第9章 特別支援教育における教育の情報化

 特別支援教育は,特別支援学校だけで行われるものではなく,小・中学校における特別支援学級や通級による指導のほか,通常の学級における発達障害を含む障害のある児童生徒への指導など,特別の支援を必要とする幼児児童生徒(以下「児童生徒」という。)に対して行われる教育である。
 本章では,これまでの章で述べた各教科等の指導でのICT活用や情報教育(情報モラル教育を含む。)などの内容にわずかな配慮や工夫をすることで,特別の支援を必要とする児童生徒への指導に大きく役立てられることを述べている。例えるなら,眼鏡を使う上でも度の合ったレンズが必要であるとか,松葉杖であれば身長などに応じたものでなければ逆に不便であるといったことと同様であり,障害のある人が情報機器を扱う上で必要な配慮や工夫に視点を置いて記述している。
 本章は,第3章から第8章の内容に対応させて第3節から第8節を構成しており,適宜対応する章を参照しつつ,小中高等学校の教員であれば第3節から,特別支援学校の教員であれば第4節を読み,その後に第1節から全体を読み進めていただきたい。
 図9-1のとおり義務教育段階で1割近くの子どもたちが特別な支援を必要としている。このことから、本章については、特別支援学校の教員だけでなく教育の情報化に関心のあるすべての方に読んでいただきたい。

図9-1特別支援教育の対象

第1節特別な支援を必要とする児童生徒に対応した情報化と支援

1.一人一人の教育的ニーズに応じた教育の在り方について

(1)一人一人の教育的ニーズと支援

 コンピュータ等の情報機器は,特別な支援を必要とする児童生徒に対してその障害の状態や発達の段階等に応じて活用することにより,学習上又は生活上の困難を改善・克服させ,指導の効果を高めることができる有用な機器である。このような情報化に対応した特別支援教育を考えるに当たっては,個々の児童生徒が,学習を進める上でどこに困難があり,どういった支援を行えばその困難を軽減できるか,という視点から考えることが大切である。

(2)特別な支援を必要とする児童生徒にとっての情報教育の意義と課題

 情報化の推進は,特別な支援を必要とする児童生徒の移動上の困難や,社会生活の範囲が限定されがちなことを補い,学校や自宅等にいながらにして様々な情報を収集・共有できるという,大きな社会的意義をもっている。また,インターネットをはじめとするネットワークの世界は,参加する者の,国籍,性別,障害の有無を問わない開かれた世界であり,そこに参加していくことは,障害のある人の積極的な社会参加の新たな形態の一つということもできる。
 そのため,社会の情報化が進展していく中で,児童生徒が情報を主体的に活用できるようにしたり,情報モラルを身に付けたりすることが一層重要になっている。このような情報活用能力を育成するため,特別支援学校小学部・中学部学習指導要領においては,「各教科等の指導に当たっては,児童又は生徒がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ,その基本的な操作や情報モラルを身に付け,適切かつ主体的,積極的に活用できるようにするための学習活動を充実する」と規定されている。これは,小・中学校における指導と同様のものであり,障害の有無に左右されるものではないため,他の章で示している活用例を参考に指導の工夫を行うことも必要である。
 一方,支援を必要としている人々は,その障害の状態等により情報の収集,処理,表現及び発信などに困難を伴うことが多く,前述の情報社会の恩恵を十分に享受するためには,個々の実態に応じた情報活用能力の習得が特に求められる。こうした意味では,個々の障害の種類や程度に対応した情報機器は,特別な支援を必要としている児童生徒の大きな助けになる。しかしながら,コンピュータをはじめとする現在の情報機器が必ずしもすべての人々に使いやすい仕様になっているわけではない。そこで,個々の身体機能や認知理解度に応じて,きめ細かな技術的支援方策(アシスティブ・テクノロジー:Assistive Technology)を講じなければならず,そのための研究開発や,様々な事例をもとにしたカリキュラムの研究が期待される。

2.教育におけるアシスティブ・テクノロジーの意味

 障害による物理的な操作上の困難や障壁(バリア)を,機器を工夫することによって支援しようという考え方が,アクセシビリティあるいはアシスティブ・テクノロジーである。これは障害のために実現できなかったこと(Disability)をできるように支援する(Assist)ということであり,そのための技術(Technology)を指している。そして,これらの技術的支援方策を充実することによって,結果的にバリアフリーの状態を実現しようということでもある。
 少しでも利用上の利便性を高めることを目指すリハビリテーション分野と比較して,学校教育では,個々の児童生徒の成長や発達をも視野に入れて,少し高度な目標を学習課題とすることもあり得る。学校教育におけるアシスティブ・テクノロジーは,個々の児童生徒の指導目標や指導内容を記した個別の指導計画に沿って行われることになる。そしてその目的は,単なる機能の代替にとどまらず,教科指導なども含めた様々な学習活動を行う上での技術的支援方策ということになる。よって,より個別性が高く,また児童生徒の成長や発達に応じて絶えずきめ細かな調整(フィッティング)が必要になる。具体的な例を挙げれば,聴覚障害教育における補聴器のフィッティングなどがある。すなわち,補聴器は単に聴力の障害を補うためにとどまらず,学習における聴覚からの情報入力の確保に用いられ,また聞き取りや発音・発語の指導の手立てとしても用いられる。
 このように,支援機器(1)と技術は,障害のある児童生徒の教育において不可欠なものとなる。最近は,情報機器の発達により,多様なニーズに応じた機器が開発され,また利用されつつある。今後はますますこうした機器による支援方策に期待が集まり,利用も進むと考えられるが,そのためには更なる研究開発と,第7節で述べたようなサポート体制の整備が望まれる。そのためにも,メーカーとリハビリテーション工学の専門家,地域の特別支援教育センター等の関係機関と学校,そして保護者との連携と協力が求められる。


1 「支援機器」とはアシスティブ・テクノロジー(技術的支援方策)において活用される様々な機器のこと。

第2節教育課程編成における配慮事項

1.小・中学校の学習指導要領における特別支援教育の配慮点

 小・中学校の学習指導要領においては,「障害のある児童生徒などについては,特別支援学校等の助言又は援助を活用しつつ,例えば指導についての計画又は家庭や医療,福祉等の業務を行う関係機関と連携した支援のための計画を個別に作成することなどにより,個々の児童生徒の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと。特に,特別支援学級又は通級による指導については,教師間の連携に努め,効果的な指導を行うこと。」が規定され,指導上の配慮が求められている。情報教育や,情報機器の活用においても,この事項を踏まえ,指導内容や指導方法を工夫することが重要である。また,情報機器の活用は,障害のある児童生徒への支援のためにも大きな効果を発揮するものである。(詳しくは第3節を参照)

2.特別支援学校(視覚障害,聴覚障害,肢体不自由,病弱)における情報教育の内容と配慮点

 小学校,中学校,高等学校に準ずる教育課程を編成している視覚障害者,聴覚障害者,肢体不自由者又は病弱者である児童生徒に対する教育を行う特別支援学校(以下「特別支援学校(視覚障害)」などのように表記する。)では,各教科及び教科「情報」において情報教育を展開していくことになるが,障害による操作上の困難を補い,本来の学習内容に集中できる環境を整えるための支援方策を綿密に講じ,個々の児童生徒に応じた対応を考える必要がある。また,学習を進めるに当たって,個々の障害の特性や社会経験等を考慮して,適切な補助用具の選択,指導上の工夫が必要である。

3.特別支援学校(知的障害)高等部における教科「情報」について

 知的障害者である生徒にとっても,社会生活を有意義に送るためには情報化に適切に対応することが求められる。特別支援学校(知的障害)高等部における教科「情報」は,学習指導要領において,実際の生活における情報の活用や,情報機器の実践的な取扱い等に加え,1段階においても「情報の取扱いに関するきまりやマナーがあることを知る。」と規定されているように,情報モラルについての学習も盛り込まれている。また,情報社会に生きる社会人として実際の生活において大切とされている知識,技能及び態度の育成をねらいとして,指導上,生徒が分かりやすい手法を取り入れている。機器操作や学習の題材を精選することにより,軽度な知的障害のある生徒に実践的なスキルを学習させることは十分可能である。また,こうした情報機器を活用して学習することは,社会参加をする上でも重要である。

4.自立活動

 特別支援学校には,特別に設けられた指導領域として,「自立活動」がある。これは,個々の児童生徒が自立を目指して,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養うことで,心身の調和的発達の基盤を培おうとするものである。その内容は,1.健康の保持,2.心理的な安定,3.人間関係の形成,4.環境の把握,5.身体の動き,6.コミュニケーションと6つの区分に分けられており,障害による学習上又は生活上の困難として,情報へのアクセスや活用の困難さがあり,自立活動の内容にはそれに対応するものが含まれている。
 どうしても移動の範囲や人との関わりの範囲が狭くなりがちな障害のある児童生徒にとって,インターネット等のネットワークを介したコミュニケーションや,テレビ会議システム等を介した遠隔交流は大きな意味をもっている。そうした経験の拡大が将来の自立や社会参加に役立つのであり,自立活動において情報機器の活用や情報教育を積極的に進めることが大切である。

第3節小・中・高等学校等における特別支援教育での情報教育とICT活用

1.発達障害のある児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)発達障害のある児童生徒に対する情報教育

 発達障害のある児童生徒の中には,コンピュータ等の情報機器に強く興味・関心を示す者もいる。そのような児童生徒には学習意欲を引き出したり,注意集中を高めたりするためにICTを活用することが想定できる。また,発達障害のある児童生徒の中には認知処理に偏りをもつ者も見られ,情報機器によってその偏りや苦手さを補ったり,得意な処理をより伸ばしたりするなどの活用も想定できる。
 ただし,通常の学級での一斉指導の場合,発達障害のある児童生徒の学びを支援する情報機器は,クラス全体の学習の目標や指導の流れに即して,自然かつ柔軟に使える道具であることが求められる。例えば,教材をコンピュータとプロジェクタで投影し,クラス全員の興味を引き付けながら,視覚的に思考を促したり理解を深めたりするような提示は,クラス全員の理解を促すとともに,発達障害のある児童生徒への支援にもつながるなど,機器の効果的な活用といえる。しかし,同じ一斉指導の時間であっても,例えば,支援の必要な児童生徒一人だけの机上にコンピュータを置き,その時間のクラスの学習の流れとはつながらない学習環境を設定していたとすれば,適切で効果的な活用とはいえない。つまり,一斉指導の中で,発達障害のある児童生徒に情報機器を活用する際には,同時に,クラスの多くの児童生徒にも効果のある活用方法が求められる一方で,発達障害のある児童生徒への指導の多くは他の児童生徒にも効果的な指導である場合があることを併せて考えておくことが大切である。
 また,通級による指導の場合は,学習環境を個別のニーズに応じて設定することができる。その場合は,必要な情報機器を該当の児童生徒のために準備し,活用することが効果的と考えられる。
 なお,発達障害のある児童生徒への指導を行うに当たっては国立特別支援教育総合研究所(http://www.nise.go.jp/)内にある発達障害教育情報センターのホームページ(http://icedd.nise.go.jp/)に様々な支援機器や教材・教具の情報が掲載されているので,適宜参考にされたい。

(2)ICT活用による支援方策

 次に,発達障害のある児童生徒への具体的な支援方策について,課題場面別に整理して情報機器の活用例を示す。

1)読み書きに関する場面
 読字や書字に困難さがある児童生徒の場合,読み書きはすべての学習に必要な要素であることから,学習上,支障を来している可能性がある。さらに,学習意欲や自己評価にも影響を及ぼしていることが予想される。このような場合,読み書きについての意欲を引き出す活用と,読字や書字の作業自体の過程を支援することが重要である。

ア読字や意味把握に困難さがある場合
 学習への意欲を引き出すためには,本人の語彙や理解のペースに合わせることができ,かつ視覚的に分かりやすく理解しやすい情報機器の活用が考えられる。例えば,デジタル教科書は,教科書と同じ内容について,任意箇所の拡大機能,任意の文章の朗読機能,絵や写真についての追加説明,動画やアニメーション機能などデジタル処理ならではの機能をもち,マルチメディア性とインタラクティブ性などの特性を併せもつコンピュータの特徴を活かした教材として製作されている。したがって,国語科の単元での文章理解,新出漢字の学習など,一斉指導の場面で活用できることが大きな特徴である。
 また,読字の支援としては,コンピュータでの使用を想定して製作された教科書の録音教材がある。機能としては,文章を音声朗読しているところが自動的に反転表示されるため,読み手は視覚的に分かりやすい。反転表示は,一文ごとや文節ごとなどの設定ができる。また,朗読箇所に対応して挿絵や写真を表示することができるため,言葉のイメージをつかみやすいという特徴がある。
 なお,情報機器とは言えないが,支援のための教材として視覚に困難さのある児童生徒のために製作されている拡大教科書がある。通常の教科書と同等の内容を,文字を大きくし,文章や資料を適宜レイアウト変更するなどして拡大提示しているところが特徴であり,読みの困難さの大きい児童生徒にも活用することができる。こうした手法により,読みの困難による学習内容の理解のつまずきを軽減することができる。

イ書字の困難さがある場合
 学習への意欲を引き出すためには,文章を書くことへの抵抗感を減らし,楽しんで記録したり大切なことをメモしたりできる情報機器の活用が考えられる。例えば,小型で携帯でき,スイッチを入れると同時に起動するキーボード型の文章入力装置がある。この機器は,スイッチを切っても文章が保存されており,軽くてバッテリーの持ち時間も相当長いため,文章を手軽に入力できるキーボードとしてどこでも手軽に使うことができる。最近のノート型のコンピュータにも様々な機能が付加されており,同様のことができるようになっている。
 また,書字のトレーニングに使用できる機器としては,ペン入力のできるコンピュータ(タブレット型コンピュータ)やゲーム機等がある。これらは,通級による指導の時間の書字トレーニング用の機器としての活用が想定できる。書字のトレーニングソフトなどを活用することで,興味や注意を持続させながら,通常の書字とは違うインタラクティブな反応を得たり,書字のスピードや形状,書き順の記録を取ったりすることでトレーニング効果を自己評価することもできる。さらに,指先の微細なコントロールのトレーニングや,漢字や英単語等の記憶のトレーニングとしても活用することができる。
 書字の困難さがある児童生徒は,教師の板書にノート筆記のスピードがついていけないことが多いため,書くことが苦痛であったりやめてしまったりする場合もある。そのような場合,例えば,デジタルカメラで撮影して板書の記録を残しておくことで,ノート筆記の補完をすることも考えられる。さらに,校外学習でのインタビューなど,大切な話を聞いてノートに書き留める場合には,小型軽量のICレコーダーを活用すれば何度も再生できるため,メモ代わりにすることも可能である。

2)一斉学習での教材提示に関する場面
 一斉学習の中では,注意集中が続きにくい児童生徒や,聞き取りが苦手な児童生徒の場合,長い話し言葉での指示よりも,短い言葉による指示と併せて,視覚的な指示と教材提示が効果的なことがある。そこで,児童生徒の興味を引き付ける視覚支援の情報機器の活用が考えられる。
 例えば,電子黒板は,黒板とチョークによる提示に比べて,板書を記録したり,その場でプリントアウトしたり,動きを提示したり,大切なところを強調したりするなど,より効果的な活用ができる。前述のデジタル教科書はプロジェクタと併せて使うことで,教科書の内容を拡大して一斉提示することが可能である。拡大投影装置として必須のプロジェクタの機能も向上しており,明るい教室でも見やすく提示することが可能となっている。さらに,デジタルカメラがあれば,体験したことや観察したものを映像として記録し,プロジェクタと併せて使うことで,一斉に提示することができる。

3)クラスのルール,決められた手順,役割分担,見通し及び行動修正に関する場面
 高機能自閉症などの傾向のある児童生徒の場合,自分なりの手順や方法にこだわったり,興味のあることに引きずられてしまったり,逆にルールを守ることにこだわりすぎて対人関係でのトラブルを起こしたりする場合がある。そのような場合には,行動の見通しがもてるよう情報機器を活用することが考えられる。
 例えば,朝の会の場面で,その日に必要なクラスでのルール,準備物,手順,役割分担等について教室に視覚的に提示し確認できるようにすることが効果的である。提示方法は,紙に手書きするという情報機器を使わない方法や,事前に入力したスケジュールに基づき自動的に表示するという情報機器を活用した方法も考えられる。
 また,時間の見通しをもたせることで,集中を持続させること,気持ちの切り替えをするために有効な支援機器として,残り時間を円グラフや棒グラフのように示したりして量的に把握しやすく表示するタイマーも市販されている。
 さらに,本人が目標に向けて努力したり達成したりしたときに,ほめられた記録やポイントが残るシステムにより,望ましい行動の獲得を目指したり,その結果を以前の状態と比べて評価したりすることにも情報機器の活用が考えられる。

4)気持ちや出来事の整理と自己コントロールや表現に関する場面
 客観的な状況把握や場面認識が苦手なため,トラブルの原因が理解できなかったり,原因と結果が客観的につながっていなかったりする場合には,アウトラインプロセッサの活用やフローチャートの作成により,自分や他人の発言や行動を振り返ったり,予測したりする活動にコンピュータを活用することが考えられる。
 また,通級による指導の担当教員と連携することで,通級による指導の時間を使って,トラブルとなった出来事や日常の自己の行動や生活を振り返り,望ましい行動を促したり意識付けたりすることや,ソーシャルスキルトレーニングに活用することが考えられる。

5)大切な話を聴く場面
 大事な用件を聞く場合,話し手に伝えた上でICレコーダーで録音し,後で聞き漏らしがあっても確認できるようにしておくという活用が考えられる。

(3)実践事例

【デジタルペンを活用した論理的コミュニケーション能力育成授業】
(教科等)小学校国語,総合的な学習の時間
(ねらい)

  1. 全員が各自の意見を発表する機会をもつことで,他者の考えを尊重する態度を養う。
  2. 情報を視覚化することによって,発達に遅れのある児童の理解を促す。
  3. 他者の考えと自分の考えの違いに気づき,物事に対して多角的な視点をもてるようにする。
  4. 論理的コミュニケーション能力を高める。

(学習の展開)
 飲み物や図形など,世の中に存在するいろいろな具体物を複数提示する。児童にはこれらをそれぞれの基準で分類するように求める。分類の基準をそれぞれがワークシートにデジタルペンで書き込み,書き込んでいる状況をペン内の通信機能(Bluetooth)によってリアルタイムに教師のパソコンに取り込むことにより,児童全員の思考の結果を一斉提示する。児童は自分の考えを他の児童に説明したり,他の児童のワークシートを見て説明を聞いたりする体験を通して,物事を多角的にとらえる姿勢を養う。
 従来の一斉授業においては,児童が発表する場面では考えを口頭で説明し,他の児童はそれを聞いて評価する必要があった。しかし,発達障害のある児童の中には「聞く」「話す」能力の習得に困難のある者も見られる。デジタルペンとその使用状況を教師のパソコンにリアルタイムに取り込むことにより,発表の際にはワークシートを提示して口頭での説明を補うことができる。また,他者の発表を評価する際には,話を聞くだけでなく発表者のワークシートを見ることができる。このように,「聞く」「話す」能力を補うことで発達障害のある児童が授業に参加しやすくなる。
 また,全員の意見を均等に提示し,一覧して評価できることから,多様な観点をもつことができ,個性を尊重する学級風土づくりができるようになると考えられる。物事を多角的にとらえる姿勢を養うことのできるシステムは,障害のある児童だけでなく他の児童にも有効である。

2.特別支援学級における情報教育の意義と支援の在り方

 特別支援学級に在籍する児童生徒の障害の種類には,弱視,難聴,知的障害,肢体不自由,病弱・身体虚弱,言語障害,自閉症・情緒障害などがある。
 これらの児童生徒に対しては,特別支援学校において活用されているコンピュータ等の情報機器を一人一人の障害の状態等に応じて活用することが大切である。その際には,指導方法や教材・教具,支援機器の活用について支援を受けられるよう,地域の特別支援学校と連携を図ることが大切である。
 特別支援学級には,上述のように様々な教育的ニーズのある児童生徒が学んでいる。そのため,情報機器を活用した効果的な指導のためには,個別の教育的ニーズに応じた教材ソフトウェアを用意する必要があり,市販ソフトウェアや自作ソフトウェアを適切に使用することが求められる。最近ではWeb教材コンテンツも開発され,インターネット上で利用することができるようになってきた。特別支援学級の教室内からインターネットに接続でき,これらの教材がいつでも使えるような環境を整えることが必要である。
 指導においては,教室での日常的な利用と,コンピュータ教室での一斉指導での利用の両方が必要になる。また,様々な障害の児童生徒が教育を受けることから,基本的な機器としてタッチパネルや代替キーボード等の入力機器も併せて整備する必要がある。
 また,通常の学級との交流も日常的に多くなるので,コミュニケーションを図ったり様々な学習場面に持ち運べたりするようなノート型のコンピュータも利用したい。

第4節特別支援学校における情報教育とICT活用

1.視覚障害者である児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)視覚障害者である児童生徒に対する情報教育

 現在のコンピュータ操作は,グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)が主流となっている。視認性,操作性に優れ,直感的な操作が可能なため幅広く普及してきた。しかしながら,視認性を重視する設計のため,視覚障害者である児童生徒にとっては,逆に扱いづらいインターフェースであり,そこに情報格差(デジタルデバイド)も生じている。
 そのため,視覚障害者である児童生徒の情報活用能力を育成するためには,読み取りにくい画面の情報を,画面の拡大や色調の調節などで補い,視覚から得られない情報は,聴覚(音声読み上げ)や触覚(ピンディスプレイ(2)等)などの代替手段を使って補うなど,個々の障害に応じた工夫の仕方を身に付けさせることが必要である。
 これらは,特別支援学校の学習指導要領において「触覚教材,拡大教材,音声教材等の活用を図るとともに,児童が視覚補助具やコンピュータ等の情報機器などの活用を通して,容易に情報の収集や処理ができるようにするなど,児童生徒の視覚障害の状態等を考慮した指導方法を工夫すること。」と規定されている。
 具体的な支援方策としては,全盲で視覚的な画面情報が全く入手できない場合には,OSやアプリケーションの情報を,音声リーダー(3)で読み上げさせ聴覚情報として入手したり,ピンディスプレイなどに出力し触覚情報として入手したりする方法がある。また,文字データをデジタル化することで点字と普通の文字との相互変換を行うことができ,点字利用者でも漢字仮名混じりの文章を書き,印刷することができる。一方,弱視で画面が読み取りにくい場合には,その視覚特性に合わせて,画面の拡大・白黒反転・色の調節・音声化などを行う。どちらにおいても,マウス操作をキーボードで行うためのキーの割り当て(ショートカット)を覚えることで,マウスや,キーボードの操作が困難な場合に対応することが可能となる。
 また,情報化の進展が視覚障害者の生活に新しい可能性を切り開いてくれる反面,情報社会が自己の生活環境にどのような影響を与えているかを,適切に把握・理解させることも丁寧に行わなければならない。携帯電話の所持率も高くなっている中,携帯電話やコンピュータにまつわる様々な犯罪を知り,こうした犯罪から自分の身を守る工夫を主体的に行う姿勢を身に付けさせることも大切である。
 これらにより,教室で学ぶことだけでは得られない多くの情報に,より能動的にリアルタイムに接することができるようになる。このように,視覚障害教育においては,適切な支援機器の工夫と情報教育により情報活用能力を育成することが,情報格差の幅を狭め,情報社会へ参画する態度を育てることにつながる。

(2) ICT活用による支援方策

 特別支援学校(視覚障害)においては,視覚からの情報入手の困難を補う手段として,音声リーダーや,ピンディスプレイ等の支援機器の活用によって,画面やマウス操作に頼らなくともコンピュータの操作ができるよう工夫して指導を行ってきた。近年,それらの機器の発達により,得られる情報量が一層増加している。
 また,画面が見にくい弱視の場合には,音声読み上げの技術に加えて,OS側で用意された画面情報のカスタマイズ機能(拡大表示,白黒反転機能など)を補助的に利用したり,弱視者用の多機能な専用ソフトウェアを活用したりすることにより操作性が向上し,情報機器の活用の幅を広げてきた。
 文字処理においては,コンピュータによる点訳の技術が進歩し,文字をデジタル化することで飛躍的に点訳の労力を省くことができるようになった。また,音声リーダーの辞書機能の向上により,点字利用者が普通の文字の文章を,同音異句を使い分けながら手軽に書くことができるようになった。さらに,紙に印刷された普通文字をスキャナーで取り込みOCRソフト(文字認識ソフト)によってデジタル化することで,音声化したり点字化したりと出力形態を容易に変化させることができるなど,文字のデジタル化により,取り扱える情報量が格段に増加した。

(3)実践事例

【音声リーダーを活用した情報処理】
(教科等)高等部 普通教科「情報」
(ねらい)

  1. 校内ネットワークと階層構造の理解。
  2. 視覚特性に合わせた画面設定と音声リーダーを用いたワープロソフトの操作。
  3. 長文の要約と音声リーダーを用いた漢字仮名混じり文の表記。
  4. 音声リーダーを用いたインターネット上の辞書・ニュース・路線等の検索。

(学習の展開)
 音声リーダーとキーボードのショートカットを利用し,ネットワークハードディスクのフォルダ内にある問題文にアクセスし開く。その際,自身の障害特性に合わせた音声設定と文字サイズ設定・ハイコントラスト(白黒反転)設定を適宜行う。長文の社会ニュース(問題文)を音声リーダーに読み上げさせ,内容を要約してワープロソフトでまとめる。また,点字利用者にはピンディスプレイを併用させる。ショートカットの利用により,ソフトウェアの切り替えやアプリケーションの操作等が素早く的確に行え,操作性が向上する感覚を体験させる。
 問題文に関するニュースや分からない語句,地域等を音声リーダーを活用してインターネット検索し,それぞれまとめる。
 要約をもとにそれぞれの感想を報告し合い,インターネット検索で調べた関連記事及び関連事項等を報告する。

(ポイント)
 マウスレスを基本にし,音声とショートカットを利用することで視覚的負担を軽減し,さらに操作性も向上することを体験する。音声リーダーを用いることで,印刷物では枚数も多くなり生徒にとっては読解の意欲が減退してしまうような文章量でも,比較的楽に読み進むことができる。また,点字利用者にはピンディスプレイを併用させることで,画面情報を触覚情報に変換させフィードバックしながら繰り返しの操作が可能になり,情報処理能力が向上する。音声対応インターネット検索ソフトを用いて,リアルタイムにニュース検索ができること,また,ネット上の辞書を利用することにより,書籍としての辞書より素早く語句検索ができることを体験する。
 上記の一連の操作を統合的に行うことで,情報の入手に関しては受け身であった視覚障害者である児童生徒に,能動的に情報を集め取扱う姿勢を身に付けさせることが大切である。


2 「ピンディスプレイ」とはコンピュータの画面を点字で表示する装置のこと。
3 「音声リーダー」とはコンピュータの画面情報を音声で読み上げるソフトのこと。

2.聴覚障害者である児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)聴覚障害者である児童生徒に対する情報教育

 聴覚障害者である児童生徒に対する情報機器を活用した指導においては,音声や環境音等の聴覚情報が入らない,あるいは入りにくいため,その障害の状態や発達の段階に応じて,適切な聴覚活用を図るか,あるいは視覚等の他の感覚器官の情報に置き換えて(感覚代行)情報を伝達する工夫が必要である。また,音声が入らないことによる日本語獲得の困難が生じやすいことから,学習の進め方,認知理解のさせ方にも多様な創意工夫が必要となる。
 そのため,特別支援学校の学習指導要領においては,各教科の配慮事項として「視覚的に情報を獲得しやすい教材・教具やその活用方法等を工夫するとともに,コンピュータ等の情報機器などを有効に活用し,指導の効果を高めるようにすること。」と規定されている。
 また,情報機器は視覚からの情報が豊富である特性から,聴覚障害者である児童生徒が自らの生活を充実していく上で有用な機器であり,障害による困難を補完して情報を得たり,コミュニケーションのためのツールとして活用したりすることは大いに意義のあることといえる。
 一方,社会的自立に向けて,特別支援学校(聴覚障害)においては専門学科をもつ学校も多いが,最近の職場環境から見ても情報機器の扱いや基本的なスキルは必須のものとなっており,特別支援学校の学習指導要領でも印刷,理容・美容,クリーニング,歯科技工などの各教科・科目において情報機器に関する技術や実習が必須のものと規定されている。

1)有用な教材・教具を活用した情報教育の意義
聴覚障害者である児童生徒の学習においては,適切に音声情報を活用する指導や配慮と並行して,視覚的な情報を充実した指導方法の工夫が必要である。従来の指導においても,プリント教材の活用,板書の工夫,掲示物の配慮など,様々なノウハウが活用されてきたが,情報機器を活用することで視覚情報を充実させた新しい指導法の開発が可能になる。これまでは授業場面で教科書,ノート,板書,教員の手元や口元を忙しく視線移動しなければならなかったが,教科書会社でもいわゆるデジタル教科書の製作にも着手しており,これらとプロジェクタや電子黒板などを活用することで,児童生徒の視線をあまり動かさずに授業を進めることが可能になる。これらのことは,聴覚障害者である児童生徒の学習環境,教室環境を一変させるだけの大きな変革になる可能性もある。

2)生活を支援するための情報教育の意義
 音声や環境音が入らない,あるいは入りにくい聴覚障害者である児童生徒については,日常生活で必要な各種情報を選択的に受信するトレーニングも必要である。そのために,例えば情報機器やディスプレイを校内に多数設置し,機会あるごとに情報を主体的・能動的に受け取るようにすることで,日常的な情報受信の学習にもなる。これらは一部の特別支援学校(聴覚障害)で「見える校内放送」として取り入れられつつあり,非常時の避難誘導など児童生徒の安全のための視覚的情報の伝達手段としても有用である。
 また,携帯電話のメール機能などを利用した情報の発信・受信は,これまで口話法や手話法など,互いに目の前での1対1のコミュニケーションが基本だったものが,一斉に多数の対象と,また,遠隔でのコミュケーションも可能になるなど,聴覚に障害のある人にとって格段に世界を広げる効用をもたらしている。しかしながら,これまで1対1のコミュニケーションしか経験していない児童生徒が,いきなり不特定多数とのコミュニケーションを行うと,書き言葉による文章表現が未熟であったり,社会性が十分育っていない場合もあるため,誤解を生じたり,いじめの原因になったり,ネット詐欺や犯罪に巻き込まれやすかったりするなどのマイナス面が生じる場合もある。したがって,適切な言語表現力,情報活用能力,情報モラルなどを習得させる指導が大切である。

3)職業教育を充実する情報教育の意義
 特別支援学校(聴覚障害)の高等部などでは専門学科を設置しているところも多く,伝統的に職業教育を重視してきた経緯がある。自立と社会参加に必要な力を身に付けるに当たり,こうした経緯や情報社会の現状を踏まえ,情報機器を活用した職業教育を行うことが大切である。
 最近の企業等では,工業系の職場ではコンピュータ制御の製作機械,CADなどの経験は最低限必要になっている。また,小売店,サービス業の職場においても,伝票管理やPOSシステムなどの情報機器が日常的に活用されているため,そうした機器に親しんでおき,わずかなトレーニングで利用できるような基礎知識と実習を積んでおく必要がある。

(2) ICT活用による支援方策

 まず重要なことは,校内におけるICT環境を充実することである。日常の授業で活用するためには,各教室にもコンピュータなどの情報端末やプロジェクタ,電子黒板などの設備が必要である。また,先に述べた「見える校内放送」などのように,日常的に視覚的な情報を十分に与え,選択的に受信する習慣やスキルを実地に学ばせる工夫も必要と言える。それらを活用した授業を行うに当たっては,デジタル教科書の利用,授業場面で適切に視覚的な情報を与える工夫など,教師のICT活用指導力の向上が併せて重要である。
 一方,コミュニケーション手段として情報機器をとらえた場合,先に述べたように聴覚障害者である児童生徒の社会生活を大きく拡大する可能性を秘めている。しかしながら,これらを自らの生活を充実するために活用していくには,操作スキルだけではなく,情報モラルや情報セキュリティに関する意識付けと,併せて,思いを適切に表現したり,受信内容を的確に読み取り理解したりできるように適切な言語能力を身に付けさせる必要がある。

(3)実践事例

【電子黒板を活用したプレゼンテーション】
(教科等)中学部理科
(ねらい)

  1. 天気に関する言い習わしを調べ,プレゼンテーションする。
  2. 電子黒板を用いて書き込みしながら説明をする。

(学習の展開)
 天気に関する言い習わし(例:太陽がかさをかぶると雨になる。)を選択し,意味を調べ,科学的に説明したイラストを付けて説明カードを作成。
 電子黒板にデジタルカメラで撮影したカードを投影し,操作ペンで必要な書き込みをしながら説明を行う。
(ポイント)
 これまでの特別支援学校(聴覚障害)の授業は,教師と少数の児童生徒とのポイント-ポイントのコミュニケーションで成り立っていたが,これでは情報の共有ができにくい。また,児童生徒はいつも受け身の関わりになりやすく,自ら表現する能力を伸ばすことが難しい。そこで,様々な情報機器を活用しての「調べ学習」,電子黒板を活用してのプレゼンテーションの学習を行った。
 特に電子黒板は,インタラクティブ性に優れ,デジタル化した情報を表示するとともに書き込みを加えたり,そのデータを記録したりすることもでき,振り返りの学習にも活用できる。
 こうして視線を一箇所にまとめることによって,集中して学習を進められるとともに画像情報,文字情報の活用を図ることができる。

3.知的障害者である児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)知的障害者である児童生徒に対する情報教育

 知的障害者である児童生徒に対する情報機器を活用した指導においては,その障害の状態や経験等に応じて,適切な補助入力装置やソフトウェアの選択が必要である。
 また,高等部生徒の社会的自立に当たっては,職業自立の可能性を追求する趣旨からも,情報機器の扱いに慣れておくことは必要な学習課題と考えられ,作業学習等において積極的に情報機器を活用することも必要である。
 特別支援学校の学習指導要領においては,各教科全体にわたる内容の取扱いとして「児童生徒の知的障害の状態や経験等に応じて,教材・教具や補助用具などを工夫するとともに,コンピュータ等の情報機器などを有効に活用し,指導の効果を高めるようにするものとする。」と規定されている。

1)有用な教材・教具を活用した情報教育の意義
 知的障害者である児童生徒の学習においては,教材・教具の果たす役割は大きく,各教科等の初歩的な指導から,比較的高度な内容の指導まで,適切な教材・教具を選択することは重要である。情報機器は双方向的な関わりがしやすく(インタラクティブ性),視覚的,聴覚的にも多様な表現ができるため,児童生徒が関心をもちやすく,活用を工夫することで有効な教材・教具となる。一方,課題としては,知的障害者である児童生徒の学習を目的とした学習ソフトウェアが極めて少なく,また,学習特性が様々であることから,市販の教材ソフトではうまく適合しないことがあり,教師の創意工夫による自作教材も積極的に取り入れていくことが必要である。
 インターネット等の活用についても,コミュニケーションや交流及び共同学習の手段としての活用が進みつつある。今後さらなる工夫によって他地域の特別支援学校や地域の小・中・高等学校などとのネットワークを介した交流及び共同学習が盛んに行われることを期待したい。

2)生活を充実するための情報教育の意義
 特別支援学校に通う児童生徒は,居住地域の他の児童生徒との関わりが薄くなりがちであり,何らかの交流及び共同学習の手段を講じる必要がある。もちろん,直接触れ合える機会を欠かすことはできないが,ネットワーク等を活用することで多様な形態での交流及び共同学習の可能性が広がると考えられる。
 また,知的障害者である児童生徒の余暇の一方法や心理的な安定などのために,インターネットやゲームの利用などの可能性も考えられる。ただし,その際,利用方法だけを習得させた場合,いたずらや不正な書き込みを行ったり,ネット犯罪に巻き込まれたりするなどの問題も予想されることから,児童生徒の発達の段階,経験の程度などに応じた適切な情報教育を行う必要がある。

3)職業教育を充実するための情報教育の意義
 障害のある生徒の社会的自立の形態も多様化してきており,職業に必要な能力と実践的な態度を育てることが大きな目標となっている。特別支援学校(知的障害)高等部では,作業学習や現場実習等を創意工夫し,就職率の向上に努めているが,職業に関する意識の涵養,体力,持久力,人間関係を構築する力などを高めるとともに,昨今の職場環境を意識して,簡単な情報機器の扱いなども学習課題に取り入れておきたい。
 また,業務遂行を支援するシステムやソフトウェアなども試みられているところから,職業教育と情報機器の結び付きも今後増えていくものと思われる。

(2) ICT活用による支援方策

 幅広い児童生徒が情報機器を操作することを考えると,まず支援が必要と思われる事項は,入力装置に関する部分である。経験を積めば,キーボード,マウスなどの入力装置も十分使いこなすことは可能であるが,一般的に慣れが必要なため,入力が思うようにできなくてストレスを感じたり,操作方法を理解することが困難であったりすることがある。そのような場合,後述の肢体不自由のある児童生徒が情報機器を操作するために使用する様々な支援機器を適切に応用することで,シンプルな入力環境を準備することができる。中でも,ディスプレイ上に置くタッチパネルは,画面の表示部分に指先で触るだけで入力できることから,視線移動が少なく,直感的な操作が可能になるため,有用な入力装置といえる。このほかにも,ペンタブレットを使ったノート型コンピュータや携帯型ゲーム機などの活用も考えられる。
 また,行動上の障害が強い児童生徒や,こだわりの強い児童生徒の中には,操作にこだわりを見せたり,機器に強い力を加えたりする場合もある。そうした場合,どのような操作をしても,次に起動した際に設定等をすべて初期状態に戻せるようなソフト等があるので,必要に応じて活用することも考えられる。また,機器を壊したり落としたりしないような機器の設置の仕方や,児童生徒及び教師の不測のけが等を防止する安全策も講じる必要がある。例えば,固定ベルトの設置や画面と入力スイッチだけを児童生徒の前に用意し,他の機器が児童生徒の目に触れないようにすることも有効である。これにより,児童生徒に,画面上の課題に集中して利用させることができる可能性が高くなる。

(3)実践事例

【イントラネット(4)を活用した学校間交流】
(教科)中学部国語
(ねらい)

  1. イントラネット上で掲示板を利用したクイズ大会を行う。
  2. 仲間と協力してクイズを作ったり,他校の友達に発信する文章を作ったりする。
  3. イントラネット上でのやりとりを楽しみ,交流の輪を広げる。

(学習の展開)
 前回出したクイズの回答が他校の友達からきているか,掲示板の画面を開いて全員で確認する。2つのグループに分かれ,正解とコメントの文章を作成し,正解の画像や自分たちの画像を取り込んで送信文書を作る。正解とコメントを送信し,次の課題に移る。2つのグループの比較をし,学習内容を振り返る。
(ポイント)
 このイントラネットは,複数の特別支援学校や特別支援学級が任意に参加する広域ネットワークである。このネットワークを通じて離れた学校同士の交流の輪が広がり,多様な学習機会を提供している。情報機器と広域ネットワークを利用して離れた学校同士で積極的な交流を行うことで,生徒の社会一般への意識付けにつながり,併せて情報モラルや相手への思いやりなどが育成された。ネットワークの向こうには友達がいるということを実感させるには,適切な学習環境であったといえる。


4 「イントラネット」とは,学校内等,限定された範囲でのコンピュータネットワークのこと。

4.肢体不自由者である児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)肢体不自由者である児童生徒に対する情報教育

 肢体不自由者である児童生徒に対する情報機器を活用した指導においては,その機能の障害に応じて,適切な支援機器の適用と,きめ細かなフィッティングの努力が必要となる。これは,同一部位の障害であっても,実際のニーズは微妙に異なり,それぞれの児童生徒の発達や機能的な落ち込み,体調の変化などに応じて,絶えず細かい適用と調整をする必要があるからである。そうした支援方策を選ぶ上では,専門的な知識や技能を有する教師間の協力の下に指導を行ったり,必要に応じて専門の医師及びその他の専門家の指導助言を求めたりする必要もあり,また本人の意思や保護者等の意見も尊重しなければならない。
 いずれにせよ,支援方策を講じた情報機器を操作できるようにすることで,これまでできなかった活動,特に表現活動などの主体的な学習を可能にしたり,多くの人々と接点を持たせることで,社会参加に向けてのスキルを大きく伸ばしたりしていく指導が可能となる。
 知的障害のない,あるいは軽度な肢体不自由者である児童生徒には,ワードプロセッサやグラフィックツール,音楽ツールなどでの創作活動や意思伝達,さらにはインターネットなどを用いての積極的な社会参加の意義も大きい。知的障害を併せ有する場合は,前述の知的障害教育における意義等を踏まえながら,肢体不自由に応じた支援方策を取り入れることで,さらに学習のバリエーションを広げることができる。
 特別支援学校の学習指導要領においては「児童の身体の動きや意思の表出の状態等に応じて,適切な補助用具や補助的手段を工夫するとともに,コンピュータ等の情報機器などを有効に活用し,指導の効果を高めようにすること。」と規定されている。
 また,「児童の学習時の姿勢や認知の特性等に応じて,指導方法を工夫すること。」と規定されており,情報機器や支援機器を扱うに当たっての身体の状態や動き方に配慮する必要がある。

肢体不自由者である児童生徒に対する情報教育イメージ

(2)ICT活用による支援方策

 コンピュータを活用する際の大きな課題は入力の問題である。OSに含まれるユーザー設定で対応できるものもあるが,キーボードやマウスなどの入力装置をそのまま活用できない場合には代替の入力機器を選択することになる。
 OSに含まれるユーザー設定としては,複数のキーを同時に押すことなく順番に押せる機能など,キーボードの入力を容易にする機能や,マウスの操作をキーボードだけで入力できる機能,文字の入力をマウスで行うことができる機能などがある。
 代替の入力装置としては,大型の50音キーボードやタブレット型のキーボード,画面上に表示されるスクリーンキーボードなど文字入力を支援する機器,ジョイスティックやトラックボール,ボタン型のマウスなどマウス操作を支援する機器,コンピュータを操作するための様々なスイッチなどがある。
 スイッチには,センサーを活用するものもあり,押すと反応する通常のスイッチから,音に反応する音センサー,光を遮ると動作する光センサー,曲げると動作する屈曲センサー,息を吹き込むことで動作する呼気センサーを活用したものなど様々なものがある。それらを利用しやすいように固定する支持機器など周辺の機器も児童生徒の身体状況に合わせて適用することも重要である。
 また,入力装置だけではなく,これらを有効に活用するためには1スイッチでコンピュータのすべての操作を可能にするためソフトウェアなども適宜併用し,効果的に活用する必要がある。
 さらに,情報機器としては,コンピュータのほかにも,携帯型の情報端末やVOCA(Voice Output Communication Aids:携帯型会話補助装置)(5)など様々なものがあり,学習やコミュニケーションを充実するためには,必要な場面でこれらを活用することが重要である。

(3)実践事例

【コンピュータやネットワークを活用した学習支援】
(教科等)高等部各教科,自立活動等
(ねらい)

  1. 主体的に学習に参加できるようにする。
  2. コミュニケーションの環境を豊かにし,表現する力を高める。

(学習の展開)
 支援機器を活用した指導は,生徒の「障害の状態」「認知発達の状態」「年齢」など様々な状況に応じて行われるため,適用されるものは多様であるが,今回の事例では高等部の生徒を例に,どのような活用の仕方があるのかを紹介する。
 A君はウエルドニッヒホフマン症の男子で幼い頃から筋力が弱く,自力で体を支えることができないため,リクライニングさせた車いす又はベッドの上に乗り,横向きの姿勢で学習をしている。かろうじて鉛筆を持って筆記をすることはできるが,筆圧が低く上肢が動く範囲も狭いため,常時介助を必要としている。
 そこで,学習指導において積極的にノート型のコンピュータを活用することにした。家庭でもコンピュータを使っているため,操作の習得には抵抗が少なかったが,「小型のマウスを使うこと」「右腕の届く範囲にキーボードの位置を調整すること」「テキストなどを書見台に貼り付けて見える位置に配置すること」などの配慮を行った。
 どの学習場面でも「鉛筆,ノート代わりに授業を記録するための筆記用具」としてコンピュータが使われたほか,本をめくることが難しいため「国語の漢字や英語の単語などを調べるための辞書」として活用したり,「教科書の内容をイメージスキャナーで取り込んだり,教科書会社から提供してもらったファイルを使って教科書代わりにする」ことなどを行った。
そのほかにも,理科の学習の観察では姿勢を起こして顕微鏡を覗くことが難しいため「コンピュータにつなげられる電子顕微鏡を活用し,画面上に映る植物の観察を行う」など積極的に情報機器を活用した。
 また,体力が弱く,週の半分ほどしか通学ができないため,学校の様子を伝えたり,学習内容を連絡するために,インターネットを使ってテキストをメールで送ったり,実験の様子を動画にして学校のWebページに載せて教材を提示したり,メールでレポートを提出させたりした。
(ポイント)
 この実践では次の2つの観点を大切にした。1つ目は「生徒が主体的に活動に参加できること」である。障害のある生徒は,ともすると関わる側の過剰な援助によって,できることでも周囲の生徒が代わりに行ってしまう時がある。しかし,自ら働きかけて様々な経験をする中で多くのことを学べるため,本人に合った入力装置や環境を整えることで,主体的に学習に参加することをねらった。
 2つ目は,「コミュニケーション環境を充実すること」である。支援機器を活用することで,家庭で孤立する生徒に外界との接点を作り,学習意欲をもたせることができた。この生徒のほかにも,同様に通学が困難な生徒に対して,テレビ会議システムやネットミーティング,電子掲示板などを活用して在宅での学習活動を支援している。訪問する教員との1対1での学習では意欲を失いかけていた生徒が,通学生との共通の学習の場を作ることで,積極的になってきた。機器の活用は,その先にある友達と「つながりたい」という思いを実現することによってこそ意味があると考える。


5 「VOCA」とは録音された音声のボタンや50音表の文字などを選択することで発声が難しい人の会話を補助する機械のこと。

5.病弱者である児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)病弱者である児童生徒に対する情報教育

 病弱者である児童生徒は,様々な慢性的な心身の病気で入院あるいは通院治療中であるために,適切なコミュニケーションの技能が育ちにくかったり,身体を使った活動が困難であったりする者が多い。しかし,今日の医療の進歩によって,小・中学校と特別支援学校(病弱)との間での移籍頻度が上がっている。そのため,特別支援学校(病弱)における情報活用能力の育成に当たっては,小・中・高等学校等以上にその具体策を指導して活用させることが重要である。しかし,病気の種類や程度,療養環境の違いなどによって実際の支援ニーズは個々に異なることから,対象児の病状による機能的な落ち込みや体調の変化などに応じて,絶えず細かい適用と調整を行う必要がある。
 学習指導要領においては「児童生徒の身体活動の制限の状態等に応じて,教材・教具や補助用具などを工夫するとともに,コンピュータ等の情報機器などを有効に活用し,指導の効果を高めるようにすること。」と規定されている。病弱者である児童生徒の学習においては,通院や入退院による学習の空白を補うためにCAI教材(6)(CAI: Computer Assisted Instruction)の活用や,インターネットの活用などが有効である。また,限られた学習時間で効率的な指導を行うために,教育内容を精選するとともに,理科における実験のシミュレーションや社会科における調べ学習など,多様な内容を包含した指導を行う必要がある。
 また,同年代の児童生徒や親元から離れて入院生活を送る病弱者である児童生徒にとっては,家庭や前籍校などとの交流や情報収集が欠かせないだけに,時間や空間に制限されないネットワークは,その特性から児童生徒が自らの生活を豊かにしていく上で有用な方法ということができ,病気による運動や生活の規制がある児童生徒の学習環境を大きく変える可能性がある。これらは,学習上の効果を高めるだけでなく,意欲や心理的な安定など,心理的な面においても効果がある。
 一方,インターネット関連ビジネスに代表される近年の労働形態の変化もあり,病気による運動や生活の規制がある児童生徒の就労にも幅が出てきており,様々な就労方法が考えられる。したがって,これらに対応するための職業教育や,情報機器の扱い方等の基本的なスキルは必須のものとなっている。また,機器の操作技術だけではなく,商業倫理,情報セキュリティ,モラルやマナーなどの意識付けも大切である。

病弱者である児童生徒に対する情報教育イメージ

(2) ICT活用による支援方策

 支援方策としては,個々の病気による現在の症状や健康状態への配慮を中心としながら,実際に行うことが難しい観察や実験の補助として,コンピュータ教材によるシミュレーション学習や,インターネットやメール等の活用を通じたネットワークによるコミュニケーションの維持・拡大,テレビ会議システムなどによる前籍校等との連携・交流の機会の提供などを行えるようにすることも大切である。
 また,進行性疾患等の症状によってキーボードやマウス等の入力機器をそのまま活用できない場合には,代替の入力機器を選択することになるが,この場合には,肢体不自由者である児童生徒に対する支援機器の活用方法を応用するなど,個別的で具体的な支援をする必要がある。
 こうした支援に関しては,専門的な知識や技能を有する教師間の協力はもとより,医療機関との日常的な連携と協力が不可欠である。特に,高度な専門的医療を受けている児童生徒や心身症等の精神的要因をもつ疾患の児童生徒については,教育の専門的立場から,主治医や看護師,心理職などの専門家と十分な意見交換をする必要がある。

(3) 実践事例

【インターネットを活用した前籍校との交流】
(教科等)総合的な学習の時間,特別活動,自立活動等
(ねらい)

  1. 前籍校との交流を深め学習意欲を高める。

(学習の展開)
 生後まもなく心臓に病気のあることがわかったAさんは,生後1か月頃から数回の手術を受けたが,体調の変化が大きく運動制限等を受けて継続的な治療を続けている。自宅から離れた病院に入退院を繰り返しているため,小学校に通ったり病院隣接の特別支援学校(病弱)に通ったりしてきた。現在は,病院に設置された院内学級で学んでいる。
 Aさんは,特別支援学校では少人数でゆっくりと学習ができることに満足しているものの,自宅に近い小学校に通う幼なじみの同級生たちとの日常的な交友関係や学習の遅れなどが気になっていた。そこで,特別支援学校の担任やコーディネーターが小学校の担任等と話し合って,主治医の許可を得た上でコンピュータを活用した交流を進めた。
 例えば,Aさんが自立活動の時間に作ったCG作品をメールで送付し,小学校の教室に掲示してもらったり,学級会活動で音声及び画像付きのチャットを行ったりなどして交友関係の維持に努めた。この結果,Aさんの学習意欲を向上させるだけでなく,小学校での同級生の間に存在感をもたせることができ,スムーズな移籍を支援することができた。
(ポイント)
 本人の病気の状態に配慮し,体調が安定しているときにはすぐに機器が使えるように準備をしていた。コンピュータ教材の活用による学習の継続を図りながら,Aさんの達成感や成就感を高めるように努め,病識の理解や病状に対する自己管理にもつなげていった。


6 「CAI教材」とはコンピュータを利用し,対話形式で学習を進める教材のこと

6.その他,重複障害等の児童生徒に対する情報教育の意義と支援の在り方

(1)その他,重複障害等の児童生徒に対する情報教育

 特別支援学校には複数の障害を併せ有する児童生徒が在学しており,特別支援学校の学習指導要領においては,各教科の目標及び内容に関する事項の一部を取り扱わなかったり,自立活動を主として指導を行ったりすることができることとしている。しかし,障害が重度になるにつれ,身の回りにある様々な情報を積極的に活用し,他者とのコミュニケーションを豊かにするために様々な支援を施す必要がある。例えば,視覚障害と聴覚障害を併せ有する児童生徒がコミュニケーション方法として活用している指点字なども,1つの有効な方法である。
 また,特別支援学校(肢体不自由)には知的障害を併せ有する児童生徒が多く在学している。そこでの指導では,情報の基礎となるべきコミュニケーションを豊かにする方法として,AAC(7)(Augmentative and Alternative Communication:拡大代替コミュニケーション)を活用した指導が多く取り入れられるようになっている。様々なアシスティブ・テクノロジーを活用して他者とのやり取りをする中で,わずかな表現を大きくしたり,別の表現方法に置き換えたりすることで,表現する力を高めることができる。

(2)ICT活用による支援方策

 例えば,視覚障害と聴覚障害を併せ有する児童生徒に対する情報機器を活用した指導では,音声情報や視覚情報では情報を得ることが難しいため,ピンディスプレイなど触覚での情報を入手できる機器が有効な場合がある。しかし,様々な感覚器官に障害のある場合には,この方法でよいという固定的なとらえ方ではなく,個々の児童生徒の実態把握を丁寧に行う必要がある。
 また,知的障害を併せ有する児童生徒の場合,他者との関わりが明確にならずコミュニケーションを取ることが難しいことがあるので,前述したコミュニケーションを支援するVOCAの活用や,簡単な操作で画面が切り替わったり,音が出たりするようなソフトウェアを活用したコンピュータの教材などを利用することで表現する力を付けることなどが考えられる。

(3)実践事例

【スイッチとスライドを活用したAAC】
(教科等)各教科等を合わせた指導(日常生活の指導)
(ねらい)

  1. 呼名に対して意思表示をすることができる。
  2. 自己選択をすることができる。
  3. 一日の流れを把握することができる。

(学習の展開)
 朝の会において,呼名,天気の確認,一日の予定の確認を行う。

  1. 呼名の場面では,スライドにより返事をする。
  2. 天気の確認の場面では,スライドのアイコンから選択をし,自分の思ったところでスイッチを入れる。
  3. その日の予定の確認の場面では,スライドの写真と音声を,スイッチを入れることで確認していく。

(機器・ソフトの工夫)
 パソコンのクリック操作は,マウスの左クリックの機能を取り出したインターフェースに自作の棒スイッチをつなぎ,棒スイッチを自分の意志で動かすことで活動する。

  1. 呼名の場面では,スライドに対象児童の顔写真と教師の「はーい!」の声を貼付けたものが,クリックと同時に現れるように設定しておく。
  2. 天気の確認の場面では,あらかじめ「はれ」「くもり」「あめ」のアイコンについて,「はれ」の日は,「はれ」を選ぶと「○」,その他を選ぶと「×」のスライドに移るように関連付けをしておく。アイコンの移動は,教師が行い,決定を児童が行うようにする。ファイルは,「はれバージョン」「くもりバージョン」「あめバージョン」を準備しておき,その日の天気によって,教師があらかじめそのバージョンを起動させておく。
  3. 予定の確認の場面では,その日に行う予定の活動を順番に写真と音声でスライドを作っておき,スイッチ操作するごとに次の予定に移るように設定しておく。

(ポイント)
 写真と音声を用いることで,視覚的にも聴覚的にも刺激を与えることができる。また,比較的身近なプレゼンテーションソフトを使用することで,簡単に教材を作成することができる。さらに,児童の実態に合ったスイッチを使って活動することで,重度の脳性まひのある本児童においても,本人の意思で選択や操作をすることができる。


7 「AAC」とは手段にこだわらず,その人に残された能力とテクノロジーの力で自分の意志を相手に伝える技法のこと

第5節特別支援教育における情報モラル教育

 本節は,第5章を踏まえつつ特別支援教育において特に気を付けることを述べるもので,基本となる考えを理解するためには第5章を参照されたい。
 障害のある児童生徒にとって,インターネットや携帯電話の利用は情報保障(8)の点や自立した生活を行うための支援機器として有効なものとなり得る。視覚障害者がカメラ付きの携帯電話を使って身の回りの様子を遠隔地の人に見てもらうことで必要な支援をしてもらうなど,その利用の可能性は広がっている。
 しかし,それと同時に,どのように情報を扱えばよいかという情報モラルの問題も多く出て来ている。知的障害があるために,文面の意味を読み間違えて被害者になったり,逆に犯罪に巻き込まれて気付かないうちに加害者になったりするなどの場合がある。また,発達障害のある児童生徒の中には,その障害特性のために,社会規範に基づく判断や倫理的判断に偏りや困難のある者がいる場合もある。
 情報機器の基礎的な扱いは容易になっているが,その特性に合わせた具体的な指導が必要であり,使い方を体験的に学ぶ機会が必要となる点に留意する必要がある。その際にも,例えば,聴覚障害者である児童生徒が,音声での情報のみしか与えられなかったために内容を理解できないということがないよう,情報のユニバーサルなデザインを意識しつつ,個々の児童生徒の実態に応じた指導が望まれる。
 また,情報モラル教育は学校だけで行えることではなく,保護者や地域と連携しつつ,指導を進める必要がある。

【指導事例:携帯電話を利用した犯罪被害の予防】
(教科等)高等部普通教科「情報」
(ねらい)
 携帯電話(メール)による詐欺等の手口を知り,危険に対する意識を高める。
(学習の展開)

  1. 携帯電話用疑似サイトを用いてワンクリック詐欺の実際を携帯電話で疑似体験する。
  2. 個人情報を収集する可能性のあるサイトを携帯電話で疑似体験することや,サイトを利用している場面のDVDを見て確認することで個人情報入力の危険性を知る。
  3. フィッシング詐欺に遭いそうな場面のDVDを見る。
  4. 危険なサイトについて話し合い,自分ならどう行動するか考える。

(ポイント)
 こうした知識は,聴覚障害のある生徒には説明やプリントだけでは定着が難しく,擬似的にでも自ら体験する機会が必要である。特にコミュニケーションに困難があり,社会性を学ぶ機会が少なくなりがちな聴覚障害者である生徒は,十分に実感の伴った学習をしないと詐欺等の犯罪に巻き込まれる場合がある。携帯メールは,聴覚障害者である生徒にとって有用なコミュニケーションツールであり,一気に普及したが,それらを使いこなすだけの言語力や理解力,倫理観が伴っていないと非常に危険である。今後こうした倫理観や情報活用能力をどう教えていったらよいかについて教育内容の検討が必要である。


8 「情報保障」とは,「障害等により情報を入手することが困難な者に対して情報入手のための支援を行ったり,情報を発信することが困難な者に対して情報を発信するための支援を行ったりすること」とする。情報保障の手段としては,点字による表示や手話,ノートテイク,コミュニケーション支援機器や支援ソフトを活用して意思の伝達を行うなどの多様な形態がある。

第6節特別支援教育における校務の情報化

 特別支援学校や特別支援学級などにおいても小・中学校等と同様に校務の情報化を行うことが大切である。その意味では,本節を読む前に第6章を見てから,特別支援教育に関係することを付加して考える必要がある。
 特別支援教育においては,個々の児童生徒に応じて教材を作成したり,学習の様子を記録したりする必要があるので,それらを教師間で有効に共有させるようなシステムを構築し,効率的・効果的に指導できる体制をつくることが肝要である。
 また,個別の指導計画や個別の教育支援計画を作成するためには,校内サーバを用いた情報共有やファイル管理も大切であるが,関係機関との連携を図るためのネットワークも求められる。しかし,個人情報の保護や情報セキュリティの問題もあるので,教育,福祉,医療の関係機関等が安全に連携できる地域ネットワークを構築した事例もある。
 また,小・中・高等学校と関係機関との連携においては,通常の学級と通級指導教室などが十分に連絡を取り合い,目的や支援方策について共通理解を持ち,役割を分担することや,特別支援学校のセンター的機能を活用することなど,学校と関係機関との密接な連携が求められている。また,個別の教育支援計画の作成と実施については,家庭や地域,医療,福祉,保健,労働等の関係機関との連携と協働体制が必要となる。この連携体制に情報機器や情報通信ネットワークの活用が想定できる。
 例えば,近年,多くの自治体において,地域の公立の幼稚園,学校,通級指導教室,その他の関係機関などがネットワークに接続される状況になってきている。その場合,情報セキュリティの確保,プライバシーの保護,保護者への説明等に十分留意した上で,関係部局や関係者の間で支援に役立つ情報を蓄積したり活用したりすることで,必要な支援の継続に役立てることが想定できる。

【事例:専用回線を活用した関係機関の連携】
 K市では,発達支援に必要な情報交換のために,平成14年度から,グループウェアを運用している。これは,市内の公私立の保育園・幼稚園,小学校,中学校,特別支援学校,発達支援室と,教育委員会の学校教育課,子育て支援課や,保健センター,発達支援センター等の関係機関を結んでいる。ここには,非常に多くの所属の異なる構成員が,部局横断的に発達支援に関わっており,情報交換の仕組みをICTによって確保することを目的としている。
 このグループウェアの特徴は,関係者間の連絡調整や会議録の共有が簡単にできることや,保護者の了承のもとに児童生徒の状況や指導記録が蓄積できることなどにある。機能は大きく2つあり,1つは参加者にオープンな会議室での,各機関へのメッセージ送信と返信,自作教材やワークシート,個別の指導計画の様式のダウンロード,国の動向に関する情報の共有と研修に関する情報提供である。もう1つはクローズドな会議室での個別の児童生徒に関する指導情報の蓄積と共有である。このネットワークの利用に当たっては,ガイドラインを規定し,情報セキュリティとプライバシー保護を図っている。また,保育園・幼稚園,小学校,中学校の関係職員を対象に,利用のための研修会を毎年春に開催している。このグループウェアについて,保護者からは「児童生徒の状態を関係者に把握してもらえる」と好意的な意見が多く,学校からも「学校,保健師,他校の通級指導教室が日々連携をとることが,保護者の安心と児童生徒の成長につながっている」という声が寄せられている。

第7節特別支援教育における教員のICT活用指導力

 本節も第5節,第6節と同様に,関係する第7章の上に立ち,特別支援教育の実情を考えて行うべきものである。その意味で,第7章に述べられていないことをここに記載しているので,一般の教員のICT活用指導力の育成に関する内容を第7章で学んだ後にこの節を参照されたい。

1.指導計画における情報活用能力の育成の具体的な目標の設定の仕方

 情報活用能力の育成のねらいと方法は,その発達の段階,社会経験の範囲,個々の障害の状態や学習課題などによって大きく異なる。そこで,情報活用能力の確実な定着を図るためには,学年段階における教育課程や,単元等における目標設定に加えて,個々の児童生徒に応じた情報教育の計画を作成することが重要である。
 この計画は,まず個々の児童生徒の情報活用能力の実態把握と,児童生徒自身の意思と選択,学習環境や支援機器の適用範囲,支援する教師の指導力,情報教育だけでなく,その児童生徒の全体的な指導計画などを考慮して作成することになる。その際には,必要に応じ,医師やリハビリテーション工学関係者の意見を聴取し,さらに本人の意思及び保護者の意向を尊重して反映させることも大切である。また,個々の児童生徒が情報を活用して,どのようなスキルを身に付け,それがどのような他の学習領域に反映できるかといった相互作用に絶えず配慮しながら作成する必要がある。

2.支援機器等の活用技術の向上のために

1)研修の内容や支援体制
 支援機器についての知識や情報は,リハビリテーション工学分野では流通していても,なかなか教育分野では流通していない。そこで,こうした事例や技術について研修するためには,教育関係機関だけでなく企業や他分野も含めて広い観点から情報を集める必要がある。そして,そうした情報を統括するためにも,特別支援学校のセンター的機能を発揮した地域の連携や,各都道府県等の教育センター等が窓口となるなどの支援体制の整備が求められる。
 また,支援機器の活用については,個別的かつ具体的で情報も少ないことから,地域レベルだけでなく,学校や教育センターが全国レベルで情報交換するためのシステムが求められる。

2)支援機器の適切な活用のための教員のスキル向上について
 支援機器の活用については,専門的な知識が必要なものもあり,個々の教師がその活用を担うのは難しい場合が多い。これらの機器を活用するためには,研修も重要であるが,支援機器の適用のための会議を開くなど,組織的に行う体制を整備することが望まれる。
 また,そうした教師の活用スキルを向上させ,授業等において積極的に情報機器を活用することを促すためにも,専任の情報担当教師の配置や,情報インストラクター等によるOJT(On the Job Training:仕事の遂行を通して訓練をすること)等の研修ができる体制を整えることも重要である。

第8節特別支援学校におけるICT環境の整備

 特別支援学校においても,第8章で述べたことと同様のICT環境の整備が望まれるが,加えて支援機器の整備を行っていく必要がある。特別支援学校施設整備指針(https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/283748/www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/seibi/07082112.htm(※国立国会図書館ホームページへリンク)別ウィンドウで開きます)で述べられているように,「児童生徒の自立と社会参加に向けての一人一人の教育的ニーズに応じた適切な指導を行うため,施設面においても…質的向上を図っていくことが必要」であり,特に情報環境の充実に当たっては,「障害に対する情報保障しての環境を確保するよう計画することが重要」である。
 また,特別支援学校においては,児童生徒の実態や,学習場面に応じてICTの利用方法が異なるため,次に述べるような独自の工夫を行う必要がある。
 1つ目は,コンピュータの選定についてである。特別支援学校においてコンピュータを活用する場合,様々な学習場面や、障害の状況に応じて利用場所が変わる可能性もあり,また一斉指導のほか個別の指導を行う場面もあるので,デスクトップ型とノート型や,モニターの大きさもいくつかそろえるなど,状況に応じた利用が可能となるように選定する必要がある。
 2つ目は,周辺機器・ソフトウェアの整備についてである。周辺機器は児童生徒の障害の種類や程度に応じて考える必要があり,必要となる機器の種類も多岐に渡るため,ここでは例示しないが,第3節や第4節を踏まえた上で,国立特別支援教育総合研究所「障害のある子どもたちのための情報機器設備ガイドブック」(平成14年3月)(http://guidebook.nise.go.jp/)で示された例示品目などを参考に整備することが望まれる。
 3つ目は,通信環境の整備についてである。特別支援学校に在籍する児童生徒の中には,学校内だけでなく,病院内の学級,分校,分教室や,訪問教育などにより教育を受ける者もいるため,様々な学習環境で教育を受ける児童生徒のネットワーク環境について,他の児童生徒と同様に教育を受けられるように配慮する必要がある。その際には,関係機関と連携し,様々な通信方法について検討していく必要がある。
 ICT環境の整備は様々な教育活動と関わることから,情報教育の担当者だけでなく,自立活動担当者など全校の教師が関わりながら整備することが,有効な活用につながる。そのためには,外部の専門家等の助言を活用しながら,学校全体で環境整備を行う体制を整えていくことが求められる。

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