時代の変化に対応した今後の幼稚園教育の在り方についてー最終報告ー

平成9年11月
 

 

 はじめに
  平成8年8月に発足した教育課程審議会では、第15期中央教育審議会の答申を踏まえ、完全学校週5日制の下で、ゆとりのある教育活動を展開し、子どもたちに「生きる力」を育成するための教育内容の在り方について審議が行われている。本協力者会議では、同年9月以降、教育課程審議会における審議と連携を図りながら、時代の変化に対応した今後の幼稚園教育の在り方について、教育内容及び幼稚園運営や教育環境などいろいろな面にわたり基礎的な調査研究を進め、平成9年6月には、教育内容の改善に関する事項及び早急な取組が期待される幼稚園運営の弾力化に関する事項について研究の成果を取りまとめ中間報告を行った。
  さらに、教師の資質・能力の向上方策、指導方法等主に教育内容の改善に関連する事項について調査研究を続けてきたが、その成果を加えて全体を取りまとめ最終報告を行うこととした。

I  幼稚園教育をめぐる現状
1  これまでの経緯
  現行の幼稚園教育要領は、平成元年3月に改訂され、翌2年4月から施行されたが、4半世紀ぶりの改訂であり、その間の時代の変化や一部には本来の幼稚園教育の在り方からみて適切とはいえない教育が行われているなど幼稚園教育への理解が不十分な状況がみられたことを踏まえ全面的改訂となった。
  改訂に際しては、それまで幼稚園教育の基本的概念が明確に示されていなかったことから、幼稚園教育の基本として「幼稚園教育は環境を通して行うものである」ことを明示し、「幼児の主体的な活動を促し、幼児期にふさわしい生活が展開されるようにすること」、「遊びを通しての指導を中心としてねらいが総合的に達成されるようにすること」、「幼児一人一人の特性に応じ発達の課題に即した指導を行うようにすること」を重視する事項として示した。教育内容については、幼児に指導することが望ましい事項を「ねらい」のみで示していたことを改め、幼稚園修了までに幼児に育つことが期待される心情、意欲、態度などを「ねらい」として示し、その「ねらい」を達成するために幼児が経験し教師が指導する事項を「内容」として示した。また領域については幼児の発達の側面から、「健康」、「人間関係」、「環境」、「言葉」、「表現」という5つの領域にまとめた。
  このように、現行の幼稚園教育要領では、幼稚園教育の基本と教育内容が整理して示され、幼稚園教育の骨格がはっきりと示されることとなった。
  幼稚園教育要領が改訂されて8年目に当たり、この間、おおむね幼稚園教育要領への理解が深まり、その趣旨を踏まえた教育の実現に向けた着実な実践が積み重ねられてきているといえるが、個々の取組においては、未だ環境の構成や教師の役割などについて共通理解が不十分な点や大きな差異が見られる状況があり、現行幼稚園教育要領の趣旨をよりよく実現していくための改善が求められている。また、改訂後の幼児を取り巻く環境の変化や社会のニーズの多様化に対応し、21世紀を主体 的に生きることができる人間を育成する観点からの改善が求められている。

2  幼児を取り巻く環境の変化
(社会状況の変化)
  近年の都市化、核家族化、少子化、情報化の進行といった社会状況の変化は、幼児を取り巻く直接的な環境である家庭や親の意識、あるいは地域社会にも影響を及ぼし、それが幼児の生活にも大きな影響を与えている。特に今日、少子化、情報化の進行は著しく、今の幼児は既に少子時代、情報時代の中に生きているということができる。
  子どもの数が少なくなり、親の期待が一人の子どもに集中することとなるため、過干渉や過保護の傾向が増大し、生活からゆとりが失われ、さらには兄弟姉妹や地域社会における同年代の子どもや高齢者との触れ合いの減少とも相まって人間関係の希薄化を招いている。「公園デビュー」という言葉にも象徴されるように地域社会のコミュニティー意識の衰退の中で親子とも地域の中での孤立化が進み、同年代の子どもと戸外で遊ぶことにも大きな困難が伴う状況になってきている。また、今の幼児は情報化の進行の中でビデオやテレビゲームなど専ら間接情報を提供する様々な機器に取り囲まれて生活している。
  こうした状況の中で、幼児が室内での一人遊びに追いやられる傾向が増大し、戸外で自然と触れ合い思いっきり遊ぶ姿が減ってきており、これまで子ども集団の中で伝えられてきた遊びが成立しにくく、いわゆる「遊びの喪失」が問題となってきている。
  さらに、都市化や核家族化の進行と女性の社会参加の機会の拡大や就労形態の多様化などの進行は、保育ニーズの多様化を生み出し、子育て支援の必要性を増加させている。
(家庭や地域の教育力の低下)
  このような社会状況の変化の中で、最近の家庭教育の変化に着目してみると、主に次のような家庭の教育力の低下といえる状況が指摘される。第1には、子育ての大切さや喜びを実感できず、子育てを他者に依存しようとする傾向が出てきていることである。第2には、家庭教育の重要性は認識していても、子どもにどう対応したらよいかわからず、マスメディアの情報に頼って、自分の中に閉じこもり、育児に強い不安感を抱き、「育児ノイローゼ」に陥る親が増えていることである。第3には、家庭教育には熱心だが、必ずしもその方向が適切とは言えないいわゆる早期教育に向かう傾向がみられることである。
  また、地域の教育力という観点からみると、地域において子どもが自由に遊べる身近な自然や広場が少なくなるとともに、近隣同士のかかわりが薄れ、地域社会の連帯感が希薄化し、かつてのような地域が子育てを支えていくという側面がかなり薄れてきている状況がある。

3  幼児の発達の状況
  このような幼児を取り巻く環境の変化が幼児の発達に影響を及ぼしている。仮名文字の読みなどの記号の操作や情報機器の操作などについての知識や力が従来より早期に獲得され、絵本やテレビ等の情報メディアとの接触なども早期に行われるようになっており、その結果、世の中についての知識も増えている。その一方で、それらは間接的な情報に基づいたものであり、断片的で受身的なものであることが多い。幼児期の体験がテレビやテレビゲームなどの情報機器に偏ってきているため、現実のもの・人と諸感覚を通してかかわる機会が乏しくなってきている。さらに、大人に囲まれてすべてを助けてもらうことが多く、生活の上で自立して活動する機会も少なくなってきており、幼児の発達にとって最も重要な自我を形成する機会が減少してきている。
  このような幼児の発達の状況については、各種の調査からも明らかにされているところであり、i)体格はよくなっているが、体力面が低下し、疲れやすい、ii)間接情報は豊かに得ているが、直接的、具体的な体験に乏しいため実物の感覚がもてない、iii)自分から進んで環境にかかわることを楽しんだり、自分自身の力で物事を発見したりする力が伸びていない、iv)依頼心が強く、自分の力で、また友達と協力して物事に取り組む力が弱い、v)人とのかかわりの中で自己を表出し、自我の形成を図っていくことが十分でない、vi)基本的な生活習慣の形成が十分でない、などの傾向がみられることが指摘されている。

II  幼稚園教育の役割
(幼稚園、家庭、地域社会)
  幼児期の育ちは、生涯にわたる人間としての健全な発達や社会の変化に主体的に対応し得る能力を培う上で基礎となるものであり、生涯学習の基礎を培う観点からも最も重要な役割を果たしている。幼児期の育ちを支えるために重要な役割を果たすものは、幼児が多くの時間を過ごし、親しい人間関係を築く場としての家庭と幼稚園であり、さらに豊かな成長の機会を提供する地域社会である。家庭は愛情としつけを通して幼児の成長の最も基礎となる心の基盤を形成する場であり、幼稚園は、家庭での成長を受けて、家庭の外の広い世界に幼児を導き、幼児の自立に向けた基盤を育成する場である。また、地域社会は、様々な人々との交流の機会を通して豊かな体験が得られる場である。
(幼児期の発達の特性と生きる力)
  幼稚園教育の役割を考えるに当たり、まず、幼児期の発達の特性がおさえられなければならない。幼児期は、大人への依存を基盤として自立に向かう時期であり、その過程で、幼児は生活や遊びの中で具体的な体験を通して世の中で生きるための最も基本となることを獲得していく。特に、第1に、同年代の仲間との遊びを楽しむようになる。第2に、自らの感情をコントロールし、喜怒哀楽を十分経験しながら、適切な表出を行うようになる。第3に、自分がやりたいと思うことに自信を持って挑戦するようになる。第4に、世界を構成する基本となるカテゴリー(例、もの・生き物・人・心など)について概念を構成する。第5に、日常出会う場面で将来の善悪の判断の基礎となるやってよいことと悪いことの基本的な区別をするようになる。幼児期には、以上のような発達の特性があり、幼稚園においては、このような点を踏まえて適切な教育が行われなければならない。
  このために、幼稚園では幼児の主体的な遊びを十分に確保することが何よりも必要である。遊びにおいて幼児の主体的な力が発揮され、生きる力の基礎とも言うべき生きる喜びを味うことが大切だからである。幼児は遊びの中で能動的に対象にかわり、自己を表出する。そこから、外の世界に対する好奇心が育まれ、探索し、知識を蓄えるための基礎が形成される。また、ものや人とのかかわりにおける自己表出を通して自我を形成するとともに、自分を取り巻く社会への感覚を養う。こういったことが幼稚園教育の広い意味での役割ということができる。
  幼稚園での教育はその後の学校教育全体の基盤を養う役割も担っている。基盤とは幼児期においての成長の課題として、以上に述べたことを確実に伸ばすことであり、小学校以降の子どもの発達を見通した上で、幼児期に育てるべきことをしっかり育てることである。そのことが小学校以降の学習においても重要な自ら学ぶ意欲や自ら考える力を養うことにつながる。
(幼児教育のセンター的役割)
  幼児期の教育は、大きくは家庭と幼稚園から成っており、両者が連携し、連動して一人一人の育ちを促すことが大切であるが、幼稚園と家庭の環境と人間関係の在り方に応じて、それぞれの果たすべき役割は異なっている。家庭は、健全な愛情関係の下で、衣食住を中心とした基本的な生活の在り方を習得させることが本来の姿である。幼稚園では、これらを基盤にしながら家庭では体験できない社会・文化・自然等に触れ、教師が寄り添い、支えながら、幼児の能動的なかかわりを通して、世界の豊かさに出会う場なのである。そこに幼稚園独自の働きがあり、教育内容を重点化するに当たっての視点がある。
  幼稚園は、幼児が環境を探索し、さらに大きな世界に踏み出していく第一歩であり、幼児が地域社会とのかかわりを持てるように援助することも大事な使命である。また、地域社会の人々が幼児の成長に関心を抱くことにより、家庭と幼稚園以外の場が幼児の成長に関与することとなり、幼児の成長の機会を増やすことにつながる。さらに、幼稚園が家庭と協力して教育を進めることにより、親が家庭教育とは異なる視点からの幼児へのかかわりを幼稚園において見ることにより、視野を広げるようになるなど親の方の変容も期待できる。このようなことを核として、幼稚園は幼児教育のセンター的役割を家庭や地域との関係において果たすことが期待される。

III  幼稚園の教育内容の改善
1  教育内容の改善の基本的視点
  幼稚園の教育内容の改善のための基本的視点としては、次の諸点に整理することができ、今後、共通理解を図ることが必要である。

(1) 幼稚園教育の基本となる考え方を引き続き充実発展させていくこと
  I の1で述べたとおり、幼児の自発的な活動としての遊びを中心とした生活を通して、一人一人の発達の特性に応じた総合的な指導が行われることを重視した現行の幼稚園教育要領の基本的考え方は、自ら学び、自ら考える能力や豊かな人間性などの「生きる力」の育成につながるものであり、引き続き充実発展させていくべきものである。

(2) 幼児の主体的活動が確保されるよう環境を構成していくこと
(幼児の主体的活動と環境の構成)
  環境を通して行う教育とは、端的に言えば、幼児が自ら意欲をもって環境とかかわることによりつくり出される具体的な活動を通して、幼児の望ましい発達を促すことである。そのためには、幼児が自分を取り巻く環境に自らの動機、意欲をもって取り組むという幼児の主体的活動が十分に確保されていることが最も重要である。このような幼児の主体的な環境へのかかわりは、幼児の周りに幼児が興味や関心をもってかかわり、発達に必要な経験が得られるような適切な環境が構成されていることにより促される。すなわち、幼児の主体性を大切にするということは、幼児をめぐる環境や幼児の活動をそのまま放置することではなく、教師が幼児の視点に立ち、幼児一人一人の行動の理解と予測に基づき計画的に環境を構成していくことでなければならない。
幼児は主体的な遊びにおいて人とのかかわりとものとのかかわりの両面を通して発達していくものであり、環境の構成に当たってはその両面について十分な配慮が必要である。しかしながら、教師には人とのかかわりへの意識に比べて、ものとのかかわりを通して幼児がいろいろなことを学ぶということに対する意識が十分ではない傾向がみられる。例えば、幼児はものを使って遊ぶ時にそのものの性質に従わなければ遊べないことがあることを学び、そこから自己を抑えなければならないことがあることなどを学んでいくものであり、このようにじっくりものとかかわるということが大切にされなければならない。
(教育内容の精選と環境の構成)
  幼児の活動が多様に展開されるものであることは言うまでもないが、幼児の主体的な活動としての遊びを充実していくためには、幼児が興味をもったものに目を輝かせて、我を忘れて真剣に取り組むような活動を中心に据えて様々な体験を広げていくことが大切である。幼児がこのような活動にじっくり取り組めるようなゆとりを生み出すために、幼児の活動が精選されるような環境の構成や指導の在り方の基本を示すことが必要である。

(3) 教師の役割の基本を明らかにすること
(環境としての教師の役割)
  幼児の主体的活動としての遊びを中心とした教育の実践を進めるためには、教師が遊びにどうかかわるのか、教師の役割の基本が理解されていなければならない。現行の幼稚園教育要領では、この点について十分に述べられておらず、教師&の間で共通理解ができていない面があり、一部には、自由に遊ぶのに任せていればいいといった誤解を招いている面もある。したがって、よりよい実践が図られるよう、教師の役割についての基本的な考え方を明らかにすることが必要である。教師には、幼児との信頼関係を十分に築き、幼児とともによりよい教育環境を創造していくことが求められているが、そのための教師の役割としては、物的・空間的環境を構成する役割とその環境の下で教師自身が幼児とどうかかわっていくかという2つの基本的な役割がある。
  前者の役割では、前述の環境を構成していく視点を踏まえ、特にものとのかかわりが重要であるとの認識をもってものの質や量をどう選択し、空間にどう設定するかを考えて環境を構成していくことが重要である。
(幼児とかかわる教師の動き)
  後者の役割としては、次のような役割が考えられるが、実際の教師のかかわりの場面ではこれらの役割が相互に関連している。第1は、幼児の精神的安定の拠り所としての役割である。教師の笑顔や存在そのものが幼児の居場所づくりに役立ち、心の安定をもたらすのである。第2に、憧れを形成するモデルとしての役割である。教師がある遊びに集中して取り組んでいる姿を示し、その姿を見る幼児が憧れをもち、惹き付けられるように行動することにより、幼児が遊びに取り組むことができるようになるのである。第3に、幼児との共同作業者、幼児と共鳴する者としての役割である。幼児の活動が停滞している時に、教師が幼児と一緒に同じリズムで同じ動きをすること、すなわち幼児の動きに共鳴することにより、活動の活性化が図られる。第4に、幼児の理解者としての役割である。教師は幼児一人一人のこれまでの生活や遊びの歴史を重ね合わせ、自分の学級の幼児がどこでだれと何をしているかを視野に入れ、どの幼児に援助が必要か見極めることである。第5に、幼児の遊びの援助者としての役割である。幼児が遊びのどこに魅力を感じ、どこに困難を感じているかを読み取り、できるだけ幼児が自分で困難を乗り越えようとする気持ちを大切にし、援助のタイミングを考えなければならない。
  このような幼児とかかわる教師の動きと物的環境の働きは相互的であり、こうした環境の中で、様々な状況をつくり出すことによって幼児の主体的行動が形成されていくのである。

2  教育内容の改善に当たり重点とすべき事項
  教育内容の改善に当たっては、幼児を取り巻く環境等の変化を踏まえ、今後の社会の変化に対応し得る能力を育成するため、豊かな生活体験を通して自我の形成を図り、生きる力の基礎を培うことが重要である。こうした観点から、特に次の諸点について明らかにする必要がある。

(1) 心身の健康を培う活動を積極的に取り入れること
(健康な心と体の育成)
  I の3で述べたとおり、最近の幼児には体力の低下がみられるとともに、夜遅くまで起きているなど生活のリズムが乱れがちで、幼児らしい生活ができていない状況もみられる。特に、食生活を中心とする生活のリズムの変化や戸外遊びの減少などが幼児の健康に及ぼす影響が懸念されており、幼稚園が家庭と連携して、健康な生活リズムをつくりだし、安全な環境の下、戸外で思いっきり体を動かして遊ぶ活動を積極的に取り入れ、健康な心と体を育てていくことが最も重要である。
  その際、幼児期は、自然の中でのびのびと体を動かして遊ぶことにより、身体諸機能の発達が促されていくことに留意し、幼児の興味・関心が戸外にも向くようにすることが重要である。また、幼児の動線に配慮した園庭や遊具の配置などの環境の工夫により、幼児が全身を使って遊びながら、心と体の健康が調和的に促されるようにするとともに、しなやかな体の動きが身に付くなど幼児期の身体発達にふさわしい活動ができるようにすることも大切である。
  現在の子どもたちの心の問題として懸念されているいじめ、不登校、思春期の問題行動などの背景には、家庭、地域社会、学校など様々な要因が複雑に絡みあっているものと考えられるが、幼児期に友達と十分に遊ぶことによって自己の存在感や充実感を味わい、さらに悩みや葛藤の経験を通して友達の存在に気付くといった自我の形成にかかわる体験の不足がその要因の一つと言われている。また、親の幼稚園への期待でも、幼児の心の持ち方についての指導や友達と仲良くなれることへの期待が大きく、こうした面を今後一層重視していくことが必要である。
  そのためには、幼児が教師に支えられながら生活の中で様々な人とかかわり、自己を発揮し、充実感を味わいながらも時には葛藤や挫折も体験し、それらを乗り越えていくことが重要であり、そうした体験を通して、幼児は、人に対する信頼感や愛情をもち、相手に対する思いやりの気持ちが芽生え、人とかかわる力が育まれていく。
(道徳性の芽生え)
  幼稚園は、家庭を離れて同年代の幼児と継続的に集団生活を行う最初の場である。愛情ある教師に見守られ、温かな雰囲気の中で集団生活に慣れ、のびのびと生活する中で、幼児が豊かな心を育むとともに、幼稚園の生活のリズムに慣れるようにし、社会生活上のルールや道徳性を生活の中で必要に応じて身に付けていけるように援助することも重要である。
  特に幼児期の課題である良好な人間関係を形成するためには、安全にかかわることなど人としてしてはいけないことや相手の心を傷つけるなど言ってはいけないことに気づかせ、さらに友達と楽しく生活する中できまりがあることを理解させることが大切である。幼児の発達の実情に応じて、何が良くて何が悪いかを考えさせながら、好きなことだけではなく幼児の成長に必要な内容を経験させていくことが、望ましい人間形成へとつながっていくのであり、そのために教師は幼児との信頼関係の中で、指導を工夫していくことが必要となる。
  そのような指導を進める上で、幼児が安心して過ごすことができる場となり、幼児が楽しみを見いだせるような園生活にすることが大切である。幼児一人一人を大切にし、多くの友達と触れ合う機会を提供し、幼児が互いに必要な存在であることを認識することのできる教育を展開することが大切である。
幼少の時期であっても、例えば、ものを壊したり相手を泣かしたりすると顔色を変える、また泣いている子を慰めようとするなど、道徳性の芽生えは存在し、幼児は他者と様々な相互作用を行うことを通して、その道徳性の芽生えをより適切なものとしていく。特に、この時期は大人の諾否により、受け入れられる行動と望ましくない行動を理解していくので、幼稚園のみならず家庭においても、日常生活を通じ教師や親がよい手本を示すと同時に、できるだけ実際の場面で何をなすべきか幼児にも理解できるようその理由を示し具体的に考えさせ、家庭とともに心の教育の在り方を考えることが必要である。
  さらに、日常生活の中で、人の役に立つことの喜びを味わえるような体験を積み重ねながら、ボランティア精神の芽となるような温かい心を涵養していくことやみんなで協力して楽しい集団生活を送る上で必要なことができるように援助していくことも大切である。
  なお、動植物に親しむことなどを通して生命の尊さに気付き、いたわりの気持ちをもったり、絵本や物語などに接することを通してその世界に入り込み、心を豊かに通わせる体験を十分にもつなど幼児の豊かな心を育てていくことも大切である。
幼児期からの心の教育については、現在、中央教育審議会おいて審議が進められており、その答申を踏まえ、更に検討する必要がある。

(2) 自然体験、社会体験などの直接的、具体的生活体験を重視すること
(直接的・具体的な生活体験)
  I の3で述べた通り、最近の幼児は、情報化社会の中で多くの間接情報を与えられてはいるが、自然と触れ合って遊んだり、高齢者をはじめ幅広い世代と交流するなどの直接的、具体的な体験が不足している。家庭でこうした体験を確保することは困難になってきており、幼稚園で積極的に幼児の心を揺り動かすような豊かな生活体験の機会を設けることが必要となってきている。その際、時には幼児がまわりの大人の手を借りずに、自分たちの力で何かをやり遂げ、充実感を味わうような体験が得られるよう配慮することも大切である。
  特に幼児期において自然のもつ意味は、非常に大きいものがある。自然の偉大さ、美しさ、不思議さなどに直接触れる体験を通して、幼児は心が安らぎ、豊かな感情、好奇心、思考力、表現力等の基礎が培われる。
  このような自然の中で幼児が豊かな生活を体験できることが大切であり、家庭との連携を図りながら、幼児が地域の自然にじっくり触れる機会を生み出すために、少年自然の家などの施設や自然公園を利用した活動なども積極的に取り入れていくことが必要である。
  こうした園外での活動を充実させるとともに、園庭に花壇や畑を設けたり、生き物の成長をともに体験するなど、身近に自然を体験する機会が幼稚園の生活の中に豊富に用意されていることも必要である。このため、自然の地形や樹木、生き物など園内外の自然環境等を積極的に生かした空間を作り出し、ゆったりした時間の流れの中で幼児が自らの興味・関心に沿った遊びを十分に楽しめ、自然事象に気付き、自然と語り合いながら自己を表出することのできる環境を構成していくことが大切である。
(高齢者等との触れ合い)
  また、地域の環境を生かして幼児の生活を豊かなものにするため、日常の保育の中で地域の人々との触れ合いの体験、地域の文化・行事に触れる体験、また障害のある幼児との交流の機会を積極的に取り入れることも必要である。とりわけ高齢社会を生きていく幼児にとって、高齢者と実際に交流し、触れ合う体験をもつことは重要である。このため、地域の高齢者を幼稚園に招き、運動会や生活発表会を一緒に楽しんだり、昔の遊びを教えてもらったり、昔話や高齢者の豊かな体験に基づく話を聞いたりするとともに、高齢者福祉施設を訪問して交流するなど高齢者と触れ合う活動を工夫していくことが大切である。

(3) 幼児期にふさわしい知的発達を促す教育の在り方を明確に示すこと
(知的発達を促す教育)
  幼児教育をめぐる現状をみると、受験などを念頭においたいわゆる早期教育に関する情報が氾濫する中で親の戸惑いは大きく、各幼稚園の知的発達を促す教育に対する理解と取組もまちまちである。こうした状況を踏まえ、幼児期にふさわしい知的発達を促す教育の基本的考え方を示し、そうした早期教育との違いを明確にすることが必要である。
  受験などを念頭におき、専ら文字や数量などの知識を獲得することを先取りするような早期教育は、将来にわたり幼児の知的発達を促すことにはつながらず、むしろ調和のとれた発達を阻害するとの懸念を抱かざるを得ない。本当の意味での知的発達を促す教育とは、将来にわたり学ぶ力の源泉となり、生涯学習の基礎を形成していくものであり、それは目先の結果のみを問題にしている早期教育とは本質的に異なるものである。
  幼児期の知的発達は遊びの中での直接的・具体的な体験を通して実現されていく。幼児は遊びを通して周囲の環境や友達と直接かかわり、見たり、触れたり、感じたりすることにより、周囲の世界に好奇心や探求心を抱くようになり、ものの特性や操作の仕方、世の中の仕組みや人々の役割などに関心をもち、物事の法則性に気付き、自分なりに考えることができるようになる。また、生き物に対する接し方や生命の尊さなどを学び、周囲の環境や生き物に対する豊かな感性や思いやりも具体的に身に付けていく。さらには、そこで感じたことや考えたことを言葉や動きや記号などを用いて表現し、相互に伝え合うことを通して、文字や数量に対する感覚やその記号的意味に気付き、自分たちの遊びを充実させていく。
(文字や数量に関する指導)
  幼稚園における文字や数量に関する指導は、こうした本来の意味での知的発達を促す教育の中に位置付けられるものである。いわゆるドリル学習のような文字や数量の知識の獲得を中心として一斉にあるいは画一的に指導したり、それを他の幼児と比較して評価したりすることを意味するものではないことはいうまでもない。そこでの教師の役割は、幼児が文字や数量に十分に触れられるような環境を作り出すことと幼児がそうした環境にかかわり記号としての言葉や文字を用いて十分に表現したり伝えたりできるように一人一人の幼児に応じて援助していくことである。その際、教師が幼稚園の生活環境の中に文字や数量にかかわる体験が豊かにあることを認識し、その機会を生かすことが求められる。こうした幼稚園における具体的な場面に応じた個別の指導を基盤にして、小学校において文字や数量に関する指導が適切に行われるべきことを、幼稚園関係者だけでなく、親や小学校関係者にも理解されることが必要である。
(人間関係における体験的学び)
  以上述べてきたとおり、遊びを通して周囲の環境に触れ、知性や感性をともに働かせ、その意味と仕組みについて考え、それを周囲の人々と共有していく過程そのものが幼児期における知的発達を促す教育であり、小学校以降の教育で求めている自ら学び、自ら考える生きる力の基礎を形成していくことになるのである。
  将来にわたる発達の基礎となるこうした幼児期の「学び」は、人間関係の基礎づくりという側面においてもみられる。幼児は友達と遊ぶ中で、ものや友達をめぐるトラブルや主張や考えの違いをめぐる対立など様々な葛藤場面に直面する。
こうした場面で、自分の思いを表現することや、感情をコントロールすること、相手の気持ちを思いやることなどの大切さを具体的に学んでいく。また、仲間と一緒に共同の活動に取り組むことにより、それぞれが持てる力を発揮することのすばらしさや協力することの大切さなどを体験的に学んでいく。このように幼児期における遊びには、様々な人間関係の調整の仕方とその意味についての体験的な「学び」があるということが改めて認識されなければならない。

(4) 自我が芽生え、自己を抑制しようとする気持ちが生まれる幼児期の発達の特性に応じたきめ細かな対応を図ること
(自我の発達と幼児期の発達の特性)
  幼児期は、子どもたちが生涯にわたり自分らしく生きていくための基礎を培う大事な時期である。幼児期において自我が発達していく過程は、自我が芽生える時期と他者の存在を意識できるようになる時期に大きく分かれる。前者の時期ではまだ自己を表出することが中心の生活であるが、後者の時期になると他者を意識して思いやったり自己を抑制しようとする気持ちが生まれるようになる。幼稚園教育では、自我の発達の基礎が形成されるという幼児期のこうした発達の特性を考慮してきめ細かな指導を行うことが求められているが、現行の幼稚園教育要領ではその具体的な手がかりが明示されていない。このため、幼児期のこうした発達の特性に応じた具体的な手がかりを配慮事項として示すことが必要である。
  その際、幼児期の発達の特性を具体的に捉える視点を示すことも必要であり、またその中で個々の幼児の発達の状況に応じて個別に配慮すべき事項を示すことも必要である。
(3歳児保育に対する配慮)
  特に、近年就園率が大きく伸びている3歳児については、自我の芽生え始める時期であり、家庭での経験の差や個人差が大きい時期でもあるという発達の特性を踏まえ、一人一人に応じたきめ細かな対応が求められている。さらに3歳児の生活リズムや安全面に配慮した環境にすることや3歳、4歳、5歳の3年間の生活を見通したカリキュラムを作成することなど各々の幼稚園で一層きめ細かな対応が図られるよう配慮事項を示すことが必要である。

(5) 集団とのかかわりの中で幼児の自己実現を図ること
(集団生活の場としての幼稚園)
  幼稚園の生活の大きな特徴は、同年代の幼児との集団生活を営む場であることである。幼児は多数の同年代の幼児とかかわりながら多様な体験を積み重ね、主体性や社会的態度を身に付けていくものである。特に、家庭や地域社会で同年代の幼児と遊ぶ機会が減少している今の幼児にとって、集団生活の場としての幼稚園の意義は大きいものがある。
  このような集団生活の中で、幼児の行う活動は、個人での活動、幼児の興味関心で結ばれたグループでの活動、学級全体での活動など多様に展開されるものであり、それぞれの活動が幼稚園の生活の中で十分に展開されることが必要である。特に幼稚園教育においては一人一人に応じるということが大切にされているが、このことは、必ずしも個人の活動のみを重視するということではなく、グループや学級全体などいずれの活動においても一人一人が生かされることが必要だということを意味しているのである。そのためには、集団が一人一人の幼児にとって安心して自己を発揮できる場になっていなければならず、教師と幼児、さらに幼児同士の心のつながりのある温かい集団とならなければならない。お互いの信頼感で結ばれた温かい集団は、画一的な指導から生まれるものではなく、一人一人を生かした援助が何よりも重要である。一人一人を生かすということは、幼児同士の理解を深め、お互いを認め合い、相手の気持ちを知ることにつながるからである。
  なお、幼児の活動は安定してものとかかわれる場所に集まり、同じ場所で遊ぶ楽しさを知ることから始まり、次第に同じ目的をもつなど共通性に気付いて新たなかかわりが生まれ、その結果集団が形成される。このようにして形成されたいくつかの集団が、同じ空間を共有し、相互に交流を深めることにより、さらに集団としての活動が発展していくことが多い。したがって、それぞれの時期にふさわしい生活が展開されるよう人、もの、空間の配置など環境の構成を考慮することが大切である。
(幼児一人一人を生かす集団の形成)
  幼児は様々な集団における活動を通していろいろなものを学んでいく。幼児の主体的活動は、友達との相互交渉で磨かれ、豊かになるものである。その中からお互いが必要な存在であることを十分に認識することにより人とかかわる力も育成される。また、友達と一緒にものづくりや後片づけなどの共同作業に主体的に取り組み、何かをやり遂げる過程を通して、それが自分たちの活動だという意識が芽生えてくる。そして、みんなで協力してやり遂げようとする中で、自分たちが選んだ活動だから責任をもとうとする気持ちや自分のやりたいことを時には我慢するといったことを学んでいく。
  このようなことを通して幼児は集団の中で自己実現ができるようになっていくものであり、そのためには幼児が主体的にこうした活動にかかわれるような環境を幼稚園の生活の中で十分確保することが重要であり、教師の適切な援助が必要である。

3  小学校との連携
(小学校以降の学習の基盤)
  幼稚園においては、小学校以降の学習の基盤の育成を図り、幼稚園から小学校への接続を円滑にすることが大切である。小学校以降の学習の基盤は、幼児期の発達にとって重要なことがらを経験することにより育成されるものであるが、その中でも、特に問題を解決することや豊かな感性を育成するといった生きる力を育む観点が重要である。自らの世界と他者の世界がぶつかり合って、共有されることで、幼児はより広い世界に導かれる。その意味において、幼児をとりまく世界の諸々の事柄に対して感性を開いていくことが大切である。そこで出会う疑問がさらに広い世界へ踏み込むことを可能にすることになる。小学校以降の学習においても、世界の諸々の事柄に注意を向け、さらに知りたいと思い、疑問を生み出して、それを解決しようとする中で対象に対しての理解を深めることが学習の基盤となる。このように幼稚園教育の基礎となる部分が小学校以降の学習の基盤につながりるものであり、幼稚園と小学校の接続の基盤をつくるのである。
  こうした観点から幼稚園においてその後の学習の基盤を構成するものを取り出すと次のようになる。このようなことを幼児期の終わりまでに幼児が身に付けることにより、小学校の授業に参加し、それを実りあるものにすることができるようになるものと考える。
  第1に、そして最も重要なことは、様々なことに進んで取り組む意欲と自信である。すべての活動の基本がそこにあり、意欲と自信が育っていれば、知識面については後からでも補うことができるからである。第2に、体験的な活動からの気付きを挙げることができる。幼児の学びは身体と諸感覚を通して対象にかかわることにより成り立つものであり、そのかかわりを意識化し、対象化することにより、他と比較したり、目当てをもって追求する活動が生まれ、やがてより高度な認識へとつながるのである。第3に、自分の考えや感じを様々な媒体と手段を使って表現することである。ここでの表現は、幼児の知的な気付きと芸術的な感性の表現とがまだ分離されておらず、両者を併せ持った性格のものとなる。第4に、仲のよい友達ができて、いざこざにも建設的に対処するようになることである。少数でも仲良く遊べる友達がいることがその後の社会性の広がりを保障することになり、また、いざこざに対してかっとしたり、諦めたりしないようになり、お互いに言い分を主張し、それを聞き取り、何とか解決しようとすることは、仲良し関係を越えてより広い社会的関係へと広がる契機となる。第5に、文字等の記号的表現への気付きとかかわりである。幼児期では、文字・数字・絵記号等に対して興味をもち、それに親しみ、表現に用いることでその働きに気付いていくようにすることが重要である。第6に、人の話を聞いて理解し、人に向けて短くともまとまりのある話をするようになることである。親しい人との会話だけでなく、次第にそれ以外の人と話をして、理解したり、自分の言いたいことを多少とも表現できるようになることである。
(幼稚園と小学校との相互理解)
  小学校においても幼稚園との接続を円滑にする努力が求められる。生活科の新設などを契機にその努力が進められてきたところであるが、今後、生活科などを中心に小学校低学年における合科的な指導を一層推進するとともに、各教科等においても具体的な活動や体験を一層取り入れることにより、幼稚園における主体的な遊びを中心とした総合的な指導から小学校への一貫した流れができることが期待される。
  このように、幼稚園と小学校のそれぞれの努力が必要であるが、同時に、両者の話し合いの場を設けるなどお互いの連携も必要となる。幼稚園の年長児後半から小学校1年生の1学期頃にわたる長い期間の中での余裕を持った移行が図れるように配慮することが大切である。また、小学校においては、幼稚園で幼児の主体的な活動を中心として育てられてきた子どものよさを生かす形での授業の在り方の工夫が求められる。そのためにも、お互いの特色を理解し合い、相互に学び合う姿勢が大切である。

4  新しい幼稚園教育を実現するための条件整備
(1) 教師の資質・能力の向上方策
(基本的な考え方)
  学校教育の成否は教師の指導力にかかっていると言われているが、特に幼稚園教育において、幼児にとって教育環境の中核をなす教師の役割は大きく、優れた人材を確保することは重要な教育課題である。したがって、都道府県及び市町村は、幼稚園教師の資質・能力の向上を図るため、教師のライフステージと社会状況に応じた教育課題への対応という両者の観点に立って、研修体系及びその内容を見直し、充実を図ることが要請される。
  幼稚園教育において教師の専門性として特に求められていることは、幼児の内面を理解し、その心の動きに沿って保育を展開し、心身の発達を援助することである。すなわち、よりよい保育を展開するために最も基本となることは、教師がカウンセリングマインドを身に付け、幼児理解を深めることであり、この観点から研修の充実が求められている。
(園内研修の充実)
  幼児一人一人を育てていくためには、その担任する幼児だけでなく、教師全員が幼児全体の動きを把握しながら相互にかかわっていくことが望ましく、日常から教師同士が意見を交換しながら協力関係を築くことが保育の充実の上で大切である。このように平素から、教師間の話し合いが自然に行われることがそのまま園内研修につながっていくものである。園内研修は日々の保育実践を題材とし、研修の効果も直接日々の実践の向上に表れるものである。この意味で、今後、どの幼稚園においても、園内研修を充実し、円滑に進められるようにするための方策が考えられねばならない。
  実際に園内研修を進めていく際には、日々の保育実践の記録を基にして互いの意見を交換することにより、保育についての共通理解を図るとともに、自分とは異なる見方や考え方に触れることにより、教師一人一人の幼児理解を一層深め、それを基盤とした保育の充実を目指すことが必要である。また、よりよき教師となるためにどのようなことを身に付けることが必要とされるのか、教師自身が自己評価するとともに、教師同士が開かれた関係をつくることも大切である。そのためには、園長の広い視野と幼稚園教育に対する識見に立脚したリーダーシップが求められる。園長が、園経営に当たっては研修に参加しやすい雰囲気を日常的に醸成するよう努めるとともに、教師同士が一人一人のよさを相互に見いだし、認め合い、人間として尊重し合うことができる人間関係を大切にし、互いに高め合う研修の場をつくり出すことが重要である。
(各種研修の改善・充実)
  現在、文部省や各都道府県等においては、教師のライフステージに応じた研修として、新規採用教員研修、保育技術専門講座、園長等専門講座を実施しているが、教師一人一人の専門性を高めるという観点から、その研修体系や内容の改善と充実が図られねばならない。そのためにも、このような研修を実際に企画し、担当する都道府県及び政令指定都市の指導主事に、幼稚園教育の優れた経験と知識を有する幼稚園教育専門の人材を得ることが必要である。また、現在、各種研修に当たっている講師の中には、現行の教育要領の趣旨を必ずしも十分理解していない指導者もみられるので、このような面で指導性を発揮することが求められている幼稚園教員の養成にかかわる大学やその附属幼稚園などと連携・協力を図りながら、理論と実践の両面が効果的に研修できるようにすることが大切である。
  各種研修の参加状況についてみると、研修に参加したいとする教師は多いが、様々な事情により研修に参加できない例も見られる。園長の教員研修の必要性に対する認識を高めていくことはもとより、教師が研修に参加しやすい仕組み等の整備も必要である。例えば、現在、各都道府県の新規採用教員研修を実施する際、公私立の連絡協議会が設けられているが、その協議会の機能を一層拡充し、公私立幼稚園が、同じ立場で研修体系の改善や研修への参加の促進を図るための方策を協議し、その地域の実情に応じた研修システムを確立することが必要である。
  特に新規採用教員研修については、教師としての初めての現職研修であり、これからの教師としての成長のために重要であることを踏まえ、私立幼稚園も含め新規採用の教師全員が充実した研修が受けられるよう、公私立の連絡協議会をより活用した方式などを工夫していくべきである。また、現在の園内研修や園外研修の内容や実施の方法についても、改善を図ることが重要である。
(社会状況の変化に対応した研修)
  さらに、社会状況の変化に対応した教育課題という観点から、従来の研修内容の改善が求められている。すなわち、新しい研修内容としては、地域に開かれた幼稚園づくりを推進していくために、未就園児の発達や保育の在り方についての研修、カウンセリングを活用した保護者との交流のための研修等を取り入れていくことが要請されている。また、障害児を受け入れる幼稚園は少なくないが、障害の状態等は多様であり、それぞれの実態に応じた教育的な配慮が求められている。それらについての研修も充実すべきである。
現在行われている各種研究会での実践報告や研究指定校での公開保育など実践にかかわる情報の交流を一層充実するとともに、さらに教育センター等において指導例や園内研究のまとめのデータベース化等を積極的に進め、保育実践の充実・工夫につなげていくことも必要である。
  特に、幼稚園は規模の小さいものも多く、教師の人数が少ないために、研修に参加したくてもその補充ができないために、容易に研修に参加できないのが実情である。そこで各地で行われている実践や研修の内容をデータベース化し、それぞれの幼稚園で必要に応じて検索できるようにすることは、幼稚園教師の研修機会を確保するためにもぜひとも必要である。また、保護者が幼稚園を選択する時代になっているので、その手がかりとして地域で行われている研修に各々の幼稚園がどの程度参加しているのかなどの実態についての情報を保護者や地域の人々にも公開することも考えられる。
  また、このような幼児教育に関する研究と情報の蓄積や発信のための機関として各地域に幼児教育に関する研究センター等を整備充実していくことが求められる。

(2)  指導方法等
(多様な指導方法)
今後の幼稚園教育において、III に示す教育内容の改善に伴い、各幼稚園において実りある保育実践をしていくためには、個人の活動、グループでの活動、学級全体での活動等と多様な形態で展開させることが必要である。また、幼児の社会的かかわりを増やすため、自然体験や社会体験などで園外に出かけたり、園内外を視野に入れた多様な保育実践も求められる。さらに、3歳児就園が増加しつつあるとともに、外国人幼児の増加、アレルギー性の疾患、集団への不適応や障害の多様化など、特に配慮を必要とする幼児の入園も少なくない状況になってきている。園運営においても、地域の未就園児の親子登園や地域の様々な人々との交流など多様化が求められている。指導者についても、園内の教師だけでなく、地域のボランティアなど様々な人材が求められている。
  このような指導方法や園運営の多様化に応じていくためには、幼稚園の教職員全員による協力体制を組織しながら、創意ある保育実践や園運営をしていくことが必要であり、この観点から様々な指導方法が工夫されねばならない。
  従来の幼稚園教育における保育実践は学級を基本としてきたが、前述した創意ある保育実践をしていくためには、同時に学級の枠を超えるという柔軟な指導方法が必要となる。これからの保育の展開においては、学級を基本としながらも、その枠を緩やかなものとした新たな指導の在り方が求められることになる。そのためには、幼稚園全体の教職員の協力体制をつくりながら、教職員全員で園児一人一人を育てるという視点と姿勢が大切である。
  幼児の姿を見ても、初めは学級へのこだわりはあまり見られない。入園当初、幼児は最初から学級を意識しているのではなく、教師や保育室などを拠り所として園生活を過ごし、人とのつながりができていくに伴い、次第に学級への帰属意識をもつようになってくる。このような幼児の姿からも、教職員の誰でもが、園児全員の顔や性格などが分かり、幼児や親とのコミュニケーションがとれるようにし、一人一人の幼児に常に適切な援助ができるような協力体制づくりが必要である。
(ティームティーチング(ティーム保育)の導入等)
  このような園全体の協力体制を高めるための工夫としては、ティームティーチング(ティーム保育)の導入があげられる。幼稚園教育は、幼児と教師の信頼関係の下で、担任の教師がその学級の幼児を保育する形態が基本となっている。その上で、幼児の主体的な環境へのかかわりを重視することから、幼児の活動は多岐にわたり、一人の教師だけでは限界があり、複数の教師の目と手が必要になっていく。教師には、常に同時に並行して展開する幼児の個人あるいはグループの活動を、全体として把握することが求められるが、実際には、ある幼児やグループの活動にかかわっていると他の幼児の動きを十分に把握できず、適切な援助をすることができなくなってしまうことがある。複数の教師が共同で保育したり、幼児理解についての情報を交換することで、一人一人のよさや可能性を広げていくことができる。
  ティームティーチング(ティーム保育)には、例えば、従来学級を単位として行ってきた園外保育などをグループごとに行う、2学級以上を数名の教師が指導に当たるなど様々な指導方法が考えられる。それゆえ、ある役割の固定したティームティーチング(ティーム保育)を考えるのではなく、保育の展開、園の学級編制、教員組織の実情に応じていろいろと工夫し、よりよい保育実践が得られるようにすることが大切である。それぞれの教師の持ち味を生かしながらティームティーチング(ティーム保育)を行っていくことにより、幼児一人一人の人とのかかわりや様々な経験を広げ、その力を発揮することを可能にしていくことができると考えられる。
  現行の幼稚園設置基準においては、1学級の幼児数は35人以下となっているが、一人一人の発達の特性に応じてきめ細かな指導をしていくためには、教員一人当たりの幼児数の引き下げを検討する必要がある。特に、集団的な教育の場に初めて入る3歳児は、自我が芽生え始める時期であり、家庭での経験の差や個人差が大きい時期でもあるという発達の特性を踏まえ、学級規模や学級編制、指導方法の面でより一層の配慮が必要である。現実に3歳児の場合は、1学級35人を一人の教師のみで担任している幼稚園は少なく、大部分は複数の教師が担任となっていたり、少人数の学級編制となっている。また、4、5歳児についても、少人数の学級編制をしている幼稚園も少なくない。
  今後、幼稚園教育を一層充実し、効果的なものとするため、ティームティーチング(ティーム保育)の導入など指導方法を多様なものとするとともに、幼児の幼稚園生活の基盤となる学級の定員の引き下げも含め、少人数による保育を可能とすることが重要な課題である。

IV  多様なニーズに対応した幼稚園運営の弾力化
1  地域に開かれた幼稚園づくりを積極的に進め、幼稚園と家庭や地域との連携を深めること
(地域に開かれた幼稚園として求められるもの)
  幼児の生活は家庭、地域社会、そして幼稚園と連続的に営まれており、それらがトータルに豊かなものになっていくことが望ましい発達を促すのである。I の 2で述べたとおり、最近の家庭や地域社会の大きな変化の中で、子育てをめぐる不安や孤立感の高まりなど様々な問題が生じてきており、幼稚園が家庭や地域との連携を深め、幼児の生活をトータルとして充実していくために、地域の実情や保護者の要請等を踏まえ、積極的に子育てを支援していくことが必要となってきている。
  このような地域に開かれた幼稚園として求められるものには、i)地域の子どもの成長、発達を促進する場としての役割、ii)遊び場の保障と遊びを伝え、広げる場としての役割、iii)子育ての喜びを共感する場としての役割、iv)子育ての本来の在り方を啓発する場としての役割、v)子育ての悩みや経験を交流する場としての役割、vi)地域の子育てのネットワークづくりをする場としての役割、vii)地域住民が喜びや生き甲斐を感じる場としての役割など多岐にわたるものがある。
  このような役割を踏まえ、幼稚園が地域の幼児やその保護者にとっていつでも気軽に利用できる施設となるよう、すべての幼稚園において具体的に取り組むことが期待される活動としては、子育てに関する悩みの相談に応じること、未就園児の親子登園日を設定すること、保護者の交流を目的としたいわゆる子育て井戸端会議を設定すること、園庭・園舎を近隣の親子が自由に遊び触れ合う場として開放することなどが考えられる。
  また、子育てへの悩みから専門家に相談したい場合など子育てにより深刻な困難を抱えている親にとって幼稚園が支えとなり頼りとなる存在になるよう、拠点となる幼稚園を整備していくことも必要である。そこでは、専門のカウンセラーによる親子カウンセリング、教職経験者や幼児教育の専門家等を活用した幼児教育指導員による教育相談や指導、子育てに関する公開講座等の事業を行うことが期待される。これらの活動を必要に応じて地域の各幼稚園を巡回して行うことも考えられる。
  さらに、幼稚園の外の様々な資源を幼稚園が積極的に活用していくことも大切である。各幼稚園において地域の自然、行事、施設等を活用し、地域社会や地域の人々との交流を深めたり、地域のボランティアや子育てサークルとの交流会などを設けるなど地域の実情や保護者の要請等を踏まえ、地域と幼稚園の相互交流による多様な活動の展開が期待される。
(モデル事業の実施)
  これらの活動の円滑な実施のためには、その財政的基盤の確立が必要であり、財政的支援の在り方などについても検討する必要がある。国や地方公共団体においては、地域に開かれた幼稚園づくりのためにモデル事業を実施し、その普及を図るとともに、カウンセラー等による相談事業への支援、幼稚園教師のカウンセリング能力向上のための研修体制の整備、幼児教育シンポジウム等の啓発事業の実施、子育て支援ネットワークづくりや情報誌の作成などについて、積極的な取組が期待される。また、教育委員会や家庭教育関係団体が行う家庭教育事業と連携したり活用したりすることも大切である。

2  預かり保育の推進
(預かり保育に対する要望と基本的考え方)
  近年の女性の社会進出の拡大などを背景として、幼稚園の正規の教育時間終了後、希望する幼児を対象に幼稚園において引き続き教育を行う預かり保育に対する要望は増大している。こうした家庭や社会の要請、変化に対応した幼稚園運営の弾力化が求められており、地域の実情等を踏まえた預かり保育の実施への期待はますます大きくなっている。
  現在行われている預かり保育の実施形態は様々であるが、今後の実施の広がりを考慮すれば、教育課程外の活動としての預かり保育の在り方について、幼児期にふさわしい生活が展開される教育施設とする観点から、その基本的な考え方を示すことが必要である。その際、希望する幼児を対象とすること、保育時間は地域の実情や保護者の要請を踏まえ弾力的に設定すること、その場合でも夜遅くに及ぶことがないようにすること、保育者は幼児の負担などを考慮し、幼児が落ち着いて遊べるような活動等を中心とすること、保育室は家庭のような安らぎの空間とすること、地域の生活も体験できるようにすることなどの配慮が必要である。
  預かり保育の実施に当たっては、幼稚園と親が共に育てるという意識をもち、親が子育ての楽しさを味わい、家庭の教育力を高めていけるよう、家庭と密接な連携を図りながら進めていく必要がある。
(実践的な研究等)
  預かり保育の推進のためには、預かり保育推進地域を指定し、幼児の負担等を考慮して幼児期にふさわしい生活が展開できるよう、預かり保育の保育内容や形態についての実践的な研究をさらに進めていくことが必要である。また、私立幼稚園に対する預かり保育実施のための特別補助の拡充や公立幼稚園の預かり保育実施のための財政基盤の強化などについて検討することが必要である。

3  幼稚園と保育所の在り方
  幼稚園と保育所の在り方については、昭和62年の臨時教育審議会第3次答申を踏まえ、就園希望や保育ニーズに適切に対応できるよう、それぞれの制度の中で整備を進めるとともに、両施設の運用について家庭や社会の要請に応じ、柔軟に対応してきたが、近年、規模の小さい地方公共団体等において幼稚園と保育所を合築した施設もみられる。
  このような施設においては、一定の教育活動を合同で実施するなど運営の面で工夫しているところが少なくない。基本的には就学前教育と児童福祉双方の機能と役割を担いながら、このような合築等による幼稚園と保育所の一体的な運用がそれぞれの地域の実情に応じて推進されることが望まれる。
  また、教育内容と保育内容については、それぞれ幼稚園教育要領と保育所保育指針によることとされているが、3歳から就学前までに関しては、幼児教育によって一層共通化するとともに、その指導に当たる幼稚園教諭と保母に対しては合同で研修を実施する方策を検討すべきである。このような研修などによる両施設間の交流の機会や活動内容の共通化の拡大などを今後進める必要がある。
  幼稚園と保育所の在り方については、本年1月に策定された教育改革プログラムにおいて、厚生省と共同で検討することとされ、4月には両省間で検討会が設けられたが、本報告を踏まえ、両省間の連携をさらに緊密にして望ましい施設や運営の在り方について検討を進める必要がある。

おわりに
  目前に迫った21世紀において、自ら考え、自ら判断し、社会の変化に主体的に対応できる国民の育成を図る上で、幼児期における教育は、その基礎を培うものとして極めて重要である。この最終報告が、今後の教育課程審議会の審議に生かされ、これからの幼稚園教育がさらに改善され、充実することを期待したい。 

-- 登録:平成21年以前 --