第2節 人権教育の内容及び指導方法等

 人権教育の指導の改善・充実という課題に直接的・具体的に関わるのが、人権教育の内容及び指導方法等の問題である。この点に関し、〔第一次とりまとめ〕では、自主性の尊重や体験的な活動を取り入れるなどの指導方法の工夫、児童生徒の発達段階や実態に即した内容・方法、効果的な学習教材の選定・開発、教育の中立性の確保などを留意事項として指摘した。
 本節では、1.人権教育の内容構成 2.人権感覚を育成する指導方法に関わる工夫・改善について検討した。その際に、特に人権感覚の育成、児童生徒の自主性・主体性の尊重、発達段階や実態への着目、並びに体験的な学習の活用等の視点に焦点を合わせた。

1.人権教育の内容構成

(1)人権教育を通じて育てたい資質・能力

 人権教育は自他の人権の実現と擁護のために必要な資質や能力を育成し、発展させることを目指す総合的な教育である。その際に培われる資質や能力は、1知識的側面、2価値的・態度的側面、並びに3技能的側面から構成される。このうちの2価値的・態度的側面及び3技能的側面が人権感覚に深く関わるものである。

1.知識的側面

 人権教育により身に付けるべき知識は、自他の人権を尊重したり人権問題を解決したりする上で具体的に役立つ知識でなければならない。例えば、発達段階を踏まえた上で、個人の尊厳や人権尊重の意義、人権の歴史や現状、国内法や国際法等々に関する知識、自他の人権を擁護し人権侵害を予防したり解決したりするために必要な実践的知識等も含まれることが望まれる。このように多面的、具体的かつ実践的であるところにその特徴がある。

2.価値的・態度的側面

 人権教育が育成を目指す価値や態度には、個人の尊厳をはじめ、自他の人権を尊重することの意義や必要性に対する肯定的な評価と受容、責任感や共感性・連帯性、人権擁護の実現を目指す意欲や態度などが含まれる。人権に関する知識や人権擁護に必要な諸技能を人権実現のための実践行動に結びつけるためには、このような価値や態度の側面の育成が不可欠である。この価値・態度的側面の内容は具体的、多面的であり、それぞれの価値や態度が助長される時に、人権感覚が豊かになりうるのである。

3.技能的側面

 人権の本質やその重要性を客観的な知識として知るだけでは、必ずしも人権擁護の実践に十分であるとは言えない。人権に関わる事柄を認知的に捉えるだけではなく、その内容を直感的に感受し、共感的に受けとめ、それを内面化することが求められる。そのような受容や内面化のためには、様々な技能の助けが必要である。人権教育が育成を目指す技能には、知的諸技能と社会的諸技能などが含まれる。前者の例としては、コミュニケーション技能、合理的・分析的に思考する技能、偏見や差別を見きわめる技能などが挙げられる。また後者の例としては、相違を認めて受容する技能、協力的、建設的に問題解決に取り組む技能、責任を負う技能などが含まれる。こうした諸技能が人権感覚を構成する。

(2)指導内容の構成

 人権教育が目指す諸能力を以上のように総体的かつ構造的にとらえた上で、指導内容を構成することが必要である。これらの諸側面を学校全体における系統的な指導内容として総合的に位置づけることが望ましいのは言うまでもない。しかし、学校教育の諸領域にはそれぞれ独自の目標や課題があり、人権教育をいかにして総合的に位置づけ、実践するかについては、様々な工夫や検討が求められる。したがって、全体構造を意識しつつ、総合的な指導内容の構成を目指すと共に、それぞれの側面の促進に焦点を当てた個別的、具体的な指導内容を構成し、実施することが必要かつ有効である。
 そこで、各教科、特別活動等の諸領域で実践できる幾つかの指導内容の構成事例を参考として提示しておきたい。
 なお、指導に当たっては、各教科、領域等の目標やねらいを第一義的に達成させることは言うまでもないことである。

ア:知識的側面に焦点を当てた指導内容の構成

 知識的側面の育成についても、各教科をはじめ、あらゆる教育活動の場において従来以上に積極的に取り組むことが求められる。
 これまで、人権教育の知識的側面は、社会科等を中心に扱われる場合が多かった。様々な人権意識に関する調査等の結果からは、人権に関する客観的・科学的知識をある程度習得している人についても、その知識が社会や個人の生活変容に資する生きた知識として内面化され、主体化されていない傾向もうかがえる。したがって、人権教育を充実させる観点から、知識的側面の育成を取り立てたかたちで、あらゆる可能な場と機会を活用して学習に組み込む努力が求められる。その際に、特に人権擁護に実際に役立つような実践的知識をも組み込むことに留意したい。なお、知識的側面を扱う際にも、その指導方法は必ずしも教材を読んだり、講話したりする方式である必要はない。むしろ、児童生徒の自己活動的、主体的関与を促すような、体験的な方法を工夫することが望ましい。

【参考例】 「知的側面に焦点を当てた指導内容の構成の例」

1.社会科等の授業で、人権に関わる題材を扱う際に、児童生徒が自分自身に直接関わる問題を提示し、合理的・分析的な思考を行い、人権に関わる知識の内容を知的及び共感的に理解し、内面化することを促すような幅広い内容構成と、柔軟で弾力的な指導方法との工夫が求められる。単なる知識の伝達に終わらないように、資料や情報の自主的探求や討議を取り入れた授業の展開なども有効である。

2.総合的な学習の時間、特別活動(特に学級活動やホームルーム活動)及びその他のあらゆる学習の機会を活用して、法教育の観点からも世界人権宣言や児童の権利に関する条約等の人権関連の条約等を教材として使用することも有効な試みである。むろん、文書の一部分であっても差し支えない。例えば、そこに書かれている条文の中で、発達段階や児童生徒の実態に照らして適切なものがあれば、それを適宜取り上げる。まず本文の内容を学習した上で、それをテーマとして話し合ったり、必要な情報を新たに探求したりして、知識の広がりと理解の深化を目指す学習を進める。また、自分や身近な人の権利や自由が侵害された場合に、どこの誰に相談し、あるいはどこに訴えれば救済につながるのか、等々に関する実践的で具体的な事柄についても、発達段階を踏まえて学習内容に組み入れる。

3.外国語の時間に、例えば世界人権宣言や児童の権利条約等の日常英語版テキスト等を教材として活用する。語学的な能力の育成と同時に、実際生活で将来必要となるような人権に関する生きた知識の修得や内的価値の促進に結びつける。

イ:人権感覚の育成に焦点を当てた指導内容の構成

 人権感覚を育成するには、「価値・態度的側面」や「技能的側面」に属する諸要素としての価値や態度、並びに諸技能を意識的に身に付けさせることが重要である。しかし、いきなり整合的な全体計画の中でこれらを一挙に育成することは容易ではない。そこで、全体構造を意識しつつも、諸要素の中から幾つかを個別的に順次取り上げて、様々な場面や機会を生かして促進を図る取組が必要となる。
 その際に、特に第1章3に挙げた諸技能について取り上げて、それぞれの育成に取り組むことが重要である。

【参考例】 「人権感覚の育成に焦点を当てた指導内容構成の例」

1.国語、社会、外国語等の学習内容と関連づけて、それぞれの授業時間の中に人権の実現に関わる想像力、共感性、感受性、コミュニケーション技能などの育成を図る活動を可能な限り取り入れる。

2.また、特別活動、総合的な学習の時間等、あらゆる機会をとらえて上記の諸技能を育成する。なお、この種の技能の育成には、直接体験を生かすことが重要である。その他にも、ロールプレイング、シミュレーション、ディスカッション等々のいわゆる体験的な手法を用いることが不可欠なので、そのような能動的手法についての知識や経験を深めることも大切である。

ウ:総合的な指導内容の構成

 上記のア及びイのような個別的、具体的指導内容の他に総合的な学習プログラムを構成することも大切である。

【参考】 「総合的な学習のためのプログラム」

1 次の一連の学習により、児童生徒は自己の価値に関する認識から出発して、様々な人権課題の認識、社会的背景の考察、諸人権課題共通の概念習得を経て、人権実現のための具体的行動力の獲得に到達するまで、自然な流れの中で、諸要素を総合的に身 に付けることが期待される。

  1. 自分が生きている価値の実感(自己についての肯定的態度)
  2. お互いの間にある違いの自覚と尊重
  3. 人権侵害の歴史的・社会的背景と当事者の生き方の学習
  4. 様々な人権課題の解決に共通して必要な概念や枠組みに関する学習(自尊感情・自己開示・偏見・悪循環・平等観・特権など)
  5. 具体的な場面での行動力の育成
  6. 人権が尊重される社会づくりにつながるような行動力の育成

2 上記の要素のどれが重視されるかは、児童生徒の発達段階や実態によって異なる。
 例えば、小学校低学年では1.2.などが重視され、学年が高くなるにつれて3.4.などに重点が移り、小学校高学年や中学校、高等学校では5.6.などが重要な位置を占めるようになる。

3 さらに、同一学年内における学習の進行においても、時期によって重点の置き方は異なる。
 例えば、年度当初は1.2.などが重視され、その成果を土台に継続的・恒常的学習が継続されつつ、3.4.などが児童生徒の状況に応じて組み込まれる。そして5.6.などの具体的行動力の学習へと進む、というような構成が望ましい。

 以上のように順次性への着目が求められるが、場合によっては改めて1.2.の側面を強調する学習が必要となる。

【参考例】 「各教科等における指導内容の例」

 (※「」内は幼稚園教育要領及び学習指導要領の抜粋。また、以下は例示であり、前述のとおり人権教育は学校の教育活動全体を通じて推進されるものである。)

<幼稚園教育要領>
  • 【人間関係】・・・「友達と積極的に関わりながら喜びや悲しみを共感し合う。」、「自分の思ったことを相手に伝え、相手の思っていることに気付く。」、「友達のよさに気付き、一緒に活動する楽しさを味わう。」、「友達との関わりを深め、思いやりをもつ。」
<学習指導要領>

 (総則)

  • 【小学校・総則】・・・「日頃から学級経営の充実を図り、教師と児童の信頼関係及び児童相互の好ましい人間関係を育てると共に児童理解を深め、生徒指導の充実を図ること。」
  • 【中学校・総則】・・・「教師と生徒の信頼関係及び生徒相互の好ましい人間関係を育てると共に生徒理解を深め、生徒が自主的に判断、行動し積極的に自己を生かしていくことができるよう、生徒指導の充実を図ること。」
  • 【高等学校・総則】・・・「人権を尊重し差別のないよりよい社会を実現しようとする態度を養うための指導が適切に行われるよう配慮しなければならない。」、「教師と生徒の信頼関係及び生徒相互の好ましい人間関係を育てると共に生徒理解を深め、生徒が主体的に判断、行動し積極的に自己を生かしていくことができるよう生徒指導の充実を図ること。」

 (社会、地理歴史、公民)

  • 【小学校・社会】・・・「現在の我が国の民主政治は日本国憲法の基本的な考え方に基づいていることを考えるようにする。」
  • 【中学校・社会(公民的分野)】・・・「人間の尊重についての考え方を、基本的人権を中心に深めさせる。」、「日本国憲法が基本的人権の尊重、国民主権及び平和主義を基本的原則としていることについての理解を深めさせる。」
  • 【高等学校・公民(現代社会)】・・・「基本的人権の保障(中略)について理解を深めさせ、日本国憲法の基本的原則について国民生活との関わから認識を深めさせる。」、「生命の尊重、自由・権利と責任・義務、人間の尊厳と平等、法と規範などについて考えさせ、民主社会において自ら生きる倫理について自覚を深めさせる。」
  • 【高等学校・公民(倫理)】・・・「人間の尊厳と生命への畏敬(中略)などについて、倫理的な見方や考え方を身に付けさせ、他者と共に生きる自己の生き方に関わる課題として考えを深めさせる。」
  • 【高等学校・政治・経済】・・・「現代の日本の政治及び国際政治の動向について関心を高め,基本的人権と議会制民主主義を尊重し擁護することの意義を理解させると共に,民主政治の本質について探究させ,政治についての基本的な見方や考え方を身に付けさせる。」

 (道徳)

  • 【小学校】・・・「生命がかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重する。」、「公徳心を持って法やきまりを守り、自他の権利を大切にし進んで義務を果たす。」、「誰に対しても差別をすることや偏見を持つことなく公正、公平にし、正義の実現に努める。」
  • 【中学校】・・・「生命の尊さを理解し、かけがえのない自他の生命を尊重する。」、「法やきまりの意義を理解し、遵守すると共に、自他の権利を重んじ義務を確実に果たして、社会の秩序と規律を高めるように努める。」、「正義を重んじ、誰に対しても公正、公平にし、差別や偏見のない社会の実現に努める。」

 (特別活動)

  • 【小学校】・・・学級活動における「学級や学校における生活上の諸問題の解決」や「希望や目標を持って生きる態度の形成」、「望ましい人間関係の育成」、児童会活動における「学校生活の充実と向上のために諸問題を話し合い、協力してその解決を図る活動を行うこと。」
  • 【中学校】・・・学級活動における「学級や学校における生活上の諸問題の解決」、「自己及び他者の個性の理解と尊重、社会の一員としての自覚と責任」、「望ましい人間関係の確立」
  • 【高等学校】・・・ホームルーム活動における「ホームルームや学校における生活上の諸問題の解決」、「自己及び他者の個性の理解と尊重、社会生活における役割の自覚と自己責任、男女相互の理解と協力、コミュニケーション能力の育成と人間関係の確立」

(3)教育の中立性の確保

 学習プログラムや具体的な授業計画を組むに当たっては、教育の中立性の確保に十分注意を払うべきである。つまり、学校教育における教育活動と特定の立場に立つ政治運動・社会運動とを明確に区別し、学校は公教育を担うものとして主体性を持って人権教育に取り組み、特定の主義主張に偏ることなく、教育の中立性を確保することが求められる。

(4)個人情報やプライバシーに関することへの配慮

 地域社会における体験活動においては、様々な個人情報と否応なく接する機会が多い。
 個人情報保護法の精神と内容を十分に踏まえ、事前に担当者同士で、個人のプライバシーや個人情報に関する考え方を確認し、その原則を侵すことのないように配慮することが必要である。特に、このような地域社会における体験活動に児童生徒が積極的に関わろうとすればするほど、個人情報に接する度合いが増し、それだけ慎重な取り扱いが要求されるようになることを認識しておきたい。
 そのため、各関係者間の信頼関係を作る中で、本人及び保護者からの同意を得た上で、取組を進めていくことが重要である。

【参考】 「プライバシー保護と個人データ流通についての原則(OECD理事会勧告(1980年9月)より)」

1.収集制限の原則

 個人データの収集には制限を設けるべきであり、いかなる個人データも、適法かつ公正な手段によって、かつ適当な場合には、データ主体に知らしめ又は同意を得た上で、収集されるべきである。

2.データ内容の原則

 個人データは、その利用目的に沿ったものであるべきであり、かつ利用目的に必要な範囲内で正確、完全であり最新なものに保たれなければならない。

3.目的明確化の原則

 個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないでかつ、目的の変更ごとに明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。

4.利用制限の原則

 個人データは、第9条により明確化された目的以外の目的のために開示利用その他の使用に供されるべきではないが、次の場合はこの限りではない。

  • (a)データ主体の同意がある場合、又は、
  • (b)法律の規定による場合
5.安全保護の原則

 個人データは、その紛失もしくは不当なアクセス、破壊、使用、修正、開示等の危険に対し、合理的な安全保護措置により保護されなければならない。

6.公開の原則

 個人データに関わる開発、運用及び政策については、一般的な公開の政策が取られなければならない。個人データの存在、性質及びその主要な利用目的と共にデータ管理者の識別、通常の住所をはっきりさせるための手段が容易に利用できなければならない。

7.個人参加の原則

 個人は次の権利を有する。

  • (a)データ管理者が自己に関するデータを有しているか否かについて、データ管理者又はその他の者から確認を得ること
  • (b)自己に関するデータを、(1)合理的な期間内に、(2)もし必要なら、過度にならない費用で(3)合理的な方法で、かつ、(4)自己に分かりやすい形で、自己に知らしめられること。
  • (c)上記(a)及び(b)の要求が拒否された場合には、その理由が与えられること及びそのような拒否に対して異議を申立てることができること。
  • (d)自己に関するデータに対して異議を申し立てること、及びその異議が認められた場合には、そのデータを消去、修正、完全化、補正させること。
8.責任の原則

 データ管理者は、上記の諸原則を実施するための措置に従う責任を有する。

お問合せ先

初等中等教育局児童生徒課