平成17年6月13日
21世紀を迎え,世界はまさに国際的な「知」の大競争時代にあると思っております。天然資源に恵まれない我が国においては,人材こそが資源であることを再認識し,「子どもは社会の宝,国の宝」であるという考えに基づき,学校や家庭,地域など社会全体で,新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい人材を守り育てていかなければなりません。
現在,主要先進諸国では,各国とも国家の命運をかけて教育改革に取り組んでおります。時代や社会の変化の中で,我が国が様々な課題を乗り越えて真に豊かで教養のある国家として更に発展していくためには,切磋琢磨しながら,新しい時代を切り拓く,心豊かでたくましい日本人の育成を目指し,国家戦略として,教育のあらゆる分野において人間力向上のための教育改革を一層推進していかなければなりません。
また,教育改革の推進に当たっては,緊急を要する事項に迅速に対応するとともに,様々な角度から検討を要する事項について速やかに検討を進め,具体的な方策を打ち出していく必要があります。
このため,新しい時代にふさわしい教育の実現にとって不可欠な二つの事項について,中央教育審議会に検討をお願いすることといたしました。
以下,それぞれの項目について,若干敷衍(ふえん)して説明させていただきます。
まず,新しい時代を切り拓く生涯学習の振興方策について御説明いたします。
21世紀において,我が国が明るく豊かな未来を切り拓いていくためには,あらゆる人々が,いつでも,どこでも生涯学習に取り組むことができるような環境を整え,国民一人ひとりの資質・能力の向上を通して,社会全体の活性化を図っていくことが極めて重要であります。
また,今日,社会の成熟化等に伴い,地域住民によるボランティア活動,NPOによる活動等の,地域住民等が社会の形成に主体的に参画し,互いに協力し合うような活動や,民間教育事業者の活動が活発になっております。さらに,このような地域住民等の生涯学習活動の推進が地域づくりに貢献するとともに,高齢者等の活発な学習活動が健康にも資することも指摘されております。
他方,我が国社会においては,厳しい経済・雇用情勢,若者の親への依存の長期化,社会への関心の希薄化などの社会的自立の遅れなどにより,いわゆるフリーターやニート(NEET:Not in Education, Employment or Training)が増加しているとともに,依然として中高年の失業問題も深刻な状況にあります。
また,急速な少子高齢化の進行を背景に,2007年には我が国の総人口が減少し始めるとの予測があるとともに,同時期にいわゆる「団塊の世代」が一斉に退職期を迎えるなど,近い将来,我が国の労働人口に変化が生じることが指摘されております。
さらに,少子化,核家族化,都市化,情報化等の経済社会の変化や,人間関係の希薄化,地域における地縁的なつながりの希薄化などにより,家庭や地域社会における教育力が低下していることも指摘されております。
こうした様々な社会的な課題に加え,子どもたちの学習意欲の低下や,基本的な生活習慣が身に付いていないこと,自然体験等の体験活動や読書活動の不足,学力や体力,コミュニケーション能力の低下などの,子どもたちに関わる課題も指摘されており,また,それらの要因の一つとして,家庭の多様化や,大人自身の学習態度や生活態度といった大人の在り様が子どもたちの学習習慣や生活習慣の形成に影響しているのではないかとの指摘も見受けられます。
我が国社会は,今後,こうした社会的な課題や子どもに関わる様々な憂慮すべき現状を直視し,社会全体で,課題解決に向けた取組をより一層推進していくことが求められております。
具体的には,国民の学習に対するニーズを把握し,これに対する支援方策を充実することなどにより,国民一人ひとりの生涯を通じた学習活動を促進するとともに,子どもたちが家庭や地域社会の中で伸び伸びと育まれるような環境を整備することが喫緊の課題となっております。
以下,当面,特に御審議いただきたいと考えている事項について,具体的に説明いたします。
第一は,国民一人ひとりの学習活動を促進するための方策についてであります。我が国の生涯学習の現状を見ると,教育機関の活動に加え,民間教育事業者やNPOなどの多様な活動主体による活発な活動が見られるものの,国民のニーズに対応した学習の機会を十分提供しているかについては,なお課題が残されております。
一方で,我が国では,産業構造の変化等により,専門性や多様性を備え,自立した個人の資質・能力の向上を図ることが求められております。また,いわゆるフリーターやニートの増加や,中高年の雇用問題等の課題もある中で,人々が,生涯を通じて自らの職業能力を高め,新しい知識・技術等を習得していく学習機会の確保がますます重要となっております。
さらに,高齢化の急速な進展の中で,定年退職後の再雇用などに向けた学習活動とともに,生涯にわたっての生きがいづくりにつながるボランティア活動への参加や,趣味を豊かにし,教養を高めるための学習活動など,高齢化社会の中にあって,学習活動が果たす役割はますます大きくなっております。
以上のような課題を踏まえ,国民一人ひとりの学習に対する意欲を高め,学習活動を促進するためには,国民の学習に対するニーズを把握しつつ,それらを踏まえた具体の支援策を一層充実することが求められております。
特に,地域における学習活動の場としての役割を果たしている公民館,図書館,博物館等の社会教育施設や大学,専修学校等が,地域住民のニーズを把握した上で,各地域において特色ある活動を展開していくことにより,新しい時代にふさわしいものになっていくことが期待されております。
このため,大学等における社会人受け入れの促進や,社会教育施設の活性化も含めて,国民一人ひとりの学習活動を促進するための方策について幅広く御検討いただきたいと考えております。
第二は,地域住民等の力を結集した地域づくり,家庭や地域社会における子どもの育ちの環境の改善のための方策についてであります。
地域住民の連携や交流の基盤となるコミュニティは,健全で活力ある社会を構築する上で不可欠の目に見えない社会的資本であることが指摘されております。地域コミュニティを形成し,維持していくためには,生涯学習の推進等を通じた地域での人づくりや,地域住民間のネットワークの構築が有効であり,近年,各地において,NPO活動等を通じた地域住民による新たな地域づくりの動きも見られます。
また,先に述べましたように,近年,我が国では,家庭や地域社会における教育力の低下が見られることが指摘されております。さらに,現在,子ども自身も地域社会の人々との触れ合いを経験する機会が減少し,テレビ,ゲーム,パソコン,携帯電話等のバーチャルな世界(仮想現実)の影響を強く受けながら成長しております。こうした情報化の進展には光の側面とともに,影の側面もあることが指摘されており,今後,影の側面にも一層着目した取組が必要と考えられます。
こうした状況を踏まえ,今後,学校,家庭,地域社会の連携の強化を図るとともに,前述のような新たな動きを促進し,地域の大人やNPO,企業等の力を結集した地域社会の活性化や,子どもの育ちの環境づくりを進めていくことが必要と考えられます。
このため,地域における人づくりや,住民一人ひとりが自ら進んで地域づくりに参画し,貢献していく社会的気運を醸成し,地域づくりへと結実させていくための方策,また,子どもの育ちの環境の改善のための方策について,幅広く御検討いただきたいと考えております。
次に,青少年の意欲を高め,心と体の相伴った成長を促す方策について御説明いたします。
青少年については,基本的な生活習慣や態度が身に付いていない,体力が低下している,自制心や規範意識が十分に育っていないなど,様々な課題が指摘されてきました。このため,これまでの中央教育審議会答申等での提言を受け,学校教育の改革とともに,家庭や地域社会の教育力の再生を目指し,社会全体で青少年を育てる環境の整備を進めてきたところであります。
しかしながら,最近の青少年については生活習慣の乱れや体力の低下などが依然として大きな課題となっており,特に,青少年の学ぶ意欲や自主的,主体的に取り組む姿勢に課題があること,大人への準備を避け現状での安住を好む傾向があることなどが指摘されております。
意欲とは行動の原動力であり,行動なくして自立した人間として成長することができないのは自明であることから,青少年の意欲の減退は極めて憂慮すべきことであります。
このような状況をふまえ,青少年の意欲を巡る現状とその背景を検証する必要があると考えております。その上で,次代を担う青少年の意欲を高め,心と体の相伴った成長を促すために講ずべき方策について,青少年の生活全体を視野に入れ,最近の心理学等での研究成果も勘案しながら,次の事項について御審議をお願いしたいと考えております。
第一は,青少年の意欲を高めるために重視すべき視点についてであります。
今日の我が国社会の急速な変化は青少年の生活様式や価値観に大きな変容をもたらし,例えば,「よく体を動かし,よく食べ,よく眠る」という子ども時代として当たり前の生活を送ることを難しくさせております。また,都市化や情報メディアの日常生活への急速な浸透の中で,青少年が自然や地域社会との関わりの中で様々な直接体験をする機会が減少するとともに,青少年の家族や友人,地域住民等との人間関係が希薄化しております。
このような生活習慣の乱れや直接体験の減少,人間関係の希薄化等の青少年を巡る現状が青少年の意欲にどのような影響を及ぼしているかを明らかにした上で,青少年の意欲を高めるためにどのような視点を重んじて方策を検討すべきかについて,御審議いただきたいと思います。
第二は,青少年の意欲を高めるための方策についてであります。
これまで,青少年の健やかな心と体を育む観点から,調和の取れた食事,適切な運動,十分な休養・睡眠といった基本的な生活習慣の徹底が重要であるとの認識の下,子どもの体力向上のための方策を推進してきたところであり,また,栄養教諭制度の創設をはじめとした食に関する指導の充実に努めているところであります。今後は,青少年の意欲を高める観点から,幼少年期から青年期にわたる生活全体を視野に入れて,青少年の望ましい生活習慣について改めて検討する必要があると考えております。
また,青少年が自ら体を動かし体験する中で様々なことを身に付け成長することにかんがみ,外遊びやスポーツ活動の推進とともに,自然体験や社会体験,奉仕活動などの体験活動の充実を進めてきたところであります。今後は,これらの活動をより一層推進するとともに,特に,各々の活動が青少年の意欲を喚起し向上させる実効性の高いものとなるための方策を検討する必要があると考えております。
さらに,青少年が情報メディアに過度にのめり込むことによる悪影響が懸念されていることから,青少年の情報メディアとの適切な関わり方や,情報メディアを意欲的に活用していくに当たっての留意点等についても検討する必要があると考えております。
これらを踏まえ,青少年の意欲を高めるという観点から,基本的な生活習慣の徹底や体験活動,スポーツ活動の推進,有害情報から青少年を守るための取組などのこれまでの諸方策をどのように充実させていくべきかについて,御検討いただきたいと思います。
また,これらの方策にかかる具体的な取組の検討に当たっては,学校,家庭,地域社会はもとより,企業やメディアなども含めた国民一人ひとりの取組を促すための方策についても御議論いただきたいと思います。
以上,今後の審議に当たり,当面,特に御検討をお願いしたいと考えている事項について申し上げました。2つの諮問事項について,幅広い観点から忌憚(きたん)のない御意見を頂きますようお願いいたします。
なお,これらの諮問事項については,その内容が広範多岐にわたることから,これらを一つ一つ着実に実現していくため,本審議会におかれましては,審議の区切りのついた事項から逐次答申していただきますようお願いいたします。