております。最初の濃淡のところは是非付けていただきたい。

【浅井座長】  どうしましょう。必置と入れておきませんと。

【横尾委員】  必置としたいんですか。

【浅井座長】  というよりも,現実問題として,今,必置ですが,実際にはどんどん減っているのですから。だからちゃんと社会教育主事というのを考えなければいけないんです。もし「必置」を外すと,なくなってしまうので。

【横尾委員】  そういう御説明……。

【浅井座長】  と私は思いますが。

【横尾委員】  はい,文脈と御説明は分かるんですが,例えば全国市長会の提案があるように,首長の立場からすると,廃止,だから必置義務じゃなくて,自由度を高めてくれというスタンスなんですね。そうすると,そこに自由度がないと,多分,全国市長会としては大いに反発してくると思います。
 現実,かなり減っているんだよということであれば,そういうことも書かれてもいいようなものですけど,それをあえて書かないで,引き続き必置を原則と書いている。

【浅井座長】  書いてありませんか。書いてありましたよ,どこか。

【新木企画官】  減っているという話は,7ページの上から二つ目の丸には書いてあるんですね。

【浅井座長】  そうです。

【横尾委員】  ただ,改めて「引き続き必置を原則とすることが望ましい」となると,やっぱりそうしたら,置きなさい,置きなさいということですよね。

【糸賀委員】  これは多分,「望ましい」という表現がかなりトーンダウンしているんだと私は思うんですね。引き続き必置を原則としなければならないとか,原則とする必要があるとかという書き方じゃなくて,「望ましい」で,さっきの濃淡でいえば,少し薄まっているんだと思います。
 それから,言われるように,これを濃くするのであれば,必置でないところに対して,行政指導しているんですかという話になります。

【新木企画官】  していないです。

【糸賀委員】  していないわけなので,その辺で感触を首長さんたちはつかみ取って。つまり置いていないところを行政指導していないということですからね。必ず置きなさいというふうにやっていないということは,ある程度もう。でもここでは「望ましい」と書くところで,文科省さんのメンツも立つし。

【横尾委員】  実態として,そのワーニングとかチェッキングとかするのはいいんですけど,そういうのがないから認めているよということかもしれませんけど,まじめな首長さんから見ると,必置が原則と書いてあると,必置しなきゃいけないのかと。

【浅井座長】  そう思っていただいた方がいいと思います。

【横尾委員】  それは自由度がないじゃないかという話で,そこで反発になる。

【横尾委員】  実はこれ,先ほどもどなたかおっしゃったように,教育委員会行政そのものの教育委員会の在り方とかなり密接に絡むんですけど。

【糸賀委員】  だから表現で私はかなりここ「望ましい」になっているので,ここだけだと思いますよ。あとはみんな「必要である」,「必要である」とかなっているので,だからここはかなり配慮しているなというふうには感じ取りましたし。
 それでさっき今野委員が言われた点,よろしいですか。

【糸賀委員】  あそこがやっぱりポイントで,今回のこれで,11ページの社会教育主事資格の活用のところの汎用化の丸の3番目に,例の社会教育士,地域教育士という資格を民間レベルでという話がありましたよね。このことと,さっきの今野委員が指摘された社会教育主事の素養か,首長部局の職員もそういう素養を身に付けると言うと,社会教育主事の今度は専門性が薄まるという懸念ですよね。だから社会教育主事の資格要件と,この今の地域教育士との関係というのは,これはどういうふうになっているんですか。
 この提案は,もともと井上委員がされたことで,井上委員の提案ともちょっと趣旨が違うんじゃないかと私,これで読むと,これらの資格における知識や経験を社会教育主事資格取得の際に考慮するということは,まず社教士や地域教育士という資格があって,それを持っていて知識や経験を積んだ場合に,今度は社会教育主事資格を取ろうとしたときのある程度,一部単位を認めるとか,そういうふうな話になってくるんですか。そうすると,社会教育主事の方が次の,だから社会教育主事のキャリアデザインからいうと,まず社会教育士や地域教育士という資格を民間で取って,場合によってはその人たちは首長部局で全然関係ないような都市計画だとか,さっきの防災だとかをやっている,そういうときにもその能力が生かせる。それを積んで,じゃあ,社会教育主事といったときに,講習へ行ったときに,そのうちの単位の幾つかはそれで免除されるとか,そういう仕組みですか。
 それは,でも井上委員が提案されたのとちょっと違うとは思うんですね。

【新木企画官】  ただ,井上委員が提案されたというのは,行政職員に限らず,すべての地域人材も含めた形の国家資格化という話ですよね。

【糸賀委員】  はい。

【新木企画官】  それをその社教法に付けるというのは,法制上,かなり難しい。

【糸賀委員】  難しい。

【新木企画官】  難しい。

【糸賀委員】  だとしたら,私も,だからこの社会教育士や地域教育士は,そういうのに関心があった人がとりあえず資格が取れるという意味で,私はハードルを下げる。それで,みんながこういう従来の社会教育でやっていたことに関心を持ってもらえる。私の言葉で言うと,そういうマインドに立てるというのは,すごく私は大事だと思うんですね。そういう発想に立って仕事ができるという。
 そうであれば,むしろ社会教育主事の資格の専門性はそこで高まっていくんだと思います。だから今野委員が懸念されたように,行政部局にもそういう素養があるというのは,この社会教育士や地域教育士のようなものを含めて,そういう素養を持つというふうに言っている。そうであれば理解できます。

【関委員】  ここで言っておられる社会教育主事というのは,あくまでも職務のことを言うんじゃないんですか。具体的に,発令を受けて,教育委員会の中において何かの務めにきちんと従事する,それに当たる,その人間がどういうふうな仕事をするか,それが明確になれば,その必要性ははっきりするような気がもっとするんですけれどもね。

【糸賀委員】  その必要性とおっしゃるのは。

【関委員】  社会教育主事はこういう仕事をしなければいけない。極端に言えば,こういうものについてはこういうふうにきちんと判を私が押したのでなかったら認めないみたいな,何かきちんとしたものがあれば,社会教育主事がなければ仕事ができないというふうに考えたらいけませんか。

【今野委員】  今はそうなっているわけですよね。社会教育主事になったものが。

【関委員】  今は具体的なものが逆にないんですよ。社会教育を行う者に対して,指導を行うというのだけでは,はっきりしたものが見えない。中にいるけれども,一人一人がやっている仕事が全部違う。もっと全国である程度,これは社会教育主事として果たさなければいけない務めなんだよみたいなものが明確化されたら,もっと見えてくるような気が,私は社会教育主事においては。

【新木企画官】  それは前回のときに,この2ポツの今後の在り方のところの職務の明確化というあれで,要はそれぞれ地域が抱えている課題というのは違うので,それに応じて,やっぱり社会教育主事の役割も違うという,要は全国統一に,社会教育主事はこういう役割ですというのを明確化するのは難しいという話があってですね。

【関委員】  難しいという話になったんですね。

【新木企画官】  ここの部分は,それぞれ自身が自分の社会教育主事の役割を明確化するという書きぶりに変えているんですよね。

【今野委員】  だけど社会教育主事という制度,職をきちっと作っているわけですから,それは個別にはいろいろあっても,大枠で基準がなければ,自分で考えてくださいだけじゃ,ちょっと。
 私は,今の社会教育法に書かれている,あるいは教特法から来ているのかもしれないけれど,個別の指導・助言みたいなレベルで社会教育主事はいいのかと,今はもっとスケールの大きな,まちづくりも含めた個別の指導・助言もあってもいいけど,もっと違う職務の与え方というのが考えられなければいけないんで,本当はここでそういう議論もやるべきだったと思うんですけれど。

【関委員】  マインドは高められる思うんですよ,いろんな意味で。だけどマインドと,やっぱり実際に自分が当たらなければいけない仕事の成果というのは違うような気がするんですけどね。

【生重委員】  もしそうならば,もうちょっと大くくりな枠の中でこれをやるべきとしないと,今はいろんな人を見ていると,割ともわっとしているので,やらなくていいやに走る人たちもいっぱい見ていて,自分の好きなことだけやっているみたいな状態の方たちもいらっしゃるので,そうじゃなくて,やっぱりまちづくりの観点において,教育との連携を果たしていくべきとか,何か明確な,例えば地域環境を考えていくときに,社会教育がこういうところに寄与することで学習をつなげていくことの価値は高いとか,何でもいいんですけど,何でもよくちゃ駄目なんだ,人々を巻き込んで,それぞれやっぱりマインドを持って自ら市民性を高めていくための促しができるようなところに,社会教育主事はきちんと位置付けられて,そういうところで,だから社会教育委員に施策提言をさせなくなってしまった市町村が多いというのも,それは私,問題だと思っていて,教育委員会とともに,こういう社会教育なんて,委員会なんて一つも議論されていないんですよ。あっちでは。
 社会教育委員会がもっとベースとして,教育基本振興計画だって,国が出したら,それぞれの県や市町が作りましょうよというのに,5割やっていないというのと同じように,社会教育もそれを受けて,そういうことを担っていくよねというところに行かなきゃ駄目なんだと思うんです。
 そうじゃないと,価値は高まらないですよね。いるんだかいないんだか分からないという。

【浅井座長】  どうぞ。

【井上委員】  やはりいろいろお話あると思うんですが,取組のレベルと施策のレベルと,どこで考えるかだと思うのですね。取組のレベルのことだったら,いろいろな部局や機関と連携して,住民を巻き込みながら丁寧に展開していくべきだと思います。社会教育主事像の一面がこのような活動を支援していくことだと考えられているのでしょうが,現状を見てみると社会教育主事の配置人数は,1委員会で1.4人ですよね。じゃあ,どこにいますかという話ですよね。1.4人ですから,各公民館にあまねくいるわけではないんですよね。
 公民館の中に生涯学習課がある小さい町では,公民館に社会教育主事がいるかもしれませんが,そうでないところは,本庁の生涯学習課にいるわけです。幾ら社会教育主事がファシリテーションや現場を切り盛りすることが得意というイメージを持たれていても,本当にそれが社会教育主事の職務なのでしょうか。やはり私,しつこく言っているのですけども,何で社会教育主事が見えなくなってしまったかというと,施策に入っていっていないからなのです。きちんと生涯学習推進計画や社会教育計画を立てている市町は,ちゃんと予算も取れているのですよ。1人当たり社会教育費も高い状況なのですよ。
 だからこそ,社会教育主事は現場の対応も大切ですが,そういう計画を作り,施策を企画・立案することが重要な職務であると考えています。今,総合計画に位置づけるということなんて現実的でないという話がありましたが,社会教育計画を総合計画に位置付けるというのは,総合計画の趣旨をくみ取って,その実現のための社会教育計画を作ることなのです。それが位置付けるということです。
 それがやれていないから,取組レベルのことで社会教育行政を議論すると,あそこでやっているからいいだろう。だから社会教育行政は要らないだろうとなってしまいます。そうではなくて,社会教育計画に部局の事業や取組も組み入れるわけですよ。そして予算も取ってくるわけですよ。それが社会教育主事の仕事のですよ。現場でワークショップをやるだけではないんです。だけども,ワークショップとかそういうコーディネートとかファシリテーション,プレゼンテーションに関する知識や経験がないと,施策は企画できないのです。だから基礎的な能力を身に付けることが必要不可欠と,強い表現で,基礎的,プラス必要不可欠となっています。だから社会教育主事講習の在り方にも提言しているのですが,やっぱりこのことについては,基礎的なところをしっかり勉強してもらって,そういう施策を作るときに,ちゃんと現場状況が見えるような人を育てなくちゃいけないということを,やっぱり主事講習の中できちんと学んでもらう必要があると思います。その社会教育主事の現状と,本当に求められるものは違うと思うのです。
 取組レベルできちんと現場を回すのが社会教育主事だといったら,全然,計画なんて違うことに聞こえるかもしれないのですけども,今まできちんと取り組まれてきた社会教育主事の先輩方は,ある意味,恣意的に施策を展開してきたと思うのです。学校支援地域本部についても,当初は社会教育主事が企画をして,社会教育の観点から事業化して成功を収め,それを文科省が参考にして,国策として広めてきたわけではないですか。
 そういう施策の企画立案し推進するためには,総合計画の中に社会教育の施策をボトムアップで位置付けるくらいのことをやっていけなかったら,社会教育行政は意味がなくなってしまうし,広がりもないというふうに思っています。
 以上です。

【浅井座長】  どうぞ。

【菊川座長代理】  今,井上先生がおっしゃったのは,やはり社会教育主事というのはプレイングマネジャーだと思うんですね。だから基礎基本と,やっぱり全体を見る目と両方要るんだろうと思います。
 それで,このペーパーなんですけれども,結論から言いますと,11ページと12ページのところなんですけど,11ページの汎用化の(1)のところの三つ目の丸,ここが結論から言うと,ここにある位置にあるんだろうと思うんですけど,最後のところがよく論理的に分からないんですが,「これによって,市民の中で社会教育活動を推進していく力のある人を社会教育主事として採用しやすくなり,それらの資格を持つ社会教育行政以外の様々な場面で活躍してもらうことも容易になる」と書いてあるのですが,これは,力のある人を社会教育主事として採用しやすくなるとともに,プラスそれらの資格を持つ者にという意味なのかなとも受け取るんですが,それでよろしいですか。
 それと,12ページの最後の丸です。「兼務によって,首長部局に配置しているところも少なくないと,社会教育主事の活躍の場を一層広げていくためには,首長部局も含め,より広い分野に配置できるようにすることが望ましい」という言い方ですね,これは社会教育行政が首長部局に移管とか事務委任とかした場合に置くのは当然なんですが,社会教育行政が教育委員会にあったとしても,社会教育主事を置くことができるというふうに読み取るのかどうか。
 そのときには必ず兼務発令をするのかどうか等,どのように理解するのでしょうか。

【新木企画官】  12ページの方については,教育委員会制度が教育委員会の方にあったとしても,首長の方に置けるようにするという意味で書いていまして,そもそもその場合に兼職発令するのであれば,別に今でもできる話なので,制度改正は必要ないんですけれども,仮に教育委員会制度というのが引き続きあった場合に,選択的に首長に行った場合に……。済みません,教育委員会の方にその社会教育があった場合にも,首長の方にも置けるようにすると。

【菊川座長代理】  それは,もちろん一部が行った場合に,一部に伴っていくというのはあると思うんですが,丸々,教育委員会に残った場合に,人だけを,社会教育主事という人だけを首長部局に置く,例えば青少年行政の中に,社会教育主事を置けると。そのときの社会教育主事という,もちろん名前だけの問題かもしれませんけれども,それはどういうことでしょうか。
 例えば社会教育主事というのは,法的には社会教育を行う者にという規定がありますよね。だから社会教育の領域で働く人を,やっぱり社会教育主事というんだろうと思うのですが。それに対して,移転していないのに,人だけ置くということは,実務的にどうでしょうか。

【今野委員】  あり得ないです,そんなことは。

【糸賀委員】  だから有資格者の,社会教育主事有資格者を置くんだと思います。

【菊川座長代理】  いや,有資格者であれば,今もいっぱいいるわけですよね。

【糸賀委員】  そうすると,これは発令することになるわけですね。

【糸賀委員】  そうすると,さっき言われた資格じゃなくて,要するに職位としてというか,発令するんですよね。

【菊川座長代理】  発令するんですよ。

【糸賀委員】  でも,それは多分,社会教育法からすると,多分,私はそこは名称独占だから,これはそういうことはできないと思います。だから名称は何か変えるのかもしれませんけどね,それはできないと。

【今野委員】  それを法律改正しようということかもしれませんけど,私も全く同じ思いで,社会教育行政をするための専門職が社会教育主事なので,行政を所管していないところに作ってもいいよと,役に立つよといったって,それは作るはずもなければ,発令するはずもないですよね。
 この答申の一番のポイントは,社会教育主事については,今,教育委員会に限定されているのを,どこでもやれるように法律改正しますということを言ったって,意味のある提言にならないと思うんですけれどもね,私は。
 だから一番,必要なのは,教育委員会行政でなくても,社会教育主事のような資質はとても役に立つものだから,もし,何でしたっけ,社会教育士,何か分かりませんけど,何かそういうものがあれば,社会教育主事に似たような資格が作ってあって,そうしたらほかの部局でも,まちづくりのときにその資格を持った人が頑張ればいいじゃないのというところまでは言えると思うんですけど,社会教育主事そのものを置いてもいいよという,あるいは置くというのは,選択肢としてないんじゃないかなと思うんですけどね。

【山本委員】  (今野さんに)大体私も筋としてはそう思うのですが,この部分の一番肝は,やっぱり社会教育士とか地域教育士というものをあえて出して,それを社会教育主事と分けながら,社会の中で位置付けていく,承認していくということを強く出すことであり,それを民間レベルでということに非常に意味があると思います。つまりこういうところで議論して,法改正だけに依存していても,やはり今,いろんな社会教育の活動をされていて,その活動が必要だという市民の方がたくさんおられますし,社会教育団体もいろいろありますけど,そこが一致して,やっぱりそういうものは社会に必要だというアクションが生まれるような提起を,こういうワーキンググループがするということが非常に重要なことだと思うのです。
 それともう一つは,そういう基礎資格みたいなのができると,大学はやっぱり非常に反応するというか,今,大学もいろいろな見直しがされていますので,社会教育主事の養成課程を持っているところは,では,この基礎資格のようなものを作るために,大学はどうコミットするかという問題が出てくるというふうに,非常に広がりのある議論になっていって,これは非常にエネルギーも要るわけですけど,そこでそういう部分のところでエネルギーを出してもらわないと,きっとこの問題は解決しないと思います。やっぱり民間団体,大学,学術団体,学会,これらが共同して,この議論を文科省と新たなワークで作り出していくという非常に大きな主題を社会的に発信すること,そこに一つ,大きな意味があると思っています。
【浅井座長】  最後のところですけども,これは可能ではないですよね。制度的に。ですから,恐らく社会教育主事として勉強したことがいろいろなところで使えるようにしましょうということでこうなったのではありませんか。文章は変えなければならないのではないかとは思っていました。

【糸賀委員】  よろしいですか。私,さっきの社会教育士や地域教育士がこういうところに配置,まだ配置というかどうか分かりませんけどね,たまたまそういう勉強もして,そういう資格も持っている人が首長部局にいると,多分,教育委員会の方に仮にいる社会教育主事も,仕事は多少,進めやすくなるんだと思いますね。そういうことを理解している人たちが首長部局にいればね。
  そういう意味では,だから私はもともとこれは社会教育主事有資格者という意味合いで言われたんだと思ったから,これはこれでいいんじゃないかと思ったんですが,今の議論で,そうではないと。もともと発令する。確かにその発令はちょっと無理だと思いますね。それは法改正しないといけないとは思うんですよ。
 それで,その議論は,実はだから図書館でも全く同じですよ。今,司書資格を持った人がいろんな図書館以外のところに異動しちゃっているわけですよね。この人たちは,司書としては発令されていないから,司書ではない。だけども司書資格を持っているから,情報提供をやったり,その行ったところでの業務に必要な資料を集めたりするということはできるわけですよ。そういう方向で,専門性を認めてもらおうというのが,この前,ちらっと紹介したアメリカのエンベデッド・ライブラリアンなんですね。
 今日ちょっと資料を,参考資料として配っていただいているので,これは1分で終わりますけれども,これが参考資料です。国立国会図書館が,カレントウェアネスという,これは全国の図書館向けに情報を2週間に一遍かな,2週間に一遍,出しているんですよ。こういうふうなことって本当に社会教育主事の世界でやっているのかどうかね。これはアメリカのアリゾナ大学にいる鎌田さんが国会図書館に書いたものが,全国にメールで,図書館関係者にメールで配信されてくるわけですよ。
 これに,このエンベデッド・ライブラリアンが紹介されていて,アンダーラインを引いたところだけ見てください。この呼称は,2003年のイラク戦争で広く知られるようになったエンベッド・ジャーナリストに由来していると。いわば戦闘部隊と行動を共にする従軍ジャーナリストなんですね。そこから出てきたもので,どういう仕事をするかというと,今度は下の方にまたアンダーラインを引きました。エンベデッド・ライブラリアンというモデルの重要な点は,図書館司書が利用者の環境に自分を埋め込み,利用者と作業等で協働し,まじり合うことによって利用者の行動,またそれによる利用者の情報,情報サービスに対するニーズをより直接的に知り,より迅速なサービスをその場で提供できることにあると。利用者の置かれた環境や状況によって,必要とされる情報の内容,情報と向き合うコンテキスト,プロセスは異なってくる。そこにこのエンベデッド・モデルを導入することで,特定の利用者集団のニーズに沿うようにカスタマイズされたより付加価値の高いサービスを提供できる効果があると。
 だから私,そういう社会教育士みたいなのがいて,仮に首長部局で仕事していても,それに合った活躍,社会教育主事的な活躍は,それはできるんだろうと思うんですね。そうすれば,その教育委員会にいようが首長部局にいようが,今で言う社会教育主事の仕事はもう少しやりやすくなるだろうと。こういう人たちが潜在的に自治体の中に住民にも,それから役場・役所の職員の中にもいるということは,私はすごくいいことだと思いますね。

【浅井座長】  それは,だからいいことだと思いますので,思いますけども,それはこちらでどうのこうのできるということではないでしょう。

【糸賀委員】  だからそれを制度化するということは。

【浅井座長】  いや,制度化できないでしょう,それは。

【糸賀委員】  だからさっきの民間の資格とかということで。

【浅井座長】  それはできますね。

【糸賀委員】  それからさっき山本先生も言われるように,例えばそれは大学である程度,養成する単位を認めるとかというふうなことでいいと思います。

【浅井座長】  それでしたらできますよ。

【菊川座長代理】  よろしいでしょうか。

【浅井座長】  どうぞ。

【菊川座長代理】  結局,行政職員が県にしても市町村にしても,法学とか経済学部を出て,試験を受けて入ってくると。行政職員というのは,法律とか財政とかという,そういう事務の専門家だということで,行政職員が構成されていると。ただ,それだけで今からの行政がやっていけるかというと,そうではない。
 だからやっぱりソフト行政も含めて,こういう社会教育主事的な方が全体に入ってくるというのはとてもいいことだというふうに思います。そのときに,議論の蒸し返しかもしれませんけど,本当に社会教育士とか地域教育士という新たな民間資格を出してくることで,それが本当に実現するのか,それとも社会教育主事という資格をもう一度,カリキュラムチェックをし,社会教育主事有資格者として扱った方が根付くのかというところは,私は個人としては後者だと思っております。
 新たな資格がいいのか,単に社会教育主事の有資格者を位置付けるのがいいのかというところは,議論の分かれるところではなかろうかというふうに思っております。

【浅井座長】  ありがとうございました。
 時間になってしまったんですけれども,どうぞ。

【今野委員】  済みません,一つ。10ページの(2)の一つ目の丸なんですね。社会教育主事講習の話なんですけど,今のままでは不十分で,ここに書いてあるように,現職研修というのか,インターンシップみたいな現場での研修というのは欠かせないと思うんですけれど,ただこの書き方だと,どういうふうに書いてあるかというと,40日のみの講習だとニーズに足りないと,専門性を養うことは困難であると。このために,基礎的な共通的な内容にとどめ,だから縮小しなさいと。それで社会教育主事を任用しなさいと。その後,現職教育をすればいいよということですけれど,これだと,今でさえ十分でないと言っているのに,社会教育主事の資格そのものをさらい低めて運用しろというふうになってしまうので,書き方だけの問題だと思いますけれども,ちょっと変えないといけないんじゃないかなと思います。

【山本委員】  文面による問題だけではないのですが,今,社会教育主事講習は,いろいろな大学で,いろいろな形で行われています。私の記憶では,かつては文科省の社会教育課長と,主事講習を実施している大学が,意見交換していたことがありました。ですから,社会教育課自身で,多様な社会教育講習の状況をもう少し掌握・分析して,やっていただくチャンスがもっと多い方がいいと思います。地方国立大学だけ見ても,多くの大学に社会教育の学科,講座があって,いろいろとかなり地域に根差した多様な試みを行っているので,そこでの成果を集約していくことが一つ重要かなと思います。
 もう一つは,社会教育研究実践センターも,まさにナショナルセンターとして,地域でいろいろな社会教育研究者が実践等で寄り添っていること,そこには多様な経験・実践が蓄積されていることを受け止めて,それを今以上に更に幅広く集約して,ナショナルセンターとしての機能をもっと高めていただくことが切実に重要だと思っています。

【浅井座長】  具体的な在り方につきましては,改めて何らかの検討が必要になるのではないかと思います。今回はこのあたりにさせていただきまして……。

【糸賀委員】  ちょっと最後に。今の点,今野委員が指摘された点は,私はやっぱりこれは今の社会教育主事講習,基礎的な内容でいいと思うんですよ。問題は,やっぱりその先なんですよね。現場の経験を積みながら,キャリアアップを図るという,その仕組みをちゃんと作らなくちゃいけないと思いますね。
 だからそれが今の実践研でもいいですよ,それからさっきの社会教育士だとか地域教育士とはやっぱり違うんですよね。その本当の意味での専門性を高めるためには,私は図書館司書も学芸員も社会教育主事も,やっぱりある程度,現場での経験というのがすごく必要だと思うんですね。
 それを奨励し,そのため,そういうことができた人たちの研修制度を充実させないと,一旦取った社会教育主事が生涯有効だなんていうのは,学校の先生だって10年の研修と言っているときにね。それはきちんとやっていって,育てることで多少なりともほかへの異動の歯止めを掛けないと,せっかく経験を積んだのに,今言われたように,3年,4年でどっかよそへ行っちゃうというのでは本当にもったいないと思いますからね。それは国としてもそういう専門性を積んだ人は長くこの仕事をやってもらい,場合によっては首長部局に動いても,そこで社会教育の仕事ができるというだけの実力を付けさせないといけないと思います。

【浅井座長】  それはそうですよね。

【糸賀委員】  それは実践研でもいいし,私は現職者大学院,夜間大学院みたいなところが全国の大学で受け入れていて,そういう人たちを育てていく,それが現役の学生に対してもすごくインパクトを与えると思いますので,そういう方向で,ここの現職研修の充実というのは,私は考えていった方がいいと思っています。

【浅井座長】  ありがとうございます。具体的な在り方というのは,いろいろ考えなければならないところがあると思うんですが,私,本当は皆さんにお伺いしたかったことは,社会教育主事を必置として,今野先生がおっしゃったように,きちんとやるべきことを考えていくことが重要かと思います。最後のところの汎用性の話ですが,大丈夫なんでしょうか。どこでも使えるような,そういう資質・能力にしてしまうと,社会教育主事ではなくてもいいでしょうという話になっていくのではないかというところを皆さんに本当は伺いたかったんですが。
 今野先生が前半のところで,私,そのとおりだと思ったんですけれども,後半のところは大丈夫なのかしらと思いまして。ほかの市長部局とかでも,役に立つようにというようなお話でしたよね。

【今野委員】  ええ。

【今野委員】  いや,社会教育主事を置いてもかまわないとここで言っても。

【今野委員】  使わないでしょう。

【浅井座長】  そうですよね。その前におっしゃっていたことは。

【今野委員】  それで,まちづくりだとかいろんな行政でも,社会教育主事的な能力というのは必ず必要になってきているし,現にそういう人はたくさんいるわけですよね。その人を,菊川先生が言われるように,社会教育主事の基礎資格を持っている人というだけでいいとすればいいと思うんですね。ただ,私はもうちょっと何かはっきりとした,いつでもどこでも使えるような資格的なものをどこか法令のどこかに位置付けて。

【今野委員】  ただの民間じゃちょっと。

【菊川座長代理】  例えば大学できちっと養成するとか,何かはっきり出てくれば,根付くと思うんですけど,その辺の作り方次第だと思っています。

【今野委員】  それで今,生涯学習審議会でも,学習認証システムみたいなことが大切だと言っていますので,それの一つの最初のワンステップで,そういうものを認証する仕組みというのを作れれば,そして社会教育主事になるときにはこういう資格が要るんだよという中に,その民間の資格制度がきちっと位置付けられていれば,場合によってはうまくいくかもしれないなという思いがあるんです。

【浅井座長】  済みません,今回はそこまで検討できませんので,何とも言えないところがありますね。

【糸賀委員】  それがさっきの地域教育士とかというのでもいいわけでしょう。

【今野委員】  ええ。そういう名前があった方がかっこいいなと思うんですけれども。

【浅井座長】  どうぞ。

【生重委員】  私,経済産業省のキャリア教育コーディネーターの認定制度を作って,教材作りと,それから今,認定の仕組みのところの代表理事なんですけど,完全に厚労のキャリコンと違って,乗り遅れて経産がやったので,国家資格にはならないよと最初から言われながら,それでも今,どうしても必要だというところで,民間にいる私たちの切望から生まれた学校をきちんと理解しなきゃいけない,社会教育行政も理解しなきゃいけない,残業企業における,それからキャリアって別に職業意識だけではなくて,トータルで事業とどう関わり合っていくのかという,地域課題とかそういうものにも行くんだという,そのすべてを勉強した上で,実践積んで,自分で仕事を取ってこいという資格なんですね。
 今年,200名まで増えました。誰も私たちに保障はしてくれませんし,行政は誰も私たちにそんな資格を持っていたからって,へえと言って委託を掛けてはくれませんし,それなりにみんな自分の地方で資格を取ってくれた人たちが頑張っているんですけど,言葉としては,社会教育士とか地域教育士というのは重要だし必要だと思うんだけど,この置きようによっては,中途半端なことになるとすごく思うんですね。これをやってみて。
 最初のうちは,私がキャリアの認定を作っていったときも,最初に来た人が,誰かが仕事をくれるんですかとか,これを取れば何かメリットがあるんですかと言う人たちがいっぱい来ていたんですけど,メリットはありませんと。自分の意思で取ってください,それなりにお金も払っていただきますと。認定試験もそうですと。それでも自分の自らの意志を持って,私的なお金を投じても,社会の課題を解決したいし,そういうふうに行動,アクションを起こすときに,知識とそのアクションの場を提供しますよということしかやっていないんですね。
 あとは自己責任で,それもいたずらに走ったら,倫理委員会がストップ掛けますよ的な状態なんですよ。団体組織での信用を落とすような強引なやり方は認めないみたいな,各県教委といかにスタンスを同じくするかとか,市教委と協働できるかみたいな,そういう規定がすごくいっぱいあるのにもかかわらず,取りにくる人たちが増えてきてくれて,今年3年目で200人超えたので,ここを作るときはすごく難しいなというふうに私自身は,ここに議論が行かないんですけど,これを作れば,社会教育主事の価値が高まるわけではない。
 菊川先生が言ったように,社会教育主事の今のまんまでは駄目で,絶対に必要だよねと,必置,これは置いておいた方がいいね,最低人口規模において2人や3人やいるねとか,そういうところに予算を出す側とか首長側がそう思えるような資格になっていかなきゃいけないし,それを補うように,例えば公民館とかそういうところの活動というのは,もっといろんなことが可能性として広がるから,そういうところに採用される際に,ここまでの能力を持っていて,地域教育士の資格を持っている人は補助職員として入るとか,そういうことがちょっとずつでも認められていくぐらいに価値を高めていかない限り,ぼやぼやっとしたものがぼやぼやっとした下の人を作っても無駄になるというふうに思うので,もうちょっとここら辺を,今,書くのはここまでしか書けないと思うんですが,やる際には,ここは重要だよというのは,私たちの中で,ワーキングの中できちんと解説みたいなところに入れておかなきゃいけないんじゃないかなという気がします。

【浅井座長】  ありがとうございました。
 時間が過ぎてしまいましたので,お帰りの電車とかもあると思いますから,終わりにさせていただきたいと思うのですけれども,あんまり無責任なことは書けないことは確かだろうと思いますので,今日の御意見を踏まえまして,若干の修正を入れさせていただきまして,一応,座長預かりということで,事務局よりまた委員の先生方に御報告するということでよろしいでしょうか。

【糸賀委員】  つまり9月でしたっけ,次の生涯学習分科会を。そのときにこれを報告されるわけですよね。

【新木企画官】  そのときには報告はするんですけれども,実はその前に,教育制度分科会の方で所管の話を8月7日にする形なんですよね。それで,生涯学習分科会の方からは,明石分科会長と生重委員が入られているので,その場で,あと竹原委員が入られているので,一応,委員の方から,こちらの方の様子をお話しいただくという形にはなります。

【糸賀委員】  だからそのときにこの取りまとめの案が文言として出るのかどうかを。

【新木企画官】  報告書そのものは,その場では出さない。

【糸賀委員】  だから今,座長預かりは結構なんですけども,その文言については,やっぱりちょっと見せていただかないと,特にさっきの第一章の最後のところは,私は大変気になっているので。

【浅井座長】  そこは済みません,全く違う御意見もあろうかと思いますので,その辺は調整させていただきたいと思います。社会教育は重要であるという意味ではそんなに大きな対立はないだろうと願っております。

【糸賀委員】  それからさっき菊川委員,言われなかったこれの今日の6ページの3のところこそ,私は社会教育行政の「行政」の2文字を入れないとまずいんだと思いますが。6ページの3ポツの,これは社会教育行政の所管ではないんですか。

【新木企画官】  社会教育に関する事務の所管なんですよね。

【糸賀委員】  この中の文章,ずっと「社会教育行政については」,「社会教育行政は」となっていて,ここの3ポツこそ,私は社会教育行政の所管だと思いますが,いいんですか,「社会教育の所管」で。ちょっと御検討ください。

【浅井座長】  そのようにさせていただきまして,最後に課長さんの方から一言,御挨拶をお願いしたいと思います。

【坪田社会教育課長】  どうもありがとうございました。最後にして所感論がきっちりと明確なスタンスで盛り上がったということで,非常にむしろ安どしましたというか,するっといってしまったらどうしようかなと思っていましたので,非常にありがたかたっと思います。
 また社会教育主事の方も,少し方向性だけというところになって,あと我々,国と,あと実践研の方で引き取ってやっていく部分があるんですけれども,そこも一応,アイデアと方向性を頂いたということで,こちらで行政として責任を持って今後やっていきたいし,皆さん,個別にまたアイデアとか,この案はどうだということで伺っていくという形で実現に向けて走っていくのかなと思っております。
 前者の所管論について,我々,分からない,分からないと言っていて,審議をお願いするって,非常に申し訳ないことになったので,結局それ,レポートも少し行って戻ってというか,一方では,一方ではみたいな形になっていることは,ちょっと御推察いただきながら,実はどんなパターンになってもといろいろ我々は考えてみますと,実は大事な部分というのは,多分,政治的中立性という部分で,学校教育と比較してうんぬんという,さらっと書いてあるところが実は今後,生きてくる部分に実は哲学としてはなってくると思います。
 今は選択制なのか何かというところよりも,そういうスタンスが今後の我々が制度設計していくときに一つの考え方になってきますので,そういう意味では,非常にこれは組織論が固まる前だけれども,大きな考え方をある意味,頂くという非常に重いものだと思っております。
 実際,組織論になってくると,実は難しい面があって,学校教育は様々な法律で,こうだということが指導要領と検定教科書,教員免許でなっていて,それほど別に首長部局の足下に行ったとしても,そんなにぶれないというか,我々はそれほど心配,実はないのではないかと思っております。それに一つの塊のある学校部局ができ上がるんだと思います。
 しかし社会教育というのは,この前も佐賀県でも文化スポーツ部と,私はわざわざなぜ文化スポーツ部の名前にこの教育とか学びが出ていないんだと聞いたのは,結局,組織機構を見ると,社会教育というのは,もし完全に向こうに行った場合には課の名前以下になってしまうんじゃないかと。あるいはほかのところに分散して,塊がなくなるんじゃないかという,そこのシミュレーションまで考えると,安易に学校教育と離れて,首長部局でいいんだとなった場合に,どこに行ったのかなという形になりかねないんで,どこへ行ったとしても,学校教育ととりあえず根元がくっ付いているというか,そういうことを,我々,今の段階ではやっぱり希望せざるを得ないという,そういう形でございます。
 その辺は今後,制度設計をしなくちゃいけないし,我々,国の方でも社会教育課って維持されるのだろうかとか,一度,そこも含めて考えていかないと,今,自治体の行政だけ考えていますけど,国の行政も実はセットで考えないとけない部分も実ははね返ってきています。
 あと,これは余談ですけれども,丸々教育というのは,環境教育含めて,また観光,まちづくり教育も含めて,今,学校でうまくいき出しているのは,霞ヶ関が多少はちょっと仲よくし始めている証拠なんです。実はですね。自治体の行政はいじっていないんですけど,霞ヶ関が仲よくすると,それをちょっと横目で見て,ああ,じゃあ,まちづくり教育を学校でやってもいいんだな,産業部門と一緒になって,キャリア教育をやっていいんだな,環境部門と一緒になって環境教育をやっていいんだなと,そういうことが分かってきて,どんどん今,進んでいるという実態がありまして,いろんな学童保育も含めて連携をこの国レベルでやっていることが非常にいい影響を与えているんだなと。
 だから組織論以上に,運用がうまくいっているのは,やっぱり国の動きが大事なんだなということを,私も官公庁に3年いて,高木室長も厚労省に3年いてということで,その関係で今,うまくいっているという,そういうことを感じざるを得ません。だからそういう実態論も含めて,いろいろと現状を評価していかないと,多分,制度だけ,どっちへ行ったらどうなるのかなということ以上に考えないといけないんかなということも考えたりしています。
 本当に皆さん,英知を尽くしていただきまして,時間もたくさん使っていただきまして,またレポートという形で文章化をお願いして,本当に有り難かったと思います。
 今後,レポートはちょっとこういう最大公約数で終わるかもしれませんけれども,頂いたアイデアとかについては,今後いろんな形で大事にして,行政に生かしていきたいと思いますので,本当にこのワーキンググループ,我々,一緒にいた者としても非常に勉強になりましたし,有り難かったと思います。
 本当に皆さん,どうもありがとうございました。

【浅井座長】  ありがとうございました。
 いずれにしましても,私は社会教育は,もう少し足腰を強くして,実態として,社会から認められるようにすればよろしいのではないかと思います。
 本当にありがとうございました。

お問合せ先

生涯学習政策局社会教育課