幼稚園教育要領解説(抄)(平成20年7月 文部科学省)

序章

第2節 幼児期の特性と幼稚園教育の役割

1 幼児期の特性

(1)幼児期の生活

 幼児期には,幼児は家庭において親しい人間関係を軸にして営まれていた生活からより広い世界に目を向け始め,生活の場,他者との関係,興味や関心などが急激に広がり,依存から自立に向かう。

1.生活の場

 幼児期は,運動機能が急速に発達し,いろいろなことをやってみようとする活動意欲も高まる時期である。保護者や周囲の大人との愛情あるかかわり中で見守られているという安心感に支えられて幼児の行動範囲は家庭の外へと広がりを見せ始める。そして,いろいろな場所に出掛けて行き,そこにある様々なものに心を動かされたり,それを用いて遊んだりすることにより,興味や関心が広がり,それにつれて幼児の生活の場も次第に広がっていく。特に,幼児の生活の場が最も大きく広がるのは幼稚園生活などにおける集団生活が始まってからである。
 多くの幼児にとって幼稚園生活は,家庭から離れて同年代の幼児と日々一緒に過ごす初めての集団生活である。幼稚園においては,教師や他の幼児たちと生活を共にしながら感動を共有し,イメージを伝え合うなど互いに影響を及ぼし合い,興味や関心の幅を広げ,言葉を獲得し,表現する喜びを味わう。また,大勢の友達と活動を展開する充実感や満足感をもつことによって,さらに自分の生活を広げていこうとする意欲が育てられていくことになる。しかし,このような集団での生活の中では,親しい人間関係の下で営まれる家庭生活とは異なり,自分一人でやり遂げなければならないことや解決しなければならないことに出会ったり,その場におけるきまりを守ったり,他の人の思いを大切にしなければならないなど,今までのように自分の意志が通せるとは限らない状況になったりもする。このような場面で大人の手を借りながら,他の幼児と話し合ったりなどして,その幼児なりに解決し,危機を乗り越える経験を重ねることにより,次第に幼児の自立的な生活態度が培われていく。 幼児は,それぞれの家庭や地域で得た生活経験を基にして幼稚園生活で様々な活動を展開し,また,幼稚園生活で得た経験を家庭や地域での生活に生かしている。生活の場の広がりの中で,様々な出来事や暮らしの中の文化的な事物や事象,多様な人々との出会いやかかわり合いを通して,幼児が必要な体験を積み重ねていく。
 このような新たな生活の広がりに対して,幼児は期待と同時に不安感や緊張感を抱いていることが多い。家庭や地域での生活において幼児が安心して依存できる保護者や身近な大人の存在が必要であるのと同様に,幼稚園生活が幼児にとって安心して過ごすことができる生活の場となるためには,幼児の行動を温かく見守り,適切な援助を行う教師の存在が不可欠である。

2.他者との関係

 幼児期は,家庭における保護者などとの関係だけでなく,他の幼児や家族以外の人々の存在に気付き始め,次第にかかわりを求めるようになってくる。初めは,同年代の幼児がいると,別々の活動をしながらも同じ場所で過ごすことで満足する様子が見られるが,やがて一緒に遊んだりして,次第に,言葉を交わしたり,物のやり取りをしたりするなどのかかわりをもつようになっていく。そして,ときには自己主張のぶつかり合いや友達と折り合いを付ける体験を重ねながら友達関係が生まれ,深まっていく。やがて,幼稚園などの集団生活の場で共通の興味や関心をもって生活を展開する楽しさを味わうことができるようになると,さらに友達関係は広がりを見せるようになっていく。このような対人関係の広がりの中で幼児は互いに見たり,聞いたりしたことなどを言葉や他の様々な方法で伝え合うことによって,今まで自分のイメージにない世界に出会うことになる。
 幼児はこのようにして,一人で活動するよりも,何人かの友達と一緒に活動することで,生活がより豊かに楽しく展開できることを体験し,友達がいることの楽しさと大切さに気付いていくことになる。
 それと同時に,幼児は,友達とのかかわりを通して様々な感情を体験していくことになる。友達と一緒に活動する楽しさや喜び,また,自己主張のぶつかり合いなどによる怒り,悲しさ,寂しさなどを味わう体験を積み重ねることによって,次第に,相手も自分も互いに違う主張や感情をもった存在でもあることに気付き,その相手も一緒に楽しく遊んだり生活したりできるよう,自分の気持ちを調整していく。
 このような他者との関係の広がりは,同時に自我の形成の過程でもある。幼児期には,自我が芽生え,自己を表出することが中心の生活から,他者とかかわり合う生活を通して,他者の存在を意識し,自己を抑制しようとする気持ちも生まれるようになり,自我の発達の基礎が築かれていく。

3.興味や関心

 生活の場の広がりや対人関係の広がりに伴って,幼児の興味や関心は生活の中で様々な対象に向けられて広がっていく。
 生活の場が家庭から地域,幼稚園へと広がるにつれて,幼児は,興味や関心を抱き,好奇心や探究心を呼び起こされるような様々な事物や現象に出会うことになる。そのようなものに対する興味や関心は,他の幼児や教師などと感動を共有したり,共にその対象にかかわって活動を展開したりすることによって広げられ,高められていく。また,一人では興味や関心をもたなかった対象に対しても他の幼児に接することによって,あるいは,教師の援助などによって,自分もそれに興味や関心をもつようになる。このような興味や関心は,その対象と十分にかかわり合い,好奇心や探究心を満足させながら,自分でよく見たり,取り扱ったりすることにより,さらに高まり,思考力の基礎を培っていくので,幼児が様々な対象と十分にかかわり合えるようにすることが大切である。また,他の幼児や教師と言葉により対話することがその過程をさらに深めていくことにもなる。
 幼児は,同年代の幼児の行動に影響されて行動を起こしたり,保護者や教師などの親しみをもっている大人の行動を模倣し,同じようなことをやってみようとしたりすることが多い。したがって,自然や出来事などの様々な対象へ幼児の興味や関心を広げるためには,他の幼児の存在や教師の言動が重要な意味をもつことになる。

(2)幼児期の発達
1.発達のとらえ方

 人は生まれながらにして,自然に成長していく力と同時に,周囲の環境に対して自分から能動的に働き掛けようとする力をもっている。自然な心身の成長に伴い,人がこのように能動性を発揮して環境とかかわり合う中で,生活に必要な能力や態度などを獲得していく過程を発達と考えることができよう。
 生活に必要な能力や態度などの獲得については,どちらかというと大人に教えられたとおりに幼児が覚えていくという側面が強調されることもあった。しかし,幼児期には,幼児自身が自発的・能動的に環境とかかわりながら,生活の中で状況と関連付けて身に付けていくことが重要である。したがって,生活に必要な能力や態度などの獲得のためには,遊びを中心とした生活の中で,幼児自身が自らの生活と関連付けながら,好奇心を抱くこと,あるいは必要感をもつことが重要である。
 幼児の心身の諸側面は,それぞれが独立して発達するものではなく,幼児が友達と体を動かして遊びを展開するなどの中で,それぞれの側面が相互に関連し合うことにより,発達が成し遂げられていくものである。
 幼児の発達は連続的ではあるが常に滑らかに進行するものではなく,ときには,同じ状態が続いて停滞しているように見えたり,あるときには,飛躍的に進んだりすることも見られる。
 さらに,このような発達の過程は,ある時期には身に付けやすいが,その時期を逃すと,身に付けにくくなることもある。したがって,どの時期に何をどのような方法で身に付けていくかという適時性を考えることは,幼児の望ましい発達を促す上で,大切なことになる。ここでの適時性とは,長期的な見通しに立った緩やかなものを指しているのであり,人間は生涯を通して発達し続ける存在であることから,その時期を過ぎたら,発達の可能性がないというような狭い意味のものではない。

2.発達を促すもの

 幼児期の発達を促すために必要なこととして次のようなものが考えられる。

  • ア 能動性の発揮
     幼児は,興味や関心をもったものに対して自分からかかわろうとする。したがって,このような能動性が十分に発揮されるような対象や時間,場などが用意されることが必要である。特に,そのような幼児の行動や心の動きを受け止め,認めたり,励ましたりする保護者や教師などの大人の存在が大切である。
     また,幼児が積極的に周囲に目を向け,かかわるようになるには,幼児の心が安定していなければならない。心の安定は,周囲の大人との信頼関係が築かれることによって,つくり出されるものである。
  • イ 発達に応じた環境からの刺激
     幼児は,環境との相互作用によって発達に必要な経験を積み重ねていく。したがって,幼児期の発達は生活している環境の影響を大きく受けると考えられる。ここでの環境とは自然環境に限らず,人も含めた幼児を取り巻く環境のすべてを指している。
     例えば,ある運動機能が育とうとしている時期に,一緒に運動して楽しむ友達がいるなど体を動かしたくなるような環境が整っていなければ,その機能は十分に育つことはできないであろう。また,言葉を交わす楽しさは,話したり,聞いたりすることが十分にできる環境がなければ経験できないこともあろう。したがって,発達を促すためには,活動の展開によって柔軟に変化し,幼児の興味や関心に応じて必要な刺激が得られるような応答性のある環境が必要である。
3.発達の特性

 幼児が生活する姿の中には,幼児期特有の状態が見られる。そこで,幼稚園においては,幼児期の発達の特性を十分に理解して,幼児の発達の実情に即応した教育を行うことが大切である。幼児期の発達の特性のうち,特に留意しなければならない主なものは次のようなことである。

  • 幼児期は,身体が著しく発育するとともに,運動機能が急速に発達する時期である。そのために自分の力で取り組むことができることが多くなり,幼児の活動性は著しく高まる。そして,ときには,全身で物事に取り組み,我を忘れて活動に没頭することもある。こうした取組は運動機能だけでなく,他の心身の諸側面の発達をも促すことにもなる。
  • 幼児期は,次第に自分でやりたいという意識が強くなる一方で,信頼できる保護者や教師などの大人にまだ依存していたいという気持ちも強く残っている時期である。幼児はいつでも適切な援助が受けられる,あるいは周囲から自分の存在を認められ,受け入れられているという安心感などを基盤にして,初めて自分の力で様々な活動に取り組むことができるのである。すなわち,この時期は,大人への依存を基盤としつつ自立へ向かう時期であるといえる。また,幼児期において依存と自立の関係を十分に体験することは,将来にわたって人とかかわり,充実した生活を営むために大切なことである。
  • 幼児期は,幼児が自分の生活経験によって親しんだ具体的なものを手掛かりにして,自分自身のイメージを形成し,それに基づいて物事を受け止めている時期である。幼児は,このような自分なりのイメージをもって友達と遊ぶ中で,物事に対する他の幼児との受け止め方の違いに気付くようになる。また,それを自分のものと交流させたりしながら,次第に一緒に活動を展開できるようになっていく。
  • 幼児期は,信頼や憧れをもって見ている周囲の対象の言動や態度などを模倣したり,自分の行動にそのまま取り入れたりすることが多い時期である。この対象は,初めは,保護者や教師などの大人であることが多い。やがて,幼児の生活が広がるにつれて,友達や物語の登場人物などにも広がっていく。このような幼児における同一化は,幼児の人格的な発達,生活習慣や態度の形成などにとって重要なものである。
  • 幼児期は,環境と能動的にかかわることを通して,周りの物事に対処し,人々と交渉する際の基本的な枠組みとなる事柄についての概念を形成する時期である。例えば,命あるものとそうでないものの区別,生きているものとその生命の終わり,人と他の動物の区別,心の内面と表情など外側に表れたものの区別などを理解するようになる。
  • 幼児期は,他者とのかかわり合いの中で,様々な葛藤やつまずきなどを体験することを通して,将来の善悪の判断につながる,やってよいことや悪いことの基本的な区別ができるようになる時期である。また,幼児同士が互いに自分の思いを主張し合い,折り合いを付ける体験を重ねることを通して,きまりの必要性などに気付き,自己抑制ができるようになる時期でもある。特に,幼児は,大人の諾否により,受け入れられる行動と望ましくない行動を理解し,より適切な振る舞いを学ぶようになる。

2 幼稚園の生活

 幼児期は,自然な生活の流れの中で直接的・具体的な体験を通して,人格形成の基礎を培う時期である。したがって,幼稚園においては,学校教育法第23条における幼稚園教育の目標を達成するために必要な様々な体験が豊富に得られるような環境を構成し,その中で幼児が幼児期にふさわしい生活を営むようにすることが大切である。
 幼児の生活は,本来,明確に区分することは難しいものであるが,具体的な生活行動に着目して,強いて分けてみるならば,食事,衣服の着脱や片付けなどのような生活習慣にかかわる部分と遊びを中心とする部分とに分けられる。幼稚園生活は,このような活動が幼児の意識や必要感,あるいは興味と関連して,連続性をもちながら生活のリズムに沿って展開される,生活の自然な流れを大切にして,幼児が幼稚園生活を充実したものとして感じるようにしていくことが大切である。
 このような配慮に基づく幼稚園生活は,幼児にとって,家庭や地域での生活と相互に循環するような密接な関連をもちつつ幼児をより広い世界に導き,幼稚園が豊かな体験を得られる場となる。
 幼稚園生活には,以下のような特徴があり,その中で一人一人の幼児が十分に自己を発揮することによってその心身の発達が促されていくのである。

(1)同年代の幼児との集団生活を営む場であること

 幼稚園において,幼児は多数の同年代の幼児とかかわり,気持ちを伝え合い,ときには協力して活動に取り組むなどの多様な体験をする。そのような体験をする過程で,幼児は他の幼児と支え合って生活する楽しさを味わいながら,主体性や社会的態度を身に付けていくのである。
 特に近年,家庭や地域において幼児が兄弟姉妹や近隣の幼児とかかわる機会が減少していることを踏まえると,幼稚園において,同年齢や異年齢の幼児同士が相互にかかわり合い,生活することの意義は大きい。このような集団生活を通して,幼児は,物事の受け止め方などいろいろな点で自分と他の幼児とが異なることに気付くとともに,他の幼児の存在が大切であることを知る。また,他の幼児と共に活動することの楽しさを味わいながら,快い生活を営む上での約束事やきまりがあることを知り,さらにはそれらが必要なことを理解する。こうして,幼児は様々な人間関係の調整の仕方について体験的な学びを重ねていくのである。

(2)幼児を理解し,適切な援助を行う教師と共に生活する場であること

 幼稚園生活において,一人一人の幼児が発達に必要な体験を得られることが大切である。そのためには,幼児の発達の実情や生活の流れなどに即して,教師が幼児の活動にとって適切な環境を構成し,幼児同士のコミュニケーションを図るなど,適切な援助をしていくことが最も大切である。(第1章第1節 幼稚園教育の基本 5 教師の役割,第3章第1第2節 一般的な留意事項 6 教師の役割を参照)
 幼稚園生活に慣れるまでの幼児は,新たな生活の広がりに対して期待と同時に,不安感や緊張感を抱いていることが多い。そのような幼児にとって,自分の行動を温かく見守り,必要な援助の手を差し伸べてくれる教師の配慮により,遊ぶ喜びを味わうことのできる場となることが大切である。その喜びこそが生きる力の基礎を培うのである。

(3)適切な環境があること

 家庭や地域とは異なり,幼稚園においては,教育的な配慮の下に幼児が友達とかかわって活動を展開するのに必要な遊具や用具,素材,十分に活動するための時間や空間はもとより,幼児が生活の中で触れ合うことができる自然や動植物などの様々な環境が用意されている。このような環境の下で,直接的・具体的な体験を通して一人一人の幼児の発達を促していくことが重要である。
 さらに,幼児の発達を促すための環境は,必ずしも幼稚園の中だけにあるのではない。例えば,近くにある自然の多い場所や高齢者のための施設,地域の行事や地域の人々の幼稚園訪問などの機会も,幼児が豊かな人間性の基礎を培う上で貴重な体験を得るための重要な環境である。
 しかし,これらの環境が単に存在しているだけでは,必ずしも幼児の発達を促すものになるとは限らない。まず教師は,幼児が環境と出会うことでそれにどのような意味があるのかを見いだし,どのような興味や関心を抱き,どのようにかかわろうとしているのかを理解する必要がある。それらを踏まえた上で環境を構成することにより,環境が幼児にとって意味あるものとなるのである。すなわち,発達に必要な体験が得られる適切な環境となるのである。

3 幼稚園の役割

 幼児期の教育は,大きくは家庭と幼稚園で行われ,両者は連携し,連動して一人一人の育ちを促すことが大切である。幼稚園と家庭とでは,環境や人間関係の有り様に応じてそれぞれの果たすべき役割は異なる。家庭は,愛情としつけを通して幼児の成長の最も基礎となる心の基盤を形成する場である。幼稚園は,これらを基盤にしながら家庭では体験できない社会・文化・自然などに触れ,教師に支えられながら,幼児期なりの世界の豊かさに出会う場である。さらに,地域は様々な人々との交流の機会を通して豊かな体験が得られる場である。
 幼稚園には,このような家庭や地域とは異なる独自の働きがあり,ここに教育内容を豊かにするに当たっての視点がある。
 すなわち,幼稚園では,幼児の主体的な活動としての遊びを十分に確保することが何よりも必要である。それは,遊びにおいて幼児の主体的な力が発揮され,生きる力の基礎ともいうべき生きる喜びを味わうことが大切だからである。幼児は遊びの中で能動的に対象にかかわり,自己を表出する。そこから,外の世界に対する好奇心がはぐくまれ,探索し,物事について思考し,知識を蓄えるための基礎が形成される。また,ものや人とのかかわりにおける自己表出を通して自我を形成するとともに,自分を取り巻く社会への感覚を養う。このようなことが幼稚園教育の広い意味での役割ということができる。
 幼稚園教育は,その後の学校教育全体の生活や学習の基盤を培う役割も担っている。この基盤を培うとは,小学校以降の子どもの発達を見通した上で,幼児期に育てるべきことを幼児期にふさわしい生活を通してしっかり育てることである。そのことが小学校以降の生活や学習においても重要な自ら学ぶ意欲や自ら学ぶ力を養うことにつながる。
 また,地域の人々が幼児の成長に関心を抱くことは,家庭と幼稚園以外の場が幼児の成長に関与することとなり,幼児の発達を促す機会を増やすことになる。さらに,幼稚園が家庭と協力して教育を進めることにより,保護者が家庭教育とは異なる視点から幼児へのかかわりを幼稚園において見ることでき,視野を広げるようになるなど保護者の変容も期待できる。
 このようなことから,幼稚園は,幼児期の教育のセンターとしての役割を家庭や地域との関係において果たすことも期待される。

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初等中等教育局幼児教育課