第2章 新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について

1.教育基本法見直しの必要性

(1)教育基本法見直しの視点

○ 新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方を検討する前提として、本審議会は、まず前章において、1教育の現状と課題、2教育の役割と継承すべき価値、3新しい時代の展望、4これからの教育の目標、について検討してきた。そして、これらを踏まえて、新しい教育基本法がどうあるべきかについて、現行の教育基本法の成立過程を含め全体にわたって幅広く検討を行った。

○ その結果、現行の教育基本法を貫く「個人の尊厳」「真理と平和」「人格の完成」などの理念は、憲法の精神に則(のっと)った普遍的なものであり、新しい時代の教育の基本理念として大切にしていく必要があると考える。しかしながら、現行法には、新しい時代を切り拓(ひら)く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた。その主な点は次の通りである。

1.国民から信頼される学校教育の確立

(一人一人の個性に応じてその能力を最大限に伸ばす視点)

自己実現を目指す自立した人間の育成を図るためには、基礎・基本となる学力と学ぶ意欲をしっかりと身に付けた上で、一人一人の個性に応じたきめ細やかな教育を行い、その能力を最大限に伸ばしていくという視点が重要である。しかしながら、これまでの教育においては、専ら結果の平等を重視する傾向があり、そのことが過度に画一的な教育につながったとの指摘がある。

(豊かな心と健やかな体をはぐくむ視点)

豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成を図るためには、道徳や芸術など情操を豊かにする教育や、体育をはじめとする健やかな体を養うための教育を重視する視点が重要である。

(グローバル化、情報化、地球環境、男女共同参画など時代や社会の変化への対応の視点)

これからの教育の目標を達成するためには、グローバル化や情報化、地球環境問題への対応や男女共同参画社会の実現など時代や社会の変化によって生じてくる新たな課題について、教育上的確に対応していくことが重要である。しかしながら、教育基本法にはこのような視点が明示されていない。

2.「知」の世紀をリードする大学改革の推進

これからの国境を越えた大競争時代に、我が国が世界に伍(ご)して国際競争力を発揮するためには、「知」の世紀をリードする創造性に富んだ多様な人材の育成が不可欠であり、そのために大学は改革を推進し、重要な役割を担うことが期待されている。しかしながら、教育基本法は義務教育など初等中等教育中心であり、大学の役割が明示されていない。

3.家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・協力の推進

これからの教育の目標を達成するためには、教育の原点である家庭教育の重要性を再認識して、その役割を明確にするとともに、学校だけではなく、家庭・地域社会を含めた三者が、十分に連携・協力して子どもの教育に当たることが重要である。しかしながら、教育基本法には、このような視点が明示されていない。

4.「公共」に関する国民共通の規範の再構築

(「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵(かん)養の視点)

人は、一人だけで安全に生きていくことができるものではない。自らの生命や自由を守り、幸福を追求するためには、個人が集まり、その信託によって社会や国という「公共」を形作り、それを通じて自らの安全や権利を享受できるようにすることが必要なのである。そして、このような「公共」を作り、維持することができるのは、その構成員であり主権者である国民一人一人であって、ほかのだれでもない。
このことを踏まえ、21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成を図るためには、政治的教養(政治に関する知識や判断力、批判精神など)に加えて、国や社会など「公共」に主体的に参画したり、共通の社会的なルールを作り、それを遵守する義務を重んずる意識や態度を涵(かん)養することが大切であり、個人の尊重との調和を図ることが重要である。また、地球環境問題など、国境を越えた人類共通の課題が顕在化し、国際的規模にまで拡大している現在、互恵の精神に基づきこうした課題の解決に積極的に貢献しようという、新しい「公共」の創造への参画もまた重要となっている。

(日本人のアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)の視点、国際性の視点)

国際社会を生きる教養ある日本人として、自らが国際社会の一員であることを自覚し国際社会に貢献しようとする意識とともに、自らのアイデンティティの基礎となる伝統、文化を尊重し、郷土や国を愛する心を持つことが重要である。そして、このような自らの国を愛し、平和のうちに生存する権利を守ろうとする国民一人一人の思いが、我が国だけではなく、同じ思いを持つ他国の人々も尊重しなければならないという国際的な視点に通じるものとなる。しかしながら、教育基本法には、このような視点が明示されていない。
また、「公共」に主体的に参画する意識や態度の涵(かん)養を図るためにも、国や社会、その伝統や文化について正しく理解し、愛着を持つことが重要である。

5.生涯学習社会の実現

これからの教育の目標を達成するためには、国民が、その生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が社会で適切に評価されるような生涯学習社会の実現に社会全体として取り組むことが重要である。しかしながら、教育基本法には、このような理念が明示されていない。

6.教育振興基本計画の策定

これからの教育の目標を達成するためには、必要な施策を総合的、体系的に取りまとめる教育振興基本計画を策定し、政府全体で着実に実行を推進することが重要であり、そのための法的根拠が必要である。

なお、前述の見直しの視点を踏まえた教育基本法の見直しの方向は、各事項については、「2  具体的な見直しの方向」においてその詳細を述べているところであるが、今後国民各層の意見を伺いながら、新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について更に検討を進めていく予定である。

(2)教育基本法見直しによる教育改革の推進

○ 教育基本法の見直しについては、「教育基本法を改正しても教育現場が直面する課題が解決するわけではなく、改正する意味がない」等の意見もある。しかし、本審議会としては、教育の基本的な理念・原則を定める教育の根本法としての教育基本法の意義を十分に踏まえ、教育の諸制度や諸施策を個別に論じるだけでは取り上げにくい、教育の目的、学校教育制度の在り方、家庭教育の役割など、教育の根本的な部分について議論を行うことが重要であると考える。今後、更に議論を深めることにより、教育基本法の諸規定を見直すとともに、それを受けて、学校教育法、社会教育法、生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律などに定める具体的な制度等の在り方や学習指導要領など、教育諸制度等の見直しを行うことが必要である。そして、これらの制度的改善は、さらに、個々の学校等における日常の教育活動や、家庭教育の在り方の見直しや改善につながっていくこととなるものである。

○ また、現場の教育課題の解決を目指す上では、上記のように教育基本法の見直し及び関連する諸法令等の改正などの制度的改善を進めることとともに、具体的な施策を総合的、体系的に位置付ける教育振興基本計画を策定することによって、施策面でも実効性のある教育改革を進めていく必要がある。

○ このように、教育の根本法である教育基本法の見直しは、我が国の教育全体に幅広く影響を与えるものである。それゆえ、新しい時代にふさわしい教育の理念となる教育基本法の在り方については、国民的な論議が不可欠である。本審議会は、以下に述べる具体的な見直しの方向に沿って、教育基本法の見直しに取り組むべきであると考えているが、今後、国民の皆様より幅広くご意見をいただき、更に議論を深めてまいりたい。

2.具体的な見直しの方向

○ 本審議会においては、教育基本法の見直しに当たって、

(1)今後の教育においても大切にすべき普遍的な理念は尊重しながら、第1章で述べたこれからの教育の目標を実現するため、新しい教育基本法はどうあるべきかという視点から見直すこと、
(2)現行憲法を前提として見直すこと、

とし、「教育の基本理念」「教育を受ける権利、義務教育等」「国・地方公共団体の責務等」「学校、家庭、地域社会の役割等」「教育上の重要な事項」の5つの観点から幅広く検討を行った。その結果は、以下の(1)~(5)のとおりである。
なお、教育基本法の前文には、法制定の由来、法を貫く新しい教育の基調、法の目的が規定されていることから、前文については、時代状況の変化、教育理念の見直し、理念中心の規定に加えて具体的な制度や施策の根拠規定を盛り込むかどうか、といった教育基本法全体の見直しの考え方が決まった後で、改めて検討することが必要である。
また、教育基本法の見直しに伴う、学校教育法等関係法令の見直しについては、今後、本審議会の関係分科会等において、具体的に検討を進める必要がある。

(1)教育の基本理念

○ 現行の教育基本法は、教育の基本理念として、「教育の目的」及び「教育の方針」を規定している。この「教育の目的」としては、「教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家及び社会の形成者として、心身ともに健康な国民の育成を期して行う」ことが規定されており、平和的な国家及び社会の形成者として有すべき徳目として、「真理と正義」「個人の価値」「勤労と責任」「自主的精神」が掲げられている。これは、「教育の目的」として考えられるすべての徳目を法律に掲げるのではなく、従来の教育に欠けていたと考えられる徳目を特に掲げて強調し、それ以外は「人格の完成」に包含させるという考え方に立ったものである。
また、「教育の方針」については、「教育の目的」を実現するための心構え、配慮事項について規定されているが、これについては、以前より、短い条文の中に多くの内容が凝縮されていて分かりにくいとの意見があった。

○ 本審議会におけるこれまでの議論においては、現行法に掲げられている基本理念に加えて、現在及び将来の教育において重要であり、教育基本法に規定すべきと考えられるものとして、以下の(1)~(7)が挙げられたところである。これらはいずれも、これからの教育において重要な理念であると考えられるが、基本理念として特に何を規定すべきかについては、今後、本中間報告についての国民各界各層からの御意見を十分に踏まえて、引き続き検討していくこととする。その際には、既存の規定との関係や他の理念・原則等の見直しの方向性との関係についても十分留意する必要がある。

○ なお、教育基本法の教育の基本理念等を踏まえ、学校教育法では各学校種ごとの目的、目標が規定されているが、これらも学校教育法制定以来、実質的な見直しは行われていない。教育基本法の見直しに伴ってこれらの規定も見直す必要が生じると考えられるため、今後、本審議会の関係分科会等において検討する必要がある。

(1)個人の自己実現と個性・能力の伸長、創造性の涵(かん)養

教育においては、国民一人一人が自らの生き方、在り方について考え、向上心を持ち、個性に応じて自己の能力を最大限に伸ばしていくことが重要であり、このような一人一人の自己実現を尊重することを明確にする必要があると考える。また、大競争時代を迎え、科学技術の進歩が世界の発展と問題解決の原動力として期待される中で、未知なることに果敢に取り組み、新しいものを生み出していく創造性の涵(かん)養が重要と考える。

(2)感性、自然や環境とのかかわり

美しいものを美しいものとして感じ取り、それを表現することができる力は、人の有する普遍の価値であって、文化の創造の基礎にある心であり、力である。特に、日本人は、古来より自然を愛(め)で慈しみ、豊かな文化を築いてきた。しかし今や、子どもの生育環境の中からは、自然が失われつつある。地球環境の保全が大きな課題となっている今日、自然と共に人は生きていることを理解し感じる力を培うことは重要であると考える。

(3)社会の形成に主体的に参画する「公共」の精神、道徳心、自律心

これからの教育には、個人の尊重とともに、「個人の尊厳」を確保するうえで不可欠な「公共」に主体的に参画する意識や態度を涵(かん)養することが重要である。我が国がより成熟した民主国家となるためには、国民が国家、社会の一員として、自他の権利をより尊重する上で重要な法や社会の規範の意義や役割について学び、国家、社会を主体的に形成していく意識、能力を高めていく必要がある。このため、社会の一員としての使命、役割を自覚し、自らを律して、その役割を実践するとともに、社会における自他の関係の規律について学び、身に付けるなど道徳心や倫理観、規範意識をはぐくむことが求められている。また、互恵の精神に基づき我が国社会や国際社会が直面する様々な課題の解決に貢献しようとする、新しい「公共」の創造に主体的にかかわろうとする態度の育成も重要である。

(4)日本人としてのアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)と、国際性(国際社会の一員としての意識)

グローバル化が進展する中で、これからの時代には、国際社会の一員として生きる国際人としての自覚とともに、世界に生きる日本人としてのアイデンティティを持つことがますます重要になる。国際社会に出ていけばいくほど、自らを日本人として意識する機会が増え、自国の存在について無関心でいることはできず、国際社会における自国の地位を高めようと努力することは自然な動きである。このような思いが、国を愛する心につながるものであり、その前提として、自らの郷土や国について正しい理解を持つこと、例えば郷土や国の伝統、文化を正しく理解し、尊重することが重要となる。
なお、国を愛する心を大切にすることや我が国の伝統、文化を尊重することが、教育改革国民会議報告においても指摘されているように、国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならないことは言うまでもない。

(5)生涯学習の理念

今日、社会が複雑化し、また社会構造も大きく変化し続けている中で、学校教育修了後も引き続き職業生活等に必要な新たな知識・技術を身に付けたり、あるいは社会参加に必要な学習を行うなど、生涯にわたって学習に取り組むことは不可欠となってきている。このことは、教育制度や教育政策を検討する際には、これまで以上に学習する側に立った視点を重視することが必要となることを意味するものであり、今後、自らの自発的意志により、生涯のいつでも、どこでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができるような、生涯学習社会の実現がますます重要になってくる。

(6)時代や社会の変化に対応した教育

教育においては、次代に継承すべき価値を大切にするとともに、世代や男女を問わず国民一人一人が時代の変化や社会を取り巻く環境の変化に対応できる能力を身に付けることが重要である。グローバル化や情報化の進展、地球環境問題の深刻化や科学技術の進歩など、国民を取り巻く環境は大きく変貌(ぼう)を遂げており、教育も、これらの時代や社会の変化に常に的確に対応していくことが必要である。

(7)職業生活との関連の明確化

今日、経済構造の変化や価値観の多様化が進む中で、自分の就きたい職業を見いだせない子どもが増えてきており、職業観、勤労観の育成がこれまでにも増して必要となっている。また、若者の就職難が恒常化し、転職が一般化する中で、即戦力となる専門知識や技能が強く求められるようになってきている。一方、女性の人生における職業の位置付けが変化してきている。このため、教育は職業生活に対して適切な準備を与え、社会の要請に応じて常に人々の職業生活を支援するものであることが今後ますます重要になると考えられる。
このことは、個人の自己実現にとっても、また、社会の発展にとっても重要なことであり、これからの学校教育においては、子どもへの的確な職業観の育成を図り、キャリア教育の充実に努めるとともに、社会においても生涯にわたり職業にかかわる学習機会を充実していくことが必要である。

(2)教育を受ける権利、義務教育等

1.教育の機会均等

○ 「教育の機会均等」は、憲法の教育を受ける権利(憲法第26条第1項)、法の下の平等(同第14条)の規定を受け、その趣旨を教育において具体的に実現する手掛かりとして規定されたものである。これは、「個人の尊厳」を実質的に確保する上で欠かせないものであり、将来にわたって大切にしなければならない重要な原則である。

○ なお、本審議会におけるこれまでの議論においては、現行の規定について、「教育を受ける機会」とあるのを憲法と同様に「教育を受ける権利」と改めてはどうかとの意見や、生涯を通じて学習を行うことを可能とする生涯学習社会を構築するという観点から「生涯にわたり学習する権利」を規定してはどうかとの意見があった。これについては、現行の規定が憲法上の権利を具体化して「教育を受ける機会」が確保される施策を進めることが重要である、との趣旨を表現したものであることや、先に述べたように、今後の教育の基本理念の中で生涯学習の理念を規定することが提案されている点にも留意しながら、引き続き検討していくこととする。

○ さらに、障害者など教育上特別の支援が必要な者についての新たな規定を追加すべきではないかという意見もあった。憲法や教育基本法の精神に基づいて教育を行うに当たっては、障害者に対してはその障害の種類や程度に応じた教育が行われるべきことは当然であり、この趣旨をより明確にすることが必要かどうか、引き続き検討していくこととする。なお、その際には、障害者基本法との関係にも留意して検討することが必要である。

2.義務教育

○ 義務教育は、近代国家における基本的な教育制度として憲法に基づき設けられている制度であり、普通教育が民主国家の存立のために必要であるという国家・社会の要請とともに、親が本来有している子を教育すべき義務を国として全うさせるために設けられているものである。このように、国民に教育を受けさせる義務を課す一方、国及び地方公共団体は共同して良質の教育を保障する責任を有しており、義務教育の充実を図っていく必要がある。

○ 義務教育制度の在り方については、義務教育期間9年間の短縮や延長を求める意見はなかったが、社会の変化や保護者の意識の変化に対応し、義務教育制度をできる限り弾力的なものにすべきとの観点から、以下の事項について様々な意見が出された。

(1)就学年齢について、発達状況の個人差に対応した弾力的な制度
(2)学校区分について、小学校6年間の課程の分割や幼小、小中、中高など各学校種間の多様な連結が可能となるような仕組み
(3)保護者の学校選択、教育選択などの仕組み

上記(1)~(3)の事項は、学校教育法等において具体的に規定されている就学年齢、学校区分、就学指定等に関する事項であり、法制上は教育基本法を見直さずに、学校教育法等の見直しで対応できる事項である。
これらは、学校教育の基本にかかわる重要な課題として適切に対応すべき事項であり、今後、本審議会の関係分科会等において、これらの実現に向けた法的措置等について検討する必要がある。さらに、実現可能なものについては、教育振興基本計画の策定の際にその中に位置付け、学校教育法等の改正への道筋を示すことが考えられる。

3.男女共同参画社会への寄与

憲法に定める男女平等について、現行法は、男女が互いに敬重し協力し合わなければならないという理念を定めるとともに、男女平等を実質的に確保する手段として男女共学が認められなければならないことを規定している。現在では、男女共学の趣旨が広く浸透するとともに、性別による制度的な教育機会の差異もなくなっているが、社会における男女共同参画は、まだ十分には実現しておらず、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会を実現することが重要な課題となっている。今日、教育・学習のあらゆる場において、男女共同参画社会の実現や男女平等の促進に寄与するという新しい視点が重要となっていることから、このことを教育の基本理念として規定することが適当と考える。

(3)国・地方公共団体の責務等

教育行政の在り方については、現行法は、教育は不当な支配に服してはならないとの原則とともに、教育行政は「必要な諸条件の整備」を目標として行われなければならないことを定めている。前者については、重要な教育の基本理念として今後とも大切にしていく必要があると考える。また、「必要な諸条件の整備」の内容に関しては、その解釈について過去様々な議論が行われたが、既に判例により解釈が確定しているという経緯を踏まえ、国、地方公共団体の責務を含めた教育行政の基本的な在り方を示すという新しい視点から規定することが適当と考える。
さらに、教育基本法に規定された教育の基本理念・基本原則を実現する手段として、教育の振興に関する基本計画の策定の根拠となる規定を、他の基本計画の規定例を参考にして教育基本法に位置付けることが適当と考える。なお、教育振興基本計画の基本的考え方については、第3章で述べることとする。

(4)学校、家庭、地域社会の役割等

1.学校

○ 現行法は、学校について「公の性質をもつ」と規定し、その設置者について定めるのみであり、学校の役割などについては一切規定しておらず、学校教育法において、各学校種ごとの目的、目標が規定されているところである。しかし、これからの時代の新しい教育の目標の達成を目指し、教育の目的である「心身ともに健康な国民の育成」を実現する上で、今後とも学校教育は中心的な役割を果たすことが期待されている。また、学校は同世代の子どもが共同生活を通じて社会性を身に付けていく場でもある。さらに、今後の教育を進めていく上では、学校、家庭、地域社会の三者の連携・協力をより一層強化することが求められており、そのためには、この三者の適切な役割分担や相互連携の在り方が明確にされることが必要である。このような観点から、新たに学校の役割として、例えば、知・徳・体(知識・技能と学習方法の教授、人格の陶冶(や)、道徳教育、体育・スポーツ、芸術など)の教育を行う場であること等を明確に規定することが適当と考えるが、具体的な学校の役割として何を規定すべきかという点については、引き続き検討していくこととする。
なお、学校の役割について規定する際には、併せて次の意見にも留意する必要がある。

(1)この学校の中には、当然、大学等も含まれているが、現行法は全体として初等中等教育中心で高等教育の位置付けが明確ではないので、高等教育の視点をしっかり盛り込むべきである。
(2)高等教育や就学前教育等において私立学校は大きな役割を担っていることから、私学における教育の振興を図ることは重要であり、それを踏まえた規定としていくべきである。

○ 学校の設置者について、現行法は、国、地方公共団体及び「法律に定める法人」に限定するという原則を規定し、具体的な「法人」の範囲は学校教育法に委ねている。具体的な「法人」の範囲については、学校教育は国民全体のために行われるべきであるという観点から、現行法に「公の性質をもつ」と規定されていることを踏まえつつ、今後必要に応じて学校教育法上の問題として考えることが適当と考える。

2.教員等

○ 学校教育の成否は、教育の直接の担い手である教員の資質に大きく左右され、子どもの人格形成に関わる教員の資質の向上は教育上の最重要課題である。このため、近年においても、児童生徒への指導が不適切な教員を教員以外の職に異動させることを可能としたり、教員採用後10年次を経験した教員に対する研修を義務化するなど、様々な施策が進められている。
このような、学校教育における教員の重要性を踏まえ、教育基本法において、国・公・私立学校の別なく、教員の使命感や責務を明確に規定するとともに、研究と修養等により資質向上を図ることの重要性について規定することが適当と考える。

○ なお、子ども一人一人の人格が尊重されなければならないことは当然であるが、そのことを前提とした上で、子どもが教育を受ける際に、恣(し)意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく、教員その他の指導に従って、規律を守り、真摯(し)に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり、引き続き検討していくこととする。

3.家庭教育

○ 家庭は教育の原点であり、すべての教育の出発点である。特に、豊かな情操や基本的な生活習慣、他人に対する思いやり、善悪の判断などの基本的倫理観、社会的なマナー、自制心や自立心を養う上で、家庭教育は重要な役割を担っている。しかし、少子化や親のライフスタイルの変化等が進む中で、過干渉・過保護や、児童虐待が社会問題化するとともに、親が「模範」を示すという家庭教育の基本が忘れ去られつつあるなど、家庭教育の機能の低下が顕在化している。また、父親の家庭教育へのかかわりが社会全体として十分ではない。
しかしながら現行法においては、家庭教育について、社会教育の条文の中に、「家庭教育は国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない」と規定されているにとどまっている。家庭教育の現状を考えると、それぞれの家庭(保護者)が子どもの教育に対する責任を自覚し、自らの役割について改めて認識を深めることがまず重要であるとの観点から、家庭(保護者)の果たすべき役割や責任について新たに規定することが適当と考える。なお、その際には、家庭(保護者)が子どもの教育に第一義的な責任を負っているという観点に十分留意し、最小限の範囲で規定することが適当と考える。
○ さらに、教育行政の役割としては、家庭における教育を支援するための諸施策や、また子どもを産み育てやすい社会環境づくりを教育を通じて進めていくことを通じて、家庭の教育力の充実を図っていくという観点を踏まえて、規定することが適当と考える。

4.社会教育

○ 「社会教育」に関しては、心の豊かさを求める国民意識の高まりの中で、余暇活動をより豊かにしたり、ボランティア活動等に参加するために、必要な知識や技術を身に付けるなどの学習への期待が高まると考える。また、少子高齢化や、産業・就業構造が変化し、生涯学習の重要性が高まる中で、社会教育の役割が重要になっていることから、地域における教育や継続教育を支援するために、学習機会等の充実を一層図ることが必要である。これについては、関連して、新たに生涯学習の理念や、学校・家庭・地域社会の連携・協力の必要性について提案されているところであり、これらとあいまって、今後社会教育の一層の振興につながるように規定を工夫することが必要と考える。

5.学校・家庭・地域社会の連携・協力

○ 子どもの健全育成を図り、また教育の目的を実現する上で、地域社会の果たすべき役割は非常に大きい。しかし、地域社会は既に崩壊しており頼りにならないとする意見もあるなど、その教育力の低下が指摘されて久しい。このような状況にかんがみ、学校・家庭・地域社会の三者が、言わば「教育共同体」として、連携・協力して子どもの教育に責任を持ち、適切に役割分担することが重要であるとの意見が多く出されている。
しかし、現行法は、地域社会について何ら規定していない。そのため、学校・家庭・地域社会の三者が緊密に連携・協力して子どもの健全育成等に取り組む重要性を踏まえて、新たに連携・協力等についての規定をきちんと位置付けることが適当と考える。また、連携・協力を進めていく上で、これからの学校は、自らの教育活動等の状況について積極的に情報提供するなど説明責任を果たしながら、保護者や地域の人々の積極的参加や協力を求めていくことが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。

○ なお、学校、家庭、地域社会の連携・協力を具体化するための施策の一つとして、現在、地域が学校運営に参加する新しいタイプの学校について実践的な研究が進められており、その成果を教育振興基本計画策定の際に盛り込むことも考えられる。

(5)教育上の重要な事項

1.国家、社会の主体的な形成者としての教養

○ 現行法は、「良識ある公民たるに必要な政治的教養」は教育上尊重されなければならないことを規定するとともに、学校においては「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動」を行うことを禁止している。学校における特定の党派的政治教育等を禁止することにより、教育の政治的中立を確保することは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。

○ また、国民一人一人が「公共」に主体的に参画しようとする社会においては、国民が国家、社会の形成者として、法や社会の規範の意味、役割や国家、社会の諸課題を単に知識として身に付けるにとどまらず、国家、社会の形成に主体的に関わり、国家、社会の諸問題の解決に積極的にかかわっていく態度を修得することが重要であることから、その旨規定することが適当と考える。

2.宗教に関する教育

○ 現行法は、「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位」は教育上尊重されなければならないことを規定するとともに、国公立学校においては「特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動」を行うことを禁止している。宗教に関する教育については、以下のように様々な意見が出されたが、意見が集約されるには至っておらず、憲法の規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意しながら、引き続き検討していくこととする。
なお、憲法第20条第3項を受け、国公立学校においては政教分離の原則が適用され、特定の宗教のための宗教教育や宗教的活動が禁止されることは、今後の教育においても重要な原則として大切にしていく必要がある。

○ 宗教一般に関する教育については、「宗教は、人類の文化遺産の重要な部分を占め、また、個としてどう生きるか、与えられた命をどう生きるかという実存的なものにかかわる重要なもの」、「国際化の時代に様々な宗教について学ぶことは異文化理解の観点から大切である」、「先進諸外国の中にも宗教に関する知識をしっかり教えている例もあり、我が国においても参考にすべき」など、その重要性を指摘する意見が多かったが、いかなる場でどのような内容で行うべきかについては、様々な意見が出された。国公立学校における宗教一般に関する教育について、「科学・物質万能の風潮の中で、目に見えないものを大事にするという観点から、あらゆる宗教に共通する普遍的な宗教心を教える必要がある」「道徳教育の背景として宗教的情操の涵(かん)養が重要である」といった意見がある一方で、「各宗教の宗教観にはそれぞれ相違があり、普遍的な宗教心というものはない」「国公立学校では宗教によらない道徳教育を行うべきで、宗教教育は基本的に家庭や個人の問題である」などの意見があった。また、「学校で子どもを宗教に触れさせようとしても、様々な宗教を教えることができる教員は少ないなどの問題がある」との意見もあった。

○ 「宗教に関する教育には、宗教についての知識や宗教的な文化、価値について理解させる教育と、カルトやマインドコントロールから自分を守るため適切な判断ができるようにする教育という2つの側面があり、両者は区別して扱うことができる」との意見があり、これらの教育の重要性について異論はなかったが、これに対して、「カルトから身を守ることも含め、自ら考え判断する態度は、必ずしも宗教教育によらなければ育成できないものではない」との意見があった。

○ 「第2項の禁止のイメージが強すぎて第1項により尊重されるべき宗教に関する寛容の態度や宗教の社会生活における地位について学校で十分教えられていない実態があるので、第1項を見直しより適切な条文にすべき」との意見がある一方、「宗教に関する教育を行う上で現行規定は特に不都合はなく、規定を見直す必要はない」との意見があった。また、「宗教教育」という見出しについては適切ではないとの意見があった。

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