児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議(平成23年度)(第1回) 議事要旨

1.日時

平成23年9月2日(金曜日)15時~17時

2.場所

文部科学省 旧庁舎2階第2会議室

3.議題

  1. 会議運営・進め方について
  2. 我が国において実施する場合の自殺予防教育の在り方について
  3. その他

4.出席者

委員

川井委員、荊尾委員、阪中委員、高橋委員、中馬委員、坪井委員、村瀬委員

文部科学省

白間児童生徒課長、郷治生徒指導室長、鈴木生徒指導調査官 他

5.議事要旨

開会

議事

  (1)本年度の会議運営・進め方について事務局案の説明がなされ、了承された。
  (2)我が国において実施する場合の自殺予防教育の在り方について、委員からの話題提供の後、討議が行われた。

(1)会議運営等について

 会議の公開については、報道関係者に対して原則公開とすること、報道関係者によるカメラ撮影が可能であること、議事要旨は発言者の氏名を除いて原則公開とすることが了承された。
 また、配付資料については、外部から希望があれば提供することを原則とすること、特に必要とする場合には、その会議の出席委員の3分の2以上の賛成をもって会議及び配付資料の一部又は全部を非公開とすることができることが了承された。

(2)我が国において実施する場合の自殺予防教育の在り方について

【事務局】これまでも熱心なご審議をいただき、毎年度、教育現場で評価される成果をまとめていただいてきたことに、御礼申し上げたい。今年度はその蓄積を踏まえ、我が国において実施する場合の自殺予防教育の在り方についてご審議を賜る段に至った。本年度も、これまで以上に熱心なご審議をいただきたく、よろしくお願いしたい。

 また、平成18年度の本会議の前身の会議から、児童生徒に対する自殺予防教育を行うということが課題として指摘されてきたが、現時点で、文部科学省の方針として実施を決めているということではない。そのような教育を実施する場合はどういう内容になるのか、その内容如何によって教育現場でできることも変わってくると思われるため、本会議では自殺予防教育を行う場合の在り方について、忌憚のないご議論をいただきたい。

【委員】まず、これまでの大きな流れを振り返ると、1998年に日本の年間自殺者数が初めて3万人を突破し、自殺予防が非常に深刻な問題として捉えられるようになった。2006年6月には自殺対策基本法、翌年には自殺総合対策大綱が発表されたのと同時期に、「児童生徒の自殺予防に向けた取組に関する検討会」が発足し、今後の児童生徒の自殺予防に関する方向性を報告としてまとめた。この報告では、取り上げるべき事項の優先順位、実施可能性を考慮して、予防に対する正しい知識を、生徒と日々接している教員にまず持ってもらうこと、不幸にして自殺が起きてしまった後、遺族や在校生に適切なケアをすることの重要性などが示されている。本報告の方向性を踏まえ、その後の調査研究協力者会議においては、「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」の冊子・リーフレット、「子どもの自殺が起きた時の緊急対応の手引き」の冊子の作成、自殺の実態を把握するための「統一フォーマット」づくりの検討、自殺の背景調査のガイドラインをまとめてきた。また、生徒を直接対象とする自殺予防教育の可能性を探るため、海外の実例を学ぶ必要であり、米国のマサチューセッツ州とメイン州の視察を行った。その他、国内では、全国を4ブロックに分けて管理職や生徒指導主事を対象とした子どもの自殺予防の研修会を開いてきた。

 今年度以降に取り組むべき課題は、作成されたマニュアルを使った研修会を引き続き実施することや、作成された背景調査のガイドラインの検証があると考えているが、一番大きな課題は、本会議のテーマでもある、生徒を直接対象とした自殺予防教育の実現可能性、あるいは実行する場合の留意点の具体的検討であると考えている。非常に難しい議論だが、活発な議論をいただきたい。

【委員】それでは、本日の議事に入りたい。まずは、子どもを直接対象とした自殺予防教育の取組について、委員から話題提供いただいた後、議論に入りたい。

【委員】それでは、昨年度のアメリカの視察報告、オーストラリアの事例紹介、これまで行ってきた自殺予防教育の取組の紹介の3点についてお話する。

 まず、アメリカの視察報告として、バーンステイブルとダンヴァースの2つの高校の取組を紹介する。バーンステイブルでは、45分の授業1コマ、ダンヴァースでは健康教育の先生が45分の授業3コマを使って実施されていた。主として、自殺の深刻さ、自殺の実態を示し、うつ病や自殺の危機にある友人に対する正しい対応を学ぶ内容であった。アメリカでは、健康教育が必須科目であり、自殺予防教育は健康教育の一環として実施されていた。土台になるのは、SOS(Signs of Suicide)プログラムであり、それを各学校の実態に併せて授業に用いていた。なお、実施時間数は各学区や学校の裁量とされている。

 このプログラムでは、友人の危機に遭遇した際の対処方法として、ACT(Acknowledge,Care,Tell a trusted adult)が強調されている。友人のうつ状態や自殺のサインにまず気づき認めること、そして、そういう友達に気づいたら心配していることを伝えて関わること、さらに、信頼できる大人に相談すること、といった内容が基本となっていた。具体的には、自殺の背景にはうつ状態が多く見られるが、適切な治療することによって防ぐことができること、そして、友人同士の関わり方や身近な援助機関について学び、援助を求めやすくすること、さらに、話し合いを促すこと、このような学習を行う3時間のモデルが示されており、それに沿って2つの高校の授業が実施されていた。

 次に、Lifelinesというプログラムも紹介する。このプログラムでは、道徳的な価値観ではなく、心の健康に関する概念や知識といった予防のための知識を学ぶことになっているが、単に知識を与えるだけでなく、話し合ったり、ビデオを見たり、子どもたちが受け身でない形の授業が展開される。例えば、どんなときに友達が困るのか。それをどのように助けるのか、実際にロールプレーをして学ぶような形式であり、このような受け身ではない授業はSOSでも共通している点である。

 次に、オーストラリアの自殺予防教育について紹介する。オーストラリア政府・保健省主導により、小学生向けには『Kids Matters』、中学生向けには『Mind Matters』という冊子が作成された。子どもたちが自殺をしないように、小学生の段階から心の健康について学ばせており、レジリエンス、へこたれない力、自信、といったことを大事にした内容となっている。中学生向けの『Mind Matters』では、「学校における自殺予防は、基本的には心の健康の増進にほかならない」という点が強調されている。また、『School Matters』という教員が正しい知識を得るための教師向け冊子も作成されている。これらの冊子には、レジリエンス、コミュニケーション、ストレス対処、いじめ、喪失体験に直面した際の対応、精神疾患への理解、といった内容が含まれ、それに沿った自殺予防教育が行われていた。

 最後に、これまで実際に行ってきた自殺予防教育の取組を紹介したい。中学校1年次では、3学期に6時間、生と死の授業を行った。ここでは、自殺という言葉は出さずに、苦しみの中でも命を支える3つの力などについて、担任を中心に授業を行った。中学校2年次には、7・8時間目を使って、自殺という言葉を出して、授業をした。具体的には、7時間目には、簡単なQ&Aから始まり、自殺の実態を伝え、ストレスに関する知識を伝え、1年次にも触れたレジリエンスについて再度授業を行った。8時間目には、友達から悩みを打ち明けられたときにどのように接するか、命の危機に当たり、どこに相談すれば身近で支えてくれるのかについて授業を行った。

 子どもたちの反応についても紹介する。アンケートの結果では、「よかった」が64%、「まあまあ」が26%となっており、9割の子どもたちが肯定的な評価をしていた。全体の感想としては、「簡単に死のうとせず、また相談することが大切だということが心に残った。」、「話を聞いてもらうだけでこんなに楽になると思わなかった。」といったものや、「死にたい」と打ち明けられた場合のロールプレーを2人組で行った感想として、「自分が言われてみて、改めて言葉の重みがわかった。自分は死にたいと思ったことはなく、言ったこともないが、そうなったときにはこう言われたいと思ったし、もし悩んでいる人がいたらそう言ってあげたい。」といったものがあった。

 また、1年次のアンケートでは、「だれかに『死にたい』と打ち明けられたことがある」と20%の子が答えており、そのときの対応は「相談に乗る」が16%、「説得する」が32%、その他「笑って済ませた」「スルーした」といったものが見られた。同じ設問を2年次の授業を行った5ヶ月後に行ったところ、「相談に乗る」と答えた子どもが42%と増えており、非援助的な対応は減っている。しかし、「励ます」と答えた生徒が増えていたり、「大人に相談する」という回答が増えていないなど、強調したつもりであった内容の定着には課題を感じた。また、2年次の授業時とその5カ月後に取ったアンケートを比較して、例えば、交通事故で亡くなった人と自殺者がどちらが多いかという設問の正答率は、授業実施前の方が高かった部分もあり、数値としての知識は定着しにくいことを感じた。

【委員】ありがとうございました。ここで、違う視点からも補足した上で、討議に入りたい。まず、いろいろなところで生徒に対する自殺予防教育が徐々に始まっているが、専門家の立場から見ると、危険なやり方をしているところ少なくない。そこで、自殺予防教育をするに当たっての前提として必要とされる項目を挙げると、大きく分けて、1)実施する前に合意の形成がとれているか。2)内容が適切か、3)教育を終えた後、フォローアップができているか、の3点になると考えている。

 ます、1)については、学校内、保護者、そして、地域の関連機関との合意形成ができているのかが重要である。実施に当たって学校全体としての合意ができているということ、保護者が十分に納得しているということ、教育プログラムを実施した結果浮かび上がってきたハイリスクの子をつなぐことができる地域の専門家の協力が得られること、が必要であると考える。

 次に、2)については、健康教育との関連をどう位置づけているのか、自殺の実態を中立的に示しているのか、価値観を一方的に押しつけるものになっていないか、問題を早期に発見し、適切な援助希求態度に出るという内容がきちんと取り上げられているか、ストレスと自殺の関係や自殺に関連する精神疾患について解説しているか、同級生に自殺の危険を感じたときに具体的にどう対応すべきか、問題を感じたときに必ず責任ある大人に相談するということを強調しているか、地域に自殺予防に関連するどういった機関があるのかを指摘しているか、などの点が重要である。一方的な価値を押しつけるような形の自殺予防教育には、有害な副作用を伴う可能性もあり、教育内容は慎重に検討すべきである。

 3)については、ハイリスクの子どもを適切に早い段階でとらえるスクリーニングの方法を用意しているか、学校がハイリスクの子どもをサポートする態勢があるか、治療が必要と判断される生徒を専門家に紹介する態勢があるか、重症の子どもに関しては適切に保護者に説明できるか、などの点が重要である。また、自殺予防教育を行った後の効果判定も必要である。

 本会議においては、既に行われている自殺予防教育に関して、このような前提条件を示し、判断材料とすることができるのではないかと考えている。

【委員】自殺予防教育を行った後、生徒からの振り返りや、見て取れた効果があれば教えて欲しい。また、保護者の感触や、理解の程度についても教えて欲しい。

【委員】授業の結果かどうかは分からないが、精神科やクリニックにつながった生徒も少なくなかったので、そうした専門機関へのハードルは低くなった印象はある。また、当時、授業をした際、保護者の了解は事前には得ていなかったが、学年だよりの形で事後に概略を発信した。

【委員】援助希求の話に関して、例えば、生徒同士のピアカウンセリングのような教育を行った場合、ある子どもが自殺したときに、その子どもに相談された側の子どもが自分を責めてしまうなど、2次的な被害も考えられなくはない。方向性として、ピアカウンセリングのような教育を組み立てていくのか、大人につなぐということに向かうのか、どのように考えればよいか。

【委員】アメリカの例では、おおよそどのプログラムでも、自殺の危険を生徒だけでかかるのは負担が大きすぎるので、責任ある大人に必ず相談することを強調しており、この方向性がよいのではないか。また、ピアカウンセリングには、それほど長時間かけていないようである。

【委員】自殺願望のある子どもが友人に相談したとすると、相談された側の子どもはどこまで関わっていくのがよいのか。

【委員】死にたいという気持ちを聴こうとすることが大事だと思う。ただ、そこで問題を解決しようとするのは大変なので、寄り添おうとするだけで相手は気持ちが楽になるということを教えることと、抱えこまずに大人に必ず伝えることを強調するプログラムが必要である。

【委員】ACTの他に、TALKの原則というものもある。それぞれTell、Ask、Listen、Keep safeの頭文字で、Tellというのは、心配しているということを言葉に出して伝えること、Askというのは、危ないと思ったら、「自殺のことを考えているのではないか」とはっきりと言葉に出して聞くこと、Listenは、徹底的に聞き役に回ること、KはKeep safeは危ないと思ったら、その子をひとりにせず、一緒にいてあげながら大人の助けを求めること、といった内容である。これは、すぐにそのとおり動けるものではないので、アメリカではロールプレーによって、具体的にそのような状況になった時の動きを学んでいる。

【委員】先ほどの説明の中で、心が苦しいときの3本の柱という話があったが、具体的な内容を教えていただきたい。次に、自殺の原因の9割にうつがあるということが、日本の学校現場や社会の中での定説といえるのか、また、日本の現状において、精神科の専門的な治療により楽になれるという認識への信頼感があるのかに疑問がある。

 さらに、子どもが子どもの援助者になり得ることや、子どもが一番信頼して語るのが友人であり大人にはすぐには訴えてこないということへの理解が、今の学校現場にあるのか疑問である。そうは言っても先生が話を聞きましょう、という認識が主流なように思うので、このような教育を学校現場に受け入れる素地があるかが問題であるように思う。むしろ、抽象的・道徳的な教育との差異について理解を得られるかがポイントではないか。

【委員】3つの柱は、時間的展望、関係、自立、である。自殺と精神疾患の関係については、WHOやアメリカのエビデンスから、自殺の前段階に心の病に陥っている可能性が高いことは示せると思う。そして、心の病については、理解やかかわりだけではなく、専門的な治療が必要であると考えるが、現実には、専門家との相性の問題であったり、専門家との信頼関係が結べてもすぐに診察してもらえないといった環境があったりするので、そのあたりは課題だとは思っている。また、子どもが子どもに相談するというのは、アンケートの結果として出てきているもの。

【委員】そもそもできないだろう、という考えから入ると実施も難しいと思うが、学校の工夫で可能になることも考えられるし、そのような現状だからこそ保護者の合意が重要ということではないか。また、全国一律では難しいと思うが、前提条件がある程度整っている地域から始める事はあり得る。

【委員】自殺予防教育自体はすばらしいものだと思っているので、日本の学校現場に導入するとしたら、不安材料となるところをきちんと切り開く必要があるということが言いたい。自殺の背景には学校の不適切な対応があるので、それに対処せず、自殺予防教育を行うということへの批判があることも考え得る現状である。だからこそ、子どもの自殺の背景には精神的な病があることが多い、という保護者や教員の理解が不可欠である。それから、日本の精神科医療の状況を改善できるようにしておかないと、この自殺予防教育が名前だけになってしまう。また、子どもは、大人に相談するのではなく、実際には子どもに相談しているという現実を大人が知ることが必要である。さらに、抽象的な命の教育では子どもたちに伝わらないことを理解する必要がある。このあたりが自殺予防教育の実施に当たっての前提条件ではないか。

【委員】それら全てが前提となるとは思わない。短期的な対応、長期的な対応、それぞれ同時並行で進めていく必要があると思うが、全ての前提がそろっていないとできないと考えていては進まず、結果として何も変わらないことになる。

【委員】全ての条件が揃うまでやらないということではなく、今後、自殺予防教育の導入に向けて障壁になるだろうという認識を持っていただきたいということである。

【委員】自殺の前段階として、心の病が90%あるという話は、数字が一人歩きする危険性もある。おそらく、小学生と高校生では割合も異なるだろう。そして、心の病への対応を全面に出すと、それは医療機関の果たすべき役割であり、学校の仕事ではないという逆の受け止め方をされる危険性もある。

【委員】その症状が出ていることを、背景に何か問題があるのではないかと気付く一つのきっかけして欲しいという意味である。また、うつ病には効果的な対処方法がある、ということを全面に出しているのであって、心の病への対応を求めているわけではない。

【委員】専門機関への丸投げや教員の抱え込みが良くないので、どちらかの役割と切り分けるような考え方ではなく、教育的な関わりと医療の関わりを一緒にやっていくことを前提とするべき。両者の連携によって自殺を防ぐことができると思う。

【委員】子どもたちのうつ状態は、大人が思っている以上に高いので、それに気付かず、単に学校の対応の問題としてしまう危険性もあると考えられる。

【委員】2年前にある市で子どもの抑うつ傾向について調査した際には、小学6年生で約14%、中学1年生で17.8%であった。また、「生きていても仕方がない」と「いつもそう思う」と答えた子どもが、小学校6年生で3.7%、中学校1年生で5.8%であった。このような実態をもとにして、考えていきたい。大人が考えている以上に、実際に子どものうつ状態は多いということを認識する必要がある

【委員】健康教育の視点からは、学校保健でいうところの健康観察、つまり、教員が小さな変化にどれだけ感度良く気づくかが重要であると思う。健康観察は小・中学校では大体できていると思われるが、高等学校には課題が残っていると思う。また、学校では、心の問題をカウンセリングだけで終わらせしまう場合があり、医療的な視点が不足している気もするので、この部分にも課題が残っていると思う。また、子ども同士による相談という話に関連しては、健康度の高い集団づくりをすることが根本であり、それ自体が間接的に自殺予防につながるのではないか。自己肯定感を高めたり、コミュニケーションの力を高めたりするという健康度の高い集団づくりをすることと、直接的な自殺予防教育を行うこと、両方が必要であると思う。特に、直接的な自殺予防教育は、公教育として全国どこの学校でもできるかどうかを基準として、内容を厳選したり、検討するということが必要になると考えている。

【委員】御指摘の点は、今後も議論しておく必要があるだろう。それでは、ここで討議は一旦終了し、事務局から自殺予防に関する研修会について、説明をお願いしたい。

【事務局】昨年度行った教員等を対象とした研修会を、今年度も企画・実施していきたい。年度の後半に、全国4つのブロックに分けて実施することを検討しており、委員の皆様にも御協力を御願いしたい。

【委員】それでは、本日はこれで閉会としたい。ありがとうございました。

閉会

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初等中等教育局児童生徒課生徒指導室