(資料4)諸外国における主権者教育について(訪問概要)

2018年12月6日(木曜日) ベートーベン・ギムナジウム訪問(ドイツ・ボン)
訪問委員:篠原座長、小原委員
対応者:Renate Giesen氏(校長)、Fabian Zwirner氏(政治教育担当教師)

1.概要説明


【カリキュラムについて】

○ 中高一貫制の本校では、基礎学校からの通算第6~8年生は歴史と地理を重点的に学び、第7~9年生で政治を、第10~12年生で社会(政治、経済、社会を含む)を学ぶ。
○ 授業日数は、40週×5日=200日である。第5学年の場合、授業時間数は週30時間。生徒のコースにもよるが、日本の高校1年に当たる第10学年の場合、最低でも週34時間、多くて40時間。提供科目数は外国語を含めて30科目あり、そのうち10科目(政治教育を扱う「社会学」を含む)が必修。また、大学入学のためには社会学は必ず履修する必要があるが、第12学年で地理や歴史をより学びたい場合は、社会学の授業数を若干減らすことができる。

【選挙、投票率等について】

○ ドイツでも日本と同じように、判断力等からなるコンピテンシーを育成するのが大きなテーマである。また、1999年以降ドイツで国政選挙がある度、並行して学校でジュニア・エレクションを実施している。2017年の選挙でも、全国で三千校以上の学校が参加した。参加する学校には、政治教育センターから教材を与えてもらえる。
○ 16の州によってそれぞれ選挙権年齢は異なる。ボンでは市議会の選挙権は16歳以上だが、州議会や連邦議会の選挙権は18歳以上となっている。ドイツのほぼすべての州では、州議会よりも下のレベル、すなわち市町村等の地方自治体の議会の選挙権は16歳以上になっていると思う。まずは下のレベルで選挙権を与えて、上のレベルでも実現可能かどうか判断したいという考え。
○ 『デモクラシー』の根底的な意味としては民衆が参加することであり、それは他の教科においても重視すべき考え方であるのは同じである。ドイツでは「アクティブ」な市民を育成することを目指している。ドイツの保守政党の中には、若者に選挙権を与えると左派に投票する人が多くなるのではないかと心配する人もいるが、実際にはそのようなことは起こらないことが実証されている。むしろ、自分たちが社会の一員であるという意識を高めるのに政治教育は大切だと考えている。

【学習評価について】

○ 社会学における学習評価の方法は他の科目と同じであり、ルーブリックをもとに評価している。

2.Zwirner先生による11年生(高2)への政治経済の授業視察

・学校の劣悪な施設・設備を表す図を示し、これを基に国の予算をどのように使うべきかというテーマで生徒によるディベートが行われた。
・教育やインフラに積極的に投資すべきという考えと、不景気になった時のために貯蓄すべきという考えがぶつかっていた。
 ・一人の生徒が話している間にも次々に手が挙がっていた。
・2人の生徒の間で議論が白熱した際には、先生が「他の人の意見も聞いてみよう」と述べ、ファシリテーターのような役割を果たしていた。

3.授業後の説明


【学習内容について】

○ 教師用の指導資料で経済政策において「需要と供給」を扱うこととしているが、どのような内容に重点を置くかは教師の裁量に任されている。

【指導方法について】

○ 近年、ドイツでは教師が一方的に指導する形態の授業から、オープンな形態での授業に移行しており、小・中学校の段階から、1つのテーマについて子供が話し合うという訓練をしている。また、ディスカッションをさせる前に、生徒にはトピックに関連するテキストや教材を提供したり、分析の方法を教えたりしている。
○ ディベートの技能の育成については、5年生では5分間だけ、1対1でというところから始め、徐々に時間と人数を段階的に増やしていく。先生は初めの頃は「何故そう思うの?」というように頻繁に手助けをする。ディベートのルールは、特定のテキストで学ぶのではなく、全ての教科の中で長い時間をかけて学んでいく。他者の意見を受け入れるためには、ロールプレイから始めることが必要だと考える。

【政治的中立性について】

○ 教師が必要と考えれば、政治家を教室に呼ぶことはある。去年は中道左派の社会民主党の政治家を呼んだ。ただし、その際にも「ボイテルスバッハ・コンセンサス」が重要になってくる。ある年にある政党から呼んだとしたら、翌年は別の政党から呼ぶといったように、同じ政党からずっと呼んではいけないし、政治家は絶対に教室で選挙運動をしてはいけない。

【研修について】

○ 教員研修について、教師になるためにはまず5年間大学で学んで修士を取得した後、18か月間の試補勤務を経て国家試験に合格する必要がある。教師になってからの研修は、自分が受けたいと思ったら校長に申請して受けることができる。研修のための費用は州から学校に配分される。研修の期間は1~3日で、平日に実施される。研修に出席している間は代理の教師が授業を実施するか、その期間中は自習となる。
○ 教員研修には時間と金と労力が必要であり、政治教育が大切だということを学校全体として認識し努力することが出来なければ成功しないだろう。ドイツも未だ最善の状態ではなく、各国の良い点を少しずつ取り入れていった結果、現状にあると思う。

【家庭や地域との連携について】

○ 政治教育を実施する上での、学校、家庭、地域の連携について、1年に2回、社会科の授業の中で、教師、生徒の代表、親の代表がこれまでの授業の課題や改善点について話し合う機会がある。家庭教育については、以前に比べて家庭でのコミュニケーションの機会は減り、家庭で政治について話す機会は減っていると思う。
 また、特に地域との連携の仕組はないが、ボンには連邦会計検査院があり、ここの職員から話を聞くこともあるし、国連の施設や歴史博物館等を課外授業で訪問することもある。


2018年12月7日(金曜日) 連邦政治教育センター訪問(ドイツ・ボン)
訪問委員:篠原座長、小原委員
対応者:Daniel Kraft氏(コミュニケーション室長)


【関係機関について】

○ 政治教育については3つのプレイヤーが関わっている。
 1つ目は連邦で、内務省と家庭・高齢者・女性・青少年省が主要な省庁である。教育・研究省はあまり関わっていない。これは、教育については州が「高権」を持ち、連邦が関与できないこととなっているからである。
 2つ目は州で、ドイツでは各州がそれぞれの教育について定めており、政治教育も州ごとに異なる。概して、ボンのあるノルトライン=ヴェストファーレン州など旧西ドイツの州ではかなり強く政治教育を推し進めているが、ザクセン州など旧東ドイツの州ではあまり熱心ではない。
 3つ目はNGOで、政治教育を進める上で大きな役割を担っている。例えば、成人に対する政治教育は成人教育機関、通信制・定時制学校等がある。これらの中では、NGOに対して、最も多くの連邦予算が配分されている。

【教材・教科書について】

○ 連邦政治教育センターでは学校で使用する政治教育の副教材を作成している。教科書については、各州が独自の教科書を作成することになっているが、小さな州が複数集まって1つの教科書を作成することもある。

【家庭や地域との連携について】

○ これまで政治教育の文脈では家庭はあまりクローズアップされてこなかった。なぜなら、国家が家庭に干渉してはいけないという大戦時代の苦い教訓があるからである。しかし、移民が増え各家庭で社会格差が大きくなってきており、また、極右、極左政党が出てくると、何らかの形で家庭において政治について話し合われるよう、国として関わっていくことも必要なのではないかという意見も出てきている。
 今、家庭で最も重要なコミュニケーションのツールはスマートフォンであることを踏まえ、当センターは動画サイトでセンターのサービスについて周知している。また、WAHL-O-MAT(ヴァールオーマット)というアプリを開発した。このアプリは、使用者が様々な分野の質問に対し「はい」か「いいえ」を選択していくと、自分の考えに最も近い政党が表示されるというものであり、これまで1,350万回クリックされた。

【学習内容について】

○ 政治教育は生活のあらゆる分野に渡っており、これが政治教育であるとのリストはないものの、例えば討論することや、歴史や国際社会などの分野も政治教育に含まれると考える。
 自分たちは政治教育を社会のあらゆる年齢層に普及させていきたい。当センターは6歳から99歳までを対象にしていると考えている。その中でも特に、子供の頃に政治に関心を持っていると、その後に人生においても政治に関心を持ちやすく、選挙権を得て初めての選挙に行った人はその後も行き続ける傾向にあるという調査の結果が出ていることから、子供に対する政治教育に力を入れていきたいと思っている。

【政治的中立性について】

○ 州によって政治教育への取組の熱心さに差があるが、州に対して何かをするよう強制することはできない。自分たちはあくまで出版物を提供するのみである。当センターは独自の編集部を持ち、出版物は3つの機関によって監督されている。それらは、1連邦議会に議席を持つ全ての政党の議員による委員会(20~22名)、2大学教授や学校の教師、宗教関係者などの専門家の委員会(11~15名)、3連邦内務省である。ただ、出版している300~400冊のうちこれらの機関が審査できるのは1%ほど。憲法などに照らして問題になった出版物を審査する。残りの99%は当センターの自己責任の下出版されている。センターの独自性を国民に理解してもらうことが大切と考える。
 (1の委員会について、)連邦議会に議席を持つ全ての政党が参加しているが、右翼政党は政治教育に対して懐疑的である。このような政党は、ウェブ上にプラットフォームを作って、自分たちの政党に対して批判的な意見を言っている教師を通報するよう呼びかけるなどしており、これが教師への中傷につながっており、民主主義を脅かしている。このようなケースにどう対処していくのかという事も、政治教育のテーマである。
○ 連邦の機関は各州で行われる教師の実践を監督することはできない。「ボイテルスバッハ・コンセンサス」はあくまで政治教育を担当する各教師が守るべきものであり、法規ではないので、これが守られているかどうかチェックするのは各州の管轄である。現場の教育は各州の教育法に則って、教師の服務態度については教師に関する規律に則って実施されている。

【予算について】

○ 教育については各州に「高権」がある。最近は、学校のデジタル化が大きなトピックであり、州は連邦からの財政支援がないと学校にパソコンを導入することは困難だが、もし連邦から財政支援を受けてしまうと、連邦による教育への介入を許すことになってしまう。よって、州は財政的に厳しい状況にあるのにもかかわらず、連邦からの援助を断った。

【新聞の活用について】

○ 新聞の活用に関して、政治教育に携わるジャーナリストに対する研修が行われている。また、Eurotopicsというウェブサイトでは、1つのテーマについてヨーロッパ諸国の複数の新聞記事を比較して、見解の違いが読めるようになっており、州によっては学校で使用しているところもある。

【選挙、投票率等について】

○ 当センターのウェブサイトに投票率を掲載しているが、18歳の投票率は低い(58~60%)。他の年齢層だと70%は超える。政党からの若者への働きかけや情報提供については把握していない。


2018年12月10日(月曜日) 教育省訪問(イギリス・ロンドン)
訪問委員:篠原座長
対応者:ジリアン・メイチン氏(シティズンシップ教育担当チームリーダー)、バーシャ・ストラウス氏(同チーム員)


【カリキュラムについて】

○ シティズンシップ教育はナショナル・カリキュラムで定められているものの、アカデミーやフリースクールのように公立であってもカリキュラムに縛られない学校もあるので、どの程度シティズンシップ教育に取り組んでいるかは学校によって異なる。シティズンシップ教育の目的としては、子供たちが政治について理解し、社会の一員として積極的に政治に参加することができるようにすること。キーステージ3及び4(11歳から16歳)の段階が最も重要と考える。
 イギリスでは2014年にナショナル・カリキュラムが改訂され、従来のスキルベースから知識ベースの内容に変わり、知識の習得に重点が置かれることとなった。従来の授業では、1つの社会問題やテーマに焦点を当て過ぎる傾向があったが、子供たちに個々のテーマについて考えるための知識が備わっていないことが問題だった。
 GCSE(中等教育修了一般資格試験)の科目の1つではあるが、選択する生徒は減っており、関心が薄れていると思われる。また、数学や英語バカロレア等により多くの時間を費やす必要が生じたこともあり、シティズンシップ教育に割ける時間は相対的に減ってしまった。
○ シティズンシップ教育は、労働党のブレア政権の時から始まった。1998年に出されたクリック・レポートをもとに、2002年から必修科目になっている。それ以前は特定の科目としては存在しなかったが、多くの学校では政治、歴史、公民といった科目の中で取り扱われていたと思う。
○ シティズンシップ教育導入前から、子供たちに1社会的・道徳的責任感(social/moral responsibility)、2地域社会への参画(community involvement)、3政治的リテラシー(political literacy)の3つの能力を育成すべきという議論があり、ブレア政権では特に政治に関心を持った若者を育成したいという考えがあった。
○ シティズンシップ教育の導入時に、大きな反対は無かったと思う。社会的・経済的地位によって政治について学べる子供とそうでない子供の差が広がっているという課題があったこともあり、人々はシティズンシップ教育の必要性を実感していたと思う。ただし、人々が本当の意味でシティズンシップ教育を理解し尊重していたかどうかは疑問。
○ 教育省が学校における教育課程の実施をきちんと管理していないことについては多くの批判を受けている。シティズンシップ教育を教える教師には特別な資格や知識が無いことも批判を受けている。昨年末、上院の会議で学校におけるシティズンシップ教育がテーマとして取り上げられ、健全な民主主義を導入していく上で、内容に一貫性を欠いているのではないかといった指摘を受けたこともある。
○ 現在は、初等中等教育から高等教育まで一貫して、「英国民としての価値観(Fundamental British Values)」を重視する教育を進めている。

【政治的中立性について】

○ シティズンシップ教育を学校で行う際の中立性は、完全に担保されているかどうかは分からないが、現場ではそのように努めていると思う。

【研修について】

○ シティズンシップ教育のための教員研修のモデルは統一されておらず、政府としては研修を実施していない。全体として教師不足は課題であり、教師の数が足りない科目(数学、外国語、科学等)については国から人員を教師として学校に派遣している。しかし、シティズンシップ教育については優先順位が低いため派遣していない。

【教材・教科書について】

○ 国ではシティズンシップ教育に関する教材は作成していない。シティズンシップ教育に限らず、民間団体が教師の二―ズに合った教材を作っている。現職教師が教材作成の構成員となっている場合もある。国はそれらの教材を検定することはないが、国として記載してほしい方向性が明確である場合、民間団体に資金を提供し、国の趣旨に沿った教材を作成してもらうこともある。

【指導方法について】

○ シティズンシップの現状は、政権が変わったことにより、クリック・レポートの方向性とは変わってきている。従来は、子供たちにはできるだけ地域の活動に参加するなど実践を通じて学ばせるという考え方だったが、今では必ずしも実践は重視していない。学習活動としてディベートは奨励している。

【選挙、投票率等について】

○ シティズンシップ教育と投票率向上とを関連付けて考えているわけではない。各学校が主体となって自由に取り組んでいるため、全国的に投票率が向上するとは思えない。また、政府で市民の政治参加を担当する省庁は別にあり、教育省として協力はしているものの、カリキュラムに対する考え方が異なるため、少し神経質になっているのが現状。

【家庭や地域との連携について】

○ 地域・家庭との連携に関しては、地域統合の担当省庁と協力して取り組んでいる。シティズンシップ教育に限らず、英語教育における支援など、貧困地域に対し、特に手厚く支援をしている。

【新聞の活用について】

○ シティズンシップ教育に新聞を活用することにはしていない。マスメディアは自由で独立した存在なので、政府が新聞を活用するように学校に勧めることは難しい。


2018年12月10日(月曜日) シティズンシップ教育協会(ACT)との意見交換(イギリス・ロンドン)
訪問委員:篠原座長
対応者:Lee Jerome氏(ACT評議員・ミドルセックス大学准教授)


【関係機関について】

○ イギリスでは各科目の教育に特化した自発的な組織があるが、ACTはシティズンシップ教育に特化している。ACTはシティズンシップ教育を担当する教師同士のネットワーク形成や研修、会議の開催、ジャーナルの刊行、教材の作成や事例調査を行っている。ACTの事務局は、予算不足により3名のスタッフしか勤務していないが、評議員や、数百人のボランティアメンバーにより活動が支えられている。シティズンシップ教育がカリキュラムに導入された当初は、中央政府がACTに財政援助をしてくれた。教師の支援に重要な資金だったが、今では政府からの資金はない。

【カリキュラムについて】

○ 初めの10年間(2000~2010年)は、シティズンシップ教育の専門家やシティズンシップ教育を大学入試の科目として選択する生徒が増え成長期だったが、次の8年間(2010年―2018年)は逆流している。今では3分の2の学校がアカデミーとなり、ナショナル・カリキュラムに縛られなくなったし、政府の優先項目が変わり、シティズンシップ教育にかけられる予算も減った。
 元々、シティズンシップ教育が始まった際には投票率を向上させることが目的の一つでもあったが、今政府が最も重視しているのは、「英国としての価値観」(注)であり、その理由はテロの防止である。今の教師はシティズンシップ教育というよりも、英国民としての普遍的な価値観(民主主義、法の支配、人権)について教えることを求められている。しかし、英国民としての価値観を教える際には国粋主義的になってしまう傾向があり、ACTとしてはそのような傾向に歯止めをかけるように働きかけている。
 (注)「英国的価値観」の学習においては、民主主義的なプロセスを通じて、英国市民がいかに政府の意思決定に影響を与えられるかや、異なる宗教や信条をもつ自由が法によって保護されているかなどについて理解を深め、多文化社会における統合の在り方や相互理解について学んでいる。
○ 教師が国粋主義的な考えを持たないよう、そして批判的思考を持ち民主主義的な市民を育てることができるように支援している。具体的な活動としては、若者向けの新聞社と協力して、地域社会の変革に積極的に取り組んだ子供の表彰(ACTive Citizenship Award)を行っている。また、GCSEにおけるシティズンシップ教育科目の実施主体と協力して、シティズンシップ教育をどのように試験に盛り込んでいくべきかを議論している。
○ 仮に再び労働党政権になったとしても、シティズンシップ教育が重視されるようになるかはわからない。今はナショナル・カリキュラム自体が分断化されており、それが労働党政権になったとしてどのように改善されるかによる。政党によってカリキュラムにどの程度熱心に取り組むか、何を重視するかは異なる。
○ 日本の主権者教育の内容を聞いて、思わず微笑んでしまった。ディスカッションを重視する日本の方向性は、自分としてもイギリスのシティズンシップ教育が戻ってくるべき方向性、あるべき姿だと感じている。今のイギリスの知識ベースのカリキュラムには大変失望している。知識はもっと深いものだと考える。
 ACTは当初、カリキュラムの内容を市民に伝える役割を果たしていたが、今ではそのカリキュラムの内容が不十分だと伝えなければならない。とは言え、現政権でバランスが良くなった点があるのも事実だ。以前は子供たちは放っておけば勝手に学ぶようになると信じられていたが、今では積極的に子供たちに教えることで知識が培われると信じられている。
 これまでのナショナル・カリキュラムにおけるシティズンシップ教育の内容については、最初は「良かった」、次の改訂では「改善された」、現行は「最も悪い」と言える。次のカリキュラム改革では、知識とスキルの両方を組み合わせたカリキュラムが生まれてほしいと思う。

【選挙、投票率等について】

○ Brexitを問う国民投票では若者の投票率が高くなかったが、それは選挙の種類によると思う。例えば、イギリスからの独立を問うスコットランドの住民投票では多くの若者が参加した。
 シティズンシップ教育は教師によって取組の程度に差があり、また、カリキュラムの中でも軽視される傾向にあるため、深くは教えられてこなかったように思う。クリック・レポートが出た際、時の大臣等が「light touch(軽く取り扱う)で良い」と発言したことも影響している。しかし、今の20代(シティズンシップ教育を学校で受けた世代)はボランティアや政治に対し、積極的に取り組んでいるという調査結果も出ている。その中にはシティズンシップ教育の担当教師になっている者もいる。


2018年12月10日(月曜日) シドニー・ラッセルスクール訪問(イギリス・ロンドン)
訪問委員:篠原座長
対応者:Janis Davies氏(校長)、シティズンシップ担当教師2名

1.校長との会談


【学校の概要について】

○ 本校はイギリスで最も大きな学校のうちの一つであり、4~18歳の計2,700人の子供たちが学んでいる。この地区は貧困世帯が多く、本校の児童生徒のうち40%が少数民族の子供たちである。子供の言語は70か国語に及び、英語が話せない子供も多い。このような難しい環境にも関わらず、Ofstedからは「卓越している」との評価をいただいた。

【カリキュラムについて】

○ 本校はアカデミー(注)であるが、ナショナル・カリキュラムにはかなり準拠して教育している。Ofstedの評価だけでなく、生徒の試験結果やバカロレアの結果等、アカウンタビリティの観点から、学校がナショナル・カリキュラムに沿っているかどうかが重視されるからだ。
 (注)アカデミーは他の公立学校とは異なり、基本的には、国の定めるナショナル・カリキュラムに準拠した教育を行う必要はない。

2.校内見学


【学校の概要について】

・この地域出身のビジネスマンであるマーティン・サリバン氏が、学校に対して施設などを寄付してくれている。
・1クラスにつき、児童生徒数は最大で32名。問題がある子供が多いクラスは少人数となる。
・教師は135名で、他にもアシスタント、生徒指導担当、テクニカルスタッフ等が200名所属している。
・コンピューターは1人の児童生徒につき1台用意されている。

 (以下、シティズンシップ教育の担当教師からの説明)


【カリキュラムについて】

・シティズンシップ教育は、特定の科目の中というよりも、全ての科目の中で教えていると認識している。

【指導方法について】

・例えば、1つの授業では健全な人間関係をテーマに取り上げ、ディスカッションやテストを行っている。子供が自ら考えることができるよう、討論を多く入れている。
・シティズンシップ教育専用の教室を設けており、教材を置いている。

【学習内容について】

・より政治に関係した授業としては、国会議事堂の機能について学ぶものがあり、国会議事堂内の各部署のロゴを作成するという宿題を出したこともあった。

【学習評価について】

・高学年の生徒はテストでの得点の合計点によって、銅、銀、金、プラチナの4つのグレードに分けられ、次のグレードに進むことが推奨される。ただ、得点は教師のみが把握し、他の生徒に分かるように貼り出すことはしない。
・低学年の子供の評価については、教師が子供のノートを見て星を付け、その数を教師が把握している。シティズンシップ教育は人格教育の側面を持つので、落第はないと考える。評価は難しい。テストや宿題の得点を単純に足し上げるだけでは不十分である。

【家庭や地域との連携について】

・シティズンシップ教育において、家庭はあまり大きな役割を果たしていない。本校の子供については問題のある家庭が多く、子供が学校で学んだことを親に教える等、むしろ学校が家庭をカバーしているのが実情。

3.11学年(15-16歳)の生徒(5名)との会談


【学習内容について】

●生徒として、シティズンシップ教育を受けているという実感はあるか?
○ある。授業の前に先生から、今日のニュースでは何をやっていたか、どのニュースについてどう考えるか、とよく聞かれるので、生徒同士での意見交換にもつながるし、もっと調べてみようと思う。歴史の中でも、各国の政治の歴史も学んでいる。
●グローバルな問題とローカル(身近)な問題のどちらに関心があるか?
○授業ではどちらについても学んでいる。

【選挙、投票率等について】

●今一番関心のある社会問題は何か?
○Brexitについて。
●Brexitを問う国民投票の際には皆さんに投票権は無かったと思うが、もし投票権があったらどちらに投票したか?
○残留に投票したと思う。
○(教師から)校内で模擬投票をしたところ、成績上位者は9割が残留に、中位者は7割が残留に、下位者は6割が残留という結果であった。
●投票に行かなかった若者も多かったが、それは何故だと思うか?
○若者が政治にもっと関わらされていれば、より多くの若者が選挙に行ったと思う。自分もこの学校に入るまではきちんと政治について学んでこなかったし関心もなかった。しかし今は政治について学び、関心を抱いている。
●シティズンシップ教育を受けたことで、これから選挙に行こうと考えているか?
○そう思う。この学校の授業では、社会問題について自分で調べるだけでなく、他の人にも説明することが求められる。

【カリキュラムについて】

●(校長に対して)シティズンシップ教育の成果を実感しているか?
○まだまだ取り組むべきことは多いと感じている。実際にはナショナル・カリキュラムに沿わなくてはならず、学校の裁量はあるとはいえ、教える内容を独自に定める自由が制限されている。

【政治的中立性について】

●(教師に対して)各政党の代表や候補者を教室に呼ぶことはあるのか?
○最も上の学年の授業では呼ぶこともある。国政選挙の前ではあまりないが、地方選挙の前では政治家を呼ぶことがある。逆に、生徒たちが国会議事堂を訪れて首相から話を聞いたり、上院や最高裁を訪問して、政治家等から話を聞いたりする取組も行っている。ただ、生徒たちが政治について学ぶには、政治家を呼んで話を聞くよりも、模擬選挙が最も効果的だと考えている。
●(生徒に対して)シティズンシップ教育で重視される中立性は、クリック・レポートを根拠にしているのか?
○クリック・レポートはシティズンシップ教育を行う上でのベースとなっている。先生は教室で自らの政治的な考えを表明してはいけないことになっているが、授業の後に生徒は先生と自由に議論することができる。その時は、先生も一人の人間として普通に意見を話してくれる。

お問合せ先

初等中等教育局教育課程課教育課程総括係

電話番号:03-5253-4111(代表)(内線)2073