1 我が国の義務教育制度をめぐる課題

 我が国の義務教育は,憲法,教育基本法,学校教育法等に基づき制度化されている。具体的な仕組みとしては,保護者にその子どもを満6歳から9年間,小学校,中学校,又は盲・聾(ろう)・養護学校の小学部,中学部に就学させ,普通教育を受けさせる義務を課すとともに,義務教育に係る学校の設置を地方公共団体の義務とし,また,経済的な理由で就学困難な学齢児童生徒の保護者に対する援助を市町村の義務としている。併せて,子女を使用する者は,その使用によって子女が義務教育を受けることを妨げてはならないこととされている。さらに,国としても,教育課程の基準である学習指導要領を定めるとともに,公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の制定や義務教育費国庫負担制度,教科書無償制度等の制度的措置を講じることにより,国内のどの地域に住んでいても,すべての国民が一定水準の教育を受けることのできる制度を構築している。
 こうした堅固な義務教育制度は,戦後の我が国社会の発展の基盤として国際的にも高く評価されてきた。また,例えば,小・中学校の保護者に対して民間の調査機関の実施した意識調査の結果等を見ても,学校に対する満足度は必ずしも低いものではない。

 しかしながら,一方で,近年,義務教育を巡っては,例えば,いじめ,不登校,校内暴力,学習意欲や学力の低下といった様々な課題が生じてきている。
 このような義務教育の課題について,本分科会の審議においては,主に次のような指摘があった。

児童生徒の発達や意識の変化

  • 教育基本法や学校教育法等の制定時と今日とでは児童生徒の成熟度に差異が大きい。特に,身体的な早熟傾向と体力的・精神的・社会的な面での発達の遅れによるアンバランスが生じている。
  • 何のために学校に行くのかの意識が子どもたちにうまく合っていない。それを考えずに弾力化をすると更に難しい状況になる。

家庭,地域社会の変化

  • 少子化の中で,子どもは大人に取り囲まれて育つこととなり,人間性を鍛える機会が少なくなる。こうした中で,例えば,親から離れた集団型教育など,特に10歳から15歳までの教育をしっかりと行う制度設計が必要となっている。
  • 家庭の教育力や地域共同社会意識が低下している。このために,学校教育への期待が増し,これに応(こた)えるための学校現場の加重負担感が広がっている。

学校の教育活動の課題

  • 学校教育の中での躓(つまづ)きに十分な手当てがなされなかったことなどへの一種の反抗の表れとして,不登校にいたるケースやいわゆる学級崩壊にいたるケースもあるのではないか。
  • 学校での指導について,言語による指導に加え,子どもの発達を踏まえつつ多様なメディアの活用を図るなど,学びの方法論を考えることが必要である。
  • 社会の変化に従って教育も変化すべきものであるが,選抜のための入試が高校教育や義務教育を歪めている。
  • 1990年代,高い理念を掲げ,多くのエネルギーを注いできたにもかかわらず,教育改革が実効あるものとなっていない。例えば,第一に,いわゆる「公私間格差」と社会階層間の不平等の問題,第二に,公立学校において,「教え込み」の授業に対する反動から,1990年代に「教えずに考えさせる授業」がよい授業であるとの認識が広がりすぎ,新しいタイプの「わからない授業」を生んでいること,第三に,特に一部の私立学校における教育が必ずしも教育改革の流れに沿ったものとはなっていないことが挙げられる。
  • 社会の階層分化とも言える状況が進む中で,教育上困難な状況にある人たちにもっと目を配り,義務教育としてのミニマムをどうするかを考えないと親の不安は解消されない。
  • 学校教育において十分な基礎基本を身に付けられず,知識や技能,意欲を欠いたまま社会に出されることが,NEET(就労もせず,就学もせず,職業訓練も受けていない者)と呼ばれる若者の増加の一因とも考えられる。
  • 我が国では学校教育において学ぶことへの動機付けが必ずしも十分でないため,大人になってから学んだり知的好奇心を持ったりすることが少なく,例えば,国際比較調査の結果によれば,成人の科学技術に関するリテラシーや関心は極めて低い。

 また,以上のような課題に対応するための前提条件として,とりわけ,国民教育としての義務教育の教育内容・教育水準を確保することは,各地方のみでなし得ることではなく,最終的には国が責任を持って行わなければならないものであり,国民の教育を受ける権利を国家として保障するための財政基盤が保障されることが必要であることを強調する意見が多かった。さらに,義務教育の成否の鍵を握るのは教員であり,優れた資質を持つ教員を必要十分な数だけ確保することは,義務教育を支えるための不可欠の条件であることを指摘する意見があった。

 また,課題に対応するための検討の視点について,主に次のような意見があった。

  • 46答申以来,早熟化などの影響で制度と現実が齟齬(そご)をきたしている部分があり,時代に応じて学校も変わるべきと言われ続けてきた。何を押さえて何を変えればいいのかを議論すべき。
  • 義務教育制度は近代化(産業化社会・工業化社会)とともに誕生し発展し成熟してきたが,近代化が終焉を迎え,ポスト工業化社会・高度情報化社会・知識基盤社会に転換しつつある以上,義務教育のシステムも内容も変革の対象として例外ではありえない。
  • 子どもの心身の発達の状況は多様で,しかも顕著であり,その発達の状況に即した義務教育の在り方を追求しなければならない。
  • 義務教育は皆が同じでなければならないという国民学校令のトラウマを乗り越えないと今の社会の矛盾は乗り越えられない。義務教育について,いろいろな制度が並存していること(複線化)が必要なのではないか。
  • 国民の教育を受ける権利について,憲法に,「その能力に応じて,ひとしく」と規定されていることの意味を踏まえた教育の在り方を考える必要がある。ただし,ノーマライゼイションの理念に照らせば,その中に身体的な能力も含めて捉えることは適当でない。
  • 義務教育を受ける子どもの中には,特別支援教育を必要とするなど多様な子どもがいることを前提にした仕組みが必要である。
  • 義務教育については,水準の平準化も大事だが,今後は地域に根ざした参画型の教育が重要であり,保護者や地域が不平を言うだけでなく,学校と協力して自ら汗を流す仕組みとすることが必要である。
  • 教員資格を持たない人も学校の教育活動を補助するなど,地域の多様な人材が学校に参画し,学校を支えていくような取組を更に拡充する方向を考えるべき。
  • 校長が指導力を発揮できるよう、教育委員会からの権限の委譲を進めることも検討すべき。
  • 社会の変化や保護者の意識の変化に対応し,義務教育制度全般にわたって見直しを行うことは重要だが,急速な制度改革は影響する範囲が大きく,特に地方から見て,今の段階ではそのニーズは乏しいと思われる。
  • まず制度改革ありきではなく,今どんな問題が生じていて,それに対応するためには何を改革すべきか,改革のプラス面,マイナス面は何かという順で議論すべき。
  • 公立学校に入っても,地域の数学教室や科学教室でレベルの高い教育を受け,私立学校に行かなくても十分な学力を身に付けることができる環境をつくるべき。「教育の多様化と選択」「就学時期の弾力化」「理解が進んでいる子どもへの対応(飛び級など)」も,その目的からすれば,学校教育制度を変えるより,地域教育による補充を考える方がコストと副作用は小さい。

 今後,世界的な規模で知識基盤社会への移行が一層急速に進むことが予想されている。こうした中で,一人一人が豊かで充実した生涯を送るとともに,我が国社会がその活力を維持し,国際社会に貢献していくためには,国家・社会の形成者として最低限求められる基礎的・基本的な資質・能力の上に,豊かな創造性や高度な専門能力等を身に付けた人材の育成が不可欠である。
 そのためには,人材育成の基盤である義務教育制度が現在直面する様々な課題を克服し,新しい時代にふさわしい教育を実現することが急務である。
 このため,まず,国家・社会の形成者として最低限身に付けることが求められる基礎的・基本的な資質・能力とは何か,言い換えれば,義務教育の目的,目標とは何かについて明確にした上で,こうした目的,目標をより良く実現するための制度の具体的な在り方を検討し,必要な改革に取り組む必要がある。
 同時に,学校や行政だけの取組では教育改革は成し遂げ得ない。子どもたちが将来に夢を持ち,健やかに育っていくためには,彼らを取り巻く家庭や地域が,学ぶことや努力を大切にする公正・公平な社会であり,かつ,人間性にあふれた社会であり,さらには子どもたちを見守り育てていくことの責任を共有する社会でなければならないことを,すべての大人が今一度認識する必要がある。

お問合せ先

初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室

(初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室)