地方文化財行政の在り方(特別部会審議まとめ)

平成29年10月30日
初等中等教育局企画課教育委員会係

1  検討の背景
  これまで,地方分権の進展に伴い,教育の分野においても地方公共団体の責任と権限が拡大する中,首長と教育委員会の関係について,平成16年の中央教育審議会教育制度分科会地方教育行政部会及び平成25年の中央教育審議会教育制度分科会等において検討されてきたところである。
平成19年の地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号。以下「地教行法」という。)の改正時には,首長と教育委員会の権限分担の弾力化が検討され,文化財保護を除く文化に関する事務及び学校体育を除くスポーツに関する事務は,条例により,首長の権限の下に置くことを可能とする制度とすることとなった。
さらに,平成26年の教育委員会制度の抜本改正に当たって,教育行政部局が担当すべき事務分担についての検討がなされ,文化財保護に関する事務は,政治的中立性や継続性・安定性の確保や首長部局が行う開発行為との均衡を図る必要等があることから,教育行政部局が担当する必要があるとされた(「今後の地方教育行政の在り方について」)。
このような経緯により,文化財保護行政においては,教育委員会が引き続き,その管理・執行を担っているが,我が国の社会状況が大きく変化し,過疎化や少子高齢化の進展等による地域社会の衰退によって,地域文化の多様性の維持・発展が脅かされつつある状況にある一方,文化財に求められる役割に対する期待はますます増大してきている。文化財を保存し活用することは,心豊かな国民生活の実現に資することはもとより,個性あふれる地域づくりの礎ともなることから,地域振興,観光振興等を通じて地方創生や地域経済の活性化にも貢献することが期待されている。
文化審議会文化財分科会は,平成29年5月19日に文部科学大臣から,文化財の確実な継承に向け,未来に先んじて必要な施策を講じるための文化財保護制度の在り方について包括的な検討を求める諮問を受けた(「これからの文化財の保存と活用の在り方について」)。これを踏まえ,文化審議会文化財分科会の下に設置された企画調査会において議論がなされ,「景観・まちづくり行政や観光行政など他の行政分野も視野に入れた総合的・一体的な取組を可能とするため,地域の選択で首長部局も文化財保護を担当できるような裁量性の向上についても検討が必要である」との意見が出されたところである(「文化審議会文化財分科会企画調査会 中間まとめ」)。
企画調査会の中間まとめを受け,現在,教育委員会が管理し,執行することとされている文化財保護に関する事務を,地方公共団体の選択によって首長の権限の下に置くことを可能とするかどうかについて検討するため,中央教育審議会の下に,地方文化財行政に関する地方行政組織の在り方について調査審議する地方文化財行政に関する特別部会を設置し(平成29年9月28日中央教育審議会決定),検討を行った。

2  地方文化財行政の現状と課題について
  地方文化財保護行政の在り方に関して,企画調査会においては文化財保護制度全体の見直しの中で文化財の専門的見地から議論されているが,文化財保護に関する事務の所管の在り方に関しては教育委員会制度に関わることを踏まえ,特別部会においては,地方公共団体で実際に文化財行政に携わっている立場からの視点を中心に議論した。
その際,企画調査会における現在までの検討状況を聴取するとともに,平成25年12月の文化審議会文化財分科会企画調査会報告「今後の文化財保護行政の在り方について」において挙げられている,文化財保護に関する事務の管理・執行において担保すべき観点(専門的・技術的判断の確保等)にどのように対応していくかについても留意した。
議論に当たって,地方文化財行政の現状を把握するため,文化財行政に関わる現場経験のある委員から意見発表を行った。発表された意見の概要は以下のとおりである。
(1)文化財保護に関する事務を地方公共団体の選択によって首長の権限の下に置くことを可能とすることに関する意見
○ 地方公共団体の判断により,文化財保護に関する事務を選択可能とする制度改正に賛成。事務の所管の判断は地方公共団体に任せていただきたい。
○ まちづくりは地方にとって非常に重要なものである。地域資源を活用して地方創生に取り組むなど,状況は変化している。首長部局で文化財保護に関する事務を所管することについて問題はないと考える。これまで首長は政治的に走り開発に傾きがちで,教育委員会は専門的・中立的であるという「先入観」があったのではないか。総体的に首長にはバランス感覚がある人が多いのではないか。
○ 活用なくして保存はない。文化財の価値を住民に理解してもらわなければ守っていくこともできない。文化財を公開し活用することは価値を理解する第一歩。保存と活用は車の両輪であり,別々ではなく一体的に考えるべき。現在は保存に関することを主に教育委員会が,活用に関することを主に首長部局が担っており,車の一輪しかないということにならないよう法令上の明確化が必要。
○ 文化財保護は保存と活用で成り立っている。文化財の特性からして、適切に保存されなくては活用もできない。活用は首長部局に移管すればより効果的な活用が期待できると思われるが,保存ができる体制が取れるのかという点が首長部局への移管する場合の鍵になるのではないか。
(2)文化財保護に関する事務を首長の権限の下に置く場合に留意すべきことに関する意見
○ 首長部局が所管する際には,専門性・技術的判断の確保方策として地方文化財保護審議会の設置や専門的知見を持った職員を配置すること,政治的中立性や継続性・安定性の確保方策として地方文化財保護審議会や条例に基づく委員会・審査会等の第三者機関による確認を行うことが考えられる。
○ 文化財保護行政の推進上,専門人材の育成が重要であるが,今後は特に,多様なフィールドを経験した視野の広い専門人材の養成が重要となる。また,保存と活用を結びつけることができる理念や仕組みが非常に重要である。
○ 首長部局と教育委員会の連携が重要。学校教育との連携については,指導主事の配置やコーディネーター役を果たせる人材の確保,人事交流などの日常的な連携体制の構築等のスムーズに連携する方法を考えることが必要ではないか。
○ 教育に役立ててほしいとの思いで寄贈・寄託される方も多いため,首長部局に所管を移す際には関係者等に事前に理解を得ることが必要ではないか。
○ 文化財の周知を徹底し、市民の理解を深めることは重要である。市民が文化財の公開活用に関わることにより新たな活用方法が生まれることもある。市民は文化財を活用していく主役であり、専門職員がそれを柔軟にサポートすることが望ましい。
○ 以前は開発関係者と緊張関係にあったが,開発行為との調整の歴史も長く,今では開発関係者にもある程度の理解が得られており,埋蔵文化財の取扱いについてはそれほど心配ないとも言えるが、今後も保存と開発のバランスを常に意識することが必要である。
○ 首長部局で所管する際には,開発行為と文化財の保存との利害対立の調整が適切に行われるかどうかがより懸念されると思うが,組織を分けるのではなく,議論の公開やプロセスの透明性の確保によって克服すべきである。そのためにも日頃から,文化財の価値を市民が理解することが重要である。
○ 各地方の文化財行政を地域格差なく、さらに発展させていくために、地方自治体の選択によって文化財保護に関する事務を首長部局に移した場合の取組の成功事例の収集・発信をお願いしたい。
○ 国指定文化財については,国の財源確保が極めて重要である。地方における文化財保護の所管を検討するに際しても,どの部局にあれば必要な予算を確保でき,現実的に文化財を守ることにつながるかという観点からも考えるべき。

3  地方文化財行政の在り方について
地教行法上,教育に関する事務には,教育のほか,文化,スポーツ,学術といった幅広い事務が含まれるが,教育委員会は地方自治体の中で独立・完結して教育事務を行っているのではなく,首長との協力と調和の中で必要な事務を行っている。
地方文化財行政においては,文化財保護に関することは教育委員会が管理・執行する事務として法定されており,教育委員会の職務権限となっている(地教行法第21条第14号)。一方,文化財の保護に関することを除く文化に関する事務については,既に条例により首長が担当することを選択できるようになっている(同法第23条第1項第2号)。
近年,各地方公共団体においても,自らの地域に昔からある魅力をあらためて認識し顕在化する,いわば「あるものさがし」が重要になっているとの意見が聞かれ,地域の資源を活用して地方創生に取り組む機運が高まっており,地域に存在する文化財を積極的に活用した地域づくりが進められるなど文化財を取り巻く社会状況も変化している。また,近年,文化財に求められる役割がますます増大していることにより,景観・まちづくりや観光など他の分野も視野に入れた総合的・一体的な取組への需要が急速に高まっており,地方公共団体から,地方公共団体の選択によって文化財保護に関する事務を首長部局に置くことが可能となるよう制度改正を求める声が上がっている。
当特別部会としては,文化財保護に関する事務については,引き続き教育行政部局が担当することを基本とするが,社会状況の変化や地方公共団体から上記のような声が上がっていることに鑑み,景観・まちづくり等の事務との総合的・一体的な事務の管理・執行を考慮し,各地方公共団体が文化財保護に関する事務をより一層充実させるために必要かつ効果的であると当該地方公共団体が判断する場合に,条例により首長が文化財保護に関する事務を担当することを選択できるような制度とするべきであると考える。
ただし,その際には,文化財は国民の貴重な財産であり,一旦滅失,毀損(きそん)すれば原状回復が不可能であるといった特性があることから,平成25年の文化審議会文化財分科会企画調査会報告で示された4つの要請に対応できる環境を整えることを条件とするべきである。
これからの時代にふさわしい文化財の保存と活用の方策の改善を検討するに当たり,以上の点に留意した制度設計がなされ,地方公共団体においてそれぞれの実状に応じた適切な取組が進められることを期待する。
文化財保護に関する事務を首長部局,教育委員会のどちらが担当することとなっても,文化財の保護行政をさらに発展させることが何より重要あり,国においては,広い視野や専門知識をもった人材の育成・確保や,文化財保護のための予算の確保などの必要不可欠な施策が進められることを期待する。
中央教育審議会地方文化財行政に関する特別部会委員
(50音順 敬称略)
荒井 正吾  奈良県知事
岡田 優子  横浜市教育委員会教育長
◎小川 正人  放送大学教養学部教授
門川 大作  京都市長
○亀井 伸雄  独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所所長
小西 尚子  公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団理事長
鈴木 和夫  白河市長
世良 清美  津和野町教育委員会教育長
中原  斉  鳥取県埋蔵文化財センター所長
馬場 豊子  長崎市教育委員会教育長
山添 藤真  与謝野町長
◎部会長、○部会長代理

「地方文化財行政の在り方について」の審議状況
平成29年 9月28日(木曜日) 第113回中央教育審議会総会
  ・地方文化財行政に関する特別部会設置
平成29年10月18日(水曜日) 第1回地方文化財行政に関する特別部会
  ・地方文化財行政の在り方について
  ・荒井委員、門川委員、鈴木委員、岡田委員からの意見発表
平成29年10月30日(月曜日) 第2回地方文化財行政に関する特別部会
  ・地方文化財行政の在り方について
  ・世良委員、馬場委員、山添委員からの意見発表
  ・特別部会まとめ(案)について

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