資料5:障害のある子どものデジタル教材等について(坂井委員提出資料)

「障害のある子どものデジタル教材等について」

香川大学教育学部 坂井聡

 この課題を考えるにあたって重要なことは、障害のある児童生徒にとってどのようなアプリケーションが必要なのか。また、教材へのアクセシビリティを考えるにあたって必要なことは何かである。そこで、こでは、それぞれの障害に応じたアプリケーション開発のための基本的な考え方と、アクセシビリティに関する考え方を整理して、話題提供としたい。そのために、障害の特徴と関連して、ICTがどのような可能性があるのかを述べ、考えられる課題を整理する。

 視覚障害教育について考えてみる。視覚障害は、「情報の障害」とも言われる。一般的に人間が獲得する情報の約80%は視覚からもたらされていると考えられるからである。ICTは様々な情報を加工することが可能なので、視覚情報を補う可能性をもっている。例えば、紙に書かれたアナログ情報を電子データに変換し、コンピュータや携帯端末で加工すれば、それらの情報をピンディスプレイ等の触知盤で、触りやすいように、見やすいように表示させることができるなどである。また、視覚障害のある児童生徒が苦手としていた調べ学習(情報検索)も容易に行えるようになる可能性がある。

 聴覚障害教育における ICT 活用の可能性については『教育の情報化に関する手引』に示されておるとおりである。そこには、「視覚からの情報が豊富である特性から、聴覚障害者である児童生徒が自らの生活を充実していく上で有用な機器であり、障害による困難を補完して情報を得たり、コミュニケーションのためのツールとして活用したりすることは大いに意義のあることといえる。」と述べられている。ICTの活用の中でも特に期待されるのは電子黒板の活用である。授業では教科書、ノート、板書、教員の手元や口元を視線移動する必要がある。教員の手話や口元から視線がそれると内容が理解できなくなるからである。しかし、大型 ディスプレイや電子黒板を活用すると、同じ視野の中に教師も入りやすくなるために、情報は得やすくなる。

 知的障害は、認知的、言語的、運動的そして社会的能力の障害であり、知的能力と社会適応は時間によって変化する。それゆえ、知的障害による困難とその程度は、個人とそれを取り巻く環境要因によって大きく異なる。学習環境や生活環境に直接 影響を与えるICTは、それをメガネと同じように使えるようになれば知的障害によるさまざまな生活上や学習上の困難を支援することができると考えられる。しかし、そのためには、直感的な操作、視線移動の軽減、操作の簡素化等が必要である。また、インターネット等を用いた不正、犯罪に 巻き込まれないための情報教育の必要性もある。

 肢体不自由のある児童生徒に対するICTを活用した指導においては、その、経験不足や人とのかかわりを補ううえで有効である。しかし、その機能の障害に応じて、適切なATの適用と、きめ細かなフィッティングが必要となる。体調の変化などに応じて、絶えず細かい適用と調整が必要だからである。そこでは、自立活動専任の教員などの協力が大切で、必要に応じて専門の医師及びその他の専門家の指導助言を求めたりする必要もある。ICT を有効に活用することで、これまでできなかった活動、特に表現活動などの主体的な学習を可能にしたり、多くの人々と接点をもたせたりすることができる。また、社会参加 に向けてのスキルを大きく伸ばしたりしていく指導も可能となる。

 病気のある子ども、特に病院に入院している子どもについては、子どもの病状に応じた感染症予防の対策等が必要であり、ベッドサイド学習あるいは病院内教室での指導に際しては、教員の持ち込む教材を消毒する等の必要も生じる。無菌室への訪問については、特に念入りな滅菌等が必要になる。一般的に、消毒に用いられる医薬品は液体である場合が多く、紙媒体の教材については、消毒が困難な場合もあるため、ある程度の耐水性をもったICTの活用ができれば、教材として大変有用であると考えられる。

 発達障害のある子どもは、認知面での偏りや不器用さ等があるため、様々な学びにくさをもっている。その学びにくさの障壁をICT活用によって低くできる可能性がある。
 学習障害(LD)があり文字の読みが困難な場合、教科書の文字や行間の拡大、分かち書きに表示するなどがICT活用で可能となる。書くことに困難がある場合、キーボードから文字選択し、再生できなくても再認できれば文字を書くことが可能になる。
 注意欠陥多動性障害(ADHD)があり、注意力が持続しない、集中することが苦手などの困難さがある場合、ICT活用は、興味関心や意欲の高まりにつながる可能性がある。一つの活動時間を短く設定できたり、正誤をはっきりさせたりすることが可能なので、集中して学習活動に取り組むことを可能にする。
 自閉症があり、抽象的な意味理解や物事の因果関係をつかむことに困難さがある場合、動画や写真、文字や記号による視覚的手がかりを与えることが容易にできるICT活用は、学習活動を円滑にする可能性がある。また、言語によるコミュニケーションが困難な場合、代替手段として用いることも可能である。子どもによっては代替手段を活用することにより、言語の習得や意思の表現の可能性が広がる場合もある。選択性緘黙等を併せもつ児童生徒にとっても有効である。

 このように、それぞれの障害によってICT導入の方法や効果、考え方は違うのである。しかし、効果的な導入を考えていかなければならない。そこで、最後に課題を示し、提案もしておきたいと思う。

 特別支援教育へのICT導入において重要な点は、次の四点に整理される。一点目は特別支援教育で求められるICTはより簡便で使いやすい機能になっている必要があること。二点目は障害に対応した機能が備わっていること。三点目は校内の支援体制の整備や専門家の配置、十分な数の機器の整備が行われること。四点目は、特別な支援を必要とする子どもが在籍する通常の学級への支援機器の導入についてである。

 一点目と二点目についてである。これまで見てきたことから考えると、それぞれの障害に対応した機能を組み込めば組み込むほど、複雑な操作等を求めざるを得なくなり、使いにくいものになってしまうことが予想される。つまり、それぞれの障害に応じたすべての機能を備えたICTは子どもにとってとても使いにくいものになる可能性があるということである。このように考えると、一点目と二点目は両立させることは非常に困難であるといえる。

 解決策として、基本のプラットフォームは統一しておいて、必要に応じて機能を付加していくようにする方法が考えられる。教師がその児童生徒にとって必要だと思う機能を簡単に加えたり、取り去ったりできるようにしする方法である。子どもの実態に応じたカスタマイズが簡単にできるようになれば、この課題はクリヤーできるものと考える。この点が特別支援教育において、ICTの導入を考える際の、障害の特性やアクセシビリティを考えるうえで最も重要な課題の一つである。

 三点目については、校内LANやネットワークによるファイルの共有などICTに関する施設設備の整備、ICTを活用できる教員等がいることなど、学校間の格差の解消が課題となる。校内の情報教育を担当する教員が限定されているのが学校現場の現状である。今後ICTの導入が増えるならば、ICT関連機器のメンテナンスは重要である。少数の担当者のみが校内全てのコンピュータ等のメンテナンスを行っている現在の状況では限界があり、ICTの活用には至らないのではないかと考えられる。特別支援教育とICT両方の知識をもった専門スタッフの養成と人数確保は急務である。このとき、福祉支援技術コーディネーター等の資格が生かされるのではないかと思われる。

 四点目は教師の意識の問題である。ICTの導入の前提として、一人一人学びのスタイルが違うのだから、自分に合った方法を用いてよいという意識が、学級全体に浸透している必要がある。つまり、個々の違いを認めあえる学級経営が行われていなければならないということである。その上で、初めて個々のニーズに応じたICTの導入が可能になると考えられるからである。また、個々の状態にかなり差や違いがあるため、アセスメントを的確に行い、それぞれの状態にあったICT活用を検討していかなければならない。また、個々の状態と合わせて、指導場面による活用の方法についても検討が必要である。

 このようなことが、特別支援教育現場にICTを導入する際のアプリケーション活用とアクセシビリティに関連する課題であると思われる。

 以上のようにまとめてきたが、これらについての関連情報については、国立特別支援教育総合研究所において、当委員会の委員でもある金森氏らが中心となってまとめた専門研究A(重点推進研究)「C-86 デジタル教科書・教材及びICTの活用に関する基礎調査・研究」のなかでも詳細に触れられているので、参考になるはずである。

国立特別支援教育総合研究所 専門研究A(重点推進研究)「C-86 デジタル教科書・教材及びICTの活用に関する基礎調査・研究」へリンク

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