学校の「抱え込み」から開かれた「連携」へ -問題行動への新たな対応-
目 次
はじめに
1 児童生徒の問題行動等の状況について
2 学校における取組・体制の充実について
3 学校と関係機関との連携の在り方について
今日,少年非行は新たな局面を迎えている。その数は大きく増加し,加えて低年齢化傾向が進みつつある。内容も,強盗や恐喝により補導された少年の数が急増するなど凶悪・粗暴化しており,従来の少年非行とは質的に異なるような行動が多く見られる。
また,平成8年度において,公立小・中・高等学校及び特殊教育諸学校で発生したいじめの件数は前年度より減少したものの約5万2,000件,公立中・高等学校で発生した校内暴力の件数は過去最多の約1万件に及んでいる。
このような状況の中,平成9年3月及び5月には,神戸市須磨区において小学校の児童が殺傷される事件が発生し,6月には事件の被疑者として14歳の中学3年生(当時)の少年が逮捕された。また,平成10年1月,栃木県黒磯市の中学校内において,教員が13歳の1年生に刺殺される事件が起こったのをはじめ,中学生,高校生による刃物等を使用した殺傷事件が連続して発生する事態が生じている。
このように,我々は,あってはならない事件が学校の日常生活の中でも起こるという事態に直面している。
こうした児童生徒の問題行動への対応としては,まず,二度とこのようなことが起こらないよう,その防止に関する学校の指導体制を整備するとともに,命の大切さや物事の善悪の区別など人間としての基本的な倫理観や規範意識を児童生徒にしっかりと身に付けさせることが必要である。そのためには豊かな人間性をはぐくむ心の教育の充実をはじめ様々な観点からの幅広い検討が必要となる。この点について,中央教育審議会では,現在,「幼児期からの心の教育の在り方について」審議が行われており,家庭,地域社会,学校のそれぞれにおける教育について提言がまとめられつつある。また,生涯学習審議会では,子供たちの家庭での生活や地域での活動の在り方,有害環境の浄化等青少年の生きる力をはぐくむ地域社会の環境の充実方策について審議中である。さらに,教育課程審議会では,学校が子供たちにとってのびのびと過ごせる楽しい場となり,子供たちがゆとりの中で生きる力をはぐくむことを目指して,教育課程の基準の大綱化・弾力化,教育内容の厳選を基本方向として議論が進められている。
本協力者会議としては,このような他の審議会における動向も見据えつつ,少年非行やいじめ,校内暴力などの最近の実情を踏まえ,児童生徒による問題行動を予防するとともに,不幸にして発生してしまった場合の対応をより適切に行うため,これら児童生徒の問題行動に関し学校としてどのような体制を整備しておくべきか,とりわけ,児童相談所,警察等の関係機関との連携をどのように図っておくべきかという点に課題を絞って,平成9年7月から審議を重ねてきた。本報告は,ワーキンググループにおける検討を含め11回にわたって審議を行った結果をまとめたものである。
まず,最近の児童生徒の問題行動の状況を概観すると,次のとおりである。
少年非行については,戦後3回のピークがあり,主要刑法犯少年の数は,3回目のピークである昭和58年以降減少する傾向にあった。しかしながら,平成7年を境に増加傾向に転じており,警察庁においても,「戦後第4の上昇局面を迎えた」との分析を行っている。
警察庁が公表している「少年非行等の概要」によれば,平成9年中の刑法犯少年の補導人員は約15万3,000人と急増している。特に近年,強盗等の凶悪犯,恐喝等の粗暴犯,覚せい剤乱用により補導された高校生が増加している。また,触法少年(刑罰法令に触れる行為をした14歳未満の者)についても増加傾向にあり,非行の低年齢化が懸念されている。
<高校生による凶悪犯等の補導人員の推移>
|
5年 |
6年 |
7年 |
8年 |
9年 |
---|---|---|---|---|---|
凶 悪 犯 強 盗 |
232 168 |
327 245 |
364 278 |
447 346 |
606 485 |
粗 暴 犯 恐 喝 |
3,449 1,269 |
3,683 1,571 |
4,210 1,880 |
4,568 1,991 |
5,091 2,011 |
覚せい剤乱用 |
38 |
41 |
92 |
214 |
219 |
<触法少年(刑法犯)の推移>
|
5年 |
6年 |
7年 |
8年 |
9年 |
---|---|---|---|---|---|
8歳以下 |
724 |
752 |
722 |
702 |
716 |
9歳 |
679 |
618 |
566 |
592 |
644 |
10歳 |
910 |
993 |
963 |
923 |
1,006 |
11歳 |
1,748 |
1,734 |
1,740 |
1,617 |
1,851 |
12歳 |
4,926 |
4,743 |
4,591 |
4,780 |
5,173 |
13歳 |
16,181 |
14,971 |
14,306 |
14,628 |
16,735 |
計 |
25,168 |
23,811 |
22,888 |
23,242 |
26,125 |
また,毎年文部省が実施している生徒指導に関する調査によれば,いじめ及び校内暴力の発生件数の推移は次のとおりとなっている。
いじめについては,平成8年度は,関係の各方面での種々の取組の成果もあり,前年度と比べて減少しているものの,約5万2,000件(公立小・中・高等学校・特殊教育諸学校における発生件数の合計)発生している。いじめの問題は数の多寡だけで判断することは困難な面もあるが,いずれにしても,依然として憂慮すべき状況にある。
また,校内暴力については,これまでも増加傾向にあったが,ここ数年は特に急激であり,平成8年度には調査開始以来最多である約1万件(公立中・高等学校における発生件数の合計)にも及ぶなど,極めて深刻な事態となっている。
これまでの子供たちの問題行動の事例では,日常的に粗暴な言動を繰り返していたり,非行グループを形成したりして,外形的にも前兆を見せていた子供が問題行動を起こすというのが一般的であった。こうした子供たちによる問題行動の事例が,今日,決して少なくなったわけではない。このような事例への対処は依然として重要な課題である。
しかし,近年の少年非行は,こうした事例に加えて,その内容の凶悪化,粗暴化とともに,それまでの行動,態度などからは周囲が非行を予見し難いような子供が重大な問題行動を起こすような場合が増えてきている。例えば,表面上はおとなしく素直に見える子供,学業の成績も比較的よく,目立った問題行動も見られない子供などが,突然,対教師暴力や犯罪行為に及ぶことがある。これは,問題行動を起こす可能性について学校等の関係者が余り注意を払うことのなかった子供が,状況によっては,日常生活の中で心の中にたまっていたストレスや不満等を,暴力行為など周囲の予想を遥かに超えた形で表すということである。この場合,その時点では突発的・衝動的に暴力行為等を起こしたように見え,なぜそのような行動に走ったのか,周囲もすぐには理解しにくい。しかし,この子供が暴力行為等に至る経緯を丹念に振り返ってみると,その前に心身の不調を訴えたり,ささいなことに過剰な言動をとったりするなど,何らかの前兆を示していることが多い。
こうした新たな面を持つ問題行動の特徴について,現段階で,幾つかの事例を基に検討し,従来から見られる問題行動と対比して掲げてみたのが,別紙1『事例による問題行動の特徴等の対比』である。
学校は,児童生徒の問題行動の予防・解決に向け,これまでも種々の対応を行ってきた。従来,その対応は,問題行動の抑止ということに主眼が置かれており,反社会的な目立った行動をする児童生徒を重点的に指導することで,その目的は達せられると考えられがちであった。したがって,他面,自分を抑圧し,内向的で,周囲に迷惑を掛けるような目立った行動をしない児童生徒については,ともすると関心が薄く,指導の密度も薄くなる傾向があった。
しかし,上記(2)で述べたように,今日では,日常生活では目立った問題行動が見られない子供であっても,例えば,自らの生活における精神的な悩みや人間関係での不満などが積もってくると,自己抑制力の低さともあいまって,問題行動を突発的に起こす事例が増えてきた。学校はこのような点にも留意し,子供の普段の行動について,それが何を背景とし,何を求めているかなどこれまでの通念では測りきれなかった意味を,そこにくみ取らなければならなくなってきた。
生徒指導の原点は,もとより子供一人一人に対する理解を深めより良い発達を促すことにある。この原点自体は不変である。学校は,教科指導も含めた日常のすべての教育活動を子供の立場に立って振り返り,学校が子供にとってのびのびと生活できる場となっているかについて常に注意を怠ってはならない。
そうした上で,最近の問題行動の背後には,子供の意識と行動の質的変化が加わっており,子供の心理面に関する専門的な判断の必要性,内容・程度が一定の限度を超える問題行動の発生など,学校だけでは対応できない新たな問題が増えてきていることを十分に認識する必要がある。そして,今後,学校には,学校内ですべての問題を解決しようとする「抱え込み」意識を捨て,周囲の人々や関係機関と協同して事に当たる姿勢に転換することを求めたい。そのためには,学校は,まず家庭や地域社会と密に話し合いながら,それぞれがなすべきこと,できることを明確にしておく必要がある。その上で,学校は,問題の状況に応じ,速やかに他の適当な関係機関に率直に相談し,事例によっては,役割分担を明らかにしつつ,主たる対応を別の機関にゆだねていく方向へと意識を転換していくことが必要となっている。
この意識転換は,学校だけに求められるものではなく,むしろ社会全体に求めるべきものと言える。学校は万能ではなく,また,子供たちのすべての行動について責任を取り得るものではない。それぞれの関係機関はその専門分野において子供たちの健全育成を担当するのであり,家庭,地域社会及び学校を含む全関係機関の連携の上に子供たちを育てていくことが必要不可欠であるということを,保護者をはじめとする社会の人々は理解する必要がある。
その上で,我々は,今後学校が児童生徒の問題行動により適切に対応していく上での参考に資するため,次のような提言を行うこととする。
児童生徒の問題行動に関し,学校が校長を中心に全教職員が一致協力し,適切な対応を行っていくことの必要性については,これまでも種々の指摘がなされている。各学校では,生徒指導主事を中心に,児童生徒のより良い人格の発達を図り,問題行動の予防・解決のための取組について様々な努力が重ねられているが,学校によっては,問題行動への取組に関して次のような問題点が見られる場合がある。
○ 普段の生活の中での問題行動につながりかねない行動に対する指導が,集団への画一的,一般的なものとどまっており,個々の児童生徒の内面・心情に即した指導にまで至っていない。
○ 児童生徒の問題行動について,その行動の意味や背後にある児童生徒の抱える問題に関する認識が乏しいため,適切な指導が行われないまま時間が経過しているなど,事態の程度についての的確な認識・把握ができていない。
○ 自分が担任する学級には問題行動を起こす児童生徒などいるはずがない,あるいは児童生徒の起こした行為を問題行動だと認めることは自らの指導の至らなさを認めることになり容認できないなどといった意識がある。また,仮に児童生徒が問題行動を起こしたとしても,それは自分の指導方法で解決できるという思い込みがある。こうして,教員がいわゆる学級王国を形成している。
○ 問題行動に関して個々の教職員がばらばらの対応をしており,学校としての組織的な対応がなされていない。
○ 学校の指導組織全体を通じて役割分担とその達成方法を含む責任遂行体制が確立されておらず,問題行動が起こった時への備えが十分にできていない。また,仮に体制が整備されていたとしても,形骸化しており,必要なときに機能していない。
○ 重大な問題行動が起こった時などの「危機管理」に関する備えが十分でなく,学校単独の体制では対応しきれない場合があることを理解していない。
○ 問題行動が起きた際,保護者等に対し,事実関係や学校の対応等についての説明が十分でないため,混乱を招いている。
以上のような問題点を踏まえ,学校が児童生徒の問題行動に適切に対応していくためには,次の取組が必要である。
現在,多くの学校では,生徒指導部等の名称で生徒指導担当組織が設けられ,生徒指導主事を中心に学校内外での生徒指導に当たっている。児童生徒の問題行動を防止するためには,この生徒指導担当組織が中心となり,各教職員に対して日ごろから児童生徒の様子をよく観察・把握するよう注意喚起したり,例えば禁煙についての話合い集会や薬物乱用防止教室を開催するなど,児童生徒の規範意識を啓発する活動を実施したりすることが必要である。また,学校全体にわたって児童生徒や保護者からの相談に応じる体制を強化する必要がある。さらに,児童生徒の集団には,それ自身に内在する力として,仲間の相談に乗ったり問題行動を抑止したりする機能が育つことを期待し得るものであり,そうした気運を醸成していくことが望ましい。
児童生徒が自発的,自立的に自らの行動を決断し,実行する力を育てることは,問題行動を抑止する上で最も基本となるものである。学校は,児童生徒へのこのような信頼を基本としつつも,問題行動を早期に発見し,適切な対応を行うために,児童生徒の行動や態度から,その実態や変化の要因等を的確に判断することが必要である。日常の学校生活の中で児童生徒が見せる表情はその日により異なり,時には日ごろと違った行動をとることもある。いたずらやけんかも絶えないであろう。このような中から学校は何が問題行動なのか,あるいは何が将来の問題行動につながるかを見極める必要がある。この見極めをより適切なものとするため,個々の教職員が入手した情報は,生徒指導主事,学年主任,保健主事等の担当に速やかに連絡し,一元的に掌握しておく必要がある。
学校における生徒指導体制の充実を支援するため,国においては,児童生徒の問題行動が著しいなど特に指導体制の充実を図る必要のある学校に重点的・弾力的に教員を配置できるようにするとともに,勤務時間外に児童生徒の補導業務に従事する教員の努力を評価する上からも教員特殊業務手当の改善に取り組むことを求めたい。また,教育委員会においては,地域住民に対し,各学校が児童生徒の問題行動に対して必死に取り組んでいる現状やその努力等について積極的に広報を行い,学校の取組を支援してほしい。
さらに,国及び教育委員会において,学校における教育相談の機能を強化するため,施設・設備面においても既存の余裕教室等を活用し,カウンセリング室を整備するなどの取組を望みたい。
学校は,日ごろの行動等が将来的な問題行動につながる恐れがあると思われる児童生徒,日常の態度や授業への出席状況等に変化が見られる児童生徒などについて,全教職員間でその児童生徒の情報を共有し,特定の教職員のみではなく,学校全体として共通理解を持って指導に当たることが重要である。
このため,学校は,校長,教頭,生徒指導主事,教務主任,学年主任,保健主事,養護教諭,さらには学校医や臨床心理の知識と経験を持つ専門家であるスクールカウンセラー,地域の精神科医等の専門家等から構成される会議を設け,定期的に,また,随時に,児童生徒の状況等に関する情報交換とそれに基づく総合的な分析・把握を行う必要がある。その際,養護教諭は,児童生徒の身体的不調についてだけではなく,心の健康問題にも目を配り,心身両面からの健康相談活動に力を尽くしてほしい。
そして,この情報交換・分析の場で取り上げられたり,まとめられたりした児童生徒に関する情報や今後の指導方針等は全教職員に周知される必要がある。また,必要に応じ,その児童生徒の保護者に十分な説明を行うことによって理解を得るよう努め,学校・家庭が一体となって対応していくことが重要である。
個々の学校で適切な指導が行われたとしても,その児童生徒の進学後,これまでの情報が進学先の学校に引き継がれなければ,その効果が途絶えてしまう可能性がある。このため,問題行動を起こした,あるいは将来的な問題行動が懸念される児童について,小学校で行った対応,把握した行動・性格等を進学先の中学校にも的確に伝達し,小・中学校間を通じて一貫した指導が行われるようにすることが必要である。
伝達の具体的な方法としては,小・中学校の生徒指導主事等による情報交換会の開催等が考えられるが,個々の児童生徒の具体的な情報の交換と指導方針の検討を行うなど,今後の適切な指導につながるような,具体性を持った話合いを行うことが必要である。その場合,中学校側は,小学校側からの情報等によって,実際の指導以前に生徒に対して偏見を持ち温かい眼差しを失うことのないよう注意を払う必要があることは言うまでもない。
このような情報交換会を有効に機能させるためには,小・中学校の生徒指導主事等の間で信頼関係が培われていることが重要であり,日ごろから交流を深めておくことが肝要である。また,情報交換会以降においても,小・中学校間で継続的に連絡を取るなど,生徒指導に関する連携を深めることが必要である。
以上のことは,中・高等学校間においても同様である。
児童生徒の問題行動が起きた場合は,まず生徒指導担当組織が主体的に対応するのが通例であろう。しかし,問題行動への対応は,その事態の程度,状況等により一概には言い難い面があるものの,本来,校長を中心に全教職員が一致協力し,学校全体で当たっていくとの認識を教職員一人一人が持つことが必要である。学校によっては,この基本的な認識が十分浸透していない場合が見受けられ,対応が遅れ事態を悪化させている例が少なからずある。これは問題行動が起こった時の学校の対応体制が明確になっておらず,どのような役割を担うかについて事前に教職員に知らされていないことによるところが大きいと考えられる。
各学校においては,児童生徒の問題行動が起きた場合に備え,あらかじめ,校長,教頭,生徒指導主事をはじめとする対応体制を策定し,学校としてどのような機能,役割が必要になるかを明確にするとともに,保健主事,養護教諭を全体の体制の中に明確に位置付けるなど,教職員が一致協力できる体制の整備を図ることが必要である。そして,その内容について全教職員の間で共通理解の徹底を図り,十分に備えておくことが必要である。
また,学校が児童生徒の問題行動に適切に対応するためには,後述するように,関係機関との積極的な連携を図ることも必要となってくることから,対応体制の整備に際し,関係機関との連携の窓口を生徒指導主事に一元化するなど,その連絡調整の任に当たる者を明確化し,対外的にも周知させておくことが必要である。
以上の点を踏まえ,児童生徒の問題行動が起きた場合における学校の対応体制を検討する上での参考に資するよう,一つの試みとして作成したのが,別紙2『問題行動発生時における中学校の緊急対応体制の例』である。
学校における教育活動は児童生徒と教員の信頼関係を基底に置くものである。このことを踏まえることは当然であるが,学校は,児童生徒の問題行動に対し,その内容,程度,状況等に応じ,時に毅然とした厳しい対応をすることも必要である。その際,保護者の自覚を促すことも肝要である。
暴力行為に及ぶ者に対しては,説諭する場合,他の人々の救援を求める場合,自己の身体を守るためあるいは他の人を救うために正当防衛としての行為をする場合など,個々の具体的な場面に即して様々な対応があり得る。
また,問題行動を起こした児童生徒に対する事後の指導については,問題行動の背景・原因の把握に努めるとともに,人間として行ってよいこと,悪いことの区別と自分の行為に対する責任とをしっかりと教えることが基本である。問題行動の内容等に応じ,自らの責任を自覚させるため,適切な懲戒を行うとともに,破損された器物の弁償を徹底させるなどの措置をとることが必要である。
問題行動を起こした児童生徒に対する指導には,十分な教育的配慮が大切なことは言うまでもないが,学校が安全で適切な環境の下で教育活動を実施できることは更に重要と言うべきであろう。他の児童生徒の教育に支障が生じるような場合には,学校は,事後の指導に配慮しつつも,適時に出席停止の措置を講ずるなどの対応策をとることが必要である。
近年,非行の低年齢化の進行や小学校における問題行動の広がりが見られることを考えると,小学校段階から組織的な生徒指導を充実させることにより,小・中・高等学校を通じた指導の強化を図ることが急務である。
小学校においては,学級担任が自らの学級の子供たちと接する時間が長く,生徒指導面においても子供に対する理解や判断,指導が学級担任に大きくゆだねられている。しかし,子供たちの実態を多面的に把握し,行動の意味をより的確に判断するためには,複数の教職員による情報の収集・分析を行うことが必要だと考える。学級担任は,自分の受け持つ子供たちは自分の学級の一員であると同時にその学校の一員でもあることを認識し,他の教職員と協力し合って育てていくという姿勢を持つ必要がある。
このような考え方に基づき,今後は,小学校においても,学校として生徒指導の方針を定め,組織的・計画的に取り組むことが必要である。中学校,高等学校で生徒指導の中心的な役割を担っているのが生徒指導主事である。その役割としては,学校教育活動全体を通じていかに生徒指導を充実させていくかについて検討したり,生徒指導について分担する校務に関し,教職員間の連絡調整や指導・助言を行ったりすることがある。また,生徒指導上の問題が発生した場合には,校長を補佐しつつ,その対応の中心となり,問題の解決に当たることが期待される。
現在,法令上,小学校には生徒指導主事を置くこととされていないが,独自に小学校に生徒指導主事を置いたり,校長の判断で生徒指導担当の教員を校務分掌上明確にしたりするなど,教育委員会段階又は各小学校段階で小学校における生徒指導の充実を図るための努力がなされている例がある。
小・中・高等学校を通じて生徒指導の充実を図るためには,前述のような観点から,小学校においても,校務分掌上,生徒指導担当教員を明確にすることなどにより,学校全体として組織的に取り組むことのできるような体制を整える必要がある。このため,今後の検討課題として,国において,生徒指導主事を置くことを含め,小学校における生徒指導の充実を図るための体制整備について検討することを求めたい。
また,1(1)で引用した文部省による生徒指導に関する調査において,小学校段階については,現在,いじめの状況は調査されているものの,校内暴力の状況は調査されていない。増加しつつある校内暴力に早期に適切に対応していくためにも,小学校を調査対象に加え,その実態の把握を行うことが必要である。
なお,中・高等学校を対象としているこの調査において,校内暴力とは「学校生活に起因して起こった暴力行為」を言うこととされているが,その対象範囲は必ずしも明確ではない。加えて,近年,生徒の活動範囲が広域化し,それに伴い,校外で暴力を振るう事例が増えるなど,生徒の暴力行為の実態が変化してきている。このため,本調査に関しては,実態の変化を踏まえて更に把握すべき内容を明確にするとともに,小学校も調査対象に加えることも考慮しつつ,調査項目等について検討を加える必要があると考える。
児童生徒の問題行動に適切に対応するためには,当該児童生徒の心理面でのケアが重要であり,そのためには学校におけるカウンセリング機能を強化することが必要である。文部省ではそのための一方策として,平成7年度から,臨床心理の知識と経験を持つ専門家を学校に配置する「スクールカウンセラー活用調査研究委託」事業を実施しており,平成9年度においては,全国の小・中・高等学校合わせて約1,000校に配置がなされている。
この事業は,学校外の専門家を学校に本格的に配置する初めての事業である。現在のところ,学校においてスクールカウンセラーの受入れ体制をどのように整えるかなどについて調査研究を行っている段階であるが,これまでの研究結果を見ると,スクールカウンセラー配置校においては次のような成果があるなど,おおむね良好との評価が得られてきている。
○ 将来的に問題行動が懸念される児童生徒について,スクールカウンセラーが学校及び家庭に対して現在の状況,懸念される理由,現在の指導方針等について説明を行い,早めに専門機関に相談するよう助言を行うとともに,当該専門機関に対しても状況を説明するなど,学校,家庭,専門機関が連携して対応する上でスクールカウンセラーの助言が効果的だった。
○ スクールカウンセラーが教員の児童生徒に対する指導の進め方に関する助言や教員と連携しての対応等を行うことにより,教員にとって,実際の指導の的確性の向上,心理的負担の軽減等の面で大きな成果があった。
○ 教員の児童生徒の問題行動への対応能力の向上を図るため,スクールカウンセラーが校内研修の企画・立案について専門的な助言を行った。
○ 保護者と教員の連携役をスクールカウンセラーが果たし,三者が一体となって児童生徒の行動を観察し,あるいはカウンセリング等を行うことにより,問題行動が発見された。
○ 校内暴力等問題行動を起こしていた児童生徒に対し,スクールカウンセラーがカウンセリング等によって信頼関係を築くなどにより,問題行動が解消された。
調査研究におけるこうしたスクールカウンセラーの果たした役割に対する評価,特に問題行動の予防・発見に効果的である点にかんがみ,学校と関係機関等との連携の促進,児童生徒への適切な対応など,スクールカウンセラーによる上記のような成果をより一層拡大させるためにはどのような方途が必要であるかについて,検討することが求められる。
このため,国においては,これまでの調査研究における成果を踏まえ,スクールカウンセラーの今後の在り方について,制度化を図る場合の方策等も含め,更に具体的な検討を進めることが必要である。
児童生徒の問題行動に関し,学校が関係機関と連携して取り組んでいくことの必要性については,これまでも種々の指摘がなされている。既に各学校においては,例えば学校警察連絡協議会や児童福祉機関との連絡会等を通じ,連携の努力をしてきている。しかしながら,現状としては,ややもすれば,連携の在り方が形骸化し,地域の関係者と広く連携を図るという姿勢に欠けていたり,あるいは連携の努力を教員個々人にゆだね,学校全体としては機能していなかったりなど,必ずしも実効性のあるものにはなっていない面があることも否定できない。そして,このことが児童生徒の問題行動の予防,あるいは問題行動が起きた場合の迅速な対応ができない大きな要因の一つにもなっていると考えられる。
このような現状を生む背景として,学校と関係機関等の連携に際し,次のような問題点が見られる場合があることが挙げられる。
○ 学校内での児童生徒の問題行動や教職員の指導状況等を外部に知られたくない,あるいは学校のみで問題を解決できると思っているなど,学校の意識が閉鎖的になっている。
○ 関係機関の連絡先や担当者を日ごろから知っていない。
○ 関係機関の業務内容等についての情報把握が十分とは言えず,個々の問題行動の程度や状況に応じてどの関係機関に連絡すべきであるかを理解していない。
○ 関係機関に対して不信感を抱いており,連携しても問題の解決にはつながらないと考えている。
○ 学校が関係機関等に指導を求めると,保護者等から,「学校が指導を放棄した」などの非難の声が上がることを恐れ過ぎている。
○ 関係機関や保護者に対し,学校の指導方針,個々の問題行動への対応等について十分な説明を行っていない。
○ 本来家庭が担うべき部分までも学校に期待したり,他の専門機関で指導を受けた方がより効果がある場合であっても学校の指導に頼ったりするなど,過度の依存をしている。
○ 学校外で起こした非行等の事実について,評価等の問題もあり,学校に知らせない,あるいは知られたくないといった意識が働くなど,学校に対する不信感がある。
○ 他の専門機関の役割について認識が十分でないため,学校が他機関を紹介することに対し,学校の責任放棄ととらえがちである。
○ 学校が関係機関と連携を図ろうとした場合であっても,その機関が必ずしも学校に協力的ではなく,学校におけるこれまでの指導を踏まえずに独自の対応を行うことがある。
○ 関係機関側が行った対応等について,学校との信頼関係の確立が不十分なこともあり,学校への連絡が適切になされていない。
青少年の健全育成は,ひとり学校のみが担うものではなく,多くの機関がその目的を一にして活動しているということが再認識される必要がある。今後は,児童生徒の健全育成はすべての関係者に共通する重要な課題であるという認識に立ち,関係機関の間で実質的な連携を目指すことが求められる。特に教職員は,学校が中心になって進めるべき指導内容を的確に把握するとともに,関係機関の業務内容について十分に把握・理解することが求められる。本協力者会議としては,この点に関し,別紙3『主な関係機関の概要』として,学校と連携を図り得る機関ごとにその機能,役割等を示したので,各学校においては,連携を図る上での参考とされたい。また,保護者等においても,これらの機関について認識を深めることを望みたい。
以下,児童生徒の問題行動への対応に際し,学校がこれらの関係機関と実効性ある連携を図っていく上で特に重要だと考えられる点として,次のことを指摘したい。
児童生徒の問題行動に関し,学校ができる限りの指導を行い,その解決に努めることは当然である。しかし,家庭における養育に起因する問題行動など学校教育としては対応が困難で深刻な要因をはらむものや問題の程度の重いもの,未経験のケースなどについては,学校が必ずしもそれらの問題の専門機関ではなく,おのずとその能力・権限に限界がある。特に,近年の新たな問題行動の発生を予防するためには,専ら学校だけの対応によって指導を完結することは一層困難となってきていることを,学校はよく認識する必要がある。
その上で,学校は,関係機関とどのような場合に,どのような方法で連携して取り組んでいくかの基本的方針を,あらかじめ保護者や地域住民に十分説明して,理解を得ておくことが求められる。このため,校長や教員は,PTAの会合など様々な場において,日ごろから保護者や地域住民と十分な情報や意見の交換を行い,問題行動への対応について共通認識を持っておくことが必要である。また,PTAにおいても,児童生徒の問題行動の程度等に応じた学校や関係機関の役割について,保護者に対して啓発を行っておくことが望まれる。
学校の指導だけでは適切な対応ができないかもしれないと推量される状況が見られる場合は,保護者の理解を求めつつ,躊躇なく関係機関に相談をし,事例によっては主たる対応をゆだねるなど外部との積極的な連携を図っていくという対応が必要である。
連携を行うかどうか,あるいは,どのように連携を行うかについては,個々の教員の判断にゆだねることなく,教職員間の共通理解の下に,学校としての判断に基づくことが必要である。
また,主たる対応を関係機関にゆだねた場合であっても,学校は,その機関と連絡を取りつつ,適切な役割分担の下に,一体的な指導を行うことが必要である。
なお,児童生徒の日常生活における行動から今後の問題行動が懸念された場合に,早めに関係機関と連携を行うことによってその防止を図った事例を,別紙4『関係機関との連携の具体的な事例』として掲げたので参考にしてほしい。
また,本協力者会議としては,学校が個々の行動の状況等を踏まえた連携先を検討する上での参考に資するよう,一つの試みとして,別紙5『児童生徒の行動と連携先の関係機関についての例』を作成してみた。各学校においては,これと別紙3をも参考にしつつ,児童生徒の行動の状況,程度等に応じ,どの関係機関とどのように連携を図っていくかについてあらかじめ検討を行い,普段から事例研究を重ねるなどして,問題行動の予防と緊急事態に適切に対応し得る態勢を整えておくことが必要である。また,この連携がいざという時に円滑に機能するよう,普段から関係機関の機能,組織,担当者名,所在地,連絡先等の一覧を全教職員に配布しておくなどして,その共通理解を図っておくことが必要である。
問題行動があった,あるいは将来問題行動が懸念される児童生徒に関する情報については,連携を図っている関係機関との間において,できるだけ共有するよう努めることが望まれる。学校が児童生徒への主たる対応を関係機関にゆだねる場合,学校は,これまでの指導内容や,今後関係機関が指導を行っていく上で必要不可欠な情報等をその関係機関に対して提供していくことが求められる。児童生徒の人権やプライバシーが尊重されなければならないことは言うまでもないが,学校と関係機関とが密接に連携して児童生徒の健全な育成を図っていくためには,情報の共有化を図り,お互いがその機能を発揮しつつ一体となって,解決に向けての効果的な取組を進めることが必要である。そのためには,主たる対応をゆだねられた関係機関においても,学校に対して,その指導内容,指導経過,児童生徒の状況に関する情報等を積極的に提供していくことが望まれる。
また,関係機関が日常の活動の中で把握した児童生徒に関する情報で,学校での生徒指導上有益と考えられるものについては,積極的に学校に提供し,連携して対応することを求めたい。
こうした取組を促進するためには,学校は,関係機関に対し,あらかじめ生徒指導に関する方針等を十分説明して,理解を得るとともに,日ごろから担当者同士の情報交換や共同研修を実施するなどにより,関係機関との間において,腹蔵なく話し合えるような信頼関係の構築に努めることが重要である。
上記i)において,学校は,児童生徒の行動の状況,程度等によっては学校だけで対応しようとするのではなく,積極的に関係機関の協力を得るべきであることを指摘した。
教育委員会は,首長部局とも連携して青少年の健全育成を分担する関係機関の機能,役割等についての広報に取り組み,学校がそれらの機関に主たる対応をゆだねたとしても,それは問題行動に関してより適切に対応していくための方策であることを保護者や地域社会の人々に強く訴え,保護者等の意識改革を行っていくことが必要である。同時に,教育委員会は,学校が関係機関との実効性ある連携に取り組めるよう,例えば関係機関で教員の体験研修を実施するなど,積極的に支援していく必要がある。
また,児童生徒の健全育成の一環としての多様な体験活動や集団活動の機会に関しては,民間の個人や団体が実施する活動も大きな意義を持っており,関係機関との連携のほか,これらの事業の周知や連携についても,教育委員会として積極的に取り組んでいく必要がある。
このほか,児童生徒の行動に対する学校の判断・対応能力の向上を図るため,教育委員会は,生徒指導主事等への研修を充実させる必要がある。また,精神科の学校医が極めて少ない実態にかんがみ,医師会の協力を得て,学校医に対する児童生徒の精神保健に関する研修を充実することなどについても検討する必要がある。
学校への援助として,特に,児童生徒の大きな問題行動が起こった学校に対しては,直ちに職員を派遣し,指導・助言や対外的な広報業務を担うこととするなど,学校を支えることを強く求めたい。
これまで述べてきたように,児童生徒の問題行動に適切に対応するためには,今後ますます学校と関係機関との連携が必要になってくる。関係機関においては,日ごろから学校との連携を進めるとともに,学校から協力依頼がなされた場合は,これを真摯に受け止め,積極的に対応することを強く求めたい。
また,児童生徒の問題行動が起こった場合,報道機関や取材者によっては,学校に殺到して対象,時,所を選ばず教育的配慮に欠ける取材を行ったり,それをセンセーショナルに報道したりすることがある。これは問題の解決に有効な働き掛けとならないばかりか,問題行動についての情報収集,対応等に当たろうとする学校の取組の障害になることさえある。もとより報道の自由や表現の自由は十分に尊重されなければならないが,マスコミに対しては,自分たちも問題行動の解決を図る上で重要な影響力を持つとの自覚を持ち,取材方法や報道の在り方などにおいて適切な配慮を行うことを求めたい。
一方,学校も,問題行動の状況,経緯,学校としての対応方針等について,マスコミに対し,その状況等に応じて可能な範囲で説明を行うなど,開かれた学校としての対応をとる必要があることを付言しておきたい。
初等中等教育局中学校課
-- 登録:平成21年以前 --