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新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議(第6回)議事要旨

1.日時

令和2年2月25日(火曜日)15時00分~18時00分

2.場所

文部科学省13階 13F1~3会議室

3.議題

  1. 特別支援教育を担う教員の専門性の在り方について
  2. その他

4.出席者

委員

宮﨑主査,岡田主査代理,朝日委員,市川委員,川髙委員,金森委員,田村委員,野口委員,日詰委員,佛坂委員,松倉委員,真砂委員,山中委員

文部科学省

蝦名大臣官房審議官(初等中等教育局担当),俵特別支援教育課長,佐々木特別支援教育企画官,青木初等中等教育局視学官,若林特別支援教育課課長補佐

オブザーバー

西牧オブザーバー,梅澤オブザーバー

5.議事要旨

知的障害のある子供には、ボーダーと言われている子供から教科の学習についていくことが難しい子供まで様々な子どもが在籍している。通級による指導では、学習障害等により学習についていけない子供に対して、教科の補充ではなく自立活動を指導しているが、通級による指導の対象となる子供の知的障害の有無の診断は難しい。知的障害の有無というより、自立活動の成果が見込めるか否かで通級による指導の対象としているのが実態。

医療に携わる立場から発言すると、診断というのは、1つ1つの診断が生徒に1対1でつくものではなく、自閉症であり知的障害があるなど、複数の障害のある方の方がはるかに多い。また、恐らく知的障害があっても軽度の場合であれば、通級による指導で十分な成果が見込めるだろう。このような現状を踏まえると、この人は知的障害だとか、この人は自閉症だとか、そういう線引きをすることは現実的ではない。

ICD-11という国際疾病分類が改訂され、知的障害の概念も変わっていく可能性がある。就学に際して、学校では知的障害であるかどうかの確認のために療育手帳の所持を確認することがあると思うが、療育手帳の在り方についても厚生労働省で見直しを進めている。今後は、知的障害の捉え方が国際的にも日本の中でも変わってくることを念頭に置いて議論を進めるべき。

現在ICD-11の日本語訳が作成されているが、IQという数値は医療的にはなくなる見込み。DSMというアメリカの国際分類でもなくなっている。かつてIQ70だったら通常学級等と言われていたが、これからはIQだけにとらわれず、IQが高くても通常学級にいられない生徒も出てくるようになる。こういう議論とあまり乖離しないような検討が必要。

東京都の場合、知的障害の特別支援学級に在籍すると、自立活動は知的障害の特別支援学級の教員が対応するので、例えば、知的障害と聴覚障害の重複障害のある子供が聴覚の通級指導を受けられなくなるという課題がある。子供を中心に考えたときに、重複する障害毎に専門的な対応ができる体制が構築できるとよい。

高等学校の場合、校内の特別支援教育コーディネーターが機能している学校は、通級による指導がうまく実践できていると聞く。一方で、中学校から高等学校へのつながりについては課題があり、また、小学校・中学校で受けた通級による指導に対する子供の印象が、高等学校で積極的に通級による指導を受ける意欲や態度に影響すると聞く。

特別支援教室構想では、一人一人の学ぶ場やその割合が異なってくる。現行の仕組みでは、特別支援学級や通級による指導等の学ぶ場に応じて教育課程が編成されているが、特別支援教室構想では、一人一人に応じた教育課程を編成できるようにしていかなければならない。例えば、知的障害のある子供の特別支援学級であっても、一つの教育課程を編成するのではなく、軽度の子供であれば通常の学級で過ごせる時間が増えるかもしれないし、あるいは、ほとんどの時間は特別支援学級でその子に合った教育課程を学びながら、一部の時間だけ通常の学級というような形になるのではないか。
アメリカでは、なるべく全員が通常教育のカリキュラムにアクセスしていこうという流れがあり、教育の内容ではなく方法に変更を加えたり、目標や内容に部分的な変更を加えたりすることで対応している。学びの場を決めてから学ぶ内容が決まるのではなく、その子に必要な教育内容があってそれを学べる通常の学級や特別な場の組み合わせを考えるようにすべき。

教員に必要な専門性について体系的に整理をしていく必要があるが、何をもって専門性とするのかを整理して、その上でその専門性を担保するためにどのような仕組みが必要かを検討する必要がある。LITALICOでは求められる専門性をルーブリックで示した8段階の等級に給与が連動していく人事制度を採用している。特別支援教育では子供の目標設定をするときに、具体的に測定可能な行動で示そうと考えるが、教員についても必要なスキルや専門性の全体像が整理されていると分かりやすい。
特に行動に問題のある子供たちに対する指導方法については、エビデンスのある指導方法を全ての教員が学ぶべき。アメリカではエビデンスのある指導方法であるポジティブな行動的介入や支援、機能的アセスメントが、「障害のある個人の教育法」という法律の中で義務付けられている。
また、教員が特別支援教育のスキルを持っていたとしても、それが評価される仕組みがないため、特別支援教育について学ぼうという動機付けがない。通常の学級において特別支援学校の免許を有していたり、発達障害の専門性がある教員に対してプラスアルファのインセンティブが何か評価できたりするような仕組みがあれば、より特別支援教育の専門性を高める動機付けになる。

発達障害について1単位必修となったことは素晴らしいことだが、現場が困るとか大学の講座が困るという視点ではなく、教育は子供の変化に合わせて考えるべき。例えば、平成11年の夏までは、教育現場には注意欠如多動性という言葉はなく、全て学習障害の一部としてフォローしていたが、今は子供に対する見方も随分変わってきている。
明治時代以降、日本の教育は国家に役立つ人を作ってきて、それにより国家も右肩上がりで成長したが、個を重んじる特別支援教育が始まるときに、明治維新以来の180度転換だと言われた。今、発達障害の子供が増えており、中学までは自閉症等の特別支援学級があるのに、高校へ進学した途端にそれがなくなってしまい、特別支援学校高等部に進学しなければいけなくなるのは、どう考えてもおかしい。

小中学校の免許を取得する際の介護等体験で学生が特別支援学校に2日間来てくれる。そこに必修単位が加わったということは大きな意味はあると思うので、障害の種類毎の割合等の基礎的な知識だけではなく、障害のある方の育ちや生活、生涯学習の観点や保護者の考え等に耳を傾けるような内容であってほしい。
全国の特別支援学校の校長会で、推進連盟と協力して介護等体験のテキストをリニューアルしたので、これから免許を持つ方たちに是非読んでいただきたい。障害のある方たちと話をすると、新しい気付きがたくさんあり、例えば、人気のあるラーメン店に入りたくても段差があって入れないことの「もやもや」をどうしてくれるんだという話や、一度も通常の学校の経験がない方が、もし通えていたらこういうことをしたかったという話を議論することは体験的で深い学びにつながるのではないか。
ろう学校の教員になりたいという学生の面接をすると、聴覚障害の成人の方と出会って交流したことがきっかけで、特別支援教育に携わってみたいと思うようになった人がたくさんいるので、障害のある方に触れて当事者の生の声を聞く機会を充実してほしい。

教員養成課程の在り方に関しては、介護等体験や1単位の必修化により、若い先生方はこれから大きく変わると思う。学校現場でも、若い先生の方が特別支援学校教員の免許を持っている方が増えている。介護等体験や1単位必修化などは、英断を持ってやっていただいたことなので、今後もそういう改革を進めていかなければならない。
教員研修の在り方に関しては、特別支援教育についての研修を行っている割合は増えているが、机上の学びだけではなく、事例検討や関係機関との連携等の実践的な内容が充実すればよい。
特別支援学級や通級指導教室を設置している学校の校長の4割が自立活動について理解していないという調査結果があり、管理職に特別支援教育の理解を促していくような研修は非常に重要。管理職になるに当たっても多くの研修があるが、管理職になる前から特別支援教育についても学んでいく必要がある。
特別支援教育コーディネーターを育成していくことで、全ての教員が特別支援教育に関する専門性を高めていくということにつなげるべき。教員が特別支援教育コーディネーターに指名された場合の時数軽減や専任化も検討すべき。

国立特別支援教育総合研究所で作成した「特別支援学校(肢体不自由)の教員の専門性を高めるためには」では、教員として基礎的な専門性のベースの上に特別支援教育に関わる教員の専門性があり、その上に、8割が知的障害を伴う重複障害のある肢体不自由の特別支援学校で求められる高い専門性があると整理している。これには、ヒューマン、テクニカル、コンセプチュアルといった3軸のベクトルがあると考えている。
大学の教員養成に関しては、私の大学は福祉大学なので、様々な障害のある学生が学内に当然のようにいるという恵まれた環境である。また、神戸大学では、科目等履修生の形で知的障害のある学生を受け入れており、障害のある人も一緒に学んでいる状況を作っていくことが、一つの学びにつながるものと考える。

国立特別支援教育総合研究所では、肢体不自由の特別支援学校の教員の専門性に続いて、「インクルーシブ教育システムにおける教育の専門性と研修カリキュラムの開発に関する研究」というテーマで、管理職、特別支援教育コーディネーター、特別支援学校・特別支援学級・通級による指導を担当する教員、通常の学級担任、特別支援教育支援員に必要な専門性を整理している。その整理に従って、研修カリキュラムの組み方等を整理し、国立特別支援教育総合研究所の専門研修で実施している。

教員養成の中で全てを学ぶというのは難しく限界があると考えている。実践の中でOJT方式で、スーパービジョンを受けられるように、例えば中学校区に1人程度スーパーバイザーを配置していくとよい。
また、発達障害の専門性を担保するための方法について、この会議の中で議論しきるのは難しいと考えるが、今後ワーキンググループ等の設置は考えているか。
もう1点、エビデンスのある指導方法のほかに、特別な教育課程の編成方法や、個別の教育支援計画・指導計画の作成、保護者支援についても学ぶ必要があるのではないかと感じている。現在、戸田市との共同研究で、ペアレントトレーニングのプログラムを通常の学級の教員が保護者向けに実施しているが、障害のある子供の保護者だけではなく、全ての保護者に対して、ペアレントトレーニングを実施したところ、有意に保護者のストレスや子供の問題行動が減ったという結果が得られた。CBCLという質問紙で特別な支援が必要な領域の子どもがペアレントトレーニングをすることによって臨床域を外れたこともあり、教員からも非常にポジティブなフィードバックを頂いた。さらに、ペアレントトレーニングを先生方に実施していただくことで、授業や学級経営のやり方が変わり、保護者対応に対する自己効力感や子供への対応力、学級経営、問題行動のある子供に対する対応力も上がったという実感が得られたので、この保護者支援についても、特別支援学級・通級・特別支援学校の専門性としてこのように位置付けていくべき。

通級による指導は発達障害を中心に行われているが、千葉県では、肢体不自由、病弱、視覚障害、聴覚障害についても、特別支援学校が県内各地にサテライトを出して、通級による指導を行っている。千葉県では、盲学校、聾学校が1校ずつしかないので、他の学校の教室等を活用して全県に拠点を設け、そのサテライトに子供が集まってきたり、サテライトから教員が色々な学校を訪問したりして、通級による指導を行っている。病弱の通級による指導も行っており、主に病弱の特別支援学校の中で精神疾患等の子供に対する通級による指導や、入院期間が非常に短くなっていることを踏まえ特別支援学校に転校せず在籍校のまま通級による指導を行っている。
言語障害や発達障害の通級による指導は小中学校の教員が担っており、それ以外の分野は特別支援学校の教員が通級による指導を担当している。時間をかけて小中学校と特別支援学校とで、子供に関する情報や指導方法の共有を図っていった。
先ほど、特別支援学級に在籍している児童生徒の自立活動について話があったが、「通級による指導の手引」によると、特別支援学級に在籍していても、その子にとって必要な自立活動の指導が、その学校の教員では難しく他の学校の教員が担った方が良い場合は、それが可能とされており、千葉県では知的障害の特別支援学級に在籍している児童生徒に対して肢体不自由の通級による指導を行っている例もある。
子供のことを地域でどのように共有して、その課題に対して、小中学校、特別支援学校、教育委員会との連携、どのようなサービスを行うかを話し合う環境が作れていれば、問題は解決していく。
高等学校でも同様で、高等学校に在籍する知的障害や発達障害のあるお子さんが一番困るのは卒業して就職する段階で、面接に行ってもなかなかうまくいかない時に、高等学校と地域の特別支援学校とのやりとりができていれば、障害者就労をすることが可能になる場合もある。また、学力的に非常に厳しい高等学校に呼ばれて、子供たちを見て、どの子が知的障害でどの子が発達障害なのか、それに対してどのような指導をしたら良いか教えてほしいと言われて、全教室を回ったことがあるが、問題があるのは子供ではなく先生の問題だと答えたことがある。学力的に厳しいお子さんたちに、偏差値でいえば50~60の子に対する内容の授業をして、寝ないで黙って聞くことを強制するという考え方が間違っているという話をしたことがある。子供の困難性を理解し、子供に応じた分かりやすい説明を行い、子供が熱中して課題に取り組むといった授業を行えるのが、どの教員にも必要な専門性の一番のポイントであり、自分の手に負えない困難性であれば特別支援学校等に連絡して問題を解決していけることも必要な専門性ではないか。

インクルーシブ教育を考えたときに、障害のない子供への説明能力が必要。我々は特別支援教育といった時に生来的な障害者の話ばかりしてしまうが、途中で肢体、視覚、聴覚の障害を受ける人もおり、自分もそうなるかもしれない、そういうときに、どういったヘルプを求めたら良いかを、人ごとではなくて一緒に考えていく視点は重要。

盲ろうという障害は独自の障害であり、盲ろう教育も独自の専門性が必要とされる。しかし、この点がなかなか理解されていないため、特別支援教育の教員養成カリキュラムに小さな単位数でよいので盲ろう教育に関する科目を入れていただきたい。

特別支援学級の担当教員の免許保有率が30%余りで、来年度までに6割にする目標を掲げていただいたが、3割前後に留まる状況が何年も続いている。特別支援学級の担当教員に特別支援学校の免許を取得してもらおうとしても、障害の種類等が異なり、例えば自閉症や発達障害についての専門性を担保する免許が必要ではないか。
特別支援教室構想の実現を目指すのであれば、教員がどのような専門性を身に着けていくかが重要。知的障害や発達障害といった様々な障害のある児童生徒がおり、大部分を特別支援教室で過ごす児童生徒から少ない時間のみを特別支援教室で過ごす児童生徒までいる中で、教員がきちんと見取りをして計画を立てていかなければならず、相当な専門性が必要になってくる。その前段階として今の5種の特別支援学校の免許に加え、自閉症や発達障害等も含め通級による指導等を担当する教員も含めた免許を考えていただきたい。
また、特別支援教育に関しては様々な研修があるが、体系だった研修を受けられてないため、専門性の向上につながっていないと感じている。特別支援学級や通級による指導の魅力やおもしろさが伝わるような体系的な研修を進めていく必要がある。
特別支援学校で経験を積んだ教員を小中学校の特別支援学級に配置することは良いと思うが都道府県立・市町村立という設置者の違いによる人事の壁があるのが現状。より円滑に人事交流ができるようになる良い。

小学校の教科指導は小1の国語の上巻で数ページ目から平仮名が入るが、特別支援学校ではその手前にいるお子さんたちが多く、私が在籍している肢体不自由の学校では、文字、数、言葉の基礎的なところの獲得に至っていないお子さんが7割前後、知的障害の方でも文字、数、言葉の入りかけぐらいのお子さんまで含めて5割以上いる。特別支援学校に在籍して、小中高等学校に準ずる教科の内容を学んでいるお子さんは数%であり、知的障害を伴うお子さんたちが非常に多い。
特別支援学校の教員は小学校、中学校、高校の基礎免許を持っており、自分が実際に学校で受けてきた教育でイメージを持っているが、実際に初めて特別支援学校に来て目の前のお子さんを指導しようとしても正直なところ手も足も出ない状況。周りの先生を見て、人間関係を学ぶ授業、楽しい授業、共感をする授業、感性を豊かにする授業の方法を身に付けていく。一方、保護者は、生まれたときに、障害がある・なしに関わらず、この子も文字が読めて、数が分かって、小学校の教科書が読めて、名前を呼ばれたら返事ができることを当然、願っており、学力を身に付けさせたい親の希望と子供の発達や指導の内容にギャップがある。特別支援学校の免許を取るときにも、基本的な教育の枠組みや障害種あるいは感覚器ごとに学ぶことは必要だが、例えば、目で見て、聞いて分からないお子さんの頭の中にどうやって概念形成をするかといった、基礎段階の認知発達の力を付けて、通常の教育の入り口までつなげられるようなカリキュラムが必要。こうした内容を養成段階でも学びOJTや現職研修につないでいくことが必要。

免許法の附則第15項の廃止については、現場感覚で言うと、免許を保有することだけを前提で縛られることで人事が停滞し専門性の向上も停滞する懸念がある。
特別支援学校には、知的障害があり聴覚障害がある、肢体障害があり視覚障害もある、あるいは視覚障害があり自閉症もあるお子さんもたくさん在籍しており、教員が免許だけに縛られるとうまく連動できない。京都府では、3年間の特別支援学校への留学制度を設けており、特別支援学校の免許を持たない小中学校の教員が3年間の特別支援学校に担任として配置される。同時に、特別支援学校の教員が、小中学校に3年間の限度をもって担任として学びに行くという人事交流の中で、府内全体の特別支援教育の向上を図っている。免許法の附則15項を廃止されると、このような人事交流ができなくなるという問題がある。
特別支援学校の教員の専門性の向上については、本校は知肢併置の学校で、90%の教員が免許を保有しているが、養成課程では内外の専門家をうまく活用できるコーディネート力や、そこで得たアドバイスを子供たちの実態に応じてカスタマイズできる能力の形成ができておらず、こうした能力が必要。学校間の異動だけではなく、学校内でも小学部から高等部や発達段階の幅や重度・重複の子から就労を目指す子供たちを担任する場合まで非常に幅が広く、そこを担任していくとなると、全てのことに的確に対応できる知識と経験を身に付けることは非常に難しい。
今後、全ての学校にタブレットが配備されていく時代になっていくと思うが、特別支援学校では、個々の児童生徒のニーズに応じてカスタマイズしていく能力が求められていくので、OT、PT、ST、看護師、ICTの専門家等をうまく活用して、個に応じてカスタマイズできる能力を形成していくことと同時に、学校の内外にこういった専門家を配置していくといった体制整備が必要。

都道府県によって教員採用の仕組みが異なり、例えば富山県では、中高の枠で採用された新採者、初任者の約4割強が初年度に特別支援学校に配置され、3年間という期限を区切った人事交流が行われている。このような仕組みによって、小学校、中学校、高等学校での特別支援教育が、特別支援学校で勤務した経験のある教員によって推進され、専門性が向上されている。特に病弱教育では、準ずる教育課程で学ぶ生徒が他の障害種より多いと思うが、教科指導の専門性という意味では、中学校や高校の教科指導の専門性の高い教員が人事交流で配置されることによって特別支援学校の教科指導が向上している。
長期間知的障害の特別支援学校の教員をしてきた教員が病弱の特別支援学校に配置された際に、もともと基礎免として教科の免許をもっていても実際にその教科を指導する自信がないという教員がいる。そのような場合、高校から来た教科指導の専門性の高い教員の様子を見て学ぶということも多い。
附則第15項を削除してゆとりがない状況だと、各都道府県で難しい状況が出てくるのではないかと思う。免許保有率を上げていくということは大変必要だと思うが、専門性の向上という点では、研修面の充実や免許法そのものの改正を考えていく必要があるのではないか。

千葉県では平成28年度から特別支援学校教員採用選考を特別支援教育教員採用選考に変更して、新規採用者を特別支援学校に着任をさせて3年間経験を積んだのちに小中高等学校の主に特別支援教育を担う教員として配属することとした。その後は、本人の希望に応じて、通常の学級に配属したり特別支援教育コーディネーターを担ったりしていただくこととしている。これは、当然特別支援学級の在籍者や通級による指導を受ける子供の増加を受け、ただ免許を持っているだけでは十分に対応出来ない者もいるので、実体験を経たうえで担当してもらうことを目的としている。
人事交流については、特別支援学校から3年間小中高へ行ったりその逆の形があったり、特別支援学校に来た場合は必ず3年間で返すがその間に最優先で二種免許状の取得ができるように優先的に免許を取らせている。仮に単位が足りない場合は、戻った後でも優先的に単位が取れるようにしている。また、本人の希望に応じて、交流だけでなく、行ったきりの人事異動も行っている。
そのほか、いくつかの特別支援学校で公募制度も設けており、異動先の校長が欲しいと言えば現任校の校長の意向に関わらず異動できる仕組みとなっている。千葉県には盲学校とろう学校は1校ずつしかなく、障害の専門性と教科の専門性を同時に担保するため様々手段を用いている。
最後に、特別支援学校の勤務だけでは、小中高等学校で必要な生徒指導を通して集団を扱う能力が養われないと感じており、特別支援学校の教員を小中高等学校に出す時は、3年間普通の授業を持たせていただき鍛えてほしいと交流先の学校の先生方にお願いをしていた。小中高等学校の先生には特別支援教育の専門性がないとよく言われるが、特別支援学校の教員も教員としての専門性を養わなければならない部分があり、意識して育てていく必要があると感じている。

特別支援教育が始まってから13、14年目となり、特別支援教育の考え方も浸透し、非常によく理解してくださっている教員がいる一方で、未だに理解が不十分な教員もおり、乖離が起きていると思う。
例えば、今の医療では発達障害は神経発達症という枠の中に入っており、その中にASD、ADHD、LD、知的障害等が並んでいるので、この子は知的障害か発達障害か聞くことは、ここは千代田区か東京都かと言っているようなもの。また、他の例を挙げると、特別支援学級や特別支援学校に在籍しており不登校になっている方の親御さんが、学校から発達障害の薬をもらってくるように言われたと相談に来ることがあり、不登校は薬の問題ではなく周りの対応の問題だと説明したところ、薬を出してくれないやぶ医者のところではなく薬を出してもらえる良い医者のところに行きなさいと学校で言われることもあった。ADHDの薬はあるが70%しか効かないことなど、学校側は理解していないと感じる。また、学習障害があるから病院に行って治してもらいなさいと言う先生もいるようだが、私は学習障害こそ教育の中で先生方が対応すべきと考える。医療の診断基準はあるが、そもそも発達障害を治すという概念はないことを理解していない教員もいるのが現状。
教育委員会が開かない様々な講習会にも参加してくれる非常に熱心な教員がいる一方で絶対に参加してくれない教員もいるので、研修や講習を充実させるだけではなく、きちんとした発達障害の免許状を作っていただかないと発達障害の児童生徒は浮かばれないなと感じている。教育委員会主催の研修等の講師をする中で、「『またおまえか』とか『何回言ったら分かるんだ』というせりふを吐いている教員はだめです」と言っているが、教員自身のしかり方が悪く、生徒が分かるような注意の仕方をしなければいけないということが分かっていないのだと思う。発達障害というのは非常に新しい概念であるためやむを得ないと思う部分もあるが、学校教育でもきちんとした対応をしていただきたいし、教員には発達障害を十分に理解していただく必要があると思うため、知的障害・視覚障害・聴覚障害等と同様に、発達障害のための免許状を是非創設していただきたい。

採用の在り方については、自分のことを振り返ると、中学校の数学の教員を目指して教員採用試験に受かったら養護学校から声が掛かってしまい、当時の校長から、3年すれば中学校へ出られると言われたので入職した。大学時代に自閉症のあるお子さんのガイドヘルプをした経験があったが、実際に教育現場に入ってみると、学ぶことが多く、特別支援教育の道でいこうと思った。ただ、その後もずっと免許は取得せず、国立特別支援教育総合研究所の研修を受講した際に、研修を受ければ免許が取れると言われたので申請した。
学生時代に多くの知識を身に付けることは限界があるので、障害のある人と学び暮せて行けるということを学生時代に学ぶべきと思う。学生が特別支援学校に見学に行った後、実習に行きたいと言っていたが、大学の中だけでなく、現場に行って子供たちと接するというマインドと経験があるとよい。
ICTの活用については、教員が学校の中で研修したり校外の集合研修で集まったりするというのは時代に遅れているかなと思いがあり、インターネットを活用し研修動画やネットワークでコミュニケーションしながら学ぶことがもっとあってもよいと考える。全てのことを特別支援学校の教員が知ることは難しいと思うが、10年程度かけて他校種を経験したりしながら自分の専門分野を見つけられるようにするのが良いと思う。

教員の人事異動をスムーズに行うためには、教員の専門性に加えて学校の専門性が必要。盲ろう児教育についての確たる教育方法というのがまだ確立されてない中で、特別支援学校で盲ろう児を担当して一定の専門性を獲得した教員が人事異動で離れた際に、次の教員はまたゼロからのスタートになってしまうということを回避するため、担当教員の専門性、力量だけではなくて、学校全体として高い専門性を担保するための方策についても、是非検討を進めていくべき。

現在、学校種毎に免許が設けられている中で、特別支援学校も免許があるということを前提にした設計がされている以上、永遠の目標ではなく、どこかで附則は削除すべきと考える。特別支援学校が制度化され、障害種毎に領域が設けられているが、知的障害、肢体不自由、病弱は8割を超えている。学校に着任する教員もこの3種類の領域はほとんどの教員が免許を持っており、これらの領域については、免許を持っていることを前提にできると考える。本来、目標を立てた以上、そこをきちんと目指すべきではないかと考える。
一方、視覚、聴覚については、40%、50%となっており、採用数の問題、教員養成の拠点の問題、それを教えられる大学の教員がいるかも含めて、別途の対応を考えるべき。都道府県に盲学校やろう学校が1校しかない場合、どのように人を確保育成していくかいう問題がある。
小中高等学校との人事交流は東京都にもあり、風穴が開きお互いに行き来することのよさを感じているので、人事交流を維持するために別途の対応を考えて制度化していけば良いと考える。免許があるという前提でやっていかなければ、なくてもいいという世界ではよくないと思う。
発達障害については、今は特別支援学校の分野がないので、免許制度の中で小学校の中に置くのか、あるいは共通の単位が足りないということなのかを、改めて深く考える必要があると思う。

盲学校、ろう学校の免許や盲ろう障害の対応を考えた時に、専門性の担保という視点から、広域の人事異動ということがあるか。また、異校種間の異動については積極的に進めていく必要がある。
仮に特別支援学級や通級による指導、あるいは発達障害に係る免許状を新たに創設する場合、当該免許状を所有する教員によって質の高い教育を受けられるメリットはあるが、
免許ができた以上、様々な制約が出てきて、当該免許状を所持しない教員は特別支援学級や通級による指導の担当教員になることや、発達障害等のある子供の指導ができなくなるという懸念についてどう考えるか。また、現行の教員免許制度が学校ごとに分けられている中で、特別支援教育免許状等の学校種を超えた免許状についてどう考えるかについても御意見を頂戴したい。

知的障害自体が発達障害の一部であるという考え方からすれば、知的障害の分野を「知的障害・発達障害」や「発達障害」という名称にして養成課程の単位や学習内容をもう一回整理していくという方が現実的ではないか。

医療の世界では知的障害は発達障害に含まれるので、それを踏まえると、「発達障害」の免許にすべきと考えるが、今まで「知的障害」の免許だったので名称は検討の余地がある。実際に東京や埼玉の知的障害の特別支援学校高等部では、発達障害はあるが知的障害があるかどうか分からない教員もいる。

まず、発達障害、自閉症も含め特別支援学校の様々な障害種別にも、通常にも重なっているため、ここの捉え方を単純化できないところがあると思っている。
仮に免許制度の中で発達障害に対応しようとすると、実際の学校や学級の制度を反映するために言語障害学級、肢体不自由学級という何種類もの免許を出すことになり、異動の難しさや免許を持った教員が充てられない場合の保護者の不満にどう対応するか。
小学校、中学校にも一定数の発達障害を伴うお子さんがいるなかで、新学習指導要領にそうした配慮を必要とした子供への指導について規定されたことによって、全ての教員に共通して必要なものと考えられている内容が、免許を作ることによって個別、先鋭化、専門化してよいかという観点もある。

発達障害と知的障害が連続しているという話があったが、肢体不自由、知的障害、病弱、視覚障害、聴覚障害の子供はみんな連続しており、現場の教員あるいは保護者や子供たちからみれば、知的障害だから、肢体不自由だからというのではなく、皆連続しているので丸まってやってほしいというのが一番の願いだと思う。
発達障害に関する専門知識が必要であり、養成課程等も充実させていかなければならないと思うが、教員は、多くの子供に対するケアについてコーディネートしていく必要もあるため、部門別に分けていくのではなく特別支援教育免許状という形で単位の内容を整理していく方が現実的。

発達障害は知的障害の無い方から重度の方まで含まれており、発達障害のある子供は通常学級、特別支援学級、特別支援学校のすべてに在籍しているため、可能であれば発達障害免許状というのを各学校種で作ってもらいたいが、それが無理であれば、特別支援教育の免許状の中に発達障害の免許状を作っていただけたらありがたい。

発達障害は歴史的には一番新しく概念が広い障害だが、小中学校ではある程度みんなイメージできるようになってきている。特別支援学級、通級による指導という場がある以上、履修や研修だけではなく、そこに関わる教員の免許が必要。特別支援学校免許状ではなく、例えば特別支援教育免許状であれば、特別支援学級や通級による指導の教員だけではなく、特別支援教育コーディネーターも取得するのではないか。

特別支援教育の専門性として、教科指導や生徒指導というもともとのベースの教員としての専門性にプラスして障害の特性に応じた指導方法がきちんとできるかという両輪が必要。附則の条項が撤廃されたら臨時免許が必要だということになるが、現実はかなり厳しい。もちろんこれから特別支援学校の教員になろうという人は免許を取るべきだが、あえて特別支援学校が活性化するために、意図的に市民講師や他校種の教員も入れるという発想があってもよいのではないか。
医師免許は精神科医や眼科医で分かれていないことをベースに考えると、教員も、どの障害、どの校種に行っても教員としての誇りを持ち、目の前の子供に向き合い、足りないところは勉強したりネットワークを使って学んでいったりするということが必要。医師免許とは別に認定医や専門医がいるように、特別支援学級や通級による指導なども教員免許をベースに特別な認定制度のようなものも考えられると思う。
今、特別支援学校はミドルリーダーの育成が課題であり特総研の様な機関がもっと必要。全国に1か所だけしかなく順番を待つ状況ではなく、各ブロックに置く必要があるのではないか。

教員を一定数供給する必要があるので、学部段階では特別支援教育免許状あるいは特別支援教育総合免許状のような形として、修士課程で、修士(発達障害)とか修士(知的障害)等の分け方をして、専門性を証明できるようにすれば良いのではないか。

医師免許状は、急患がいたときに自分は科が違うと逃げることが無いようにするために分かれていないと聞いたことがある。発達障害の子供さんを見ていて具合が悪くなったり鬱になったりする教員がおり、そうした教員を診る自分の立場からも免許の創設について発言させていただいた。

特別支援教育という制度に日本が移行して、インクルーシブ教育システムという就学の在り方まで来た。この次にインクルージョンというのをどうするのかという視点に立って考えると、世界と同じような足並みになるのではないかと思う。
 

―― 了 ――

お問合せ先

文部科学省初等中等教育局特別支援教育課企画調査係

(文部科学省初等中等教育局特別支援教育課企画調査係)