ゲノム医療実現のための研究基盤の充実・強化に関する検討会 とりまとめ 平成29年7月

ゲノム医療実現のための研究基盤の充実・強化に関する検討会 委員名簿

 (敬称略、50音順)

 赤塚 浩之  日本製薬工業協会 研究開発委員会専門副委員長
 内山 浩之  日本臨床検査薬協会 法規委員会副委員長
 春日 雅人  国立国際医療研究センター 名誉理事長
 狩野 光伸  岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授
 高坂 新一  国立精神・神経医療研究センター神経研究所 名誉所長
 玉腰 暁子  北海道大学大学院医学研究院公衆衛生学教室 教授
◎中釜 斉   国立がん研究センター 理事長・総長
 南学 正臣    東京大学大学院医学系研究科 教授
○増井 徹     慶應義塾大学医学部 教授
 山田 亮   京都大学大学院医学研究科 教授
 山本 雅之  東北大学東北メディカル・メガバンク機構 機構長

◎:主査、○:副主査

平成29年5月16日現在

 

はじめに

 ゲノム等に関する解析技術やそれを活用した研究開発の急速な進展により、遺伝要因等による個人ごとの違いを考慮した予防・診断・治療の実現への期待が高まっており、世界的にも取組が進められている。そのような個別化医療の実現には、疾患とゲノム情報、遺伝子の発現に関するタンパク質や代謝物の情報、環境要因等の相互関係を解析することが必要であり、大規模なバイオバンクやコホート等の研究基盤が必須となっている。
 各国においても次世代医療のための基盤構築が進められており、例えば、英国では、平成18年からUKバイオバンクの構築が進められ、50万人分の試料・情報の格納が完了しているほか、平成24年からは、10万人規模の希少疾患、がん等の患者のゲノム解析を目的とした10万ゲノム計画が開始された。米国では、平成27年から、100万人規模のコホート計画を含むプレシジョン・メディシン・イニシアチブが開始されたところである。
 このような各国の動きに先んじて、文部科学省では、平成15年度からオーダーメイド医療の実現プログラムの前身となる事業を開始し、世界最大級の疾患バイオバンクであるバイオバンク・ジャパン(以下「BBJ」という。)の構築とその試料を用いたゲノム解析を進めてきた。さらに、平成23年度から、東日本大震災の復興事業として開始した東北メディカル・メガバンク計画において、合計15万人規模の地域住民コホート及び三世代コホートを形成し、それに伴うバイオバンクの整備やゲノム・オミックス解析を進めてきた。
 平成26年7月に閣議決定された「健康・医療戦略」及び「医療分野研究開発推進計画」では、ゲノム医療の実現に向けた基盤の整備や取組の推進が掲げられ、その実現のために設置されたゲノム医療実現推進協議会(以下「協議会」という。)の中間とりまとめ(平成27年7月)やその後の協議会での更なる議論では、研究基盤に求められる取組として、3大バイオバンクを研究基盤・連携のハブとして再構築し、「貯めるだけでなく、活用されるバンク」とすること、日本医療研究開発機構(以下「AMED」という。)が既存のバイオバンク・地域コホート等の研究基盤と個別疾患研究のマッチングや連携の仲介役を果たすこと、産業界との連携に関すること等が挙げられている。
 このような政策的要請を踏まえ、文部科学省では、平成28年度から「ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業」を開始し、既存のバイオバンク等を研究基盤・連携のハブとする再構築を、目標設定型の先端ゲノム研究開発と一体的に推進し始めたところである。初年度は、AMED内にゲノム医療研究支援のための体制を構築したほか、バイオバンクの利活用を促進するため、ポータルサイトや試料・情報の横断検索システムの開発等に着手したところであり、今後の更なる充実が求められている。
 また、今年度は、疾患バイオバンクであるBBJを構築してきたオーダーメイド医療の実現プログラムが第3期の最終年度を迎えるが、疾患バイオバンクに関しては、平成24年度から開始された「ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク・プロジェクト」によって6つの国立高度専門医療研究センター(以下「ナショナルセンター」という。)のバイオバンク整備が進められているほか、大学が独自に診療機関に併設する疾患バイオバンクを整備する動きが見られる。


 本検討会では、このような国内外の状況を踏まえた上で、文部科学省が取り組むべき研究基盤の充実・強化について検討を行った。
 検討会は、平成29年4月から4回開催し、ゲノム医療の実現に係る研究基盤の状況として、AMEDのゲノム医療研究支援機能、3大バイオバンク及び大学のバイオバンクについてヒアリングを行うとともに、アカデミアと産業界の双方からニーズに関するヒアリングを実施し、平成30年度の予算要求を見据えて文部科学省が取り組むべき研究基盤の充実・強化の方向性についてとりまとめを行った。

1.ゲノム医療の実現に向けた研究基盤の取組状況

 ゲノム医療の実現に向けた研究基盤の取組状況について、検討会でヒアリングを実施した。その概要は以下のとおりであった。

(1)AMEDゲノム医療研究支援機能

 協議会の中間とりまとめを踏まえ、AMEDでは、ゲノム医療研究推進ワーキンググループを設置し、具体的取組の検討を行い、平成28年2月に報告書の取りまとめを行った。この中で、研究基盤と個別疾患研究のマッチングや連携の仲介役を果たすための具体策についても盛り込まれ、これに基づき、国内におけるゲノム医療研究に関する情報の取扱いやバイオバンク等の整備の状況等を踏まえ、平成28年度から様々な研究支援を実施している。
 具体的には、以下の取組を実施している。
 ・ バイオバンクの品質確保に向けた取組(3大バイオバンクの連携による生体試料の品質の確認と明確化の推進。)
 ・ 全ゲノム情報等のデータベース構築(AMEDのデータシェアリングポリシーに基づく「制限共有」を実現するための公的データベースの構築(平成29年2月に運用開始)。)
 ・ 情報ポータルサイトの構築・運用(ゲノム医療研究に関わる情報のポータルサイトの構築・運用(平成29年4月に公開)。)
 ・ バイオバンクカタログ、試料の横断検索サービス(全国のバイオバンクのカタログ作成・ポータルサイトにおける公開(平成29年4月~)、3大バイオバンクを中心とした試料の横断検索システムの 開発(平成29年9月までにプロトタイプ開発予定)。)
 ・ スーパーコンピュータ等解析研究設備共用サービス(東北メディカル・メガバンク機構に設置したスーパーコンピュータの計算資源のうち一部の共用サービスの実施(平成29年5月に開始)。)
 ・ ELSI関連課題解決支援体制の構築(ゲノム医療研究関連事業のELSIに関する取組の情報集約・共有、横断的な課題の把握・検討等。)
 また、これらのAMEDによる研究支援活動に対して助言を行う体制として、PDを主査とし、関係事業のPS・PO、外部有識者をメンバーとするゲノム医療研究支援モニタリング・ボードを置き、その下に分野ごとに、バイオバンク品質・利活用分科会、ELSI・情報発信分科会、ゲノム情報基盤推進分科会を設置している。

(2)東北メディカル・メガバンク計画

 東日本大震災で未曽有の被害を受けた被災地住民の健康向上に貢献するとともに、個別化予防等の東北発次世代医療の実現を目指し、大規模ゲノムコホート及び複合バイオバンクの形成、ゲノム情報等の個別化医療に資する基盤情報の創出・共有と解析研究を実施する東北メディカル・メガバンク計画を、東北大学及び岩手医科大学を実施機関として平成23年度より開始した。
 これまでに、健常人を対象に地域住民コホート約8万人、三世代コホート約7万人のリクルートを達成した。試料は有限であることから、利活用が多いゲノム情報等は先に一括して情報化し、知的財産は提供先に帰属する分譲によって全国の研究者に提供する方針であり、平成27年8月より、ゲノム解析の終了した試料・健康情報・ゲノム情報の分譲を開始した。現在、約1万1,000人分の分譲を行っており、これまでに4件の申請(いずれも試料を伴わない情報分譲)を承認した。また、解析データのうち個人特定性の低い頻度情報等の統計データを公開しており、全ゲノム頻度情報はこれまでに約5,000件のダウンロードがなされるなどの実績をあげている。さらに、コホート参加者の健康調査情報やゲノム・オミックス情報等を格納した統合データベース「dbTMM」を開発・公開し、試料・情報分譲の申請者があらかじめ希望する情報の有無を検索できるようにすることで、申請者の利便性の向上、分譲までのプロセスの迅速化を図っている。

(3)オーダーメイド医療の実現プログラム

 疾患の発症・重症化、薬剤応答・副作用に関連する遺伝要因の解明を目的として、オーダーメイド医療の実現プログラムを平成15年度より開始し、3期15年にわたって、東京大学医科学研究所にBBJを構築してきており、平成29年度が第3期の最終年度に当たる。
 これまでに、全国12医療機関から、第1コホートとして47疾患、20万人のDNA及び血清、第2コホートとして38疾患、6万人のDNAを収集し、平成27年からは臨床研究グループと連携してがん組織等の収集も新たに開始している。
 第1コホートの臨床情報については、疾患共通の項目と各疾患特異的な項目合わせて1万3,000項目を収集し、入力率50%以上又は臨床的に重要な項目を対象としてデータのクリーニングを行い、合計5,837項目の臨床情報を提供可能としている。平成29年度中には第2コホートの臨床情報のクリーニングを行うことを予定している。また、各項目の入力率については、疾患共通項目はほぼ100%である一方、各疾患特異的な項目はばらつきが大きくなっている。臨床情報を収集する追跡調査は毎年実施し、最長で10年間収集してきており、生存調査で判明した死亡者も合わせると95.3%の追跡率となっている。
 保管されている試料は最も古いもので14年前のものになるが、DNAについては、第1コホート約18万7,000人分のSNPアレイ解析を行い、ゲノム解析に十分な品質であることが認識されている。一方、血清については、採取時の情報等が不足しており、メタボローム解析等のオミックス解析では、用途によって利活用が制限されると考えられる。これについては、平成28年度に血清の品質評価を行うための手法の開発を行い、平成29年度に一部の試料について品質確認を行うことが予定されている。
 また、これら収集した試料・情報の利活用状況としては、第1コホートから合計26,477検体を配布しており、全体20万人に対して利用率は13.2%となっている。更なる利活用促進のために、今年8月の公開を目指して保有試料の検索システムを整備中である。なお、これまでに解析したゲノムデータ(SNPタイピングデータ47疾患、17万症例及び全ゲノムシークエンスデータ5疾患、約1,000例)は、バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)を通じて個人ごとのデータは制限公開、統計データは非制限公開の予定であり、臨床情報と合わせた提供の場合は共同研究という形での制限共有の予定である。

(4)ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク

 近年、ゲノム医学・再生医療分野の技術革新が進むにつれて、バイオリソースのバンク化の重要性が認識されたこと等を契機として、6つのナショナルセンターによる主要な疾患を網羅したネットワーク型・連邦型のバイオバンクを、ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク(以下「NCBN」という。)として平成23年度より運営している。具体的には、6つのナショナルセンターを取りまとめる中央バイオバンクと事務局を設置し、ナショナルセンター横断的なカタログデータベースやワンストップの窓口機能を設け、その下で、各ナショナルセンターにおいて血液、体液、組織、細胞など幅広い種類の試料を収集し、詳細な臨床情報を付随させて共同研究又は分譲によって外部へ配布している。当初は共同研究がベースで始めたものの、より利活用を促進する観点から分譲にも取り組み始めた経緯がある。また、あらゆるニーズに対応するように網羅的に検体を収集・保管・提供することはコスト的にも困難であることから、特定のユーザーからのニーズに対応してオンデマンドに収集する取組も一部のナショナルセンターにおいて進められている。
 平成28年度までの第1ステージでは、各ナショナルセンターの患者を対象に主要な疾患・病態を網羅した疾患バイオバンクを構築してきており、平成29年度からの第2ステージでは、各ナショナルセンターがクリニカルイノベーションネットワーク等を通じて構築する、疾患ごとに協力病院をつなぐ患者レジストリーに基づく臨床研究開発インフラとしてのバイオバンクの拡張・発展を目指していくこととしている。

(5)大学のバイオバンク

 バイオバンクに対する関心が広がる中で、診療施設に併設するバイオバンクを整備する取組が複数の大学で開始しており、これらの普及活動等を目的として、関心を有する大学の連携により、平成27年にクリニカルバイオバンク研究会が設立される等、大学が自らバイオバンクを設立する動きが広がっている。
 例えば、その研究会に所属している岡山大学では、基礎研究から初期段階の臨床研究におけるトランスレーショナルリサーチ及びリバーストランスレーショナルリサーチを活性化することを目的として、比較的少数の質が高く多様な検体を必要とする研究に対応するため、ニーズを予測して計画的に保管することに加え、ニーズに基づき前向き採取するバイオバンクを平成28年より大学病院に整備し、これまでに製薬企業等へ共同研究又は分譲の形で15件の提供実績があることが報告された。また、問合せや検体提供の依頼が多数寄せられており、一機関では対応しきれない状況にあること、検体には細かい条件や品質が求められ、きめ細やかな対応が必要となっていることが報告された。

2.研究基盤に対するユーザー(産業界、アカデミア)のニーズ

 産業界(日本製薬工業協会、日本臨床検査薬協会)では、医薬品の開発において成功確率の向上や迅速化のために、生体試料と医療情報へのアクセスが必須となっている。具体的には、ゲノムやオミックス等のデータと医療情報を組み合わせた大規模な解析による新しいコンセプトに基づく標的分子・バイオマーカーの発見や、開発した化合物の性能評価等において生体試料の活用が求められている。また、アカデミアにおいても、今後の日本が世界をリードする研究の進展にはバイオバンクが必要不可欠であると認識されている。
 このような状況において、更なる利活用促進のために、産業界とアカデミアから以下のニーズが挙げられた。
 ・ 産業利用や学術研究を前提としたインフォームドコンセント等の利用手続の明確化
 ・ 採取条件や温度等の品質に関する詳細情報が整理されている試料の提供
 ・ 疾患領域の専門家等のユーザー意見を取り入れた疾患特異的な臨床情報及び検査項目の提供
 ・ 提供時の試料や情報の匿名化
 ・ 治療前後等の時系列試料
 ・ プロテオミクス、メタボロミクス等のオミックス解析に適した品質
 ・ ゲノムあるいはオミックス解析データの提供
 ・ 保管試料に関する一括検索システムの導入等による、申請から提供までの手続の簡素化・迅速化
 ・ 遠隔からのアクセスによる解析が可能なシステムの導入
 また、アカデミアからは、バイオバンクからの試料入手に時間を要する場合があることから、試料を用いた大規模解析の計画が遅れた場合の予算の繰越しについても要望が示された。

3.研究基盤の充実・強化の在り方

(1)バイオバンク等の利活用促進方策~AMEDゲノム医療研究支援機能の充実・強化~

 産業界及びアカデミアの双方のユーザーから、研究基盤に対する要望として、バイオバンクへのアクセシビリティや対応スピードの向上が引き続き強く示されている。このため、AMEDがゲノム医療研究支援機能のアドバイザリーとして設置した各種分科会にユーザー側もメンバーに加えるなど、ユーザーの意見が的確に反映できる仕組みの構築が必要である。特に、ワンストップサービス機能への期待が高いことから、3大バイオバンク(BBJ、NCBN、東北メディカル・メガバンク計画)を中心に開発を進めている横断検索システムの高度化(検索対象バイオバンクの拡大や検索項目の充実等)等が必要である。その際には、AMEDが、各バイオバンクのデータベースを構築・活用する人材が情報共有しあう場を設置することで、我が国全体のバイオバンクにおけるデータ管理等の水準向上を図ることも必要である。また、研究の迅速化に資するとともに、限りのある試料を有効に利用するため、ゲノムデータ等の汎用性のある解析データについては、バイオバンクが自ら取得した解析データを分譲することに加え、試料の提供先で解析したデータをバイオバンクに蓄積し、広く共有できる仕組みを構築することが求められる。このような仕組みの構築について、バイオバンク横断的に検討することが必要である。なお、比較対照群として健常者の試料・情報が必要であることから、コホートとの連携も今後検討する必要がある。
 ただし、バイオバンクが扱う情報には個人情報が含まれていることから、アクセシビリティや対応スピードの迅速化に取り組むに当たっては、情報管理における安全性等の確保との両立が前提となる点に留意が必要となる。また、試料・情報の利活用の促進と合わせて、分譲や包括的な同意取得のあり方、海外への提供等のバイオバンクが共通的に抱える課題について、倫理的・社会的・法的な観点から検討していくことが必要である。
 一方で、バイオバンク側からはユーザーニーズがつかみにくいという課題があるため、ユーザー側では、例えば、業界や疾患領域ごとに共通ニーズを集約し、必要とされる基本的な臨床情報項目や品質に関する情報項目を明確化することなどが求められる。
 上記のように、バイオバンク側とユーザー側双方が歩み寄り協働して研究基盤を構築していくためには、バイオバンクが研究基盤として外に対して貢献することや、ユーザーが解析したゲノムデータをバイオバンクに蓄積すること等へのそれぞれのモチベーションを向上させることが必要である。そのために、バイオバンクの外に向けた貢献や、ユーザーによる研究基盤の充実への貢献を評価する仕組みの導入などにより、研究基盤を通じて学術の振興や産業の発展に貢献することに対する価値観の醸成を図る。

(2)今後の疾患バイオバンク機能の在り方

(疾患ヒト生体試料へのニーズの変化への対応)
 昨今の研究動向を踏まえると、ヒト生体試料は、ゲノム解析に利用されるだけでなく、ゲノム解析で得られた知見の検証や、標的分子・バイオマーカーの探索等にも活用できることが必要とされている。また、リバーストランスレーショナルリサーチや臨床検体等を使用した基礎医学研究、臨床研究を含む「循環型研究開発」の推進における利活用が必要である。
 このため、研究の内容に応じて、試料がプロテオミクス・メタボロミクス等のオミックス解析を行いうる品質を有していること、時系列で採取した試料があること、血清・血漿(けっしょう)のみならず組織があること、必要な項目の臨床情報がひも付いていること等のきめ細かな対応が求められている。
 このように、試料に求める要件が多様化していることから、あらかじめ必要になりそうな試料を画一的な共通プロトコールで収集して蓄積しておく方法ではニーズに応えきれないことが想定されるため、目的に応じた条件で試料・情報を収集するニーズ対応型の疾患バイオバンク機能が必要である。その際、特定のユーザーの個別具体的なニーズに合わせて収集する方法や、将来的なニーズを見越して一定のユーザー層に汎用性のある条件で先行的に収集する方法があり得る。前者は、臨床研究の支援にも活用しうる新しいタイプのバイオバンクのシステムと言えるが、一方で、バイオバンクとして試料・情報を分譲するまで時間を要する等の課題が考えられ、先行的に試料・情報を収集するタイプのバイオバンクと役割分担をしつつ進めていくことが必要である。
 このように直接的なニーズに応えることに加え、収集した試料が蓄積されることで、バイオバンクとしての多様性が高まり、他の研究における利活用の幅が広がることによって、我が国におけるヒト生体試料を活用した基礎研究及び臨床研究の活性化に貢献することが期待される。
 その際には、特定のユーザーのニーズに合わせて収集した試料・情報については、ユーザーの依頼するインセンティブが損なわれないよう、必要に応じて分譲開始まで一定の期間を置けることや臨床情報の一部は分譲対象外とできることなどのルールを設けることが必要である。


(基礎研究から初期段階の臨床研究を支える疾患バイオバンク機能)
 我が国におけるニーズ対応型の疾患バイオバンク機能については、NCBNが患者レジストリーに基づく臨床研究開発段階のインフラとしての機能を強化していく方向である一方、基礎研究から初期段階の臨床研究において、比較的少数の質が高く多様な検体が必要になるケースに対応するため、一部の大学では臨床への橋渡しの取組を強化する中で、診療機関に併設する組織的なバイオバンク(診療機関併設バイオバンク)の整備を独自に開始しており、多くて数千症例規模の試料・情報を保管する中小規模のバイオバンクを構築しつつある。大学病院は、多様な症例が集まること、検査システムが充実していること、診断への信頼性が高いこと、様々な臨床研究が行われること等により、きめ細かな条件に対応した、正確な臨床情報が付加され品質の確保された多様な生体試料を収集する場として有望である。このような特長を生かし、機関の特色や方針に応じて、特定のユーザーからのニーズに対応してオンデマンドに試料の収集・提供を行い、余剰分を保管して他の研究に提供することや、機関内の臨床研究や医師主導治験等で得られる試料・情報を、将来ニーズを見越して収集・保管し、提供することが考えられる。
 このような状況を踏まえ、我が国の基礎研究から初期段階の臨床研究を支える疾患バイオバンク機能として、我が国の中核的な大学病院等による診療機関併設バイオバンクの利活用を促進する仕組みを国として整備することが効果的である。その際に、各機関が独自に整備を開始している状況も踏まえ、その自立的運営を促しつつ、より広く利活用されるために必要な取組を国が支援することが必要である。各バイオバンクはまだ設置されて間もないが、今後、自立的運営を持続的に行っていくためには、適切な受益者負担等による多様な財源を確保する取組や専門人材のキャリアパスの整備等が不可欠であり、ベストプラクティクスの展開等により、運営モデルの構築を図っていくことも必要である。
 また、一つの診療機関併設バイオバンクでは試料収集の規模やスピードが限られていることから、研究に必要な試料の数や種類を効率的に確保する仕組みが必要となる。そのため、複数の診療機関併設バイオバンクの試料を横断的に利活用できる環境の整備や、さらには、複数の診療機関併設バイオバンクが連携して試料収集を行う仕組みの導入が効果的である。
 具体的には、中小規模の診療機関併設バイオバンクをネットワーク化し、相互の連携関係を構築するとともに、その取りまとめを行う中央機能を設置し、試料・情報の所在情報の横断的な活用や、情報システム・品質管理等の標準化、将来的には中央倫理審査委員会の活用や疾患レジストリーとの連携等を、3大バイオバンクとともに行える体制を整備することが必要である。
 なお、情報システム・品質管理等の標準化に当たっては、3大バイオバンクにおける標準化を中小規模となる診療機関併設バイオバンクに広げていく方向が考えられるが、飽くまでも目的は利活用の促進であることを念頭に、過度な条件が付されないよう、共通基盤として実施すべき内容と、可能な範囲で取り入れるべき内容の大きく2段階に分けた上で、進めていくことが必要である。
 このようにニーズ対応型の疾患バイオバンク機能の必要性が高まる一方で、基礎研究段階の探索的な研究等において、臨床情報や品質等が限定的であっても、多様な試料・情報が大規模かつ迅速に入手できることが有効な場合がある。そのようなケースへの対応において、大規模疾患バイオバンクであるBBJを診療機関併設バイオバンクと相互補完的に有効活用できるようにすることが必要である。

(3)バイオバンク・ジャパンの有効活用方策

 BBJは主としてゲノムワイド関連解析を目的に構築されたものであるが、ゲノム解析に必要な試料の品質は確保されていること、収集規模が大きいこと、一定範囲の臨床情報が付帯していることから、疾患研究における大規模ゲノム解析に有用な試料・情報が蓄積されていると言える。
 このように有用な試料・情報を最大限に有効活用すべく、平成30年度以降も、利活用を更に進めるためのユーザー視点に立った取組を行っていくことが必要である。その際には、他のバイオバンクと、AMEDゲノム医療研究支援機能を通じて連携し、我が国のバイオバンクが総体として利活用されるよう取り組んでいくことが求められる。
 この際、試料は有限であることから、ゲノムデータ等の汎用性のある解析データとして共有し、ユーザーのニーズに応じて臨床情報や試料とともに解析データも分譲できるようにするなど、多くの研究者が様々な研究アイディアを気軽に試せるよう広く共有する仕組みを確立することが必要である。
 ゲノム解析以外の用途については、詳細な採取条件を必要とするメタボロミクス解析等、用途によっては利活用が困難な状況にあると考えられるものの、血清タンパク質の糖鎖解析によるバイオマーカー開発等の研究例もある。今後、利活用の幅を広げていくためには、どのような用途への利用が可能かをユーザー側で判断するための情報の開示が求められている。このため、試料の品質確認結果や付帯する臨床情報等の範囲をユーザーに対して明らかにしていくことが必要である。その際、それらの情報を迅速にユーザーに提供できるよう、データベースや検索機能等の情報システムの抜本的な改善を図ることが必要である。
 また、疾患コホートとして実施してきた追跡調査及び生存調査で収集した情報については、これまでの提供実績が限定的であり、疾患名以外の臨床情報はほとんど活用されていないことから、平成30年度以降の追跡調査等の必要性については、さらなる追跡調査等への要望やこれまでに蓄積した情報の今後の利用状況を踏まえて慎重に見極める必要がある。このため、一定の年限を設けて、各医療機関において対応表を保持しておくことが望ましい。
 また、BBJにおいてこれまでに整備してきた充実したバイオバンク設備(液体窒素タンク、全自動システム組織バンク等)をいかし、中小規模バイオバンクで収集する試料のうち一元的に保管することが適しているもので、利活用が期待される試料を保存するナショナルバンクとしての仕組みを構築することが望ましい。その際、将来的に競争力を持ち利活用が期待される試料の見極めを行うため、外部有識者から構成される審査体制を構築した上で、試料の受入れについて審査を行い、「貯めるだけでなく、活用されるバンク」となることが必要である。

4.参考

○政府文書における主な関連記述
「健康・医療戦略(平成29年2月17日一部変更、平成26年7月22日閣議決定)」
『2.各論
(1)世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発等に関する施策
 1)国が行う医療分野の研究開発の推進
○エビデンスに基づく医療の実現に向けて
・ 環境や遺伝的背景といったエビデンスに基づく医療を実現するため、その基盤整備や情報技術の発展に向けた検討を進める。患者のみならず健常人に関する大規模コホートやバンク等をネットワーク化し、効果的な相互活用を実現する。精緻な臨床情報が付帯された良質な疾患組織等の患者等由来試料、臨床情報を有効活用すべく、生命倫理の課題等への対応の支援、疾患検体バンクの整備を行うとともに、企業等が匿名化されたデータや患者由来の試料へアクセスできるようにすることについて取組を進める。』


「医療分野研究開発推進計画(平成29年2月17日一部変更、平成26年7月22日健康・医療戦略推進本部決定)」
『2(ローマ数字).集中的かつ計画的に講ずべき医療分野研究開発等施策
1.課題解決に向けて求められる取組
(3)エビデンスに基づく医療の実現に向けた取組
特に、大規模ゲノム解析技術等の進展により、遺伝子情報と疾患や薬効との関係の解明が進むことに伴い、疾患予防、治療方法の選択、予後対応といった各種段階に対して貢献するため、十分な臨床情報が付帯された良質な試料を保有するバイオバンクや、疫学研究の重要性が増している。我が国においては、従来より、患者のみならず健常人に関する大規模コホートやバンクに加え、各種の目的で地域ごとの取組も実施されていることから、それらをネットワーク化し、効果的な相互活用を目指すことが必要である。これらの試料や情報は大規模かつ多岐にわたるため、それらを統括して進めることが重要であり、その下で、疾患組織等の患者由来試料、臨床情報を有効活用するため、生命倫理の課題等への対応の支援、疾患検体バンクの整備を行うとともに、企業等から匿名化されたデータへアクセスできるようにすることについて取組を進める。』


『2(ローマ数字).集中的かつ計画的に講ずべき医療分野研究開発等施策
2.新たな医療分野の研究開発体制が担うべき役割
(3)共通基盤の整備・利活用
希少疾患や難病をはじめとした疾患データベースの維持・構築、各種ゲノムバンクやコホートの連携と利活用等のエビデンスに基づく医療の実現に向けた基盤の確保、ライフサイエンスに関するデータベースの統合を着実に推進する。』


「ゲノム医療実現推進協議会 中間とりまとめ(平成27年7月)」
『3(ローマ数字).求められる取組
 3.研究の推進(知見の蓄積・活用に向けた取組)及び臨床現場・研究・産業界の協働・連携
(4)研究基盤の整備
 -オールジャパン体制の構築と、関連する取組との有機的連携-
 21(丸数字)正確な臨床、検診情報が付加され、かつ品質の確保された生体試料を供用できる体制整備
 22(丸数字)生体試料の品質(採取、処理、感染症検査、保存等)の標準化(患者疾患部位の生体試料を健常部位の生体試料と比較する必要もあることに留意)
 23(丸数字)3大バイオバンクを研究基盤・連携のハブとして再構築:貯めるだけでなく、活用されるバンク
 24(丸数字)基礎研究の成果をゲノム医療に橋渡しする拠点の整備
 25(丸数字)関連する取組との有機的連携』

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研究振興局ライフサイエンス課

(研究振興局ライフサイエンス課)