前章では、人権教育の目標に関連して、人権に関する知的理解の促進と深化、並びに人権感覚の育成の意義と必要性とについて指摘した。さらに、人権教育の成立基盤としての学校・学級の在り方そのものが持つ重要性にも言及した。これを受けて、本章では、学校における人権教育がその目標を達成するためにどのような点に留意すべきかについて示した。その際、「学校としての組織的な取組等に関すること」、「人権教育の内容及び指導方法等に関すること」、そして「教職員研修等に係る教育委員会の取組に関すること」の3つの観点から検討することとした。
なお、本調査研究会議は、都道府県教育委員会の協力を得て人権教育の実践状況及び指導事例等を収集した。これらの事例と海外の人権教育に関する理論的・実践的研究成果を踏まえて、上記のそれぞれの観点ごとに具体的に検討すると共に、今後の人権教育の推進に資すると考えられる基本的、一般的な事例も併せて示した。
学校教育においては[生きる力]を育む教育活動を進めている。[生きる力]については、平成8年の中央教育審議会答申において、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」、「自らを律しつつ、他人と共に協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」、「たくましく生きるための健康や体力」が重要な資質や能力として挙げられている。
人権教育は、この[生きる力]を学校教育において、各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間のそれぞれの特質に応じ、教育活動全体を通じて推進されるものである。
また、日常の学校生活も含めて人権が尊重される学校・学級とするように努めることが肝要である。例えば、児童生徒の意見をきちんと受けとめて聞く、明るく丁寧な言葉で声かけを行うことなどは当然であるが、教職員は改めて児童生徒一人一人の大切さを強く自覚し、一人の人間として接しなければならない。一方、いじめや暴力をはじめ他の人を傷つけるような問題が起きた時には、これらの行為を看過することなく学校全体として適切かつ毅然とした指導を行い、いわば正義が貫かれるような学校・学級とするように努めなければならない。
現在、各学校では人権教育に組織的に取り組むと共に、家庭・地域社会、他校種と積極的に連携して人権教育を推進している。この実践をより積極的に推進することが求められる。
なお、このような学校・学級にするために、教職員だけでなく児童生徒自身も自らの大切さや他の人の大切さが認められるような環境づくりに主体的に取り組むことが重要であることはもちろんのことである。
人権教育は、学校教育において、各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間のそれぞれの特質に応じ、教育活動全体を通じて推進されるものである。
以下の例のような工夫も参考に、各教科、道徳、特別活動、総合的な学習の時間でそれぞれの特質に応じて行われている人権教育が有機的に関連して展開できるようにすると共に、学習活動の基盤としての学校づくり及び学習集団づくりを効果的に行うことが大切である。
教師は児童生徒一人一人の大切さを強く自覚して、児童生徒の日常の学校生活も含めて人権が尊重される学級経営をするように努めなければならない。特に、学級経営においては、児童生徒が他者との関わりの中で自らのよさを発揮しながら、学級生活を安心して過ごすことが大切である。
【参考】 「学級経営の留意点」
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これらを「人権学習」、「自主的活動」、「学校や学級等での生活」を通して培っていく。 |
学級活動、ホームルーム活動での集団指導やその他の個別指導での人権を尊重した生徒指導は、「自分の大切さと共に他の人の大切さを認める」という人権感覚を育成する人権教育として位置づけることができる。このように生徒指導において、「自分の大切さとともに他の人の大切さを認める」という人権感覚を育成することを通じて、暴力行為やいじめ等の生徒指導上の諸問題の未然防止に努めることが重要である。
児童生徒の暴力行為、いじめ、不登校、中途退学などの生徒指導上の諸問題の解決に当たっては、人権侵害行為の存在や人権相互間の調整を必要とする問題である可能性の存在を念頭におき、人権教育を基盤とした生徒指導を実施することが大切である。
また、いじめや暴力をはじめ他の人を傷つけるような問題が起きた時には、他の人の人権を尊重する観点から、これらの行為を看過することなく学校全体として適切かつ毅然とした指導を行うように努めることが大切である。このように、学習指導、進路指導、個人的適応指導、社会性指導、余暇指導、健康安全指導の全てについて、児童生徒の人権を尊重した指導をすることにより、生徒指導を通して人権教育の推進を図ることができる。
教職員による厳しさと優しさを兼ね備えた生徒指導と、児童生徒の主体的な学級参加によって、人権の尊重される学校教育を維持するための環境整備に取り組まなければならない。その際、校長のリーダーシップや、人権教育目標についての教職員相互の共通理解が必要であり、全ての教職員の意識的な参画が人権教育推進の必要条件である。
教職員と児童生徒が人権教育の環境づくりに主体的に取り組むためには、学校評議員、保護者、地域住民、行政担当者、法務局・地方法務局、福祉施設、医療機関、大学の研究者などが積極的・継続的に学校を支援する人的ネットワークづくりが求められる。
また、それぞれの教育段階で効果的に人権教育を推進するためには、幼稚園、保育所、小学校、中学校、高等学校等の協力と連携が効果的である。また、それらを進めるためにも、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の趣旨に基づく積極的な行政的支援がますます必要となる。
全ての児童生徒に基礎的な知識・技能等を確実に身に付けさせ、それらを活用しながら自ら学び自ら考える力などの「確かな学力」を育むためにも、学校全体として「一人一人を大切にし、個に応じた目的意識のある学習指導に取組む」等の教育目標の共通理解を図ると共に、学ぶことの楽しさを体験させ、望ましい人間関係づくり等を培い、学習意欲の向上に努めることが求められている。
今日、「効果のある学校」に関する研究が国内外で推進されている。このような「教育的に不利な環境のもとにある児童生徒の学力水準を押し上げている学校」では、学力の向上と人権感覚の育成とが合わせて追求されている。
それは、一人一人の個性やニーズに応じた基礎学力を獲得するためには、学校・学級の中で、現実に一人一人の存在や思いが大切にされるという状況が成立していなければならないからである。
ここでは、人権感覚の育成は、児童生徒の自主性や社会性などの人格的な発達を促進するばかりでなく、学校の役割の大事な部分を占める学力形成においても成果を挙げていると指摘されている。
初等中等教育局児童生徒課