ここからサイトの主なメニューです
藤原委員

[生活指導という仕事]

生活指導主任の仕事
 学校全体の規律がどの程度守られるか、生活指導主任の仕事は基盤固めだ。
 教員は何名かで生活指導部を組織し、週一回の生活指導部会を開いて主任を中心に情報交換などを行う。ただし、生徒の病気、怪我、喧嘩、イタズラ、イジメ、保護者からのクレーム、不審者の出没、事件など重要案件については、毎朝の職員室での朝会、運営委員会(経営会議)、職員会議などで全教員ができるだけ情報共有しておくこと。そうすれば、イザという時、機動的な動きが出来る。
 昨年10月中旬、イジメ自殺が連続し、その対応のまずさが大きく報道された。杉並区教委では10月24日、生徒全員への記名無記名を問わない直接アンケート実施を各校へ指示。教員が捕捉していないケースの調査(関わった生徒へのヒアリング)と対処(生徒への個別指導や保護者を呼んでの指導)がその後の2週間で終わり、1ヶ月後には職員会議で上がってきた全てのケースについて情報共有が行われた。区教委への報告も含め、生活指導主任のリーダーシップで事を進める。
 なんにせよ、早い対処には校長の参画も欠かせない。とくに自転車の窃盗や万引き、暴力などがからむ事件では、学年と生活指導主任に対処を任せて自分は早々に帰ってしまうことはできない。保護者がからむケースではなおさらだ。
 校長、教頭と生活指導主任は警察との連携が必要な場合に備え、警察署と情報交換もする。他校で起きた事件や問題行動のある生徒についても情報共有している。

イジメ対策
 人が集って組織や社会を形成すれば、必ず、嫌がらせやイジメは発生する。異質な集団のなかで個人の居場所を確保しようするときや、同質集団の中に起こる不安を誤摩化そうとするときの人間のクセでもあるから、容易にはなくならない。
 だから、「イジメのない学校がいい学校」という保護者の評価は間違っている。イジメは不断に発生するから、対処の早い学校がいい学校なのである。
 「イジメ」を一般的に論じることはできない。私は、まず「レベル1」「レベル2」「レベル3」と話を分けるべきだと考える。「レベル1」は最も軽いケースで、よく1年生が入学したばかりのときに起こる。猿山のサルと一緒で、精神的、肉体的な勢力争いの一種である。これは、放っておいても子ども同士の自浄作用が働いて、そのなかからリーダーが生まれることもある。いっぽう「レベル3」は暴力や金銭が絡むケースで警察の介入が欠かせない。一昔前までは警察の介入は学校の恥、あるいは教員のプライドが許さないなどと言われたこともあるが、もう、そんな単純な時代ではなくなった。平仮名の「いじめ」と書くには手ぬるいケースでは、はっきりと「傷害事件」「恐喝事件」として対処すべきだろう。
 一番対処が難しいのが「レベル2」。タイミングの良い大人の介入が欠かせない。関わった生徒を個別に呼び、一人に一人の教員を張り付けて別室で事情を聴く。その後教員間で事実を共有し個別指導に入る。保護者を呼ぶケースもある。

事件への対応
 イジメ自殺事件でも、破廉恥教師が見つかった事件でも、校長の社会的な対応の不味さが話題になった。予測できないことが起こったわけだから、対応が不慣れなのは当然だろう。逆に、誰もそんなことに慣れている人間はいないのだ。
 それでも、校長は、いいも悪いも学校で起こったことの第一次責任者である。第二次責任者である市区町村の教育長とそのスタッフである教育委員会事務局(指導室とか学校教育課など)ならびに首長部局の危機管理セクション(危機管理室など)とともに対処に当たる最前線に立つべきだろう。この場合、校長が都道府県の教育委員会や文科省の方を向いて仕事をするのはおかしい。あくまでも子ども達と保護者を中心として、社会に顔を向けて仕事をするのが筋。校長には、市区町村議会議員ではないが、あくまでも地域社会を代表する存在だという意識が必要なのである。この意識の欠落が、俗にいわれる「隠蔽体質」に繋がっている。
 だから、子ども達の意識も半分大人という意味で課題が多い中学校に、民間から校長を大量に送り込み、教師出身の校長や教頭に加勢すべきだと考える。また、家庭や地域社会の教育力が崩れ問題が複雑化する今、教員だけで生徒の問題に当たるにはとても無理がある。地域社会の人材を学校の中に取り込み「地域本部」を組織して職員室と共同で教育に当たらなければ学校機能は益々弱体化していくだろう。
 外部の人材を教員のパワーとネットワークできるリーダーが望まれているのだ。

テレビとケータイ
 小中学生は一日に平均で2〜3時間テレビを見ている。1年では800時間以上になり学校での総授業時数に匹敵する。ゲームを含めた総ディスプレイ視聴時間は軽くこれを超えるだろう。また、中学校からはケータイに1日1〜2時間という子も稀ではなくなる。テレビとケータイで1日4時間という子は総ディスプレイ視聴時間が年間に1,400時間以上。英数国理社の5教科の授業は年間にちょうど400時間だから、これでは学力が上がるわけはないのである。1,400たい400だ。
 校長は、子ども達がテレビとケータイの中毒にならないよう保護者にも呼びかけて常に使用を制限する方向へ導くべきだろう。両方とも素晴らしいメディアだからだ。子ども達からすれば度を超えて魅力的なもの…まさに、ドラッグに近い。
 その他、日頃から注意しなければならないのは、茶髪、かかと踏み、シャツ出し、化粧、ピアス…ちょっとしたことを放置することから「荒れ」は始まる。
 ルールを守りきるためには教員全員のコンセンサスが必要だ。一人でもいい加減だと、その弱点を子ども達だって突いてくる。「中学生はもっと自由でいい」と言ういい加減な意見も聴こえてきそうだが、中学生だからこそ、あまり余計なことに気を使わせず、勉強と部活と人間関係づくりに集中してもらいたいのである。
 和田中のような都会の学校では自転車通学も禁じている。なぜ禁じるか?…オバアちゃんとぶつかって怪我させたら君たち自分で保障できるの?ということ。


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ