(5)人権教育・啓発に関する基本計画(平成14年3月15日閣議決定)

第1章 はじめに

 人権教育・啓発に関する基本計画(以下「基本計画」という。)は,人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(平成12年法律第147号,同年12月6日公布・施行。以下「人権教育・啓発推進法」という。)第7条の規定に基づき,人権教育及び人権啓発(以下「人権教育・啓発」という。)に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため,策定するものである。
 我が国では,すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の下で,人権に関する諸制度の整備や人権に関する諸条約への加入など,これまで人権に関する各般の施策が講じられてきたが,今日においても,生命・身体の安全にかかわる事象や,社会的身分,門地,人種,民族,信条,性別,障害等による不当な差別その他の人権侵害がなお存在している。また,我が国社会の国際化,情報化,高齢化等の進展に伴って,人権に関する新たな課題も生じてきている。
 すべての人々の人権が尊重され,相互に共存し得る平和で豊かな社会を実現するためには,国民一人一人の人権尊重の精神の涵養を図ることが不可欠であり,そのために行われる人権教育・啓発の重要性については,これをどんなに強調してもし過ぎることはない。政府は,本基本計画に基づき,人権が共存する人権尊重社会の早期実現に向け,人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進していくこととする。

1 人権教育・啓発推進法制定までの経緯

 人権教育・啓発の推進に関する近時の動きとしては,まず,「人権教育のための国連10年」に関する取組を挙げることができる。すなわち,平成6年(1994年)12月の国連総会において,平成7年(1995年)から平成16年(2004年)までの10年間を「人権教育のための国連10年」とする決議が採択されたことを受けて,政府は,平成7年12月15日の閣議決定により,内閣総理大臣を本部長とする人権教育のための国連10年推進本部を設置し,平成9年7月4日,「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画(以下「国連10年国内行動計画」という。)を策定・公表した。
 また,平成8年12月には,人権擁護施策推進法が5年間の時限立法として制定され(平成8年法律第120号,平成9年3月25日施行),人権教育・啓発に関する施策等を推進すべき国の責務が定められるとともに,これらの施策の総合的な推進に関する基本的事項等について調査審議するため,法務省に人権擁護推進審議会が設置された。同審議会は,法務大臣,文部大臣(現文部科学大臣)及び総務庁長官(現総務大臣)の諮問に基づき,「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項」について,2年余の調査審議を経た後,平成11年7月29日,上記関係各大臣に対し答申を行った。
 政府は,これら国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の答申等を踏まえて,人権教育・啓発を総合的に推進するための諸施策を実施してきたところであるが,そのより一層の推進を図るためには,人権教育・啓発に関する理念や国,地方公共団体,国民の責務を明らかにするとともに,基本計画の策定や年次報告等,所要の措置を法定することが不可欠であるとして,平成12年11月,議員立法により法案が提出され,人権教育・啓発推進法として制定される運びとなった。

2 基本計画の策定方針と構成

(1)基本計画の策定方針

 人権教育・啓発推進法は,基本理念として,「国及び地方公共団体が行う人権教育及び人権啓発は,学校,地域,家庭,職域その他の様々な場を通じて,国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう,多様な機会の提供,効果的な手法の採用,国民の自主性の尊重及び実施機関の中立性の確保を旨として行われなければならない。」(第3条)と規定し,基本計画については,「国は,人権教育及び人権啓発に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため,人権教育及び人権啓発に関する基本的な計画を策定しなければならない。」(第7条)と規定している。
 人権教育・啓発の推進に当たっては,国連10年国内行動計画や人権擁護推進審議会の人権教育・啓発に関する答申などがその拠り所となるが,これまでの人権教育・啓発に関する様々な検討や提言の趣旨,人権教育・啓発推進法制定に当たっての両議院における審議及び附帯決議,人権分野における国際的潮流などを踏まえて,基本計画は,以下の方針の下に策定することとした。

  1. 広く国民の一人一人が人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得していく必要があり,そのためにはねばり強い取組が不可欠であるとの観点から,中・長期的な展望の下に策定する。
  2. 国連10年国内行動計画を踏まえ,より充実した内容のものとする。
  3. 人権擁護推進審議会の人権教育・啓発に関する答申を踏まえ,「人権教育・啓発の基本的な在り方」及び「人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進を図るための方策」について検討を加える。
  4. 基本計画の策定に当たっては,行政の中立性に配慮するとともに,地方公共団体や民間団体等関係各方面から幅広く意見を聴取する。

(2)基本計画の構成

 基本計画は,人権教育・啓発の総合的かつ計画的な推進に関する施策の大綱として,まず,第1章「はじめに」において,人権教育・啓発推進法制定までの経緯と計画の策定方針及びその構成を明らかにするとともに,第2章「人権教育・啓発の現状」及び第3章「人権教育・啓発の基本的在り方」において,我が国における人権教育・啓発の現状とその基本的な在り方について言及した後,第4章「人権教育・啓発の推進方策」において,人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進するための方策について提示することとし,その具体的な内容としては,人権一般の普遍的な視点からの取組のほか,各人権課題に対する取組及び人権にかかわりの深い特定の職業に従事する者に対する研修等の問題について検討を加えるとともに,人権教育・啓発の総合的かつ効果的な推進のための体制等についてその進むべき方向性等を盛り込んでいる。そして,最後に,第5章「計画の推進」において,計画の着実かつ効果的な推進を図るための体制やフォローアップ等について記述している。
 人権教育・啓発の総合的かつ計画的な推進を図るに当たっては,国の取組にとどまらず,地方公共団体や公益法人・民間団体等の取組も重要である。このため,政府においては,これら団体等との連携をより一層深めつつ,本基本計画に掲げた取組を着実に推進することとする。

第2章 人権教育・啓発の現状

1 人権を取り巻く情勢

 我が国においては,基本的人権の尊重を基本原理の一つとする日本国憲法の下で,国政の全般にわたり,人権に関する諸制度の整備や諸施策の推進が図られてきている。それは,我が国憲法のみならず,戦後,国際連合において作成され現在我が国が締結している人権諸条約などの国際準則にも則って行われている。他方,国内外から,これらの諸制度や諸施策に対する人権の視点からの批判的な意見や,公権力と国民との関係及び国民相互の関係において様々な人権問題が存在する旨の指摘がされている。
 現在及び将来にわたって人権擁護を推進していく上で,特に,女性,子ども,高齢者,障害者,同和問題,アイヌの人々,外国人,HIV感染者やハンセン病患者等をめぐる様々な人権問題は重要課題となっており,国連10年国内行動計画においても,人権教育・啓発の推進に当たっては,これらの重要課題に関して,「それぞれの固有の問題点についてのアプローチとともに,法の下の平等,個人の尊重という普遍的な視点からのアプローチにも留意する」こととされている。また,近年,犯罪被害者及びその家族の人権問題に対する社会的関心が大きな高まりを見せており,刑事手続等における犯罪被害者等への配慮といった問題に加え,マスメディアの犯罪被害者等に関する報道によるプライバシー侵害,名誉毀損,過剰な取材による私生活の平穏の侵害等の問題が生じている。マスメディアによる犯罪の報道に関しては少年事件等の被疑者及びその家族についても同様の人権問題が指摘されており,その他新たにインターネット上の電子掲示板やホームページへの差別的情報の掲示等による人権問題も生じている。
 このように様々な人権問題が生じている背景としては,人々の中に見られる同質性・均一性を重視しがちな性向や非合理的な因習的意識の存在等が挙げられているが,国際化,情報化,高齢化,少子化等の社会の急激な変化なども,その要因になっていると考えられる。また,より根本的には,人権尊重の理念についての正しい理解やこれを実践する態度が未だ国民の中に十分に定着していないことが挙げられ,このために,「自分の権利を主張して他人の権利に配慮しない」ばかりでなく,「自らの有する権利を十分に理解しておらず,正当な権利を主張できない」,「物事を合理的に判断して行動する心構えや習慣が身に付いておらず,差別意識や偏見にとらわれた言動をする」といった問題点も指摘されている。
 人権教育・啓発に関しては,これまでも各方面で様々な努力が払われてきているが,このような人権を取り巻く諸情勢を踏まえ,より積極的な取組が必要となっている。

2 人権教育の現状

(1)人権教育の意義・目的

 人権教育とは,「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」を意味し(人権教育・啓発推進法第2条),「国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう」にすることを旨としており(同法第3条),日本国憲法及び教育基本法並びに国際人権規約,児童の権利に関する条約等の精神に則り,基本的人権の尊重の精神が正しく身に付くよう,地域の実情を踏まえつつ,学校教育及び社会教育を通じて推進される。
 学校教育については,それぞれの学校種の教育目的や目標の実現を目指して,自ら学び自ら考える力や豊かな人間性などを培う教育活動を組織的・計画的に実施するものであり,こうした学校の教育活動全体を通じ,幼児児童生徒,学生の発達段階に応じて,人権尊重の意識を高める教育を行っていくこととなる。
 また,社会教育については,生涯学習の視点に立って,学校外において,青少年のみならず,幼児から高齢者に至るそれぞれのライフサイクルにおける多様な教育活動を展開していくことを通じて,人権尊重の意識を高める教育を行っていくこととなる。
 こうした学校教育及び社会教育における人権教育によって,人々が,自らの権利を行使することの意義,他者に対して公正・公平であり,その人権を尊重することの必要性,様々な課題などについて学び,人間尊重の精神を生活の中に生かしていくことが求められている。

(2)人権教育の実施主体

 人権教育の実施主体としては,学校,社会教育施設,教育委員会などのほか,社会教育関係団体,民間団体,公益法人などが挙げられる。
 学校教育及び社会教育における人権教育に関係する機関としては,国レベルでは文部科学省,都道府県レベルでは各都道府県教育委員会及び私立学校を所管する都道府県知事部局,市町村レベルでは各市町村教育委員会等がある。そして,実際に,学校教育については,国や各都道府県・市町村が設置者となっている各国公立学校や学校法人によって設置される私立学校において,また,社会教育については,各市町村等が設置する公民館等の社会教育施設などにおいて,それぞれ人権教育が具体的に推進されることとなる。

(3)人権教育の現状

ア 学校教育

 学校教育においては,幼児児童生徒,学生の発達段階に応じながら,学校教育活動全体を通じて人権尊重の意識を高め,一人一人を大切にした教育の充実を図っている。
 最近では,教育内容の基準である幼稚園教育要領,小・中・高等学校及び盲・聾・養護学校の学習指導要領等を改訂し,「生きる力」(自ら学び自ら考える力,豊かな人間性など)の育成を目指し,それぞれの教育の一層の充実を図っている。
 幼稚園においては,他の幼児とのかかわりの中で他人の存在に気付き,相手を尊重する気持ちをもって行動できるようにすることや友達とのかかわりを深め,思いやりをもつようにすることなどを幼稚園教育要領に示しており,子どもたちに人権尊重の精神の芽生えをはぐくむよう,遊びを中心とした生活を通して指導している。なお,保育所においては,幼稚園教育要領との整合性を図りつつ策定された保育所保育指針に基づいて保育が実施されている。
 小学校・中学校及び高等学校においては,児童生徒の発達段階に即し,各教科,道徳,特別活動等のそれぞれの特質に応じて学校の教育活動全体を通じて人権尊重の意識を高める教育が行われている。例えば,社会科においては,日本国憲法を学習する中で人間の尊厳や基本的人権の保障などについて理解を深めることとされ,また,道徳においては,「だれに対しても差別することや偏見をもつことなく公正,公平にし,正義の実現に努める」,「公徳心をもって法やきまりを守り,自他の権利を大切にし進んで義務を果たす」よう指導することとされている。さらに,平成14年度以降に完全実施される新しい学習指導要領においては,「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念」を具体的な生活の中に生かすことが強調されたほか,指導上の配慮事項として,多様な人々との交流の機会を設けることが示されている。加えて,平成13年7月には学校教育法が改正され,小・中・高等学校及び盲・聾・養護学校においてボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動の充実に努めることとされたところであり,人権教育の観点からも各学校の取組の促進が望まれる。
 盲・聾・養護学校では,障害者の自立と社会参加を目指して,小・中・高等学校等に準ずる教育を行うとともに,障害に基づく種々の困難を克服するための指導を行っており,今般の学習指導要領等の改訂では,一人一人の障害の状態等に応じた一層きめ細かな指導の充実が図られている。また,盲・聾・養護学校や特殊学級では,子どもたちの社会性や豊かな人間性をはぐくむとともに,社会における障害者に対する正しい理解認識を深めるために,障害のある児童生徒と障害のない児童生徒や地域社会の人々とが共に活動を行う交流教育などの実践的な取組が行われており,新しい学習指導要領等ではその充実が図られている。
 大学等における人権教育については,例えば法学一般,憲法などの法学の授業に関連して実施されている。また,教養教育に関する科目等として,人権教育に関する科目が開設されている大学もある。
 以上,学校教育については,教育活動全体を通じて,人権教育が推進されているが,知的理解にとどまり,人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題,教職員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていない等の問題も指摘されているところである。

イ 社会教育

 社会教育においては,すべての教育の出発点である家庭教育を支援するため,家庭教育に関する親への学習機会の提供や,家庭でのしつけの在り方などを分かりやすく解説した家庭教育手帳・家庭教育ノートを乳幼児や小学生等を持つ親に配付するなどの取組が行われている。この家庭教育手帳・家庭教育ノートには「親自身が偏見を持たず,差別をしない,許さないということを,子どもたちに示していくことが大切である」ことなどが盛り込まれている。
 また,生涯の各時期に応じ,各人の自発的学習意思に基づき,人権に関する学習ができるよう,公民館等の社会教育施設を中心に学級・講座の開設や交流活動など,人権に関する多様な学習機会が提供されている。さらに,社会教育指導者のための人権教育に関する手引の作成などが行われている。そのほか,社会教育主事等の社会教育指導者を対象に様々な形で研修が行われ,指導者の資質の向上が図られている。
 加えて,平成13年7月には,社会教育法が改正され,青少年にボランティア活動など社会奉仕体験活動,自然体験活動等の機会を提供する事業の実施及びその奨励が教育委員会の事務として明記されたところであり,人権尊重の心を養う観点からも各教育委員会における取組の促進が望まれる。
 このように,生涯学習の振興のための各種施策を通じて人権教育が推進されているが,知識伝達型の講義形式の学習に偏りがちであることなどの課題が指摘されている。

3 人権啓発の現状

(1)人権啓発の意義・目的

 人権啓発とは,「国民の間に人権尊重の理念を普及させ,及びそれに対する国民の理解を深めることを目的とする広報その他の啓発活動(人権教育を除く。)」を意味し(人権教育・啓発推進法第2条),「国民が,その発達段階に応じ,人権尊重の理念に対する理解を深め,これを体得することができるよう」にすることを旨としている(同法第3条)。すなわち,広く国民の間に,人権尊重思想の普及高揚を図ることを目的に行われる研修,情報提供,広報活動等で人権教育を除いたものであるが,その目的とするところは,国民の一人一人が人権を尊重することの重要性を正しく認識し,これを前提として他人の人権にも十分に配慮した行動がとれるようにすることにある。換言すれば,「人権とは何か」,「人権の尊重とはどういうことか」,「人権を侵害された場合に,これを排除し,救済するための制度がどのようになっているか」等について正しい認識を持つとともに,それらの認識が日常生活の中で,その態度面,行動面等において確実に根付くようにすることが人権啓発の目的である。

(2)人権啓発の実施主体

 人権擁護事務として人権啓発を担当する国の機関としては,法務省人権擁護局及びその下部機関である法務局及び地方法務局の人権擁護部門のほか,法務大臣が委嘱する民間のボランティアとして人権擁護委員制度が設けられ,これら法務省に置かれた人権擁護機関が一体となって人権啓発活動を行っている。また,法務省以外の関係各府省庁においても,その所掌事務との関連で,人権にかかわる各種の啓発活動を行っているほか,地方公共団体や公益法人,民間団体,企業等においても,人権にかかわる様々な活動が展開されている。
 なお,法務省の人権擁護機関については,人権擁護推進審議会の人権救済制度の在り方に関する答申(平成13年5月25日)及び人権擁護委員制度の改革に関する答申(平成13年12月21日)を踏まえ,人権委員会の設置等,新たな制度の構築に向けた検討が進められているところである。

(3)人権啓発の現状

ア 国の人権擁護機関の啓発活動

 国は,前記のとおり,関係各府省庁が,その所掌事務との関連で,人権にかかわる各種の啓発活動を行っている。特に,人権擁護事務として人権啓発を担当する法務省の人権擁護機関は,広く一般国民を対象に,人権尊重思想の普及高揚等のために様々な啓発活動を展開している。すなわち,毎年啓発活動の重点目標を定め,人権週間や人権擁護委員の日など節目となる機会をとらえて全国的な取組を展開しているほか,中学生を対象とする人権作文コンテストや小学生を主たる対象とする人権の花運動,イベント的要素を取り入れ明るく楽しい雰囲気の中でより多くの人々に人権問題を考えてもらう人権啓発フェスティバル,各地のイベント等の行事への参加など,年間を通して様々な啓発活動を実施している。具体的な啓発手法としては,人権一般や個別の人権課題に応じて作成する啓発冊子・リーフレット・パンフレット・啓発ポスター等の配付,その時々の社会の人権状況に合わせた講演会・座談会・討論会・シンポジウム等の開催,映画会・演劇会等の開催,テレビ・ラジオ・有線放送等マスメディアを活用した啓発活動など,多種多様な手法を用いるとともに,それぞれに創意工夫を凝らしている。また,従来,国や多くの地方公共団体が各別に啓発活動を行うことが多く,その間の連携協力が必ずしも十分とは言えなかった状況にかんがみ,人権啓発のより一層効果的な推進を図るとの観点から,都道府県や市町村を含めた多様な啓発主体が連携協力するための横断的なネットワークを形成して,人権啓発活動ネットワーク事業も展開している。さらに,以上の一般的な啓発活動のほか,人権相談や人権侵犯事件の調査・処理の過程を通じて,関係者に人権尊重思想を普及するなどの個別啓発も行っている。
 このように,法務省の人権擁護機関は人権啓発に関する様々な活動を展開しているところであるが,昨今,その内容・手法が必ずしも国民の興味・関心・共感を呼び起こすものになっていない,啓発活動の実施に当たってのマスメディアの効果的な活用が十分とは言えない,法務省の人権擁護機関の存在及び活動内容に対する国民の周知度が十分でない,その実施体制や担当職員の専門性も十分でない等の問題点が指摘されている。

イ 地方公共団体の啓発活動

 地方公共団体は,都道府県及び市町村のいずれにおいても,それぞれの地域の実情に応じ,啓発行事の開催,啓発資料等の作成・配付,啓発手法等に関する調査・研究,研修会の開催など様々な啓発活動を行っており,その内容は,まさに地域の実情等に応じて多種多様である。特に,都道府県においては,市町村を包括する広域的な立場や市町村行政を補完する立場から,それぞれの地域の実情に応じ,市町村を先導する事業,市町村では困難な事業,市町村の取組を支援する事業などが展開されている。また,市町村においては,住民に最も身近にあって住民の日常生活に必要な様々な行政を担当する立場から,地域に密着したきめ細かい多様な人権啓発活動が様々な機会を通して展開されている。

ウ 民間団体,企業の啓発活動

 民間団体においても,人権全般あるいは個々の人権課題を対象として,広報,調査・研究,研修等,人権啓発上有意義な様々な取組が行われているほか,国,地方公共団体が主催する講演会,各種イベントへの参加など,人権にかかわる様々な活動を展開しているところであり,今後とも人権啓発の実施主体として重要な一翼を担っていくことが期待される。
 また,企業においては,その取組に濃淡はあるものの,個々の企業の実情や方針等に応じて,自主的な人権啓発活動が行われている。例えば,従業員に対して行う人権に関する各種研修のほか,より積極的なものとしては,人権啓発を推進するための組織の設置や人権に関する指針の制定,あるいは従業員に対する人権標語の募集などが行われている例もある。

第3章 人権教育・啓発の基本的在り方

1 人権尊重の理念

 人権とは,人間の尊厳に基づいて各人が持っている固有の権利であり,社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し,社会において幸福な生活を営むために欠かすことのできない権利である。
 すべての人々が人権を享有し,平和で豊かな社会を実現するためには,人権が国民相互の間において共に尊重されることが必要であるが,そのためには,各人の人権が調和的に行使されること,すなわち,「人権の共存」が達成されることが重要である。そして,人権が共存する人権尊重社会を実現するためには,すべての個人が,相互に人権の意義及びその尊重と共存の重要性について,理性及び感性の両面から理解を深めるとともに,自分の権利の行使に伴う責任を自覚し,自分の人権と同様に他人の人権をも尊重することが求められる。
 したがって,人権尊重の理念は,人権擁護推進審議会が人権教育・啓発に関する答申において指摘しているように,「自分の人権のみならず他人の人権についても正しく理解し,その権利の行使に伴う責任を自覚して,人権を相互に尊重し合うこと,すなわち,人権共存の考え方」として理解すべきである。

2 人権教育・啓発の基本的在り方

 人権教育・啓発は,人権尊重社会の実現を目指して,日本国憲法や教育基本法などの国内法,人権関係の国際条約などに即して推進していくべきものである。その基本的な在り方としては,人権教育・啓発推進法が規定する基本理念(第3条)を踏まえると,次のような点を挙げることができる。

(1)実施主体間の連携と国民に対する多様な機会の提供

 人権教育・啓発にかかわる活動は,様々な実施主体によって行われているが,今日,人権問題がますます複雑・多様化する傾向にある中で,これをより一層効果的かつ総合的に推進し,多様な学習機会を提供していくためには,これら人権教育・啓発の各実施主体がその担うべき役割を踏まえた上で,相互に有機的な連携協力関係を強化することが重要である。
 また,国民に対する人権教育・啓発は,国民の一人一人の生涯の中で,家庭,学校,地域社会,職域などあらゆる場と機会を通して実施されることにより効果を上げるものと考えられ,その観点からも,人権教育・啓発の各実施主体は相互に十分な連携をとり,その総合的な推進に努めることが望まれる。

(2)発達段階等を踏まえた効果的な方法

 人権教育・啓発は,幼児から高齢者に至る幅広い層を対象とするものであり,その活動を効果的に推進していくためには,人権教育・啓発の対象者の発達段階を踏まえ,地域の実情等に応じて,ねばり強くこれを実施する必要がある。
 特に,人権の意義や重要性が知識として確実に身に付き,人権問題を直感的にとらえる感性や日常生活において人権への配慮がその態度や行動に現れるような人権感覚が十分に身に付くようにしていくことが極めて重要である。そのためには,人権教育・啓発の対象者の発達段階に応じながら,その対象者の家庭,学校,地域社会,職域などにおける日常生活の経験などを具体的に取り上げるなど,創意工夫を凝らしていく必要がある。その際,人格が形成される早い時期から,人権尊重の精神の芽生えが感性としてはぐくまれるように配慮すべきである。また,子どもを対象とする人権教育・啓発活動の実施に当たっては,子どもが発達途上であることに十分留意することが望まれる。
 また,人権教育・啓発の手法については,「法の下の平等」,「個人の尊重」といった人権一般の普遍的な視点からのアプローチと,具体的な人権課題に即した個別的な視点からのアプローチとがあり,この両者があいまって人権尊重についての理解が深まっていくものと考えられる。すなわち,法の下の平等,個人の尊重といった普遍的な視点から人権尊重の理念を国民に訴えかけることも重要であるが,真に国民の理解や共感を得るためには,これと併せて,具体的な人権課題に即し,国民に親しみやすく分かりやすいテーマや表現を用いるなど,様々な創意工夫が求められる。他方,個別的な視点からのアプローチに当たっては,地域の実情等を踏まえるとともに,人権課題に関して正しく理解し,物事を合理的に判断する精神を身に付けるよう働きかける必要がある。その際,様々な人権課題に関してこれまで取り組まれてきた活動の成果と手法への評価を踏まえる必要がある。
 なお,人権教育・啓発の推進に当たって,外来語を安易に使用することは,正しい理解の普及を妨げる場合もあるので,官公庁はこの点に留意して適切に対応することが望ましい。

(3)国民の自主性の尊重と教育・啓発における中立性の確保

 人権教育・啓発は,国民の一人一人の心の在り方に密接にかかわる問題でもあることから,その自主性を尊重し,押し付けにならないように十分留意する必要がある。そもそも,人権は,基本的に人間は自由であるということから出発するものであって,人権教育・啓発にかかわる活動を行う場合にも,それが国民に対する強制となっては本末転倒であり,真の意味における国民の理解を得ることはできない。国民の間に人権問題や人権教育・啓発の在り方について多種多様な意見があることを踏まえ,異なる意見に対する寛容の精神に立って,自由な意見交換ができる環境づくりに努めることが求められる。
 また,人権教育・啓発がその効果を十分に発揮するためには,その内容はもとより,実施の方法等においても,国民から,幅広く理解と共感を得られるものであることが必要である。「人権」を理由に掲げて自らの不当な意見や行為を正当化したり,異論を封じたりする「人権万能主義」とでも言うべき一部の風潮,人権問題を口実とした不当な利益等の要求行為,人権上問題のあるような行為をしたとされる者に対する行き過ぎた追及行為などは,いずれも好ましいものとは言えない。
 このような点を踏まえると,人権教育・啓発を担当する行政は,特定の団体等から不当な影響を受けることなく,主体性や中立性を確保することが厳に求められる。
 人権教育・啓発にかかわる活動の実施に当たっては,政治運動や社会運動との関係を明確に区別し,それらの運動そのものも教育・啓発であるということがないよう,十分に留意しなければならない。

お問合せ先

初等中等教育局児童生徒課