2.現代の子どもの成長と徳育をめぐる今日的課題

(1)社会環境の変化と徳育に関する今日的課題

○ 現在の日本の若者・子どもたちには、他者への思いやりの心や迷惑をかけないという気持ち、生命尊重・人権尊重の心、正義感や遵法精神の低下や、基本的な生活習慣の乱れ(※4)、自制心や規範意識の低下、人間関係を形成する力の低下などの傾向が指摘されている。社会を震撼させるような、少年が関与する事件の報道に触れ、子どもたちの規範意識について不安を感じる人も多い。

○ また、日本の若者・子どもたちが、諸外国と比べて「自尊感情」が低く、将来への夢を描けないという指摘もある。

○ その一方で、現代の若者・子どもたちは、柔軟で豊かな感性や国際性を備えていたり、ボランティア活動への積極的な参加や社会貢献への高い意欲をもつ者も多く現れたりするなど、昔の若者にはなかったような積極性(※5)が見受けられる。


※4 生活習慣については、平成20年11月の文部科学省「平成20年度全国学力・学習状況調査」では、
 ・平日23時以降に就寝する小学6年生の割合は19%、平日24時以降に就寝する中学3年生の割合は31%
 ・朝食を食べないことのある小・中学生の割合は、小学6年生で13%、中学3年生で19%
 ・平日にテレビやビデオ・DVDを3時間以上視聴する子どもは小学6年生で46%、中学3年生で39%となっている。
 日本青少年研究所が行った「高校生の学習意識と日常生活調査報告書 日本・アメリカ・中国の3ヶ国の比較」(2005年3月)では、自分の生活についての自己評価として、「物事に積極的に取り組むほうだ」、「私はリーダーシップをとるのが好きだ」、「自分の欲望をコントロールするほうだ」、「よく勉強をするほうだ」など肯定的な回答をした割合が、我が国の高校生は3か国の中で最も低い。
 内閣府の「低年齢少年の生活と意識に関する調査報告書」(平成19年2月)では、勉強や進学について悩みや心配事があると答えた中学生が、平成7年11月の同じ調査の46.7%から61.2%に増加している。
 内閣府の「低年齢少年の生活と意識に関する調査報告書」(平成19年2月)では、小・中学生の保護者に子育てや教育の問題点を複数回答で選択を求めたところ、「家庭でのしつけや教育が不十分であること」(59.9%)、「地域社会で子どもが安全に生活できなくなっていること」(58.3%)、「テレビやインターネットなどのメディアなどから子どもたちが悪い影響を受けること」(50.0%)が上位を占めた。

※5 平成17年5月の内閣府「生涯学習に関する世論調査」では、ボランティアに参加したことがあるとの回答の割合は、15~19歳の年齢層で55.3%と、20歳以上の44.2%を上回っている。また、ボランティア活動に参加してみたいと回答した割合も、それぞれ72.7%と59.6%となっている。

(大人のモラル、意識・自覚の問題としての課題)

○ 「今どきの若い者は」「子どものモラルが低下している」などの指摘は、いつの時代でも聞かれる言葉と言われる。大人が眉をひそめるような子どもたちの言動も、当の大人が若いころに行動してきた場合もあるし、価値観の相違から摩擦を生じる原因となる言動が、やがて時代の流れとともに社会に受け入れられることも少なくない。さらに、新しい価値を希求する若者の文化が社会発展の原動力となる場合もある。したがって、今の子どもや若者の行動が、昔の子どもたちと異なる行動だからといって直ちに否定されるべきではない。また、このような指摘については、世代間の意識の差によるものであれば、対話によって理解を図り、解決していくことも可能である。

○ むしろ、今、子どもたちの行動に対して指摘される問題点の多くは、大人たちの問題でもあるのではないか。子どもたちが、将来大人となる際の手本となるべき今の大人が、手本となり得ていないという大人社会の問題が、子どもに投影されているのではないだろうか。例えば、他人のことを思いやらず、自分さえ良ければといった言動や、責任感の欠如した言動、真摯に努力することを軽視するといった言動は、今の大人が行っているものであり、そうした大人に起因する問題が、子どもの問題と受けとめられているからこそ、問題の解決に至らないのではないか。

○ また、1.(1)で述べているように、多くの矛盾や葛藤(かつとう)を抱える存在こそが人間であることからも、子どもが、様々な体験の中で、ねたみや悲しみ等を感じ、葛藤しながら、自ら克服するに至るまで、試行錯誤することについて、大人社会が寛容であることが、必要なのではないか。子どもが何を感じているのか、どういう気持ちであるのかということに、耳を傾け、大切にすることが、大人の姿勢として、求められているのではないか。

○ 子どもたちが豊かな人間性をはぐくむためには、まずもって、身近な大人たちが、子どもたちの目にはどのように映るかもよく考えて、自らの言動を振り返り、子どもの視点に立って、必要に応じて改善し、大人全般のモラルの向上に、大人自らが率先垂範して、早急に取り組まなければならない。そのうえで、子どもの持つ力、成長する力を信じ、子ども同士で体験し、多様性を学び、お互いを大切にすることを学ぶ機会を保障していくことが、我々大人社会の課題であると言えよう。

(個々のモラルや意識のみには帰し得ない大きな社会構造の問題)

○ 同時に、こうした子どもの言動に関する問題は、大人のモラルや意識などの改善だけですべてが解決されるというわけでもなく、その背景には大きな社会構造の変化の影響に起因する問題があることにも留意しなければならない。

○ こうした社会構造の変化による問題については、様々な要因が複雑に絡み合っているものであり、一概には論じられない面もある。とはいえ、近年の急速な社会構造の変化が、子どもたちの徳育に与える影響は大きく、大人が当たり前のように受け止めていた子どもの社会環境と現在の子どもの社会環境が大きく異なっていることについて留意しなければならない。とりわけ、以下に掲げる現象については、子どもの徳育への影響が大きいものとして重視しなければならない。

1.新しいメディア技術の発達の影響等
 携帯電話の普及とともに、インターネット社会が加速的に進展している現在、インターネットでの情報収集等により、趣味が広がったり、活動の範囲が拡大するといった子どもたちへの好影響が見られている。その一方で、インターネット等を通じて提供される有害情報により子どもたちが犯罪に巻き込まれたり、場合によっては加害者になるなどの弊害や、インターネット上の「掲示板」への匿名の書き込みによる誹謗中傷やいじめといった情報化の影の部分の問題という、従来の子どもの身近にはなかった問題が新たに生じている。
 また、テレビの普及により、我が国の食卓の風景は変化し、家族の会話が少なくなった上に、テレビを長時間視聴する子どもが依然多い状況に加えて、パソコンや携帯電話の普及により、インターネットを長時間利用することで、家族間で、お互いへの関心が一層失われ、さらには、自己中心的な人間関係の在り方が助長されているという指摘もある。
 特に、現代の子どもたちは、大人と異なり、生まれたころからインターネット社会に育っており、こうした違いを踏まえた上で、現代のメディアの子どもへの影響を、考えることが必要である(※6)。

2.家族・地域社会等の変化を背景とした体験活動の減少
 核家族化や少子化の進展や、いわゆる一人っ子の割合の増加が生じている中、子どもが兄弟姉妹や親戚同士、友人同士で遊び、切磋琢磨したり、祖父母等と触れあうといった機会が減少している。さらには、地域社会においても、地縁的なつながりの弱まりや、人間関係の希薄化が進む中、子どもの心の成長の糧となる生活体験や自然体験の機会が減少している。また、子どもの生活スタイルも、自然環境から遊離してきており、人間が当然に有するべき逞しさや自他の生命の尊重の精神を身につける機会が奪われていることも指摘されている。また、子どもたちの人間関係を構築する力や、社会性の減少といった問題も指摘されている。

3.利己的な風潮等、社会の風潮の変化
 現在、価値観が多様化し、経済的な価値の過大評価が起こり、あるいは、今が楽しければよいといった刹那的な行動や、「公」の意識が希薄になり自己の利益のみに関心が収れんする「私事化」傾向が顕著になっているという意見がある。また、個人主義を誤って認識した、「自分さえ良ければ」といった利己的な風潮や、「内(仲間内)」なる領域では道徳的な言動をとる一方、「外(他人・世間)」には非道徳的な言動をとること、さらには、「内」なる領域そのものが狭まっている傾向がある。

4.厳しい家庭環境の中で育つ子どもの存在
 さらには、近年、子育て世帯において、経済的に困難な世帯の割合が増加している。また、保護者の育児に関する不安感が増大しているという指摘や、児童虐待の相談件数の増加傾向(※7)など、子どもの成長の基盤である家庭環境の問題も大きくなっている。このように、従来より厳しい家庭環境の中ではぐくまれ、成長していかなかればならない子どもが増加していることも考慮しなければならない。


※6 平成20年度子どもとメディアに関する意識調査 調査結果報告書(社団法人日本PTA全国協議会)によると、子どもの社会環境で、親たちが今いちばん困っていることでは、「情報教育に関するもの」(ゲームの悪影響、携帯、インターネットなどの不安)が37.9%と約4割を占めている。
 また、小学5年生の24.5%が、中学2年生の25.9%が、「メールの返信がないと不安になる」と回答しており、携帯電話への依存の傾向が見られる。

※7 平成19年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待に関する相談対応件数は、40,639件であり、児童虐待防止法施行前の平成11年度に比べ、約3.5倍に増加。(厚生労働省「平成19年度児童相談所における児童虐待相談対応件数(確定値)」)

(2)社会全体で、いま直ちに子どもの徳育に取り組む必要性

○ 現在の子どもたちは、昔の子どもたちに比べて一層、心の成長を支える基盤となる環境が悪化していると言わざるをえない。言い換えれば、「子どもを大切に」という言葉が声高に叫ばれる反面、利己主義的な大人社会の風潮が進展してきている状況が、今まさに、我が国が直面している現状である。    こうした現状を考えれば、既に指摘したように、大人自らがそのモラルの向上に取り組むとともに、子どもたちの発達の環境が、今まで経験したことがないような厳しさの中にあるという現実を十分に見据え、今の子どもへの徳育の充実をしっかりと進めることが、極めて重要である。

○ 今我々大人に必要なことは、数十年後、今の子どもたちが大人になる時代を考え、子どもの道徳性をはぐくむため、「子どもを大切」にし、自ら何ができるかを考えて徳育を実践することである。真に「子どもを大切」にするために、大人ひとりひとりが子どもの視点に立ち、教えるべきことは教えるということと、子どもの持つ能力を引き出し、はぐくむという、両面を大事にした教育を推進する必要がある。

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