今後のHPCI計画推進の在り方について<概要>

1.計算科学技術を巡る状況

【計算科学技術の意義】

 計算科学技術,特にスーパーコンピュータ(スパコン)を用いたシミュレーションは,科学技術の様々な分野において不可欠な研究開発基盤であり,産業競争力の強化や安全・安心の国づくりの観点からも重要になっている。さらに,スパコンは,社会的・科学的課題の解決に向けて今後ますます重要性は高まっていく。

【国際的な状況】
 計算科学技術の重要性が増加している中で,国際的にもスパコンの開発・利用が積極的に進められている。
 米国は,HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)法のもと計画的にスパコンの開発・利用を推進しており,2013年12月には開発計画を策定することを定めた法律が成立するなど,2022年頃を目途とするエクサスケールコンピューティングの実現を目指した取組を実施している。欧州においても,着実にスパコンの整備・利用が進められており,エクサスケールコンピューティングを目指して,ハードウェアとソフトウェアの研究開発を実施している。中国は,2013年6月及び11月のTOP500では天河2号が1位となっている。また,CPUの自主開発を進めるとともに,エクサスケールコンピューティングの実現に向けて計画的に研究開発を推進している。さらに,ロシアやインドにおいてもスパコンの自主開発が進んでおり,韓国においてはHPC法を制定し,同法に基づく中長期計画を策定している。

【国内の状況】
 我が国においても,計算科学技術の振興を積極的に図ってきており,第4期科学技術基本計画においても,HPC技術を国家安全保障・基幹技術として位置づけている。こうした方針を踏まえ,文部科学省では平成18年度から「京」の開発・整備及び「京」を中核としたHPCIの構築とその利用の推進を図ってきている。既に,「京」は平成23年11月に世界に先駆けて10ペタフロップスを達成するとともに,HPCIは平成24年9月に運用を開始している。
 このような中,我が国の計算資源の使用量は今後とも増加していくものと考えられるが,世界の総計算能力に対する我が国の計算能力は減少傾向となっており,今後の我が国の計算科学技術インフラを全体としてどのように維持・発展させていくかが重要な課題である。また,「京」の開発により,高性能なプロセッサやネットワーク,優れた省電力機構などの技術を獲得するとともに,「京」を利用した研究が2年連続でゴードンベル賞(コンピュータシミュレーション分野で最高の賞)を受賞するなど,様々な研究成果を創出している。「京」で蓄積した技術・経験・人材を活用し,スパコンの開発に必要な技術を適切に維持・発展させていくことが重要である。

【利用技術の動向】
 自然科学の分野では,様々な分野でシミュレーションが活用されている。特に「京」の利用により,分子レベルからの心臓のシミュレーションや,ものづくりの設計・開発の効率化などの画期的な成果を創出している。
 一方で,副作用の予測も含めた効率的な新薬の設計や,地震・津波・複合災害・避難・復興対策などを統合した防災・減災対策の実現など,「京」の能力を持ってしても解決困難な社会的・科学的課題も多くあり,更に能力の高いスパコンを利用したシミュレーションの実現が期待されている。さらに,経済・金融,伝染病の伝搬など社会科学分野におけるスパコンの利用や,ビッグデータの処理などの新しい課題への対応も重要である。
 また,産業界におけるスパコン利用のニーズは高く,産業利用促進策が重要になると考えられる。

2.我が国における計算科学技術システムの在り方

 我が国の計算科学技術インフラ全体のグランドデザインとしては,世界トップレベルのスパコンやその次のレベルのスパコンを複層的に配置し,計算資源量ニーズの高まりや利用分野・形態の多様化に対し,それらのスパコン全体で対応する世界最高水準の計算科学技術インフラを維持・強化するという考え方が重要である。また,我が国のトップレベルスパコンの性能を世界トップレベルに維持していくとともに,その中で得られた技術によってコストパフォーマンスが向上したスパコンを各層に普及させていくことで,裾野の拡大を含めて計算科学技術インフラ全体を引き上げるという考え方が重要である。そして,当該システム及び共用ストレージ,それらを結合するネットワーク等の計算科学技術インフラの戦略的整備とともに,HPCIのように,用途に応じた多様なシステムの利用,データの共有や共同での分析等の様々なユーザニーズに応える仕組みを構築していくことが重要である。
 その上で,我が国の計算科学技術全体を発展させ,世界における当該分野の優位性を維持し,我が国の科学技術の発展や産業競争力の強化に貢献するため,世界トップレベルの高い性能を持つリーディングマシンを国が戦略的に整備をしていくことが重要である。
 このリーディングマシンとしては,高い計算性能を持ち幅広い分野をカバーするシステムをフラッグシップシステムとして一つ開発・運用するとともに,当該システムを支える特徴ある複数のシステムを開発・整備することも視野に入れて具体的に検討する。
 また,我が国の計算科学技術インフラを適切に維持・強化していくために,文部科学省において長期的なインフラの整備計画を策定し,数年ごとに見直しを行いながら,戦略的に開発・整備を進めていくことが必要である。その際,フラッグシップシステムに関しては,既に開発・整備に取り組んでいるフラッグシップシステムの次世代のフラッグシップシステムに係る検討やそれに資する要素技術の基礎的研究を,当該開発・整備と並行して行う必要があり,さらに,フラッグシップシステムの開発の間も増え続ける我が国の計算資源量に対するニーズに的確に対応していくためには,計算科学技術インフラ全体として計算資源量を確保する方策の検討もあわせて行う必要がある。また,フラッグシップシステム以外の計算科学技術インフラに関しては,フラッグシップシステムの特徴やフラッグシップシステムを支える特徴あるシステムの方向性を踏まえつつ,主に,「フラッグシップシステムと同様のアーキテクチャを有するシステム」,「フラッグシップシステムがカバーできない領域を支援するシステム」,「コモディティクラスタからの大規模並列処理を支援するシステム」及び「将来のHPC基盤に向けた先端システム」の4つの分類に則して,整備を進めていくべきである。
計算科学技術インフラの開発・整備を支える技術動向に関しては,2020年代に開発するフラッグシップシステムについて,現在実用化されている技術の連続的発展の中で理論演算性能の向上を追求することはもちろんであるが,実効性能や電力性能等の向上に対する技術的ブレークスルーを目指すことも検討する必要がある。一方で,これだけではいずれ性能向上の限界が訪れるとの見解が多いため,並行して非連続的な革新技術を用いて圧倒的な性能を実現するコンピュータに関する研究を着実に進める必要がある。

3.研究開発の方向性

 我が国の計算科学技術を今後とも発展させ,科学技術の振興やイノベーションの創出に貢献していくためには,我が国の計算科学技術インフラ全体を維持強化するとともに,システムとアプリケーションの両者のバランスをとりつつ,計算科学技術の研究開発を着実に進めていくことが必要である。その際,社会的・科学的課題への対応という観点から,システムの研究者とアプリケーションの研究者が共同(co-design)で進めていくという考え方が重要である。
 また,リーディングマシンの開発は今後の計算科学技術をリードできること,早期の画期的な成果創出が可能となること,国内産業への波及効果が期待できることから,国内で継続的に実施することが重要である。
 リーディングマシンのうちフラッグシップシステムについては,2020年頃にエクサスケールの計算能力を持つシステムの開発を目指すことが適当である。なお,平成26年度から,フラッグシップシステムの開発プロジェクト(ポスト「京」開発プロジェクト)が開始される。
 一方,フラッグシップシステムを支える複数の特徴あるシステムについては,「フラッグシップシステムがカバーできない領域を支援するシステム」や「将来のHPC基盤に向けた先端システム」に該当するシステムのうち,リーディングマシンの必要性や在り方に照らして厳選されたものとすることが適当であるが,その開発については,フラッグシップシステムの基本設計が確定した段階で,同システムの特徴を踏まえ,必要性,将来性,経済性等を適切に評価した上で具体化することが適当である。
 また,計算科学技術に期待される最先端の研究を実施し,社会的・科学的課題の解決や画期的なイノベーションの創出を図っていくためには,高性能なシステムだけでなく,ユーザが実際にシミュレーションやデータ処理を行うための高性能なアプリケーションソフトウェアを開発し,その利用を促進することが不可欠である。さらに,アプリケーション開発の効率化やシステム利用の最適化のため,分野横断的に利用できる共通基盤となるライブラリやミドルウェアを整備することも重要である。
そのため,リーディングマシンの開発と並行して,当該システムの能力を最大限に発揮するようなアプリケーション等についても,開発主体,大学等の連携と役割分担のもと,協調的に開発を進めることが重要である。特に,フラッグシップシステムのターゲットアプリケーション開発については,我が国を取り巻く社会的・科学的課題やシステム特性,開発目標等を踏まえて,我が国唯一のフラッグシップシステムの計算資源を優先的に供する分野・課題を決めることになるため,計算科学技術の観点とともにアカデミアや産業界から我が国の将来を俯瞰した観点も入れていくべきである。なお,アプリケーション開発に当たっては,HPCI戦略プログラムを参考として,当該開発を通じた人材育成や開発したアプリケーションの普及等,当該開発をプラットフォームとした各研究分野の計算科学の振興を同時に進めることが重要である。
開発したアプリケーションを広く普及し活用していくためには,商用ソフトウェアを含む既存のソフトウェアには無い画期的で先導的な機能を重視し,計画的な研究開発を行うことが重要である。また,アプリケーションをコミュニティとして維持管理する体制,若しくは企業との連携も含めた体制を構築することが必要である。
 さらに,国際協力の戦略的な推進が重要であり,日米のシステムソフトウェアに関する協力や,アジアの国々との連携も視野に入れたアプリケーションの共同開発・利用なども推進していく。また,開発した技術やシステム,アプリケーションについては,我が国の国際競争力強化のため,商業ベースでの輸出をはじめ,積極的な国際展開の推進も重要となる。例えば,新たな市場の獲得につなげるため,フラッグシップシステム等の開発と並行してその商用機の開発を進め,最先端の商用機を速やかに市場に投入するとともに,利用支援や人材育成等のユーザサポートと一体的に展開していくことが重要である。

4.利用の在り方,人材育成等

【利用の在り方】
計算科学技術により我が国の科学技術の一層の発展,産業競争力の強化を図って行くためには,利用者の裾野拡大を含めて,その利用の促進を図り,利用者がより効果的・効率的に成果を創出できるようにすることが不可欠である。特に,産業利用は,我が国の産業競争力の強化だけでなく,計算科学技術の成果の社会への還元などの観点からも,その利用の促進を図ることが重要である。
そのため,利用環境の整備に関しては,可能な限り,希望するときに平易な方法でスパコンを利用できるようにすること,利用者のスキルや希望に応じステップアップできる環境を整備すること等が重要である。また,アプリケーションの開発・移植作業の負担軽減のためにテストベッドが用意されることや技術的支援体制が構築されること,利用者支援体制を含む維持・管理体制が構築されること等が重要である。
また,産業利用の促進に関しては,産業界では,主に「京」を頂点としたHPCI資源と国プロ開発アプリケーション等を利用し,基本的にその時代の世界トップの計算機の能力の1/10から1/100程度の能力に相当する計算資源を用いた実証研究が実施されること,実証研究が成功した場合には,数年後の実用化を目指した実用化研究,更に,自社やHPCクラウドサービス等がそれまでに整備するであろう計算機において,実証研究の際と同規模の計算資源を用いた実用段階に進むこと,実用段階においては,多くの場合,機能や利用支援が充実している商用ソフトウェアを利用した計算が行われていること等の,アカデミアとは一部異なる現状を踏まえ,促進方策を講じていくことが重要である。

【人材育成】
超並列化などのスパコン技術の進展に伴い,それに対応できる人材の育成が大きな課題になっている。また,我が国の生産性向上や各種課題解決のためには,スパコンを適切に利用できる人材,特に,産業競争力の強化に貢献するような「産業界で求められる人材」を育成することは重要である。
そのため,我が国の計算科学技術を担う人材の育成に関しては,育成すべき人材像を明確化した上で,それぞれに必要な教育を整理し,大学や分野ごとの専門性を持った機関がそれぞれの特性に応じて役割分担すること,当該教育を受ける人材のレベルや目指す人材像に応じて,必要とされる教育内容等が過不足なく実施されることを担保するため,それぞれの人材像に対応した教育の達成基準や体系的な教育プログラムを明確化すること等が重要である。
また,産業界で求められる人材の育成に関しては,課題に合った解析モデルをつくることができる人材,結果を理解・解釈して製品開発に反映できる人材,解析全体を俯瞰できる人材等,使いこなせる人材が不足していることを踏まえた教育等を実施することが重要である。

【その他】
計算科学技術の各施策の推進に当たっては,HPCIコンソーシアムにより集約された計算科学技術に関するコミュニティの意見を聞くこと,及び,スパコンに係る現状,得られた成果や今後期待される成果等について適切に国民に説明していくことが必要である。

お問合せ先

研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室

電話番号:03-6734-4275
メールアドレス:hpci-con@mext.go.jp

(研究振興局参事官(情報担当)付計算科学技術推進室)