参考
安全検討会委員各位
この度は、第1回目の安全検討会ではございますが、年末に近づき、授業休講のやりくりがつかないため、欠席させていただきます。初回から顔合わせもできず、ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。
以下に、「意見書」の形で、「登山研修所の大学生リーダー冬山研修会に係る安全検討委員会」に関する私見を述べさせていただきます。
なお、私の専門は、関西大学総合情報学部に勤め、危機情報論を研究・指導しております。各種事故・災害問題を取り扱い、特に山岳遭難問題に関する研究を十数年間、実施してまいりました。「大日岳遭難事故訴訟に関する問題」を取り扱うため、私と関係するすべての山岳団体とのつながり、立場について紹介させていただきますと、日山協の遭難対策常任委員、労山の顧問、日本山岳文化学会理事・遭難分科会代表、登山医学会の評議委員、日本レスキュー協議会幹事等を務めております。
このように山岳遭難問題を通じて各種団体とつながっておりますが、基本的には中立的な立場をとってまいりました。今回の安全検討委員会においても、そうありたいと願っております。
文部科学省登山研修所の役割は、昭和42年に設置されて以来、日本登山界の基軸として、発展した経緯があり、その重要性は計り知れないものがあります。各種登山技術の研修はもちろんのこと、共済事業として、全国山岳遭難対策協議会、中高年安全登山指導に至るまで、今日の登山界において、一つとして欠けることができない事業内容を展開していると考えております。
しかし、今回の大日岳遭難事故は、その体制の根幹から覆すほどの衝撃を登山研修所に与え、登山界の基軸を大きく揺さぶっております。年間予算の3倍を超える保証金は、民間企業にあっては倒産に等しい金額です。もし、将来において同様の事故が発生すれば、文科省としても支えきれなくなり、登山研修所の解体につながるのではないか、と懸念しております。
登山研修所の解体は、正しい基礎技術を持ったリーダーの養成と登山界への送り出しをストップさせるばかりか、遭難対策活動にも支障を生じさせる結果、右肩上がりで増加し続ける遭難事故者数や死亡者数にも多大な影響を与える可能性が大きいと考えられます。
したがって、私の立場は、登山研修所を存続させていくためにも、「再び死亡・重傷の事故者を出さない線」で、検討していく必要があると考えております。
安全検討会への意見書に、「再び事故者を出さない」と言った自明の表現をあえてせざるを得ないところに、登山リーダー研修の特殊な問題点があります。
一般に、冬期登山に対する指導者側の考え方は、「厳冬期の環境の中で登山目的を果たすためには、厳しい環境でのみ実力が養成される」とする考え方が多いようです。優秀なリーダーを育てるためには、日本で、第一級の冬期山岳地帯で訓練してこそ、実力がつくと言った考え方は、登山界ではごく普通の考え方でもあります。当然、我が国の代表的な登山者であり、ガイド業を中心とする登山研修所の講師にあっては、同様の考え方か、あるいは、それ以上の厳しい指導方針を持っておられるのではないかと推測しています。おそらく、和解に至った現在においても、このような考え方は、ほとんど変えてはおられないことでしょう。
しかし、今回の大日岳における雪庇崩壊事故が示しているように、研修登山コースとするには、山岳遭難事故リスクが高い問題を抱えています。再び、今回と同様の訓練を実施すれば、如何に詳細な調査をしていても、完全に安全であると言い切れません。そもそも今回の雪庇が予想外に成長したように、予想外に雪崩、雪庇崩壊などの事故が発生する可能性は十分にあります。私の知り合いの方は、「そのような予想外の事態に対応できるように訓練する」と言われるのですが、、、、必ずしも、対応が成功するとは限っておりません。引率的指導をしながら、引率であることを軽視する傾向があるのではないでしょうか。
「安全性を重視する」のか、「厳しい訓練で実力を養うべきか」結局、登山研修所での理念と責任が問われるところです。
今回の安全検討会では、まず、「再開の可否と、その条件」を検討するために、雪庇崩壊事故の原因を再度、安全性の面から調査し、そこから問題点を抽出し、事故防止対策を検討しなければなりません。加えて、安全性に配慮した指導方法の検討も必要です。
しかし、最も重要性の高い検討項目として、今回の事故の背景には、登山研修所の持っている「構造的な問題」にあるのではないかと考えております。
非常に少ないスタッフで、しかも、専門職スタッフが2名(登山全般に詳しい方は1名)しかおられませんし、講師陣は外部に委託しております。これは、一般の大学で考えると、専任の教授が全くおらず、非常勤講師に丸投げするのと同じ状況で授業を行っているのと同じではないでしょうか。当然、そこで教えるカリキュラムの詳細、何よりも厳冬期の安全性に配慮した授業など、きめ細やかな配慮ができるとはとても考えられません。さらに、実技指導の場合、スタッフが少ないと、どうしても、手抜きせざるを得ず、現場では先行調査がおろそかになるばかりか、必要最小限の知識を教え、「あとは、自分の体験から学べ」という形式を取らざるを得なくなります。したがって、今回の事故は起こるべきして起こったと考えております。
今回の検討会においては、是非とも、技術的な問題に「構造的な問題」も併せて検討した上で、結論を出していただきたいと考えております。
冬山研修会の再開の条件においては、「HSISEどのくらい安全であれば十分であるのか」が問われます。危機管理におけるリスクコントロールの立場から、当ケースに該当する考え方は、(1)リスクの移転、(2)リスクの回避、(3)損失の軽減などが該当すると考えられます。もちろん、スタートしたばかりで、結論を出す段階ではありませんが、落としどころは考慮しておきたいところです。
どのような手法が良いのか、また、他に方法があるのか、今後の議論にまかされていくが、「2.指導者の考え方」でも指導者意識を紹介したように、安全検討会の結論を講師の方が受け入れるかどうかも、構造的な問題として検討しておく必要があると考えております。
引率系の指導法を都岳連、府岳連の方々と模索してきました。以下の文献はその一部です。参考にしていただければ幸いです。