第1部 総論

(1)義務教育の目的・理念

 変革の時代であり、混迷の時代であり、国際競争の時代である。
 このような時代だからこそ、一人一人の国民の人格形成と国家・社会の形成者の育成を担う義務教育の役割は重い。
 国は、その責務として、義務教育の根幹(1.機会均等、2.水準確保、3.無償制)を保障し、国家・社会の存立基盤がいささかも揺らぐことのないようにしなければならない。

  • 憲法第26条は、すべての国民に教育を受ける権利を保障し、また、その権利を実現するために、義務教育の制度が設けられている。
     義務教育の目的は、一人一人の国民の人格形成と、国家・社会の形成者の育成の二点であり、このことはいかに時代が変わろうとも普遍的なものである。
  • 子どもたち一人一人が、人格の完成を目指し、個人として自立し、それぞれの個性を伸ばし、その可能性を開花させること、そして、どのような道に進んでも、自らの人生を幸せに送ることができる基礎を培うことは、義務教育の重要な役割である。
     自らの頭で考え、行動していくことのできる自立した個人として、変化の激しい社会を、心豊かに、たくましく生き抜いていく基盤となる力を、国民一人一人に育成することが不可欠である。
  • 同時に、義務教育は、民主的、平和的な国家・社会の形成者として必要な国民としての資質を育成することをその責務としている。
     文化・政治・経済・科学・技術などあらゆる面において、これからの社会の在り方は、それを担う人材によって決定される。
     我が国が、変動の激しいこれからの時代において、今後とも国際的な競争力を持つ活力ある国家として、また、世界に貢献する品格ある文化国家として発展するためには、国民一人一人が、そのような国家・社会の形成者として、それぞれの分野で存分に活躍することのできる基盤を、義務教育を通じて培う必要がある。
  • こうした義務教育の目的に照らせば、学校は、知・徳・体のバランスのとれた質の高い教育を全国どこでも提供し、安心し信頼して子どもを託すことのできる場でなければならない。
     国民が質の高い教育をひとしく受けることができるよう、憲法に定められた機会均等、水準確保、無償制という義務教育の根幹は、国がその責務として保障する必要がある。
     特に、現代社会では、すべての国民に地域格差なく一定水準以上の教育を保障する義務教育制度の充実は、格差の拡大や階層化の進行を防ぐセーフティ・ネットとして、社会の存立にとって不可欠なものとなっている。
  • 変革の時代であり、混迷の時代であり、また、国際競争の時代でもある今日、人材育成の基盤である義務教育の根幹は、これまでのどの時代よりも強靭なものであることが求められる。
     教育を巡る様々な課題を克服し、国家戦略として世界最高水準の義務教育の実現に取り組むことは、我々の社会全体に課せられた次世代への責任である。

(2)新しい義務教育の姿

 学ぶ意欲や生活習慣の未確立、後を絶たない問題行動など義務教育をめぐる状況には深刻なものがある。公立学校に対する不満も少なくない。
 我々の願いは、子どもたちがよく学びよく遊び、心身ともに健やかに育つことである。
 そのために、質の高い教師が教える学校、生き生きと活気あふれる学校を実現したい。
 学校の教育力、すなわち「学校力」を強化し、「教師力」を強化し、それを通じて、子どもたちの「人間力」を豊かに育てることが改革の目標である。

  • 学ぶ意欲や生活習慣の未確立、後を絶たない問題行動など義務教育をめぐる状況には深刻なものがある。学力低下への懸念、塾通い等、特に公立学校に対する不満は少なくない。それらは時代や社会の変化に起因するものもあるが、学校教育、教育行政が十分対応できなかったことも否めない。
     義務教育は子どもが成長発達していく上で不可欠な学力、体力、道徳性を養う責任を担っている。義務教育の失敗は、国家・社会の存立基盤を揺るがすことになる。
  • 小・中学校等の義務教育学校は、保護者や地域の期待に応え、子どもの社会的自立を支え、一人一人の多様な力と能力を最大限伸ばす場とならなければならない。
  • 我々は、これからの新しい義務教育の姿として、子どもたちがよく学びよく遊び、心身ともに健やかに育つことを目指し、高い資質能力を備えた教師が自信を持って指導に当たり、そして、保護者や地域も加わって、学校が生き生きと活気ある活動を展開する、そのような姿の学校を実現することが改革の目標であると考える。
     学校の教育力(「学校力」)を強化し、教師の力量(「教師力」)を強化し、それを通じて、子どもたちの「人間力」の豊かな育成を図ることが国家的改革の目標である。
     学校は、目指す教育の目標をこれまで以上に明確に示し、それに即して、子どもたちに必要な学力、体力、道徳性をしっかりと養い、教育の質を保証することが求められる。指導力不足など問題のある教師が教壇に立つことがないようにし、優れた教師を称え、信頼され尊敬される教師が指導に当たる学校にならなければならない。
  • 同時に、これからの学校は、保護者や地域住民の意向を十分反映する、信頼される学校でなければならない。また、学校運営協議会(コミュニティ・スクール)や学校評議員の積極的活用を通じて、保護者や地域住民の学校運営への参画を促進することも求められる。教育を提供する側からの発想ではなく、教育を受ける側である保護者や子どもの求める質の高い教育の場となる必要がある。教育現場の意識改革がその鍵を握っている。
  • 義務教育の改革を通じて、子どもたちが、知力、体力を身に付け、徳を備えた人間として成長し、それぞれの志や希望を実現して幸せをつかむとともに、我が国が活力と誇りに満ちた、世界から尊敬される国として発展することが可能になるものと確信する。

(3)義務教育の構造改革

 今こそ、義務教育の構造改革が必要である。
 義務教育システムについて、1.目標設定とその実現のための基盤整備を国の責任で行った上で、2.市区町村・学校の権限と責任を拡大する分権改革を進めるとともに、3.教育の結果の検証を国の責任で行い、義務教育の質を保証する構造に改革すべきである。

  • 新しい義務教育の実現に向けて、現在の教育システム全体を真摯に検証することが必要である。我が国の義務教育の良さや強みは維持する一方、これまでの政策について、実証的な立場から検証し、反省すべき点は反省し、改めるべき点は改めるという姿勢に立って、義務教育の構造改革に取り組むことが求められる。
  • 義務教育の構造改革の基本方向として、1.国が明確な戦略に基づき目標を設定してそのための確実な財源など基盤整備を行った上で、2.教育の実施面ではできる限り市区町村や学校の権限と責任を拡大する分権改革を進めるとともに、3.教育の結果について国が責任を持って検証する構造への転換を目指すべきである。
     いわば国の責任によるインプット(目標設定とその実現のための基盤整備)を土台にして、プロセス(実施過程)は市区町村や学校が担い、アウトカム(教育の結果)を国の責任で検証し、質を保証する教育システムへの転換である。
  • こうした義務教育の構造改革により、国の責任でナショナル・スタンダードを確保し、その上に、市区町村と学校の主体性と創意工夫により、ローカル・オプティマム(それぞれの地域において最適な状態)を実現する必要がある。
     国の責任と分権改革は、車の両輪である。両者が相まって、時代を切り拓く新しい義務教育を実現する必要がある。

(4)国、都道府県、市区町村の役割の明確化と協力関係の強化

 義務教育の中心的な担い手は、学校である。
 国、都道府県、市区町村の協力で、学校を支えなければならない。
 国は義務教育の根幹保障の責任を、また、都道府県は域内の広域調整の責任を十全に果たした上で、市区町村、学校が、義務教育の実施主体として、より大きな権限と責任を担うシステムに改革する必要がある。

  • 現実の教育の在り方を考えるとき、子どもたちの最も身近なところで教育活動を担っているのは学校であり、市区町村である。
     義務教育の構造改革に当たっては、こうした学校や市区町村が、それぞれの地域の状況を踏まえた最適な教育を行うことができるよう、できる限りその権限と責任を拡大する改革を進めることが必要である。
     併せて、教育委員会と学校との関係をより良いものにすることにより、自立して質の高い教育を提供する学校を実現することが必要である。
     義務教育について、今後求められる分権改革の重点は、都道府県から市区町村への分権、教育委員会から学校への権限移譲である。
  • 同時に、義務教育は、国家・社会の存立基盤であり、国全体で共同して支えることが不可欠である。
     全国的に一定水準の教育を保障する最終的な責任は、国が担うべきものである。国は、その責務として、各学校、市区町村が創意あふれる教育に取り組むために必要な基盤整備を行う必要がある。
  • 国、都道府県、市区町村の役割を明確にし、三者の協力関係を強化した上で、学校の存分な取組を支援する仕組みが必要である。
     すなわち、国が義務教育の根幹を保障する観点から、また、都道府県が域内の広域調整の観点から、それぞれの役割を十全に果たした上で、市区町村、学校が、義務教育の実施主体として、これまで以上に多くの権限と責任を持つシステムへの転換を図る必要がある。

(5)義務教育の基盤整備の重要性

 義務教育を支える基盤整備は確固たるものでなければならない。
 そのため財源措置を含め、国・都道府県・市区町村がそれぞれの役割と責任を果たすことが必要である。
 とりわけ重要なのは教職員である。
 教育の成否は、資質能力を備えた教職員を確実に確保できるか否かにかかっている。
 教職員の養成、配置、給与負担の在り方は、教育基盤の中で最も重要なものである。

  • 義務教育の構造改革を行い、質の保証・向上を図る上で、それを支える教育基盤の整備は極めて重要である。教職員の養成・配置、学校施設、設備、教材などの教育基盤は確固たるものである必要がある。そのため財源措置を含め、国・都道府県・市区町村がそれぞれの役割と責任を果たすことが必要である。
  • とりわけ重要なのは教職員である。
     教育は、教師と子どもたちとの人格的ふれあいを通じて行われる営みである。
     人間は教育によってつくられると言われるが、その教育の成否は教職員にかかっていると言っても過言ではない。
     どの国においても、教職員の質と量を確保するための戦略は大きな課題である。
     資質能力を備えた教職員を安定的に確保できるか否か、教職員が安心して職務に従事できる環境があるか否か、教職員を尊敬する社会であるか否かは、教育の成否の鍵を握る問題である。
  • 義務教育こそ、外交や防衛とともに国が担うべき最重要政策であり、そのために必要な教育費の総額は確実に確保されなければならない。
     特に、機会均等や水準の維持向上などの義務教育の根幹を保障するためには、優れた教職員の必要数を全国どこでも確保できることが不可欠である。
     教職員の人件費は義務教育費全体の四分の三を占める最大の要素であり、教職員の養成、配置や給与負担の在り方は、教育基盤の中で最も重要なものである。

(6)義務教育の費用負担の在り方

 義務教育の構造改革を推進すると同時に、義務教育制度の根幹を維持し、国の責任を引き続き堅持するためには、国と地方の負担により義務教育の教職員給与費の全額が保障されるという意味で、現行の負担率二分の一の国庫負担制度は優れた保障方法であり、今後も維持されるべきである。その上で、地方の裁量を拡大するための総額裁量制の一層の改善を求めたい。
 教材購入費や図書購入費など教育環境整備に不可欠な経費も、その総額が確実に確保されるよう努める必要がある。
 公立学校施設の整備についても、地方の自由度を拡大した上で国として目的を特定した財源を保障する必要がある。特に、子どもの生命の安全を守るため、耐震化は国が責任を持って推進すべきである。

  • 義務教育の経費の大半を占める教職員の確保と適正配置のため、昭和15年に義務教育費国庫負担法が成立しており、国と地方の共同により教職員給与費を負担している(終戦後の昭和25~27年度にシャウプ勧告により一時的に廃止されたが、全国知事会からの要請もあり昭和28年度に復活)。これにより、教職員給与費として都道府県が実際に支出した額の二分の一を国が負担することを通じて、教職員人件費の総額確保が果たされている。
     また、負担金の交付に当たって、地方の裁量を拡大する仕組み(総額裁量制)も導入されている。
  • 平成16年11月の政府・与党合意「三位一体の改革について」において、義務教育制度の根幹を維持し、国の責任を引き続き堅持する方針の下、費用負担についての地方案を活かす方策と、教育水準の維持向上を含む義務教育の在り方の検討が、中央教育審議会に求められた。
  • 地方六団体は、義務教育費国庫負担金の全額を廃止し税源移譲の対象とすることを前提として、まず中学校分8,500億円に係る負担金を移譲対象補助金とすることを求めている。一方、平成17年度には1,044の市区町村(全国の市区町村の47パーセント)の議会から義務教育費国庫負担制度の堅持を求める意見書が提出されている(10月25日現在)。これは平成16年度から通算すると全国の市区町村の65パーセントに達する。
     中央教育審議会は、義務教育制度の根幹を維持し、国の責任を引き続き堅持する方針の下で、地方の意見を真摯に受け止め、費用負担についての地方案を活かす方策について審議を行った。
  • 地方六団体から推薦された委員(以下「地方六団体委員」という。)は、国が義務標準法や学習指導要領を定めた上で、税源移譲による一般財源化を行って、地方の自由度を拡大し、自らの責任と判断で義務教育を運営する方法が地方分権の観点からも最も適切であるとの意見を述べた。
     しかし、多くの意見は、地方公共団体間の財政力格差や教育格差が生じることを懸念するものであった。税源移譲を行った場合、47の都道府県のうち40の道府県で義務教育費国庫負担金による配分額よりも税源移譲額が下回ることが推計されている。
  • 一方、義務教育の質の向上のためには、最も確実性・予見可能性の高い方法を選択すべきであり、そのためには義務教育に使途が特定された財源保障の制度、すなわち国庫負担制度が不可欠であるとの意見が多く出された。
  • 義務教育の主たる経費である教職員の給与を保障する方法としては、1.全額を国庫負担する制度、2.現行の国庫負担制度のように国と地方が負担割合を法定し、それにより給与費の全額が保障される制度、3.全額一般財源化により、地方が全額を負担する制度、などが考えられる。
  • 義務教育の機会均等と水準の維持向上を図ることは国の存立に関わるもっとも重要な基本政策である。義務教育の成果は、一地方にとどまらず、国全体に関わるものであり、義務教育の経費はこの観点から考えられなければならない。また、教育の質の向上のためには、教職員が安心して職務に従事できる基盤の保障と強化が重要である。
  • 義務教育の構造改革を推進すると同時に、義務教育制度の根幹を維持し、国の責任を引き続き堅持するためには、国と地方の負担により義務教育の教職員給与費の全額が保障されるという意味で、現行の負担率二分の一の国庫負担制度は、教職員給与費の優れた保障方法であり、今後も維持されるべきである。その上で、地方の裁量を拡大するための総額裁量制の一層の改善を求めたい。
  • 中学校に係る国庫負担金を対象から外すという考え方については、同じ義務教育である小学校と中学校の教職員の取扱いを分けることになり、合理性がなく、適当ではない。
  • 教材購入費や図書購入費など教育環境整備に不可欠な経費についても、国と地方の協力により、その総額が確実に確保されるよう努める必要がある。
  • さらに、重要な教育基盤である公立学校施設の整備は、大きな地域間格差が生じてはならないものであり、地方の自由度を拡大した上で国として目的を特定した財源を保障する必要がある。特に、子どもの生命の安全を守るため、耐震化は国が責任を持って推進すべきである。
  • 地方六団体が目指す教育の地方分権についての提案は、本答申を貫く一つの理念として十分尊重されている。学校や市区町村が、特色ある教育活動、柔軟な学級編制などを行い、それぞれの地域の伝統や独自の文化を生かし、個性ある多様な人材を育てることが重要である。それは、学校とその設置者である市区町村の裁量権限と自由度の拡大を進めることにより実現されるものであり、義務教育費国庫負担金や公立学校施設整備費負担金等を通じ国がその財源を担保することが重要であると考える。

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