これからの博物館の在り方検討協力者会議(第10回)における意見発表の概要

全国大学博物館学講座協議会東日本部会会長校
東北学院大学歴史学科 辻 秀人

 公表された「新しい博物館制度の在り方について」(中間まとめ)で検討されている学芸員養成制度について、大学学芸員養成講座の立場から、意見を申しあげたい。

1、大学における学芸員養成制度について

 まず、第1に、大学において学芸員資格を取得する場合、『「博物館に関する科目」の修得(現行資格に該当)の後』『博物館における一定年数(例;登録博物館1〜2年)の実務経験を資格要件とする。』(短大の場合は3年の実務経験の後基礎資格を取得し、さらにその後1年の実務経験)との案には反対の意を表明したい。
 中間まとめでは『博物館が提供するインターン制度による経験等も要件として含めるような運用方法も考えられる。』とし、大学在学中の資格取得にも一定の配慮を示すが、現在の大学のカリキュラムは、文部科学省指導のもとに厳格に運営されており、在学中に1〜2年の実務経験を積むということはすなわち留年を意味する。留年は学生の経歴の問題とともに、多大の経済的負担を産み出し、現実的に資格取得への道にはなり得ない。
 大学卒業後に、実務経験を積む場合を想定すると、学芸員取得を目指す学生諸君は大学卒業後1〜2年間、無給のインターンとして働くことになり、就職の保証もないままに無償の労働を強いられることになる。早期に就職することが望むほとんどの学生にとって、無給で1〜2年実務実習を行いなおかつ就職の見通しもないという状況では、学芸員資格取得は事実上あきらめざるを得ない。
 中間まとめの示すデータによれば、全国の学芸系職員の32パーセントが修士号以上を取得しているとのことだが、逆に言えば残り68パーセントは学部で学芸員資格を取得した学芸員が全国で博物館活動に従事していることになる。中間まとめの提案に従えば、今後この68パーセントに相当する次代の学芸員養成が極めて困難になることが予想される。国立、県立等の大型館はとにかく、市町村立歴史民俗資料館等の小規模館の多くでは、大学卒の採用が原則であり、一般公務員試験で採用された人物が博物館施設に配属になることも多い。大学卒段階で資格取得が困難となれば、このような館は学芸員に関わる教育を受けない人々が担うことになる可能性がある。
 また、新たな制度に基づく実務実習は、博物館側にとっても大きな負担となることが予想される。従来の実務実習の実施も博物館側の善意に依拠して実施してきたが、年々受け入れ館の確保が難しくなっている。このような現状の中で、通年の実務実習を教育的な配慮のもとに受け入れることが可能な館がどれほどあるのか、また受け入れ可能な人数がどのくらいあるのか確認が必要となろう。
 全国大学博物館学講座協議会に所属する大学学芸員養成課程では、委員長校の國學院大學をはじめとして、これまでに多くの博物館学芸員を養成し、博物館活動を担う人材を供給してきた。引き続き、次代の博物館を担う人材を供給するため、大学における学修の改善と実務実習の実質化を前提に大学においても、現実的に学芸員資格が取得可能となるよう、検討をお願いしたい。

2、大学院における学芸員養成制度について

 『大学院における博物館学及び博物館資料等に関する専門的な科目(インターン経験等実践的な学修を含む)の学修及び専門分野の修士課程以上修了(又は修士相当の)論文・経験・実績修了)を資格要件とする。』ことについては中間まとめでも述べられているように、いくつかの検討が必要だと考える。
 まず、他の資格との整合性の問題である。教育職員の場合大学院に1年在籍し、教科に関する科目24単位を取得すれば専修免許が取得できる。専修免許は、高校で管理職になるために必要とされ、社会的な位置づけがある。また、司書資格も大学卒段階で資格が取得できる。これらの資格と比べて、学芸員資格は要件が厳しく、公平を欠くのではないか。学部卒業段階で学芸員資格を付与し、大学院では教員養成の専修免許に相当する資格を与えることについて検討をお願いしたい。
 また、博物館学講座を持つ大学を除き、ほとんどの大学院で博物館資料の取り扱いに関わるカリキュラムをもっておらず、カリキュラム改正をしなければ学芸員養成ができない実態がある。現状ではごく一部の大学院をのぞき、学芸員養成が困難となるだろう。旧国立大学を含めて、博物館専門科目を専門とする教員はけっして多くない現状がある。これらの点について大学院教育全体を視野にいれた総合的な改善がなされる必要があり、さらなる検討をお願いしたい。

3、その他

 大学の学芸員養成課程は当然のことながら博物館活動の展開と密接不離の関係にあり、学芸員を送り出す立場として博物館全体の動向に重大な関心を寄せざるを得ない。今回の博物館法改正は今後の博物館活動を左右するに大きな分岐点となることが予想されるため、博物館法改正について若干の意見を述べておきたい。
 博物館法改正にあたっては、まず、これからの博物館の有るべき姿が構想され、その構想を実現すべく、これからの博物館をいかに育成、支援していくかの論議が必要と思われる。残念ながら「中間まとめ」では明確な方向性が読み取りにくく、相当施設を登録博物館に含め、登録博物館の設立主体の範囲を大幅に広げ、資料を持たない館を登録博物館として認めるなど、大幅な登録博物館の普遍化、規制の緩和を図り、一方では学芸員養成制度にはかなり厳しく専門職員化を求めるなど矛盾した方向性が混在しているように見える。この結果、大学でこれまでより要求度の高い学修を義務づけられ、博物館資料の取り扱いについて長期の実務経験を積むなどの厳しい条件を満たしてきた学芸員が資料を持たない館に勤務するなどの状況が起きてくることになる。全体として明確な方向性を示し、その方向性に整合する首尾一貫した法改正の論議を要望したい。
 また、昭和26年に制定された博物館法は日本の博物館整備と発展に多大な寄与したことは多言を要しない。しかし、近年は多くの博物館が建設されているにもかかわらず、登録申請がわずかであり、私立博物館はとにかく、公立博物館では登録博物館であることの意味が薄れているのが現状である。「中間まとめ」別表3では新登録制度のメリットが列挙されているが、現在の博物館法に基づく登録制度のメリットと特に大きく変わるとも見えず、具体性に乏しく思われる。普遍的な登録博物館の存在が学芸員制度その他の基盤であり、この基盤を確保するため、登録博物館制度が機能するよう、具体的な方策を検討することを要望したい。