1 新規高等学校卒業者の就職の現状と課題
1 新規高等学校卒業者の就職の現状
(1) 新規高等学校卒業者の就職状況等
一 新規高等学校卒業者の就職決定率とその推移
文部科学省が実施している「高等学校卒業者の就職決定状況調査」によれば、平成11年度高等学校卒業者の就職決定率は、平成12年3月末現在、88.2%となっている。高等学校卒業者の就職決定率は平成2年度の98.3%をピークに低下を続け、平成11年度は、本調査開始以来、最低の数字となっている。
状況は、特に女子に厳しく、平成12年3月末現在の男子の就職内定率が90.7%であったの対して、女子のそれは85.3%であった。
二 新規高等学校卒業者の産業別、職業別及び規模別就職状況とその推移
新規高等学校卒業者の就職状況の厳しさは、産業別、職業別及び規模別の 就職状況の変化としても表れている。
ア 産業別の状況の変化
新規高等学校卒業者の就職状況を産業別にみると、平成4年度(平成5年3月卒)以後、「卸売・小売・飲食業」「金融保険・不動産業」「公務」が占める割合が低下し、「建設業」「サービス業」の占める割合が高くなっている。
イ 職業別の状況の変化
また、これを職業別にみると、平成4年度(平成5年3月卒)以後、「事務」が占める割合が急激に低下したのに対して、「技能工、採掘・製造・建設作業」「サービス」が占める割合が高くなっている。この職業別就職状況の急激な変化が、高等学校卒業就職者の求職と求人のミスマッチの直接的な要因を成し、女子の厳しい状況を生み出していると考えられる。
ウ 事業所規模別の状況の変化
さらに、それを事業所規模別でみると、平成4年度(平成5年3月卒)以後、従業員数「1000人以上」の企業に就職する者の割合が大幅に低下している一方、「30〜99
人」および「29人以下」の割合が急増している。
三 就職希望者の減少とその推移
高等学校卒業後に就職を希望する者の数及びそれが卒業者に占める割合は、急速に減少及び低下しており、平成11年度(平成12年3月卒業者)においては、それぞれ27万1千人、20.4%であった。
高卒就職希望者の卒業者に占める割合は、昭和50年代においては、ほぼ38%〜39%台で推移し、昭和61年度から平成2年度までは33%〜35%台であったが、平成3年度以降急速に低下し、平成2年度の33.2%から平成11年度までの9年間で12.8ポイント、年平均約1.4ポイント低下している。特に、平成4、5年度の2年間で4.4ポイントと急激に低下し、また、平成10年度も、対前年度比2.0ポイント低下した。高卒就職希望者の数も、平成5年度以降の高校卒業者の急減もあって、平成2年度の59万9千人から、ほぼ半減している。
このような変化の原因としては、第一には、大学・短大の臨時定員増により、平成3年度以降、大学・短大進学率が急速に上昇したことが考えられるが、平成4・5年度及び平成10年度の就職希望率の急激な低下にみられるように、新規高卒者の就職状況の悪化も大きく影響していると考えられる。
いずれにしても、新規高卒者の労働市場は急速に縮小し、労働市場全体に占める比重も急速に低下しているのである。
四 いわゆる「無業者」及び一時的、臨時的雇用への就業者の増加
新規高卒者の就職がこれまでになく厳しい状況にある中で、高等学校卒業時に就職も進学もしなかった(できなかった)者(いわゆる「無業」の者。以下、「無業者」とする。)の割合が高くなっている。平成12年3月高等学校卒業者のうち、「無業者」の占める割合は10.0%にも達し、対前年度比0.7ポイント増加している。
労働省の「雇用動向調査」で、20歳未満の入職者に占めるパートタイム労働者比率が近年著しい上昇を示していると報告されていること、また、今回、本検討会議で実施した「高校生の就職に関する実態調査」(以下、「実態調査」とする。)において、卒業時に就職も進学もしなかった者のうち、調査時点(平成12年3月)において「いわゆるアルバイトで働いている」「パート・タイマーとして働いている」と回答した者は、平成8年度卒業者で38.6%、平成10年度卒業者で56.7%となっていることなどから、その相当数が卒業時に一時的、臨時的雇用に就業したと推測される。
五 高卒就職者の早期離職の増加
高卒就職者の早期離職の増加 高校卒業時に就職した者のうち、3年以内に離職する者の割合は、ここ数年増加傾向を示している。平成3年度卒業者の離職率が39.7%であったのに対し、7年度卒業者では48.1%にまで上昇しており、厳しい求人状況の中で希望する職種や企業等に就職できなかったことなどが影響していると考えられる。
なお、こうした高い離職率はこの数年に限って見られるものではなく、昭和40年代半ば及び昭和60年代当初にもほぼ同等の水準にあったこと、長期にわたる推移を見ると、ほぼ38%から48%の範囲で推移していることからも、景気要因が相当大きく働いていることが伺える。
(2) 新規高等学校卒業者の就職を取り巻く環境と雇用の変化
一 急激な求人の減少
高等学校卒業者の就職決定率の低下や就職者の産業別・職業別・事業所規模別構成の変化を生み出している直接的な要因は、高等学校卒業者に対する求人の減少にある。
労働省調べで、近年の新規高等学校卒業者に対する求人の推移を見ると、平成3年度(平成4年3月末)の167万6千人をピークに、平成4年度以降急速に減少し続け、平成11年度(平成12年3月末)のそれは26万7千人であった。8年間で140万9千人余の求人が消え、ピーク時の約16%程度に落ち込んでいる。
また、求人を求職との関係でみる求人倍率も、同調べで、平成3年度には3.34倍であったものが、平成11年度では1.30倍にまで低下している。求人倍率が求人数ほどには低下していないのは、この間に、求職者数も50万2千人から20万6千人に減少しているからである。
新規高卒就職者の求人・求職状況の推移(各年3月末) (千人)
年
|
元
|
2
|
3
|
4
|
5
|
6
|
7
|
8
|
9
|
10
|
11
|
12
|
求人数
|
1,038
|
1,340
|
1,607
|
1,676
|
1,373
|
935
|
647
|
535
|
518
|
517
|
359
|
268
|
求職者数 |
507
|
521
|
520
|
502
|
449
|
380
|
335
|
308
|
292
|
275
|
235
|
206
|
求人倍率
|
2.05
|
2.57
|
3.09
|
3.34
|
3.09
|
2.46
|
1.93
|
1.73
|
1.77
|
1.88
|
1.52 |
1.30
|
(労働省調べ)
二 産業構造、就業構造の変化
高等学校卒業就職者の就職をめぐる厳しい状況の背景には、経済・産業の構造的な転換や、それに伴う就業構造の変化、企業における人の採用や処遇の変化などがあると指摘されている。
ア 経済・産業の構造的な転換
今日、我が国の経済・産業は、バブル経済とその崩壊によって生じた様々なひずみを取り除き、再建することに加えて、「メガ・コンペティション」と言われる厳しい国際競争の下で、高コスト体質を克服することが求められている。そのため、企業では、いわゆるリストラクチャリングによる徹底した合理化、それに伴う雇用調整、生産拠点の海外移転あるいは製造部品の海外調達、情報通信関連などの高付加価値産業分野への転換などが進められ、我が国の経済・産業の構造は大きく変わろうとしている。また、その結果、産業の空洞化や失業率の増大といった問題が生じたりしている。
長引く経済不況は、バブル経済の崩壊による後遺症ばかりでなく、我が国の経済・産業の構造的転換の本格化によるものである。今後しばらくは構造改革が続くことが予想されることから、短期間で、景気が急速に回復することは期待できず、また、緩やかに好況、好調に転じたとしても、それは、徹底した合理化や雇用調整などの結果であって、直ちに雇用の大幅な回復や拡大に結びつくとは考えにくい。
イ 就業構造の変化
産業構造の転換に伴って、雇用の吸収力は、かつて我が国経済の成長・発展をリードし、支えてきた産業分野から、情報通信関連等の新興の産業分野や社会の成熟化に伴うサービス産業などへと移りつつある。
前者の産業は、これまで新規学校卒業者を一括大量採用していたが、合理化や生産拠点の海外移転などによって、かつてのような雇用吸収力を失っていると指摘されている。一方、後者の産業は、情報通信関連のベンチャー企業に代表されるように、起業家精神旺盛な創業者に依存した小規模企業から出発し、成長を遂げる過程で新たな雇用を生み出している。このような新興の産業分野では、新しい職業、多種多様に専門分化した職種が生まれている。
また、社会の成熟化を背景として経済のソフト化、サービス化が進展し、第三次産業とりわけサービス産業の比重が高くなるのに伴って、一時的・臨時的な短期雇用が増加し、パート・アルバイトあるいは人材派遣への依存度が高くなっている。
産業構造の変化は、伝統から新興へ、大から小へ、総合から専門、正規・長期から臨時・短期へという就業構造の変化につながっているのである。
また、産業構造、就業構造の転換の下で求められる人材は、それに対応し得るスペシャリストであり、また、自立心に富み、チャレンジ精神旺盛な自営者や起業家であって、そのような人材の育成が期待されている。
しかし、新規高卒者のみならず新規学卒者の就職は、これまで少なからず伝統的な産業の大規模事業所による「正社員」としての雇用に依存してきた。また、学校の指導は、できるだけ多くの生徒が大規模事業所に「正社員」として就職できることを目指して行われてきた。それだけに、産業構造、就業構造の変化が新規高卒者の就職に与える影響は大きくかつ深刻であり、学校の指導の抜本的な転換や学校から職業生活への移行に関するシステムの検討が求められる。
ウ 職業安定法の改正等
産業構造、就業構造の変化に対応して労働力の流動化を促進するため、また、ILO第181号条約の採択といった国際的な動向を踏まえ、職業安定法が改正され、民間の有料職業紹介事業が原則的に自由化された。また、労働者派遣法が改正され、人材派遣の対象職種が一部の職種を除いて大幅に緩和された。
民間の有料職業紹介事業の自由化は、これまで公共職業安定所に一元化されていた新規高卒者の職業紹介窓口が民間有料職業紹介事業者にも開かれることを意味する。しかしながら、現状では、それがいわゆるヘッド・ハンティングや高度の専門的知識・技術を有する者の活用などとして行われていること、また、新規高卒者の紹介については、選考開始期日を遵守し、学校を通じて紹介するという行政上の指導がされていることなどから、当面、新規高卒者の就職に影響を及ぼすとは考えにくい。一方、人材派遣対象職種の大幅緩和は、この事業の内容からみて、「紹介派遣」が新規高卒者の就職に直ちに大きな影響を及ぼすことはないと考えられるが、「雇用派遣」については、現在でも、情報関連の職種などについて求人があり、今後、一部の職種については人材派遣業者からの求人が増えることも考えられる。
また、男女雇用機会均等法の改正により、募集・採用においても、男女の別を問わないこととなった。しかしながら、採用する企業並びに応募する学校や生徒自身に、特定の職種を男の仕事あるいは女の仕事として捉えてしまう従来の固定観念が残っていることなどが考えられ、事務系や販売系の求人が激減したことなどと相まって、女子の就職状況を一層厳しいものにしているのではないかと考えられる。今後、企業等においてこのような面の意識の改革を図るとともに、学校においても、固定的な考え方にとらわれことなく、生徒が主体的な進路の選択ができるよう指導の充実に努めるなど、法改正の趣旨を十分踏まえ、男女を問わず、一人一人の能力・適性や意欲等に基づいて、応募・採用を行っていくことが求められる。
三 企業における雇用の変化
厳しい国際競争の下、産業構造・就業構造の転換が進む中で、企業の雇用は、必要な人材を、必要なときに、必要なだけ採用し、その能力に応じて処遇するといった方向に変わり始めている。
それは、これまでの新規学卒者を年度当初に一括して大量に採用して、社内における教育・訓練を重ねながら終身にわたって雇用し、年功によって処遇するといった在り方から、「即戦力」となる人材を通年にわたって採用し、個々の専門的な能力や業績によって処遇するといった変化であり、また、可能な限り業務の一部や全部を人材派遣やパート・アルバイトなど一時的、臨時的雇用に切り替えたり、アウト・ソーシングで代替したりするという変化でもある。
このような変化の下で、新規学卒者は、これまでのように自分たちのためだけに開かれていた労働市場で互いに競争するのではなく、既に就業経験を持ち、一定の専門的な知識・技術を身に付けた者とも競争しなければならず、加えて、リストラクチャリングの下で企業内で過剰となっている人員との潜在的な競争を強いられることも指摘されている。
いずれにしても、企業にとって新規学卒者の雇用は、将来的に必要な人材を確保するための投資といった側面が薄れ、当面必要な人材の確保といった面に重点が置かれ始めている。新規学卒者は、これまでのように大学、高校等を卒業したからという学歴だけでは職に就くことが難しく、「何ができるのか」「何がやりたいのか」など、働く上での資質、能力が厳しく問われ、しかも、その水準が高度化しているのである。このことは、これまで高卒者対象であった職域に大卒等が進出すること、あるいは、その専門的能力に着目して、高卒であるか大卒であるかといった学歴を問わないことを意味し、現に、そのような採用が行われるようになっている。今後、企業の雇用の変化が一層進むことが予測され、専門的な技能・技術や知識に乏しい新規学卒者、中でも、新規高卒者の就職を取り巻く環境は厳しさを増すと考えなければならない。
四 地元志向と労働市場の狭隘化
少子化が進む中で、保護者の意向などから自宅からの通勤が可能な地元の企業等に就職を希望する生徒が増えており、地元に就職できるのであれば、パート・アルバイト等でもよいという生徒、保護者が少なくない。実態調査においても、そうした生徒の増加を指摘しているホームルーム担任が56.9%に上る。他方、企業においても、新規高卒者の雇用について、自宅からの通勤が可能な地元出身者を優先的に採用するといった傾向が顕著になっている。新規高等学校卒業者の就職状況調査で、平成12年3月末現在の就職希望者27万1千人の内、県内就職を希望している者は22万4千人であり、就職希望者に占める割合は83%に及んでいる。
このような求職側と求人側双方の地元志向が、新規高卒者をめぐる労働市場を地域的にも狭隘化し、就職を困難にする要因の一つとなっていると考えられる。
2 生徒の進路意識等をめぐる問題
就職を希望する生徒の多くは、厳しい状況の中で、真剣に自分自身の将来を考え、職業や就職先を選択決定していると考えられるが、生徒の進路意識等をめぐって、次のような問題点も指摘されている。
(1) 社会人・職業人としての基本的な資質・能力の不足
既述のように、企業の求める人材の資質・能力が高度化しているにもかかわらず、新規高卒就職者の社会人・職業人としての基本的な資質・能力の不足が指摘されている。
日本経営者団体連盟が平成12年1月に東京経営者協会に加盟する東京都内の企業を対象に行った「高校新卒者の採用に関するアンケート調査」(1656社中550社回答)によれば、「現在、高卒者を採用している企業」の、「基礎学力」「コミュニケーション能力」「一般常識」「態度・マナー」に関する「高卒者の質的レベル」に対する評価は次のとおりであった。
|
満足
|
まずまず
|
不満
|
(1) 「基礎学力」
|
5.0%
|
63.5%
|
28.0%
|
(2) 「コミュニケーション能力」
|
3.0 |
65.0 |
29.5 |
(3) 「一般常識」
|
1.0
|
54.5
|
40.5
|
(4) 「態度・マナー」
|
4.5
|
54.0
|
37.0
|
また、「以前に高卒者を採用していた企業」の評価は次のとおりであった。
|
満足
|
まずまず
|
不満
|
(1) 「基礎学力
|
1.7%
|
61.8%
|
35.3%
|
(2) 「コミュニケーション能力」 |
1.2
|
64.7
|
31.2
|
(3) 「一般常識」
|
1.2
|
49.1
|
47.3
|
(4) 「態度・マナー」
|
3.5
|
56.6
|
37.0
|
以上のように、高卒就職者の社会人・職業人としての基礎的な資質、能力に対する企業の評価は厳しく、「一般常識」や「態度・マナー」について、「不満」とする割合が高くなっている。同調査のヒアリングでは、「態度・マナー」に関する具体的な問題として、挨拶、言葉遣い、服装の乱れに加えて、時間的な観念の欠如が指摘されている。また、入社後の教育・訓練に耐えられない「基礎学力」の低下も指摘されている。この点に関して、「以前に高卒者を採用していた企業」の「不満」の割合が高いことは看過できないことである。
日本経営者団体連盟は、この調査結果に基づいて、東京都内という限定された地域についてであるが、高卒者の就職の現状について次のように指摘している。「最も問題とすべきは高卒就職者自身の職業意識が希薄で、加えて質的レベルが確実に低下していることである。企業側からは、a.一般常識、b.態度・マナー、c.コミュニケーション能力、d.基礎学力の順に不満が強くあげられた。」
実態調査でも、企業が高等学校における教育に望んでいる事柄をみると、専門高校の教育に対しては、「意欲態度、勤労観・職業観」「責任感、忍耐強く取り組む態度」「専門的な知識・技能」「協調性・コミュニケーション能力」が比較的高い割合を占め、また、普通高校の教育に対しては、「意欲態度、勤労観・職業観」「協調性・コミュニケーション能力」「基礎学力や一般教養」「責任感、忍耐強く取り組む態度」「言葉遣いやマナー」が比較的高い割合を占めており、ほぼ、日本経営者団体連盟の調査と同様の傾向を読み取ることができる。
(2) 職業観・勤労観等が未成熟
新規高卒者の就職を取り巻く環境や企業の雇用の在り方が激変しているといった状況の下で、職業観・勤労観が未成熟で就職に対する意識や構えが安易なために、自分の就きたい職業を見出せない生徒や自分で志望する事業所等を選択できずに学校まかせ、教師まかせにする生徒、さらには、自分の進路に対し希望をもっていない生徒が少なくないといった問題が顕在化している。
その一方で、職種や企業、勤務条件などへのこだわりが強く、自分の希望が満たされなければ定職に就かなくてもよいという生徒や、一度の受験の失敗で就職をあきらめてしまう生徒が少なくないといった状況も生じている。
実態調査で、企業が高等学校における教育に望んでいる事柄の第一に、専門高校、普通高校に共通して、「意欲・態度、勤労観・職業観」の育成をあげているのは、上述のような生徒の職業観・勤労観の未成熟な状況の反映としてみることができる。
(3) フリーター志向
学校で進路指導を担当している教師から、近年、いわゆるフリーターを志向する生徒の増加が報告されている。その内実は様々であるが、高校卒業時に就職も進学もせずに、パート・アルバイト等、正規雇用ではない一時的・臨時的な就業を積極的に希望する生徒、外国留学を目指してその準備をする、あるいは音楽活動や演劇活動、芸能活動にあこがれてそれらを目指すなど、なんらかの将来への目標をもっている生徒、そして、これらに加えて無気力で、進路に全く希望を持っていない、あるいは学校の指導に乗らず、希望が把握できない生徒などに大別することができる。
確かに、高校卒業時に進学も就職もしなかった(できなかった)生徒(「無業者」)の卒業者に占める割合が、平成6年度以降、急速に高くなっていることが学校基本調査からも読みとれる。平成11年度(平成12年3月卒)には、それが卒業者に占める割合は10.0%にまで達している。「無業者」の中には、就職を希望しながら就職できなかった生徒、あるいは進学を希望しながら進学できなかった生徒で予備校等に通っていない生徒が含まれてはいるが、10.0%という数字は、これまでにない高い数値である。
この「無業者」あるいはフリーター志向の生徒の増加の原因としては、次のようなことが考えられる。
A モラトリアム
フリーター志向の生徒が増加していることの背景には、大人になりたくないというモラトリアム心理の若者への蔓延、いわゆるモラトリアム化があると指摘されている。
豊かな社会の中での高い進学率の下で、子どもたちは長期にわたる学校生活を過ごすわけであるが、この間、労働からは疎遠となり、多くはもっぱら消費者として今日の豊かな消費文化を享受している。そうした中で、モノを消費することによって豊かさを実感することはできるが、モノを労働の成果として捉えることは少なく、まるで泉に水がわくように得られるものと思い、その結果、子どもたちは、このような消費中心の特権的な地位をいつまでも楽しみたい、大人になりたくないという心理に陥ると考えられるのである。
B 一時的・臨時的雇用の増加
既述のように、サービス産業の成長や小売業の新しい業務形態の普及に伴って、一時的・臨時的な短期雇用が増加している。
外食産業、コンビニエンス・ストア、各種の量販店などでは、その従業員の多くを、高校生、大学生、主婦そして定職に就いていない若者のアルバイターやパートタイマーなどで充足している。近年の厳しい雇用状況の下でも、一時的・臨時的雇用は増加しており、このような働き口があることが新規学卒者のフリーター志向の要因の一つとなっていると考えられる。一般に、大都市圏において高校卒業時の無業者の割合が高くなっているのも、アルバイターやパートタイマーとしての働き場所が多く、また、在学中からアルバイト経験をもつ高校生が多いといった事情が関係していると考えられる。
C 保護者の養育態度
フリーター志向の高卒者の増加の大きな要因の一つとして、それを容認する保護者の養育態度をあげておかなければならない。実態調査でも、若者のフリーター志向を容認し、またはやむを得ないとしている保護者は7割を超えている。
少子化の下で、大人になりたくない子どもの増加とともに、子離れできない保護者が少なくないことが子育ての問題として指摘されている。このようなことから、社会に出て自立したがらない、できない若者が増加し、それを容認する保護者が増えているのではないかと考えられる。
また、こうした保護者の養育態度は、右肩上がりの経済成長の下で生まれた典型的な生き方のモデルの崩壊、それに伴う生き方に関わる価値観の多様化あるいは自信の喪失の反映として受け止めることもできる。
さらに、かつては学校を出て進学も就職もしないことは、「世間」「隣近所」の手前はばかられることであったが、都市化の進行、地域における人間関係の希薄化に伴って、子ども自身にも保護者にも、そのような歯止めが次第になくなっている。このことは、先に指摘した大都市部におけるフリーターの増加と無縁ではないであろう。
D 学校教育及び進路指導
フリーター志向の生徒の増加は、上述のような、また、これから述べるような様々な要因が複雑に絡み合いながら生徒の進路意識の形成に影響を及ぼした結果であるが、それはまた、学校での指導が生徒の進路意識の形成に大きな影響を及ぼすに至っていないことを示すものでもある。学校教育にあっては、このことを重く受け止め、指導・援助の在り方を厳しく見直すことが必要であろう。
今日、価値観の多様化・情報化の進展などを背景として、進路に関する価値観や情報は、良きにつけ悪しきにつけ、確実なものや不確実なものが混沌としている。このような爛熟した社会で生きる生徒に、多くの高等学校では、入学時から生き方や進路にかかわる指導、とりわけ職業観・勤労観の形成や就職に必要な知識・技能を身に付けさせるための指導が実質的に計画的・継続的に行われないままに「勉強しないと就職できない、進学できない」「遅刻、欠席が多いと就職できない」「卒業の見込みの立たない者には就職を紹介、斡旋しない」など、いわば、新規高卒者の就職が売り手市場であった「時代」に、生徒の安易な学校・学業生活への取組を戒めるために行われていた指導を繰り返すだけでは、将来への展望を開き、積極的に社会参加しようという意欲・態度を養うことは難しいといわなければならない。
(4) 厳しい就職状況が「無業者」の増加に及ぼした影響
学校基本調査における「無業者」の増加は、「バブル経済」がはじけた平成5年度以降に顕著となった現象であり、かつ、「無業」率が新規高卒者の就職決定率とほぼ反比例して推移している。
「無業」率は、平成4年度まで、毎年度、ほぼ5%前後で推移していたが、バブルがはじけ、就職内定の取り消しが問題となった平成5年度に6.4%となり、以後急激に上昇し平成11年度には10.0%に達している。一方、就職決定率は、平成4年度までほぼ97%〜98%で推移していたが、平成5年度以降急激に下降し、「無業」率が10.0%に達した平成11年度には、88.2%にまで下がっているのである。
また、文部科学省の調査によると、この間、就職未決定者は16,412人から32,111人にほぼ倍増し、このことが「無業」率を押し上げる要因の一つになっていることは間違いない。しかし、倍増したとはいえ、卒業者全体に占める就職未決定者の割合で見ると、0.9%〜2.4%の間に止まる推移であり、「無業」率の急上昇に、就職未決定者の増加が及ぼした影響は部分的であって、その原因のすべてを就職未決定者の増加に求めることができないことが分かる。
では、就職決定率が急下降し、就職未決定者が急増する年度に「無業」率が急上昇するということをどのように理解すればよいのか。考えなければならないことは、この間、学校でどのような状況が生じたか、そして、それが生徒の進路選択にどのような影響を及ぼしたかということである。
平成4年度には、約137万人あった求人数が、平成11年度は、約27万人に激減している。このような状況の下で学校で起こったことは、7月、8月に生徒に紹介する求人が十分にはない、生徒が希望する業種や職種、地元企業の求人がないという事態である。そのために、相当数の生徒が就職をあきらめ、よい就職先がないのであれば、アルバイトでもいい、パートでもやむを得ないとして就職希望を取り下げるという状況が起こったのである。従前なら、多少成績が振るわない、少々出欠状況が芳しくない生徒も就職は可能であったが、厳しい求人状況を前にして、これらの生徒の中には、早々に就職を希望しなくなってしまう者が少なくなかったと考えられる。この点について、「成績が悪いと就職できない」「遅刻、欠席が多いと就職できない」という学校の従前からの指導の影響も否定できないであろう。
いずれにしても、こうして就職をあきらめ就職希望を取り下げた生徒、就職が難しいのであればフリーターでもよいという生徒が、就職を希望しながら卒業まで就職が決まらなかった生徒以上に数多くいたことが、「無業者」の数を押し上げていると推測されるのである。言い換えれば、就職状況の厳しさが、生徒から将来展望を奪い、フリーター志向の生徒や「無業者」を生んでいるという実態が少なからずあるということである。
したがって、この問題の解決のためには、後述するように学校における職業観・勤労観の育成を図るなど、職業教育・指導の改善等が不可欠ではあるが、企業等にあっても、現在の就職状況の下で高校生が抱いている将来の生き方、進路に対する閉塞感に配慮し、新しい時代の担い手である若者を育てるという考え方に立って、雇用の拡大を図るとともに、インターンシップの受け入れに広く門戸を開くなど、学校の取組への積極的な協力が強く望まれるところである。
このことにかかわって、平成11年度の大学卒業者53万9千人の内、「進学」も「就職」もしなかった者、すなわち、「一時的な仕事に就いた者」「左記以外の者」「死亡・不詳」を合わせると、17万4千人で、その率は、32.4%に上り、学校卒業後におけるフリーター、「無業者」の増加が、高卒者だけの問題でないこと、新規学卒者全体、ひいては若者全体の問題であることを指摘しておきたい。
3 学校における就職指導の現状と課題
(1) 厳しい状況下での各学校等における取組
企業等からの求人数が就職を希望する生徒の数を下回ったり、生徒が希望する職種の求人がないといった厳しい状況の下で、多くの学校が求人の開拓、確保のために多大の努力を傾注している。
また、このような学校の取組を促し、支援するために、都道府県教育委員会においては、高校生の就職に関して、地域の経済団体への要請、教員の研修会や高校生の就職にかかわる関係者が一堂に会する研究協議会の開催などの支援策を講じてきた。
ハローワークにおいても、学校と連携した事業主訪問による求人開拓や教育委員会と連携した「就職面接会」の開催などの積極的な就職支援策を講じており、求人状況の改善に一定の成果をあげている。
(2) 就職に関わる指導の現状
就職に関わる指導に目を転じると、近年、専門高校を中心にインターンシップ等に取り組み、生徒の職業現場の理解や職業観・勤労観の形成や企業の高校生に対する理解を深める上で成果をあげている学校もあるが、生徒の入学時から計画的・継続的に指導を積み重ねるといった点については必ずしも十分とはいえない実態にある。
すなわち、就職にかかわる指導が、就職先の紹介・斡旋や差し迫った時期における履歴書の書き方、面接の仕方の指導にとどまっている場合が少なくなく、本来、就職にかかわる指導として必要な職業や勤労に対する興味・関心や理解を高めたり、その意義や役割を理解するための学習や体験活動、あるいは生徒が自己の適性を探索するための学習や体験活動を、指導計画を立てて系統的、発展的に指導している学校は必ずしも多くない。実態調査の結果をみても、「面接指導」「進路説明会」「就職指導のための学習指導」「進路選択の考え方や仕方の学習」「社会人としてのマナーの指導」といった、就職のための直接的な学習や指導は高い実施率を示しているが、これに比して、「自己の個性を理解する学習」「職業や職業生活を理解する学習」「職業や企業についての学習」「働く意義や目的を考える学習」「生活設計や進路計画を立てる学習」といった、ホームルーム活動等における計画的な取組が期待される学習活動の実施率は必ずしも高いとはいえない。また、学習活動との関連を図った計画的な実施が期待される体験活動については、「職場見学」「卒業生を招いての進路説明会」は比較的高い実施率となっているが、「企業の人事担当者などによる説明会」「就業体験」はそれほど高くない。
その原因として、新規高卒者の就職をめぐっては、長年の間、極端に求人数が求職者数を上回るといった状態が続き、生徒にとっては、いわば、選り取り見取の就職先の選択が可能であったことから、計画的、継続的な学習や体験活動の意義や必要性が十分には認識されず、その内容、方法について実践の蓄積も少ないことが考えられる。
また、高等学校においては、総じて、ホームルーム活動の学習や活動への計画的な取組が弱く、学校によっては、ホームルーム活動における学習等が成立しにくい状況もあると聞く。加えて、「就業体験」等の体験活動に多くの授業時間を充てることについて教師の共通理解を得ることが難しく、学校・学科、学年単位で実施することなどについて、教員全体の協力が得られにくいといった状況も指摘されている。特に、普通科では、就職希望者を対象とした類型やクラスを編成したり、職業に関する専門教科・科目を設置し、就職に当たって必要な職業の知識や技能を学習できるようにしている学校もあるが、概して、就職を希望する生徒に対応した教育課程編成上の工夫に乏しく、また、就業体験の実施をはじめとする指導・援助が十分とはいえない状況にある。
さらに、高等学校における就職の指導は、進路指導主事の経験に頼った指導、進路指導部まかせの指導になっていたりする一方で、就職にかかわる指導の経験が十分でなく、今日の就職をめぐる環境の変化や事業所・職場の実情を十分知らないホームルーム担任の教師まかせの指導になっていたりすることもある。総じて、産業や企業の現状、企業の雇用や採用の動向、そして卒業生が就職後、どのような職業現場で、どのように働いているかなどについて、教師の理解が十分ではない、あるいは、教師は生徒が就職した企業や働く現場に足を運び、その実情を知る必要があるとの厳しい指摘もある。また、生徒の進路決定に大きな影響力を持つ保護者との連携については、保護者説明会や三者面談などが実施されているものの、必ずしも十分機能しているとは言えず、特に、互いに協力して目的意識や職業意識を育んでいこうとする取組や近年の産業構造、就業構造の変化等に伴う高校生の就職を取り巻く環境の変化に関する情報の提供などは、あまり行われていない状況が見られる。
(3) 新規高卒者の就職にかかわる慣行等とその問題点
新規高卒者の就職については、数十万の求職とこれを大幅に上回る求人とを短期間で円滑に結びつける上で、また、可能な限り多くの生徒に均しく希望する事業所や職種に応募することができるようにする上で、一定の役割を果たしてきた学校と企業の間における慣行が存在する。
そのような慣行は、求人数が求職者数を大幅に上回っている状況の下では有効に機能してきたが、今日のように新規高卒者の就職が厳しくなっている中で様々な課題を生じているとの指摘がある。
A 校内選考
多くの学校では、生徒の能力・適性に応じた就職先を紹介・斡旋するため、また、一部の企業に生徒の応募が偏り、求人数を上回る生徒の応募がある場合などに応募を調整するなどのために、進路指導担当者やホームルーム担任の教師などから構成される会議が組織され、校内選考が行われている。
校内選考の本来の趣旨は、上記のとおりであるが、長年実施される中でその性格が変わり、ややもすれば、各求人企業に合格可能な生徒を選考するために行われるようになったり、学業成績に偏りがちな選考になっていたりする。
このような選考の在り方に対し、生徒を採用する企業の側からは、求める人材の選考方法としてふさわしくない、企業の選考基準と合致していないなどの問題点が指摘されている。
B 指定校制
求人を行う際、特定の学校を指定し、その学校の生徒だけに自社への応募を認めている企業も少なくない。各学校は、生徒の就職を通じての長年のつき合いなどを通して、企業の指定校になることによって、安定的な求人及び採用を確保してきた。その意味では、指定校制は、新規高卒者の就職において有効に機能してきたといえる。
指定校制は、もともと伝統ある専門高校とそうでない学校との間に求人数等に格差を生じさせるという側面を持っていたが、求人数が求職者数を大幅に上回るような状況の下では、この制度のそうしたマイナス面は課題として顕在化しなかった。
しかし、今日の厳しい状況の下では、地域によっては、求人が激減する中で伝統ある専門高校には一定の求人が確保される一方、普通科や伝統の浅い専門高校では求人が少なく応募ができないといった状況が見られ、また、指定校であっても採用されるとは限らず、この制度が実質的な意味を失っているとの指摘もある。
C 一人一社制
企業が自社への応募に際して単願を求め、学校側としても応募の推薦を制限し、一人の生徒が応募できる企業を一社として、当該企業の内定が得られなかった場合などに他の企業に応募できるとする一人一社制は、これまでできるだけ多くの生徒に応募の機会を与える上で、また、大量の求人と求職とを短期間で円滑に結びつける仕組みとして、機能してきたといえる。
しかし、求人が激減している中で、求人数が求職者数を下回ったり、二社目の応募先がないといった状況の学校にあっては、一人一社制は、できるだけ多くの生徒に応募の機会を与えるという点では、その機能を果たしてはいるものの、その一方で、応募する機会さえない生徒、一度応募しただけで、二社目の応募ができない生徒を生むなどの課題が生じている。
新規高卒者の就職にかかわる長年にわたる慣行は、学校が自校を指定校としている企業のうち一社だけに、校内で選考した生徒を紹介、斡旋するといった具合に、校内選考、指定校制及び一人一社制が相互に分かち難く結びついて機能している。また、こうした中で、生徒は、応募する以外の企業・職場を十分知らないままに一社に応募し、内定すれば必ず当該企業に就職することになる。
慣行に基づいたこのような就職指導の在り方、生徒の就職の仕方が、生徒自らの意志と責任で職種や就職先を選択する意欲や態度、能力の形成を妨げる一因となっており、そのことが早期の離職等の問題につながっているのではないかという指摘もなされているのである。
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