資料3-2 戦略的な基礎研究に関する現状整理

1 科学技術政策における政府の役割

○そもそも我が国政府の役割は、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を、公共の福祉に反しない限り、最大限尊重し、国民にそのためのサービスを提供することである。
○基礎研究等の成果として論文などに示される新しい知識は、政府が提供する外交、防衛、警察、消防などのサービス同様、公共財として活用されうるものであり、基本的に、その成果は対価を支払わず使用でき(非排除性)、皆が競合することなく同時に利用できる(非競合性)。
○なお、経済学では、公共財を次のような特性を備えるもの(注1)と定義している。
・料金を課すことや、あるいは他の手段によって消費者がそれらのサービスを享受することを拒否することが困難であるという技術的特性(消費の「非排除性」)
・ある人がサービスを享受しても、それによって他の人が享受できなくなるということがないという特性(消費の「非競合性」)
○公共財は、その特性ゆえに、対価を払わない者を排除できない、即ち、ただ乗りする者(free rider)が必ず現れるという「市場の失敗」が起こるために、市場原理に基づく供給は困難であり、政府が供給する必要があるとされる。
○また、経済に外部性が存在することによる「市場の失敗」がある場合、(市場の外の利益は自社の利益ではないので、考慮しないため、結果として、)企業による過小投資(又は過剰投資)が発生することとなり、政府の役割が生じ、科学技術政策での具体例としては、知的財産権制度の整備、標準・規格の設定、汎用基盤技術開発(※ここには基礎研究も含まれ得る)などが、政府の政策として知られている。
○さらに、長期的な研究開発、失敗する可能性が高い研究開発等(※ここには基礎研究も含まれ得る)などにおいては、高い不確実性、情報の偏在などによる「市場の失敗」が起こりえる。それに対しては、税制優遇、政策金融、補助金給付等の形で政府が関与する場合がある。但し、高い不確実性や情報の偏在は相対的な概念であり、市場が成熟し適切に機能しさえすれば政府の役割は自ずと限定される。また、そもそも政府の能力、政府が有する情報も不十分であり(「政府の失敗」)、政府が市場よりも合理的な行動をとれるのかについては議論がある。
○以上のように、基礎研究等の成果として論文などに示される新しい知識については、政策によって問題を解決し経済効率を上げることが潜在的に可能である。そのため、政府としては基礎研究等を振興し新しい知識の供給を図る必要がある。

注1:両方の特性を備えるものを純粋公共財、一方の特性を備えるものを準公共財と呼ぶことがある。

2 基礎研究の分類

○OECDのFrascati Manual や、総務省の科学技術研究調査における定義によると、研究開発活動は、基礎研究(Basic research)、応用研究(Applied research)、開発研究(Experimental development)と分類される【表1】。「基礎研究」の用語は、この定義に基づき用いられることが多い。
○このように、「研究」は、歴史的に、基礎から応用へというリニアモデル的観点で分類されてきたが、近年、現実の具体的な問題解決を考慮しているか否かにも着目したストークスによる分類(注2)が用いられることも多い。ストークスによると、研究(基礎研究及び応用研究)は、純粋基礎研究(Pure basic research、ボーアの象限)、用途を考慮した基礎研究(Use-inspired basic research、パスツールの象限)、純粋応用研究(Pure applied research、エジソンの象限)と分類される【図1】 (注3)。

表1 研究に係る用語の定義

 

 Frascati Manual 2002(OECD)

 科学技術研究調査(平成20年総務省)における「用語の定義 」

 基礎研究
(Basic research)

240. Basic research is experimental or theoretical work undertaken primarily to acquire new knowledge of the underlying foundations of phenomena and observable facts, without any particular application or use in view. 

特別な応用、用途を直接に考慮することなく、仮説や理論を形成するため、又は現象や観察可能な事実に関して新しい知識を得るために行われる理論的又は実験的研究をいう。

 応用研究
(Applied research)

245. Applied research is also original investigation undertaken in order to acquire new knowledge. It is, however, directed primarily towards a specific practical aim or objective. 

基礎研究によって発見された知識を利用して、特定の目標を定めて実用化の可能性を確かめる研究や、既に実用化されている方法に関して、新たな応用方法を探索する研究をいう。

 開発研究
(Experimental development)

249. Experimental development is systematic work, drawing on knowledge gained from research and practical experience, that is directed to producing new materials, products and devices; to installing new processes, systems and services; or to improving substantially those already produced or installed. 

基礎研究、応用研究及び実際の経験から得た知識の利用であり、新しい材料、装置、製品、システム、工程等の導入又は既存のこれらのものの改良をねらいとする研究をいう。


図1 ストークスによる研究分類 
図1 ストークスによる研究分類
【出典】
科学技術政策研究所、一橋大学イノベーション研究センター、ジョージア工科大学(2011) 「科学における知識生産プロセス: 日米の科学者に対する大規模調査からの主要な発見事実」

○なお、「学術研究」(academic research)という用語もあるが、これは、個々の研究者の内在的動機に基づき、自己責任の下で進められ、真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視される研究であり、研究の段階として基礎研究、応用研究、開発研究を含むものである。
○「用途を考慮した基礎研究」は、ストークスによると、根本原理を追求するのみならず、用途を考慮することによっても誘発された基礎研究である。「用途を考慮した基礎研究」に基づく非連続的イノベーションの創出は、近年、基盤となる学術研究とともに、国の持続的な競争力の源として注目されている。

注2:Donald E. Stokes (1997), “Pasteur's Quadrant - Basic Science and Technological Innovation”, Brookings Institution Press
注3:この文書における「純粋基礎研究」等の用語の定義は、基本的にこの分類に基づく。

3 政府が「用途を考慮した基礎研究」を推進する必要性

純粋基礎研究の成果は公共財としての性格をもち、政府がその振興を推進することへの異論は少ない (注4)。
○他方で、純粋応用研究は、用途が特定されており、その成果が非排除性及び非競合性を有しないため、本来的には公共財ではなく、市場を通じて供給される財である。但し、安全保障のために必要な技術の研究開発など、公共財供給のための純粋応用研究は政府の関与が正当化される。また、経済の外部性、情報の偏在など、市場に何らかの失敗が発生し、政府による補完の必要性が生じる場合は、政府の関与が期待される。
「用途を考慮した基礎研究」は、その定義上、純粋基礎研究と純粋応用研究の性格を併せ持つものであり、政府が推進する必要性についても、2つの性格の併存を意識しながらの精緻な分析が求められる。このため、「用途を考慮した基礎研究」を次の2つのアプローチに分けて整理することとする。
 【アプローチ1】出口を見据えた研究
     ・根本原理の追求のための純粋基礎研究から展開し、用途を考慮するに至ったもの。
     ・純粋基礎研究と同様に研究者の内在的動機に基づく根本原理の追求という基本的性格を残しつつも、研究コミュニティ外部の(即ち社会経済的な)視点をも持ち込み、社会経済的価値を有する何らかの目標(「出口」)を見据えて実施される基礎研究である。
     ・研究者が主体となり実施される。
 【アプローチ2】出口から見た研究
     ・実用化を実現するための純粋応用研究から展開し、根本原理の追求に至ったもの
     ・純粋応用研究と同様に特定の実用化を実現(「出口」)するために研究を実施するという基本的性格を残しつつも、知識の利用のみならず、実用化を実現するために必要な根本原理の追求も含めて実施される場合、「用途を考慮した基礎研究」となる。
 ・実用化により、解決すべき社会経済的課題を把握する者(通常、研究者とは一致しない)が主体となり実施される。
○「用途を考慮した基礎研究」のうち「出口を見据えた研究」については、基本的には新しい知識を得るための活動であり、公共財の性格を強く有し、政府が推進する必要性に対する異論は少ない。ただし、社会経済的価値を有する何らかの目標を見据える際、この目標の抽象性が薄れるほど、公共財としての性格は薄まり、政府が推進する必要性について吟味が必要となる。
○一方、「用途を考慮した基礎研究」のうち「出口から見た研究」については、基本的には特定の目標、実用化を実現するための活動であり、純粋応用研究と同様に政府が関与するケースは限定的である。但し、特定の目標、実用化を実現するためであろうと、根本原理を追求する、新しい知識の獲得という行為は公共財的性格を有しており、純粋応用研究と比べると政府の関与の余地は広く認められる。

注4:純粋基礎研究又は学術研究の重要性については、別途議論されているため、本検討会では、「用途を考慮した基礎研究」についてのみ検討を行う。

4 「用途を考慮した基礎研究」を推進する上での政府による戦略の必要性

○純粋基礎研究は、本来的に個々の研究者の自由な発想と好奇心に基づき行われるものであり、研究者コミュニティに対して創出が期待される社会経済的価値(戦略)を国が提示し、研究者の研究の方向性に影響を与えることは想定されない。(※純粋基礎研究への資源配分方針等は、研究コミュニティ内部で自律的に定められていくもの。)
○他方で、純粋応用研究については、前述のとおり政府の役割が限定されている。政府が関与する場合、どのような市場の失敗があり、政府がどの程度関与するか、どのような政策目的のためか、どのような方法で行うのが適当か、についての政策判断が常に求められる。こうした政策判断を政府の戦略と呼ぶならば、純粋応用研究に政府が関与する場合、政府の戦略は必須である。
「用途を考慮した基礎研究」は、純粋基礎研究と純粋応用研究の2つの性格を併せ持つことから、政府による何らかの戦略が必要と考えられる。但し、求められる戦略は上述の2つのアプローチにより多少異なると考えられる。
○「用途を考慮した基礎研究」のうち「出口を見据えた研究」については、推進主体が、根本原理の追求を行う研究者であるため、研究者の持つ発想と、社会経済的価値を有する目標の実現につなげるための政府の戦略が必要である。この際、目標となる社会経済的価値が具体的で特定のものであればあるほど、公共財としての性格は薄まり、政府が推進する必要性が薄まる恐れがある点に留意すべきである。また、このような研究では研究過程と研究成果の事前の不確実性があるため、過度に先鋭化した出口指向の取組では、研究者が萎縮してしまい、成果が矮小化するという懸念がある点にも留意すべきである。
○一方、「用途を考慮した基礎研究」のうち「出口から見た研究」において想定される政府の戦略は、純粋応用研究における戦略が基本となる。その上で、根本原理を追求し、新しい知識を得るといった行為が、実用化を実現するために真に必要かどうかという点を吟味することが、政府の戦略に付加的に期待されることとなる。

5 今後の検討課題

○今後の検討課題は、近年注目されている「用途を考慮した基礎研究」において求められる政府の戦略とは何か、という点である。
○「出口から見た研究」に必要な政府の戦略は、純粋応用研究に求められる戦略と基本的に共通しており、特に目新しいものではない。しかし、「出口を見据えた研究」に必要な戦略は、他の研究類型とは異なる固有の戦略であり、重点的な検討が求められる。
○「出口を見据えた研究」に必要な戦略については、次のような観点から設定していくべきものと考えられる。(更に検討を深める必要あり。)
     ・大きな社会経済的価値を生み出すような研究者の画期的な発想を発掘するための設計とは?
     ・社会経済的価値を見据える際に考慮すべきこと(社会経済の将来展望、国際社会において日本が目指すべき地位、社会経済に与える影響の大きさ等)とその方策は?
     ・研究者による根本原理の追求と、社会経済的な価値の創出とが両立可能な制度設計とは?

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