資料2.「国民の読書推進に関する協力者会議」報告書(案)

~人の、地域の、日本の未来を育てる読書環境の実現のために~

はじめに

 読書のもたらす恩恵は、知的で心豊かな国民生活と活力ある社会の実現に欠くことのできないものである。
 読書をめぐっては、平成13年に「子どもの読書活動の推進に関する法律」が、また、平成17年には「文字・活字文化振興法」が制定されるとともに、平成19年の「学校教育法」の一部改正において、義務教育の目標に関する規定に「読書に親しませ、」との文言が新たに盛り込まれるなど、近年、その重要性に関する社会的意識が高まってきている。
 このような中、平成20年6月の国会決議により、平成22年を「国民読書年」とすることが定められた。決議では、読書推進に向けた気運を高めていくため、政官民が協力し、国を挙げてあらゆる努力を重ねていくことが宣言され、図書館をはじめ、様々な場所で、国民読書年にちなんだ行事や取組が推進されることとなった。
 本協力者会議は、こうした国民読書年の取組の一環として、今日の国民の読書や読書環境に関する現状や課題を把握・分析し、読書への国民の意識を高める効果的かつ効率的な取組の検討を行うため、文部科学省生涯学習政策局に設置されたものである。
 平成22年7月の設置以降、読書をめぐる様々な論点に関し、本協力者会議委員や外部有識者からの意見発表も踏まえながら8回にわたって議論を重ねてきた。その中で、単に本を読むだけの読書ではなく、本を選ぶ、勧める、読み合う、本を並べる、贈り合うといった、いわば、「共読」にまで視野を広げてとらえることの必要性についても認識を共有した。

 議論の過程で、我が国社会は、平成23年3月11日の東日本大震災を経験することとなった。この未曾有の災害を受けて、今我々は、人としていかに生きるか、どのようにして社会を再生するのかといったかつてない大きな課題に直面している。この危機的な状況から立ち上がり、新しい未来を築いていく力を得るために、我々はもう一度先人の遺してくれた知恵の結晶である書物に立ち返る必要があるのではないか。このような時だからこそ、すべての人に読書が必要であるとの認識のもと、この報告書をとりまとめた。

 本報告が、国民読書年の精神をさらに発展させ、我が国における読書活動の一層の振興を図るための、また、新たな共読社会のための、ひいては、我が国社会再生の基盤づくりに向けての一助となることを切に願っている。

第1章 なぜ今読書が必要なのか

 読書は、人に知識を与えるとともに、想像力や思考力を鍛え、判断力や創造性を培い、個人の自立の基盤をつくる。それは、先人とのコミュニケーションの場であり、未知の世界への道案内となり、また、悩みの解決へのヒントを示唆し、自分の頭で徹底的に考え抜く訓練の機会を与え、個人の内面を広げ、鍛え、深めてくれる。本を読むことで我々は先人の知を吸収し、人生をより厚く、深く生きることができる。

 また、読書は社会とも密接な関係にある。社会は、人が人とつながり、ともに支え合うことで成り立っている。他者との関係を築き、自ら納得のできる幸福な人生を切り拓いていく上で不可欠なのは言葉であり、より豊かな言葉やイメージによる表現やコミュニケーションの力を養ってくれるのは読書である。その際、言葉それ自体が、常に変化を続けながら、国や社会、民族の歴史や文化、伝統などを背負い、体現している存在であることも忘れてはならない。21世紀の社会は、自ら考え判断できる自立した個人の連帯により支えられるものであり、そうした個人と協働性の育成のために、読書は欠くことのできないものである。

 近年、様々な社会的課題を「官」だけに任せるのではなく、国民、企業やNPO等の事業体など社会の様々な当事者が自発的に協働し、解決する「新しい公共」の実現への気運が高まる中で、一人一人に、自立し、かつ他者と協働しつつ、自らを取り巻く課題の解決に取り組む力を育てることが求められている。そうした力は、様々な考え方に触れる中で、健全な批判的精神を身に付けながら養われるものであり、読書はその重要な修練の場となる。また、実際の課題解決に当たっては、課題に係る専門的知識・技術やノウハウの習得が必要であり、読書はその獲得の主要な手段となるべきものである。

  いつの時代も、先人の知恵の多くは読書を通じて継承され、さらに発展させられてきた。そして、それは、それぞれの国や地域のアイデンティティや文化の形成、産業の発展などに大きな貢献を果たしてきた。とりわけ我が国においては、人づくりに当たり伝統的に読書が重視されてきたことが、国民の高い学力水準を支え、社会の基盤を形づくってきた一因と考えられる。
 知識が社会・経済の発展を駆動する「知識基盤社会」が到来し、個々人の「知」の総和こそがその国の力となり、国の在り方自体も規定するようになる中で、読書は、個人が自己の能力を磨き、生活や職業に必要な知識・技術等を生涯にわたって継続的に習得するとともに、社会が新しい価値を創造することを可能とし、国際競争力を高めていくために不可欠な国のインフラと位置付けられるべきである。その際、ICTの発展に伴い、過去からの知の集積の電子化が進む中で、読書をめぐる環境も大きく変貌しつつあり、電子化された知の世界と人との新しい関係をどのようにつくっていくかが問われるようになっていることにも深く留意する必要がある。

 さらに、読むことは、それ自体が人に大きな喜びを与えてくれる。子どもの頃に絵本を読んでもらった幸せな記憶は次世代を慈しむ心を育て、共通の本について語りあう「共読」経験は人の気持ちを結びつける。高齢期の読書はその日々の生活の質を高める。読書は、いずれの世代にとっても、かけがえのない人生への贈り物である。

 平成23年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う未曾有の災害は、我が国社会に計り知れない打撃を与えるとともに、多くの人生を大きく変えることとなった。今、我が国全体が大きな悲しみと喪失感の中にある。しかしながら、我々は、この危機的な状況の中から立ち上がり、もう一度未来を創造していく力を持たなければならない。
 その際、目指すべき社会観や幸福観、科学技術と自然との調和についての考え方は、従前のそれから大きな変更を余儀なくされることにもなろう。どう生きるのか、どのような社会を目指すのか。その問いに対する答えを探すために、今ほど一人一人に、また社会全体に読書が求められている時代はないと考える。

第2章 読書環境・読書活動の現状

 第1章で述べたような読書の意義に照らし、我が国の読書環境や読書活動の現状はどうなっているであろうか。
人々を取り巻く一般的な読書環境としては、まず、産業として出版業や書店業が存在し、各種の書籍を市場に送り出すことにより、著作者と読者とをつないでいる。さらに、人々の読書活動を促進するための意図的な取組が官民様々な主体により行われ、これらが一体となって読書をめぐる環境を形成している。
 さらにその背景には、著作活動、読書に関する媒体の製造・流通や関連の法体系、教育システム、労働環境、人々のライフスタイルなどを含め、極めて多岐にわたる営みや仕組みが存在しており、その全容を直ちに把握することは困難であるが、その手がかりとして、ここではいくつかの側面から現状を概観することとする。

(1)読書環境の現状

(出版・書店の現状)
 出版科学研究所「出版指標年報」によれば、平成22年における我が国の書籍の新刊点数は7万4714点であり、前年より4.9%の減少となっている。また、平成22年の書籍・雑誌の販売金額は推定1兆8748億円で、6年連続前年を下回っており、ピークの平成8年から約3割の減少となっている。
 また、株式会社アルメディアの調査によれば、書店の数は平成22年に1万5314店となっており、この10年間で約3割減っている。
 一方で、「新古書店」と呼ばれるような、比較的近年に出版された本を売買する店や、インターネット経由での本の販売も普及するなど、本を入手する方法は多様化してきている。

(図書館等の現状)
 図書館には、住民にとって身近な「地域の知の拠点」として、誰もが利用しやすい施設としての機能を果たすことが期待されている。図書館の設置・運営に関する事項は「図書館法」で定められている。
 文部科学省「社会教育調査」(3年ごとに調査)によれば、我が国の図書館数は平成20年現在3165館であり、昭和38年以降一貫して増加している。自治体ごとの設置率を見ると、都道府県立は100%、市(区)立は98.0%であるが、町立は59.3%、村立は22.3%と未だ低い値となっている。
 職員数は、1館あたり平均10.3人、うち専門的職員である司書は1館あたり4.6人となっている。専任職員数は年々減少する一方、兼任又は非常勤の職員数が増加しており、平成20年現在、図書館職員の約半数は非常勤となっている。全国の図書館3165館のうち、2110館でボランティアが活動しており、その登録者数は年々増加している。また、公立図書館3140館の6.5%に当たる203館で指定管理者制度が導入されている。
 資料費予算額については、社団法人日本図書館協会の調べによれば、平成22年度には、都道府県立で1館あたり平均4562万円、市町村立で平均854万円となっており、地方行政の財政難の影響を受け、減少傾向にある。
 こうした状況の中、貸出冊数は年々増加している。前出の「社会教育調査」によれば、平成19年度間における貸出冊数は約6億3千万冊で、登録者一人当たり年間約18.6冊の貸出を受けていることになる。読書会・研究会、鑑賞会・映写会、資料展示会、子どもたちへのお話会や読み聞かせなども多くの図書館で実施されている。
 高齢者や障害者も含めたすべての人が読書にアクセスできる環境の整備に向けて、図書館における大型本や大活字本、拡大読書器等の整備、対面朗読サービスなどを含めたきめ細かなサービスへのニーズも高まっており、これらに取り組む図書館も増えてきている。
 さらに、地域の情報拠点として、ビジネス支援をはじめとする地域の様々な課題解決支援に積極的に取り組み、先に述べた「新しい公共」の実現を支援する図書館も増えている。それらの図書館では、関連書籍のコーナーの設置等による情報提供はもちろん、司書による専門的なレファレンス(相談・調査)サービスや、産業振興、雇用、福祉、医療、法務、まちづくりなど様々な分野に関する勉強会の開催を通じた関係者のネットワーク構築や関係機関との連携の橋渡しなども行われている。

 図書館や保健センター、子育て支援センター、出版社などの民間企業、ボランティアなど様々な分野の関係者の連携により、0歳児健診などの機会を活用して、地域のすべての赤ちゃんと保護者に、絵本を開く楽しい体験と一緒に絵本を手渡す「ブックスタート」事業など、市町村が中心となって就学前からの親子での読書を進めるための取組も実施されるようになっている。ただし、地域差も大きい。
 また、国立国会図書館国際子ども図書館では、我が国唯一の国立の児童書専門図書館として、児童書等の収集・保存・提供や調査研究、研修、子どもと本のふれ合いの場の提供、児童書に関する展示会や講演会の開催等が行われている。

(学校における取組の現状)
 平成19年に学校教育法が改正され、義務教育の目標に関する規定の中に、「読書に親しませ、」という文言が盛り込まれた。また、幼稚園においても、平成21年度から実施されている新しい幼稚園教育要領に基づき、「言葉」に関する指導として、絵本や物語などに親しみ、言葉に対する感覚が養われるようにすることとされている。小学校で平成23年度から、中学校で平成24年度から、高等学校では平成25年度入学生から全面実施される新しい学習指導要領では、生きる力をはぐくむことを目指し、基礎的・基本的な知識及び技能を習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力等をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組む態度を養うため、「言語活動」を充実することとされており、授業において学校図書館の利活用を図り、読書活動を一層充実することが求められている。

 上記のような学校における教育課程の展開に寄与し、児童生徒の健全な教養を育成するため、学校図書館法に基づき、我が国の小・中・高等学校及び特別支援学校には学校図書館を設けるとともに、学校図書館の専門的職務を担う司書教諭を置かなければならないこととされている。司書教諭については当分の間、11学級以下の学校には置かないことができることとされており、文部科学省の調べによれば、12学級以上の学校における司書教諭発令の割合は、小学校で99.5%、中学校で98.2%、高等学校で94.4%と、ほとんどの学校で発令されているが、11学級以下の学校における割合は、2~3割程度にとどまっている(平成22年度)。なお、12学級以上の学校の司書教諭についても、当該司書教諭が学校図書館を担当している時間数は非常に少ないのが現状である。
 また、学校図書館に関する業務を担当する、学校図書館担当職員の配置については小中学校で増加する傾向にあり、その割合は、小学校で44.8%、中学校で46.2%、高等学校で69.4%となっている(平成22年度)。このように、学校図書館担当職員の配置については、基本的な行政需要として各自治体から認識されつつあると考えられるものの、財政状況の厳しい中でなお一層の充実を図るため、さらなる取組が求められている。

 さらに、文部科学省は、学校図書館図書の充実を図るため、「学校図書館図書標準」を設定し公立義務教育諸学校の学校規模に応じた蔵書の整備目標を定めており、この図書標準の達成を目指した地方財政措置として、直近では平成19年度から23年度までの5年間を対象とした「学校図書館図書整備5か年計画」により毎年約200億円が措置されている。
 このような状況を背景として、社会保障関係費の増加や高水準の公債費等、地方財政は依然として厳しい状況が続いているものの、市町村等における学校図書館図書費決算額は、平成18年度で約155億円、平成20年度で156億円、平成21年度で約158億円と増加傾向にあり、公立の学校図書館の蔵書は年間で約623万冊増加(平成21年度)するなど、我が国全体としては、学校図書館図書整備が着実に進んでいる。
 しかし、図書標準の達成状況を学校単位で見た場合、達成している学校の割合(平成21年度末)は、小学校で50.6%、中学校で42.7%にとどまっており、依然その割合は低い状況にあると言わざるを得ない。学校図書館の蔵書の整備状況は、地域による差があるのが現状であり、すべての学校で図書標準を達成することを目標としてさらなる充実を図ることが求められる。

 近年、各学校では「朝の読書」活動が盛んに行われるようになっており、始業前に全校一斉の読書活動を実施している学校の割合は、平成22年度現在、小学校で87.4%、中学校で81.9%、高等学校で32.7%となっている。また、学校図書館と公共図書館との連携も年々進んできている。
 また、各地域で、地域のボランティア等を中心に、学校の教育活動を支援する「学校支援地域本部」や、放課後の様々な学習や体験活動の場を提供する「放課後子ども教室」などが実施されており、その中で、読み聞かせやお話会など学校図書館等を活用した取組も進められている。
 さらに、大学図書館の現状について文部科学省が全国の国公私立大学を対象として実施した「学術情報基盤実態調査」の結果を見ると、平成21年度の大学図書館の資料費の合計は約745億円、運営費の合計は約866億円で、前年度と比べると資料費は0.1%減、運営費は1.4%増となっている。大学総経費に占める割合は、資料費が1.1%、運営費が1.3%である。電子ジャーナル(電子媒体によって提供される形態の雑誌)に係る総経費は約208億円で、前年度に比べて12.4%の増となっている。一方で、洋雑誌の総購入種類数は減少傾向が続いている。なお、大学図書館の管理運営に当たっての組織・人員面における課題として、9割近くの大学が「専門性を有する人材の養成・確保」を挙げている。

(子どもの読書活動推進計画等の策定状況)
 「子どもの読書活動の推進に関する法律」の定めに基づき、政府は、子どもの読書活動の推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画を策定することとされており、現在、第2次の計画に基づく取組を推進中である。
 あわせて、都道府県・市町村においても、それぞれの自治体内における子ども読書活動推進計画の策定に努めることが規定されている。文部科学省の調べによると、都道府県では、平成18年度末までにすべての都道府県において策定されており、平成22年度末現在では43都道府県において第二次又は第三次の計画が策定されているが、市町村については、平成22年度末時点で策定済が46%、策定作業中が12%にとどまっている。

(2)読書活動の現状

(国民の読書活動の現状)
 日々の生活における「時間のすごし方」や1年間の「余暇活動」の状況など国民の暮らしぶりを5年ごとに調査する総務省「社会生活基本調査」結果によれば、平成18年の1年間に「趣味としての読書」を行った人(10歳以上)の割合は41.9%である。本調査で「趣味・娯楽」として挙げられた34項目の中では、「CD・テープ・レコードなどによる音楽鑑賞」52.4%、「DVD・ビデオなどによる映画鑑賞(テレビからの録画を除く)」45.9%に次いで3番目に高い値となっている。
 年齢層別に見ると、10~14歳で50.6%と最も高く、その後も49歳まではおおむね50%近い数字となっているが、50歳以上は年齢が高いほど割合が低く、70歳以上は23.4%となっている。また、70歳以上を除き、どの年齢層でも女性の方が割合が高くなっている。
 読書の頻度を見ると、「年に10~19日(月に1日)」との回答が7.9%と最も高く、次いで「年に200日以上(週に4日以上)」7.0%、「年に20~39日(月に2~3日)」6.9%となっている。
 なお、昭和61年から5年ごとの調査結果を時系列で見ると、読書を行った人の割合は平成8年に37.6%と低くなっているものの、それ以外はおおむね40%代の前半から半ば程度で推移している。

 また、毎日新聞社「第64回読書世論調査」(平成22年9月実施)の結果によれば、書籍を「読む」と答えた人は全体の48%で前年と変わらず、雑誌を「読む」と答えた人は58%で前年より3ポイント減となっている。読むジャンルは、「趣味・スポーツ」(49%)、「日本の小説」(36%)、「暮らし・料理・育児」(36%)、「健康・福祉・医療」(32%)が上位となっている。
 1日の平均読書時間についてみると、書籍が26分、雑誌が24分の計49分で前年より3分短くなっている。1ヶ月間の読書量については、おおむね若い人ほど読んでおり、書籍についてみれば、10代後半2.2冊、20代22.3冊、30代1.6冊、40代1.4冊、50代1.4冊、60代1.3冊、70代以上1.0冊となっている。本を読む量や時間について、71%が以前と比べて減ったと回答している。

(小学生から大学生までの読書活動の現状)
 文部科学省「平成22年度全国学力・学習状況調査」の結果から小学生・中学生の家や図書館における普段(月~金曜日)の1日の読書時間を見ると、小学生については、「10分以上、30分より少ない」との回答が26.5%と最も多く、「2時間以上」との回答の6.4%を含め、62.7%が1日10分以上読書をしている。「全くしない」との回答は20.6%である。中学生については、「全くしない」との回答が最も多く37.6%となっており、10分以上読書をする割合は49.4%である。

 また、各国の義務教育終了段階の15歳児(高校1年生)を対象としたOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の2009年調査の結果によれば、「趣味で読書をすることはない」と回答した我が国の生徒の割合は、2000年調査からは減少(55.0%から44.2%へ)しているものの、諸外国(OECD平均37.4%)と比べると依然として多い。また、「読書は、大好きな趣味の一つだ」、「本の内容について人と話すのが好きだ」、「本屋や図書館に行くのは楽しい」について、「どちらかといえばあてはまる」又は「とてもよくあてはまる」と回答した生徒の割合は、いずれもOECD平均を上回っている。
 なお、PISA2009において、読解力の平均得点と趣味としての読書に費やす時間との関係を見ると、我が国もOECD平均も「1日1時間~2時間」までの間は読書時間が長いほど読解力の得点が高いが、「1日2時間より長い」場合には得点が「1日1時間~2時間」よりも低くなっている。

 さらに、全国大学生活協同組合連合会「学生の消費生活に関する実態調査」(平成22年10月実施)によれば、大学生の1日の平均読書時間は「冊子」(紙の印刷物)について27.0分、「電子書籍」(PCや携帯端末で読む書籍)について6.1分である。全く読書をしない人は「冊子」37.7%、「電子書籍」77.6%、双方ともない人は33.8%となっている。

(3)読書環境の変化の動向、特にICTの影響

 ICTの発展は、読書の在り方にも大きな影響を与えるようになっている。
 例えば、「ケータイ小説」の登場は近年の大きな変化の一つである。株式会社「魔法のiらんど」が運営する「ケータイ小説」のウェブサイト「魔法の図書館」には、中高生や20代前半の女性たちを主な書き手とする約200万タイトルの「ケータイ小説」が掲載されている。読者は、携帯電話で小説を読んだ後に、書籍を購入して読むことも多い。「ケータイ小説」の書き手の多くはプロではないため、「内容が薄い」との批判もあるが、身近な携帯電話をツールとして自由に書きつづり、その作品をインターネット上のコミュニティサイトを通して不特定多数の人たちに発表することが可能となったことにより、自らが書き手であり、また読み手でもあるという今までにない読書環境が醸成された。この手軽さ、敷居の低さは、これまで読書に親しむ機会のなかった若者たちが、「ケータイ小説」を入口とし、より深い読書の世界につながるきっかけとなる可能性もある。

 「国民読書年」の平成22年は、「電子書籍元年」ともいわれ、紙媒体の本とあわせて、また単独で、電子書籍の出版が次々に行われ、読書を楽しむための新しい電子端末も相次いで登場した。電子書籍には、その取扱いをめぐって、解決すべき課題も種々存在する一方で、出版側における経費の削減や「絶版」の回避、読み上げや文字の拡大機能等の活用による障害者や高齢者のアクセシビリティの向上などの様々なメリットも指摘されている。このような中、まだ数は少ないものの、公立図書館の中にも電子書籍の貸出に取り組む館や、地域資料等のデジタル・アーカイブ化に積極的に取り組む館も出てきている。

 また、国立国会図書館の所蔵資料が損傷・劣化する前に電子化し、原資料を文化遺産として保存することができるよう、平成21年に著作権法が改正され、従来は資料の保存のため必要がある場合に限定されていた所蔵資料の電子化を、納本後直ちに行うことができることとされた。このことを踏まえ、国立国会図書館では、平成21年度補正予算約127億円、22年度補正予算約10億円の経費を用いて、過去(1968年まで)の出版物の画像によるデジタル化が進められるとともに、オンライン流通電子出版物の収集に関する取組が行われている。一方、文化庁においては、知の資産の有効活用と電子書籍流通の基盤整備の今後あるべき姿について検討を進めるため、平成22年11月に「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」が設置され、国立国会図書館のデジタル化資料の活用の在り方をはじめとした、電子書籍の流通と利用の円滑化の在り方について検討が進められている。

 前出の毎日新聞社の調査(平成22年9月)によれば、「電子端末やパソコン、携帯電話などで本を読んだことがある」人は全体の10%、「読んだことがない」人のうち、「電子端末やパソコン、携帯電話などで本を読んでみたい」人は21%と、電子書籍自体の浸透度は現時点では必ずしも高い水準にはないようである。この背景には、現状では国内の電子書籍の出版点数が相対的に少ない状況にとどまっており、読者に対して十分な魅力を持ち得ていないこともあると考えられる。
 しかしながら、知の電子化の動きや、読書に関わるICTの革新は日々目覚ましく、今後、ICTを活用した新しい読書環境が急速に広がっていくことが予想される。その動向はまだ予測しきれないものの、従来の出版の形態や書店などの在り方、図書館の在り方、人々の読書スタイルなどに大きな影響を与えるのはもちろんのこと、人と知との関わり方、産業や社会の在り方自体も大きく変えていく可能性がある。こうした変化をどうとらえ、どのように対応していくのかが今後の社会全体に問われている。

第3章 人の、地域の、日本の未来を育てる読書環境の実現のために ~3つの提言~

 ここまで述べてきたように、読書については、その意義にかんがみ、これまでも関連する法律の制定や国会決議による「国民読書年」の実施をはじめ、推進のための取組が行われてきた。
 しかしながら、第2章で見たように、読書をめぐる環境が急速に変化する中で、現状は満足すべき状況とは言い難い。本協力者会議では、市を挙げて「読書活動日本一のまちづくり」に取り組んでいる鹿児島県出水市や、県が中心となって司書教諭や学校司書の配置、図書整備を推進している島根県教育委員会などの意欲的な取組が紹介されたが、多くの自治体や学校においては、読書に関わる取組の優先順位は相対的に低いものにとどまっている。個人についても、インターネットをはじめとする様々な情報手段や娯楽が登場する中で読書に割く時間は相対的に減少傾向にある。また、個人間のみならず地域間にも経済的な格差が広がっており、そのことが人々の読書活動にも影響を与えているとの指摘もある。

 もとより、読書は強制されてするものではなく、国民一人一人が自主的に判断し、行うものである。
 しかしながら、第1章でも述べたように、読書は、一人一人が自立して、かつ、他者との関わりを築きながら豊かな人生を生きていく基盤を形成するものであり、また、今後の社会の最大の資源である「知」へのアクセスや、新たな「知」の創造の鍵となるものである。読書は目立たず、その効用は普段目に見えにくいものであるが、明らかに社会を根底で支える不可欠のインフラと言える。
 このことを踏まえれば、暗記に頼り、「なぜ」を考えなくても通用するような選抜の在り方が社会の中で幅をきかせ、読書を通じて得られる言語力や表現力、教養などが軽視されがちとなっている風潮や、親の経済力や居住している自治体の財政力によって読書環境に大きな格差が生じている現状は、極めて憂慮すべきものと言わなければならない。このような現状は、ゆっくりと我が国社会の知的基盤を痩せさせ、貧弱なものとしてしまうだろう。そしてこのことは、豊かな未来を創造するための足がかりを失わせることにもつながるものである。
 とりわけ、我が国が東日本大震災という未曾有の災害から立ち上がろうとする中にあって、未来を構想し、実現していく上で、読書を通じてもたらされる人類の知の蓄積や先人の経験、知恵は、我々にこの上なく大きな恩恵を与えてくれる。我々は、今一度読書の意義に立ち返り、国民の誰もが読書に親しみ、その恵沢を等しく享受することのできる環境づくりに向けて、国や自治体はもちろん、国民一人一人を含めた社会全体で問題意識を共有し、取組を開始する必要がある。

 こうした環境を実現するために求められることは多いが、ここでは特に重点的に取り組むべき課題と方策について、3点に絞って提言したい。また、ここに提言した内容については、今後政府において策定される第三次「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」にも適切に反映されるよう希望する。
 なお、こうした提言を実現していくためには、言うまでもなく相応の予算が必要となる。読書の重要性を深く認識した関係者の覚悟と努力に期待したい。

提言1 読書で人を育てよう、「読書を支える人」を育てよう

○  すでに述べたように、我が国の未来をつくる人材を育てる上で、読書は欠くことのできないものである。同時に、質の高い読書活動のためには、それを「支える人」の存在が決定的に重要である。読書は、極めて自由で個人的な営みであるが、だからこそ、その意義についての理解が社会全体で共有されるとともに、専門的能力を備えた人材によってその環境が支えられる必要がある。

○  まず、読書の意義について、とりわけ自治体の首長や議員の方々に理解を求めたい。多くの自治体では、読書に関する施策の優先順位は低く位置付けられがちであり、このことは例えば先にも学校図書館の蔵書の整備状況のように、地域による読書環境の差として現れているとも考えられる。今後の知識基盤社会における人づくり、社会づくりに当たっての読書の重要性について、地域において首長や議員等の理解を得る努力が求められるところであり、あわせて、国をはじめとする関係者は、読書の意義や読書推進の優れた取組に係る情報発信などに取り組む必要がある。

○  読書に関わる職員に優秀で意欲的な人材を得ること、特に、公共図書館の司書、学校図書館の司書教諭、学校図書館担当職員などの専門的職員を確保することが重要である。個人が巨大な知の世界に向き合うきっかけをつくるとともに、その時々に必要な本や情報を見つけ出したり、限りある時間の中で読書の質を高めたりするためには、適切な案内役が必要である。
 特に、子どもの読書に際しては、その発達段階などを踏まえ、教員や司書、親など大人が適切な課題図書を示すことなどが、読書の楽しさを実感させ、知的好奇心を養う上で大きな意味を持つ。学校の教育課程に「読書」を組み込むことや、現在学校図書館法等で当分の間11学級以下の学校には置かないことができるとされている司書教諭をすべての学校に必置とすることや、学校図書館担当職員の配置を充実する方策についても検討してはどうか。教員の役割の重要性にかんがみ、教員養成課程において、読書に関する指導力向上を図ることについても検討されるべきである。
 あわせて、保育所を含む幼児教育から大学までの各段階を通じて、すべての教員は自ら読書に親しんでほしい。また、家庭では、親も子どもと一緒に本を読んでほしい。
 さらに、財政的な事情のみによる公立図書館の非常勤司書の増加や、指定管理者制度の導入は、図書館を支える専門的職員の育成の観点などから懸念される課題が多いことについて、改めて関係者の留意を求めたい。

○  また、地域には、読書サークルなどを通じてボランティアで読書を支える活動に取り組んでいる人々が存在している。こうした活動は、地域における人々の信頼関係や結びつきを高め、地域の安定や人々の安心、幸福感の増大に貢献する、いわばソーシャル・キャピタルであり、その活動を広く支援することが必要である。また、こうした活動が相互に連携し、ネットワークすることによって地域の様々な関係者による横断的な「読書コミュニティ」として発展していくよう、公共図書館等が中核となって支援することも期待される。

○  すでに述べた図書館の司書、教員はもとより、書店員、ボランティアなど本に関わり、支える様々な「人」の資質向上が重要である。国や自治体、関係団体などは、こうした人材の育成のための資格制度の検討やより充実した教育研修プログラムの開発・実施に取り組むべきである。

提言2 住民参加で自治体ごとの「読書環境プラン」(仮称)を策定し、実現しよう

○  誰もが質の高い読書環境を確保できるようにするための基本戦略として、自治体ごとに、住民参加で「読書シビルミニマム」(読書生活保障の最低基準)を設定するとともに、その実現のための地域の「読書環境プラン」(仮称)を策定し、自治体が責任を持って実施していくことを提案したい。本を媒介に顔の見える絆を地域で形づくり、読書に関わる質の保証を可視化し、具体的に推進することを目指す。こうした取組は、地域における「新しい公共」の具体的な実現にも大きな役割を果たすであろう。

○  策定に当たっては、国、自治体、学校、図書館、地域の関連施設、住民等、各主体の役割を明確化した上で、それぞれが自らの責任を果たすべく協働することが重要である。また、読書に関しては、すでに述べたように「子どもの読書活動の推進に関する法律」に基づき国や都道府県、市町村が策定する子ども読書活動推進に係る計画があるが、「読書環境プラン」の策定に当たっては、こうした計画も十分に踏まえ、一体的な取組を進めることが求められる。

(各主体に期待される役割)

  • この取組の中心となるのは、自治体、とりわけ市町村である。それぞれの地域の特性を踏まえ、幅広い関係者、住民の参加を得て、自らの責任で「読書シビルミニマム」、「読書環境プラン」を策定する。例えば、中学校区を単位として、人口動態、年齢構成なども踏まえつつ、乳幼児から高齢者、障害を持つ人など様々な人々が、学校図書館や公立図書館、公民館、書店などにおいていかに読書にアクセスできるようにするか、また、サービスの内容や読書を支える人材の配置はどうあるべきかなどについて、コーディネーターを中心に具体的な検討を行い、その自治体の最低基準の「読書シビルミニマム」として明確化する。そして、それを達成するための「読書環境プラン」を策定し、実施することで、地域の読書環境の充実を図っていく。その過程においては、実施状況のフォローアップや評価を行い、広く結果を公表するとともに、必要に応じた見直しを行うことが求められる。
     こうして形成される関係機関や住民のネットワークは、同時に、まちづくりの骨格を担うことにもなろう。図書館や学校など読書の場を中心に、人々が学び、交流し、地域づくりに取り組む新しいまちづくりが広がっていくことを期待したい。
  • 学校や保育所、児童館、公民館等の関係者は、「読書シビルミニマム」や「読書環境プラン」の設定・実現に積極的に参画するとともに、それぞれの施設を地域の読書環境の重要な資源としてとらえ直し、蔵書の充実や運営の改善を図ることが求められる。
     脳科学の研究によれば、人間の心は、生まれてからの経験に基づいた記憶の集合体として形成されるものであり、成長した人間の心の状態は、初期の経験、すなわち幼児体験に強く依存するといわれる。すべての子どもたちが、人生において読書の喜びを味わい、その恩恵に浴することができるよう、幼児期からの環境づくりが大切であり、例えば、幼稚園や保育所、児童館、公民館等は、子どもが乳幼児の時期から親子で読書に親しむことができる場として、また、本を媒介にして様々な親子がつながることのできる子育ての広場として、重要な役割を果たすことが期待される。
     また、学校には、読書を、学習指導要領に定められた「言語活動」はもとより、コミュニケーション活動や思索活動の充実にも活かすよう意識した取組を期待したい。そのような取組を実現するため、学校図書館を「読書センター」、「学習・情報センター」として位置付け、その機能の向上を図る必要がある。このため、市町村等が中心となって、専門的な人材配置による人的体制強化や、学校図書館図書標準の達成を目指した図書整備、多様な図書資料の充実による物的体制整備を積極的・計画的に進めるなど、学校における読書環境の充実を図ることが必要である。
  • 公共図書館には、「読書シビルミニマム」や「読書環境プラン」の設定・実現において専門的な見地から極めて重要な役割を果たすことが期待される。蔵書やICT環境を充実するとともに、他施設等との連携を強化することなどにより、読書の場としてはもちろん、個人の、また、地域の様々な課題解決へのアクセスポイントとして機能することができるよう、充実を図る必要がある。
  • 市町村の主体性に加え、住民の協働・参画こそが、この提案の肝である。自分たちの地域で、どのような読書環境を実現するべきか、そのためにどのような取組が必要かについて、人任せにするのでなく、中高生などの若い世代も含めた住民自らが考え、判断し、計画を策定するのである。その中で、「読書シビルミニマム」や「読書環境プラン」の設定の議論に参画するだけでなく、例えば、地域の図書館をどう良くするかなどの具体的な課題について「熟議」したり、自らもボランティア等として主体的に関わったりすることを通じて、地域の「新しい公共」の担い手が育成されることも期待される。
  • 国は、全国的な水準確保の観点から、学校教育における読書活動の意義等について周知を図るとともに、学校図書の整備について、現行の「学校図書館図書整備5か年計画」が終了した後も引き続き、市町村等が図書標準の達成に向けて蔵書の整備を計画的に進められるよう、必要な措置を行うことが求められる。また、公共図書館の設置・運営に関する望ましい基準の整備等を通じて自治体の主体的な取組を促す。さらに、優れた取組の顕彰やそれに関する情報発信、独立行政法人国立青少年教育振興機構の「子どもゆめ基金」を活用した草の根レベルでの読書活動の推進などを通じ、各自治体等の取組を側面支援していくことが求められる。

提言3 読書の新しい可能性や将来像を構想し、推進するためのネットワークをつくろう

○  これまで読書は、単に「本を読むこと」としてのみ受け止められがちであったが、本来、本は、単に「読まれる」だけでなく、人と人とをつなぎ、知的コミュニケーションの起点となり得る多様な可能性や潜在力を持っている。
 こうした読書の可能性や力を活かし、読書会や読書サークル、イベントなどを通じて読書体験を共有化し、本を通じたコミュニケーションを活発化する取組を促進することを提案したい。日常的に、ちょっとした仕事の集まりや研修の機会に本を紹介し合うことや、日頃の読書の成果を何らかの形にしてコンクール形式で競うようなイベントなども楽しく意義深いものとなろう。高齢者が地域で交流しながら読書を楽しむことのできるような場づくりやライフスタイルを提案することも考えられる。互いに「本を贈り合う文化」が広まっていくことも期待したい。
 「本と読書のある風景」を生活のあちこちに作り出すことによって、人々と「知」との接点を増やしていくことができる。このためにも、ワーク・ライフ・バランスを改善し、働き盛りの大人が本に接することのできる時間を増やしていくことも呼びかけたい。
 また、夥しい数の本がすでに存在し、さらに日々新たに生み出される中にあって、人と本との幸福な出会いを可能とし、様々な知的好奇心に応えることのできる読書環境を実現するためには、本を検索するシステムの在り方などについても関係者間で多様な検討がなされるべきであろう。

○  読書を、本にまつわるあらゆることとしてとらえ直すと、その可能性や影響が広く社会の各分野に及ぶことに気づく。しかしながら、これまで、そういった切り口から読書を眺め、研究する活動はほとんど行われてこなかった。読書を今後の我が国社会のインフラとしてとらえるのであれば、読書について、例えば、経済学、社会学、脳科学、心理学、教育学など、様々な分野との関わりやその観点からの総合的な研究が進められるべきである。同様の視点から、諸外国における読書をめぐる状況などについても調査・分析が求められるであろう。
 ICTの発展に伴い、読書をめぐる環境は大きく変化しており、「知」の在り方や、人と「知」との関わり方も変化を続けている。このような中にあって、読書の可能性や将来像について構想し、調査研究を推進するとともに、読書の意義や楽しさを広く発信していくムーブメントを起こしたい。そのためには、読書に関する関係者の力を結集してネットワーク化し、取組の基盤として位置づけることが必要であり、その在り方について引き続き検討する必要がある。こうしたネットワークを中心に、読書の推進が永続的な取組となるよう、社会全体で取り組むことこそが、「国民読書年」の真の成果となるものと考える。

おわりに

 東日本大震災の被災地では、読書を取り巻く環境も大きな被害を受けた。多くの公共図書館や学校図書館、公民館図書室、書店が直接の被災や停電などの影響で閉鎖せざるを得ない状況に追い込まれたのをはじめ、製本や流通のシステムも深刻なダメージを被った。
 そのような状況の中、本は多くの人の心を支え、力を与えている。被災地では、避難所で共有された本が子どもたちをはじめ多くの人々の心を癒し、元気づけたと伝えられる。1冊の雑誌を100人以上が順番に読んだというエピソードや、何とか営業を再開した書店に多くの客が押し寄せたという話も聞く。
 被災地の人々を支援するため、出版社や図書館などの関係者をはじめ、多くの人が本を集めて被災地に送ったり、現地に赴いて子どもたちへの読み聞かせを行ったりした。企業によるタブレット型電子書籍リーダーの寄贈や無料貸出、被災した図書館へ備品の寄附なども行われている。各地の公共図書館では、レファレンスサービスを通じて被災地で必要とされる情報を迅速に提供したり、より詳細な情報を提供するために被災地の地元新聞を新たに購入し閲覧に供したりといった試みも行われている。こうした多くの志によって、被災地の読書環境は少しずつ改善に向かっている。

 今後、本格的な読書環境の復興に向けて、課題は山積している。例えば、公立図書館や公民館の復旧のために、国には十分な財政支援を行うことが求められる。同時に、建物の耐震化など防災機能の強化も不可欠であろう。
 また、今後、被災地の自律的な復興・発展の成否を握るのは、地域の中での人々の連帯の絆であると考えられる。そうしたコミュニティの紐帯を形成していくための拠点として、ぜひ図書館や学校を位置付けてほしい。図書館や学校は、人々が今後の地域の在り方について考え、学び、議論を深めていくことをサポートするための資源の宝庫である。そこに、新たに様々な関係者のコーディネートを行う人材を配置し、地域の書店や企業、NPO、団体等の参画も得つつ、第3章で提案した「読書環境プラン」のみならず今後の地域の在り方そのものを全員参加で考え、創り上げていってはどうだろうか。その過程で生まれる人間同士のつながりや信頼関係は、温かく強い地域の再興の大きな力となるに違いない。

 大震災は、そのあまりにも甚大な被害と引き換えに、読書が我々一人一人にとって、また社会にとってかけがえのないものであることを改めて認識させるものでもあった。我々はそのことを肝に銘じつつ、新しい時代の人と読書の関係づくりに取り組んでいかなくてはならない。

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