21世紀は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す、いわゆる「知識基盤社会」(knowledge-based society)の時代であると言われる。
これからの「知識基盤社会」においては、高等教育は、個人の人格の形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保等の国家戦略の上でも、極めて重要である。国際競争が激化する今後の社会では、国の高等教育システムないし高等教育政策そのものの総合力が問われることとなる。国は、将来にわたって高等教育につき責任を負うべきである。
特に、人々の知的活動・創造力が最大の資源である我が国にとって、優れた人材の養成と科学技術の振興は不可欠であり、高等教育の危機は社会の危機でもある。我が国社会が活力ある発展を続けるためには、高等教育を時代の牽引車として社会の負託に十分に応えるものへと変革し、社会の側がこれを積極的に支援するという双方向の関係の構築が不可欠である。
18歳人口が減少を続ける中、大学・短期大学の収容力(入学者数/志願者数)は平成19(2007)年には100%に達するものと予測される(従前の試算より2年前倒し)。
18歳人口が約120万人規模で推移する一方で、大学・学部等の設置に関する抑制方針が基本的に撤廃されたこと等により、「進学率」の指標としての有用性は減少し、主として18歳人口の増減に依拠した高等教育政策の手法はその使命を終え、「高等教育計画の策定と各種規制」の時代から「将来像の提示と政策誘導」の時代へと移行する。
国の今後の役割は、1.高等教育のあるべき姿や方向性等の提示、2.制度的枠組みの設定・修正、3.質の保証システムの整備、4.高等教育機関・社会・学習者に対する各種の情報提供、5.財政支援等が中心となろう。
様々な変化を背景に、全体規模の面のみからすると、高等教育についての量的側面での需要はほぼ充足されてきており、同年齢の若年人口の過半数が高等教育を受けるというユニバーサル段階の高等教育が既に実現しつつあるとも言える。しかし、今後は、分野や水準の面においても、誰もがいつでも自らの選択により学ぶことのできる高等教育の整備、即ち、学習機会に着目した「ユニバーサル・アクセス」の実現が重要な課題である。
今後、少子化の影響等により、在籍者数が大幅に減少して経営が困難となる機関も生ずることが予想される。中には、学校の存続自体が不可能となることもあり得る。その際には、特に在学生の就学機会の確保を最優先に対応策が検討されるべきであり、そのための関係機関の協力体制が必要である。
大都市部における過当競争や地域間格差の拡大によって教育条件の低下やアクセスに関する格差の増大等を招くことのないような方策を講ずることは重要な課題である。その際、人材の流動性や遠隔教育の普及等とともに、地方の高等教育機関は地域社会の知識・文化の拠点としての役割をも担っていることに留意する必要がある。
今後の様々な人材需要に対しては、各高等教育機関が、幅広い基礎的な教育を充実すること、柔軟に教育組織を改組すること、社会人の再教育を充実させること等により対応を図ることが基本である。国は、高等教育機関の自主的・自律的努力を支援するとともに、人材需要見込み等を的確に把握して情報提供する仕組みを整えるべきである。
抑制方針が維持されている医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の5分野の取扱いについては、人材需給見通し等の政策的要請を十分に見極めながら、抑制の必要性、程度や具体的方策について、必要に応じて個別に検討する必要がある。
新時代の高等教育は、全体として多様化して学習者の様々な需要に的確に対応するため、大学・短期大学、高等専門学校、専門学校が各学校種ごとにそれぞれの位置づけや期待される役割・機能を十分に踏まえた教育や研究を展開するとともに、各学校種においては、個々の学校が個性・特色を一層明確にしていかなければならない。
特に大学は、全体として
1.世界的研究・教育拠点、2.高度専門職業人養成、3.幅広い職業人養成、4.総合的教養教育、5.特定の専門的分野(芸術、体育等)の教育・研究、6.地域の生涯学習機会の拠点、7.社会貢献機能(地域貢献、産学官連携等)
等の各種の機能を併有するが、各大学ごとの選択により、保有する機能や比重の置き方は異なる。その比重の置き方が各機関の個性・特色の表れとなり、各大学は緩やかに機能別に分化していくものと考えられる。(例えば、大学院に重点を置く大学やリベラル・アーツ・カレッジ型大学等)
18歳人口が約120万人規模で推移する時期にあって、各大学は教育・研究組織としての経営戦略を明確化していく必要がある。
高等教育の将来像を考える際には、初等中等教育との接続にも十分留意する必要がある。その際、入学者選抜の問題だけでなく、教育内容・方法等を含め、全体の接続を考えていくことが必要であり、初等中等教育から高等教育までそれぞれが果たすべき役割を踏まえて一貫した考え方で改革を進めていく視点が重要である。また、より良い教員養成の在り方についても検討していく必要がある。
このため、各大学は、入学者受入方針(アドミッション・ポリシー)を明確にし、選抜方法の多様化や評価尺度の多元化の観点を踏まえ、適切に入学者選抜を実施していく必要がある。また、教育の実施や卒業認定・学位授与に関する方針(カリキュラム・ポリシーやディプロマ・ポリシー)を明確にし、教育課程の改善や「出口管理」の強化を図ることも求められる。
生涯学習との関連でも、高等教育機関は履修形態の多様化等により、重要な役割を果たすことが期待される。
国内外の高等教育機関の国際展開等の国際化の進展や情報通信技術の発達、e-Learningの普及等の中で、各高等教育機関は個性・特色の明確化を一層進める必要がある。
高等教育の量的側面での需要がほぼ充足されてくる一方、特に大学設置に関する抑制方針の撤廃や準則主義化等もあり、大学等の新設や量的拡大も引き続き予想され、また、各高等教育機関が個性・特色を明確にしながら、大学が自律的選択に基づいて機能別に分化するなど全体として多様化が一層進むにつれて、学習者の保護や国際的通用性の保持のため、高等教育の質の保証が重要な課題となる。
個々の高等教育機関は、教育・研究活動の改善と充実に向けて不断に努力することが大切である。また、高等教育の質の保証の仕組みを整えて効果的に運用することは、国としての基本的な責務である。
高等教育の質の保証の仕組みとしては、事後評価のみでは十分ではなく、事前・事後の評価の適切な役割分担と協調を確保することが重要である。設置認可制度の位置づけを一層明確化して的確に運用するとともに、認証機関による第三者評価のシステムを充実させるべきである。
個々の高等教育機関が質の維持・向上を図るためには、自己点検・評価がまずもって大切である。
また、教育内容・方法や財務状況等に関する情報や設置審査、認証評価、自己点検・評価により明らかとなった課題や情報を当該機関が積極的に学習者に提供するなど、社会に対する説明責任を果たすことが求められる。
大学は、学術の中心として深く真理を探求し専門の学芸を教授研究することを本質とするものであり、その活動を十全に保障するため、伝統的に一定の自主性・自律性が承認されていることが基本的な特質である。
このような特質を持つ大学は、今後の知識基盤社会において、公共的役割を担っており、その社会的責任を深く自覚する必要がある。
国際的通用性のある大学教育または大学院教育の課程の修了に係る知識・能力の証明としての学位の本質を踏まえつつ、今後は、教育の充実の観点から、学部や大学院といった組織に着目した整理を、学士・修士・博士・専門職学位といった学位を与える課程中心の考え方に再整理していく必要があるのではないか。
大学が、人材育成と学術研究の両面において、本来の使命と役割をより積極的かつ効果的に果たしていくためには、常に教員組織の在り方が最も適切なものとなるよう努力していくことが必要である。現行制度では、大学教員の基本的な職として、教育・研究を主たる職務とする職である教授及び助教授とともに、主たる職務が教育・研究か教育・研究の補助かが必ずしも明瞭でない助手の職が定められている。今後はこれを見直し、教育・研究を主たる職務とする教授、准教授の他に新しい職を設けて3種類とするとともに、教育・研究の補助を主たる職務とする職として「(新)助手」を設けることとすることが適当である。また、大学設置基準の講座制や学科目制に関する規定を削除して、教員組織の基本となる一般的な在り方のみを規定し、具体的な教員組織の編制は、各大学が自ら教育・研究の実施上の責任を明らかにしつつ、より自由に設計できるようにすべきである。
学士課程について、各大学には、大学における「教養教育」や「専門教育」等の在り方を総合的に見直して再構築することにより、現状より更に充実した教育を展開することが強く求められる。
学士課程は、「21世紀型市民」の育成・充実を目的としつつ、教養教育と専門基礎教育を中心に主専攻・副専攻を組み合わせた「総合的教養教育型」や「専門教育完成型」など、様々な個性・特色を持つものに分化し、多様で質の高い教育を展開することが期待される。教育の充実のため、分野ごとにコア・カリキュラムが作成されることが望ましい。また、コア・カリキュラムの実施状況は機関別・分野別の大学評価と有機的に結び付けられることが期待される。
修業年限については、従来通り学士課程を4年かけて卒業する経路のほか、修士・博士・専門職学位課程との関係では、学習経路が多様化し、特に総合的教養教育型において学士課程3年修了による大学院進学という制度が積極的に活用されることが考えられる。
企業採用に向けた就職活動は、大学と産業界の連携の下、学士課程教育に実質的に支障のないよう配慮が必要である。また、修了・卒業直後の1年間での様々な活動経験や短期在外経験等を重視することも期待される。
大学院教育については、課程制大学院制度の趣旨を踏まえて、それぞれの課程の目的・役割を明確にした上で、大学院における教育の課程の組織的展開の強化(大学院教育の実質化)を図る必要がある。
修士課程は、研究者養成(の第1段階)、高度専門職業人養成及び「21世紀型市民」の高度な学習需要への対応の三つの機能を担うものであり、これに沿った体系的な教育課程を編成する必要がある。
博士課程は、創造性豊かな優れた研究・開発能力を持ち、産学官を通じたあらゆる研究・教育機関の中核を担う研究者等及び確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員を養成する。このため、体系的な教育課程を編成する必要がある。
今後の知識基盤社会にあっては、博士号取得者が、研究・教育機関ばかりではなく企業経営、ジャーナリズム、行政機関、国際機関等の多様な場で中核的人材として活躍することが期待される。
専門職学位課程は、法曹、MBA・MOT、公共政策、教員養成等をはじめとして多様なものの創設・拡充が必要である。
短期大学の課程は、ユニバーサル段階の身近な高等教育の一つとして、また、地域と連携協力して多様な学習機会を提供する、知識基盤社会での土台づくりの場として、新時代にふさわしい位置づけが期待され、短期大学の課程の積極的な改革が期待される。これらの点を踏まえつつ、短期大学における教育の課程修了を学位取得に結びつけるよう制度改正を行うことが適切である。
高等専門学校は、5年一貫の実践的・創造的技術者等の養成という教育目的や、早期からの体験重視型の専門教育等の特色を一層明確にしつつ、今後とも応用力に富んだ実践的・創造的技術者等を養成する教育機関として重要な役割を果たすことが期待される。
現在、高等専門学校の単位については、教室内における30時間の履修を1単位として計算されているが、授業形態・指導方法の多様性や自学自習による教育効果も考慮した単位計算方法を導入することが適切である。
知識・技術等の高度化や専門特化した技術者養成等のため、修業年限の長期化・多様化に伴い、専門学校の高等教育機関としての性格も短期から長期まで様々なものに拡大してきている。一方で、実践的な職業教育・専門技術教育機関としての専門学校の性格を明確化し、その機能を充実することが期待される。
誰もがアクセスしやすい柔軟な高等教育システムを構築し、学習者の立場に立って相互の接続の円滑化を図る一環として、一定の要件を満たすと認められた専門学校を卒業した者に対して大学院入学資格を付与することが適切である。
国公私立大学がそれぞれに特色ある教育・研究を展開していくことは、21世紀初頭における社会の多様な要請等に国公私立大学全体で適切に応えていくというだけでなく、高等教育全体の活性化の上からも重要である。
各大学ごとの個性・特色は、国公私を問わず、各大学自らの選択に基づくものであるが、国公私それぞれを全体として見た場合の特色を意識しておくことは、高等教育の発展と国公私それぞれへの支援の在り方を考える上で、今日でもなお十分に意義を有するものと考えられる。
現在、構造改革特区において認められている株式会社立大学の今後の位置づけ等については、「高等教育の質」の保証や株式会社の特性といった観点を念頭に置きつつ、特区における実施状況に関し、公共性・継続性・安定性等についての検証・評価を十分に時間をかけて慎重に行った上で、改めて検討する必要がある。
国は、教育・研究条件の維持・向上や学生支援の充実等により学習者の学習機会の保障に努めるべきである。また、学生個人のみならず現在及び将来の社会も高等教育の受益者である。このため、高等教育への公財政支出の拡充とともに民間企業や個人等からの資金の積極的導入に努めることが必要である。
今後、我が国においては、高等教育に対する公的支出を欧米諸国並みに近づけていくよう最大限の努力が払われる必要がある。その際、厳しい財政状況や高等教育への社会の負託をも踏まえつつ、全ての関係者が、国民(=納税者)の理解を得られるよう説明責任を十分果たしていく必要がある。
高等教育への財政的支援は、国内的のみならず国際的な競争的環境の中にあって、高等教育機関が持つ多様な機能に応じた形にシフトし、機関補助と個人補助の適切なバランス、基盤的経費助成と競争的資源配分を有効に組み合わせることにより、多元的できめ細やかなファンディング・システムが構築されることが期待される。これにより、国公私それぞれの特色ある発展と緩やかな役割分担、質の高い教育・研究に向けた適正な競争が目指されるべきである。
具体的には、1.国立大学については、教育・研究の特性に配慮しつつ、それぞれの経営努力を踏まえて、政策的課題(地域再生への貢献、新たな需要を踏まえた人材養成、大規模基礎研究等)への各大学の個性・特色に応じた取組を支援すること、2.私立大学については、基盤的経費の助成を進める。その際、国公私にわたる適正な競争を促すという観点を踏まえ、各大学の個性・特色に応じた多様な教育・研究・社会貢献の諸活動を支援すること、3.公立大学については、地域における知の拠点としての機能を発揮できるよう支援すること、4.国公私を通じた競争的・重点的支援の拡充により、積極的に改革に取り組む大学等をきめ細やかに支援すること、5.民間企業を含めた研究開発のための公的資源配分を大学等にも開放すること、6.競争的資源配分の間接経費の充実により、機動的・戦略的な機関運営を支援すること、7.奨学金等の学生支援を充実すること等が重要である。
国の今後の役割は、1.高等教育のあるべき姿や方向性等の提示、2.制度的枠組みの設定・修正、3.質の保証システムの整備、4.高等教育機関・社会・学習者に対する各種の情報提供、5.財政支援等が中心となろう(再掲)。その際、大学の自律性に十分配慮し簡素で効率的な高等教育行政となるよう留意する必要がある。
今後、教育基本法及び教育振興の在り方が検討される際には、このような高等教育の振興方策についての考え方を十分に踏まえることが期待される。
地方公共団体と国公私立を通じた地域の大学全体との関係については、委託研究等の産学官(公)連携の推進や学校教員の養成、公開講座の実施等につき、有機的な連携を図ることが期待される。地方公共団体が公立大学を設置し管理運営を行う場合には、例えば公立大学法人制度を活用するなどして、大学の自律性を十分に尊重しながら、より一層の教育・研究機能の強化に向けた改革努力を支援することが期待される。
産業界は、学士・修士・博士等の学位取得者の採用・処遇に関し、それぞれの学位の種類に応じた取扱いがなされるよう、十分に配慮することが期待される。
また、人材の流動化を一層促進し我が国社会の活性化を図るためには、産業界が社会人の大学院等への進学・再入学を積極的に支援することが重要である。
さらに、研究開発を自社内部で完結させる「自前主義」には効率性や競争力確保の上でも限界があることから、各企業の経営・研究開発戦略において、大学との共同研究や技術移転等の産学官連携を柱の一つとして明確に位置づけ、国内の大学を一層積極的に評価・活用することが期待される。
このような産業界の取組を促進するため、高等教育機関側と産業界側の情報交換の場を設けることは極めて重要である。
将来像の主な内容を柱として、関連施策についての考え方を整理。
高等教育局高等教育企画課高等教育政策室