意見発表説明資料 岩田委員説明資料 言語力の育成等に関する見解-社会科の視点から-

2006年7月6日
兵庫教育大学 岩田 一彦

1.記述,説明,解釈・判断と言語力の育成

 社会科の授業では,様々な形で記述,説明,解釈・判断が行われている。記述,説明,解釈・判断の何れの学習活動も社会認識形成と市民的資質形成を目的として展開されている。これらの学習活動は,当然のことながら,児童・生徒の言語力に左右されている。一方では,社会科の授業を通して児童・生徒の言語力が大きく成長することもできる。
 社会科授業における記述,説明,解釈・判断の場を,言語力育成の有効性の高いものにすることが可能である。社会科授業における言語力育成の視点から,記述,説明,解釈・判断の展開の在り方を考えていこう。

記述

 社会事象を認識するに際しては,事象について考える材料が必要である。豊かな情報が欠かせない。それも体験と結びついた情報が,形成されていかなければならない。この情報を形成していくためには,人の表情が見えるレベル,ミクロなところまで目の行き届いた情報に価値がある。
 授業展開に際しては,概略的情報ではなく,ミクロな情報を重視する指導をしたい。例えば,4年生の単元に「古い道具と昔のくらし」の小単元がある。この単元では,昔の道具を集めてきて,どのように使われたのか,その道具にはどのような工夫やよい点があるのか等についての学習が展開される。現物の持つ魅力によって,一定の効果のある授業が展開され,子どもも興味を示す授業となることが多い。しかし,これでは,情報不足の中での授業展開になってしまう。「竈でご飯を炊いている様子」の絵がある場合には,何を燃やしているのか,どんな釜や鍋がかかっているのか,周りにはどんなものが置かれているか,火の周りにいるのは誰か,子どもは何をしているのか等のミクロなところまで読み込ませ,記述をさせる学習活動が求められる。
 特に,こういった記述を大切にしたいのは,小中高の何れの学校段階においても行われている「身近な地域の観察,調査」の授業である。観察事象のスケッチ,地図化等と同時にミクロな視点から記述をし,報告することをしたい。例えば,わが国に多く残されている河岸段丘を理解することを考えてみよう。理論的に,土地の隆起と河川の浸食作用と説明されてもなかなか分からない。段丘内の礫の大きさ・種類をスケッチしたりや土地利用の記述をしたりして,ミクロな情報が蓄積されて初めて,理論が納得的に分かるようになる。

※ 学習指導要領への示唆

  • 小学校学習指導要領社会 〔第3学年及び第4学年〕2内容(1)
     自分たちの住んでいる身近な地域や市(区,町,村)について,次のことを観察,調査したり 白地図にまとめたりして調べ,地域の様子は場所によって違いあることを考えるようにする。
  • 中学校学習指導要領社会 〔地理的分野〕2内容(2)ア
     身近な地域における諸事象を取り上げ,観察や調査などの活動を行い,生徒が生活している土地に対する理解と関心を深めさせるとともに,市町村規模の地域的特色をとらえる視点や方法,地理的なまとめ方や発表の方法の基礎を身に付けさせる。

 学習指導要領の記述は,「調べ,観察や調査等の活動」等の学習活動が記載されている。「観察,調査したことを詳細に記述し」といった表現を入れ,記述の強調をする。

説明

 情報を蓄積するだけでは社会が分かるようにはならない。それは材料だからである。自然科学者が顕微鏡を組み立てたり,建築家がさまざまな機械や道具を使って家を建てたりするように,社会事象が見えるようにするためには,各人が組み立てた概念装置が必要である。
 社会科の場合には,地理学,歴史学,政治学,経済学,社会学などの社会諸科学から抽出された法則性や概念を組み立て概念装置を作っていく。この法則性や概念は,何故という問いに対する説明として形成される。児童・生徒はこの種の概念や法則性を社会科授業の中で形成していく。人類は,何故と問い,原因を見つけ,原因・結果の関係を法則性や概念として蓄積してきた。その法則性や概念を組み合わせて,社会事象を説明する概念装置を組み立ててきた。児童・生徒もこの過程を学習のプロセスとして経験していく。他の人が納得せざるを得ない状況を構成して,事象間の関係を記述するのが説明である。
 他の人が納得せざるを得ない状況を作る基本は,事象の原因・結果の科学的検証である。社会科授業においては,帰納的説明,演繹的説明,確率論的説明,説明的スケッチと,さまざまな展開がなされている。言語力の基本はこの説明力と考えることが適切であろう。

※ 学習指導要領への示唆
 これまでの学習指導要領の表現は,次のようになっている。

  • 社会生活についての理解を図り,
  • 地域の様子は場所によって違いがあることを考えるようにする。
  • ~の特色を考えるようにする。
  • 認識を養う。理解させる。
  • 大観させる。

 社会科学習で科学知をさせる基本は説明であるので,上記の記載例の中で適切な箇所は,「説明」の用語を使用する。社会科学習の中で,説明の位置が明確になれば,言語力の育成に社会科が有効に働くこととなる。

解釈・判断

 社会科の教育目標は「社会認識を通して市民的資質を形成する。」である。前述の記述,説明の強調は,社会認識内容の確立への主張である。後半の「市民的資質」の形成は社会認識の育成だけでできるわけではない。社会認識は「科学知」の形成に関わっている。市民的資質の形成には,「規範知」の形成への社会科授業が必要である。規範知の形成は,徳目を教えるのではなく,規範知の選択能力を育成することを目標とする。
 規範知の選択能力を育成していくためには,何をどうすればよいのだろうか。一つは,社会認識を判断根拠とする価値判断能力の育成である。他の一つは,教養を高め情意的判断を行う際の能力を高めていくことである。教養知の育成である。
 これまで社会科では,価値論争問題に取り組むことを避ける時代が長く続いた。社会に出れば,日々価値判断場面にさらされる現実がある。それならば,学校においても,様々な価値判断場面での適切な判断をする教育をしておくべきである。「生きる力」の育成では,これこそ重要である。更に,適切な判断をしていく基礎的情報を豊富に育成して,教養知豊かな児童・生徒を育成していくことが求められている。そのためには,暗黙知の形成への配慮が欠かせない。体験不足や書を読まない子どもが増え,意識の基盤を形成する暗黙知の形成ができていない現状がある。人々の行動は無意識層を形成している暗黙知に左右されている。例えば,仏教社会,キリスト教社会,イスラム教社会では,同じ問題に関しても違った価値判断をする。その価値判断の根拠になっていることは言語化されない知識,暗黙知として存在している。人生観,世界観,信念,感情,センス,美意識,嫌悪・好感の傾向性などの背景には,かならず,そのような考え方や行動を生み出す暗黙知の存在がある。社会の中で共有されているパラダイムの存在である。社会に共通に存在している暗黙知,共有パラダイムの形成を意図的に行っていくことが重要である。
 他の一点として人間理解の重要性があげられる。社会で生きる力を形成するためには,個の生活のミクロな追求や生きる力の旺盛であった人に関する豊かな情報を獲得することが欠かせない。人の表情が見えるミクロな追求場面を,社会科の授業の中で保障していきたい。ミクロな情報は,子どもの生活実感と結びついて,生きて働く知識となる。こういった情報を断片的知識として切っていくと,体験と切れた情報になってしまい,有効に働かなくなる。例えば,桶狭間の闘いにおける織田信長の決断,大和川のつけ替えに関する河村瑞賢の判断,渋染一揆における指導者の決断,日露戦争・日本海海戦における東郷平八郎の決断などは,まさに人の人生を賭けた決断・判断である。こういった人々の活躍した時期の社会的背景,経済状況,地域や家庭環境を情報として知り,その中に人物を位置づけることができて初めて,人間理解に通じる社会科学習となる。
 社会科の授業は,科学知の形成のみを意図するのではなく,児童・生徒が教養知,定型知を習得し,人間理解を進めていくことも目的としている。さまざまな価値判断場面や人々の行動を,一人ひとりが独自の解釈をし,個性的な判断をしていくことが重要である。この際には,独断と偏見に満ちた解釈・判断に陥らないような指導も必要である。そのためには,各自の解釈・判断を説明し,意見交換をする場の設定が不可欠である。この場において,コミュニケーション能力も育ち,言語力形成の有効な場にもなる。

※ 学習指導要領への示唆
 社会事象について適切な解釈・判断ができる市民を形成するために,次の3点を考慮に入れた学習指導要領を構築したい。

  1. 小中高等学校における社会科関連カリキュラムに適切な価値論争問題を組み込む。
  2. 日本人のアイデンティティ形成に必要な教養知,地域に根付いた人間形成に必要な教養知を具体的に提示する。
  3. 小中高等学校の社会科単元を,人間の生活が見える内容に構成する。

2.各学校段階の社会科における言語力の育成

 これまでに述べてきた記述,説明,解釈・判断は,どの学年段階でも育成していくべき基本能力である。しかし,学校段階で特に強調する内容および方法を考えておくことも必要である。社会事象について,「記述,説明,解釈・判断」をする際の強調段階は,次のように考えることができる。

小学校段階 観察・見学事象の表現,何故と問いながらの活動

 小学校段階では,観察・見学事象を記録する活動をよく行っている。この記録では,観察・見学事象の概略的報告がなされることが多い。この際に,ミクロな視点での観察・見学の記録を求めると言語力を高めると同時に,社会科学習としても充実してくる。さらに,何故と問いながら,この活動を行っていく指導をすると有効性が高い。
 小学校の高学年になると,具体の世界から抽象の世界に渡ることができるようになる。人々の行為の意図なども推測して考えることができるようになる。人々の目的的行為の説明などができるようになれば,言語力の育成には有効性が高い。

中学校段階 問題・仮説・検証過程の表現,何故と問いながらの活動

 言語力の基本は,事象間の関連構造を把握していることである。社会科学習の基本構造は,問題・仮説・検証過程で構成されている。「何故,このようになっているのか。」,「~の理由からこういったことになっているのだろう。」,「体験から,資料から,確かに~のことが言える。」といった事象間の関連構造である。児童・生徒は社会科の学習成果として,この事象間の関連構造を「社会事象を見る概念装置」として構成していく。習得していく概念装置を,言語で明示化していく過程は,言語力育成の学習過程となる。
 中学校段階では,それまでの学習の蓄積を生かして,未来予測学習も積極的に展開できるようになる。例えば,次のような問題は,未来予測をしておかなければ判断できない。

  • 風力や太陽電池といった再生可能なエネルギー源で発電された電気の供給を受けるためならば,1キロワット当たり5円の負担増をするか。
  • 1キログラム5円を支払わなければならない雑誌のリサイクルに応じるか。
  • アルミ缶,スチール缶,プラスチックボトルの,どの容器に入ったジュースを買うか。

 また,留保条件付きの判断も適切にできるようになる。この判断は,実際生活ではしばしば遭遇することである。留保条件付き判断や言語による説明ができない人が,短絡的行動に陥りやすいのである。

高等学校段階…… 自己の判断根拠の表現,何故と問いながらの活動

 社会科学習では,行動化につながる判断を求められる。問題,仮説,検証を経てもそれが,最終的な判断になる訳ではない。問題・仮説・検証過程は事実判断である。事実判断は価値判断の重要な根拠にはなりうる。しかし,価値判断は,理想に関する判断,未来に関する判断であるので,一人ひとりの情意的判断も尊重されなければならない。
 「何故そういった問題が起こるのか。」については,科学的な事実判断ができる,しかし,「どのように解決すべきか。」に関しては,価値判断に関わってくる。高校生段階では,自己の価値判断を,根拠を持って,他の人が納得できる論理で展開できることが必要である。これが社会に出て最も重要なことであるからである。
 自己の価値判断を表現する指導は,言語力を育成する有効な内容および方法である。

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